『あなたに触らせて』あるいは『スキン』*ラテンビート2017 ② ― 2017年08月20日 15:39
末恐ろしいエドゥアルド・カサノバのデビュー作
(ピンクのシャツで全員集合)
★エドゥアルド・カサノバのデビュー作 “Pieles”(“Skins”)は、ラテンビートでは英題の『スキン』ですが、ネットフリックスで『あなたに触らせて』として既に放映されています。ネットフリックスの邦題は本作に限らずオリジナル・タイトルに辿りつけないものがが多く、これも御多分に漏れずです。セリフの一部から採用しているのですが・・・。ネットフリックスの資金援助とアレックス・デ・ラ・イグレシアとカロリナ・バングの制作会社Pokeepsie Films、キコ・マルティネスのNadie es Perfectoの後押しで、1年半という新人には考えられない短期間で完成できた作品。新プラットフォームの出現でスクリーン鑑賞が後になるというのも、時代の流れでしょうか。なおカロリナ・バングはプロデュースだけでなく精神科医役として特別出演しています。
★ベルリン映画祭2017パノラマ部門、マラガ映画祭正式出品の話題作。デフォルメされた身体のせいで理不尽に加えられる暴力が最後に痛々しいメロドラマに変化するという、社会批判を込めた辛口コメディ、ダーク・ファンタジー。好きな人は涙、受けつけない人は苦虫、どちらにしろウトウトできない。
“Pieles”(“Skins”)『スキン』(または『あなたに触らせて』)2017
製作:Nadie es Perfecto / Pokeepsie Films / Pieles Producciones A.I.E.
協賛The Other Side Films
監督・脚本:エドゥアルド・カサノバ
撮影:ホセ・アントニオ・ムニョス・モリナ(モノ・ムニョス)
編集:フアンフェル・アンドレス
音楽:アンヘル・ラモス
録音:アレックス・マライス
録音デザイン:ダビ・ロドリゲス
美術・プロダクションデザイン:イドイア・エステバン
メイク&ヘアー:ローラ・ゴメス(メイク主任)、オスカル・デル・モンテ(特殊メイク)
ヘスス・ジル(ヘアー)
衣装デザイン:カロリナ・ガリアナ
キャスティング:ピラール・モヤ、ホセ・セルケダ
プロダクション・マネジャー:ホセ・ルイス・ヒメネス、他
助監督:パブロ・アティエンサ
製作者:キコ・マルティネス、カロリナ・バング、アレックス・デ・ラ・イグレシア、他
視覚効果:Free your mindo
データ:スペイン、スペイン語、2017年、コメディ、ダーク・ファンタジー、77分、ベルリン映画祭2017パノラマ部門出品、マラガ映画祭2017セクション・オフィシアル出品(ヤング審査員特別賞受賞)、ビルバオ・ファンタジー映画祭上映。配給ネットフリックス190ヵ国放映、スペイン公開6月9日、ラテンビート2017予定。
プロット:普通とは異なった身体のため迫害を受ける、サマンサ、ラウラ、アナ、バネッサ、イツィアルを中心に、周りには理解してもらえない願望をもつ、クリスティアン、エルネスト、シモン、後天的に顔面に酷い火傷を負い再生手術を願っているギリェなどを絡ませて、「普通とは何か」を問いかけた異色のダーク・ファンタジー。人は「普通」を選択して生まれることはできない。しかし人生をどう生きるかの選択権は他人ではなく、彼ら自身がもっている。ピンクとパープルに彩られたスクリーンから放たれる暴力と痛み、愛と悲しみ、美と金銭、父と娘あるいは母と息子の断絶、苦悩をもって生れてくる人々にも未来はあるのか。
キャスト:
アナ・ポルボロサ:消化器官が反対になったサマンサ(“Eat My Shit”『アイーダ』)
マカレナ・ゴメス:両眼欠損の娼婦ラウラ(『トガリネズミの巣穴』『スガラムルディの魔女』)
カンデラ・ペーニャ:顔面変形片目のアナ(『時間切れの愛』『オール・アバウト・マイ・マザー』)
エロイ・コスタ:身体完全同一性障害、人魚になりたいクリスティアン(TV”Centro mrdico”)
ジョン・コルタジャレナ:顔面火傷を負ったギリェ(米『シングル・マン』TV”Quantico”)
セクン・デ・ラ・ロサ:異形愛好家エルネスト(『クローズド・バル』 “Ansiedad”)
アナ・マリア・アヤラ:軟骨無形成症のバネッサ
ホアキン・クリメント:バネッサの父アレクシス(『クローズド・バル』)
カルメン・マチ:クリスティアンの母クラウディア(『クローズド・バル』『ペーパーバード』『アイーダ』)
アントニオ・デュラン’モリス’:クリスティアンの父シモン(『プリズン211』『月曜日にひなたぼっこ』)
イツィアル・カストロ:肥満症のイツィアル(『ブランカニエベス』『Rec3』“Eat My Shit”)
アドルフォ・フェルナンデス:(『トーク・トゥ・ハー』)
マリア・ヘスス・オジョス:エルネストの母?(『スガラムルディの魔女』『ペーパーバード』)
アルベルト・ラング:(『トガリネズミの巣穴』『グラン・ノーチェ』)
ハビエル・ボダロ:街のチンピラ(『デビルズ・バックボーン』)
ミケル・ゴドイ:2017年の娼館のアシスタント
特別出演
カロリナ・バング:精神科医(『気狂いピエロの決闘』)
ルシア・デ・ラ・フエンテ
マラ・バジェステロ:2000年の娼館経営者(『アイーダ』)
*監督キャリア&フィルモグラフィ*
★エドゥアルド・カサノバEduardo Casanova:1991年3月マドリード生れの26歳、俳優、監督、脚本家。人気TVシリーズ ”Aída”「アイーダ」(05~14)に子役としてデビュー、たちまちブレークして232話に出演した。他、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『刺さった男』や『グラン・ノーチェ!最高の大晦日』、アントニア・サン・フアンの “Del lado del verano” などに脇役として出演している。
(「アイーダ」に出演していた頃のカサノバ、ダビ・カスティリョ、アナ・ポルボロサ)
★監督・脚本家としては、2011年ゾンビ映画 “Ansiedad”(Anxiety)で監督デューを果たす。この短編にはアナ・ポルボロサとセクン・デ・ラ・ロサを起用している。短編8編のうち、2014年の凄まじいメロドラマ “La hora del baño”(17分)にはマカレナ・ゴメス、2015年の“Eat My Shit” には再びアナ・ポルボロサが出演、長編 “Pieles”『スキン』のベースになっている。他に2016年にホセ・ルイス・デ・マダリアガをフィデル・カストロ役に起用して “Fidel”(5分)を撮る。短期間だがハバナのサン・アントニオ・デ・ロス・バニョスの映画学校でビデオクリップの制作を学んでいる。カサノバによるとキューバや独裁者たちや紛争対立に興味があるようです。「アイーダ」での役名は偶然にもフィデル・マルティネスだった。
("Eat My Shit"のイツィアル・カストロ、監督、アナ・ポルボロサ)
(エドゥアルド・カサノバ、ベルリン映画祭2017にて)
冒頭から度肝をぬくマラ・バジェステロの怪演
A: 物語はドール・ハウスのようにピンクに彩られた「愛の館」から始まる。マラ・バジェステロ扮する娼館の女主人は、「本能は変えられない」と客のシモンを諭す。先ず彼女の風体に度肝をぬかれる。シモンは妻クラウディアが無事男の子を出産したことを確認すると妻子の前から姿を消す。この男の子がクリスティアンです。この親子がグループ1。
B: クリスティアンは身体完全同一性障害BIIDという実際にある病気にかかっている。四肢のどれかが不必要と感じる病気です。彼の場合は両足がいらない、人魚のようになりたいと思っている。彼のメインカラーはパープルである。このピンクとパープルが一種のメタファーになっている。
(「本能は変えられない」とシモンを諭す娼館のマダム)
A: このプロローグには作品全体のテーマが網羅されている。娼館マダムのマラ・バジェステロの風体にも混乱させられるが、その病的な理念「美とノーマルが支配する無慈悲な社会秩序を支えているマヤカシ」を静かに告発している。
B: 深い政治的な映画であることがすぐ分かるプロローグ。ただ苦しむために生まれてくるかのような人々の存在が現実にある。
(人魚になりたいクリスティアンのエロイ・コスタ)
(息子の葬儀に17年ぶりに邂逅する、クラウディアのカルメン・マチとシモン)
A: シモンは身体的に普通でない女性が好きなことを恥じている。女主人が紹介するのが目が欠損している当時11歳というラウラにたじろぐが、ラウラに魅せられてしまう。シモンはラウラに2個のダイヤの目をプレゼントする。シモンにはアントニオ・デュラン’モリス’、ラウラには『トガリネズミの巣穴』のマカレナ・ゴメスが扮した。
B: ラウラのメインカラーはピンク、時代は17年後の2017年にワープして本当のドラマが始まる。
A: ラウラに肥満症のイツィアルが絡んでグループ2となる。イツィアル・カストロは、カサノバ監督のお気に入りで短編 “Eat My Shit”(15)にも出演している。
(シモンからダイヤの目をもらったラウラ)
(ラウラのダイヤを盗んだイツィアル)
B: この短編を取り込んで、サマンサを中心にしたグループ3に発展させた。サマンサのメインカラーはパープルです。
A: サマンサ役のアナ・ポルボロサが長短編どちらにも同じ役で出演している。消化器官が反対、つまり顔に肛門、お尻に口とかなりグロテスクだが、ポルボロサの美しさが勝っています。カサノバ監督とポルボロサは人気TVシリーズ「アイーダ」の子役時代からの親友、彼女のほうが2歳年上です。サマンサは外では人々の哄笑とチンピラの理不尽な暴力に屈している。なおかつ家では父親の見当はずれの過保護に疲れはて、悲しみのなかで生きている。
B: サマンサに倒産寸前の食堂経営者イツィアル、BIID患者のクリスティアンが絡んで、最終的にはエルネストに出会うことになる。
外見は手術によって変えられる―悪は自分の中にある
A: エルネストは外見が奇形でないと愛を感じられないシモンと同系列の人間。片目がふさがり頬が垂れ下がっているアナを愛している。母親はそんな息子を受け入れられない。エルネストはアナと一緒に暮らそうと家を出るが、賢いアナはエルネストが愛しているのは ”Solo me quieres por mi físico” 外見であって内面ではないと拒絶する。
B: 外見は手術によって変えられる。アナが愛しているのは、顔面頭部全体が大火傷でケロイドになってしまっているギリェだ。これがグループ4で、アナのメインカラーはピンクです。
(アナのカンデラ・ペーニャ)
(監督とエルネスト役のセクン・デ・ラ・ロサ)
A: しかしギリェは偶然手に入れたお金をネコババして再生手術を受け、終局的にはアナを裏切る。アナもやっと自立を決意する。エルネストはアナのときはピンク、サマンサに遭遇してからは、パープルに変わる。相手に流される人物という意味か。
(ギリェを演じたジョン・コルタジャレナ)
B: ギリェが愛していたのは美青年だった頃の自分自身だった。聡明なアナも見抜けなかった。アナ役のオファーをよく受けたと思いませんか。監督もカンデラ・ペーニャのような有名女優が引き受けてくれたことに感激していました。
A: 彼女はインタビューで、「エドゥアルドにはショックを受けた。こんな脚本今までに読んだことなかったし、比較にならない才能です。私の女優人生でも後にも先にもこんな役は来ないと思う」とベタ褒めでした。ラウラとアナの特殊メイクを担当したのがオスカル・デル・モンテ、2時間ぐらいかかるので、ヘアーも同時にしたようです。タイトルが「スキン」だから、常にスキン、スキン、スキンとみんなで唱えていたと、責任者のローラ・ゴメスは語っていた。冒頭に出てくる娼館マダムのヌードの意味もこれで解けます。
本当の家族を求めるバネッサ、娘の幸せより金銭を求める父親
B: 低身長のバネッサは軟骨無形成症という病気をもって生まれてきた。今はピンクーという着ぐるみキャラクターとしてテレビに出演、子供たちの人気者になっている。しかし欲に目のくらんだプロダクション・オーナーと父親に酷使され続けている。
A: 体外受精で目下妊娠しているから胎児のためにも番組を下りたい。しかし娘の幸せより金銭を愛する父親は断固反対する。こんな父親は本当の家族とは言えない。このバネッサと父親、札束で頬を叩くようなオーナーが最後のグループ5です。ここにギリェが絡んだことでアナは目が覚める。
B: このグループの社会批判がもっとも分かりやすい。バネッサのメインカラーはピンクです。
(ピンクーの着ぐるみを着せられるバネッサ)
A: この映画のメタファーは差別と不公正だと思いますが、こういう形で見せられると悪は自分の中にあると考えさせられます。
B: 固定観念にとらわれていますが、普通とは一体何かです。
A: 「常に母親という存在や先天的奇形に取りつかれている」という監督は、登場人物たちは自分の目的を手に入れるために乗り越えねばならない壁として先天的奇形を利用していると言う。肌に触れたい登場人物には目を取りのぞく(ラウラ)、あるいはキスをしたい登場人物には口を取り去ってしまう(サマンサ)ように造形した。
B: スクリーンがパステルカラーに支配されているとのはどうしてかという質問には、「なぜ、ピンク色かだって? いけないかい? 僕の家はピンク色なんだよ」と答えている。
A: 建築物がピンク色ではおかしいという固定観念に囚われている。
B: 影響を受けた監督としてスウェーデンのロイ・アンダーソンとブランドン・クローネンバーグを挙げていますが。
A: アンダーソン監督の『散歩する惑星』はカンヌ映画祭2000の審査員賞、『さよなら、人類』はベネチア映画祭2014の金獅子賞、本作は東京国際映画祭ではオリジナルの直訳「実存を省みる枝の上の鳩」といタイトルで上映された。シュールなブラック・ユーモアに富み、不思議な登場人物が次々に現れる恐ろしい作品。クローネンバーグはデヴィッド・クローネンバーグの息子、近未来サスペンス『アンチヴァイラル』(12)が公開されている。これまたSFとはいえ恐ろしい作品、今作を見た人は『スキン』のあるシーンに「あれッ」と思うかもしれない。カサノバ監督の第2作が待たれます。
「批評家週間」にアルゼンチン映画*ベネチア映画祭2017ノミネーション ― 2017年08月12日 11:56
ナタリア・ガラジオラの長編デビュー作 “Temporada de caza”
★最近国際映画祭での活躍が目覚ましいのが若手女性監督のデビュー作です。「国際批評家週間」コンペティション部門に選ばれた “Temporada de caza” も1982年生れという若いナタリア・ガラジオラの長編デビュー作。ベネチアの「批評家週間」は新人登竜門的な役割らしく、今年の7作品もすべて第1回作品のようです。昨年はコロンビアのフアン・セバスチャン・メサのデビュー作“Los nadie”(“The Nobody”)が観客賞を受賞しています。都会でストリート・チルドレンとして暮らす5人兄妹の愛と憎しみが語られる映画でしたが、この “Temporada de caza” はアルゼンチン南部パタゴニアの森が舞台です。
“Temporada de caza”(“Hunting Season”)2017 アルゼンチン
製作:Rei Cine (アルゼンチン) / Les Films de L’Etranger (仏) / Augenschein Filmproduktion (独) / Gamechanger Films (米) / 協賛INCAA
監督・脚本:ナタリア・ガラジオラ(ガラジョーラ?)
撮影:フェルナンド・ロケット
編集:ゴンサロ・トバル
美術:マリナ・ラッジオ
メイクアップ&ヘアー:ネストル・ブルゴス
助監督:ブルノ・ロベルティ
製作者:ベンハミン・ドメネク、サンティアゴ・ガリェリ、マティアス・ロベダ、
ゴンサロ・トバル、他共同プロデューサー多数
データ:製作国アルゼンチン・米・仏・独・カタール、スペイン語、2017年、ドラマ、100分。撮影期間2015年から翌年にかけてサン・マルティン・デ・ロス・アンデスで撮影された。資金提供、トゥールーズ映画祭ラテンアメリカ映画基金、ドイツのワールド・シネマ基金より3万ユーロ、他ロッテルダムやトリノ・フィルム・ラボのサポートを受けています。第74回ベネチア映画祭「国際批評家週間」正式出品された。アルゼンチン公開9月14日予定。
キャスト:ヘルマン・パラシオス(父親エルネスト)、ラウタロ・ベットニ(息子ナウエル)、ボイ・オルミ、リタ・パウルス、ピラール・ベニテス・ビバルト、他
プロット:母親が急死したとき、ナウエルはブエノスアイレスの高校を終了する間際だった。別の家族と暮らす父親には、息子が18歳になるまでの3か月間の養育義務があった。二人は10年間も会っていなかったが一緒に暮らすことになる。父エルネストは、パタゴニアのサン・マルティン・デ・ロス・アンデスの山間の村で腕利きのハンターとして尊敬を集めていた。怒りをため込み心の荒んだナウエルのパタゴニアへの旅が始まる。自然が人間を支配する新しい環境に直面しながら、ナウエルは殺すことと同じように愛することの力を学ぶことになるだろう。
厳しいパタゴニアの風景をバックに対立する父と息子
★日本でパタゴニアと言えば氷河ツアーが人気のようだが、人間よりグアナコのような動物のほうが多い。舞台となるサン・マルティン・デ・ロス・アンデスもラニン国立公園がツアーに組み込まれるようになっている。「南米のスイス」と称されるバリローチェが舞台になったのは、ルシア・プエンソの心理サスペンス『ワコルダ』(『見知らぬ医師』DVD)でした。また詳細はアップしませんでしたが、今年のマラガ映画祭2017に正式出品されたマルティン・オダラの “Nieve negra” もパタゴニアが舞台、リカルド・ダリン扮する主人公は人里離れた山奥の掘立小屋に一人で暮らしている。父親が亡くなり遺産相続のため長らく会うこともなかった弟が妻を伴ってスペインから戻ってくる。この弟にレオナルド・スバラグリアが扮した。相続をめぐって対立する兄弟の暗い過去が直ちに表面化していくサスペンス。“Temporada de caza” のプロットを読んで真っ先に思い出したのが今作でした。
★ラテンアメリカ映画に特徴的なのが、何かを契機にA点からB点に移動して対立が起きる物語です。たいてい “Nieve negra” や “Temporada de caza” のように家族の死が多く、「シネ・エスパニョーラ2017」で短期上映されたイスラエル・アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー 殺し合う一家』も音信不通だった母親と弟の死がきっかけでした。二人に掛けられていたという僅かな死亡保険金欲しさにブエノスアイレスから北部のラパチトに移動して殺人事件に巻き込まれるストーリーでした。
★父エルネストを演じたヘルマン・パラシオスは、1963年ブエノスアイレス生れ。ルシア・プエンソの『XXY』(07)に、リカルド・ダリン扮する主人公の友人医師ラミロとして登場していました。TVシリーズでの出演が多い。息子ナウエル役のラウタロ・ベットニは本作が初出演のようです。ピラール・ベニテス・ビバルトは、“Yeguas y cotorras” に出演している。
(パタゴニアの風景をバックにした父と子、映画から)
★製作者のベンハミン・ドメネク、サンティアゴ・ガリェリ、マティアス・ロベダ、ゴンサロ・トバル、撮影監督のフェルナンド・ロケットは、共に “Yeguas y cotorras” に参画している。特にゴンサロ・トバルは、“Temporada de caza” で編集も担当しています。1981年生れの監督、脚本家、製作者、長編デビュー作 “Villegas” がカンヌ映画祭2012のカメラドールにノミネートされたほか、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICIのアルゼンチン映画コラムニスト連合賞ACCA他を受賞している。映画後進国の南米においては、アルゼンチンは飛びぬけて輩出している。
(左から、ゴンサロ・トバル、監督、サンティアゴ・マルティ、マイアミFF 2016にて)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★ナタリア・ガラジオラNatalia Garagiola:1982年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家。祖先はイタリア系移民だが、一応英語発音でカタカナ表記した(ガラジョーラかもしれない)。映画大学卒業後、2014年にスペインのメネンデス・ペラヨ国際大学(視聴覚研究財団)のシナリオ科の博士課程終了。短編がカンヌ映画祭に出品されていることもあり、若手監督として注目されている。
2011年 “Rincón de López”(短編11分)脚本、BAFICI出品
2012年 “Yeguas y cotorras” (短編30分)カンヌ映画祭2012「批評家週間」短編部門出品
2014年 “Nordic Factory” (フィンランド、デンマーク製作)監督6人のオムニバス
2014年 “Sundays”(16分)共同監督、脚本、カンヌ映画祭2014「監督週間」短編部門出品
2017年 “Temporada de caza” 省略
* “Yeguas y cotorras” は、YouTube(英語字幕)で鑑賞できます。
追記:『狩りの季節』の邦題で Netflix 配信されました。
ラウル・アレバロのデビュー作”Tarde para la ira”*ゴヤ賞2017 ⑥ ― 2017年01月09日 10:13
ラウル・アレバロは監督もできます!
★昨年の2月にラウル・アレバロ監督デビューの第一報をお届けしてから早くも1年近くの歳月が流れました。ベネチア映画祭2016「オリゾンティ」部門に正式出品された折にも追加記事をアップするなどして注目しておりましたが、ゴヤ賞作品賞・新人監督賞を含む11個ノミネートには驚きました。作品賞はともかく、新人監督賞のトップを走っているのは間違いありません。1馬身差で追っているのが前回ご紹介したサルバドル・カルボの“1898, Los últimos de Filipinas”と予想しています。今どき俳優の監督掛持ちなど珍しくもありませんが、改めて飛び飛びだった記事をまとめて再構成することにしました。
*以下、ゴチック体はゴヤ賞ノミネートを受けたもの、◎印はフェロス賞にノミネートされたもの
“Tarde para la ira”(“The Fury of a Patient Man”)2016
製作:Agosto la Pelicula / La Canica Films / TVE ◎
監督・脚本:ラウル・アレバロ ◎
脚本(共):ダビ・プリド ◎
撮影:アルナウ・バルス・コロメル
編集:アンヘル・エルナンデス・ソイド
音楽:ルシオ・ゴドイ
衣装デザイン:アルベルト・バルカルセル・ロドリゲス、クリスティナ・ロドリゲス
美術:セラフィン・ゴンサレス
メイクアップ&ヘアー:マルタ・アルセ、エステル・ギリェム、ピルカ・ギリェム
特殊効果:イケル・デ・ラ・カジェ・ラタナ、ラオル・ロマニリョス
録音:タマラ・アレバロ、ミゲル・バルボサ、ほか
製作者:ベアトリス・ボデガス、セルヒオ・ディアス
基本データ:製作国スペイン、スペイン語、2016年、スリラー・ドラマ、92分、製作費約120万ユーロ、スペイン国営放送RTVEの援助、撮影開始2015年7月より6週間、撮影地はマドリードほかセゴビアなど。スペイン公開2016年9月9日、IMDb7.5点
映画祭・受賞歴:ベネチア映画歳2016「オリゾンティ」正式出品、ルス・ディアス女優賞受賞。トロント映画祭、ロンドン映画祭、テッサロニキ映画祭、ストックホルム映画祭などに正式出品
映画賞:フォルケ賞2017作品賞・男優賞(アントニオ・デ・ラ・トーレ)、ガウディ賞2017撮影賞、フェロス賞2017作品賞以下7部門、いずれもノミネーション。
キャスト:アントニオ・デ・ラ・トーレ(ホセ)◎、ルイス・カジェホ(クーロ)◎、ルス・ディアス(アナ、フアンホの義妹)◎、ラウル・ヒメネス(フアンホ)、アリシア・ルビオ(カルメン)、マノロ・ソロ(トリアナ)◎、フォント・ガルシア(フリオ)、ピラール・ゴメス(ピリ)、ベルタ・エルナンデス(ホセのガールフレンド)、ルナ・マルティン(サラ)その他多数
解説:ホセとクーロの物語、無口だが用心深いホセはフアンホがオーナーのバルで終日ウエイターとして働いている。不眠症に苦しんでおり、フアンホの義姉妹アナを想っている。そんな折、フアンホの兄弟クーロが8年ぶりに出所してくる。2007年8月マドリード、クーロは仲間と宝石店を襲い販売員を昏睡状態にしたうえ仲間の一人が女店員を殺害してしまうという事件を起こしていた。暗い過去の亡霊にとり憑かれているが、アナと小さな息子と一緒に人生をやり直そうと考えていた。しかしアナの愛は既にクーロになく、見知らぬ男ホセと出逢うことで歯車が狂ってくる。やがて販売員がホセの父親だったこと、女店員がホセのガールフレンドだったことが明らかになってくる。人間の心の闇に潜む暴力、復讐、父と子の関係が語られることになるだろう。
(アントニオ・デ・ラ・トーレとルイス・カジェホ)
*監督キャリア紹介*
★ラウル・アレバロRaúl Arévalo、1979年マドリード生れ、俳優、監督、脚本家。クリスティナ・ロタの演劇学校で演技を学んだ。「妹と一緒に父親のカメラで短編を撮っていた。17歳で俳優デビューしたのも映画監督になりたかったから」というから根っからの監督志望だった。俳優としてキャリアを磨きながら、今回やっと長年の夢を叶え、監督としても通用することを証明した。
★日本デビューはダニエル・サンチェス・アレバロの第1作『漆黒のような深い青』(06、ラテンビート2007上映)、同作にはサンチェス・アレバロ監督と「義」兄弟の契を結んでいるアントニオ・デ・ラ・トーレも共演している。彼はデビュー作の主人公ホセ役として出演している。サンチェス・アレバロは合計4作撮っているが、二人とも全4作に出演しています。ゴヤ賞絡みではサンチェス・アレバロの第2作『デブたち』(09)で助演男優賞を受賞している。ホセ・ルイス・クエルダ(“Los girasoles ciegos”)、公開作品ではアレックス・デ・ラ・イグレシア(『気狂いピエロの決闘』)、イシアル・ボリャイン(『ザ・ウォーター・ウォー』)、アルモドバル(『アイム・ソー・エクサイテッド!』)、アルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』、今年ゴヤ賞脚本賞にノミネートされたダニエル・カルパルソロの『バンクラッシュ』(“Cien años de perdón”)などに起用されている。舞台にも立ち、TVドラ出演も多く、NHKで放映された『情熱のシーラ』で日本のお茶の間にも登場した。
*トレビア*
★アレバロ監督は「脚本執筆に7年、資金集めに4年の歳月をかけたのに、撮影に6週間しかかけられなかったのはクレージー」と嘆いている。それでも長年の夢をやっと叶えることができた。マドリードとセゴビアのマルティン・ムニョス・デ・ラス・ポサダスというアレバロが育った町で2015年夏にクランクインした。町の人々がエキストラとして協力しており、主人公の一人クーロ役のルイス・カジェホもセゴビア出身。ホセ役のアントニオ・デ・ラ・トーレとはダニエル・サンチェス監督の全作で共演している。さらにカルメン役のアリシア・ルビオは恋人ということです。監督と俳優が互いに知りすぎているのは、時にはマイナスにはたらくことも懸念されたが杞憂に過ぎなかった。
★ベネチア映画祭2016「オリゾンティ」部門の女優賞受賞者ルス・ディアス談、「自分の名前が呼ばれたときには思わず涙が出てしまいました」と語っていたルス・ディアス、1975年カンタブリアのレイノサ市生れ、女優、監督。舞台女優として出発、1993年『フォルトゥナータとハシンタ』が初舞台、映画、テレビで活躍。チュス・グティエレスの『デリリオ―歓喜のサルサ―』(ラテンビート2014)に出演、他にジャウマ・バラゲロ、ハビエル・レボージョなどの監督とコラボしている。2013年 “Porsiemprejamón” で短編デビュー、脚本も手がけている。ただし、「何よりもまず、私は女優」ときっぱり。
(ルス・ディアスとアントニオ・デ・ラ・トーレ、映画から)
★二人の主役、アントニオ・デ・ラ・トーレは1968年生れ、ルイス・カジェホは1970年生れと監督より一回り年上であり、それぞれ映画デビューも早い。ゴヤ賞では主役二人がダブルで主演男優、助演にマノロ・ソロ、新人にラウル・ヒメネス、主演女優にルス・ディアスと5人もノミネートされた。特にマノロ・ソロの演技を評価する批評家が多く、昨年のダビ・イルンダインの“B, la pelicula”に続いて2回めのノミネーションであるが、長い芸歴に比して少ない印象を受ける。脇役に徹しているせいか日本での知名度は低いが、『パンズ・ラビリンス』『プリズン211』『ビューティフル』『カニバル』、最近の『マーシュランド』ではフリーの新聞記者を演じていた。また、デ・ラ・トーレはフェロス賞2017の総合司会を務めることになっている。
(中央がマノロ・ソロ、映画から)
追加 : 邦題『物静かな男の復讐』で ネットフリックス配信されました。
サルバドル・カルボ ”1898, Los ultimos de Filipinas” *ゴヤ賞2017 ⑤ ― 2017年01月05日 14:40
歴史に基づく勝利無き英雄たちのアクション・アドベンチャー
★スペインで戦争歴史映画といえば、イコール「スペイン内戦」、今もって懸案事項の一つであり続けています。しかし本作は内戦物ではなく、その時代背景はタイトル通り19世紀末の1898年、舞台はフィリピンのルソン島にあるシティオ・デ・バレル、そこの小さな教会に337日間立てこもって戦ったスペイン駐屯軍のレジスタンスが語られる。1898年は、スペイン人にとっては植民地キューバに続いてフィリピンも失い、かつて栄華を誇ったスペイン帝国が完全に瓦解した不名誉な年である。
(左から、カラ・エレハルデ、エドゥアルド・フェルナンデス、アルバロ・セルバンテス、
ルイス・トサール、ハビエル・グティエレス、カルロス・イポリト、リカルド・ゴメス)
★サルバドル・カルボの長編デビュー作“1898, Los últimos de Filipinas”のご紹介。ゴヤ賞ノミネーション9個(新人監督・新人男優・撮影・プロダクション・美術・録音・衣装デザイン・メイク&ヘアー・特殊効果)、フォルケ賞作品賞ノミネーション(Enrique Cerezo P.C.)と熱い視線が注がれている。デビュー作とはいえ、カルボ監督は既にTVドラで活躍中、それがキャスト、スタッフの豪華さに繋がっている。撮影は2016年の5月から6月にかけて、赤道ギニア共和国やカナリア諸島のグラン・カナリアで9週間にわたって行なわれた。1945年、アントニオ・ロマンが“Los últimos de Filipinas”のタイトルで映画化している。そこでは当時の政権に不都合だったエピソードは語られることはなかったが、本作では隠された真実も姿を表わすようです。
“1898, Los últimos de Filipinas”2016
制作:13TV / CIPI Cinematografica S.A. / Enrique Cerezo Producciones Cinematograficas S.A. / ICAA / TVE
監督:サルバドル・カルボ
脚本:アレハンドロ・エルナンデス
音楽:ロケ・バニョス・ロペス
撮影:アレックス・カタラン・フェルナンデス
美術:カルロス・ボデロン
録音:エドゥアルド・エスキデ、フアン・フェロ、ニコラス・デ・ポウルピケ
編集:ハイメ・コリス
衣装デザイン:パオラ・トーレス
メイクアップ&ヘアー:アリシア・ロペス、ペドロ・ロドリゲス、ほか
特殊効果:パウ・コスタ、カルロス・ロサノ
プロダクション:カルロス・ベルナセス
製作者:エンリケ・セレソ、ペドロ・コスタ
基本データ:製作国スペイン、スペイン語、2016年、105分、戦争歴史物、製作費約600万ユーロ、撮影地・期間、赤道ギニア共和国、グラン・カナリア、9週間、フォルケ賞2017作品賞ノミネーション、ゴヤ賞9部門ノミネーション、映倫PG12、IMDb評価6.7点、スペイン公開2016年12月2日
キャスト:ルイス・トサール(サトゥミノ・マルティン・セレソ中尉)、ハビエル・グティエレス(ヒメノ軍曹)、エドゥアルド・フェルナンデス(エンリケ・デ・ラス・モレナス艦長)、アルバロ・セルバンテス(兵士カルロス)、カラ・エレハルデ(カルメロ司祭)、カルロス・イポリト(ロヘリオ・ビヒル・デ・キニョネス医師)、リカルド・ゴメス(兵士ホセ)、ミゲル・エラン(兵士カルバハル)、パトリック・クリアド(兵士フアン)、ペドロ・カサブランク(クリストバル・アギラール中佐)、フランク・スパノ(タガログ人の密使)、アレクサンドラ・マサングカイ(先住民テレサ)、エミリオ・パラシオス(モイセス)、シロ・ミロ(騎馬兵)ほか多数
*ゴチック体はゴヤ賞にノミネートされたスタッフとキャスト
(指揮官エドゥアルド・フェルナンデス)
物語:1898年の夏、ルソン島の海岸沿いの小村バレル、スペインの兵士たちが独立のため蜂起した先住民の一団に苦戦している。立てこもった教会を包囲された指揮官エンリケ・デ・ラス・モレナスとマルティン・セレソ中尉は、50名にも満たないわずかな陣容で戦わざるをえなかった。指揮官の死後、ヒメノ軍曹とともに駐屯軍を指揮したセレソ中尉は、熱病やマラリアにも苦しめられながら勝利も栄光もない戦いを強いられた。度重なる警告にも拘わらず何の対策も打ち出せなかった政府は、米国の援助を受けた反乱軍を前にしてなす術もなく、領土の割譲を余儀なくされる。1898年6月30日から翌年6月2日、337日間に及ぶ兵士たちの抵抗はパリ条約の締結により終りを告げた。
(左から、ルイス・トサール、カルロス・イポリト、後方が籠城したバレルの教会)
*トレビア*
★サルバドル・カルボSalvador Calvo:1970年マドリード生れのテレビ&映画監督。2000年TVドラ・シリーズ“Policias, en el corazón de la calle”の助監督として出発、2002年には同ドラマ4挿話を監督する。代表作は“Las aventuras del capitán Alatriste”(2013、4挿話)や“Hermanos”(2014、4挿話)、ほか多数手掛けておりテレビ監督としてはベテラン。46歳で長編映画デビューを果たした。
★監督談によると、最初のプランは村の教会に閉じ込められたスペイン駐屯軍のウエスタン風の「潜水艦ドラマ」を構想していた。しかし最後の植民地喪失がスペイン帝国の決定的な崩壊であることを明確にして、そのメタファーを強める意味で敢えて「1898年」という崩壊の年号をタイトルに入れ、新しい時代の出発を強調したかった。実際は米国に敗北して領土割譲という屈辱的なパリ条約を締結するわけですから、本質的にはペシミスティックではあるが、この独創的なスペインの未来に期待しているのかもしれない。
★製作会社「Enrique Cerezo Producciones Cinematograficas S.A.」の設立者エンリケ・セレソは、フォルケ賞を主催するEGEDA会長、それで作品賞にノミネーションされたのでしょうか。と言うのも12月2日公開だから、本当は来年回しのはずです(対象は2015年12月1日~2016年11月30日)。多分受賞はないと予想しますが、原則論者からは不満が出るかもしれない。
(サルバドル・カルボ監督とプロデューサーのエンリケ・セレソ)
★アントニオ・ロマンの「1945年版」では監督以下、アルマンド・カルボ(中尉役)、ホセ・ニエト(指揮官役)、ギジェルモ・マリン(医師役)ほか、日本でもクラシック映画で知名度の高いフェルナンド・レイ、フアン・カルボ(アルマンドの実父)、トニー・ルブランなどが出演、当然ながら殆どが鬼籍入りしています。兵士の逃亡などは、フランコ政権の不都合によりカットされていたようです。
★俳優陣のうち、ルイス・トサール(『プリズン211』『暴走車 ランナウエイ・カー』)、エドゥアルド・フェルナンデス(『スモーク・アンド・ミラーズ』『エル・ニーニョ』)、ハビエル・グティエレス(『マーシュランド』『The Olive Tree』)、カラ・エレハルデ(『ネイムレス』『ザ・ウォーター・ウォー』)のベテラン勢は日本語ウィキペディアで紹介記事が読める。当ブログにも度々登場願っているので割愛。
(左から、カラ・エレハルデ、エドゥアルド・フェルナンデス、ルイス・トサール)
★若手で今回「新人男優賞」ノミネートのリカルド・ゴメスは、1994年マドリード生れの俳優、テレビ、舞台でも活躍の22歳。現在マドリードのコンプルテンセ大学比較文学科に在籍中、勉学と俳優業の二足の草鞋を履いている。2001年から始まったTVドラ・シリーズ“Cuéntame cómo pasó”に7歳でデビュー、スペインで放映時間が近づくと通りから人影が消えてしまうと言われた人気ドラマ。「フランコ小父さんって何をした人なのか僕たちに話してよ」と、軍事独裁時代を知らない若者にドラマでスペイン現代史を教えるという内容。もちろん秘密のベールに覆われていた時代だから、大人でさえも知らないことだらけ、それで一家揃ってお茶の間に陣取った。マドリードに暮らすアルカンタラ一家の8歳になる末っ子カルロスの人生が語られ、時間とともに成長するカルリート・ゴメスをスペイン人はずっと見てきており、現在も続行中です。
(リカルド・ゴメスの今と昔)
★映画デビューは、アントニオ・ナバロのアニメ“Los Reyes Mago”(03)のボイス、ホセ・ルイス・ガルシのコメディ“Tiovivo c. 1950”(04)、同作はオスカー賞スペイン代表作品の候補にもなったが、アメナバルの『海を飛ぶ夢』に敗れた。というわけで本作出演が成人してからの本格的な映画デビューと言っていいでしょう。
(プレス会見でインタビューに応えるリカルド・ゴメスと共演者アルバロ・セルバンテス)
★脚本を執筆したアレハンドロ・エルナンデスは、キューバ出身の脚本家、2000年にスペインに移住しているシネアスト流出組の一人。今回ノミネートはありませんでしたが、以前紹介したマヌエル・マルティン・クエンカの“Malas temporadas”(『不遇』)を監督と共同執筆しています。ノミネーションを受けた撮影監督のアレックス・カタランは『マーシュランド』でゴヤ賞を受賞したばかり、『スモーク・アンド・ミラーズ』も手掛けているが、今回はどうでしょうか。スペイン各紙の映画評は概ね好意的で、何かの賞には絡むのではないかと思います。
*追記:邦題『1898:スペイン領フィリピン最後の日』で Netflix 配信されました。
サンセバスチャン映画祭2016*ノミネーション発表(スペイン映画) ③ ― 2016年08月11日 15:59
コンペティションの目玉はアルベルト・ロドリゲスの新作か?
★7月末にオフィシャル・セレクション(セクション・オフィシアル)を含むノミネーションの全体像が姿を現しました。当ブログでは、スペインが関わった作品「15作」を取り敢えずご紹介します。うちコンペティションに正式出品されるのが3作、コンペ外が1作、特別プロジェクション2作です。ニューディレクターズ部門1作、ホライズンズ・ラティノ部門1作、パールズ部門1作、サバルテギ部門3作、国際フィルム学生の出会い部門に短編2作、他に3000人収容の大型スクリーンで上映されるベロドロモに、短編12作です。参加監督はコルド・アルマンドス、アシエル・アルトゥナ、ルイソ・ベルデホ、ダニエル・カルパルソロ、ボルハ・コベアガ、グラシア・ケレヘタ、イマノル・ウリベなどベテラン、中堅、新人が名を連ねています。映画際上映後に公開された『スガラムルディの魔女』(アレックス・デ・ラ・イグレシア)や『暴走車 ランナウェイ・カー』(ダニ・デ・ラ・トーレ)が上映されたのも、このベロドロモでした。
*オフィシャル・セレクション、コンペティション部門*
★“El hombre de las mil caras”(英題“Smoke and Mirrors”)
アルベルト・ロドリゲス
実在のスパイを主人公にしたスリラー、現代史に基づいていますがマヌエル・セルドンの小説“Paesa: El espía de las mil caras”の映画化、というわけでワーキング・タイトルは“El espía de las mil caras”でした。実話に着想を得たフィクション。諜報員フランシスコ・パエサにエドゥアルド・フェルナンデス、フランコ独裁体制を支えた治安警備隊長ルイス・ロルダンにカルロス・サントス、その妻ニエベスにマルタ・エトゥラ、ヘスス・カモエスにホセ・コロナド、と演技派を揃えている。
(パエサに扮したエドゥアルド・フェルナンデス)
*A・ロドリゲス(1971、セビーリャ)の第7作め、本映画祭は『マーシュランド』(2014)に続いて3度め、三度目の正直となるか。下馬評では今年の目玉です。
*監督紹介と『マーシュランド』の紹介記事は、コチラ⇒2015年1月24日
(左から、E・フェルナンデス、J・コロナド、M・エトゥラ、C・サントス)
★“Que Dios nos perdone”(“May God Save Us”)ロドリーゴ・ソロゴイェン
経済危機の2011年夏、猛暑のマドリード、折しも首都はローマ教皇のマドリード到着を待ちわびる150万人の巡礼者でかつてないほどごった返していた。二人の刑事ベラルデ(アントニオ・デ・ラ・トーレ)とアルファロ(ロベルト・アラモ)は、できるだけ速やかにそれも目立たずに連続殺人犯を見つけ出さねばならない。しかし二人は犯人追跡が考えていたほど簡単でないことに気付かされる、二人のどちらも犯人像がひどく異なっていたからだ。
(映画から、アントニオ・デ・ラ・トーレとロベルト・アラモ)
*R・ソロゴイェン(ソロゴジェン)(1981、マドリード)の長編映画第3作、本映画祭オフィシャル・セレクションは初登場の監督。前作“Stockholm”(2013)でマラガ映画祭2013の監督賞(銀賞)を受賞、ゴヤ賞2014では新人監督賞にノミネーション、国際映画祭での受賞歴多数、次回作が待たれていた監督。二人の刑事にベテランを揃えた。
*監督紹介と“Stockholm”の記事は、コチラ⇒2014年6月17日
(左から、ロベルト・アラモ、監督、アントニオ・デ・ラ・トーレ)
★“La Reconquista”(“The Reunion”)ホナス・トゥルエバ
マヌエラとオルモは初めて恋をし、二人は15年後の再会を約して青春に別れを告げた。冬のマドリード、ある夜二人は再会する。これは現実には失われた時を求める物語であるが、意識の流れ、失われた時間の回復についての物語である。我々自身のなかにも思い出せない記憶、言葉や行為、感情やパッションがあり、記憶は修正されながら正確さは次第にあやふやになっていく。現在のマヌエラにイチャソ・アラナ、オルモにフランセスコ・カリルが扮する。カリルはJ・トゥルエバ作品の常連。
(映画から、イチャソ・アラナ、フランセスコ・カリル)
*J・トゥルエバ(1981、マドリード)の長編映画第4作め、本映画祭オフィシャル・セレクションは初登場。フェルナンド・トゥルエバが父、製作会社「フェルナンド・トゥルエバP.C.S.A」の責任者クリスティナ・ウエテが母、ダビ・トゥルエバが叔父と、実に恵まれた環境で映画作りをしている。しかし前作“Los exiliados románticos”(2015)では親離れして、自身が設立した製作会社「Los Ilusos Films」で撮り、マラガ映画祭で特別審査員賞(銀賞)を受賞した。ロドリーゴ・ソロゴイェンと同世代、サンセバスチャンも世代交代が進んでいる。
*監督紹介並びに“Los exiliados románticos”の記事は、コチラ⇒2015年4月23日
(撮影中のJ・トゥルエバ監督、右側は主役の二人)
*コンペティション外*
★“A Monster Calls”(“Un monstruo viene verme”)フアン・アントニオ・バヨナ
*作品紹介済みにつき割愛。
★映画祭に間にあうよう、コンペ作品だけでもキャスト&スタッフ、ストーリーなどの詳細をアップ致します。
追記:ホナス・トゥルエバ「La Reconquista」が邦題『再会』で Netflix 配信された。
イサキ・ラクエスタの新作はスリラー*マラガ映画祭2016 ⑥ ― 2016年04月29日 10:28
金貝賞受賞者ラクエスタ、金のジャスミン賞ゲットなら両賞受賞は初となる!
★「金のジャスミン賞」というのはマラガ映画祭の作品賞、「金貝賞」はサンセバスチャン映画祭の最高賞のことです。イサキ・ラクエスタは、2011年に長編6作目“Los pasos dobles”で「金貝賞」を受賞しています。マラガ映画祭は比較的若い監督に焦点が当てられているので将来的にも両賞の受賞は限られます。8作目となる本作はイサ・カンポとの共同監督、オリジナル版タイトルはカタルーニャ語の“La propera pell”、スペイン語は“La proxima piel”でマラガは字幕上映のようです。最初の候補作にはなかった作品、最終選考で浮上しました。イサキ・ラクエスタは“La leyenda del tiempo”(2006)が『時間の伝説』という邦題で上映されたことや、河瀨直美と短編ドキュメンタリー“Sinirgias:Las variaciones Naomi Kawase e Isaki Lacuesta”(09)を共同監督したことから若干認知度はあるでしょうか。
“La propera pell”(“La próxima piel”)2016
製作:Corte y Confeccion de pelicula/ La Termita Films / Sentido Films / Bord Cadre Films
協賛ICAA / ICCE / TV3 /Eurimage
監督・脚本・製作者(共同):イサキ・ラクエスタ、イサ・カンポ
脚本(共同):フェラン・アラウホ
撮影:ディエゴ・ドゥスエル
音楽:ヘラルド・ヒル
美術:ロヘル・ベリエス
編集:ドミ・パラ
製作者(共同):オリオル・マイモー、ラファエル・ポルテラ・フェレイレ、他
データ:スペイン、カタルーニャ語・フランス語・スペイン語、2016年、103分、スリラー、撮影地サジェント・デ・ガジェゴ(アラゴン州ウエスカ県北部)、バルセロナ。マラガ映画祭2016では4月28日上映。
キャスト:アレックス・モネール(レオ/ガブリエル)、エンマ・スアレス(母アナ)、セルジ・ロペス(伯父エンリク)、イゴール・スパコワスキー(従兄弟ジョアン)、ブリュノ・トデスキーニ(少年センターの指導員ミシェル)、グレタ・フェルナンデス(ガールフレンド)、ミケル・イグレシアス、シルビア・ベル、他
解説:8年前突然行方知れずとなった少年が、心の声に導かれて国境沿いのピレネーの小さい村に戻ってくる。もはやこの世の人ではないと誰もが信じており、家族さえ謎に満ちた少年の失踪を受け入れていた時だった。青年は果たして本当にあの行方不明になった子供なのか、またはただなりすましているのか、という疑いが少しずつ浮かぶようになってくる。
★前作“Murieron por encima de sus posibilidades”がサンセバスチャン映画祭2014コンペティション外で上映されて間もなく、次回作の発表がジローナであった。「8年前にほぼ脚本は完成していたが、製作会社が見つからずお蔵入りしていた。一人の女性と行方不明になっていた息子が10年ぶりに出会う物語です。フランスとの国境沿いのピレネーの村が舞台、このような地域は人によっては目新しく映る所です。ツーリストとその土地で暮らす人との違いを際立たせたい。季節は真冬、とても風土に密着した映画」とインタビューで語った。イサ・カンポと8年前から構想していたこと、製作会社、キャスト陣、11月3日にサジェント・デ・ガジェゴでクランクイン、撮影期間は6週間の予定などがアナウンスされた。
(本作撮影中のイサ・カンポとイサキ・ラクエスタ)
★最初の構想では母子の出会いは10年ぶりだったこと、まるで神かくしにあったかのように突然消えてしまった息子がピレネーの反対側、フランスの少年センターで発見されることなど若干の相違が見られます。製作会社のうちLa Termita Filmsは二人が設立しており、責任者は主にイサ・カンポのようです。製作会社が見つからなければ自分たちで作ってしまおう、というのが若いシネアストたちの方針なのでしょう。
(主役のガブリエルを演じたアレックス・モネール、映画から)
*監督紹介*
★イサキ・ラクエスタ Isaki Lacuesta :1975年、へロナ(カタルーニャ語ジローナ)生れ、監督、脚本家、製作者、両親はバスク出身。バルセロナ自治大学でオーディオビジュアル・コミュニケーションを学び、Pompeu Fabra 大学のドキュメンタリー創作科の修士号取得、ジローナ大学の文化コミュニケーションの学位取得。マラガ映画祭2011年エロイ・デ・ラ・イグレシア賞を受賞している。現在は映画、音楽、文学についての執筆活動もしている。共同監督のイサ・カンポと結婚、二人三脚で映画を製作している。
*長編フィルモグラフィー(長編ドキュメンタリーを含む)*
2002“Cravan vs Cravan”
2006“La leyenda del tiempo”『時間の伝説』ラス・パルマス映画祭特別審査員賞受賞、アルメニアのエレバン映画祭の作品賞「銀のアプリコット賞」受賞、他
2009“Los condenados” サンセバスチャン映画祭FIPRESCI国際映画批評家連盟賞受賞
2010“La noche que no acaba”(ドキュメンタリー)
2011“El cuaderno de barro”(61分の中編ドキュメンタリー)ビアリッツ・オーディオビジュアル・プログラマー国際映画祭FIPA「音楽ライブ」部門ゴールデンFIPA受賞、ゴヤ賞2012ドキュメンタリー部門ノミネーション
2011“Los pasos dobles”サンセバスチャン映画祭2011金貝賞受賞作品、他
2014“Murieron por encima de sus posibilidades”コメディ、サンセバスチャン映画祭2014コンペティション外出品作品
2016“La propera pell”本作
(「金貝賞」のトロフィーを手にしたラクエスタ監督と脚本家イサ・カンポ、授賞式)
★第2作“La leyenda del tiempo”(『時間の伝説』)は二つのドラマ、カンタオールの家系に生まれた少年イスラの物語とカンタオーラを目指してスペインにやってきた日本女性マキコの物語を交錯させ、二人の出会いと喪失感を描いたもの。日本はフラメンコ愛好者がスペインを除くと世界で一番多い国ということか、あるいは日本女性(マキコ・マツムラ)が出演していたせいか、セルバンテス文化センター「土曜映画上映会」で2010年上映された(日本語字幕入り)。個人的には“Murieron por encima de sus posibilidades”のような100%フィクションのコメディが好みですが、あまり評価されなかった。ボクもワタシも仲間に入れてとばかり人気俳優が全員集合しての演技合戦、その中から今回の主役アレックス・モネール、エンマ・スアレス、セルジ・ロペスなどが起用されました。
★イサ・カンポ Isa Campo :1975年生れ、脚本家、監督、製作者。バルセロナのPompeu Fabra 大学の映画演出科で教鞭をとっている。ラクエスタとの脚本共同執筆歴が長く、“Los condenados”、“La noche que no acaba”、“El cuaderno de barro”、“Los pasos dobles”、“Murieron por encima de sus posibilidades”の5作でコラボしている。アルバ・ソトラのドキュメンタリー“Game Over”(15)は、ガウディ賞2016(ドキュメンタリー部門)で作品賞を受賞している。監督としては短編、ビデオ多数、本作が長編映画デビュー作である。最近1児の母になった。現在はウルグアイ出身のフェデリコ・ベイロフの脚本を執筆中、彼の最新作はサンセバスチャン映画祭2015で“El apóstata”(ウルグアイ、フランス、チリ合作)で審査員スペシャル・メンションを受賞した。ほかにコメディ“Acné”(08、アルゼンチン、メキシコ他との合作)が『アクネACNE』の邦題で短期間公開されている。
(“Murieron por encima de sus posibilidades”撮影頃のカンポとラクエスタ)
★キャスト陣:最近のエンマ・スアレスは話題作に出演している。若いころには上手い女優とは思わなかったが監督には恵まれている。年齢的にはおかしくないのですが、アルモドバルの“Julieta”でも母親役でした。セルジ・ロペスはポル・ロドリゲスの“Quatretondeta”で紹介したばかりです。
★若いアレックス・モネールは1995年バルセロナ生れ、上記したように“Murieron por encima de sus posibilidades”にチョイ役で出演しています。デビュー作はパウ・プレイシャスPreixasの“Héroes”(10)、パトリシア・フェレイラの話題作“Els nens salvatges”(“Los niños salvajes”)で3人の若者の一人に抜擢された。マリア・レオンとゴヤ・トレドが共演したベレン・マシアスの“Marsella”(14)、日本ではパコ・プラサの“[REC]3”(12)で登場しています。
*ベレン・マシアスの“Marsella”の記事は、コチラ⇒2015年
(セルジ・ロペスとアレックス・モネール、映画から)
★ブリュノ・トデスキーニは、1962年スイス生れ、フランス映画で活躍している。スペイン映画ではアグスティ・ビリャロンガの“El pasajero clandestino”(95)やヘラルド・エレロの“Territorio Comanche”(97)に出演している。しかし本拠地はフランス、パトリス・シェローのお気に入り、『王妃マルゴ』(94)、『愛する者よ、列車に乗れ』(98)に出演している。代表作は2003年のベルリン映画祭でシェロー監督が銀熊賞を受賞した『ソン・フレール―兄との約束』の難病に冒された兄役でしょうか。見続けるのがなかなか辛い映画でしたが、ルミエール賞受賞ほかセザール賞ノミネーションなどを受けた作品。
(左から2人目がブリュノ・トデスキーニ、アレックス・モネール、エンマ・スアレス)
*追記:『記憶の行方』の邦題で、Netflix 配信されました。
期待できるスペイン映画2016 ③ ― 2016年02月26日 15:00
2016年に長編映画デビューを果たした監督
★アルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』に出演していたラウル・アレバロ、1990年代にマヌエル・ゴメス・ペレイラの『電話でアモーレ』(95)、イマノル・ウリベの『ブワナ』(95)や“Plenilunio”(99)に出演していたミゲル・デル・アルコが監督デビューしました。初監督とはいえ、彼は今世紀に入ってからは脚本家として、または舞台演出家としても活躍している。
(“Las furias”のポスター)
*ミゲル・デル・アルコ“Las furias”(2016年の後半)、脚本ミゲル・デル・アルコ、製作Aqui y Alli Films / Kamikaze Producciones / TVE、撮影2015年8月10日マドリードでクランクイン(2週間)、のちカンタブリアに移動した(4週間)。
キャスト:バルバラ・レニー、ホセ・サクリスタン、カルメン・マチ、メルセデス・サンピエトロ、エンマ・スアレス、ゴンサロ・デ・カストロ、アルベルト・サン・フアン、エリザベト・ヘラベルト、他。
ストーリー:70歳代のオルガ(サンピエトロ)は、海沿いの避暑地にある別荘を売るつもりだと3人の子供に告げた。ついては各自欲しい家具調度や思い出の品があれば選ぶように言い渡す。長男エクトル(ゴンサロ・デ・カストロ)は、売却前の最後の1週間を家族みんなで楽しむことを提案する。既に15年以上連れ添っている女性との婚礼もここで挙げたい。家族は思い思いに1週間を過ごすことになるだろう、ありふれた家族の集りが描かれるのだが・・・
(カンタブリア海での撮影風景)
ミゲル・デル・アルコ:1965年マドリード生れ、監督、脚本家、俳優、舞台演出家。舞台監督としてはシェクスピア、ゴーリキーの戯曲、スタインベックの小説の翻案劇を手掛けている。前述したように俳優として出発、脚本家、TVシリーズ、舞台演出などのかたわら、短編を撮る。今回50歳にして長編映画デビュー。豪華なキャスト陣からも分かるようにスペインでの評価は高い(バルバラ・レニー、ゴヤ賞2015主演女優賞、カルメン・マチ助演女優賞、ホセ・サクリスタン、2013主演男優賞)。演劇と映画の二足の草鞋派の俳優が多いのもキャリアから推して頷ける。
★本作については、最近ご紹介した『マジカル・ガール』のなかで、バルバラ・レニーやホセ・サクリスタンが出演する映画としてアップしております(コチラ⇒2016年2月15日)。
(ミゲル・デル・アルコ監督)
*ラウル・アレバロ“Tarde para la ira”(2016年、スリラー)、共同脚本ダビ・プリド。製作者ベアトリス・ボデガス、セルヒオ・ディアス、撮影アルナウ・バルス・コロメル。予算120万ユーロ。ラウル・アレバロは脚本執筆に7年の年月をかけたが、撮影に6週間しかかけられなかったのはクレージーと嘆いている。マドリードとセゴビアのマルティン・ムニョス・デ・ラス・ポサダスというアレバロが育った町で撮影された。町の人々がエキストラとして協力しており、主人公の一人ルイス・カジェホはセゴビア出身。昨年7月マドリードでクランクインした。
キャスト:ルイス・カジェホ(クーロ)、アントニオ・デ・ラ・トーレ(ホセ)、ルス・ディアス(アナ)、アリシア・ルビオ(カルメン)、マノロ・ソト、ラウル・ヒメネス、フォント・ガルシア、他
ストーリー:クーロとホセの物語、クーロには暗い大きな秘密の過去があった。最近刑務所から出所したばかりであり、過去の亡霊にとり憑かれている。アナと一緒に人生をやり直そうと思っているが、見知らぬ男ホセと出逢うことで歯車が狂ってくる。復讐と人間に潜んでいる暴力が語られるだろう。まだ詳細が見えてこないが、ルイス・カジェホとアントニオ・デ・ラ・トーレが主役とくれば期待したくなります。監督と俳優が互いに知りすぎているのは、時にはマイナスにはたらくことが懸念されるが。カルメン役のアリシア・ルビオは恋人。
(ホセ役のアントニオ・デ・ラ・トーレ、映画から)
(クーロ役のルイス・カジェホ、撮影中)
ラウル・アレバロは、1979年マドリード生れ、俳優、監督、脚本家。クリスティナ・ロタの演劇学校で演技を学んだ。「妹と一緒に父親のカメラで短編を撮っていた。17歳でデビューしたのも映画監督になりたかったから」という根っからの映画好き。日本デビューはダニエル・サンチェス・アレバロの第1作『漆黒のような深い青』(06)がラテンビート2007で上映されたときで、監督と「義」兄弟の契を結んでいるアントニオ・デ・ラ・トーレも共演している。サンチェス・アレバロは合計4作撮っていますが、デ・ラ・トーレと同じに全てに出演しています。ゴヤ賞絡みではサンチェス・アレバロの第2作『デブたち』(09)で助演男優賞を受賞している。ホセ・ルイス・クエルダ、アレックス・デ・ラ・イグレシア、アルモドバル、アントニオ・バンデラス、『マーシュランド』のアルベルト・ロドリゲス、先日ご紹介したばかりの“Cien años de perdón” のダニエル・カルパルソロなどに起用されている。舞台にも立ち、テレドラ出演も多く、NHKで放映された『情熱のシーラ』でお茶の間にも登場した。個人的に好きな作品が未公開なのが少し残念です。
(本作撮影中のラウル・アレバロ)
追記:邦題『物静かな男の復讐』で Netflix 配信されました。
マルティネス=ラサロの新作”Ocho apellidos catalanes”公開 ― 2015年12月09日 13:14
1年半待たされましたがやっと“Ocho apellidos catalanes”が公開
★昨年のスペイン映画界の救世主“Ocho apellidos vascos”(2014)の続編です。監督エミリオ・マルティネス=ラサロの希望というより製作者の「柳の下の二匹目の泥鰌」を狙っての企画だったようです。果たして泥鰌は「居たのか、居なかったのか」どっちなのでしょうか。クランクインの記事はアップしておりますが、改めてフィーバーぶりを。前作も日本では無視され続けておりますが(多分)、スペインでの興行成績は、毎回好評のサンティアゴ・セグラの「トレンテ」シリーズは言うまでもなく、あのフアン・アントニオ・バヨナの『インポッシブル』をも抜いたのでした。スペイン人を理解するには、格好の教材だと思うのですが、公開の道は遠そうです。
★スペインで映画館に足を運んだ人は延べ約1000万人、総人口4600万の国ですから、一つマルが間違っているのではないかと思うほどです。山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズは本編48作、ギネスブック入りだそうですが、それでも全作のトータル観客数は8000万、これも凄い数字ですけど、ちなみに第1作は54万人だったそうです。“Ocho apellidos vascos”の数字が如何に破格だったかが分かります。これは、映画館から何年も足が遠のいていた人、映画はテレビやDVDで観るものと決めていた人が行かないと達成できない数字です。
(2015年興行成績ナンバーワンの結果に大喜びするスタッフ、キャストたち)
★第2作目、カタルーニャ編はどうだったか、思惑通り二匹目の泥鰌は居たようです。11月27日、公開1週目の集計が出ました。観客動員数1,809,490人のおかげで、11,081,639ユーロ、うち観客の73%が初日に映画館に足を運んだそうです。「バスク編」のスクリーン数は350でしたが、「カタルーニャ編」は884だったそうです。封切り日は金曜日なのですが。結局2014年に引き続き、2015年も興行成績ナンバーワンになることは確実です。公開前の予想では、「バスク編5600万ユーロを超えることは不可能、うまくいって3000万ユーロ」と踏んでいたようですから期待以上の数字です。どうやら先が読めなくなってきたようだ。
(クララ・ラゴ、ダニ・ロビラ、カラ・エレハルデ、続編「カタルーニャ編」)
★こうなると第3作、4作・・・と欲が出て、「ガリシア編」やら「アンダルシア編」などが撮られるかもしれない。脚本は前作と同じボルハ・コベアガとディエゴ・サン・ホセが共同執筆した。国粋主義者の「コルドをニューヨーク入りさせたい。ブルックリン橋を船で潜らせ、『なんてこった、こりゃポルトゥガレテの吊橋じゃないか』と歓喜の声を上げさせたい」とサン・ホセ。「ポルトゥガレテの吊橋」というのは、1893年に完成したビルバオ川に架かった吊橋、世界遺産に登録されている。しかし規模は比較にならないほど小さいから笑える。このシリーズは、主役のダニ・ロビラとクララ・ラゴより、バスク・ナショナリストに凝り固まったコルト役カラ・エレハルデ(クララの父、ゴヤ助演男優賞受賞)なしでは成立しないコメディです。海外編も考えているということですかね。
★「わたしたちが好きなコメディは、ジュリア・ロバーツが出演した『ベスト・フレンズ・ウェディング』なのです。かつての恋人―しばらく会っていないが今でも愛している―の結婚式をぶち壊して自身が花嫁になりたい。このようなコメディが元になっている」とコベアガ。ハリウッドのロマンティック・コメディの古典ですね。また「バスク編」のプロットは、ジェイ・ローチの『ミート・ザ・ペアレンツ』、主人公ベン・スティラーが恋人(テリー・ポロ)の父親(デ・ニーロ、元CIAの職員)に結婚の許しを得るためニューヨークに乗り込むお話でした。吹き替えでも繰り返し放映されたヒット・コメディ。カラ・エレハルデVSデ・ニーロ、ダニ・ロビラVSベン・スティラー、クララ・ラゴVSテリー・ポロという図式です。
★他に、ベルランガの『ようこそマーシャルさん』(1952)、セグラの「トレンテ」シリーズ、W・ベッカーの『グッバイ、レーニン!』(独2003)、それに戦前のハリウッド映画、ジョージ・キューカーの『フィラデルフィア物語』(1940)などを上げている。戦後間もない1948年に日本でも公開され、「こんな映画を作っていた豊かな大国と戦争してたんだ」と、観客はショックを受けた。
★「第1作の成功がプレッシャーになっていたが、脚本は自由裁量であった。二人が恐れていたのは筋のマンネリ化、それを避けるためガラリと変えた。続編は恋の三角関係です」とサン・ホセ。スタッフもキャストもほぼ同じですが、クララ・ラゴ(アマイア)のカタルーニャでの新恋人にブルト・ロメロ、その祖母役に大ベテランのロサ・マリア・サルダが加わった。この家族は典型的なカタルーニャ気質を体現しており、バスクのクラシック・ジョークを言い換えながら笑わせる。どうやらバスクとカタルーニャの違いが分からないと笑えないのかもしれない。ジハード・テロリストについてのジョークもちょこっとあるようだ(心配?)。ロメロが演じる新恋人は、現代アーティストでヒップスターという役柄、「この役はマリオ・カサスには無理だよ、それで僕のところに回ってきたんだ」とロメロ。エル・パイス紙の購読者向けに企画された公開2日前インタビューで冗談をとばしていた(司会は本紙の批評家グレゴリオ・ベリンチョン)。
(左から、カルメン・マチ、ブルト・ロメロ、マルティネス=ラサロ監督、11月18日)
★このインタビューから見えてきたのは、バスク編製作中に続編が構想されていたが、「実際に私が、決心したのは第1作の大成功が分かった時点」とマルティネス=ラサロ監督。また「映画は数多くのおバカさんで成り立っている」とも語っていた。確かホセ・ルイス・ゲリンも「クレージーでないと映画は作れない」と語っていた。監督キャリアはバスク編で紹介しています。
★カルメン・マチは続編も同じメルチェ役、バスク編ではゴヤ助演女優賞を受賞した。多くの批評家が脇役エレハルデとカルメンのベテラン勢の演技なしに大成功はなかったと口を揃えた。彼女は、2010年エミリオ・アラゴンの『ペーパーバード 幸せは翼にのって』がラテンビートで上映されたとき、監督と一緒に来日した。アルモドバル新作「フリア」(「沈黙」を改題)には出演していませんが、アルモドバルの常連さんでもある。ゴヤ賞2015ノミネーション他でキャリア紹介しています。
*関連記事・管理人覚え*
◎バスク編の紹介記事は、コチラ⇒2014年3月27日
◎バスク編フィーバーの記事は、コチラ⇒2014年5月13日
◎ゴヤ賞2015ノミネーションの記事は、コチラ⇒2015年1月28日
ダニ・ロビラ*21世紀のガラン、パパラッチが待ち伏せ ― 2015年07月14日 13:25
人気急上昇のダニ・ロビラ
★行く先々にパパラッチが待機して人気上昇中なのがダニ・ロビラ、2014年のスペイン映画界の救世主だったエミリオ・マルチネス≂ラサロの“Ocho apellidos vascas”の主人公だ。2015年のゴヤ賞授賞式の総合司会者に抜擢されたのも異例なら、共演者の恋人役クララ・ラゴとあっという間にゴールインしたのもファンを驚かせた。彼女には過去に何人も噂になった恋人がいましたからね。目下“Ocho apellidos vascas”の続編“Ocho apellidos catalanes”が進行中ですが、あいだにマリア・リポルの“Ahora o nunca”に出演、昨年11月から撮影に入っていたが完成、早々と公開された。
★“Ocho apellidos vascas”の続編は、バスクからカタルーニャに舞台を移しました。監督、脚本家は同じ、登場人物のメンバーは当然のことだがバスク編とほぼ同じ、ほかにアントニオ・レシネス、ロサ・マリア・サルダなど大物俳優が参加、ストーリーの詳細はまだ明らかになっていない。撮影続行中だが、封切りは2015年11月20日と既にアナウンスされている。柳の下の二匹目のドジョウを狙っていますが、いつもドジョウがいるとは限りません(笑)。
長編2作目“Ahora
o nunca”に出演
★肝心のマリア・リポルの“Ahora
o nunca”はロマンティック・コメディ。リポル監督については第5作“Rastros de sándalo”(2014)が「モントリオール映画祭2014」で観客賞を受賞した際に紹介しています。今年のゴヤ賞脚色賞にもノミネートされた佳作でした。その中で“Ahora o nunca”についても少し触れております。
*モントリオール映画祭2014“Rastros de sándalo”の記事はコチラ⇒2014年12月18日
(マリア・リポル監督、恋人たちに挟まれて)
“Ahora
o nunca”
製作:Atresmedia Cine / AXN / Canal+España / Zeta Cinema / Zeta Audiovisual / etc.
監督:マリア・リポル
脚本:ホルヘ・ララ、フランシスコ・ラモス
音楽:シモン・スミス、ビクトル・エルナンデス、メロディ、エリック・ナヘル
撮影:パウ・エステベ・ビルバ
録音:セルヒオ・ブルマン
衣装:クリスティナ・ロドリゲス
データ:スペイン、スペイン語、2015、コメディ、86分、スペイン公開2015年6月19日、製作費約290万ユーロ、配給元ソニー・ピクチャー
撮影地:バルセロナ、サン・ヘリウ・デ・コディナス、ヘロナ(ジローナ)県のカンプロドンの各地、アムステルダム
キャスト:ダニ・ロビラ(アレックス)、マリア・バルベルデ(エバ)、クララ・ラゴ(エバの従姉妹タティアナ)、ジョルディ・サンチェス(エバの父親フェルミン)、ホアキン・ヌニェス(アレックスの父親サンティアゴ)、グラシア・オラジョ(アレックスの母親カリティナ)、メロディ(アレックスの妹イレーネ)、アリシア・ルビオ、ヨランダ・ラモス(ニネスおばちゃん)他
ストーリー:アレックスとエバは数年間の恋人期間に終止符をうち、とうとう結婚することにした。ついては結婚式はイギリスの片田舎で挙げたい。何故かと言うと、二人はそこの語学学校で知り合ったからだ。エバは式場の準備に一足先に現地入り、かたやアレックスは招待客一行を引き連れてバルセロナを出発、ところが折悪しく航空管制官たちのストライキに遭遇、飛行機はオランダの首都アムステルダムへ。次々に降りかかる予期せぬアクシデント、はたして花婿は花嫁の待つイギリスに到着できるでしょうか。
★タイトルの「ahora o nunca」の意味は、「やるなら今でしょ」、今をおいてチャンスはないという慣用句。スペインではロブ・ライナーの痛快コメディ『最高の人生の見つけ方』(2007)とタイトルが同じでややこしい。余命6カ月を宣告されたジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが、死ぬ前にやり残したことを「やるなら今しかない」と、病院を抜け出して冒険の旅にでるストーリー。日本の観客も大いに勇気をもらった映画。まあ、本作のストーリーとは関係なさそうだが。
(従姉妹同士、バルベルデとラゴ)
★ダニ・ロビラによると、ブレークした「オーチョ・アペジードス」バスク編が公開される前に脚本を貰った。公開前だからテレビで顔は知られていたとしても、当然多くのファンがいたわけではなかった。だから「海の物とも山の物とも分からない」自分を選んでくれたのは「僕を信頼してくれた」と大いに感謝した。いよいよ封切られ1週間2週間が経った頃からチケット売り場に行列ができ始めた。その後の快進撃は「あれよ、あれよ」という間だった。クチコミの凄さを実感したことでしょう。今では行く先々にパパラッチが待機、道行く人々も「あのひとオーチョに出ていた彼じゃない」という具合。名前ではなく飽くまで「オーチョの彼」だ(笑)。「目が覚めたら別の人生が始まっていた」というダニも既に34歳、これからが正念場と言えそうです。
(イギリスに向かう花婿と招待客一同)
★撮影は2014年11月4日クランクイン、バルセロナで7週間、続いてサン・ヘリウ・デ・コディナス、フランスと国境を接するヘロナ県(カタルーニャ語でジローナ)のカンプロドンの谷間の数カ所の村、ここが結婚式を挙げるイギリスの片田舎になる模様。最後がオランダのアムステルダム、スペインのコメディとしては結構お金を掛けている。製作費は約290万ユーロ、封切り2週目で354万を叩きだし、もう元は回収できました(3週目492万、Rentrak調べ)。2015年に公開されたスペイン映画では目下最高ということです。ハリウッドを含めると、勿論『ジュラシック・ワールド』がナンバーワン、桁が違います。
(アムステルダムで撮影中のダニ・ロビラ)
*キャスト紹介*
★ダニ・ロビラとクララ・ラゴは“Ocho apellidos vascas”で紹介済みなので、それ以外の主なキャストを紹介すると:
*マリア・バルベルデは、アルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』(ラテンビート2014)で薄命のボリバル夫人を演じた女優。1987年マドリード生れ、マヌエル・マルティン・クエンカの“La flaqueza del bolchevique”(2003)でデビュー、翌年のゴヤ賞とシネマ・ライターズ・サークル賞の新人女優賞を受賞した。汚れ役が難しいほど品よく美しいから、逆に女優としての幅が狭まれている。そろそろ曲がり角に差し掛かっている。今年から来年にかけて公開作品が続く。
(結婚式の準備をするエバ)
*アリシア・ルビオは、1983年マドリード生れ、ダニエル・サンチェス・アレバロの『マルティナの住む街』(2011)、“La gran familia española”(2013)など主にコメディ出演が多い。数多い短編以外主役に恵まれない。
*ジョルディ・サンチェスは、1964年バルセロナ生れ、俳優と脚本家の二足の草鞋派。芸歴は長いがTV出演がもっぱらなので、日本での知名度は低いか。
*ヨランダ・ラモスは、1968年バルセロナ生れ、TVドラのシリーズで出発、出演多数のベテラン。映画デビューはサンチャゴ・セグラの『トレンテ4』、パコ・レオンの2作目“Carmina y amén”で「マラガ映画祭2014」助演女優賞を受賞、本作出演が3作目となる。
*メロディの本名はメロディ・ルイス・グティエレス、1990年セビーリャ生れのアーティスト、シンガーソングライター、エレクトロ、ダンサー、デザイナーと多才。今回映画女優としてデビュー、アレックスの妹役を演じた。勿論音楽も担当。YouTubeで新作を聴くことができます。
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