ケン・ローチが2度めのパルムドール*カンヌ映画祭2016 ⑧ ― 2016年05月23日 15:51
『麦の穂をゆらす風』につづいて2度めのパルムドール
★あっという間にカンヌも終了しました。引退説も流れていたので、「これが遺作になるのでは」などという失礼な噂もありましたが、パルムドールはケン・ローチの“I, Daniel Blake”の手に渡りました。イギリスの受賞は4回め、3回め10年前のパルムドールも彼の『麦の穂をゆらす風』でした。今作はプロットを読んだかぎりでは平凡な印象をうけていました。だから上映前はそれほど上位ではなかったのに上映後は安定して上位につけていた。誰にでも起こりうる身近なテーマだけに分かりやすい。みんな理不尽な行政には怒っているのだ。下の写真にあるように両方の握り拳からは引退説など吹き飛んでしまいそう。まだまだヤル気満々なのは当たり前、まだ79歳の若さです。「カンヌにやってきた根本的な理由は、映画の生き残りをかけているからだ」と引退に抵抗している(笑)。
(パルムドールのケン・ローチ監督)
“Timecode”が短編パルムドール受賞、スペインでは初めて
★スペインは長編部門のパルムドールはブニュエルの『ビリディアナ』だけですが、今年初めて短編部門で受賞しました。フアンホ・ヒメネスの“Timecode”、こちらは既にアウトラインをご紹介しております。「短編の次は長編」とシネマニアからも質問されるが、「私は短編の闘士なのです。次回作もおそらく短編になるでしょう」、「短編を作ること、見ること、これが私の人生です」。
★「創作者としては固定観念を避けるべきで、特に短編では仕上げの段階で省略が重要なのです」。足し算ではなく引き算ですね。受賞作のアイデアは、自分の体験から生まれた由。「私は自由時間のある多国籍企業で働いていたことがあり、そこでは脚本を書く時間があった」という。また「ブニュエルは私にとって崇拝の的、彼の仕事を忘れないようにしている」とも。
*カンヌ映画祭2016 ④“Timecode”の記事は、コチラ⇒2016年5月14日
(喜びのスピーチをするフアンホ・ヒメネス監督)
★「批評家週間」のグランプリ、オリヴェル・ラセの“Mimosas”につづいての受賞で、スペインとしてはそれなりの収穫がありました。それにしてもアルモドバルの“Julieta”は残念でしたが、まあ、公開は確実です。男性観客はそっぽを向いてしまう映画ですから、カンヌを納得させるのは容易じゃない。
(“Julieta”の皆さん、お疲れさまでした)
「批評家週間」結果発表、”Mimosas”がグランプリ*カンヌ映画祭2016 ⑦ ― 2016年05月22日 16:50
オリヴェル・ラセの“Mimosas”がグランプリ!
★もたもたしているうちにグランプリ受賞が決まってしまいました。「批評家週間」は「監督週間」と同じようにカンヌ映画祭とは別組織が運営している、いわゆるパラレル・セクションです。カンヌ本体と並行して開催されるので、一括りにしてカンヌです。作品数が7作と少ないこともあって本祭クロージング前に結果が発表される(今年は19日)。スペイン人監督としては3人目になります。1人目は『花嫁のきた村』(1999、シネフィル・イマジカ放映)のイシアル・ボリャイン、2人目は『ヒア・アンド・ゼア』(東京国際映画祭2012上映)のアントニオ・メンデス・エスパルサ、そして今回のグランプリ“Mimosas”のガリシア出身のオリベル・ラセです。下馬評では第2席に当たるヴィジョナリー賞を受賞したトルコのメフメト・ジャン・メルトールの“Albüm”(“Album de famille”)でした。多分審査委員長ヴァレリー・ドンゼッリ監督の好みが幸いしたのかもしれない。
★昨年のグランプリはアルゼンチンのサンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』(ラテンビート上映)でした(彼は今年もシネフォンダシオン部門に出品、国際アート賞に当たるアトリエ賞を受賞したニュースが届いています。20日発表)。グランプリ受賞をジャンプ台にして活躍している監督には、ベルナルド・ベルトルッチを筆頭に、イニャリトゥ、ケン・ローチ、レオ・カラックス、ルシア・プエンソ、デル・トロ、ウォン・カーウァイ、ジャック・オディアール、フランソワ・オゾン・・・などが挙げられます。
(左から、監督と出演者たち)
“Mimosas”(“Las Mimosas”)2016
製作:Zeitum Films / La prod / Moon A Deal Films / Rouge International
監督・脚本:オリベル・ラセ(またはオリベル・ラシェ)
製作者:Lamia Chraibi / Julie Gayet / Felipe Lage 他
データ:製作国モロッコ=スペイン=フランス、言語アラビア語、2016年、93分、ロードムービー、カンヌ映画2016「批評家週間」がワールド・プレミア、上映5月16日、グランプリ受賞。モロッコ公開5月22日
キャスト:Said Agliサイード・アグリ(サイード)、Ahmed El Othmani アフマド・エル・オスマニ(アフマド)、Shakib Ben Omarシャキブ・ベン・オマール(シャキブ)、Hamido Farjadハミド・ファルジャド(長老Sheikhシェイク)、マルガリータ・アルボレス(長老の妻Noor)、Ahmed Hammoud アフマド・ハモウド(Nabil ナービル)、他
*アラビア語の読みが不正確なものはラテン文字転写を入れております。そちらを優先してください。
解説:モロッコの港湾都市タンジール、「タンジール・ガイド組合」の事務所は、カフェ〈ラス・ミモサスLas Mimosas〉の中にあり、リーダーがその日の仕事の配分をしているが、案内はあまり信用できない。若いシャキブにナービルと呼ばれるキャラバン隊の引率のミッションが与えられる。ナービル・キャラバン隊は以前にはアトラス山脈の切り立った頂上越えのエキスパートだった。彼は今スーフィー教徒の長老シェイクの夫婦を伴ってアトラス山脈を越えようとしていたが、長老は切り立った険しいアトラスの頂上で死んでしまう。しかし、安息の地シジルマサに埋葬して欲しいという長老の最後の願いを果たしたいと考えるナービルは、それが自分にかせられた運命だと気づく。そこでラス・ミモサスから送り込まれてきたシャキブの助けを受け入れ、急拵えのキャラバン隊は長老の遺骸を乗せてシジルマサへの道に再び出発する。
★これが出だしの部分ですが、シャキブの裏切り、キャラバンに同行していたサイードとアフマドが、道案内を申し出るが、長老の妻は疑いの目を向ける。ナービルもシャキブに一抹の不安を覚えるが受け入れざるを得ない。やがて彼らの無責任が、天使が惡魔に変貌するのを、観客は目撃するだろう。アトラス山脈はモロッコからチュニジアにかけて東西にのびる褶曲山脈、長さ2400キロ、モロッコでは標高3000mを超え雪が降る。シジルマサは、モロッコ南東部にあったベルベル人の都市、かつては金・銀・塩のサハラ交易で栄えたオアシス都市だったが、繰り返えされる内乱のため、1393年に消滅、現在は廃墟となっている。映画で語られるのは、スーフィー教文化、イスラム教の禁欲的、隠遁的、神秘主義、災難と宿命、天使と悪魔、奇跡と嘘、やはり「生と死」でしょう。たくさんの要素がカクテルのようにミックスされた、神秘的なロードムービー、または『オデュッセイア』を彷彿させる叙事詩でしょうか。
(雪のアトラス山脈、映画から)
★オリベル・ラセ Oliver Laxe は、1982年パリ生れ、ガリシアへ移民してきたガジェゴgallegoです。スペインでどのように呼ばれているか知りませんが、一応フランス生れですが上記のようにしました。ガリシア読みならオリベル・ラシェが近いと思います。2010年のカンヌ映画祭「監督週間」に出品したデビュー作“Todos vós sodes capitáns”(“Todos vosotros sois capitanes”/“You All Are Captains”2010,カラー&モノクロ、78分、スペイン語/アラビア語/フランス語)が、国際映画批評家連盟賞 FIPRESCIを受賞している。スペイン映画アカデミーが翌年のゴヤ賞新人監督賞にノミネーションしなかったことで一部からイチャモンがついた。それから6年ぶりに撮った第2作“Mimosas”が見事グランプリ、来年のゴヤ賞の行方が楽しみになってきた。もうデビュー作ではありませんから、〈新人監督賞〉というわけにはいきません。10年ほど前から毎年数カ月はモロッコで暮らしている由、今回の“Mimosas”はアラビア語です。
(本作撮影中のオリベル・ラセ監督)
★「どうしてこのように時間が掛かったのか」というプレスの質問には、「製作費が集まらなかったから」と簡単明瞭、「デビュー作は私一人で撮ったが、今回はチームを組んだので資金作りが大変だった。しかしこの受賞をチーム全員が私以上に喜んでくれた」と監督。「第3作目はガリシアが舞台です。今回の受賞で資金調達が可能になりました」、やはりこれがカンヌです。
(柔和な眼差しの奥に芯の強さを感じさせる監督)
「監督週間」にホドロフスキーの『エンドレス・ポエトリー』*カンヌ映画祭2016 ⑥ ― 2016年05月20日 15:06
『リアリティのダンス』の続編、『エンドレス・ポエトリー』
★前作『リアリティのダンス』の配給元アップリンクの代表者浅井隆がエグゼクティブ・プロデューサーの一人ということで、2017年春公開がアナウンスされています。いずれうんざりするほど記事が溢れてくると思いますが、一応アウトラインをご紹介。カンヌでは「長~い」オベーションに、ホドロフスキー父子3人、チリからカンヌ入りしたパメラ・フローレス、前作より大分背の伸びたイェレミアス・ハースコヴィッツも登壇して感激の面持ちだったとか。
★アレハンドロ・ホドロフスキーの『リアリティのダンス』紹介記事のなかで、次回作は「ブロンティス主演で『フアン・ソロ』(“Juan Solo”)と決定しているようです」と書いたのですが、気が変わったのか蓋を開けたら前作の続きの“Poesía sin fin”でした。生まれ故郷トコビージャを出て首都サンチャゴに転居したところから始まります。アレハンドロの青春時代、1940年代後半が語られる。父親ハイメには前作同様長男ブロンティス・ホドロフスキー、母親サラも同じくパメラ・フローレス、10代後半までのアレハンドロにイェレミアス・ハースコヴィッツ、そして青年アレハンドロに四男アダン・ホドロフスキー、彼は前作ではイバニェス大統領暗殺に失敗して自殺するアナーキスト役を演じました。今回は主役になるわけで、50歳のとき生まれた末っ子ということもあって可愛がっている。アダンは音楽も担当する。
(人形を操るエンリケ・リンとホドロフスキー、1949年)
★どうやらホドロフスキーは5部作のオートフィクションを構想しているらしく、本作はその第2部になるようです。それなら急がねばなりません、何しろ87歳ですから(1929年2月17日生れ)。それで資金も充分でないのに見切り発車、昨年、YouTubeを通じてキックスターターなどのクラウドファンディング・サイトで製作資金を募り、世界中から1万人に及ぶ人々の出資で完成した。これは寄付金と同じで出資者に返済する義務はない。この呼びかけの談話では、人間86歳にもなれば毎朝目が覚めると、「まだ生きている」と生きていることの幸せを噛みしめるが、今日が最後の日になるかもしれないとも考えるものだ、と語っていた。老いるということは時間との駆けっこです。長く生きることではなく、よく生きること、これが映画を作り続ける理由でしょう。
*『リアリティのダンス』紹介記事は、コチラ⇒2014年7月14日、7月19日、8月6日
3回に分けて家族歴・キャリア・映画データ・プロットなどアップしております。
“Poesía sin fin”(“Endless Poetry”)2016
製作: Le Soleil Films(チリ) / Openvizor / Satori Films(仏) 他
監督・脚本・製作者:アレハンドロ・ホドロフスキー
撮影:クリストファー・ドイル
音楽:アダン・ホドロフスキー
編集:マリリーヌ・モンティウ Maryline Monthieux
衣装デザイン:パスカル・モンタンドン≂ホドロフスキー
製作者:モイゼス・コシオ(メキシコ)、ハビエル・ゲレーロ・ヤマモト(チリ)、タカシ・アサイ浅井隆(日本)、Abbas Nokhas、以上エグゼクティブ・プロデューサー
データ 製作国:フランス、チリ、日本合作 スペイン語、2016年、128分、伝記 撮影地:チリの首都サンティアゴ、2015年7月~8月の8週間。カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品、映画祭上映5月14日、日本公開2017年春予定、多分邦題は『エンドレス・ポエトリー』か。
キャスト:ブロンティス・ホドロフスキー(父親ハイメ)、パメラ・フローレス(母親サラ)、イェレミアス・ハースコヴィッツ(10代後半アレハンドロ)、アダン・ホドロフスキー(青年アレハンドロ)、レアンドロ・ターブ(詩人エンリケ・リン)、フェリペ・リオス(ニカノール・パラ)、カオリ・イトウ、キャロリン・カールソン、ウーゴ・マリン、アリ・アフマド・サイード・エスベル、他
解説:ホドロフスキー一家は生れ故郷トコビージャを後にしてサンチャゴに移転、アレハンドロも新しい一歩を踏み出していく。しかし割礼を受けた鉤鼻の青年は、まさにコンプレックスのかたまりであった。抑圧的な父ハイメの希望は息子が医者か弁護士か、あるいは建築家になることだった。詩人なんてあまりにバカげている。「クソ家族」と喚きながら庭の菩提樹を斧で伐り倒そうとするアレハンドロ、そんなアレハンドロにも転機が訪れる。ある日のこと、従兄がセレセダ姉妹の家に連れて行ってくれた。一人は画家、もう一人は詩人だった。姉妹の家でマリオネットに魅せられ、やがて檻に鍵を掛けていたのが自分自身であったことに気づく。檻から自らを解き放ち、エンリケ・リン、ニカノール・パラ、初恋の人ステラ・ディアス・バリン、後にチリを代表する詩人、アーティストたちとも出会うことになるだろう。
(「詩人になりたい」という息子の願いを無視する父ハイメ)
★実際のホドロフスキー一家は1939年にサンチャゴに転居している。映画は1940年代後半、アレハンドロの青春時代を中心に語られるようです。同時代の詩人エンリケ・リン、アンチ・ポエマスを標榜したニカノール・パラ、初恋の人ステラ・ディアス・バリンなど実在の詩人、アーティストが登場する。IMDbではまだ詳細が分からず、ステラを誰が演じるのか楽しみです。彼女はニカノール・パラの“La víbora”(「蛇女」)にインスピレーションを与えた詩人、ホドロフスキーは1949年に町の中心にあった夜行性の人間たちの溜まり場「カフェ・イリス」で出逢っている。異様なオーラを放つステラにひと目でノックアウトされた。
(「クソ家族」と喚きながら庭をぐるぐる駆けまわるアレハンドロ、奥に母サラの姿)
★本作の主人公青年アレハンドロを演じるのは監督の四男アダン・ホドロフスキー、前作同様音楽も担当する。1979年パリ生れ、俳優、監督、ミュージシャン(ベースギター奏者、ピアノ、作曲)と多才。前作ではイバニェス大統領暗殺に失敗して自殺するアナーキスト役を演じた。ホドロフスキーの『サンタ・サングレ』(89)、ジュリー・デルピーの『パリ、恋人たちの2日間』(07)などに出演。短編“The Voice Thief”(13、米・仏・チリ)がフランスの「ジェラールメ映画祭2014」で短編賞を受賞した。父親アレハンドロも出演、脚本も共同執筆して応援、目下お気に入りの息子。
★父親ハイメ役は監督長男ブロンティス・ホドロフスキー、彼の怪演は前作に引き続き健在、虚栄心と憎しみをエネルギーにした矛盾だらけの人格、苦労と怒りで心の発達が子供で止まってしまった人間、若い頃は許せなかったという監督も今は父親の体だけ逞しくなった人間の悲しみ、粗野と純粋が複雑に絡み合ったハイメを理解できるという。
★衣装デザインを担当するパスカル・モンタンドン≂ホドロフスキーは監督夫人、ヴェトナム系フランス人の画家、デザイナー。彼女の一目惚れで結婚した。『リアリティのダンス』プロモーションに監督と一緒に来日している。撮影監督クリストファー・ドイルは、ウォン・カーウァイ『恋する惑星』や『花様年華』、チャン・イーモウ『HERO』、ガス・ヴァン・サント『パラノイドパーク』など、最近は日本映画も撮っている。ホドロフスキーとのタッグは初めて。他に舞踊家のキャロリン・カールソンの名前がクレジットされていますが、誰を演じるのか目下のところ不明です。他にもクレジットされているアリ・アフマド・サイード・エスベルは、シリア出身の詩人でエッセイストのペンネームAdonisアドニスでしょうか、そのうち分かりますね。
(いかさまカードで親戚から毟られるハイメ、左が祖母ハシェ、右は叔父イシドロ)
(本作撮影中のクリストファー・ドイル奥)
*追加情報:東京国際映画祭2017「特別招待作品」として上映決定
「監督週間」にパブロ・ララインの『ネルーダ』*カンヌ映画祭2016 ⑤ ― 2016年05月16日 14:19
順風満帆のパブロ・ラライン
★パブロ・ララインの“Neruda”のほかアレハンドロ・ホドロフスキーの“Poesía sin fin”の2作がノミネーションされましたが、ひとまずララインの“Neruda”から。本作については昨年6月クランクインした折に「ララインの新作」としてアウトラインを記事にしております。カンヌ本体とは別組織が運営する「監督週間」とはいえカンヌですから、公開はさておき字幕入りで見られるチャンスがこれで一つ増えました。ララインによると、「ノーベル賞作家とはいえ、ネルーダは自らを神話化する傾向があり、チリ人はそういうタイプを好まない」そうで、コミュニストだったこともあり、チリではネルーダ嫌いが結構いる。「自らを神話化する」という意味ではホドロフスキーも同じで、チリの人には好かれていない。そもそもチリの監督と紹介するには管理人自身も抵抗があります。ホドロフスキー映画は次回に回します。
*新作“Neruda”についての記事は、コチラ⇒2015年07月30日
(ネルーダ役のルイス・ニェッコ、映画から)
★「パブロ・ララインの新作は『ネルーダ』」と、あたかも邦題が決定したかのごとく紹介しておりますが、勿論まだ“Neruda”です(邦題に不要な修飾語がつかないことを切に願っている)。ベルリン映画祭2015で『ザ・クラブ』“El Club”が審査員賞グランプリを受賞したばかり、チリでもっとも注目されている若手監督の一人です。1971年ノーベル文学賞を受賞した詩人、作家、外交官、政治家といくつもの顔をもつ、それだけに謎の多い人物の伝記映画です。伝記と言って1949年という地下潜伏と逃避行に明け暮れた激動の時期を切り取った映画です。「ネルーダはネルーダを演じていた」、つまり自分がコミュニズムのイコンとして称揚されるよう、この逃亡劇をことさら曖昧にして詩人自らが神話化した。この映画は「ネルーダの『ニ十の愛の詩と一つの絶望の歌』の詩人の忠実な伝記映画というより、ネルーダ信奉者が作った映画」(監督談)なので、伝記映画としては不正確ということです。
“Neruda”2016
製作:Fabula(チリ) / AZ Films(アルゼンチン) / Funny Balloons(フランス) /
Setembro Cine(スペイン)他
監督:パブロ・ラライン
脚本:ギジェルモ・カルデロン
編集・音楽エディター:エルヴェ・シュネイ Hervé Schneid
プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン
撮影:セルヒオ・アームストロング
音楽:フェデリコ・フシド
プロダクション・マネージメント:サムエル・ルンブロソ
製作者:フアン・デ・ディオス・ラライン、ほか多数
データ:チリ=アルゼンチン=スペイン=フランス合作、スペイン語、2016年、107分、伝記映画、カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品、チリ公開2016年8月11日決定
キャスト:ルイス・ニェッコ(ネルーダ)、メルセデス・モラン(妻デリア・デル・カリル)、ガエル・ガルシア・ベルナル(刑事オスカル・ペルショノー)、アルフレッド・カストロ(ガブリエル・ゴンサレス・ビデラ大統領)、エミリオ・グティエレス・カバ(パブロ・ピカソ)、ディエゴ・ムニョス(マルティネス)、アレハンドロ・ゴイク(ホルヘ・ベレート)、パブロ・デルキ(友人ビクトル・ペイ)、マイケル・シルバ(歴史家アルバロ・ハラ)、マルセロ・アロンソ(ぺぺ・ロドリゲス)、ハイメ・バデル(財務大臣アルトゥーロ・アレッサンドリ)、フランシスコ・レイェス(ビアンキ)、アントニア・セヘルス、アンパロ・ノゲラ、他
解説:1947年、ガブリエル・ゴンサレス・ビデラは大統領に就任すると、共産党根絶を開始する。チリ共産党の支援をうけて1945年3月に上院議員となった赤い詩人ネルーダは苦境に立たされる。1948年共産党が非合法化されると、党は危険の迫った詩人を亡命させることに着手する。1949年の秋、妻デリア・デル・カリルを伴ってのネルーダの地下潜伏とパリへの逃避行が始まった。首都サンティアゴで数カ月潜伏した後、追っ手の目を晦ますため女装してリベルタドール、バルパライソ、ロス・リオス州バルディビア、フトロノ・コミューンなどを転々とした。馬乗してアルゼンチンに脱出すると、やがてピカソなどヨーロッパの多くの友人に助けられて、春4月半ばパリに辿り着く。逃避行の最中に『大いなる歌』が書かれ、謎に満ちたネルーダの脱出劇は伝説となる。
*トレビア*
★ネルーダは1904年生れ、チリ共産党の支援を受けて1945年3月に上院議員に当選、同年7月に入党している。1948年ガブリエル・ゴンサレス・ビデラ大統領が共産党を非合法化したため、当時の妻デリア・デル・カリルと地下に潜ることになる。ネルーダは離婚を2回しており、本作に登場する妻はネルーダがヨーロッパから帰国した1943年に再婚した2番目の妻(1955年離婚)で、『イル・ポスティーノ』に出てくる妻マティルデは3番目のマティルデ・ウルティアを想定しているようです。現在ネルーダ記念館として観光名所になっているイスラ・ネグラの美しい別荘は、彼女のために建てたものだそうです。移動には女装したとか、フトロノ・コミューンを出てアルゼンチンに行く途中のクリングエ川の急流を渡るときには溺れそうになったとか逸話が多い。
(妻デリア・デル・カリルと詩の朗読会用のメイクをしたネルーダ)
★「この映画はギジェルモ・カルデロンの脚本なくして作れなかった。自分で脚本を書くのは無謀だとは思わなかったが、結局彼の助けを求めなければならなかった。だからいくら感謝してもしきれない」とラライン。脚本を評価するコラムニストが多い。ネルーダは女好きで誇大妄想きみのブルジョア趣味という反面、深遠な理想主義にもえ寛容、チリの社会にインパクトを与えた人です。だから「ネルーダまたはその造形に挑戦した」映画だとラライン。
(パブロ・ラライン監督)
★既にネルーダをテーマにした映画やTVドラは多数あります。なかでもマイケル・ラドフォードのイタリア映画『イル・ポスティーノ』(1994)は劇場公開された後、吹替え版、完全版を含めてテレビで放映されています。ネルーダにフィリップ・ノワレ、主人公郵便配達人マリオに病をおして出演したマッシモ・トロイージがクランクアップ直後に他界したことも話題になった。ララインの「ネルーダ」は1949年が時代背景ですが、『イル・ポスティーノ』のほうは1950年代初めのナポリ湾に浮かぶ架空の島が舞台だった。ナポリ湾のプローチダ島で撮影されたが、それはネルーダがカプリ島に潜伏していたときの史実に基づいている。
(逃避行をするネルーダ夫妻)
*主なキャスト紹介*
★アルフレッド・カストロ(1955年チリのサンティアゴ)とガエル・ガルシア・ベルナル(1978年メキシコのグアダラハラ)については度々登場してもらっているので割愛します。前者はラライン監督のデビュー作 “Fuga” を含めて全作に出演しており、本作ではネルーダ逮捕を命じる大統領として登場します(ララインのフィルモグラフィー参照)。後者はあと一歩のところで獲物を取り逃がしてしまう平凡な刑事役、彼のモノローグが映画の推進役となっている。今回の二人は役柄としては嫌われ役でしょうか。G.G.ガエルによると、「この映画は豊かなネルーダの詩の読者の多くを失望させないと思う、それは間違いない。ぼくたちを映画に導いたのは、ネルーダの素晴らしい詩のお陰なのです」と。他のキャスト陣もラライン映画の常連さんです。
(大統領の命令を受けるオスカル、G・G・ベルナル、左側の背中が大統領)
◎ルイス・ニェッコ Luis Gnecco(ネルーダ):1962年チリのサンティアゴ生れ、グスタボ・G・マリノ『ひとりぼっちのジョニー』(1993)、フェルナンド・トゥルエバ『泥棒と踊り子』(09)、ラライン『No』など。
◎メルセデス・モラン Mercedes Morán(ネルーダ夫人):1955年アルゼンチンのサンルイス生れ、ルクレシア・マルテルのサルタ三部作の1部『沼地という名の町』(01)と同2部『ラ・ニーニャ・サンタ』(04)、ウォルター・サレスの『モーターサイクル・ダイアリーズ』(04)などで登場している。一時『人生スイッチ』愚息出演のオスカル・マルティネスと結婚していた。
◎パブロ・デルキ Pablo Derqui(ネルーダ友人ビクトル・ペイ):1976年バルセロナ生れ、マヌエル・ウエルガ『サルバドールの朝』、ギリェム・モラレス『ロスト・アイズ』
◎ハイメ・バデル Jaime Vadell(財務大臣アルトゥーロ・アレッサンドリ):1935年バルパライソ生れ、ロドリゴ・セプルベダの代表作“Padre Nuestro”(05)の主役を演じた。「ピノチェト政権三部作」、ホドロフスキー『リアリティのダンス』、『ザ・クラブ』ではシルバ神父になった。
◎アントニア・セヘルス Antonia Zegers:1972年サンティアゴ生れ、「ピノチェト政権三部作」以降のラライン映画にオール出演、ラライン夫人である。
◎マルセロ・アロンソ Marcelo Alonso(ぺぺ・ロドリゲス):1969年サンティアゴ生れ、『No』以外の「ピノチェト政権三部作」、『ザ・クラブ』ではガルシア神父になった。テレビ出演が多い。
◎マイケル・シルバ Michael Silva(歴史家アルバロ・ハラ):1987年チリ南部アントファガスタ生れ、戯曲家、ミュージシャンとしても活躍。若い頃のアルバロ・ハラ(1923~98)はコミュニストの活動家だった。ラライン映画は初出演。
*監督フィルモグラフィー*(短編・TVシリーズを除く)
2006 “Fuga” 監督・脚本
2008 “Tony Manero”『トニー・マネロ』監督・脚本「ピノチェト政権三部作」第1部
ラテンビート2008上映
2010 “Post mortem” 監督・脚本「ピノチェト政権三部作」第2部
2012 “No”『No』監督「ピノチェト政権三部作」第3部、カンヌ映画祭2012「監督週間」、
ラテンビート2013上映
2015 “El club”『ザ・クラブ』監督・脚本・製作、ラテンビート2015上映
2016 “Neruda” 監督、カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品
★ララインの次回作は英語映画“Jackie”と、3月にアナウンスされています。「ブルータスお前もか」という心境、彼も英語映画を撮る監督の仲間入りです。政治に絡んだジャッキー・ケネデイの伝記映画。ジャッキーを演じるのはナタリー・ポートマン、劇場公開間違いなしです。
(ジャッキーになるナタリー・ポートマン)
短編のベテラン、フアンホ・ヒメネスの新作*カンヌ映画祭2016 ④ ― 2016年05月14日 08:54
ベテラン短編作家の“Timecode”がパルムドールに挑戦
★「短編」部門のもう1作が、フアンホ・ヒメネスの新作“Timecode”です。「短編は長編映画の跳躍台と考えている人が多いが、私はそう思っていない。短編を作ることが好きなんです」と短編に拘るヒメネス監督。今回は自身が教鞭をとるレウス映画学校ECIR*の学生が撮影に参加している。今年の応募作品は5008作、昨年より458作多い。2014年が3450だったから年を追うごとに競争が激化していることが分かる。また「シネフォンダシオン」部門には2300の応募があり、うち短編18作(アニメーション4作)がノミネーションされた。
*ECIR(Escuela de Cine de Reus)レウス映画学校、レウスはカタルーニャ州タラゴナ県にあるワイン生産で有名な都市。ガウディの生れ故郷でもあり、モデルニズムの町として観光地にもなっている。
(学生を指導しながらの撮影風景、左側が監督、右側がルナ)
“Timecode”2016
製作:Nadir Films
監督・脚本・製作:フアンホ・ヒメネス
脚本(共同):ペレ・アルティミラ
データ:スペイン、スペイン語、2016年、短編15分、カンヌ映画祭2016短編部門正式出品
キャスト:ラリ・アイクアデ Ayquadé(監視員ルナ)、ニコラス・リッキーニ Ricchini(監視員 ディエゴ)
解説:駐車場の監視員ルナとディエゴの二人は昼夜交替で勤務している。一人が昼間、もう一人は夜間。パーキングは秘密と発見に満ちている場所だ。痩せて小柄なルナが男性用に縫製された制服を着ると、彼女の体は服のなかで泳いでしまう。アップされたメーキングからは〈事件〉が見えてくる。
(モニター装置を見つめるルナ役のラリ・アイクアデ、映画から)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★フアンホ・ヒメネスJuanjo Giménez (Jiménez) は、1963年バルセロナ生れ、監督、脚本家、製作者、編集者。1994年“Hora de cerrar”で短編デビュー、同年製作会社〈Salto de Eje〉を設立(2006年に〈Nadir Films〉に再編成)。1995年の“Especial con luz”は各映画祭で評価され、スペイン国営テレビによって放映された。1996年“Ella está enfadada”、翌年の“Libre Indirecto”はモンペリエ映画祭のショート・フィルム賞、ジローナ映画祭の脚本賞を受賞した。以上が主な短編作品。
★他に長編映画“Nos hacemos falta (Tilt)”(2001)はモントリオール映画祭で上映された。ドキュメンタリー“Esquivar y pegar”(10)と“Contact proof”(14)の2作品を撮っており、前者はサンセバスチャン映画祭の「メイド・イン・スペイン賞」にノミネートされた。長編は以上の3作だけで、「ショート・フィルムのスペシャリスト」と言われている。
(“Nos hacemos falta (Tilt)”のポスターを背にしたフアンホ・ヒメネス監督)
「短編」部門に選ばれたコロンビア映画*カンヌ映画祭2016 ③ ― 2016年05月12日 19:22
メデジンの一断面を描く小児ポルノの犠牲者たち
★カンヌ映画祭の公式上映には他に「ドキュメンタリー」部門、「短編」部門などがありますが、前者にはスペイン語映画はゼロ、後者の10作品のなかに、スペインのフアンホ・ヒメネスの“Timecode”とコロンビアのシモン・メサ・ソトの“Madre”(“Mother”)が生き残りました。シモン・メサ・ソトはカンヌ映画祭2014で“Leidi”が短編部門のパルムドールを受賞した監督です。まずこちらからご紹介。全体的に昨年のコロンビア映画には目を見張るような勢いが感じられましたが、今年は比較的静かな印象です。今年の応募作品は約5000作、10作品に絞る作業も大変と思いますが、年々増加しているのではないでしょうか。審査委員長に河瀨直美がアナウンスされています。
*カンヌ映画祭2014の“Leidi”の記事は、コチラ⇒2014年05月30日
(短編デビュー作のポスター)
“Madre”(“Mother”)2016
製作:Momento Film(スウェーデン)/ Evidencia Films(コロンビア) 協賛Alcaldía
監督・脚本:シモン・メサ・ソト
製作者:David Herdies(スウェーデン)、フランコ・ロジィ(コロンビア)
データ:コロンビア、スウェーデン合作、スペイン語、2016年、短編
カンヌ映画祭2016「短編」部門正式出品
解説:メデジンの丘の貧しい地区に暮らしている16歳の少女アンドレアの物語。ポルノ映画出演の依頼がくると、丘を下りて町の繁華街に出掛けていく。タイトルを〈Madre 母親〉とつけたのは、主人公の少女と母親との絆が語られるからだそうです。
(中央のアンドレアに焦点を絞って撮られている)
★前作“Leidi”もコロンビア第二の都市メデジンが舞台でしたが、本作も同じです。コロンビアは6段階に分けられた特有の階級社会で、住む場所もおよそ決っている。ブラジルのファベーラも高い場所にあるが、コロンビアも同じようです。アンドレアのケースは珍しいことではなく、コロンビアで起きている現実の一断面にすぎないと監督。少女たちがポルノ映画のオーディションに駆けつけるのは普通のことで、それなりの需要があるということ、背景には小児性的虐待がある。どの国にも言えることだが、現実には目に見えないものが社会に潜んでいる。
★「物語は持ち込まれたものです。子供を搾取している実態について短編映画を作りたいが、とコンタクトをとってきた、これが始まりです」と監督。「生やさしいテーマではないし、誰だって語りたくない。切り口をどうするかが難しかった」。数カ月というもの自転車で街中を走り回って、福祉団体の戸を叩き、少女たちと話し合い、どのようにして小児ポルノの世界に出入りするのかをネットを通じて調査した。まずはポルノビデオに現れる少女たちを見ることだった。400人以上の少女たちに会い、その証言を映画のなかに流し込んだ。「一度足を踏み入れると抜けられず反復性があること、背後にある大きな問題が教育です。お金が欲しいという野心、もっとも大きいのが貧困問題です」「小児性的虐待はメデジンに限ったことではなく、カルタヘナやその他の都市でも起きていることだから全国展開して欲しい」と監督。
(最近のシモン・メサ・ソト監督)
★シモン・メサ・ソトSimón Mesa Soto:1986年、アンティオキア県都メデジン生れ、監督、脚本家、製作者、編集者、撮影監督。アンティオキア大学マルチメディア&視聴覚コミュニケーション科卒、ロンドン・フィルム・スクールの映画監督科マスターコースで学ぶ奨学資金を得て留学、監督コースの他、撮影監督、撮影技師のプロジェクトに参加。中編“Back Home”がロンドン・ナショナル・ギャラリーの録画(再放送用フィルム)部門の一部になった。これは“Los tiempos muertos”(09、35分)の英語題と思われるが確認できていない。ロンドン・フィルム・スクールの卒業制作として撮られた“Leidi”がカンヌ映画祭2014短編部門のパルムドールを受賞した。受賞はコロンビア初の快挙だったが、引き続きシカゴ、ロンドン、メルボルン、バンクーバー、サンパウロ、釜山など国際映画祭に出品、短編部門の賞を多数受賞している。イギリスで映画を学んだことで、仲間の英語映画の撮影監督や編集も手掛けている。
(カンヌ映画祭2014授賞式にて)
★共同製作者フランコ・ロジィは、カンヌ映画祭2014の「批評家週間」に“Gente de bien”がワールド・プレミアされた監督。二人はそれまで交流はなかったそうですが、カンヌで意気投合して次回作の製作に参加することにした。こういう国際映画祭での出会いは若い監督にとって刺激になります。スウェーデンのDavid Herdiesは、“Leidi”を見て感動、是非コラボしたいと申し出てくれたそうです。国内だけにとどまっていてはダメということです。
「ある視点」にはアルゼンチンの新人二人*カンヌ映画祭2016 ② ― 2016年05月11日 12:56
開けてビックリ玉手箱、ブエノスアイレスからカンヌへ一直線
★アンドレア・テスタ&フランシスコ・マルケスの新人二人の“La larga noche de Francisco Sanctis”がノミネーション、この朗報が飛び込んできたのはブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭(BAFICI)開催中でした。チケットは完売、カンヌの威力を見せつけました。カンヌがワールド・プレミアなんて信じられない二人です。兄妹のようによく似ていますが夫婦です。1984年に出版された故ウンベルト・カチョ・コスタンティーニ(1924~87)の同名小説の映画化、そういうわけでBAFICIには作家の夫人が馳せつけました。「ある視点」にノミネーションされたことでニュースが入り始めていますが、ここではアウトラインだけにしておきます。
“La larga noche de Francisco Sanctis”(“The Long Night of Francisco Sanctis”)
製作:Pensar con las Manos
監督・脚本・製作者:アンドレア・テスタ&フランシスコ・マルケス
原作:ウンベルト・カチョ・コスタンティーニ
撮影:フェデリコ・ラストラ
編集:ロレナ・モリコーニ
製作者:ルシアナ・ピアンタディナ
データ:アルゼンチン、スペイン語、2016年、78分、軍事独裁時代の政治スリラー
映画祭受賞歴:ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭(BAFICI)2016正式出品、最優秀作品賞・最優秀男優賞・SIGNIS賞・FEISAL賞を受賞する。カンヌ映画祭2016「ある視点」部門正式出品、カメラドール対象作品でもあります。カンヌ上映は5月20日
キャスト:ディエゴ・ベラスケス(フランシスコ・サンクティス)、ラウラ・パレデス、バレリア・ロイス、マルセロ・スビオット、ラファエル・フェデルマン、ロミナ・ピント
解説:時代はビデラ軍事独裁政権2年目の1977年、中流階級のフランシスコ・サンクティスは現政権の行政官として政治には無関心な生活を送っていた。ある日、高校時代の昔のクラスメートから1本の電話がかかってくる。今夜二人の若い活動家が逮捕され、たちどころにデサパレシードスになる。彼らを救えるかどうかはあなたの手の内にある。サンクティスは不安と恐怖に襲われる。命令を無視することもできたが、彼のなかに若かりし頃の鼓動が響いてくる。妻と子供と一緒に政治には一切関わらずに過ごしていたフランシスコの内面の葛藤が語られる。
(妻と子供たちと食事をするサンクティス、映画から)
*トレビア*
*今までの軍事独裁時代(1976~83)の映画と切り口が違うのは、活動家やデサパレシードス(desaparecidos行方不明者)、またはその家族が主人公ではなく、受け身の小市民的日常を送っていた政治的無関心派の男が、否応なく政治に巻き込まれてしまう点です。テーマは主人公の倫理的ジレンマでしょうか。原作者ウンベルト(・カチョ)・コスタンティーニは詩人、戯曲家でもあり、社会的闘士だったから、独裁者のcivico-militarと言われる市民の軍隊が組織されてからは亡命を余儀なくされた。帰国できたのは、名ばかりとはいえ民主化後のこと、1984年に本作を発表した。当然小説には作家が投影されているのでしょう。こういう「恐怖の文化」が支配する時代には、亡命が叶わなければ、沈黙して伏し目がちに目立たずに暮らすことが賢い人の生き方、そうでないと生き残れない。
*100%アルゼンチン資本で製作された作品。昨今はスペイン、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国とのコラボが多いなか珍しいことです。新人にかぎらずカンヌにノミネーションされた作品の殆どが合作、3カ国、4カ国も珍しくない。ほぼ同時代を描いたダニエル・ブスタマンテのデビュー作『瞳は静かに』も製作国はアルゼンチンだけでしたが珍しいケースです。彼は1966年生れ、クーデタのときは10歳ぐらいだったから少しは記憶を辿ることはできた。そのかすかな記憶が彼に映画製作を促した。しかし本作の二人の監督は、フランシスコ・マルケスが1981年、アンドレア・テスタにいたっては1987年、当時を殆ど知らない世代といっていい。彼らのような「汚い戦争」を知らない世代が映画を作り始めたということです。
*『瞳は静かに』とその関連記事は、コチラ⇒2015年7月11日
★監督紹介:フランシスコ・マルケス、1981年ブエノスアイレス生れ、アンドレア・テスタ、1987年ブエノスアイレス生れ、共に監督、脚本家、製作者。アルゼンチン国立映画学校(ENERC、Escuela Nacional de Experimentación y Realización Cinematográfica)の同窓生。以下のフィルモグラフィーから二人で協力しあって製作していることが分かる。
◎フランシスコ・マルケスのフィルモグラフィー
2011“Imagenes para antes de la Guerra”(短編15分)テスタがアシスタント監督
2014“Sucursal 39”(短編13分コメディ)テスタがアシスタント監督
2015“Despues de Sarmiento”(ドキュメンタリー76分)
2016“La larga noche de Francisco Sanctis”本作
◎アンドレア・テスタのフィルモグラフィー
2007“El Rio”(短編7分)
2009“Sea una familia feliz”(短編8分)マルケスがアシスタント監督
2010“Uno Dos Tres”(短編10分)マルケスがアシスタント監督
2015“Pibe Chorro”(ドキュメンタリー90分)マルケスがアシスタント監督
2016“La larga noche de Francisco Sanctis”本作
★二人とも原作者コスタンティーニの愛読者だった由。パルケ・センテナリオ(ブエノスアイレス)で開催された書籍見本市の人から「これは読んで後悔しない小説です」と薦められた本でした。「言うとおりでした。二人ともすごいスピードで読破、映画にしようと即座に思った。つまり小説との出会いは偶然だったのです」と口を揃えた。二人ともいわゆる「物言わね大衆」と称された中流家庭の出身、屋根のある家に住み食べるものもある家庭の「見ざる聞かざる言わざる」で育った世代が物を言い始めたということでしょうか。具体化できたのは「撮影監督のフェデリコ・ラストラとプロデューサーのルシアナ・ピアンタディナが支援してくれたお陰です」と感謝の言葉を述べていました。フェデリコ・ラストラは彼らの短編を手掛けています。
(今年2月に誕生した娘ソフィアを抱いて、二重の喜びにひたる両監督)
★キャスト紹介:主人公フランシスコ・サンクティス役のディエゴ・ベラスケスは、マルティン・カランサ共の“Amorosa Soledad”(08)で映画デビュー、マリアノ・ガルペリン共の“100 tragedias”(08)出演後はシリーズTVドラで活躍、日本登場はルシア・プエンソの『フィッシュチャイルド』(“El niño pez”、ラテンビート2009)の〈エル・バスコ〉役が最初だと思います。他にダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(第5話「愚息」)に検察官役で顔を覗かせた。夜のシーンがおおいので自然照明だけのグレーがかった色調から浮き上がる複雑な表情、その内面の動きを表現した演技が認められ、BAFICIの最優秀男優賞を受賞した。
(サンクティス役のディエゴ・ベラスケス、映画から)
アルモドバル”Julieta”*カンヌ映画祭2016ノミネーション発表 ① ― 2016年05月08日 15:50
騒々しいカンヌの季節が巡ってきました!
(カンヌ映画祭2016のポスター)
★第69回カンヌ映画祭は5月11日に開幕、結果発表が22日という長いショービジネスです。コンペティションには、スペインからはアルモドバルの“Julieta”1作だけですが、ないよりあるだけマシでしょうか。カンヌに照準を合わせて映画製作をしている監督、まだキャストもロッシ・デ・パルマしかアナウンスされていなかったときからノミネーション確率は120パーセントだったから誰も驚かない。逆にノミネーションされなかったらサプライズだったでしょう。パルムドール第5回目の挑戦です。過去には『オール・アバウト・マイ・マザー』(99)で監督賞、『ボルベール〈帰郷〉』(06)で脚本賞、しかし肝心のパルムドールには嫌われている。もっともスペイン人の受賞者は半世紀以上前のブニュエルだけかも。受賞作品はフランコ体制下では物議をかもしても当然だった『ビリディアナ』(1961)でした。他『抱擁のかけら』と『私が、生きる肌』はノミネーションだけ、『バッド・エデュケーション』はコンペ外でした。
(“Julieta”のポスター、2人のフリエタ)
★監督自身は兄弟の製作会社「エル・デセオ」が、例の「パナマ文書」に関係していたため大ツナミに襲われ窮地に立たされています。幸い日本ではアルモドバルの名前は報道されなかったと思う。監督は責任を認めていますが、ただしメディアの扇情的な報道の仕方には「遺憾」を表明しています。納税の義務は遅滞なく果たすと強調しておりました。そもそもの発端は、ジュネーブのモサック・フォンセカ法律事務所のPCがハッキングされて流失した機密文書、兄弟はこの法律事務所に1990年代の初めから委託していたようです。つまり他にもヴァージン諸島なども利用していたということでしょうか。
(最近のアルモドバル、2016年4月、マドリードにて)
★映画に戻ると、“Julieta”のテーマは、息が詰まるような性道徳観に風穴をあけたいという監督の思いというか挑戦があるように感じますが、共感するかしないかは、いずれ分かります。ヒロインは30年にわたって無理解に苦しむわけですが、母と娘の関係は難しい。今年のカンヌの顔ぶれは結構大物監督が目立ちます。アルモドバルの下馬評は悪くない位置につけているようですが、こればかりは蓋を開けてみないと分からない。
*“Julieta”のデータやキャスト紹介の記事は、コチラ⇒2016年2月19日
メキシコでもなくアルゼンチンでもなく、ブラジル映画がノミネーション
★今年のカンヌにはメキシコは残れず、ブラジルからKleber Mendonça Filho(1968年生れ、クレベール・メンドンサ・フィリオ)の“Aquarius”(仏合作)がノミネートされています。長編は2作目ですが、1997年より多くの中短編、ドキュメンタリーなどを発表している。デビュー作“O som ao redor”(“Neighboring Sounds”)は、ロッテルダム映画祭2012で上映され、ヒューバート・バルシ基金を貰った。トロント映画祭を含め海外の映画祭でも上映された作品です。日本で毎年開催されるブラジル映画祭に出品されたかどうか、スペイン語映画ではないので調べておりません。オスカー賞2014のブラジル代表作品に選ばれた由。第2作はソニア・ブラガが演じる音楽評論家クララの物語、3人の子供も独立、夫にも先立たれ執筆活動はしていない。時間を自由に旅することができる身分だが、かつては上流階級用のアパートも老朽化し地上げ屋の餌食になろうとしている。こんなお話のようです。
★ブラジル映画は一時勢いがありましたが、メキシコやアルゼンチンに比較すると、3代映画祭には遅れをとっている印象でした。政治的にも不安定、オリンピックも開催できるかどうか心配なくらいです。しかしブラジルは本作以外にも短編部門にエントリーされていますから、盛り返しつつあるのかもしれません。昨年はコロンビア映画がやたら元気でしたが、今年は相対的にラテンアメリカは静かでしょうか。
★次回は「ある視点」部門ノミネーション、アルゼンチン映画“La larga noche de Francisco Sanctis”という若い二人の監督のデビュー作です。
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