イサベル・コイシェの『ひとつの愛』*東京国際映画祭20232023年10月27日 15:44

            スペインで最も精力的な監督がイサベル・コイシェ

    

        

サベル・コイシェIsabel Coixet 1960)の『ひとつの愛』(「Un amor」)は、第71回サンセバスチャン映画祭SSIFF 2023のコンペティション部門ノミネート作品、コイシェ監督がフェロス・シネマルディア賞ホヴィク・ケウチケリアン助演俳優賞(銀貝賞)を受賞したばかりです。時間切れで作品紹介が中途半端でしたが、今回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門のラテンビートFF共催作品に選ばれたのを機に情報も増えましたので、内容的に一部ダブりますが追加いたします。

      

        

 (一人芝居で会場を沸かせたホヴィク・ケウチケリアン、SSIFF2023 授賞式、9月30日

      

★TIFFでは、バルセロナ出身ということかベル・コイシェとカタルーニャ語表記になっています。以前はラテンビートもスペイン語表記のベルでしたが今回はカタルーニャ語を使用しています。確かにコイシェはカタルーニャ語読みですから変だったわけです。当ブログも変更すべきか迷いましたが、当初からスペイン語読みのうえ紹介頻度が一番多く修正も厄介なので、今回は一応イサベルを踏襲します。主なフィルモグラフィー紹介は、『マイ・ブックショップ』(17)までですが、以下にアップしています。

コイシェ監督のフィルモグラフィーは、コチラ20180107

     

      

       (コイシェ監督、SSIFF2023926日レッドカーペットにて

 

 

 『ひとつの愛』(原題「Un amor」)

製作:Buena Pinta Media / Crea SGR / Perdición Films / Monte Glauco / ICEC / ICAA / RTVE / TV3 / Movister+ 他

監督:イサベル・コイシェ

脚本:イサベル・コイシェ、ラウラ・フェレロ、原作サラ・メサの Un amor

撮影:ベト・ローリッヒ

編集:ジョルディ・アサテギ

キャスティング:カルロス・ラサロ、ソフィア・シベロニ

衣装デザイン:スエビア・サンペラヨ

メイクアップ:アイノア・エスキサベル、Izaskun Makua

プロダクション・マネージメント:エバ・タボアダ、クリス・ラフロント

製作者:サンドラ・エルミダ、マリサ・フェルナンデス・アルメンテロス、(エグゼクティブ)ベレン・アティエンサ、クリスティナ・レラ・ガルシア

 

データ:製作国スペイン、2023年、スペイン語、ドラマ、129分、配給BTeam Pictures(スペイン)、公開スペイン11月10日

映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2023セクション・オフィシアル、フェロス・シネマルディア賞(イサベル・コイシェ)、助演俳優賞(ホヴィク・ケウチケリアン)受賞、レインダンス映画祭コンペティション部門、監督賞、俳優賞(ライア・コスタ)ノミネート、東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門正式出品など

 

キャスト:ライア・コスタ(ナット/ナタリア)、ホヴィク・ケウチケリアン(アンドレアス)、ルイス・ベルメホ、ウーゴ・シルバ(ヒッピーのPíterピーテル)、イングリッド・ガルシア≂ヨンソン(ララ)、フランスコ・カリル(カルロス)、タマラ・ベルベス(美容師)、ビオレタ・ロドリゲス、他多数

 

ストーリー:経験の浅い駆け出しの翻訳家であるナットは、都会での息苦しい生活を逃れ、スペイン奥地に典型的な小さな村ラ・エスカパに避難所を見つけます。壁に亀裂や雨漏りのする廃屋で彼女は人生を立て直そうと決意しています。家主から飼いならしていない犬を歓迎のしるしとしてプレゼントされるが、彼が本性をあらわすのに時間はかからないだろう。やがて家主との対立、村民の不信感に直面する。隣人ドイツ人のアンドレアスの不穏な性的提案を受け入れることで、ナットは自分自身を驚かせることになる。この奇妙で矛盾をはらんだ出会いから、貪欲で強迫的な情熱が彼女に芽生えてくる。今まで彼女が自分だと思っていた女性は、本当に自分なのだろうか、実存への疑念と破壊的な性的役割を探求することになる。

   

      

   (現地入りした「Un amor」のチーム、SSIFF 2023926日フォトコール)

 

          サラ・メサのベストセラー小説の映画化

 

★新作はサラ・メサ(マドリード1976)の同名小説の映画化、勿論小説と映画はジャンルも異なり別物ですが、簡単に紹介しておきます。マドリード生れですが幼少時からセビーリャで育ち、現在もセビーリャ在住です。スペイン文献学を学んでいる。詩人としてスタートをきり、2007年、詩集Este jilguero agendaでミゲル・エルナンデス文化財団の詩歌国民賞を受賞しましたが、作家として活躍するようになる。2017年、小説Cicatrizフアン・デ・サンクレメンテ文学賞など受賞歴も多い。ベストセラーとなったUn amor2020年刊)は2021年の日本でいう本屋大賞を受賞している。作品は米国、イタリア、オランダ、フランス、ドイツ、ギリシャ、ポルトガル、デンマーク、ノルウェーで翻訳出版されているが、日本での翻訳書はないようです。

   

        

  
            

★原作の解説を読むと3つのパートに分かれているが、タイトルが示すように物語は〈愛〉がテーマの中心、多くのファンタズマに溢れている。コイシェがどのパートを選んだかは未見なので想像するしかないのだが、その特徴はナット(ライア・コスタ)を筆頭に〈ドイツ人〉と呼ばれているが実際はドイツ人でないアンドレアス(ホヴィク・ケウチケリアン)、ヒッピー役(ウーゴ・シルバ)など、いわゆる村に流れついた異邦人がストーリーの推進役になっていることです。ナットとアンドレアスに焦点を当てているようですが、小説はぞんざいな応対でナットを不安にさせる土地の人である家主(ルイス・ベルメホ)の人格造形が重要視されているようです。

    

       

    (ライア・コスタとコイシェ監督、SSIFF2023926日フォトコール)

 

★ナットにお近づきの印として犬を進呈するなど最初は友好的に見えるが、いずれ本性をあらわすのに時間はかからない。この躾けされていない犬が一つの原因で、ナットの人生は思いもかけない方向に転がり始める。夜中に煩く吠えるので、ヒロインは〈嫌なやつ〉という意味のシエソと命名する。このシエソも重要な登場人物のようです。20年前の映画ですが、ラース・フォン・トリアーのデンマーク映画『ドッグヴィル』03)を思い起こした批評家の記事を目にしました。確かに共同体VS侵入者の構図もよく似ている。共同体を代表する家主は、侵入者のドイツ人より興味深い人物のように読めます

    

      

          (ルイス・ベルメホ、926日、プレス会見にて

 

★舞台となる地名、La Escapaラ・エスカパは架空の村でしょうが、かつてアラゴン州ウエスカに同名の村が存在していたので検索してみたら、現在は廃村となって誰も住んでいないとありました。映画に出てくるような朽ちかけた建物が残っている。スペイン語のescaparは、逃れる・脱出するという意味なので、作家がそれと関係づけて付けたのかもしれない。どこにでもあるようなありきたりのEl Glauco (緑の山)の麓の村という設定になっています実際の撮影はアラゴンの隣州、ワインで有名なリオハの何ヵ所かで行われた

 

★都会でぼろぼろになった30歳代の独身女性の逃避行など平凡すぎていただけませんが、サラ・メサの手にかかるとベストセラーになる。語り口は辛辣で、嫉妬、暴力、悲劇、拒否または放棄、誘導、タブーが複雑にミックスされている。先入観を捨て事柄を安易に裁くことなく注意を向けることが、読者、あるいは観客に求められているようですナットが借りることになった雨漏りのする家がそもそも曰く付きの家で、かつて近親相姦の関係にあった兄妹が住んでいて、村民によって追い出されたため空き家になっていたことが知らされる。ナットは格安だったので借りたのだが、なんだかギリシャ悲劇を連想させるではないか。

 

★ナットとアンドレアスの一風変わった交換条件による性的関係は、ポール・ヴァーホーヴェンのスリラー『エル ELLE16)の潜在的な欲望や衝動に突き動かされていくヒロインを連想させる。また2022年のノーベル文学賞を受賞した、フランスのオートフィクション作家のアニー・エルナー1940~)の『シンプルな情熱』91)も類似点がありそうです。年下の不倫相手との関係をあるがままに描き、自身の内面を掘り下げ、一体自分は何者かと冷静に自問している。階級社会のフランスで彼女のようなノルマンディー生れの労働者階級の女性が遭遇するジェンダー差別、疎外感、失望を飾らない文体で描き、多くの読者の共感を得ている。著作の多くが翻訳、文庫化されている。原作と映画の楽しみ方は別物であるが、作家と監督は意気投合したという報道なので公開を待ちたい。

    

         

            (サラ・メサとイサベル・コイシェ)

 

★主役の二人、ナット役のライア・コスタとアンドレアス役のホヴィク・ケウチケリアンの纏まったキャリア紹介はしていないので次回にアップしたい。特にケウチケリアンは、スペインでも特異な経歴の持ち主、『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』(18)だけでない活躍を紹介したい。

    

チリのクリストファー・マレーの『魔術』*東京国際映画祭20232023年10月16日 16:48

          正義を求める少女の物語『魔術』はファンタジー・ドラマ

    

       

 

★ワールド・フォーカス部門(ラテンビートFF共催)で上映されるクリストファー・マレー『魔術』は、1880年、チリのレクタ・プロビンシア団体のメンバーが使ったという〈魔術〉が告発された実話にインスパイアされた映画です。18世紀から20世紀初頭まで実際に存在していた組織のようです。チリの先住民はペルーやメキシコのように多くありませんが、マプチェ・ドゥングン語を話すマプチェ族が現在でも減少したとはいえ約70万人を数え、これは全人口の4%に当たります。本作でもスペイン語、ドイツ語の他にマプチェ・ドゥングン語が使用されている。その抵抗の歴史は現在でも息づいており、チリの文化や政治の多様性に影響を与えている。2021年から「先住民の日」(620日)が設けられ、日本の「山の日」や「スポーツの日」のように日曜日と重なるとずれる移動祝日となった。

 

★ジャンルはファンタジーに分類されているようですが、上記のような背景を頭に入れて観ると、また違った見え方があるのではないかと思います。本作の舞台チロエはロス・ラゴス州に属するチリでも2番目に大きな島です。今回コンペティション部門で上映される、フェリペ・ガルベス『開拓者たち』の舞台になるティエラ・デル・フエゴが最大の島、こちらは先住民セルクナム(またはオナス)族のジェノサイドが語られ、チリ共和国の歴史の一端が描かれている。これは偶然ではなく、若い監督たちが自国の負の歴史に目を向け始めているのかもしれません。

 

 『魔術』(「Sorcery / Brujería」)

データ:製作国チリ=メキシコ=ドイツ、2023年、スペイン語・マプチェドゥングン語・ドイツ語、ファンタジー・ドラマ、100分、製作はBord Cadre FilmsFabulaMatch Factory Productions

映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭2023ワールド・フィルム・ドラマ部門でプレミア、ヨーテボリFF国際コンペティション正式出品、トゥールーズ(シネラティノ)FF作品賞受賞、富川(プチョン)ファンタスティックFF作品賞受賞、シッチェスFFファンタスティック部門正式出品、ミュンヘンFF、

  

監督:クリストファー・マレー(マーレイ、サンティアゴ1985)、脚本はパブロ・パレデスとの共同執筆、長編3作目。製作者にはFabulaパブロ&フアン・デ・ディオス・ラライン兄弟が参画している。撮影マリア・セッコ、編集パロマ・ロペス、音楽レオナルド・ハイブルム。監督キャリア&フィルモグラフィーについては、デビュー作『盲目のキリスト』(ラテンビートFF2016)で紹介しています。

監督キャリア&フィルモグラフィー紹介記事は、コチラ20161006

 

キャスト:バレンティナ・ベリス・カイレオ(ロサ)、ダニエル・アンティビロ(マテオ・コニュエカル)、セバスティアン・ヒュルク(TIFF表記フールク、農場主ステファン)、フランシスコ・ヌニェス(ロサの父親フアン)、ダニエル・ムニョス(副代理人アセベド)、ネディエル・ムニョス・ミラロンコ(アウロラ・キンチェン)、アニック・ドゥラン(ステファンの妻アグネス)、イケル・エチェベルス(ステファンの息子フランツ)、他

 

ストーリー1880年、チリの離島チロエ、先住民の少女ロサはドイツ人の入植者が経営する農場に父親と一緒に住み込みで働いている。ある日のこと、農場主が不手際を理由に父親を無残な方法で殺害したとき、ロサは正義を求めて、強力な魔術師の組織の王に助けを求めに出発します。

    

                 

                 (ロサ)

     

    

    (農場主ステファン)

 

    

              (ステファンの家族)

  

        

                     (ロサと副代理人アセベド)

   

      

            (ロサとアウロラ・キンチェン)


バスク映画特集として5作品上映*東京国際映画祭20232023年10月14日 16:22

      金貝賞「O Corno / The Rye Horn」が『ライ麦のツノ』の邦題で上映

   

        

   

★今年の東京国際映画祭2023 TIFF では、ワールド・フォーカス部門にラテンビート共催作品5作、バスク映画特集に5作、コンペティション部門の1作を含めると11作品がエントリーされた。うち先だって閉幕したサンセバスチャン映画祭 SSIFF のセクション・オフィシアル(コンペティション)にノミネートされた女性監督の3作(うち1作が金貝賞)、オリソンテス・ラティノス部門やマラガ映画祭の金のビスナガ賞受賞作を含む2作、カンヌ映画祭の短編を含む3作と、長短はあるもの一応作品紹介をオリジナル・タイトルでアップ済みです。未紹介はチリのクリストファー・マレーの『魔術』(「Sorcery / Brujeria」)とベルタ・ガステルメンディ&ロサ・スフィアの『ディープ・ブレス 女性監督たち』の2作です。

 

コンペティション部門

『開拓者たち』(「Los colonos / The Settlers」)

データ:製作国チリ=アルゼンチン=イギリス=ドイツ、ほか計8ヵ国、2023年、スペイン語・英語、歴史ドラマ、97分、カンヌFF「ある視点」に正式出品、長編デビュー作。

監督フェリペ・ガルベス(サンティアゴ1983)は、監督、脚本家、フィルム編集者。

監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ20230515

 


       

                   

 

ワールド・フォーカス部門ラテンビート共催作品

『犯罪者たち』Los delincuentes / The Dlinquents

データ:製作国アルゼンチン=ブラジル=ルクセンブルク=チリ、2023年、スペイン語、コメディ、90分、カンヌ映画祭「ある視点」正式出品。本作は長編4作目になる。

監督ロドリゴ・モレノ(ブエノスアイレス1972)は、監督、脚本家、製作者。

監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ20230511

      

      

         

 

『ひとつの愛』Un amor

データ:製作国スペイン、2023年、スペイン語、140分、サラ・メサのベストセラー小説の映画化、豪華キャストの話題作。SSIFFセクション・オフィシアルにノミネート、フェロス・シネマルディア賞を受賞、ホヴィク・ケウチケリアンが助演俳優賞(銀貝賞)を受賞した。

監督イサベル・コイシェ(バルセロナ1960)、監督、脚本家。

作品紹介は、コチラ2023年10月27

     

       

          

 

Totem』(原題「Tótem」)

データ:製作国メキシコ=デンマーク=フランス、2023年、スペイン語、ドラマ、95分、ベルリンFFコンペティション部門、エキュメニカル審査員賞受賞、SSIFFオリソンテス・ラティノス部門ノミネート、ほか受賞歴多数。

監督リラ・アビレス(メキシコシティ1982)は、監督、脚本家、製作者。

監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ20230831

     

   

 

(アビレス監督と、ベルリンFFにて)


   

『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』(短編「Strange Way of Life」)

データ:製作国スペイン、2023年、英語、30分、ウエスタン、カンヌ映画祭2023アウト・オブ・コンペティション、特別上映。

監督ペドロ・アルモドバル

監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ20230504

     

         

        

 

『魔術』(「Sorcery / Brujeria」)

データ:製作国チリ=メキシコ=ドイツ、ファンタジードラマ、100

監督クリストファー・マレー(サンティアゴ1985)は、ラテンビートFF2016で『盲目のキリスト』が上映されており、監督キャリア&フィルモグラフィーを紹介している(表記マーレイで紹介)。パブロ・ラライン兄弟の制作会社「Fabula」が手掛けている。別途作品紹介の予定。

作品紹介は、コチラ⇒2023年10月16日

     

       

       

 

ワールド・フォーカス部門バスク映画特集

20,000種のハチ』(仮題「20.000 especies de abejas」)

データ:製作国スペイン、2022年、スペイン語・バスク語・フランス語、ドラマ、129分、ベルリン映画祭プレミア(9歳のソフィア・オテロ銀熊賞)、マラガ映画祭金のビスナガ賞、SSIFF セバスティアン賞受賞など受賞歴多数。

監督:エスティバリス・ウレソラ・ソラグレンのデビュー作

監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ20230303

    

          

 

  (金のビスナガ賞を受賞したエスティバリス・ウレソラ、マラガFFにて)

 

  

『女性たちの中で』(「Las buenas compañías」)

データ:製作国スペイン=フランス、2023年、スペイン語、93分。舞台が1970年代のバスク州のサンセバスティアンで実話に基づいています。

監督シルビア・ムント(バルセロナ1957)、女優、監督、脚本家、舞台演出家。ドキュメンタリー、TVムービー、短編、マラガ映画祭監督賞他、受賞歴多数。

監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ20230308

 

       

      

                   (女優の知名度が高いシルビア・ムント監督)

 

  

『ライ麦のツノ』(「O Corno / The Rye Horn」)

データ:製作国スペイン=ポルトガル=ベルギー、2023年、ガリシア語、ポルトガル語、103分。

監督ハイオネ・カンボルダ(サンセバスティアン1983)、監督、脚本家、アートディレクター、長編2作目が、SSIFF コンペティション部門にガリシア語映画として初めてノミネートされ、見事金貝賞を受賞したばかりです。

監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ20230717

 

       

        

   (金貝賞のトフィーを手にしたカンボルダ監督と製作者、SSIFF 2023 授賞式)

   

 

『スルタナの夢』SF アニメーション「El sueño de la sultana / Sultanas Dream」)

データ:製作国スペイン=ドイツ、85分、SSIFF コンペティション部門ノミネート、バスク映画部門イリサル賞受賞作品。

監督イサベル・エルゲラ(サンセバスティアン1961)、アニメーション作家、長編デビュー作、短編多数。

監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ20230717

 

         

      

     (イリサル賞受賞スピーチをするエルゲラ監督、SSIFF 2023 授賞式)

 

 

『ディープ・ブレス 女性映画監督たち』ドキュメンタリー)

Arnasa Betean / A pulmón. Mujeres Cineastas / A Deep Breath,Women Filmmakers

データ:製作国スペイン(バスク自治州)、2023年、バスク語・スペイン語、75

監督ベルタ・ガステルメンディロサ・スフィア、海中撮影にはルベン・クレスポが手掛けている。    

キャスト:エレア・ロペス、ララ・ララニャガ、アイノア・インコグニート(以上3人はダイバー)、主な映画監督に、来日したこともあるアランチャ・エチェバリア(『カルメン&ロラ』)、イサベル・エルゲラ(『スルタナの夢』)、ゴヤ賞2023の新人監督賞のアラウダ・ルイス・デ・アスア(「Cinco lobitos」)、アナ・ムルガレン(「García y García」)、SSIFF2023 のガラの監督の一人ミレイア・ガビロンド、『20,000種のハチ』をプロデュースしたララ・イサギレ、ほか多数。ここ最近のバスクの女性監督たちが出演している。

   

    

              (バスクの女性監督たち)

      

 
  (ベルタ・ガステルメンディとロサ・スフィア) 
             

     

★今年の話題作、ベネチアFF金獅子賞を受賞したヨルゴス・ランティモスの『哀れなるものたち』、カンヌFFの監督賞、SSIFF でクリナリー映画賞を受賞したトラン・アン・ユンの『ポトフ』など、公開が決定している映画も上映される。1014日からチケット発売が始まっている。


フェリペ・ガルベスのデビュー作が「ある視点」に*カンヌ映画祭20232023年05月15日 11:36

   「ある視点」にフェリペ・ガルベスのデビュー作「Los colonos」がノミネート

   

     

 

★チリのフェリペ・ガルベスのデビュー作「Los colonos」が「ある視点」に正式出品、チリ、アルゼンチン、オランダ、フランス、デンマークなど8ヵ国との合作、ガルベス監督は1983年チリのサンティアゴ生れ、監督、脚本家、フィルム編集者。「ある視点」ノミネートは2011年のクリスティアン・ヒメネスの「Bonsai」以来12年ぶりです。本作は東京国際映画祭2011ワールド・シネマ部門で『Bonsai~盆栽』としてアジアン・プレミアされた。「Los colonos」の舞台は20世紀初頭のチリ南端ティエラ・デル・フエゴ島、先住民族セルクナム(またはオナス)のジェノサイドをテーマにした歴史物、彼らがチリの正史から消されてきた過程を探求している。

 

 「Los colonos / Les colons / The Settlers」(仮題「入植者たち」) 

製作:Quijote Films(チリ)、Rei Cine(アルゼンチン)、Quiddity Films(英)、Volos Films(台湾)、共同製作:Cine Sud Promotion(仏)、Snowglobe(デンマーク)、Film I Vast(スウェーデン)、Sutor Kolonko(独)

監督:フェリペ・ガルベス

脚本:フェリペ・ガルベス、アントニア・ヒラルディ

音楽:Harry Allouche

撮影:Simone DArcangelo

編集:Mattieu Taponier

プロダクション・デザイン:セバスティアン・オルガンビデ

衣装デザイン:ナタリア・アラヨン、ムリエル・パラ

メイクアップ&ヘアー:ダミアン・ブリッシオ

製作者:ジャンカルロ・ナシ、ステファノ・センティニ、ベンジャミン・ドメネク、サンティアゴ・ガレッリ、エミリー・モーガン、マティアス・ロベダ、ティエリー・ルヌーベル、(エグゼクティブ)コンスタンサ・エレンチュン、エイミー・ガードナー、ほか共同製作者多数 

 

データ:製作国アルゼンチン、チリ、イギリス、台湾、ドイツ、スウェーデン、フランス、デンマーク、スペイン語・英語、2023年、歴史ドラマ、97

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2023「ある視点」部門正式出品、初長編監督作品賞カメラドールにもノミネートされている。

 

キャスト:カミロ・アランシビア(メスティーソのセグンド)、ベンジャミン・ウェストフォール(アメリカ人傭兵ビル)、マーク・スタンリー(イギリス人マクレナン中尉)、サム・スプルエル(マルティン大佐)、アルフレッド・カストロ(スペイン人地主ホセ・メネンデス)、マリアノ・リナス(フランシスコ・モレノ)、ルイス・マチン(司教)、マルセロ・アロンソ(大統領勅使ビクーニャ)、アグスティン・リッタノ(アンブロシオ大佐)、ミシェル・グアーニャ(キエプジャ)、アドリアナ・ストゥベン(ホセフィナ・メネンデス)、ほか

 

ストーリー19世紀末に羊牧場はチリのパタゴニア地方の領土を拡大していきました。1901年、裕福な地主ホセ・メネンデスは先住民の土地を開拓し、大西洋への道を開くために3人の男を雇いました。最終的な目的は当時の白人の使命に従って、この広大で肥沃な領土を文明化することでした。メスティーソのセグンド、元ボーア戦争のイギリス人船長のマクレナン、アメリカ人傭兵ビルの3人は、国家がメネンデスに与えた土地の境界を定める遠征に乗り出していった。最初は行政上の遠征のように見えたものが、次第に先住民に対する暴力的な狩猟へと変質していった。1901年から1908年のあいだにティエラ・デル・フエゴ島での先住民セルクナム虐殺を描き、先住民が被った植民地化、暴力、不正義というテーマを探求しています。

 

        

    

      

 

★ガルベス監督談によると「誰が歴史を書くのか、どのように書かれるのか、その過程で映画の立ち位置はどのように占めるのかを考えさせてくれる」映画だとコメント。チリの正史から消されてきた先住民虐殺の事実が、如何にして闇に葬られてきたのか、その過程がどうして可能だったのか、メネンデス一家がどのように資金調達をしたのかが語られる。「この映画は、内なる旅とその登場人物の精神の崩壊を通して、強制的に文明化されたモデルを反映させた」とプレスリリースで語っている。チリが建国(1818年)100周年を迎えようとしていた頃の過去にさかのぼり、現在にまで及ぶ理念が語られる。

   

        

★監督紹介:フェリペ・ガルベスFelipe Galvez Haberle)、1983年サンティアゴ生れ、監督、脚本家、フィルム編集。2008年フィルム編集者としてキャリアをスタートさせる。2009年の短編「Silencio en la sala」(12分)がBaficiブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭に正式出品されベスト短編賞を受賞。2018年「Rapaz」(13分)がカンヌ映画祭併催の「批評家週間」にノミネートされたことで、その後ウルグアイ映画祭2018、ダウンタウン・ロスアンゼルスFF、ノーステキサスFF、ダラスFF2019のグランプリを受賞、バレンシアFFCinema Joveにノミネートされた。本作は携帯電話の盗難で告発された十代の少年の市民拘留を描いている。フィルム編集ではクラウディオ・マルコネの「En la Gama de los Grises」(15)、マルティン・ロドリゲス・レドンドのデビュー作「Marilyn」(18)など受賞歴のある映画を多数手掛けている。

   

    

              (短編「Rapaz」のポスター)

 

★カンヌFF2000「ある視点」にノミネートされたミゲル・リティンの「Tierra del Fuego」は、ティエラ・デル・フエゴを舞台にしている。セルクナム虐殺をリードした一人であるルーマニア人ジュリアス・ポッパーを主人公にしたクロニカである。他に先住民ジェノサイドに言及している作品にパトリシオ・グスマンのドキュメンタリー「El botón de nácar」(15)があり、この作品は『真珠のボタン』の邦題で公開されています。

監督作品は以下の通り:

2009年「Silencio en la sala」短編12分、監督、脚本、編集

2011年「Yo de aqui te estoy mirande」短編、監督、脚本、編集

2018年「Rapaz」短編13分、監督、脚本、編集

2023年「Los colonos」長編デビュー作、監督、脚本

      

Marilyn」の作品紹介は、コチラ20180225

『真珠のボタン』の作品紹介は、コチラ20151116

   

*追加情報:本作は『開拓者たち』の邦題で、東京国際映画祭2023にノミネートされた。

マヌエラ・マルテッリ『1976』Q&A*東京国際映画祭2022 ⑨2022年11月06日 16:21

         「母方の祖母が49歳で亡くなった年が1976年でした」

 

   

         (マヌエラ・マルテッリ監督、1028Q&Aにて)

 

★東京国際映画祭は終幕しましたが、1028日にマヌエラ・マルテッリ監督が参加して行われた1976Q&Aをアップいたします。司会は市山尚三プログラミング・ディレクター、言語は英語、約30分で、翌日YouTubeで配信されました。主役カルメンを演じたアリネ・クッペンハイム女優賞を受賞するオマケも付いたので、最後にキャリアご紹介も付します。

 

★タイトルとなった〈1976年〉は、監督の「母方の祖母が亡くなった年に因んでいる」と語りました。この発言には重要な意味があったのですが、Q&Aではこれ以上踏み込まなかった。「もう一つの911」と称されるチリの軍事クーデタが勃発したのは1973911でした。1976年は選挙で選ばれた初めての社会主義政権と言われるアジェンデ政権がピノチェト将軍指揮する軍隊によってあえなく崩壊した年ではなかった。3年目となる1976年も多くの民間人の血が流された年ではありましたが、なぜ監督が1976年に拘ったのか、それは母方の祖母が49歳の若さで自死したことでした。

 

★作品紹介でも触れましたが、1983年生れの監督は祖母には会ったことがない。絵画や彫刻を制作して、主婦だけで終わりたくなかった祖母は、主人公カルメンの造形に投影されている。本作の原動力になったのが、正にこの祖母の自死にあったからでした。長いあいだ家族間で祖母の死について語ることは禁じられていましたが、10年前に重い鬱だけが原因でなかったことを知り、突き動かされるように自国の現代史を調べ始めたという、つまり本作の構想は10年前に遡るということです。クランクイン直前にパンデミックで中断、1年待たねばならず、再開しても制限の多いなかでの撮影を強いられた。これは彼女に限ったことではありませんが、コロナは世界を変えてしまいました。幸運にも完成前にカンヌから選考の報をうけ、その後のプロセスは大車輪だった。

1976』の作品&監督キャリア紹介の記事は、コチラ20220913

 

★印象に残ったのは会場から色と音楽に対する拘りを指摘する質問があったことでした。「とても良い質問です」と嬉しそうに前置きして、「赤色は血をイメージし、独裁政権の影が次第にカルメンの日常を塗り替えていくイメージ、外から聞こえてくる音や音楽は、外部からの浸食であり、色と音楽の両方が外の世界の恐怖、カルメンの気持ちの変化を表現している」と語った。これが成功しているかどうかは評価の分かれるところですが、20年近くに及んだピノチェト軍事独裁政権の恐怖を知らない観客には分かりにくかったかもしれません。

   

     

 

★監督は大学では、演技のほかに美術も専攻しており、以前「将来的に女優を続けるかどうか分からない、絵の道に進むかもしれない」と語っていたが、一つに祖母の影響があったのかもしれない。その頃から監督になることを視野に入れて演技していたという。「女優としてさまざまな監督を観察しながら演技してきたので、今回の監督デビューは自然な成り行きだった」とチリのインタビューに応えている。チリ・プレミアは首都サンティアゴから南方850キロ離れたバルディビア映画祭(開催1010日~16日)で、その後劇場公開となっている。

 

Q&Aで本国チリでの評価を尋ねられた監督は、「観客の評価はよく、観客はちりばめられたエピソードにそれぞれ反応している。それは2019年の反政府デモをきっかけにした憲法改正の動きがあり、結果的に新憲法は否決されたが、それを残念に思っている人に受け入れられている」と応じていた。1019日、150万人の民衆がサンティアゴの街頭に繰り出し、経済格差是正、自由の制限、憲法改正を迫ってデモ行進が行われた。この反政府デモについてのドキュメンタリーを撮ったのが、サンセバスチャン映画祭2022ホライズンズ・ラティノ部門のオープニング作品に選ばれたパトリシオ・グスマンのドキュメンタリー「Mi país imaginario」(22)でした。現在はパリ在住ですが、故国チリの現代史を問い続けているドキュメンタリー作家です。当ブログでは「チリ三部作」と称される『光のノスタルジア』『真珠のボタン』『夢のアンデス』を紹介しています。

Mi país imaginario」の作品紹介は、コチラ20220822

 

Q&Aは内容的に充実していたとは言い難いのですが、メディア向け撮影を入れた30分では質問者の数も限られ、監督も自分の母語でなかったこともあるのか隔靴掻痒だったに違いない。最後にコロナ感染で危機に苦しんでいる映画界に触れ、「映画館に足を運んでください」と、映画を映画館で観る楽しさを取り戻してほしいと強調しました。勿論、映画を見る媒体は複数あってかまわないのですが、映画とTVドラマは違うはずです。

 

★チリ映画界の現状は厳しく、監督が映画界入りした2001年に製作された本数は10だった。その95%は特権的な男性監督によるものです。現在では映画法も制定され4倍に増えていますが、申請倍率も高くアクセス事態が難しいということです。申請は11回に限定され、落選すればもう1年待たねばならない。チリは文化活動に資金を使いたくないのが伝統というお国柄、『1976』で「私は忍耐力を養いました」と監督。どんなに素晴らしい映画でも「観られなければ意味がない」とも語っています。既に次回作の準備に取りかかっており、90年代のチリが舞台、デビュー作に繋がっているということです。

 

  

★去る928日、第37ゴヤ賞2023211日)イベロアメリカ映画賞のチリ代表作品に選ばれました。監督は「代表作品に選ばれ光栄です。選んでくださった270人のチリ映画アカデミー会員に感謝いたします」とコメントしています。4作に絞られる正式ノミネーションを待たねばなりませんが、候補としてアルゼンチン代表「Argentina, 1985」(サンティアゴ・ミトレ)、コロンビア代表『ラ・ハウリア』(アンドレス・ラミレス・プリド)、ポルトガル代表「Nothing Ever Happened」(ゴンサロ・ガルバン・テレス)、ボリビア=ウルグアイ合作の『Utama~私たちの家~』(アレハンドロ・ロアイサ・グリシ、邦題はSKIPシティ国際Dシネマ映画祭 SKIP CITY IDCF による)などが候補に上がっています。いずれも強敵ですが残れるでしょうか。ポルトガル映画以外は既にご紹介しています。

 

 

アリネ・クッペンハイム紹介:1969年バルセロナ生れ、父親はフランス人、母親はチリ人、共に手工芸家、両親の仕事の関係で幼少期はヨーロッパ諸国を転々とした。チリに戻ったのは1980年代初頭、サンティアゴ市北部の地方自治体ラス・コンデスの高校で学んだ。その後フェルナンド・ゴンサレスのアカデミー-・クラブで演劇を学んだ。1991年テレノベラ「Ellas por ellas」(4話)出演でスタート、数局のTVシリーズで成功、女優としての地位を築いた。一方映画デビューは、クラウディオ・サピアインの「El hombre que imaginaba」(98)、アントニア・オリバーレスの「Historias de sex」(00)など、しかしTVシリーズ出演が多い。1999年、クラウディア・ディ・ジロラモ主演のTVシリーズ「La fiera」を最後に、当時の夫で俳優のバスティアン・ボーデンへーファーとフランスに渡る(2006年離婚)。

 

★フアン・ヘラルドのキューバ革命をテーマにしたドイツ、メキシコ、米国合作「Dreaming of Julia / Sangre de Cuba」(03、英語)で、ガエル・ガルシア・ベルナルやハーヴェイ・カイテル、セシリア・スアレスとクレジットを共有している。2004年、チリに帰国、アンドレス・ウッドの「Machuca」(04)、アジェンデ政権に反対する1970年代初頭の富裕階級の典型的な女性像を演じて賞賛された。本作にはマヌエラ・マルテッリ監督も共演している。レビスタWIKEN助演女優賞受賞、邦題『マチュカ~僕らと革命』DVD化された。ウッド監督とは「La buena vida」(ラテンビート2009の邦題『サンティアゴの光』)に再びオファーを受け、今度はマルテッリと母娘を演じた。ペドロ・シエンナ賞、ビアリッツFF演技賞などを受賞している。

 

        

        (反アジェンデ派のシンボリックな女性像を演じた『マチュカ』から)

 

アリシア・シェルソンのデビュー作「Play」(05『プレイ』)、本作はシェルソンがSKIP CITY IDCF 2006で新人監督賞を受賞した作品、また同監督の「Turistas」(08)では主役を演じた。アジェンデ大統領の最後の7時間を描いたミゲル・リッティンの「Allende en su laberinnto」(14)で、大統領の私設秘書、愛人でもあったミリア・コントレラスに扮した。通称〈La Payita〉はスウェーデン大使の助けを得てキューバに亡命、1990年に帰国するまでパリやマイアミに住んでいた。軍事クーデタの証言者の一人。

     

       

     (マルセロ・アロンソと倦怠期の夫婦を演じたシェルソンの「Turistas」から)

 

★公開作品にはセバスティアン・レリオの『ナチュラルウーマン』(17)がある。TVシリーズ「42 Días en la Oscuridad」(226話)で再びクラウディア・ディ・ジロラモと共演、実話に着想を得たミステリー、ある日突然失踪する主婦を演じている。本作は『暗闇の42日間』の邦題でNetflix ストリーミング配信中です。ラテンアメリカ諸国だけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、アジアで配信され、チリでもっとも成功したTVシリーズの代表作となっている。

    

★『1976』出演で、8月開催の第26回リマ映画祭2022で演技賞、東京国際映画祭の女優賞を受賞、次回作はバレリア・サルミエントの犯罪ミステリー「Detrás de la Lluvia」(22)、本作にはマヌエラ・マルテッリ、クラウディア・ディ・ジロラモが共演している。

 

     

             (自分の行動がどれほど深刻か気づき始めるカルメン、『1976』から)

 

『ザ・ビースト』が東京グランプリ他3冠*東京国際映画祭2022 ⑧2022年11月03日 20:47

        東京グランプリにロドリゴ・ソロゴジェンの『ザ・ビースト』

 

    

 

112日、第35回東京国際映画祭2022の授賞式が東京国際フォーラムでありました。ロドリゴ・ソロゴジェンTIFF表記ソロゴイェン)の『ザ・ビースト』(西仏合作)が東京グランプリ/東京都知事賞監督賞男優賞ドゥニ・メノーシェ)の3冠を受賞しました。他にスペイン語映画では、チリのマヌエラ・マルテッリのデビュー作1976に主演したアリネ・クッペンハイムTIFF表記アリン・クーペンヘイム)が女優賞を受賞するなどした。コンペティション部門の受賞結果は以下の通り(タイトル、主製作国、監督など)、プレゼンターは各審査員。

 

 

東京グランプリ/東京都知事賞『ザ・ビースト』(スペイン)、ロドリゴ・ソロゴジェン

 監督欠席につきラテンビートFFプログラミング・ディレクターのアルベルト・カレロ・ルゴ氏が代理で受け取り、監督はビデオメッセージで挨拶、プレゼンターはジュリー・テイモア審査委員長、小池百合子都知事の両氏。

     

     

     

                   (小池都知事、カレロ・ルゴ氏、テイモア審査委員長)

 

審査員特別賞『第三次世界大戦』(イラン)、ホウマン・セイエディ

 監督欠席につき主演者マーサ・ヘジャーズィが代理で受け取り、プレゼンターはマリークリスティーヌ・ドゥ・ナヴァセル審査員。

   

     

                               (マーサ・ヘジャーズィ)

 

監督賞ロドリゴ・ソロゴジェン『ザ・ビースト』、トロフィー授与は割愛、プレゼンターはジョアン・ペドロ・ロドリゲス審査員。

 

男優賞ドゥニ・メノーシェ『ザ・ビースト』、欠席につきモントリオールからビデオメッセージ、トロフィー授与は割愛、プレゼンターはシム・ウンギョン審査員。

  


         

女優賞アリネ・クッペンハイム1976』(チリ)、欠席につきマヌエラ・マルテッリ監督が受け取り、受賞スピーチをした。クッペンハイムはサンティアゴからビデオメッセージ、プレゼンターは同上。

  

       

  

                (シム・ウンギョン審査員、マヌエラ・マルテッリ監督)

 

芸術貢献賞『孔雀の嘆き』(スリランカ)、サンジーワ・プシュパクマーラ監督、プレゼンターは柳島克己審査員。

    

     

 

観客賞『窓辺にて』(日本)今泉力哉監督、プレゼンターは同上。

   


   

★以上がコンペティション部門7カテゴリーの受賞結果でした。応援していたわけではありませんが、カルロス・ベルムトの4作目『マンティコア』は残念でした。最後にクロージング作品、黒澤明の名作『生きる』の舞台を第二次世界大戦後のイギリスに移した『生きる LIVING(主演ビル・ナイ)の監督オリヴァー・ハーマナスと、脚本を執筆したノーベル賞作家のカズオ・イシグロが〈黒澤愛〉を熱く語って終幕した。

 

★スペイン語映画のブロガーとして『ザ・ビースト』の3冠受賞が嬉しくないはずはありませんが、新進監督の発掘を掲げて始まった映画祭の作品賞が、カンヌ映画祭を皮切りに国際映画祭巡りをして受賞歴のある作品だったことに若干危惧を覚えました。当初の長編3作目までという決りも曖昧になっております。監督はデビュー当時の共同監督2作を含めると6作撮っており、TVシリーズのヒット作を多数手掛け、本国スペインではベテラン監督とまでは言いませんが新人枠ではありません。今回監督の代わりに来日したルイス・サエラがインタビューで「以前はアルモドバル映画に出たがりましたが、今はソロゴジェンです」と応じていた。これはちょっと大袈裟ですが話半分としても人気監督であることは確かです。話題作となった第2作「Stockholm」は、およそ10年前の2013年作品、3作目『ゴッド・セイブ・アス』(16)、5作目『おもかげ』(19)も公開されており、新進監督とは言い難い。

   


   (男優賞受賞のドゥニ・メノーシェ、マリーナ・フォイス、『ザ・ビースト』から)

 

★映画賞ではなく映画祭賞は、個人的にはカンヌFFのように「11賞を基本とすべし」と考えています。とにかく観客賞を入れても7カテゴリーしかないのですから、審査委員長が「心理スリラーの傑作」と最大級の賞賛をしても3冠では引けてしまいます。しかし審査以前の作品選考に問題があるのかもしれません。スペイン語映画のグランプリは1998年のアメナバルの『オープン・ユア・アイズ』2004年のフアン・パブロ・レベージャ他の『ウィスキー』(ウルグアイ)、どちらも長編2作目でした。大きな国際映画祭が終わった10月末開催の映画祭として不利であることを承知しつつも、新人発掘の更なる努力を期待したい。


アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、黒澤明賞*東京国際映画祭2022 ⑦2022年11月01日 11:47

        アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ――黒澤明賞受賞と記者会見

   

      

       (黒澤明賞のトロフィーを手にしたアレハンドロ・G・イニャリトゥ)

 

1029日、14年ぶりに復活した「黒澤明賞」の授賞式が帝国ホテルであり、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ深田晃司の両監督が受賞しました。当ブログ関連記事として前者イニャリトゥ監督の記者会見(YouTube)も合わせてアップしておきます。TIFFに詳しい記事が掲載されております。

 

★イニャリトゥ監督のキャリア&フィルモグラフィーは既に紹介済みなので割愛します。当映画祭との関りは、デビュー作『アモーレス・ぺロス』99)が第13TIFF 2000でグランプリ & 監督賞の2冠を制したときから始まった。まだ本部が渋谷のオーチャードホールにあった頃、映画館から観客の足が遠のき始め映画祭も深刻な岐路に立たされていた時代でした。幸運だったのは既にカンヌ映画祭併催の「批評家週間」でグランプリを受賞、下馬評でも先頭を走っていたから、ほぼ予想通りの受賞でした。第1話の主役、期待のガエル・ガルシア・ベルナルの来日はなかったものの、第3話の主役エミリオ・エチェバリアを迎えることができた。審査委員長が『ブリキの太鼓』(79)でパルムドールを受賞したフォルカー・シュレンドルフだったことも幸いしたかもしれない。2009年には、今度は自らがコンペティション部門の審査委員長を務めるために来日した。

 

★記者会見の監督によると、黒澤映画では『羅生門』は『アモーレス・ぺロス』に、『生きる』はBIUTIFUL ビューティフル』に、『七人の侍』『乱』は『レヴェナント 蘇えりし者』に大きな影響を与えたと語っていた。詳しくはTIFFのイベントレポート、トーク(45分)がアップされている。

 

     

        (黒澤監督〈愛〉を熱弁するアレハンドロ・G・イニャリトゥ)

 

★ガラ・セレクション上映となった『バルド、偽りの記録と一握りの真実』は、第79回ベネチア映画祭のコンペティション部門にノミネートされたほか、第70回サンセバスチャン映画祭ペルラス部門、第20回の節目をむかえたモレリア映画祭(1022日~29日)のオープニング作品に選ばれている。それぞれ合間をぬって監督以下キャスト&スタッフが現地を訪れている。監督は日程がTIFFと重なっていたモレリアFFのオープニングを済まして東京入りしたようです。

『バルド、偽りの記録と一握りの真実』の作品紹介は、コチラ20220908

   

     

     (監督、ヒメネス・カチョ以下出演者と。サンセバスチャン映画祭2022

 

★自伝的な要素を含む最新作のタイトルに使用したバルドは、「チベット仏教用語で自分のアイデンティティの置き場がない」という意味の由、また「バイオグラフィというものを信用していない、嘘や偽善的な内容が含まれていたりして、結局、真実とは何かという問いになる」。また「記憶には真実が抜け落ちるからだ」と、もっともな返答でした。記憶は当てになりません、記憶しておきたくないものは忘れる、または別の話に塗り替えてしまうということでしょう。「フィクションにすることで真実をより昇華でき、高みに持っていけるし、隠れているものを炙り出せる。現実と空想の垣根を漂う作品であり、内省的な作品になった」と語っている。

 

★製作で大切なことは「キャスティングを間違えないこと、形容詞ではなく動詞で考えること、俳優と共通言語をもつこと」と答えていました。また観客へのサジェスチョンには、「個人的な視点で撮っていますが、普遍的なテーマ、例えば父性、喪失感、愛、不確実性を描いていて、これはワカモレのような映画です」ということでした。「メキシコと日本は遠く離れていますが、私は日本文化、文学や音楽に親近感をもっていて、坂本龍一さんの音楽は私の人生のサウンドトラックのようなものです。『レヴェナント』で仕事ができて光栄に思いました」と。文学では松尾芭蕉、三島由紀夫、村上春樹、監督では小津、溝口、エトセトラ、の名を挙げていました。

  

ワカモレはアボカドをメインに唐辛子、トマト、タマネギ、コリアンダーに塩レモンを加えて作られたメキシコ料理のサルサの一種、トルティーヤチップスと一緒に食べることが多く、語源はナワトル語でワカ(アボカド)モレ(ソース)。

 

★ワカモレ映画『バルド、偽りの記録と一握りの真実』は、劇場公開後、1216日からNetflixで配信が開始されます。


ジョアン・ペドロ・ロドリゲスの『鬼火』*東京国際映画祭2022 ⑥2022年10月25日 14:43

     ロドリゲスの第6作目『鬼火』は「ミュージカル・ファンタジー」?

 

      

                (ポルトガル語版のポスター)

 

★第35TIFFの審査員の一人であるジョアン・ペドロ・ロドリゲス『鬼火』は、作品紹介によると「消防士として働く白人青年と黒人青年のラブ・ストーリーを様々なジャンルを混交させて描いた作品。特にミュージカル風演出が見事である」とある。魅力に乏しい紹介文だが、監督の5作目となる『鳥類学者』をワールド・フォーカス部門で観ていた方は「うん?」と首を傾げたに違いない。本作は第69回ロカルノ映画祭2016監督賞を受賞して世界の映画祭巡りをした話題作。デンバーFFクシシュトフ・キェシロフスキ賞、シネフォリア賞2017脚本・観客・年間ベストテン入り、イスタンブールFF作品賞、リバーランFF審査員賞受賞ほか、ノミネートはサンセバスチャンFF、ブエノスアイレス・インデペンデントシネマFF、イベロアメリカ・フェニックス賞2017、ゴールデン・グローブ賞ではポルトガル代表作品に選ばれている。

 

  

    (監督賞の銀豹のトロフィーを手にした監督、ロカルノ映画祭2016にて)

 

 

 『鬼火』(原題「Fogo-Fátuo」英題「Will-o-the Wisp」)

製作:Filmes Fantasma / House on Fire / Terratreme Filmes

監督:ジョアン・ペドロ・ロドリゲス

脚本:パウロ・ロペス・グラサ、ジョアン・P・ロドリゲス、ジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタ

撮影:フイ・ポサス(ルイ・ポサス)

音楽:パウロ・ブラガンサ

音響:ヌノ・カルヴァーリョ

編集:マリアナ・ガイヴァン

衣装:パトリシア・ドリア

プロダクション・デザイン & 美術:ジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタ

製作者:ジョアン・ペドロ・ロドリゲス、ジョアン・マトス、ヴィンセント・ワン

 

データ:製作国ポルトガル=フランス、2022年、ポルトガル語・英語、ドラマ、67分、第19回ラテンビート映画祭 IN TIFF共催、アジアン・プレミア

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2022併催の「監督週間」クィア・パルムノミネート、ミュンヘン映画祭CineRebels 賞ノミネート、ブリュッセル映画祭監督週間賞受賞、以下エルサレム、トロント、ニューヨーク、リオデジャネイロ、アデライード、ベルゲン、ウイーン、東京、など各映画祭上映作品。

 

キャスト:マウロ・コスタ(アルフレード王子)、アンドレ・カブラル(教官アフォンソ)、ジョエル・ブランコ(2069年のアルフレード)、オセアノ・クルス(2069年のアフォンソ)、マルガリーダ・ヴィラ=ノヴァ(母テレザ)、ミゲル・ロウレイロ(父エドゥアルド)、ディニス・ヴィラ=ノヴァ(セバスティアン)、テレザ・マドゥルガ(家政婦)、アナ・ブストルフ(アルフレードの義姉)、クラウディア・ジャルディン(消防隊指揮官)、パウロ・ブラガンサ(アルフレードの従兄)、アナベラ・モレイラ、ほか消防士多数

 

ストーリー2069年、王冠のないアルフレード王は、子孫を残すことなく静かに死の訪れを待っている。彼の死の床では古い歌が遠い青春の記憶へと彼を連れ戻していく。国のため軍人ではなく平和の兵士になることを決意したアルフレード王子は、ボランティアの消防士として入隊します。そこで彼の指導教官となったアフォンソと運命の出会いをする。特権階級の息子である白人青年と、黒人移民の流れを汲む黒人青年がかもし出す禁断の愛のエロティシズムが視聴者を挑発する。君主制と共和制の対立、過去のポルトガル帝国主義と植民地時代、夏になるとポルトガルを荒廃させる森林火災の危険、人種的性的偏見を打倒する政治的コメディ、視聴者を楽しませ、考えさせるミュージカル。  (文責:管理人)

   

          

          (消防士になりたいと告白するアルフレード王子)

 

     

                (アフォンソ、ユニークな指揮官、アルフレード王子)

 

       

       

    

    

★ポルトガルは、1910105日、革命が成功し共和政に移行しているので既に王室は存在しない。2002年、ポルトガル帝国は名目上の植民地東ティモールが独立して、21世紀の幕開けと同時に帝国は完全に消滅している。かつての帝国主義の伝統を廃止したはずだが、後継者をプリンスと呼ぶのは、君主政体へのノスタルジアでしょうか。カラヴァッジオの宗教画が出てくるようですが、画家の描く宗教画にはエロティシズムが含まれており、それらは教会から拒絶されたものだった。監督の作品では、エロティシズムは重要な部分を占めている。夏になると年中行事のように貧しいポルトガルを脅かす森林火災は、気候変動の危機を現し、アルフレードが消防士をめざすのは国のためである。評価は観る人次第ですが、こんなに沢山のテーマを詰め込んで、たったの67分とは驚きです。

 

     

                (主演者二人とロドリゲス監督)

 

監督紹介1966年リスボン生れ、監督、脚本家、製作者、俳優、短編ドキュメンタリー5作では撮影監督でもある。リスボンの映画演劇学校で「ノヴォ・シネマ」のアントニオ・レイス監督のもとで学んだ後、アルベルト・セイシャス・サントスやテレザ・ヴィラヴェルデのアシスタントとしてキャリアをスタートさせた。長編デビュー作『ファンタズマ』00)はベネチア映画祭コンペティション部門でプレミアされ、ベルフォール・アントルヴュ映画祭(フランス)で外国語映画賞、翌年ニューヨークLGBT映画祭でベスト・フィーチャーを受賞した。以下に長編ドラマ6作を列挙しておきます。

 

2000O Fantasma」『ファンタズマ』監督・脚本、90

2005Odete」『オデット』監督・脚本、98

  カンヌFF 監督週間 CICAE 賞スペシャル・メンション、ボゴタFFブロンズ・プレコロンビア・サークル賞、ミラノ・レズビアン&ゲイFF作品賞など受賞

2009Morrer Como Um Homem」『男として死ぬ』監督・脚本・編集、133

  カンヌFF「ある視点」でプレミア、ポルトガル製作者賞2010受賞、シネポート-ポルトガルFFベストフィルム部門ツバメ杯受賞、メジパトラ・クィアFF(チェコのLGBT映画祭)審査員大賞など受賞 

2012A Ultima Vez Que Vi Macau」『追憶のマカオ』

  ジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタと共同で監督・脚本・編集・出演、82

  65回ロカルノFFスペシャル・メンション、トリノFF2012トリノ市賞、監督賞スイス批評家ボッカチオ賞、ポルトガル映画アカデミー・ソフィア賞2014、ポルトガル製作者賞2014などを受賞

2016O Ornitólogo」『鳥類学者』監督・脚本・出演117

  最多受賞歴を誇る(21賞・48ノミネート)作品、上述の他、メジパトラ・クィアFF審査員大賞、ブラック・ムービーFF批評家賞などを受賞

2022Fogo-Fátuo『鬼火』監督・脚本・製作、67分、上述の通り

 

★邦題は、4作目まではアテネ・フランセ文化センターで2013323日~31日に開催された「ジョアン・ペドロ・ロドリゲス・レトロスペクティヴ回顧展」の折り付けられたもの。5作目と新作はTIFF「ワールド・フォーカス部門」上映です。回顧展では、ベネチア映画祭1997でスペシャル・メンションを受賞した短編『ハッピー・バースデー!』(9714分)、『チャイナ・チャイナ』(0719分)、『聖アントニオの朝』(1125分)など7作が上映された画期的なミニ映画祭でした。その後、川崎市市民ミュージアム、関西でも開催されている。

    

★最新作の共同執筆者であるジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタは、ポルトガルの植民地だったモザンビーク共和国の首都ロウレンソ・マルケス(現マプトの旧称)生れ、アートディレクター、脚本家、監督、俳優、撮影監督、編集者と多才。『ハッピー・バースデー!』で主演した。30年近い公私にわたるパートナーです。デビュー作『ファンタズマ』以来、『男として死ぬ』、『鳥類学者』と新作含めて4作の美術を手掛け、『追憶のマカオ』では共同で脚本執筆、編集と監督、俳優としても出演している。『チャイナ・チャイナ』の共同監督、『聖アントニオの朝』のアートディレクターなども手掛けている。本祭で上映される『この通りはどこ? あるいは、今ここに過去はない』は、ロドリゲスと共同で監督している。

 

   

  (製作者ジョアン・マトス、監督、ゲーラ・ダ・マタ、ニューヨークFF2022にて)  

 

★両人とも日本贔屓らしく度々来日しているから、公開作品がないわりには情報は豊富、映画監督でなかったら鳥類学者になりたかったというロドリゲス監督、双眼鏡をお供に旅好きでもある。一方70年代にはマカオに住んでいたゲーラ・ダ・マタは、テレビでポルトガル語の映画が放映されていなかったので、60年代の日本映画『ゴジラ』や『モスラ』を見ており、特に「鉄腕アトム」のファンだったという。

ルクレシア・マルテル短編『ルーム・メイド』*東京国際映画祭2022 ⑤2022年10月19日 14:48

         ラテンアメリカ諸国に巣食う社会格差やDVに焦点を当てた短編

 

      

 

ルクレシア・マルテル『ルーム・メイド』は、ワールド・フォーカス部門上映のコロンビア映画『ラ・ハウリア』(監督アンドレス・ラミレス・プリド)と併映される、メキシコ=アルゼンチン合作短編です。マルテル映画は伏線が巧妙に張り巡らされ、処々に潜んでいるメタファーの読み解きが楽しいが、『パシフィクション』のアルベルト・セラ同様、咀嚼と消化に時間がかかり万人向きとは言えない。幸いにも「サルタ三部作」を含む長編4作が、テレビ放映、あるいはラテンビートFFで上映されている。「サルタ三部作」というのは、デビュー作『沼地という名の町』(01)、『ラ・ニーニャ・サンタ』(04)、『頭のない女』(08)の3作を指し、監督の出身地アルゼンチン北部のサルタ州が舞台になっていることから名付けられた。第4作目が約十年ぶりに撮った『サマ』(17)で、アントニオ・ディ・ベネデットの同名小説 Zama の映画化でした。当ブログで作品紹介、監督キャリア&フィルモグラフィー、原作者などを紹介しています。

『サマ』に関するもろもろの記事は、コチラ20171013同年1020

   

       

          (長編デビュー作『沼地という名の町』のポスター)

 

ルクレシア・マルテル(サルタ1966)は、1988年短編アニメーション「El 56」でデビュー、翌年母親のフィアンセ殺害を夢想する小さな男の子のきわどい話、牛の放牧に従事する先住民コミュニティのメンバーが不法に土地を所有した人々から土地を奪還しようとする話など10編ほど短編を撮っている。長編は4作と寡作だが、ほかにTVシリーズ、TVムービー・ドキュメンタリー、アンソロジーも手掛けている。

 

      

                (ルクレシア・マルテル監督)

 

★今回の『ルーム・メイド』(12分、メキシコとの合作)は、ベネチア映画祭アウト・オブ・コンペティション部門で「Camarera de piso / Maid」としてワールドプレミアされた。本短編はメキシコ国立自治大学 UNAM から委託されフィルモテカを通じて、シンテシス・プログラムの枠組みのなかで製作されている。監督によると「私はコンテンポラリーダンスを視聴覚言語と関連づける方法を見つけるよう提案されていました」と語っている。メキシコとの合作になった経緯は分かったが、コンテンポラリーダンスと本編がどう繋がるのかイメージできない。見れば分かるのか、見ても分からないのかどちらだろう。

 

『ルーム・メイド』(原題Camarera de piso / Maid

製作:UNAM Hugo Villa Smythe(メキシコ)/ Rei Cinema(アルゼンチン)

監督・脚本:ルクレシア・マルテル

撮影:フェデリコ・ラストラ

編集:イエール・ミシェル・アティアス

プロダクション・デザイン:エドナ・モスティッツァー Mostyszczer

録音:グイド・ベレンブラム、マヌエル・デ・アンドレス

製作者:(メキシコ)フアン・アラヤ、(アルゼンチン)ベンハミン・ドメネク、サンティアゴ・ガレリ、マティアス・ロベダ

 

データ:製作国メキシコ=アルゼンチン、2022年、ドラマ、短編12

映画祭・受賞歴:第79回ベネチア映画祭2022アウト・オブ・コンペティション短編部門正式出品、東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門上映

キャスト:ホルヘリーナ・コントレラス(パトリ)、ダニエル・バレンスエラ(影の声)、アナベリ・アセロ、アリエル・Gigena

 

解説:ストーリーはTIFF もラテンビートもストーリー紹介文がありません。パトリはメイドになるための研修期間中で、指導者からトレーニングを受けている。しかし研修中にもかかわらず、家族から玄関先に迫ってくる危機についての電話が絶え間なく掛かってくる。電話に出ると当然のことだが上司から叱責されます。どうやらパトリはパートナー(夫?)からの虐待に苦しんでいるようです。彼女はパートナーとの接触や報復から子供を守りたいと考えているようですが・・・。UNAMの提案によるコンテンポラリーダンスは出てこないが、現在の労働圧力、ドメスティック・バイオレンス、階級格差、マッチョの犠牲者である働く母親の居場所のなさを見つめる短編になっているようです。 (文責:管理人)

 

スタッフ紹介:フィルム編集のイエール・ミシェル・アティアスは、サンティアゴ・ロサの「Breve historia del planeta verde」(ベルリン映画祭2019)の編集者、撮影監督のフェデリコ・ラストラは、マキシミリアノ・シェーンフェルドの「Jesús López(サンセバスチャン映画祭2021ホライズンズ・ラティノ部門のオープニング作品)、録音のグイド・ベレンブラムマヌエル・デ・アンドレスは『サマ』で監督とタッグを組んだメンバーとアルゼンチン・サイドで固めている。

 

キャスト紹介:メイド役のホルヘリーナ・コントレラスアナベリ・アセロは、本作でデビューしたのか本作以外の情報を入手できませんでした。ダニエル・バレンスエラはマルテル監督の『沼地という名の町』に出演しており、ほかパブロ・トラペロのデビュー作「Mundo grúa」(99)、マルセロ・ピニェイロの『逃走のレクイエム』(00)、イスラエル・アドリアン・カエタノのヒット作「Un oso rojo」(02)以下、「Crónica de una fuga」(06)など度々起用されています。主役というより脇役として存在感がある。アリエル・Gigenaは、邦題『コブリック大佐の決断』としてDVD発売された「Kóblic」(16)に出演している。というわけでアルゼンチン映画のようです。

  

    

                          (メイドのホルヘリーナ・コントレラス)

 

TIFF プログラミング・ディレクター市山尚三氏の「作品見どころ解説」によると、「びっくりする短編、電話から誰かに脅されている様子がわかり、後半はあっと驚く先が読めない短編」ということでした。

 

Breve historia del planeta verde」の作品紹介は、コチラ20190219

Jesús López」の作品紹介は、コチラ20210830

 

『ザ・ウォーター』エレナ・ロペス・リエラ*東京国際映画祭2022 ④2022年10月17日 10:54

    「ユースTIFFティーンズ」にエレナ・ロペス・リエラの『ザ・ウォーター』

 

     

 

★ユース部門には「チルドレン」と「ティーンズ」があり、エレナ・ロペス・リエラ『ザ・ウォーター』がエントリーされた後者は、主に高校生に観てもらいたい映画から選んでいるそうです。『ザ・ウォーター』が高校生を対象にしている作品とは思いませんが、取りあえず字幕入りで観られるのを歓迎したい。TIFFの「ひと夏の瑞々しい青春映画」という紹介文の是非は問いませんが、世代を問わない佳作であるのは間違いない。カンヌ映画祭と併催の「監督週間」でワールドプレミアされ、トロント、サンセバスチャン、ヘルシンキ、チューリッヒなど各映画祭をめぐってTIFFにやってきます。

   


         

★当ブログでは、サンセバスチャン映画祭2018サバルテギ-タバカレラ部門で上映され、スペシャル・メンションを受賞した短編ドキュメンタリー「Los que desean」(24分)を簡単に紹介しています。本作はヨーロッパ映画賞にノミネートされ、ロカルノ映画祭で短編部門(パルディ・ディ・ドマーニ)の作品賞パルディノ・ドールPardino dOro)を受賞した彼女の代表作です。

Los que desean」の紹介は、コチラ20180801

 

  

        (パルディノ・ドールのトロフィーを手にした監督、ロカルノFF 2018

 

 

                                       (短編「Los que desean」のフレームから)

  

 

 『ザ・ウォーター』(原題「El agua」英題「The Water」)

製作:ALINA FILMS (スイス)/ Les Films du Worso(フランス)/ Suica Films(スペイン)

監督:エレナ・ロペス・リエラ

脚本:エレナ・ロペス・リエラ、フィリップ・アズリー 

撮影:ジュゼッペ・トルッピ

編集:ラファエル・ルフェーブル

音楽:Mandine Knoepfel

録音:カルロス・イバニェス、マチュー・ファルナリエ、ドニ・セショー

プロダクション・デザイン:ミゲル・アンヘル・レボーリョ

メイクアップ:カトリーヌ・ジング

製作者:ユージニア・ムメンターラー、ダビ・エピニー

 

データ:製作国スイス=フランス=スペイン、2022年、スペイン語、ドラマ、105分、イクスミラ・ベリアク(Ikusmira Berriak20182019年カンヌFFシネフォンダシオンのCNC 賞受賞、撮影地バレンシア州アリカンテ県オリウエラ、配給スペインElastica Films、公開スペイン114

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭「監督週間」ゴールデンカメラ賞ノミネート、以下トロントFF、サンセバスチャンFFタバカレラ賞ノミネート、ヘルシンキFF、オウレンセFF、トゥルーズ・シネエスパーニャFFノミネート、チューリッヒFFゴールデンアイ賞ノミネート、東京国際映画祭ユース TIFF ティーンズ部門、ストックホルムFF、など。

 

キャスト:ルナ・パミエス(アナ)、バルバラ・レニー(母親イザベル)、ニエベ・デ・メディナ(祖母)、アルベルト・オルモ(ボーイフレンド、ホセ)、イレネ・ぺリセル、ナヤラ・ガルシア、他

 

ストーリー:スペイン南東部の小さな村では、夏には暴風雨により村の近くを流れる川が再び氾濫する怖れがあります。昔からの言い伝えによると、一部の女性たちは「内部に水」をもっているため、新たな洪水が起きるたびに姿を消す運命にあると、長いあいだ信じられています。死の臭いが漂う村で、アナは村人の不信の視線を感じながら母親と祖母と暮らしています。若者のグループがタバコを吸ったり、踊ったり、羽目を外して夏の倦怠感を克服しようとしています。嵐に先だつこの刺激的な雰囲気のなかで、アナはホセに恋をするのですが、同時にファンタズマを吹き飛ばすために闘うことになるだろう。若い女性の覚醒とレジスタンスが語られる。(文責:管理人)

 

    

                  (アナ役ルナ・パミエスと母親役のバルバラ・レニー)

   

          

                                            (アナと祖母役のニエベ・デ・メディナ)

  

     

                  (アナとボーイフレンドのホセ役アルベルト・オルモ)

 

エレナ・ロペス・リエラ監督紹介:1982年アリカンテ県オリウエラ生れ、ビジュアルアーティスト、監督、脚本家、女優。バレンシア大学で視聴覚コミュニケーション学の博士号を取得、その後ジュネーブ大学、マドリードのカルロスⅢ大学で学ぶ。2008年からスイスに転居、パリとジュネーブに在住、ジュネーブ大学で映画と比較文学を教えている。セビーリャ・ヨーロッパ映画祭、スイスのVisions du Réelのプログラマーを務め、 2017年から選考委員会のメンバーである。2021年サバルテギ-タバカレラ部門の審査員を務めた。新しい視聴覚機器の研究と実験をめざすアーティスト集団 lacasinegra の共同創設者の一人。「私の芸術的実践の主な目的は、動画を通して、男性と女性、現実と幻想、ドキュメンタリーとフィクションなど、学習され伝達され、繰り返される概念の境界を越えること」と語る監督は、カンヌのインタビューでは「言い伝えが現実と一体化して、誰もそれを切り離すことができない」と語っている。

 

★フィルモグラフィー:2015年、短編「Pueblo」(27分)がカンヌ映画祭「監督週間」にノミネートされ、スペインの最初の女性監督となった。2016年、第2作目となる「Las vísceras」(英題「The entrails16分)、「はらわた」というタイトルの本作は監督の故郷を舞台にしたドキュメンタリー、ロカルノ映画祭短編部門に正式出品された。第3作目が上記のドキュメンタリー「Los que desean」(英題「Those Who Lust24分、スイスとの合作)である。長編デビュー作『ザ・ウォーター』は、サンセバスチャンFFのイクスミラ・ベリアク2018に選ばれ、REC Grabaketa Estudioaを得る。さらに2019年カンヌFFのシネフォンダシオンCNCを取得して『ザ・ウォーター』の製作資金となった。因みに一緒に受賞したのが『悲しみに、こんにちは』(17)の監督カルラ・シモンで、彼女の第2作目「Alcarras」(22)の製作資金となった。

    

   

                    (エレナ・ロペス・リエラとカルラ・シモン)

 

★本作はスペイン南東部、オレンジとタバコ栽培が主産業の監督の生れ故郷、〈ヨーロッパで最も汚染された川の一つ〉と言われるセグラ川が流れるベガ・バハ・デル・セグラで撮影された。現実と幻想の境界が混在する小さな村で、視聴者は17歳のアナに出会います。ここでは川は常に死と関わり合っており、母親は最近の洪水で行方不明になっていた。プロフェッショナルな俳優は母親役のバルバラ・レニーと祖母役のニエベ・デ・メディナ以外は、アナ役のルナ・パミエス以下すべてアマチュアだそうです。監督の母親や従姉たちも出演しているということです。ニエベ・デ・メディナ(マドリード1962)は、フェルナンド・レオン・デ・アラノアの『月曜日にひなたぼっこ』でルイス・トサールと夫婦役を演じ、シネマ・ライターズ・サークル賞やACE賞の助演女優賞、スペイン俳優組合新人・助演女優賞などを受賞しているベテラン演技派です。監督が信頼を寄せる撮影監督ジュゼッペ・トルッピはデビュー作以来、全作を手掛けている。


  

      

               (撮影中の監督、カウンターの中に見えるのがルナ・パミエス)

 

★劇中で語られる水にまつわる伝説を信じている女性たちによって同じように育てられたという監督は、「恐怖を植え付ける方法はいくらでも存在します。レイプされるから夜は外出するな、アルコールは飲むな」、つまりレイプされるのは女性が夜歩きしたり飲酒をしたせいだという論法です。娘への愛から発したことも暴力になり得る。このような負の遺産は女性たちの心の中に内面化していくが、「母親や祖母たちもその考え方の犠牲者だ」と語る監督は、物語を3世代の女性に焦点を当てた理由を述べている。また映画製作の動機を「晩御飯のメニューを話しながら、祖母が医者に行く代わりに民間療法師に頼る話をする、二つに違いはなく、言い伝えと現実が混然一体となっているのが日常」だったことをあげている。昔話や占星術、宗教を必要とする人々が存在するのは普遍的です。

 

     

   

             (サンセバスチャン映画祭でインタビューをうける監督、918日)

 

★「女性蔑視の社会で育った私は、今の10代の若者とは違って、自分のことを恥ずかしく思っていて、ほとんど前屈みで過ごした。マッチョ文化の悪影響は女性に限らず男性にとっても不幸です。幸い今の男の子は違います」と次の世代に希望を託しているようです。しかし「10代の演技経験のない若者を監督するのはもう大変で、ショックの連続でした。彼らは映画を観ることはなく、もっぱらネットフリックスでTVシリーズを見ているだけでしたから」と。30代にとって20代がエイリアンなら、10代の若者は何に譬えればいいのでしょうか。

 

★「ひと夏の瑞々しい青春映画」ではありますが、視点を変えると奥はかなり深そうです。映画の観方はそれぞれ違い、観た人が各々判断すればいい。

 

★映画祭のQ&A登壇者に、コンペティション部門の『1976』のマヌエラ・マルテッリ監督、『ザ・ビースト』にはスペイン・サイドの主演者ルイス・サエラ、『マンティコア』のカルロス・ベルムト、ワールド・フォーカス部門の『ラ・ハウリア』の製作者ジャン・エティエンヌ・ブラットルー・シコトー、審査員でもあるポルトガルのジョアン・ペドロ・ロドリゲスの名前がアナウンスされています。