アルベルト・セラの『パシフィクション』*東京国際映画祭2022 ③ ― 2022年10月13日 16:26
ワールド・フォーカス部門――ラテンビート映画祭共催作品
★ワールド・フォーカス部門には、第19回ラテンビート映画祭 IN TIFFとして、コロンビア映画アンドレス・ラミレス・プリドの『ラ・ハウリア』(スペイン語)、同時上映のアルゼンチンからルクレシア・マルテルの短編『ルーム・メイド』(12分)、ポルトガル語映画ジョアン・ペドロ・ロドリゲス&ジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタの『この通りはどこ? あるいは、今ここに過去はない』とロドリゲスの『鬼火』、今回アップするアルベルト・セラの『パシフィクション』(仏語・英語)がエントリーされています。
★『パシフィクション』は、カンヌ映画祭2022コンペティション部門ノミネート作品、批評家からは絶賛されましたが、万人受けする映画でないことは確かです。カンヌ以降数々の映画祭で上映されていますが、目下のところデータベースを探す限り受賞歴はないようです。当ブログでは第75回カンヌ映画祭でアウトラインはアップ済みですが、TIFF とラテンビート共催作品ということで改めてご紹介します。スペイン・プレミアはサンセバスチャン映画祭メイド・イン・スペイン部門で上映されました。
*カンヌ映画祭2022の記事は、コチラ⇒2022年06月10日
(左から、パホア・マハガファナウ、ブノワ・マジメル、セラ監督、
モンセ・トリオラ、カンヌ映画祭2022、5月26日フォトコール)
『パシフィクション』(原題「Tourment sur les iles」 英題「Pacifiction」)
製作:Andergraund Films / Arte France Cinéma / Institut Catala de les Empreses Culturals ICEC / ICAA / Rosa Films / Rádio e Televisao de Portugal RTP / Tamtam Film / TV3
監督・脚本:アルベルト・セラ
撮影:アルトゥール・トルト(トール)
編集:アリアドナ・リバス、アルベルト・セラ、アルトゥール・トルト
音楽:マルク・ベルダゲル
音響:ジョルディ・リバス
プロダクション・マネジメント:Eugénie Deplus、クラウディア・ロベルト
製作者:マルタ・アルベス、ピエール=オリヴィエ・バルデ(仏)、ダーク・デッカー、ジョアキン・サピニョ(葡)、アンドレア・シュッテSchütte、アルベルト・セラ、(エグゼクティブ)モンセ・トリオラ(仏)、ローラン・ジャックマン、エリザベス・パロウスキー、ほか
データ:製作国フランス=スペイン=ドイツ=ポルトガル、フランス語・英語、2022年、スリラードラマ、165分、配給Films Boutique、公開スペイン(バルセロナ、マドリード)、アンドラ、フランス(11月9日)
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2022コンペティション部門、エルサレムFF 国際映画部門、北京FF、香港FF、トロントFF、ミュンヘンFF、サンセバスチャンFFメイド・イン・スペイン部門BFI ロンドンFF、ニューヨークFF、釜山FF、リガFF、ゲントFF、TIFF、ほか
キャスト:ブノワ・マジメル(ド・ロレール De Roller)、セルジ・ロペス(モートン)、リュイス・セラー(ロイス)、パホア・マハガファナウ(シャナ)、モンセ・トリオラ(フランチェスカ)、マルク・スジーニ(ラミラル)、マタヒ・パンブルン(マタヒ)、セシル・ギルベール(ロマネ・アティア)、バティスト・ピントー、マイク・ランドスケープ、マレバ・ウォン、アレクサンドル・メロ、ミヒャエル・ヴォーター、ラウラ・プルヴェ、ローラン・ブリソノー、サイラス・アライ、ほか
ストーリー:フランス領ポリネシアのタヒチ島で、共和国高等弁務官を務めるフランス政府高官のド・ロレールは、完璧なマナーを備えた計算高い人物である。公式のレセプションでも非合法な機関でも同じように、彼は地元住民の意見に耳を傾けることを怠らず、いつ何時でも彼らの怒りをかき立てることができるようにしています。そして非現実的な存在の潜水艦の目撃が、フランスの核実験再開を告げる可能性があるという根強い噂が広まるときには尚更です。不確実性、疑惑、不作為、フェイクニュースが蔓延する政治スリラー。
(リネンの白ジャケットで身を固めたブノワ・マジメル、フレームから)
★前作『リベルテ』よりもストーリーテリングに重きをおいて少しは親しみやすくなっているようですが、正統的な物語システムとは異なっているようで、逆により複雑になっている印象をうけます。「類似作品を見つけることは不可能」と批評家、困りますね。カンヌでは165分の長尺にもかかわらず、上映後のオベーションは7分間と、批評家やシネマニアには受け入れられましたが、万人受けでないことは明らかでしょう。フランスで小説家として成功して故郷に戻ってきた女性との奇妙なロマンスも語られるようですが、エロティシズムは潜在的、前作『リベルテ』とは打って変わってセックスシーンはスクリーンから除外されている。予告編から想像できるのは、何の対策も持ち合わせていない政治家たちを批判しているようです。タイトルとは異なり不穏な雰囲気が漂っている。
★監督紹介:1975年カタルーニャのジローナ県バニョラス生れ、監督、脚本家、製作者、舞台演出家。2003年、故郷ジローナ県の小村クレスピアを舞台にアマチュアを起用したミュージカル「Crespia」(84分)で長編デビューをする。2006年、第2作『騎士の名誉』がカンヌFF と併催の「監督週間」で上映され、批評家の注目を集める。2009年からガウディ賞に発展するバルセロナ映画賞カタルーニャ語作品賞・新人監督賞受賞、トリノFF脚本賞他、ウィーンFFFIPRESCI 賞などを受賞する。2008年の『鳥の歌』(モノクロ、カンヌ監督週間)は、名称が変わった第1回ガウディ賞のカタルーニャ語部門の作品賞と監督賞を受賞した。2010年コメディ「Els noms de Crist」(仮題「キリストの名前」ロッテルダムFF2012出品)、2011年ドキュメンタリー『主はその力をあらわせり』、2013年、女性遍歴のすえ最後の日々を送るカサノヴァと不死を生きるドラキュラの出会いを退廃と暴力で描いた『私の死の物語』(ロカルノFF)で金豹賞を受賞し、大きな転機となる。
(金豹賞のトロフィーを手にした監督、ロカルノ映画祭2013)
★2016年『ルイ14世の死』(カンヌ特別招待作品)は、シネフォリア映画賞グランプリ以下、ジャン・ヴィゴ賞、エルサレムFFインターナショナル作品賞など数々の国際映画賞を受賞した。2017年11月、監督を招いて開催された広島国際映画祭で「アルベルト・セラ監督特集」が組まれ本作と『鳥の歌』、引き続きアテネ・フランセ文化センターでは、『騎士の名誉』、『私の死の物語』にドキュメンタリをー加えた5作が上映された。翌2018年の劇場公開(5月26日シアター・イメージフォーラム)に先駆けて、「〈21世紀の前衛〉アルベルト・セラ お前は誰だ!?」(19日~25日)と銘打ったセラ特集上映会が開催され、ドキュメンタリーを含む過去の4作が同館でレジタル上映された。監督は会期中に再び来日している。
(ジャン・ヴィゴ賞受賞のセラ監督)
★2019年『リベルテ』(原題「Liberaté」138分)は、カンヌ映画祭「ある視点」にノミネートされ、特別審査員賞を受賞した他は、ガウディ賞、シネフォリオ映画賞、モントリオールFF、ミュンヘンFFともノミネートに止まった。前年2月、ベルリンのフォルクスビューネ劇場で、セラ自身の演出で初演されたものがベースになっている。晩年のヴィスコンティが寵愛したヘルムート・バーガーが両方に主演している。本作に出演者のうちマルク・スジーニ、リュイス・セラー、ラウラ・プルヴェ、バティスト・ピントー、モンセ・トリオラなどが新作と重なっている。なお邦題は、2020年3月アンスティチュ・フランセ関西でR16の制限付きで上映されたときに付けられた。
*『私の死の物語』の紹介記事は、コチラ⇒2013年08月25日
*『リベルテ』作品紹介&監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2019年04月25日
★セラの全作品を手掛けるモンセ・トリオラは、カタルーニャ出身のプロデューサー、女優でもある。制作会社 Andergraund Films の代表者。女優としてはセラのデビュー作「Crespia」以下、『騎士の名誉』、『鳥の歌』、「キリストの名前」、『私の死の物語』、『リベルテ』、『パシフィクション』に出演、新作では故郷に戻ってきた作家を演じるようです。「ヨーロッパには、アングロサクソン諸国とは違って、他国との共同製作の伝統があり、弱小のプロジェクトにとっては大変働きやすい」と語っている。下の写真は『リベルテ』がノミネートされたガウディ賞2020のフォトコール、衣装デザイナーのローザ・タラットが衣装賞を受賞した。
(左から、モンセ・トリオラ、セラ監督、ローザ・タラット、ガウディ賞2020ガラ)
★チケット発売は10月15日と目前ですが、ラテンビート2022のサイトは Coming soon です。
第35回東京国際映画祭2022*ラインナップ発表 ① ― 2022年09月24日 15:09
コンペティション部門3作を含む8作が上映される
★9月21日、第35回東京国際映画祭 TIFF 2022ラインナップの発表会がありました。今年は10月24日~11月2日までと若干早い。当ブログ関連作品はコンペティション部門3作、ガラ・セレクション部門1作、ワールド・フォーカス部門(ラテンビート映画祭共催)のポルトガル映画2作を含む4作、漏れがなければ合計8作です。うち5作が既に作品紹介をしています。未紹介のスペイン映画、カルロス・ベルムトの『マンティコア』は、トロント映画祭コンテンポラリー・ワールド・シネマ tiff でワールド・プレミアされています。スペイン・プレミアは多分サンセバスチャン映画祭終了後に開催されるシッチェス映画祭と思います。
★サンセバスチャン映画祭が終了後にアップ予定ですが、一応タイトルだけ列挙しておきます。
◎コンペティション部門
1)『1976』(「1976」)チリ=アルゼンチン=カタール、スペイン語、ドラマ、97分
監督マヌエラ・マルテッリ
*作品紹介は、コチラ⇒2022年09月13日
2)『ザ・ビースト』(「As Bestas / The Beastas」)スペイン=フランス、スペイン語・フランス語・ガリシア語、ドラマ、138分
監督ロドリゴ・ソロゴジェン
*作品紹介は、コチラ⇒2022年06月10日
◎ガラ・コレクション部門
4)『バルド、偽りの記録と一握りの真実』(「Bardo, Falsa cronica de una cuantas verdades」)メキシコ、スペイン語、ドラマ、174分
監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
*作品紹介は、コチラ⇒2022年09月08日
◎ワールド・フォーカス部門(第19回ラテンビート映画祭IN TIFF)共催
5)『ラ・ハウリア』(「La jauría」)コロンビア=フランス、スペイン語、ドラマ、88分
監督アンドレス・ラミレス・プリド
*作品紹介は、コチラ⇒2022年08月25日
*『ルーム・メイド』(「Maid」短編)アルゼンチン=メキシコ、スペイン語、12分、併映
監督ルクレシア・マルテル
*作品紹介は、コチラ⇒2022年10月19日
6)『パシフィクション』(「Pacifiction / Tourment sur les iles」)スペイン=フランス=ドイツ=ポルトガル、仏語・英語、ドラマ、165分
監督アルベルト・セラ
*作品紹介は、コチラ⇒2022年10月13日
7)『この通りはどこ? あるいは、今ここに過去はない』(「Where Is This Street?or With No Before And After」)ポルトガル=フランス、ポルトガル語、ドキュメンタリー、88分、カラー&モノクロ
監督ジョアン・ペドロ・ロドリゲス、ジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタ
8)『鬼火』(「Fogo-Fátua / Will-o’-the Wisp」)ポルトガル=フランス、ポルトガル語・英語、ドラマ、67分
監督ジョアン・ペドロ・ロドリゲス
*作品紹介は、コチラ⇒2022年10月25日
★TIFFの『マンティコア』紹介文は、「ゲームのデザイナーとして働く若い男性とボーイッシュな少女との恋愛の行方を描く」とテーマの本質が若干ずれていることもあり、いずれ作品紹介を予定しています。タイトルが「マンティコア」、監督が『マジカル・ガール』のベルムトですから、青年と少女の恋の行方のはずがない。確かに二人は恋をするのですが・・・。ゲーム・デザイナーのフリアン役に、ダニエル・サンチェス・アレバロの『SEVENTEENセブンティーン』(19)で主役を演じたナチョ・サンチェスが扮するのも魅力の一つ、フィルム・ファクトリーが販売権を独占したということですから公開が期待できます。
(ナチョ・サンチェスを配した、トロント映画祭のポスター)
★ポルトガルの『この通りはどこ? あるいは、今ここに過去はない』は、パウロ・ローシャの傑作『青い年』(65)をめぐるドキュメンタリー、先ずそちらから見る必要がありそうです。上記のように邦題は直訳なので、原題探しで迷子にならなくて助かります。また新型コロナウイルス対策として、映画祭スタッフは「マスクの常時着用」、抗原検査ほかを実施する(9月21日の決定)。チケット一般販売は10月15日から。
*追加情報:「ユースTIFF ティーンズ」部門に、スペインのエレナ・ロペス・リエラのデビュー作『ザ・ウォーター』が漏れていました。追加しておきました。
*作品紹介は、コチラ⇒2022年10月17日
クララ・ロケの『リベルタード』*ラテンビート2021 ― 2021年10月12日 17:36
『リベルタード』――東京国際映画祭との共催上映
★前回触れましたように今年18回を迎えるラテンビート2021は、バルト9での単独開催及びデジタル配信もなく、東京国際映画祭との共催上映3作のみになりました。しかし、日本未公開のスペイン語圏の名作を中心に紹介する通年の配信チャンネル《ラテンビート・クラシック》(仮題)を準備中ということです。いずれ公式のサイトが発表になるようです。3作のうち当ブログ未紹介のクララ・ロケのデビュー作『リベルタード』のご紹介。カンヌ映画祭と併催の第60回「批評家週間」でワールドプレミアされています。1988年バルセロナ出身のロケ監督は、既に脚本家として実績を残しており、自身も「監督より脚本を構想するほうが好き」と、インタビューで語っています。
『リベルタード』(原題 Libertad)
製作:Bulletproof Cupid / Avalon / Lastor Medíaº
監督・脚本:クララ・ロケ
音楽:Paul Tyan ポール・タイアン
撮影:グリス・ジョルダナ
編集:アナ・プファフPfaff
キャスティング:イレネ・ロケ
プロダクション・デザイン:マルタ・バザコ
衣装デザイン:Vinyet Escobar ビンジェ・エスコバル
メイクアップ&ヘアー:(メイクアップ)バルバラ・ブロック Broucke、(ヘアー)アリシア・マチン
プロダクション・マネージメント:ジョルディ・エレロス、ゴレッティ・パヘス
製作者:セルジ・モレノ、ステファン・シュミッツ、マリア・サモラ、トノ・フォルゲラ、
データ:製作国スペイン=ベルギー、スペイン語、2021年、ドラマ、104分、撮影地バルセロナ、公開スペイン2021年11月19日予定
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭併催の第60回「批評家週間」2021作品賞・ゴールデンカメラ賞ノミネーション、アテネ映画祭、ヘント映画祭、エルサレム映画祭国際シネマ賞、第66回バジャドリード映画祭2021(Seminci)オープニング作品、各ノミネート
キャスト:マリア・モレラ・コロメル(ノラ)、ニコル・ガルシア(リベルタ―ド)、ノラ・ナバス(ノラの母テレサ)、ビッキー・ペーニャ(ノラの祖母アンヘラ)、カルロス・アルカイデ(マヌエル)、カロル・ウルタド(ロサナ)、マチルデ・レグランド、オスカル・ムニョス、マリア・ロドリゲス・ソト、ダビ・セルバス、セルジ・トレシーリャス、他
ストーリー:ビダル一家は、進行したアルツハイマー病に苦しむ祖母アンヘラの最後の休暇を夏の家で過ごしている。14歳のノラは、生まれて初めて自分の居場所が見つからないように感じている。子供騙しのゲームは卒業、しかし大人の会話には難しくて割り込めない。しかし祖母の介護者でコロンビア人のロサナと、ノラより少し年長の娘リベルタードが到着して、事情は一変する。反抗的で魅力的なリベルタードは、ノラにとって別の玄関のドアを開きます。二人の女の子はたちまち強烈で不均衡な友情を結んでいく。家族の家がもっている保護と快適さから二人揃って抜け出し、ノラはこれまで決して得たことのない自由な新しい世界を発見する。カタルーニャの裕福な家族出身のノラ、コロンビアで祖母に育てられたリベルタード、異なった世界に暮らしていた二人の少女の友情と愛は、不平等な階級の壁を超えられるでしょうか。
(ノラとリベルタード、フレームから)
先達の存在に勇気づけられる――私は脚本家だと思っています
★監督紹介:クララ・ロケは、1988年バルセロナ生れ、バルセロナ派の脚本家、監督。ポンペウ・ファブラ大学で視聴覚コミュニケーションを専攻、奨学金を得てコロンビア大学で脚本を学んだ。自身は脚本家としての部分が多いと分析、脚本家デビューはカルロス・マルケス=マルセの「10.000 Km」(14)、またハイメ・ロサーレスの『ペトラは静かに対峙する』(原題Petra、18)を監督と共同執筆している。監督としては、長編デビュー作とも関連する終末ケアをする女性介護者をテーマにした、短編「El adiós」(バジャドリード映画祭2015金の麦の穂受賞)や「Les bones nenes」(16)、TVミニシリーズ「Tijuana」(19、3話)、「Escenario 0」(20、1話)を手掛けている。『リベルタード』が長編デビュー作。
*「10.000 Km」の作品紹介は、コチラ⇒2014年04月11日
*『ペトラは静かに対峙する』の作品紹介は、コチラ⇒2018年08月08日
(短編「El adiós」で金の麦の穂を受賞したクララ・ロケ、バジャドリードFF授賞式)
★カンヌにもってこられたのは「本当に夢のようです。上映を待っていたのですが、パンデミアの最中だったので難しかった。カンヌが2021年の映画祭で上映することを提案してくれた」と監督。スペイン映画としてノミネートは本作だけでした。「カタルーニャでは、女性シネアストが多く、イサベル・コイシェのような存在が大きかった。映画の世界は男性だけのものではないという希望を私に与えてくれたからです」と。他にイシアル・ボリャイン、アルゼンチンのルクレシア・マルテルとフリア・ソロモノフ、オーストラリアのジェーン・カンピオン、バルセロナ出身の先輩ベレン・フネスなどを挙げている。男性では、上記のロサーレスとマルケス=マルセの他に、『ライフ・アンド・ナッシング・モア』のアントニオ・メンデス・エスパルサを挙げている。マリア・ソロモノフ監督はコロンビア大学の彼女の指導教官、現在は映画製作と並行して、ブルックリン大学シネマ大学院で後進の指導に当たっている。
少女から大人の女性へ――揺れ動くアイデンティティ形成段階の少女たち
★カンヌ映画祭には運悪くコロナに感染していて自身でプレゼンができなかった。シネヨーロッパのインタビューも電話でした。タイトルの Libertad は、主人公の名前から採られていますが、それを超えています。「この映画の中心テーマです。自由とは何かということです。本当に自由を選ぶ手段をもっている人だけのものか、自由はもっと精神的な何かなのか。劇中にはいろいろなやり方で自由を模索する登場人物が出てきます」と監督。
(マリア・モレラに演技指導をするクララ・ロケ監督)
★ノラの祖母を介護しているロサナはコロンビアからの移民、幼い娘リベルタードを母に預けてスペインに働きに来ていた。そこへ10年ぶりに15歳になった娘がやってくる。裕福なノラの家族、貧困で一緒に暮らせなかった家族という階級格差、移民によって提供されるケアの問題が浮き彫りになる。両親から受け継いだアイデンティティ、特に母から娘に受け継がれたパターンから逃れるのはそう簡単ではない。子供から大人の女性への入口は、アイデンティティが形成される段階にあり、多くの女性監督を魅了し続けている。「自分を信頼することが一番難しい。自身を信頼することが重要」と監督。
(ノラの母親役ノラ・ナバス、リベルタードの母親役カロル・ウルタド)
★「キャスティングの段階で、介護者となるプロでない女優を探していた。そのとき出身国に自分の子供たちを残して他人のケアをしている人には大きなトラウマがあることに気づきました。10年間も母親に会っていない娘が突然現れたらというアイデアが浮かびました」と、本作誕生の経緯をシネヨーロッパのインタビューで語っている。インタビュアーからブラジルのアナ・ミュイラートの『セカンドマザー』(15)との類似性を指摘されている。サンダンス映画祭でプレミアされ、ベルリン映画祭2015パノラマ部門の観客賞を受賞、本邦でも2017年1月に公開されている。監督は「既に脚本を書き始めていて、(コロンビア大学の指導教官の)フリア・ソロモノフから観るように連絡を受けた。異なるプロフィールをもっていますが、どちらも進歩的と考えられる中産階級やブルジョア社会に奉仕することで生じてくる不快感が語られています。これを語るのは興味深いです」とコメントしている。
★最初は別の2本のスクリプトを書いていた。一つは母と娘が再会する移民の話、もう一つは祖母、母、娘が最後の夏休暇を過ごす話でした。「アンディ・ビーネンから単独では映画として機能しないから、一つにまとめる必要があると指摘された」と。アンディ・ビーネンはコロンビア大学の指導教官で、キンバリー・ピアーズが実話をベースにして撮った『ボーイズ・ドント・クライ』(99)を監督と共同執筆した。観るのがしんどい映画でしたね。こうして2つのスクリプトが合流して、バックグランドに流れる牧歌的な平和を乱す『リベルタード』は完成した。
(子役出身のマリア・モレラ)
★リベルタ―ド役のニコル・ガルシアは本作でデビュー、ノラ役のマリア・モレラは長編2作目、生まれも育ちも異なる対照的な性格の女の子を好演した。脇を固めるのがベテランのノラ・ナバス、ビッキー・ペーニャ、最近TVミニシリーズの出演が多いマリア・ロドリゲス・ソトは、2019年にカルロス・マルケス=マルセの「Els dies que vindran」で主演、マラガFF銀のビスナガ女優賞を受賞しているほか、ベレン・フネスの「La hija de un ladrón」、カルレス・トラスの『パラメディック-闇の救急救命士』(Netflix 配信)にも出演している。3作とも当ブログにアップしておりますが、今回は脇役なので割愛します。
(本作デビューのニコル・ガルシア)
第18回ラテンビート2021*東京国際映画祭共催上映 ― 2021年10月08日 15:41
今年のラテンビートは東京国際映画祭共催上映の3作品のみ
★残念ながら、ラテンビート2021は危惧していた通りになってしまいました。東京国際映画祭TIFF(10月30日~11月8日)共催上映の3作品のみとなりました。せめてオンライン上映だけでもと思っていましたが叶いませんでした。3作のうちロレンソ・ビガスの『箱』(原題 La caja)と、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『ベネシアフレニア』(原題 Veneciafrenia)は、既に原題でご紹介しています。クララ・ロケの『リベルタード』(原題 Libertad)は次回アップします。
*TIFF 共催上映の3作品*
①『箱』(原題 La caja)2021、製作国メキシコ=米国、スペイン語、スリラー・ドラマ、92分
監督:ロレンソ・ビガス(ベネズエラ)
◎トレビア:『彼方から』がベネチア映画祭2015金獅子賞を受賞している。ベネチア映画祭2021コンペティション部門、トロント映画祭、サンセバスチャン映画祭2021ホライズンズ・ラティノ部門ノミネート作品。
*紹介記事は、コチラ⇒2021年09月07日
②『ベネシアフレニア』(原題 Veneciafrenia)2021、製作国スペイン、スペイン語、スラッシャー・ホラー、100分
監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア(スペイン)
◎トレビア:デビュー作『ハイル・ミュタンテ 電撃XX作戦』以来タッグを組んでいる脚本家ホルヘ・ゲリカエチェバリアと共同執筆、痛みのジェットコースター、エモーションと凍りついた笑い満載、現地ベネチアにて撮影。
*作品紹介は、コチラ⇒2021年10月06日
③『リベルタード』(原題 Libertad)2021、製作国スペイン=ベルギー、スペイン語、ドラマ、104分
監督:クララ・ロケ(スペイン)
◎トレビア:カンヌ映画祭「批評家週間」にノミネートされた監督デビュー作。
監督キャリア&作品紹介予定
*作品紹介は、コチラ⇒2021年10月12日
★以上3作です。その他、コンペティション部門にベテラン監督と称してもいいマヌエル・マルティン=クエンカの『ザ・ドーター』(原題 La hija)が選ばれていました。トロント映画祭でワールドプレミアされた関係で、サンセバスチャン映画祭ではアウト・オブ・コンペティション枠でした。TIFFのコンペティション部門はデビュー作から2、3作目までと聞いておりましたが、コロナ禍の昨年から幅が広がっています。また、共にウルグアイ出身でメキシコで製作しているロドリゴ・プラ&ラウラ・サントゥリョ夫妻が手掛けた『もうひとりのトム』(原題 The Other Tom)の言語は英語です。反対に言語はスペイン語、メキシコでオールロケしたというルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイの『市民』(原題 La civil)も選ばれており、今年の国際映画祭の話題作がノミネートされています。ロドリゴ・プラはTIFF 2015の『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』で来日しています。次回からアップしていく予定です。
*東京国際映画祭のチケット発売は、10月23日です。
(マヌエル・マルティン=クエンカの『ザ・ドーター』から)
デ・ラ・イグレシアの新作ホラー「Veneciafrenia」*シッチェス映画祭 ― 2021年10月06日 17:35
恐怖コレクション第1作目はベネチアを舞台におきる連続失踪事件の謎
★暫く静観気味だったアレックス・デ・ラ・イグレシアの新作「Veneciafrenia」が、第54回シッチェス映画祭2021(10月7日~17日)でワールドプレミアされます。The Fear Collection(恐怖コレクション)全5作の第1作目、デ・ラ・イグレシアとカロリナ・バング夫妻が設立した制作会社 <Pokeepsie Films> とソニー・ピクチャーズ、アマゾン・スタジオが共同で製作します。既に2作目以降も準備中ということです。第1作の舞台は観光都市ベネチアを訪れた仲良しグループが次々に失踪するというホラー・サスペンスのようです。脚本はデビュー作『ハイル・ミュタンテ!電撃XX作戦』からタッグを組んでいるホルヘ・ゲリカエチェバリアとの共同執筆です。シッチェス映画祭上映は10月9日、スペイン公開は11月26日に決定しています。いずれプライム・ビデオで見られるのでしょうか。
(デ・ラ・イグレシア監督と製作者カロリナ・バング)
「Veneciafrenia」2021年
製作:Pokeepsie Films / Sony Picuures España / Amazon Studios / Eliofilm /
TLM The Last Monkey
監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア
脚本:ホルヘ・ゲリカエチェバリア、アレックス・デ・ラ・イグレシア
音楽:ロケ・バニョス
撮影:パブロ・ロッソ
編集:ドミンゴ・ゴンサレス
美術:ホセ・ルイス・アリサバラガ、ビアフラ Biaffra
衣装デザイン:ラウラ・ミラン
メイクアップ:クリスティナ・アセンホ、アントニオ・ナランホ
製作者:カロリナ・バング、アレックス・デ・ラ・イグレシア、(エグゼクティブ)リカルド・マルコ・ブデ、イグナシオ・サラサール=シンプソン、アリエンス・ダムシ、他
データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、ホラー・サスペンス、100分、撮影地マドリード、ベネチア、期間2020年10月クランクイン、約7週間。The Fear Collection第1作目。スペイン公開2021年11月26日
映画祭・受賞歴:第54回シッチェス映画祭2021正式出品(ワールドプレミア10月9日)
キャスト:イングリッド・ガルシア=ヨンソン、シルビア・アロンソ、ゴイセ・ブランコ、ニコラス・イロロ(ブランコのパートナー)、アルベルト・バング(ガルシア=ヨンソンの弟)、コジモ・ファスコ(暗殺者)、カテリーナ・ムリノ、エンリコ・ロ・ヴェルソ(タクシー運転手)、アルマンド・デ・ラッサ、ニコ・ロメロ、アレッサンドロ・ブレサネッロ(Colonna)、ディエゴ・パゴット(セールスマン)、ジュリア・パニャッコ(ジーナ)、ジャンカルロ・ユディカ・コルディーリア(ベネチア大使)、他
ストーリー:自然界には美と死のあいだに不可解な繋がりがあります。明るい灯台に引き寄せられる蛾のように、観光客が美しい都市ベネチアに押しよせ、灯りを少しずつ消していきます。ベネチアの人々は、過去数十年にわたる苦しみに怒りを爆発させ、侵略者を撃退するため生存本能を解き放ち、一部の人々がエスカレートさせていきます。そんなこととは露知らず、私たちの主人公、スペインの無邪気な観光客一行は、ベネチアを愉しむためにやってきました。しかしグループの一人が姿を消します。固い友情に結ばれていた友人たちが捜索を始めますが、やがて亀裂がおこり仲間割れが生じるようになる。彼らは自身の生き残りをかけて闘うことを余儀なくされることになるでしょう。
(ベネチアでのクランクイン、2020年10月9日)
観光客にうんざりしている友好的でないベネチアの住民たち
★アレックス・デ・ラ・イグレシアは「本作は、30人のスペイン観光客がベネチアに到着し、姿を消し始める、古典的なスラッシャー映画です」とコメント。スラッシャー映画というのは、にわか勉強ですが、殺人を含むホラー映画の非公式な総称、スプラッター映画や心理的ホラーなど他のホラーサブジャンルと区別するためできた用語で、イタリアの60年代のジャッロ映画に影響を受けているということです。
(監督と「Veneciafrenia」のポスター)
★脚本を共同執筆したホルヘ・ゲリカエチェバリアも「70年代から80年代にかけて流行したイタリアのジャッロ映画を再解釈したものです」と説明している。ジャッロ・スリラーはエロティシズムと心理的恐怖を織り交ぜた殺人ミステリー、正体不明の殺人者が登場し、壮大なやり方で殺害していくのが特徴ということです。3期に分かれていて古典期は1974~93年までの作品、例えば『悪魔のいけにえ』(74)、『暗闇にベルが鳴る』(74)、『エルム街の悪夢』(84)などが挙げられる。「コロナウイリスの前に、ラグーンで毎日下船する大きな船やクルーズ船に対する地元住民の大きな抗議がありました。それはベネチアの都市崩壊やディズニーランド化に繋がり、持続可能性を危険に晒すからというものでした」と、動機を語っている。上述したように監督のデビュー作から「Perfectos desconocidos」(17)まで、TVシリーズ「30 monedas」(30 Coins 20~21)も含めて、殆どの作品でタッグを組んでおり、ブランカ・スアレスを起用した次回作「El cuarto pasajero」も言うまでもない。
(デ・ラ・イグレシア監督とホルヘ・ゲリカエチェバリア)
★キャスト紹介:スペインサイドは、イングリッド・ガルシア=ヨンソン、シルビア・アロンソ、ゴイセ・ブランコ(TVシリーズ『ミダスの手先』)の30代の仲良し3人組を軸にしている。主役のガルシア=ヨンソンによると「回りくどいことは嫌いだが、不安定で脆いところがある。結婚しているが、夫が同行しない友人たちとのベネチア旅行に参加する」役柄と説明している。シルビア・アロンソは1992年サラマンカ生れ、TVシリーズ出演後、クララ・マルティネス=ラサロの「Hacerrse mayor y otros Problemas」(18)で主役に起用された新人、ゴイセ・ブランコはマテオ・ヒル他の『ミダスの手先』(20,6話)がNetflixで配信されている。
*イングリッド・ガルシア=ヨンソンのキャリア紹介は、コチラ⇒2019年03月29日
(別人のようにスマートになった監督の指示を受ける出演者たち、ベネチアにて)
★TVシリーズ「30 Coins」出演のガルシア=ヨンソンの弟役アルベルト・バング、ゴイセ・ブランコのパートナー役ニコラス・イロロが加わる。1983年カセレス生れのニコ・ロメロ(TVシリーズ「La fortuna」『ケーブル・ガールズ』)、アルマンド・デ・ラッサ(『ビースト 獣の日』)など。
★イタリアサイドは、1977年サルディーニャ生れ、96年のミスイタリア4位のボンド・ガールの一人カテリーナ・ムリノ(『007/カジノ・ロワイヤル』、ネットフリックス配信の新作『マイ・ブラザー、マイ・シスター』)、コジモ・ファスコ(「30 Coins」)、エンリコ・ロ・ヴェルソ(『アラトリステ』)、1948年ベネチア生れのベテラン、アレッサンドロ・ブレサネッロ(『007スペクター』の神父役)、ジュリア・パニャッコなど出演者が多い。
★観光都市ですから多くの住民が観光で生計を立てているわけですが、全部の住民が観光客に頼っているわけではない。いずれ温暖化の影響で地盤沈下で住めなくなるとしても、それは今ではない。観光客を歓迎しない住民もいるということです。「Veneciafrenia」が恐怖コレクションの第1作、既に「ジャウマ・バラゲロによるものと、ボルハ・コベアガが脚本を手掛けるエウヘニオ・ミラの作品が始動している」とデ・ラ・イグレシア監督、ベネチアはこのジャンルとうまく調和しているとも語っている。エウヘニオ・ミラは『グランドピアノ 狙われた黒鍵』(13)が公開されている。シッチェス映画祭も間もなく開幕しますが、ホラー大好き人間の評価は得られるでしょうか。痛みのジェットコースター、エモーションと凍りついた笑い満載ということです。
*追加情報:第34回東京国際映画祭2021「ワールド・フォーカス」部門で『ベネシアフレニア』の邦題で上映決定。第18回ラテンビート2021共催上映
ロレンソ・ビガスの新作「La caja」*サンセバスチャン映画祭2021 ⑲ ― 2021年09月07日 17:33
第5弾――『彼方から』6年ぶりの新作「La caja」
★ホライズンズ・ラティノ部門ノミネートのロレンソ・ビガス(ベネズエラのメリダ1967)の「La caja」は、ベネチア映画祭2021のコンペティションでワールドプレミアされます(結果発表は9月11日)。監督は2015年の「Desde allá」で金獅子賞を受賞、ラテンアメリカにトロフィーを運んできた最初の監督になりました。ラテンビート2016では『彼方から』の邦題で上映されています。ラテン諸国のなかでもベネズエラは、当時も現在も変わりませんが政情不安と貧困が常態化しており、映画産業は全くといっていいほど恵まれていません。受賞作はメキシコとの合作、新作はメキシコと米国の合作、監督は20年前にメキシコにやって来て映画製作をしており、ベネズエラは監督が生まれた国というだけです。メキシコのミシェル・フランコとは製作者として互いに協力関係にあります。新作の舞台はメキシコ北部のチワワ州の大都市シウダー・フアレス、アメリカと国境を接しているマキラドーラ地帯を背景にしています。キャリア&フィルモグラフィーは、『彼方から』でアップしています。
*『彼方から』関連記事は、2015年08月08日/同年10月09日/2016年09月30日
(左から、エルナン・メンドサ、監督、ハッツィン・ナバレテ、ベネチアFF2021)
「La caja / The Box」
製作:Teorema(メキシコ)/ SK Global Entertainment / Labodigital(メキシコ)
監督:ロレンソ・ビガス
脚本:パウラ・マルコビッチ、ロレンソ・ビガス
撮影:セルヒオ・アームストロング
編集:パブロ・バルビエリ・カレーラ、イザベラ・モンテイロ・デ・カストロ
プロダクション・デザイン:ダニエラ・シュナイダー
プロダクション・マネージメント:サンティアゴ・デ・ラ・パス、マリアナ・ラロンド
衣装デザイン:ウルスラ・シュナイダー
視覚効果:エドガルド・メヒア、ディエゴ・バスケス・ロサ
キャスティング:ビリディアナ・オルベラ
音楽:マウリシオ・アローヨ
製作者:ミシェル・フランコ、ホルヘ・エルナンデス・アルダナ、ロレンソ・ビガス(以上はTeorema)、(エグゼクティブ)マイケル・ホーガン(SK Global Entertainment)、チャールズ・バルテBarthe(Labodigital)、ジョン・ペノッティ、ブライアン・コルンライヒ、キリアン・カーウィン、他多数
データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語、2021年、スリラー・ドラマ、92分、撮影地チワワ州(シウダーフアレス、クレエル、サンフアニート、他)、パナビジョンカメラ(35ミリ)使用
映画祭・受賞歴:第78回ベネチア映画祭コンペティション部門ノミネーション(9月6日)、トロント映画祭2021上映、第69回サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門ノミネーション
キャスト:ハッツィン・ナバレテ(ハッツィン・レイバ)、エルナン・メンドサ(父親に似た男性マリオ)、クリスティナ・スルエタ(ノリタ)、エリアン・ゴンサレス、ダルス・アレクサ・アル・ファロ、グラシエラ・ベルトラン
ストーリー:死んだと信じている父親を探す13歳の少年ハッツィンの物語。メキシコシティ生れのハッツィンは、父親の遺骨を引き取るための旅に出ます。メキシコ最北部の広大な空だけに囲まれた共同墓地で発見されたからです。遺骨の入った箱を渡されるが、街中で父親と体形が似ている男を偶然目撃したことで、彼の父親の本当の居場所についての疑問と希望が少年を満たしていきます。ラテンアメリカ諸国に共通している父の不在、父性の問題、行方不明者の問題に踏み込んだスリラー。箱の中身は何でしょうか。<父性についての三部作> 最終章。
(メキシコ最北部の砂漠で少年と父に似た男性、フレームから)
「La caja / The Box」は<父性についての三部作>の最終章
★デビュー作の早い成功は、多くの監督に次回作に大きなプレッシャーをもたらします。ロレンソ・ビガスも例外ではなかったでしょう。何しろ三大映画祭の一つ金獅子賞でしたから、「受賞にとらわれないようにすることに苦労した」と明かしている。『彼方から』のフィルモグラフィーでも述べたように、本作は2004年にカンヌ映画祭併催の「批評家週間」でプレミアされた短編映画「Los elefantes nunca olvidan」(13分、製作ギジェルモ・アリアガ)を第1部、『彼方から』を第2部、新作が最終章とする三部作、監督にとっては必要不可欠な構想だったから、完結できたことを喜びたい。前2作と角度が違うのは、本作では父親の欠如がもたらす結果に踏み込んでいること、家族を維持するための父親をもつために、少年に何ができるかを掘り下げている。また90歳で死ぬまで描き続けたという父親で画家だったオスワルド・ビガスを描いたドキュメンタリー「El vendedor de orquídeas」(16、75分)も、同じテーマなのでリストに入れてもいいということです。
(父親を配した「El vendedor de orquídeas」のポスター)
★キャストは、舞台演出家でベテラン俳優のエルナン・メンドサを起用、ミシェル・フランコの『父の秘密』(12)の凄みのある演技でアリエル賞にノミネート、アミル・ガルバン・セルベラほかの「La 4a Compañia」(16)でマイナー男優賞を受賞している。「ハッツィン・ナバレテと出会えたことが幸運だった」と語る監督は、主人公の少年探しは簡単ではなかったという。時間をかけて全国の学校を回り、犯罪率の高さで汚名を着せられているメヒコ州シウダー・ネツァワルコヨトルで彼を見つけるまで時間が掛った。ベネチアまで来られたのは彼の隠れた才能のお蔭だと言い切っている。またメキシコで出会った友人たちに感謝を忘れず「今回はメキシコを代表してやってきました」と述べた。以前から「自分はメキシコで生まれていなくてもメキシコ人です」と語っており、故国ベネズエラは遠くなりにけりです。
(少年とエルナン・メンドサ扮する偶然出会った男性、フレームから)
★撮影地にはメキシコ北部としか決めていなかったが、チワワ州に到着して「ここでなければならない」と思った。それは風景の圧倒的な美しさと、そこにある現実の美しさと恐ろしさのコントラストが決め手だったようです。ビデオではなく35ミリ撮影に拘ったのは「35ミリは光がフィルムと目を通過するため、依然として人間の目に近い。ビデオは電子的に生成されるから、映画館で見るとき、技術的な進歩にもかかわらず画像を知覚する感情的な方法は依然として35ミリです」とエル・パイス(メキシコ版)のインタビューに応えている。テキサス州エル・パソと国境を接するシウダー・フアレスからクレエルまでチワワ州の10ヵ所で撮影した。クレエルではメキシコでは滅多に見られない降雪があり「とても印象的でした」と。私たちは映画の中で美しい降雪に出会うでしょう。
(撮影中のロレンソ・ビガス監督)
★1990年代からシウダー・フアレスで出現し、現在も続いている女性連続失踪事件に踏み込んだのは、メキシコに来て最初に直面した衝撃の一つだったからで、脚本に自然に登場したと述べている。<フアレスの女性の死者たち>と呼ばれる殺人事件で、犠牲者は2万人にのぼる。ロベルト・ボラーニョの遺作となった小説『2666』にも登場する。小説ではサンタテレサという架空の名前になっているがシウダー・フアレスがモデルである。犠牲者の多くがマキラドーラ*の多国籍企業の下請けで低賃金で働く女性労働者であり、映画では少年をマキラドーラ産業の或る製品組立工場に導いていく。国家公安機構事務局の統計によると、2020年で最も多かった自治体はシウダー・フアレス市だったという。
(マキラドーラ産業の或る製品組立工場、フレームから)
(林立する犠牲者の十字架、シウダー・フアレス)
★脚本を監督と共同執筆したパウラ・マルコビッチ(ブエノスアイレス1968)は、ビガス同様メキシコで映画製作をしていますが、アルゼンチン出身の監督、脚本家、作家、自身の小説が映画化されている。メキシコの監督フェルナンド・エインビッケの『ダック・シーズン』や『レイク・タホ』の脚本を監督と共同執筆して、もっぱらメキシコで仕事をしているのでメキシコ人と思われていますがアルゼンチン人です。監督デビュー作「El premio」は故郷に戻って、自身が生れ育ったサン・クレメンテ・デル・トゥジュという湯治場を舞台に、軍事独裁時代を女の子の目線で撮った自伝的要素の強い作品です。ベルリン映画祭2011でプレミアされ、アリエル賞2013初監督作品賞オペラ・プリマ賞以下、国際映画祭での受賞歴が多数あります。
(「El premio」のポスター)
*マキラドーラは、製品を輸出する場合、原材料、部品、機械などを無関税で輸入できる保税加工制度、1965年に制定された。この制度を利用しているのがマキラドーラ産業で、低賃金で若い労働力を得られることで、メキシコに進出して日本企業も利用している。
*追加情報:第34回東京国際映画祭2021「ワールド・フォーカス」部門で『箱』の邦題で上映決定になりました。第18回ラテンビート2021共催上映
『ふたりのアトリエ~ある彫刻家とモデル』Q&A*第10回LBFF2013 ― 2013年10月31日 11:35
10月14日上映後のQ&A
出席:フェルナンド・トゥルエバ監督 司会:アルベルト・カレロ氏
★午後5時に到着して駆けつけてくれたという監督を大きな拍手で迎えました。当然初来日ですね。イベントがあったシアトルからいらしたそうで、これからスペインに帰国すると地球を1周したことになり1日若返るとジョークを飛ばして場内を沸かせました。
★司会者からまず監督のキャリア紹介があり、そのあと「アイデアは何処から」の質問で始まりました。
トゥルエバ:少年時代は画家になりたかった。アイデアはピカソの「芸術家とモデル」シリーズから。若くして死去した彫刻家の兄に捧げています。若さと老いのコントラスト、早くから温めていたアイデアだったが、当時は若すぎて老いというものが理解できなかった。しかし自分も58歳になってやっと老いることがどういうことか少し分かるようになった。自分がその年になるのを待っていたら、こんなにかかってしまった(笑)。
(管理人:1990年代から構想されていた作品*)
司会者:キャスト選びは?
トゥルエバ:シナリオ段階でマルクは(ジャン・)ロシュフォールに決めておりました。レア役の(クラウディア・)カルディナーレは、少年の時からの憧れの女優さんだった。メルセ役の(アイダ・)フォルチは、まだ彼女が14歳だった時に“El embrujo de Shanghai”に起用したことがあり、以前から知っておりました。
(管理人:フアン・マルセの同名小説を映画化した英題“The Shanghai Spell”(2002「上海の魔力」仮題)のこと**)
司会者より「個人的なことなのだが、自分が子供だったとき監督が“Opera Prima”という作品をもって来校したことがあり、こうやって舞台に並んで立てるなんて本当に感激です。
(管理人:トゥルエバのデビュー作「オペラ・プリマ」(1980仮題)のこと。「君が好きだよ」と決して言わない愛のオハナシ、いわゆる「ボーイ・ミーツ・ガール」のコメディ。肉派のボーイ25歳、野菜派のガール18歳、何につけ対照的な二人の愛の行方は? アントニオ・レシーネスも出演している。)
質問男性1:モノクロの映像が素晴らしかった。モノクロにした理由は?
トゥルエバ:子どものとき見ていたブラッサイの写真はモノクロでそれが美しかった。ピカソ、セザンヌ、ジャコメッティ、マティス等の絵の写真です。最初からモノクロで撮ると決めていました。
(管理人:ブラッシャイ(1899~1984ブラッサイ仏語)は、ハンガリー出身の写真家。パリで活躍、ピカソ、ジャコメッティ、マティスと親交があった。映像はブラッサイの写真を彷彿させるものがある。)
質問女性2:舞台がスペインでも俳優が英語をしゃべるという映画が増えました。それについてどう思われますか。
トゥルエバ:俳優がフランス人ならフランス語、ドイツ人ならドイツ語でかまわないと思います。映画の物語に自然ならそれでいい。国境は意識しておりません。
(管理人:質問と答えがちょっと噛みあいませんでしたね。)
質問女性3:三島を読んでいるが、芸術家は仕事をやり遂げると死を選ぶのか、絶望で死を選ぶのか、マルクの場合どっちだったでしょう。
トゥルエバ:老いが選ばせたと思う。彼はマティス等と同時代の年齢設定で既に75歳は過ぎていることにしました。
(管理人:マティスは1869年生れで1954年没、映画の時代は終戦間際ですから74~5歳になります。マルクの性愛は芸術として美しい体、芸術がイコール人生だったマルクにとって彫刻は老いへの挑戦でもあった。)
司会者:次回作はどんな映画になりますか。
トゥルエバ:次はコメディです。自分はこのジャンルが好きで、特にアメリカン・コメディが好きなんです。
(管理人:監督はビリー・ワイルダーの大ファン、『ベルエポック』(1992)アカデミー賞外国語映画賞受賞のときの逸話は前にご紹介しました。繰り返しになりますが、受賞の喜びを語るなかで「受賞できたのは神様のお蔭、信じていてよかった。しかし本当はビリー・ワイルダーのお蔭です」と。すると翌日「やあ、フェルナンド、私だ、神様だよ」とワイルダー本人から電話がかかってきた(笑)。そういえば、デビュー作「オペラ・プリマ」もコメディ、『ベルエポック』も『あなたに逢いたくて』(1995)もコメディでした。)
★司会者が、「次の『チコとリタ』も見て下さい。『皆殺しの天使』のように皆をここから出さないから」と冗談おっしゃっていたが通じたかな。
(管理人:メキシコ時代のブニュエルが1962年に撮った“El ángel exterminador”のこと。晩餐会に招かれた客全員が呪縛されたように客間から出られなくなる話。映画のテーマの一つが「自由とは一つの幻想」。)
*管理人の解説と感想*
*本作は最初、彫刻家の兄マキシモMaximoとのコラボで企画されたのですが、1996年1月に彼が交通事故で急死してしまった(マドリードのビジャヌエバ・デ・ラ・カニャーダ通りで正面衝突、享年42歳)。その後、兄のためにも何とか完成させたいと脚本家ラファエル・アスコナ(2008年没)と取り組んだが上手くいかなかった(アスコナは気難しい人でしたが、スペインでは3本の指に入る名脚本家)。今回フランスの老大家ジャン=クロード・カリエールとの共同執筆でやっと日の目を見ることができたという次第。マキシモの彫刻は調和のとれた簡潔な作風、主に石像を得意とし、1978年ごろからグループ展に出品、個人展も開いている。映画の中でマルクが芸術には疎いメルセにレンブラントのデッサンの素晴らしさを語るところがあります。マルクが何を求めていたかが分かる後半の大きな山場になっていますが、まるでマキシモが語っているかのような錯覚を覚えた忘れられないシーンです。監督によると、実際はイギリスの20世紀を代表する画家デイヴィッド・ホックニー(ロサンゼルス在)が或るインタビューで語っていたことにヒントを得たそうです。
**最初ビクトル・エリセの監督で出発した作品ですが、種々の軋轢をクリアーできずスタッフ、キャスト総入れ替えで再出発したいわくつきの映画。マルセもエリセも折り紙つきの凝り性ですからね。『ベルエポック』出演のアリアドナ・ヒル、フェルナン=ゴメス、ホルヘ・サンス、トゥルエバ常連のアントニオ・レシーネス、カメレオン俳優エドゥアルド・フェルナンデスなどの演技派揃いながら、トゥルエバとしては成功作とはいえないですかね。
(写真:子役フェルナンド・ティエルベとアイダ・フォルチに演技指導をする監督)
★原題はピカソの「El artista y la modelo」(芸術家とモデル、または画家とモデル)シリーズ作品から取られた。ピカソとマリー=テレーズのことです。
★モデル役のアイダ・フォルチはこの映画のためにパリで数カ月フランス語を学んだ由。お手伝い役のチュス・ランプレアベ以外もご老体揃いなので、一日に撮影できる時間が限られてしまったとか。スペインの日刊紙「エル・ムンド」が毎日撮影日誌を掲載しておりました。
★劇場公開も決定しているので、いずれトゥルエバ映画についてはきちんと検討したい。
『暗殺者と呼ばれた男』Q&A*第10回LBFF2013 ― 2013年10月29日 15:36
10月12日上映後のQ&A
出席者:カタリーナ・サンディノ・モレノさん 司会者:アルベルト・カレロ氏
司会者:(アンドレス・)バイスとの出会いはどのようなものだったのですか。
カタリーナ:第1作のときにも、第2作のときにもオファーがあったが、調整がつかなくてお断りした。3回目のオファーを頂いてやることにしたのです。実はコロンビアでの撮影は初めてだったのです。「マジック」と違って家族のいるボゴタだったのでリラックスできたし、3カ月の撮影期間には家族もスタジオに見学に来てくれた。「マジック」で味わった孤独はなかったのです。自国の歴史的事件でもあり、そういう映画に出会えてよかったと思っています。祖母から当時の「ボゴタッソ」の話も聞いていましたから。
(管理人:第1作とは『ある殺人者の記憶』、第2作とは『ヒドゥン・フェイス』を指しています。デビュー作『マリア、そしてひと粒のひかり』も『コレラの時代の愛』も撮影はアメリカでしたから、コロンビアでの撮影は初めてになります。ボゴタッソとはガイタン暗殺のあった1948年4月9日のボゴタ暴動、ボゴタだけでなくコロンビア全土に波及したので、現在では「4月9日事件」と言われているようです。)
司会者:コロンビア映画の現状はどうですか。
カタリーナ:コロンビアでも映画推進協会ができて後押ししてくれるようになった。やはり機材や音響技術の進歩、俳優の演技も良くなってきている。麻薬物、ゲリラ物以外の新しいジャンルとしてホラーも作られている。まだ映画よりテレビが主流です。
シルバ:今後の予定としては何を撮るの?
カタリーナ:自分は目下テレビの仕事をしているが、1時間使って撮ったものが20分に編集されたりしてムダが多い感じがします。個人的には映画のほうが好きです。
(管理人:シルバ監督は前の席で鑑賞していた。やはり映画のテイストは違っていても他監督作品を見るチャンスは逃さない。)
質問1:政治的なテーマの作品が多いが、そういうテーマが好きなのでしょうか。
カタリーナ:コロンビアだけでなくラテンアメリカ映画は政治的な映画が多い。私が選んでいるのではなく、監督が私を選んでくれているのです。
質問2:古い時代なのにボゴタの街並みの雰囲気が残っていてよかった。
(管理人:質問者は俳優にする質問ではないがと断っていたが、通訳に混乱もあってカタリーナさんは、質問の主旨が分からず答えに窮していた。)
質問3:ボゴタは現在もスペイン時代のコロニアル建築物が残っていて街並みはあまり変わっていません。
(管理人:日本語も分かるコロンビア人らしい女性から助け舟の説明がありました。ここも若干通訳に混乱があり、最終回上映後のQ&Aは参加者全員にとってハードということもあって課題の残る結果になりました。)
★個人的には『ある殺人者の記憶』(“Satanás”)のほうが気に入りました(邦題に問題ありとしても)。コロンビア国民には教科書で習う歴史的事件でも、当時ボゴタ大学の法学部学生だったガルシア・マルケスの自伝風エッセイ『生きて、語り伝える』(2002、訳書2009)の読者とか、ラテンアメリカ政治史に興味のある人以外の外国人には馴染みがない。
★ちょうど第9回汎米会議開催中で各国代表がボゴタに滞在、それに合わせてアメリカ帝国主義打倒を目指すラテンアメリカ学生会議も開催されていた。ハバナ大学の学生代表だったフィデル・カストロも仲間と滞在しており、当日午後二時にガイタンと二度目の会談をする予定だった。フィデルはまだコミュニストではなかったし、マルケスとも面識がなかったが、お話し作りの上手な二人は、後に尾鰭を付けてアレコレ語ることになる。
★暗殺者は今もって謎のままですが、仮に映画のようにフアンが陰謀に巻き込まれて暗殺者に仕立てられたとするなら、映画の時代背景をもう少し描く必要があります。ガイタンを崇拝していた失業中の夢見がちな男に何故白羽の矢が立てられたのか。また力演でしたが当時26歳だったというフアンを、40歳のマウリシオ・プエンテスが演じるには無理があったように感じました。
★監督・キャスト紹介は、『暗殺者と呼ばれた男』*第10回LBFF④に詳述してあります。
『クリスタル・フェアリー』Q&A*第10回LBFF2013 ― 2013年10月29日 10:38
10月13日上映後のQ&A
出席者:セバスチャン・シルバ監督 司会者:アルベルト・カレロ氏
司会者:シルバ監督のキャリアの紹介(『クリスタル・フェアリー』参照)。この映画は『マジック・マジック』と対をなす作品です。
シルバ:これは12年前に自分が体験したことを映画にしたものです。私も☆●☆を吸ったし、幻覚サボテン「サン・ペドロ」は悪くなかった。今回の映画では私が拵えたんです。実際のクリスタルも飲んだ後、映画と同じようにいなくなってしまって、それきり会っていません。この映画は彼女に見てもらいたくて作ったんです。最初にサンフランシスコで上映したのも彼女がシスコ出身だと話していたので、もしかしたら来てくれるかもしれないと期待したから。結局なんの手がかりも得られなかった。彼女のアソコと脇毛は本物です。今日は皆さんとクリスタルと同じようにハダカの話をしたい。
(管理人:ジェイミーにはシルバ監督が深く投影されているということです。)
質問男1:クリスタルに見せたいと思いますか。
(管理人:見せたいと言ってるのに聞いていない質問)
シルバ:勿論イエスだ。彼女を記念して作ったんだから。
質問男2:本物と映画の中のクリスタルに違いはありますか。
シルバ:本物は裸にならなかった。ウサギに蘇生術を施したのもフィクションだし、長い髪ではなくスキンヘッドだった。テーマは他人と共感したいということで、マイケル扮するジェイミーがクリスタルの過去の秘密を聞いて泣くシーンがそれです。
(管理人:テーマは他者の受容と思いやりに尽きます。サン・ペドロはアドベンチャー・コメディにするためのオマケです。結局誰よりも重い秘密を抱えていたのがクリスタルでした。貰い泣きした観客も多かったでしょう。エモーショナルなホフマンの演技には本物のクリスタルが乗りうつったようでした。)
質問男3(スペイン語):映像が素晴らしく、クリスタルの演技も良かった。
シルバ:ジェイミーと砂漠に出掛ける連れの3人は私の弟たちです。あらかじめきちんとしたシナリオを作らず、ぶっつけ本番で12日間で撮りました。
(管理人:質問というより感想でした。撮影監督は本作がデビューのCristian Petit-Laurentです。クリスタル役のホフマンの演技を褒めている批評が目立ちますね。撮影中を含めて現在10本近い映画がアナウンスされています。弟3人のうちピト役のアグスティンは、『家政婦ラケル』でデビュー、『マジック・マジック』ではアリシアに催眠術をかけたサラの恋人役、兄の映画3本の他、最新作はイサベル・デ・アイグアビベスのデビュー作“El árbol magnético”(2013、英題“The Magnetic Tree”)に出ています*。前にもご紹介したようにシルバと一緒に砂漠に出掛けた友人は一人でした。誰だったか質問すべきでした。)
質問男4:クリスタルはどうやって選んだか。
シルバ:『マジック・マジック』のオーデションをニューヨークでしたときホフマンが応募してきた。そのときから「クリスタル」に起用しようと決めていた**。でも、これはコメディなんだよ、みんな笑ってくれなかったけど。前の席に座って見てたんだ。私がここで踊れば笑ってくれるかな。
(管理人:当たり前のことだが、日本の観客がどんな反応を示すか知りたかったようだ。結構クスクス笑い声がしてましたが聞こえなかったようです。)
★管理人:この後、トイレで流れなかったウンチの話になり、スタッフの誰かのものと言っていたが、結局自分のものだと白状した。撮ろうとしていたのをスタッフの一人が間違って流してしまい、もう夜遅くなっていたから出る人がいなかった。「ウンチとクリスタルの毛は本物です」。監督自身も最初のほうにロボ役でちらっと出演していた。つまりロボだけでなくウンチも出演していた。二人のドラァグクイーンが木陰に隠れておしっこするシーンとか排泄に関するシーンがあり、これは不要なものは溜めこまないで吐き出した方が生きやすい、素直に自分を裸にした方が生きやすいということか。かなりシャイな監督で静かに鑑賞する日本の観客に戸惑ったようでした。
*アイグアビベスの第1作はスペインとチリの合作、サンセバスチャン映画祭2013「新人監督」部門で上映されました。あるチリの家族の個人史的なポートレートのようです。これには家政婦ラケルを怪演したカタリーナ・サアベドラが母親役として出演、来年見たい映画の1本です。
**1982年ニューヨーク生れ。母親は女優のViva、姉Alexandra Auderも女優。4歳の時からコマーシャルに出演、映画デビューは、ジョン・ヒューズのコメディ“Uncle Buck”(1988『おじさんに気をつけろ!』)、すでに自分の年より多い40本以上の映画に出ている。
★追記:『マジック・マジック』のジュノー・テンプルが、10月21日閉幕した「シッチェス・カタロニア国際ファンタスティック映画祭」(通称シッチェス映画祭)で女優賞を受賞しました。
『マジック・マジック』Q&A*第10回LBFF2013 ― 2013年10月26日 09:07
10月12日上映後のQ&A
出席:セバスティアン・シルバ監督、カタリーナ・サンディノさん
(司会:アルベルト・カレロ氏)
★司会者よりごく簡単な監督のキャリア紹介があり、次いでカタリーナ起用の経緯から始まった。
シルバ:カタリーナとは前から知り合いだったし、読書好きのバルバラのイメージにぴったりだったのでオファーをかけた。
カタリーナ:監督から「8キロほど太ってくれ」と言われたのでちょっと躊躇したが、バルバラの孤独は理解できた。初めてのチリだったこともあり本当に孤独だった。というのも撮影が他の4人とは別行動のことが多かったからです。撮影が終わったときには実際に8キロ太ってしまって(笑)。
(管理人:現在は元のようにほっそりしていて、さすがプロと感心しました。シルバ監督のキャリアについては、『クリスタル・フェアリー』で詳述した以外のニュースはありませんでした。)
司会者:明日上映される『クリスタル・フェアリー』もチリが舞台、どちらを先に撮り始めたのでしょうか。
シルバ:先に『マジック・マジック』を撮り始めたが、資金繰りが上手くいかなくなって中断せざるをえなかった。マイケル(・セラ)のチリ滞在中に「クリスタル」も撮りたかったので、そちらの撮影に切り替えた。
(管理人:本ブログの作品紹介では「クリスタル」が先に完成していたので、「クリスタル」→「マジック」の順に紹介しましたが反対でした。しかし作品完成は「クリスタル」→「マジック」でした。)
★シルバ監督より「日本の皆さんはどういうところが面白かったか」と逆質問。
観客1:音楽が効果的に挿入されていたのが面白かった。特に車中でキャブ・キャロウェイの「ミニー・ザ・ムーチャ」の曲を使用したのは意図的でしょうか。
シルバ:勿論そうです。「ミニー・ザ・ムーチャ」はブードー的な雰囲気もあったので。チリでは観客がユーモアを求める、特に罪の意識をもつ観客はユーモアを求めるんです。例えばロマン・ポランスキーの映画にもそれがあるでしょ。『マジック』では、マイケルにコメディ要素を入れ、ユーモアを残してみました。
(管理人:「ミニー・ザ・ムーチャ」(1931)はキャブの代表作、「ハイデホー」の繰り返しからついた渾名がハイデホー・マン。マイケルのユーモアはキモイだけという評も散見しますが、映画のどこを見てたんでしょう。ジュノー・テンプルのオッパイやお尻に気を取られていると表層的な見方しか出来ません。ポランスキーの映画とは『ローズマリーの赤ちゃん』のこと。)
司会者:チリ映画を5本もやるのは異例です。チリ映画界に変化が起きているということですか。
シルバ:技術の進歩で誰でも撮れるような時代になった。ここ5~6年のあいだにカンヌのような大きな映画祭で評価されるようになって、若い監督のモチベーションが高くなってきています。
(管理人:チリではピノチェト失脚後、言論の自由が保障されるようになり、「クール世代」と称される新しい波が生れています。今回上映される『No』のパブロ・ララインが仕掛け人の一人、『トニー・マネロ』が中止になったのはホントに残念。他にLBFF2009で『サンティアゴの光』が紹介されたアンドレス・ウッド、より若手のアリシア・シェルソン、クリスチャン・ヒメネスなども東京国際映画祭に登場、とにかく元気です。ただしシルバ作品の言語は主に英語、スペイン語、マプチェ語でチリ映画というよりアメリカ映画でしょうか)
司会者:二人とも現在はアメリカで活躍しているが。
カタリナ:コロンビア映画の『暗殺者と呼ばれた男』にも出演しましたが、気に入ったプロジェクトがあれば国籍は問わない方針です。
シルバ:新作もアメリカで撮り始めている。チリでは競争が少ない。勿論チリでもそれなりの評価を貰っているので撮りたいと思っているが、もう一つのプロジェクトもアメリカで撮ります。
(管理人:アメリカで撮り始めている新作は、監督も出演する“Nasty
Baby”(「ナスティー・ベイビー」)のことでしょう。ギョッとするタイトルですが。もう一つのプロジェクトとは、第3作“Old
Cats”のあと、「次回作は“Second Child”」とアナウンスしていた作品のことでしょうか。ブルックリンに本拠地を置いて仕事しているのは、チリよりアメリカのほうが呼吸しやすいということもあるのではないか。)
司会者:キャスト選びはどうでしたか。
シルバ:セラとは前に知り合っていたが、ジュノー・テンプルはオーデションで。英国人なのにアメリカ英語だったので選びました、偶然です。
*鑑賞して感じたこと*
★『マジック・マジック』のテーマの一つに、A地点(アメリカ)からB地点(チリ)へ移動するということが挙げられる。さらに本作ではC地点(嵐のような湖といわれるランコ湖の小島)に移動する。ここはチリの先住民マプチェ族の文化が支配する異境の地、欧米の物差しは通用しない。「あちら」と「こちら」を繋ぐのがモーターボート、「あちら」に渡った人間は二度と戻ってこられないかもしれない。シルバはホラーにしたかったとインタビューに答えています。
★ラテンアメリカの文学や映画に特徴的なテーマに「未開と文明」がある。ここではアリシアの病いや怪我を治癒できるのは、現代医学か呪術を含めた先住民に伝わる薬草かが問われる。未開とは何か、文明とは何かと言い換えてもよい。
★方向性の欠如もテーマ、もはや大人も含めて現代病の一つですが、出口がないことなど考えてもいなかった若者が、アリシアの混乱に遭遇することで八方ふさがりになり出口を見つけなければならなくなる。アリシアの従姉妹サラが突然サンチャゴに戻るのは追試が理由ではなかった。性の解放で心と体が傷つくのは女性、心に蠢く怒りを断崖からのジャンプで清算する。サラはもう昔のサラではない。無意識状態のアリシアから性的帰り討ちをうけたブリンクも昔のブリンクに戻れない。興味本位でアリシアに催眠術をかけたサラの恋人アグスティンは、アリシアの異常とサラの変化に驚き戸惑う。漂流している若者たちが辿りつく行き先はどこか。最後まで観客を飽きさせずに引っ張っていく力量、予想を覆す結末は衝撃的で、監督の並々ならぬ才能を感じました。
★『No』や『トニー・マネロ』の主役を怪演したアルフレッド・カストロも「クール世代」の一人です。監督のパブロ・ラライン・マッテは、1976年首都サンチャゴ生れ。両親は共に政治家、父エルナンは独立民主連合の党首経験者、母マグダレナも閣僚経験者という政治家一家。この経歴は彼の映画に大いに影響しています。製作者の弟フアン・デ・ディオス・ララインと「Fabura」を設立、シルバ映画にも出資しています。
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