『ロス・ホンゴス』*東京国際映画祭2014 ③2014年11月16日 22:59

★スペイン語映画の3本目は、最近紹介されることの多くなったコロンビア映画、邦題「ロス・ホンゴス」についての文句は後回しにして、麻薬密売物ではないもう一つのコロンビアが描かれていた。コンペティション部門で3回上映という破格の扱い、ルイス・ナビア監督と製作者ゲルリー・ポランコ・ウリベさんとのQ&Aを織り混ぜております(司会者:プログラミング・ディレクター矢田部吉彦氏、鑑賞日1025日)。

 


     『ロス・ホンゴス』“Los hongos

製作: Contravia Films / Burning Blue / Arizona Films

監督・脚本:オスカル・ルイス・ナビア

共同脚本:セサル・アウグスト・アセベド 他

撮影:ソフィア・オッジョーニ・ハティ

美術:ダニエル・シュナイダー/アレハンドロ・フランコ

音楽:Zalama Crew / La Llegada del Dios Rata / セバスティアン・エスコフェ

編集:フェリペ・ゲレーロ

プロデューサー:ゲルリー・ポランコ・ウリベ

グラフィティ・アーティスト:Fuzil--Arma Gráfica / Mario Wize / La Pulpa / Repso / Mesek

データコロンビア≂仏≂独≂アルゼンチン合作、スペイン語、 2014103分、アジアン・プレミア

ベルリンFFのワールド・シネマ基金、ロッテルダムFFのヒューバート・バルズ基金、イタリアのトリノフィルム・ラボ、ブエノスアイレス・ラボ、カンヌFFのシネ・フォンダシオン・レジデンスの支援を受けて製作された。

受賞歴:ロカルノ映画祭2014(スイス)特別審査員賞受賞&金の豹賞ノミネート

    ロッテルダム映画祭2014  ヒューバート・バルズ基金ライオンズ・フィルム賞(Hubert Bals Fund Lions Film)受賞/TIFF 2014コンペティション出品

トロント、サンセバスチャン、トリノ、カイロ、セビーリャ・ヨーロッパ、各映画祭2014に正式出品。 


キャスト:ジョバン・アレックシス・マルキネス(RAS)、カルビン・ブエナベントゥーラ・タスコン(カルビン)、アタラ・エストラーダ(カルビンの祖母)、グスタボ・ルイス・モントーヤ(カルビンの父グスタボ)、マリア・エルビラ・ソリス(RASの母マリア)、ドミニク・トネリエ(カルビンのガールフレンド)、アンヘラ・ガルシア(パンク・バンドのリーダー)、他

 

ストーリーRASは建設現場の仕事を終えると、毎晩、近所の壁に落書き(グラフィティ)をしている。RASと母親のマリアはパシフィック・ジャングルからカリ東部の町へ移住してきた。RASは眠れない日々が続き白昼夢を見始める。そんな息子を見てマリアは、息子が何かに憑りつかれ、そのうち正気を失うのではないかと心配する。ある日、RASは職を失う。現場からペンキの缶を盗み、家の隣の壁に巨大な絵を描いていたからだ。彼はもうひとりの若いグラフィティ・アーティスト、カルヴィンを探しにいく。ふたりは目的もなく町をさまよう。さながら、道に迷って戻れなくなることを望むかのように。              TIFF公式プログラムより引用)                                      

 

★監督キャリア紹介

オスカル・ルイス・ナビアOscar Ruiz Navia1982年カリ生れ、監督、脚本家、プロデューサー他。コロンビア国立大学の映画学校で学んだあと、バジェ大学の社会情報科を卒業。アントニオ・ドラド・スニェガの“El Rey”(2004)に撮影アシスタントとして参加(これはフィクションであるがカリの麻薬密売王をモデルにした映画)、カルロス・モレノの話題作“Perro come perro”(08)では助監督になった。2006年、バジェ大学の社会情報科の卒業生が設立したContravia Filmsに参加、長編デビュー作El vuelco del cangrejo2009 英題Crab Trap)の製作会社、ベルリン映画祭2010「フォーラム」部門に出品され、批評家連盟賞を受賞したほか、数々の国際映画祭で高評価を得た。また2012年には、ウイリアム・ベガのデビュー作“La sirga”(英題“The Towrope”)をプロデュースした。カンヌ映画祭2012「監督週間」に出品されたほか、トロント、サンセバスチャン、ロンドン、ハバナなど各映画祭に出品された。

主なフィルモグラフィー

2006Al vacio 1,2,3”(短編)

2008En la barra hay un Cerebro”(短編ドキュメンタリー)

2009El vuelco del cangrejo”ベルリンFFの他、ブエノスアイレス・インディペンデント・シネマ2010「特別メンション」、フライブルク映画祭2010、ハバナ映画祭2009、ラス・パルマス映画祭2010などで受賞している他、ノミネーション多数。

2013Solecito”(短編)オーバーハウゼン国際短編映画祭2014「特別メンション」を受賞、他

2014Los hongos”邦題『ロス・ホンゴス』(上記)


     この映画の真髄は「生」である

 

A:: Q&Aは監督が英語、プロデューサーがスペイン語というわけで通訳者二人、やはりこれが難物、時間が掛かりすぎてヤキモキするね。日本の印象、礼儀正しいとか食事が美味しいとかは省略しよう。

B: 何故生れ故郷カリに戻って映画を撮ろうとしたか。カリにいなかったようですね。

A: お祖母さんがガンに罹って看病のために戻った、結局亡くなってしまったのだが、このことがきっかけでカリを舞台にバックグラウンドの違う二人の青年を軸にした「死から生」への物語を撮ろうと考えた。祖母の死というかなり個人的な「痛み」が構想の出発点だったようです。コロンビアのプレス会見では、亡くなったのは5年前と語っていたから、だいぶ前から温めていたようです。

 

B: 監督によれば、「みんなキノコというタイトルだと聞くと、ドラッグとか快楽とか幻覚的なイメージをもつかもしれませんが、このタイトルのメタファーは、腐敗とか死が充満しているなかに突然現れてくる生と希望のシンボルとしてのキノコなんです」と。こう要約してよかったでしょうか。

A: サイケデリックとは全く反対ということですね。キノコは光が届かないジメジメした場所で葉緑素なしで生きていけるし、腐敗したものに生える寄生生物だから「生」とはかけ離れた印象があるけど、腐敗=死から新しい命=生が現れるのも事実です。腐敗した世の中で生きている青年二人に新しい生が訪れる映画です。

 

     沈黙しないよう学ぶための実践マニュアル映画

 

B: サンティアゴ・デ・カリは、太平洋に面したコロンビア南西部に位置するバジェ・デル・カウカ県の県都です。首都ボゴタ(700万)、メデジン(230万)につづいて三番目に人口の多い大都市です(220万)。麻薬密売、バイオレンス、殺人、誘拐、汚職、ゲリラなど、コロンビアのイメージは日本人にはあまり芳しくない。

A:: ラテンビート上映の『デリリオ―歓喜のサルサ―』でも触れましたが、負の遺産が多すぎる。社会の中に道徳や公正さが失われ腐敗があることは否定できない。コロンビアで政治と無縁の映画を撮ることは出来ないが、しかし、そこに新しい血液を注ぎ込むことは出来る、と監督の世代のシネアストたちは考えているようです。

 

B: RASとカルビンは、まだ自分のしたいことが分からないが、グラフィティ・アーティストとして自分たちの考えを壁に描くことで表現しようとする。しかし他人の家の壁に描くわけだから許されないわけですね。

A: 本作に出てくるグラフィティ・アーティストたちは、全員ホンモノで有名人だそうです。彼らの協力を得られたことも成功の理由の一つ。社会の不合理に沈黙しないことがテーマでもあるね。別のセクターに育った二人の若者の友情と都市文化を融合させるにはどうしたらいいか、それが難しかった。グラフィティに辿りついて構想が固まっていった。

 

     お祖母さん役は私の本当の大叔母です!

 

B: 本作は群衆劇ですが、スペイン語では「合唱劇」といわれる。こちらのほうがぴったりする。

A:: 最初は無関係だった登場人物がやがて自然に調和してハーモニーを奏でていくからね。

B: Q&Aの最初の質問者がお祖母さんの生き方や演技を褒めたら、観客から期せずして温かい拍手が沸いた。毎年滋賀県から見に来る有名人らしい()

A: 主催者にとって、こういう観客は貴重な存在だね。監督が「実は私の本当の大叔母です。あのクレージーな父親も私の父親なんです」と答えて、これまた会場は爆笑に包まれた。

 

     (発声練習をするクレージーなお父さん、グスタボ・ルイス・モントーヤ)

 

B: 二人の青年がアマチュアなのは直ぐ分かりましたが、全員が映画初出演ということでしたか、ちょっとはっきり聞きとれなかった。

A:: 全くのアマチュアだけというわけでもないようですが、最初に浮かんだアイディアは登場人物は現実にそれをやってる人に、アーティストの役はカリのマリオ・ワイズを筆頭に実際のアーティストに出てもらう、ミュージシャンも同じようにということだった。一番難しかったのは、RASとカルビンの二人の主人公、それはまるで「藁小屋で落とした針を探す」ようなものだった。

B: 全エストラートの教育センターを巡って約700人ぐらいの若者にインタビューした。

 

A:: カルビン・ブエナベントゥーラ・タスコンが演じたカルビンは、アントニオ・ホセ・カマチョ学校で見つかった。まだ大人になりきっていない体つきと優しい顔つきがぴったりだった。タトゥとピアスをして、両親が離婚したので癌治療中のお祖母さんと暮らしているという設定だった。

B: RASは絵を描くことが好きなアフロ系の青年、そのうえスケボーができることが条件だったのでジョバン・アレックシス・マルキネスは願ったり叶ったりだったとか。

 

A:: 宗教的にはラスタファリズムというアフリカ回帰のジャマイカの宗教を信じていて、そういう宗教的なグラフィティを描く。昼間は建設現場で働くということにした。

B: カルビンの父親と祖母は監督が述べた通りですね。楽しんで演じていたのが伝わってきた。

A:: RASの母マリアに扮したマリア・エルビラ・ソリスはパシフィックの歌手、役柄もパシフィック・ジャングルからカリに移ってきた母子という設定だった。デビュー作El vuelco del cangrejoの舞台がそこで、太平洋に面したブエナベントゥーラ市の近くです。マリアのように白人と黒人の混血ムラートやメスティーソ、黒人が住んでいる地域です。

B: カルビンのガールフレンドのドミニク・トネリエは、パリで演技を学んでいたから全くのアマチュアではない。名前から判断するにフランス系の人ですね。

A: 女性のパンク・バンドのリーダーになったアンヘラ・ガルシアはモデルをしている。この二人の女性からはRASもカルビンもそこそこに遊ばれて、結局はぐらかされてしまう()。二人はまだコドモです。 

               (卵料理を食べるRASと母マリア)

 

A:: お父さんも相当ユニークだが、お祖母さん役のアタラ・エストラーダの演技してない演技が光った映画でした。家族アルバムを説明するシーンで使われたのもホンモノだということでした。ここでコロンビアの歴史の一端を語らせる巧みな演出に感心しました。

B: お祖母さんは癌の放射線治療を受けているのか、髪をスカーフで包んでいる。痒くて眠れないと言うと、孫のカルビンが寝入るまで優しく頭皮を揉んでやる。

A:: このシーンね、デビュー作にも出てくる。主人公が絶望で死にそうになっているとき、女の子が優しく頭を揉んでやる。ああ、これは監督が実際にやってやったり、してもらったりしているんだな、と感動したんです。

B: グラフィティも音楽も素晴らしかったが、こういう一見何でもないシーンが観客を惹きつけるんですね。 

        (ポスターをバックにお祖母さんになったアタラ・エストラーダ)

 

     ロス・ホンゴスかロス・オンゴスか、どっちでもいい?

 

B: タイトル「Los hongos」のスペイン語の意味は、カタログ解説にあるように特別「マッシュルーム」を指しているわけではなく、「キノコ・菌類」のこと、スペイン語はHを発音しないから「オンゴス」にして欲しかった。

A:: 困った題名の一つかな、クレームつけてるブログがあった。個人的には上映してくれるだけで満足すべきと諦めているから「どっちでもいい派」なんです。しかし1年前、最初のタイトル「ブランカニーヴス」にクレームがついたことで、公開時には『ブランカニエベス』に訂正されたことがあった。文句言った人の知名度が物を言ったのかも()

 

B: 誰が見ても聞いても意味不明だから、作品がイメージできない。英語のカタカナ起しは長いと幾度目にしても記憶できないが、もう市民権を得ましたね。

A:: 本作はデビュー作のように英題がまだ決まってないらしく、映画祭でのプレミアは仕方なかったのでしょう。最後のシーンで二人が登る大木は、サマネア・サマンといって中南米に主に生息する。葉っぱから垂れ下がっている白いものがオンゴスです。大木に寄生しながら「死から生」へ向かう、未来を二人が確信するシーンです。

B: 記憶に残る美しいシーンでしたが、ちょっとあり得ない展開でした。最後にきて飛躍が起こった印象でした。 

           (サマネア・サマンの木の下のRASとカルビン)

 

A: このブログはまだ1年ちょっとしか経っていませんが、アンドレス・バイス、フランコ・ロジィ、リカルド・ガブリエリなど、既にコロンビア映画を10本ほど記事にしています。テーマも切り口も多様、最近の躍進ぶりは5年ほど前のチリ映画を思い起こさせます。オスカー賞2015のコロンビア代表作品に選ばれたのは、マリア・ガンボアのデビュー作Mateoと、これまた新星現るで、裾野が広がってきたことは間違いありません。

 


エストラートestrato1993年に創設された「社会プログラム受益者選定システム」のこと。各家庭の経済状態を「1から6」までの階層に格付けしたもの。各家族が国家に納めるべき税金の額によって社会階層が決まってくる。もっとも社会経済状態が低いのが「階層122.3%)で、「階層241.2%)が多数を占める。「階層3」は中の下の階層、都会に住む大多数の家族が「23」である。「階層4」は中流階級に入り、プロフェッショナルな職業についている人や商人である。階層5」(1.9%)は中流の上、「階層6」(1.2%)は、邸宅や豪華マンションに住み数台の車を所有し、持てるすべてのものを持つエリートである。証明書が発行され、それによって公共料金の額(階層1は免除)とか、大学授業料が決まる仕組みRASの家庭は「階層1」、カルビンの家は「23」でしょうか。コロンビアが階層によって分断された社会であることが、監督の「政治抜きに映画は作れない」という発言になっていると思います。

 

『ヴォイス・オーヴァー』*東京国際映画祭 ②2014年11月13日 21:35

★サンセバスチャン映画祭SIFF 2014「オフィシャル・セレクション」ノミネート作品、クリスチャン・ヒメネス監督は3度目の来日、今回は女性プロデューサー、ナディア・テュランセブとジュリー・ガイエのお二人と一緒でした。SIFFにはスタッフとキャストが揃って参加、話題のジュリー・ガイエさんはパパラッチに追いかけられたようです。TIFFでは2回上映されたうち1025日のQ&Aを織り混ぜて少しお喋りします。 

                      (SIFFでの監督、ガイエ、テュランセブ

 

  * 『ヴォイス・オーヴァー』La voz en OffVoice Over

製作Rouge International / Jirafa Films / 1975 Productions

監督・脚本・撮影・製作者:クリスチャン・ヒメネス 

共同脚本:ダニエル・カストロ

共同撮影:インティ・ブリオネス

製作者:総指揮アウグスト・マッテ/ブルーノ・ベタティ/ナディア・テュランセブ/

ジュリー・ガイエ/ニコラ・コモー他

編集:ソレダド・サルファテ

音楽:アダム・バイト他

 


データ:チリ≂フランス≂カナダ合作、スペイン語、2014年、コメディ、96分 チリ公開2015

出演:イングリッド・イセンセ(妹ソフィア)、マリア・シーバルド(姉アナ)、パウリナ・ガルシア(母マティルデ)、クリスチャン・カンポス(父マヌエル)、マイテ・ネイラ(ソフィア娘アリシア)、ルーカス・ミランダ(ソフィアの息子ロマン)、ニールス・シュナイダー(アナの夫アントワン)クリストバル・パルマ(ソフィアの元夫カリシム)、センダ・ロマン(姉妹の祖母マミ)、バネッサ・ラモス(父の恋人)他 

 

プロット:最近離婚したばかりの美人のソフィアは35歳、2人の子どもを引き取って育てている。最近、彼女の人生は何もかも悪いほうへと転がっていく。父が母を残して出て行ってしまうかと思うと、姉が家族を連れてチリに戻ってきた。彼女流儀の論理でかき回すからイライラは募るばかりだ。ソフィアのベジタリアンは親戚から顰蹙を買っている。成長期の子どもたちに肉を食べさせないのは栄養学的にも間違っていると。更にはふとしたことから父親の不愉快な秘密が次々と明るみに出て、父娘関係もギクシャクしてくる。

 

     「フレームの外」で語られていることが現実

 

: サンセバスチャン映画祭では主役のイングリッド・イセンセより、製作者の一人ジュリー・ガイエが注目を集めてしまいました。

: 新年早々フランス大統領フランソワ・オランドとの不倫疑惑報道があり、「大統領のチャーミングな恋人来る」で、餌食にしようとパパラッチが待ちかまえていた。

: プライバシー侵害として記事を載せた芸能誌を告訴している。プロデューサーの仕事は『盆栽』から参加、監督との出会いはここ東京国際映画祭2009です。監督はデビュー作『見まちがう人たち』、ジュリー・ガイエはシャビ・モリアのデビュー作『エイト・タイムズ・アップ』で来日して知りあった。

 

: 脆弱さとタフさを兼ね備えたヒロインの演技が評価されて最優秀女優賞を受賞したんでした。さて、そろそろ肝心の本題に。冒頭から登場人物がどっと押し寄せて、それもショッキングな出産シーンを家族で見ているところから始まる。

: 最初はアナの出産シーンを家族みんなで見ているのかと錯覚してビックリする。アナの夫アントワンの母親が撮ったビデオと分かるのだが、この「枠・フレーム」に入った映像を見るというのが一つのテーマだった。映画のナレーションのように「枠」に映っていない「枠外」で起きていることに耳を澄ますと言い直してもいいようです。「語られないヴォイス=セリフが重要」だからタイトルは<ヴォイス・オーヴァー>なんですね。

 

            (TIFFでのテュランセブ、監督、ガイエ

 

: Q&Aでは、「見えているもののフレームの外で語られていることが現実」で重要であると話していた。アントワンの母親は「枠外」に、つまり姿を現さないのだが、家族も観客も彼女の視点で撮られたビデオを見ていることになる。

: テレビとかパソコンの映像を見るシーンが繰り返し出てくるが、テレビもパソコンも一種のフレームですね。そしてソフィアに、大分前から映画もテレビもインターネットも読書も遠ざけて暮らすという、相当ラディカルでストイックな選択をさせている。この人格と「枠外」は興味深い。監督のアタマの中は複雑だから、説明してもらわないと分かりにくいね。

 

幼児化してチリで暮らすプチブル階級

 

:「家族の映画を撮ろうとしたとき、場所はバルディビアでなくてもいいと考えた。ただ大都市でないこと、小さい都市でも大学があって知的階層の人が住んでいること、世界と繋がっていることが必要だった」と述べていた。

: チリの都市ならどこでもということなのか、世界のどこの都市でもなのか分からなかったが、要するに生れ故郷バルディビアはぴったりだったというわけです。生活臭の希薄なインテリのプチブル階級が住んでる場所が条件ね。

 

: 「ソフィアとアナの造形には、私の二人の妹たちの人格が流れ込んでいる」と明かしていました。

: サンセバスチャンのプレス・インタビューでも、「ウチの家族はお喋りの才能があって、話をしながら食事をする。そのとき聞いたエピソードを思い出しながら、素材に手を加えたり削ったり、ときには強調もいれてミニ・プロットを作っていく」と語っていました。個人的な家族の経験が流れ込んでいるようです。

: 友人知人から聞いた話をメモして膨らませて行くらしいから、プライバシーを保ちたいなら監督との雑談は要注意です()

 

: 登場人物が多すぎて1回見ただけだと家系図があやふやです。この家族は両親も娘も離婚しているのだが、その理由は「枠外」で分からない。母親は夫が自分を捨てて出て行ってしまったことが信じられない。父親は性懲りもなく、もう一度の青春を夢見ているモラトリアム人間。

: 突然帰国した姉一家は、家探しをするがケチをつけてずっと実家に居座っている。年下らしい夫アントワンもアナのいいなりでお気楽に見える。誰も彼も自分勝手でジコチュウすぎて素直に笑えない。

: 大人は幼児化して観客はなかなか自分を重ねられない。まともなのは両親の離婚のせいであっちこっちと行ったり来たりを強いられる二人の子供だ。子供の視点を入れたことで、前作より視点が複眼的になったかな。

: 子供が釘を踏むシーンは、実は「私自身に起きたこと」と会場を笑わせていた。「私自身」が踏んだ後、痩せ我慢して「痛くない」と言ったので妹さんが踏んだ()。本当は痛い。

 

     苦しみや痛みを語ること・語らないこと

 

: このシーンのメタファーは何かしらね。観客を笑わせるために入れたとは思えない。大体さらっと表層だけ見たら何も残らないコメディだ。色眼鏡をかけなくてもいいが、なにしろチリという国は、独裁者ピノチェトが16年間も君臨した国、彼が没してからでも10年にならない。これを除外してチリの映画を見るのは難しい。

: 現在でも親ピノチェト反ピノチェトが30%ずつ、残りはどちらでもない人です。死者・行方不明者は公式には3196人と少ないが、実際に人権侵害を受けた人は10万人とも、亡命者は当時の人口の10%に当たる100万とも言われている。無視はできない。

 

: 秘密を抱えていない家族は少ないし、口に出しては生き残れなかった人も多かった。メタファー探しなど無意味という意見があってもいいけど、作品が作り手から離れたら判断や解釈は観客に委ねられる。これは映画に限らない、作品は一人歩きを始めるからね。

: この映画はチリで起きている苦しみや痛みのメタファーとして目に見えるようには語られていないが、「語られていないのは事実だけれど、完璧に見えてきてしまう」し、「物事を隠したままにしておかないことが必要です、結局記憶は取り戻されるから」と、サンセバスチャンでイングリッド・イセンセ(ソフィア役)も語っていた。

 

: Q&A最後のほうで監督は、ナチの強制収容所の生存者のドキュメンタリーに触れて「親世代が苦しみを語らなかった家族の子供は、収容所に入ったことがないのにストレスをより多く感じていた」が、「反対に親世代が語った家族の子供は、それほどトラウマを抱えていなかったことが、この映画のアイディアの一つだった」と語っていた。

: 語られていないことが親から子へ伝達され受け継がれていってしまう、語らないことでより強くストレスを感じてしまうと。

: 痛みや苦しみが存在しても、言葉のレベルでそれを伝達せず断絶してしまうと、そこに混乱や苦悩、喧騒や汚染が世代から世代へと受け継がれていくということですかね。しかし伝達は複雑で、糸電話遊びのようにとんでもない方向に行ってしまうから難しい。

 

     チリ映画にはカスティーリャ語字幕が必要―-コミュニケーションの困難さ

 

: 物語はソフィアを中軸に進行する。妹は前進しつづけるには互いに理解しあい、人の話に耳を傾け、きちんと整頓していきたいタイプ。対照的に姉は頭もよく博士号をもっている自立したしっかり者、テキパキと仕事をこなすが強引なタイプ。

: 水と油です。ソフィアは子供がいるから親であり、両親にとっては子供、祖母マミに対しては孫である。そして姉アナの妹です。別れた夫に対しては元妻だ。人間はたいてい何役も兼ねる存在です。この元夫はターバンをしていたから、もしかしたらシーク教徒なのかしら。

: バルディビアでは珍しくないのか、これは意外な設定でした。アナの夫アントワンも外国人で慣れないスペイン語に苦労していた。このコミュニケーションの困難さもテーマの一つですか。


               (水と油の姉アナと妹ソフィア)

: 実際アントワンを演じたニールス・シュナイダーはカナダ人で、少しはスペイン語が喋れたようですが訛りの強い「チリ弁」には四苦八苦したらしい。SIFFではチリ弁も一応スペイン語だから西語字幕は付かなかった()。それでネイティブ観客から苦情が出た。

: 「カスティーリャ語の字幕をつけろ」ですね。映画祭での評価がイマイチだったのには、この苛々も原因だったかもしれない。

: 私たちは英語字幕の翻訳で見たわけで、チリ弁だろうがカスティーリャ語だろうが関係ないと思うでしょうが、重訳で見るわけですから、こんなこと書籍だったら絶対に許されない

 

: 姉妹同士の軋轢というのは、兄弟同士ほどそんなに描かれていないのでしょうか。

: どうでしょうか。アン・リーやエドワード・ヤンの家族をテーマにした映画は見ていたようですが、敢えて参考にしなかったようです。もっと違った切り口にしたかったらしい。

: つまり、アン・リーの『いつか晴れた日に』とは違うものという意味ですか。

: エドワード・ヤンでは『ヤンヤン夏の思い出』などを想像しますが、個人的な自分の家族が関わった映画を作りたかったのではないですか。

 

        チリの若手監督グループ<ジェネレーションHD>の躍進

 

: ラテンビートで上映された、アンドレス・ウッドの『マチュカ』や『サンティアゴの光』、パブロ・ララインの『トニー・マネロ』やNO』、セバスティアン・シルバの『家政婦ラケルの反乱』『マジック・マジック』『クリスタル・フェアリー』など、今年はフェルナンデス・アルメンドラスの『殺せ』がエントリーされ、ジャンルもテーマも多彩になってきた。

: 昨年はセバスティアン・レリオの『グロリアの青春』が話題をさらった。<ジェネレーションHD>と言われる「クール世代」に属しているようです。『殺せ』と本作は方向が違うように見えますが、チリの社会構造、過去の歴史に拘っている点では同じともいえます。本作は配給元もCinema Chileに決まって2015年の公開が決定しました。チリの観客がどんな反応をするのか気にかかります。
関連ブログ:
NO』 ⇒2013・9・21
『家政婦ラケルの反乱』 ⇒2013・9・27
『マジック・マジック』 ⇒2013・9・26/10・26
『クリスタル・フェアリー』 ⇒2013・9・25/10・29
『殺せ』 ⇒2014・10・8/10・30
『グロリアの青春』 ⇒2013・9・12

スタッフ

*クリスチャン・ヒメネスCristián Jiménez 1975年チリのバルディビア生れ。デビュー作『見まちがう人たち』と第2作『Bonsai~盆栽』が東京国際映画祭20092011で上映され、2回ともゲスト出演のため来日した。チリ「クール世代」の代表的な若手監督。

監督フィルモグラフィー

2009『見まちがう人たち』サンセバスチャン映画祭2009、ブラチスラヴァ(スロバキア)映画祭2009でエキュメニカル審査員スペシャル・メンション賞、ケーララ(インド)映画祭2010出品。

2011Bonsai~盆栽』カンヌ映画祭2011「ある視点」出品、ハバナ映画祭2011国際批評家連盟賞受賞、マイアミ映画祭2012グランド審査員賞受賞他。

2014『フラワーズ』トロント映画祭、サンセバスチャン映画祭「オフィシャル・セレクション」、リオデジャネイロ映画祭、チューリッヒ映画祭、ハンブルク映画祭、ストックホルム映画祭、各2014年。 


ジュリー・ガイエ Julie Gayet 1972年フランスのシュレンヌ生れ、女優、脚本家、製作者。公開作品では、エリ・シュラキのコメディ『君が、嘘をついた。』(95)、アルノー・ヴィアールの『メトロに恋して』(04)、パトリス・ルコントのコメディ『ぼくの大切なともだち』(06)などに出演。前述のTIFF2009コンペティション、『エイト・タイムズ・アップ』で最優秀女優賞を受賞した。ヒメネス監督とは『盆栽』に続いてのコラボである。話題提供に貢献したので特別に紹介。 

    (左から、ナディア・テュランセブ、ジュリー・ガイエ SIFF上映後の記者会見

 

キャスト

イングリッド・イセンセ Ingrid Isensee : 1974年チリのサンチャゴ生れ、『Bonsai~盆栽』に脇役で出演、今回主役ソフィアを射止めた。他にマリアリー・リバスの“Joven y alocada”(2012)に出演、本映画祭2012の「ホライズンズ・ラティーノ」部門の上映作品。今年短編“El Puente”で監督デビューした。

マリア・シーバルド María José Siebald : 本作の他、エリサ・エリアシュのコメディ“Aqui Estoy, Aqui No”2011)、ロドリーゴ・セプルベダの“Aurora”2014)など。

パウリナ・ガルシアPaulina García1960年チリの首都サンティアゴ生れ。女優、監督、劇作家。チリ・カトリック教皇大学の演劇学校で演技を学び、のち同校の演劇監督、劇作家の資格を得た。現在は母校で後進の指導にもあたっている。映画デビューが2002年と比較的遅いのは、このような経歴から舞台女優として出発(1983)、合わせてテレドラ出演の成功でお茶の間の人気を博したせい。チリではPaly Garcíaのニックネームで知られている。社会学者の夫とのあいだに3人の子供がいる。セバスチャン・レリオの『グロリアの青春』(2013)国際的な賞を独り占めの圧倒的な演技が記憶に新しい。この凄いバイタリティーは人生を諦めてリングにタオルを投げさせなかったグロリアにも通じている。≪ラテンアメリカのメルリ・ストリープ≫とか。サンセバスチャン映画祭2013の審査員の一人に選ばれた。

 出演フィルモグラフィー

2002Tres noches de un sábadoホアキンEyzaguirre監督Altazor賞ノミネート

2004Cachimbaシルビオ・カイオツィ監督

2007Casa de remoliendaホアキンEyzaguirre監督

2012Gloria”『グロリアの青春』セバスティアン・レリオ監督、リオデジャネイロ映画祭2014、トロント映画祭「コンテンポラリー・ワールド・シネマ」出品、チューリッヒ映画祭2014、他

2013Las analfabetas”モイセス・セプルベダ監督デビュー作

2013I am from Chile”ゴンサロ・ディアス監督デビュー作

 

『フラワーズ』*東京国際映画祭2014 ①2014年11月09日 15:42

★台風接近でラテンビートでの鑑賞を断念した『Flowers』を、共催上映した東京国際映画祭TIFFで見てきました。こちらのタイトルは『フラワーズ』、原題のLoreakの意味は「花」です。既にラテンビート2014③で作品データ・監督・キャスト他を紹介した記事922)を、下記にコンパクトに纏めて再録しております。


     サンセバスチャン映画祭オフィシャル・セレクションに初のバスク語映画

 

: バスク自治州の都市サンセバスチャンで開催される映画祭も今年で62回を迎えました。まあ老舗の映画祭と言えますね。そこで話題になったのが本映画祭コンペ部門でバスク語映画が初めて選ばれたということでした。

: オフィシャル・セレクション以外なら当然過去にもあった、お膝元の映画祭ですから。

: フランコ時代は使用禁止言語だったからバスク語映画そのものが作れなかったし、学校で生徒が喋ろうものならムチで叩かれた。

: でも考えると不思議ですよね。もうすぐフランコ没後40年になるんだから。

 

: いいえ、当事者にとったらたったの40年です。ETAのテロが頻発したのはフランコ没後、最も血が流れた年は1980年、200回のテロで95人が犠牲になった。その「1980年」をタイトルにしたイニャーキ・アルテタのドキュメンタリー“1980”が、バジャドリード映画祭で上映され話題になりました。アルテタはETAにテーマを絞って映画作りをしている監督です。

: 今年前半のメガヒット、エミリオ・マルティネス・ラサロの“Ocho apellidos vascos”は、テロだの爆弾だのは一切出てこないコメディ、そしてスリラーを加味させたヒューマンドラマの本作と、バスク映画も多様化の時代になりました。

 

: サンセバスチャンには、プロモーションも兼ねて主演女優3人が花束を抱えて登場しました。大スクリーンで本作を見たエル・パイス紙の批評家カルロス・ボジェロは、「登場人物が自分たちが日常使っている言語で自然に演じていた。もしこれがカスティーリャ(スペイン)語だったら、こんなにしっくりした自然体で演じられなかったろう」と述べています。

: セリフは多くなかったと思いますが、母語で演じることは論理的なことですよ。

 

  (左から、ガラーニョ監督、ベンゴエチェア、アランブル、アイツプル、イトゥーニョ、
   ゴエナガ監督 サンセバスチャン映画祭にて

 

: サンセバスチャンでの評価が高く、10月末に全国展開されることになりましたが、コピーはスペイン語吹替版になったようです。「この映画は登場人物の声で届けるべきですが、バイリンガルでの製作は資金的にできなかった」と、二人の監督は吹替版を残念がっていました。それでも国内の多くの観客に見てもらえるチャンスを喜んでいました。

: 現在生粋のバスク人は、バスク語とスペイン語のバイリンガルなんでしょうね。日本ではバスク語版で見られたが、いずれにしろどちらでも分かりません。でも日本語吹替えだったらと思うとゲンメツです()。スペインの吹替版上映は曲がり角にきています。そういう意味では、日本は本当に字幕上映<先進国>です。

 

     孤独とコミュニケーションの難しさがテーマか

 

: 花束は口を利きませんが、ここでは雄弁に語る、「花束は口ほどに物を言う」です。此岸の人のために、向こう岸に渡ってしまった彼岸の人のためにも語りかける花束だ。言葉で言えないことを表現するための有効な道具になっている。

: 花に隠された言葉ですね。直線コースに突然現れるカーブ、暗い歩道を照らす街灯、ガードレール、ざわめく黒々とした木々、標識に固定された二つの花束が浮かび上がる、テレとアネが手向けた花束だ。

: 道行く人、運転する人、旅する人が、この美しい花束に心が和らぐ。花束に添えられた思い出のカードや写真も静かに物語を奏でている。孤独と伝達の難しさを描いた点では、第180 eguneanの続編かもしれない。

 

            (花束に添えられていたカードを読むアネ)

 

: この物語は不安のなかに或る種のロマンを忍びこませて進んでいく。

: アネと夫の関係はそれぞれ自分の殻に閉じこもって互いに無関心、だから喧嘩も起きない。そこへ匿名の花束が突然やってくる。空気がピーンと張りつめる。

: 不信と不安を隠しきれない夫は、「匿名の人に住所も訊かず花を売っていいのか」と花屋にねじ込んで、花屋を呆れさせる。

: そんな義務も法律もありません()。医者から更年期を宣告され塞ぎこんでいたアネだが、夫以外の男性からの思いがけない花束に何故か心が華やぐ。

 

: 一方テレは、息子ベニャトがバツイチのルルデスと結婚したのは仕方ないが、夫婦がもう子供はいらないと決めているのが納得できない。テレにとってルルデスの連れ子は孫ではない。この母子も夫婦も普通の会話が成り立たない。賢いベニャトは母の味方も妻の味方もせず、三人は孤立している。

: ベニャトはアネと同じ職場で働いている。彼は大型クレーンの操縦をしており、高い操縦室から下界を双眼鏡で眺めている。この危険な個室にいるときが一番心が安らぐのだ。

: ルルデスの職場はハイウエーの料金所のブース、やはり狭いボックスに閉じ込められている。これは象徴的なメタファーです。

 

80 egunean2010バスク語)のストーリー:少女だった遠い昔、親友だったアスンとマイテの二人はひょんなことから50年ぶりに邂逅する。アスンは農場をやっているフアン・マリと結婚するため引っ越して以来田舎暮らしをしていた。両親と距離を置きたい娘は離婚を機にカリフォルニアに移り住んでいる。レズビアンのマイテはピアニストとして世界を飛び回ってキャリアを積んでいたが既に引退して故郷サンセバスチャンに戻ってきた。別々の人生を歩んだ二人も既に70歳、不思議な運命の糸に手繰り寄せられて再び遭遇する。この偶然の再会はアスンに微妙な変化をもたらすことになる、自分の結婚生活は果たして幸せだったのだろうか。マイテにサンタ・クララ島への旅を誘われると、アスンは自分探しの旅に出ることを決心する。アスンにテレ役のイジアル・アイツプル、マイテにマリアスン・パゴアゴが扮した。トゥールーズ・シネ・エスパニャ2011で揃って女優賞を受賞した。パゴアゴは本作がデビュー作。年輪を重ねた知性豊かな二人の女性のナチュラルな演技が観客賞に繋がった。 

                    (アスン役のアイツプルとマイテ役のパゴアゴ

  

     巧みに張られた伏線を楽しむ

 

: ベニャトの突然の事故死に三人の女性は直面する。もうアネに花束は届かない。ルルデスは夫がベランダで丹精をこめて育てていた花の鉢植えを残さず粉々に割る。自分に不意に訪れた不幸に耐えられない。

: 観客には贈り主が分かるのだが、当事者たちが知るのはもっと後、特にルルデスは職場の同僚と暮らし始めている5年後だ。この同僚とは生き方の違いが伏線として張られており、幸せからはほど遠い。

: アネが決定的に贈り主を知るのは職場で失くしたネックレスがクレーンの操縦室にあったから。冒頭で医者から更年期の始まりを聞いていたとき、ずっと弄っていたネックレスだ。かつて夫からプレゼントされたものだから唯のネックレスではない。それを知っててベニャトは操縦室にぶら下げていたのだ。 アネと一緒にいたかったのだ。

: 嫁姑のいがみ合いの遠因の一つとして、夫婦がテレ名義のピソに住んでいたことが挙げられる。綺麗好きのテレには、嫁が掃除嫌いなのが耐えられない。自分が穢されていると感じる。

 

: 夫婦の留守中にテレが部屋をピカピカにする理由を、観客はベニャトが死んで初めて知る。

: ベニャトが双眼鏡で放牧されているヒツジを眺めるシーンが繰り返し出てくる。

: 事故死の直接の原因は、夜道に迷い込んだヒツジを避け損ねたからだ。

: 同じようなシーンが最後にもう一度出てきますね。

 

: 死者というのは残された人々が想っているあいだは生きている。死者は生きてる人々を支配するのだ。残された人々が記憶を消したい、記憶が重荷になったとき、初めて本当の死者になる。

: テレは息子を失った苦しみから逃れるように痴呆が始まる。時折り息子の名前さえ思い出せない。

: アネにもベニャトは死者になりつつある。花束はもう手向けない。過去から逃れたいからだ。

: ルルデスは夫が別の女性を想っていたことが許せない。もうこの世の人ではないというのに。5年後、医学用に献体していたベニャトが<灰になって>帰還する。

: ベニャトの遺灰はルルデスの手元に置かれることになるだろう。結局、花束は花束でしかなかったのかもしれない。

 

     音楽監督パスカル・ゲーニュ

 

: まだゴヤ賞予想は早すぎますが、音楽監督パスカル・ゲーニュが、もしかしたら候補になるかもしれない。彼はノルマンディー地方のカーン生れのフランス人ですが、1990年から本拠地をサンセバスチャンに移して、主にスペイン映画の音楽活動をしています。ビクトル・エリセやイマノル・ウリベ、モンチョ・アルメンダリスとコラボしています。

 前作80 egunean”も、両監督のそれぞれ第1作も彼が担当。ラモン・サラサールの『靴に恋して』(02)は公開された。

: ラテンビート2007で上映されたダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』や「スペイン映画祭2009」上映の『デブたち』、イシアル・ボリャインの『花嫁の来た村』や新作ドキュメンタリー“En tierra extraña”も担当している。

 

: サンセバスチャンFFのパブロ・マロの“Lasa y Zabala”(コンペ外)も担当、つまり1914年製作の話題作3作を手掛けていることになる。

: どれかがゴヤ賞候補になるのは間違いない、複数もありえるか。大分前になるがエドゥアルト・チャペロ≂ジャクソンの話題作Verbo”が、2012年ゴヤ賞オリジナル歌曲賞にノミネートされた。

 

 本作で流れるシングソングライター、セシリアのベストセラー『スミレの小さな花束』Un ramito de violetas)は、35年前にLPで発売された曲だそうです。

: 今回調べたのですが、1974/75年、まだフランコ体制のときです。少し体制批判の匂いがあって検閲を受けたようです。映画ではスミレの花束ではありませんが、この歌を口ずさんで育った観客には懐かしいのではありませんか。

: 二人の監督が生れた頃流行った曲、彼らの母親世代、テレの世代のの曲ですかね。

: 両映画祭ともバスク語映画は初めてと思いますが、しみじみとわが身を振り返った味わい深い映画でした。

 

パスカル・ゲーニュPascal Gaigne1958年フランス生れ、1990年よりサンセバスチャン移住。作曲家、映画音楽監督、演奏家。ポー大学で音楽を学ぶ。トゥールーズ国立音楽院でベルトラン・デュプドゥに師事、1987年、作曲とエレクトロ・アコースティックの部門でそれぞれ第1等賞を得る。映画音楽の分野では短編・ドキュメンタリーを含めると80本を数える(初期のアマヤ・スビリアとの共作含む)。演奏家としてもピアノ、シンセサイザー、ギター、バンドネオン他多彩。『マルメロの陽光』ではバンドネオンの響きが効果的だった。以下は話題作、代表作です(年代順)。


1984『ミケルの死』 監督:イマノル・ウリベ(アマヤ・スビリア共作、スペイン映画祭1984

1992『マルメロの陽光』 監督:ビクトル・エリセ(公開)

1998Mensaka” 監督:サルバドール・ガルシア・ルイス

1999『花嫁の来た村』 監督イシアル・ボリャイン(シネフィルイマジカ放映)

2001 Silencio roto” 監督:モンチョ・アルメンダリス

2002『靴に恋して』 監督:ラモン・サラサール(公開)

2003Las voces de la noche 監督サルバドール・ガルシア・ルイス

2004Supertramps” 監督:ホセ・マリ・ゴエナガ(デビュー作)

2006『漆黒のような深い青』 監督:ダニエル・サンチェス・アレバロ(LB2007上映)

2007siete mesas de billar francés 監督:グラシア・ケレヘタ

2009『デブたち』 監督:ダニエル・サンチェス・アレバロ(スペイン映画祭2009上映)

2010Perurena” 監督:ジョン・ガラーニョ(バスク語、デビュー作)

201080 egunean 省略

2011Vervo  監督:エドゥアルト・チャペロ≂ジャクソン(2012年ゴヤ賞歌曲賞ノミネート)

2014En tierra extraña 監督イシアル・ボリャイン

2014『フラワーズ』 省略

2014Lasa y Zabala 監督:パブロ・マロ

 

 

Loreak”『フラワーズ』データ

製作:Irusoin / Moriarti Produkzioak

監督:ジョン・ガラーニョ& ホセ・マリ・ゴエナガ

脚本:アイトル・アレギAitor Arregi ジョン・ガラーニョ/ホセ・マリ・ゴエナガ

製作者:アイトル・アレギ/ハビエル・ベルソサ Berzosa/フェルナンド・ラレンドLarrondo

撮影:ハビエル・アギーレ

音楽:パスカル・ゲーニュ

データスペイン、2014バスク語、99分 スペイン公開1017

サンセバスチャン映画祭オフィシャル・セレクション(922日)、チューリッヒ映画祭(928日)、ロンドン映画祭(1018日)など多数。

 

キャスト:ナゴレ・アランブル(アネ)、イジアル・アイツプル(テレ)、イジアル・イトゥーニョ(ルルデス)、ジョセアン・ベンゴエチェア(ベニャト)、エゴイツ・ラサ(アンデル)、ジョックス・ベラサテギ(ヘスス)、アネ・ガバライン(ハイオネ)、他


プロット
:三人の女性に人生の転機をもたらした花束の物語。平凡だったアネの人生に、ある日、匿名の花束が家に贈り届けられる。それは毎週同じ曜日、同じ時刻に届けられ、やがて、その謎につつまれた花束は、ルルデスとテレの人生にも動揺を走らせることになる。彼女たちが大切にしていたある人の記憶に結びついていたからだ。忘れていたと思っていた優しい感情に満たされるが、夫婦の間には嫉妬や不信も生れてくる。結局、花束は花束でしかない。これはただの花束にしか過ぎないものが三人の女性の人生を変えてしまう物語です。      (文責:管理人)  
                    

 


★監督紹介

*ジョン・ガラーニョJon Garano 1974年サンセバスチャン生れ、監督、脚本家、製作者、編集者。2001年短編“Despedida”でデビュー、短編、ドキュメンタリー(TVを含む)多数、短編“Miramar Street”(2006)がサンディエゴ・ラティノ映画祭でCorazón賞を受賞。長編第1作“Perurena”(バスク語2010)のプロデューサーがホセ・マリ・ゴエナガ、彼とコラボしてバスク語で撮った第2作“80 egunean”(“80 Days2010)が、サンセバスチャン映画祭2010の「サンセバスチャン賞」を受賞したほか、トゥールーズ・シネ・エスパニャ2011観客賞女優賞イジアル・アイツプル、マリアスン・パゴアゴ)、脚本賞を受賞したほか、受賞多数。イジアル・アイツプルは3作“Loreakでテレを演じている。


ホセ・マリ・ゴエナガ Jose Mari Goenaga1976年バスクのギプスコア生れ、監督、脚本家、製作者、編集者。短編“Compartiendo Glenda”(2000)でデビュー、長編第1作“Supertramps”(2004)、第2作がジョン・ガラーニョとコラボした“80 egunean”、受賞歴は同じ。本作が3作目となる。

 

   (チューリッヒ映画祭で歓迎を受ける両監督、左ゴエナガと右ガラーニョ、9月28日)

 

キャスト紹介

ナゴレ・アランブル(アネ役)Nagore Aranmburu:バスクのギプスコア(アスペイティア)生れ。1998TVドラマでデビュー、フェルナンド・フランコの“La herida”(2013、ゴヤ賞2014作品賞受賞他)に出演している。

イジアル・アイツプル(テレ役)Itziar Aizpuru1939年生れ。2003TVドラマでデビュー、前述の80 egunean以外の代表作はオスカル・アイバルの“El Gran Vazquez”(2010)、TVドラマ、短編など出演多数。

イジアル・イトゥーニョ(ルルデス役)Itziar Ituño1975年バスクのビスカヤ生れ。Patxi Barkoの“El final de la noche”(2003)の地方紙のデザイナー役でデビュー、サンセバスチャン映画祭のオフィシャル・セレクション外にエントリーされたパブロ・マロの“Lasa y Zabala”に出演(時間切れで未紹介ですが、1983年のETAのテロリズムがテーマ)。ほかバスク語のTVドラマに出演している。

 

東京国際映画祭2014*スペイン語映画2014年10月05日 16:41

★ラテンビートが終わると東京国際映画祭TIFFが始まる。見落としがなければコンペ1作、ワールド・フォーカス2作、合計3作と寂しい。昨年はアマ・エスカランテの『エリ』がラテンビートと被りましたが、今年はジョン・ガラーニョ&ホセ・マリ・ゴエナガの『Flowers / Loreak』が、こちらでは『フラワーズ』の邦題で共催上映されます。

 

★コンペティション部門

『ロス・ホンゴス』オスカル・ルイス・ナビア(コロンビア≂仏≂独≂アルゼンチン)
  2014103


作品解説:スケボー少年と、その友人。グラフィティ・アートの趣味を共有するふたりは、大規模なゲリラ・ペインティング企画に参加するが。若者文化のみならず、様々な世代の音楽、そして宗教や政治やジェンダーなど、多様な視点を自由に含み、コロンビアの今を伝えてくるユーモラスで風通しの良い青春映画。               (本映画祭公式サイトよりの引用)

10231445~/251755~/281040~の3回上映

 

カリ出身のルイス・ナビア監督の長編第2作、舞台もカリです。ロカルノ映画祭(スイス)特別審査員賞受賞など他多数受賞しており、TIFF3回上映は異例ではないかな。それだけの魅力を備えているということでしょう。監督の実父や大おばも出演、主役の若者二人ラスとカルビンはアマチュアの中から選ばれました。後日紹介記事をアップいたします。

 

                            (銀ヒョウのトロフィーにキスする監督、ロカルノ映画祭にて)

★ワールド・フォーカス部門

『フラワーズ』ジョン・ガラーニョ/ホセ・マリ・ゴエナガ(スペイン)2014
  バスク語、
99

作品解説:差出人不明の花束が毎週届いて戸惑う人妻。建設現場の大型クレーンの操縦席から地上を観察する男。様々な人間模様が巧みに交差し、練られた脚本と端正な映像が見事な感動をもたらす鮮やかなヒューマンドラマ。            (本映画祭公式サイトよりの引用)

10251150~の1回上映

★ラテンビート2014作品紹介③ で紹介しています。922

 


『ヴォイス・オーヴァー』クリスチャン・ヒメネス(チリ≂仏≂カナダ)201496

作品解説30代の姉妹はそれぞれ問題を抱えているが、突然離婚を決意した父親に戸惑い、新たに家族と向き合うはめになる。美しい地方都市を舞台に、4世代が同居する家族が転機を迎える様を、丁寧で繊細なタッチで描いていく秀作。       (本映画祭公式サイトよりの引用)

10252030~/272010~の2回上映

 


★サンセバスチャン映画祭2014 ③「オフィシャル・セレクション」で紹介しています。
916

ストーリー、監督、キャストなどを簡単に紹介しています。ヒメネス監督の第3作目、彼の作品はデビュー作『見まちがう人たち』、第2作『盆栽』とすべて本映画祭で上映されるという幸運に恵まれています。プログラミング・ディレクター氏の好みでしょうかね。2回ともQ&Aに出席、地球の反対側から来日しています。

                                (主演ソフィア役のイングリッド・イセンセ)
 

『エンプティ・アワーズ』アーロン・フェルナンデス*TIFF20132013年11月07日 09:25

★今年の東京国際映画祭TIFFのスペイン語映画はコンペティション上映の本作と、アマ・エスカランテの『エリ』(ワールド・フォーカス部門)だけでした。ラテンビート共催上映の『エリ』は、2014年アカデミー・メキシコ代表作品に選ばれましたが、最終候補に残れるでしょうか。(以下の記事には1017日上映後のQ&Aの内容が含まれています。)

 


★アーロン・フェルナンデスの長編第2Las horas muertas2013The Empty Hours)が、今年の最優秀芸術貢献賞に選ばれました。最終日26日に発表になるや朗報はあっという間にメキシコに届きました(まだメキシコは25日でしたけど)。副賞5000$が多いか少ないか分かりませんが、資金難に苦しむ若い監督には励みにはなります。デビュー作Partes usadas2007)から数えると約6年かかったのも資金難が大きな原因だったそうです。カンヌ映画財団のレジデンスに3カ月滞在して脚本を執筆後、2012年サンセバスチャン映画祭SIFFの「Cine en Construcciónに参加できたり、カナナ・プロの援助で完成したということです。何はともあれフェルナンデス監督は主演のクリスティアン・フェレールと来日した甲斐がありました(モレリア国際映画祭**出席のため帰国、授賞式には欠席)。

 

(写真:舞台となった実在のモーテル)

プロット:荒れ果てたベラクルスの海岸、17歳のセバスティアンは、叔父が所有する小さな時間貸しモーテルの管理を任され、そこでミランダに出会う。恋人と会うためにモーテルを訪れるが、いつも待たされてばかりのミランダ。彼女が待つ間にふたりは知り合い、束の間の誘惑ゲームが始まる。

TIFF公式サイトより内容の良かった「公式プログラム」からの引用)

 

★ストーリーはいたってシンプル、劇的な展開を期待する観客向きではない。何が起ころうが動じない雄大な自然、これに人間の感情など対抗できない。ゆったり流れる時間、長回しのカメラワークから時が止まり映像はまるで写真のような錯覚を起こさせます。二人とも愛の終りを最初から意識している。「束の間の誘惑ゲームが始まる」かどうかは、見る人によって意見が異なるだろう。

 

   キャスト紹介

クリスティアン・フェレールKristyan Ferrer(セバスティアン)

アドリアナ・パスAdriana Paz(ミランダ)

セルヒオ・ラスゴンSergio Lasgón (マリオ、ミランダの恋人)

フェルミン・マルティネスFermin Martinez(セバスティアンの叔父)


 

(写真:『闇の列車、光の旅』のクリスティアン・フェレール)

クリスティアン・フェレールKristyan Ferrer1995年メキシコ・シティ生れ。2001年テレビの子役として出発。しかし俳優として彼の名を世間に認知させたのは、キャリー・フクナガの『闇の列車、光の旅』2009、原題Sin nombre)でしょう。撮影当時は13歳、役柄的にはもう少し下でしたか。主人公のウィリーこと“エル・カスぺル”を撃ち殺してしまう少年“エル・スマイリー”役、≪マラ・サルバトゥルチャ≫の有力メンバーになりたくて、かつての兄貴分のウィリーをアメリカ国境まで追いつめて射殺する。この成功は良くも悪くも彼について回ることになり、TIFFQ&Aでも語っていたように「俳優としての転機を求めてオーデションを受けた」という発言に繋がるようです。上映作品では17歳の役でしたが、小柄なせいか少々子供ぽかった印象、これ以上身長は期待できそうにないから今後の役選びは難しいかもしれない。他にルイス・エストラダのEl infierno2010、カルロス・キュアロンのBesos de azúcar2013)など。

 
(写真:アドリアナ・パス、後方はマリオ役のセルヒオ・ラスゴン)

アドリアナ・パスAdriana Paz1980年メキシコ・シティ生れ。16歳で舞台デビュー、メキシコ自治大学文学哲学部で劇作法と演劇を学ぶ。映画修業のため一時期スペイン、ポルトガルに滞

在、メキシコに帰国後、キューバのロス・バニョス映画学校で脚本を学んでいる。女優ではなく監督、脚本家志望だったらしい。在学中よりセミプロとして舞台に立つ。映画デビューはセサル・アリオシャのTodos los besos2007)、これはメキシコ・シティ国際現代映画祭、トゥールーズ・ラテンアメリカ映画祭にも出品された。カルロス・キュアロンの『ルドとクルシ』(2009)にトーニャ役(ディエゴ・ルナの妻役)で出演、翌年のアリエル賞共演女優賞にノミネートされた。そのほか代表作に2010年のアリエル賞を総なめにしたカルロス・カレラのコメディEl traspatio2009)、アントニオ・セラーノのMorelos2012)、アンドレス・クラリオンドのデビュー作Hilda2012)など。役柄によって≪美しさ≫が変化する女優として定評があり、理論派、演技派の女優であることは、上映作を見ただけでも分かる。

 

   監督紹介

1972年チワワ(メキシコ北部のチワワ州都)生れ。パリ=ソルボンヌ大学で映画撮影技法学を専攻、マスター号取得後、脚本家、監督、プロデューサー、エディターとして映画、テレビ界で活躍。プロダクション「サンタ・ルシア・シネ」を設立、現在は主にブラジルとメキシコで仕事をしている。

 

(写真:アーロン・フェルナンデス監督)

   長編フィルモグラフィーと受賞歴

2007Partes usadas監督・脚本・製作。メキシコ、フランス。長編デビュー作、2007年モントリオール映画祭のラテンアメリカ映画に贈られる最高賞「グラウベル・ローシャ賞」、同年ハバナ映画祭のデビュー作に贈られる「グランド珊瑚賞」、同年グアダラハラ映画祭第1作に贈られる国民賞など受賞した。2008年のアリエル賞はノミネートに終わった。40を超える映画祭に招待され、第1作で国際舞台で評価された作品。

2013Las horas muertas『エンプティ・アワーズ』監督・脚本・製作。メキシコ、フランス、スペイン。アジアン・プレミアム。上記以外に9月下旬に開催されるロカルノ国際映画祭のベスト・ヒューチャー・フィルム賞にノミネートされた。モレリア映画祭でアドリアナ・パスが主演城優勝受賞。評価はこれからです。

 

Cine en Construcción」というのは、SIFF2002年にラテンアメリカ諸国の映画振興と若い監督の資金援助を目的に設立されました。フランスのRencontres Cinémas d’Amérique Latine de Toulouse「トゥールーズ・ラテンアメリカ映画フォーラム」(例年SIFFより少し後の9月下旬開催)とのタイアップです。これに参加できた作品は、翌年か翌々年のSIFF公式コンペティションかホライズンズ・ラティーノスに選ばれることが多い。この中にはLBFFで上映され好評だったトリスタン・バウエルの『火に照らされて』(2006、アルゼンチン)やセバスティアン・シルバの『家政婦ラケルの反乱』、フランシスコ・バルガスの『バイオリン』(2006、メキシコ)、エンリケ・フェルナンデスの『法王のトイレ』(2007、ウルグアイ)などSIFFに止まらずカンヌでの受賞作品もあります。TIFFではアマ・エスカランテの『サングレ』(2005、メキシコ)、劇場公開作品にはナタリア・スミノフの『幸せパズル』(2010、アルゼンチン)やフェデリコ・ベイロフの『にきび』(2007、チリ)、セバスティアン・レリオの『グロリア』も来年公開されます

 

**正式にはモレリア国際映画祭Festival Internacional de Cine de Morelia (FICM1018日~27日開催、モレリアはミチョアカン州の州都)。『エンプティ・アワーズ』は25日に上映、首都の隣州ということもあってスタッフ、キャスト総出でプレス会見に臨んだ。息子を出産したばかりの主役ミランダ役アドリアナ・パスはメッセージだけの参加でした。

  

 トレビア

FICMのプレス会見の模様は、TIFFQ&Aにおける監督談話とだいたい同じです。映画のアイディアは「ベラクルスのエメラルド海岸を車で走っていると、たくさんのモーテルが点在していることに気がついた。絵のように美しい詩情的な風景の場所にまるで打ち捨てられたようなモーテル、その中で繰り広げられるパッションと情欲を組み合わせたらどうなるかに興味が湧いた」ということです。「いつも遅れてくる愛人のせいで無駄な時間(horas muertasでなくtiempos muertosを使っていた)を過ごさねばならない女と17歳の若者が惹かれあう」というように膨らませていったようです。カンヌ映画財団の援助で3カ月間レジデンスに宿泊して脚本を書いたこと、少年と年上の女性とのキャスティングが重要なうえ難しかったこと、キャスティングがまずいと何事も上手く運ばないことなどもTIFFで語っていましたね。

 

TIFFでキャスティングはどうやって決めたかという質問に、監督は「セバスティアン役はオーデションで決めた。カメラテスト、スクリーンテストと長いプロセスがあった」と答えていましたが、クリスティアン・フェレールによると「ミランダ役の女優を選ぶときには何人もの女性とリハーサルを繰り返した。その中にアドリアナ・パスがいた。二人のセックスシーンでは何回も疑問をぶつけた。最終的には監督が信頼できる雰囲気をつくってくれた」と。いわゆる婚期を逸したかなり年上の女性と17歳の少年という設定ですから、監督も気を使ったことでしょう()

 

FICMにはエグゼクティブ・プロデューサーのエルサ・レジェスも出席していたせいか、「あのモーテルを見つけてきてくれたのはエルサ、何度も何度も足を運んだからモーテルの人たちとも知り合いになってしまった。撮影は2012年で4週間で撮った」ということです。このモーテルは実在しています。

 

★監督談FICM:自分は病的なほど陳腐で暴力的なメキシコを描きたいとは思わない。そういう映画でなく逆のリリシズムのほうを選んでしまった。この映画は私の視点から、私のフィルターを通してみたフィクションです。日常的な事を描く映画が好きなんです。映画の中に現実に起こっているプロセスを入れて描くのが好きなんです。映画のテーマは、退屈とは違う≪時間の経過≫です。他にはミランダによるセバスティアンの≪感情教育≫もその一つ、ロマンスをどう組み立てるかの物語です。

 

 (写真:『孤独のかけら』のワンシーン)

TIFFQ&Aでも、スクリーン・フレームの使い方や小道具の位置、音や音楽に苦心したこと、そういうことに気づいてくれた観客には気に入ってもらえたと思う、みたいな発言がありました。実際構図の切り方は独特で(写真参照)、例えばハイメ・ロサーレスの『孤独のかけら』20072008年ゴヤ作品賞・監督賞受賞他La soledad)とか、ロベール・ブレッソン映画を想起させました。壁に掛った時計、途中で壊れてしまった扇風機の向き、主人公二人の立ち位置、雨の音など、「ああ、なるほど計算しているね」という印象を受けました。ゆったりと流れる時間のなかで、表面的には何も起こらないが実は内面では変化が起こっている。観客それぞれが二人の心の動きを想像しながら楽しめる≪時間≫が用意されていました。

 

★来年の3月頃には公開できるそうで、一番観て欲しかったというメキシコの観客にも届けられます。「映画祭だけの映画」でなかったようで嬉しいニュースです。