カルロス・レイガダス、6年ぶりの新作*サンセバスチャン映画祭2018 ⑯2018年09月02日 15:54

        イガダス一家総出演で「Nuestro tiempo」―ホライズンズ・ラティノ第2弾

 

    

2012年の『闇のあとの光』の後、カルロス・レイガダスは新作がなかなか完成しませんでしたが、沈黙していたわけではなく、2016年のベルリンやカンヌのフィルムマーケットではワーキングタイトル「Where Life is Born」が噂になっていた。予定していた今年のカンヌに間に合わなかったのか、ベネチア映画祭2018でワールドプレミアされることになった。最終的にタイトルはNuestro tiempoOur Time)になりました。他にトロント映画祭「マスターズ」部門上映も決定しています。デビュー作『ハポン』(02)以来、レイガダスを支えている制作会社Mantarraya Produccionesハイメ・ロマンディアと、監督自身のNoDream Cinema が中心になって製作された。

 

      

         (ワーキングタイトルWhere Life is Bornのポスター)

   

   Nuestro tiempoOur Time2018

製作:Mantarraya Producciones / NoDream Cinema / Bord Cadre Films / Film i Väst / Snowglobe Films / Le Pacto / Luxbox / Mer Films / Detalla Films

監督・脚本・編集・製作:カルロス・レイガダス

編集:(共)カルラ・ディアス

撮影:ディエゴ・ガルシア

プロダクション・デザイナー:エマニュエル・Picault

衣装デザイン:ステファニー・ブリュースターBrewster

録音:ラウル・ロカテッリ

製作者:ハイメ・ロマンディア、(以下共同製作者)エバ・ヤコブセン、ミケル・Jersin、アンソニー・Muir、カトリン・ポルス

 

データ:製作国メキシコ・仏・独・デンマーク・スウェーデン、スペイン語・英語、2018年、ドラマ、173

映画祭:ベネチア映画祭コンペティション部門(上映95日)、トロント映画祭「マスターズ」部門(同99日)、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門正式出品作品

 

キャスト:カルロス・レイガダス(フアン)、ナタリア・ロペス(エステル)、フィリップ・バーガーズ(フィル)、ルートゥ・レイガダス、エレアサル・レイガダス

 

物語:闘牛用の牛を飼育しているある家族の物語。エステルは牧場を任されていおり、夫のフアンは世界的に有名な詩人であると同時に動物の選別や飼育をしている。エステルがフィルと呼ばれるアメリカ人の馬の調教師と恋に落ちると、夫は嫉妬心を抑えられない。夫婦は感情的な危機を乗りこえるために闘うことになる。

            

★目下のところ情報が少なくて(わざと伏せているのでしょうか)、こんなありきたりの筋書で173分も続くのかと不安ですが、そこは一筋縄ではいかないレイガダスのことだから、幾つも秘密兵器が隠されているのではないかと期待しています。監督自身が夫フアン役、いつもは編集を手掛けている監督夫人ナタリア・ロペスが妻エステルを演じている。ルートゥとエレアサルは夫妻の実子、前作『闇のあとの光』にも出演していた。6年経っているからかなり大きくなっている。

 

★ベネチア映画祭公式作品紹介の監督メッセージによると「私たちが誰かを愛しているとき、彼女または彼の幸福安寧をなによりも望んでいるでしょうか。あるいは、そのような寛大な無条件の行為は、自分にあまり影響を与えない程度のときだけでしょうか。要するに、愛は相対的な問題なのではないか?」とコメントしています。

 

              

                 (カルロス・レイガダス)

 

ハイメ・ロマンディアJaime Romandia は、『ハポン』02、カンヌFFカメラドール受賞)、『バトル・イン・ヘブン』05、カンヌFFノミネート)、『静かな光』07、カンヌFF審査員賞受賞)、『闇のあとの光』12、カンヌFF監督賞受賞)とレイガダスの全作を手掛けている。ほか『ハポン』で助監督をつとめたアマ・エスカランテのデビュー作『サングレ』04、カンヌFF「ある視点」国際映画批評家連盟賞受賞)、『よそ者』08)、『エリ』13、監督賞受賞)、『触手』16、ベネチアFF監督賞受賞)、アルゼンチンの監督リサンドロ・アロンソ『約束の地』14、カンヌFF国際映画批評家連盟賞)など、三大映画祭の話題作、受賞作をプロデュースしている。

 

ナタリア・ロペスNatalia Lópezは、映画編集、製作、脚本、監督。今回本作で女優デビュー。レイガダスの『静かな光』、『闇のあとの光』、アマ・エスカランテの『エリ』、リサンドロ・アロンソの『約束の地』などの編集を手掛けるほか、短編「En el cielo como en la tierra」(0620分)を撮っている。

 

      

            (エステル役のナタリア・ロペス、映画から)

 

フィリップ・バーガーズPhil (Philip) Burgersは、アメリカの俳優、脚本家、プロデューサー。代表作はアメリカTVシリーズThe Characters16、全8話)の1話に出演、脚本、エグゼクティブプロデューサーとして製作も手掛ける。本作は『プレゼンツ:ザ・キャラクターズ』としてNetflixで配信されている。アメリカン・コメディSpivak18)など。レイガダスはプロの俳優は起用しない方針と思っていたが、そういうわけではなかったようです。

 

                

        (フィル役バーガーズとフアン役のレイガダス、映画から)

 

★評価の分かれた第4作『闇のあとの光』は、カンヌ映画祭2012の監督賞受賞作品。全員一致の受賞作品は皆無だそうですが、最も審査員の意見が割れたのがレイガダスの監督賞受賞だった。カフェでは13年振りに戻ってきたレオス・カラックスに上げたかったようだ。個人的にはメディアの悪評にレイガダスはあり得ないと思っていたが、審査委員長ナンニ・モレッティによるとレイガダス、カラックス、ウルリッヒ・サイドルの三人に意見が分かれた。結局アンドレ・アーノルド監督がレイガダスを強く推して決まったと。続いてサンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」部門でも上映されたが酷評が目立ったスペインではレイガダス・アレルギーが結構多い。多分『静かな光の続きを期待していた人には不評だったのかもしれない。レイガダスが求めるものと他の監督が求めるものとは違うから評価は分かれる。監督自身はメディアの酷評謙虚に分析していたようです。

 

      

         (カンヌ映画祭監督賞受賞の『闇のあとの光』ポスター)

 

★本映画祭の今年のスペイン映画の話題作を集めた「メイド・イン・スペイン」部門11作が発表になったり、アルフォンソ・キュアロンRomaがベネチア映画祭コンペティションに選ばれたり、5回フェニックス賞2018のノミネーションが発表になったりとニュースが多く、アップ順位に迷っています。またマラガ映画祭2018のオープニング作品マテオ・ヒルのLas leyes de la termodeinámica『熱力学の法則』の邦題で早くもNetflixで配信が始まっています。

ミシェル・フランコ『母という名の女』*メキシコ映画2018年07月07日 13:36

        ミシェル・フランコの『母という名の女』は「ある視点」の審査員賞受賞作品

 

         

★「カンヌのナイス・ガイ」と言われるミシェル・フランコは、2017年、Las hijas de Abrilを携えて4度目のカンヌ入りを果たしました。過去にはデビュー作「Daniel & Ana」(09「監督週間」)、2作目『父の秘密』(12「ある視点」グランプリ)、3作目『或る終焉』(15「コンペティション部門」脚本賞)、4作目となるLas hijas de Abrilは「ある視点」の審査員賞を受賞した。メキシコの若手監督としてノミネーションだけでも破格、受賞となれば尚更のこと異例中の椿事でした。メキシコの監督はカンヌに焦点を合わせている人は多くなく、他に4回出品はカルロス・レイガダス唯一人です。

 

★邦題のつけ方が難しい作品でしたが、『母という名の女』はどうでしょうか。オリジナル題の直訳「アブリルの娘たち」でよかったと思うのですが、これから公開予定のカルラ・シモンの『悲しみに、こんにちは』(「Verano 1993」)よりは余程まし、いずれにしろ英題の直訳「四月の娘」でなかったことを幸いとします。当ブログではカンヌ映画祭2017以降3回にわたって内容紹介をしておりますが、この度スクリーンで観てきましたので感想をアップいたします。以下は以前にアップしたデータに最近の情報を追加してコンパクトに纏めたものです。

 

Las hijas de Abril(「April's Daughter2017

製作:LUCIA FILMS / Trebol Stone 協賛EFICINE PRODUCCION

監督・脚本・編集・製作者:ミシェル・フランコ

撮影:イヴ・カープ

編集():ホルヘ・ワイズ

録音:マヌエル・ダノイ、フェデリコ・ゴンサレス・ホルダン、アルド・カンディア、パウリナ・ゴンサレス、チェマ・ラモス・ロア

美術:ミゲル・ラミレス

メイクアップ:ベロニカ・セフド

衣装デザイン:イブリン・ロブレス

音楽:ハビエル・ヌニョ

サウンドデザイン(音響):アレハンドロ・デ・イカサ

製作者:ロドルフォ・コバ、ダビ・ソナナ、ティム・ロス、ガブリエル・リプスタイン(以上エグゼクティブ)、ロレンソ・ビガス、モイセス・ソナナ、他

 

データ:製作国メキシコ、スペイン語、2017年、ドラマ、103分、撮影2016172ヵ月、撮影地プエルト・バジャルタ、グアダラハラ、メキシコシティ。配給元Videocineビテオシネ。公開メキシコ2017623日、日本2018616日、ほかスペイン、オランダ、ギリシャ、インド、トルコ、台湾、ポルトガルなどで公開されている。

 

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2017「ある視点」審査員賞受賞。カルロヴィ・ヴァリ、エルサレム、メルボルン、トロント、チューリッヒ、釜山、ロンドン、タイペイ、パームスプリングス、各映画祭正式出品。第60回アリエル賞2018新人女優賞(アナ・バレリア・べセリル)、ディオサ・デ・プラタ2018脚本賞、メキシカン・シネマ・ジャーナリスト2018脚本賞・助演男優賞(エルナン・メンドサ)などを受賞、ノミネーション多数。

   

キャスト:エンマ・スアレス(アブリル)、アナ・バレリア・べセリル(バレリア)、ホアンナ・ラレキ(クララ)、エンリケ・アリソン(マテオ)、エルナン・メンドサ(マテオの父グレゴリオ)、イバン・コルテス(ホルヘ)、モニカ・デル・カルメン、ホセ・アンヘル・ガルシア、マリア・E・サンドバル(DIF職員)、他

 

プロット17歳になるバレリアは妊娠7ヵ月、異父姉のクララとプエルト・バジャルタで暮らしている。クララはストレスからか肥満でふさぎ込みがちである。姉妹は離れて暮らしている母親アブリルとは長らく会っていない。バレリアは母親に妊娠を知られたくなかったのだが、クララは生まれてくる赤ん坊の父親マテオが同じ17歳であること、これからの経済的負担や育児という責任の重さから母に知らせようと決心する。アブリルは娘たちの力になりたいとやってくるが、どうしてバレリアが母親と距離をおきたかったのか、観客はすぐに理解することになるだろう。

 

            4つの視点で描いた初めての映画 

   

A: 母と娘たちの相克映画は掃いて捨てるほどはありませんが、結構あります。最近アップしたラモン・サラサールの『日曜日の憂鬱』、本作でアブリルを演じたエンマ・スアレスが主演したアルモドバルの『ジュリエッタ』もそうでした。

B: ジュリエッタとアブリルは、撮影時期が近いこともあって見た目も似ていますが、テーマは本質的に別のものです。母娘物を一度手掛けると、女は魔物というわけで男性監督はハマるらしい(笑)。「鬼母」もここまで徹底すると怖ろしさを通りこして却って滑稽で笑えます。

 

               

               (マテオ、バレリア、クララ)

 

A: もしかしてコメディ?と茶化す人もありそう。フランコはユーモアの乏しい監督ですが、本作では人間の自己愛、狡さと滑稽さを描いていますから、視点をずらすと笑えます。いつもの手法ですが、特に本作は物語のバックを観客に極力知らせない工夫を凝らしているので気が抜けない。妹とボーイフレンドの喘ぎを聞きながら表情一つ変えずに料理をするクララ、こと終わって喉が渇いたのか、水飲みに大きなお腹を突き出しすっぽんぽんで現れるバレリア、続いて汗を光らせて現れたマテオはバレリアの差し出すゆで卵をぱくつく。この只ならぬシーンから観客は、これからの悲劇の到来を予感します。ダイニングの窓から太平洋が望めますが、ダイニングの3人は閉じ込められているように見える。そこで初めてLas hijas de Abrilのタイトルが挿入される。

 

B: カンヌのインタビューで、今まで自分は「2つの視点で映画を撮ってきた、例えば『或る終焉』のように。しかし今作ではアブリル、バレリア、クララの母娘にマテオを加えて4つの視点で描いた」と語っていました。

A: 『父の秘密』も父と娘という2つの視点、『或る終焉』も多くの患者が出てきますが、看護師と患者という2つの視点でした。テーマがかなりきわどいこともありますが、「禁じられていることがもつ魅力から遠ざかるべきではないと考えている」とも語っていた。先輩監督カルロス・レイガダスと同じく「好きな人は好き、嫌いな人は嫌い」がはっきりする監督です。考えさせたり痛みを感じさせたりするのを嫌う観客は多く、何事も十人十色です。

 

              

          (喘ぎを黙殺して料理をするクララ、冒頭シーンから)

     

B: クララのなげやり、バレリアの幼女のような厚かましさ、マテオの不甲斐なさなどが、どこからやって来るのか。母娘が離れて暮らしている理由、何年も会っていないというが3年なのか10年なのか、そもそも姉妹が何故メキシコでも屈指のリゾート地プエルト・バジャルタの別荘で暮らしているのかが判然としない。

A: まもなく現れる、フライトで疲れているという母親アブリルはどこから飛んで来たのか。観客に示される情報は、クララの押し殺したフラストレーション、バレリアの心と体の発達の不均衡、マテオの自信のない無責任ぶり、アブリルの見せかけの大袈裟な優しさ、明確なのはバレリアとマテオの年齢だけ。こうして物語は切れ切れの情報のまま観客を挑発してくる。

 

           

  (アメリカやカナダからの観光客で人気のリゾート地、ハリスコ州のプエルト・バジャルタ)

 

           手加減しない母性、男性のモラル的貧困

  

B: ストーリーの進行役は、最初にスクリーンに現れるクララですかね。仕掛け人は彼女です。ストレスから過食症気味の肥満体、20代後半か30歳ぐらいに見えるが、勿論実年齢は最後まで明かされない。クララとバレリアが異父姉妹であることも解説を読んでいないと分からない。

A: クララは母親に遠隔操作されているようだが、アブリルは自らをコントロールできずに太るに任せている自尊心の低いクララに苛々する。ストレスの原因が母親の自分にあるとは思っていない。クララを17歳で生んだ責任は娘のせいではないのに、青春を奪われたとクララを無意識に復讐している。

 

B: クララはクララで母親業を放棄したアブリルから妹の世話を押し付けられ、自分の青春を簒奪した母を恨んでいる。ボーイフレンドができないのも母と妹のせいだ。このまま老いてしまいたくない。バレリアは母親の「鬼面仏心」ではなく「仏面鬼心」を本能的に見抜いて警戒する。しかし今は母を利用して従順にするしかない。

A: 両親から勘当され経済力のない、みなしご同然になってしまったマテオにとって、姑とはいえアブリルに忠誠を誓えさえすれば、赤ん坊とも遊べ、やらしてくれないバレリアとは違ってセックスも処理してくれる。まさに後顧の憂いなく楽しく、居心地よく、責任を負わないですむ人生は捨てがたい。

 

B: 州都グアダラハラに住んでいるらしいバレリアの父親オスカルは、娘の援助を乞うアブリルに、面倒事はまっぴら御免と門前払いを食わす。

A: 自分を捨て若い女に走った憎い元夫の無責任ぶりに、アブリルの怒りが炸裂する。こうしてドラマはアブリルの欲望のまま暴走しはじめる。しかし引き金は、マテオの父親が息子の荷物をわざわざ別荘に運んできて「勘当した」と親の責任回避をしたことです。そのあと直ぐアブリルは元夫の家目指して車を走らせる。

 

          

            (怒りを殺して元夫の家に向かうアブリル)

 

B: 両方の男親の無責任ぶりがアブリルの怒りに火を注いだ。この映画はセリフではなく、一見何でもないように見える行動を見逃さないようにと観客に要求する。

A: グレゴリオは孫を里子に出すことで厄介払いができると躊躇することなく書類にサインする。監督はメキシコ社会に蔓延するこのような男の無責任ぶり、ずる賢さに警鐘を鳴らしているようだ。男性たちの健全な社会化もテーマの一つでしょうか。麻薬密売、誘拐、殺人だけがメキシコの病いではなく、男性のモラルの低さこそ根源的な悪なのです。

 

           老いの恐怖、不安を煽るような車の移動

 

B: 監督は「メキシコでは経済的に自立していない学業半ばの十代の妊娠は珍しくない。メキシコに限らずラテンアメリカ諸国の病根の一つです」とカンヌで語っていました。

A: 若くして子供を生むことは、たちまち老いが訪れることで、お金があってもアブリルが直面しているような老いの恐怖に晒される。20代はとっくの昔に過ぎているのに、過ぎた時間を受け入れることを拒み、娘はライバルとなる。母娘の相克の大きな理由の一つです。アブリルはパンフレットにあるような「怪物」ではなく、青春を楽しむこともなく、崩れかけた体形のまま一人で朽ち果てていくことの恐怖に怯えている女性ともいえます。  

 

A: 全編を通じてまともに思える登場人物の一人が、かつてのアブリルの家政婦だったベロニカ、彼女の自然な生き方は救いです。もっともアブリルが孫カレンの里親に彼女を選ぶのは、「わたしはちゃんと責任を果たしている」という、元夫への当てつけでしょう。

B: アブリルはお金に不自由しているわけではないから、金銭的援助が目的で訪ねたのではなく、離婚しても父親の責任は免れないと言いに行った。

 

A: これは真っ当な意見です(笑)。フランコ映画では移動に車がしばしば登場しますが、どこに向かっているのか最初は分からない。さらにアブリルの運転ぶりは観客の不安をことさら煽る。『父の秘密』ではフォルクスワーゲンが使用されたが、今回の車種は何でしょうか。

B: この車はクララが仕事に使っていた車ですが、クララは母が来たことで得るものはなく失うものばかりです。最後に別荘の所有者が母親だと知らされて売却が提示されるから、当然住む家も失うわけですね。やはりとんでもない鬼母だ。

 

A: でも結果的には、クララは妹には復讐できたのではないか。バレリアは自分に嘘をつき母親とままごと遊びをした裏切り者マテオを許さない。今度は自分が嘘をついて罰する番だ。しかし赤ん坊を取り戻しても一寸先は闇、無一物のシングルマザーが辿る先は何処でしょうか。本作では各自それぞれが嘘をつく。嘘はついてもいいけど、せめて一つにしてください。

B: するとクララの傷が一番軽いのかな。図々しく居候しているマテオも追い出せたし、母親の完全犯罪も挫折した。これは人生をやり直すチャンスかもしれない。

 

     

     (取り戻したカレンを呆然と抱きしめるバレリア、最後のタクシーのシーン)

 

A: ざらざら神経を逆なでするシーンが多いなかで、どれが記憶に残るかといえば、アブリルが興味を亡くした孫をカフェに置き去りにするシーンですね。圧巻でした。赤ん坊役は成長に合わせて双子も含めて4人だったそうですが、あのシーンの赤ん坊は演技しているのではなく本当に怖かったわけで、トラウマとして残らなければと思ってしまいました。

 

       忽然と消えるアブリルは、邪悪で無慈悲な貪欲な女の典型

 

B: キャストに触れると、アブリル役のエンマ・スアレス1964)の「仏面鬼心」の悪女ぶりはなかなかよかった。しかし、母親の祖国をスペインにした理由は何でしょうか。

A: バレリアが母親を探すシーンで、写真をかざしながら「スペイン人」を連呼するのですが、唐突で若干違和感を覚えた。最初から母親役はスペイン女性と決めていたらしい。うがった意見かもしれませんが、メキシコ人がかつての宗主国に抱くアンヴィヴァレンツな感情があるのかもしれない。アブリルの邪悪で無慈悲な貪欲さは、かつての宗主国スペインと重なっている?

 

B: バレリア役のアナ・バレリア・べセリル1997)は、お腹のメイクに5時間もかかったそうですが、やはりお腹だけが大きい偽物妊婦でした。クララ役のホアンナ・ラレキは製作発表時よりかなり増量させられたのかたっぷりしていて驚いた。カンヌではまだ元に戻っていなかった。

 

A: パンフに未紹介ながら重要人物なのが、マテオの父親役エルナン・メンドサ、出番は少なくとも存在感のある俳優、『父の秘密』の主役を演じたベテラン。もう一人が家政婦役、多分モニカ・デル・カルメンだと思うのですが、IMDbのフルキャスト欄に記載がない。彼女はフランコと妹ビクトリアが共同監督した「A los ojos」(14)の主役、『父の秘密』にも教師役で出演しているほか、イニャリトゥの『バベル』(06)、マイケル・ロウの『うるう年の秘め事』(10)の主役、ガブリエル・リプスタインの「600 Millas」(15)などの話題作に多数出演している。

 

B: 気の毒な役柄でしたが、マテオ役のエンリケ・アリソン1993)、甘いマスクで女性ファンを獲得できそうです。アブリルからバイクまで買ってもらって嬉しそうに乗り回していましたが。

A: 17歳役はいかにも厳しい。当然とはいえ少年ぽさが出せなかった。女優なら23歳でも17歳は演じられるが、これはキャスティングの責任です。機能不全で崩壊する家族にしても、年増の姑がまだ少年である婿と孫を加えて似非家族になるなど悲しすぎます。しかし、監督は誰のことも裁きません。そこがいいのです。

 

      

  (バレリアに内緒でビールを楽しむマテオとアブリル、周到な準備に着手するアブリル)

      

     会いたい監督は「ルイス・ブニュエル以外にあり得ない」とフランコ監督

 

B: 会いたい監督は「ルイス・ブニュエル以外にあり得ない」とブニュエルの影響を語っているからか、ブニュエル作品に結びつける批評が目に付きます。

A: ブニュエルのどの時代の作品が好みなのか具体的に知りませんが、メキシコ時代(194660)の『スサーナ』(50)の影響はあるでしょうね。人間の肉欲と嫉妬をテーマにしていた。こちらは母ではなく若く美しい性悪娘の話、女囚スサーナは刑務所を奇跡的に脱走、雨のなか大牧場に辿りつく。信心深い農場一家を騙して、エロティシズムを武器に農場主、その息子、牧童頭を次々と誘惑、愚かな男どもをいがみ合わせて居座る話。最後には天罰が下って塀の中に逆戻り、大農場は平穏を取り戻すのですが、果たして前と同じかどうかという物語。

 

B: スサーナは「邪悪で無慈悲な性悪女」の古典的原型です。こちらにはブニュエル流のユーモアが漂っていた。いったん農場主の家族は崩壊寸前になるのですが、最後にはスサーナに罰が下って大団円、観客は安心して映画館を後にできた。

A: 農場主の信仰心篤い妻が辛抱強く耐える姿がクララとダブった。メキシコ時代に合作を含めると20数本も撮れた理由は、彼の職人的な律義さだそうです。製作会社が決めた製作費と期間を守ったので量産できたようです。本作も20日間という短期間で撮影した。

 

B: スペイン映画はハリウッドに渡る前に撮ったドキュメンタリー『糧なき土地』(32)ぐらいですね。ヨーロッパに回帰してから撮った作品でも、すべてフランスやイタリアとの合作です。

A: 遺作となった『欲望のあいまいな対象』(77)もフランスとの合作、活躍期間がフランコ時代と重なり故国では撮れなかった。それが良かったのか悪かったのか分かりません。

 

B: フランコはメキシコでは数少ないミヒャエル・ハネケの影響が指摘される監督の一人です。今作ではベネズエラのロレンソ・ビガス監督が製作者として協力しました。カンヌにも同行していました。

A: ラテンアメリカに初めてベネチア映画祭の「金獅子賞」をもたらした『彼方から』(15)の監督、このときはフランコが製作者として参画していた。二人は作品の傾向は似ていないが親密、ビガスの新作「La caja」(ワーキングタイトル)の製作を手掛けている。メキシコのチワワ州で既に撮影に入っており、完成が待たれます。

 

       

          (フランコとビガス、カンヌ映画祭2016授賞式にて)

 

B: ビガスは子供ときから恐怖映画やホラーに魅せられていたそうで、いずれホラー映画も撮る計画で、脚本を二人で執筆している。

A: フランコはホラーには興味がなく、再び『父の秘密』のような映画を構想しているそうです。ベネズエラとメキシコの社会環境は、カオス状態という点でよく似ており、『彼方から』はベネズエラの現実を描いているとも語っていた。次回作はティム・ロスと再びタッグを組むそうで、すると英語映画になるのでしょうか。

 

 

  ミシェル・フランコの主な関連記事

『母という名の女』の内容紹介記事は、コチラ20170508

カンヌ映画祭2017の監督と主役エンマ・スアレスについては、コチラ20170526

カンヌ映画祭2017「ある視点」部門の結果発表は、コチラ20170530

『父の秘密』紹介記事は、コチラ20131120

『或る終焉』監督フィルモグラフィー・紹介記事は、コチラ20160615/0618

ロレンソ・ビガスの『彼方から』の主な紹介記事は、コチラ20160930       

      

 

『グエロス』の監督がコンペティションに登場*ベルリン映画祭2018 ②2018年02月19日 17:55

       アロンソ・ルイスパラシオス、パノラマ部門からコンペティション部門へ昇格

 

アロンソ・ルイスパラシオスは、デビュー作『グエロス』がベルリン映画祭2014「パノラマ」部門で初監督作品賞を受賞したメキシコの監督。今回Museoが初めてコンペティション部門にノミネートされた。メキシコの人気俳優ガエル・ガルシア・ベルナル、『グエロス』出演のレオナルド・オルティスグリス、チリの名優アルフレッド・カストロ、イギリスの舞台俳優サイモン・ラッセル・ビール、監督夫人でもあるイルセ・サラスなど演技派を揃えて金熊賞を競います。1985年クリスマスの日に起きた実話の映画化、メキシコ国立人類学博物館に展示されていた140点にものぼるテオティワカン、マヤ、アステカなど、スペインが到達する前の文化遺産盗難事件をテーマにしている。G.G.ベルナルが犯人の一人を主演するということで、クランクイン前から話題になっていた作品。映画祭上映は222日と後半なので、現地での下馬評はまだ聞こえてきません。

『グエロス』とルイスパラシオス監督の紹介記事は、コチラ2014103

 

  

 

Museo(「Museum」)

製作:Detalle Films / Distant Horizon / Panorama Global

監督:アロンソ・ルイスパラシオス

脚本:マヌエル・アルカラ、アロンソ・ルイスパラシオス

撮影:ダミアン・ガルシア

編集:Yibran Asuad

キャスティング:ベルナルド・ベラスコ

プロダクション・デザイン:サンドラ・カブリアダ

衣装デザイン:マレーナ・デ・ラ・リバ

プロダクション・マネージメント:バネッサ・エルナンデス、カルロス・A・モラレス

録音:イサベル・ムニョス

視覚効果:ラウル・プラド

製作者:(エグゼクティブ)モイセス・コジオ、ブライアン・コックス、ガエル・ガルシア・ベルナル、ロバート・ラントス、(プロデューサー)マヌエル・アルカラ、アナント・シン、ヘラルド・ガティカ、ラミロ・ルイス、アルベルトMuffelmann、他多数

 

データ:製作国メキシコ、スペイン語、2018年、犯罪ドラマ、撮影地メキシコシティ、パレンケ、アカプルコ、ゲレーロ、チアパス、国立人類博物館を再現したスタジオ・チュルブスコ、クランクイン20173月。ベルリナーレ2018の上映は222日~25日の5回、メキシコ公開2018年が決定している。

 

キャスト:ガエル・ガルシア・ベルナル(フアン・ヌニェス)、レオナルド・オルティスグリス(ベンハミン・ウィルソン)、サイモン・ラッセル・ビール(フランク・グラベス)、アルフレッド・カストロ(ドクター・ヌニェス)、イルセ・サラス(シルビア)、リサ・オーウェン(ヌニェス夫人)、リン・ギルマーティン(ジェンマ)、レティシア・ブレディセ(シェレサダ)、ベルナルド・ベラスコ(ブスコ)、マイテ・スアレス・ディエス(ヒメナ)、他

 

プロット・解説19851225日クリスマスの明け方、メキシコ国立人類学博物館の堅固なセキュリティーを突破して、スペインが到達する前の文化遺産およそ140点がショーケースから盗まれた。テオティワカン、アステカ、マヤなどの遺跡から収集された重要な文化財であり、なかにはマヤ室に展示されていたパレンケのパカル王が被ったと言われる「翡翠の仮面」も含まれていた。当初大掛りな国際窃盗団によるものと思われていたが、メキシコ「世紀の盗難事件」の犯人は、プロではなく意外にも行き先を見失った二人の青年であった。主犯格の青年フアンにガエル・ガルシア・ベルナル、ベンハミンにレオナルド・オルティスグリスが扮する。実際に起きた犯罪事件にインスパイヤーされて製作されたフィクション、登場人物は仮名で登場している。(文責:管理人)

 

   

   (ガエル・ガルシア・ベルナルとレオナルド・オルティスグリス、映画から)

 

トレビア

アロンソ・ルイスパラシオス監督がG.G.ベルナルに「物語構成のための逸話を取材をしていたとき、突然ドキュメンタリー風ではない別のバージョンつまりフィクションのほうが、ある一部の地域で起こった事件としてではなく、世界のどこででも起きるように描いたほうがインパクトが得られるのではないか」と語ったそうです。監督は「本作は事件の正確なプロセスの再現ではなく、若者たちのアイデンティティ探しや自分たちの存在理由を求める寓話を描こうとしたら、この世紀の盗難事件が頭にひらめいた」と語っている。どうやらテーマは、生きる方向を見失った大学生たちを描いた、第1作『グエロス』と同じようである。

 

    

(本作にも出演するイルセ・サラスとレオナルド・オルティスグリス右端、『グエロス』から)

 

★実際の盗難事件は19851225日の明け方に起き、4年半後の1989610日に逮捕された。盗品は売却目的ではなくそのまま保管されていて大部分が返却された(現在マヤ室に展示されている「翡翠の仮面」はレプリカだそうです)。何が動機だったのかがメインテーマのようです。仮名にしたというフアン・ヌニェスの実名はカルロス・ペルチェス・トレビーニョ、ベンハミン・ウィルソンはラモン・サルディナ・ガルシアである。二人は獣医学専攻の大学生だった。フアンを演じるG.G.ベルナルは「登場人物の人格はとても複雑で、どうして二人があれほど窃盗に固執したのか」とコメントしている。撮影監督のダミアン・ガルシアも「二人の若者は盗みのためにプロの窃盗団に入り込むにはあまりに無邪気すぎた。私には窃盗をする動機が何だったのか言い当てられない」と。

 

       

    (犯人カルロス・ペルチェス・トレビーニョとラモン・サルディナ・ガルシア)

 

     

  (展示品を見るG.G.ベルナルとL.オルティスグリス、アステカの黒曜石製の「猿の壺」か)

 

★作家カルロス・モンシバイスが分析したように、二人は単に考古学の遺品を大事に保存して賛美したかっただけかもしれない。窃盗事件の後、皮肉にも空っぽになったショーケースを見るために文化人類学博物館の参観者が急に増加したそうです。盗まれるまでそんなに美しい遺物が博物館に展示されていることなど、人々は知らなかったわけです。

  

  

      

  

(翡翠の仮面を見つめるフアン、映画から)

 

★製作者は、Detalle Filmsのモイセス・コジオ、Distant Horizonのアナント・シン、ブライアン・コックス、 Panorama Globalのヘラルド・ガティカ、他『グエロス』の製作者ラミロ・ルイス、G.G.ベルナルなど多数。『カイトKite』(米メキシコ合作2014)を手掛けたDistant Horizonが国際販売も兼ねる由。監督フィルモグラフィーなどは『グエロス』で。

   

        

        (クランクインしたときの監督とエキストラたち、20173月)

    

「ある視点」にメキシコのミシェル・フランコ*カンヌ映画祭 ⑥2017年05月08日 12:12

       Las hijas de Abril」で4度目のカンヌに戻ってきました!

 

   

★今年の「ある視点」部門には、メキシコのミシェル・フランコLas hijas de Abrilとアルゼンチンの二人の女性監督セシリア・アタン&バレリア・ピバトが撮ったデビュー作La novia del desierto2作品、さらに追加作品として一縷の望みをかけていたアルゼンチンのサンティアゴ・ミトレの最新作La Cordilleraがノミネートされました。順番通りにご紹介していきます。ミシェル・フランコは当ブログでは何度か登場させています。『或る終焉』英語映画でしたが、今度はスペイン語で撮りました。エンマ・スアレス(『ジュリエッタ』)過去のフランコ映画出演したエルナン・メンドサ(『父の秘密』)モニカ・デル・カルメン(「A los ojos」)若いアナ・バレリアホアンナ・ラレキエンリケ・アリソンを絡ませました。

 

デビュー作Daniel & Ana09)がカンヌ映画祭と併行して開催される「監督週間」、第2『父の秘密』12Después de Lucía)がカンヌ映画祭「ある視点」のグランプリ、そして『或る終焉』15Chronicがコンペティション部門でまさかの脚本賞受賞、そして新作Las hijas de Abril「ある視点」に戻ってきました。このセクションはコンペティションより面白く、ベテランと新人が入り乱れ、今回はどうも賞に絡むのは難しいと予想します。過去の作品紹介、監督フィルモグラフィーに関連する記事は、下記にアップしております。

『父の秘密』の内容紹介記事は、コチラ20131120

『或る終焉』の物語と監督フィルモグラフィーの紹介記事は、コチラ201661518

 

 

    (アナ・バレリアと監督、2016年12月12日、プエルト・バジャルタでの記者会見

      

   

  (左から、エンリケ・アリソン、アナ・バレリア、監督、スアレス、ホアンナ・ラレキ)

      

   Las hijas de Abril(「April's Daughter」)2017

製作:LUCIA FILMS 協賛EFICINE PRODUCCION

監督・脚本・編集・製作者:ミシェル・フランコ

撮影:イヴ・カープ

編集():ホルヘ・ワイズ

録音():マヌエル・ダノイ、フェデリコ・ゴンサレス・ホルダン(ジョルダン)

メイクアップ:ベロニカ・セフード

衣装デザイン:イブリン・ロブレス

サウンドデザイン:アレハンドロ・デ・イカサ

製作者:ロドルフォ・コバ、ダビ・ソナナ、ティム・ロス、ガブリエル・リプスタイン(以上エグゼクティブ)、ロレンソ・ビガス、モイセス・ソナナ

 

データ:製作国メキシコ、スペイン語、2017年、ドラマ、103分、撮影201617、撮影地プエルト・バジャルタ、グアダラハラ、メキシコシティ。カンヌ映画祭2017「ある視点」正式出品、メキシコ公開予定6月、配給元Videocineビテオシネ

 

キャスト:エンマ・スアレス(アブリル)、アナ・バレリア・べセリル(バレリア)、ホアンナ・ラレキ(クララ)、エンリケ・アリソン(マテオ)、エルナン・メンドサ(マテオの父グレゴリオ)、イバン・コルテス(ホルヘ)、モニカ・デル・カルメン、他

 

プロット17歳になるバレリアは妊娠7ヵ月、異父姉のクララとプエルト・バジャルタで暮らしている。バレリアは離れて暮らしている母親アブリルに長らく会っていない。自分の妊娠を知られたくなかったのだが、クララはこれからの経済的負担や生まれてくる赤ん坊の育児という責任感の重さから母に知らせようと決心する。アブリルは娘たちの力になりたいとやってくるが、どうしてバレリアが母親と距離をおきたかったのか、観客はすぐに理解することになるだろう。

 

 

          (左から、監督、エンマ・スアレス、撮影監督イヴ・カープ)

 

     重要なことは世界に作品を発信して新しい観客に届くよう論議を呼ぶこと

 

★英語題はAbrilを名前でなく4月の意味に解釈したらしくAprilになっていますが、深い意味でもあるのでしょうか。さてフランコ監督への電話インタビュー(Grupo Milenio)によれば、主催者からの一報は「素晴らしいニュースでした。カンヌに行けるのは私にとって重要なことなのです。4回目になりますが、初めてのときに感じたと同じ高揚感と感動を覚えています。本作は私の過去の映画、例えば『ある終焉』や『Daniel & Anaとは違ったエネルギッシュな物語なのです。重要なことは賞を取るだけではなく、世界に向けて作品を発信して、新しい観客に届くよう論議を呼ぶことなのです」とコメントしています。果たして論議を呼ぶことができるでしょうか。映画を作ることが難しくなっている現状で、カンヌに出品できるような高レベルを維持していくのは易しいことではないとも語っており、「多くの監督が1度か2度はカンヌに来られるが、その後戻っては来られない」と、カンヌが狭き門であることを強調しています。メキシコの若手監督が2009年から2017年の間に4回は確かに異例です。先輩監督カルロス・レイガダスをおいて他にはおりません。

2002年『ハポン』カメラドールのスペシャル・メンション、2005年『天国のバトル』正式出品、2007年『静かな光』審査員賞、2012年『闇のあとの光』監督賞受賞。

 

★プロデューサーの一人として、ベネズエラのロレンソ・ビガスが参画していることが話題になっています。デビュー作『彼方から』がベネチア映画祭2015の金獅子賞を受賞した監督。フランコ監督の設立したLUCIA FILMSが同作に出資している。他にもベネズエラのロドルフォ・コバ(「Azul y no tanto rosa」)や『600マイルズ』のガブリエル・リプスタインが両方に参画しています。ラテンアメリカ映画もかなり認知度が高くなりましたが、まだ足の引っ張り合いを始めるには早すぎることを肝に銘じて、国境を越えて協力していくことが必要ということでしょうか。イヴ・カープは『ある終焉』の撮影監督も手掛けています。

        

          エンマ・スアレスは2年連続でカンヌ入り

 

エンマ・スアレス1964、マドリード)は、昨年のカンヌにはアルモドバルの『ジュリエッタ』で、今年はメキシコ映画でと、大西洋を挟んでの活躍が目覚ましい。両作とも娘とうまくいかない母親役、最近活躍が目立つのは、アルモドバルのお蔭か、あるいは年齢的に吹っ切れたせいかもしれない。1990年代にフリオ・メデムの『バカス』『赤いリス』、続いて『ティエラ―地―』、今は亡きピラール・ミロの史劇『愛の虜』(映画祭タイトル『愛は奪った)などの初々しさを知っているファンには隔世の感があるでしょうか。『バカス』で思春期の少女に扮したとき、既に20代後半だった。『愛の虜』『ジュリエッタ』でゴヤ賞主演女優賞199720172011年のフォルケ賞主演女優賞をLa mosquiteraで受賞しているほか、受賞歴

エンマ・スアレスのキャリア紹介は、コチラ⇒2015年4月5日

           

       

        (母親役のエンマ・スアレスと娘バレリア役のアナ・バレリア)

 

エルナン・メンドサは、フランコ監督の『父の秘密』で父親役を演じた俳優、テレドラ出演が多い役者ですが、最近53日にノミネーションが発表になったアリエル賞最多の「La 4a compañia」に準主役で出演、13年ぶりに復活したという<Actor de cuadro>賞にノミネートされています。賞の性格がよく分かりませんが、英語では<Table of Actor>とありました。同作はアミル・ガルバン・セルベラAmir Galván Cerveraミッチ・バネッサ・アレオラMitzi Vanessa Arreolaという二人の新人監督作品、作品賞を含む20カテゴリーにノミネートされています。ここでは深入りしませんが刑務所内で結成されたアメリカン・フットボール・チームの名前がタイトルになっています。一般観客向けの面白いストーリー展開なので公開が期待できそうですが、予告編からメンドサを見つけ出すのはなかなか大変です。

 

 

   (背番号79がエルナン・メンドサ、10番が主人公のアドリアン・ラドロン)

『母という名の女』の邦題で2018年6月公開が決定、ユーロスペース。 

『ノー・エスケープ 自由への国境』*ホナス:キュアロン2017年04月23日 14:46

            トランプのお蔭で公開されることになりました?

 

★トロント映画祭2015の折に原題Desiertoとしてご紹介していた少し古い映画ですが、トランプの壁のお蔭か公開がアナウンスされました。ホナス・キュアロンの長編第2『ノー・エスケープ自由への国境』、キュアロン一家が総出で製作しました。トロント映画祭「スペシャル・プレゼンテーション」部門で国際批評家連盟賞を受賞したこともあって話題になっていた作品。これから公開されること、スリラーであることなどから、比較的詳しい公式サイトから外れないように注意してアップしたいと思います。なかでもキャスト紹介は主役の二人、ガエル・ガルシア・ベルナルとジェフリー・ディーン・モーガンしか紹介されておりませんので若干フォローしておきます。

 

    

                (オリジナル・ポスター)

 

 『ノー・エスケープ 自由への国境』(原題Desierto英題「Border Sniper」)2015

製作:Esperanto Kino / Itaca Films / CG Cinema

監督・脚本・編集・製作者:ホナス・キュアロン

脚本(共):マテオ・ガルシア

音楽:Woodkid、ヨアン・ルモワンヌ

撮影:ダミアン・ガルシア(『グエロス』)

プロダクション・デザイン:アレハンドロ・ガルシア

衣装デザイン:アンドレア・マヌエル

キャスティング:ベヌス・カナニ、他

メイクアップ・ヘアー:ヒメナ・キュアロン(メイク)、エマ・アンヘリカ・カンチョラ(ヘアー)他

製作者:ニコラス・セリス、サンティアゴ・ガルシア・ガルバン、ダビ・リンデ、ガエル・ガルシア・ベルナル(以上エグゼクティブ)、アルフォンソ・キュアロン、カルロス・キュアロン、アレックス・ガルシア、エイリアン・ハーパー、他多数

 

データ:製作国メキシコ=フランス、言語スペイン語・英語、2015年、スリラー・ドラマ、94分(日本88分)、撮影地バハ・カリフォルニア、映倫G12IMD5.9

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2015国際批評家連盟賞受賞(スペシャル・プレゼンテーション部門)、ロンドン映画祭201510月)正式出品、(仏)ヴィルールバンヌ・イベロアメリカ映画祭20163月)正式出品、イベロアメリカ・フェニックス賞2016録音賞ノミネーション、以下2016年、ロスアンジェルス(6月)、シッチェス(10月)、オースティン(10月)、ダブリン、リマ(8月)、ハバナ(12月)他、各映画祭正式出品、第89回アカデミー賞メキシコ代表作品(落選)

公開:メキシコ20164月、フランス同4月、米国限定同10月、スペイン限定20171月、香港同1月、ハンガリー同4月、日本同5月、他多数

 

キャスト:ガエル・ガルシア・ベルナル(モイセス)、ジェフリー・ディーン・モーガン(サム)、アロンドラ・イダルゴ(アデラ)、ディエゴ・カタニョ(メチャス)、マルコ・ぺレス(ロボ)、ダビ・ペラルタ・アレオラ(ウリセス)、オスカル・フロレス・ゲレーロ(ラミロ)、エリク・バスケス(コヨーテ)、リュー・テンプル(国境パトロール)、他多数

 

プロット:正規の身分証明書を持たない、武器を持たない、ただリュック一つを携えたモイセスを含む15人のグループが、メキシコとアメリカを隔てる砂漠の国境を徒歩で越えようとしていた。それぞれ愛する家族との再会と新しいチャンスを求めていた。しかし、不運なことに越境者を消すことに生きがいを感じている錯乱した人種差別主義の<監視員>サムに発見されてしまった。不毛の砂漠の中で残忍な狩人の餌食となるのか。星条旗をはためかせたトラックに凶暴な犬トラッカーを乗せたサムは、祖国への侵略者モイセスたちを執拗に追い詰めていく。砂漠は武器を持つ者と持たざる者の戦場と化す。生への執着、生き残るための知恵、意志の強さ、人間としての誇りが、ダミアン・ガルシアの映像美、ヨアン・ルモワンヌの音楽をバックに語られる。  (文責:管理人)

 

            監督は何を語りたかったのか?

 

A: 監督が何を語りたかったのかは、観ていただくしかないが、まず製作のきっかけは10年ほど前に異母弟と一緒にアリゾナを旅行したことだったという。アリゾナ州Tucsonツーソン(トゥーソン)にあるメキシコ領事館に招待され、移民たちに起きている悲劇を生の声で聞いたことが契機だったという。

B: アリゾナ州の人口の37パーセントがヒスパニック系、もともと米墨戦争に負けるまでメキシコ領だった。そのアリゾナ体験から脚本が生まれたわけですね。

 

A: しかし、どう物語っていけばいいのか、なかなか構想がまとまらなかった。既に同じテーマでたくさんの映画が撮られていた。例えばキャリー・フクナガの『闇の列車、光の旅』09Sin nombre」)、ディエゴ・ケマダ=ディエスの『金の鳥籠』13La jaula de oro」)など、それぞれ評価が高かった。しかし、それらとは違った切り口で、もっと根深い何かを描きたかった。

B: 辿りついたのが子供の頃から大好きだった1970年代のハリウッド映画のホラーやスリラーだった。セリフを抑えたカー・アクションの不条理な追跡劇、スピルバーグの『激突!』71)や、リチャード・C・サラフィアンの『バニシング・ポイント』71)を帰国するなり見直した。

 

A: それにアンドレイ・コンチャロフスキーの『暴走機関車』85)も挙げていた。人間狩りというショッピングなテーマを描いた、アーヴィング・ピチェルの『猟奇島』32)、コーネル・ワイルドの『裸のジャングル』66)も無視できなかったと語っている。ダイヤローグを抑えるということでは、ロベール・ブレッソンの『抵抗(レジスタンス)~死刑囚の手記より』56)も参考にしたという。

B: 死刑囚の強い意志は、モイセスの強さに重なります。

 

          ネットにあふれた人種差別主義者のコメントに恐怖する!

 

A: 構想から10年、間には父親の『ゼロ・グラビティ』の脚本を共同執筆、撮影でも一緒だったからいろいろ相談に乗ってもらった。同業の有名人を父に持つのは大変です。「父の存在は重く、時には鬱陶しいこともある」と笑っています。

B: しかし「すごく力になってくれるし、叔父のカルロスも同じだが、私にとって大きなマエストロです」とも。アカデミー賞メキシコ代表作品に選ばれると、500以上のコピーを作りアメリカでの上映を可能にした。最初の16作に残れたのも、このコピーの多さのお蔭です。

 

 

(父アルフォンソ・キュアロンと、『ゼロ・グラビティ』が上映されたサンセバスチャン映画祭)

 

A: それでも「この映画の扉を開けてくれたのはガエル、彼が脚本を気に入ってくれたことだ」ときっぱり語っている。彼への信頼は揺るがない。ワールド・プレミアしたトロント映画祭にも駆けつけてくれ、素晴らしいスピーチをしてくれた。

 

  

  (スピーチをする監督とガエル・ガルシア・ベルナル、第40回トロント映画祭にて)

 

B: トロントでの批評家の反応は正直言ってさまざまだったが、それぞれ主観的なものが多かった。しかし、観客の反応は違った。

A: 苦しそうに椅子にしがみついて一心にスクリーンを観ていた。他人事ではないからね。これはリマでもハバナでも同じだった。しかしYouTubeで予告編が見られるようになると、メキシコから押し寄せる移民に反対する人種差別主義者のコメントで飽和状態になった。「何が言いたいんだよ」など大人しいほうで、なかには「みんな殺っちまえ!」とかあり、「楽天家の私でも、父親になっているのでビビりました」と監督はインタビューで語っていた。

B: トランプにとっては、本作は悪夢なんでしょうか。

 

A: しかし数日経つと、そんな雰囲気は下火になり、自然と収束していったという、当然ですよね。アメリカ公開の20161014日は、大統領選挙3週間前で両陣営とも一触即発だったから、何か起こってもおかしくない状況だった。

B: 星条旗、トラック、ライフル銃、獰猛に訓練された犬、国境沿いで起こる祖国を守るための人間狩り、お膳立てはできていた。

  

 

   (星条旗をはためかせて疾走するトラック、御主人に服従するトラッカー)

 

A: 狙撃者サム役にジェフリー・ディーン・モーガンを選んだ理由は、「彼がもっている強力な外観がパーフェクトだったから。映画の中ではサムの動機の多くを語らせなかったが、彼を念頭に置いて脚本を書いた。あのような人格にしたのが適切かどうかは別にしてね。あとはジェフリーがそれを組み立ててくれたんだ」と監督。

B: 完璧に具現化してくれたわけですね。

 

       

            (サバイバル・ゲームでモイセスを見失うサム)

 

A: 公開前なので後は映画館に足を運んでください。付録としてスタッフ&キャスト紹介を付しておきます。

 

 スタッフ紹介

ホナス・キュアロンJonás Cuarónは、19811128日メキシコシティ生れ、監督、脚本家、編集者・製作者。父親アルフォンソは『ゼロ・グラビティ』(13)のオスカー監督、叔父カルロスも監督、脚本家(『ルドandクルシ』)、製作者エイリアン・ハーパーは監督夫人。家族は神が授けるものだから選べません、というわけで「親の七光り」組です。友人は自分で選ぶ、それで主役にガエル・ガルシア・ベルナルを選びました。長編監督デビュー作Año uña(「Year of the Nail」メキシコ=英=西79分、スペイン語・英語)は、グアダラハラ映画祭2007で上映され高評価だった。父親と脚本を共同執筆した『ゼロ・グラビティ』のスピンオフムービーAningaaq13、米、7分、グリーンランド語、英語)、アニンガーはイヌイットの漁師の名前、サンドラ・ブロックが同じライアン・ストーン博士役でボイス出演している。他短編ドキュメンタリーがある。次回作Z(「El Zorro」)が進行中、ガエル・ガルシア・ベルナルが怪傑ゼロに扮します。 

  

               (本作撮影中のキュアロン監督とガエル・ガルシア・ベルナル)

 

   

(次回作Z」のポスターと主役のガエル・ガルシア・ベルナル) 

 

ダミアン・ガルシアは、1979年メキシコシティ生れ、撮影監督。メキシコシティの映画研修センターとバルセロナのESCACで撮影を学ぶ。2003年広告や多数の短編を手掛け、長編デビューは2006年、アンドレス・レオン・ベッカー&ハビエル・ソラルのMás que a nada en el mundo、アリエル賞の撮影賞にノミネートされた。アルフォンソ・ピネダ・ウジョアのViolanchelo08)、フェリペ・カサレスのChicogrande10)では、再びアリエル賞ノミネート、ハバナやリマでは撮影賞を受賞した。アリエル賞を独り占めした感のあったルイス・エストラーダの『メキシコ地獄の抗争』10、「El infierno」未公開、DVD)ではノミネートに終わった。ルイス・マンドキのLa vida precoz y breve de Sabina Rivas12)もアリエル賞を逃した。モノクロで撮影したアロンソ・ルイスパラシオスのコメディ『グエロス』14、「Güeros」ラテンビート上映)でアリエル賞の他、トライベッカ映画祭の審査員賞を受賞している。最新作にディエゴ・ルナのSr. Pig16)がある。本作上記。オスカー賞を3個も持っているエマニュエル・ルベツキ、ギジェルモ・ナバロ(『パンズ・ラビリンス』)、ロドリゴ・プリエト(『バベル』)の次の世代を代表する撮影監督である。現在はメキシコシティとバルセロナの両市に本拠地をおき、大西洋を行き来して仕事をしている。

バルセロナ大学に1994年付設されたカタルーニャ上級映画学校Escola Superior de Cinema i Audiovisuals de Catalunya の頭文字、バルセロナ派の若手シネアストを輩出している。

 

 

『グエロス』でアリエル賞撮影監督賞(銀賞)のトロフィーを手にしたダミアン・ガルシア

 

 

            (撮影中のダミアン・ガルシア)

 

 キャスト紹介

★出演者のうち、公式サイトに詳しいキャリア紹介のある、ガエル・ガルシア・ベルナル、アメリカ側のスナイパー役ジェフリー・ディーン・モーガンは割愛しますが、悪役サムがしっかり機能していたことが本作の成功の一因だったといえそうです。またスクリーンに少しだけ現れた国境パトロール隊員のリュー・テンプルは、1967年ルイジアナ州生れの俳優。犬のトラッカーは俳優犬ではなく警備の訓練を受けた犬だった由、トラッカーが出てくるとアドレナリンがドクドクの名演技でした。もう一つが2年間にわたって探し回ったという乾いた砂漠の過酷さと美しさだった。主な不法移民役のメキシコ人俳優をご紹介すると、

 

      

            (サムにショットガンを構えるモイセス)

    

ディエゴ・カタニョは、1990年クエルナバカ生れ、フェルナンド・エインビッケのデビュー作『ダック・シーズン』04)や『レイク・タホ』08、東京国際映画祭2008)に出演、ホナス・キュアロンの長編デビュー作Año uña07Year of the Nail」)では、アメリカから休暇でやってきた年上の女性モリーに淡い恋心を抱くティーンエイジャーを演じた。モリーを演じたのがエイリアン・ハーパー2007年、監督と結婚して1児の母。第2作ではプロデューサーとして参加している。他にロドリゴ・プラの話題作「Desierto adentro08)にも出演している。

 

   

                    (ディエゴ・カタニョ、『レイク・タホ』から

  

 

  (エイリアン・ハーパー、Año uña」から

 

マルコ・ぺレスは、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『アモーレス・ペロス』99)、マルコ・クロイツパイントナーのTrade07)、クリスチャン・ケラーのグローリア・トレビのビオピックGloria14)では、グロリアのマネジャーに扮した。最後までモイセスと運命を共にするアデラ役のアロンドラ・イダルゴは、本作が長編映画デビュー、テレビドラマに出演している。

 

                    

                  (ケラー監督とマルコ・ぺレス、「Gloria」から)

 

   

(モイセスに助けられながら追跡を逃れるアデラ)

 

   関連記事・管理人覚え

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『或る終焉』 ミシェル・フランコ ②2016年06月18日 16:43

             『父の秘密』を受け継ぐ喪失感と孤独

 

   

                DVDのジャケット)

 

A: メキシコとアメリカと舞台背景はまったく異なりますが、『父の秘密』のテーマを引き継いでいる印象でした。喪失感とか孤独感などは普遍的なものですから受け入れやすいテーマです。

B: なかでこれはメキシコではあり得ない、例えばセクハラ訴訟のことですが、訴訟社会のアメリカだから可能だったと思います。本作は監督の個人的体験から出発しているようですが、終末期医療は映画の入れ物にすぎない。

 

A: 個人的体験を出発点にするのは少なからずどの監督にも言えることですが、特にフランコの場合は第1作からともいえます。本作に入る前に、第4作目 A los ojosに触れますと、製作は2013年と本作より前、モレリア映画祭2013でお披露目している。しかし一般公開は20165月と結果的には反対になりました。これについてはスペイン語版ウィキペディアとIMDbとに異同があり、こういう事例は他にも結構あります。

B: ストーリーも『父の秘密』を撮った後のインタビューで語っていた通りでした。いわゆるドキュメンタリー・ドラマ、メキシコの今が語られています。

A: キャストは、モニカ・デル・カルメンが臓器移植の必要な眼病を患う息子オマールの母親になり、その母子にメキシコ・シティの路上生活者、ストリート・チルドレンのベンハミンを絡ませています。言語はスペイン語なのでいずれご紹介したい。

 

   

       (“A los ojos”の共同監督ビクトリア&ミシェル・フランコ兄妹)

 

B: さて本作『或る終焉』ですが、重いテーマのせいか上映後、椅子から立ち上がるのに一呼吸おく観客が多かった(笑)。サスペンス調で始まる冒頭部分、淡々と進む看護師の日常、そしてフィナーレに予想もしないサプライズが待っていた。

A: プレタイトルの冒頭部分は「おいおいこれじゃパクリだよ」と、思わずマヌエル・マルティン・クエンカの『カニバル』(13)を思い出してしまいました。あちらは車中の男の正体は分からないまま事件が起きる。こちらは車のフロントグラス越しに若い娘を追っている男は直ぐ判明しますが、若い娘が誰かは捨ておかれる。男の目線に導かれてスクリーンに入っていった観客は突然梯子を外される。

B: 続いて男はフェイスブックで「Nadia Wilson」なる若い女性を検索している。若い娘がナディア・ウィルソンらしきことを暗示したまま、これまたスクリーンから姿を消してしまう。ストーカー男か、はたまた雇われ殺人者かと不安にさせたまま観客を宙吊りにする。この娘が再びスクリーンに登場するのは後半に入ってから。そこから次第にダヴィッドの過去が明かされ、本当のドラマが始まっていく。

 

  

     (疎遠だった父親から突然声を掛けられて戸惑う娘ナディア、映画から)

 

A: この冒頭部分が大きな伏線になっています。デヴィッドが元の町に戻ってきたのは、セクハラ訴訟で失職した後ではなく、時おり密かに訪れていたことや、この町で起こったことが彼の喪失感の原点であることを観客は知ることになる。エイズ患者のサラや半身不随になった建築家ジョンまでをフラッシュバックとすることも可能ですが、やはり同時進行が自然でしょう。

B: フランコは『父の秘密』でもフラッシュバックは使用しなかったと思います。

 

            互いに求め合う患者と看護師の共犯関係

 

A: 非常に興味深かったのは、デヴィッドは患者との関係はうまくいくのに、患者以外の身近な人、妻や娘も含めての自身の家族、患者の家族とは距離をおいている。サラの告別式に出席したとき、サラの姪から「叔母のことを聞きたい」と話しかけられても避けてしまう。

B: 避けるというより逃げる印象、彼は病める人としか心を通いあえない一種の患者なのですね。バーで隣り合った見ず知らずの他人とは、嘘と真をないまぜにして、談笑しながら自然体で接することができるのに。

A: 患者が看護師を求めるように看護師も患者を求めている。患者と看護師のあいだに親密な共犯関係が成立している。だからメキシコ版のタイトル“El último pacienteChronicは意味深なのです。 

  

          (見ず知らずの他人と談笑するデヴィッド、映画から)

 

B: 「最後の患者」は誰なのか。スペイン語の冠詞は基本的には英語と同じと考えていいのでしょうが、英語より使用した人の気持が反映されるように感じます。定冠詞「el」か、不定冠詞「un」かで微妙に意味が変化する。

A: 邦題の『或る終焉』については目下のところ沈黙しますが、「或る」が何を指すかです。また原題の“Chronic”はギリシャ語起源の「永続する時間を意味するchronikós」から取られている。悪い状態や病気が「慢性の、または長期に渡る」ときに使用される。

B: 監督インタビューでも、しばしば看護師を襲う「chronic depression慢性的な鬱病」について語っています。

 

A: 『父の秘密』で突然妻に死なれた父親が罹っていたのが、この「慢性的な鬱病」です。テーマを受け継いでいると前述したのも、これが頭にあったから。「秘密」を抱えていたのは父ではなく娘です。映画には現れませんが娘は母の死の原因に何か関係があることが暗示されていた。だから学校でのイジメを父親には知らせずに健気にも耐えたのですね。

B: 両作とも、監督がさり気なく散りばめたメタファーをどう読み取るかで評価も印象も異なってくるはずです。

 

         ドラッグのように頭を空っぽにするジョギング

 

A: デヴィッドは看護師という職業柄、ジムで体を鍛えて健康維持に努めている。しかし、それは表層的な見方であり、その一心不乱の表情からは別のことが読み取れる。

B: スポーツにはドラッグのような陶酔感、辛い現実からの逃避があり、更に達成感も得られるから、人によってはのめり込む。本作でも場面転換で有効に使われていた。

 

A 深い喪失感を癒やすには、ただただ走ること、頭を空っぽにすることで、自分が壊れるのを防いでいる。失職してからは安い給料ではジムに通えなくなったという設定か、監督はデヴィッドに歩道を走らせている。彼は何も考えない、何も彼の目には入らない、ただ一心に走るだけ。このジムから歩道への移行もまた、大きな伏線の一つになっている。

B: 『父の秘密』でも娘が現実逃避からか唯一人、プールでひたすら泳ぐ。光と水の美しいシーンであったが、最後にこれが伏線の一つだったことに観客は驚く。

 

A: デヴィッドの看護の内容は、これといって特別新しい視点はなかったように思える。例えばマーサの自殺幇助に手を貸すストーリー、マーサは癌治療の副作用と転移に生きる意味や価値、根拠を見いだせなくなっていた。合法非合法を含めて既に映画のテーマになっている。

B: ステファヌ・ブリゼの『母の見終い』(12)のほうが、テーマの掘下げがより優れていた。

A: スイスで2005年に認められた医師による安楽死が背景にあるが、こちらも安楽死は道具、愛し合いながらもぶつかり合ってしまう母と息子の和解が真のテーマだった。息子役ヴァンサン・ランドンの演技も忘れがたい。 

        

                    (髪をカットしてもらうマーサ、見守るデヴィッド)

 

B: ポール・トーマス・アンダーソンの群像劇『マグノリア』(99)の自宅看護師フィリップ・シーモア・ホフマンの演技、ミヒャエル・ハネケが連続でパルムドールを受賞した『愛、アムール』(12)の妻を看護する夫ジャン=ルイ・トランティニャンなどを思い起こす人もいたでしょうか。

A: 看護ではないが孤独死を扱った、ウベルト・パゾリーニの『おみおくりの作法』(13)などもありますね。ティム・ロスが6ヶ月ほど看護の仕事を体験して、そこで得た情報や体験が脚本に流れ込んでいるそうですが、本作の終末期医療はやはり入れ物の感が拭えません。

 

             主人公と監督の親密な共犯関係

 

B: 「脚本はティム・ロスとの共同執筆のようなもの」と、監督はティム・ロスに花を持たせています。こんなに親密な主人公と監督の関係は珍しいのではないか。

A: 例年10月下旬に開催されるモレリア映画祭FICMがメキシコ・プレミアでしたが、ロスも栄誉招待を受けて赤絨毯を踏んだ。フランコは「この映画祭にティムを迎えることができたのはとても名誉なことです。彼の監督作品『素肌の涙』を見れば、彼の感性が私たちメキシコの映画とまったく異なっていないことに気づくでしょう」と挨拶した。父と娘の近親相姦、息子の父殺しというタブーに挑戦した映画。

 

B: 1999年に撮った“The War Zone”のことですね。なんとも陳腐としか言いようのない邦題です。彼はこれ1作しか監督していない。

A: 閉ざされた空間で起こる権力闘争の側面をもつアレキサンダー・スチュアートの同名小説の映画化、ベルリン映画祭パノラマ部門CICAE賞、英国インディペンデント映画賞、バジャドリード銀の穂賞、ヨーロッパ映画ディスカバリー賞ほかを受賞した。ロスがこのタブーに挑戦したのには自身が過去に受けた傷に関係があるようです。

 

B: 「どのようにストーリーを物語るかというミシェルのスタイルが重要です。ある一人の看護師の物語ですが、それだけではない。彼の映画の主人公を演じられたことを誇りに思いますが、それがすべてではありません」とロス。

A: ティムがメキシコで監督する可能性をフランコの製作会社「ルシア・フィルム」が模索中とか。ロスの第2作がメキシコで具体化するかもしれません。

B: ロスもモレリア映画祭を通じて2ヶ月近く滞在、多くのメキシコの映画人と接触したようです。 

    

  (左から、モイセス・ソナナ、ロス、監督、ガブリエル・リプステイン、FICM 2015

 

A: 二人の親密ぶりはカンヌ以降、わんさとネットに登場しています。フランコが「舞台はメキシコ・シティ、言語はスペイン語」という最初の脚本にアディオスする決心をしたのは、フランコに「もし看護師を女性から男性へ、場所をアメリカにすることが可能なら、私に看護師を演らせて欲しい」というロスの一言だった。

B: 既に女性看護師役も内々に決まっていたとか。でも国際的大スターに迫られて、夢心地にならない駆出し監督はいませんよ。熟慮のすえ変更を決意した。

 

A: ロス自身もBBCのシリーズTVドラマに出演していたが、「君と一緒に仕事ができるなら素晴らしい。カンヌで『父の秘密』にグランプリを与えたとき私のほうから頼んだのだ」と快諾、こうして舞台をロスアンゼルスにして始まった。監督によると戸外での撮影には安全を期して市当局にパトロールを申請しなくてはいけないのだが、それをしなかった。

B: じゃ、デヴィッドが歩道をジョギングするシーンも無許可だったの?

A: 大袈裟になるし高くつくしで「ティムと私のスタッフはパトロールなしを決意した。勿論、罰金を科されないように慎重に誰にも気づかれないように撮影したのは当然だよ」とフランコ。

 

B: 審査委員長だったコーエン兄弟が本作に脚本賞を与えたのは見事なフィナーレのせいだったとか。受賞を意外だと評する向きもありましたが。

A: 誰が受賞しても文句が出るのが映画祭。審査員は批評家でないから、どうしても両者の評価には隔たりが出る。2015年のパルムドール、ジャック・オディアールの『ディーパンの闘い』のフィナーレなんかに比べれば、数段良かったですよ。

B: あれは蛇足でした、でもブーイングするほど悪くなかったです。『キャロル』ファンはおさまらなかったでしょうが。トッド・ヘインズ監督も先にルーニー・マーラが女優賞に呼ばれた時点で、さぞかしがっかりしたことでしょう。

A: それも人生、これも人生です。


『或る終焉』ミシェル・フランコ*患者と共に死に向き合う ①2016年06月15日 17:30

癒やされない喪失感と孤独、そして愛についての物語

    

ミシェル・フランコ『或る終焉』という邦題で公開中のChronicは、カンヌ映画祭2015の脚本賞受賞作品、当時、本作の受賞を予想した人はそう多くはなかったでしょう。そうそうパルムドールがブーイングという年でしたね。デビュー作Daniel & Ana09)がカンヌ映画祭と併行して開催される「監督週間」、第2『父の秘密』12Después de Lucía”)がカンヌ映画祭「ある視点」のグランプリ、そして本作がコンペティション部門の脚本賞と順調に11段、階段を上っている。カンヌ以降、多数の国際映画祭に招待されたが、受賞はカルタヘナ映画祭2015での「Gemas賞」1個にとどまった。当ブログで第3作目としてご紹介したA los ojos2013、“In Your Eyes”、妹ビクトリアと共同監督)は、第11回モレリア映画祭2013で上映されていますが、公開は順序が逆になり今年520日にメキシコで限定上映されました。

 

医学の進歩とともに終末医療は、以前とは比較にならないほど引き伸ばされ、死が生の一部であることを感じさせるようになりました。時には自分の最期を自ら選ばなくてはならなくなってもいる。それにつれて別の世界に入ろうとしている人の命と向き合いながら自宅でケアし、最後には看取るという孤独な新しい職業が成立した。細心の注意をはらって患者の恐怖心を和らげることが求められる厳しい職業です。終末医療の看護師とは、医療技術は勿論のこと、忍耐と心の平静、冷静な判断が求められる。以前当ブログで、「『父の秘密』同様、フィナーレに衝撃が待っている」と書きましたが、確かに見事な幕切れが待っていました。ネタバレさせずに書くのは容易ではありません。 

 

 (20155月、カンヌ入りした監督以下主な出演者、左からサラ・サザーランド、監督、

  ティム・ロス、ロビン・バートレット、ナイレア・ノルビンド。

  他に製作者のガブリエル・リプステイン、モイセス・ソナナなども参加した

 

 

『或る終焉』 (原題“Chronic”) 2015

製作:Stromboli Films / Vamonos Films

監督・脚本・編集()・製作() :ミシェル・フランコ、

撮影:イヴ・カープ

編集():フリオ・ペレス4

衣装デザイン:ディアス

プロダクション・デザイン:マット・ルエム

音響デザイン:フランク・ガエタ

製作者:ガブリエル・リプスティン、モイセス・ソナナ、ジーナ・クォン、製作総指揮ティム・ロス、ベルナルド・ゴメス、フェルナンド・ペレス・カビラン、エミリオ・アスカラガ・ヘアン

データ:製作国メキシコ=フランス、言語英語、93分、撮影地ロスアンゼルス、メキシコ公開201648日(メキシコ・タイトル“El último pacienteChronic”)

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2015脚本賞、カルタヘナ映画祭2015Gemas賞」受賞。メルボルン、サラエボ、サンセバスチャン(ホライズンズ・ラティノ部門)、ヘルシンキ、釜山、バンクーバー、ロンドン、シカゴ、テッサロニキなど国際映画祭で上映、メキシコでは例年10月下旬に開催されるモレリア映画祭で上映された。

 

キャスト:ティム・ロス(介護師デヴィッド)、ロビン・バートレット(マーサ)、マイケル・クリストファー(ジョン)、レイチェル・ピックアップ(サラ)、サラ・サザーランド(デヴィッドの娘ナディア)、ナイレア・ノルビンド(デヴィッドの元妻ローラ)、ビッツィー・トゥロック(ジョンの娘リディア)、デヴィッド・ダストマルチャン(レナード)、メアリーベス・モンロー(サラの姪)、カリ・コールマン(サラの妹)、ジョー・サントス、他

 

解説:終末期の患者をケアする看護師デヴィッドの物語。息子ダンの死をきっかけに妻とは別れ、別の土地で看護師の仕事をしている。サラを見送ったあと受け持ったジョンとの信頼関係は築かれていたが、家族から思いもかけないセクハラ告訴をえて失職する。長く疎遠だった妻と娘が暮らす町に戻ったデヴィッドは、医学を学ぶ娘ナディアと一度は再婚したが今は一人の元妻ローラと、共に悲しみを共有した家族が再会する。やがて新しい患者マーサと出会うが、彼はある難しい決断を求められる。終末期の患者とその家族との関係性が淡々と語られるが、それがテーマではない。ドラマの背後で進行するデヴィッドの深い喪失感と孤独からくる長く深くつづく憂鬱が真のテーマであろう。                               (文責:管理人)

 

   

      (メキシコのタイトル“El último pacienteChronic”のポスター)

 

監督紹介ミシェル・フランコ Michel Franco1979年メキシコ・シティ生れ、監督、脚本家、製作者。イベロアメリカ大学でコミュニケーションを専攻、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥのスタッフとして仕事をした後、ニューヨークの映画アカデミーで監督・演出を学ぶ。短編、TVコマーシャル、音楽ビデオの制作、ルシア・フィルムを設立した。 

 

 *主なフィルモグラフィー*(最近の短編は除く)

2001Cuando seas GURANDE

2003Entre dos”短編 ウエスカ映画祭グランプリ、ドレスデン映画祭短編賞受賞

2009Daniel & Ana 監督、脚本、製作 長編デビュー作

  カンヌ映画祭2009監督週間正式出品、サンセバスチャン、シカゴほか国際映画祭で上映、フランス、メキシコ、米国ほかで公開

2012 Después de Lucía”『父の秘密』監督、脚本、製作、編集

  カンヌ映画祭2012「ある視点」グランプリ、シカゴ映画祭審査員特別賞、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ作品賞、ハバナ映画祭監督賞

作品紹介ほか関連記事は、コチラ⇒20131120

2013A los ojos”ビクトリア・フランコとの共同監督、脚本、製作、編集

  第11回モレリア映画祭2013上映、公開は20165月限定上映

2015Chronic”『或る終焉』省略

2015Desde allá”製作 (監督ロレンソ・ビガス、製作国ベネズエラ==メキシコ)

ベネチア映画祭2015金獅子賞受賞作品

作品紹介ほか関連記事は、コチラ⇒201588日、921日、108

2015600 millas”製作 (監督ガブリエル・リプスティン、製作国メキシコ)

  ベルリン映画祭2016パノラマ部門初監督作品賞、アリエル賞2016初監督作品賞受賞作品

作品紹介ほか関連記事は、コチラ⇒201661

 

2001年の“Cuando seas GURANDE ”は短編ではなく、「汚職撲滅運動」のキャンペーンの一環として製作された映画の一部を監督したもののようで、メキシコの500館で上映された(スペイン語版ウィキペディア)。

 

  

   (フランコ兄妹に挟まれたモニカ・デル・カルメン、“A los ojos”のプレス会見から)


グアダラハラ映画祭2016*ロベルト・スネイデルの新作2016年03月22日 13:37

        『命を燃やして』の監督作品“Me estás matando, Susana

 

グアダラハラ映画祭2016に出品されたコメディMe estás matando, Susana、次のゴールデン・グローブ賞の候補になったので前回ほんの少しだけ記事にいたしました。ロベルト・スネイデル監督は当ブログ初登場ですが、アンヘレス・マストレッタのベストセラー小説の映画化Arráncame la vidaがラテンビート2009『命を燃やして』2008)の邦題で上映された折り来日しています。新作は約30年前に刊行されたホセ・アグスティンの小説Ciudades desiertas1982)に触発され、タイトルを変更して製作された。ランダムハウス社が映画公開に合わせて再刊しようとしていることについて、「タイトルを変えたのに、どうしてなのか分からない。出版社がどういう形態で出すか決まっていない」とスネイデル監督。製作発表時の2013年には原題のままでしたので、混乱することなく相乗作用を発揮できるのではないか。原作者にしてみれば大いに歓迎したいことでもある。刊行当時から映画化したかったが、他の製作会社が権利を持っていてできなかった。「そこが手放したので今回可能になった」とグアダラハラFFで語っている。 

    

       

            (Me estás matando, Susana”のポスター)

 

     Me estás matando, Susana2016(“Deserted Cities”)

製作:Cuévano Films / La Banda Films

監督・脚本・製作:ロベルト・スネイデル

脚本(共同):ルイス・カマラ、原作:ホセ・アグスティン“Ciudades desiertas

音楽:ビクトル・エルナンデス

撮影:アントニオ・カルバチェ

編集:アレスカ・フェレーロ

製作者:エリザベス・ハルビス、ダビ・フィリップ・メディナ

データ:メキシコ=スペイン=ブラジル=カナダ合作、スペイン語、2016年、102分、ブラック・コメディ、ジェンダー、マチスモ、フェミニズム。グアダラハラ映画祭2016コンペティション正式出品、公開メキシコ201655

 

キャスト:ガエル・ガルシア・ベルナル(エリヒオ)、ベロニカ・エチェギ(スサナ)、Jadyn・ウォン(アルタグラシア)、ダニエル・ヒメネス・カチョ(編集者)、イルセ・サラス(アンドレア)、アシュリー・ヒンショウ(イレーネ)、アンドレス・アルメイダ(アドリアン)、アダム・Hurtig 他

 

解説:カリスマ的な俳優エリヒオと前途有望な作家スサナは夫婦の危機を迎えていた。ある朝のこと、エリヒオが目覚めると妻のスサナが忽然と消えていた。スサナは自由に執筆できる時間が欲しかったし、夫との関係をこれ以上続けることにも疑問を感じ始めていた。一方、自分が捨てられたことを知ったマッチョなエリヒオは、妻が奨学金を貰って米国アイオワ州の町で若い作家向けのプログラムに参加していることを突き止めた。やがてエリヒオも人生の愛を回復させようとグリンゴの国を目指して北に出発する。

 

ロベルト・スネイデルのキャリアとフィルモグラフィー

ロベルト・スネイデルRobberto Sneider1962年メキシコ・シティ生れ、監督、製作者、脚本家。フロリダの大学進学予備校で学んだ後のち帰国、イベロアメリカ大学でコミュニケーション科学を専攻、後アメリカン・フィルム・インスティテュートで学ぶ。1980年代は主にドキュメンタリーを撮っていた。21年前の1995年、Dos crimenesで長編映画デビュー、メキシコのアカデミー賞アリエル賞新人監督賞を受賞した。ホルヘ・イバルグェンゴイティアの同名小説の映画化、ダミアン・アルカサル主演、ホセ・カルロス・ルイス、ペドロ・アルメンダリス、ドロレス・エレンディアなどが共演した話題作。第2作目Arrancame la vida08『命を燃やして』)、第3作目が本作である。

 

 

      (ロベルト・スネイデル監督)

 

20年間に3本という寡作な監督だが、1999年に製作会社「La Banda Films」を設立、プロデューサーの仕事は多数。日本でも公開されたジュリー・テイモアの『フリーダ』02、英語)の製作を手がけている。製作者を兼ねたサルマ・ハエックの執念が実ったフリーダだった。画家リベラにアルフレッド・モリーナ、メキシコに亡命していたトロツキーにジェフリー・ラッシュ、画家シケイロスにアントニオ・バンデラスが扮するなどの豪華版だった。

 

       

             (サルマ・ハエックの『フリーダ』から)

 

         マッチョな男の「感情教育」メキシコ編

 

ホセ・アグスティンの原作を「メキシコで女性の社会的自由を称揚したアンチマチスモの最初の小説」と評したのは、スペイン語圏でもっとも権威のある文学賞の一つセルバンテス賞受賞者のエレナ・ポニアトウスカだった。原作の主人公はスサナだったが、映画では焦点をエリヒオに変えている。スネイデルはエリヒオの人格も小説より少し軽めにしたと語っている。何しろ30年以上前の小説だからメキシコも米国も状況の変化が著しい。合法的にしろ不法にしろメキシコ人の米国移住は増え続けているし、男と女の関係も変化している。原作者もそのことをよく理解していて、「映画化を許可したら、どのように料理されてもクレームは付けない。小説と映画は別の芸術だから」、「既に監督と一緒に鑑賞したが、とても満足している。メキシコ・シティで公開されたら映画館で観たい」とも語っている。

 

 

                 (原作のポスター)

 

★ボヘミアンのマッチョなメキシコ男性に扮したガエル・ガルシア・ベルナル、メキシコでの長編劇映画の撮影は、なんと2008年のカルロス・キュアロンの『ルドandクルシ』(監督)以来とか。確かに英語映画が多いし、当ブログ紹介の『NO』(パブロ・ラライン)はチリ映画、『ザ・タイガー救世主伝説』(“Ardor”パブロ・ヘンドリック)はアルゼンチン映画、ミシオネス州の熱帯雨林が撮影地だった。堪能な英語のほかフランス語、ポルトガル語もまあまあできるから海外からのオファーが多くなるのも当然です。米国のTVコメディ・シリーズMozart in the Jungle”出演でゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞したばかりです。スネイデル監督は、「私だけでなく他の監督も語っていることだが、ガエルの上手さには驚いている。単に求められたことを満たすだけでは満足せず、役柄を可能な限り深く掘り下げている」と感心している。物語の中心をエリヒオに変えた一因かもしれない。どうやらマッチョなメキシコ男の「感情教育」が語られるようです。

 

★スサナ役のベロニカ・エチェギ:日本ではガエルほどメジャーでないのでご紹介すると、1983年マドリード生れ。日本公開作品はスペインを舞台に繰り広げられるアメリカ映画『シャドー・チェイサー』(2012)だけでしょうか。スペイン語映画ではビガス・ルナの『女が男を捨てるとき』(06Yo soy la Juani”)、アントニオ・エルナンデス『誰かが見ている』(07El menor de los males”)、エドゥアルド・チャペロ=ジャクソン『アナザーワールド VERVO』(11Verbo”)などがDVD発売になっています。Yo soy la Juaniでゴヤ賞新人女優賞の候補になって一躍注目を集めた。今は亡きビガス・ルナに可愛がられた女優の一人です。邦題を『女が男を捨てるとき』と刺激的にしたのは、如何にも売らんかな主義です。イシアル・ボリャインのKatmandú, un espejo en el cielo12)でゴヤ賞主演女優賞にノミネートされた。実話を映画化したもので、カトマンズで行われた撮影は過酷なもので、実際怪我もしたと語っている。きちんと自己主張できるスサナのような役柄にはぴったりかもしれない。

 

     

       (ベロニカ・エチェギとガエル・ガルシア・ベルナル、映画から)

 

★このようなロマンチック・コメディで重要なのは脇役陣、メキシコを代表する大物役者ダニエル・ヒメネス・カチョを筆頭に、イルセ・サラス(アロンソ・ルイスパラシオスの『グエロス』)、アシュリー・ヒンショウSF映画『クロニクル』)、カナダのホラー映画『デバッグ』出演のJadyn・ウォンなど国際色も豊かである。かなり先の話になりますが、例年10月開催のラテンビートを期待したいところです。

  

『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』*東京国際映画祭2015 ④2015年11月03日 16:46

 

★ロドリゴ・プラ監督とサンディノ・サラビア・ビナイ(プロデューサー)氏を迎えてのQ&Aがあり、個人的に来日を期待していたプラ夫人ラウラ・サントゥリョさんの登壇はありませんでした。本作は夫人の同名小説の映画化(2013Estuario社刊)今回も脚本を担当しています。監督のデビュー作以来、二人三脚で映画作りをしています。既に「ベネチア映画祭2015」で作品紹介をしておりますが、まだデータが揃っておりませんでした。今回監督のQ&Aを交えて改めて再構成いたしました。上映は3回あり最終日の1030日に鑑賞、Q&A司会者はコンペのプログラミング・ディレクター矢田部吉彦氏。部分的にネタバレしております。(写真下は小説の表紙)

 


    『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』原題Un monstruo de mil cabezas

製作:Buenaventura

監督・プロデューサー:ロドリゴ・プラ

脚本・原作:ラウラ・サントゥリョ

撮影:オデイ・サバレタ(初長編)

音楽:レオナルド・ヘイブルム(『マリアの選択』)、ハコボ・リエベルマン(“Desierto   adentro”)

音響:アクセル・ムニョス、アレハンドロ・デ・イカサ

美術:バルバラ・エンリケス、アレハンドロ・ガルシア

衣装:マレナ・デ・ラ・リバ

編集:ミゲル・シュアードフィンガー

プロデューサー(共同):アナ・エルナンデス、サンディノ・サラビア・ビナイ

データ:製作国メキシコ、スペイン語、2015、サスペンス、75分、アジアン・プレミア、撮影地メキシコ・シティー、公開:フランス2016316日、メキシコは未定

*ベネチア映画祭2015「オリゾンティ」正式出品、モレリア映画祭メキシコ映画部門、その他ロンドン、ワルシャワ、ハンプトン(USAバージニア州)各映画祭に正式出品

 

キャストハナ・ラルイ(ソニア・ボネ)、セバスティアン・アギーレ・ボエダ(息子ダリオ)、エミリオ・エチェバリア(CEOサンドバル)、ウーゴ・アルボレス(ビジャルバ医師)、ダニエル・ヒメネス・カチョ、マルコ・アントニオ・アギーレ、ベロニカ・ファルコン(ロレナ・モルガン)、ハロルド・トーレス、マリソル・センテノ 

 

プロット:癌でむしばまれた夫を自宅介護する妻ソニアの物語。夫婦は医療保険に加入しているが、保険会社の怠慢やシステムの不備や腐敗で正当な治療を受けられない。怒りと絶望におちいったソニアは、ある強硬手段に訴える決断をする。息子ダリオと一緒に保険会社を訪れたソニアは、無責任と不正義、汚職の蔓延に振り回され、事態はあらぬ方向へと転がりだしていく。ソニアは夫を救えるか、本当の目的は果たして何だったのか、前作『マリアの選択』のテーマを追及するスピード感あふれる社会派サスペンス。

 

     不正がまかり通ると何が起こるかについての教科書

 

A: 何が起こるかというと、怒りが爆発して人間は猪突猛進するというお話しです。イエロー・カードでは済まされないソニアの憤激は頂点に達する。

B: 日本のような公的医療保険のないメキシコでは、ソニアの家族のようなミドル階級は私的な医療保険に加入している。映画でも夫婦は15年以上支払っているという設定になっていた。

A: 然るにいざ病気になっても医療費は下りない。いろいろ難癖をつけて支払いを拒絶する。日本のように国民皆保険の国では少し分かりづらいかもしれない。先述したように本作はラウラ・サントゥリョの同名小説の映画化、彼女によると複数の友人たちから医療費を請求しても支払いを拒絶され、担当医師とも悶着がおこるという話を聞いた。試しにネットで検索したら文句を書きこんでいる人がゾロゾロ出てきた。それでこれは小説になる。

 


B: ソニアの家族のような保険金不払いが実際起こっていたのですね。Q&Aでも監督が「メキシコではこういう事件が起こってもおかしくない」とコメントしていた。

A: 勿論、ソニアのような行動に出た人が実在したわけではありませんよ()。保険加入者は支払っている間は大切なお客さんだが、病人になったら厄介者でしかない。保険会社は営利団体だから利益を上げなければならない、公的医療の不備を補う人権団体ではないというわけです。

 

B: 医師も平気でカルテに嘘の記述をする。そうすれば見返りの礼金が舞い込むシステムになっている。人権とか倫理とかの意識はなく、贅沢三昧の生活を選択する。映画を見ればだいたい想像できますが、タイトルについての質問がありました。

A: ソニアが盥回しになるのは、会社の無責任体制、命令系統が縦割りでCEOにさえ決定権がない。脳みその足りない頭が千もあるモンスターということからついた。組織の安全弁として誰も責任をとらないで済むようにしているわけです。黒幕の顔は見えない、保険会社のCEOでさえ将棋の駒なんです。

B: サンドバルは最高責任者だと思っていたのに自分のサインだけじゃドキュメントが有効にならないのに呆れていた。凄いブラックユーモア、これはシリアス・コメディでもあるね。

 

      実は観客が見ているシーンのメインはフラッシュバック

 

A: 一番感心したのは映画の構成、途中から観客が見ているというか見せられているシーンが過去の出来事と分かる仕掛けをしている。刻一刻と近づいてくる夫の死をなんとか押し止めようと強硬手段に打って出たと思っていたのに、裁判シーンでの<影の声>が聞こえてきて「これはフラッシュバックじゃないか」と初めて気が付く。

B: 時系列に事件を追っていると思っていたのに、現在点はあくまで目下進行中のソニアの裁判だと分かってくる。

A: 短い<影の声>の証言が挿入されると、それにそってスクリーンに事件の推移が映し出される。見なれたフラッシュバックはこれと反対ですものね。

B: ラストに法廷シーンが映しだされる。やっと現在に戻ってきたと思いきや、2分割4分割されてどうもおかしい。開廷が宣言され被告人ソニアが入ってくるはずが別の女性が入ってくる。このシーンは実際に行われた本当の裁判を特別の許可を得て撮影したと明かしていました。最後の最後まで観客を翻弄して監督は楽しんでいたのでした()

 

A: 監督は結構お茶目だと分かった。今回のQ&Aの質問者は映画をよく見ていた人が多く、監督から面白い話を引き出していた。他にも笑える仕掛けがしてあって、保険会社の重役宅で息子がテレビでサッカー中継を見ている。解説者が「レフリーが公平じゃない、あれは賄賂を貰っているからだ」と憤然とする。

B: 映画の内容とリンクさせて、不正は何も保険会社に限ったことじゃない。スポーツ界も、政治家も、警察官も、製薬会社もみんな汚職まみれ、グルになって国民を苦しめているというわけです。

A: メキシコに限りませんけど、これはホントのこと。人を地位や見掛けで簡単に信用しちゃいけないというメッセージです()。ラストでまたサッカー中継の<影の声> が「ゴール!」と言うがこれも八百長ゴールというおまけ付き、次回作はコメディを撮って欲しい。

 

      ソニアの本当の目的は夫を救うことだったのか

 

B: 脅しで携帯したはずのピストルだが、一発火を噴いたところから歯止めが効かなくなっていく。最初は冷静だったソニアも自分の本当の目的が何だった分からなくなっていく。

A: 義理の姉から夫が急死したことを知らされても暴力の連鎖は止まらない。なんとか踏みとどまるのは、自分がダリオたちの母親だということです。ダリオは既に父親を諦めているが、母親に付き添うのは只ならぬ気配の母親まで失いたくないからです。

 

B: 高校3年生という設定、もう子供じゃないが大人でもない微妙な年齢にした。狂気に陥った母親をはらはらしながら健気に守っていく役割た。

A: 怒りが大きいとアドレナリンがどくどく出て交感神経を刺激、分別が効かなくなる。大脳は不正を許さない。夫を救うことができなかった怒りは、さらに増幅して社会的不正義の糾弾に向かう。破れかぶれは自然なことだと思いますね。

 

B: ソニアにどんな刑が言い渡されるか、または無罪かは観客に委ねられる。

A: 観客が見ているフラッシュバックは裁判中の証言にそっているから、本当はどうだったかは闇です。人間の記憶は時とともに薄れ脚色もされて変貌するから真実は曖昧模糊となる。時々映像がぼやけるのはそれを意図しているのではないか。

B: この映画のテーマの一つは記憶の不確かさ、仮りに真実があるとしても、それは<藪の中>です。

 

       ヒロインを支えた贅沢な脇役陣

 

B: カタログの紹介記事に、前作より「アート映画としてもエンタメ映画としても通用する作品に進化している」とありました。

A: 前作というのは『マリアの選択』のことで、監督夫妻の故郷ウルグアイのモンテビデオが舞台だった。メキシコに戻って撮った本作は4作目にあたる。以前海外勢は3作目あたりまでがコンペの対象作品だったが、最近はそうでもなくなった。プラ監督も中堅クラス入り、キャストも脇は豪華版です。

 

B: デビュー作“La zona”の主役ダニエル・ヒメネス・カチョも保険会社の役員として出演している。ソニアに脚を打たれて悲鳴を上げていた。まさか彼のふりチン姿を見せられるとは思いませんでした()

A: ブラック・ユーモアがところどころにちりばめられたフィルム・ノワールだ。彼はメキシコのベテラン俳優としては一番知られているのではないか。マドリード生れのせいかアルモドバルの『バッド・エデュケーション』、パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』などスペイン映画出演も多い。それこそ聖人から悪魔までオーケーのカメレオン俳優、アリエル賞のコレクター(5個)でもある。

 

B: 発砲を目撃したもう一人のふりチンが逃げ込んだ先は、女の子たちが水泳の授業を受けているプールサイドだった()。次に知名度がある俳優はサンドバル役のエミリオ・エチェバリア、アレハンドロ・G・イニャリトゥのあまりにも有名な『アモーレス・ペロス』第3話の主人公エル・チボになった。

A: TIFF2000の東京グランプリ受賞作品、当時の最高賞です。監督と一緒に来日している。同監督の『バベル』やアルフォンソ・キュアロンの『天国の口、終りの楽園』ではディエゴ・ルナの父親に扮した。ヒメネス・カチョもナレーターとして出演していた。ほかに未公開作品だがデンマーク出身のヘニング・カールセンがガルシア・マルケスの『わが悲しき娼婦たちの思い出』を映画化、そこでは語り手のエル・サビオに扮した。

 

B: ビジャルバ医師役のウーゴ・アルボレスほかの俳優は、メキシコのTVドラ・シリーズで活躍している人で占められている。

A: ソニア役のハナ・ラルイ(カタログはジャナ、スペイン語読みにした)は、1998TVドラの脇役でデビュー、主にシリーズ物のTVドラに出演している。映画の主役は本作が初めてのようです。すごい形相のクローズアップが多かったが、かなりの美人です。

 


              (ハナ・ラルイ、カンヌ映画祭にて)

 

B: 来日した製作者のサンディノ・サラビア・ビナイの謙虚さと若さに驚きました。

A: カンヌにも参加、プラ夫人や撮影監督のオデイ・サバレタの姿もあった。音楽監督のレオナルド・ヘイブルムは、『マリアの選択』以外にマルシア・タンブッチ・アジェンデの『アジェンデ』(ラテンビート2015)やディエゴ・ケマダ≂ディエスの『金の鳥籠』などを手掛けたベテラン。

B: 無駄を省いた75分、映画も小説も足し算より引き算が成功の秘訣。どこかが配給してくれたら、もう一度見たいリストに入れときます。

 


   (左から、オデイ・サバレタ、ハナ・ラルイ、プラ監督、ラウラ・サントゥリョ、

サンディノ・サラビア・ビナイ、カンヌ映画祭にて)

 

 

監督キャリア& フィルモグラフィー

ロドリゴ・プラRodrigo Plá1968年、ウルグアイのモンテビデオ生れ、監督、脚本家、プロデューサー。「エスクエラ・アクティバ・デ・フォトグラフィア・イ・ビデオ」で学ぶ。後Centro de Capacitacion CinematograficaCCC)で脚本と演出を専攻。ウルグアイ出身の作家、脚本家のラウラ・サントゥリョと結婚。デビュー作より二人三脚で映画作りをしている。

 


1996Novia mía短編、第3回メキシコの映画学校の国際映画祭に出品、メキシコ部門の短編賞を受賞、フランスのビアリッツ映画祭ラテンアメリカ部門などにも出品された。

2001El ojo en la nuca”短編、グアダラハラ映画祭メキシコ短編部門で特別メンションを受ける。ハバナ映画祭、チリのバルディビア映画祭で受賞の他、スペインのウエスカ映画祭、サンパウロ映画祭などにも出品された。

2007La zona”監督、脚本、製作、ベネチア映画祭2007で「ルイジ・デ・ラウレンティス賞」、「平和のための映画賞」、「ローマ市賞」の3賞を受賞、トロント映画祭で審査員賞、マイアミ、サンフランシスコ両映画祭2008で観客賞受賞

2008Desierto adentro”監督、脚本、製作、グアダラハラ映画祭2008で観客賞ほか受賞、

アリエル賞2009で脚本賞受賞

2010Revolución”(10名の監督による「メキシコ革命100周年記念」作品)『レボリューション』の邦題でラテンビート2010で上映

2012La demora 『マリアの選択』の邦題でラテンビート2012で上映、ベルリン映画祭2012「フォーラム」部門でエキュメニカル審査員賞受賞、アリエル監督賞、ハバナ映画祭監督賞、ウルグアイの映画批評家連盟の作品賞以下を独占した。

2015Un monstruo de mil cabezas”割愛。

 

 

ロドリーゴ・プラの新作はサスペンス*東京国際映画祭2015 ①2015年10月04日 17:23

          スペイン語映画が3作上映されます

 

★東京国際映画祭TIFFの大枠がはっきりしてきました。見落としがなければスペイン語映画は、コンペティションにロドリーゴ・プラの『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』、ワールド・フォーカスにホセ・ルイス・ゲリンの『ミューズ・アカデミー』と、ラテンビート共催上映のセサル・アウグスト・アセベドの『土と影』の合計3作がアナウンスされました。

 

★コンペ上映の『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』メキシコ)は、ベネチア映画祭2015でご紹介したUn monstruo de mil cabezasの英題をそのまま仮名で表記したものです。作品解説によると「~平凡な主婦が絶望的な行動に走る様を、抜群のテクニックで描くノンストップサスペンス」と紹介されています。また「~前作『The Delay』において~」とあるのは、La demoraの英題、「ラテンビート2012」で『マリアの選択』の邦題で上映された映画です。生れ故郷ウルグアイに戻って製作、主人公マリアに扮したロクサナ・ブランコが高い評価を受けた映画でした。監督と脚本家のラウラ・サントゥリョは夫婦で共にウルグアイ出身です。新作はメキシコに戻って撮ったメキシコ映画、既にスタッフ、キャスト、監督キャリア&フィルモグラフィーなどトレビアを含めてご紹介しています。

Un monstruo de mil cabezasの記事は、コチラ⇒2015810

  


セサル・アウグスト・アセベドの『土と影』については、ラテンビート2015、またはカンヌ映画祭2015に、スタッフ、キャスト、監督キャリア&フィルモグラフィーなどトレビアを含めてご紹介済みです。ラテンビートは1011日(日)21001回だけの上映です。遅い時間帯だけに帰宅の足が心配な方は、是非TIFFで。

カンヌ映画祭2015の記事は、コチラ⇒201551 9


8月の暑い盛りに開催されるスイスのロカルノ映画祭の話題作、ホセ・ルイス・ゲリンの久々の新作『ミューズ・アカデミー』については、次回アップいたします。TIFFの公式サイトに「ドキュメンタリー」とありましたが、さて、これはドキュメンタリーでしょうか。


                (ホセ・ルイス・ゲリン監督)