引きつる笑い『名誉市民』*ラテンビート2016 ⑩2016年10月23日 15:53

      故郷を捨てた作家がノーベル文学賞を貰って帰郷するとどうなるか?

 

『ル・コルビュジエの家』の監督コンビ、ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンが放つアルゼンチン風のブラック・コメディ。冒頭シーンから笑わせますが、これまたあり得ない、少し悪ノリしたストーリーでした。アルゼンチンの観客は、さぞかし居心地悪かったのではないでしょうか。「預言者故郷に容れられず」の諺どおりノーベル賞作家ダニエルも「ただの人」だったと思わせて、最後の最後にどんでん返しがありました。アカデミー賞2017のアルゼンチン代表作品に選ばれました。

      

     

          (ガストン・ドゥプラットとマリアノ・コーン)

 

A: いやはや、この最後のシーンがなければ平凡な筋書きで、それに少しばかり長すぎて「カット、カット」でしたが、最後に一本取られました。

B: 「コメディは90分以内がベター」と言ったのはアルモドバルでしたが、〈118分〉は長すぎました。故郷を捨てた成功者が凱旋すれば、起こるだろうことが起こっただけで、予測の範囲内でした。ホラー・コメディの『ル・コルビュジエの家』の不気味さ、奇抜さにはかないません。

 

A: 故郷に錦を飾るのは難しい。今は親友アントニオの妻になっている元恋人イレネから帰郷したことを詰られていましたが、せっかく忘れていた心の痛みをほじくり返され、あげく跳ねっ返り娘にまで被害が及んで気の毒でした。作家にしては想像力欠如というか、女心の機微が分からない、気難しいわりにはおスケベな小父さんでした。

B: しかし観客サービスも必要ですね。イレネの夫アントニオにしてみれば、遠路はるばるやってきて夫婦仲をかき回され、ただじゃおかないと仕返しのチャンスをヨワいオツムでフル回転させている。

   

      

          (40年ぶりに会うダニエルとイレネ、映画から)

 

     

   (笑顔だが内心面白くないアントニオと元恋人を取られて忸怩たる思いの作家)

 

A: ダニエルはノーベル賞をもらってから、5年間もスランプ状態、1作も書けないでいる。そんな折に生れ故郷サラスから「名誉市民」賞受賞の知らせが届く。

B: 40年前の母親の死をきっかけに故郷を捨てる。その10年後の父親の葬式にも帰郷しなかった。そんな恥知らずな男が故郷に帰ればどうなるか、ノーベル賞作家でも人間的にはクソったれだ、というわけです。

A: 人気に陰りが見えるサラス市長は、次の選挙に勝てる自信がない。勝利するには豪華な花火を打ち上げねばならない。いささか古いニュースたが、確かノーベル賞を貰った作家がいたはずだ。彼に名誉市民賞をやるのはどうだろう。

 

B: 市長室にペロン大統領とファーストレディのエバ・ペロンの写真が壁に掛かっていた。

A: エビータが死んだのは1952年だから、半世紀以上も時代を遡ることになる。現在でもエビータ人気は根強いらしく、そこらへんを揶揄しているわけですね。ペロニスタが母体となっている正義党、通称ペロン党は最大政党でもある。

 

B: ホルヘ・ルイス・ボルヘスの名前も出てきましたが、「ボルヘスはノーベル賞を辞退した」と言わせている。彼はブエノスアイレス市の「名誉市民」賞は貰っていますが、ノーベル賞は受賞しなかった。

A: というより、自国の独裁者ビデラ将軍やチリの独裁者ピノチェトの体制寄りで、スウェーデン・アカデミーは「ボルヘスにはやらない」と決定していたのだ。ボルヘスは軽い気持ちだったらしいが、後に「最大の誤算だった」と後悔することになった。

 

B: アルゼンチンの観客がどんな反応を示したか、興味深い。もっとも左派の人たちの「ボルヘス嫌い」は徹底していて、いわゆる読まず嫌いのようだ。文学など興味のない庶民には、ノーベル賞作家ガルシア・マルケスと混同している人もいるようです。

A: ダニエルが授賞式に正装して出席するよう依頼されたが「断った」というセリフがあって、チャコールグレーの背広に黒っぽいシャツ、おまけにノーネクタイだった(笑)。ガルシア・マルケスも確か正装じゃなかったですね。 

 

 

             (受賞スピーチをするダニエル)

 

B: シニカルな受賞スピーチに国王以下全員固まってしまって笑わせます。

A: ダニエルのスピーチは簡潔でなかなか良かったじゃないですか。バルガス=リョサの長い長い受賞スピーチを皮肉っているのかもしれません。

B: 今年の文学賞は、ボブ・デュランが沈黙していてスウェーデン・アカデミーも困惑気味のようですが、欲しくなければ無視しないで、ジャン=ポール・サルトルのように辞退すれば済むことです。

 

A: 他にもいろいろ面白い仕掛けがありますが、これから開催される東京国際映画祭と共催上映なので、ここいら辺で。ブラック・コメディ好きにはお薦めです。ちなみに監督コンビのドキュメンタリーTodo sobre el asado2016,仮訳「バーベキューのすべて」)はサンセバスチャン映画祭2016で上映されました。アルゼンチンの主菜は肉料理、特にアサードだ。70歳まで生きるとすると平均1.5トン食するという。これは如何にも多すぎて健康によくない。

B: しかし、お二人とも世界保健機関WHOの方針がお気に召さないようです。映画にもドでかい焼肉が登場します。

 

 

      (これで3人前です! ダニエル、アントニオ、イレネ、映画から)

 

『名誉市民』の作品紹介は、コチラ⇒20161013


『盲目のキリスト』 Q&A*ラテンビート2016 ⑨2016年10月21日 12:20

        ベネチア正式出品だけでは日本の観客を惹きつけられない?

 

★今年のラテンビートのQ&Aは、前回の『The Olive Tree』と本作だけ、ちょっと寂しかった。クリストファー・マーレイ監督の来日、1回上映にもかかわらず観客も少なめなうえ、Q&A前に席を立つ人もあり、知名度の低さを印象づけた。ベネチア正式出品だけでは日本の観客を惹きつけることは難しい。映画祭ディレクターのカレロ氏によるキャリア紹介に続いて、ベネチア映画祭出席の印象、映画製作の経緯、舞台となったチリ北部の人々の信仰心、並びにキャスティング方法などの質問の後、会場からの質問にも丁寧に応じていた。作品同様非常に思索的な、しかしこれからの監督、一般観客を惹きつけるには工夫が必要と感じた。

 

         

        (登壇したマーレイ監督とカレロ氏、1015日、バルト9にて)

 

A: 映画祭ディレクターのカレロ氏からベネチア映画祭での感想を聞かれて、「尊敬する監督さんたちとの交流、海外の観客に見てもらえるなど、すべて初体験だった」と応えていた。2010年にパブロ・カレラと共同で監督したデビュー作Manuel de Riberaは、ロッテルダム映画祭でワールド・プレミアされたのですが規模が違います。翌年クロアチアのスプリト国際映画祭(ニューフィルム)特別賞を受賞しましたが、より規模が小さい。

B: ロッテルダムは新人の登竜門、ベネチアのような大物監督は出品しないのではないか。

 

A: 他に2012年、ドキュメンタリーPropaganda62分)を送り出しており高い評価を受けている。チリではこちらのほうが有名です。単独での長編劇映画は、本作が初監督です。

B: 聞き違いかもしれませんが、ドキュメンタリーも共同監督作品と通訳されていました。ドキュメンタリーは単独で撮っていますね。

 

       盲目なのは誰か、社会的政治的メッセージはどこまで届くか?

 

A: まず当ブログで紹介したプロットが若干ずれていましたね。冒頭で主人公マイケルに「病気を治せることはできない」と語らせている。しかし「藁をもつか」みたい村人は奇跡を信じたがっている。やがてマイケルも、「もしかして起こせるかもしれない」と思い始めて巡礼を続けていく。

B: 結果的には幼な友達マウリシオの足の怪我を治すことはできなかった。しかし、マウリシオは彼が仕事や父親を投げ打って訪ねてきてくれたことで充分報われたと感謝する。

A: 逆境にありながらも、マウリシオのこの声高でない謙虚さに驚く。友情以外の〈何か〉が分からないと、彼の諦観を理解することはできない。

 

   

       (幼な友達マウリシオの怪我を治そうと精神を集中するマイケル、

    奇跡が起こるのを我が目で見たいと長い道のりを同行した巡礼者たち)

 

B: ラテンビート・カタログでは、マイケル・シルバが演じた主人公の名前が「ラファエル」になっておりますが、当ブログの「マイケル」でよかったようです。シルバはただ一人のプロの俳優、「チリ北部の人々は押しなべて信仰心が厚く、北部出身の彼も例外ではない」と監督。

A: 信仰心といってもローマ・カトリックというわけでなく、大航海時代にヨーロッパからもたらされたキリスト教、もともと先住民が部族ごとに信仰していた宗教、この二つがミックスされた宗教、と多種多様ですね。

 

B: Q&Aでマーレイ監督も「種類も多く、儀式のやり方もさまざま、現地に行かなければ分からなかった。神話、民話、実話がミックスされていた」と語っていた。

A: これはチリに限らないことで、ラテンアメリカ全体に言えること、キリスト教とドッキングしているように見えても、目に見えない塵のように辺りを浮遊しているだけかもしれない。作品紹介でも書いたことですが、監督自身は特別熱心に信仰しているわけではなく「魅せられている、それは宗教の背後に人間的な性質や現実が存在するから」で、常に神話の起源はどこからくるのかを自問自答しているという。

 

   

     (マイケル・シルバとクリストファー・マーレイ監督、ベネチア映画祭にて)

 

B: 「宗教は社会問題と結びつくことが多く、常に興味をもっていた。チリ北部に暮らす人々の考え方、特に信仰心について多くの人に知ってほしかった」と話していた。「信仰は大切だが、神は自分の心の中にいる」とも語っていた。

A: 現地に行って初めて分かる現実というものがあるわけで、彼らと話し合いながら進行していった。多分、脚本を書き直しながらの撮影だったのではないか。この映画は現地の人々とのコラボだとベネチアでも語っていたからね。

 

神話や民話で語りつぐ構成―長く感じた宗教的寓話

 

B: 演技指導は特別しなかったとも語っていたから、行く先々で村人がマイケルに語り聞かせる例え話あるいは神話は、セリフを暗記して喋っているというより「自分が信じている事」をそのまま語っていたように感じた。

A: だから演技指導など必要なかったということですかね。彼ら自身の言葉で語っているように感じた。人から聞いた話だったり、彼らが信じている神話だったりするが、それは耳を傾けるに値する普遍性がありますね。観客も自分は信じていないが、自分の祖父や曾祖母たちは信じていたに違いないと思わせる。

B: ゆったり時間が流れるので2時間ぐらい見たように錯覚した。速いテンポのアクション映画の好きな人は退屈したかもしれない。

 

A: カメラは素晴らしかった。アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドロスの『殺せ』(ラテンビート2014)を撮ったインティ・ブリオネス、監督と同じグループ「クール世代」のメンバー、チリ映画の躍進は、ひとえに彼らの活躍にあるでしょう。

B: 作品紹介記事で触れたように、製作会社「Jirafa」の資金提供、プロデューサーたちの支援がなければ不可能な作品かもしれませんね。

 

A: 紹介記事では詳しく触れませんでしたが、パブロ・カレラとの共同作品“Manuel de Ribera”は、英語字幕ならネットで見られます。こちらは本作とは反対の土地、チリ南部のチリ・パタゴニア地方のカルブコが舞台、テーストは似ていて不思議な空間に迷い込んでしまいます。

B: 砂漠と海と舞台も対照的です。主人公のマヌエル・リベラをエウへニオ・モラレスが演じていたが、少し難解ですね。

 

        

          (エウへニオ・モラレス、“Manuel de Ribera”から)

 

A: 影響を受けた監督に、ロベール・ブレッソン(1999没)とピエル・パオロ・パゾリーニ(1975没)をあげていました。ブレッソンはプロの俳優の演技を嫌い基本的にはアマチュアを起用した。そんなことが本作に影響を与えているのかもしれない。

B: その後、俳優になった人もおりますね。パゾリーニの『奇跡の丘』は、「マタイによる福音書」の映像化、「処女懐胎」から「復活」までを忠実に描いた。物語を次々に登場する村人に語らせていく本作の構成と相通じるものがあり、「なるほど、そうなのか」と思いました。

 

A: 今後のことを聞かれて、「現在はマンチェスター大学の大学院でAntropología visualを学んでいる」と答えていた。確か「映像人類学」と訳しておられたが、「視覚人類学」のほうがベターかもしれない。広い意味での画像(グラフィックアート、写真、映画、ビデオ)を研究対象にしている。

B: 映画は現実を知り、それを分析するのに役立つから、一つの手段として見ることにも意味がありますね。

 

『盲目のキリスト』の作品紹介記事は、コチラ⇒2016106


『The Olive Tree』 Q&A*ラテンビート2016 ⑧2016年10月17日 16:32

          イシアル・ボリャイン『The Olive TreeQ&A

 

★「イシアル・ボリャイン監督が、エリセの『エル・スール』に出ていた女優さんに衝撃をうけた」というツイートに衝撃を受けているオールド・シネマニアもいるでしょう。もっとも1985年公開だからリアルタイムで見た人は、そろそろ化石人間入りでしょう。2回め上映の109日で鑑賞しました。Q&Aに登壇した監督、さばさばした飾らない人柄がにじみ出ていて好感度バツグンでした。アイディアの発端、キャスティングの苦労、オリーブの樹はスペインあるいは地中海文化のメタファーなどなど、前日の第1回と大体同じような内容だったでしょうか。「一番お金がかかったのは、〈モンスター〉オリーブの樹のオブジェ製作とその移動だった」には、会場から笑いが上がった。 

     

     (Q&Aに登壇したボリャイン監督と映画祭ディレクターのカレロ氏、109日)

 

        費用が一番かかったのはオリーブの樹のオブジェとドイツへの移動!

 

A こんなプロットはあり得ないと思いながらも、笑いを噛みころして愉しむことができました。ピレネーの向こうはアフリカと言われながらも、EU一人勝ちのドイツに対するスペイン庶民の屈折した感情がわかりやすく描かれていた。ヨーロッパの南北問題、経済の二極化が深層にあるようです。もともとスペイン人は、地道に働くドイツ人が嫌い、それにフランコ時代に出稼ぎに行って辛い仕事をした記憶がトラウマになっている。

B 場内から笑い声が聞こえてこなかったのは難聴のせいかな。これじゃ面白くないのかと誤解されてしまうから、お行儀良いのも良し悪しだね。揶揄されたドイツの観客が大いに笑ってくれたと、監督は嬉しそうに話していたからね。

 

A ドイツ人は余裕があるから寛大なのです。それにしても「費用が一番かかったのはオリーブの樹のオブジェ製作とドイツへの移動」には笑えました。

B: スペイン人のアメリカ嫌いも相当なもの、スペイン人が僻みっぽいのには貧しさと関係があるように思います。豊かな国に憧れながらも大国に翻弄される恨みが染みついている。「自由の女神像」に罪はないのに叩き壊されて気の毒でした。

 

A あんなレプリカを庭に設置していたなんてびっくりものです。バブルとは弾けるまで気がつかない。アルマの父も叔父もバブルの犠牲者だと考えているように描かれていたが、やはり騙されやすいスペイン人気質も一因ですね。

B: 実際には起こりそうもない「オリーブ奪還作戦」も、デュッセルドルフへの珍道中もスペイン気質ならではの展開、アルマ・キホーテに従う二人のサンチョ・パンサ、恋人未満のラファ、叔父アルカチョファの再生劇です。

 

 

     (一番の金食い虫だったモンスター・オリーブのオブジェ)

 

A 作品紹介に書いたことだけれど、アルマは表層的には祖父のために起こした行動に見えますが、実は自分の生き方を変えたかった。ラファはアルマへの愛ゆえに嘘と気づいていたのに付き添わずにいられなかったし、叔父も抱え込んだ借金と妻との人生の立て直しをしたかった。

 

アルマの原点にある男性不信、父と娘の和解

 

B: 特にアルマは境地に陥っていた。二十歳にもなっているのに自分の将来図が描けていない。ラファを好きなのに受け入れられない。それが少女時代に受けた人格者といわれる人からの性的いたずらだった。親にも話せず、勇気を出して打ち明けると、父親からデタラメを言っていると逆に詰られてしまう。 

A: 予告編からは見えてこなかった核心がこのシーンでした。アルマの父親を含めた男性一般に対する不信感でした。父親を許していないことが祖父に肩入れする理由の一つ。父親も今では娘を守ることができなかったことを後悔しているが、謝罪を切り出せない。

 

B: 素直に謝れない苦悩を抱え込んでいる。これが最後の父と娘の和解シーンに繋がっていく。見ていてロバート・ロレンツの『人生の特等席』を思い浮かべてしまいました。

A: クリント・イーストウッドが寡夫の野球スカウトマンになった映画ですね。娘をエイミー・アダムスが演じた。父親は娘が6歳頃にレイプされそうになったことがトラウマになっている。娘は覚えていないが、突然親戚に預けられた理由を父から嫌われたと勘違いして大人になる。

B: 最後に真相が分かって父と娘は和解する話でした。

 

  

         (生き方に行き詰まって混乱しているアルマ、映画から)

 

A: 叔父も最後にやっと顔を出した別居中の妻と手をつなぎ、いずれアルマもラファと結ばれることが暗示されて映画は終わる。

B: 祖父を救うことはできなかったが、観客は幸せな気分で席を立てるというわけです。コメディとしてもヒューマンドラマとしても品良く仕上がっていた。

 

A: 伏線の貼り方も巧みで、例えば8歳のアルマが切り倒されそうなオリーブの樹に登って抵抗するシーンは、エネルギー関連会社に飾られたオブジェに攀じ登るシーンとリンクする。
B
: 祖父が接木の方法をアルマに教えるシーンは、デュッセルドルフから持ち帰ったオリーブの小枝の接木に繋がっていく。ツボを押さえた構成に感心した。

 

 

    (アルマに接木の仕方を教える祖父ラモン、映画から)


A
: ディレクターのカレロ氏による監督キャリア紹介、この映画のアイディアはどこから生れたか、樹齢2000年の「モンスター・オリーブ」の樹をどのようにして見つけたか、祖父のキャスティングはどうやって見つけたか、などが会場で話し合われた。

B: 作品紹介で既に紹介しておりますから、そちらにワープして下さい。

 

A: やはり祖父役探しに苦労したと語っていました。オーディション会場にきてくれる人がいなくて、演ってもらえそうな人に声をかけたが「忙しい」と断られたとか(笑)。

B: トラクターから下りてきた農民のマヌエル・クカラさんに監督とキャスティング担当のミレイア・フアレスが一目惚れ、出演を粘って引き受けてもらえた。

A: 彼のように農作業をしている手をしたプロの俳優さんはいませんからね、現地で見つけるしかない。セリフは少なくてもアマチュア離れしていた。

 

B: セリフが少ないのはラファ役も同じ、却って難しい。ペプ・アンブロスも難しかったと語っていた。却ってアナ・カスティーリョ(アルマ)やハビエル・グティエレス(叔父)のほうが演りやすい。グティエレスはアルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』(14)でゴヤ賞を含めて主演男優賞を総なめしたが、こちらは思慮深い刑事役でした。

A: ロドリゲス監督の『スモーク・アンド・ミラーズ』は、今年のラテンビートの目玉でした。

B 来春、劇場公開が決まったようで、見逃した方で、人生を立て直したい人、幸せになりたい人にお薦めの映画です。

The Olive Tree』(“El olivo”)の作品紹介は、コチラ⇒2016719

  

『名誉市民』 アルゼンチン*ラテンビート2016 ⑦2016年10月13日 11:17

         『ル・コルビュジエの家』の監督コンビが笑わせます!

 

 

★ベネチア映画祭2016正式出品、ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン『名誉市民』原タイトルは、El ciudadano ilustre”、〈名誉市民〉を演じるオスカル・マルティネス男優賞を受賞しました。東京国際FF「ワールド・フォーカス」部門と共催上映(3回)作品です。『ル・コルビュジエの家』の監督コンビが放つブラック・ユーモア満載ながら、果たしてコメディといえるかどうか。アルゼンチン人には、引きつる笑いに居心地が悪くなるようなコメディでしょうか。

 

   

   (男優賞のトロフィーを手に喜びのオスカル・マルティネス、ベネチア映画祭にて

 

  『名誉市民』El ciudadano ilustre”“The Distinguished Citizen

製作:Aleph Media / Televisión Abierta / A Contracorriente Films / Magma Cine

     参画ICAA / TVE 協賛INCAA 

監督・製作者・撮影:ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン

脚本:アンドレス・ドゥプラット

音楽:トニ・M・ミル

美術:マリア・エウヘニア・スエイロ

編集:ヘロニモ・カランサ

録音:アドリアン・デ・ミチェーレ

衣装デザイン:ラウラ・ドナリ

製作者:(エグゼクティブ)フェルナンド・リエラ、ヴィクトリア・アイゼンシュタット、エドゥアルド・エスクデロ他、(プロデューサー)フェルナンド・ソコロビッチ、フアン・パブロ・グリオッタ他

 

データ:アルゼンチン=スペイン、スペイン語、2016年、118分、シリアス・コメディ、撮影地バルセロナ他、配給元Buena Vista、公開:アルゼンチン・パラグアイ9月、ウルグアイ10月、スペイン11

映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2016正式出品、オスカル・マルティネス男優賞受賞、釜山映画祭、ワルシャワ映画祭、ラテンビート、東京国際映画祭

 

キャストオスカル・マルティネス(ダニエル・マントバーニ)、ダディ・ブリエバ(アントニオ)、アンドレア・フリヘリオ(イレネ)、ベレン・チャバンネ(フリア)、ノラ・ナバス(ヌリア)、ニコラス・デ・トレシー(ロケ)、マルセロ・ダンドレア(フロレンシオ・ロメロ)、マヌエル・ビセンテ(市長)、他

 

解説:人間嫌いのダニエル・マントバーニがノーベル文学賞を受賞した。40年前にアルゼンチンの小さな町を出てからはずっとヨーロッパで暮らしている。受賞を機にバルセロナの豪華な邸宅には招待状が山のように届くが、シニカルな作家はどれにも興味を示さない。しかし、その中に生れ故郷サラスの「名誉市民」に選ばれたものが含まれていた。ダニエルは自分の小説の原点がサラスにあることや新しい小説の着想を求めて帰郷を決心する。しかしそれはタテマエであって、ホンネは優越感に後押しされたノスタルジーだったろう。幼な友達アントニオ、その友人と結婚した少年時代の恋人イレネ、町の有力者などなどが待ちかまえるサラスへ飛びたった。「預言者故郷に容れられず」の諺どおり、時の人ダニエルも「ただの人」だった?

 

    

          (ノーベル文学賞授賞式のスピーチをするダニエル)

 

   

           (サラスの人々に温かく迎え入れられたダニエル)

 

     

           (幼友達アントニオと旧交を温めるダニエル)

 

★ベネチア映画祭では上映後に10分間のオベーションを受けたという。56分ならエチケット・オベーションと考えてもいいが、10分間は本物だったのだろう。「故郷では有名人もただの人」なのは万国共通だから、アルゼンチンの閉鎖的な小さな町を笑いながら、我が身と変わらない現実に苦笑するという分かりやすい構図が観客に受けたのだろう。勿論オスカル・マルティネスの洒脱な演技も成功のカギ、アルゼンチンはシネアストの「石切場」、リカルド・ダリンだけじゃない。人を食った奥行きのあるシリアス・コメディ。

 

  

    (左から、ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン、ベネチア映画祭にて)

 

2度の国家破産にもかかわらず、気位ばかり高くて近隣諸国を見下すことから、とかく嫌われ者のアルゼンチン、平和賞2、生理学・医学賞2,科学賞1と合計でも5個しかなく、文学賞はゼロ個、あまりノーベル賞には縁のないお国柄です。ホルヘ・ルイス・ボルヘスやフリオ・コルタサル以下、有名な作家を輩出している割には寂しい。経済では負けるが文化では勝っていると思っている隣国チリでは、「ガブリエラ・ミストラル(1945)にパブロ・ネルーダ(1971)と2個も貰っているではないか」と憤懣やるかたない。アルゼンチン人のプライドが許さないのだ。そういう屈折した感情抜きにはこの映画の面白さは伝わらないかもしれない。ボルヘスは毎年候補に挙げられたが、スウェーデン・アカデミーは選ばなかった。それは隣国チリの独裁者ピノチェトが「ベルナルド・オイギンス大十字勲章」をあげると言えば貰いに出掛けたり、独裁者ビデラ将軍と昼食を共にするような作家を決して許さなかったのです。これはボルヘスの誤算だったのだが、ノーベル賞は文学賞といえども極めて政治的な賞なのです。

 

オスカル・マルティネス1949年ブエノスアイレス生れ。ダニエル・ブルマンのEl nido vacío08)の主役でサンセバスチャン映画祭「男優賞」を受賞、カンヌ映画祭2015「批評家週間」グランプリ受賞のサンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』(ラテンビート)、公開作品ではダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(エピソード5「愚息」)に出演しているベテラン。ベネチアのインタビューでは、「30代から40代の若い監督は、おしなべてとても素晴らしい」と、若い監督コンビに花を持たせていた。

 

     

            (撮影中のドゥプラット監督とマルティネス)

 

 

『KIKI~恋のトライ&エラー』 パコ・レオン*ラテンビート2016 ⑥2016年10月08日 10:33

        パコ・レオンの新作コメディ―テーマはままならぬ恋の行方

 

★当ブログで何回も登場させているコメディの旗手パコ・レオン、やっと日本にやってきました。実母カルミナと実妹マリア・レオンを主人公にしたコメディCarmina o revienta”(12)で鮮烈デビュー、2014年、続編“Carmina y amén”もヒットを飛ばし、2015年には早くもマラガ映画祭のエロイ・デ・ラ・イグレシア賞を受賞した。第3KIKI~愛のトライ&エラー』も公開後たちまち100万人突破と勢いは止まらない。スペインは経済も政治も不安定から脱却できないから、庶民はコメディを見て憂さ晴らししているのかもしれないが、そればかりではないでしょう。

 

  

 (出演者を配したポスター、クマ、ワニ、ライオンなど各々の愛のかたちが描かれている

 

KIKI~愛のトライ&エラー』Kiki, el amor se hace”)

製作: ICAA / Mediaset España / Telecinco Cinema / Vértigo Films

監督:パコ・レオン

脚本(共):パコ・レオン、フェルナンド・ペレス、ジョッシュ・ローソン(フィルム)

撮影:キコ・デ・ラ・リカ

編集:アルベルト・デ・トロ

キャスティング:ピラール・モヤ

美術:ビセンテ・ディアス、モンセ・サンス

衣装デザイン:ハビエル・ベルナル、ぺぺ・パタティン

メイクアップ&ヘアー:ロレナ・ベルランガ、ペドロ・ラウル・デ・ディエゴ、他

 

データ:スペイン、スペイン語、2015102分、ロマンチック・コメディ

キャスト:パコ・レオン、ナタリア・デ・モリーナ、アレックス・ガルシア、カンデラ・ペーニャ、ルイス・カジェホ(アントニオ)、ルイス・ベルメホ、アレクサンドラ・ヒメネスマリ・・パス・サヤゴ(パロマ)、フェルナンド・ソト、アナ・Katzベレン・クエスタ、ダビ・モラ(ルベン)、ベレン・ロペス、セルヒオ・トリコ(エドゥアルド)、ほか。

()なしは概ね実名と同じ。

 

 

(記者会見に出席した面々、左からカンデラ・ペーニャ、マリ・パス・サヤゴ、ダビ・モラ、

     ベレン・クエスタ、監督、ナタリア・デ・モリーナ、アレックス・ガルシア)

 

解説オーストラリア映画、ジョッシュ・ローソンThe Little Death14)が土台になっている。プロットか変わった性的趣向をもつ5組のカップルが織りなすコメディ。このリメイク版というか別バージョンというわけで、レオン版も世間並みではないセックスの愛好家5組の夫婦10人と、そこへ絡んでくるオトコとオンナが入り乱れる。ノーマルとアブノーマルの境は、社会や時代により異なるが、ここでは一種のparafilia(語源はギリシャ語、性的倒錯?)に悩む人々が登場する。ローソン監督も俳優との二足の草鞋派、テレビの人気俳優ということも似通っている。

 

★さて、スペイン版にはどんな夫婦が登場するかというと、

1組目は、レオン監督自身とアナ・カッツのカップルにベレン・クエスタが舞い込んでくる。

2組目は、ゴヤ賞2016主演女優賞のナタリア・デ・モリーナ(『Living is Easy with Eyes Closed』)とアレックス・ガルシア(“La novia”)のカップル、この夫婦を軸に進行する(harpaxofilia

3組目は、カンデラ・ペーニャ(『時間切れの愛』『チル・アウト!』)とルイス・ベルメホ(『マジカル・ガール』)のカップル(dacrifilia

4組目は、ルイス・カジェホ(ラウル・アレバロの“Tarde para la ira”)、とマリ・パス・サヤゴのカップル(somnofilia

5組目が、ダビ・モラとアレクサンドラ・ヒメネス(フアナ・マシアスのEmbarazadosではレオン監督と夫婦役を演じた)のカップル(elifilia)。

そこへフェルナンド・ソト、ベレン・ロペス、セルヒオ・トリゴ、ミゲル・エランなどが絡んで賑やかです。どうやら「機知に富んだロマンチック」コメディのようだ。

 

                

            (ナタリア・デ・モリーナとアレックス・ガルシアのカップル)

 

★〈-filia〉というのは、「・・の病的愛好」というような意味で、harpaxofilia の語源はギリシャ語の〈harpax〉からきており、「盗難・強奪」という意味、性的に興奮すると物を盗むことに喜びを感じる。dacrifiliaは最中に涙が止まらなくなる症状、somnofiliaは最中に興奮すると突然眠り込んでしまう、いわゆる「眠れる森の美女」症候群、elifiliaは予め作り上げたものにオブセッションをもっているタイプらしい。にわか調べで正確ではないかもしれない。

 

  

     (パコ・レオンとアナ・カッツのカップルにベレン・クエスタが割り込んで)

 

★製作の経緯は、監督によると「最初(製作会社)Vértigo Filmsが企画を持ってきた。テレシンコ・フィルムも加わるということなので乗った」ようです。しかし「プロデューサーからはいちいちうるさい注文はなく、自由に作らせてくれた」と。「すべてのファンに満足してもらうのは不可能、人それぞれに限界があり、特にセックスに関してはそれが顕著なのです。私の作品は厚かましい面もあるが悪趣味ではない。背後には人間性や正当な根拠を描いている」とも。「映画には思ったほどセックスシーはなく(期待し過ぎないで)、平凡で下品にならないように心がけた」、これが100万人突破の秘密かもしれない。

 

                   

              (ルイス・カジェホとカンデラ・ペーニャのカップル)

 

   監督キャリア&フィルモグラフィー

パコ・レオン Paca Leon1974年セビーリャ生れ、監督、俳優、製作者。スペインでは人気シリーズのテレドラ“Aida”(200512)出演で、まず知らない人はいない。2012Carmina o revientaでデビュー、マラが映画祭でプレミアされて一躍脚光を浴び、翌年のゴヤ賞新人監督賞にノミネートされた。つづくカルミナ・シリーズ2Carmina y aménもマラガ映画祭2014に正式出品した。第3作がKIKI~愛のトライ&エラー』です。カルミナ・シリーズでは、レオン監督の家族、孟母ならぬ猛母カルミナ・バリオスと妹マリア・レオンが主役だったが、第3作には敢えて起用しなかった。フアナ・マシアス監督のEmbarazados紹介記事にレオン監督のキャリア紹介をしています。

フアナ・マシアスの“Embarazados”は、コチラ⇒20141227

 

  

  (孟母でなく猛母カルミナ・バリオスと孝行息子のパコ、管理人お気に入りのフォト)

 

カルミナ・シリーズでは監督業に専念しておりましたが、今回の第3作には監督、脚本、俳優と二足どころか三足の草鞋を履いています。俳優と監督を両立させながら独自のポリシーで映画作りをしている。将来的にはスペイン映画の中核になるだろうと予想しています。日本では俳優として出演したホアキン・オリストレル監督の寓話『地中海式 人生のレシピ』2009、公開2013)が公開されている。マラガ映画祭2015エロイ・デ・ラ・イグレシア賞を受賞している。

 

★ “Carmina o revienta は、DVD発売や型破りのインターネット配信(有料)で映画館を空っぽにしたといわれた。第2作“Carmina y amén”も封切りと同時にオンラインで配信したいと主張したが、これには通常の仕来りを壊すものと批判もあった。彼によれば「公開後4か月経たないとDVDが発売できないのは長すぎて理不尽であり、それが海賊版の横行を許している。消費税税増税でますます映画館から観客の足が遠のいている現実からもおかしい。さらに均一料金も納得できない。莫大な資金をかけた『ホビット』のような大作と自作のような映画とが同じなのはヘン」というわけ。これはトールキンの『ホビットの冒険』を映画化したピーター・ジャクソンの三部作。アメリカ製<モンスター>に太刀打ちするには工夫が必要、今までと同じがベターとは言えないから、この意見は一理あります。

 

関連記事・管理人覚え

パコ・レオンの主な紹介記事は、コチラ⇒2015319

Carmina o revienta”はコチラ⇒2013818(ゴヤ賞2013新人監督賞の項)

Carmina y amén”はコチラ⇒2014413(マラガ映画祭2014

ラウル・アレバロの“Tarde para la ira”は、コチラ⇒2016226

  

『盲目のキリスト』 チリ映画*ラテンビート2016 ⑤2016年10月06日 11:47

           社会的不公正を描く宗教的な寓話

 

クリストファー・マーレイ『盲目のキリスト』は、既にベネチア映画祭とサンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」にEl Cristo ciego原題でご紹介しています。しかしデータ不足で簡単すぎましたので、IMDbの情報も含めて仕切り直しいたします。ラテンビートの作品紹介によると、主人公の名前が「ラファエル」となっておりますが、ベネチア、サンセバスチャン両映画祭のカタログ、IMDbによると「Michael」です。Michaelカナ表記をどうするか悩ましいのですが、ただ一人のプロの俳優、主人公役のマイケル・シルバが「この映画では、配役名は全員自分の名前を使用した」と語っておりますので、目下のところは「マイケル」でご紹介しておきます。(Michaelの綴り字を用いる代表国は、英語マイケル、独語ミハエル、ラテン語ミカエル。異なる綴り字では西語ミゲル、伊語ミケーレ、仏語ミシェルなど)

 

   

 

『盲目のキリスト』“El Cristo ciego(“The Blindo Jesus”)

製作:Jirafa(チリ)/ Ciné-Sud Promotion(フランス)

監督・脚本:クリストファー・マーレイ

撮影:インティ・ブリオネス

音楽:Alexander Zekke

編集:アンドレア・チグノリ

美術:アンヘラ・トルティ

メイクアップ:パメラ・ポラク

セット・デコレーション:エウへニオ・ゴンサレス

製作者:ブルノ・ベタッティ(エクゼクティブ)、ペドロ・フォンテーヌ(同)、フロレンシア・ラレラ(同)、ホアキン・エチェベリア(同)、他

 

データ:製作国チリ=フランス、スペイン語、2016年、85分、撮影地チリ北部のラ・ティラナ、ピサグア他、撮影期間5週間

映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2016正式出品、サンセバスチャン映画祭2016「ホライズンズ・ラティノ」部門出品、29回トゥールーズ映画祭「Cine en Construcción」参画作品

 

キャスト:マイケル・シルバ(マイケル)、アナ・マリア・エンリケス(アナ・マリア)、バスティアン・イノストロサ(バスティアン)、ペドロ・ゴドイ(ペドロ)、マウリシオ・ピント(幼馴染み、マウリシオ)、他現地のエキストラ多数 

 

    

                 (映画から)

 

解説ラ・ティラナの村で父親と暮らす整備工マイケルは30歳、砂漠のなかで神の啓示を受ける。しかし誰にも信じてもらえない。それどころか村人は気が触れたと相手にしなくなった。そんなある日のこと、子供のころからの親友が遠くの村で事故にあい苦しんでいるという知らせが届く。彼はすべてを投げうち、父を残して裸足で巡礼の旅に出る決心をする。やがて奇跡が起き友人を助けることができた。この噂は鉱山会社で働く採掘者や麻薬中毒者の関心を呼び、彼をチリ北部の砂漠の過酷な現実を和らげてくれるキリストのようだと噂した。都会の経済的繁栄から打ち捨てられた貧しいチリの人々の、社会的不平等からくる痛苦をドキュメンタリータッチで描く宗教的寓話。移り変わる厳しい自然も登場人物の一人となっている。

     

  監督キャリア&フィルモグラフィー

クリストファー・マーレイChristopher Murrayは、1985年、チリのサンチャゴ生れ、監督、脚本家。チリの「クール世代」と呼ばれるニューウェーブの一人(マーレイ、マーレー、マレー、マリィと表記はまだ一定していない)。長編映画デビューは、パブロ・カレラと共同監督したManuel de Ribera10)、スプリト国際映画祭(ニューフィルム)特別賞を受賞した。本作が第2作目となるが単独としては初めてである。他に2012年、高い評価を受けたドキュメンタリーPropagandaを送り出している。チリでは“Propaganda”の監督と紹介されていた。2011年より構想していた『盲目のキリスト』では、御多分にもれず「資金提供をしてくれる製作会社の門戸を叩いて回った」と語っている。「これはある地方に特有なことではなく、どこでも起きる物語、現実と神話、あるいはドキュメンタリーとフィクションをミックスさせた映画、人々がパンパの現実を知ることができるだろう」とも語っている。

 

 

          (クリストファー・マーレイ監督)

 

★舞台となったラ・ティラナは、北から2番めのタラパカ州(州都はイキケ)タマルガル県、タマルガル・パンパの小村。監督によると、最初のアイデアは「チリのキリスト」だったが、実際に現地の人々と接するうちに変化した。だからドアをオープンにして都会からやってきた監督を受け入れてくれた「この地域の人々とのコラボです」とベネチアで語っていた。大勢のエキストラを含めて、主人公マイケルを演じたシルバ以外の出演者はすべてこの地域でスカウトした由。「ずっと何週間も砂漠で撮影に熱心に協力してくれた村人たちを思い出すと感無量」、「パンパをテーマにした映画ではあるが、パンパは荒涼としているだけでなく、語る価値のある非常に豊かな人間味あふれる映画に寄与してくれた」と監督。

 

★イエス・キリストをめぐる映画だが、監督自身は特別熱心に信仰しているわけではなく「魅せられている、それは宗教の背後に人間的な性質や現実が存在するから」で、常に神話の起源はどこからくるのかを自問自答している。「しばしば人間は突然何か不足しているという考えに襲われる。ある時はそれが地域性のある政治的不正に起因していることにあると気づく。私は、歴史や物語を語ることが現実以上に意味をあたえることができると確信している。これはそれを探す映画です」と監督。

 

スタッフ&キャスト紹介

★エクゼクティブ・プロデューサーのブルノ・ベタッティは、クリスチャン・ヒネメスのデビュー作『見まちがう人たち』、『ボンサイ―盆栽』『ヴォイス・オーヴァー』(3作とも東京国際FF上映)、セバスチャン・シルバ『マジック・マジック』、パトリシオ・グスマン『真珠のボタン』にも共同参画している。同じくペドロ・フォンテーヌは、アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラス『殺せ』や“Aqui no ha pasado nada”、フロレンシア・ラレラはセバスチャン・シルバ『クリスタル・フェアリー』、ホアキン・エチェベリアは初めてである。重要な役割を果たしているという音楽監督のAlexander Zekkeはロシア出身の作曲家、実験的な要素をもつ本作に深い意味を持たせているという。社会的問題の多い多国籍企業がはき出す鉱山汚染、環境破壊は、鉱夫たちの健康を損ねている現実があるようです。高い評価の撮影監督のインティ・ブリオネスは、『殺せ』、“Aqui no ha pasado nada”などで確認済みでしょうか。



    (『殺せ』の監督アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラスの新作)


★主人公を演じたマイケルシルバLBFFミカエル)は主人公と同世代の29歳、2014年にアビガイル・ピサロと結婚した。チリのTVミニシリーズSudamerican RockersZamudioで人気を博した。またパブロ・ララインの「ネルーダ」にアルバロ・ハラ役で出演している。本作では、選ばれた預言者イエスとして不毛の砂漠を巡礼するマイケルを演じた唯一人のプロの俳優。「一緒に仕事をした俳優は、今までのプロとはちょっと違っていた」「クリストファーはミニマリズムの監督」だとベネチアで語っていた。観客はマイケルの手に導かれて神秘的な旅に出掛けていくことになる。ラテンアメリカ映画に特有な〈移動〉が、ここでもテーマになっているようです。

 

 

       (監督とシルバ、ベネチア映画祭にて)

 

ラテンビート10月15日(土)13:30上映後に監督によるQ&Aの予定。

『ビバ』 パディ・ブレスナック*ラテンビート2016 ④2016年10月02日 13:44

          ラテンビートにアイルランドの監督作品が初登場!

 

★ラテンビートの作品紹介では、製作国は「キューバ、アイルランド」となっておりますが、正確にはアイルランド映画です。キューバの俳優を起用してハバナで撮影、言語もスペイン語とややこしいのですが。本作は「88回アカデミー賞2016外国語映画賞部門」のアイルランド代表作品、プレセレクション9作まで踏ん張りましたが、ノミネーションにはいたりませんでした。キューバは2016年の出品を見送りました。ちなみに2017年はパベル・ジローPavel Giroudの“El acompañante”(“The Companion”)を出品します。かつて“La edad de la peseta”(06)が代表作品に選ばれています。本作は「ラテンビート2007」で『目覚めのとき』の邦題で上映されたことがあります。

 

  

 

『ビバ』“Viva

製作:Treasure Entertainment(アイルランド)/ Irish Film Board(同、資金提供)、協力Radio Telefis Eireann(同)/ Windmill Lana Pictures(同)/ Island Films(イギリス)

監督:パディ・ブレスナック

脚本:マーク・オハロランMark O’Halloran

音楽:スティーブン・レニックス

撮影: Cathal・ワターズ

編集:スティーブン・オコンネル

衣装デザイン:ソフィア・マルケス

プロダクション・デザイン:パキー・スミス

製作者:ベニチオ・デル・トロ(エクゼクティブ)、Rory Gilmartin(同)、キャスリン・ドーレ、レベッカ・O’Flanagan、ロバート・ウォルポール、他

 

データ:アイルランド=キューバ、スペイン語、2015年、100分、撮影地ハバナ、アイルランド、公開アイルランド2016819日、スペイン20167月、フランスなど、キューバは未定

映画祭・受賞歴テルライド映画祭2015、パームスプリングス映画祭2016,以下サンダンス、グアダラハラ、テルアビブ、アトランタ、ブリュッセルなど国際映画祭2016多数。サンタバーバラ映画祭でADL スタンドアップ賞(パディ・ブレスナック)、ダブリン映画祭2016「アイルランド長編部門」観客賞、IFTAアイルランド映画TVアカデミー賞2016撮影賞(Cathal・ワターズ)受賞

 

キャストエクトル・メディナ(ヘスス)、ホルヘ・ペルゴリア(父アンヘル)、ルイス・アルベルト・ガルシア(ママ)、パウラ・アンドレア・アリ・リベラ(ニタ)、トマス・カオ(ネストル)、リビア・バティスタ(ラサラ)、他多数

 

解説 18歳になるヘススはハバナのドラッグ・パフォーマーの一座で働いている。しかし彼のやりたいことはドラッグ・クイーンとして自ら舞台に立つことだ。やがてチャンスがめぐってきて、「ビバ」という芸名で「ママ」の経営するクラブのステージに立つことができるようになった。そんな彼の前に15歳のとき以来会うこともなかった父親が刑務所から出所してくる。元ボクサーの父はホモ嫌い、女装趣味の息子とは水と油でしかない。長い不在から帰還した父と子の葛藤が再燃する。彼らは家族として再出発できるのだろうか。

 

 

(元ボクサーの父役ホルヘ・ペルゴリア、息子を演じるエクトル・メディナ)

 

★ブリュッセル映画祭2016のコンペティション部門にノミネーションされ(受賞は逃したが)、7月にはスペイン公開が実現しました。アイルランドは、EU離脱(ブレグジットBrexit)で世界に激震を走らせ、冷たい視線を浴びせられているグレート・ブリテンの一員ではありませんが、隣国ですから政治的経済的に吉と出るか凶と出るか、今後の予測は難しい。

     

 ★コロラド州のテルライド映画祭9月開催)は歴史も古く審査員が毎年変わる。2015年にはハイロ・ブスタマンテの『火の山のマリア』(グアテマラ)も上映された。アイルランド映画委員会が資金を出して映画振興に力を注いでいるそうで、それが本作のような海外撮影を可能にしたようです。アカデミー賞2016のアイルランド代表作品ですが、公開はIMDbが間違いでなければ20168月でした。 少なくともキューバ人のキャストを起用してハバナでの撮影を許可したのですから、いずれ公開もあるでしょうか。アグスティ・ビリャロンガの『ザ・キング・オブ・ハバナ』(15ラテンビート2015)は、「あまりに脚本が悪すぎ」という理由でキューバから撮影を拒否されたのでした。 

  

★アイルランドは、1949年にイギリス連邦から離脱した共和国、首都はダブリン、公用語は勿論アイルランド語ですが、400年にも及ぶイギリス支配で、国民の多数は英語を使用しています。国家がアイルランド人としてのアイデンティティ教育の一環として学校で学ぶことを義務づけています。しかし学ぶには学ぶが、日常的には英語だそうです。最近EUの公用語に指定されましたが、支配下にあった時代のスウィフトの『ガリヴァー旅行記』、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』も英語で書かれています。パディ・ブレスナック監督もアイルランド語の映画を撮っておりますが、ドラマは英語です。そういう意味では『ビバ』は異色、よくアイルランド代表作品に選ばれたと驚きます。アイルランドのオスカー賞レース参加は2007年から、『ビバ』が3回目、2017年も参加します。

  

 

  監督キャリア&フィルモグラフィー

パディ・ブレスナックPaddy Breathnackは、1964年ダブリン生れ、監督、製作者、脚本家。公開作品は、イギリス映画『シャンプー台のむこうに』01Blow Dry”)1作だけです。『フル・モンティ』のサイモン・ボーフォイが脚本を執筆、アラン・リックマンがカリスマ美容師に扮した。他にDVD化される確率が高いホラー映画2『デス・トリップ』07Shrooms”)、『ホスピス』08Freakdog”)が字幕入りで見ることができます。サンセバスチャン映画祭にブレスナックのデビュー作Ailsa94)が上映された折には、「ダブリンのキェシロフスキ」と話題になったそうです。つづく第2作がスリラー仕立てのアクション・コメディI Went Down97)、本作は同映画祭の新人監督賞、審査員賞を受賞した。クールでバイオレンスもたっぷり、自由奔放、たまらなく可笑しいブラックユーモア溢れた作品に審査員からも批評家からも、勿論観客からも歓迎された。彼の代表作は公開された『シャンプー台のむこうに』より、むしろこちらのほうではないでしょうか。そのほかコメディMan About Dog04)など。先述したように『ビバ』はアカデミー賞2016のアイルランド代表作品になった。

 

    

              (パディ・ブレスナック監督)

 

  主なスタッフ&キャスト紹介

スタッフはアイルランド・サイドで構成され、ダブリン映画祭ではクロージング上映だった。またアイルランド映画TVアカデミー賞では、Cathal・ワターズが撮影賞を受賞、他にスティーブン・オコンネル、パキー・スミス、スティーブン・レニックスなどがノミネートされていた。

 

キャスト陣は、主人公にエクトル・メディナ、その父親に最近アカデミー会員に選ばれたホルヘ・ペルゴリア、ベテラン俳優ルイス・アルベルト・ガルシアと、キャスト陣はキューバで固めています。ホルヘ・ペルゴリアは割愛しますが、エクトル・メディナは『ザ・キング・オブ・ハバナ』でヒロインの隣に住んでいた娼婦役の俳優、ルイス・アルベルト・ガルシアはオムニバス『セブン・デイス・イン・ハバナ』に出演、当ブログでご紹介したマリリン・ソラヤのデビュー作“Vestido de novia”や“Perfecto amor equivocado”他、テレビでも活躍するベテラン、トマス・カオは、ベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』ほか、フアン・カルロス・タビオの“Cuerno de la abundancia”、最近ペルゴリアが監督した“Fatima”では大役に抜擢されている。パウラ・アンドレア・アリ・リベラ(“Perfecto amor equivocado”)、その他は今作でデビューしたようです。

 

  

      (エクトル・メディナとママ役ルイス・アルベルト・ガルシア、映画から)

 

主なViva関連記事は、コチラ⇒2016711日・2015103

 

『彼方から』 ロレンソ・ビガス*ラテンビート2016 ③2016年09月30日 15:40

         金獅子賞を初めて中南米にもたらしたベネズエラ映画

 

★若干古い作品のうえ複数回にわたって紹介しているので、分類2)再構成して1本化したほうがいいものとして纏めてみました。ロレンソ・ビガス『彼方から』Desde allá”)は、ベネチア映画祭2015では、From Afar”(「フロム・アファー」)の英語題で上映されました。従って当ブログでも同じタイトルでアップしていたものです。2015年のベネチアは世界の巨匠たち――アレクサンドル・ソクーロフ、アトム・エゴヤン、それにアモス・ギタイ――などの力作が目立った年でした。ビガス監督も「同じ土俵で競うなんて、本当に凄い。まだノミネーションが信じられない。デビュー作が三大映画祭のコンペティションに選ばれるなんてホントに少ないからね」と興奮気味でした。だから金獅子賞受賞など思ってもいなかったことでしょう。しかし長編は初めてですが、短編Los elefantes nunca olvidan2004、監督・脚本・製作、製作国メキシコ)が、カンヌ映画祭、モレリア映画祭その他で上映されるなど、ベネズエラではベテラン監督です。

 

    

            (金獅子賞を掲げたビガス監督、 ベネチア映画祭2015授賞式にて)

 

   『彼方から』Desde alláFrom Afar”)

製作:Factor RH Produccionesベネズエラ / Lucia Filmsメキシコ / Malandro Films(同)

監督・脚本・製作:ロレンソ・ビガス

脚本(共同):ギジェルモ・アリアガ

撮影:セルヒオ・アームストロング

製作者:エドガー・ラミレス(エグゼクティブ)、ガブリエル・リプステイン(同)、ギジェルモ・アリアガ、ミシェル・フランコ、ロドルフォ・コバ

データ:製作国ベネズエラ­=メキシコ、スペイン語、201593分、撮影地カラカス

 

映画祭・映画賞:ベネチア映画祭金獅子賞、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門ベストパフォーマンス(ルイス・シルバ)、ビアリッツ(ラテンアメリカ・シネマ)映画祭男優賞(ルイス・シルバ)、ハバナ映画祭第1回監督作品賞、マイアミ映画祭脚本賞、テッサロニキ映画祭脚本賞&男優賞(アルフレッド・カストロ)、映画祭上映はトロント、ロンドン、モレリア他、世界の映画祭を駆け巡った。第25回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭2016717日)上映作品。

 

キャスト:アルフレッド・カストロ(アルマンド)、ルイス・シルバ(エルデル)、ヘリコ・モンティーリャ、カテリナ・カルドソ、ホルヘ・ルイス・ボスケ、スカーレット・ハイメス、他初出演者多数

 

プロット:義歯技工士アルマンドの愛の物語。アルマンドはバス停留所で若い男を求めて待っている。自分の家に連れ込むためにはお金を払う。しかし一風変わっているのは、男たちが彼に触れることを受け入れない。二人のあいだにある「エモーショナルな隔たり」からのほのめかしだけを望んでいる。ところが或るとき、不良グループのリーダー、エルデルを誘ったことで運命が狂いだす。アルマンドを殴打で瀕死の状態にしたエルデルの出会いを機に彼の人生は破滅に向かっていく。タイトルの“Desde allá”は「遠い場所から」触れることのない関係を意味して付けられた。「愛の物語」ではあるが、ベネズエラの今日を照射する極めて社会的政治的な作品。 

 

  

                    (二人の主人公、アルマンドとエルデル、映画から)

 

主役のアルフレッド・カストロはチリのベテラン俳優、パブロ・ララインの「ピノチェト三部作」ほか全作の殆どに出演しており、当ブログでも再三登場させています(ララインの最新作“Jackie”はアメリカ映画で例外です)。他のキャストはテレビや脇役で映画出演しているだけのC・カルドソやS・ハイメス以外は、本作が初出演のようです。ベネチアでは「エルデル役のルイス・シルバは映画初出演ながら、ガエル・ガルシア・ベルナルのようなスーパースターになる逸材」と監督は語っておりましたが、その後の映画祭受賞歴をみれば当たっていたようです。

 

     

                            (アルフレッド・カストロ、映画から)

 

プロットからも背景に政治的なメタファーが隠されているのは明らかです。ベネズエラのような極端な階層社会では今日においても起こりうることだと監督。プロデューサーの顔ぶれからも想像できるように、ベネズエラ(エドガー・ラミレス『解放者ボリバル』、ロドルフォ・コバAzul y no tanto rosa)、メキシコ(ギジェルモ・アリアガ21グラム』『アモーレス・ペロス』、ミシェル・フランコ『父の秘密』『或る終焉』)と、ベテランから若手のプロデューサーや監督が関わっています。ミゲル・フェラーリ監督の“Azul y no tanto rosa”は、ゴヤ賞2014イベロアメリカ映画賞受賞作品です。

 

 

          *監督キャリア&フィルモグラフィー紹介

ロレンソ・ビガスLorenzo Bigas Castes1967年ベネズエラのメリダ生れ、監督、脚本家、製作者。大学では分子生物学を専攻した変わり種。それで「分子生物学と映画製作はどう結びつくの?」という質問を度々受けることになる。後にニューヨークに移住、1995年ニューヨーク大学で映画を学び、実験的な映画製作に専念した。1998年ベネズエラに帰国、ドキュメンタリー“Expedición”を撮る。1999年から2001年にかけてドキュメンタリー、CINESA社のテレビコマーシャルを製作、2003年、初の短編映画Los elefantes nunca olvidan13分、プレミア2004年)を撮り、カンヌ映画祭2004短編部門で上映され、高い評価を受ける。製作国はメキシコ、スペイン語。カンヌの他、モレリア映画祭、ウィスコンシン映画祭に出品された。共同製作者としてメキシコのギジェルモ・アリアガ、撮影監督にエクトル・オルテガが参画して撮られた。

 

★その後メキシコに渡り長編映画の脚本を執筆、それがDesde alláである。Los elefantes nunca olvidanから十年あまりで登場した長編がベネズエラに金獅子賞を運んできた。しかし「皆が気に入る映画を作る気はありません。ベネズエラを覆っているとても重たい社会的政治的経済的な問題について、人々が話し合うきっかけになること、隣国とも問題を共有していくことが映画製作の目的」というのが受賞の弁でした。政治体制の異なる隣国コロンビアやアルゼンチンの映画を見るのは難しいとビガス監督。

 

★また「映画は楽しみであるが、問題山積の国ではシネアストにはそれらの問題について、まずディベートを巻き起こす責任がある。だから議論を促す映画を作っている」と明言した。「階層を超えて、指導者たちも同じ土俵に上がってきて議論して欲しい。映画は中年男性の同性愛を扱っていますが、それがテーマではありません。最近顕著なのは混乱が日常的な国では、階層間の緊張が高まって、人々の感情が乏しくなっていること、それがテーマです。また父性も主軸です」とも。義歯技工士はお金を払った若者に触れようとせず彼方から見つめるだけ、父親と息子の関係を象徴しているようです。

 

     

      (左から、アルフレッド・カストロ、監督、ルイス・シルバ 2015年ベネチアにて)

 

今年のベネチア映画祭ではコンペティション部門の審査員の一人になり選ぶ立場になりました。彼自身もベネズエラではよく知られた画家だった父親オスワルド・ビガスを語ったドキュメンタリーEl vendedor de orquídeas(ベネズエラ、メキシコ)が特別上映される機会を得た。制作過程でメキシコのシネアスト、バレンティナ・レドゥク・ナバロの援助を得ることができた。オフェリア・メディーナがフリーダ・カーロに扮した『フリーダ』(83)やカルペンティエルの短編『バロック』(88)を映画化したポール・レドゥク監督の娘です。「感謝を捧げるドキュメンタリーにする気は全然なかった。父を特徴づける暗い痛ましい部分もいれて、70年代当時の美術界の動向を中心にすえた」と監督。「父は20144月に90歳で死ぬまで毎日描き続けた」とも。

 

★ミシェル・フランコの新作“Las hijas de abril”のプロデュースを手掛けているが、来年には長編第2La cajaに着手する。短編Los elefantes nunca olvidanと『彼方から』、次回作の3本を合わせて三部作にしたい由。

 

    

                       (父オスワルド・ビガス、自作をバックにして)

 

主な関連記事・管理人覚えは、コチラ⇒201588同年9月21日同年109


『The Olive Tree』イシアル・ボリャイン*ラテンビート2016 ②2016年09月29日 14:06

        ボリャインがラテンビートに戻ってきました!

 

★今年のラテンビートは、前半(107日~10日)後半(1014日~16日)と2分割、作品も13作とこじんまりしています。当ブログでは前回アップした『スモーク・アンド・ミラーズ』を含めて、The Olive Tree『彼方から』600マイルズ』『ビバ』『盲目のキリスト』『キキ~恋のトライ&エラー』『名誉市民』と長短の差はありますが、既に8作をご紹介しています。映画の良し悪し、好き嫌いは別として、直感に頼ってアップしていますが、結構当たりました。なかでこれ以上屋上屋を架していじくり回さないほうがいいもの(1)、再構成して1本化したほうがいいもの(2)、データ不足を補って改めて紹介しなおしたほうがいいもの(3)に分けることにしました。

 

   

 

★まず(1)に当たるイシアル・ボリャインThe Olive TreeEl olivo(仮題「オリーブの樹」)として、ブリュッセル映画祭で観客賞を受賞した折に詳しく紹介しております。2017年アカデミー賞スペイン代表作品の候補にもなっておりましたが、結局アルモドバルの『ジュリエッタ』に決定しました。地味すぎて残る確率は低いと予想していましたが、その通りになりました。

 

   

        (オリーブの樹の下で、8歳のアルマと祖父ラモン、映画から

 

★監督、キャスト、スタッフのキャリアも紹介しておりますので、そちらにワープしてください。特に音楽監督のパスカル・ゲーニュ、ボリャインの夫で脚本執筆のポール・ラヴァティも有名すぎて紹介するまでもないと思いましたが、コンパクトに纏めてあります。現在、夫妻は2014年からエジンバラを本拠地にして活動しています。

 

        
       (イシアル・ボリャイン監督と夫で脚本家のポール・ラヴァティ)

 

ブリュッセル映画祭観客賞受賞“El olivo”の記事は、コチラ⇒2016719

 

 

『スモーク・アンド・ミラーズ』*ラテンビート2016 ①2016年09月24日 17:27

アルベルト・ロドリゲスの新作スリラー“El hombre de las mil caras

 

★サンセバスチャン映画祭(SSFF) 2016オフィシャル・セレクション出品作品。まさか今年のラテンビートで見ることができるとは思いませんでした。タイトルは英語題のカタカナ表記『スモーク・アンド・ミラーズ』、少し残念な邦題ですが、英語字幕を翻訳した配給会社の意向でしょう。アルベルト・ロドリゲス1971、セビーリャ)の第7作め、SSFFノミネーションは『マーシュランド』14)に続いて3め、「三度目の正直」か「二度あることは三度ある」となるか、下馬評では今年の目玉ですが、間もなく結果が発表になります。(現地924日)

 

      

    (ポスターを背に自作を紹介するロドリゲス監督、サンセバスチャン映画祭にて)

 

★実在のスパイ、フランシスコ・パエサを主人公にしたスリラー、現代史に基づいていますがマヌエル・セルドンの小説Paesa: El espía de las mil carasの映画化、というわけでワーキング・タイトルは“El espía de las mil caras”として開始されました。実話に着想を得ていますが、この謎に包まれたスパイの真相は完全に解明されておりません。本人のみならず関係者や親族が高齢になったとはいえ存命しているなかでは、何が真実だったかは10年、20年先でも闇の中かもしれません。F・パエサについてのビオピックはこれまでも映画化されていますが、今作はいわゆるパエサガが関わった「ロルダン事件」にテーマを絞っています。1994年に起きた元治安警備隊長ルイス・ロルダンの国外逃亡劇、彼はフランコ体制を支えた人物の一人、「パエサという人物を語るのに一番ベターな事件だから」とロドリゲス監督。

 

     

       (フランシスコ・パエサに扮したエドゥアルド・フェルナンデス)

 

★最近アメリカの「ヴァニティ・フェア」誌のインタビューに応じたフランシスコ・パエサの証言をもとに特集が組まれました。仮に彼が真実を語ったとすれば、どうやら別の顔が現れたようで、検証は今後の課題です。実話に基づいていますが、お化粧しています、悪しからず、ということです。諜報員フランシスコ・パエサにエドゥアルド・フェルナンデス、元治安警備隊長ルイス・ロルダンにカルロス・サントス、その妻ニエベスにマルタ・エトゥラ、ヘスス・カモエスにホセ・コロナド、どんな役を演ずるのか目下不明ですが、エミリオ・グティエレス・カバが特別出演しています。

 

 

       (「ヴァニティ・フェア」の表紙を飾った本物のフランシスコ・パエサ)

 

El hombre de las mil caras(英題“Smoke and Mirrors”)

製作:Zeta Audiovisual / Atresmedia Cine / Atípica Films / Sacromonte Films /

El espía de las mil caras AIE  協賛Movistar / Canal  Sur Televici:on

監督:アルベルト・ロドリゲス

脚本(共):ラファエル・コボス、アルベルト・ロドリゲス、原作マヌエル・セルダン

撮影:アレックス・カタラン

音楽:フリオ・デ・ラ・ロサ

編集:ホセ・MG・モヤノ

美術:ぺぺ・ドミンゲス・デル・オルモ

キャスティング:エバ・レイラ、ヨランダ・セラノ

衣装デザイン:フェルナンド・ガルシア

メイクアップ:ヨランダ・ピニャ

製作者:ホセ・アントニオ・フェレス、アントニオ・アセンシオ、メルセデス・ガメロ、他多数

 

データ:製作国スペイン、言語スペイン語、2016年、スリラー、伝記、123分、1970後半~80年代、スパイ、製作費500万ユーロ、撮影地パリ、マドリード、ジュネーブ、シンガポール、配給ワーナー・ブラザーズ・日本ニューセレクト、スペイン公開923

映画祭:サンセバスチャン映画祭2016コンペティション部門正式出品、ラテンビート108日、ロンドン映画祭1012

 

キャスト:エドゥアルド・フェルナンデス(フランシスコ・パエサ)、カルロス・サントス(ルイス・ロルダン)、マルタ・エトゥラ(ロルダン妻ブランカ)、ホセ・コロナド(ヘスス・カモエス)、ルイス・カジェホ、エミリオ・グティエレス・カバイジアル・アティエンサ(フライトアテンダント)、イスラエル・エレハルデ(ゴンサレス)、ジェームス・ショー(アメリカ人投資家)、ペドロ・カサブランク、他多数

 

解説:フランシスコ・パエサは、マドリード生れのビジネスマン。スイスの銀行家、武器商人、言い逃れのプロ、ペテン師、プレイボーイのジゴロ、さらに泥棒でもありシークレット・エージェントでもある。まさに1000の顔をもつモンスター。1986年、彼はスペイン政府に雇われる。その頃はまだ信頼できる親友ヘスス・カモエスのサポートを得ていたが、潮目が変わって裏切られる。1994年、妻との関係が破綻した時期に、準軍事組織である治安警備隊の元トップだったルイス・ロルダンから美味しい依頼を受ける。それは「自分の国外逃亡を助け、パリとアンティーブにある二つのリッチな不動産と公的基金からくすねた600万ドルを守ってほしい」というものだった。彼は、ロルダンの金を横取りし、自分を見捨てたスペイン政府への復讐もできる好機と協力を引き受ける。

マドリード生れの実在のスパイ、フランシスコ・パエサFrancisco Paesa1936~)の人生に基づく物語。後に赤道ギニアの独裁者となるフランシスコ・マシアス・ンゲマと取引して、1976年インターポールによってベルギーで逮捕され、スイスの刑務所に収監された。バスク人テロ組織ETAによるテロ行為が横行した時代には、ETAに対抗するために組織された極右テロリスト集団GAL1983年創設、反テロリスト解放グループ)とも関わったといわれる。出所後スペインのシークレット・サービスと協力してETAに位置センサー付きの対空ミサイル2基を売るなどの武器密輸にも関与、それがETAの所有していた大量の武器や文書発見につながった。いわゆるソコア作戦」Operacion Sokoa)といわれる事件。武装集団の協力と偽造ID使用の廉で、198812月逮捕される。

 

1994年に起きたロルダン事件」Caso Roldán)に関与していたとされている。ルイス・ロルダンはスペインの社会労働党の政治家、準軍事組織である治安警備隊(グアルディア・シビル)の元隊長だった。ロルダンが横領した金額は英貨100万ポンド、当時スペインで使用されていたペセタに換算すると244億ペセタに相当する。映画は前述したように、このロルダン事件に的を絞っています。

 

  

         (前列中央がロルダン役のカルロス・サントス、映画から)

 

19987月、パエサの姉妹が「タイで死亡した」という死亡広告をエル・パイス等に掲載した。死亡が偽装だったことは6年後にはっきりするのだが、当時から一部の関係者は単なる韜晦と死亡説を否定していた。スペインのジャーナリスト、マヌエル・セルダンが、パリでフランシスコ・パエサのインタビューに成功、生存が確認されて世間を驚かせた。このインタビューに基づいて執筆されたセルダンのPaesa: El espía de las mil carasThe Spy with a Thousand Faces)に着想を得て映画化されたのが本作である。
 

       

        (死亡通知が掲載された新聞記事、19987月2日)

 

ルイス・ロルダン1943年サラゴサ生れ)、元社会労働党(PSOE)党員、治安警備隊長(198693)、1994偽の身分証明書でスペインを脱出したが、国際指名手配されていたので、1995年タイのバンコク空港で逮捕された。「刑務所に行くときは、一人じゃ行かない」と、関係者の道連れを臆せず語っていたが、1998年、最高裁で禁固刑31年の刑が確定した。19952月からアビラ刑務所、その後マドリードで15年刑期を務めた後、2010年に釈放、現在は自由の身である。2015年、フェルナンド・サンチェス・ドラゴによって彼の伝記が公刊されている。

 

        

              (本物のルイス・ロルダン、1997年)

 

★以上は映画を楽しむ基礎データですが、パエサは潜伏の6年間をどこでどうしていたのか、先述した「ヴァニティ・フェア」誌のインタビュー記事の証言も含めて、鑑賞後にもう一度アップするつもりです。パエサとロルダンの関係は実に複雑です。パエサは公開を前に「ロルダンは紳士ですよ。でもびた一文貰っていない。私はもう死んでいるのです。そうね、死人だよ、だから何だって言うの」とインタビューに答えている。

ラテンビート(新宿バルト9)では、108日(土)と1014日(金)の2回上映です。

監督紹介と『マーシュランド』の関連記事は、コチラ⇒2015124