メキシコ代表作品 「Ya no estoy aqui」*ゴヤ賞2021 ⑨2021年02月07日 17:28

      メキシコのアカデミー賞アリエル賞10部門制覇の「Ya no estoy aquí

 

      

                 (スペイン語版ポスター)

 

★ゴヤ賞イベロアメリカ映画賞にノミネートされたフェルナンド・フリアスの長編デビュー作Ya no estoy aquíは、先月末第93回米アカデミー賞2021国際長編映画賞メキシコ代表作品にも選ばれました。昨年のアリエル賞10部門制覇の勢いが続いているようです。20205月、Netflixでストリーミング配信された影響かもしれませんが、それだけでは選ばれません。メキシコのオスカー賞監督、ギレルモ・デル・トロやアルフォンソ・キュアロンの温かい賛辞が功を奏していることもあるかもしれません。メキシコのモレリア映画祭2019で幸先よく作品賞と観客賞を受賞しています。モレリアFFはメキシコの映画祭の老舗グアダラハラFFより若い監督の力作が集まる映画祭と評価を上げています。本作はコロンビアからの移民が多く住んでいるメキシコ北部ヌエボ・レオン州の州都モンテレイが舞台です。

 

       

     (トロフィーを披露するフェルナンド・フリアス監督、モレリアFF2019にて)

 

★監督紹介:フェルナンド・フリアス・デ・ラ・パラ(メキシコシティ1979)は、監督、脚本家、製作者。父は弁護士、母はパンアメリカン航空に勤務していた。メキシコで情報学と写真撮影を学び、フルブライト奨学金を得て、ニューヨークのコロンビア大学修士課程で脚本と映画演出を専攻した。2008年ドキュメンタリーCalentamiente local52分)を、第6回モレリア映画祭FICMに出品、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞、2012年、長編デビュー作となるRezeta85分)FICMのセレクション・オフィシアル上映、ミラの映画祭2014監督賞受賞、ユタ州で開催されるスラムダンス映画祭2014で審査員大賞受賞、他ノミネーション多数、レゼタはコソボ生れの若いモデルでメキシコにやってくる。主人公の名前がタイトルになっている。本作Ya no estoy aquíが長編第2作目となる。他にTVシリーズのコメディも手掛けている。

  

          

                              (長編デビュー作のポスター)

 

★主人公ウリセス役のフアン・ダニエル・ガルシア・トレビーニョ(モンテレイ2000)は、ミュージシャン、本作で俳優デビューした。モンテレイで開催された音楽フェスティバルでフリアス監督の目にとまりスカウトされた。クンビア・レバハールのダンスは出演決定後に学んだという。本作でカイロ映画祭2019の男優賞、アリエル賞2020新人男優賞を受賞した。次回作はブカレスト出身の監督テオドラ・ミハイの長編デビュー作「La Civil」(ベルギー・ルーマニア・メキシコ合作、スペイン語)に出演しており、どうやら二足の草鞋を履くようです。

 

     

          

    (クンビア・レバハーダを無心に踊るウリセス、映画から)

 

    

  (ダニエル・ガルシア、監督、製作者アルベルト・ムッフェルマン、FICMプレス会見にて)

 

 

Ya no estoy aquí(英題「I'm No Longer Here」、邦題『そして俺は、ここにいない』)

製作:Panorama Global / PPW Films / Margate House Films

監督・脚本:フェルナンド・フリアス(・デ・ラ・パラ)

撮影:ダミアン・ガルシア

編集:Yibran Asuad

美術プロダクション・デザイン:ジノ・フォルテブオノGino FortebuonoTaisa Malouf

衣装デザイン:マレナ・デ・ラ・リバ、ガブリエラ・フェルナンデス

メイクアップ&ヘアー:ラニ・バリー、エレナ・ロペス・カレオン、イツェル・ペナItzel Pena

録音;ハビエル・ウンピエレス、オライタン・アグウOlaitan Agueh

キャスティング:ベルナルド・ベラスコ、エスラ・サイダム

製作者:アルベルト・ムッフェルマンMuffelmann、ゲリー・キム、ヘラルド・ガティカ、フェルナンド・フリアス、他

 

データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語・英語・北京語、2019年、ドラマ、112分、Netflix配信(日本語字幕あり)2020527

映画祭・受賞歴:モレリア映画祭2019正式出品(1021日上映)作品・観客賞受賞、カイロ映画祭2019ゴールド・ピラミッド作品賞、男優賞(ダニエル・ガルシア)受賞、マル・デ・プラタ映画祭、トライベッカ映画祭、スウェーデンのヨーテボリ映画祭2020、他ノミネート多数。アリエル賞2020作品・監督・脚本・撮影・編集・美術・メイクアップ・録音・衣装デザイン・新人男優賞10部門受賞。ゴヤ賞2021イベロアメリカ映画賞とオスカー賞2021ノミネーション、他

 

キャスト:ダニエル・ガルシア(ウリセス・サンピエロ)、コラル・プエンテ(チャパラ)、アンジェリーナ・チェン(リン)、ジョナサン(ヨナタン)・エスピノサ(友人ジェレミー/イェレミー)、レオ・サパタ(イサイ)、レオナルド・ガルサ(ペケシージョ)、ヤイル・アルダイYahir Alday(スダデラ)、ファニー・トバル(ネグラ)、タニア・アルバラド(ウェンデイ)、ジェシカ・シルバ(パトリシア)、アドリアナ・アルベラエス(NYバルのホステス、グラディス)、ソフィア・ミトカリフ(Ice Agent)、ブランドン・スタントン(NYのカメラマン)、チョン・タック・チャンChung Tak Cheung(ミスター・ロー、リンの祖父)、他多数

 

ストーリー2011年、17歳のウリセスはメキシコ北東部ヌエボ・レオン州の州都モンテレイの貧困家庭が暮らすバリオに住んでいる。コロンビアを代表する音楽、スロー・テンポのクンビア・レバハーダのファナティックなグループ「ロス・テルコス」のリーダーである。仲間のチャパラ、ネグラ、ペケシージョ、スダデラたちと一緒に、地元ラジオ局から聞こえてくるクンビアに合わせて踊るのが楽しみである。麻薬密売のカルテルの抗争に巻き込まれ、家族を救うためアメリカへの逃亡を余儀なくされる。居場所を見つけられない若者ウリセスの物語。

クンビアの語源はアフリカ・バントゥー語群(中央から東アフリカで話されている言語)のクンベcumbeからきている。宴とかお祭り騒ぎという意味、クンビア・レバハーダはクンビアをスロー・テンポにしている。ゆったりしているが膝を曲げ中腰の姿勢のまますり足て踊るから体力がいる。

 

 

       機会均等を奪われた若者の物語、コロンビア移民=犯罪者?

 

A: ウリセスが暮らすバリオの住民は、コロンビアからの移民が多い。彼は故郷の舞曲クンビアをスロー・テンポにした<クンビア・レバハーダ>を聴きながら踊るのが日常。地元のラジオ局が朝早くからどうでもいい誰も聞いていないニュースを挟みながらリクエストを受け付けている。ロス・テルコスLos TERKOSは、頑固な人を意味するtercoからきている。

 

B: 生き方を簡単には変えないことから、モンテレイでクンビアを踊ることは一種の抵抗の意味もあるという。時代を麻薬戦争が激化する少し前の2011年に設定している。モンテレイはドラッグ消費国アメリカの国境に近いことからカルテルの抗争が絶えない。本作の構想は2013年と語っているから7年間温めていたということです。

 

A: 昨年東京国際映画祭やラテンビート・オンラインで上映されたフェルナンダ・バラデスの『息子の面影』に登場した母親の一人が「息子はモンテレイの友人に会いに行く」と言ったきり行方不明になったように、モンテレイは危険と隣り合わせだった。

B: 映画は「ロスF」と「ロス・ペロネス」の2大カルテルの対立を背景にしている。テルコスはロス・ペロネスの下部組織ではないが守ってもらっている。ロス・ペロネスPelonesは髪の薄いペロンpelónの複数形、従って剃髪したスキンヘッドがトレードマークです。Netflix 配信が始まると、視聴者からモンテレイは映画のようではないと苦情が寄せられたとか。

   

       

                  (ウリセスとスキンヘッドのロス・ペロネスのメンバー)

 

A: モンテレイは日本の企業も多く進出しているメキシコ第三の大都市ですから気持ちは分かります。監督は「これはモンテレイを代表する映画ではなく、文化の多様性に価値があることを理解できない、人と違っていることを差別する社会に生きている青年の物語だ」と反論している。メキシコではコロンビア移民イコール犯罪者という偏見が存在しているようです。

B: ウエストの下がったぶかぶかのズボン、「頭に鶏がのっかっている」ような髪型だけで差別する「偏見や汚名」について語りたかった。

 

          

        (クンビア・レバハーダを踊るウリセスとテルコスの仲間たち)

 

A: 入り組んだ狭い坂道に折り重なるように家が建っている。スラムというのはリオデジャネイロでもそうだが上に行くほど貧しい。下から家が建っていき上しか行き場がないから、つまり天国に近いところが一番貧しい。ロス・テルコスの仲間は上のほうに住んでいる。夜になるとモンテレイの夜景が一望できる。ウリセスには赤ん坊の弟がいるから父親はいるのだろうが姿は見えない。カルテルのメンバーである兄は刑務所にいる。ここではムショが一番安全なのだ。

   

B: 典型的な父親不在、どうやって生活費を得ているのか語られない。カルテルから見つけしだい家族も殺害すると脅され母親と妹弟を連れて、坂道を転げ落ちるようにして親戚の家に逃げ込む。ウリセスは言葉の分からない北の隣国へ逃亡するしか生きる道がない。

 

A: リックサックにはチャパラ(コラル・プエンテ)から渡されたMP3プレイヤーに故郷の記憶を全て押し込んで出立する。このプレイヤーは500ペソ値切って1500で買ったテルコス全員の財産なのだ。

B: 「私用でこれは売り物ではない。バジェナート、アルゼンチンやペルーのクンビアも収録している」とお店の主がもったい付けていた代物。バジェナートもクンビアとともにコロンビアで人気の民謡。

 

       

       (仲間と愛するクンビアを捨て、母親と最後の別れをするウリセス)

  

 

      祖国喪失のオデュッセイア――モンテレイからNYへ、再びモンテレイへ

 

A: ウリセスという名前はギリシャ神話の英雄オデュッセウスの英語読みユリシーズ、ホメロスの『オデュッセイア』の主人公でもある。つまりモンテレイへ戻ることが暗示されている。密行の方法は終盤に明かされるが、ウリセスはニューヨークはクイーンズ地区、ジャクソンハイツで日雇い仕事をしている。この地区はヒスパニック系やアジア系の移民が多く住んでいる。雇い主のミスター・ローも中国からの移民という設定でした。

B: 好奇心旺盛な16歳の孫娘リン(アンジェリーナ・リン)がウリセスに絡んでくるが、スペイン語を解さないリンと英語がちんぷんかんなウリセスとの言葉の壁もテーマの一つのようです。

 

       

           (シュールな会話で難儀するウリセスとリン)

 

A: テーマは大別すると移民問題とアイデンティティとしての音楽でしょう。移民が新参者の移民を差別する構図が描かれ、ウリセスは元の生活スタイルを頑固に守ろうとするので、仕事仲間に痛めつけられて巷に放り出される。監督によると、よくモンテレイのスラムにカメラを持ち込められたとびっくりされたが、撮影が大変だったのはジャクソンハイツだったと語っている。

B: フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリー『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』15、公開2019)を見て、最初からここに決めていたようです。ヒスパニックやアジア系の他、ユダヤ教徒、167の言語が飛び交う多様なアイデンティティをもつ人々を紹介している。

 

A: 多様性を大切にするジャクソンハイツでも、ウリセスのような根なし草は生きていけない。コロンビアからの移民、クラブでホステスをするグラディス(アドリアナ・アルベラエス)から、このままでは刑務所行きになると諭されるが、その通りになる。

B: ずっと抵抗して切らなかった髪を切るシーンは切なかった。後半の山場の一つでした。リンにもグラディスにも見放されると、行き着く先は路上生活者、警官に逮捕というお決まりのコースで、数ヵ月後に強制送還される。

 

   

       (自分で鋏を入れ、大切にしてきた髪型を変えたウリセス)

  

 

         aqui とはどこ? アメリカ、あるいは故郷モンテレイ?

 

A: 英語題I'm No Longer Hereはオリジナル版と同じですが、邦題は少し違和感がありますね。それはさておき、「ここ」とはどこか。モンテレイかアメリカかです。

B: 本作はフラッシュバックで二つの場所を行ったり来たりする。ウリセスは夢のなかではバリオで踊っている。しかし自分は現実には「もはやここモンテレイにはいない」。

A: または、実際には米国にいるが本当の自分は「もはやここアメリカにはいない」とも解釈できる。アメリカに止むなく逃亡してきたウリセスのような移民にとって、米国は決していたいところではない。そう考えるとaqui とは米国をさすことになる。

 

B: 強制送還されてモンテレイに戻ってきても彼には居場所がない。半年ほどしか経っていないのにバリオは様変わり、バリオはロスFに支配され、テルコスの仲間も彼らに取り込まれている。かつての仲間の一人イサイ(レオ・サパタ)の葬列に出くわす。

     

     

               (イサイの葬儀のシーンから)

    

A: 友人イェレミー(ジョナサン・エスピノサ)に会いに行くと、いまではキリスト教に改宗してラップ形式で伝道者としての日々を送っている。ウリセスは一人ぼっちであることを受け入れ、MP3の電池が無くなるまで一人でクンビア・レバハーダを踊り続ける。

 

        ギレルモ・デル・トロとアルフォンソ・キュアロンの後方支援

 

B: 麻薬戦争時代を背景にしながらドンパチは一度切り、全体はゆっくりと静かに進む。クンビアをスローテンポで踊るのは、そうすると「深い味わいがあるからだ」と劇中でウリセスが言うように、見終わると、深い余韻が残る。

A: フリアスは基本的にカメラの位置を固定している。カメラを動かすときもゆっくり、取り込み方がすぐれている。前作Rezeta」もNetfixで配信されたようだが日本は外されたようです。

 

       

     (ロス・テルコスのサイン、星のマークを実演する監督、モレリアFFにて)

 

B: 前述したように、大先輩監督のギレルモ・デル・トロアルフォンソ・キュアロンが大いに関心を示してくれたとか。米アカデミー賞「国際長編映画賞」メキシコ代表作品にも選ばれた。ロスでのロビー活動のノウハウを伝授してもらえるでしょうか。

A: メキシコ人なら「メキシコの現実が描かれているから是非見て欲しい」と後方支援をしてくれた。しかしモレリアFFで感動してくれた観客に借りができている。自分たちもナーバスになったが、観客にモラル的な恩義を受けたと語っている。何本かシナリオを手掛けている由、今後に期待しましょう。

  

      

               (評価をしてくれたギレルモ・デル・トロ)

  

サルバドール・カルボの 「Adú」*ゴヤ賞2021 ⑥2021年01月24日 13:26

                3本の軸が交差するサルバドール・カルボのスリラー「Adú

    

             

            (少年アドゥを配したポスター)

 

★ゴヤ賞2021のノミネーション発表では、サルバドール・カルボ(マドリード1970)のAdúが最多の13カテゴリーとなりました。Netflix 配信という強みを活かしてアカデミー会員の心を掴むことができるでしょうか。本作はデビュー作1898:スペイン領フィリピン最後の日』16)に続く第2作目になります。Netflixで日本語字幕入りで配信され幸運な滑り出しでしたが、第2作目は残念ながら日本語字幕はありません。第1作より時代背景も舞台も今日的ですが、アフリカ大陸、特に舞台となるカメルーンやモーリタニア、モロッコの位置関係に暗いと、登場人物がそれぞれ移動する都市に振り回される。安全な日本で暮らしていると、やはりアフリカは遠い世界と実感しました。監督キャリア&フィルモグラフィーはデビュー作でアップ済みです。

1898:スペイン領フィリピン最後の日』の作品紹介は、コチラ20170105

   

    

(左から、アナ・カスティーリョ、アダム・ヌルー、監督、ルイス・トサール、118日)

 

★アンダルシア人権協会APDHAの調査によると、2018年、国境を越えてスペインへ到着した違法移民は、陸路海路を含めて64,120人に上る。翌2019年は33,261人と減少したが、子供の数は7,053から8,066人と反対に増加した。不法移民の約30%はモロッコの若者と子供であったという。これが監督の製作の意図の一つとしてあったようです。エンディングに2018年の難民7千万人のテロップが流れる。この数は移民できずに国内に止まっている難民を含めている。スペイン語、ほかに元の宗主国であるフランスやイギリスの言語が飛び交う複雑さが、現代のアフリカを象徴している。第2作目とはいえ、20年前からTVシリーズを手掛けているベテランです。主人公はルイス・トサールではなく、アドゥ少年を演じた当時6歳だったムスタファ・ウマル君と思いました。

      

Adú2020

製作:Ikiru Films / Telecinco Cinema / La Terraza Films / Un Mundo Prohibido / Mediaset España

     協賛 ICAA / Netlix

監督:サルバドール・カルボ

脚本:アレハンドロ・エルナンデス

音楽:ロケ・バニョスCherif Badua

撮影:セルジ・ビラノバ 

美術:セサル・マカロン

編集:ハイメ・コリス

録音:エドゥアルド・エスキデハマイカ・ルイス・ガルシ、他

プロダクション:アナ・パラルイス・フェルナンデス・ラゴ

メイクアップ:エレナ・クエバスマラ・コリャソセルヒオ・ロペス

衣装デザイン:パトリシア・モネ

キャスティング:エバ・レイラ、ヨランダ・セラノ

編集者:アルバロ・アウグスティン、ジスラン・バロウ(Ghislain Barrois)、エドモン・ロシュ、ハビエル・ウガルテ、他多数

 

データ:製作国スペイン、言語スペイン語・フランス語・英語、2020年、ドラマ、119分、撮影地ムルシア、ベナン共和国、モロッコ他、公開スペイン131日、インターネット配信630日(アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、フランス、イギリス、イタリア、他)、スペイン映画2020年の興行成績第2

映画祭・受賞歴:ホセ・マリア・フォルケ賞2021作品賞とCine en Educación y Valores賞、2ノミネーション、フェロス賞2021オリジナル音楽賞(ロケ・バニョス)ノミネーション、ゴヤ賞省略。

 

キャスト:ルイス・トサール(環境活動家ゴンサロ)、アルバロ・セルバンテス(治安警備隊員マテオ)、アンナ・カスティーリョ(ゴンサロの娘サンドラ)、ムスタファ・ウマル(アドゥ6歳)、ミケル・フェルナンデス(マテオの同僚ミゲル)、ヘスス・カロサ(マテオの同僚ハビ)、アダム・ヌルー(マサール)、Zayiddiya Dissou(アドゥの姉アリカ)、アナ・ワヘネル(パロマ)、ノラ・ナバス(カルメン)、イサカ・サワドゴ(ケビラ)、ヨセアン・ベンゴエチェア(治安警備隊指揮官)、エリアン・シャーガス(Leke)、ベレン・ロペス(国連職員)、マルタ・カルボ(マテオの弁護士)、Koffi Gahou(マフィアのネコ)バボー・チャム(カメルーンの青年)、カンデラ・クルス(NGO職員)、ほか多数

*ゴチック体はゴヤ賞にノミネートされたシネアスト。

 

ストーリー:アリカとアドゥの姉弟は自転車で散歩中に象の密猟の現場を偶然に目撃してしまう。現場に置き忘れた自転車がもとで二人は地元ボスから追われることになり、故郷を後にする。飛行機の貨物室に忍びこんでカメルーンからヨーロッパに脱出しようと、滑走路の傍にうずくまっている。ここからそう遠くないジャー自然保護区では環境保護活動家のゴンサロが、密猟者に牙を抜かれた痛ましい象の死骸と向き合っている。間もなくスペインからやって来る娘サンドラとの問題も抱えている。北へ数千マイル先のメリリャでは治安警備隊員マテオのグループが、国境線のフェンスを攀じ登ってくるサハラ以南の群衆を押しとどめる準備をしていた。彼らは交差する運命であることを未だ知らないが、元の自分に戻れないことを知ることになる。国境を越えてヨーロッパに押し寄せるサハラ以南の難民問題を軸に、3本の糸が絡みあう群像劇。 (文責:管理人)

 

          アフリカの現実を照らしだす3本の軸

 

A: 日本では評価がイマイチだったデビュー作1898:スペイン領フィリピン最後の日』よりテーマが今日的なこと、認知度のあるルイス・トサールやアナ・カスティーリョの出演もあって受け入れやすいと思っていましたが、目下Netflix配信はオリジナル作品ながら日本語字幕はありません。

B: スペイン人にとって1898という年は、キューバ独立に続くフィリピン、プエルトリコという最後の植民地を喪失する忘れられない屈辱の年でした。経済的よりスペインの没落を象徴する精神的な打撃のほうが大きかったから、海外の視聴者の受け止め方とは事情が異なっていました。

 

A: 第2作は貧困や民族対立を抱えるサハラ以南からヨーロッパに押し寄せる爆発的な難民や違法移民の流入、地元マフィアが支配する動物密猟などが背景にあります。スペインはアフリカに最も近い国ですから、難民の受入れ窓口になっているという事情があります。

B: 姉アリカとアドゥ少年が暮らしていたのは、カメルーン人民共和国のムブーマMboumaでカメルーン唯一の世界遺産に登録されているジャー自然動物保護区に隣接している。この少年を軸に物語は進行する。

 

A: この保護区で絶滅の危機にある象の保護活動をしているのがルイス・トサール扮するゴンサロです。彼には常に不在な父親を理解できないアンナ・カスティーリョ扮する娘サンドラがいて、間もなくカメルーンに到着することになっている。これが2本目の軸。

 

       

    (平生は疎遠な父娘に隙間風が吹く、ルイス・トサールとアンナ・カスティーリョ)

 

B: 3本目がアフリカ大陸にあるスペインの飛地の一つメリリャで治安警備隊員として国境を守る任務についているマテオ、ミゲル、ハビのグループ、この3本の軸が最後にメリリャとモロッコの国境に集結することになる。

A: 主任らしいマテオを演じるアルバロ・セルバンテスが助演男優賞にノミネートされている。身体を張って危険な任務についているのに、6メートルの金属フェンスを攀じ登ってくる越境者の事故死が原因でグループは訴訟を起こされてしまう。セルバンテスは裁判に勝訴するまでの複雑な心の動きを表現できたことが評価された。米国とメキシコの国境の壁には及びませんが、二重に張り巡らされた金属フェンスの高さがアフリカとヨーロッパの現実を語っています。

  

                

    (マテオ役のアルバロ・セルバンテス)

 

       

              (左から、訴訟を起こされた治安警備隊員マテオ、ハビ、ミゲル)

 

B: トサールもそうですが、彼もカルボ監督のデビュー作に兵士の一人として出演しているほか、フェルナンド・ゴンサレス・モリーナの「バスタン渓谷三部作」の2部と3部に医師役で出演している。他にTVシリーズ出演が多いのでお茶の間の認知度は高い。 

 

          

           アリカとアドゥの出演料は16歳までの教育資金援助

 

A: アドゥが移動する都市名の位置関係が先ず描けない。あっという間に字幕が変わるから1回目は字幕を無視してストーリーを掴み、2度目に気になった個所をおさえることにした。分からなくても楽しめるが、分かったほうがメッセージがより届きやすい。

B: カメルーンの首都はヤウンデYaunde、姉弟はムブーマに住んでいる。しかしカメルーンでは撮影していないから、多分二人の出身国ベナン人民共和国でしょうか。

 

A: 撮影当時6歳だったアドゥ役のムスタファ・ウマルはカメルーン人ではない。監督談によると、キャスティング監督がベナン北部、首都ポルトノボから遠く離れた町の街路で出会った少年だそうで、何か惹きつけられてスカウトした。勿論まだ読み書きはできないし、象など見たこともなかった。

B: 映画出演料は姉アリカ役のZayiddiya Dissouを含めて、16歳までの教育費援助を条件に契約した。これは素晴らしい。

        

           

  (7歳になったムスタファ・ウマル少年と監督)

 

A: 恐ろしい密猟を目撃してしまったことで自転車を置いたまま逃げ帰る。それが災いして地元のボスから脅される。母親を殺された二人は行き場を失い親戚を頼って故郷を出る。アドゥが密猟者の顔を見てしまっている。密猟者は外部からやってくるのではなく地元の人なのだ。二人は父親がいるというヨーロッパを目指すことになる。

B: しかしカメルーンから何千キロ先のヨーロッパに如何にして二人を脱出させるか。脚本家アレハンドロ・エルナンデスは、飛行機での密航というとんでもないことを思いついた(笑)。ちょっとあり得ないストーリー展開でした。

 

           

          (象の密猟を偶然に目撃してしまうアリカとアドゥ)

 

A: エルナンデスはカルボ監督のデビュー作を手掛けたほか、当ブログでは度々登場させています。キューバ出身、2000年にスペインに亡命以来、ベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』(05)以外は故国とは関係ない作品を手掛けています。ゴヤ賞ノミネートは本作が5回目、2014年にはマリアノ・バロッソTodas las mujeresで共同執筆した監督と受賞、もっぱらマヌエル・マルティン・クエンカとタッグを組んでいる他、アメナバル『戦争のさなかで』19)に起用されノミネートされた。

B: 最近は映画よりTVシリーズに専念している。

 

A: 映画に戻ると、公式サイトのストーリー紹介文では、どうして子供二人が飛行機の貨物室に忍び込んでヨーロッパを目指すのか分からなかった。また実際は貨物室ではなく、驚いたことに車輪格納庫だった。神のご加護があっても99パーセント生き延びられない設定です。

B: 生存は上空の極寒と低酸素状態で不可能ではないかと思いますが、皆無ではないそうです。専門家によると生存者の多くは仮死状態だったという。姉アリカは到着時には凍死しており、着陸のため開いた車輪格納庫から転落してしまう。このシーンは前半の見せ場の一つでした。

 

       違法移民を企てるマサールとの出会い――セネガルの首都ダカール

 

A: 到着したのはパリでもマドリードでもなく、なんとセネガルの首都ダカール空港、一気にメリリャに近づいた。保護された警察でアダム・ヌルー扮するマサールと出会い、姉を失ったアドゥは彼と二人三脚でメリリャを目指すことになる。青年は時々軽い咳をしているので、観客は結核かエイズを疑いながら不安に駆られて見ることになる。

B: 途中から予測つきますが、エイズ問題も重いテーマです。未だコロナがアジアの他人事であった当時では一番厄介な病気でした。新人男優賞にノミネートされているが、いつもながら新人枠は予測不可能ですね。

  

              

           (いつも腹ペコのアドゥとマサール、映画から)

       

A: ダカールから陸路を北上、泥棒をしながらモーリタニアの首都ヌアクショットに、さらにトラックを乗り継いで、遂にモロッコの北岸モンテ・グルグーの難民キャンプに到着する。メリリャの灯りが見える小高い岬、マサールはここで医師の診察を受ける。

B: 国境なき医師団のマークとは違うようでしたが、欧米ではこういうボランティア活動が当たり前に行われている。マサールの病状は進行していて検査入院を勧められるが時間の余裕がない。目指すメリリャは目の前なのだ。

    

      

        (メリリャの灯りを見つめながら絶望の涙にくれるサマール)

       

A: この難民キャンプには金網フェンス越えに失敗した死者、怪我人が運び込まれてくる。子供連れのフェンス越えを断念したマサールは、古タイヤを体に巻きつけて海を泳いで渡る決心をする。脚本家エルナンデスは、再びとんでもないことを思いつきました。

B: その昔、キューバ人のなかには筏でマイアミに渡った人々がいたのを思い出しました。二人は離れ離れになりながらも対岸に辿りつく。治安警備隊員マテオのグループが乗った巡視艇が二人を発見して救助する。ここで初めてアドゥとマテオが交錯する。アドゥを抱きかかえたマテオは、もう以前のマテオではない。

 

      「パパはわたしの友達ではなく、父親」とサンドラ、和解のときが訪れる

 

A: サンドラは長いことスペインに帰国しない父親にわだかまりをもっている。ゴンサロは「私たちは今までも友達同士として上手くやってきたではないか」と言う。しかし娘が求めているのは友達ではなく父親の存在、「パパはわたしの友達ではなく、父親よ」とサンドラ

B: もう大人だと思っていた娘が親の愛に飢えていたとは気づかなかった。しかし娘には別の仕方で愛を注いでいたのだ。それを最後に娘は気づいて大粒の涙を流すことになる。愛とは難しい。

 

         

         (父娘を演じたカステーリョとトサール、公開イベントにて)

 

A: ゴンサロは愛情こまやかタイプではなく、絶滅の危機にある象の保護で頭がいっぱい。いま手を打たないと明日では手遅れになる。「カメルーンに来て2ヵ月しか経たないが、4頭の象が殺害された」と嘆く。

B: しかし地元の人々はそうは考えていない。欧米の価値観をストレートに持ち込んでも理解されない。お金になる密猟はやめられないし、象の保護など白人のお節介。かつての支配者への不信は何代にもわたって続く。

A: 互いの乖離は埋めがたい。活動家は常に身の危険と背中合わせですね。次の派遣地がアフリカ南部、インド洋に面したモザンビークというのも驚きです。

 

B: メリリャの検問所までサンドラを送ってきたゴンサロは、少年センターに送られる途中のアドゥとすれ違う。登場人物全てがここメリリャに集合したことになる。

A: サンドラが押している自転車は姉弟が密猟現場に残してきた自転車、常に2本の軸は知らずに繋がっていたのでした。ゴンサロは以前カメルーンでヒッチハイクをする姉弟とすれ違っていた。本作では父娘の和解以外、何も解決していない。しかし観客は何かを学んだはずです。ニュースと映画の違いかもしれません。

 

B: アナ・ワヘネルノラ・ナバスは特別出演、出番こそ少ないが二人の演技派女優が映画に重みをもたせている。両人とも監督たちの信頼は厚い。受賞に関係ないと思いますが、ナバスは映画アカデミーの副会長です。

 

A: 監督によると、1月公開作品はゴヤ賞では不利にはたらく。というのも1年前の映画など皆忘れてしまうからです。しかし昨年は3月からは映画館も閉鎖、公開できただけでも幸運だったと言う。収束の目途が立たない現状で一番恐れているのは、映画館が消滅してしまうことだという。それは映画製作者というより観客としてだそうです。

B: TVと映画は本質的に異なるというのが持論、TV界出身なのだから映画館が減っても困らないだろうというのは間違いだと。コロナは経済や医療を直撃していますが、文化も破壊している。2020年に撮影が始まった作品は少ないから、今年はともかく来年のゴヤ賞はどうなるのか。   


オリヴィエ・アサイヤスの『WASPネットワーク』*Netflix 配信始まる2020年06月29日 05:45

       東西冷戦後のキューバ現代史の1ページ、群像劇でも主役はいます

 

       

              (スペイン語版ポスター)

 

619日から、オリヴィエ・アサイヤスWASPネットワーク』19)のNetflix 配信が始まりました。爆発的な新型コロナウイルス感染がなければ公開するはずだったかもしれない。ベネチア映画祭2019コンペティション部門でワールド・プレミアされましたが、評価が得られず賞には絡めませんでした。続いてトロント、サンセバスチャン、チューリッヒ、ニューヨーク、ロンドン他、各映画祭で上映こそされましたが似たり寄ったりの結果でした。東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門でも上映されましたが、登場人物が出たり入ったりの群像劇、ガエル・ガルシア・ベルナル目当ての観客にはなかなか本人が登場せず、やっと現れるや額がかなり広くなっていてショック、旧ソ連邦崩壊後のキューバの実情に疎いと少々分かりづらく、更に的外れのストーリー紹介も手伝って、スパイ・スリラー『カルロス』10)や『パーソナル・ショッパー』16)のアサイヤス・ファンもがっかりだったかもしれません。

 

      

   (監督、ペネロペ・クルス、エドガー・ラミレスなどが一堂に会したベネチア映画祭)

 

オリヴィエ・アサイヤス(パリ1955)、監督、脚本家。アサイヤスは生まれたときから映画に関わっている。というのも父親のレイモンド・アサイヤスはイスタンブール生れのユダヤ系フランス人の脚本家、ペンネームのジャック・レミーのほうで知られ、第2次世界大戦中は南米のチリやアルゼンチンで映画に関わり戦後フランスに戻ってきたという経歴のシネアスト。オリヴィエ自身はパリ生まれですが、アジアやラテンアメリカにシンパシーがあるのは父親の影響かもしれません。スタートは父と一緒に脚本を執筆、監督デビューは1986年と30歳を過ぎていた。長編6作目となる『イルマ・ヴェップ』(「Irma Vep96)に香港女優マギー・チャンを起用して国際的な評価を得た。1998年に結婚したが長続きせず2001年離婚、その後も『クリーン』04)のヒロインに起用するなど公私は区別するタイプ、本作はカンヌ映画祭に出品、彼女に女優賞をもたらした。

 

             

                 (オリヴィエ・アサイヤス)

 

★その後『夏時間の庭』08)、ベネズエラ生れの伝説上のテロリスト、イリイチ・ラミレス・サンチェス、別名ジャッカルを主人公にした、TVミニシリーズ『コードネーム:カルロス』10)を短縮した『カルロス』を撮った。この実在した国際テロリストを演じたのが『WASPネットワーク』出演のエドガー・ラミレスでした。彼は翌年セザール賞の新人男優賞を受賞した。4回目のパルムドールを狙った『アクトレス 女たちの舞台』14)は好評を博し、ジュリエット・ビノシュが演じる女優のマネージャー役に扮したクリステン・スチュワートが絶賛された。そして5回目のカンヌとなるサイコ・スリラー『パーソナル・ショッパー』(16)でアサイヤスは初の監督賞を受賞した。2018年の『冬時間のパリ』は、お気に入りのジュリエット・ビノシュが主演した大人のラブコメでした。コメディからスリラー・アクションまで守備範囲は広い。

    

          

         (エドガー・ラミレス、映画『カルロス』から)

 

 

 WASPネットワーク』(オリジナル「Wasp Network」、スペイン版「La Red Avispa」)2019

製作:Orange Studio / RT Features / CG Cinéma / Nostromo Pictures

監督・脚本:オリヴィエ・アサイヤス

原作:フェルナンド・モライス Os Ultimos Soldados da Guerra Fria2011年刊)

   英語版タイトルThe Last Soldiers of the Cold War「冷戦の最後の戦士たち」

音楽:エドゥアルド・クルス

撮影:ヨリック・ル・ソー、ドゥニ・ルノワール

編集:シモン・ジャケ

製作者:シャルル・ジルベール、ホドリゴ・テイシェイラ、(以下エグゼクティブ)シルヴィー・バルテ、ミゲル・アンヘル・ファウラ、フェルナンド・フライア、アドリアン・ゲーラ、ソフィー・マス、リア・ロドリゲス、アラン・テルピンス、セリナ・トレアルバ

 

データ:製作国スペイン=ブラジル=フランス=ベルギー、スペイン語・英語、ロシア語、実話に基づくスリラー・アクション、123分、撮影地ハバナ、グランカナリア島、他、撮影期間2019218日~54日、配給メメント・フィルムズ、公開フランス2020129日、他ハンガリー、リトアニア、エストニア、ロシア、ギリシャ、コロナ感染拡大で以下は2020619日 からのNetflix 配信となる。

映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2019正式出品、トロント、ドーヴィル(仏)グランプリ受賞、サンセバスチャン、チューリッヒ、ニューヨーク、釜山、ロンドン、サンパウロ、東京、リオ、各映画祭で上映された。

 

主なキャスト紹介

ペネロペ・クルス:オルガ・サラヌエバ・ゴンサレス、レネ・ゴンサレスの妻、後に娘を連れてマイアミで夫と合流する。夫逮捕後にオルガも3ヵ月間収監される

エドガー・ラミレス:レネ・ゴンサレス(シカゴ1956)パイロット、WASPのメンバー、キューバン・ファイブの1人、1990128日潜入、1998912日逮捕、2011107日仮釈放、米国市民権放棄を条件に2013422日に帰国、刑期12

ガエル・ガルシア・ベルナル:ヘラルド・エルナンデス(ハバナ1965、別名マヌエル・ビラモンテス)WASPのリーダー、キューバン・ファイブの1人、プエルトリコ人として偽パスポートで199112月潜入、1998912日逮捕、囚人交換で20141217日釈放

ワグネル・モウラ:フアン・パブロ・ロケ、パイロット、WASPのメンバー、19922月潜入、身分を偽ってアナ・マルガリータと結婚、その後秘かに帰国、1998年の逮捕を免れた4名のなかの一人。

アナ・デ・アルマス:アナ・マルガリータ・サンチェス、ロケがスパイと知らずに結婚

レオナルド・スバラグリア:ホセ・バスルト、<救助に向かう同胞> のリーダー

ノーラン・ゲーラ:ラウル・クルス・レオン、エルサルバドール人。1997年反カストロ派にリクルートされたテロリスト、ハバナの複数のホテルに仕掛けた爆薬C-4でイタリア人が犠牲になる。同日キューバ警察により逮捕され、禁固30年の刑で収監中

トニー・プラナ:ルイス・ポサーダ・カリレス、元CIAエージェント、亡命キューバ人の活動家、別名ラモン・メディナ、2018年に死去、享年90

フリアン・フリン:PUNDのパイロット、通称エル・ティグレ・ビラモンテ

オマール・アリ:CANF財団会長ホルヘ・マス・カノサ、反カストロ活動の黒幕、1997年没

カロリナ・ペラサ・マタモロス:イルマ(6歳)、オスデミ・パストラナ(10歳前後)

フリオ・ガベイ:マイアミに亡命しているロケの従兄弟、FBIに情報を提供している

アネル・ペルドモ:ヘラルド・エルナンデスの妻アドリアナ

アドリア・キャリー・ぺレス:レナード連邦裁判官

アマンダ・モラド:マイアミに移住したイルマとイベットの祖母テテ

他、WASPのメンバーのうち <キューバン・ファイブ> のメンバーなど多数

 

ストーリー1990年ハバナ、パイロットのレネ・ゴンサレスは妻のオルガ、娘のイルマをハバナに残したままアメリカに亡命、新しい人生を始める。旧ソ連邦崩壊後の90年代のキューバは、観光業による経済再建を計画していたが、フロリダに亡命したキューバ人の反カストロ勢力のテロ行為に苦悩していた。そこでキューバ政府は男性12名、女性2名からなる通称WASPネットワークを結成、フロリダに潜入させることにした。このグループを統率するのがヘラルド・エルナンデス、別名マヌエル・ビラモンテスだった。ゴンサレスが盗んだソ連製の複葉機アントノフ2で秘密裏にマイアミに飛んだのは、彼らと合流して反カストロのテロ行為を未然に封じることだった。しかし何も知らされていなかったオルガと娘は、裏切り者、売国奴の汚名を着せられていた。(文責:管理人)

 

本作を楽しむための豆知識

WASPネットワーク:マイアミを中心に反カストロ宣伝活動をする組織 <CANFFNCA> 及び <救助に向かう同胞> に送り込まれたヘラルド・エルナンデスを長とする14名のキューバのスパイ・グループ。英語WASP、西語Avispaはススメバチの意、映画では「狩蜂」とあった。

CANFFNCA:キューバ系アメリカ人財団または全米キューバ米国人財団。Cuban American National Foundation / La Fundación Nacional Cubano Americana の頭文字。1981年フロリダ州マイアミにおいて、カストロ社会主義政権の打倒を目指すホルヘ・マス・カノサらが設立した。亡命キューバ人の反カストロの組織としては最大の規模を有しているが、1997年カノサ没後は強硬路線を修正している。

救助に向かう同胞:または <救援の兄弟たち> Brothers to the Rescueブラザーズ・トゥ・ザ・レスキュー、スペイン語Hermanos al Rescate 19915月、ホセ・バスルトをリーダーにマイアミで設立された。キューバから筏などで脱出する亡命者を救助するのが目的だが、他にハバナ上空での反カストロ打倒のビラ撒き、麻薬や武器の密輸を仲介している。

キューバン・ファイブ/マイアミ・ファイブ19989月に逮捕されたWASPのメンバー10人のうち、無実を主張して司法取引に応じなかった5人を称賛して付けられた。ヘラルド・エルナンデス、レネ・ゴンサレスの他、本作には少ししか登場しなかった、エコノミストでキーウェストに移ってサルサの教師をしていたラモン・ラバニーノ、土木技師でカラテ教師アントニオ・ゲレーロ、フェルナンド・ゴンサレスの5人。彼らは全員キューバのDGI(諜報機関)に所属していた。本作の主人公レネ・ゴンサレスの2011107日仮釈放、フェルナンド・ゴンサレスの2014227日釈放、残るヘラルド・エルナンデスら3人も20141217日に囚人交換で釈放、全員キューバに英雄として帰国している。

 

     

            (自由の身になったキューバン・ファイブ)

 

       

     (左から、ラモン・ラバーニ、アントニオ・ゲレーロ、レネ・ゴンサレス、

  フェルナンド・ゴンサレス、ヘラルド・エルナンデスのキューバン・ファイブ、映画から)

 

 

                 親カストロでも反カストロでもないと言うけれど・・・

 

A: 『カルロス』の監督アサイヤスにブラジルの作家フェルナンド・モライス2011年に上梓した Os Ultimos Soldados da Guerra Fria の映画化を提案したのは、ブラジル・サイドの製作者ホドリゴ・テイシェイラだそうです。監督が政治的に特定のイデオロギーの支持者でないことが理由として挙げられるかと思います。

B: 監督の意図はどうあれ、WASPネットワークの主要メンバーの一人、レネ・ゴンサレスの妻オルガの視点で多くが語られるから、マイアミ在住の反カストロ派の亡命キューバ人は憤慨した。

 

A: どちらかに加担するプロパガンダ映画ではないにしても、まだ進行中の現代史を題材にするときには、それなりの覚悟が必要です。実際に起ったエピソードだけを公平につなげただけでは、観客を満足させることはできません。それが評価されなかった一つの理由かもしれない。

B: 本作には大雑把に3つのグループが登場する。WASPメンバー、FBIに代表されるアメリカ政府、反カストロ派の亡命キューバ人に分けられます。

 

A: CANFという組織は、レーガン時代にアメリカ政府の肝煎りで設立されているので、現在でも共和党寄りです。設立者のホルヘ・マス・カノサは亡くなりましたが、彼はブラザーズ・トゥ・ザ・レスキューにも資金を出しており、祖国キューバに民主主義をもたらすことに執念を燃やしていた人物です。

B: 強行な手段は非難されて然るべきですが、マイアミ・サイドから見れば英雄です。

 

A: フアン・パブロ・ロケは、社会主義の国から脱走するために泳いでグアンタナモ海軍基地に到着、政治亡命を求めます。マイアミに着くとアナ・マルガリータと打算的な結婚をしますが、アメリカ政府のWASP包囲網を察知すると秘かに帰国、テレビで政府とは無関係、麻薬密売やテロ活動に関与したくなかったので戻った、マイアミのキューバ人移民の不寛容さを批判、また心残りは運んでこられなかった「愛車のチェロキー」などと語り、インタビュアーを煙に巻く。

B: 持ち帰れたロレックスは、後日談としてお金に困ってネットで売りさばいた(笑)。ロケがスパイだったことを初めて知り煮えくり返るアナ・マルガリータは、後日談としてキューバ政府に損害賠償2700万ドルを請求するが、20万ドルしか手にしていない。

 

     

(挙式した教会のファサードに整列した花嫁と花婿、レネ・ゴンサレスやホセ・バスルトも出席)

 

       オルガ・サラヌエバの視点で進行するファミリー物語

 

A: マイアミの司令塔だったガエル・ガルシア・ベルナル演じるヘラルド・エルナンデスは、2度の終身刑を受けたが、オバマ時代の両国の関係正常化政策の一環として行われた囚人交換で20141217日に帰国した。スクリーンの出番も少なく、ガエルのファンは物足りなかったのではないか。

B: ペネロペ・クルス演じるオルガ・サラヌエバが主役ですが、かなり複雑な人物です。どうして裏切り者の夫とマイアミで合流しようとしたのか。映画によれば、夫に置き去りにされても、娘には父親が必要とアメリカ亡命を決心するのは少し不自然だった。ヘラルドから真相を明かされるのは、亡命直前のことでした。

  

A: 子連れでスパイの夫と合流するのはかなり危険だったはずです。しかしハバナで裏切り者の妻として後ろ指さされながら生きていくのも大変だったのではないか。劇中ではグサーノgusano という単語が使われていましたが、虫けらのように価値のない人を指す侮蔑語です。旧ソ連邦崩壊後、援助を絶たれた90年代のキューバはナイナイ尽くしで石器時代に逆戻りしたと揶揄されたほどです。 

 

B: オルガは夫レネが逮捕された後に、娘イルマから「英雄の父親より普通の父親のほうがよかった」と批判されるが、ハバナでもマイアミでも居場所のないイルマも犠牲者です。

A: 夫が逮捕されたとき、まだ赤ちゃんだった次女イベットが名女優でした(笑)。クルスの扱いも自然で本当の娘のようだった。アサイヤスはクルスが直ぐに子役たちと繋がり、それが撮影をスムーズにしたとクルスを絶賛しています。この映画はオルガとレネ夫婦、その2人の娘たちの家族物語なのです。ハバナ映画祭で鑑賞したレネ・ゴンサレスによると、実際のオルギータとは少し違うと語っていた。

  

    

                    (オルガとオスデミ・パストラナ扮する長女イルマ)

 

        

      (マイアミで生まれた次女イベットを連れて夫の面会に訪れたオルガ)

 

B: よく子供と動物には勝てないと言われますが本当です。レネ・ゴンサレスは、映画からの印象ではスパイとしては、盗聴器が仕掛けられているのにも気づかず、オルガとの私語を含めて、情報が FBI に筒抜けだった。本当にスパイとしての訓練を受けていたのかと呆れました。妻子を残して大切な小型飛行機を乗っ取っての派手な亡命劇を演じれば目を付けられるのは分かりきったこと、彼が諜報機関 DGI にいたことは直ぐバレるわけです。

     

A: シカゴ生まれで米国の市民権を持っていたこと、アントノフ 2 を操縦して潜入できることがあったからではないか。刑期も12年と一番軽く、2011107日に仮釈放されている。仮釈放中に父親が亡くなり、葬式参列のため一時帰国を許され、そのまま米国市民権放棄を条件に釈放されている。WASPのメンバー10人を一網打尽にする計画のアメリカ政府は、1998912日までわざと泳がしていた。14名のうち危険を察した4人は帰島して逮捕を免れている。

 

B: 最初カストロ議長はスパイ行為をさせていたことを否定していましたが、劇中に挿入されたように3年後のインタビューでは関与を認めている。フィデルの「スパイ行為はお互い様、そちらのほうが悪質」という主張はその通りです。

A: 冷戦中にラテンアメリカ諸国の赤化を食い止めるべく、CIAからラ米諸国に送り込まれた諜報員の破壊活動は、キューバに限らず南米全域に及んでいました。これは後の歴史が証明していることです。

B: WASPの目的は、アメリカ政府に打撃を与えるためではなく、CANF<救助に向かう同胞> などがキューバで行っていた破壊工作を未然に防ぐためだった。

   

         最初の構想ではハビエル・バルデムが出演するはずだった!

 

A: 家族の別れで幕を開ける本作のキャスト選考は、ジグザグ続きだったという。アサイヤス監督によると、最初はハビエル・バルデムを起用したくてマドリードに会いに出かけた。しかし彼のスケジュールがいっぱいでやりくりがつかない。連れ立ってディナーに現れたペネロペ・クルスと話しているうちに「主役のオルガをやれるのは彼女しかいない」と。そこでオルガとレネの夫婦、彼らの子供たちを中心に構成することにしたようです。

B: しかし、彼女は2人の子供の養育を人任せにできないタイプですよね。

A: ハバナでの撮影が予定されていたので、それがネックだった。それにバルデムは、シュナーベル監督の『夜になるまえに』というレイナルド・アレナスの伝記映画でキューバ訛りができるが、クルスは初めてだから、そこから出発しなければならなかった。

 

B: ウイキペディアによると、20185月にゴンサレス役にベネズエラのエドガー・ラミレス、ホセ・バスルト役にペドロ・パスカルがアナウンスされた。

A: しかしペドロ・パスカルが降りて、アルゼンチンのレオナルド・スバラグリアに変更、同年9月にペネロペ・クルス、メキシコのガエル・ガルシア・ベルナル、ブラジルのワグネル・モウラ(ヴァグネル)起用が発表され、翌年218日にクランクイン、54日に撮り終えた。

 

B: 夫婦役のラミレスとクルスは、既にファッションデザイナーのジャンニ・ヴェルサーチ暗殺のTVシリーズ『アメリカン・クライム・ストーリー ヴェルサーチ暗殺』(18)でヴェルサーチ兄妹役で共演している。

A: アナ・マルガリータ・サンチェス役のアナ・デ・アルマスはキューバ出身、マヌエル・グティエレス・アラゴンの『カリブの白い薔薇』(06)で映画デビューした。ICAICがアナはまだ演技の勉強中で出演はダメと反対したのを無視して出た。それで関係が悪くなり島を脱出した。その後ボンド・ガールに選ばれるなど出世街道を驀進中だが努力の人でもありますね。キューバ人の他、ベネズエラ人、アルゼンチン人、スペイン人、メキシコ人、ブラジル人がキューバ人を演じるわけです。そして監督はフランス人ですから実に国際色豊かです。

 

          

      (アナ・マルガリータ・サンチェス役のアナ・デ・アルマス、映画から)

 

B: <救助に向かう同胞> のリーダー、ホセ・バスルト役のレオナルド・スバラグリアとWASPのリーダー、ヘラルド・エルナンデス役のガエル・ガルシア・ベルナルは、当ブログでは既にキャリア紹介をしています。

 

          

        (ガエル・ガルシア・ベルナルとペネロペ・クルス、映画から)

 

A: 初登場のフアン・パブロ・ロケ役のワグネル・モウラは、ブラジル映画のジョゼ・パジーリャのアクション・クライム『エリート・スクワッド』(ベルリンFF2008金熊賞)、続編『エリート・スクワッド ブラジル特殊部隊』(10)で主役ナシメントを演じてブレークした。

 

B: 『ナルコス』(15)のパブロ・エスコバル役、『セルジオ:世界を救うために戦った男』(20)はNetflix で配信されている。若いファンが多いのではないでしょうか。若者に最も人気があるのが、彼とアナ・デ・アルマスかもしれない。

A: ファン・サービスのためフィットネスまがいの愛のないセックスシーンを入れた。

      

B: 最後になるが、レネ・ゴンサレス役のエドガー・ラミレスは、1977年ベネズエラのサン・クリストバル生れ、父親が駐在武官だったせいで各国で暮らす。スペイン語の他、英伊独仏語ができる。大学では社会情報学を専攻したが役者の道を選んだ。

 

         

           PUNDのパイロット役のフリアン・フリンとラミレス、映画から)

 

A: ハリウッド映画出演が多いが、上記の『カルロス』の他、ベネズエラ映画ではアルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』(13、スペイン合作)があり、シモン・ボリバルの伝記映画とはいえ、虚実織り交ぜた、観客が望んだ英雄像を描いている。トロント映画祭2013、ラテンビート2014上映のさいラミレス&作品紹介をしています。

B: 最新作は Netflix オリジナル作品、悪評さくさくの『ラストデイズ・オブ・アメリカン・クライム』(20)です。オファーは脚本を吟味しないといけない。

 

ペネロペ・クルスの主な紹介記事は、コチラ20190520

ガエル・ガルシア・ベルナルの主な紹介記事は、コチラ2016091620190513

レオナルド・スバラグリアの主な紹介記事は、コチラ20200111

ラミレス&『解放者ボリバル』紹介記事は、コチラ2013091620141027

 

 

        「コロナ時代の映画製作は一変する」とアサイヤス監督

 

A: Netflix配信が始まった後のエル・パイス記者の電話インタビューで、コロナ後は「コロナ以前のような映画作りできない。撮影方法もテーマさえ違うものになる」と語っています。観客が映画館に行くことを躊躇しているからだという。

B: 映画は映画館で観る世代は減少しつづけており、それをコロナが一気に加速させてしまった。

 

A: パンデミアになってから、アサイヤスは10歳になる娘と田舎暮らしをしている。学校がない日は自分が勉強を見てやる。それに買い物、料理、掃除などをしている。パリが日常を取り戻しつつあるのでいずれ戻りたい。今は今後の映画作りのガイドになるような、ごく少数の人で作った、登場人物も2人か3人の作品、ベルイマン、ロメール、ルノワールの映画などを観ているようです。

B: 『WASPネットワーク』の対極にある作品です。

 

A: 本作のキューバでの撮影は大変だった由、先ず当時のハバナを再現するロケ地探しにも監視がついて回り、プレッシャーに苦しんだ。ここではもう撮影できないと思った日もあった。当局が圧力をかけたわけではありませんが、ストレスのかたまりだったそうです。

B: キューバ当局の実情を知らなすぎだったのではないか。スペインの監督なら先刻ご承知のことです。いくらドルを落としてくれても、反カストロ映画を作られたらお目玉食らいます。

A: コロナの収束があるのかないのか誰にも分かりませんが活路を見出さねばなりません。今後は撮影システムやテーマの変更も視野に入れると語っているので、次回作を待ちましょう。

 

パストール兄弟の第3作目『その住人たちは』*マラガ映画祭2020 ⑥2020年03月31日 16:27

           ダビ&アレックス・パストール兄弟の新作Hogar」は心理サスペンス

 

   

 

ダビ&アレックス・パストール兄弟の新作Hogarはサスペンス、第23回マラガ映画祭202013日~22日)コンペティション部門に選ばれている。今回は映画祭が開催されていないのでスクリーンでは観られなかったが、既に326日からNetflix 配信が始まっている。スペインでは珍しくない見栄っ張りな計算高い男の納得いかない成功物語。愚かな登場人物が出たり入ったりして、後半にかけて心がザラザラしてくるが、主人公ハビエル・ムニョスの鬼気迫る眼光に目が離せなくなる。これほどユーモア無しでは観客は救われないが、1980年代から90年代にかけて急速に民主化が行われたスペイン社会の、いささか図式的とはいえ、強い男を強制される社会の病んだ一面を切りとっている。競争社会の敗北者なら主人公の中に「本当はオレもこうしたかった」と夢想する自分を発見するのではないか。批評家と観客の評価が真っ二つに分かれる作品の好例。

 

     

   (左から、アレックス・パストール、ハビエル・グティエレス、ダビ・パストール)

 

 Hogar(「Occupant」)2020

製作:Nostromo Pictures

監督:ダビ・パストール、アレックス・パストール

脚本:アレックス・パストール、ダビ・パストール

撮影:パウ・カステジョン

音楽:ルカス・ビダル

編集:マルティ・ロカ(AMMAC

キャスティング:アンナ・ゴンサレス

衣装デザイン:イランツゥ・カンポス

メイク:ルシア・ソラナ(特殊メイク)

プロダクション・マネージメント:ダビ・クスピネラ

製作者:ヌリア・バルス、マルタ・サンチェス、アドリアン・ゲーラ、(ライン)マグダ・ガルガリョ

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2019年、スリラー・ドラマ、103分、撮影地バルセロナ、配給ネットフリックス(326日配信開始)

映画祭・受賞歴:第23回マラガ映画祭2020セクション・オフィシアル正式出品

 

キャスト:ハビエル・グティエレス(ハビエル・ムニョス)、マリオ・カサス(トマス・ブラスコ)、ルス・ディアス(ハビエルの妻マルガ)、ブルナ・クシ(トマスの妻ララ)、イリス・バリェス・トレス(トマスの娘モニカ)、クリスティアン・ムニョス(ハビエルの息子ダニ)、ダビ・ラミネス(庭師ダミアン)、ダビ・ベルダゲル(広告会社役員ラウル)、ヴィッキー・ルエンゴ(ナタリア)、ダビ・セルバス(広告会社役員ダリオ)、ラウル・フェレ(ダリオの部下ルカス)、ヤネス・カブレラ(家政婦アラセリ)、サンティ・バヨン(受付係)、エルネスト・コリャド(教師)、エリ・イランソ(断酒会指導者アンパロ)、その他断酒会メンバー多数

 

ストーリー:かつては有名な広告会社の役員だったハビエル・ムニョスの物語。1年前から失業しており、家族は豪華なマンション生活を断念しなければならなくなった。もう若くはないハビエルにとって再就職は難しく、もはや自尊心は打ち砕かれていた。ある日のこと、かつてのマンションの鍵を持っていることに気づくと、ある怖ろしい計画を思いつく。失った栄光を取り戻すために新しい住人をスパイし始めるが、次第に新入居者の人生に深く侵入していく。しかしそれは破滅への道でもあったのだが・・・

   

(策略を練る病んだ主人公ハビエル)

   

           

 

            自分は変えられないが、社会は変化していく

 

A: 正義感の強い人には耐えられない映画でしょうか。ハビエルのようなクソ野郎は小型なら世間にごまんといるでしょう。しかし想像するだけで実際にはやらないだけの話です。

B: しかし、脚本が少しザツすぎませんか。格差社会は万国共通ですが、シリアス・ドラマとして人物造形が単純、例えば広告会社面接官の慇懃無礼な態度、応募者を下にみる横柄さ、小市民を隠れ蓑にしている小児性愛者、アルコール依存症患者、断酒会の指導者、夫を信頼できない妻、言葉の暴力、自分を同定できる登場人物が一人も出てこない。

 

A: そうではなく、自分に同定したくない人物ばかりなのです。自分はあれほどワルじゃないしバカじゃないと。ハビエルは社会は変化しているのに自身を変えられないの典型です。過去の栄光を手放せない虚栄心の強い、自分が前世紀に制作したBMWや大手電機会社のコマーシャルに固執している。

B: 現在の自分は、かつて制作したCMあなたにふさわしい暮し」をしていない。「自分にふさわしくない妻や息子」のいる<仮の我が家>が我慢ならない。

 

A: <真の我が家>占拠している新しい住人は、元来ならここにいるべき人間ではなく排除しても許されると。しかし正義を行う相手が間違っていた。「目には目を歯には歯を」から逸脱していることが観客をいらいらさせる。それにしてもユーモアが少し欲しかったですね。

B: 屋外に出られなくなるパンデミックで社会が崩壊した世界を描いた『ラスト・デイズ』でさえありましたからね。

 

A: 他人の人生を乗っ取ろうとする話と言えば、最近話題になっているポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』ですが、こちらはブラック・コメディ。「観客に大いに笑ってもらおうとして撮った」と監督。前半は笑えますが、後半は恐ろしくて静まり返ります。

B: パラサイトしている家族は、果たして上階に暮らす金持ちか、半地下に暮らす失業者か、そのどちらかが問われている。

 

           アイディアの誕生は旧居の鍵だった!

 

A: 世界の映画祭で高評価を得た短編映画La ruta natural05)の後、2009年に世界終末を描いた『フェーズ6(原題「Carries」)で長編デビューした。しかしこれは監督と脚本を担ったアメリカ映画、2006年に完成していたがリリースされたのは2009年という経緯がある。第2作が2013年に撮ったパニック・スリラーSFLos últimos díasで、スペイン語映画の長編デビュー作でした。本邦では『ラスト・デイズ』の邦題で公開され、『フェーズ6』同様アマゾン・プライムで配信されている。

 

     

               (日本語版ポスター、2013年公開)

 

B: 電気が通じてないのにエスカレーターが動いていたり、マドリード動物園の熊が出てきたり、無理に付け足したような唐突なエンディングなど脚本にアラが目立ったが、『フェーズ6』やホセ・コロナドキム・グティエレスマルタ・エトゥラレティシア・ドレラなど、日本でも少しは知られた俳優を起用できたお蔭で公開された。

A: ガウディ賞受賞作品ということもあったかもしれない。2作とも現在世界を恐怖に陥れている新型コロナウイルス感染症 COVID-19を予見したような内容なので、今見ると当時とは感想が変わるかもしれない。パンデミック物は終りにしたのか、第3作目は人間の心に巣食う闇をテーマに選んだ。しかしプロット運びに観客を納得させない部分が目立ち、相変わらず足を引っ張っている。

 

B: 本作のアイディアの誕生は、ほったらかしにしていた以前住んでいた古い家の鍵を保存していたことだそうです。

A: この鍵で我々が以前住んでいた家に入れると気づいたことでした。それが「元は自分が住んでいたが今は他人が住んでいる家に侵入する」というアイディアに発展した。解雇を切り出された家政婦のアラセリが雇い主のハビエルに鍵を投げつけるシーンを伏線にした。

 

B: このシーンには違和感を覚えたが、試行錯誤の結果だったのかな。新入居者トマスがピーナッツ・アレルギーを口走るシーンも不自然だった。

A: スリラー好きなら直ぐピーンとくるセリフですね。ハビエル・グティエレスマリオ・カサスの一騎打ちをもっと期待していた観客は消化不良を起こしているかも。主人公を怒らせる広告会社の面接官ラウルを演じたダビ・ベルダゲルは、カルラ・シモン『悲しみに、こんにちは』で少女の養父となった叔父を演じた俳優、養母を演じたのが、今回はおバカなトマスの妻ララ役のブルナ・クシでした。

 

    

            (ハビエル・グティエレスとマリオ・カサス)

 

      

   (夫トマスを信じきれない妻を演じたブルナ・クシとモニカ役のイリス・バリェス)

 

B: 表面は夫の失業に理解を示す良き妻を装いながら、その実、夫を優しく責め立てる看視者マルガを演じたのが、ラウル・アレバロ『物静かな男の復讐』でベネチア映画祭女優賞受賞者のルス・ディアスでした。

A: 彼女とマリオ・カサスはサム・フエンテス『オオカミの皮をまとう男』17)で共演している。落とせないのが小児性愛者の庭師ダミアン役のダビ・ラミレス1971年バルセロナ出身、ホセ・コルバチョ&フアン・クルスの『タパス』05)で映画デビューしたが、もっぱらTVシリーズに出演、映画は他に [REC] 312)に出ている。

 

    

          (夫を優しく責め立てるマルガ役のルス・ディアス)

 

 

B: 画面構成には斬新とまでは言えないが、若い監督たちが好きそうなスタイリッシュな、鏡を利用した構図が多用されていた。しかし筋運びとアンバランスの印象を受けた。

A: 監督はプロットで勝負するタイプではないのかもしれない。撮影監督のパウ・カステジョンは、クリスチャン・ベールが主演した『マシニスト』の撮影助手でキャリアをスタートさせ、イギリス、イタリア映画、カタルーニャTVシリーズなどを手掛けている。

 

           批評家と観客の乖離――真っ二つに分かれた評価

 

B: 冒頭シーンに出てくるフリジスマート電機のアメリカンドリームを皮肉ったようなコマーシャルと、計画通りトマスに入れ替わったハビエルの実人生をエンディングでダブらせている。冒頭とエンディングは円環的で、これはスペイン語映画の特徴の一つでした。

A: どちらも子供は女の子で、ハビエルの理想の子供はモニカのような愛らしい少女であって、肥満でイジメられっ子のダニではない。「自分にふさわしくない」息子、洗剤の臭いが残る清掃員のマルガも「自分にふさわしくない」妻として、視界から消去してしまっている。本作では、CMのリード「あなたにふさわしい暮らし」La vida que merecesを受け取るために許される限界はどこまでかが問われている。

 

B: 不愉快な映画と感じた観客はスペインでも結構いて、「今までの人生で見たサイテーの映画、否、チョーサイテー」なんていうコメントもあった。

A: 制裁を加える相手が、自分を愚弄した広告会社の面接官、受講生の面前で恥をかかせた教師、規則規則を連呼する受付係ならまだしも、罪があるとは全然思えないトマスに向かったからでしょう。トマスの不運は、何も知らずにハビエルの<我が家>の占拠者になってしまったことだけでした。

 

B: 批評家と観客の乖離はよくあることで、あっち良ければこっちダメ、こっち良ければあっちダメ、両方揃うのは難しい。

A: 批評家は概ねポジティブな評価です。だからマラガ映画祭のセクション・オフィシアルに選ばれたわけでしょう。映画祭が開催されていればプレス会見の様子も伝わってきたのですが、コロナの猛威は収束の兆しもなく、スペインは政治経済文化オール息をひそめています。

 

B: 最後になりましたが、パストール兄弟の簡単なキャリア紹介。

A: ダビ・パストール1978年バルセロナ生れ、監督、脚本家、コロンビア大学の監督マスターコース卒。アレックス・パストール1981年バルセロナ生れ、監督、脚本家、カタルーニャ映画視聴覚上級学校ESCACで脚本を専攻する。上記に紹介した作品の他、ターセム・シンSFアクション『セルフレス/覚醒した記憶』15米、ライアン・レイノルズ、ベン・キングズレー主演)の脚本を二人で執筆している。これは2011年度ハリウッド優秀脚本リスト入りしていたもの。

 

ハビエル・グティエレスのキャリア&フィルモグラフィは、コチラ20190325

マリオ・カサスのキャリア&フィルモグラフィは、コチラ201903030305


『SEVENTEEN セブンティーン』配信開始*ネットフリックス2019年10月29日 17:12

          邦題SEVENTEEN セブンティーン』でネットフリックス配信開始

 

      

    (ダニエル・サンチェス・アレバロ監督、サンセバスチャン映画祭フォトコール)

 

ダニエル・サンチェス・アレバロ(マドリード1970)が6年ぶりに新作Diecisieteを撮るということで、昨年秋のクランクインからご紹介してきました。第67回サンセバスチャン映画祭2019でもセクション・オフィシアル部門で特別上映されました。予告通り先日Netflixのストリーミング配信が開始され、邦題はSEVENTEEN セブンティーン』と、余計な修飾語がつかない原題と同じになりました。監督以下スタッフ&キャスト紹介は既にアップ済みですが、便宜上主なキャストとストーリーだけ再録しておきます。ネタバレ部分を含みます。

 

サンセバスチャン映画祭2019セクション・オフィシアル927日特別上映、バルセロナ限定劇場公開103日、スペイン限定104日、Netflix 配信1018

作品、キャスト、監督キャリア紹介は、コチラ20181029

 

          

         ロラ・コルドンもオベハも現地入りしていた、SSIFFフォトコール) 

 

 SEVENTEEN セブンティーン』(原題Diecisiete2019年、コメディドラマ、99 

キャストビエル・モントロ(エクトル)、ナチョ・サンチェス(兄イスマル)、ロラ・コルドン(祖母クカ)、カンディド・ウランガ(司祭)、イチャソ・アラナ(センター職員エステル)、ホルヘ・カブレラ(センター教官)、チャニ・マルティン(従兄弟イグナシオ)、イニャゴ・アランブル(ドッグシェルター所員ラモン)、マメン・ドチ(裁判官)、カロリナ・クレメンテ(従姉妹ロサ)、アーロン・ポラス(パイサノ)、ハビエル・シフリアン(自動車解体業者)、ダニエル・フステル(ガソリンスタンド員)、パチ・サンタマリア、他

 

ストーリー17歳になるエクトルが少年センターに入所して間もなく2になる。非社交的で他人と上手く関係が結べないエクトルは一人でいるのが好きだ。しかし間もなく社会復帰の日が近づいてきて、動物を利用してのセラピーを受けることになる。ドッグシェルターに保護されたばかりの内気で不愛想な牝犬と出会い心が動く。羊という意味のオベハと名づけてしだいに繋がりをもてるようになる。しかし数ヵ月後オベハはいなくなる、それは飼い主が見つかったからだ。エクトルはこの現実を受け入れることができない。あと2ヵ月で入所期間が終わるというのに、オベハ探しに21回目となる脱走を決心する。連絡を受けた法廷後見人である兄イスマルは、祖母が入所している古い老人施設に潜んでいたを見つけ出す。しかしオベハに執着するエクトル、連れ帰らなければならないイスマルは窮地に陥る。2エクトルは18歳になってしまう、もう少年ではいられない。死にそうな祖母を巻き込んで、三人はオベハ探しの旅に出る。

   

 

     知的で優しく、少し風変わりな、コメディタッチで描く良質の家族再生物語

 

A: 6年のブランクの後メガフォンを手にしたダニエル・サンチェス・アレバロの新作Diecisieteは、サンセバスチャン映画祭SSIFFのセクション・オフィシアル部門でコンペ外とはいえ上映された。ネットフリックス・オリジナル作品が特別上映されるのは本作が初めてだった。SSIFFはカンヌFFのように除外しません。カンヌもお高くとまっているわけではなく法律に縛られています。フランスでもより規模の小さいビアリッツFF やトゥールーズFFでは除外していません。根本的な解決が待たれます。

 

B: 本作もトゥールーズ・シネエスパーニャ2019観客賞を受賞した。フィナーレのシーンを撮るために兄弟喧嘩をさせたり、お迎えが来そうで来ない祖母ちゃんをあっちこっち引っ張りまわした。こんなに笑えるとは予想外で、観客は幸せな気分で席を立つことができたことが受賞に繋がった。

 

A: 映画祭だけでなくネット配信される前にスペイン限定でしたが劇場公開もされた。イサベル・コイシェ『エリサ&マルセラ』と同じケースです。

B: キュアロンROMAローマ』なんか、日本ではネット配信後でさえ複数の映画館で繰り返し上映されました。

A: ネットフリックスも競争相手が複数参入してきた状況から、転換を迫られているという印象を受けます。

 

          

               (スペインでの公開都市名と公開日が入ったポスター)

 

B: SSIFFのインタビューで「共感と分かりやすさ」を心掛けたと語っていた。

A: もっとも難しいのが分かりやすく描くこと、平易とは質が低いことと同じではない。本作に限らず「私の映画は非常に雑多な要素を取り込んでいます。私のホラーヴァクイhorror vacuiは、交差するストーリーを並行させた。そうすることは私に多くのことをもたらした」と本作誕生の経緯を述べていた。

B: ホラーヴァクイというのは、余白があることの恐怖ということですかね。空間があると不安になり、隙間を埋めたくなる。

 

A: 「いいかい、ダニ、同じことが二人の登場人物に、一つのプロット、一つのプロット・ラインをシンプルに物語り、信頼するんだ」と自分に言い聞かせた。それは厳しく困難だったということです。出演者も彼の他の作品と比較すると多くありません。

B: 本作には2つのカウントダウンがあります。一つは弟エクトルHéctor(字幕はヘクトル)が2日後に18歳になってしまうこと、つまり成人として裁かれるということ。もう一つが兄弟の事実上の育ての親である今にも死にそうな祖母を祖父の墓に一緒に葬ってやること。二つとも焦眉の急だ。

 

A: クトルと呼んでるのに字幕はクトル、これじゃギリシャ神話の英雄だね。何はともあれ祖母ちゃん連れで兄弟は生れ故郷に戻ることになる。しかし、そもそもの兄弟の旅の目的は<僕の犬オベハ>の飼い主を探すことだったはず。それが映画の進行とともに微妙にズレていく可笑しさ。兄イスマエルもフツウじゃない、妻マルタと別居しており、寝泊まりしているのが販売中のキャンピングカーなんだから。

B: 弟が兄夫婦のこじれた仲の修復を画策する可笑しさ、いずれエクトルも観客も知ることになるのだが、別居の原因の素がエクトルに関係している。張りめぐらされた伏線の多さに舌を巻く。

 

A: 他人にはイスマエルの内面の葛藤は見えにくいが、エクトルは見抜く。自身以外に関心が向かないエクトルが、捨て犬に興味を示し心を開いていくのも、エクトルが幼かった頃の兄との関係に行き着く。オベハとイスマエルは深いところで重なるのです。

B: それをフィナーレで締めくくる巧みさ、サンチェス・アレバロが愛される所以です。

 

    

       兄弟再生のロード・ムービー――『レインマン』のカンタブリア版

 

A: オールドファンの中にはバリー・レヴィンソン『レインマン』88)を思い出した方がおられるでしょう。ダスティン・ホフマンとトム・クルーズが兄弟を演じたロード・ムービー。

B: 映画の中では語られないが、エクトルはアスペルガー症候群でしょうね。他人とのコンタクトが上手く取れないが、物事の良し悪しは分かる。ただ自分の都合のいいように考える。記憶力は抜群です。

  

A: 皮肉や冗談が理解できない代わり、超能力の持ち主、裁判官から二度と罪を犯さないよう渡された『刑法』の全文を暗記して数字にはめっぽう強い。他の少年のいじめでページを破られると拾い集めてセロテープで貼り合わせる集中力は普通じゃない。監督自身も精神分析を16年間受けていたようですが、その過程で正しい診断がされていない若者が沢山いることを知ったという。彼の場合セラピーはあまり効果がなく、創作することで快方に向かったと語っている。

    

B: 精神状態が最悪だったときに撮ったのが、観客に分かりにくかった『マルティナの住む街』だった。主人公3人の心の悩みが見えにくかった。彼は悩みを克服するために映画を作っている。

A: つまり、兄弟の旅は、結局、監督の旅なんです。一番良かったのは「ビエル・モントロとナチョ・サンチェスの相性の良さ」、悪かったのは「彼らのキャンピングカーに同乗できないこと」なんて記事もありましたが。

   

B: 少し気の早い話ですが、エクトルを演じたビエル・モントロのゴヤ新人賞ノミネーションは確実、演劇界の最高賞マックス賞受賞者のナチョ・サンチェス(アビラ1992)は映画初出演だから新人賞枠だが、ぶつかるから助演でしょうか。受賞はともかく二人のノミネーションは確実です。

     

ビエル・モントロとナチョ・サンチェスの紹介は、コチラ⇒2019年09月29日

 

                     

      (和解できたイスマエルとエクトル、カンタブリア海を見下ろす崖で)

 

A: カンタブリアの風景を撮った撮影監督セルジ・ビラノバもノミネーション確実かな。オベハも3本脚のワンちゃんも訓練されたプロの犬ではなく、家庭で飼われていた犬だそうです。特にオベハは演技力がありました。(笑)

 

     

    (僕の犬オベハと信頼関係を結べるようになったエクトル、映画から)

 

 

   変化していく家族のかたち――祖母ちゃんのセリフは「タラパラ」だけ

 

B: セリフが「タラパラtarapara」だけだったお祖母ちゃん役のロラ・コルドンもとぼけた味を出していた。

A: バレンシア生れ、女優歴50年以上というから80代でしょう。パリやロンドンで暮らしていた時期が長かったそうです。この世代だと少女時代にスペイン内戦に遭遇しているから国外に出た人は多い。舞台女優として出発、映画はフランコ時代の60年代半ばから。TVシリーズが多く、現在では祖母役が殆どだが現役です。ただし映画は久しぶりでしょうか。彼女の出演はキャスティング発表のときから話題になっていた。

B: タラパラは家族にしか通じない単語らしく、「喧嘩しないで」とか「分かったよ」「大丈夫」「ありがとう」など、好きに訳せばいい。エクトル「帰るまで死なないで」、祖母ちゃん「タラパラ(分かったよ)」と。

   

       

   (タラパラ祖母ちゃんに「墓地が見つからないから、まだ死なないでよ」とエクトル)

 

A: 故郷を捨て都会に出て行った人は、故郷では異邦人です。先進国ではどこも似たり寄ったりですが、北スペインには過疎になった村が増えている。監督はマドリード生れですが、イラストレーターで図案家の父親ホセ・ラモン・サンチェスの故郷、カンタブリアのサンタンデールでも過ごしている。カンタブリアへの愛着は強い。

B 3作『マルティナの住む街』の舞台コミーリャスもカンタブリア、ガウディ設計のエル・カプリチョは観光客に人気のレストランになっている。

 

A: 母親は女優のカルメン・アレバロ90年代に両親は離婚していたのですが、デビュー作『漆黒のような深い青』『デブたち』と第4作目のLa gran familia españolaに出演している。離婚後アルゼンチン出身の俳優エクトル・コロメと再婚したので、2015年に亡くなるまで義理の父親であった。

B: 義理の父親の名前がエクトルなんだ。イニャゴ・アランブルが演じたドッグシェルターの責任者が父親と同じラモンだった。

 

 

           テーマの一つは失うこと、負け方を学ぶこと」

 

A: 少年センターの保護司のような役柄だったイチャソ・アラナは、今年のラテンビートで上映される『八月のエバ』のヒロイン、ホナス・トゥルエバ監督の信頼が厚い。こちらの映画もお薦めです。

B 犬を飼うことは「自分自身の感情をコントロールできるようにすること」とエクトルに教えていた。エクトルのような若者の良き理解者の一人。

 

        

    (イニャゴ・アランブル、イチャソ・アラナも参加した、SSIFF 2019927日)

 

A 『マルティナの住む街』に比較すると、セリフの少なさが際立っています。なかで記憶に残るのが「失うこと、負け方を学ぶこと」というセリフでした。何かを失うことで再生ができるというメッセージが伝わってきた。少ないセリフを補うようにナレーションがはいり、当然それは訳されていません。

B: 映像で充分分かりますけど。何はともあれセックスシーンがなくても楽しめることを証明した作品、カンタブリアの海のシーンをスクリーンで見られた方が羨ましい。

  

ダニエル・サンチェス・アレバロの新作*サンセバスチャン映画祭2019 ㉒2019年09月21日 07:24

       新作「Diecisiete」はセクション・オフィシアルのコンペティション外で上映

 

      

 

ダニエル・サンチェス・アレバロ(マドリード1970)の6年ぶりの新作Diecisieteは、スペイン映画としてはNetflixオリジナル作品4作目となる。20189月クランクインした折にざっと紹介しておきましたが、コンペティション外とはいえセクション・オフィシアルで上映が決まりました。サンセバスチャン映画祭はNetflix作品を排除しない方針、ただしセクション・オフィシアル部門でNetflixオリジナル作品が上映されるのは、本作が初めてということです。映画祭終了後の104日からスペイン限定ですが劇場公開もされ、同月18日にNetflixのストリーミング配信開始がアナウンスされています。

Diecisiete」の作品&監督キャリアの記事は、コチラ20181029

 

      

   (左から、ナチョ・サンチェス、監督、ビエル・モントロ、SSIFF 2019の発表会、719日)

 

Diecisiete

製作:Atípica Films / Netflix(スペイン)

監督:ダニエル・サンチェス・アレバロ

脚本:ダニエル・サンチェス・アレバロ、アラセリ・サンチェス

音楽:フリオ・デ・ラ・ロサ

撮影:セルジ・ビラノバ

編集:ミゲル・サンス・エステソ

キャスティング:アナ・サインス・トラパガ、パトリシア・アルバレス・デ・ミランダ

衣装デザイン:アルベルト・バルカルセル

メイクアップ&ヘアー:アナ・ロペス=プイグセルベル(メイク)、ベレン・ロペス=プイグセルベル(ヘアー)、マリア・マヌエラ・クルス(メイク)

プロダクション・マネージメント:アリシア・ユベロ、イバン・ベンフメア⋍レイ

視覚効果:アナ・ルビオ、クリスティナ・マテオ、他

製作者:ホセ・アントニオ・フェレス、クリスティナ・サザーランド

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2019年、ドラマ、サンセバスチャン映画祭2019コンペティション部門外、スペイン限定公開104日、Netflixストリーミング配信開始1018

 

キャスト:ビエル・モントロ(エクトル)、ナチョ・サンチェス(兄イスマエル)、ロラ・コルドン(祖母クカ)、カンディド・ウランガ(司祭)、イチャソ・アラナ(エステル)、ホルヘ・カブレラ(センター教官)、チャニ・マルティン(従兄弟イグナシオ)、イニャゴ・アランブル(ラモン)、マメン・ドウチ(裁判官)、カロリナ・クレメンテ(従姉妹ロサ)、アーロン・ポラス(パイサノ)、ハビエル・シフリアン(自動車解体業者)、ダニエル・フステル(ガソリンスタンド員)、パチ・サンタマリア、他

 

ストーリー17歳になるエクトルが少年センターに入所して2年が経つ。動物を利用して社会復帰を目指すセラピーに参加する。そこでエクトルと同じように内気で打ち解けない犬オベハと出会い、離れられない関係を結ぶようになる。ところがある日、オベハが姿を消してしまう。飼い主にもらわれていったからだ。エクトルは悲しみに暮れ、彼を探しにセンター逃亡を決心する。このようにして、兄イスマエル、祖母クカ、1匹の犬、1頭の雌牛などを巻き込んで予想外の旅が始まることになる。カンタブリアの景色をバックにしたロード・トリップ。

 

        

           (性格が対照的な兄弟、イスマエルとエクトル)

 

★エクトルは祖母クカが入所している養護施設に潜んでいたのを探しに来た兄イスマエルに発見される。早くセンターに戻らなければ少年でいられなくなる、というのは18歳の誕生日目前だったからだ。「17歳」というタイトルには意味があったわけです。今回、フランコ時代から数々のTVシリーズに出演していたロラ・コルドンが祖母役として共演するのも話題の一つです。また主役級の2匹の犬は前もって調教されていたのではなく、家庭で飼われていたということです。性格が対照的な二人の兄弟が旅をするカンタブリアの風景、登場する動物たちの魅力も見逃せない。

 

     

             (登場する1頭の雌牛というのはこれか?)

 

★主役エクトルを演じるビエル・モントロは、2009年短編「Angeles sin cielo」でデビュー、TVシリーズに出演していた2014年、アンドレ・クルス・シライワの「L'altra frontera」(「La otra frontera」)でアドリアナ・ヒルと母子を演じた。アルゼンチンとの合作、マルティン・オダラ『黒い雪』(17)で主役のレオナルド・スバラグリアの少年時代を演じ、妹との近親相姦という役柄と彫りの深い風貌から強い印象を残した。その他、代表作はペドロ・B・アブレウのコメディ「Blue Rai」、ダニ・ロビラがスペイン版スーパーマンになったコメディ「Superlópez」(18)にも小さい役だが出演している。評価はこれからです。

 

       

            (エクトルと「僕の犬オベハ」、映画から)

 

        

     (国営TV局のインタビューを受ける、監督とビエル・モントロ、201810月)

 

★イスマエルを演じるナチョ・サンチェス(アビラ1992)は、本作が長編映画初出演だが、演劇界の最高賞といわれるマックス賞の主演男優賞をIván y los Perros2018)のイバン役で受賞している。本作は、Hattie Naylor が書いたロシアのドッグ・ボーイとして知られるイヴァン・ミシュコブの実話 Ivan and the Dogs を舞台化したもので、2017年にイギリスで映画化されている。4歳で親に捨てられ6歳で保護されるまで野犬と暮らしていた少年の痛ましい記憶を語る独り芝居。サンチェスは受賞当時は弱冠25歳、最年少の受賞者だった。他にTVシリーズ「El ministerio del tiempo」(162話)、「La zona」(171話)、「La catedral del mar」(181話)、本作はNetflixで『海のカテドラル』として配信された。

 

      

(独り芝居「Iván y los Perros」のナチョ・サンチェス)

 

      

                  (第21回マックス賞の授賞式のナチョ、2018618日)

 

6年ぶりの長編ということは、そのあいだ監督は何をしていたのか。第2作目となる La isla de Alice2015年刊)というスリラー小説を書いていた。8万部も売れたそうで、賞は逃したが第64回プラネタ賞の最終候補にもなった。監督と脚本家を兼ねるのは昨今では珍しくないが、作家となるとそう多くはない。何はともあれ映画界に戻ってくれたのは喜ばしい。

 

★フィルモグラフィー紹介は前回の記事とダブるが、脚本家として10年のキャリアを積んだ後、長編デビューした『漆黒のような深い青』06)がゴヤ賞新人監督賞を受賞した後の躍進は目覚ましいものがあった。『デブたち』09)、『マルティナの住む街』11)、La gran familia española13)、そして沈黙した。やっと5作目Diecisiete」が登場した。もともと脚本家としてTVシリーズFarmacia de guardia954話)で出発しており、デビュー作まではTVシリーズの脚本を執筆しながら短編を撮っていた。なかにはゴヤ賞短編映画賞ノミネーション、オスカー賞プレセレクション、La culpa del alpinistaのようにベネチア映画祭2004コンペティションに選ばれた短編もある。秋開催のラテンビートに来日したこともあり、本邦でもお馴染みの監督といえる。

 

★スクリーンでは観られないが、Netflix 配信が始まったら続きをアップしたい。ダニエル・サンチェス・アレバロ映画の常連さん、義兄弟の契りを結んだアントニオ・デ・ラ・トーレ、ほかラウル・アレバロキム・グティエレスインマ・クエスタなどが登場しない新作が待ち遠しい。

    

追記:Netflixでは、邦題『SEVENTEEN セブンティーン』で配信開始されました。


イサベル・コイシェの『エリサ&マルセラ』*Netflix 配信開始2019年06月12日 21:27

               実話に着想を得たフィクション色が強い『エリサ&マルセラ』

 

   

 

予告通り67日からイサベル・コイシェの「Elisa y Marcela」が『エリサ&マルセラ』邦題で Netflix ストリーミング配信が始まりました。ベルリン映画祭2019に正式出品された折りに作品紹介&キャスト紹介、監督の製作意図と熱い思いを2回にわたってアップしております。記録に残る挙式日、出産日などに齟齬はありませんでしたが、伝記映画というより実話に着想を得たフィクションと考えたほうがよさそうです。脚本のベースになったナルシソ・デ・ガブリエルElisa y Marcela, Más allá de los hombres2008刊)は、小説ではなく雌雄同体現象、女性同性愛、異性装者、フェミニズムなどを考察した学術書で、それをもとにコイシェ監督が脚本を執筆しました。身分証明書偽造をしてまで教会で挙式するというセンセーショナルな事案だったせいか、あるいは教会が保身のため誤謬を認めたくなかったのか、今日まで記録は破棄されずに残っていたのでした。

 

         

             (本作を語るイサベル・コイシェ監督)

 

★最近の「エル・ムンド」電子版に、アルゼンチンに渡ったマルセラのその後を曾孫ノルマ・ガブリエルが語った記事が載りました。深入りしませんがマルセラの娘(映画ではアナとして登場する)つまり祖母の名前はマリア・エンリケタ・サンチェス、祖母はバスク系アルゼンチン人と結婚してたくさん子供を生んだそうです。その一人が母親のアウロラで、彼女から曾祖母たちの話を聞いていたと語っています。ただ伝聞を多く含む内容だから検証が必要と思われます。映画化を機に不明だったという詳細が明らかになってきて「事実は小説よりも奇なり」の様相を呈しています。

    

       

(曾祖母マルセラとエリサの結婚式の写真を手にしたノルマ・ガブリエル、ブエノスアイレス)

 

Netflix 配信を機にIMDbのキャスト名にかなり追加がありました。またベルリン映画祭でアップした紹介記事と映画には差異がみられましたので、以下に訂正加筆したストーリーを再録します。

Elisa y Marcela」の紹介記事は、コチラ201902110215

 

     

 (ベルリン映画祭2019での監督、主演者ナタリア・デ・モリーナとグレタ・フェルナンデス

 

キャストナタリア・デ・モリーナ(エリサ・サンチェス・ロリガ/マリオ)、グレタ・フェルナンデス(マルセラ・グラシア・イベアス)、サラ・カサスノバス(マルセラの娘アナ)、タマル・ノバス(マルセラの求婚者アンドレス)、マリア・プルテ(マルセラの母親)、フランセスク・オレーリャ(マルセラの父親)、マノロ・ソロ(ポルトの刑務所長)、ケリー・ルア(刑務所長の妻フロール)、リュイス・オマール(ポルト知事)、マヌエル・ロウレンソ(ドゥンブリア教区の主任司祭ビクトル・コルティエリャ)、ホルヘ・スケト(コウソ*の医師)、ロベルト・レアル(コウソ*の司祭)、マリアナ・カルバリャル(修道女の歴史教師)、ルイサ・メレラス(盲目の校長)、アンパロ・モレノ(ポルトの料理長)、エレナ・セイホ、ミロ・タボアダタニア・ラマタ、コバドンガ・ベルディニャス、マルタ・リベイロ、他ガリシアのエキストラ多数

*映画はコウソだが、IMDbは事実のドゥンブリアになっています。

 

ストーリー:1898ア・コルーニャ伯母が校長をしている女子修道院付設の学校でエリサマルセラは運命の出会いをした。互いに惹かれあい、やがて一目を忍ぶ関係に陥っていった。噂を怖れたマルセラの両親は冷却期間をおくようマルセラをマドリードの寄宿学校へ送り出した。3年後マルセラが帰郷してエリサと再会する。社会的な圧力にも屈せず二人は共に人生を歩もうと決心するが、口さがない巷の噂を封じるための計画を練らねばならなかった。それはエリサが一時的に村を離れ、最近溺死した英国生れの従兄弟マリオ・サンチェスに生まれ変わって戻ってくることでした。190168日、二人はドゥンブリア教区のサンホルヘ教会でビクトル・コルティエリャ主任司祭の司式で挙式した。教会によって公式に通知されたスペイン最初の同性婚であった。しかし「男なしの夫婦」という噂がたちまち広まり、二人はポルトガルに逃亡するも港湾都市ポルトで逮捕される190216日、主の御公現の祝日にマルセラは父親を明かさないまま女の子を出産、釈放後二人はアルゼンチンを目指してスペインを後にする。          (文責:管理人)

 

     最初に物語の語り手が明かされる――監督は社会不正と闘う勇敢な女性が好き

 

A: 本作のベースとなったナルシソ・デ・ガブリエルの著書とは、特に後半部分はかなり違っているという印象でした。Netflixでは小説の映画化とありましたが、上述したようにそうではありません。もっとも《エリサとマルセラ》の部分を独立させたガリシア語版が、商魂たくましく今年出版されましたが、映画『エリサ&マルセラ』は、エリサとマルセラの伝記ではないということです。

B: 釈放後赤ん坊を連れずにアルゼンチンに渡ったことは事実ですが、その後二人が辿った人生はよく分かっていない。

 

A: そこで監督は25年前に養女に出した娘アナのルーツ探しという手に出ました。サラ・カサスノバス扮する娘を冒頭に登場させ、「私は誰?」「どこから来たの?」「あの女性たちは誰?」という独白で観客を物語に誘い込んでいきました。これは伝記映画ではなく《実話に着想を得たフィクション》です。

B: 最初に物語の語り手が明かされるという手法は、2017年の前作マイ・ブックショップとは正反対でした。

 

     

     (娘役のサラ・カサスノバスと母役のグレタ・フェルナンデス、映画から

 

A: コイシェ・フィーバーを起こした『あなたになら言える秘密のこと』も確か最後でした。グレタ・フェルナンデス演ずるマルセラの記憶を時系列に追っていくので観客は混乱しない。記憶の途切れを一つのエピソードとして暗転させ、次のエピソードにつなげていく。記憶は年月とともに曖昧に変化し、同時に美化もされるから、この手法は本作の場合とても都合がよかった。

B: 90パーセントがフラッシュバックとも言えます。モノクロの映像は全体的にみて素晴らしいのですが、フィナーレ部分の手綱を手にしたナタリア・デ・モリーナ扮するエリサは記憶に残る美しいシーンでした。男装したマリオはメイクアップにもう一工夫欲しかったけれど。

 

        

        (アルゼンチンに馬に乗って海を渡ることが夢だったエリサ)

 

A: 冒頭部分はロングショットとクローズアップを交互に使い、登場人物を列車や荷馬車に乗せ、ゆっくりと1世紀前に観客を誘導していく。撮影を手掛けたジェニファー・コックス1930年代の映画を見て参考にしたという。映画は1925年アルゼンチン南部のチュブト州から始まり、一気に1898年のア・コルーニャへと遡る。このスペイン北西部に位置するア・コルーニャは、ガリシア州でも現在の州都サンティアゴ・デ・コンポステラを含む重要な県名でもあり県都名でもあるが、映画では「ア・コルーニャ」と大雑把に網をかけていた。

B: 二人が挙式したのは190168ドゥンブリア教区のサン・ホルヘ教会ですが、字幕は「聖ジョージア教会」とあるだけでドゥンブリア教区と敢えて特定しなかった。

 

      

      (サン・ホルヘ教会での結婚式のシーン、マルセラとエリサ=マリオ)

 

A: 地名を特定したのは二人が再会したコウソ Cousoという小さな山村だけでした。ア・コルーニャ県ではなく、ガリシアでもポルトガルに近接するオーレンセ県の山村アルデア・コウソ・ルラルのようです。現在は隠れた観光地になっていますが、こんな鄙びた山村では密告が当然予想されたはずですから、隠れ住むには最も危険な場所だったでしょう。

B: 自分たちのことを何も知らないアルゼンチンに渡る計画でしたから、船出するポルトガルに近いほうがよかった。結局、村人の密告から計画を早めて急遽港湾都市ポルトに逃亡する。

 

         ポルトガル人は声高に自己主張するスペイン人が好きではない

 

A: 隣国同士は利害が相反することが多いからどこでも仲が悪い。スペインとポルトガルもその例に漏れない。実際の二人が逃亡先のポルトで逮捕されたのは1901816で結婚後約2ヵ月しか経っていない。13日後に釈放されているので、映画と事実は大分ズレているようです。

B: 映画では190112月にポルトで逮捕、マルセラは翌年16に獄中で女の子を出産する。出産日付は事実に揃えている。

 

A: 釈放の理由は、映画のように高慢な「スペイン政府の引き渡し要求には応じたくない」であったかもしれない。ポルトガルはスペインに対して屈折した感情を抱いている。

B: ポルト知事役のリュイス・オマール刑務所長役のマノロ・ソロの掛け合いは、ユーモアに富んだ危なげのない笑みのこぼれるシーンだった。両国は犬猿の仲というほどではないが、ポルトガル人は声高に自己主張するスペイン人が好きではない。

 

        女性の置かれていた低い地位――早く男を見つけて嫁に行け!

 

A: エリサの伯母(叔母)が校長をしている修道院付設の学校で二人は知り合う。エリサは「私は3年生でここで仕事もしているの、おばが校長をしているから」と自己紹介するが、字幕は前部分が抜け落ちていた。それでエリサの立ち位置がはっきりしなかった。

B: 二人が同級生ではなくエリサが年長者であることが、後半意味をもってくる。

 

A: 女性だけでなく男性でも字が読めないのが珍しくなかった時代に、マルセラの母親はエミリア・パルド・バサンの評論『今日的問題』を父親に内緒で娘に薦めている。母親も字が読めたということは、かなり裕福な家庭でないとあり得ない設定です。それもロマン小説でなく今日的な問題を話題にした本ですから、母親自身も教養の高い女性だった設定です。当時は何をやるにも「女だてらに・・・」と非難される時代でした。

B: パルド・バサンはア・コルーニャの貴族出身の作家、評論家、女性の啓蒙活動に従事した先駆的な女性の一人。代表作である小説『ウリョーアの館』は翻訳書が刊行されています**

 

A: これは1985年に4話からなるTVシリーズとしてドラマ化もされました***。母親を演じたマリア・プルテは、ほかの出演者と同じくア・コルーニャ出身のコメディを得意とするベテラン、出番は少なくても存在感があった。老け役が似合う年齢になった。

B: 父親役のフランセスク・オレーリャは、監督と同じバルセロナ出身、娘に複雑な感情を抱く、世間体ばかりを重視する気難しい父親像を好演した。自分を大きく見せるため父権を振り回す典型的な父親像でした。

 

      

(父役フランセスク・オレーリャ、フェルナンデス、デ・モリーナ、母役マリア・プハルテ)

 

 

       女性から母親へ――微妙に変化するマルセラの成長

 

A: エリサに頼り切っていたマルセラは、子供を身ごもってからセリフやしぐさに微妙な変化を見せる。賢く逞しく、悪く言えば図々しくなる。夫マリオがキューバに移住したというエリサではないかと村人に問い詰められると「なんで他人の生活に嘴を入れるの」と凄む。これは本作の重要なテーマの一つです。

B: 自分とは無関係な他人を嗅ぎまわって不幸を楽しむ卑しさを監督は批判している。

 

A: 将来を悲観するマルセラに、エリサが親切にしてくれるポルトの刑務所長を「いい人だから助けてくれる」と慰めると、マルセラは「いい人だけでは足りない」とエリサの楽天主義を批判する。実際のマルセラも、芯の強い勇敢な女性だったそうです。

B: そうでないとこの結婚はあり得ない。後半エリサとマルセラの関係を逆転させている。

 

A: ベルリン映画祭のインタビューで、監督は「これは映画であってマニフェストではない」と語っていましたが、今もって同性婚が罰せられる国が多数あることを考慮すると、一種のマニフェストであってもいい。

B: 最後に流れる同性婚禁止の数字は年々変化していくと思いますが、死刑になる国があるというのは怖ろしい。罰金だの鞭打ち刑だの懲役刑だのは予想の範囲ですが、死刑になる国があるとは!

A: 先進国で同性婚が正式に認められていないのは、日本とイタリアだけだそうです。

B: 当時のスペインとポルトガルの力関係、国民性の違いなどが丁寧に描かれていた。声高に捲くしたてるスペイン人を困らせたいポルトガル人の屈折した心情なども楽しめた。

 

A: コイシェ監督は、1998年にガリシアを舞台にしたA los que aman(西仏合作)という作品を撮っている。スタンダールの作品をベースにした19世紀初頭の三角関係を描いたロマンスで、時代的には重ならない。今回再びガリシアに戻って今度は実話に着想を得たフィクションを撮った。撮りたい映画があれば国や言語を問わずに行動する。そのバイタリティーは敬服に値する。コイシェ監督が Netflix を利用した理由などについて異論があるかもしれないが、この件に関してはベルリン映画祭2019でご紹介しています。スペインではストリーミング配信に先立つ524日から2週間限定で劇場公開されました。これはネットフリックスのオリジナル製作を考えるうえで、一つの指針になるかもしれません。

                   

『今日的問題』の原題は「La cuestión palpitante1883年マドリードで発行されていた日刊紙「La Ëpoca」に週1回連載していた記事をセレクトして纏めたもので、クラリンの序文付きで出版された。3年後にはフランス語にも翻訳された、パルド・バサンの代表作の一つ。

**『ウリョーアの館』の原題は「Los pazos de Ulloa1986年刊、邦訳は現代企画室、2016年刊

***Los pazos de Ulloa4話(1985)スペイン国営テレビ。ホセ・ルイス・ゴメス、イタリアのオメロ・アントヌッティ、ビクトリア・アブリル、チャロ・ロペス、フェルナンド・レイなど、当時の人気俳優が出演している。80年代のTVドラマは文芸路線に力を入れていた。


イサベル・コイシェの新作「Elisa y Marcela」がNetflix配信前に劇場公開2019年05月21日 15:32

         2週間限定スペイン公開524日、Netflix配信67日から

 

 

      

513日、イサベル・コイシェがモノクロで撮った新作Elisa y MarcelaNetflix配信に先立ってスペイン公開がアナウンスされました。記録に残るスペイン最初の同性婚をした、二人の女性エリサとマルセラの勇気をテーマにした映画。2週間限定とはいえ、Netflixオリジナル作品がオンラインより先に劇場公開されるのは、ネット配信を優先するというNetflixの方針からすれば異例中の異例です。ベルリン映画祭2019でワールドプレミアされることが決定したとき、「私だって、できれば映画館を満席にしたいわよ」と語っていたコイシェ監督、希望通り映画館をいっぱいにすることができるでしょうか。本作の紹介記事並びにナタリア・デ・モリーナグレタ・フェルナンデスについては既にアップしております。

Elisa y Marcela」の内容&シネアスト紹介記事は、コチラ20190211

 

          

      (エリサ役ナタリア・デ・モリーナとマルセラ役グレタ・フェルナンデス)

 

★異例中の異例の例としては、アルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』が思い出されます。ファンの要望にこたえるかたちで、日本でもネット配信後に数ヵ所の映画館で公開されました。こちらもモノクロ映画、クラシック映画ではない最新作を映画館で観るのは、不思議な感覚でした。パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』(12)、第84回アカデミー賞(作品・監督)賞を受賞したミシェル・アザナヴィシウスの『アーティスト』など、モノクロ映画も健在です。

  

『シークレット・ヴォイス』カルロス・ベルムト*他人の人生を生きる2019年03月13日 21:32

             他人の人生を生きることの痛みと悲しみが語られる

 

  

     

カルロス・ベルムトの第3作目『シークレット・ヴォイス』(原題Quién te cantará)が、公開されたばかりなのに早くもNetflix に登場しました。いろんな読みが楽しめたり、悪意が滲みでてくるような前作『マジカル・ガール』を期待していたファンには肩透かしだったでしょうか。シネマニア向きということに変わりありませんが、突飛さは影を潜めプロットもより近づきやい。相変わらず長すぎてオカンムリの批評家もいたようですが、日本の折り紙、カラオケ、『裸の島』、キティーのヘアバンドなどを登場させて日本贔屓も健在、エバ・リョラチナイワ・ニムリの女優対決に魅了された125分だったか。本作は一応ミステリーなので、公開は終了していますがネタバレに気をつけながら進めます。果たして上手くいくでしょうか。

『マジカル・ガール』の作品紹介は、コチラ2015012120160215

 

ナイワ・ニムリ Najwa Nimriは、1972年パンプローナ生れの女優、歌手。母親はナバラ出身ですが、父親がヨルダン人ということで変わった名前だったせいか日本での表記が定まらなかった一人です。映画デビューは1995年、『インベーダー・ミッション』が公開されたダニエル・カルパルソロのデビュー作Salto al vacioでした。当時二人は結婚しており、彼の作品にはAsfalto00)他4作に主演している。並行してアメナバルの『オープン・ユア・アイズ』やフリオ・メデムの『アナとオットー』、『ルシアとSEX』、ラモン・サラサールの『靴に恋して』などに出演しています。歌手としても知名度があります。現在は2015年から始まり現在も続行中のTVシリーズVis a visのスレマ役がブレークしている。映画はフリオ・メデムのEl árbol de la sangre18)に出演、本作は『ファミリー・ツリー~血族の秘密』の邦題でNetflixプレゼンツとして配信されている。

Salto al vacio」の作品紹介は、コチラ20160703

       

     

(復帰間近のリラ・カッセン役のナイワ・ニムリ)

 

エバ・リョラチ(ムルシア1970)は、『マジカル・ガール』に出演していましたが記憶している方は少ないでしょう。映画、舞台、TVと活躍しているベテランですが、本作でスペインの代表的な映画賞の数々を手にするまで賞とは無縁の女優でした。ゴヤ賞新人女優賞以下、今までにフォルケ賞女優、フェロス賞主演女優、シネマ・ライターズ・サークル賞などを制覇しています。残すはイベロアメリカ・プラチナ賞2019ですが果たして受賞と相成りますか。ノミネーション発表は321日と間もなくです。目下スペインからは彼女のほか、ナイワ・ニムリペネロペ・クルススシ・サンチェス4人が候補になっており、誰が最終4候補に残れるかです。ガラは512日、メキシコのリビエラ・マヤで開催されます。

    

      

           (元の自分に戻りたくないリラ・カッセンとリラと共生したいビオレタ)

 

 

『シークレット・ヴォイス』(原題「Quién te cantará」)

製作:Apache Films / Aralan Films / Les Films du Woros / RTVE / Canal Sur Televisión /

    Orangr Studio / Vodafone / Canal France / 協力ICAA / Junta de Andalucia / Le Pacto

監督・脚本:カルロス・ベルムト

音楽:アルベルト・イグレシアス

撮影:エドゥアルド・グラウ

編集:マルタ・ベラスコ

キャスティング:サラ・ビルバトゥア、マリア・ロドリゲス

プロダクション・デザイン:ライア・アテカ

美術:クララ・アルバレス

衣装デザイン:アナ・ロペス・コボス

マイクアップ&ヘアー:アナベル・ベアト、ラファエル・モラ

録音:ダニエル・デ・サヤス、エドゥアルド・カストロ、マリオ・ゴンサレス

サウンドトラック・パーフォーマー:エバ・アマラル

製作者:エンリケ・ロペス・ラビニュ、アレハンドロ・アレナス、マル・イルンダイン、(以上エグゼクティブ)、シルビエ・ピアラト、マルタ・ベラスコ(以上共同プロデューサー)

 

データ:製作国スペイン=フランス、スペイン語、2018年、ミステリー・ドラマ、125分、撮影地カディス湾沿いの町ロタ。公開:フランス20181024日、スペイン同年1024日、日本201914日、ネットフリックス・プレゼンツ同年3

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2018年、サンセバスチャン映画祭(フェロス・シネマルディア賞)、チューリッヒ映画祭、ワルシャワ映画祭、ロス・カボス映画祭(メキシコ)、マル・デル・プラタ映画祭など、いずれも2018年。

 

キャスト:エバ・リョラチ(ビオレタ)、ナイワ・ニムリ(リラ/リリ)、カルメ・エリアス(ブランカ・ゲレロ、リラのエージェント)、ナタリア・デ・モリーナ(ビオレタの娘マルタ)、フリアン・ビリャグラン(ニコラス、バーの客)、イグナシオ・マテオス(ブランカの助手)、カロリナ・ジュステ(マルタの友人アナ)、カタリナ・ソペラナ(ディアナ)、ホセ・チャベス(ドクター)、ビセンタ・N'Dongo(病院理事)、インマ・クエバス(弁護士オルガ)、Per-Olov Kindgren(海兵隊のギタリスト)ほか。(人名表記は公式サイトと若干異なる場合があります)

 

物語90年代のポップ界の歌姫シンガー・ソング・ライターのリラ・カッセンは、人気絶頂のさなか突然表舞台から姿を消すが、10年間のブランクを経て復帰ツアーが発表された。しかし直前の事故により記憶喪失に見舞われ復帰が危ぶまれる。25年間リラに人生を捧げてきたマネジャーのブランカは窮地に立たされる。リラの熱烈なファンのシングルマザーのビオレタは、カラオケバーでリラそっくりの物まね歌手をしながら、精神が常に不安定で制御のきかない娘マルタと暮らしている。ブランカはビオレタに近づくと、記憶をなくしたリラに元のリラに戻れるよう秘密裏に教えて欲しいと願い出る。アイデンティティの本質と喪失、夢を放棄した母の寛容と牙を剥きだす娘の残酷さ、他人を生きる人生の苦しさと痛み、ここでは粉々に砕かれた二人の女性、ビオレタとリラの死と再生が語られる。                         (文責:管理人)

 

          粉々に砕かれた女性たちVS均衡の取れた模範的女性

 

A: 前作の『マジカル・ガール』(14)は、サンセバスチャン映画祭で作品賞(金貝賞)と監督賞(銀貝賞)を受賞した。カンヌ映画祭と同じように受賞をダブらせない方針を敢えて枉げて与えたから、会場の一部から「こんなオタク映画に」とブーイングが起きた。これが尾を引いたかどうか分かりませんが、ゴヤ賞はノミネーション数こそ多かったが、受賞はバルバラ・レニーの主演女優賞1個に止まりました。

B: 第3作もサンセバスチャンに出品されましたが大きな賞には絡めませんでした。しかしゴヤ賞ではエバ・リョラチが新人女優賞を受賞した。新人というのも変でしたが。

 

              

       (重要なシーンを打ち合せする、カルメ・エリアスとベルムト監督)

 

A: ナイワ・ニムリが主演に回った都合ではないでしょうか、ゴヤ賞ノミネートは初めてだし助演ではないから押し込めない。新人枠なら彼女の受賞は100%確実でした。ゴヤ賞で紹介したようにカルロス・ベルムトのデビュー作Diamond flash11)では主役を演じました。ベルムト映画全3作に出演しているのは、本作ではエバだけで、監督のお気に入りぶりがのぞけます。

 

        

          (エバ・リョラチ主演の「Diamond flash」のポスター)

 

B: 第1作は監督・脚本・製作・撮影・編集などお金も時間もナイナイ尽くしだったから一人でこなし、201211月マドリードで限定公開された。

A: 映画館はガラ空き(笑)、ネット配信は良かったので DVD 化されています。鑑賞の仕方はいろいろあっていいと言ってますね。現在では「テレビ、YouTube、携帯、インスタグラムなど毎日私たちが受け取る画像は多く、絶え間なく砲撃されていることを考えると、映画の言語は別の方向を模索すべきとき」とも、昨年のサンセバスチャンで語っていました。

 

B: リラとビオレタは、他人の人生を生きねばならない粉々に砕かれた女、片やカルメ・エリアス演じるブランカは、あまりに均衡がとれすぎ、模範的というか静的な人格設定でした。

A: 人生のすべてをリラに捧げた女性の失意と悲哀が残酷でした。ハビエル・フェセル『カミーノ』08)で難病に苦しむ少女カミーノの母親に扮し、オプス・デイの敬虔な信者の頑迷さを好演、ゴヤ賞主演女優賞ほか多数映画賞を受賞している。実話にインスパイアされた作品だったことが、後に遺族から裁判を起こされ訴訟問題でフェセル監督が苦慮した話題作でした。1951年バルセロナ生れ、舞台俳優を目指し、ニューヨークのリー・ストラスバーグ演劇学校でメソッド演技法を学んでいる。

 

          

        (ビオレタに初めて対峙するリラと不安を隠せないブランカ)

 

B: 他にもベネズエラのクラウディア・ピントLa distancia más larga13)で主役を演じています。本作は昨年10月にインスティトゥト・セルバンテス東京で開催された、第1回ベネズエラ映画祭で上映されています。

A: 若干古い映画上映でしたが、ピント監督が「グラウベル・ローシャ賞」や第2回イベロアメリカ・プラチナ賞2015初監督作品賞を受賞している作品です。

La distancia más larga」の紹介記事は、コチラ20130905

 

B: ブランカと対照的なのがビオレタの娘マルタの制御不能な人格でした。傷つきやすく、母親の愛を確信できない。23歳になるのにどうやって人を愛したらいいのかを学ばなかった娘を演じた。自分が祝福されて生れた子供でないことが、彼女の成長を阻み、攻撃性を生んでいる。

A: 母親の自分に対する愛情の多寡を脅しで図る幼稚さが痛々しかった。1989年ハエン生れのナタリア・デ・モリーナは、ダビ・トゥルエバ『「僕の戦争」を探して』でゴヤ賞2014新人女優賞を皮切りに、フアン・ミゲル・デル・カスティジョTecho y comidaでゴヤ賞2016主演女優賞と文字通りのシンデレラガール、演技の幅を広げてパコ・レオンKIKI~愛のトライ&エラー』、最近ではイサベル・コイシェに切望されてElisa y Marcelaでレスビアン役に挑戦した。本作は Netflix オリジナル作品ですから、いずれ字幕入りで観ることができるでしょう。

Elisa y Marcela」の作品紹介は、コチラ20190211

 

        

             (大人になれない迷える子羊マルタ)  

 

        「1つのネガティブ評価は10のポジティブ評価に勝る」とベルムト

 

B: 批評家や観客の評価は気にするが、興行成績は気にしないタイプの監督とか。

A: でもある程度考えないと次のチャンスが回ってこない。資金が集まらないことには話にならない。しかし「自分が好きになれない映画は作りたくない。納得できない映画を作って自分を台無しにするのが怖いと自問している」そうです。またアルモドバルに『マジカル・ガール』を「21世紀を代表する映画の一つ」と絶賛してもらったが、1つのネガティブ評価は10のポジティブ評価に勝る」と十の誉め言葉を警戒する慎重さを持っている。

 

B: 自分が好きでも観客が見てくれないと次が作れない。映画は観客と共に生きるアートです。

A: たいていの監督がそうですが、彼も他の監督作品と比較されるのが嫌い。本作のプロデューサーの一人エンリケ・ロペス・ラビニュが、ベルイマンバホ・ウジョアのあいだを交差している映画だと言ったのに対して、ベルイマンの『仮面/ペルソナ』(66)との関連性は否定しています。

B: 他にもベルイマンを思い出した批評家がいますね。失語症になった舞台女優、それを支える看護婦、海辺の別荘・・・一見すると舞台設定が似ているがテーマは異なると思う。

 

A: バホ・ウジョアについては「あるかもしれない。彼の「La madre muerta」(仮題「死んだお母さん」)や「Alas de mariposa」(同「蝶の羽」)が大好きだから。ベルイマンも好きだが『仮面/ペルソナ』はそれほどじゃない。むしろ本作は、フェルナンド・フェルナンデス・ゴメスが自作自演した「La querida」(同「愛人」)の要素を持っている」と語っています。歌手を夢見るアンダルシア娘(歌手ロシオ・フラドが演じた)がマドリードで成功、彼女の恩人とも言うべき年上の作曲家(F.F.ゴメス)を捨て、新しい恋人に走るお話でした。

 

B: 大好きなロバート・アルトマンの『三人の女』(77)との関連性を指摘され、それは肯定している。

A: 主演のシェリー・デュバルがカンヌ映画祭で女優賞を受賞した作品、無関係だった3人の女性が絡みあっていくミニ群像劇でした。それはともかく、リラ・カッセンを母の死を切っ掛けに「歌を忘れたカナリア」に設定したのは、1992年に夫が急逝したあと歌えなくなった日本の歌手ちあきなおみにインスパイアされたからだそうです。

B: 活動休止がそのまま引退に繋がった。もう年齢的に復帰はあり得ないが本人もその気はない。ベルムトの日本贔屓もここまでくると病膏肓に入るだね。

 

          謎解き、メタファー探し、伏線、『裸の島』

 

A: 日本関連では、折り紙のメタファーは何か。小舟を折ったのはブランカ、を折ったのはビオレタ。折り鶴は想像できますが、小舟はどんな意味?

B: 冒頭に登場させている。リラはブランカという母船に乗っているがもう下船したい。再び小舟が登場するのはビオレタが歌っているカラオケ・ウニカで、ブランカがビオレタの歌を聴きに来ていたことが暗示される。小舟にビオレタが気づいて飲み残しのコンプに沈める。

 

              

A: ブランカとの決別後にリラが小舟を壊してしまうシーンを思い出してください、その折り紙でビオレタが鶴を折るのです。伏線の張り方が面白い。冒頭の浜辺のシーンで失くした左手薬指にはめていた銀色のネイルチップを偶然見つける。ジグソーパズルの最後の1片が嵌った瞬間です。リラはそのネイルチップを小舟に乗せようとするが小舟を広げてしまう。西條八十の「歌を忘れたカナリヤは、象牙の船に銀の櫂、月夜の海に浮かべれば、忘れた歌を思い出す~」をふと思い出してしまった。

B: もう逃げない、母船には乗らないということですか。日本の童謡の歌詞には実に残酷な内容が裏に隠されていますよね。この童謡の前半は「歌を忘れたカナリヤは~」後ろの山に捨てるか、背戸の小藪に埋めるか、はたまた柳の鞭でぶちましょかと実に恐ろしい。価値がなくなった人間は生きる資格がないのか。自分の居場所を見つけられない西條とリラがリンクした。

 

A: カナリヤは当時失意の日々を送っていた西條自身でした。それでは如何にも可哀そう、象牙の船に乗せたらと、西條夫人が言ったのでした。最後にリラは銀色のネイルを全部外して真っ赤なマニキュアで登場する。ネイルチップと折り紙、マルタが粉々にしたアパートのガラス戸、それにビオレタが被る日本人形に似せたカツラやリラの髪型に注意すると、二人の女性の心の動きが分かり小道具として重要でした。

 

B: 好きな映画としてリラが選ぶ『裸の島』を登場させたのは?

A: 新藤兼人が瀬戸内海の小島を舞台にして1960年に発表した作品でしょうか。モノクロ、無声映画、主な出演者は監督夫人の乙羽信子と殿山泰司が夫婦役、それに2人の子供だけ。国内より海外での評価が高かった。日本映画百選に入る傑作、今の誰彼と比較するのは何ですが、二人のような役者は日本から消えました。

  

B: セリフがなく肉体だけで物語る映像の凄さに打たれます。音楽をこれまた日本を代表する作曲家林光が手掛け、これも素晴らしかった。多分、ベルムトの日本映画へのオマージュかもしれないし、他に何かあるのかもしれない。

A: 一人では歩行が大変なハイヒール、二人が着るラメ入りの舞台衣装、何着もある中からどれを選ぶのか。リラが冒頭の海岸で着ていたドレスは銀ラメ入りの衣装、後に母親が着ていた舞台衣装であったことが明かされるが、事情を知らないビオレタが偶然選んだ衣装でもあった。

 

        母と娘の確執、父親不在――負のスパイラルにブレーキをかける

 

B: 前作『マジカル・ガール』では劇中で起きていることが解明されないまま閉じられた。例えば、バルバラ・レニー扮するバルバラとホセ・サクリスタン扮する教師の間に何があったのか、教師は何の罪で服役していたのか、観客を置き去りにしたまま進行する。

A: バルバラが必要に迫られて入る「秘密の部屋」では何が行なわれていたのか。マジカル・ガールは余命幾ばくもない12歳の少女なのかバルバラなのか、はたまた両方なのか。父親の破滅を知りながら高価な衣装を欲しがる少女の残酷な真意は何か。

 

B: その謎解きが魅力でもあったわけだが、今回は海辺のシーンで始り、同じ海辺で終わったように円環的ではあるが、スパイラルにブレーキがかかった。

A: 監督によると、前2作にはある仕掛けや形式を導入して、どうやって登場人物たちを冷酷にできるかに苦心した。しかし本作ではそういう要素を入れたくなかった。パズルをばらばらのまま閉じたくなかった。リラの独白を入れることで、スパイラルにブレーキをかけた

 

B: ブランカにさえ語らなかった真実、母の死を機に歌わなくなった本当の理由を、リラに語らせたかったわけですね。

A: 「リラのモノローグを書いているとき何かぼうっとしてた。でも次回作でどうするかは決めてないよ」ということでした。どんな独白をしたかは、ここでは書けない。

B: フィナーレで描かれた部分は、何かクラシック映画を見ているようで呆気にとられました。

 

            

           (ある決断をしてコンサート会場を出るビオレタ)

 

A: 前作は母親不在の父親に対する意識的な娘たちの残酷物語、本作は父親不在の娘たちの母親に対する意識的な残酷物語と括れるか。「意識と無意識は区別すべきで、意識は映像化できるが人生で常に起きている行為は無意識です」と語っている。

B: ラモン・サラサール『日曜日の憂鬱』でも、かつて自分を捨てた娘(バルバラ・レニー)が社会的成功を収めた母親(スシ・サンチェス)を破滅させた。ここでもリリやブランカ、ビオレタのように忍耐力を試された。

A: スシ・サンチェスはこの役でゴヤ賞2019主演女優賞を受賞した。ではビオレタを追い詰めるマルタはどうなるかだが、公開は終了しているけど書けません。プロットで死と再生が語られると書きましたが、これまた書けません。二人の女性によって歌われる曲は、ドラマの内容とリンクしているから少し触れておきたい。

 

B: エバ・リョラチが歌う部分をロックやポップで活躍するシンガー・ソング・ライターのエバ・アマラルが担当した。

A: 1972年サラゴサ生れ、2010年には国民音楽賞を受賞しているほどのベテラン、それで「二人のエバが歌っている」と話題になった。なかで「Somos su nuevo invitado」や「Como un animal」、後半の山場というか映画のクライマックスである最後の20分間に歌われるProcuro olvidarteが心に残る。劇中ではビオレタの曲とされていたが、1980年代初め、シンガー・ソング・ライターのマヌエル・アレハンドロと夫人のアナ・マグダレナが作曲した。複数のバージョンがあり、ラファエルやロシオ・フラドも歌っている。訳詞が少し違う印象でしたが、ドラマの内容にそっている。ナイワ・ニムリは勿論、自分自身で歌っている。他の誰かであることのゲームに別れを告げることができるのか。

 

   

 (カラオケ・ウニカで「まるで動物のように」と「Como un animal」を歌うビオレタ)

  

B: シャキーラやレディー・ガガの名前を出していましたが、選んだことに深い意味があるのかどうか。死とか痛みにコネクトした映画が好きというカルロス・ベルムト、現役監督ではポール・トーマス・アンダーソンのファンで、最新作『ファントム・スレッド』がお気に入りとか。次回作を期待しよう。

  

『マウトハウゼンの写真家』②*ネットフリックス2019年03月05日 12:33

        映画は毀誉褒貶あったボシュの実像に迫ることができたか? 

 

        

B: フランセスク・ボシュは、映画では親切で世話好き、仲間から信頼されていたように描かれていますが、実際にはどんな人物だったのでしょうか。パウル・リッケンからはフランツとドイツ名で呼ばれていた。

A: スペイン語ではフランシスコ、機転が利くうえに権力を誇示したいSS軍人を懐柔するしたたかさを持ち合わせていたが、どんな人物であったかはよく知られていないとFrancisco Boix, un fotógrafo de Mauthausen」の著者ベニト・ベルメホは述べています。「ボシュは純真で親切に振るまう必要があった。映画のなかよりもピエロ的な要素があった。無分別な大胆さを非難されることもあったが、仲間の多くから信頼を勝ち得ており、勿論全部がそうだったわけではないが」とも語っている。    

        

               (認識番号5185、フランシスコとスペイン語で表記されている)

   

           

(ボシュ役のマリオ・カサス、体重を12キロ減量した)

 

B: 同じ現像所で働いていたバルブエナの実名は、アントニオ・ガルシアという人物だそうですが。

A: アライン・エルナンデスが命を吹き込んだ登場人物、認識番号5219から同じ時期に入所してきたことが分かるが、現像所では先輩格のようでした。彼がボシュの死後4半世紀たった1970年代末に作家のマリアノ・コンスタンテに送った書簡に「無責任で策士、告げ口屋だった」と書き送っています。

B: 作中でも仲が良かったようには描かれていない。解放後ボシュだけが脚光を浴びたのが、多分不満だったのかもしれない。

 

                

       (ガス管の故障で一命をとりとめたバルブエナ、ガス・バンの中)

 

A: コンスタンテはボシュと同じ1920年生れの共和国軍の活動家、19394月にフランスに亡命しており、大体同じルートで19414月マウトハウゼンに収容された生き証人の一人。解放後はフランスに戻り、2010年にモンペリエで亡くなるまで帰国しなかった。帰国すれば即逮捕、拷問の末に餓死が待っていた。スペイン内戦やマウトハウゼン強制収容所についての著書があり、死去の2年前の2008年制作のマウトハウゼンについてのTVドキュメンタリーに出演して証言を行っている。

B: 帰国したくなかった、または帰国できなかったが正確かも。ボシュの3倍も生きていたというのも驚きです。   

            

            (認識番号4584のマリアナ・コンスタンテ)

 

A: 時代が時代でしたからボシュの実像に迫るのは不可能に近い、短い生涯でもあったから。何が本当で何が嘘かは視点が違えば変わってくる。映画を見たベニト・ベルメホは、「一つ一つのシーンはおよそ事実」と語っておりますね。

 

B: 映画ではボシュが面倒を見たアンセルモ・ガルバンという名前で登場した、14歳ぐらいの少年も実在していたそうですが。

A: 父親と片脚が切断された兄と一緒にきたハシント・コルテスにインスパイアされたようで、映画とは正確には同じではない。採石場経営者ポシャッハーに救われて近くに住んでいた寮母のような仕事をしていたポイントナー夫人の家で解放までの2年間を過ごすことができた。ポシャッハーもポイントナー夫人も実在した人、彼女はアンセルモから預かったネガの包みを「ここに隠していたの」と、石垣塀の石をどけて説明している写真が残っている。

 

        

         (歓迎の垂れ幕を垂らしてアメリカ軍を迎える囚人たち)

 

B: 地元の協力者がいなければ残らなかった。1943年に145歳ということは内戦時には10歳ぐらいになる。そんな子供も収容されたのですね。1929年のジュネーヴ条約の少年捕虜取り扱いでは労働は禁じられていたはずです。

A: 彼らは戦争捕虜ではなくフランコ政権によって国籍を剥奪され、ナチスに労働力として売り渡された戦争囚人、フランコからの贈り物だったのです。ボシュも自分は囚人だと言っていた。ニュルンベルク裁判でも「政治犯か?」という質問に、「囚人だ」と答えている。

 

           収容所所長フランツ・ツィライスの最期の姿

 

B: 収容所所長フランツ・ツィライスの遺体は、裸体に落書きされ、グーセン収容所の鉄条網に吊るされましたが事実でしょうか。

A: かつては否定する説もあったようですが事実だとされています。彼は家族と逃亡中の1945523日に発見され、さらに逃亡しようとしたので撃たれ、米軍が設置したグーセンの病院に搬送されるも翌日死去、遺体は衣服を剥ぎとられ、元囚人たちによってマウトハウゼンの付属収容所グーセンのフェンスに吊るされた。

 

          

          (グーセン収容所のフェンスに吊るされたツィライス)

 

B: 息子の8歳の誕生祝いに集まった客人を前に、本物のピストルを息子に渡し射撃の練習と称してウェーターをしていた囚人を撃つようけしかけた。ビビる息子に業を煮やして自ら数人を射殺した。

A: このシーンも事実の由、実際は数人どころか40人以上とも言われています。奥さんも震え上がっていましたが、引き留めようとすれば自分が撃たれるから軽々しく口出しできない。花崗岩採石場の経営者ポシャッハーも大切な労働力を失って「もう、これは手が付けられない」と。

 

     

      (解放後リッケンから奪ったカメラで証拠写真を撮るボシュ、映画から)

 

B: ポシャッハーが良心的な人物に思えてくるようなシーンでした。囚人を個人的な仕事に使うことができた。勿論賃金は払われない。しかし三度の御飯とベッドはあてがわれたから、収容所に比較すれば天国だったでしょう。

A: ツィライスはいわゆる叩き上げのSS大佐で、エリート将校から馬鹿にされているのではないかと怖れている小心者、第三帝国の没落など想像すらできない先が見えない人物だったのではないか。名演技を称賛されつつも「ヒトラー役はもう演りたくない」と、ブルーノ・ガンツは吐露したが、フランツ・ツィライス役も演りたくないほうか。

 

       

       (ネガの隠す場所を白状するよう拷問を受けるボシュ、映画から)

 

B: エミリオ・ガビラが演じたユダヤ人の囚人アレクサンダー・カタンA.K.)も実在した。軟骨無形成症、いわゆる低身長を患っていた。

A: 「違うものは普通のものより面白い」とリッケンはうそぶく。彼はドイツ語もスペイン語もできるオーストリア人だと言ってるが実はオランダ人で、オーストリアで語学教師をしていたとボシュに語る。こういう体形は強みのこともあり、それはSS隊員は卑猥だからと。エミリオ・ガビラは、ハビエル・フェセルの『ミラクル・ぺティント』や『モルタデロトフィレモン』、パブロ・ベルベルの『ブランカニエベス』などに出演しているベテラン。

 

B: 「娼婦宿にも行けた」と。それをリッケンは覗き見していた。結局解剖されてホルマリン漬けになっっているのをボシュは目撃する。このシーンは「信じられないことだが事実だ」と脚本家のロジャー・ダネスが語っている。

A: こういう異常者の医師で思い出されるのが、ルシア・プエンソが描いた『ワコルダ』に登場するヨーゼフ・メンゲレです。ユダヤ人の人体実験を行い「死の天使」と怖れられた医師、ナチハンターモサドの追跡を巧みにかわして、アルゼンチン、パラグアイと逃亡、1979年ブラジルで海水浴中に心臓発作で死亡した。イスラエルにとってもブラジルにとっても国家の不名誉でした。

B: 戦後35年も逃げおおせたのは、抜群の知能犯だった以外にナチ主義者の残党たちの組織ぐるみの情報網のお蔭です。

A: 作中に「夜と霧」法令というのが何度か出てきましたが、1941127日に出されたヒトラー総統命令「夜と霧」