オリソンテス・ラティノス部門第4弾*サンセバスチャン映画祭2024 ⑮ ― 2024年08月29日 15:11
アルゼンチン在住のドイツ人監督ネレ・ヴォーラッツの第2作
★オリソンテス・ラティノス部門の最終回は、変わり種としてアルゼンチン在住のドイツ人監督ネレ・ヴォーラッツが中国人の移民を主役にしてブラジルを舞台にした「Dormir de olhos abertos / Sleep With Your Eyes Open」、イエア・サイドの「Los domingos mueren más personas / Most People Die on Sundays」、ソフィア・パロマ・ゴメス&カミロ・ベセラ共同監督の「Quizás es cierto lo que dicen de nosotras / Maybe It’s True What They Say About Us」の3作、いずれも長いタイトルです。
*オリソンテス・ラティノス部門 ④*
12)「Dormir de olhos abertos / Sleep With Your Eyes Open」
ブラジル=アルゼンチン=台湾=ドイツ
イクスミラ・ベリアク 2018 作品
2024年、ポルトガル語・北京語・スペイン語・英語、コメディドラマ、97分、撮影地ブラジルのレシフェ。脚本ピオ・ロンゴ、ネレ・ヴォーラッツ、撮影ロマン・カッセローラー、編集アナ・ゴドイ、ヤン・シャン・ツァイ、公開ドイツ6月13日
監督:ネレ・ヴォーラッツ(ハノーバー1982)は、監督、脚本家、製作者。アルゼンチン在住のドイツ人監督。長編デビュー作「El futuro perfecto」がロカルノ映画祭2016で銀豹を受賞している。アルゼンチンに到着したばかりの中国人少女のシャオビンが新しい言語であるスペイン語のレッスンを受ける課程でアイデンティティを創造する可能性を描いている。第2作は前作の物語にリンクしており、主人公が故郷の感覚を失った人の目を通して、孤立と仲間意識の物語を構築している。3作目となる次回作はドイツを舞台にして脚本執筆に取りかかっているが、監督自身もドイツを10年前に離れており、母国との繋がりを失い始めているため距離の取り方に苦労していると語っている。新作に製作者の一人として『アクエリアス』のクレベール・メンドンサ・フィーリョが参加、偶然ウィーンで出合ったそうで、撮影地が『アクエリアス』と同じレシフェになった。
映画祭・受賞歴:ベルリンFF2024「エンカウンターズ部門」のFIPRESCI賞受賞、韓国ソウルFF、カルロヴィ・ヴァリFF、(ポーランド)ニューホライズンズFF、SSIFFオリソンテス・ラティノス部門出品
キャスト:リャオ・カイ・ロー(カイ)、チェン・シャオ・シン(シャオシン)、ワン・シンホン(アン・フー)、ナウエル・ペレス・ビスカヤール(レオ)、ルー・ヤン・ゾン(ヤン・ゾン)ほか多数
ストーリー:ブラジルの或るビーチリゾート、カイは傷心を抱いて台湾から休暇をとって港町に到着する。故障したエアコンをアン・フーの傘屋に送ることにする。友達になれたはずなのに雨季がやってこないので店はしまっている。アン・フーを探しているうちに、カイは高級タワーマンションでシャオシンと中国人労働者のグループの存在を知る。カイは、シャオシンの話に不思議な繋がりがあるのに気づきます。ヒロインは監督の外国人の視点を映し出す人物であり、帰属意識を失う可能性のある人の物語。




13)「Los domingos mueren más personas / Most People Die on Sundays」
アルゼンチン=イタリア=スペイン
WIP Latam 2023 作品
2024年、スペイン語、コメディドラマ、73分、デビュー作、WIP Latam 産業賞&EGEDA プラチナ賞受賞、公開スペイン2024年10月4日、アルゼンチン10月31日
監督:Iair Said イエア(イアイル)・サイド(ブエノスアイレス1988)は、監督、脚本家、キャスティングディレクター、俳優。2011年俳優としてスタートを切り、出演多数。監督としては短編コメディ「Presente imperfecto」(17分)がカンヌFF2015短編映画部門ノミネート、ドキュメンタリー「Flora’s life is no picnic」がアルゼンチン・スール賞2019ドキュメンタリー賞受賞。長編デビュー作は監督、脚本、俳優としてユダヤ人中流家庭の遊び好きで無責任なゲイのダビを主演する。
映画祭・受賞歴:カンヌFF 2024 ACIDクィアパーム部門でプレミア、グアナフアトFF国際長編映画賞ノミネート、SSIFFオリソンテス・ラティノス部門出品
キャスト:イエア・サイド(ダビ)、リタ・コルテス(母親)、アントニア・セヘルス(従姉妹)、フリアナ・ガッタス(姉妹)
ストーリー:ダビは叔父の葬儀のためヨーロッパからブエノスアイレスに帰郷する。母親が、長い昏睡状態にある父親ベルナルドの人工呼吸器のプラグを抜く決心をしたことを知る。ダビは、夫の差し迫った死の痛みに錯乱状態の母親との窮屈な同居と、自身の存在の苦悩を和らげるための激しい欲望とのあいだでもがいている。数日後、彼は過去と現在を揺れ動きながら、また最低限の注意を向けてセクシュアルな関係を保ちながら、車の運転を習い始める。さて、ダビは父親の死を直視せざるをえなくなりますが、呼吸器を外すことは適切ですか、みんなで刑務所に行くことになってもいいのですか。家族、病気、死についてのユダヤ式コメディドラマ。



14)「Quizás es cierto lo que dicen de nosotras / Maybe It’s True What They Say About Us」
チリ=アルゼンチン=スペイン
WIP Latam 2023 作品
2024年、スペイン語、スリラー・ドラマ、95分、脚本カミロ・ベセラ、ソフィア・パロマ・ゴメス、撮影マヌエル・レベリャ、音楽パブロ・モンドラゴン、編集バレリア・ラシオピ、美術ニコラス・オジャルセ、録音フアン・カルロス・マルドナド、製作者&製作カルロス・ヌニェス、ガブリエラ・サンドバル(Story Mediaチリ)、Murillo Cine / Morocha Films(アルゼンチン)、b-mount(スペイン)、公開チリ2024年5月30日(限定)、インターネット6月7日配信。
監督:カミロ・ベセラ(サンティアゴ1981)とソフィア・パロマ・ゴメス(サンティアゴ1985)の共同監督作品。ベセラは監督、脚本家、製作者。ゴメスは監督、脚本家、女優。前作「Trastornos del sueño」(18)も共同で監督、執筆している。意義を求めるような宗教セクト、口に出せないことの漏出、男性がいない家族、ヒメナのように夫を必要としない女性、これらすべてがこの家族を悲惨な事件に追い込んでいく。「私たちの映画は、どのように生き残るか、または恐怖にどのように耐えるかを描いており」、「この事件の怖ろしさがどこにあるのかを考えた」と両監督はコメントしている。
映画祭・受賞歴:SSIFFオリソンテス・ラティノス部門出品
キャスト:アリネ・クッペンハイム(ヒメナ)、カミラ・ミレンカ(長女タマラ)、フリア・リュベルト(次女アダリア)、マリア・パス・コリャルテ、アレサンドラ・ゲルツォーニ、ヘラルド・エベルト、マカレナ・バロス、他
*アリネ・クッペンハイムについては、マヌエラ・マルテッリのデビュー作『1976』が東京国際映画祭2022で上映され女優賞を受賞した折に、キャリア&フィルモグラフィーを紹介しています。 コチラ⇒2022年11月06日
ストーリー:成功した精神科医のヒメナは、長らく或る宗派のコミュニティに入り疎遠だった長女タマラの思いがけない訪問をうける。タマラが母親と次女アダリアが暮らしている家に避難しているあいだ、タマラの生まれたばかりの赤ん坊がセクト内部の奇妙な状況で行方不明になったというので、ヒメナは赤ん坊の運命を知ろうと政治的な調査を開始する。実際に起きた「アンタレス・デ・ラ・ルス」事件*にインスパイアされたフィクション。
*アンタレス・デ・ラ・ルス「Antares de la Luz」事件とは、2013年、キリスト再臨を主張した宗教指導者ラモン・グスタボ・カステージョ(1977~2013)が、世界終末から身を守る儀式の一環としてバルパライソの小村コリグアイで、女性信者の新生児を生贄として焼いていたことが発覚した事件。当局の調査着手に身の危険を察知したカステージョは、逮捕に先手を打って逃亡先のクスコで首吊り自殺をした。チリ史上もっとも残忍な犯罪の一つとされる事件は、ネットフリックス・ドキュメンタリー『アンタレス・デ・ラ・ルス:光のカルトに宿る闇』(24)として配信されている。





(ネレ・ヴォーラッツ、イエア・サイド、ソフィア・パロマ・ゴメス、カミロ・ベセラ)
★オリソンテス・ラティノス部門は、以上の14作です。スペイン語、ポルトガル語がメイン言語で監督の出身国は問いません。ユース賞の対象になり、審査員は18歳から25歳までの学生150人で構成されています。
ジョアン・ペドロ・ロドリゲスの『鬼火』*東京国際映画祭2022 ⑥ ― 2022年10月25日 14:43
ロドリゲスの第6作目『鬼火』は「ミュージカル・ファンタジー」?

(ポルトガル語版のポスター)
★第35回TIFFの審査員の一人であるジョアン・ペドロ・ロドリゲスの『鬼火』は、作品紹介によると「消防士として働く白人青年と黒人青年のラブ・ストーリーを様々なジャンルを混交させて描いた作品。特にミュージカル風演出が見事である」とある。魅力に乏しい紹介文だが、監督の5作目となる『鳥類学者』をワールド・フォーカス部門で観ていた方は「うん?」と首を傾げたに違いない。本作は第69回ロカルノ映画祭2016で監督賞を受賞して世界の映画祭巡りをした話題作。デンバーFFクシシュトフ・キェシロフスキ賞、シネフォリア賞2017脚本・観客・年間ベストテン入り、イスタンブールFF作品賞、リバーランFF審査員賞受賞ほか、ノミネートはサンセバスチャンFF、ブエノスアイレス・インデペンデントシネマFF、イベロアメリカ・フェニックス賞2017、ゴールデン・グローブ賞ではポルトガル代表作品に選ばれている。

(監督賞の銀豹のトロフィーを手にした監督、ロカルノ映画祭2016にて)
『鬼火』(原題「Fogo-Fátuo」英題「Will-o’-the Wisp」)
製作:Filmes Fantasma / House on Fire / Terratreme Filmes
監督:ジョアン・ペドロ・ロドリゲス
脚本:パウロ・ロペス・グラサ、ジョアン・P・ロドリゲス、ジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタ
撮影:フイ・ポサス(ルイ・ポサス)
音楽:パウロ・ブラガンサ
音響:ヌノ・カルヴァーリョ
編集:マリアナ・ガイヴァン
衣装:パトリシア・ドリア
プロダクション・デザイン & 美術:ジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタ
製作者:ジョアン・ペドロ・ロドリゲス、ジョアン・マトス、ヴィンセント・ワン
データ:製作国ポルトガル=フランス、2022年、ポルトガル語・英語、ドラマ、67分、第19回ラテンビート映画祭 IN TIFF共催、アジアン・プレミア
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2022併催の「監督週間」クィア・パルムノミネート、ミュンヘン映画祭CineRebels 賞ノミネート、ブリュッセル映画祭監督週間賞受賞、以下エルサレム、トロント、ニューヨーク、リオデジャネイロ、アデライード、ベルゲン、ウイーン、東京、など各映画祭上映作品。
キャスト:マウロ・コスタ(アルフレード王子)、アンドレ・カブラル(教官アフォンソ)、ジョエル・ブランコ(2069年のアルフレード)、オセアノ・クルス(2069年のアフォンソ)、マルガリーダ・ヴィラ=ノヴァ(母テレザ)、ミゲル・ロウレイロ(父エドゥアルド)、ディニス・ヴィラ=ノヴァ(セバスティアン)、テレザ・マドゥルガ(家政婦)、アナ・ブストルフ(アルフレードの義姉)、クラウディア・ジャルディン(消防隊指揮官)、パウロ・ブラガンサ(アルフレードの従兄)、アナベラ・モレイラ、ほか消防士多数
ストーリー:2069年、王冠のないアルフレード王は、子孫を残すことなく静かに死の訪れを待っている。彼の死の床では古い歌が遠い青春の記憶へと彼を連れ戻していく。国のため軍人ではなく平和の兵士になることを決意したアルフレード王子は、ボランティアの消防士として入隊します。そこで彼の指導教官となったアフォンソと運命の出会いをする。特権階級の息子である白人青年と、黒人移民の流れを汲む黒人青年がかもし出す禁断の愛のエロティシズムが視聴者を挑発する。君主制と共和制の対立、過去のポルトガル帝国主義と植民地時代、夏になるとポルトガルを荒廃させる森林火災の危険、人種的性的偏見を打倒する政治的コメディ、視聴者を楽しませ、考えさせるミュージカル。 (文責:管理人)

(消防士になりたいと告白するアルフレード王子)

(アフォンソ、ユニークな指揮官、アルフレード王子)



★ポルトガルは、1910年10月5日、革命が成功し共和政に移行しているので既に王室は存在しない。2002年、ポルトガル帝国は名目上の植民地東ティモールが独立して、21世紀の幕開けと同時に帝国は完全に消滅している。かつての帝国主義の伝統を廃止したはずだが、後継者をプリンスと呼ぶのは、君主政体へのノスタルジアでしょうか。カラヴァッジオの宗教画が出てくるようですが、画家の描く宗教画にはエロティシズムが含まれており、それらは教会から拒絶されたものだった。監督の作品では、エロティシズムは重要な部分を占めている。夏になると年中行事のように貧しいポルトガルを脅かす森林火災は、気候変動の危機を現し、アルフレードが消防士をめざすのは国のためである。評価は観る人次第ですが、こんなに沢山のテーマを詰め込んで、たったの67分とは驚きです。

(主演者二人とロドリゲス監督)
★監督紹介:1966年リスボン生れ、監督、脚本家、製作者、俳優、短編ドキュメンタリー5作では撮影監督でもある。リスボンの映画演劇学校で「ノヴォ・シネマ」のアントニオ・レイス監督のもとで学んだ後、アルベルト・セイシャス・サントスやテレザ・ヴィラヴェルデのアシスタントとしてキャリアをスタートさせた。長編デビュー作『ファンタズマ』(00)はベネチア映画祭コンペティション部門でプレミアされ、ベルフォール・アントルヴュ映画祭(フランス)で外国語映画賞、翌年ニューヨークLGBT映画祭でベスト・フィーチャーを受賞した。以下に長編ドラマ6作を列挙しておきます。
2000「O Fantasma」『ファンタズマ』監督・脚本、90分
2005「Odete」『オデット』監督・脚本、98分
*カンヌFF 監督週間 CICAE 賞スペシャル・メンション、ボゴタFFブロンズ・プレコロンビア・サークル賞、ミラノ・レズビアン&ゲイFF作品賞など受賞
2009「Morrer Como Um Homem」『男として死ぬ』監督・脚本・編集、133分
*カンヌFF「ある視点」でプレミア、ポルトガル製作者賞2010受賞、シネポート-ポルトガルFFベストフィルム部門ツバメ杯受賞、メジパトラ・クィアFF(チェコのLGBT映画祭)審査員大賞など受賞
2012「A Ultima Vez Que Vi Macau」『追憶のマカオ』
ジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタと共同で監督・脚本・編集・出演、82分
*第65回ロカルノFFスペシャル・メンション、トリノFF2012トリノ市賞、監督賞スイス批評家ボッカチオ賞、ポルトガル映画アカデミー・ソフィア賞2014、ポルトガル製作者賞2014などを受賞
2016「O Ornitólogo」『鳥類学者』監督・脚本・出演、117分
*最多受賞歴を誇る(21賞・48ノミネート)作品、上述の他、メジパトラ・クィアFF審査員大賞、ブラック・ムービーFF批評家賞などを受賞
2022「Fogo-Fátuo」『鬼火』監督・脚本・製作、67分、上述の通り
★邦題は、4作目まではアテネ・フランセ文化センターで2013年3月23日~31日に開催された「ジョアン・ペドロ・ロドリゲス・レトロスペクティヴ回顧展」の折り付けられたもの。5作目と新作はTIFF「ワールド・フォーカス部門」上映です。回顧展では、ベネチア映画祭1997でスペシャル・メンションを受賞した短編『ハッピー・バースデー!』(97、14分)、『チャイナ・チャイナ』(07、19分)、『聖アントニオの朝』(11、25分)など7作が上映された画期的なミニ映画祭でした。その後、川崎市市民ミュージアム、関西でも開催されている。
★最新作の共同執筆者であるジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタは、ポルトガルの植民地だったモザンビーク共和国の首都ロウレンソ・マルケス(現マプトの旧称)生れ、アートディレクター、脚本家、監督、俳優、撮影監督、編集者と多才。『ハッピー・バースデー!』で主演した。30年近い公私にわたるパートナーです。デビュー作『ファンタズマ』以来、『男として死ぬ』、『鳥類学者』と新作含めて4作の美術を手掛け、『追憶のマカオ』では共同で脚本執筆、編集と監督、俳優としても出演している。『チャイナ・チャイナ』の共同監督、『聖アントニオの朝』のアートディレクターなども手掛けている。本祭で上映される『この通りはどこ? あるいは、今ここに過去はない』は、ロドリゲスと共同で監督している。

(製作者ジョアン・マトス、監督、ゲーラ・ダ・マタ、ニューヨークFF2022にて)
★両人とも日本贔屓らしく度々来日しているから、公開作品がないわりには情報は豊富、映画監督でなかったら鳥類学者になりたかったというロドリゲス監督、双眼鏡をお供に旅好きでもある。一方70年代にはマカオに住んでいたゲーラ・ダ・マタは、テレビでポルトガル語の映画が放映されていなかったので、60年代の日本映画『ゴジラ』や『モスラ』を見ており、特に「鉄腕アトム」のファンだったという。
セクション・オフィシアル追加作品*サンセバスチャン映画祭2022 ⑤ ― 2022年08月09日 16:27
◎第70回セクション・オフィシアル追加作品◎
★セクション・オフィシアルの追加4作、2017年の『家族のように』以来、久々の登場となったアルゼンチンのディエゴ・レルマンの「El suplente / The Substitute」、カンヌ・シネフォンダシオン・レジデンスに選ばれて製作したアメリカのマリアン・マタイアスのデビュー作「Runner」、ポルトガルのマルコ・マルティンスがイギリスを舞台にポルトガル出稼ぎ労働者をテーマにした「Great Yarmouth-Provisional Figures」、コロンビアのラウラ・モラがメデジンの10代のアマチュア5人を起用して撮った第2作目「Los reyes del mundo / The Kings of the World」、以上4作のご紹介。
9)「El suplente / The Substitute」 アルゼンチン
ヨーロッパ-ラテンアメリカ共同製作2019
監督:ディエゴ・レルマン(ブエノスアイレス1976)は、監督、脚本家、製作者、舞台監督。新作は6作目になる。本祭との関りは、2014年、ホライズンズ・ラティノ部門に4作目「Refugiado」がノミネート、2017年、5作目となる「Una especie de Familia」がコンペティション部門に正式出品され、新作でも共同執筆者であるマリア・メイラと脚本賞を受賞した。ラテンビート2017で『家族のように』の邦題で上映されている。2010年、3作目の「La mirada invisible」が国際東京映画祭で『隠れた瞳』として上映された折り、ヒロインのフリエタ・シルベルベルクと来日している。
データ:製作国アルゼンチン=伊=仏=西=メキシコ、スペイン語、ドラマ、110分、脚本マリア・メイラ、レルマン監督、ルチアナ・デ・メロ、フアン・ベラ、製作Arcadiaスペイン / Bord Cadre Films / El Campo Cine アルゼンチン/ Esperanto Kinoメキシコ / Pimienta Filma / Vivo Filmイタリア、製作者ニコラス・アブル(エグゼクティブ)、ディエゴ・レルマン、他多数、撮影ヴォイテク・スタロン、編集アレハンドロ・ブロダーソンBrodersohn、美術マルコス・ペドロソ、主要スタッフは前作と同じメンバーが多い。トロント映画祭2022(9月8日~18日)でワールドプレミアム。
キャスト:フアン・ミヌヒン(ルシオ)、アルフレッド・カストロ(エル・チレノ)、バルバラ・レニー(マリエラ)、マリア・メルリノ(クララ)、レナータ・レルマン(ルシオの娘ソル)、リタ・コルテセ(アマリア)、他
ストーリー:ルシオは名門ブエノスアイレス大学の文学教授ですが、このアカデミックな生活に倦んでいる。自分の生れ育ったブエノスアイレスのバリオの学校で自分の知識を活用させたいと思っている。彼は復讐のため地域の麻薬組織のボスに追いまわされている学生ディランを救おうとして事件に巻き込まれていく。
*『代行教師』の邦題で Netflix 配信されました。

(ルシオ役のフアン・ミヌヒン、フレームから)

(フアン・ミヌヒン、監督、バルバラ・レニー)
10)「Runner」アメリカ
監督:マリアン・マタイアス Marian Mathias(シカゴ1988)監督、脚本家、デビュー作。ニューヨークのブルックリン在住。カンヌ・シネフォンダシオン・レジデンス2018に選出されたほか、トリノ・ヒューチャーラボ2019(50.000ユーロ)、ベネチア映画祭プロダクション・ブリッジ・プログラム2020、ニューヨーク芸術財団などの資金援助を受けて製作されている。
データ:製作国アメリカ=ドイツ=フランス、2022年、英語、ドラマ、製作 Killjoy Films ドイツ / Man Alive アメリカ / Easy Riders フランス、脚本マリアン・マタイアス、撮影ジョモ・フレイ、製作者ジョイ・ヨルゲンセン、音楽Para One、キャスティングはケイト・アントニート、衣装スージー・フォード、撮影地ミシシッピー、イリノイ。トロント映画祭ディスカバリー部門でプレミアされ、ヨーロッパは本祭がプレミアとなる。

(製作者ジョイ・ヨルゲンセンとマタイアス監督、トリノ・ラボ2019)
キャスト:ハンナ・シラー(ハース)、ダレン・ホーレ(ウィル)、ジーン・ジョーンズ、ジョナサン・アイズリー
ストーリー:18歳になるハースは、ミズリー州の孤立した町で父親に育てられた。突然父親が亡くなり一人残された。ミシシッピー川沿いの生れ故郷に埋葬して欲しいという父親のかつての願いを叶えるため出立する。厳しい気候や不景気と闘っているコミュニティで芸術的な魂を持っているウィルと出会う。彼は家族を養うため遠く離れた土地から出稼ぎに来ていた。彼はハースに引き寄せられ、彼女はウィルに引き寄せられる。彼はハースに生きることを教え、彼女はウィルに感じることを教え、お互いを発見します。ハースの愛と喪失、ふたりの友情と別れが語られる。

(ハースとウィル、フレームから)
11)「Great Yarmouth-Provisional Figures」ポルトガル マルティンス?
監督:マルコ・マルティンス Marco Martins (リスボン1972)監督、脚本家。本祭との関りは今回が初めてだが、2005年製作の「Alice」がカンヌ映画祭「ある視点」部門の作品賞を受賞した他、ラス・パルマスFF(新人監督)、マル・デル・プラタFF(監督・FIPRESCI)、ポルトガルのゴールデン・グローブ賞などを受賞している。他ベネチアFFのオリゾンティ部門にノミネートされた「Sao Jorge」(16)では、新作でも主演しているヌノ・ロペスが男優賞を受賞、ほかに「How to Draw a Perfect Circle」(09)が代表作。

(中央が監督、右ヌノ・ロペス、第73回ベネチア映画祭フォトコールにて)
データ:製作ポルトガル=フランス=イギリス、ポルトガル語・英語、2022年、ドラマ、113分。製作Damned Films / Les Films de I’Apres-Midi / Uma Pedra no Sapato、脚本リカルド・アドルフォと監督の共同執筆、製作者カミラ・ホドル、フィリパ・レイス、(エグゼクティブ)イアン・ハッチンソン、サスキア・トーマスほか、撮影ジョアン・リベイロ、衣装イザベル・カルモナ、撮影地イギリスのグレート・ヤーマス
キャスト:ベアトリス・バタルダ(タニア)、ヌノ・ロペス、クリス・ヒッチェン、ボブ・エリオット、ヴィクトル・ローレンソ、リタ・カバソ、ロメウ・ルナ、ピーター・コールドフィールド(ジョー)、ウゴ・ベンテス(カルドソ)、アキレス・Fuzier(ロマの少年)、セリア・ウィリアムズ(看護師)、ほか
ストーリー:2019年10月、ブレグジットの3ヵ月前、英国ノーフォーク州グレート・ヤーマスに何百人ものポルトガル人出稼ぎ労働者が、地元の七面鳥工場での仕事を求めて押しよせてきた。タニアはこれらの養鶏場で働いていたが、現在はイギリス人のホテルの経営者と結婚している。彼女はポルトガルの労働者にとって頼りになる人だったが、今では英国の市民権も取り、夫所有の使われていないホテルを高齢者向け施設に改装して、このやりがいのない仕事を辞めたいと夢見ていた。

(フレームから)
12)「Los reyes del mundo / The Kings of the World」 コロンビア
監督:ラウラ・モラ(メデジン1981)は監督、脚本家。新作は第2作目。メルボルン・フィルムスクールRMITで映画制作と監督を専攻する。本祭との関りは、2017年ニューディレクターズ部門に出品されたデビュー作「Matar a Jesús / Killing Jesús」がクチャバンク賞スペシャル・メンション、ユース賞、Fedeora 賞、SIGNIS 賞を受賞している。2002年に殺害された父親の実体験から構想された力作。カイロ映画祭で銀のピラミッド監督賞以下、コロンビアのマコンド賞、カルタヘナFF観客賞、フェニックス賞、シカゴ、パナマ、パーム・スプリングス、各映画祭受賞歴多数。他にTVシリーズ「Pablo Escobar: El Patrón del Mal」(12)120話のうち83話を監督する。これは『パブロ・エスコバル 悪魔に守られた男』の邦題でNetflix 配信されている。
*新作はプロフェッショナルな女性スタッフの協力と、演技経験のないアマチュアの15歳から22歳の若者5人とのトークを重ねながらクランクインできた。モラ監督は「この映画は男らしさを反映した映画ですが、撮影、録音以外は女性が手掛けています」と。本祭プレミアが決定した折りには「遂に映画をリリースできて、とても嬉しいです。非常に長く厳しいプロセスでしたから。それにサンセバスチャンの公式コンペティションで、私たちが深く尊敬している監督たちに囲まれて初演できることを光栄に思います」と語っている。

(新作について語るラウラ・モラ)
データ:製作国コロンビア=ルクセンブルク=フランス=メキシコ=ノルウェー、スペイン語、2022年、ドラマ、脚本は『夏の鳥』(18)の脚本を執筆したマリア・カミラ・アリアスと監督との共同執筆、製作 Ciudad Lunar Productions / La Selva Cine、製作者は『彷徨える河』(15)のプロデューサー、『夏の鳥』の監督兼製作者のクリスティナ・ガジェゴと、TVシリーズを数多く手掛けているミルランダ・トーレス、資金提供メデジン市。撮影地メデジン、配給 Film Factory Entertainment、公開コロンビア10月6日
キャスト:カルロス・アンドレス・カスタニェダ、ダビッドソン・アンドレス・フロレス、ブライアン・スティーブン・アセベド、クリスティアン・カミロ・ダビ・モラ


(5人の王たち、フレームから)
ストーリー:メデジンのストリートチルドレン、ラー、クレブロ、セレ、ウィニー、ナノの5人の若者の不服従、友情、誇りについての物語。5人の王たちには王国も法律も家族もなく、本当の名前すら知らない。最年長のラーは、かつて民兵組織が祖母から押収した土地に関する政府からの手紙を受け取った。彼と仲間は約束の地を求めて旅の準備に着手する。破壊的な物語は荒々しいが深遠なグループを通して現実と妄想が交錯する。すべてが生じた無に向かっての旅が語られる。

(左から、ディエゴ・レルマン、マリアン・マタイアス、
マルコ・マルティンス、ラウラ・モラ)
マリオ・バローゾの 『モラル・オーダー』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑬ ― 2020年12月03日 15:15
20世紀初頭の実話に着想を得て自由に描いたフィクション

★マリオ・バローゾの『モラル・オーダー』(「Ordem Moral」)は、予想したようにかなりフィクション性の高いドラマでした。主人公マリア・アデライデを演じるマリア・デ・メデイロスの魅力を余すところなく盛り込んでいる。階級を超えた禁じられた恋、逃亡と監禁、裏切りと策略、情熱と苦悩、復讐とその代償、ハッピーエンド、テレノベラの要素をたっぷり詰め込んでいる。マリア・デ・メデイロスありきの映画です。最初、バローゾ監督から脚本執筆を依頼されたカルロス・サボーガはあまり乗り気でなかったという。しかし主役に「マリア・デ・メデイロスを起用するつもりだ」と話した途端「それなら話は別だ」と引き受けた逸話が、それを物語っている。以前、作品紹介の記事をアップした折り、監督&フィルモグラフィー、マリア・デ・メデイロスの出演映画などを以下に紹介いたしました。キャストは主人公を取りまく脇役に実在した人物が多数登場しますので、新たに補足追加しておきます。
*『モラル・オーダー』作品紹介記事は、コチラ⇒2020年11月01日
主なキャスト:
マリア・デ・メデイロス(マリア・アデライデ・コエーリョ・ダ・クーニャ)
マルセロ・ウルジェージェ(アルフレド・ダ・クーニャ、夫)
ジョアン・ペドロ・マメーデ(マヌエル・クラロ、マリア・アデライデの恋人)
ジョアン・アライス(ジョゼ・エドゥアルド・ダ・クーニャ、息子)
アルバノ・ジェロニモ(シーセロ、マヌエルの同僚、アナーキスト)
ジュリア・パーニャ(ソフィア・デ・アゼヴェド、アルフレドの愛人)
アナ・パドラオ(ベルタ・デ・モライス)
アナ・ブストルフ(フィリパ・デ・サ)
テレサ・マドルガ(クロティルデ、女中頭)
ヴェラ・モウラ(イダリナ、マリア担当の女中)
レオノル・コーティニョ・カブラル(マリア・アデライデの妹)
ディナルテ・ブランコ(エガス・モニス、医師。1949年ノーベル医学賞を受賞)
リタ・マルティナ(マファルダ)
ソフィア・マルケス(エミリア、マリア担当の看護師)
イザベル・ルス(堕胎所の祖母)
ミゲル・ボルへス(ベルナルド・ルーカス、弁護士)
ホルヘ・モタ(マガニャーエス・レモス、コンデ・デ・フェレイラ病院医療部長)
ルイ・モリソン(ジュリオ・デ・マトス、医師。1942年リスボンで精神病院を開院)
ディニス・ゴメス(ジュリオ・ダンタス、劇作家)
マリオ・バロッソ(アニバル・クルエル民政長官)
ストーリー:1918年11月13日、日刊紙「ディアリオ・デ・ノティシアス」の相続人マリア・アデライデが、何の前触れもなく失踪する。やがて22歳年下の家族の元運転手マヌエル・クラロが手引きしていたことが判明する。間もなく夫アルフレドによって探し出されたマリアは、病気療養の名目で精神病院に隔離されるが、愛を貫くために男性優位の社会と対決する。第一次大戦後の混乱期、スペイン風邪が猛威を振るうポルトガルを舞台に、自らの信念を貫き通した実在の女性に着想を得てドラマ化された。階級を超えた恋、逃亡と監禁、嘘と隠蔽、裏切りと策略、情熱と苦悩、復讐とその代償、ハッピーエンド、テレノベラの要素を隈なく取り込んでいる。 (文責:管理人)
精神病院強制入院に著名な精神科医たちが加担した危機の時代
A: 本作は東京国際映画祭TIFF「TOKYO2020プレミア」上映作品の一つ、その折企画された「TIFFトークサロン」を視聴することができた。パリ在住のマリオ・バローゾ(仏語)とシニア・プログラマー氏とのQ&A、通訳は仏語と英語でした。
B: 監督はパリの映画高等学院IDHED教授ということでパリ在住、トークサロンでは長編4作目と話していた。
A: 劇映画長編3作とTVドラマ1作で4作、TVを下に見る人もいるが自分はそうではない。当ブログでは劇映画、TVドラマ、ドキュメンタリーを区別しているので3作とご紹介しています。当然のように2005年に出版されたアグスティナ・ベッサ・ルイスの伝記小説 ”Doidos e Amante”(仮題「狂人たちと愛人」)への質問があった。
B: 小説の映画化ではなく、視点が異なるので参考にしていないときっぱり応えていた。
A: 全然参考にしていなかったわけではないでしょう。調べたところ、この新聞連載小説は「二人の間に愛があったという仮説を否定、マリアは単に脱出のエピソードが欲しくて、誘拐劇を演出し、マヌエルはお金目当てで協力した」と結論付けているようです。
B: タイトルからも想像できるように悪意が感じられます。監督はトークで「マヌエルとタクシー労働組合の同僚シーセロの関係をゲイにしたのは、アグスティナの小説から採った」と語っていた。映画を見るかぎり、マヌエルはバイセクシュアルでシーセロに引きずられている印象だった。
A: ホモセクシュアル的なにおいを入れたのは、自分を解放するのがテーマだからと述べていたが、当時同性愛は犯罪でタブー視されていたわけです。夫が火遊びでする浮気は許されたという糞ッたれな時代でした。
B: 夫が長年とっかえひっかえした女遊びは表沙汰にならなければ病気ではないが、マリアのように駆け落ちというスキャンダルを起こせば「これは立派なビョーキ、隔離して治療する必要がある」と精神科医は臆面もなく主張する。

(顔に包帯を巻いた奇抜な格好で友人たちを驚かすマリア・アデライデ)
A: マリアは入院させられていたコンデ・デ・フェレイラ病院の医療部長室で行われた医療委員会によって狂人と診断され、いわゆる禁治産者の烙印を押される。このシーンは劇中の山場の一つでした。マリアの一族の主治医ジョゼ・ソブラル・シド、家庭医のようなエガス・モニス、ジュリオ・デ・マトス、という当時の著名な精神科医3人が報酬をもらって加担した。
B: 夫が支払った賄賂をもらいながら、エガス・モニスにいたっては、1949年にノーベル医学賞をもらっている。時代精神と言われればそれまでですが。
A: 1942年にリスボンで精神病院を開院したジュリオ・デ・マトスの二人については、エンディング・クレジットでその後が語られたのですが、字幕は省略していた。重要なメッセージと考えるので、僭越ながら疑問を呈しておきたい。
B: バローゾ監督もトークでモニスのノーベル賞受賞に触れていた。マリアは女性の社会的地位の不平等、不自由、不公平という犯罪まがいの行為と闘った女性でした。家族のみならず精神科医たちが加担した暴力の時代があったことを若い世代に知ってほしかったことも映画化の理由でした。
A: 夫が医師たちを買収してまで妻を冒瀆したのは、彼女が大新聞社の相続人だったからですね。新聞社を早く売却したい夫は、売却に反対する妻を禁治産者にして後見人になる必要に迫られていた。首尾よく後見人におさまった夫は、すぐさま売却することができた。
B: マヌエルの1歳年下という息子のジョゼは、美人の使用人イダリナをレイプして妊娠させたり、父親の言いなりで不甲斐ない。マヌエルも危険な恋のアバンチュールを愉しむというタイプでなく、一体に男性陣は魅力に乏しかった。ましなのはルーカス弁護士、マヌエルへの愛を独占できなかったシーセロくらいかな。

(コンデ・デ・フェレイラ病院に入院するマリア・アデライデ、付添いの妹とモニス医師)
A: 映画にも採用された1919年2月2日に決行された梯子を使っての病院脱出劇は実際にあって、マヌエルは塀の下で待っていた。マヌエルの叔母がかつて住んでいたという空き家に隠れ住んでいたが、26日発見されて病院へ逆戻り、マヌエルも誘拐と強姦罪で逮捕という最悪の事態になる。
B: 勇敢なのか世間知らずなのか浅はかな行為、この経緯はウラが取れているそうですね。
情熱は狂気ではない――「クレージー・ノー!」
A: ジャーナリストのマヌエラ・ゴンザガの ”Doida Não E Não !” です。アグスティナの小説に反旗を翻して、4年後の2009年2月に刊行した。「クレージー・ノー・アンド・ノー」という意味ですね。ジャーナリストという職業柄、マリアを実際に知っている人や姪など親族縁者にインタビューして裏をとっ本にした。
B: タイトルはマリアが1920年に執筆した「クレージー・ノー!」から採られているようですが、すぐさま夫が「残念ながらクレージー」と応酬、さぞかしメディアは喜んだことでしょう。社交界の大スキャンダルでしたから。

(マヌエラ・ゴンザガの「クレージー・ノー・アンド・ノー」の表紙)
A: ほかにも病院に入院させられている患者のうち、病気でないのに家族が女性を処罰する方法として入院させる事実を「キャピタル」紙に投稿、このセンセーショナルな記事によって病院内に調査団がはいり、議会も無視できなくて法律が改正されたという。これはウイキペディアにも載っている。
B: 映画には採用されなかった。マリアは語学に優れ、入院中にストリンドベリの『令嬢ジュリー』をスウェーデン語をポルトガルに語に翻訳して、お芝居ごっこをして憂さを晴らしている。
A: 『令嬢ジュリー』は1888年にストリンドベリによってスウェーデン語で書かれた戯曲です。上流階級の子女はフランス語が教養とされていたが、マリアはスウェーデン語もできた。物語は、主人公ジュリー嬢はアシエンダを所有する伯爵と使用人であった農民出の母親のあいだに生まれた。今は亡き母親から「男のように考え行動するよう育てられた」意志の強い娘だったが、それは当時としては風変わりな女性だったから、男性にとっては危険な小説だった。
B: マリアはジュリーと自分を重ねていた。本当に院内でこんなお芝居ごっこができたのでしょうか。この芝居中に独裁権力を握り、国王大統領と呼ばれたシドニオ・パイスが急進的共和主義者の銃撃を受けて暗殺された報が伝わってくる。
A: ジュリー嬢役のマファルダが愛人だったという設定でした。これで彼女の監禁理由がはっきりする。つまり狂人ではないが、いささか常軌を逸している不都合な女性も監禁されていた。暗殺日は1918年12月14日、こういう歴史的事実を挿入して、観客に時代背景が分かるように工夫している。

(使用人イダリナに髪を整えてもらうマリア・アデライデ)
B: お芝居ごっこは冒頭に出てくる。詩人、戯曲家ジュリオ・ダンタスの宗教劇、豪壮な邸宅で客人を招待して催す芝居ごっこです。芝居に託けて自分を吐露するマリア、豪華な調度品にも目を奪われた。
A: マノエル・ド・オリヴェイラやジョアン・セーザル・モンテイロのフレームを彷彿させた。バローゾ
は二大巨匠の撮影監督を長らく務めたから、その影響が顕著だった。冒頭の赤いカーテンが開く瞬間、あっこれはオリヴェイラ、いよいよ緞帳が上がってお芝居が始まると思いました。美術監督や衣装デザイナーの時代考証は大変だったろうと思います。

(豪華な大道具小道具に魅せられる朝食のシーン)
B: 時代考証といえば、トークでも質問が出ていたが、マリアがイダリナの中絶に付き添う怖ろしいシーンで、受付の女の子の背後に後光のようなものが射していた。壁際には祭壇が置かれ、おばあさんが祈りを捧げている。
A: 監督によると、堕胎をするのは人間でなく天使という考えがあったということです。神のご加護を願いながら受けるのですね。堕胎医は女の子の母親、祈るのは祖母、受付は娘、親子三代でやっている。このおばあさん役をしたイザベル・ルスは、ポルトガル映画アカデミーのソフィア栄誉賞を受賞しているベテラン女優、『アブラハム渓谷』にも出演している。
B: お腹の子の父親が継父という13歳の子供を連れた母娘を登場させたのは、監督や脚本家の怒りと感じました。何時の時代でもこんな過酷な状況で命を落とす女性がいるのは悲しい。
A: フィナーレにポルトガルの国民的作家アグスティナ・ベッサ=ルイスの『シビラ』(“A Sivila”)を挿入したのは、製作中の2019年に彼女の鬼籍入りが報道されたからでしょうか、享年97歳だった。オリヴェイラの『アブラハム渓谷』や『フランシスカ』、『家宝』などの原作者でもあったから、恩師へのオマージュも含めていたかもしれません。『シビラ』はマリアが死去した1954年に刊行されたばかりの小説でした。
B: 1923年、ルーカス弁護士のお蔭で自由の身になったマヌエル・クラロとマリアはポルトに移り住み、彼女の死まで一緒に暮らしたが結婚はせず、二人は生涯恋人同士だった。
A: カトリック国のポルトガルで離婚ができるようになったのがいつか、もしかしたらできなかったのかもしれない。夫のアルフレドは、10年前の1944年に死去していた。
B: バローゾ監督もマリアに解放を伝えに来るクルエル民政長官役で顔を出していた。自由の身になってからの彼女の人生は語られず、いきなりマリア最期の年、1954年に飛んだ。
★前回の紹介記事で、彼女がバレンシア映画祭2020で棕櫚栄誉賞を受賞したことを書きましたが、その際には本作の上映はなく、監督2作目「Aos Nossos Filhos」(19「私の息子たち」)と、イシュタル・ヤシン・グティエレスの「Dos Fridas」(18、メキシコ=コスタリカ合作、「二人のフリーダ」)でバイセクシュアルだったメキシコの画家フリーダ・カーロの晩年の看護をしたコスタリカ出身の看護師を演じた作品が上映された。独立系の映画はフェスティバルでしか上映されない、コロナ禍の時代でも「映画祭は必要」と語っていた。

(バレンシア映画祭2020に出席のマリア・デ・メデイロス)

(フリーダ役のイシュタル・ヤシンとマリア・デ・メデイロス「Dos Fridas」から)

(監督第2作目「Aos Nossos Filhos」ポスター)
ポルトガル映画 『モラル・オーダー』*ラテンビート2020 ⑧ ― 2020年11月01日 22:37
ポルトガル映画――マリオ・バローゾの第3作目『モラル・オーダー』

★『モラル・オーダー』は、東京国際映画祭TIFF「TOKYOプレミア2020」部門でスクリーン上映される作品。マリオ・バローゾは1947年リスボン生れ、マノエル・ド・オリヴェイラやジョアン・セーザル・モンテイロの撮影監督として知られている。本作は20世紀初頭に実在した大新聞社の相続人マリア・アデライデ・コエーリョ・ダ・クーニャがヒロイン、ポルトガル映画ではないがフィリップ・カウフマンの『ヘンリー&ジェーン/私が愛した男と女』(90)や、クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』(94)に出演したマリア・デ・メディロスが扮する。特に後者はカンヌ映画祭でパルムドールを受賞したこともあって脇役ながら注目された。ポルトガル語のほか幼少期をウィーンで過ごしたことからドイツ語、更にフランス語、英語、スペイン語、イタリア語と6ヵ国語を駆使して120本もの映画に出演、活躍の舞台は広い。フィルモグラフィーについては後述します。

『モラル・オーダー』(「Ordem Moral」)
製作:APM-Ana Pinhão Moura Produções / Alfama Films / Leopardo Films
監督・撮影:マリオ・バローゾ
脚本:カルロス・サボーガ
音楽:マリオ・ラジーニャ
編集:パウロ・MilHomens
美術:パウラ・Szabo
衣装デザイン:Rucha d’Orey
プロダクション・マネージメント:フィリペ・フェレイラ
製作者:パウロ・ブランコ、(エグゼクティブ)Ana Pinhão Mouraアナ・ピニャン・モウラ?
データ:製作国ポルトガル、ポルトガル語、2020年、実話、101分、撮影地リスボン、公開ポルトガル9月9日、フランス9月30日、スペイン10月
映画祭・受賞歴:バレンシア映画祭2020(10月)、サンパウロ映画祭(10月22日)、東京国際映画祭(11月)、ラテンビート(オンライン上映11月)
キャスト:マリア・デ・メディロス(マリア・アデライデ・コエーリョ・ダ・クーニャ)、マルセロ・ウルジェージェ(アルフレド・ダ・クーニャ)、ジョアン・ペドロ・マメーデ(マヌエル・クラロ)、ジョアン・アライス(ジョゼ・エドゥアルド)、アルバノ・ジェロニモ、他多数
ストーリー:1918年11月13日、日刊紙「ディアリオ・デ・ノティシアス」の相続人マリア・アデライデは、何の前触れもなく22歳年下の家族お抱えの運転手マヌエル・クラロと姿を消す。マヌエルの生れ故郷に隠れ住んでいたが、間もなく夫アルフレドによって探し出される。第一次世界大戦後の混乱期、愛を貫徹するために精神病院に入れられても闘い続け信念を貫き通した女性の物語。大スキャンダル事件として歴史に残る。
★ポルトガル社交界の一大スキャンダルだったこの失踪事件は、かなり詳細な史実が書き残されている。しかしどれくらいお化粧直しされて映画化されているかは、実際に鑑賞してみないと分からない。これは愛ゆえの単なる駆け落ち事件ではなく、当時のポルトガルで女性がおかれていた社会的地位の低さを糾弾した勇気ある女性の物語です。続きは鑑賞後に回したい。下の写真は実際の登場人物。

(左から、一人息子ジョゼ、マリア・アデライデ、夫アルフレド・ダ・クーニャ)

(マリア・アデライデの恋人マヌエル・クラロ)
マノエル・ド・オリヴェイラとの初仕事は俳優でした
★マリオ・バローゾMário Barroso は、1947年リスボン生れ、監督、脚本家、撮影監督、俳優。バローゾの他、バーローゾ、バロッソなどに表記されるため解説書によってはマリオ・バロッソの表記もある。1968年ベルギーで舞台演出、1973年からパリの映画高等学院IDHECで演出と撮影技術を学び、1967年ポルトガルに帰国した。当時のポルトガルはカーネーション革命(1974年4月)と称される無血革命後の混乱期であったが、48年間に及ぶ独裁体制が倒れて民主主義に移行した新しい時代だった。もっぱらTVドラマの撮影を担当している。TVドラマの監督デビューは2000年、長編映画デビューは2004年の「O Milagre segundo Salomé」(ポルトガルのゴールデングローブ賞2005ノミネート)だった。2008年に撮った第2作目「Um Amor de Perdição」では、同ゴールデングローブ賞2010作品賞を受賞した。第3作目が本作である。4作手掛けているTVドラマでは撮影は担当していないが、映画は3作とも撮影を兼ねている。現在はIDHECで後進の指導にも当たっている。

(ポルトガル・ゴールデングローブ賞2010受賞の第2作)

(最近のマリオ・バローゾ監督)
★マノエル・ド・オリヴェイラ(ポルト1908~2015)の作品に出演していた女優マリア・バローゾが叔母ということで、早くから監督とは面識があった。撮影監督を希望していたが、初仕事は『フランシスカ』(81)に俳優として起用された。それは登場人物の19世紀ロマン派の大作家カミーロ・カステーロ・ブランコに顔が似ていたからだそうです。撮影監督としてオリヴェイラ作品には合計6作を手掛けています。俳優としては作家の晩年を描いた第3作目『絶望の日』(92)と、2014年の短編「O Velho do Restelo」に同じカミロ役で出演しています。以下にオリヴェイラ作品を羅列しておきますが、本格的な監督デビューが遅いと言っても、普通なら引退していてもおかしくない年齢の1992年から95年まで、毎年1作ずつ送り出していたオリヴェイラの執念に圧倒されます。

(カミーロ・カステーロ・ブランコを演じた『絶望の日』から)

(撮影監督マリオ・バローゾ)
*マノエル・ド・オリヴェイラ作品*
1981年『フランシスカ』俳優、1993年ポルトガル映画祭上映
1986年『私の場合』初撮影監督、未公開
1988年『カニバイシュ』撮影監督第2作目、1993年ポルトガル映画祭上映
1992年『絶望の日』撮影監督第3作目、俳優、未公開
1993年『アブラハム渓谷』撮影監督第4作目、語り手、1994年公開
1994年『階段通りの人々』撮影監督第5作目、俳優、1995年公開
1995年『メフィストの誘い』撮影監督第6作目、1996年公開
★第4作目の『アブラハム渓谷』はカンヌ映画祭併催の「監督週間」に出品され審査員特別賞を受賞した作品。本作ではナレーターにも起用されている。バローゾによると「子供のころ詩の朗読をしたおかげで一語一語はっきり発音する訓練をしたから」オリヴェイラが気に入ったのではないかと語っている。オリヴェイラは厳しい人だったが寛容な人で、信条の人、理念の人でもあったとも語っている。

(話題作『アブラハム渓谷』から主演のレオノール・シルヴェイラ)
ジョアン・セーザル・モンテイロの撮影監督時代
★オリヴェイラ作品の以後タッグを組んだのがジョアン・セーザル・モンテイロ(コインブラ県フィゲイラ・ダ・フォス1939~リスボン2003)で、モンテイロの「ジョアン・デ・ゼウス」三部作、シリーズの第2作目『神の喜劇』と3作目『神の結婚』を手掛けている。このシリーズでは監督自身がポルトガル生れの聖人ジョアン・デ・ゼウスを演じている。モンテイロは2003年2月3日癌に倒れたから、結果的には彼の晩年の作品すべてを手掛けたことになる。マリオ・バローゾはポルトガルでも実に個性的な二人の監督とタッグを組んだことになる。それはショットとかフレーミングのとり方、または照明などに強く影響をうけていることが分かる。

(ジョアン・セーザル・モンテイロ、『神の喜劇 / ジェラートの天国』から)
*ジョアン・セーザル・モンテイロ作品*
1995年『神の喜劇』撮影監督、「ジョアン・デ・ゼウス」シリーズ第2作目。
ベネチア映画祭出品、シネフィル・イマジカで『ジェラートの天国』の邦題で放映
1997年『J.W.の腰つき』撮影監督、ポルトガル映画講座1999上映
1999年『神の結婚』撮影監督、「ジョアン・デ・ゼウス」シリーズ第3作目。
カンヌ映画祭「ある視点」出品、ポルトガル映画祭2000上映
2000年『白雪姫』撮影監督、ベネチア映画祭出品、未公開
2003年「Vai e Vem 」(行ったり来たり)遺作、撮影監督、カンヌ映画祭出品
★製作者のパウロ・ブランコ(リスボン1950)は、1981年の『フランシスカ』からオリヴェイラの長編をプロデュースしており、バローズとは彼の長編第1作、2作に続いて今回も担当した。第1作「O Milagre segundo Salomé」では、バローゾ自身は監督賞を逃したが、ブランコがポルトガル・ゴールデン・グローブ作品賞を受賞した。エグゼクティブ・プロデューサーのAna Pinhão Mouraは、第1作ではライン・プロデューサーとして参画している。
★脚本家のカルロス・サボーガは、1936年モンテイロと同郷のコインブラ県フィゲイラ・ダ・フォス生れの監督、脚本家。国内外の受賞を多数手にしたラウル・ルイスの『ミステリーズ 運命のリスボン』(10、仏=ポルトガル)、チリ出身の監督バレリア・サルミエントの『ナポレオンに勝ち続けた男~皇帝と公爵』(12、DVDタイトル)、両作ともパウロ・ブランコが製作、サルミエントは前者で編集を手掛けている。監督自身も73歳と決して若いといえないが、スタッフ陣ではベテランに支えられていることが分かる。
ファシズムの復活は一種の国際的な錯乱――マリア・デ・メディロス
★キャスト紹介:マリア・デ・メディロスは、1965年リスボン生れ、監督、脚本家、女優(LB公式サイトに合わせてりますが、Medeiros はメデイロスではないかと思います)。フランスで演技を学ぶ。映画デビューは1981年ジョアン・セーザル・モンテイロの「Silvestre」、主役シルビア/シルヴェストレに抜擢された。当時15歳だったから既に40年のキャリアがある。今でもポルトガル映画が公開されることは稀なことだが、当時はより珍しいことだった。彼女の公開作品の多くがフランス映画ということもあってフランス女優と思われている。上述したように6ヵ国語に精通していることから海外からのオファーが顕著です。公式サイトにあるようにフィリップ・カウフマンの『ヘンリー&ジェーン 私が愛した男と女』のアナイス・ニン役、クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』のファビアン役は、彼女の紹介文では必ず引用される映画です。

(ヘンリー・ミラー夫人ジェーン役のユマ・サーマンとマリア、『ヘンリー&ジェーン』から)
★フィルモグラフィー紹介:120本以上になるので、公開、または映画祭上映になった作品に絞って列挙しておきます。必ずしも代表作品ではありません。
*監督名、製作国、主要言語を補足しました。
1990年『ヘンリー&ジェーン 私が愛した男と女』(アメリカ)フィリップ・カウフマン、英語
1991年『神曲』(ポルトガル)マノエル・ド・オリヴェイラ、ポルトガル語
ポルトガル映画祭1993上映
1993年『ゴールデン・ボールズ』(スペイン)ビガス・ルナ、西語
1994年『パルプ・フィクション』(アメリカ)クエンティン・タランティーノ、英語
1996年『私家版』(フランス)ベルナール・ラップ、仏語
2002年『死ぬまでにしたい10のこと』(スペイン=カナダ)イサベル・コイシェ、英語
2003年『ぼくセザール 10歳半1m39cm』(フランス)リシャール・ベリ、仏語
2007年『あたたかな場所』(フランス=イタリア)マルコ・S・プッチオーニ、伊語
大阪ヨーロッパ映画祭2007、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭2008上映
2011年『チキンとプラム あるバイオリン弾き、最後の夢』(フランス=ドイツ=ベルギー)
マルジャン・サトラピ&バンサン・パロノー、仏語
2017年『荒野の殺し屋』(ブラジル)マルセロ・ガルヴァオン、ポルトガル語、Netflix配信中
2020年『モラル・オーダー』省略

(マリアとマチュー・アマルリック、『チキンとプラム~』から)

(『モラル・オーダー』から)
★第51回ベネチア映画祭1994の最優秀女優賞ボルピ杯をテレサ・ビリャベルデの「Tres Irmãos」(ポルトガル=フランス=ドイツ合作、ポルトガル語・スペイン語)で受賞している。バレンシア映画祭2020で棕櫚栄誉賞を受賞したばかりです。当映画祭でのインタビューでは、「ファシズムの復活は一種の国際的な錯乱、映画をつくるのは闘いです」と語っている。クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』で監督に同行してカンヌ入りしたときの逸話、監督作品「Aos Nossos Filhos」(19)などは鑑賞後にアップしたい。

(バレンシア映画祭2020にて)
第14回セビーリャ映画祭2017*結果発表 ― 2017年11月15日 15:46
「金のヒラルダ賞」はポルトガルの “A fábrica de nada”

★映画祭最終日の11月11日夜にロペ・デ・ベガ劇場で結果発表がありました。審査員はトーマス・アルスラン、アガート・ボニゼール、フェルナンド・フランコ、パオロ・モレッティ、バレリエ・デルピエレの6人。スペインのメイン映画祭としては締めくくりとなるセビーリャ映画祭の金のヒラルダ賞 Giraldillo de Oro を制したのは、ポルトガルのペドロ・ピニョ Pedro Pinho の “A fábrica de nada”(The Nothing Factory)でした。カンヌ映画祭併催の「監督週間」の FIPRESCI 受賞作品。ドキュメンタリーとフィクションさらにミュージカルを大胆にミックスさせ、現代ポルトガルの複雑な経済状況をレトリックを排した詩的な視点で切り取り、そのオリジナル性が評価された。スペイン語映画ではありませんが、これは公開が待たれる映画の一つです。

★上映時間3時間に及ぶミュージカル・ドラマ “A fábrica de nada” 完成の道のりは困難を極めたと監督、本国ポルトガルでも9月下旬に公開できたのは映画祭の評価のお蔭とも語っていた。ヨーロッパといってもフランスのような映画大国とは異なり、ポルトガルの現状は厳しい。「経済危機は全ヨーロッパで起きている普遍的なテーマだから、海外の観客にも容易に受け入れられてもらえると思う」と、受賞の喜びを言葉少なに語っていた。また「ペドロ・コスタやセーザル・モンテイロのような同胞が道を開いてくれたお蔭」と先輩監督への感謝も述べていた。若いが謙虚な人だ。映画祭上映以外では、目下のところアルゼンチンとフランスが公開を予定している。

◎審査員大賞:ドイツ映画 “Western”(監督ヴァレスカ・グリーゼバッハの第3作)カンヌ映画祭コンペティション外出品、多くの国際映画祭に出品されている。
◎審査員スペシャル・メンション:ルクレシア・マルテルの『サマ』(アルゼンチン、スペイン他合作)、ベネチア映画祭コンペティション外出品、話題作ながら過去の映画祭受賞歴がなく、やっと審査員賞に漕ぎつけました。アカデミー賞外国語映画賞アルゼンチン代表作品。
*『サマ』の紹介記事は、コチラ⇒2017年10月13日&10月20日

◎監督賞:フランスのマチュー・アマルリックの “Barbara”、カンヌ映画祭「ある視点」出品、シネマ・ポエトリー賞受賞作品。「映画はこの上なく強力になっている。(ヨーロッパ)映画の寿命が尽きたというのは間違いだ。私は楽観主義者なんだ」とアマルリック監督。彼は映画の将来性を信じているネアカ監督、独立系の制作会社で苦労したペドロ・ピニュとは対極の立場、互いの置かれた状況が鮮明です。「以前のようにはいかないが」カンヌ映画祭の後、15ヵ国で公開されたとも。新しい技術の導入でコストも下げられることを上げていた。

(ヨーロッパ映画は死んでいないと語る、マチュー・アマルリック、セビーリャ映画祭にて)
◎男優賞:イタリアのジョナス・カルピニャーノの第2作目 “A Ciambra” で14歳の主人公を演じたピオ・アマトが男優賞を受賞しました。カルピニャーノの同名短編 “A Ciambra”(2014、16分)、数々の受賞歴のあるデビュー作『地中海』(2015)にも出演しており、こちらはイタリア映画祭2016で上映された。家族の団結が最優先のシチリア島のチャンブラを舞台に、ロマの少年ピオと家族が遭遇する困難が語られる。キャスト陣も重なっており、いわば短編とデビュー作のスピン・オフ的作品。シチリア系移民の家庭に育ったマーティン・スコセッシがエグゼクティブ・プロデューサーを務めている。個人的に金賞を予想していたのが本作でした。カンヌ映画祭併催の「監督週間」でラベル・ヨーロッパ映画賞受賞、アカデミー賞外国語映画賞イタリア代表作品。

(男優賞受賞のピオ・アマト、映画から)

★その他、女優賞はイタリア映画 “Pure Hearts” の Selene Caramazza セレネ・カラマツァ、脚本賞はフランス映画 “A Violent Life” のティエリー・ド・ペレッティ、撮影賞はデンマーク=アイスランド合作映画 “Winter Brothers” の Maria von Hausswolff など、主要な賞はそれなりにばらけました。
◎アンダルシア・シネマライターズ連合ASECAN作品賞には、カルロス・マルケス=マルセの “Tierra firme”(Anchor and Hope)が受賞した。スペイン公開11月24日。
* “Tierra firme” の簡単な紹介記事は、コチラ⇒2017年11月7日

(左から、ナタリエ・テナ、ウーナ・チャップリン、ダビ・ベルダゲル、映画から)
◎「Las nuevas Olas」いわゆるニューウエーブ部門はセビーリャ大学の関係者6名が審査に当たる。スペイン語映画をピックアップすると、作品賞にはアドリアン・オルのドキュメンタリー “Niñato” が受賞した。
* “Niñato” の紹介記事は、コチラ⇒2017年5月23日

(アドリアン・オルのドキュメンタリー “Niñato” のポスター)
◎オフィシャル・コンペティション・レジスタンス部門の作品賞には、パブロ・ジョルカの “Ternura y la tercera persona” が受賞した。この受賞者にはDELUXEとして次回長編プロジェクトのためのマスターDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)最高6000ユーロが提供される。
◎DELUXE賞には、マヌエル・ムニョス・リバスの “El mar nos mira de lejos” が受賞した。マスターDCPが提供される。

★主なスペイン語映画の受賞作は以上の通りです。1年で360日はどこかで開催されているのが映画祭、現在でもスペインではウエルバ映画祭が開催中、インディペンデントの映画祭がなければ埋もれてしまう作品が多数、受賞して運よく公開されても1週間で打ち切りになるケースもあるとか、映画の平均寿命は年々短くなっているというのが、映画祭関係者の悩みのようです。スクリーンでは観ないという観客が増えていく傾向にあり、鑑賞媒体の変化に対応する工夫が必要な時代になったのは確かです。
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