アルモドバルのカンヌ*カンヌ映画祭2017 ⑪2017年06月01日 18:18

          「民主的で友好的だった審査員」とアルモドバル

 

★パルム・ドールにスウェーデンのリューベン・オストルンド「スクエア」を選んだカンヌ映画祭も終了、同時に審査委員長という重責を負ったペドロ・アルモドバルのカンヌも終わりました。彼自身はフランスのロバン・カンピヨの第3作目120ビーツ・パー・ミニット」(グランプリ、国際批評家連盟賞、他)に票を入れたが、「民主的な方法で」審査員たちが選んだのは「スクエア」だった。「自分は9分の1でしかない」とプレス会見で語っていた。投票権は11票だったということです。委員長を含めて審査員はパオロ・ソレンティーノ、マーレン・アデ、ジェシカ・チャステイン、ウイル・スミス、ファン・ビンピン、アニエス・ジャウイ、パク・チャヌク、ガブリエル・ヤレドの9人でした。映画の「最初から最後まで英雄たちに感動した。翌日の各紙もパルマ・ドールを予想していたが、審査員が選んだのは・・・」違ったということです。

 

   

(パルム・ドールのリューベン・オストルンド

 

  

                     (120ビーツ・パー・ミニット」のポスター)

 

★審査員は「映画に対する見解はそれぞれ異なっていたが、友好的で、互いに敬意を払って審査に臨んだ」というわけで、血しぶきは上がらなかったらしい。そうはいっても個人的にはカンピヨにやりたかったようです。「私のようなLGTBの人も、そうでない人も関係なく、カンピヨは多くの人命を救った本物の英雄たちの物語を語ってくれた」・・・「多くの観客がカンピヨの映画を気に入ってくれると思うし、あらゆる場所で成功することを確信している」とも。下の字幕入り写真は、このときの発言部分、プレス会見の前半は英語、後半はスペイン語で、前半部分はスペイン語字幕入りだった。後方の女性は英語があまり得意でない監督のための助け舟的通訳者のようです。

レズビアン、ゲイ、性転換者、バイセクシアルの頭文字。

 

       

            (授賞式後のプレス会見に臨むアルモドバル)

 

★既に内容紹介の記事が出回っておりますが、まだエイズが治療薬が分からない未知の病気だった1990年代初めのパリが舞台、対エイズの活動家グループ「アクト・アップ」の活動を追った群集劇。握手だけで感染するという噂がまことしやかに流れ、世界を恐怖に陥れた時代でした。ロバン・カンピヨ監督は、ローラン・カンテのパルム・ドール受賞作『パリ20区、僕たちのクラス』08)の脚本家としてカンヌに登場しているが、監督としては第3作目となる本作が初めて。作りが『パリ20区~』に似ている印象を受けます。デビュー作「Les revenants」(04)はフランス映画祭2006で上映後、『奇跡の朝』の邦題で公開、第2作「Eastern Boys」(13)は、『イースタン・ボーイズ』の邦題でアンスティチュ・フランセ東京映画祭で上映された。

 

    

          (グランプリ受賞で登壇したロバン・カンピヨ)

 

★第4回イベロアメリカ・プラチナ賞のノミネーション発表が昨日31日(水)にありました。もうそんな季節かと暗澹たる思いです。時間は恐ろしい。2017年は722日、マドリードで開催されます。


ミシェル・フランコ「ある視点」の審査員賞*カンヌ映画祭2017 ⑩2017年05月30日 16:47

            グランプリはイランのモハマド・ラスロフの「LerdDregs)」に

 

27日、本体より一足先に「ある視点」の受賞結果が発表になりました。大賞のグランプリにはイランのモハマド・ラスロフLerdDregs)」が選ばれました。モハマド・ラスロフはジャファル・パナヒの助監督をしていた2010年、パナピの自宅で一緒にいるところを反体制分子として逮捕された(禁固刑5年)。保釈中に極秘裏に撮った「Good Bay」が「ある視点」部門で監督賞を受賞したが出国できなかった。第12回東京フィルメックスに正式出品され、『グッドバイ』の邦題で上映されたのでした。2013年にも同部門に「Manuscripts Don't Burn」がノミネーション、国際批評家連盟賞を受賞するなどカンヌの常連さん、今回が三度目の正直、初のグランプリ受賞となりました。今回は刑期も明けて授賞式には出席できたようです。イランはレベルが高く受賞となれば公開もアリでしょうか。

 

      

         (モハマド・ラスロフ監督を真ん中に出演の俳優たち)       

 

       「カンヌでの高評価は、メキシコ映画にとって励みになります」

 

ミシェル・フランコの近況をアップしたばかりですが、新作Las hijas de Abril審査員賞を受賞しました。最近の5年間で3回受賞は異例なこと、管理人も予想しておりませんでした。これはグランプリに次ぐ重要な賞だと思いますが、サンティアゴ・ミトレLa cordilleraと、セシリア・アタン&バレリア・ピバトのデビュー作La novia del desiertoが賞に絡めなかったことに深く落胆したのか、アルゼンチンの有力紙「クラリン」のレポーター氏は「小さな賞」と、悔しさをにじませおりました。発表後も「La novia del desierto」は「カメラ・ドール対象作品、まだ希望はある」と一縷の望みをつないでおりましたが(カメラ・ドールの審査委員長はフランスのサンドリーヌ・キベルラン)、こちらもフランスの監督に渡りました。監督以下、リカルド・ダリン、ドロレス・フォンシエリカ・リバスパウリナ・ガルシアと錚々たるメンバーで臨んだカンヌだっただけに手ぶらの帰国はちょっと辛いかもしれない。

  

     

 

 (ミシェル・フランコと製作者のロレンソ・ビガス

 

  

(ミトレ監督、エリカ・リバス、リカルド・ダリン、ドロレス・フォンシ、524日)

 

★「カンヌでいつも良い評価をいただけるのは、メキシコ映画にとって大きな励みになります」と受賞スピーチ、「これからも前進あるのみ」と締めくくりました。記者会見ではエンマ・スアレスが演じた「アブリルの役柄は不安にさせる反面、感情移入もしやすく、エモーションを大いに引き起こす」と語っていました。メキシコ映画といえば、麻薬密売に絡む暴力や口当たりのよいコメディが目立つが、それとは違うメキシコを描きたかったようです。アブリルの人格は、勇気があって他人への救いや思いやりがあるというのとはかけ離れている。エンマ・スアレスも『ジュリエッタ』の演技を超えたいと考えていたらしく、監督は「完成度が高く成功している」と起用が正解だったことに満足している。経済的に自立していない若い女性の妊娠は、メキシコというか他のラテンアメリカ社会の病根の一つ、女性はたちまち若さを失い老いていく。老いていくことの恐怖、メキシコ人の娘たちの母親はスペイン人、スペインはかつてメキシコの宗主国だった。母と娘の相克だけではすまされない複雑なメタファーが隠されているようです。

      

     「あんないい加減な映画が・・」と「クラリン」紙のレポーターはご立腹

 

★その他の受賞作品、監督賞テイラー・シェリダンの第2Wind River(英・カナダ・米)、彼は『ボーダーライン』(15)や『最後の追跡』(16)の脚本家として有名、これは予告編からも面白さが伝わってくる。公開はアリでしょうか。女優賞セルジオ・カステリットの「Fortumata」(伊)出演のジャスミン・トリンカ、作品も話題作、注目ですね。ポエティック・ナラティヴ特別賞は、オープニング上映だったマチュー・アマルリックBarbaraが受賞しました。こんな賞があったんですね。件の「クラリン」のレポーター氏、「あんないい加減な映画が・・・」と、ここでもいたくオカンムリ。審査員長のユマ・サーマン(米女優47歳)にまで八つ当たりしているようだ(笑)。このようなアルゼンチン人の熱狂的愛国思想が、ほかのラテンアメリカ諸国から嫌われる。

 

★今年はメキシコの二つのドリーム・チーム(制作会社「チャチャチャ・フィルムズ」と「カナナ」のメンバー)が勢揃いして、メキシコが目立ったカンヌでした。別路線のフランコ監督やカルロス・レイガダスは含まれない。左からアルフォンソ・キュアロン、キュアロンのパートナー(シェヘラザード・ゴールドスミス)、ギレルモ・デル・トロ、エマニュエル・ルベツキ、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ディエゴ・ルナ、ガエル・ガルシア・ベルナル、サルマ・ハエックなど、全員集合ではないけれど、勢揃いしました。うちゴンサレス・イニャリトゥCarne y arenaがコンペティション外だがノミネートされ、カンヌの小型飛行機専用の飛行場の格納庫で上映されました(518日)。「映画館では見ることができないフィルムなんて、これは全くパラドックスだ」とアルモドバル。ネットフリックスだけでなく、映画の鑑賞方法も転機を迎えているのでしょうか。

 

 

         (カンヌ入りしたメキシコのドリーム・チーム、525日)

 

  

           (ゴンサレス・イニャリトゥの「Carne y arena」)

 

★昨年はブーイングがおきたパルム・ドールの受賞作品は、追加作品として飛び込んできたスウェーデンのリューベン・オストルンドのコメディThe Square」(スクエア)がさらいました。予想外だったとはいえ昨年よりはまだマシと納得した人が多かったか。本命視されていたお膝元のロバン・カンピヨ120ビーツ・パー・ミニット」は、グランプリを受賞した。他ソフィア・コッポラが監督賞をもらい、主演のニコール・キッドマンは女優賞は逃したが第70回記念賞を手にしました。「批評家週間」では、ブラジルのフェリペ・バルボザが「France 4 Visionary」という賞をもらいましたが、忖度するわけではありませんが審査委員長はブラジルのクレベール・メンドンサ・フィリオ監督でした。ということで「監督週間」も含めてスペイン語作品は無冠に終わりました。

 

   

   (左から、ジュリエット・ビノシェ、オストルンド監督、審査委員長のアルモドバル)

 

 

カンヌを満喫するエンマ・スアレス*カンヌ映画祭2017 ⑨2017年05月26日 17:40

                 愛しすぎる母親は子供に取って重荷となる

 

    

★カンヌも後半、マンチェスター・アリーナのテロ事件のあおりを受けて、カンヌも警戒がますます厳しくなっているようです。今年のコンペティションは充実しているとかで、星取表も混戦模様、河瀨直美も上映後の10分間のスタンディング・オベーションに泣いていました。それにしてもタイトル『光』をイメージして芦田多恵に特注した豪華なドレスには驚きました。宝飾品はブルガリだそうで、お金持ちなんですねぇ。素直に喜びましょう。「ある視点」部門のミシェル・フランコLas hijas de Abrilの評判はどうだったのでしょうか。10分間のスタンディング・オベーションはあったのでしょうか(笑)。

  

  

  (エンリケ・アリソン、アナ・バレリア、監督、エンマ・スアレス、ホアンナ・ラレキ)

 

★昨年の『ジュリエッタ』に続いて今年もカンヌ入りしているエンマ・スアレス、「アブリルは私が演じたなかでも最高に難しい役だった。だって信念をもっている理性的な人とは全く反対な役、しかし高い目標に惹かれたの。演じる必要性を感じたし、中身をさらけ出して生きている。理解は難しいが、ただの悪役じゃやりたくなかった。たくさんの可能性があり、彼女なりのやり方だが娘たちに夢中になり守ろうとしている。私にとって幸いだったのは、私の視点を求められなかったこと。実際に脚本にあるような登場人物たちを裁けない。現実の社会が常に女性たちだけに強いている事柄、男性にはけっして要求されない何かについて熟考したかった。同時に家族の力学も大いに変化している」とカンヌでのインタビューで語っている。アブリルがバランスを欠いた錯乱した母親なのは、老いることを受け入れられないせいかもしれない。

 

   

      (突風に乱れた髪を押さえるエンマ・スアレス、520日、カンヌにて)

 

          4度目のカンヌ入りを果たした「カンヌのナイス・ガイ」

 

ミシェル・フランコ監督、「どうして母親役にスペイン女優を起用したのか」という質問には、「アメリカで映画を撮っているとき、まだプロジェクトも具体化していなかったが、この次は女性を主人公にしようと考えていた。『或る終焉』はアメリカで撮ったが、二度とアメリカで撮らないとは言わないけれど、次は故郷のメキシコで撮りたかった。アメリカでの経験を通して、母親が外国暮らしをしている母親不在の家族というアイデアが浮かんだ。じゃスペイン語が話せる外国人の女優では誰がいいだろうか、それがエンマだった。正しい選択だった。彼女なら登場人物になりきれるし、観客とも一体化できると考えた」とインタビューに応じていた。本作の撮影は約2か月、日曜日以外は休まなかった。その間「娘役たちは私たちのエネルギーを創り出すために一緒に生活した」そうです。彼の撮影方法は特別で、物語の進行にそって時系列に撮っていく。「新しい要素が急にはいるから、最終的には30%くらい撮り直しになる。なかには3回になることもある」という。これではいつ終わるのやら、一緒の仕事はなかなか大変です。

 

       

           (4度目のカンヌ、フランコ監督、上映会場にて)

 

★ここ数年、複雑な母親を描く作品が増えているのは、若い娘より経験豊かな母親のほうが多くの可能性を秘めているからだとも語っている。「迷宮からうまく抜け出してほしいが、本作を通じて女性を深く掘り下げることに興味をもった。主役に女性を選ぶのが好きな監督の気持ちがよく分かったということです」。本作のプロデューサーの一人、ベネズエラのロレンソ・ビガス監督もカンヌ入りしていました。『彼方から』2015)では、フランコ監督が反対にプロデューサーに回りました。ビガスの新作「La caja」にはフランコが製作に回るらしく、国境を越えて協力し合っているようです。フランコが現在手掛けているのは、エウヘニオ・デルベスと一緒にメキシコのテレビ用のコミック・シリーズ、これは面白い顔合わせでしょうか。エウヘニオ・デルベスは、第1回プラチナ賞2014の最優秀男優賞を受賞したコメディアンにして俳優、監督、プロデューサーと幾つもの顔をもつ才人です。

 

    

       (フランコ監督とプロデューサーのロレンソ・ビガス、カンヌにて)

 

Las hijas de Abril」の内容紹介は、コチラ201758

『或る終焉』の内容紹介は、コチラ2016615618

 

「ある視点」にサンティアゴ・ミトレの新作*カンヌ映画祭2017 ⑧2017年05月18日 16:34

        サンティアゴ・ミトレ、滑り込みセーフの「La Cordillera

 

       

         (アルゼンチン大統領のリカルド・ダリンとミトレ監督)

 

★最後のご紹介となったのが、追加作品としてノミネートされたサンティアゴ・ミトレの長編第3作目La Cordilleraです。第2作目の『パウリーナ』15)がカンヌ映画祭と並行して開催される「批評家週間」でグランプリを受賞、今度はカンヌ本体の「ある視点」に飛び級しました。デビュー作『エストゥディアンテ』11)も第2作もラテンビートで上映されたから、本作も今年のラテンビートを期待してもいいでしょう。新作は製作発表当初からリカルド・ダリンがアルゼンチン大統領、パウリナ・ガルシアがチリ大統領、ダニエル・ヒメネス=カチョがメキシコ大統領と、各国の大物俳優が出演するというので話題になっておりました。チリで開催されるラテンアメリカ「サミット」で炙り出されてくる問題は何でしょうか。政治的内容にコミットした映画ではなさそうですが。

 

  「La Cordillera(「The Summit」)2017

製作:Kramer & Sigman Films() / Union de los Rios, La() / Mod Producciones(西) / Movister(西) / ARTE France Cnema() / Maneki Films() / Telefe() /  協賛INCAA

監督・脚本:サンティアゴ・ミトレ(亜)

助監督:マルティン・ブストス(亜)

脚本():マリアノ・リィナス(ジィナス)

音楽:アルベルト・イグレシアス(西)

撮影:ハビエル・フリア(亜、『人生スイッチ』『エルヴィス、我が心の歌』)

美術:セバスティアン・オルガンビデ(亜、『エル・クラン』)

編集:ニコラス・ゴールドバートGoldbart

キャスティング:ハビエル・ブライエルBraier、マリアナ・ミトレ

衣装デザイン:ソニア・グランデ(西)

メイクアップ&ヘアー:マリサ・アメンタ、ネストル・ブルゴス、アンヘラ・ガラシハ

録音:フェデリコ・エスケロ、サンティアゴ・Fumagalli(仏)

プロデューサー:ウーゴ・シグマン(亜)、マティアス・モステイリン(亜)、フェルナンド・ボバイラ(西)、アグスティナ・ジャンビ=Campbell、フェルナンド・ブロム、シモン・デ・サンティアゴ、Didar Domehri、エドゥアルド・カストロ(チリ)、他エグゼクティブ・プロデューサー多数

 

データ:製作国アルゼンチン()=フランス=スペイン、スペイン語、2017年、政治的スリラー、114分、撮影地ブエノスアイレス、アルゼンチン南部バリローチェ、チリのサンティアゴ、首都から46キロ東方のスキーリゾート地バジェ・ネバドなど、期間は8週間。カンヌ映画祭2017「ある視点」ノミネーション524日上映、配給元ワーナーブラザーズ、アルゼンチン公開2017817

 

 主なキャスト

リカルド・ダリン(エルナン・ブランコ、アルゼンチン大統領)亜

ドロレス・フォンシ(マリナ・ブランコ、娘)亜

パウリナ・ガルシア(パウラ・シェルソン、チリ大統領)チリ

ダニエル・ヒメネス=カチョ(セバスティアン・サストレ、メキシコ大統領)メキシコ

エリカ・リバス(ルイサ・コルデロ、エルナン・ブランコの個人秘書)亜

エレナ・アナヤ(クラウディア・Klein、新聞記者)西

アルフレッド・カストロ(デシデリオ・ガルシア)チリ

ヘラルド・ロマノ(カステックス、アルゼンチン首相)

クリスチャン・スレイター(Dereck McKinleyデレック・マッキンリー)米

ラファエル・アルファロ(Preysler、パラグアイ大統領)

レオナルド・フランコ(ブラジル大統領)

マヌエルトロッタ(Yhon

 

プロット:アルゼンチン大統領エルナン・ブランコは、チリのバジェ・ネバドで開催されているラテンアメリカ諸国「サミット」に出席していた。会議のテーマは石油問題であるが、彼は娘婿が関わった汚職事件に巻き込まれており、公私共に非常に重大な決断を迫られていた。父親の依頼によって娘マリナも当地に滞在していた。身の安全と時間稼ぎ、要するに解決策を交渉するためであった。今までの物静かで家庭的な環境とは異なり危険をはらむものに変わろうとしていた。ざらざらした耳障りなストーリー、観客の理解を得られるでしょうか。

 

      

    (公私ともに岐路に立たされるエルナン・ブランコ大統領、大統領執務室にて)

 

         アルゼンチンとチリの大物揃いの采配に苦労したミトレ監督

 

★スタッフとキャストのリストを一見すれば、監督の苦労が分かります。リカルド・ダリンのために作られた映画ではないかと予想しますが、前回ご紹介した「La novia del desierto」や『グロリアの青春』の主役パウリナ・ガルシア、『バッド・エデュケーション』のダニエル・ヒメメス=カチョ、『ザ・クラブ』のアルフレッド・カストロ、『人生スイッチ』のエリカ・リバス、アルゼンチンではアルモドバルの『私が、生きる肌』でブレークした個性派エレナ・アナヤも短期間ながら昨年10月にブエノスアイレス入りして撮影に臨んだ。同作でゴヤ主演女優賞を受賞しており今後のスペイン映画界を背負う女優に成長した。監督にとっては多くが先輩シネアスト、3作目でよくこれだけオーケーしてもらえたとびっくりしています。

 

★娘マリナ役は監督夫人ドロレス・フォンシ1978年、アドログエ)、『パウリーナ』の主役を演じた理論派というか物言う女優の一人です。本作では離婚して双子を育てている母親という、世間がイメージする大統領の娘とは全然似ていない役柄。「マリナ・ブランコの横顔は、庶民で地位は高くない」という。彼女は役柄のデータは自由裁量ができるほうが好ましいと言う。『パウリーナ』では、自分がどう生きるかは自分で決める、人生の選択権は父親ではないというダイナミックな女性を演じた。まだ恋人関係だったミトレ監督の考えに魅了されたという。「男性に尽くすだけの女性、性的対象の娼婦だったり母親だったりの脚本には興味が持てない」と語っている。

 

     

             (本作撮影現場でのドロレス・フォンシ)

 

                          

                              (「トルーマン」のポスターを背に)

 

エレナ・アナヤ1975年、バレンシア)は、リカルド・ダリン扮する大統領をインタビューする新聞記者という役柄。製作者によれば「この映画の記者を演じるための強さを兼ね備えた」女優だと、日刊紙「クラリン」にオファーの理由を語っている。アナヤは日本でも8月公開がアナウンスされている『ワンダーウーマン』(17)に出演している。「DCコミックス」のアメリカン・コミックの実写映画、彼女はマッドサイエンティストのドクター・ポイズンになりますが、悪役でしょうか。語学が堪能だからスペインだけにとどまっていない。『私が、生きる肌』出演後、「この作品に出る前の自分には戻れない」と語っていたアナヤ、本作では大統領に接近していく小賢しいデーモンたちとも渡り合うようです。

 

     

             (リカルド・ダリンとエレナ・アナヤ)

 

★メキシコの男優のなかでも、ダニエル・ヒメネス=カチョ1961年、マドリード)は公開作品が多いほうでしょうか。マドリード生れということかスペイン監督とのコラボも多い。例えばアルモドバルの『バッド・エデュケーション』、パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』が公開されている。他ロベルト・スネイデルの『命を燃やして』、ルイス・マンドーキの『イノセント・ボイス』、アルフォンソ・キュアロンのデビュー作『最も危険な愛し方』など、字幕入りで見られる映画が多数ある。今回はメキシコ大統領に扮します。「サミット」が開催されたサンチャゴ東方の海抜3030mのバジェ・ネバドの撮影シーンでは、全員がソローチェと言われる高山病でダウンしたそうです。スキー・リゾート地にある5つ星ホテル「バジェ・ネバド」が会議場になった。

 

  

 (日傘で強い日差し避けて撮影中の、監督、ダリン、ヒメネス=カチョ、バジェ・ネバドにて)

 

★ソローチェに苦しんだのがブエノスアイレスから60か所のカーブを曲がって昇ってきたアルゼンチン組、撮影に同行したクラリンの新聞記者も嘔吐しないように床に横になっていたとか。出席した12か国の大統領の集合写真撮影シーンでも失神する大統領が出たりで、なかなか全員揃ったシーンが撮れず遅延続きだったようだ(笑)。結局会議の模様はブエノスアイレスに戻って、シェラトンホテルに変更して撮ることになったようです。

 

  

            (バジェ・ネバド・ホテルの全景)

 

★『瞳の奥の秘密』でブレークしたリカルド・ダリンは、何回も登場させているので割愛しますが、「私は政治に巻き込むつもりはないよ」と誓っています。チリ大統領のパウリナ・ガルシアも前回ご紹介したばかりです。彼女はNetflixのシリーズ「Narcos」で麻薬王パブロ・エスコバルの母親役を演じているそうです。二人のツーショットは初めてでしょうか。

 

     

       (チリ大統領のパウリナ・ガルシアとリカルド・ダリン)

 

★予告編でもよく分かるのが大統領たちが着ているスーツの高級感、ダリンが着用している背広は、イタリアのメーカー「エルメネジルド・ゼニヤ」のもの、クラシックでありながら若々しいが売りの世界でも有数の高級服メーカー、銀座にも出店している。もう一つが「伝統を誇るイタリアン・テーラードのブリオーニを選んだ」と衣装デザイナーのソニア・グランデ、ウディ・アレン(『ミッドナイト・イン・バリ』『それでも恋するバルセロナ』)やアルモドバル(『ジュリエッタ』『抱擁のかけら』)が好んで採用するスペインのデザイナー。アルゼンチン大統領府の執務室で撮影したり、大分お金が掛かっているようですが、果たして回収できるでしょうか。

 

★「ある視点」の3作は以上です。ノミーションは全部で18本、どんな結果になるか、いよいよ開幕いたしました。

『パウリーナ』の作品内容、監督経歴、ドロレス・フォンシ紹介は、コチラ2015521

『瞳の奥の秘密』の紹介記事は、コチラ201489


「ある視点」にアルゼンチンから二人の女性監督*カンヌ映画祭2017 ⑦2017年05月14日 16:15

          デビュー作「La novia del desierto」がノミネーション

 

 

2番目にご紹介するのが、アルゼンチンの二人の女性監督セシリア・アバレリア・ピバト長編デビュー作La novia del desiertoです。アルゼンチン=チリ合作、『グロリアの青春』でブレークしたチリのパウリナ・ガルシアとアルゼンチンのクラウディオ・リッシがタッグを組んだようです。本作はカメラ・ドールの対象作品でもあります。昨今のチリ映画界の躍進は、アルゼンチンに劣らず目覚ましいものがありますが、いずれも合作ですが「批評家週間」のLos perrosLa familiaを加えて3作に、当ブログでは受賞した場合だけアップしている短編Selva(ソフィア・キロス・ウベダ)があります。本作はまだ予告編さえアップされておりませんが、ブエノスアイレスからアルゼンチン北西の州サン・フアンへ、チリとの国境沿いまで砂漠を横切って旅をする一種の<ロード・ムービー>のようです。ここでもラテンアメリカ映画に顕著なテーマ「移行」が語られるようだ。

 

 

 (左から、ピバト、リッシ、アタン、製作者エバ・ラウリア、Pantalla Pinamar20173

 

La novia del desierto(カンヌでは英題The Desert Bride2017

作:Ceibita Films / El Perro en la Luna / Haddock Films

   協賛Flora Films de Florencia Poblete(サン・フアン州のプロデューサー)

監督・脚本・共同プロデューサー:セシリア・アタン&バレリア・ピバト

撮影:セルヒオ・アームストロング

編集:アンドレア・チニョーリChignoli

音楽:レオ(ナルド)Sujatovich

プロダクション・デザイン:マリエラ・リポダス

プロダクション・マネージメント:フアン・デ・フランチェスコ

録音:パブロ・ブスタマンテ、マウリシオ・ロペス、他

衣装デザイン:ベアトリス・ディ・ベネデット、ジャム・モンティ

プロデューサー:エバ・ラウリア、アレホ・クリソストモ、、ラウル・リカルド・アラゴン、

        バネッサ・ラゴネ

 

データ:アルゼンチン=チリ、スペイン語、ドラマ、85分、撮影地ブエノスアイレス州、サン・フアン州、撮影期間1120日から1216日、カンヌ映画祭2017「ある視点」正式出品&カメラ・ドール対象作品、アルゼンチン公開10月予定

資金援助:アルゼンチンINCAAのオペラ・プリマ賞、チリのCNCAオーディオビジュアル振興基金、第66回ベルリナーレ共同製作マーケット、トゥールーズの製作中の映画プログラムに参加して、フランスのCNCの奨学金を得る。

 

キャスト:パウリナ・ガルシア(テレサ)、クラウディオ・リッシ(エル・グリンゴ)、マルティン・スリッパック

 

物語:ブエノスアイレスで住み込みの家政婦として働いていた54歳になるテレサの物語。何十年も家政婦という決まりきった仕事に埋没していたテレサだが、雇い主が家を売却することになり行き場を失ってしまった。ブエノスアイレスでは次の雇い主を見つけることができず、サン・フアン州の新しい家族のもとで働くことを受け入れる。旅の道連れもなく砂漠の危険な旅に出発するが、奇跡を起こすという「ディフンタ・コレア」のある最初の宿泊先で、彼女は一切合財が入っていたバッグを失くしてしまった。テレサはある行商人と旅を共にすることになるが、彼は途方に暮れたテレサに助けの手を差し伸べてくれた唯一人の人物だった。旅の最後にはテレサにも救いが待っているのだろうか。

 

    

    (テレサ役のパウリナ・ガルシアとエル・グリンゴ役のクラウディオ・リッシ

 

★長年住み込み家政婦として働いてきた身寄りのない女性の心の救済がテーマのようです。この映画で重要な「Difunta Correa」(今は亡きコレア)について、少し説明が必要だろうか。「ディフンタ・コレア」とは、今でもアルゼンチン人の信仰を集めている伝説上の女性デオリンダ・アントニア・コレアのことである。サン・フアン州バジェシートVallesitoに礼拝堂があり、願いをする人、願いを叶えてもらった多くの人々が巡礼に訪れている。このバジェシートの伝説「ディフンタ・コレア」に着想を得て作られた本作には、サン・フアン州の人々がエキストラとして多数参加しているそうです。

  

デオリンダはサン・フアン州アンガコで、夫クレメンテ・ブストスと小さい息子の3人で暮らしていた。しかし内戦の嵐が吹き荒れ、夫は隣州ラ・リオハで戦うため1840年ころ強制的に徴兵されてしまった。ラ・リオハを進軍中のゲリラ兵に無理やり捕らえられ、デオリンダも辛い日々を送っていた。夫との再会を願って探しに行こうと決心する。渇きと空腹に耐えて歩き続けたが、山の気候の厳しさやサン・フアンの砂漠の過酷さに耐えきれずに命を落としてしまった。近くを通った子供たちが赤ん坊の泣き声が聞こえるというので村人が行ってみると、母親は死んでいたが赤ん坊はお乳を吸っていた。これは奇跡だと近くのバジェシートに礼拝堂を建てて母親を手厚く埋葬し、今は亡きコレアDifunta Correa」と名付けて、「ディフンタ・コレア」と書かれた十字架の付いた花束を飾った。この奇跡が口から口へ延々と語り継がれ、今日でも巡礼者で賑わっている。大体こんなお話ですが、他にも多数のバージョンがあるようです。

 

  

  (花束に埋まった母親ディフンタ・コレアとお乳を飲んでいる赤ん坊、サン・フアン州)

 

★奇跡を願う人々は古今東西、なくなることはありません。キリスト教と共存しながら伝説や神話は絶えることなく生き続けています。「ディフンタ・コレア」は砂漠のオアシスとしての役目もあるのかもしれません。本作で目立つのが監督を含めて女性シネアストの活躍です。それにアルゼンチンとチリ両国のスタッフが交じり合って担当していることです。例えば、衣装デザインのベテラン、ベアトリス・ディ・ベネデット(ルシア・プエンソの『ワコルダ』のデザイナー)やプロデューサーのエバ・ラウリアバネッサ・ラゴネはアルゼンチン人、撮影はラライン映画(『ザ・クラブ』『トニー・マネロ』『ネルーダ』など)を手掛けているセルヒオ・アームストロングと編集のアンドレア・チニョーリ(ララインの『トニー・マネロ』や『NO』アンドレス・ウッドの『ヴィオレータ、天国へ』など)はチリ人です。圧倒的にアルゼンチン人ですが、主役にはチリのパウリナ・ガルシアを据えています。

 

★セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』13)で受賞できる賞の全てを手に入れた感のパウリナ・ガルシアは、女優の他、監督、劇作家としても活躍しています。EFEのインタビューによれば「長い間、私たちの国はアジェンデとピノチェトの対立により政治的条件が厳しく、他の国との合作映画など考えられなかった。チリでは経済力のある階級の人々は文化に対する理解が十分とは言えない。だから映画に携わる人の生活は恵まれていないのです」と、合作映画に出演できた喜びを語るガルシア。「まだ夜が明けたばかり、民間分野とアーティストたちの交流を図るための公的政策が足りないのです」とも。今年のカンヌには出席する予定だが、「チリとフランスの関係は非常に長い歴史をもっている。たくさんのアーティスト、製作者、監督が1970年代にはパリで暮らしていた。それでフランス映画のプロフェッショナルな人々との繋がりは強いのです」と、確かにそうですね。「批評家週間」ノミネートの「Los perros」や「La familia」を含めると、50人くらいの関係者が今年のカンヌに行くそうです。

 

      

            (サン・フアンの荒れ地にたたずむテレサ)

 

二人の監督紹介

バレリア・ピバトValeria Pivato は、アルゼンチンの監督、脚本家、プロデューサー。フアン・ホセ・カンパネラのEl hijo de la noviaのアシスタント監督やキャスティング、同Luna de Avellaneda『瞳の奥の秘密』のスクリプト、パブロ・トラペロの『檻の中』にアシスタントの共同監督に参加、テレドラも手掛けている。本作で長編デビューを果たした。他にウォルター・サーレス、ミゲル・ペレイラ、フアン・ソラナスなどとコラボしている。

  

セシリア・アタンCecilia Atánは、1978年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、プロデューサー、女優。監督としては2012年短編El marやテレドラも手掛けている。アシスタントや助監督としての経歴は長い。アルベルト・レッチのNueces para el amor2000)にアシスタント監督として参画、同作はハバナ、カルタヘナ、ビニャ・デル・マル各映画祭で作品賞を受賞した話題作。他ホセ・ルイス・アコスタのNo dejaré que no me quierasなど、スペインとの合作映画もある。また五月広場の母親たちのドキュメンタリーMadres de Plaza de Mayo, la historiaを撮っている。他にエクトル・ベバンコ、アレハンドロ・アグレスティなどともコラボしている。 

    

              (セシリア・アタンとバレリア・ピバト)

 

★カンヌが近づくにつれ情報が入ってきましたが、例えば、どうしてヒロインにアルゼンチンではなくチリの女優を選んだか、主要登場人物にシニアを設定したのはなぜか、アイデアの誕生など少しずつ分かってきましたが、今回はとりあえずこれでアップしておきます。 

「ある視点」にメキシコのミシェル・フランコ*カンヌ映画祭 ⑥2017年05月08日 12:12

       Las hijas de Abril」で4度目のカンヌに戻ってきました!

 

   

★今年の「ある視点」部門には、メキシコのミシェル・フランコLas hijas de Abrilとアルゼンチンの二人の女性監督セシリア・アタン&バレリア・ピバトが撮ったデビュー作La novia del desierto2作品、さらに追加作品として一縷の望みをかけていたアルゼンチンのサンティアゴ・ミトレの最新作La Cordilleraがノミネートされました。順番通りにご紹介していきます。ミシェル・フランコは当ブログでは何度か登場させています。『或る終焉』英語映画でしたが、今度はスペイン語で撮りました。エンマ・スアレス(『ジュリエッタ』)過去のフランコ映画出演したエルナン・メンドサ(『父の秘密』)モニカ・デル・カルメン(「A los ojos」)若いアナ・バレリアホアンナ・ラレキエンリケ・アリソンを絡ませました。

 

デビュー作Daniel & Ana09)がカンヌ映画祭と併行して開催される「監督週間」、第2『父の秘密』12Después de Lucía)がカンヌ映画祭「ある視点」のグランプリ、そして『或る終焉』15Chronicがコンペティション部門でまさかの脚本賞受賞、そして新作Las hijas de Abril「ある視点」に戻ってきました。このセクションはコンペティションより面白く、ベテランと新人が入り乱れ、今回はどうも賞に絡むのは難しいと予想します。過去の作品紹介、監督フィルモグラフィーに関連する記事は、下記にアップしております。

『父の秘密』の内容紹介記事は、コチラ20131120

『或る終焉』の物語と監督フィルモグラフィーの紹介記事は、コチラ201661518

 

 

    (アナ・バレリアと監督、2016年12月12日、プエルト・バジャルタでの記者会見

      

   

  (左から、エンリケ・アリソン、アナ・バレリア、監督、スアレス、ホアンナ・ラレキ)

      

   Las hijas de Abril(「April's Daughter」)2017

製作:LUCIA FILMS 協賛EFICINE PRODUCCION

監督・脚本・編集・製作者:ミシェル・フランコ

撮影:イヴ・カープ

編集():ホルヘ・ワイズ

録音():マヌエル・ダノイ、フェデリコ・ゴンサレス・ホルダン(ジョルダン)

メイクアップ:ベロニカ・セフード

衣装デザイン:イブリン・ロブレス

サウンドデザイン:アレハンドロ・デ・イカサ

製作者:ロドルフォ・コバ、ダビ・ソナナ、ティム・ロス、ガブリエル・リプスタイン(以上エグゼクティブ)、ロレンソ・ビガス、モイセス・ソナナ

 

データ:製作国メキシコ、スペイン語、2017年、ドラマ、103分、撮影201617、撮影地プエルト・バジャルタ、グアダラハラ、メキシコシティ。カンヌ映画祭2017「ある視点」正式出品、メキシコ公開予定6月、配給元Videocineビテオシネ

 

キャスト:エンマ・スアレス(アブリル)、アナ・バレリア・べセリル(バレリア)、ホアンナ・ラレキ(クララ)、エンリケ・アリソン(マテオ)、エルナン・メンドサ(マテオの父グレゴリオ)、イバン・コルテス(ホルヘ)、モニカ・デル・カルメン、他

 

プロット17歳になるバレリアは妊娠7ヵ月、異父姉のクララとプエルト・バジャルタで暮らしている。バレリアは離れて暮らしている母親アブリルに長らく会っていない。自分の妊娠を知られたくなかったのだが、クララはこれからの経済的負担や生まれてくる赤ん坊の育児という責任感の重さから母に知らせようと決心する。アブリルは娘たちの力になりたいとやってくるが、どうしてバレリアが母親と距離をおきたかったのか、観客はすぐに理解することになるだろう。

 

 

          (左から、監督、エンマ・スアレス、撮影監督イヴ・カープ)

 

     重要なことは世界に作品を発信して新しい観客に届くよう論議を呼ぶこと

 

★英語題はAbrilを名前でなく4月の意味に解釈したらしくAprilになっていますが、深い意味でもあるのでしょうか。さてフランコ監督への電話インタビュー(Grupo Milenio)によれば、主催者からの一報は「素晴らしいニュースでした。カンヌに行けるのは私にとって重要なことなのです。4回目になりますが、初めてのときに感じたと同じ高揚感と感動を覚えています。本作は私の過去の映画、例えば『ある終焉』や『Daniel & Anaとは違ったエネルギッシュな物語なのです。重要なことは賞を取るだけではなく、世界に向けて作品を発信して、新しい観客に届くよう論議を呼ぶことなのです」とコメントしています。果たして論議を呼ぶことができるでしょうか。映画を作ることが難しくなっている現状で、カンヌに出品できるような高レベルを維持していくのは易しいことではないとも語っており、「多くの監督が1度か2度はカンヌに来られるが、その後戻っては来られない」と、カンヌが狭き門であることを強調しています。メキシコの若手監督が2009年から2017年の間に4回は確かに異例です。先輩監督カルロス・レイガダスをおいて他にはおりません。

2002年『ハポン』カメラドールのスペシャル・メンション、2005年『天国のバトル』正式出品、2007年『静かな光』審査員賞、2012年『闇のあとの光』監督賞受賞。

 

★プロデューサーの一人として、ベネズエラのロレンソ・ビガスが参画していることが話題になっています。デビュー作『彼方から』がベネチア映画祭2015の金獅子賞を受賞した監督。フランコ監督の設立したLUCIA FILMSが同作に出資している。他にもベネズエラのロドルフォ・コバ(「Azul y no tanto rosa」)や『600マイルズ』のガブリエル・リプスタインが両方に参画しています。ラテンアメリカ映画もかなり認知度が高くなりましたが、まだ足の引っ張り合いを始めるには早すぎることを肝に銘じて、国境を越えて協力していくことが必要ということでしょうか。イヴ・カープは『ある終焉』の撮影監督も手掛けています。

        

          エンマ・スアレスは2年連続でカンヌ入り

 

エンマ・スアレス1964、マドリード)は、昨年のカンヌにはアルモドバルの『ジュリエッタ』で、今年はメキシコ映画でと、大西洋を挟んでの活躍が目覚ましい。両作とも娘とうまくいかない母親役、最近活躍が目立つのは、アルモドバルのお蔭か、あるいは年齢的に吹っ切れたせいかもしれない。1990年代にフリオ・メデムの『バカス』『赤いリス』、続いて『ティエラ―地―』、今は亡きピラール・ミロの史劇『愛の虜』(映画祭タイトル『愛は奪った)などの初々しさを知っているファンには隔世の感があるでしょうか。『バカス』で思春期の少女に扮したとき、既に20代後半だった。『愛の虜』『ジュリエッタ』でゴヤ賞主演女優賞199720172011年のフォルケ賞主演女優賞をLa mosquiteraで受賞しているほか、受賞歴

エンマ・スアレスのキャリア紹介は、コチラ⇒2015年4月5日

           

       

        (母親役のエンマ・スアレスと娘バレリア役のアナ・バレリア)

 

エルナン・メンドサは、フランコ監督の『父の秘密』で父親役を演じた俳優、テレドラ出演が多い役者ですが、最近53日にノミネーションが発表になったアリエル賞最多の「La 4a compañia」に準主役で出演、13年ぶりに復活したという<Actor de cuadro>賞にノミネートされています。賞の性格がよく分かりませんが、英語では<Table of Actor>とありました。同作はアミル・ガルバン・セルベラAmir Galván Cerveraミッチ・バネッサ・アレオラMitzi Vanessa Arreolaという二人の新人監督作品、作品賞を含む20カテゴリーにノミネートされています。ここでは深入りしませんが刑務所内で結成されたアメリカン・フットボール・チームの名前がタイトルになっています。一般観客向けの面白いストーリー展開なので公開が期待できそうですが、予告編からメンドサを見つけ出すのはなかなか大変です。

 

 

   (背番号79がエルナン・メンドサ、10番が主人公のアドリアン・ラドロン)

『母という名の女』の邦題で2018年6月公開が決定、ユーロスペース。 

「監督週間」にはコロンビアの新人ナタリア・サンタ*カンヌ映画祭2017 ⑤2017年05月05日 17:46

      コロンビアでカメラドールに挑戦する初めての女性監督ナタリア・サンタ

  

   

★今年の「監督週間」にコロンビアの新人ナタリア・サンタLa defensa del dragónがエントリーされました。IMDbにはキャストを含めてまだ詳細がアップされておりませんが、後で追加するとして、分かる範囲で見切り発車いたします。テーマはボゴタの中心街に暮らす古くからの友人3人のそれぞれの再出発物語のようです。年齢は53歳、65歳、72歳と開きがありますが、各自冒険を侵すことなく安全地帯に避難して現状に甘んじています。ポスターに載っている3人の老人は、人生の時間が残り少なくなったボゴタの市井の人の写真です。監督にインスピレーションを与えてくれた人々で、映画の登場人物ではありません。ポスターとしてはちょっと珍しいケースですが、それなりの理由があるのでした。

 

La defensa del dragón2017

製作:Galaxia 311

監督・脚本・製作:ナタリア・サンタ

撮影:ニコラス・オルドーニェス、イバン・エレーラ 

録音:フアンマ・ロペス

美術:マルセラ・ゴメス

編集:フアン・ソト

オリジナル音楽:ゴンサロ・デ・サガルミナガ

製作者:Ivette Liang(リャン/リアン?)、ニコラス・オルドーニェス、イバン・エレーラ 

 

データ:製作国コロンビア、スペイン語、2017、ドラマ、79分、撮影地ボゴタ。FDC(コロンビア映画振興基金)より助成金を得る。ニカラグアで開かれた第3IBERMEDIAの中央アメリカ=カリブ映画プロジェクトのワークショップ、トライベッカ=コロンビア2014のワークショップ、カルタヘナ映画祭FICCI**2014のワークショップなどに参加して完成させた。コロンビア公開615日予定。

 

FDC Fondo cinematografico colombiano は、長編映画の脚本や製作に資金を提供するために設立された映画振興策。カンヌ映画祭2015「批評家週間」でカメラドール他を受賞したセサル・アウグスト・アセベドの『土と影』(ラテンビート&東京国際映画祭2015共催上映)も同基金の助成金を受けて製作された。

**FICCI Festival Internacional de Cine de Cartagena de Indias(インディアス・カルタヘナ国際映画祭)

 

キャストゴンサロ・デ・サガルミナガ(サムエル)、エルナン・メンデス(ホアキン)、マヌエル・ナバロ(マルコス)、マイア・ランダブル(マティルデ)、マルタ・レアルラウラ・オスマ(フリエタ)、ビクトリア・エルナンデス(ホセフィナ)他

 

          

          (左から、サムエル、ホアキン、マルコス、映画から)

 

物語と解説:ボゴタの中心街に暮らす旧知の友人同士、サムエル、ホアキン、マルコスの物語。一番若い53歳のサムエルはプロのチェス・プレイヤーで、勝つと見込める小規模なゲームで賞金稼ぎをして暮らしている。65歳のホアキンは腕のいい時計職人だが、デジタル時計を拒否しているので父親から受け継いだ時計工場を手放す危機にあった。マリファナ依存症の72歳のマルコスはスペイン出身のホメオパシー医だが患者は減り続けている。ポーカーの運任せの勝負事で一儲けしようと必勝法を練っていた。それぞれ自分の世界に安住して決定的な敗北を喫したくないと考えていた。しかし三人にも転機が訪れ、安全地帯から脱出しなければならない事態に直面する。サムエルは地元のチャンピオン大会出場の弟子をコーチしたり、ある女性とのチャンスに賭ける決心をする。ホアキンは危機に瀕した時計工場を立て直そうと立ち上がる。マルコスは故国の息子がどうして自分の年金を送ってこないのか調べることにする。愛でも人生でも同じことだが、今日では遅すぎるということはない。映画にはボゴタで一番古いチェス・クラブ「Lasker」、カジノ・カリブ、老舗カフェテリア「ラ・ノルマンダ」が登場する。失われつつあるボゴタの伝統への哀惜がノスタルジーをもって描かれる。

 

(サムエル)

                         

  

(ホアキン)

  

 

(マルコス)

  

 

ナタリア・サンタNatalia Santaは、1977年ボゴタ生れの監督、脚本家、製作者。大学では文学を専攻、2002年ミニ・テレドラの脚本を執筆、2009年テレドラ「Verano en Venecia」の脚本を執筆(1エピソード)。ニコラス・カサノバの「La Azotea」(20155分)にアシスタント・プロデューサーとして参画、本作で長編映画デビューを果たす。撮影監督のイバン・エレーラIván Herreraは夫君。彼が長年にわたり撮りためてきたボゴタ市の映像が本作の土台となっている(YouTubeで「ビデオ・ピッチ2013」を見ることができる)。

 

    

                 (ナタリア・サンタ)

 

Ivette Liangは、2003年に設立された制作会社「Galaxia 311」の共同設立者・経営者。コロンビア、ペルー、キューバの映画に携わっている。

 

       主人公たちは急ピッチで変貌する大都会ボゴタで生き残りを賭けている

 

★昔のボゴタの冷えた灰色の湿った声が聞こえてくる。しかしある種のノスタルジーをもって親密な居心地の良い雰囲気が醸しだされてくる。前述したように撮影監督のイバン・エレーラは、超高層ビルを建設するために自宅を取り壊されていくボゴタ市民の生態を長年にわたりフィルムに収めてきた。それが本作を撮ろうとした動機だと監督、「進歩発展という名の下でボゴタの伝統ある場所が次々に消えつつある」とナタリアは危機感を吐露する。「この国では異質のものを疎外したり忘れてしまうことに慣れてしまっている。今のボゴタに残っている姿や声を残す必要がある」と思ったのが最初の動機だった。

 

      

       (映画にも登場するボゴタで最古のチェス・クラブ「Lasker」の店内)

 

★「長年、取り壊されずに以前のままで残っている場所もあった。大都市の変化にもかかわらず、以前のスタイルのまま、進歩に抵抗して生き残っている、残り時間が少なくなっている人々の物語です」と監督。ボゴタの中心街は、高層ビルや車がやたら増え、代わりに空き地や伝統が失われつつある。「私たちの歴史的遺産は消滅しようとしています。それは私たちのアイデンティティーの消滅にも繋がると思った」と。「チェス・クラブ Lasker の存在を知り、トーナメント観戦にも出かけて取材した。このチェス・クラブを中心に据えて映画を撮ろうと決め、そうやって造形した人物がチェス・プレイヤーのサムエルだった」と明かす。コロンビア映画にお馴染みのバイオレンスは描かれないが、日に日に減っていくとはいえ仕立て屋、靴屋、バル、カフェテリアなどが、レジスタンスの闘志のごとくスクリーンに堂々と登場する映画のようです。

 

★キャスト3人の俳優は、主にテレビ界で活躍しているベテラン揃いです。マルコス役のマヌエル・ナバロは、役柄同様スペイン出身の俳優、コロンビア、スペイン両方の映画、TVシリーズに出演しています。スタッフもデビュー作では珍しくありませんが、掛け持ちで担当していることが分かります。

 

『ドラゴンのディフェンス』の邦題で、インスティトゥト・セルバンテス東京「第3回コロンビア映画上映会」で日本語字幕で上映されました。(2018年11月13日)  

 

マルセラ・サイドの第2作「Los perros」*カンヌ映画祭2017 ④2017年05月01日 17:39

         再びカンヌに登場、「監督週間」から「批評家週間」へ

 

   

「批評家週間」のもう1作は、チリのマルセラ・サイドの第2Los perros、パブロ・ララインの『ザ・クラブ』のアントニア・セヘルスがヒロインのマリアナを演じます。タッグを組んだのはラライン映画ではお馴染みのアルフレッド・カストロ、暗い過去を引きずる元陸軍大佐フアンに扮します。マリアナは独裁政権側に立ったチリのセレブ階級に属している40代の女性、フアンは60代になる乗馬クラブの指導教官という設定です。20歳の年齢差を超えて、どんな愛が語られるのでしょうか。

 

★チリ映画は何作も登場させており、パブロ・ララインだけに止まりません。特に女性監督の活躍が目立ち、当ブログでもアリシア・シェルソン(『プレイ/Play05)、ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ(『木曜から日曜まで』12)、マルシア・タンブッチ・アジェンデ(『アジェンデ』14、ドキュメンタリー)、マイテ・アルベルディ(「La Once14、ドキュメンタリー)などをご紹介しております。マルセラ・サイドは初登場です。最近、ラテンアメリカで最も勢いのあるのがチリとコロンビア、秋開催のラテンビートを視野に入れてご紹介していきます。

 

   Los perros(英題「The Dogs」) 2017

製作:Cinemadefacto(仏)/ Jirafa(チリ)/ Augenschein Filmproduktion(独)/ Bord Cadre Films /

   Rei Cine(アルゼンチン)/ Terratreme Films(ポルトガル)

監督・脚本:マルセラ・サイド

撮影:ジョルジュ・ルシャプトワ(Georges Lechaptois

編集:ジャン・ド・セルトー Jean de Certeau

プロダクション・マネージメント:マリアンヌ・メイヤー・ベック?(Marianne Mayer Beckh

助監督:リウ・マリノ

美術:シモン・ブリセノ

録音:アグスティン・カソラ、レアンドロ・デ・ロレド、他

視覚効果:ブルノ・ファウセグリア

製作者:アウグスト・マッテ(Jirafa)、ソフィー・エルブス、トム・ダーコート、ほか共同製作者多数

 

データ:製作国チリ=フランス、スペイン語、2017、ドラマ、94分。サンダンス映画祭2014の脚本ラボ、続いてカンヌ映画祭シネフォンダシオンのワークショップを経て完成させた作品。

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2017「批評家週間」正式出品(ワールド・プレミア)、ベルリナーレ2015共同製作マーケットでArte Cinema賞受賞

 

キャストアントニア・セヘルス(マリアナ)、アルフレッド・カストロ(フアン)、アレハンドロ・シエベキング/ジーフェキング(フランシスコ)、ラファエル・スプリジェルバード(ペドロ)、エルビス・フエンテス、他

 

物語と解説:マリアナの深い孤独と愛の不在についての物語。繊細なマリアナは42歳、ピノチェト政権に与したチリのブルジョア階級に属している。人生の初めから父親に無視され、今は仕事にかまける夫からはほったらかしにされ情緒不安定になっている。そんななか乗馬クラブの指導教官フアンの誠実さと優しさに奇妙な親近感を覚えるようになる。62歳になる元陸軍大佐というフアンは、軍事政権の弾圧に加担するという暗い過去を引きずっていた。やがて二人の行く手に微かな光が差し込んでくるように見えたが・・・。本作は独裁者の共犯者、政権によって経済的な豊かさと安定を享受したセレブ階級の偽善についての、チリ社会にはびこる表面化しない暴力についての、そして多くの犯罪に手を汚しながらも責任を問われない民間人についての物語でもある。

 

   

         (乗馬クラブの教官と生徒、マリアナとフアン、映画から)

 

★大人のラブロマンスの要素を含みながら、背景には約18年間続いた、否、現在も続いている軍事独裁時代(197390)の負の遺産が描かれている。このテーマについては、パブロ・ララインが「ピノチェト三部作」として世に送り出した、2008年の『トニー・マネロ』2010年のPost Mortem最後が2012年のNoがあります。そしてこの三作に出演していたのが、本作出演のアントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロである。下の写真は、1973年アジェンデ政権の末期の死体安置所を描いたPost Mortemがエントリーされたベネチア映画祭2010のツーショットです。2006年にララインと結婚したアントニアは大きなお腹を抱えてマタニティ姿で出席していました。二人の間には一男一女がいる。

 

  

 (アントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロ、ベネチア映画祭2010のプレス会見にて)

 

監督紹介マルセラ・サイドMarcela Said Caresは、1972年サンチャゴ生れ、チリの監督、脚本家、製作者。カトリック大学で美学を専攻、学位取得。1996年フランスに渡り、ソルボンヌ大学マスター・コースでメディアの言語と技術を学ぶ。フランス人のジャン・ド・セルトーと結婚(一男がいる)、国籍はフランス、2007年に夫とチリに帰国、首都サンチャゴに住んでいる。セルトーは本作「Los perros」では編集を手掛けている。

 

   

1999年、フランスTVドキュメンタリーValparaisoを製作する。チリも放映権を取得するが放映されることはなく、お蔵入りとなっている。続く2001年のドキュメンタリーI Love Pinochetがバルパライソ映画祭2002、サンチャゴ・ドキュメンタリー映画祭で受賞、2003年にはアルタソルAltazor賞を受賞した。アルタソル賞はチリの前衛詩人ビセンテ・ウイドブロの長編詩『Altazor』(1931刊)に因んで設けられた賞。第3作目のドキュメンタリーOpus Dei, una cruzada silenciosa06)は、夫君ジャン・ド・セルトー との最初の共同監督作品、チリのカトリック組織に大きな影響を及ぼしているオプスディについてのドキュメンタリー。

 

4El mocito11)がもっとも話題になった作品、セルトーとの共同監督2作目。軍事独裁政権時に拷問センターで働いていた男ホルヘリーノ・ベルガラの30年後を追ったドキュメンタリー。チリではタブーのテーマ、犠牲者と死刑執行人の両方に切りこんだ。ベルリナーレ2011で上映され、ベルリンの観客の大きな関心を呼んだドキュメンタリー。ミュンヘン・ドキュメンタリー映画祭2011ホライズン賞、サンチャゴ・ドキュメンタリー映画祭2011審査員賞、2012年には再びアルタソル賞をセルトーと一緒に受賞した。

 

      

         (サイドとセルトー、ベルリナーレにて、2011214日)

 

★ドキュメンタリー映画で実績を積んだサイドは、2013年、初の長編作El verano de los peces volandoresを撮る。カンヌ映画祭2013「監督週間」に正式出品され、同年のトロント映画祭「Discovery」部門にもエントリーされた。トゥールーズ映画祭(ラテンアメリカ映画)2013作品賞、ハバナ映画祭第1回監督賞3席、RiverRunリバーラン映画祭審査員賞受賞など。チリ人とチリの先住民マプーチェ人との共存の困難さを絶望を通じて描いた作品。マプーチェ人はアラウカノ系民族中最大のグループ、「映画は共同体で生じる問題を明らかにするのでもなく、アラウカニアでの葛藤、対立を語ったものでもない」と監督。「自分が興味をもつのは、自然に起きる対立や緊張、解決不能、偶発的な衝撃のように目に見えないものを見せること。これはドキュメンタリーではできない」とフィクションにした理由を語っている。

 

    

 

(映画から)

  

  

主なキャスト・スタッフ紹介:マリアナ役のアントニア・セヘルスは、ララインの「ピノチェト三部作」の他、『ザ・クラブ』では訳ありシスター・モニカに扮した。フアン役アルフレッド・カストロは、ララインの全作、ロレンソ・ビガスの『彼方から』、『ザ・クラブ』ではビダル神父を演じた。さらにフランシスコ役のアレハンドロ・シエベキングが『ザ・クラブ』のラミレス神父という具合に、ラライン組の出演が顕著である。スタッフのうちと編集者ジャン・ド・セルトー、撮影監督のジョルジュ・ルシャプトワ(『博士と私の危険な関係』12)などフランス出身者が目立つ。制作会社には国名を入れておきました。

 

ミュンヘン映画祭2017(6月22日~7月1日)のインターナショナル部門に正式出品されていましたが、スペシャル・メンションを受賞しました。カンヌでは無冠でしたがミュンヘンでは評価されました。(7月7日追加)


グスタボ・ロンドン・コルドバの「La familia」*カンヌ映画祭2017 ③2017年04月28日 21:37

         ベルリナーレ・タレントからカンヌの「批評家週間」へ

 

   

★ベネズエラは南米でも映画は発展途上国、当ブログでもミゲル・フェラリのAzul y no rosa13)、アルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』(ラテンビート2014)、マリオ・クレスポのデビュー作Lo que lleve el rio15)、ロレンソ・ビガスがベネチア映画祭2015で金獅子賞を受賞した『彼方から』(ラテンビート2016)など数えるほどしかありません。国家予算の大半をアブラに頼っているベネズエラでは、最近の原油安はハイパー・インフレを生み、カラカスでは先月から1か月も抗議デモが続いています。マドゥロ大統領は催涙ガスでデモ隊に応戦、町中はガスが充満して、デモでの死者は24人と海外ニュースは報じています(426日調べ)。国債急落、貧困や犯罪に苦しむ国民は、大統領選挙と総選挙を求めていますが、マドゥラ大統領にその気はないようです。そんな困難をきわめるベネズエラから今年のカンヌの作品紹介を始めたいと思います。

 

グスタボ・ロンドン・コルドバのデビュー作La familiaは、イベロアメリカ諸国の映画製作を援助しているIbermediaプロジェクトのワークショップ、オアハカ・スクリーンライターズのラボなどを経た後、2014年の「ベルリナーレ・タレント・プロジェクト・マーケット」(デモテープや未完成作品を専任の審査員が選ぶ)から本格的に始動した。続いてカンヌ映画祭2014の「ラ・ファブリケ・シネマ・デュ・モンド」(若い才能の発掘と促進を目指す組織)で完成させ、今年の「批評家週間」に正式出品されることになった作品。

 

   La familia 2017 

製作:Factor RH Producciones / La Pantalla Producciones(ベネズエラ)/ Avira Films(チリ)

   / Dag Hoels(ノルウェー)/ 協賛:CNAC Centro Nacional Autónomo de Cinematografía

監督・脚本・製作者:グスタボ・ロンドン・コルドバ

助監督:マリアンヌ・Amelinckx

撮影:ルイス・アルマンド・アルテアガ

録音:マウリシオ・ロペス、イボ・モラガ

製作者:ナタリア・マチャード、マリアネラ・イリャス、ルベン・シエラ・サリェス、

    ロドルフォ・コバ、ダグ・ホエル、アルバロ・デ・ラ・バラ

データ:製作国べネズエラ=チリ=ノルウェー、スペイン語、2017年、ドラマ、82分、プログラム・イベルメディア、ノルウェーのSorfondの基金をうけている。

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2017「批評家週間」正式出品

キャスト:ジョバンニ・ガルシア(父親アンドレス)、レジー・レイェス(息子ペドロ)他

 

          

 

          (ペドロとアンドレス、映画から)

 

プロット35歳のアンドレスは12歳になる息子のペドロとカラカス近郊のブルーカラーが多く暮らす地区に住んでいたが、二人は互いに干渉し合わなかった。アンドレスは日中は掛け持ちの仕事に明け暮れ、ペドロは仲間の少年たちとストリートをぶらつき、彼らから暴力の手ほどきを受けていた。彼を取りまく環境は日常的に暴力が支配していた。ある日ボール遊びの最中、ペドロは喧嘩となった少年を瓶で怪我させてしまう。それを知ったアンドレスは、復讐の予感に襲われ息子をこのバリオから避難させる決心をする。この状況は息子をコントロールできない若い父親の身を危うくすることになるだろうが、同時に意図したことではないが、二人を近づけることにもなるだろう。

 

         La familia」のアイディアはどこから生まれたか

  

★表面的には取りたてて大きな事件が起こるわけではないが、目に見えない水面下では変化が起きているという映画のようです。監督は上記の「ラ・ファブリケ・シネマ・デュ・モンド」のインタビューで、本作のアイディア誕生について「数年前にある事件に巻き込まれたメンバーの家族を助けるということがあり、それがきっかけで家族をテーマにした短編を撮りたいと考えるようになった。だから最初は短編『家族』プロジェクトとしてスタートさせた」と答えている。だから非常に個人的な動機だったようです。ベネズエラと暴力はイコールみたいですが、監督は好きな作品として、ヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』84、パルムドール)や、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイランの『冬の街』03、カンヌ・グランプリ)を挙げている。特に『冬の街』については、「ストーリーはシンプルだが深い意味をもっていて、ラストシーンの美しさは忘れがたい」と語っている。表面的には静かだが、水面下では動いている映画が好みのようです。シンプルなストーリーで観客を感動させるのは難しい。

 

★他にアルゼンチンのリサンドロ・アロンソの『死者たち』04Los muertos」)、ダルデンヌ兄弟の『少年と自転車』11、カンヌ・グランプリ)に影響を受けたと語っている。おおよそ本作の傾向が見えてきます。リサンドロ・アロンソについては、『約束の地』14Jauja」)が公開された折に作品紹介と監督紹介をしております。「フランスの好きな映画監督2人を挙げてください」というインタビュアーに対して、ロベール・ブレッソンとジャック・オーディアールを挙げていました。ブレッソンは若手監督に人気がありますね。

『約束の地』の記事は、コチラ201571

  

グスタボ・ロンドン・コルドバGustavo Rondón Córdovaは、1977年カラカス生れ、監督、脚本家、編集者、製作者。ベネズエラ中央大学コミュニケーション学科の学位取得、チェコのプラハの演出芸術アカデミーからも映画演出の学位を取得している。ベネズエラ中央大学は1721年設立された南米最古の伝統校。本作は長編映画デビュー作であるが、過去に6作の短編を撮っており、ベルリン、カンヌ、ビアリッツ、トゥールーズ、トライベッカなどの国際映画祭に出品されている。「La linea del olvido」(0514分)、コメディ「¿Qué importa cuánto duran las pilas?」(0510分)、中で最新作のNostalgia12)は、ベルリン映画祭短編部門に正式出品された。

 

   

 

★キャスト紹介:ジョバンニ・ガルシアは、ロベール・カルサディリャのEl Amparo16、ベネズエラ=コロンビア)に出演している。サンセバスチャン映画祭2016「ホライズンズ・ラティノ」などにエントリーされた後、ビアリッツ映画祭(ラテンアメリカ・シネマ)観客賞、サンパウロ映画祭で脚本賞・新人監督賞、ハバナ映画祭でルーサー・キング賞を受賞するなどの話題作。1988年ベネズエラのエル・アンパロ市で実際に起きた、14名の漁師が虐殺された実話に基づいて映画化された。同作の編集を担当したのがグスタボ・ロンドン・コルドバ、またガルシアはプロデューサーとしても参画している。

 

    

    

「批評家週間」にマルセラ・サイドの新作*カンヌ映画祭2017 ②2017年04月25日 13:32

         もう1作はベネズエラのグスタボ・ロンドン・コルドバの「La familia

 

★予定より早く「批評家週間」と「監督週間」のノミネーション発表がありました。今回は1962年から始まった前者のご紹介。カンヌ本体とは別組織が並行して開催する映画祭ですが、例年一括りにしてご紹介しています。長編第1作から2作目までが対象です。いわゆる<巨匠>などがエントリーされることがなくずっとスリリングです。昨年はガリシアの監督オリヴェル・ラセのデビュー作Mimosasがグランプリ、2015年はアルゼンチンのサンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』(ラテンビート2015)がグランプリを受賞して結構勝率が高い。2015年は「監督週間」ですが、チロ・ゲーラの「El abrazo de la serpiente」(邦題『彷徨える河』で公開)が作品賞を受賞するなど、ラテンアメリカが頑張った年でした。今年の期間は518日から26日まで、カンヌ本体より先に結果発表があります。

 

★今年は、チリ=フランス合作のマルセラ・サイドの第2Los perros(ワールド・プレミア)とベネズエラ=チリ=ノルウェー合作のグスタボ・ロンドン・コルドバLa familia2作品、ラテンアメリカからは他にブラジルの作品も選出されました。

 

マルセラ・サイドは、1972年サンチャンゴ生れのチリの監督、脚本家、プロデューサー、女優。デビュー作El verano de los peces volandores2013年の「監督週間」に出品され、続いてトロント映画祭の「Discovery」部門で上映された監督です。新作「Los perros」の主人公は『ザ・クラブ』(パブロ・ラライン)のアントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロとチリの大物二人が出演、いずれ作品と監督キャリア紹介はアップする予定です。

 

   

 

グスタボ・ロンドン・コルドバは、1977年カラカス生れのベネズエラの監督、脚本家、編集者、プロデューサー。本作は長編映画としては第1作目ですが、以前から短編がベルリン映画祭で注目を浴びていた監督、ということで次回はデビュー作La familiaのご紹介を予定しています。