元気印のバルセロナの女性監督たち*カルラ・シモン、ロセル・アギラル・・・2017年07月10日 15:53

     カタルーニャに押しよせる魅惑的な新しい波―独立プロダクションの活躍

 

★どこの国にも当てはまるのが女性監督の圧倒的な少なさです。特にヨーロッパでも東欧では格差が顕著です。しかしカタルーニャではいささか様子が違うようです。というのも独立系プロダクションで映画作りをしている女性監督の活躍が目覚ましいのです。最近1か月間にカルラ・シモン1986)のVerano, 1993ロセル・アギラル1971)のBravaエレナ・マルティン1992)のJúlia ist の新作が次々に公開されることになり話題を呼んでいます。3人ともバルセロナ出身、先月末バルセロナのバルセロ・サンツ・ホテルで行われた鼎談の様子をエル・パイス紙が報じていました。この背景にはESCACで映画を学んでいる女性が40%を超えているという現実を見逃すわけにいきません。

  

  

(左から、カルラ・シモン、ロセル・アギラル、エレナ・マルティン、バルセロ・サンツにて)

 

ESCAC : Escuela Superior de Cinema i Audiovisuals de Catalunya カタルーニャ・シネマ・オーディオビジュアル高等学校。1993年バルセロナ大学の付属校としてバルセロナで設立、翌年開校した。現在は同州のタラサTarrasa(テラッサTerrassa)にあり、現校長はSergi Casamitjanaである。同校の卒業生には、当ブログでもお馴染みのフアン・アントニオ・バヨナ(『怪物はささやく』17)、キケ・マイジョ(『ザ・レイジ 果てしなき怒り』15)、マル・コル(『家族との3日間』09)、ハビエル・ルイス・カルデラレティシア・ドレラなどバルセロナ派の優れた監督を輩出している。

 

★同じバルセロナで仕事をしているが、シモンとアギラルは初顔合わせだった。それは年齢差の他に、映画を学んだ出身校の違いもありそうです。例えばシモンはバルセロナ自治大学オーディオビジュアル・コミュニケーション科を卒業後、映画はロンドン・フィルム・スクールで4年間学んでいる。アギラルがバルセロナ自治大学でジャーナリズムを学んでいるときは、ESCACはまだ設立前だった。マルティンはバルセロナのポンペウ・ファブラ大学(1990設立)を卒業、この公立大学で学ぶ女子学生数は74%に達しており、スペイン全体では51%と男子学生を逆転してしまっている。女性シネアストの活躍にはこのような裾野の広がりがあるようです。

 

      「ロンドンでの4年間が私を映画作りに駆り立てた」とカルラ・シモン

 

カルラ・シモン(バルセロナ1986)の監督、脚本家。Verano 1993(カタルーニャ語題 Estiu 1993)でデビュー、ベルリン映画祭2017ジェネレーション部門の第1回作品賞・国際審査員賞、マラガ映画祭2017では作品賞「金のビスナガ」とドゥニア・アジャソ賞を受賞した。この賞はガン闘病の末に2014年鬼籍入りしたドゥニア・アジャソ監督の功績を讃えて設けられた賞。第7回バルセロナD'Autor映画祭正式出品。他にブエノスアイレス・インディペンデント映画祭監督賞、イスタンブール映画祭審査員特別賞などを受賞している。選考母体が欧州議会の第11回ラックス賞のオフィシャル・セレクション10本にも選ばれています。プロットは紹介記事を読んでもらうとして、「両親がエイズで亡くなったため叔父さん夫婦と従妹と一緒に暮らさねばならなくなった6歳の少女の一夏の物語」です。観客にも批評家にも好感度バツグン、両方に評価されるのは、易しそうでいてなかなか難しいものです。主役の少女フリーダは監督自身に重なります。つまり監督のビオグラフィーがもとになっていて、6歳にしてはちょっとおませな少女像です。

 

       

      (養父を演じたダビ・ベルダゲルとフリーダ役のライア・アルティガス)

 

★ロンドンでの4年間が私を映画作りに駆り立てた。というのもロンドン時代に「内に抱いている、心を動かされる物語を語りたいと強く突き動かされた」からです。バルセロナに評判の高い独立プロダクションが本当に存在するかどうか具体的に答えるのは難しいが、「カタルーニャの女性監督の数がここにきて急に増えたことは確かなことです。要するにカギはこうしたいという意思表示や本当にやる気があるかどうかです。とても小さい世界ですから、お互いに刺激やエネルギーのやり取りがしやすい。ロンドンでは誰とも親しくしなかった。マル・コル監督やプロデューサーのバレリエ・デルピエレと交流し、結果彼女がプロモートしてくれた」。バレリエ・デルピエレは本作のエグゼクティブ・プロデューサーの一人です。 本作を支えてくれたスタッフの80%が女性だったことも明かしていた。  

 

        

          (ライア・アルティガスに演技指導をするシモン監督)

 

 Estiu 1993 とカルラ・シモンの紹介記事は、コチラ2017222327

 

     「マドリードよりバルセロナのほうが自由がある」とロセル・アギラル

 

ロセル・アギラル(バルセロナ1971)の監督、脚本家。Brava2017)は第2作、3人のうち一番年長のロセル・アギラルの Brava は、マラガ映画祭の記事で作品と監督のキャリアを紹介しております。新人とは言えませんが、国際的にも高い評価を受けたデビュー作 La mejor de mí 2007年と10年前になり、女性監督のおかれた地位の険しさを改めて感じさせられます。「第2作をクランクインさせるまで長くて曲がりくねった道を辿りましたが、撮りたい映画を作れるわけではありません。胎児を引っ張り出す助けをする助産婦さんのようなものです」と生みの苦しみをのぞかせた。それでも「マドリードは産業的だが、反対にバルセロナの独立プロダクションはより自由に伸び伸びと作らせてくれる」とカタルーニャのindieの柔軟さを語っていた。

 

  

         (ヒロインのライア・マルルを配したポスター)

 

★「20年前には、フェミニズムや男女平等について語ることは恥で、それは映画でさえ僅かでした。今日でも相変わらず男尊女卑が大手を振るっていますから、声を張り上げなければなりません」と。ESCAC内には「観客を置き去りにしない多くの独立プロダクションがあって、決まりきった事柄を回避する良い方法が得られます」とも。「私たちが望むのは現在の不均衡を是正して欲しいだけです。というのも私たちは男性が作るあまりに単純化された一方向性の世界観に馴らされてしまっているからです」と警鐘を鳴らしておりました。

 

 

             (ロセル・アギラル監督)

 

Brava とロセル・アギラルの紹介記事は、コチラ2017311

 

     「映画史は学ばなかった。学んだのは男性映画史だった」とエレナ・マルティン

 

エレナ・マルティン(バルセロナ1992Júlia ist2017)はデビュー作、マラガ映画祭2017ZonaZine部門の作品賞、監督賞を受賞している他、第7回バルセロナD'Autor映画祭に正式出品された。自ら主役ジュリア(フリア)を演じた自作自演のデビュー作。新世代の代表的監督の一人、映画と舞台、監督と女優と二足の草鞋を履いている。バルセロナのポンペウ・ファブラ大学UPFの学生時代に仲間4人と共同監督したLas amigas de Agata(15)でも主役のアガタに扮した。本作は「ポンペウ・ファブラ大学の最終学年に閃いた作品、公立大学のUPFにはESCACのような制作会社がないので常に資金不足、コストを下げるために、およそ持てるもの全てにについて議論し励ましあい、グループで作っている」とマルティン。彼女の仲間たちにとって「アメリカ映画、例えば『今日、キミに会えたら』(Like Crazy2011)を見ることはヒントになった。なぜなら若人たちの会話とか状況が似通っていたからです」と語っている。まだ経験不足でバルセロナの映画産業について語る立場にないが、「大学では映画史は学ばなかった。学んだのは男性映画史だった。コンペティションも男性優位、女性が作る映画は取るに足りないと遠ざけられる」とも語っている。

 

    

          (ヒロインのエレナ・マルティンを配したポスター

 

★当ブログ初登場作品、脚本はエレナ・マルティン、ポル・レバケマルタ・クルアニャスマリア・カステリビの共同執筆、撮影はポル・レバケ。キャストはエレナ・マルティン、オリオル・プイグラウラWeissmahrほか、90分、スペイン公開616日。プロット「ジュリアはバルセロナ建築大学の学生、深く考えたわけではないがベルリンにエラスムスに行こうと決心する。初めて家を離れるのも冒険なのだ。ところがベルリンでは、どんよりとして冷たい想像を超えた凍てつくような寒気という手痛い歓迎を受けてしまった。期待と現実の落差に立ち向かうことになるが、どう見ても新しい人生はバルセロナで考えていたようなものとはかけ離れ過ぎていた」。エラスムスに行くというのはEU域内を対象にした留学奨励制度を指していると思うが、あるいは世界各国に対象を広げたエラスムス・ムンドゥスかもしれない。

 

   

          (ジュリアを演じたエレナ・マルティン、映画から)

 

★意を尽くせませんでしたが鼎談のあらあらを総花的にご紹介いたしました。バルセロナはマドリードよりindie独立プロダクションで製作する監督が多く、その中にはイサキ・ラクエスタ&イサ・カンポ夫婦(La proxima piel マラガ映画祭16)、カルロス・マルケス=マルセ10.000 KMマラガ映画祭14)、マルク・クレウエトEl rey tuerto マラガ映画祭16)などもおり、当ブログでもご紹介しております。

 La proxima piel マラガ映画祭2016の紹介記事は、コチラ2016429

 10.000 KM マラガ映画祭2014の紹介記事は、コチラ2014411

 El rey tuerto マラガ映画祭2016の紹介記事は、コチラ201655

 

BAFICI19作品賞はアドリアン・オルの「Ninato」*ドキュメンタリー2017年05月23日 15:44

           受賞作のテーマは多様化する家族像と古典的?

 

  

★インターナショナル・コンペティションの最優秀作品賞は、アドリアン・オルOrrのデビュー作Niñato2017)、どうやら想定外の受賞のようでした。本映画祭はデビュー作から3作目ぐらいまでの監督作品が対象で、4月下旬開催ということもあって情報が限られています。今年は20本、日本からもイトウ・タケヒロ伊藤丈紘の長編第2作「Out There」(日本=台湾、日本語142分)がノミネートされ話題になっていたようです。昨年のマルセーユ映画祭やトリノ映画祭、今年のロッテルダムに続く上映でした。審査員も若手が占めるからお互いライバル同士になります。スペインが幾つも大賞を取ったので審査員を調べてみましたら、以下のような陣容でした。

 

エイミー・ニコルソン(米国監督)、アンドレア・テスタ(亜監督)、ドゥニ・コテ(カナダ監督)、ニコラスWackerbarth(独俳優・監督)、フリオ・エルナンデス・コルドン(メキシコ監督)の5人、最近話題になった若手シネアストたちでした。アルゼンチンのアンドレア・テスタは、カンヌ映画祭2016「ある視点」に夫フランシスコ・マルケスと共同監督したデビュー作「La larga noche de Francisco Sanctis」がノミネートされた監督、ニコラスWackerbarthは、間もなく劇場公開されるマーレン・アデのコメディ『ありがとう、トニ・エルドマン』に脇役として出演しています。フリオ・エルナンデス・コルドンは、米国生れですが両親はメキシコ人、彼自身もスペイン語で映画を撮っています。2015年の「Te prometo anarquía」がモレリア映画祭でゲレロ賞、審査員スペシャル・メンション、ハバナ映画祭脚本賞、他を受賞している監督です。ということでスペインの審査員はゼロでした。

A・テスタ& F・マルケス「La larga noche de Francisco Sanctis」紹介は、コチラ2016511

 

Niñatoドキュメンタリー、スペイン、2017 

製作:New Folder Studio / Adrián Orr PC

監督・脚本・撮影:アドリアン・オル

編集:アナ・パーフ(プファップ)Ana Pfaff

視覚効果:ゴンサロ・コルト

録音:エドゥアルド・カストロ

カラーグレーディングetalonaje:カジェタノ・マルティン

製作者:ウーゴ・エレーラ(エグゼクティブ)

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2017年、ドキュメンタリー、72分、撮影地マドリード

映画祭・受賞歴:スイスで開催されるニヨン国際ドキュメンタリー映画祭Visions du Réel2017でワールド・プレミア、「第1回監督作品」部門のイノベーション賞受賞、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭Bafici2017「インターナショナル・コンペティション」で作品賞受賞

 

キャスト:ダビ・ランサンス(父親、綽名ニニャト)、オロ・ランサンス(末子)、ミア・ランサンス(次女)、ルナ・ランサンス(長女)

 

プロット・解説:ダビは3人の子供たちとマドリードの両親の家で暮らしている。定職はないが子育てをぬってラップ・シンガーとして収入を得ている。彼の夢は自分の音楽ができること、3人の子供たちを養育できること、自分の時間がもてて、それぞれあくびやおならも自由にできれば満足だ。重要なのは経済的な危機にあっても家族が一体化すること、粘り強さも必要だ。しかし時は待ってくれない、ダビも34歳、子供たちもどんどん大きくなり難しい年齢になってきた。特に末っ子のオロには然るべき躾と教育が必要だ。何時までも友達親子をし続けることはできない、ランサンス一家も曲がり角に来ていた。およそ伝統的な家族像とはかけ離れている、風変わりな日常が淡々と語られる。3年から4年ものあいだインターバルをとって家族に密着撮影できたのは、ダビと監督が年来の友人同士だったからだ。

 

           短編第3作「Buenos dias resistencia」の続編?

 

アドリアン・オルAdrián Orrは、マドリード生れ、監督。助監督時代が長い。ハビエル・フェセルの成功作『カミーノ』2008)、ハビエル・レボージョの話題作La mujer sin piano09、カルメン・マチ主演)、父親の娘への小児性愛という微妙なテーマを含むモンチョ・アルメンダリスのNo tengas miedo11)、劇場公開されたアルベルト・ロドリゲスの『ユニット7/麻薬取締第七班』12)と『マーシュランド』14)、フェデリコ・ベイロフのコメディEl apóstata15)などで経験を積んでいる。

 

    

★今回の受賞作は2013年に撮った同じ家族を被写体にしたドキュメンタリーBuenos dias resistencia20分)の続きともいえます。つまり何年かにわたってランサンス一家を追い続けているわけです。同作は2013年開催のロッテルダム映画祭、テネリフェ映画祭、Bafici短編部門などで上映、トルコのアダナ映画祭(Adana Film Festivali)の金賞、イタリア中部のポーポリ映画祭(Festival dei Popoli)、ポルトガルのヴィラ・ド・コンデ短編映画祭(Vila do Conde)ほかで受賞している。Bafici 2013の短編部門に出品されたことも今回の作品賞につながったのではないでしょうか。下の子供3人の写真は、短編のものです。他に短編「Las hormigas07)とDe caballeros11)の2作がある。 

 

      

(ランサンス家の3人の子供たち、中央がルナ)

 

     

                (ポーポリ映画祭でインタビューを受ける監督、201312月)

 

★タイトルになったniñatoは、若造、青二才の意味、普通は蔑視語として使われる。親がかりだから一人前とは評価されない。2013年ごろはスペインは経済危機の真っ最中、「EUの重病人」と陰口され、若者の失業率50パーセント以上、失業者など掃いて捨てるほどというご時世でした。しかし3人子持ちの父子家庭は珍しかったでしょう。少しは改善されたでしょうが、スペイン経済は道半ばです。別段エモーショナルというわけでなく、ダビが子供たちを起こし、着替えや食事をさせ、一緒に遊び、ベッドに入れるまでの日常を淡々と映しだしていく。オロがシャワーを浴びながら父親譲りのラッパーぶりを披露するのがYouTubeで見ることができます。現在予告編は多分まだのようです。 

      

               (niñatoダビ・ランサンス)

 

★純粋なドキュメンタリー映画というよりフィクション・ドキュメンタリーficdocまたはドキュメンタリー・フィクションficdocと呼ばれるジャンルに入るのではないかと思います。ドキュメンタリーもフィクションの一部と考える管理人は、ジャンルには拘らない。今カンヌで議論されているネットフリックスが拾ってくれないかと期待しています。


レトロスペクティブ賞にフェルナンド・レオン*マラガ映画祭20172017年03月18日 10:29

          レトロスペクティブ賞はフェルナンド・レオン・デ・アラノア

 

★レトロスペクティブ賞は貢献賞または栄誉賞の色合いが強い賞、直近では2014年ホセ・サクリスタン、2015年イサベル・コイシェ、昨年がグラシア・ケレヘタ、2年連続で女性監督でした。さて、今年のフェルナンド・レオン・デ・アラノアは、19685月マドリード生れの監督、脚本家、製作者。マドリード・コンプルテンセ大学情報科学部卒、テレビドラマの脚本家としてキャリアをスタートさせた。48歳と受賞者としては若いほうかもしれません。マラガ映画祭にエントリーされた映画もなく、個人的には少し意外感がありました。何かしら社会に意義を唱える作家性の強い監督だが、同時に商業映画としての目配りもおろそかにしないバランスの良さ、いわゆる社会の空気が読める柔軟性がある。

 

     

長編第1Familia1996)は、幸運にも「スペイン映画祭1998」に『ファミリア』の邦題で上映された。この映画祭のラインナップは画期的なものでアルモドバルが面白かった時期の『ライブ・フレッシュ』、失明の危機にあったリカルド・フランコの『エストレーリャ』、モンチョ・アルメンダリスの『心の秘密』など名作揃いだった。そして本映画祭で初めて知った監督がフェルナンド・レオン・デ・アラノアだった。中年の独身男(フアン・ルイス・ガリアルド)が1日だけ理想的な家族を演じる人々を募集して、対価を払って家族ごっこをする。社会制度としての永続的な家族に疑問を呈した。役者もよかったが辛口コメディとして成功した。妻役がアンパロ・ムニョス、十代の娘役になるのが本作がデビュー作となるエレナ・アナヤだった。ゴヤ賞新人監督賞受賞、バジャドリード映画祭では国際映画批評家連盟賞と観客賞を受賞した作品。写真下、和やかなのは疑似家族だから。

 

 

2作がBarrio98)は、現代のどこの都市でも起こり得るマージナルな地域バリオで暮らす3人の若者群像を描いた。サンセバスチャン映画祭監督賞、ゴヤ賞監督賞と脚本賞を受賞したほか、フォルケ賞、サン・ジョルディ賞、トゥリア賞など、スペインの主だった映画賞を受賞している。

 

3作がハビエル・バルデムを主役に迎えたLos lunes al sol02)、『月曜日にひなたぼっこ』の邦題で「バスクフィルム フェスティバル2003」で上映された。バスクと言ってもスペイン語映画で、主にバスク出身の若い監督特集映画祭の色合いが濃かった。アレックス・デ・ラ・イグレシアが『マカロニ・ウエスタン800発の銃弾』をお披露目かたがた来日した。マドリード出身のフェルナンド・レオンの映画が加わったのは異例で、それは北スペインの造船所閉鎖にともなう労働争議が舞台背景にあり、ヒホン造船所がモデルだった。撮影はヒホンと雰囲気が似通っているガリシアの港湾都市ビゴが選ばれたと言われている。ビゴはルイス・トサールの出身地でもある。ゴヤ賞監督賞を受賞したほか作品賞を含めてバルデムが主演、トサールが助演、ホセ・アンヘル・エヒドが新人と男優賞全てをさらった。さらにアカデミー賞スペイン代表作品にも選ばれるなどした(ノミネーションには至らなかった)。スペイン北部の造船所閉鎖によって失業を余儀なくされた落ちこぼれ中年男たちの群像劇。観客を憂鬱にさせないユーモアを効かせた筋運び、それでいてしっかり怒り、挫折、失望、人生の浮沈を織り込んでいる。デモシーンの実写を取り入れる画面構成もなかなか迫力があった。一番の成功作かもしれない。

 

            

                    (ルイス・トサールとハビエル・バルデム)

 

4作がカンデラ・ペーニャを起用してのPrincesas05)、本作で初めてプロデューサーとして参画、主役に初めて女性を据え、二人の女優に友人同士の娼婦を演じさせた。一人はスペインの娼婦、もう一人はドミニカから移民してきた娼婦、女性の一番古い伝統的職業である娼婦、スペインへ押し寄せる移民という問題を取り入れた。二人ともゴヤ賞主演にカンデラ・ペーニャ、新人女優賞にミカエラ・ネバレスが受賞した他、マヌ・チャオがオリジナル歌曲賞を受賞した。

 

  

         (カンデラ・ペーニャとミカエラ・ネバレス

 

ゴヤ賞に絡まなかったのは第5Amador10)だけ。第6作は英語で撮ったA Perfect Day。スペイン語題はUn dia perfectoでカンヌ映画祭2015「監督週間」で上映され、ゴヤ賞2016では脚色賞を受賞、プレゼンターだった再婚ホヤホヤのバルガス=リョサからゴヤ胸像を受け取った。本作については紹介記事をアップしています。

Un dia perfecto」の紹介記事は、コチラ2015517

 

   

      (バルガス=リョサからゴヤ胸像を手渡されて、ゴヤ賞ガラ2016年)

 

★長編ドキュメンタリーも4作あり、第3Invisibles07)はイサベル・コイシェやマリアノ・バロッソ以下5監督合作だが、ゴヤ賞2008長編ドキュメンタリー賞を受賞している。寡作ではあるがゴヤ賞との相性がよい監督である。最新ドキュメンタリーは、新党ポデモスを追ったPolitica, manual de instrucciones16)である。政治的には旗幟鮮明ということもあって評価は分かれるようですが、何はともあれスペイン映画の一つの顔であることには間違いない。運も幸いしているのかもしれませんが彼のような映画も必要だということです。

 

★コロンビアのメデジン・カルテル伝説的な麻薬王エスコバルビオピックを撮るとアナウンスして大分経ちますが、やっと201610月クランクインした。198090年代のエスコバルをハビエル・バルデム、その愛人のビルヒニア・バジェッホにペネロペ・クルス、両人とも久々のスペイン語映画になります。元ジャーナリストだったビルヒニア・バジェッホの同名回想録Amando a Pablo, odiando a Escobar2007年刊)の映画化。タイトルはズバリEscobarです。今年後半公開の予定ですが、あくまで予定は未定です。これは公開を期待していいでしょう。

 

   

            (まだ未完成だがポスターは完成している)

 

サンティアゴ・セグラ、「金のメダル」受賞のニュース2016年06月11日 18:02

         「そろそろ私にくれてもいいのじゃないかな・・・」

 

4月半ばに発表されていたスペイン映画アカデミーの金のメダル」、今年はサンティアゴ・セグラ、「スペイン映画における多方面にわたる全功績に対して」贈られる。授賞式は秋なので近くなってからと思っていましたが、第3回イベロアメリカ・プラチナ賞の総合司会者に決定したこともあり、早めにアウトラインをアップすることにしました。昨年はフアン・ディエゴとアイタナ・サンチェス=ヒホンという異例の二人受賞でした。アナウンスされるたびに、「彼(彼女)は未だ貰っていなかったのね」と驚きますが、今年も同じ感想をもちました。

 

     

    (イベロアメリカ・プラチナ賞の司会者に選ばれて、右側にあるのがトロフィー)

 

メダルの正式名は、Medalla de Oro de la Academia de las Artes y las Ciencias Cinematográficas de España と長く、通称金のメダルです。スペイン映画アカデミーが選考、受賞対象者は、製作者、監督、脚本家、俳優、音楽家、撮影者などオール・シネアスト。 1991年から始まり、第1回受賞者はフェルナンド・レイでした。内戦前のスペイン映画界に寄与した製作会社CIFESAの設立者であったビセンテ・カサノバに敬意を表して、1986年に設けられた賞が前身。最近の受賞者は、アンヘラ・モリーナ(13、女優)、マヌエル・グティエレス・アラゴン(12、監督)、ホセ・ルイス・アルカイネ(11、撮影監督)、ロサ・マリア・サルダ(10、女優)、カルメン・マウラ(09、同)、マリベル・ベルドゥ(08、同)、ほかジェラルデン・チャップリン(06)、コンチャ・ベラスコ(03)など女優の受賞者が目立っている。

2015年の「金のメダル」の記事は、コチラ⇒201581同年1120

 

サンチャゴ・セグラSantiago Segura Silva1965717日、マドリードの下町カラバンチェル生れの50歳、俳優・監督・製作者・脚本家・テレビ司会者・声優と多方面で活躍、ポルノ小説のペンネームはBeaベア、またはBeatrizベアトリス(イラストはホセ・アントニオ・カルボが描いた)、「トレンテ」と言えば彼を指す。本気でキャリアを紹介しようとすれば、二足どころか五足も六足も履いているから、そう簡単にはいかない。見た目からは窺い知れない複雑でインテリジュンスの持ち主、最近30年間のスペイン映画は、アレックス・デ・ラ・イグレシア同様彼なしには語れない。日本語ウィキペディアはスペインのシネアスト紹介としては充実しており全体像はつかめます。まずは喜びの談話から。

 

「私の最初のリアクションは驚きと責任の重さです。(発表がある度に)いつももっと他に相応しい人物がいるのじゃないかと思ったり、時には自分にくれてもいいのじゃないかと思ったり」と相変わらず冗談を飛ばしながらもホンネをポロリ。「私のキャリアも既に終盤戦に入ってきているから、多分早くやらないと間に合わなくなると思ったのかもしれない。私自身はまだ将来有望な若者と思っているけれど、気がついてみれば、愛するファンに言いたい放題をしてもう30年も経っている」。アカデミーによると、授賞の知らせを伝えると、一呼吸してから、「私に票を投じてくれたアカデミーのメンバーに感謝を申し上げたいが、実は、それだけでなく反対意見の人にも敬意を表したい」と返答したそうです。

 

★マドリードの公立中高学校サン・イシドロで学ぶ。12歳のときマドリードの蚤の市で購入した(900ペセタ)ボレックスBolexのスーパー8ミリで3分程度の短編を撮り始める。マドリードのコンプルテンセ大学では趣味が嵩じて美術を専攻、デッサンの才能をあらわした。卒業後はポルノ小説を執筆するかたわら、声優、仲間とのインディペンデント演劇、ウエイター、書籍の訪問販売などの仕事をした。1989年、わずか6000ペセタの資金で撮った8ミリの“Relatos de medianoche”が、翌年バレンシア青年シネマ・コンクールに入賞、10万ペセタを獲得した。このコンクールの審査員の一人がフェルナンド・トゥルエバだった。バレンシアのお礼にトゥルエバ宅を訪れると、35ミリで撮ることを勧められた。この幸運の出会い、トゥルエバの賞賛と助言によって今日のセグラが存在する。(トゥルエバ作品では1995年『あなたに逢いたくて』、1998年『美しき虜』に出演している。)

 

5人の仲間と協力して5本の短編を撮り、テレビ局のコンクールに応募、そのうちの“Vivan los novios”が受賞して7万ペセタを得る。最初のプロとしての短編1作目はホラー映画『エルム街の悪夢』の主人公フレディ・クルーガーのような精神病質者の物語“Evilio”(92)、第2作目は美しい女性ばかりを狙う殺人鬼の反社会的な物語“Perturbado”(93)、本作がゴヤ賞1994の短編映画賞を受賞し、国営テレビでも放映された。

 

★俳優としては、何といっても相性がいいのがアレックス・デ・ラ・イグレシア映画の常連、デビュー作『ハイルミュタンテ!電撃××作戦』(93)から、つづく『ビースト 獣の日』でゴヤ賞2016新人男優賞を受賞、いきなりスターダムにのし上がった。『ペルディータ』、『どつかれてアンダルシア』、『気狂いピエロの決闘』、『刺さった男』、女装して魔女になった『スガラムルディの魔女』など。もう一人がメキシコのギレルモ・デル・トロ監督、『ブレイド2』(02)を始めとして、『ヘルボーイ』、『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』、最新作は『パシフィック・リム』(13)でしょうか。

 

ホセ・ルイス・トレンテは時代錯誤、映画はそうじゃない

 

★長編映画デビューは、1998年から始まった「トレンテ・シリーズ」、第1作“Torrente, el brazo tonto de la ley”の監督・脚本・製作者・主役と4足の草鞋を履いた。本作の邦題は『トレンテ ハゲ!デブ!大酒飲みの女好き!超肉食系スーパーコップ』というタブー語混じりのなんともはや凄まじいもの。彼はスコセッシの『レイジング・ブル』(80)で実在のミドル級ボクサーに扮したロバート・デ・ニーロに見倣って、体重を20キロ増量して悪徳警官ホセ・ルイス・トレンテになった。デ・ニーロはアカデミー主演男優賞、セグラはゴヤ賞1999新人監督賞を受賞し、三つ目のゴヤ胸像を手にしました。 

   

        (第1作“Torrente, el brazo tonto de la ley”のジャケット)

 

★悪徳警官トレンテの人格造形は、ピーター・セラーズ演ずるパリ警察のクルーゾー警部から1981223日クーデタ、いわゆる23-Fの実行部隊を指揮した実在のアントニオ・テヘロ中佐(1996年釈放、現在故郷マラガ在住84歳)までを網羅しているといわれる。批評家と観客の乖離が甚だしい毀誉褒貶のシリーズだが、毎回興行成績は飛びぬけている。どの「トレンテ」も物議を醸したのだが、なかで『トレンテ4』が一番賑やかだった。

 

   

            (いろいろあった『トレンテ4』のポスター)

 

★「EUの重病患者」または「EU のお荷物」と世界から批判された経済破綻の時期に製作された。タイトルもそのものずばりのTorrente 4 : Lethal Crisisでした。2011年のスペイン国内での観客動員数264万人、興行成績1957万ユーロを叩き出し、「スペイン映画界の救世主」とまでいわれた。しかし翌年のゴヤ賞のノミネーションはゼロ、たちまちネット上では不満や非難のつぶやきが始まり、220日のガラで頂点に達した。セグラ自身が舞台上で、映画初出演ながら真剣に映画に取り組んだ歌手キコ・リベラを軽視した映画アカデミーを挑発したからです。キコ・リベラは闘牛士パキーリことフランシスコ・リベラとコプラ歌手イサベル・パントーハの息子。パキーリを継いだパキリンが渾名、彼自身は「やあ皆さん、ありがとう、少し気落ちしているだけで怒っていないよ。(テレビの)授賞式は見なかった」とツイートした。

 

          

             (サンティアゴ・セグラとキコ・リベラ)

 

★「4」はラテンビート2011『トレンテ4として上映された。この年は『私が、生きる肌』、『ブラック・ブレッド』、『気狂いピエロの決闘』、『ザ・ウォーター・ウォー』、アニメ『チコとリタ』など充実のラインナップでした。第5作目Torrente 5 : Operación Eurovegasには、ハリウッドスター、アレック・ボールドウィンが出演して話題をまいた。現在2017年公開予定の6作目が進行中(タイトルは未定)、その度に体重の20キロ増減を繰り返している(笑)。トレンテについては別項を設けたほうがいいかもしれないが、彼が出演した他の映画にも触れないと。

 

  

         (「トレンテ5出演の アレック・ボールドウィンと監督)


引退していなかったモンチョ・アルメンダリス*新作を準備中2016年04月02日 16:09

         『心の秘密』からかれこれ20年になる!

 

★引退の噂もちらほら届いていましたが、新作のニュースが飛び込んできました。No tengas miedoを最後に沈黙していた監督、まだ全体像は見えてきませんが、とにかく引退説はデマでした。デビュー作『タシオ』から数えて長編映画は30年間に8作と寡作ですが、『心の秘密』などの映画祭上映により結構知名度はあるほうじゃないかと思います。当時8歳だったハビ役のアンドニ・エルブルも立派な大人になっているはずです。彼の印象深い眼差しが成功の一つだったことは疑いなく、子供ながらゴヤ賞1998では新人男優賞を受賞しました。しかしその後アルメンダリスのSilencio roto、短編やTVにちょっと出演しただけで俳優の道は選ばなかったようです。

 

   

       (左から、アンドニ・エルブル、親友のイニゴ・ガルセス 『心の秘密』から)

 

モンチョ・アルメンダリスは、19491月、ナバラ県のペラルタ生れ、監督、脚本家、製作者。6歳のときパンプローナに転居、パンプローナとバルセロナで電子工学を学び、パンプローナ理工科研究所で教鞭をとるかたわら短編映画製作に熱中する。バスク独立活動家の殺害に抗議して逮捕、収監されたがフランコの死去に伴う恩赦で出所する。1974年短編デビュー作Danza de lo graciosoが、1979年ビルバオのドキュメンタリーと短編映画コンクールで受賞、文化省の「特別賞」も受賞した。1981年ドキュメンタリーIkuska 11などを撮る。検閲から解放され戸惑っていたスペイン映画界も民主主義移行期を経てやっと新しい時代に入っていった。

 

1998年、『心の秘密』の成功により、1980年から始まった映画国民賞を受賞、2011年ヒホン映画祭の栄誉賞に当たるナチョ・マルティネス賞2015年にはナバラに貢献した人に与えられるフランシスコ・デ・ハビエル賞を受賞したばかりである。2009年に始まった賞でナバラの守護聖人サン・フランシスコ・デ・ハビエルからとられ、受賞者の職業は問わない。

 

1984年、長編映画デビュー作『タシオ』は、ナバラの最後の炭焼き職人と言われるアナスタシオ・オチョアの物語、年齢の異なる3人の俳優が演じた。プロデューサーにエリアス・ケレヘタ、撮影監督にホセ・ルイス・アルカイネを迎える幸運に恵まれた。この大物プロデューサーの目に止まったことが幸いした。引き続き1986年にケレヘタと脚本を共同執筆した27時間』がサンセバスチャン映画祭1986銀貝監督賞に輝き、製作者ケレヘタはゴヤ賞1987で作品賞にノミネートされた。アントニオ・バンデラスやマリベル・ベルドゥが出演している。撮影監督に“Ikuska 11”でタッグを組んだ、北スペインの光と影を撮らせたら彼の右に出る者がないと言われたハビエル・アギレサロベが参加した。自然光を尊重する彼の撮影技法は大成功を収めた『心の秘密』や「オババ」に繋がっていく。

 

         

        (炭焼きをするタシオ・オチョア、『タシオ』のシーンから)

 

ケレヘタは同じテーマでカルロス・サウラの『急げ、急げ』(1980)を製作するなどドラッグに溺れる若者の生態に興味をもっていた。翌年のベルリン映画祭「金熊賞」受賞作ですが、その後主人公に起用した若者たちが撮影中もドラッグに溺れていた事実が発覚、サウラもケレヘタも社会のバッシングに晒され、それが二人の訣別の理由の一つとされた。1980年を前後して社会のアウトサイダーをメインにした犯罪映画「シネ・キンキ」(cine quinqui)というジャンルが形成されるなど、数多くの監督が同じテーマに挑戦した時代でした。

 

     

          (最近のモンチョ・アルメンダリス、マドリードにて)

 

40代から白髪のほうが多かった監督、髪型も変えない主義らしく、その飾らない風貌は小さな相手を威圧しない。ゆっくり観察しながら育てていくのアルメンダリス流、そうして完成させたのが『心の秘密』1997)でした。脇陣はカルメロ・ゴメス、チャロ・ロペス、シルビア・ムントなど〈北〉を知るベテランが固めた。なかでチャロ・ロペスは本作でゴヤ助演女優賞を受賞したが、カルメロ・ゴメスもイマノル・ウリベの『時間切れの愛』(1994)で主演男優賞、シルビア・ムントはフアンマ・バホ・ウジョアの長編デビュー作“Alas de mariposa”(「蝶の羽」)で主演女優賞を既に受賞していた。現在はそれぞれ舞台や監督業などにシフトしている。以下は、短編及びドキュメンタリーを除いた長編映画リスト。

 

長編フィルモグラフィー

11984Tasio”(邦題『タシオ』)監督・脚本

1985フォトグラマス・デ・プラタ賞受賞、シカゴ映画祭1984上映作品

19859月に「スタジオ200」で開催された「映像講座 スペイン新作映画」上映作品

 

2198627 horas”(邦題27時間』)監督・共同脚本(エリアス・ケレヘタ)

サンセバスチャン映画祭1986監督銀貝賞受賞作品

1989年に東京で開催された「第2回スペイン映画祭」上映作品

美しい港町サンセバスチャン、ホン(マルチェロ・ルビオ)とマイテ(マリベル・ベルドゥ)は恋人同士、同じ学校に通っているが二人ともヘロイン中毒で殆ど出席していない。漁師の父親の手伝いをしているパチ(ホン・サン・セバスティアン)には二人が理解できないが友達だ。ある日三人はイカ釣りに出かけるが船酔いでマイテが意識を失くしてしまう。マイテが死ぬまでの若者たちの27時間が描かれる。他にヤクの売人にアントニオ・バンデラスが扮している。

 

     

        (イカ釣りに出掛けたマイテ、ホン、パチ、『27時間』から)

 

31990Las cartas de Alou”(「アロウの手紙」)監督・脚本

サンセバスチャン映画祭1990作品賞(金貝賞)・OCIC受賞。ゴヤ賞1991オリジナル脚本賞受賞、監督賞ノミネーション。シネマ・ライターズ・サークル賞1992作品賞受賞

スペインに違法に移民してきた若いセネガル人アロウが、異なった文化や差別について故郷の両親に書き送った手紙。80年代から90年代にかけて顔を持たない無名のアフリカ人が豊かさを求めてスペインに押し寄せた。この不法移民問題は社会的な大きなテーマだった。

 

41994Historias del Kronen”(「クロネン物語」)監督・脚色

カンヌ映画祭1995コンペティション正式出品。ゴヤ賞1996脚色賞受賞(共同)、シネマ・ライターズ・サークル賞1996脚色賞受賞(共同)

*ホセ・アンヘル・マニャスの同名小説の映画化。何不自由なく気ままに暮らす大学生のセックスやドラッグに溺れる生態を赤裸々に描いた。クロネンは溜まり場のバルの名前。主役のカルロスにフアン・ディエゴ・ボット(ゴヤ賞新人男優賞ノミネーション)、その姉にカジェタナ・ギジェン・クエルボ、バル「クロネン」で知り合った友人にジョルディ・モリャ、チョイ役だったがエドゥアルド・ノリエガが本作で長編映画デビューを果たした。

 

           

              (“Historias del Kronen”から)

 

51997Secretos del corazón”(邦題『心の秘密』

1997年ベルリン映画祭ヨーロッパ最優秀映画賞「嘆きの天使」賞受賞ほか、アカデミー賞外国語映画賞スペイン代表作品に選ばれたが、翌年のゴヤ賞では監督賞・脚本賞はノミネーションに終わった。

19983月シネ・ヴィヴァン・六本木で開催された「スペイン映画祭‘98」上映作品

 

62001Silencio roto”(「破られた沈黙」)監督・脚本

トゥールーズ映画祭2001学生審査員賞スペシャル・メンション受賞。ナント・スペイン映画祭2002ジュール・ヴェルヌ賞受賞。他

1944年冬、21歳のルシア(ルシア・ヒメネス)は故郷の山間の村に戻ってくる。若い鍛冶職人マヌエル(フアン・ディエゴ・ボット)と再会するが、彼はフランコ体制に反対するレジスタンスのゲリラ兵「マキmaquis」を助けていたため追われて山中に身を隠す。監督の父親が農業のかたわら蹄鉄工でもあったことが背景にあるようです。“Historias del Kronen”で主役を演じたフアン・ディエゴ・ボットを再び起用、他に彼の姉マリア・ボットや、アルメンダリスお気に入りのベテラン女優メルセデス・サンピエトロが共演している。本作でシネマ・ライターズ・サークル賞2002の助演女優賞を受賞した。

 

      

           (再会したルシアとフアン、“Silencio roto”から)

 

72005Obaba”(「オババ」)監督・脚色(原作者との共同執筆)

サンセバスチャン映画祭2005コンペティション正式出品、ゴヤ賞2006では作品賞を含む10部門にノミネーションされたが録音賞1個にとどまった。

*ベルナルド・アチャガ1988年にバスク語で発表した短編集『オババコアック』(翻訳書タイトル)の幾つかを再構成して映画化。映画は作家自らが翻訳したスペイン語版が使用された。女教師役のピラール・ロペス・デ・アジャラがACE2006の最優秀女優賞を受賞、彼女はゴヤ賞助演女優賞にもノミネートされている。現在公開中のカルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』のヒロイン、バルバラ・レニーも新人女優賞にノミネートされた。

 

         

          (ピラール・ロペス・デ・アジャラ、“Obaba”から)

 

82011No tengas miedo”(「怖がらないで」)監督・脚本(ストリーはマリア・L・ガルガレリャと共作)

カルロヴィ・ヴァリ映画祭2011コンペティション正式出品、シネマ・ライターズ・サークル賞2012作品賞・監督賞ノミネーション

父親の娘に対する児童性的虐待がテーマ。父親にリュイス・オマール、娘シルビアには年齢(7歳、14歳、成人)ごとに3人に演じさせた。離婚して別の家庭をもった母親(ベレン・ルエダ)にも信じてもらえず、トラウマを抱えたまま成人したシルビアにミシェル・ジェンナーが扮した。この難しい役柄でシネマ・ライターズ・サークル賞2012とサン・ジョルディ賞2012女優賞を受賞した。ゴヤ賞2012でも新人女優賞にノミネートされるなど彼女の代表作となっている。間もなくスペイン公開となるアルモドバルの新作“Julieta”にも出演している。

 

 

(左から、ベレン・ルエダ、ヌリア・ガゴ、監督、ミシェル・ジェンナー、リュイス・オマール)

 

○以上が長編映画8本のアウトラインです。受賞歴はアルメンダリス監督のみに限りました。 

   

準備中の新作のテーマは霧のなか?

 

★監督の家族は〈赤い屋根瓦の家〉として知られていた精神科病院の前に住んでいた。モンチョが両親に「映画の道に進みたい」と打ち明けると、「息子をこの〈赤い屋根瓦の家〉に監禁しなくちゃ」と母親は考えたそうです(納得)。何しろパンプローナ理工科研究所の教師の職にあり安定した生活をしていたから、映画監督などとんでも発奮でした。37歳の長編デビューは当時としては遅咲きでした。『27時間』や“Historias del Kronen”のような若者群像をテーマにしたのは、かつて自分が教えていた若い世代にのしかかる危機が気にかかっていたからのようです。

 

DAMADerechos de Autor Medios Audiovisuales 視聴覚著作権)、SGAESociedad General de Autores y Editores 著作者と出版社の全体を総括する協会)の仕事に携わりながら教鞭をとっている。教えることが好きなのでしょう。引退したわけではなく常に映画のことを模索している。フアン・ディエゴ・ボットによると、二つほど企画中のプロジェクトがおじゃんになってしまったが、現在取り憑かれているテーマがあるそうです。

 

★「今どうしていると訊かれれば、映画のことを考えている」と答えている。「それは居心地よくワクワクするから。山ほど難問があるけれど、オプティミストになろうと努めている。人間的な善良さについての立派な映画や小説はあるけれども、私は自分たちが抱えている悩みや困難について語りたいと考えています」と監督。結局、長編第9作となる新作のテーマは明かされず、あれこれ類推するしかないようですが、フアン・ディエゴ・ボットを起用するのかもしれない。


『アマンテス/ 愛人』 のビセンテ・アランダ逝く2015年06月06日 23:01

 

   パションを介して愛と性と死を描いて社会のタブーに挑んだ

 

★アランダが死んでしまった。訃報は気が重くて書きたくないが、ガルシア・ベルランガの次くらいに好きな監督だった。二人の共通点は、フランコ時代に思いっきり検閲を受けたことぐらいか。もう1週間以上も経つのに「もう新作は見られない」と拘っている。大分前から映画は撮っていなかったのに不思議な気がする(2009年の“Luna caliente”が遺作)。デビュー作“Brillante porvenir”(1964)が38歳と同世代の監督に比して遅かったので、88歳になっていたなんて驚いてしまった。改めてフィルモグラフィーを調べたら27作もあり、フィルムで撮っていたことを考慮すると寡作というほどではないかもしれない。日本で公開された映画は4作だけだが、映画祭上映やビデオ発売はセックスがらみで結構多いほうかもしれない

 


公開作品リスト、ほか

198811月公開『ファニー 紫の血の女』1984Fanny Pelopaja フィルム・ノアール

19942月公開『アマンテス / 愛人』1991Amantes”ビデオ

20043月公開『女王フアナ』2001Juana la LocaDVD

20043月公開『カルメン』2003CarmenDVD

 

映画祭上映及びビデオ発売(未公開)作品製作順

1972『鮮血の花嫁』“La novia ensangrentada”ゴシック・ホラー 原作『カーミラ』ビデオ

アイルランドのシェリダン・レ・ファニュ(181473)の怪奇小説の映画化

1977『セックス・チェンジ』“Cambio de sexo 東京国際レズ&ゲイ映画祭1999上映、ビデオ

1989『ボルテージ』“Si te dicen que caí原作フアン・マルセ、ビデオ発売1998

1993『危険な欲望』Intrusoビデオ発売2001

1994『悦楽の果て』La pasión turca 原作アントニオ・ガラ、 ビデオ発売1998

1996『リベルタリアス自由への道』Libertarias東京国際映画祭1996上映、審査員特別賞

1998『セクシャリティーズ』“La mirada del otro”原作フェルナンデス・G・デルガド、ビデオ

 

ビセンテ・アランダVicente Aranda Ezquerra  1926119日、バルセロナ生れの監督、脚本家(526日マドリードの自宅で死去)。7歳のときカメラマンだった父親が死去、家計を助けるため中学生の頃から働きはじめ、学校は義務教育止まりだった。一家がスペイン内戦で負け組共和派に与していたことも人生の出発には不利だった。経済的政治的な理由から、1949年ベネズエラで情報処理の分野で働くため生れ故郷を後にした。アメリカの総合情報システム会社、後には現在のNCRコーポレーションで中心的な役職についたが、1956年、映画の仕事への執着やみがたく帰国する。しかし学歴不足で希望していたマドリードの国立映画研究所入学を拒絶され、バルセロナに戻って独学で映画を学んだ(ベネズエラ移住期間195259年など若干の異同はありますが、英語版ウィキペディアを翻訳したと思われる日本語版があります。スペイン語版はごく簡単な作品紹介にとどめ、デビュー前の記載はありません)。

 

   「アランダはヒッチコックの足元にも及ばなかった」とフアン・マルセ

 

★デビュー作Brillante porvenirから遺作のLuna calienteにいたるまで執拗と言えるほど同じテーマ、つまりパションを介してEspaña negra≫の性愛と死の現実を風刺的でビターな語り口で明快に描き続けた。多くの作品が小説を題材に、または実際に起きた犯罪事件に着想を得て映画化されたが、そのことが物議をかもすことにもなった。フアン・マルセの小説を上記の『ボルテージ』を含めると4作撮っている。作家はどれも気に入らず、「アランダはヒッチコックじゃなかった、彼の足元にも及ばなかった」と不満をぶちまけた。監督も負けてはおらず、「マルセも所詮、ギュスターヴ・フローベールじゃなかった」と応酬した。後で仲直りしたから()、ちょっとした子供の口ゲンカなんでしょうね。

 

★しかし本気で怒った作家もいた。『悦楽の果て』の邦題でビデオが発売されたLa pasión turcaのアントニオ・ガラ、処女小説“El manuscrito carmesí”が『さらば、アルハンブラ、深紅の手稿』として翻訳書が出ている。原作を読んでいないから分からないが、原作とは凡そかけ離れているんだと思う。映画の結末には2通りあって、なんとなく作家の怒る理由が想像できる。個人的には小説と映画はそれぞれ独立した別の作品だから、映画化を許可した時点で我が子とはサヨナラするべき、だって小説の筋をなぞる映画など見たくもないからね。主演のアナ・ベレンの妖しい美しさを引き出しており、女優を輝かせるベテランであった。ビクトリア・アブリルは言うに及ばず、『セクシャリティーズ』のラウラ・モランテ『ファニー 紫の血の女』のファニー・コタンソンなどにも同じことが言える。

 

             (“La pasión turca”のアナ・ベレン)

 

★第1Brillante porvenirF・スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』、第2Fata Morgana65)はゴンサロ・スアレス、La muchacha de las bragas de oro80)はフアン・マルセ、Asesinato en el Comité Central82)はマヌエル・バスケス・モンタルバン、『ファニー 紫の血の女』84)はアンドルー・マルタン、Tiempo de silencio86)はヘスス・フェルナンデス・サントスなどなど。

 

★晩年のTirante el Blanco06)はジョアノ・マルトレルの Tirant lo Blanc”、『ドン・キホーテ』より先にカタルーニャ語で書かれたスペイン古典中の古典、セルバンテスが大笑いしたという騎士道物語の映画化だった。これは製作費約1400万ユーロをつぎ込んだわりに評判が悪く、しかしアランダが“Tirant lo Blanc”を撮るとこうなるんだ、という映画だった。『カタルーニャ語辞典』の著者、田沢耕氏が講演会で「この監督は何という人ですか、ひどすぎます!」とマルトレルにかわって憤慨しておられたが、小説と映画は別物なんです()。撮影にホセ・ルイス・アルカイネ、音楽にホセ・ニエト、キャストにエスター・ヌビオラビクトリア・アブリルレオノル・ワトリングイングリッド・ルビオ、などを揃えた豪華版だった。

 

       (左から、ワトリング、ヌビオラ、ルビオ “Tirante el Blanco”)

 

     『アマンテス / 愛人』のテーマは内戦後と愛の物語

 

★実際に起きた事件に着想を得て映画化された代表作が『アマンテス / 愛人』、『セックス・チェンジ』以来、アランダのミューズとなったビクトリア・アブリル、まだ初々しかったホルヘ・サンスマリベル・ベルドゥ3人が繰りひろげる愛憎劇。アランダはエロティシズムとやり切れない内戦後に拘った。その二つをテーマに選んだのが本作。舞台背景は内戦後の1955年、しかし主要テーマは性と愛と死、だから今日でも起こりうる物語といえる。

 

        (アランダとアブリル、『アマンテス / 愛人』撮影のころ)

 

★この作品はゴヤ賞1992の作品賞と監督賞を受賞している。他にノミネートこそあれ受賞はこれだけ。アカデミー会員はマドリードに多いから、どうしてもバルセロナ派は不利になる。またベルリン映画祭1991でアブリルが主演女優賞を受賞、アランダの名前を国際的にも高めた作品といえる。最後の雪が舞うブルゴスのカテドラルを前にしたサンスとベルドゥのシーンは忘れ難い。ろくでもない不実な男に一途な愛を捧げる娘のひたむきさ、二人のクローズアップからロングショットへの切り替えの巧みさなど名場面の連続だった。

         (ベルドゥとサンス、『アマンテス / 愛人』最後のシーン)

 

<エル・ルーテ>と呼ばれた実在の犯罪者エレウテリオ・サンチェスの自伝にインスパイアーされて撮ったのがEl Lute87)とEl Lute ,mañana seré libre88)。収監中に勉強して弁護士になったエル・ルーテにイマノル・アリアス、その妻にビクトリア・アブリルが扮した。

 

           (アリアスとアブリル、“El Lute”)

 

      なりたかったのは作家、小説の映画化に拘った

 

★デビュー作“Brillante porvenir”を共同監督した友人で作家のロマン・グベルンが「エル・パイス」紙に寄せた追悼文によると、アランダは「本当は監督じゃなく作家になりたかった」が物書きとしては芽が出ず映画監督に方針を変えた。グベルンは「本当は監督になりたかったが監督になれず作家になった」。「これは何というパラドックスだ」とアランダが叫んだそうです。

 

★プレス会見でもあまり胸襟を開かないと言われた監督だが、それは映画が語っているから充分と考えていたのではないか。愛の混乱と曖昧さ、愛と性は爆弾のようなもの、幸せになれない登場人物たち、性愛の解放を描いて社会のタブーに挑んだ監督だったと思う。グベルンによると、バルセロナ派の監督なのにマドリードに住んでいたのは、バルセロナ派との関係が必ずしも良好ではなかったからで、それは彼がカタルーニャ語で撮らないことも一因だったという。アランダはそういう狭量な仲間意識を嫌っていたのではないか。「高校に行くことができなかった青年は優れた観察力をもっていた。神々は運命が計り知れないことを御存じだったのだ」と温かい言葉で追悼文を締め括っている。

 

マヌエル・マルティン・クエンカの『不遇』*セルバンテス土曜映画会2014年06月11日 13:55

6月のセルバンテス文化センター土曜映画会は、マヌエル・マルティン・クエンカのMalas temporadas(セルバンテス邦題『不遇』、英語字幕付)です。サンセバスチャン映画祭2005に正式出品されセバスチャン賞受賞、翌年ナタリエ・ポサがゴヤ賞主演女優賞にノミネートされた映画。マヌエル・マルティン・クエンカ監督については、新作Canibalが「トロント映画祭2013」(コチラ201398)や「ゴヤ賞2014」の候補になった折りにご紹介しております(201411226)。5月に一般公開(邦題『カニバル』)、スペイン映画としては電光石火の早業です。ゴヤ賞ノミネート5作品賞のうちでは一番乗りですが、ホラー映画じゃないのですよ。一方こちら『不遇』は、2005年と古く一般公開はないと思いますのでテーマに踏み込んでいます。ご注意ください! 

    Malas temporadasHard Times

製作Iberrota Films / Golem Distribucion

監督:マヌエル・マルティン・クエンカ

脚本:マヌエル・マルティン・クエンカ&アレハンドロ・エルナンデス

撮影:ダビ・カレテロ

音楽:ペドロ・バルバディリョ

                              (左から、カマラ、ポサ、監督、ポドロサ、ワトリング サンセバスチャンにて)

キャスト:ハビエル・カマラ(ミケル)、ナタリエ・ポサ(アナ)、Eman Xor Oña(カルロス)、ゴンサロ・ポドロサ(アナの14歳の息子ゴンサロ)、レオノール・ワトリング(ラウラ)、フェルナンド・エチェバリア(ラウラの夫ファブレ)、ペレ・アルキリュエ(パスクアル)他

 

*データ:スペイン、2005年、スペイン語、ジャンル:ドラマ、移民、撮影地マドリード、115

*受賞&ノミネート:マルティン・クエンカ(サンセバスチャン映画祭2005セバスチャン賞/サンタ・バルバラ映画祭Visionary 賞受賞他)、ハビエル・カマラ(フォトグラマ・デ・プラタ2006男優賞/スペイン俳優連盟2006主演男優賞ノミネート)、ナタリエ・ポサ(ゴヤ賞2006/スペイン俳優連盟2006主演女優賞ノミネート他)、レオノール・ワトリング(フォトグラマ・デ・プラタ2006女優賞ノミネート)

 

ストーリー:マドリードの中心街で暮らすミケルとアナとカルロスの物語。生徒の全員が答案用紙に集中している、いや一人だけ白紙のまま窓越しに揺れる樹々を眺めている、アナの息子ゴンサロだ。アナは移民援助のNGOで他人の不幸にかまけて息子や自分を置き去りにして働いている。現実を生きていない亡命キューバ人のカルロスはアナのかつての恋人、カルロスの今の愛人ラウラは事故で両足不随、無償の愛をラウラに捧げている夫のファブレ、6年の刑期を終えてたった今マドリードに戻ってきたミケルは同房だったパスクアルと話し合わねばと考えている。彼の生きがいはチェス、物静かな謎に満ちたミケルはカルロスと偶然同じアパートの住人になる。第二のチャンスを求めて都会を彷徨する群集劇。唯一の解決策は進むべき道を見なおすこと、それは予期しないかたちでやってくるだろう。 (文責:管理人)

 

風景から人物へ

マルティン・クエンカの映画は「風景に始まりやがて登場人物に移動していく」と言われるように、背景が重要な役目をしている。本作でもホームに佇むアナ、バラハス空港で飛行機が着陸するのを見上げているカルロス、出所して荒涼とした一本道を歩いてくるミケル、三人は別々の風景から現れ、やがてカルロスを接着剤にして結びつく。この映画はロバート・アルトマンが編み出したという群集劇、スペインでは合唱劇(pelicula coral)と言われている。セスク・ガイのEn la ciudad2003)がよく引き合いに出されるが、必ず主軸となる人物の存在がある。本作では主軸の三人が冒頭の数分で鮮明になり、登場する人物の多さにも拘わらず、風景と一体化して他と交わることがない。

 

★室内の描写も重要で、ミケルが6年振りに帰宅するアパートの描写から彼の過去が少しずつ明らかになっていく。男の子がチェスをやっている写真、大小二つのトロフィー、198710月セビーリャで開催されたチェスの世界選手権のポスターなどが映し出される。しかしどんな罪で収監されたのか、どうしてパスクアルを追い回すのか直ぐには分からない謎の人物がミケル。分かるのは葉巻が好きなこと(これがカルロスに繋がっていく)、チェスに情熱をもっていること、収監が彼を別の人間に変えたことだ。カマラの細い鼻、すがるような同時に脅すような目、黒いひげに蔽われた唇、演技なのか地でやってるのか不思議な気分になってくる。彼を初めて起用した監督は、「日を追うごとに彼の真摯な演技に打たれた」と語っている。

 


因みにこのひげはイサベル・コイシェの『あなたになら言える秘密のこと』(2005)で気に入って本作にも採用したとか。演技に完璧を求めるタイプだがメソッドに縛られない、どんな役柄でも地かなと思わせるカメレオン俳優、「ゴヤ賞2014」ダビ・トゥルエバの新作で念願の主演男優賞を受賞した。もう一人のカメレオン俳優アントニオ・デ・ラ・トーレといい勝負、マルティン・クエンカは新作『カニバル』で彼を主役に抜擢、彼の隠れた才能を引き出した。

 

自己欺瞞が再生を阻んでいる

★カルロス(Eman Xor Oña)は現実を生きていない。心を開かないでずっと逃げつづけている。亡命キューバ人にとって同国人は敵か味方か見極めねばならない、がっしりした肩に鎧を着け身構えている。危険な密売に関わっている、生き残るためにそうしている。壁にパイロットの制服を身に着けた写真を飾っており、過去の自分から抜け出せない。5年前キューバからスペインに来た、これは事実だろうが、嘘でかためた自己欺瞞の人がカルロス、愛と憎しみでラウラと寝ているのだが、いずれ終りがあることを知っているからだ。マイアミから一本の電話が掛かってくる、航空学校の教師の仕事があるという、果たしてチャンスを掴むことができるのだろうか。自己欺瞞はテーマの一つか。(写真:孤独に耐えるカルロス)

 

 

カルロスを亡命キューバ人にしたのは、共同脚本家アレハンドロ・エルナンデスが同国人だからでしょう。監督はドキュメンタリーEl juego de Cubaで既にコンビを組んでいます(フィルモグラフィー参照)。カルロスには2000年にスペインに移住したというエルナンデスが投影されているように思います。キューバ革命を外から見る、現在のキューバ、キューバ人に対する想いがカルロスや友人のセリフに垣間見える。群集劇では登場人物のなかに自分を発見できるのだが、カルロスと自分を重ねられる人は少ないでしょう。私たちは亡命者ではないからだ。キャリアは昨年のラテンビートで再上映されたフェルナンド・トゥルエバのアニメ『チコとリタ』(2011)のチコのボイス、エルネスト・ダラナス**の『壊れた神々』(2008、ラテンビート2009)、リゴベルト・ロペスのRoble de Olor2004)でデビュー以来、キューバ映画に多く出演している。

 

 目は口ほどに物を言う

★本作で言葉以上に重要なのが≪視線≫である。過去の経緯が省かれているうえ、セリフが少ないので片時もスクリーンから目が離せない。監督によると、この目の演技ができる俳優を選んだという。その一人が、アナの引きこもり息子ゴンサロのゴンサロ・ポドロサ、本作でデビューした。起用した条件が神秘性と目の演技力の二つ、この二つの素質は役者として欠かせないからだ。本作で重要なのは言葉でなく目に語らせることだったから。ゴンサロに何がしたいか誰も尋ねてくれない。母親アナの問題は息子の危険信号をキャッチできないほど他人の問題にエネルギッシュに没頭していること、それが人生で最も重要だと考えていること。アナの問題が一番深刻、なぜなら自分や家族を顧みないことが問題だと思っていないからだ。息子の突然の引きこもりにバランスを失い歯車は逆回転を始めてしまう。アナは初めて自分と息子に目を向ける。カルロスに導かれたミケルとゴンサロは、チェスを仲立ちに再生できるのだろうか。

 

アナ役のナタリエ・ポサ Nathalie Pozaは、1972年マドリード生れ。テレビ界で活躍の後El otro lado de la cama2002で映画デビュー、マルティン・クエンカのLa flaquesa del bolcheviqueに出演。ゴヤ賞はダビ・セラーノのDías de fútbol2003)で助演女優賞、マヌエル・マルティン・クエンカのMalas temporadas2005)で主演女優賞、マリアノ・バロソのTodas las mujeres2013)で助演女優賞にノミネートされている実力派。アナと同じように力惜しみしない、守りに入らない女優です。監督も彼女と出会えたことは「贈り物だった」と語っています。バロソの新作Todas las mujeresが紹介されるといいのですが、すべて未公開です。 

 
                       (写真:アナに扮したナタリエ・ポサ)

★ラウラを演じたレオノール・ワトリングも目の演技ができる強固な意志をもっている女優。我儘な王女のように振舞い、同時にそういう自分を蔑み痛めつけている。愛していないが一緒に暮らす夫ファブレと生きるしか仕方がないのか。彼女は歌手としても有名ですが、本作でも事故前のビデオ映像のなかで彼女の歌を聴くことができます。アルモドバルやアレックス・デ・ラ・イグレシアの映画でお馴染みですが、美人に溺れず、必要ならヌードも辞さない潔い勇気ある女優、カンデラ・ペーニャと一脈通じるところがある。 

                                   (写真:ラウラに扮したレオノール・ワトリング)


★ミケルより早く娑婆に戻ったパスクアルは早く過去を葬りたい。ミケルとは二度と接触したくないのに執拗に追ってくる。あそこで起こったことはすべて消し去りたい、新しい人生が始まっているのだから割り込んでこないで欲しい。しかし彼の心は恐怖に慄いている。彼の鋭い視線、どすの利いた太い声、強さのなかに脆さを隠しているパスクアル役にペレ・アルキリュエはぴったりです。
 

                       (写真:パスクアルとミケル)

*ペレ・アルキリュエPere Arquilluéは、1967年バルセロナ生れ。テレビでデビューしたこともあってTVドラのシリーズ出演が主です。それに脇役が多いから出演本数のわりには馴染みがない俳優。日本紹介はよく調べてないが、カルロス・サウラの『サロメ』(2002)で監督に扮した1本だけかもしれない。未公開ではセスク・ガイのEn la ciudad、フェルナンド・レオン・デ・アラノアのPrincesas2005)、最近ではナチョ・G・ベリリャのQue se mueran los feos2010)など、評価の高い作品に出演している。

 

監督紹介&主なフィルモグラフィー

マヌエル・マルティン・クエンカManuel Martin Cuenca1964年アンダルシアのアルメリア生れ。グラナダ大学の文献学、マドリードのコンプルテンセ大学で情報科学を専攻。


2001年製作のドキュメンタリーEl juego de Cuba2001The Cuban Game)がマラガ映画祭ドキュメンタリー部門銀のジャスミン賞」、ニューヨーク映画祭2003ベスト・ドキュメンタリー「金のリンゴ賞」を受賞した。キューバの国民的スポーツ「ベースボール」を通して、米国との相関関係、小さな島国に起きている矛盾のなかでキューバ革命を生きている国民、選手の成功と失敗が語られる。ホルヘ・ペルゴリア、ルイス・アルベルト・ガルシア他出演。共同脚本はアレハンドロ・エルナンデス、ナレーターはメルセデス・サンピエトロと豪華版(アリスタラインLugares comunes2002、ピラール・ミローEl pájaro de la felicidad1993などが代表作)。 


○長編第1La flaquesa del bolchevique2003The Weakness of the Bolshevik)はアンジェ・ヨーロピアン・ファースト・フィルム映画祭2004(仏)で観客賞を受賞、ゴヤ賞2004では脚色賞をロレンソ・シルバと共にノミネートされた。ロレンソ・シルバの小説の映画化。「欲求不満を抱えたビジネスマン(ルイス・トサール)と聡明な美少女(マリア・バルベルデ、デビュー作)に突然襲いかかる悲劇」。他にナタリエ・ポサ、ルベン・オチャンディアノ。

 


2Malas temporadas略)

 

3La mita de Oscar2010Half of Oscar)は、マイアミ映画祭2011スペシャル・メンションを受賞した。トロント、ハバナ、ヒホンなどの国際映画祭に出品された。「一人暮らしのオスカル(ロドリゴ・サエンス・デ・エレディア)は、アルメリアの製塩所のガードマン、帰宅して最初にすることは空の郵便受けを見ることだ。ある日この単調な日常がアルツハイマーの祖父の死で破られる。パリ暮らしの妹(ベロニカ・エチェギ)とは2年も会っていない。知らせを受けて恋人とやってきた妹とオスカルには口に出せない秘密があるのだ」。他にアントニオ・デ・ラ・トーレ、マヌエル・マルティネス・ロカほか。共同脚本はアレハンドロ・エルナンデス、撮影監督ラファエル・デ・ラ・ウスの評価が高く、アルメリアのカボ・デ・ガタ(猫岬)で撮影された風景は、物言わぬ登場人物の一人である。


4Caníbal2013『カニバル』)は、ウンベルト・アレナルの短編を自由に翻案して映画化したサイコ・スリラー。(公開中につき省略)

 

アレハンドロ・エルナンデス Alejandro Hernandez 1970年ハバナ生れ、作家、脚本家、プロデューサー。18歳のときアンゴラ戦争に戦場ジャーナリストとして従軍する。1996年、処女作“La Milla”をキューバと米国で出版、第2作“Algún demonio”(2007)、第3作“Oro ciego”(2009)。2000年よりスペイン在住、カルロス三世大学で教鞭をとる。日本で紹介された作品はベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』(2005、ラテンビート上映)、『カニバル』、未公開ではLa mita de Oscar、マリアノ・バロソのLo mejor de Eva2011)、Todas las mujeres2013)など。

 

**Eman Xor Oñaは出演しておりませんが、エルネスト・ダラナスの最新作Conductaは、マラガ映画祭2014ラテンアメリカ部門のグランプリ作品、キューバICAICの資金で今年製作された唯一の作品です。ちょっとアレナスの名作『苺とチョコレート』にテーマが似ています。マラガ映画祭2014でもご紹介しておりますが、「Marysolさんブログ」で紹介されております。

 

 

新喜劇の旗手ダニエル・サンチェス・アレバロ2013年08月25日 14:27

★ジャンルとしてスペインのコメディは成功例が多い。彼の場合、名前よりデビュー作『漆黒のような深い青』(2006)とか、近くは第3作『マルティナの住む町』(2011)を撮った監督と言ったほうが分かりやすいかもしれない。二つともラテンビートで上映され、2作目となる『デブたち』も「2009スペイン映画祭」で紹介されたから、かなり幸運な人です。第1作はゴヤ賞新人監督賞受賞を筆頭に、国内のマラガに止まらず世界の映画祭ヴェネチア、シカゴ、ストックフォルム、トゥールーズと、高い評価を受けた作品でした。

★次回作は、“Paracuellos”というカルロス・ヒメネスの人気コミックの映画化がアナウンスされていましたが違いました。製作もヒット作を量産しているフェルナンド・ボバイラが責任者のMad Produccionesに決定していたのにね。コミックはスペインでも下降線を描いていますから頓挫したのかもしれません。

★第4作となる“La gran familia espanol”(英題“Family United”)の本国公開が9月13日と目前に迫り話題になっています。負け組5人兄弟(一人は欝病、もう一人は身体障害者、ほかの一人は知恵遅れ・・・)のミクロな世界を描きながら、今やEUのお荷物となっているスペインの、嘘でかためた社会が抱えるマクロな問題にメスを入れているようです。彼自身16年間も精神分析を受けている思惑の人だから、書くことで克服しようとしたようです。1970年生れということは年齢的に難しい時期に差しかかっているのかもしれません。背景にはハリウッドの古典、ブロードウェイでもロングランしたスタンリー・ドーネンの『掠奪された七人の花嫁』(1954)への目配せがあるということです。

★キャストは、今年4月惜しくも鬼籍入りしたビガス・ルナの『女が男を捨てるとき』(2006)やイシアル・ボジャインの“Katmandu”で主役を演じたベロニカ・エチェギ(カトマンズ入りしての過酷な条件下の撮影にカルチャーショックを受けた由)。ビガス・ルナのは日本ではクソミソだったが理解されにくいのが残念です。こちらは劇場未公開作品ですが、2012年セルバンテス文化センター土曜映画会で上映されました。男性陣は監督が「義兄ちゃん」と呼んで義兄弟同然のアントニオ・デ・ラ・トーレ(4作オール出演)、『デブたち』以外出演したキム・グティエレス、今年スクリーンで見られたら嬉しい映画の一つ。
(写真:ダニエル・サンチェス・アレバロ)

ボラーニョの小説、初めて映画化2013年08月23日 08:41

ボラーニョの小説、初めて映画化
★残念ながら話題の長編大作『2666』でも『野生の探偵たち』でもありませんが、ボラーニョの小説“Una novelita lumpen”が“Il futuro”(El futuro)のタイトルで映画化されました。映画祭は364日どこかで開催されているのではと錯覚するほど多い。今年2013年もサンダンス映画祭で幕開けいたしました。英題“The Future”の世界プレミアはこのサンダンス、続くロッテルダム映画祭ではKNF作品賞を受賞いたしました。監督はボラーニョの生れ故郷チリのアリシア・シェルソン。チリ、イタリアでは6月に劇場公開も果たし、アメリカとドイツでも9月公開が決まっています。

*アリシア・シェルソンといえば、長編第1作『プレイ/Play』(2005)で才能を開花させた新世代の監督。こちらの映画は本当に掘出し物でした。埼玉県川口市で開催された「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2006」で新人監督賞を受賞した作品。好評につき東京国際映画祭2006でも上映され、さらに2008年6月にはセルバンテス文化センター土曜映画会でも上映されました。躍進目覚ましいチリ映画界、なかでもクールな新世代の活躍は目を見張るものがあります。

*シェルソンの第4作目になる本作は、製作国がチリ、イタリア、ドイツ、スペインの4カ国、言語がイタリア語、スペイン語、英語と複雑なのも話題になっています。主役のビアンカ役に『マチェカ』や『サンチャゴの光』出演のマヌエラ・マルテッリ(1983年サンティアゴ生れ。名字からも分かるように両親はイタリア系移民なので、西伊のバイリンガル。イタリア映画祭2009上映のサルヴァトーレ・メレウの『ソネタウラ・樹の音』にも主演しているから認知度は高い)。相手役にリドリー・スコットのヒット作『ブレード・ランナー』でレプリカントに扮したルトガー・ハウアーという異色の顔合わせ、ワクワクせずにはいられません。YouTubeで予告編が覗けます。いずれ鑑賞できたら感想をアップします。
(写真:アリシア・シェルソン)

★ロベルト・ボラーニョの原作”Una novelita lumpen”(2002)は、同郷のホセ・ドノソの小説”Tres novelitas burguesas”へのオマージュとして付けられた由。ボラーニョ生前最後の単行本、没後出版の『2666』同様幼い二人の愛児ラウタロとアレクサンドラに捧げられています。因みにホセ・ドノソの小説は、木村榮一訳『三つのブルジョワ物語』として集英社文庫に入っています。これに倣えばさしずめ「あるルンペン物語」とでも訳せましょうか。
*「チリの作家」と紹介されるボラーニョですが、彼自身は生前「チリ人でもメキシコ人でもスペイン人でもなく南米の作家、ラテンアメリカの作家です。スペインのカタルーニャの小村ブラネスにずっと住みつづけていたいと思うけど」と語っています。今年7月15日はボラーニョ没後10周年(1953~2003)、生きていれば還暦を迎えていたのかと感無量です。当時13歳だったラウタロも大人になり、2歳足らずだったアレクサンドラもローティーンだ。そういえば、謎の作家アルチンボルディを追う長編『2666』のハンスとロッテのライター兄妹も10歳違いでした。