コロンビア映画「パライソ・トラベル」上映会とホルヘ・フランコの「トーク」2018年05月28日 13:58

             ホルヘ・フランコの同名小説「Paraíso Travel」の映画化

 

★先日、セルバンテス文化センターで「コロンビア・日本修好110周年」を記念して、「映画上映 / ホルヘ・フランコ トーク」という催しがありました(521日)。シモン・ブランドの第2Paraíso Travelが『パライソ・トラベル』の邦題で字幕入りで上映されるはずでしたが、直前になって「技術上のトラブルによって」英語字幕に変更されました。こういう不手際は、毎度のこととは言わないまでも珍しくない。上映後のトークは予定通り同時通訳でおこなわれました。映画ではなく、映画の原作者にして本作の脚本家でもあるホルヘ・フランコのトークが目的だった参加者が多かった印象を受けましたが、映画がメインの人もいるわけで、もっと早い段階の通知をお願いしたい。

  

       

              (「パライソ・トラベル」のポスター)

 

ホルヘ・フランコは、長編第6El mundo de afuera14)が『外の世界』という邦題で刊行されたばかり、宣伝を兼ねた来日のようでした。アルファグアラ賞受賞作で翻訳が待たれていました。ある書評によると、「マジック・リアリズムでないガルシア=マルケス的要素とバルガス=リョサの語りとの融合」とあるので、既に刊行されている『ロサリオの鋏』や『パライソ・トラベル』とスタイルはより重層的になっているもののスタイルは似ているものと思われます(管理人未読)。「トーク」の内容はウィキペディア(日本語版・スペイン語版)とだいたい被っていたように思いましたが、小説と映画の関係性についてはwikiで触れていない部分が結構あり、トークまで長時間粘って収穫ありでした。

 

      

   (『外の世界』を手にしたホルヘ・フランコ、2014年マドリード国際書籍見本市にて

 

★映画「パライソ・トラベル」は、若いカップルがアメリカンドリームを求めて、コロンビアのメデジンからニューヨークまでの過酷な旅を描くラブストーリー。ドラマは時系列でなく、クロスカッティングやカットバックで進行するので、観客が混乱しないよう「ここはニューヨークのブルックリン」、ここは「メデジン」「グアテマラ国境」「メキシコ」などと字幕が入ります(笑)。14ヵ所の国際映画祭で上映され、幾つも観客賞を受賞しています。コロンビア、米国、メキシコのベテランと新人が共演しています。基本データは以下の通り。

 

       

      (主演のアルデマル・コレアとアンヘリカ・ブランドン、映画から)

 

Paraíso Travel2008

製作:Paraiso Pictures / RCN Cine / Grando Illusions Entertainment / Fondo para el Desarrollo Cinematografico

監督:シモン・ブランド(サイモン・ブランド)

脚本:ホルヘ・フランコ、フアン・レンドン

撮影:ラファ・Lluch

編集:アルベルト・デ・トロ

音楽:アンヘロ・ミリィAngelo Milli

美術:ゴンサロ・コルドバ

製作者:サンティアゴ・ディアス、イサック・リー、アレックス・ペレイラ、フアン・レンドン、(共)ジョン・レグイザモ、他多数

 

データ:製作国コロンビア=米国、スペイン語・英語・仏語、2008年、117分、製作費約450万ドル、撮影地コロンビアのメデジン、アンテオキア、米国ニューヨーク市、クイーンズ区、期間200610月~20071月。公開コロンビア2008118日、米国2009110日、他メキシコ、スペイン、ポーランド多数

映画祭・受賞歴:トライベッカ、ウエルバ(観客賞)、モレリア、モントリオール、マラガ、ロスアンゼルス(観客賞・審査員賞)、サンフランシスコ(観客賞)、シカゴ、グアダラハラ、サンディエゴ・ラテン映画祭(コラソン賞)、各映画祭ほか14ヵ所の国際映画祭で上映された。

 

キャスト:アルデマル・コレア(マーロン・クルス)、アンヘリカ・ブランドン(レイナ)、マルガリータ・ロサ・デ・フランシスコ(ラケル)、アナ・デ・ラ・レゲラ(ミラグロス・バルデス)、ジョン・レグイザモ(ロジャー・ペナ)、ヴィッキー・ルエダ(カレーニャ)、アナ・マリア・サンチェス(パトリシア)、ルイス・フェルナンド・ムネラ(ドン・パストール)、ペドロ・カポ(ジョヴァンニ)、ヘルマン・ハラミジョ(ドン・ヘルマン)、ラウル・カスティージョ(カルロス)、ルイ・アルセージャ(ヒメノ)、アレキサンダー・フォレロ(メキシコ密入国請負業者)、ジナ・エルナンデス(ミラグロスの家族)、ヘスス・オチョア(メキシコのバスドライバー)、他多数

 

物語:メデジンで暮らしている若く魅力的なレイナは、日々の貧しさから逃れようとアメリカンドリームに取りつかれている。レイナの恋人マーロンは宙ぶらりん、家族は安定した生活を送っている。アメリカへの不法入国を目指すグループと一緒にメデジンを脱出したいレイナは、二の足を踏むマーロンを説得する。心からレイナを愛してしまったマーロンは、家族に内緒で危険で過酷な旅の企みに取りかかる。物語はニューヨーク市のブルックリン到着から始まり、些細な諍いで離れ離れになってしまった二人、想像以上に危険で過酷だった国境越えと、過去と現在を交錯させて進行する。言葉も分からない異国で突然迷子になってしまった青年の愛を探すロードムービー。壊れてしまった愛は二度と戻らない。                     (文責:管理人)

 

          編集技術を駆使して錯綜しながらドラマは展開する

 

A: 映画自体は字幕なしではあるがYouTubeで見ることができます。というわけで字幕入りを期待していたので大いに残念でした。原作を読んでいる方は英語字幕でも問題なかったでしょうか。

B: 「コロンビア現代映画上映会」でリカルド・ガブリエリの『ラ・レクトーラ』(12)が上映されたときも当日変更だった。まあ、英語しか分からない人には幸いでした。

『ラ・レクトーラ』の紹介記事は、コチラ20140219

 

A: 国際映画祭は英語字幕が基本ですが、昨年東京国際映画祭TIFFでホドロフスキーのビオピック『エンドレス・ポエトリー』が上映されたとき、スペイン語日本語どちらも分からない観客から、「英語字幕があると思っていたが・・・」と苦言を呈された。

B: TIFFは国際映画祭でした(笑)。ラテンビートでも下に英語、横に日本語と字幕に囲まれているケースがありましたが、字幕だらけで楽しめない。課題ありですね。

 

A  映画も原作と同じニューヨークに到着したときから始まる。『ロサリオの鋏』はロサリオが瀕死の重傷を負って病院に担ぎ込まれるところから始まり、過去をフラッシュバックさせ、手術の甲斐もなく死を迎えるところで終わる。両作とも時系列でないのは同じですが、本作で目につくのは、フラッシュバックだけでなく、カットバックやクロスカッティングが加わって場面展開が目まぐるしいことです。

B: それで上述したように場所が変わる度に、親切にここは「メデジン」、ここは「ニューヨークのクイーンズ」と地名を入れている。私たちには馴染みのない俳優ばかりか、登場人物も多いから助かります。

 

           キャストは国際色豊か、ベテラン演技派が新人を支えた

 

A: ネットの不鮮明な画面とスクリーンとの大きな違いは、役者の演技力の優劣がはっきりすること。レイナの母親ラケルを演じたマルゲリータ・ロサ・デ・フランシスコは、古くはセルヒオ・カブレラの「Ilona llega con la lluvia」(1996「イロナは雨とともに」)のイロナ役、ガルシア=マルケスの原作を映画化したイルダ・イダルゴの『愛その他の悪魔について』の侯爵夫人、ラケルの凄さは小画面ではよく分からなかった。

B: レイナがアメリカ行きに拘ったのは、この心を病んでいた母親に会うことも目的の一つだった。  

         

         (ラケル役のマルゲリータ・ロサ・デ・フランシスコ)

 

A: 他にも男優では、ドン・ヘルマン役のヘルマン・ハラミジョ、ロジャー・ペナ役のジョン・レグイザモなど有名どころを脇役に据えている。ハラミジョは公開前に突然上映中止になったバーベット・シュローダーの不毛の愛を描いた「暗殺者の聖母」(00、仮題)で虚無的なゲイ作家を演じた役者です。

B: 舞台も麻薬が日常的だった犯罪都市メデジン、16歳のシカリオ少年を愛してしまう役でした。レグイザモは現在は米国籍ですが、生れはコロンビアのボゴタ(1964)、4歳のとき親と米国に渡った。

 

A: アメリカでコメディアンとしても活躍している。メキシコ映画だがエクアドルの監督セバスチャン・コルデロの『タブロイド』(04)で主役を演じている。ハリウッド映画ならニコール・キッドマンやユアン・マクレガーと共演した『ムーラン・ルージュ』、ガルシア=マルケスの同名小説の映画化『コレラの時代の愛』など枚挙の暇がない。本作の言葉をどもってしまうロジャー役も上手さで光っていた。

 

       

     (ロジャー役のジョン・レグイザモ、後ろはマーロン役のアルデマル・コレア)

 

B: 光っていたのは不法入国のグループの一人カレーニャを演じたヴィッキー・ルエダ、姉御肌の大人の女性を演じた。主にTVシリーズ出演が多いせいか本作で初めて見た。

A: ほかマーロンを拾って親身に世話してくれるパトリシア役のアナ・マリア・サンチェス、後半マーロンと恋人関係になるミラグロス役アナ・デ・ラ・レゲラ、主役のレイナになったアンヘリカ・ブランドンなど、総じて女優陣の演技が目立つ映画です。

 

      

       (ヴィッキー・ルエダ、アルデマル・コレア、アンヘリカ・ブランドン)

 

B: アナ・デ・ラ・レゲラ1977ベラクルス)は、メキシコ女優だが英語もできることからアメリカ映画にも出演している(ステラ・メギーの『エブリシング』2017)ほか、Netflixの連続TVシリーズ『ナルコス』(40話)にも出演している。

A: ヒロインのアンヘリカ・ブランドン1980、バランキージャ)は、1992TVシリーズでスタート、本作で映画デビュー、20代後半でのティーンエイジャー役はきつかったか。その後は二足の草鞋を履いてラブコメでも活躍、最近短編「Carmen」で監督デビューも果たした。

 

         

        (ミラグロス・バルデス役のアナ・デ・ラ・レゲラ)

 

B: 甘いマスクのアルデマル・コレアも、本作が映画デビュー作品です。

A: 以後は軸足をTVシリーズに置いているらしく、先述の『ナルコス』にも出演しているほか、フアン・ウリベの「Lo azul del cielo」(12)ではメデジンの中流家庭の青年を演じている。甘いマスクがコメディ向きなのかロマンスものが多いが、硬派のスリラー「Palabra de Ladrón」(201413話)では、無実の罪で収監されてしまう主役を演じた。コロンビアのTVシリーズは高質でラテンアメリカ諸国では評判がよく、近隣国にも配信されるから、それなりに認知度はあるようです。

 

B: 恋人レイナに引きずられるようにしてアメリカにやってくる中流家庭のぼんぼん役、次第にたくましい青年になっていく。映画はマーロンの成長を軸にアメリカンドリームがただの夢でしかないことを語っていく。

 

      シモン・ブランド監督はグラミー賞ノミネーション4回のミュージシャン

     

A: 不法移民のグループは、テキサスから荷物として入り込む。映画はニューヨーク市のブルックリンに辿りついたところから始まるが、過去と現在を行ったり来たりする。監督のシモン・ブランドSimon Brandは、1970年カリ(バジェ・デル・カウカ)生れだがアメリカで活躍、2006年の第1Unknownはアメリカ映画でした。サスペンスのせいか同年unknown アンノウン』の邦題ですぐ公開され、アメリカ映画なので<サイモン>でクレジットされた。製作費370万ドル、興行成績トータルで1700万ドルの収益を上げた。スペイン語題はMentes en blancoです。

 

            

B: 映画監督というより、ミュージックテレビジョンやCM(コカ・コーラ、BMW)の分野で国際的に知られた存在です。フアネス、シャキーラ、エンリケ・イグレシアスやリッキー・マーティンなど有名歌手のビデオクリップを制作しています。

A: 音楽がいかにも若者向き、両方ともアンヘロ・ミリィが手掛けている。本作では音楽だけでなくクレジットの入り方も面白かった。国籍はコロンビアですが、現在はロスアンゼルス在住です。ニューヨーク撮影に20日間もかけられたのも、そのお蔭でしょう。というわけか2014年の3作目Defaultはアメリカ映画です。

 

        

             (本作撮影中のシモン・ブランド監督)

 

B: 200611月、『unknown アンノウン』公開に合わせて夫人と来日しています。

A: 奥さんは2004年に結婚したクラウディア・バハモンBahamón、コロンビアのモデル、TV司会者、二人の間には二人子供がいます。影響を受けた監督として『時計じかけのオレンジ』のスタンリー・キューブリック、猟奇殺人を描いたサイコ・サスペンス『セブン』のデヴィッド・フィンチャーの二人を上げています。

 

         

           (シモン・ブランドとクラウディア・バハモン)

 

             レイナ Reina とクイーンズ Queens 

  

B: マーロンが住みつくことになるクイーンズは、ニューヨーク市でも移民がもっとも多い地区だそうですが、ヒロインの名前レイナは英語のクイーンです。

A: そういうやり取りが作中でもありましたが、実際は遠く離れたジョージア州のアトランタに住んでいた。レイナクイーンズにいなかった。マーロンに所在を教えてくれたのが、あの危険な旅を共にしたヴィッキー・ルエダ扮するカレーニャでした。

 

     

          (再会しても誤解の溝が埋まらないレイナとマーロン)

 

B: こういうネットワークは存在するのでしょうか。寝る場所を追い出されたマーロンを助けてくれたミラグロスの制止を振りきって、アトランタを目指す。

A: ミラグロスとは既に恋人関係になっていたのにね。結局、誤解がもとでも壊れた愛は二度と元に戻らない。クイーンズに戻るほかないマーロンはミラグロスの家の前に佇んで映画はザ・エンド。夢と愛を探し求めて彷徨する、『オデュセイア』コロンビア版

B: あまりに幼すぎるマーロンの<パライソ・トラベル>でした。夜のシーンが多かったせいか光の使い方が印象的でした。

 

         作家になろうとは夢にも思わなかったホルヘ・フランコ

 

A: 小説と映画の関係性に絞って「トーク」の落穂ひろい。フランコ氏「子供のころは映画とかテレビの仕事を目指していて、作家になろうとは夢にも思わなかった」と語っているように、早熟な本の虫ではなかったようです。ウィキペディアにも「3人の姉妹に取り囲まれて大きくなったが、彼女たちが私を無視するので、まるで透明人間のようだった。茶の間から追い出され、自室に閉じこもってテレビを見るか、本を読むしかなかった」とあります。

B: 女3対男1では勝ち目はないが、やんちゃ坊主ではなくシャイな少年だった。それに総じて女の子は気まぐれで残酷だからね(笑)。女性優位の家庭に育つと男の子は萎縮する。

 

A: 本とテレビがオトモダチの時代が、今日のホルヘ・フランコを作ったのかもしれない。でも蔵書に囲まれていた家庭ではなく、スティーヴンソンの海洋冒険小説、ジュール・ヴェルヌのSF、エニッド・ブライトンなどを読んでいたというから本好きではあったが、特別ではないでしょう。 

B: 読書サークルに入っていた本好きな母親の影響を受けている。シェイクスピアを初めて読んだのは、祖父が13歳のときプレゼントしてくれた『ロミオとジュリエット』、とても感動して映画化するのが夢だった。「だから作家になろうとは思わなかった」と、「第二のガルシア=マルケス」といわれるにしては晩熟かな。

A: テレビのなかった頃に子供時代を送ったマルケスと比較するのは酷な話かもしれないが、同じ年頃の彼は、いっぱし<詩人>として仲間から一目置かれていた。

 

B: 「最初はロンドン国際フィルムスクールで映画を専攻したが、実際学んでみると自分に向いていないことが分かった」とも。

A: 映画を学んだ経験が「小説と映画の違い」を理解するのに役立っているのか。これは重要なことで、ある作家が映画化された自作を観て「これは私の小説の映画化ではない」と憤激する例は少なくない。これは小説と映画の違いを理解していないからです。

 

B: ビオグラフィーは付録に回すとして、会場からの「小説執筆中、映画化を意識するか」には、きっぱり「ノー」でした。

A: こういう質問が出るのはジャンルの違いを理解してないからで、小説は小説、映画は映画です。それに関連して、マルケスが黒澤明に自作の映画化を望んでいた話がでました。

B: 具体的にはどの作品だったのか聞き洩らしましたが、「黒澤明監督に撮ってもらいたかったが、既に高齢であったこともあって実現しなかった」と。

 

A: 作家が『族長の秋』の映画化をもちかけていた話は有名です。念願かなって1990年に来日したとき二人は歓談しています。「世界のクロサワ」も既に80歳と高齢でしたが、それだけが理由だとは思えない。撮る気はなかったと思いますが、そもそも製作費の問題で実現は難しかったはずです。「妥協を許さない」イコール「お金が掛かる」ですし、晩年のクロサワ作品でコレというのがない。

B: すでに映画は斜陽産業でしたし、『百年の孤独』は別として、『族長の秋』の認知度など現在だって低い。製作会社や脚本家など問題山積、実現不可能だと思っていました。

 

A: ほかにもショーン・ペン製作・監督、ノーベル賞作家の大ファンというマーロン・ブランド主演の噂も流れましたが立ち消えになった。ブランドは出演料は要らないというほどでしたが。ほかにもサラエボ出身だが「ユーゴスラビア人」を自称しているエミール・クストリッツア、パルムドール2回の監督が、滞在先のキューバまで足を運んで作家に直談判したが、これまた実現しなかった。

B: 仮に作家が気に入らなくてもクストリッツァなら面白いのができたかも。フランコ氏は、よく聞き取れなかったのですが「ダイヤローグは変えられないが、マルケスの小説は会話部分が少ない」ことを映画化を困難にしている理由の一つに挙げていました。

 

A: 特に『族長の秋』は、大きく6段落に別れており、それぞれ最初から最後まで改行無し、勿論会話部分に「」もない。ないどころか語りと会話が錯綜する小説です。彼の小説でも映画化が難しい部類です。読者が各自自由に想像して映画化しないほうがベターな小説もあるわけです。

B: 語りの文学である昔話でも、絵本やアニメにして子供の想像力を潰している例があります。

A: タケシ・キタノ監督は、マルケスの小説には「映像が感じられる」と言ってますから、映画化も作品によりけりです。

 

B: とにかく80年代にはマルケス作品の映画化は量産されました。作家自身の評価、作品の出来不出来にかかわらず、現在でも鑑賞可能です。

A: ラテアメリカ文学のブーム、マジック・リアリズムの話もでましたが、各国、各自受け取り方はさまざまです。フランコ氏から「自分の小説にマジック・リアリズムを感じた」というスペイン人記者の例が紹介されました。本邦の読者はいかがでしたでしょうか。

 

B: さて、「トーク」の対談者にして翻訳者である田村さと子氏が次に手掛けているのは、2010年発表のSanta suerteだそうです。

 

付録「ホルヘ・フランコのキャリア&作品」

ホルヘ・フランコ Jorge Franco Ramos1962年メデジン生れの56歳。ロンドン国際フィルムスクールで映画を専攻するも、ひとりでいるのが好きな自分には映画は向かないと断念、コロンビアに戻る。尊敬する作家マヌエル・メヒア・バジェッホが指導するメデジンの公立図書館文学養成所に参加、最終的には文学を学ぶため、ボゴタのイエズス会系のハベリアナ大学(Pontificia Universidad Javeriana 1623年創立)に入学する。創作養成所教授ハイメ・エチェベリの指導を受ける。

1996年、短編「Maldito amor」(『いまいましい恋』『呪われた愛』)

1997年、小説デビュー作「Mala noche」(『イヤな夜』『悪い夜』)

1999年、「Rosario Tijeras」(『ロサリオの鋏』田村さと子訳)

2001年、「Paraiso Travel」(『パライソ・トラベル』田村さと子訳)

2006年、「Melodrama」(「メロドラマ」)

2010年、「Santa suerte

2014年、「El mundo de afuera」(『外の世界』田村さと子訳)

 

★成功作『ロサリオの鋏』はダシル・ハメット賞を受賞(2000)、2005年メキシコの監督エミリオ・マイレにより映画化された(コロンビア、メキシコ、西、ブラジル合作)。ゴヤ賞2006スペイン語外国映画賞ノミネートほか、アリエル賞脚本賞ノミネート、マラガ映画祭でロサリオを演じたフローラ・マルティネスが「ラテンアメリカ部門」の女優賞を受賞した。またRCNチャンネルでTVシリーズ化(60話)されている。未公開だが『ネイキッド アサシンNEKED ASSASSIN』の邦題でDVD化されている。「Melodrama」は舞台化された。

 

     

 (エミリオ・マイレのオリジナル版、フローラ・マルティネス、後方はウナクス・ウガルデ)

 

★「第二のガルシア=マルケス」と称され、マルケス自身からも信頼を得ており、キューバの「サン・アントニオ・デ・ロス・バニョスの映画テレビ国際学校」のワークショップ「Cómo se cuenta un cuento」に講師として招かれている。成果は1996年『お話をどう語るか』として刊行された。

 

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監督週間にチロ・ゲーラの「Pájaros de verano」*カンヌ映画祭2018 ⑥2018年05月18日 20:20

       婦唱夫随で撮った新作Pájaros de verano」も「監督週間」でした!

 

     

★コロンビアのクリスティナ・ガジェゴチロ・ゲーラの新作Pájaros de veranaoが、「監督週間」のオープニングの光栄に浴しました。最初カンヌ本体のコンペティション入りが噂されていたので、どこかに落ち着くとは予想していました。結局、新作も2015年の話題作『彷徨える河』と同じ「監督週間」でした。オープニング作品に選ばれたのは、前作の成功があったからに違いない。最近の「監督週間」は、作家性のある新人登竜門という枠組を超えてベテラン勢が目につきます。確かにクリスティナ・ガジェゴのデビュー作ではありますが新人とは言えない。カンヌには両監督の他、<ゴッドマザー>的存在の主役を演じたカルミニャ・マルティネス、その娘に扮するナタリア・レイェスホセ・アコスタホセ・ビセンテなどがカンヌ入りしました。

『彷徨える河』の内容&監督キャリア紹介は、コチラ20161201

 

       

    (赤絨毯に勢揃いした、チロ・ゲーラ、ホセ・ビセンテ、カルミニャ・マルティネス、

 クリスティナ・ガジェゴ、ナタリア・レイェス、ホセ・アコスタ、201859日)

 

 Pájaros de verano(「Birds of Passage」)2018

製作:Ciudad Lunar roducciones / Blond Indian Films(以上コロンビア)/ Snowglobe(デンマーク)/ Labodigital / Pimienta Films(以上メキシコ)/ Films Boutique(フランス)、

協力カラコルTV(コロンビア)

監督:クリスティナ・ガジェゴ&チロ・ゲーラ

脚本:マリア・カミラ・アリアス、ジャック・トゥールモンド(『彷徨える河』)

   (原案)クリスティナ・ガジェゴ

音楽:レオナルド・Heiblum(メキシコ1970

撮影:ダビ・ガジェゴ(『彷徨える河』)

編集:ミゲル・シュアードフィンガー(『サマ』『頭のない女』)

美術:アンヘリカ・ぺレア(『彷徨える河』)

衣装デザイン:キャサリン・ロドリゲス(『彷徨える河』『チリ33人 希望の軌跡』)

製作者:カトリン・ポルス(デンマーク)、クリスティナ・ガジェゴ、他共同製作者多数

 

データ:製作国コロンビア=デンマーク、協力フランス=メキシコ、言語スペイン語とWayuuワユー語、2018年、ドラマ、125分、撮影地ラ・グアヒラ県の砂漠地帯、マグダレナ県、シエラ・ネバダ・デ・サンタ・マリア、撮影9週間、201753日クランクアップ。配給Films Boutique(フランス919日公開)、The Orchard(米国公開決定、公開日未定)

映画祭:カンヌ映画祭併催の「監督週間」オープニング作品、59日上映

 

キャスト:カルミニャ・マルティネス(ウルスラ・プシャイナ)、ナタリア・レイェス(ウルスラの娘サイダ)、ホセ・アコスタ(サイダの夫ラパイエット、ラファ)、ジョン・ナルバエス(ラファの親友モイセス)、ホセ・ビセンテ・コテス(ラファの叔父ペレグリノ)、フアン・バウティスタ(アニバル)、グレイデル・メサ(ウルスラの長男レオニーダス)、他エキストラ約2000

 

物語・解説:コロンビアの「マリファナ密売者の繁栄」時代と称される70年代を時代背景に、ラ・グアヒラの砂漠地帯でマリファナ密売を牛耳るワユー族一家の物語。当主ラパイエット・アブチャイベと姑ウルスラ・プシャイナによって統率された一家は、麻薬密売による繁栄を守るために闘う。金力と権力に対する野心と女性たちの地位についての物語。夢と寓話、残酷な現実を絡ませて物語は時系列に進行するが、共同体同士の権力闘争、家族間の争いはワユーの文化、伝統、人生そのものさえ危うくしていくだろう。未だに終りの見えないコロンビアの混乱の始まり、復讐はワユー共同体の原動力として登場する『ゴッドファーザー』イベロアメリカ版。コロンビアの崩壊したアイデンティティを魅力的に語る詩編。                              (文責:管理人)

 

          アマゾンの大河からラ・グアヒラの砂漠に移動して

 

★ある没落したワユー族の若者が繁栄を誇る一族の娘に結婚を申し込む。しかし要求された持参金はとうてい若者が準備できる額ではなかった。そこでマリファナを探していた米国のグループの仲介者になろうと決心する。容易にお金を工面するために始めたはずが、次第に麻薬ビジネスにのめりこんでいく。それは大地に深く根を下ろしたワユーの文化や伝統から遠く外れていくものだった。発端は求婚に過ぎなかった。ヨーロッパの批評家は「コロンビアの麻薬密売の起源のシェイクスピア風悲劇」と評している。この求婚者に扮するのがホセ・アコスタです。

 

★コロンビア北端のラ・グアヒラの砂漠地帯に約1000年前から住んでいるワユー族は、もともとマリファナを栽培していたという。ガジェゴ監督によると、ワユー族の女性たちは人前では口を閉ざしているが、一歩家に入れば政治経済に強い発言力を持っており、背後で男を操っている存在だという。いわば財布の紐を握っていたわけです。そういう女性を中心に据えてコロンビアの「bonanza marimbera マリファナ密売者の繁栄」と言われた197685年の麻薬密売取引を絡ませた映画を、ワユー族の視点で描きたいと長年考えていた。1960年代70年代のラ・グアヒラ地方はまだ資本主義の揺籃期で、米国のマフィアによって近代化された麻薬密売組織によって、たちまち危機に晒されるようになった。時代的にはパブロ・エスコバルのコカインによるメデジン・カルテルが組織される以前の話です。

   

★映画祭での評価は概ねポジティブですが、前作に比べると先が読めてしまう展開のようで、前作のような驚きは期待できないか。前作『彷徨える河』は、アカデミー外国語映画賞にノミネートされたこともあって米国では予想外のロングランだった。というわけで今回The Orchard により早々と米国公開が決定したことはビッグニュースとして報じられている。プロの俳優、カルミニャ・マルティネスナタリア・レイェス、今回が映画デビューのホセ・アコスタ、ワユーのネイティブのホセ・ビセンテ・コテス、などアマ・プロ混成団は、エキストラ2000人、スタッフ75名の大所帯だった。 

     

                             (ナタリア・レイェス、映画から) 

  

★主役のウルスラ・プシャイナを演じるカルミニャ・マルティネスは舞台女優、映画によってカルミニャ、カルミニアと異なるが、IMDbではカルミナでクレジットされている。1996TVシリーズ「Guajira」でデビュー、カルロス・パウラの「Hábitos sucios」(03)、ダゴ・ガルシア&フアン・カルロス・バスケスの「La captura」(12)に出演している。「ウルスラは厳しい女性であるが、情熱的で複雑な顔をもっている」と分析している。ホセ・アコスタは「母語でない他の言語で演じるのは難しいと思われているが、そんなことはない。心を開き人物になりきれば、そんなに難しいことではない」とインタビューに答えている。ナタリア・レイェスは、2015年のTVシリーズ「Cumbia Ninja」全45話に出演、一番知名度がある。「自分が知らなかったワユー族の素晴らしい文化を知ることができた。またラ・グアヒラの名誉を回復する物語に出られた貴重な時間だった」と語っている。  

    

                (中央がウルスラを演じたカルミニャ・マルティネス、映画から)

 

★ゲーラ監督は、砂漠での撮影は「何にもまして辛かった」と顎を出したそうだが、ガジェゴ監督は「ぜーんぜん」とすまし顔、非常にバイタリティに富んだ女性である。これは前作の『彷徨える河』で証明済みでした。ラ・グアヒラは厳しい乾燥地帯で、歴史的に海賊もスペイン人もイギリス人も寄り付かなかった地帯です。

 

クリスティナ・ガジェゴ Cristina Gallego は、1978年ボゴタ生れの製作者、監督。夫チロ(シーロ)・ゲーラとはコロンビア国立大学の同窓生、共に映画テレビを専攻した1998年、二人で制作会社「Ciudad Lunar roducciones」を設立して、ゲーラ作品の製作を手掛けている。200811年、マグダレナ大学で「製作と市場」についてのプログラムのもと後進の指導に当たる。今回Pájaros de verano」で監督デビューした。ゲーラとの間に2児。

 

     

      (第50回「監督週間」のポスターをバックにゲーラ監督とガジェゴ監督、カンヌにて)

 

チロ・ゲーラCiro Guerraは、1981年セサル州リオ・デ・オロ生れ、監督・脚本家。長編デビュー作La sombra del caminante04)は、トゥールーズ・ラテンアメリカ映画祭2005で観客賞を受賞。第2Los viajes del viento09)はカンヌ映画祭「ある視点」に正式出品、ローマ市賞を受賞後、多くの国際映画祭で上映された。ボゴタ映画祭2009監督賞、カルタヘナ映画祭2010作品賞・監督賞サンセバスチャン映画祭2010スペイン語映画賞、サンタバルバラ映画祭「新しいビジョン」賞などを受賞。第3作目となる『彷徨える河』15)は、カンヌ映画祭2015併催の「監督週間」に正式出品、アートシネマ賞受賞、第88回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、以下オデッサ、ミュンヘン、リマ、マル・デル・プラタ、インドほか各映画祭で受賞、他にフェニックス賞、アリエル賞(イベロアメリカ部門)、イベロアメリカ・プラチナ賞など映画賞を受賞。2016年にはサンダンス(アルフレッド・P・スローン賞)、ロッテルダム(観客賞)などを受賞。4作目が本作Pájaros de veranoとなる。

 

    

               (本作撮影中のゲーラ=ガジェゴと撮影監督ダビ・ガジェゴ

 

★ゲーラ=ガジェゴの次回作は、2003年のノーベル文学賞受賞者にして2度も英国ブッカー賞を受賞した、南ア出身の小説家ジョン・マックスウェル・クッツェーJ. M. Coetzee の小説Waiting for the Barbarians(「Esperando a los Bárbaros」)の映画化(現在の国籍はオーストラリア)。多くの小説が翻訳され、本書も『夷狄を待ちながら』という難読邦題で刊行されている。年末にモロッコでクランクインの予定。英語で撮るのは初めて、海外での撮影も初めてになります。

追加:第15回ラテンビート2018上映が決定、邦題は『夏の鳥』

 

「監督週間」にはコロンビアの新人ナタリア・サンタ*カンヌ映画祭2017 ⑤2017年05月05日 17:46

      コロンビアでカメラドールに挑戦する初めての女性監督ナタリア・サンタ

  

   

★今年の「監督週間」にコロンビアの新人ナタリア・サンタLa defensa del dragónがエントリーされました。IMDbにはキャストを含めてまだ詳細がアップされておりませんが、後で追加するとして、分かる範囲で見切り発車いたします。テーマはボゴタの中心街に暮らす古くからの友人3人のそれぞれの再出発物語のようです。年齢は53歳、65歳、72歳と開きがありますが、各自冒険を侵すことなく安全地帯に避難して現状に甘んじています。ポスターに載っている3人の老人は、人生の時間が残り少なくなったボゴタの市井の人の写真です。監督にインスピレーションを与えてくれた人々で、映画の登場人物ではありません。ポスターとしてはちょっと珍しいケースですが、それなりの理由があるのでした。

 

La defensa del dragón2017

製作:Galaxia 311

監督・脚本・製作:ナタリア・サンタ

撮影:ニコラス・オルドーニェス、イバン・エレーラ 

録音:フアンマ・ロペス

美術:マルセラ・ゴメス

編集:フアン・ソト

オリジナル音楽:ゴンサロ・デ・サガルミナガ

製作者:Ivette Liang(リャン/リアン?)、ニコラス・オルドーニェス、イバン・エレーラ 

 

データ:製作国コロンビア、スペイン語、2017、ドラマ、79分、撮影地ボゴタ。FDC(コロンビア映画振興基金)より助成金を得る。ニカラグアで開かれた第3IBERMEDIAの中央アメリカ=カリブ映画プロジェクトのワークショップ、トライベッカ=コロンビア2014のワークショップ、カルタヘナ映画祭FICCI**2014のワークショップなどに参加して完成させた。コロンビア公開615日予定。

 

FDC Fondo cinematografico colombiano は、長編映画の脚本や製作に資金を提供するために設立された映画振興策。カンヌ映画祭2015「批評家週間」でカメラドール他を受賞したセサル・アウグスト・アセベドの『土と影』(ラテンビート&東京国際映画祭2015共催上映)も同基金の助成金を受けて製作された。

**FICCI Festival Internacional de Cine de Cartagena de Indias(インディアス・カルタヘナ国際映画祭)

 

キャストゴンサロ・デ・サガルミナガ(サムエル)、エルナン・メンデス(ホアキン)、マヌエル・ナバロ(マルコス)、マイア・ランダブロマルタ・レアルラウラ・オスマ、他

 

          

          (左から、サムエル、ホアキン、マルコス、映画から)

 

物語と解説:ボゴタの中心街に暮らす旧知の友人同士、サムエル、ホアキン、マルコスの物語。一番若い53歳のサムエルはプロのチェス・プレイヤーで、勝つと見込める小規模なゲームで賞金稼ぎをして暮らしている。65歳のホアキンは腕のいい時計職人だが、デジタル時計を拒否しているので父親から受け継いだ時計工場を手放す危機にあった。マリファナ依存症の72歳のマルコスはスペイン出身のホメオパシー医だが患者は減り続けている。ポーカーの運任せの勝負事で一儲けしようと必勝法を練っていた。それぞれ自分の世界に安住して決定的な敗北を喫したくないと考えていた。しかし三人にも転機が訪れ、安全地帯から脱出しなければならない事態に直面する。サムエルは地元のチャンピオン大会出場の弟子をコーチしたり、ある女性とのチャンスに賭ける決心をする。ホアキンは危機に瀕した時計工場を立て直そうと立ち上がる。マルコスは故国の息子がどうして自分の年金を送ってこないのか調べることにする。愛でも人生でも同じことだが、今日では遅すぎるということはない。映画にはボゴタで一番古いチェス・クラブ「Lasker」、カジノ・カリブ、老舗カフェテリア「ラ・ノルマンダ」が登場する。失われつつあるボゴタの伝統への哀惜がノスタルジーをもって描かれる。

 

(サムエル)

                         

  

(ホアキン)

  

 

(マルコス)

  

 

ナタリア・サンタNatalia Santaは、1977年ボゴタ生れの監督、脚本家、製作者。大学では文学を専攻、2002年ミニ・テレドラの脚本を執筆、2009年テレドラ「Verano en Venecia」の脚本を執筆(1エピソード)。ニコラス・カサノバの「La Azotea」(20155分)にアシスタント・プロデューサーとして参画、本作で長編映画デビューを果たす。撮影監督のイバン・エレーラIván Herreraは夫君。彼が長年にわたり撮りためてきたボゴタ市の映像が本作の土台となっている(YouTubeで「ビデオ・ピッチ2013」を見ることができる)。

 

    

                 (ナタリア・サンタ)

 

Ivette Liangは、2003年に設立された制作会社「Galaxia 311」の共同設立者・経営者。コロンビア、ペルー、キューバの映画に携わっている。

 

       主人公たちは急ピッチで変貌する大都会ボゴタで生き残りを賭けている

 

★昔のボゴタの冷えた灰色の湿った声が聞こえてくる。しかしある種のノスタルジーをもって親密な居心地の良い雰囲気が醸しだされてくる。前述したように撮影監督のイバン・エレーラは、超高層ビルを建設するために自宅を取り壊されていくボゴタ市民の生態を長年にわたりフィルムに収めてきた。それが本作を撮ろうとした動機だと監督、「進歩発展という名の下でボゴタの伝統ある場所が次々に消えつつある」とナタリアは危機感を吐露する。「この国では異質のものを疎外したり忘れてしまうことに慣れてしまっている。今のボゴタに残っている姿や声を残す必要がある」と思ったのが最初の動機だった。

 

      

       (映画にも登場するボゴタで最古のチェス・クラブ「Lasker」の店内)

 

★「長年、取り壊されずに以前のままで残っている場所もあった。大都市の変化にもかかわらず、以前のスタイルのまま、進歩に抵抗して生き残っている、残り時間が少なくなっている人々の物語です」と監督。ボゴタの中心街は、高層ビルや車がやたら増え、代わりに空き地や伝統が失われつつある。「私たちの歴史的遺産は消滅しようとしています。それは私たちのアイデンティティーの消滅にも繋がると思った」と。「チェス・クラブLaskerの存在を知り、トーナメント観戦にも出かけて取材した。このチェス・クラブを中心に据えて映画を撮ろうと決め、そうやって造形した人物がチェス・プレイヤーのサムエルだった」と明かす。コロンビア映画にお馴染みのバイオレンスは描かれないが、日に日に減っていくとはいえ仕立て屋、靴屋、バル、カフェテリアなどが、レジスタンスの闘志のごとくスクリーンに堂々と登場する映画のようです。

 

★キャスト3人の俳優は、主にテレビ界で活躍しているベテラン揃いです。マルコス役のマヌエル・ナバロは、役柄同様スペイン出身の俳優、コロンビア、スペイン両方の映画、TVドラに出演しています。スタッフもデビュー作では珍しくありませんが、掛け持ちで担当していることが分かります。 

『ドラゴンのディフェンス』の邦題で、インスティトゥト・セルバンテス東京「第3回コロンビア映画上映会」で日本語字幕で上映されました。(2018年11月13日)  

 

『彷徨える河』 チロ・ゲーラ*コロンビア映画2016年12月01日 14:53

          文明と野蛮はラテンアメリカ文化の古典的テーマ

 

★昨年、公開あるいは映画祭上映を期待してアップしたチロ・ゲーラEl abrazo de la serpiente『彷徨える河』の邦題で公開された。カンヌ映画祭のパラレル・セクションである「監督週間」に正式出品した折に、原タイトルで紹介しております。カンヌ以降、世界の映画祭を駆け巡り、2016年の88回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるというフィーバーぶり、それで公開されることになったのならアカデミー賞ノミネーションも悪くない。本作は昨年11月、第7回京都ヒストリカ国際映画祭において『大河の抱擁』の邦題で上映されました。まだ公開中ですが、新データを補足して改めて再構成いたします。

作品・監督フィルモグラフィー紹介記事は、コチラ⇒2015524

88回アカデミー賞外国語映画賞ノミネートの記事は、コチラ⇒2016117

 

              

            (二人のカラマカテを配した英語版ポスター

 

『彷徨える河』(原題“El abrazo de la serpiente”)

製作:Buffalo Producciones / Caracol Televisión / Ciudad Lunar Producciones 他 

監督・脚本:チロ・ゲーラ(カタログ表記シーロ)

脚本(共同):ジャック・トゥールモンド・ビダル

撮影:ダビ・ガジェゴ

音楽:ナスクイ・リナレス

編集:エチエンヌ・ブサック、クリスティナ・ガジェゴ

製作者:クリスティナ・ガジェゴ

 

データ:コロンビア≂ベネズエラ≂アルゼンチン、スペイン語ほか、2015年、アドベンチャー・ミステリー、モノクロ、125分、言語はスペイン語・ドイツ語・英語・ポルトガル語のほかコロンビア、ペルー、ブラジルにおいて話されているクベオ語以下現地語マクナ語、ウイトト語など多数。撮影地はコロンビア南東部のバウペスVaupésの密林ほか多数、撮影期間約50日間。

映画賞・映画祭:カンヌ映画祭「監督週間」アートシネマ賞受賞、第88回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、以下オデッサ、ミュンヘン、リマ、マル・デル・プラタ、インドほか各映画祭で受賞、他にフェニックス賞、アリエル賞(イベロアメリカ部門)、イベロアメリカ・プラチナ賞など映画賞を受賞。2016年にはサンダンス(アルフレッド・P・スローン賞)、ロッテルダム(観客賞)などを受賞している。

 

             (第2回イベロアメリカ・フェニックス賞のトロフィーを手にしたゲーラ監督)

 

キャストニルビオ・トーレス(青年カラマカテ)、アントニオ・ボリバル・サルバドル(老年期のカラマカテ)、ヤン・バイヴート(テオ、テオドール・コッホ=グリュンベルク)、ブリオン・デイビス(エヴァン、リチャード・エヴァンズ・シュルテス)、ヤウエンク・ミゲ(マンドゥカ)、ミゲル・ディオニシオ、ニコラス・カンシノ(救世主・アニゼット)、ルイジ・スシアマンナ(ガスパー)、ほか

 

プロットアマゾン川流液に暮らすシャーマンのカラマカテと、聖なる薬草を求めて40年の時を隔てて訪れてきた二人の白人探検家との遭遇を通して、友好、誠実、信仰、世界観の食い違い、背信などが語られる叙事詩。白人の侵略者によって人間不信に陥ったカラマカテは、自分自身の文明からも離れて一人ジャングルの奥深くに隠棲していた。そんな折、死に瀕したドイツ人民族学者が連れて来られる。一度は治療を断るが、病を治せる幻覚を誘発する聖なる樹木「ヤクルナ」を求めて大河を遡上する決心をする。40年後アメリカ人植物学者がヤクルナを求めて再びカラマカテを訪れてくる。自然と調和して無の存在「チュジャチャキ」になろうとしていた彼の人生は一変する。過去と現在を交錯させ、悠久の大河アマゾンの恵みと畏怖、文明と野蛮、聖と俗、シンクレティズム、異文化ショック、重要なのがラテンアメリカ文化に特徴的な<移動>あるいは〈移行〉が語られることである。

          

                    (瀕死のテオに一時的な治療を施す青年カラマカテ

 

          先住民の視点で描かれた母なる大河アマゾンへの畏怖

 

A: 期待を裏切らない力作、少しばかり人生観というか多様な物差しの必要に迫られました。過去にもアマゾンを舞台にした映画は作られましたが、大体が欧米人の視点で描かれていた。例えばクラウス・キンスキーがアギーレを演じたヴェルナー・ヘルツォークの『アギーレ/神の怒り』(1972,西独)、10年後の『フィツカラルド』、カルロス・サウラの『エル・ドラド』(1988,西仏伊)、こちらはエリセの『エル・スール』で父親を演じたオメロ・アントヌッティがアギーレに扮した。

B: それぞれ力作ですが視点は当然白人側でした。主人公は本作に出てくる二人の探検家同様、アマゾンに魅せられた狂気の人物、この大河は人間を異次元に誘い込む媚薬のようです。

 

A: 主役は、時を隔ててアマゾンを訪れた二人の科学者にして探検家ではない。老年に達したカラマカテのようにも見えますが、生命を宿す母なる大河アマゾンという見方もできます。アマゾンなしでこの映画は成り立たない。

B: 二人の探検家の残した書物や資料が監督にインスピレーションを与えたとしても、それはキッカケでしかない。テオとして登場する最初に訪れたドイツ人テオドール・コッホ=グリュンベルクの視点は先住民に敬意をはらっているが、1940年代初めにアマゾンを訪れたエヴァン、アメリカ人植物学者のリチャード・エヴァンズ・シュルテスは、長生きして数々の功績を残した人物ですが、アマゾン探訪の動機は資本主義的であり、映画でもかなり辛辣に描かれている。

 

A: 本作がフィクションであることを押さえておくことが重要です。2011年から4年をかけて完成させた作品だそうですが、老年のカラマカテを演じたアントニオ・ボリバルの哲学が脚本に強い影響を与えていて、彼との出逢いが成功の決め手だった印象を受けました。ここで監督の名前の表記について触れておくと、カタログはシーロ・ゲーラで表記されていますが、今まで当ブログでは前例に従ってチロ・ゲーラで紹介してきました。

B: シロ・ゲラもあり、どれにするか迷いますね、配給元が今回監督に確認した結果ならシーロ・ゲーラに統一したほうがベターかもしれない。

A: Ciroはペルシャ帝国アケメネス朝の王キュロスから取られた名前、スペイン語ならスィロまたはシーロ、チロはイタリア語読みでしょうか。目下のところは当ブログでは前例に従っておきます。

 

B: そのほか聖なる樹「ヤクルナyakruna」は、実際には存在しない植物のようですね。

A: 映画では白っぽい花を咲かせていましたが、モノクロですし想像上の樹木ですから謎めかしていました。実際にはヤクルナに似た幻覚を誘発する樹木、例えばチャクルナからの連想かもしれない。とにかく本編を通じてヤクルナの美しさは忘れがたいシーンの一つでした。

B: モノクロ映画なのに、何故かカラーだったような印象があります。アマゾン流域の熱帯雨林の緑が目に焼きついて拭えないとか(笑)。

 

    

           (青年カラマカテと聖なる樹木ヤクルナの白い花)

 

A: チュジャチャキchullachaqui」という語は、一種の分身ドッペルゲンガーらしく、語源はケチュア語、感情や記憶をなくした空っぽの無の存在になることのようです。老年に達したカラマカテがアメリカ人植物学者にして探検家のエヴァンに会ったときの状態がチュジャチャキだった。

B: 記憶をなくしていたカラマカテが最後に到達した神々の住む山地を目前にして佇むシーン、これも圧巻でした。

A: カラマカテは最後の「大蛇の抱擁」の儀式をおこなって忽然と消えてしまう。そして一人残されたエヴァンは〈大蛇に抱かれて〉異次元に迷い込むが、目覚めると再び現世に戻ってくる。この大蛇はアマゾンに棲息するというオオアナコンダでしょうか。冒頭の大蛇の出産シーンにもドキリとさせられましたが、本作では大蛇が鍵になっている。題名は自由につけていいのですが、『彷徨える河』では若干違和感があります。

 

    

       (神々の住む山地を目前に呆然と佇む老いたるカラマカテとエヴァン

 

悠久の大河アマゾンに潜む光と闇、侵略者が破壊した先住民文化

 

B: 部分的に挿入されるカプチン派修道士が孤児たちを教育の名のもとに収容する施設での狂気、自称救世主のブラジル人が村を支配する信じがたい事例など、ヨーロッパ人が先住民文化を破壊していくさまを描いている。

A: これは実際に起こった歴史的事実ですし、特別珍しい視点とは思いませんが、まさに文明と野蛮、何が文明で何が野蛮なのかという古典的テーマを、監督としては外すことができなかったのしょうね。

B: コロンビア人でも知らない「コロンビアの現実を知ってもらいたい」という監督の気持ちも理解できますが、やや詰め込みすぎの感無きにしも非ずかな。

 

      

            (救世主の妻の病気を治療する老カラマカテ)

 

A: シンクレティズムの代表者として登場するのが瀕死の状態のドイツ人テオを連れてカラマカテを訪れるスペイン語のできるマンドゥカです。カラマカテのように白人を拒絶して隠棲して生きるか、マンドゥカのように西洋文明を受け入れ融合して生きるか、どちらかの選択を迫られる。

B: マンドゥカはさしずめガイド役、彼の部族もゴム栽培が目的の侵略者に土地を奪われながらも、生き残りをかけて融合の道を選んだ。

A: 大航海時代以降のラテンアメリカ諸国の受難は、概ね金太郎の飴です。欧米人はあたかも新大陸には文明がなかったかのように錯覚していましたから。

B: 豊かな叡智、キリスト教ではないが独自の宗教、神話、文字を持たなくても文明を持たない民族は存在しないということです。これに類した錯覚は大なり小なり現在も続いている。

 

     

                 (マンドゥカとテオ)

 

A: 過去をフラッシュバックさせながら行きつ戻りつしながら大河を遡上していきますが、いわゆるロード・ムービーという印象を受けなかった。

B: カラマカテは前進するのではなく、失った過去の記憶を取り戻そうとしている。未来ではなく過去へ過去へと遡っていく。

A: 彼の望みは大蛇に抱かれてあの世に旅立つこと、ここにあるのは前進ではなく単なる<移動>または〈移行〉であるように見える。この世とあの世は輪になっているから移動するだけである。

 

B: 本作の撮影隊は、プロデューサーのクリスティナ・ガジェゴによると、8000キロも移動したそうですが、よく7週間で撮れましたね。

A: 日本の国土の全長は約3000キロと言われますから、飛行機で飛んだ距離を含めても信じがたい距離です(笑)。クリスティナさんは監督夫人、デビュー作以来二人三脚で映画にのめり込んでいます。

B: 二人の間には二人の男の子がおり、そのタフさには驚きます。

 

   

  (クリスティナ、監督、ドン・アントニオ、ブリオン・デイビス、アカデミー賞ガラにて)

 

A: コロンビアの国土はブラジルに次いで2番めに広い。しかし半分は熱帯雨林、人々はボゴタなど都市部に集中している。なかでも6段階にきっちり決められた階層社会、富裕層に属する6番目は2パーセントにすぎない。

B: 500万を超える国内難民も国境沿いを移動しており、前より良くなったとはいえ治安も悪く、国内での階層間、人種間の対立は解消されていない。

A: 先住民は50万人とも80万人とも資料によって開きがあるが、言語は現在でも65以上にのぼるというが、年々消滅していくでしょう。青年カラマカテを演じたニルビオ・トーレスも部族のクベオ語しかできなかったそうですが、出演をきっかけにスペイン語を学んだ。老カラマカテ役のドン・アントニオは英語ができ現地語の分からないスタッフとの通訳をした由、急速に変化していくのではないか。

 

B: 横道にそれますが、半世紀にわたる左翼ゲリラとの平和合意に達した功績で、現大統領サントス氏の「ノーベル平和賞受賞」のニュースが世界を駆け巡りました。しかし前途多難に変わりはない。

A: ゲリラ側に譲歩しすぎと考える国民は半分を超えています。これが国民投票の結果に現れている。反対の中心は元大統領のウリベ氏、彼は父親をゲリラに殺害されている。個人的恨みで異議を唱えているわけではないが国民の傷口は相当深い。

 

B: 催眠術にかかってしまった2時間でしたが、鑑賞をお薦めできる作品でした。音楽、撮影については、もう観ていただくのが一番です。

A: 前回アップした監督キャリア紹介、実在した二人の学者のアウトラインを若干補足して再録しておきます。ご参考にして下さい。

 

 

チロ・ゲーラCiro Guerraは、1981年セサル州リオ・デ・オロ生れ、監督・脚本家。コロンビア国立大学の映画テレビを専攻する。1998年、同窓生のクリスティナ・ガジェゴ1978年ボゴタ生れ)と制作会社「Ciudad Lunar Producciones」を設立する。長編デビュー作La sombra del caminante2004)は、トゥールーズ・ラテンアメリカ映画祭2005で観客賞を受賞。第2Los viajes del viento2009)はカンヌ映画祭「ある視点」に正式出品、ローマ市賞を受賞後、多くの国際映画祭で上映された。ボゴタ映画祭2009監督賞、カルタヘナ映画祭2010作品賞・監督賞及びサンセバスチャン映画祭2010スペイン語映画賞、サンタバルバラ映画祭「新しいビジョン」賞などを受賞した。

 

★本作が第3作目になり、いずれもアカデミー賞コロンビア代表作品に選出されている。上記の映画賞のうち第3イベロアメリカ・プラチナ賞では、作品賞・監督賞以下7部門を制している。現在ピーター・ライニーの著書をベースにしたThe Detainee(政治的抑留者の意)と、北コロンビアのグアヒラ砂漠を舞台にしたBirds of Passage2本が2018年の完成を目指して進行中である。

3イベロアメリカ・プラチナ賞の記事は、コチラ⇒2016731

なお2作目Los viajes del viento『風の旅』の邦題でセルバンテス文化センターにて上映が予定されている(123日)


テオドール・コッホグリュンベルクTheodor Koch-Grünberg18721924)は、ドイツのグリュンベルク生れ、20世紀の初め南米熱帯低地を踏査した民族学者。テオのモデルとなった。第1回目(190305)がアマゾン河流域北西部のベネズエラと国境を接するジャプラYapuraとネグロ川上流域の探検をおこない、地理、先住民の言語などを収集、報告書としてまとめた。第2回目は(191113)ブラジルとベネズエラの国境近くブランコ川、オリノコ川上流域、ベネズエラのロライマ山まで踏査し、先住民の言語、宗教、神話や伝説を詳細に調査し写真も持ち帰った。ドイツに帰国して「ロライマからオリノコへ」を1917年に上梓した。1924年、アメリカのハミルトン・ライス他と研究調査団を組みブラジルのブランコ川中流域を踏査中マラリアに罹り死去。 

      

リチャード・エヴァンズ・シュルテスRichard Evans Schultes19152001)は、マサチューセッツ州ボストン生れ、ハーバード大学卒の米国の生物学、民族植物学の創始者。エヴァンのモデルとなった。大学卒業後、戦時中の1941年にゴムノキ標本採集をアメリカ政府から要請され、初めてアマゾン河高地を踏査している。長い滞在で映画にも出てきたマクナ語、ウイトト語などの現地語を理解した。幻覚性植物の研究者としても知られ、著書『図説快楽植物大全』が2007年に東洋書林から刊行されている。

  

ホライズンズ・ラティノ部門第5弾*サンセバスチャン映画祭2016 ⑩2016年09月02日 12:15

     躍進目覚ましいコロンビア映画界の若手JA・アランゴの新作

★今回はボゴタ出身、カナダの奨学金を得てバンクーバーの高校卒業後、コロンビア大学で映画とテレビを学んだという異色の若手監督フアン・アンドレス・アランゴの第2作となる“XQuinientosを取り上げます。デビュー作La Playa DC2012)がカンヌ映画祭「ある視点」にノミネートされ、国際舞台に躍りでた。続いてシカゴ映画祭「新人監督作品」部門、リマ・ラテンアメリカ映画祭「第1回監督作品」部門などでも上映された。ロッテルダム映画祭の映画製作支援資金「ヒューバート・バルス基金」を得て製作された作品です。新作はトロント映画祭「コンテンポラリー・ワールド・シネマ」部門で先にワールド・プレミアされます。

 

  

 

7“X QuinientosX-500   

製作:Séptima Films(コロンビア)/ Peripheria Productions(カナダ)/

MACHETE PRODUCCIONES(メキシコ)

監督・脚本:フアン・アンドレス・アランゴ

製作者:ホルヘ・アンドレス・ボテロ(Séptima Films)、ヤニック・レトルネアウLetorneauPeripheria Productions)、Edher・カンポス(MACHETE PRODUCCIONES

 

データ:製作国カナダ=コロンビア=メキシコ、2016年、108分、言語スペイン語・フランス語・英語・タガログ語・マサワ(Mazahua)語、撮影地:モントリオール(カナダ)、ブエナベントゥラ(コロンビア西部バジェ・デ・カウカ州)、メキシコ・シティ、ミチョアカン州シタクアロ(メキシコ)、マニラ(フィリピン)。公開コロンビア2017年前半期予定

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2016コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門、サンセバスチャン映画祭2016ホライズンズ・ラティノ部門、共に正式出品作品

 

キャスト:ジョナサン・ディアス・アングロ(アレックス)、 ベルナルド・ガルニか・クルス(ダビ)、Jembi・アルマサン(マリア)、他

 

解説:コロンビア、メキシコ、そしてカナダ、それぞれ愛する家族の死という共通の経験をした3人の若者の物語。環境の異なる土地で暮らす彼らの哀しみは決して交錯することはないが、深い哀しみを乗り越えるための心と体の変容を迫られるというテーマは共鳴しあう。アレックスはアフリカ系コロンビア人のティーンエージャー、コロンビアで最も危険な港湾都市といわれるブエナベントゥラで漁師として暮らしている。しかしアレックスには兄とその仲間の死を無駄にしないためにも、再び米国への密入国を果たさなければならない。ダビは先住民マサワ族の若者、父の死を受け入れられず村を出てメキシコ・シティに移ってきた。しかし首都での先住民差別に直面して自分の居場所を見つけることができない。戦士ダビは自らのアイデンティティを守るため、パンクファッションで武装して新しい人生に立ち向かう。マリアは母親の死を契機にフィリピンのマニラから、祖母アウロラを頼ってカナダに移住してきた。祖母は35年間もモントリオールで暮らしている。マリアはこの新しい北の国での激変を受け入れ耐えねばならない。それは闘いの日々でもあった。

 

    

              (左から、マリア、ダビ、アレックス)

 

★解説に述べたように、ラテンアメリカ映画に特徴的なテーマ〈移動〉を軸に、ブエナベントゥラ、メキシコ・シティ、モントリオールと、異なった言語が入り乱れる三つの空間で、三人の若者の哀しみと自立が語られる。ブエナベントゥラは麻薬都市として有名なカリ市に近い太平洋に面した港湾都市、2012年には犯罪組織同士の抗争が激化、暴力を恐れた住民が国内難民となって故郷を離れている。コロンビアは徹底した階層社会、国内難民の数でも世界の上位にランクされており、最近合意されたという政権vsゲリラ間の和解も調印に漕ぎつけるかどうか。

 

   

        (アレックス役のジョナサン・ディアス・アングロ、映画から)

 

★コロンビア映画の躍進には、長引いた内戦によるさまざまな問題を抱えながらも、「映画振興基金FDC」を設立した現政権の英断がある。カンヌやベルリンなどの国際映画祭の受賞歴を見れば一目瞭然である。言うまでもなく毀誉褒貶のある政権ではあるが評価したい。文化を軽んじた国家がやがて衰退するのは歴史が証明している。

 

フアン・アンドレス・アランゴJuan Andrés Arango Garcia監督は、コロンビアのボゴタ生れ、監督、脚本家、撮影監督。コロンビアの高校在学中、カナダの奨学金を得てバンクーバーの高校に留学、卒業後コロンビア大学で映画とテレビを学んだ。2010TVのドキュメンタリー・シリーズに撮影監督としてデビュー、ドキュメンタリーEsperanza P.Q.12)、TVムービーTop 5Canadá12)を手がけている。2012年長編映画La Playa D.C.で監督デビュー、カンヌ映画祭2012「ある視点」部門にノミネートされたことが、その後の躍進の足掛かりになった。

 

(デビュー作“La Playa D.C.”)

    

 ★トロント映画祭にノミネーションされたことについて、「“XQuinientos”は、特に汎アメリカ的な映画です。ラテンアメリカ映画の一つとして本映画祭で上映されることは、私にとってとても重要な事です」とアランゴ監督。プロデューサーのホルヘ・ボテロも「トロントで上映されることは素晴らしいこと。この映画のテーマは、移民や変革について語ったもので、世界のあらゆる地域で共有できる視点を持つよう心がけました」。やはりカナダでもトロントは英語圏、米国と直結していますからサンセバスチャンより有利かもしれません。ホルヘ・ボテロは、メキシコでは有力な製作者、他にマイケル・ロウの『うるう年の秘め事』(10、ラテンビート2011)、ディエゴ・ケマダ=ディエスの『金の鳥籠』(2014アリエル賞受賞作品、難民映画祭)を手がけている。

 

(フアン・アンドレス・アランゴ監督)

  

       

★上記のプロダクションの協力の他に、数年前に新設されたコロンビアの「映画振興基金FDC」、メキシコ映画協会などの資金支援、カナダ・テレフィルム、Sodec基金の後援を受けて製作された。

「短編」部門に選ばれたコロンビア映画*カンヌ映画祭2016 ③2016年05月12日 19:22

          メデジンの一断面を描く小児ポルノの犠牲者たち

 

 

★カンヌ映画祭の公式上映には他に「ドキュメンタリー」部門、「短編」部門などがありますが、前者にはスペイン語映画はゼロ、後者の10作品のなかに、スペインのフアンホ・ヒメネスTimecodeとコロンビアのシモン・メサ・ソトMadre(“Mother”)が生き残りました。シモン・メサ・ソトはカンヌ映画祭2014Leidiが短編部門のパルムドールを受賞した監督です。まずこちらからご紹介。全体的に昨年のコロンビア映画には目を見張るような勢いが感じられましたが、今年は比較的静かな印象です。今年の応募作品は約5000作、10作品に絞る作業も大変と思いますが、年々増加しているのではないでしょうか。審査委員長に河瀨直美がアナウンスされています。

カンヌ映画祭2014の“Leidi”の記事は、コチラ⇒2014530

 

          

               (短編デビュー作のポスター)

 

        Madre(“Mother”)2016

製作:Momento Film(スウェーデン)/ Evidencia Films(コロンビア) 協賛Alcaldía

監督・脚本:シモン・メサ・ソト

製作者:David Herdies(スウェーデン)、フランコ・ロジィ(コロンビア)

データ:コロンビア、スウェーデン合作、スペイン語、2016年、短編

カンヌ映画祭2016「短編」部門正式出品

 

解説:メデジンの丘の貧しい地区に暮らしている16歳の少女アンドレアの物語。ポルノ映画出演の依頼がくると、丘を下りて町の繁華街に出掛けていく。タイトルを〈Madre母親〉とつけたのは、主人公の少女と母親との絆が語られるからだそうです。

 

      

          (中央のアンドレアに焦点を絞って撮られている)

 

★前作“Leidi”もコロンビア第二の都市メデジンが舞台でしたが、本作も同じです。コロンビアは6段階に分けられた特有の階級社会で、住む場所もおよそ決っている。ブラジルのファベーラも高い場所にあるが、コロンビアも同じようです。アンドレアのケースは珍しいことではなく、コロンビアで起きている現実の一断面にすぎないと監督。少女たちがポルノ映画のオーディションに駆けつけるのは普通のことで、それなりの需要があるということ、背景には小児性的虐待がある。どの国にも言えることだが、現実には目に見えないものが社会に潜んでいる。

 

★「物語は持ち込まれたものです。子供を搾取している実態について短編映画を作りたいが、とコンタクトをとってきた、これが始まりです」と監督。「生やさしいテーマではないし、誰だって語りたくない。切り口をどうするかが難しかった」。数カ月というもの自転車で街中を走り回って、福祉団体の戸を叩き、少女たちと話し合い、どのようにして小児ポルノの世界に出入りするのかをネットを通じて調査した。まずはポルノビデオに現れる少女たちを見ることだった。400人以上の少女たちに会い、その証言を映画のなかに流し込んだ。「一度足を踏み入れると抜けられず反復性があること、背後にある大きな問題が教育です。お金が欲しいという野心、もっとも大きいのが貧困問題です」「小児性的虐待はメデジンに限ったことではなく、カルタヘナやその他の都市でも起きていることだから全国展開して欲しい」と監督。

 

           

               (最近のシモン・メサ・ソト監督)

 

シモン・メサ・ソトSimón Mesa Soto1986年、アンティオキア県都メデジン生れ、監督、脚本家、製作者、編集者、撮影監督。アンティオキア大学マルチメディア&視聴覚コミュニケーション科卒、ロンドン・フィルム・スクールの映画監督科マスターコースで学ぶ奨学資金を得て留学、監督コースの他、撮影監督、撮影技師のプロジェクトに参加。中編Back Homeがロンドン・ナショナル・ギャラリーの録画(再放送用フィルム)部門の一部になった。これはLos tiempos muertos0935分)の英語題と思われるが確認できていない。ロンドン・フィルム・スクールの卒業制作として撮られたLeidiがカンヌ映画祭2014短編部門のパルムドールを受賞した。受賞はコロンビア初の快挙だったが、引き続きシカゴ、ロンドン、メルボルン、バンクーバー、サンパウロ、釜山など国際映画祭に出品、短編部門の賞を多数受賞している。イギリスで映画を学んだことで、仲間の英語映画の撮影監督や編集も手掛けている。

 

            

              (カンヌ映画祭2014授賞式にて)

 

★共同製作者フランコ・ロジィは、カンヌ映画祭2014の「批評家週間」にGente de bienがワールド・プレミアされた監督。二人はそれまで交流はなかったそうですが、カンヌで意気投合して次回作の製作に参加することにした。こういう国際映画祭での出会いは若い監督にとって刺激になります。スウェーデンのDavid Herdiesは、“Leidi”を見て感動、是非コラボしたいと申し出てくれたそうです。国内だけにとどまっていてはダメということです。

 

     

       (フランコ・ロジィの“Gente de bien”から)

 

フランコ・ロジィの“Gente de bien”の紹介記事は、コチラ⇒201458


ガルシア=マルケスのドキュメンタリー*”Gabo:la creación de Gabriel García Márquez”2016年03月27日 15:08

                    マコンドの黄色い列車に乗って

 

Gabola creación de Gabriel García Marquezは、イギリスの監督ジャスティン・ウエブスタードキュメンタリーですが、言語はスペイン語です。監督はスペイン語が流暢、前作I will Be Murdered2013Seré asesinado”)もグアテマラの弁護士暗殺事件をテーマにしたドキュメンタリー、各地の国際映画祭で受賞しています。“Gabo”はガウディ賞2016にノミネーションされましたが受賞ならず記事を見送りました。しかし毎年誕生月の3月になると何かしら記事が目につき、今年の命日(417日)は、日本流に言うと3回忌にあたるのでご紹介することに。作家本人の登場は少ないようですが、監督によると「今まで彼のドキュメンタリーはなかった。それはインタビュー嫌いだったからだ」そうです2014年の死去に際しては当ブログでも「ガボと映画」に関する記事を中心に幾つかアップしております。

 

皆無というわけではなく、「本格的な」ドキュメンタリー映画という意味に解釈したい。作家の80歳の誕生を祝して製作された、ルイス・フェルナンドのBuscando a Gabo2007、コロンビアTV52分)が、翌2008年に『ガボを探し求めて』の邦題で上映されました(セルバンテス文化センター)。他にも『百年の孤独』に関連したシュテファン・シェヴィーテルトの“El Acordeón del Diablo”(2001、スイス=コロンビア=ドイツ合作)が『惡魔のアコーディオン』の邦題でテレビ放映されている。シェヴィーテルトは音楽ドキュメンタリー『キング・オブ・クレズマー』が公開されている監督。

「ガボと映画」に関する記事は、コチラ⇒2014123日・427日・429

 

    

   

  Gabola creación de Gabriel García Márquez 2015

(“GaboThe Creation of Gabriel García Márquez”、Gabola magia de lo real”他

製作:JWProductions / CanalEspaña / Caracol(コロンビアTV)他

監督・脚本:ジャスティン・ウエブスター

データ:製作国西=英=コロンビア=仏=米、スペイン語、2015年、ドキュメンタリー、伝記、90分、公開コロンビア20153月、スペイン2015417日(1周忌)、マドリード限定(TV放映)423日、バルセロナ1219日、米国独立系の映画館で20163月、ドイツ、フランス、イタリアではテレビ放映予定、他

映画祭・ノミネーション:カルタヘナ・デ・インディアス映画祭2015313日、ニューヨークのコロンビア映画祭、シカゴのラテン映画祭、ガウディ賞2016ドキュメンタリー部門ノミネーション、他

 

キャスト:フアン・ガブリエル・バスケス(作家)、アイーダ(妹1930生れ)、ハイメ(弟1941生れ)、ヘラルド・マルティン(ガボの伝記作家)、プリニオ・アプレヨ=メンドサ(親友のジャーナリスト)、セサル・ガビリア・トルヒーリョ(元コロンビア大統領)、ビル・クリントン(元合衆国大統領)、ジョン・リー・アンダーソン(ジャーナリスト)、タチア・キンタナル(元恋人)、他 

  

                    (『百年の孤独』を頭にのせた有名なフォト)

 

       複雑に錯綜するポリフォニックな声をどこまで拾えたか?

 

「メキシコに行くつもりだよ」と親友プリニオ・アプレヨ=メンドサ**に語って、まだノーベル賞作家ではなかった1961年に妻メルセデスと長男ロドリゴを伴ってコロンビアを去った。到着したメキシコのメディアは、ノーベル賞作家ヘミングウェイのショットガン自殺(72日)を盛んに報じていたという。出演してくれた彼の妹弟が兄への愛を語るのは当然だが、「有名な作家だから賞賛しなければならないと考えた人々には出会わなかった」と監督。妹アイーダ弟ハイメの二人は、大変な読書好きだった母親について語っている。しかし作家が大きな影響を受けたのは彼の幼少期に母親代りだった母方の祖母、つまり『大佐に手紙は来ない』に出てくる大佐夫人だった。アイーダとハイメは『予告された殺人の記録』に実名で登場している。

 

     

            (マルケス一家、妻メルセデス、ガボ、次男ゴンサロ、長男ロドリゴ)

 

**プリニオ・アプレヨ=メンドサは、1957年に共産諸国(ポーランド、チェコスロバキア、ソ連、東ドイツ、ハンガリー)を巡る旅を一緒にしたコロンビア人のジャーナリスト。しかし1971年の「パディーリャ事件」での意見の相違から袂を分かつ。彼についてはアンヘル・エステバン&ステファニー・パニヂェリのGabo y Fidel2004『絆と権力 ガルシア=マルケスとカストロ』新潮社、2010、野谷文昭訳)に詳しい。ウィキペディアからは見えてこない作家の一面が分かる推薦図書の一つ。あくまでもIMDbによる情報ですが、残念ながら二人の著者はキャスト欄にクレジットされていない。複雑に錯綜するポリフォニックな声をどこまで拾えたかが本作の評価を左右すると思います。       

 

  

   (前列左から2人目ブニュエル、一人おいた眼鏡がガボ、1965年アカプルコにて)

 

本作の語り手にコロンビアの作家フアン・ガブリエル・バスケス1973ボゴタ)を起用している。ロサリオ大学で法学を専攻、1996年フランスに渡り、1999年パリ大学ソルボンヌでラテンアメリカ文学の博士号取得、1年ほどベルギーに滞在した。その後バルセロナに移り2012年まで在住、現在はボゴタに戻っている。彼のEl ruido de las cosas al caer2011)が最近『物が落ちる音』(松籟社、20161月、柳原孝敦訳)の邦題で刊行されたばかり、推薦図書として合わせてご紹介しておきます。コロンビアと米国の麻薬戦争を巡るドキュメンタリー風の小説、2011年のアルファグエラ賞受賞作品。

 

 

            (アルファグエラ賞授賞式でスピーチをするバスケス、2011

 

タチア・キンタナル(本名コンセプシオン・キンタナル)は、1929年バスク自治州ギプスコア生れの女優、詩人(タチアTachiaは渾名、コンセプシオンの愛称コンチータCon­-chi-taのシラブルを入れ替えたもの)。フランコ独裁政権下では仕事ができず1953年フランスに亡命、1956年パリでガルシア=マルケスと知り合う。二人とも厳しい経済的困窮を抱えていた時代、あたかも後に書かれることになる『大佐に手紙は来ない』の大佐夫婦のような生活だったらしい(彼女は82歳になった2010年師走にアラカタカを初訪問している)。二人の熱烈な関係は1年とも数年とも言われている。作家がメルセデス・バルチャと結婚するのは1958年です。キンタナルも1950年に出会ったビルバオの詩人ブラス・デ・オテロ(191679)と親密な恋人関係を詩人の死まで維持していた。詩人はタチアの名付け親でもある。

 

  
     (「アディオス、ガボ」と作家の好きな黄色い花束を手にしたタチア・キンタナル)

 

★キンタナルには左耳の聴覚障害があり、映画化もされた『コレラの時代の愛』のヒロイン、フェルミーナ・ダーサを同じ聴覚障害者にしたのは、作家の元恋人への目配せだというわけです。この小説のモデルは作家の両親というのが通説ですが(本人が述べているようだ)、「私の両親は結婚しています。この小説は、アカプルコで毎年逢瀬を愉しんでいた80代のカップルを、あるとき船頭がオールで殴り殺してしまった結果事件となり、二人の秘密が白日の下になってしまった。二人はそれぞれ別の人と結婚していたからだ、という新聞記事にインスピレーションを得て書かれた」とも語っています。キンタナルも結婚してミュージシャンの息子がいる。両親は主人公フロレンティーノ・アリーサのように「519ヶ月と4日」も待たなかったというわけです。ウソとマコトを織り交ぜて話すのが大好きな作家の言うことですから、信じる信じないはご自由です。

 

ジャスティン・ウエブスターのキャリア&フィルモグラフィー

★イギリス出身の監督、脚本家、製作者、ノンフィクション・ライター、ジャーナリスト。ケンブリッジ大学で古典文学を専攻、1990年代はロンドンでジャーナリストとして働いた後、バルセロナに移り写真術を学びながらフリーランサーのレポーターの仕事をする。1996年製作会社JWProductionsを設立、現在はバルセロナを拠点にして映画製作に携わっている。本作の企画は「ほぼ10年前から温めていたが、具体的に始動したのは作家が死去する数ヶ月前のことで、亡くなったことで危機が訪れた」と監督。作家の熱烈なファンであったウエブスターにとって『百年の孤独』の作家の人生を語ることは難しく、結局予定より1年半遅れて完成。しかし、この映画を作ることで「今までと違った作家像にも出会った。例えば意外に内気で、若い頃に暮らしていたバルセロナ時代は無口で、親しい友人たちの付き合いを好んでいた」とも語っている。反面ノーベル賞受賞には執念をもやし、推薦者への根回しを怠らなかったいう話は有名です。

 

      

                        (最近のジャスティン・ウエブスター監督

 

ウエブスターが国際舞台に躍り出たのは、冒頭で触れたドキュメンタリー第1I Will Be Murdered2013Seré asesinado”、デンマーク、英、西、グアテマラ合作)だった。グアテマラの政財界に激震を走らせた「ロドリゴ・ローゼンバーグ暗殺事件」をテーマにしたドキュメンタリー、各地の映画祭に招かれそれぞれ受賞も果たした***ローゼンバーグはグアテマラのエリート弁護士、2009510の日曜の朝、サイクリング途中に或る者から差し向けられたヒットマンによって暗殺された(享年48歳の若さだった)。グアテマラ内戦(196096)の平和条約の調印がなされた後も和平合意は実現されておらず、当時の殺人件数6000人以上、誘拐件数400人以上というグアテマラでも大事件だった。それに拍車をかけるように弁護士が2日前に撮ったというビデオテープが公開されたことから国家の危機を引き起こす暗殺事件に発展した。

 

 

            

                  (政権を告発するロドリゴ・ローゼンバーグと殺害現場)

 

★ロドリゴ・ローゼンバーグの死後2日後に公開されたビデオは、「自分が殺害された場合の首謀者は、アルバロ・コロン大統領私設秘書官グスタボ・アレホスであり、大統領夫妻も私の殺害を了承していた」という衝撃的な内容だった。ローゼンバーグは国家資金を運用しているグアテマラ農村開発銀行の執行委員を務めていた企業家とその娘の殺害事件の調査に関与していた。彼は起業家が違法取引の隠蔽工作の協力を断ったために殺害されたと政権を告発した。 

 

 

         (高い評価を受けた“I will Be Murdered”のポスター)

 

***受賞歴:サンパウロ映画祭2013ドキュメンタリー部門審査員賞・栄誉メンション、ウィチタ映画祭2013ベスト・フューチャー・ドキュメンタリー賞、ハバナ映画祭2013ラテンアメリカ以外の監督部門サンゴ賞、グアナファト映画祭作品賞、カルタヘナ映画祭2014監督賞、バルセロナPro-Docs2014ベスト・ドキュメンタリー賞、その他、シカゴ映画祭2013正式出品、ガウディ賞2015ノミネーションなど多数。



グアダラハラ映画祭2016*作品賞はコロンビアの新星フェリペ・ゲレーロ2016年03月19日 21:21

        ドキュメンタリー監督の“Oscuro animal”が独占

 

1月下旬から12日間にわたって開催されるオランダのロッテルダム映画祭2016がワールド・プレミアでした。フェリペ・ゲレーロはコロンビアの監督ですが、数年前からアルゼンチンで編集者として活躍、現在はブエノスアイレス在住、本作Oscuro animalはアルゼンチン、オランダ、ドイツとの合作。彼は長編劇映画こそ初監督ですが、既に高い評価を受けたドキュメンタリー“Corta”(2012)や短編“Nelsa”(2014)を発表しています。ロッテルダム映画祭には他にパラグアイのパブロ・ラマルの第1作“La última tierra”と、ブラジルの若手マリリア・ホーシャ(ローシャ)の“A cidade onde envelheco”が出品されていました。

 

         

             (“Oscuro animal”のポスター)

 

      Oscuro animal2016

製作:Viking Film / Sutor Kolonko / Gema Films / Mutokino

監督・脚本:フェリペ・ゲレーロ

撮影:フェルナンド・ロケットLockett

データ:製作国コロンビア=アルゼンチン=オランダ=ドイツ、スペイン語、2016年、予算約58万ドル、テーマはコロンビア内戦が熾烈だった1990年代のビオレンシア、マチスモ、私設軍隊の恐怖など。

映画祭・受賞歴:ロッテルダム映画祭2016正式出品(129日上映)、グアダラハラ映画祭2016イベロアメリカ作品賞・監督賞・撮影賞・女優賞(下記の3女優が分けあった)を受賞。

キャストマルメイダ・ソト(ロシオ)、ルイサ・ビデス・ガリアノ(ネルサ)、ホセリン・メネセス(ラ・モナ)

 

     

                (映画のシーンから)

 

解説:コロンビアの総ての世代にはびこっている暴力「ラ・ビオレンシア」についての物語。ここではコロンビア内戦で暴力の犠牲者になった3人の女性が登場する。それぞれ異なった動機で、武力衝突で土地を奪われた犠牲者として、私設軍隊パラミリタリーの殺人的猛威や普遍的なマチスモを逃れて、大量殺戮や無差別的な不正行為の恐怖から国内難民として都会に逃れて行く女性たちの物語。内戦が沈静化した現在でも知られることもなく深い傷跡を抱えたままの人生、しかしささやかな希望をもって立ち上がろうとする女性たちの物語でもある。

 

     

                 (映画のシーンから)

 

フェリペ・ゲレーロFelipe Guerrero1975年コロンビア生れ、監督、編集、脚本、製作。1995年ボゴタのCine y Fotografía de la Escuela de Cine Unitecで科学技術者の学位を得る。4年後ローマの映画撮影実験センターCSCで編集資格修了証書を取得し、映画界には編集者として出発している。東京国際映画祭2014で上映された同胞オスカル・ルイス・ナビアの『ロス・ホンゴス』(2014)や“El vuelco del cangrejo”(2009)の編集に携わっている。

『ロス・ホンゴス』の記事は、コチラ⇒20141116

 

★監督としては1999年短編Medellínでデビュー、Duende2002)はローマのドキュメンタリー・フェスティバルで審査員佳作賞を受けた。2006年コロンビアの映画振興基金FDCを受けたドキュメンタリーParaísoで、各国際映画祭、マルセーユで特別メンション、バルセロナで実験ドキュメンタリー賞ほか、翌年コロンビア文化省からドキュメンタリー国民賞栄誉メンションを受けている。上記のCortaもコロンビアの FDCを受けて製作されたドキュメンタリー。ロッテルダムFFに出品され、同映画祭のヒューバート・バルス基金も獲得した。続いて国際映画祭マルセーユ、ブエノスアイレス、ロカルノで上映、スペインのMargenes映画祭では審査員特別メンションを受賞している。コロンビアの FDCの他、IBERMEDIAプロジェクト基金も受けている。

 

★短編Nelsaは、カルタヘナ短編映画祭上映、ボゴタ短編映画祭では女優賞・編集賞ポスター賞を受賞した。本作もコロンビアの FDCを受けて製作され、コロンビア政府の経済的援助が成果を生んでいる。このことについてはコロンビア映画躍進を語るおりに当グログでは度々触れてきております。東京国際映画祭2015上映のセサル・アウグスト・アセベドの『土と影』(カンヌFFカメラ・ドール他4賞受賞)、カンヌ映画祭のチロ・ゲーラの『大河の抱擁』(アカデミー賞外国語映画賞ノミネーション)も同基金を受けて製作されました。詳細は以下の関連記事をご参照ください。

セサル・アウグスト・アセベドの『土と影』に関する記事は、コチラ⇒20151031

カンヌ映画祭2015出品のコロンビア映画の記事は、コチラ⇒2015519527

チロ・ゲーラ『大河の抱擁』の記事は、コチラ⇒2015524

 

★「ビオレンシアの意味はここコロンビアでは複雑で一言では説明できない。映画では3人の女性たちに語ってもらった」と監督。しかしセリフは極力おさえた。重要なのはセルバの自然音に語らせることだったからだそうです。このテーマで撮ろうとしたきっかけは、国際アムネスティやヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書を読んで刺激されたこと。現在難民となって国内を流浪している人々に直接インタビューも行った。結果的には観客に多くの痛みを与える辛い仕事になった。しかしスクリーンで語られたことは、コロンビアの1980年代、90年代に実際に起こっていた苦しみであったとロッテルダムで語っていました。

 

   

   (プレス会見でインタビューを受けるゲレーロ監督、ロッテルダム映画祭2016にて)

 

★最優秀撮影賞受賞のフェルナンド・ロケットは、ドキュメンタリー映画を数多く手掛けている撮影監督。劇映画としては、マティアス・ピニェイロ(1982、ブエノスアイレス)とタッグを組み、代表作“Viola”(2012)他、“Todos mienten”(09)、“La princesa de Francia”(14)などアルゼンチン映画を撮っている。

 

 

    (撮影監督フェルナンド・ロケットの映像美)

 

3人の女優賞受賞者のうちマルメイダ・ソトは、『土と影』で嫁のエスペランサを演じた女優、唯一人のプロの女優として起用されていました。ルイサ・ビデス・ガリアノホセリン・メネセスは、IMDbによれば今回が初出演のようです。

 

    

   (最優秀女優賞のトロフィーを手にしたホセリン・メネセス、グアダラハラ映画祭)

 

    *グアダラハラ映画祭の他の受賞作・受賞者

La 4a. Compañía(メキシコ):共同監督アミル・ガルバン&バネッサ・アレオラ、初監督賞、審査員特別賞、男優賞にアドリアン・ラドロン、次のゴールデン・グローブ賞候補に推薦されることが決定された。また本映画祭と並行して行われるプレスが選ぶ「ゲレーロ賞」も受賞した。

 

             

               (“La 4a. Compañía”から)

 

El charro de Toluquilla(メキシコ):監督ホセ・ビリャロボス、最優秀ドキュメンタリー賞。メキシコ映画黄金期のイコンの一人、歌手で俳優のペドロ・インファンテ(191757)の人生を辿るドキュメンタリー。自ら操縦する自家用飛行機事故で死亡、39歳という若さであった。エイズのキャリアであったことが現在では分かっている。1957年ベルリン映画祭出品の“Tizoc”で男優銀熊賞を受賞している。

 

Me estas matando, Susana(メキシコ=スペイン=ブラジル=カナダ合作):監督ロベルト・スネイデル。ホセ・アグスティンの小説の映画化。ガエル・ガルシア・ベルナルとベロニカ・エチェギ出演のコメディ。“La 4a. Compañía”同様、次のゴールデン・グローブ賞候補に推薦されることが決定された。スネイデル監督は、『命を燃やして』がラテンビート2009で上映されたさい来日している。

 

『土と影』家と巨木*東京国際映画祭2015 ③2015年10月31日 17:16

       

★ラテンビートLB共催上映だったセサル・アウグスト・アセベドの『土と影』、LBのセッションが最終回だったので東京国際で見ることにしました。カンヌ映画祭と並行して開催される「批評家週間」で既に記事にしています。その折り「秀作の予感がする“La tierra y la sombra”」と書いた通り、カメラドールを含む4つの賞を受賞、コロンビア映画初の快挙でした。簡単な作品データ、スタッフ・キャストなどアップ済みですが(コチラ⇒2015519)、加筆して再構成いたします(ネタバレしています)。

 


     (カメラドールを手にしたセサル・アウグスト・アセベド、カンヌ映画祭)

 

    『土と影』La tierra y la sombra(“Land and Shade”)2015

製作:Burning Blueコロンビア/ Cine-Sud Promotion/ Tocapi Films/

 Rampante Filmsチリ/ Preta Porte Filmesブラジル

監督・脚本:セサル・アウグスト・アセベド

撮影:マテオ・グスマン

音響:フェリペ・ラヨ

編集:ミゲル・シェベルフィンゲル

特殊効果:Storm Post Production

製作者:ホルヘ・フォレロ、ディアナ・ブスタマンテ、パオラ・ペレス・ニエト

製作国:コロンビア、フランス、オランダ、チリ、ブラジル

 

データ:言語スペイン語、97分、撮影地コロンビアのバジェ・デル・カウカ、製作費約57万ユーロ、ワールド・プレミアはカンヌ映画祭2015「批評家週間」 コロンビア公開518

受賞歴:カルタヘナ映画祭2014で監督賞。カンヌ映画祭2015カメラドール、フランス4ヴィジョナリー賞、SACDのトリプル受賞の他、グランド・ゴールデン・レール賞(観客賞)を受賞。

援助金2009年コロンビア映画振興基金より5000ドル、2013年「ヒューバート・バルス・ファンド」**より脚本・製作費として9000ユーロなどの援助を受けて製作されている。

La Societe des Auteurs et Compositeurs Dramatiques の略

**Hubert Bais FundHBF’(1989設立):オランダのロッテルダム映画祭によって「発展途上国の有能で革新的な映画製作をする人に送られる基金」、ラテンアメリカ、アジア、アフリカの諸国が対象。コロンビアの監督では、昨年東京国際映画祭で上映された『ロス・ホンゴス』オスカル・ルイス・ナビアが貰っています。本作にはアセベド監督も共同脚本家として参画している。

キャスト:アイメル・レアル(アルフォンソ)、イルダ・ルイス(妻アリシア)、エディソン・ライゴサ(息子ヘラルド)、マルレイダ・ソト(嫁エスペランサ)、ホセ・フェリペ・カルデナス(孫マヌエル)他

 

プロット:アルフォンソと妻アリシアの物語。アルフォンソは17年前、土地を手放すことを拒んだ妻と一人息子ヘラルドを置いて故郷を後にした。老いて戻ってきた故郷は自分の知らない土地に変わり果てていた。肺の病で床に臥す息子の代わりに妻と嫁エスペランサは、サトウキビの刈取り人として過酷な労働に懸命に耐えていた。アルフォンソを戸口で迎えた孫マヌエルは、焼畑の灰塵が降りかかる荒廃のなかで成長していた。もはやよそ者でしかないアルフォンソが崩壊寸前の家族のためにできるのは何か。厳しい現実と過去の誤りに直面して、アルフォンソの模索が始まる。サトウキビ畑に取り囲まれた粗末な家と1本のサマンの巨木の下に置かれた小さなベンチ、三世代にわたる親子の歴史をミクロな視点からマクロな世界を照射する。       (文責:管理人)

 


   (小鳥を呼び寄せる台を囲む祖父と孫、ベンチに座る父、三世代が一つになるシーン)

 

セサル・アウグスト・アセベドCésar Augusto Acevedoは、1984バジェ・デル・カウカの県都カリ生れ、監督、脚本家、製作者。バジェ大学の社会コミュニケーション学部卒、卒業制作は『土と影』の脚本だった。短編“Los pasos del agua”や“La campana”(12)を撮る。後者ははコロンビア映画振興基金をもとに製作された。『土と影』は完成まで8年もの歳月を費やしており、20歳のとき母親が亡くなり、妻の死に遭遇した父親が亡霊のようになってしまったことが製作の動機。2009年コロンビア映画振興基金より援助を受け、翌年コロンビアのカリ映画祭のワークショップに参加、同年ハバナ映画祭のイベロ≂アメリカ交流のイベント、2012年ウエルバ映画祭、2013年カルタヘナ映画祭のエンクエントロス賞、サンセバスチャン映画祭のイベロ≂アメリカ共同製作フォーラムでのスペシャル・メンションを受けて完成させた。その間オスカル・ルイス・ナビアの『ロス・ホンゴス』の助監督と脚本を共同で執筆した。他に同監督のデビュー作“EL vuelco del cangrejo ”、ウイリアム・ベガの La Sirga”などの製作に参画している

 

      作品を語り尽くす冒頭シーン

 

A: 白い帽子を被った初老の男が遠くから1本道を歩いてくる、やがて大型トラックが埃を巻き上げて疾走してくる、男は鬱蒼と生い茂ったサトウキビ畑に逃げ込んで難を避ける、視界が晴れるのを待って再び歩きはじめる、これが冒頭シーンです。

B: 誕生祝いに買ってやった凧をもった孫と一緒に通る道であり、息子を町の病院に運ぶため馬車で透った道でもある。タルコフスキーとかソクーロフの世界を思い浮かべさせるシーンでした。

A: この冒頭シーンが作品全体のメタファーとなっていることを観客に伝えようとしている。ダイアローグを切り詰め、映像の力でメッセージを伝えようとする監督の強い意思が窺える。

B: 撮影監督マテオ・グスマンの強い意思でもあるか。

 


           (撮影中のマテオ・グスマンとアセベド監督)

 

A: コロンビアの若いシネアストに強い影響をあたえているのが、旧ソ連時代のアンドレイ・タルコフスキー(193286)とか現在活躍中のアレクサンドル・ソクーロフ(1951)だそうです。

B: カメラドール受賞後テレビのインタビューや特別番組に引っ張りだこ、なかで彼自身も影響を受けている監督にタルコフスキーを挙げていましたね。

A: 彼の生れ故郷カリ市は、かつては麻薬密売の総本山メデジン・カルテルの解体後を継いだカリ・カルテルの本拠地として知られていますが、今ではコロンビア映画のメッカだそうです。『ロス・ホンゴス』のナビア監督、話題作“Perro come perro”の先輩監督カルロス・モレノもカリ生れです。

 

B: キャリア紹介からも、カンヌの4賞受賞が根拠のないことではないのが分かります。若い監督が足の引っ張り合いをせずに、互いに協力しているなかで刺激を受けて成長している。

A: コロンビアは長い麻薬密売抗争やそれに惹起したゲリラ戦争で土地を奪われた農民が未だに国内を放浪し続けている国内難民500万人を抱えている国でもあるから、この映画は見る人によってメタファーの受け取り方が違うと思います。

 

                                    小さな家とファミリー・ツリー

 

B: 舞台になったバジェ・デル・カウカ県は、カリ・カルテルの中心地だからコカが栽培されているのかと思っていましたがサトウキビでした。

A: 南の隣県カウカがコカ栽培発祥の地だそうで、バジェ・デル・カウカはサトウキビのプランテーションが一番盛んだった県です。経営者の顔は見えず、農民を統率している男には何の権限も与えられていない。組織犯罪のセオリー通り顔が見えるのは実行犯だけ、黒幕は闇の中と同じ構図です。

B: これはコロンビアだけに特徴的なことではなく、どこの国でも見られると思いますが。

A: 他との違いを際立たせているのが真ん中に入口のある細長い家屋と、それに寄りそうように佇んでいる1本のサマンの巨木です。主に中南米に生息している樹木で『ロス・ホンゴス』にも登場していた巨木です。

 

B: 大地tirraの母に対して、sombraとなった父を重ねているのでしょうか。

A: スペイン語のsombraの第一語義は「陰」で、邦題の「影」は比喩として使うケースが多く、幻影とか亡霊のfantasmaの意味にも使う。邦題は内容に踏み込んで付けたのではないか。

B: 主人公アルフォンソはこの巨木とその下に設えられた小さなベンチに拘っている。このベンチは彼が故郷を後にした17年前にもあったもの。

A: 昔と変わらないのは、かつては白かったであろう家、巨木、ベンチ、この三つしかない。故郷でアルフォンソはよそ者となっている。

 

B: 彼は家族との和解をしたくて帰郷したのではないことが、やがて観客にも知らされる。

A: 呼び寄せる決断をしたのは息子の妻エスペランサだ。義母アリシアと夫ヘラルドの結びつきは固く、ここから離れられない義母から病身の夫を連れ出すことは一人では不可能だからだ。
B: アルフォンソが出ていった理由が、互いの愛が冷めたせいではなかったこと、アリシアが大地にしがみつくのは、ここを出た後の青写真が描けないからということも分かってくる。

A: 大地を捨てることイコール死と滅亡なんですね。かつての母系制家族の名残りを感じました。この土地はアルフォンソのものではなくアリシアのものなんでしょうね。


                     (堅い絆で結ばれたヘラルドと母アリシア)

 

B: 農村と都会、安定または持続性と発展、伝統と近代性、過去と未来など対立するテーマが織り込まれているが、セリフは極力抑えられているから、映像を見逃すと分からなくなる()

A: そうですね、映像のほうがずっと雄弁ですから。先述したように撮影監督のマテオ・グスマンの功績は大きいです。
B
: プロの俳優はわずか、殆どが演技指導など受けたことのないアマチュアです。

A: ありのままの自分を撮ってもらっている。アルフォンソ役のアイメル・レアルは、キャスティングを行った劇場の清掃員だったそうです。エスペランサ役のマルレイダ・ソトはプロの女優さん、カルロス・モレノの“Perro come perro”で映画デビューした。(後出参照)

 


                         (アルフォンソ役のアイメル・レアル、映画から)

 

B: ヘラルドは、灰塵を避けるため窓を閉め切った暗い部屋に幽閉されている。ゆっくり動く長回しのカメラが捉えた暗闇、これは我が家なのに牢獄と同じです。

A: 一家の主であるのに何一つ決断できない。母を思って妻の希望を叶えてやることもできない。息子の誕生祝いもしてやれない。唯一できたのは、家族の誰一人として望まなかったことでした。

B: アルフォンソは、大地から解放されたエスペランサとマヌエルだけを連れて去っていく、それがアリシアの望んだことでもあるからだ。

 


   (エスペランサ役マルレイダ・ソトとマヌエル役ホセ・F・カルデナス、映画から)

 

A: ラテンアメリカ諸国でもコロンビアは6段階に分かれた極端な階層社会、貧富の二極化が進んでいる。二極化といっても富裕層はたったの2パーセントにも満たない。

B: 社会のどの階層を切り取るかで全く違ったコロンビアが見えてくる。

A: カンヌでは「この映画のテーマは個人的な悲しみから生れた」と語っていたが、病をえること、家族の死などが動機となって作品が輝きだすのは珍しいことではない。

 

B: 本作はカンヌの「批評家週間」に出品された映画ですが、専門家だけでなく観客にも受け入れられたことが嬉しかったようです。

A: 「わが国の文化に深く根ざした映画にも拘わらず、観客の方々にも感じてもらえたことは素晴らしく名誉なことです、すべての方に感謝を捧げます」が観客賞受賞の言葉でした。とうとう最後まで飛んでこなかった小鳥、空高く舞い上がったマヌエルの凧、さてどんなメッセージだったのでしょうか。

 

*付録 & 関連記事

Burning Blue:ラテンアメリカの若い世代に資金提供をしているコロンビアの製作会社。オスカル・ルイス・ナビアの『ロス・ホンゴス』の他、コロンビアではウイリアム・ベガの La Sirga”(12)、フアン・アンドレス・アランゴの“La Playa D.C.”(12)など、カンヌ映画祭に並行して開催される「監督週間」や「批評家週間」に正式出品されているほか世界の映画祭に招待上映されている。ホルヘ・フォレロの“Violence”はベルリン映画祭2015の「フォーラム」部門で上映、それぞれデビュー作です。アルゼンチンのディエゴ・レルマン4作目Refugiado14)にも参画、本作はカンヌ映画祭2014年の「監督週間」に正式出品された。

 

マルレイダ・ソトMarleyda Sotoエスペランサ役)は、カルロス・モレノの力作“Perro come perro”(08)の脇役で映画デビュー、同じ年トム・シュライバーの“Dr. Alemán”では主役を演じた。麻薬戦争中のカリ市の病院に医師としてドイツから派遣されてきたマルクと市場で雑貨店を営む女性ワンダとの愛を織りまぜて、暴力、麻薬取引などコロンビア社会の闇を描いている。製作国はドイツ、言語は独語・西語・英語と入り混じっている。カルロヴィヴァリ、ワルシャワ、ベルリン、バジャドリーなど国際映画祭で上映された。本作も撮影地はLa tierra y la sombra”と同じバジェ・デル・カウカ。

 

オスカル・ルイス・ナビアの『ロス・ホンゴス』の記事は、コチラ⇒20141116


カメラドールにセサル・アセベド*カンヌ映画祭2015 ⑧2015年05月27日 09:57

        パルム・ドール、意外な結果にブーイング

 

★ジャック・オディアールの“Dheepan”受賞に、「なんてこった」とブーイング。スペインのメディアもトッド・ヘインズの“Carol”か、ソレンティーノの“Youth”を予想している批評家が多かった。オール外れの人のなかには「コーエン兄弟は変わってるね」とやんわり。当ブログでも審査員メンバーを紹介したおり、「こんなに異質な船頭さんたちでは、船頭多くして舟、山に登るにならなければいいけど」と杞憂したんでした。どっちにしろ直ぐ公開されるから無冠でもいいか。

 

             

                     (パルム・ドール受賞のジャック・オディアール)

 

★嬉しいのはLa tierra y la sombra(“Land and Shade”コロンビア他)のセサル・アウグスト・アセベド≪カメラドール≫を受賞したこと。「批評家週間」の新人賞他に続いての大賞です。写真下はプレゼンターの大女優サビーヌ・アゼマとのツーショット、まさに夢心地とはこのことでしょう。大きなお土産を持って帰国できます。「この映画は個人的な痛みから生れた」、痛みとは脚本構想中に亡くなったという母親の死ですね。17年間の長期にわたる農民一家の物語ですから、勿論フィクションですが。

 

         

               (カメラドール受賞のセサル・アセベドとサビーヌ・アゼマ)

 

★コロンビアの躍進には、「映画産業を向上させようとする国家の財政的な減税や資金援助がある」とスペイン・メディアは報じています(スペインは、まさにその反対ですから)。ブラジル、フランス、アルゼンチンなどとの合作とはいえ、これは内戦中のコロンビアでは考えられないことでした。若い独立系の監督たちにとって、国家の資金的な大奮発は大きな支え、意欲をかきたてるに違いない。「監督週間」最優秀作品賞受賞のチロ・ゲーラEl abrazo de la serpiente”にも言えることです。今年のカンヌにはこの2作以外に紹介が間にあわなかったホセ・ルイス・ルへレスの“Alias María”(「ある視点」部門)とカルロス・オスナの“El concursante”(「シネフォンダシオン」部門)の4作がノミネートされていた。写真下左から“Alias María”、“La tierra y la sombra”、“El abrazo de la serpiente”、“El concursante”。

           (コロンビア発のノミネーション4作品のポスター)

 

ホセ・ルイス・ルへレスの長編第2Alias María(アルゼンチンとの合作)は、コロンビア内戦中の少女ゲリラ兵マリアの物語。ゲリラ兵御法度の妊娠をしてしまったマリアは、お腹の子供を守るため逃走を決心するが・・・。この映画はさまざまな武装グループにかつては所属していた女性たちのインタビューから生れた。民間人の脆さや傷つき易さ、戦争の不条理について問いかけている。ポスターは本作でデビューしたマリア役のカレン・トーレス。コロンビアでは既に4月に公開されています。

 

        

        (共演者のカルロス・クラビホ、カレン・トーレス、ルへレス監督、カンヌにて)