チリ映画『ナチュラルウーマン』セバスティアン・レリオ2018年03月16日 17:15

                  「私らしく」自分に正直に生きるのは難しい

 

     

セバスティアン・レリオUna mujer fantástica『ナチュラルウーマン』の邦題で公開されました(公開中)。ベルリン映画祭2017にノミネートされて以来、監督フィルモグラフィーを含めて紹介記事を書いてきましたが、第90アカデミー賞外国語映画賞受賞を機に改めて再構成いたしました。先日発表された第5イベロアメリカ・プラチナ賞2018(メキシコのリビエラ・マヤで4月開催)にも作品賞を含めて最多の9部門にノミネートされるなど、依然として勢いは止まりません。前作『グロリアの青春』とメイン・テーマは繋がっています、それは一言でいえば威厳をもった<不服従>でしょうか。

 

  

(オスカー像を手にスピーチする監督、後列左から、フアン・デ・ディオス・ラライン、

ダニエラ・ベガ、フランシスコ・レイェス、パブロ・ラライン、アカデミー賞授賞式にて)

 

 『ナチュラルウーマン』(原題Una mujer fantástica英題「A Fantastic Woman」)

製作:Fabula(チリ)/ Participant Media(米)/ Komplizen Film(独)/ Setembro Cine(西)/

    Muchas Gracias(チリ)/ ZDFARTE(独)

監督:セバスティアン・レリオ

脚本:セバスティアン・レリオ、ゴンサロ・マサ

音楽:マシュー・ハーバート、ナニ・ガルシア(コンポーザー)

撮影:ベンハミン・エチャサレッタ

編集:ソレダード・サルファテ

美術・プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン

衣装デザイン:ムリエル・パラ

 

製作者:フアン・デ・ディオス・ラライン、パブロ・ラライン、セバスティアン・レリオ、ゴンサロ・マサ、(共同)ヤニーネ・ヤツコフスキ、ヨナス・ドルンバッハ、フェルナンダ・デ・ニド、マーレン・アデ、(エグゼクティブ)ジェフ・スコール、ベン・フォン・ドベネック、ジョナサン・キング、ロシオ・ジャデュー、マリアン・ハート

 

データ:製作国チリ=ドイツ=スペイン=米国、スペイン語、2017年、ドラマ、104分、撮影地チリのサンティアゴ。映画祭・限定上映をを除く公開日:チリ201746日、ドイツ同年77日、スペイン同年1020日、米国201822日、日本同年224

 

映画祭・受賞歴:第67回ベルリン映画祭2017正式出品(脚本銀熊賞、エキュメニカル審査員賞スペシャル・メンション、テディー賞)、第65回サンセバスチャン映画祭2017(セバスティアネ・ラティノ賞)、リマ映画祭2017審査員賞、女優賞)、イベロアメリカ・フェニックス賞(作品賞、監督賞、女優賞)、インディペンデント・スピリット賞(外国映画賞)、ナショナル・ボード・オブ・レビュー2017(外国語映画Top 5)、ハバナ映画祭(審査員特別賞、女優賞)、フォルケ賞2018(ラティノアメリカ映画賞)、ゴヤ賞(イベロアメリカ映画賞)、パームスプリングス映画祭(シネラティノ審査員栄誉メンション、外国映画部門の女優賞)、米アカデミー賞外国語映画賞受賞、以上が主な受賞歴。ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞ノミネート以下、多数の国際映画祭ノミネーションは割愛。

 

主なキャスト(『』は公開・映画祭などで紹介された作品)

ダニエラ・ベガ(マリーナ・ビダル)

フランシスコ・レイェス(オルランド・オネット・パルティエル)、『マチュカ』『ネルーダ』『ザ・クラブ』

ルイス・ニェッコ(オルランドの兄弟ガボ)、『ネルーダ』『No』『泥棒と踊り子』

アリネ・クッペンハイム(オルランドの元妻ソニア・ブンステル)、『マチュカ』『サンティアゴの光』

ニコラス・サアベドラ(オルランドの長男ブルーノ・オネット・ブンステル)

アントニア・セヘルス(レストラン店主アレサンドラ)、『No』『ネルーダ』『ザ・クラブ』

トリニダード・ゴンサレス(マリーナの姉ワンダ・ビダル)、『ボンサイ盆栽』『ネルーダ』

アンパロ・ノゲラ(刑事アドリアナ・コルテス)、『トニー・マネロ』『No』『ネルーダ』

セルヒオ・エルナンデス(声楽教師)、『聖家族』『泥棒と踊り子』『No』『グロリアの青春』

アレハンドロ・ゴイク(医師)、『家政婦ラケルの反乱』『ザ・クラブ』

クリスティアン・チャパロ(マッサージ師)、『モーターサイクル・ダイアリーズ』『ネルーダ』

ディアナ・カシス(サウナ受付)

エドアルド・パチェコ(パラメディコ)、『サンティアゴの光』『見間違うひとびと』

ネストル・カンティリャーノ(ガストン)、『No』『ネルーダ』

ロベルト・ファリアス(警察医)、『サンティアゴの光』『No』『ザ・クラブ』『ネルーダ』

ディアブラ(マリーナの愛犬)

 

物語:心と体の性が一致しないトランスのマリーナ・ビダルの自己肯定と再生の物語。サンティアゴ、マリーナは昼間はレストランのウエイトレス、夜はナイトクラブの歌手として働いている。父親ほど年の離れたパートナーのオルランドと平穏に暮らしていた。二人でマリーナの誕生日を祝った夜、オルランドは激しい発作のあと脳動脈瘤のため帰らぬ人となった。マリーナを待ち受けていたのは、理不尽な社会の偏見、彼の家族の非難と暴力の的になることだった。すべてを失ったマリーナの反逆と尊厳を目にした観客は、亡き人の幻影に導かれ風雨に立ち向かう毅然としたマリーナと共に旅に出ることになる。                     (文責:管理人)

 

      時代で変わる「トランスジェンダー」の語義―「みんなトランスです」

 

A: アカデミー賞外国語映画賞最有力候補、公開前のダニエル・ベガ来日など、チリ映画としては話題の豊富な作品でした。日本でのセバスティアン・レリオの知名度がどれくらいか分かりませんが、前作の『グロリアの青春』を気に入った方にはお薦め作品です。

B: ヒロインのマリーナ・ビダルがトランスジェンダー、ベガ自身も同じということですが、この現在使われている「トランスジェンダーTG」という用語は、スペイン語では比較的最近使われだしたもので、語義の捉え方が一定しているのかどうか疑問です。

 

A: パンフ掲載のインタビューでも来日インタビューでも、ベガは「トランスジェンダーTG」とありますが、スペインで最も重要なゲイのグループが出している雑誌「SHANGAY」のインタビューでは、ベガ自身は「私は女性でトランスであることに誇りに思っている」と言ってるだけです。レリオ監督はマリーナを性転換者を意味する「una mujer transexualトランスセクシュアルの女性)」というTSを使用している。ベガ自身とマリーナが同じかどうか、TGなのかTSなのかはっきりしません。

B: 映画ではセリフから性別適合手術を受けた印象でしたが、「心と体の性別に差がある人」、または「誕生時に割り当てられた性別と異なる性で生きている人」という意味では同じですかね。

 

A: オルランドの死の関与を疑うコルテス刑事と医師の会話からは、まだマリーナの身分証明書が男性のままなのが分かる。そこで法的には男性でも「女性として扱ってやって」という刑事のセリフになる。マリーナも申請中だと法的には男性であることを認める。

B: TGの語義は時代とともに変化していて今は過渡期なのかもしれない。日本語の訳語は定まっていませんが、直訳すれば「性別越境者または移行者」になるのでしょうか。

 

A: ベガは「世間が私をどのように分類するか気にしません。自分の名前がトランスというレッテルで括られる必要のない日が来るかもしれませんし、来なくても構わない、どうせ同じことですから。レッテルは洋服のようなもので、脱いだり着たりする。つまり私は妊娠した女性の役でも男性の役でも演じられるということです」と。

B: 「生まれてきたばかりの赤ん坊の肌はすべすべですが、老いて死ぬときには皺だらけです。日々私たちは変化しています。私たちはみんなトランスなんです」とも発言している。映画の中でも愛犬ディアブラDiablaを取り返すときに見せたドスを効かせた声と、敏捷な動きに観客は唖然とする。

         

A: ジェンダーは社会的性別のことで生物学的な性別とは異なる。TSは「法的に戸籍も移行した性別に変えられるTS」とは全く別だと思うのですが、TS の人も広義のTGに含めて使用しているのかもしれません。

 

             映画の構想は「トロイの木馬」だった

  

B: 本作はLGBTがテーマではありません。ベルリナーレでプレミアしたとき、こんなインディ映画がオスカー像をチリにもたらすなんて誰が想像したでしょうかね。

A: 本映画祭の脚本銀熊賞が大きかったと思います。レリオ監督によると、そもそもの出発は「もし愛していた人が自分の腕の中で急に死んでしまったら何が起きるか、予想もつかない悪いことが起こるに違いないという問いが自分を突き動かした」と、昨年のサンセバスチャン映画祭で語っていた。

 

B: 脚本が「トランスセクシュアルの女性に行き着くまで試行錯誤の連続だった」というから、発想の順序が逆ですね。

A: 「トロイの木馬」だったようです。TSの女性は後から飛び出してきて勝利した。クラシック映画を超現代的にコーティングして、社会が価値のある人間と認めていない誰かを主人公にして撮ったら面白いのではないか。例えば、トランスセクシュアルの女性をヒロインにして、あたかも1950年代のジャンヌ・モローのようにエレガントに演じさせたらと考えた。

 

B: そこで当時暮らしていたベルリンからチリに帰国して主人公探しを始め、辿りついたのがダニエラ・ベガだったわけですね。

A: 起用されるまでの経緯は、ベガがあちこちのインタビューで語っているので割愛しますが、監督によるとチリの知人に取材したところ、二人の別々の人物が「それならダニエラ・ベガだよ」と即座に推薦したと。それまでにベガは、マウリシオ・ロペス・フェルナンデスのLa visitaTSのため家族からも疎んじられる女性を演じ、マルセーユ映画祭のような国際映画祭では女優賞を受賞していたからです。

 

        

     (TS の女性エレナ役のベガ、ロペス・フェルナンデスの「La visita」から)

   

B: それにシンガー・ソング・ライターのマヌエル・ガルシアのビデオクリップMaríaに登場したことが大きいのではないか。以来TV出演が増えるなど存在が知られるようになっていた。多分エリート保守派が幅を利かせるチリでも、少しずつ社会変革が進んでいるのでしょう。

A: ベガ自身も「14歳でカミングアウトした時と、13年後の現在では雲泥の差がある」と語っている。社会の壁を破るのは「法より芸術のほうが早かった」とアートの力を実感している。出演を受けたとき、ハリウッドで脚光を浴びるとは夢にも思わなかったはずです。

 

      

      (ダニエラ・ベガ、マヌエル・ガルシアのビデオクリップ《María》から)

 

 

       『ナチュラルウーマン』にはドン・ペドロはおりません

  

B: ルイ・マルやヒッチコック映画へのオマージュ、目配せのシーンが多数あるとパンフのインタビューにありました。マリーナがマイケル・ジャクソンみたいに風に向かって前傾して歩くシーンはバスター・キートンからの連想とか。スペイン語圏の人はチャップリンよりキートン好きが多い。

A: ルイ・マルのデビュー作『死刑台のエレベーター』58)のジャンヌ・モロー、ヒッチコックの『めまい』(58)、撮影中常に頭にあったのはブニュエル『昼顔』66)だったそうです。

 

B: 大勢からアルモドバルの『オール・アバウト・マイ・マザー』99)他、アルモドバルの影響を質問されるが、「とても光栄なことだが無関係」と否定していますね。

A: 「登場人物にトランスセクシュアルな女性が出てきたり、メロドラマへの目配せやスリラーを交差させることなどあると観客はアルモドバルを連想するけれど、『ナチュラルウーマン』にはドン・ペドロはおりません」と言ってます。

B: ダニエラ・ベガが演じたマリーナには、モンローのエレガントな雰囲気が漂っている。多分監督がベガに50年代のクラシック映画に現れたヒロインたちを研究するよう示唆したせいだと思いますね。

   

A: 構想から脚本完成まで1年半ほどかかった。ベルリンに戻ってからは、ベガとの取材や連絡は電話とかスカイプを利用し、シナリオが半分くらいにきたところで「主役を探さなくても目の前にいるじゃないか」とパチンときた。

B: つまり「ダニエラがマリーナ」だったわけですね。人との出会いは不思議ですね。

 

      マリーナに寄り添う巧みな選曲、心に沁みる「オンブラ・マイ・フ」

           

A: 本作では音楽の占める位置が重要です。邦題が「ファンタスティック・ウーマン」から「ナチュラルウーマン」になったのは、アレサ・フランクリンの名曲「A Natural Woman」の「You make me feel like a

natural woman( あなたのそばにいると、ありのままの自分でいられる)」から採られている。個人的には内容からして、ことさら「ファンタスティック」を「ナチュラル」に変える必要がどこにあったのかと思っています。

B: マリーナは「あなたがいなくなっても、ありのままの自分でいられる」自立した女性に生れ変わるのだから、これこそ「ファンタスティック・ウーマン」です。

 

A: セルヒオ・エルナンデスが演じた歌の先生の伴奏で歌う「Sposa son disprezzata(蔑ろにされている妻)」という曲は、ボーイソプラノの美声を保つために去勢したオペラ歌手(カストラート)だったファリネッリのために書かれたものだそうです。

B: ファリネッリはバロック時代に実在した有名なカストラート、『王は踊る』のジェラール・コルビオがファリネッリのビオピック『カストラート』(94)を撮っている。

A: ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞の受賞作品でした。悲劇には違いないですが最後には光がさすところなど、マリーナとファリネッリを重ね合わせている印象をもちました。

 

B: 「愛を探しにきたのかも」というマリーナに対して、先生は「君が探しているのは愛ではない」と諭す。聖フランシスコは愛をくれ平和をくれとは言わない。

A: 聖フランシスコは「私を君の愛の手段に、君の平和の手掛かりに」と言っているだけだと。浮いたセリフに聞こえるシーンですが、マリーナが心を許している数少ない登場人物の一人がこの歌の先生、常にベガを支えてくれる父親の姿が投影されているようだ。両親の支えがなかったら今日のダニエラ・ベガは存在しない。

   

B: 「私の人生は自分で決めたい。もし賛成してくれるなら、それはファンタスティックだ」と打ち明けたとき「分かったよ、一緒に進もう」と言ってくれた父親、「それで何か問題がある? ないでしょ」と応じてくれた母親、予想される世間の中傷をものともしない家族の存在は大きい。

A: 先生を演じたセルヒオ・エルナンデスはチリのベテラン、パブロ・ララインの『No』や『グロリアの青春』にも出演している。観客を一時和ませてくれる役柄でした。

 

B: 愛犬ディアブラを取り戻したマリーナがラストで歌うヘンデルの「Ombra mai fu(オンブラ・マイ・フ)」も、カストラートのために作曲された。

A: 厳しい日差しを遮ってくれるプラタナスの木陰に感謝する曲、偏見からマリーナを守ってくれた亡きオルランドへ捧げる歌になっている。エモーショナルなシーンでした。

B: 冒頭のナイトクラブでマリーナが楽しそうに歌っていた、サルサ歌手エクトル・ラボーの「Periodico de ayer(昨日の新聞)」、マリーナがディスコで踊りまくるファンタスティックなシーンで流れるのはマシュー・ハーバートのスコア、エンディングではアラン・パーソンズの別れを受け入れる「Time」など、総じて音楽が映画を魅力あるものにしている。

 

      

          (ラストで「オンブラ・マイ・フ」を歌うマリーナ)

 

         愛と寛容、レジスタンスと尊厳―「私たちは何者であるか?」

 

A: 本作はトランスの人々の権利について論争を起こしましたが、チリのエリート階級は保守派で占められ、ラテンアメリカ諸国のなかでもLGBTへの偏見の強い国と言われています。実際『家政婦ラケルの反乱』の監督セバスティアン・シルバはチリを脱出、数年前からNYのブルックリンを本拠地にして英語で映画を撮っています。

B: 5年前から議論されていた「Ley de Identidad de Géneroジェンダー・アイデンティティ法」が、やっとローマ法王フランシスコが来訪する1日前の2018115日に可決されました。

A: 310日に退任したミシェル・バチェレ政権に残された仕事の一つでした。バチェレ大統領は38日の「国際女性デー」には、女性相クラウディア・パスクアルやダニエラ・ベガと共に街頭に出て、女性の権利平等を訴えました。

セバスティアン・ピニェラ大統領が311日に就任した。

 

          

       (左から、バチェレ大統領、ベガ、パスクアル女性相、201838日)

 

B: チリ社会も変わりつつあるのでしょうが、人々の意識変革はおいそれとは進まない。オルランドの死後、家族がマリーナに見せた顔が実態でしょう。

A: オルランド役のフランシスコ・レイェス、ルイス・ニェッコが演じたオルランドの兄弟ガボ、アントニア・セヘルスが扮したレストラン主人アレサンドラなどは少数派、葬式に集まった親戚一同、特にマリーナの顔をテープでぐるぐる巻きにしてしまうニコラス・サアベドラ演じる息子ブルーノと親戚の男たちが多数派、社会の多数派はトランスをこのように見ているのだという強烈なメッセージでした。

B: 多数派の一人、警察医になったロベルト・ファリアスは、『ザ・クラブ』でクラブに突然舞い込んできて元神父たちをかき回すキーパーソン、サンドカンを演じたベテラン、元妻か別居妻か分からなかったソニアを演じたアリネ・クッペンハイムなど、本作の脇役陣は豪華版です。

  

    

           (テープで顔を巻かれたマリーナの強烈なシーン)

 

A: ブルーノは「お前はいったい何者なんだ?」とマリーナをギリシャ神話に出てくる怪物キマイラ扱いする。それは取りもなおさず「私たちは何者であるか?」という問いですね。これが本作の根源的なテーマ、愛だの反逆などは副次的なものです。自分を捨て若いトランスに走った夫を許せないソニアや家族の復讐は、メロドラマとしてサービスされた小道具です。

B: 家庭を壊された家族が、壊れた原因がなんであれ破壊者に辛く当たるのは当たり前です。マリーナの不幸はオルランドの愛にかこつけたエゴや社会認識の甘さが理由のひとつですよ。死んだ後もマリーナの幻影として登場させているが、いずれのシーンもデジャヴ、鏡の多用など多分クラシック映画への目配せ、エールですかね。好き嫌いがはっきり分かれる。

 

         「無」を描くのが好き―円環的なサスペンス

 

A: 多くのチリ人が避けてきたテーマを引きずり出したことが評価された。チリのエリート階級が保守的なのは、パブロ・ララインやアンドレス・ウッドの映画から読み取れます。映画とは関係ありませんが、古くは1945年ノーベル文学賞を受賞したガブリエラ・ミストラルは、その官能的な詩、1946年知り合って以来死ぬまで個人秘書だったアメリカ人のドリス・ダナとの親密な関係を批判された。

B: 幼年時代を歌った詩人、優れた教師、有能な外交官としてのミストラルだけでいて欲しかった。

A: ドリス・ダナは2006年に没するまでミストラルの遺言執行人だったのですね。ミストラルとダナとの関係を調べて、マリア・エレナ・ウッドがドキュメンタリーLocas Mujeres2011)を撮っています。

 

          

          (在りし日のガブリエラ・ミストラルとドリス・ダナ)

 

B: マリア・エレナ・ウッドは、最近ご紹介したTVミニシリーズ「メアリとマイク」をプロデュースしたばかりの監督、製作者ですね。

A: ウッドは「政治的立場は違っていても、エリート階級はおしなべて保守的」とコメント「ミストラルに偏見をもたずに紹介しているのは、チリ本国より外国のほうです」とも付け加えている。ピノチェト政権が17年間も長持ちしたのも、そういうエリートたちのお蔭でしょうか。

 

B: サスペンスの要素、例えば「181」というナンバーが付いた鍵、マリーナは偶然からそれがサウナのロッカーの鍵だと分かる。

A: 観客はオルランドがサウナでマッサージをうけているシーンから始まったことを思い出す。彼の体調の異変の前兆としか捉えていなかったから、サウナが伏線だったことを知る。突然逝ってしまったオルランドが、何かマリーナに残しているのではないかと前のめりになると、そこは空っぽ。

B: 何か見落としたのではないかと不安になるが、そこは「無」、哲学的です。トランスが置かれている闇かもしれない。

 

A: 「無」を言うなら、マリーナはオルランドを失っただけでなく同時に車やアパート、その他もろもろ、彼の贈り物だった愛犬さえとられてしまう。しかもディアブラは生きている、一緒に戦いたい。

B: ディアブラは単なる犬ではなく戦友なのだ。スペイン語のDiablaは「女の悪魔」という意味で、これはちょっと笑える。

 

A: オスカー像を手にチリ凱旋を果たした監督一同、国民はどんな反応をしたのでしょうか。「Ley de Identidad de Género」の可決に尽力してくれたバチェレ大統領への挨拶、ファンへの報告など多忙を極めていることでしょう。「なんてファンタスティックなの!」「ダニエラ、おめでとう!」と異口同音に迎えるだろうが、彼女はサンティアゴ空港に「ダニエラ・ベガ」で入国できたかどうか、どうでしょうか。ここから第一歩が始まる。

 

          

           (監督、ベガ、右側がバチェレ大統領、36日)

 

B: チリに初めてオスカー像がもたらされたのは、2016年の短編アニメーションだそうですね。

A: ガブリエル・オソリオHistoria de un Oso(2014、11分)というアニメーション、監督の祖父でピノチェト政権時代に亡命した社会学者だったレオポルド・オソリオの痛みを描いているそうです。「私たちが何者なのかを理解するために鏡に向き合わねばならない」と監督。テーマが本作と繋がっているようです。

   

       

   

  (左がオスカー像を手にした監督、右はアニメーターのパトリシオ・エスカラ、2016年)

          

ダニエラ・ベガDaniela Vega Herenández女優、叙情歌手。198963日サンティアゴのサン・ミゲル生れ、のち家族はニュニョアに引っ越し弟が生まれる。8歳のとき叙情歌手としての才能を見出され、サンティアゴの小さな合唱団で歌い始める。父親の理解のもとプロの声楽教師のもとで本格的に学ぶようになる。しかしその女らしさゆえ学校生活ではさまざまな偏見と差別に苦しむ。14歳のとき家族に女性にトランスすることを打ち明け、家族は直ちに共に歩むことを受け入れる。高校卒業後、美容師としての一歩を踏み出すかたわら、正式な演技指導は受けていなかったが地方の演劇団の仲間入りをする。

 キャリア

2011年、マルティン・デ・ラ・パラの演劇La mujer mariposaでオペラを歌う主役に抜擢され、チリ国内の多くの劇場で5年間ロングランした。

2014年、シンガー・ソング・ライターのマヌエル・ガルシアのビデオクリップMaríaに登場、TV出演が増えるなど話題になる。

2014年、マウリシオ・ロペス・フェルナンデスのデビュー作La visitaTSの女性エレナを演じる。本作はチリのバルディビア映画祭でプレミア、後OutFest、グアダラハラ、トゥールーズ、マルセーユ、各映画祭に出品され、マルセーユ映画祭2015の女優賞を受賞、監督が作品賞を受賞した。

201617年、セバスティアン・デ・ラ・クエスタ、ロドリゴ・レアルなどの演出で「Migrantesの舞台に立つ。

2017年、セバスティアン・レリオのUna mujer fantásticaで主役マリーナに起用される。

2017年、ビスヌ・イ・ゴパル・イバラのブラックコメディUn domingo de julio en Santiagoでストレートの女性弁護士に扮する。

 

   

        (演劇「La mujer mariposa」でのダニエラ・ベガ)

 

レリオ監督のキャリア&フィルモグラフィーについては、コチラ2017126

  

ピノチェト時代の闇を描くTVシリーズ放映始まる*ベルリン映画祭番外編2018年03月04日 21:01

            エリート諜報員「メアリとマイク」――ベルリン映画祭番外編

 

★ベルリン映画祭2018は閉幕いたしましたが、「ドラマ・シリーズ・デイ」で上映された6話構成のミニドラマMary y Mike(チリ、アルゼンチン合作)を番外編としてご紹介したい。このセクションは賞に絡みませんが、ベルリンで紹介される初めてのチリTVドラマになりました。チリ放映開始(313日、アルゼンチン同)より一足早くベルリンでプレミアされました。このドラマは1970年代ピノチェト軍事独裁時代に組織されたDINA(チリ国家情報局)のエリート諜報員マリアナ・カジェハス=マイケル・タウンリー夫婦が暗躍する物語です。アメリカCIAの協力のもとに二人が関わった重要な殺害事件、ブエノスアイレスでのカルロス・プラッツと妻ソフィア殺害、ローマでのベルナルド・レイトン殺害、ワシントンでの駐米チリ大使オルランド・レテリエル殺害が語られるようです。

DINADirección de Inteligencia Nacional

  

 

 

Mary y MikeTVシリーズ、ミニドラマ6エピソード構成 

製作:Invercine & Wood / ChileVisión / Tuner / SPACE

監督:フリオ・コルテス、エステバン・ラライン

撮影:エンリケ・Stindt

編集:カミロ・カンピ、アルバロ・ソラル

音楽:Miranda and Tobar

製作者:パトリシオ・ペレイラ、マカレナ・カルドネ、(エグゼクティブ)マティアス・カルドネ、アンドレス・ウッド、マリア・エレナ・ウッド、他

 

データ:製作国チリ=アルゼンチン、言語スペイン語・英語・イタリア語、実話、スリラードラマ、ベルリン映画祭2018ドラマ・シリーズ・デイ」部門上映、2018313日放映開始

 

キャスト:マリアナ・ロヨラ(メアリ、マリアナ・カジェハス)、アンドレス・リジョン(マイク、マイケル・タウンリー)、コンスエロ・カレーニョ(長女コニー)、エリアス・コジャド(長男シモン)、パブロ・セルダ(ウルティア大佐)、オティリオ・カストロ(サルミエント将軍)、アグスティン・シルバ(ハビエル)、フアン・ファルコン(オメロ)、アレクサンデル・ソロルサノ(ラミロ)、他多数

 

プロット:メアリとマイクは、チリの秘密警察DINA(国家情報局)のエリート諜報員、彼らの仕事はピノチェト政権に反対するリーダーたちの抹殺であった。夫婦の表の顔は、メアリは作家、マイクは有能な電子工学の<グリンゴ>としてチリのセレブ階級に溶け込んでいた。首都サンティアゴの高級住宅街ロ・クーロにある彼らの屋敷で二人の子供を育て、メアリは執筆をしたりパーティを開いたりしていた。一方で拷問や殺害、大規模な破壊兵器サリンガスなどの実験場でもある「恐怖の館」であった。次第に多くの人々が滞在する奥まった部屋は、DINAの強制収容所としての役割も果たすようになっていった。アメリカCIAの協力のもと、1974年ブエノスアイレスでのカルロス・プラッツ将軍と妻ソフィア殺害、1975年ローマでのベルナルド・レイトン殺害、1976年ワシントンでの駐米チリ大使オルランド・レテリエル、その秘書ロニー・モフィット殺害を軸にドラマは展開されるだろう。                             (文責:管理人)

 

      

 (ロ・クーロの「恐怖の館」をバックに幸せを満喫しているカジェハス=タウンリーの一家)

 

★実話とはいえフィクションの部分もあるようです。メアリことマリアナ・カジェハス1932モンテ・パトリア~2016サンティアゴ、享年84歳)は、CIAのヒットマンであったマイケル・タウンリーと再婚したとき前夫との間に3人の子供がいた。タウンリーとの間にも2人の男児が生まれている。従ってドラマでのコニーとシモン姉弟はフィクションである。200612月のピノチェト死去を受けて、2008630日、1974年のカルロス・プラッツ将軍夫妻殺害により禁固20年の刑が言い渡された。しかし翌年1月に上告、2010年に最高裁判所はたったの5年に減刑、それも収監無しという恩恵を与えた。これが民主化されたチリの現状である。カジェハスを演じたマリアナ・ロヨラ1975、サンティアゴ)は、フェルナンド・トゥルエバの「El baile de la Victoria」(08、『泥棒と踊り子』スペイン映画祭2009上映)、セバスチャン・シルバの「Nana」(2009、『家政婦ラケルの反乱』ラテンビート上映)、ほか最近では受賞歴の多いTVシリーズでの活躍が目立っている。

 

(マリアナ・カジェハス)

         

 

  

(マリアナ・ロヨラとアンドレス・リジョン、映画から)

 

★マリアナ・カジェハスは非常に複雑な人格で、これまでにもウルグアイ出身の監督エステバン・シュレーダーが彼女を主人公にした「Matar a todos」(2007、アルゼンチン・チリ・独・ウルグアイ)を撮っている(小説の映画化)。チリ女優マリア・エスキエルドが演じた。彼女はアンドレス・ウッド映画の常連だったが、今回のドラマには出演していない。カジェハスを分析した書籍も多数出版されております。チリ出身の作家ロベルト・ボラーニョの中編小説「Nocturno de Chile」(1999)のなかでは、マリア・カナレスの名前で登場しますが、ピノチェトとかネルーダなどは実名で現れます。邦題『チリ夜想曲』として翻訳書も出ています(ボラーニョ・コレクション全8巻、白水社)。

   

   

                   (ロベルト・ボラーニョ「Nocturno de Chile」から)

 

★妻より10歳年下のマイクことマイケル・タウンリー1942、アイオア州ワーテルロー)は、米国のプロのシカリオ、元CIA諜報員、その後チリに派遣されDINAの諜報員となる。75歳になる現在は米国連邦証人保護プログラムの監視下に置かれている。この人物も既にドラマ化されており、今回マイケルを演じることになったアンドレス・リジョン(チリの有名な俳優でコメディアンだった母方の祖父と同姓同名)は現在31歳と当時のタウンリーと同じ年齢である。カトリック大学で演技を学んだアンドレス・リジョンによれば「マイケルは冷酷で打算的、じっくり観察し、ミッションを忠実に守る服従タイプの人間、自分の考えを口に出さない複雑な人格で、演じるのはとても難しかった」と語っている。

 

(マイケル・タウンリー)

   

 

   

     (マイケル・タウンリーとマリアナ・カジェハスのツーショット)

 

★製作の軸を担ったInvercine & Woodのプロデューサーアンドレス・ウッド1965、サンティアゴ)、「Machuca」(04、『マチュカ―僕らと革命―』)、「La buena vida」(08、『サンティアゴの光』ラテンビート、ゴヤ賞2009イスパノアメリカ映画賞)、「Violeta se fue a los cielos」(11、『ヴィオレータ、天国へ』ラテンビート)などの監督、脚本家としてのほうが有名でしょうか。『サンティアゴの光』がラテンビートで上映された折り来日しています。監督としては『ヴィオレータ、天国へ』を最後に、現在はもっぱらTVシリーズに力を注いでいるようです。本作をTVドラマにした理由について「チリの政治史を交差した個人的な物語ですが、映画ではなく何故あの時代に軍事クーデタが成功したのか、別の視点で軍事独裁時代を描きたかった」と語っています。

 

(アンドレス・ウッド)

   

 

  

(『マチュカ―僕らと革命―』オリジナルポスター)

  

★シリーズのプロデューサーの一人マティアス・カルドネは「プロジェクトを立ち上げてから完成まで4年の歳月を要した」。脚本執筆のための事実確認の作業は挑戦でもあったようです。まだ関係者が生存しているからでしょうか。ウッドがベルリナーレ参加の準備や手配、また国際的なプロモーションなどを担い、マリア・エレナ・ウッドが文化芸術国家評議会の援助を受けてヨーロッパ・フィルム・マーケットに馳せ参じるなど、それぞれ役割分担をして宣伝に努めているようです。Netflix あたりが配信してくれると嬉しいのですが、どうでしょうか。

  

1970年代のピノチェト軍事独裁時代を切り取った映画は、既に何作も製作され、なかには公開作品もありますが、大体が犠牲者側の視点に立っています。当ブログでもパトリシオ・グスマンのドキュメンタリー『光のノスタルジア』や『真珠のボタン』、パブロ・ララインの「ピノチェト政権三部作」(『トニー・マネロ』「Post morten」『No』)など紹介しています。続く『ザ・クラブ』も広義ではその延長線上にあるでしょう。本作のようにピノチェト政権側からの目線のものは紹介されておりません。アルゼンチン映画ではパブロ・トラペロが実話をもとに撮った『エル・クラン』(15)が公開されましたが、こちらの軍事独裁も全容はまだ明らかでなく、チリは軍事独裁が17年間と長期間続いたことで闇はより深く、解明は始まったばかりです。

  

パノラマ部門にチリとアルゼンチン映画*ベルリン映画祭2018 ④2018年02月25日 17:46

      アルゼンチンからサンティアゴ・ロサの「Malambo, el hombre bueno

 

     

★アルゼンチンからはサンティアゴ・ロサMalambo, el hombre bueno(「Malambo, the Good Man」)が単独でノミネートされている。「Malamboマランボ」というのはアルゼンチン伝統の男性だけのフォルクローレ、発祥はガウチョのタップ・ダンス、従ってすべてではないがガウチョの衣装とブーツを着て踊り、毎年チャンピオンを選ぶマランボ大会が開催されている。本作はドキュメンタリーの手法で撮っているがドラマです。主役のマランボ・ダンサーにガスパル・ホフレJofreが初出演する。監督のサンティアゴ・ロサは、1971年アルゼンチンのコルドバ生れ、過去にはExtraño03、ロッテルダム映画祭タイガー賞他)、Los labios10BAFICI映画祭監督賞、カンヌ映画祭「ある視点」出品)、La Paz13BAFICI映画祭作品賞)などのほか受賞歴多数のベテラン監督。ベルリナーレでは216日上映されました。

 

     

                (サンティアゴ・ロサ監督)

 

      チリからマルティン・ロドリゲス・レドンドのデビュー作「Marilyn

 

    

★ご紹介したいのはマルティン・ロドリゲス・レドンド1979のデビュー作Marilyn17、アルゼンチンとの合作)、前回のベルリナーレでは、チリの『ナチュラルウーマン』(セバスティアン・レリオ、224日公開)が気を吐きましたが、今回はコンペティションにノミネーションがなく、パノラマにも本作のみです。初監督作品賞、テディー賞対象作品です。監督については詳細が入手できていませんが、ブエノスアイレスにある映画研究センターCICEl Centro de Investigación Cinematográfica)で映画製作を学んだアルゼンチンの監督のようです。脚本がINCAAのオペラ・プリマ賞を受賞、共同製作イベルメディアの援助、2014年サンセバスチャン映画基金、2013年メキシコのオアハカ脚本ラボ、その他の資金で製作された。2016年の短編Las liebresが、BAFICI映画祭、ハバナ映画祭、BFI Flare ロンドンLGBT映画祭で上映されている。

  

             

            (マルティン・ロドリゲス・レドンド監督)

 

データ:製作国チリ=アルゼンチン、スペイン語、2017年、実話、90分。

製作:Quijote Films(チリ)、Maravillacine(アルゼンチン)

監督:マルティン・ロドリゲス・レドンド

脚本:マルティン・ロドリゲス・レドンド、マリアナ・ドカンポ

編集:フェリペ・ガルベス

撮影:ギジェルモ・サポスニク

 

キャスト:ヴァルター(ウォールター)・ロドリゲス(マルコス、綽名マリリン)、カタリナ・サアベドラ(母オルガ)、ヘルマン・デ・シルバ(父カルロス)、イグナシオ・ヒメネス(兄カルリート)、ほか

 

物語:高校を優秀な成績で卒業した青年マルコは地方の農場で暮らす両親と兄のもとに帰ってくる。兄カルリートは牛の乳しぼりやパトロンが盗んできた牧牛の世話をしており、母オルガは婦人服仕立てで得たわずかなお金を暮らしにあてていた。父カルロスが亡くなると、さらに困難の日々が待っていた。ある同性愛者の集まりで自身のホモセクシュアルに目覚める。マルコスは農園の仕事が好きになれず、隠れて化粧をしたり女装をすることで息をついていた。この内気な若者も仲間からマリリンと呼ばれるようになる。カーニバルの季節がやってくると、踊りのステップを踏むことで自身の体を解き放ち喜びに酔いしれる。世間の冷たい目の中で窮地に立たされるマルコス、苦痛を和らげてくれる若者とのつかの間の愛の行方は・・・小さな村社会の差別と不寛容が語られる。

 

              

                       (カーニバルで自身を解き放つマルコス=マリリン、映画から)

         

  

  (恋人とマルコス、映画から)

 

★実話に基づいているそうです。「チリ社会は保守的な人が多い。都会では年々LGBT(レスビアン・ゲイ・両性愛・性転換)に対する理解が得られるようになったが、地方では差別や不寛容に晒されている」とチリのプロデューサーのジャンカルロ・ナッシ。母オルガを演じたカタリナ・サアベドラは、セバスティアン・シルバLa nana2009『家政婦ラケルの反乱』)で異才を放った女優。このシルバ監督も同性愛者で、不寛容なチリを嫌って脱出、現在はブルックリンでパートナーと暮らして英語で映画製作をしている。才能流出の一人です。

 

セバスチャン・レリオの『ナチュラルウーマン』のテーマもLGBT、今回コンペティション部門にノミネートされたパラグアイのマルセロ・マルティネシLas herederasLGBTでした。こちらは評価も高く、観客の受けもまずまずだった。監督以下スタッフ、主演女優3人もプレス会見に臨み、各自パラグアイ社会の女性蔑視、性差別の風潮を吐露していました。初参加のパラグアイ映画に勝利の女神が微笑むことを祈りたい。いよいよ今夜受賞結果が発表になり、ベルリナーレ2018も終幕します。

 

      

   (女優賞に絡めるか、アナ・ブルンとアナ・イヴァノヴァ、「Las herederas」から)

 

フォーラム部門にノミネートされたチリのアニメーション、クリストバル・レオンホアキン・コシーニャLa casa lobo(「The Wolf House222日上映)が評判になっています。おとぎ話に見せかけているが、実はピノチェト時代にナチスと手を組んで作った、宗教を隠れ蓑にした拷問施設コロニア・ディグニダが背景にあるようです。賞に絡んだらアップしたいアニメーションです。

 

パブロ・ララインの『ネルーダ』*ラテンビート2017 ⑨2017年11月22日 21:08

            赤い詩人自らが神話化した逃亡劇、伝記映画としては不正確!

 

パブロ・ラライン『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』は、カンヌ映画祭と併催の「監督週間」(2016)でワールド・プレミアされた作品。国際映画祭でのノミネーションは多いほうですが受賞歴はわずかにとどまっています。当ブログでは「ネルーダ」の仮題で既に内容及びデータ紹介をしております。そこではジャンルとして伝記映画としましたが、マイケル・ラドフォードのイタリア映画『イル・ポスティーノ』(94)ほどではありませんが、これもフィクションとして観たほうが賢明という印象でした。ララインがネルーダの詩を利用して言葉遊びを楽しんだ映画です。カンヌのインタビューで監督が「伝記映画としては不正確」と述べていた通りでした。官憲による逮捕を避けて逃げるのですから逃亡に違いありませんが、ここでのネルーダはいわゆる逃亡者ではないのでした。

『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』の記事紹介は、コチラ2016516

  

   

              (人生はゲーム、追う者と追われる者)

 

  主なキャスト紹介(邦題のあるフィルモグラフィー)

ガエル・ガルシア・ベルナル:警官オスカル・ペルショノー(『No』『アモーレス・ぺロス』

  『モーターサイクル・ダイアリーズ』『ノー・エスケープ』)

ルイス・ニェッコネルーダ(『No』『ひとりぼっちのジョニー』『泥棒と踊り子』

メルセデス・モラン妻デリア・デル・カリル(『沼地という名の町』『ラ・ニーニャ・サンタ』

  『モーターサイクル・ダイアリーズ』

アルフレッド・カストロゴンサレス・ビデラ大統領(ラライン映画全作他『彼方から』

エミリオ・グティエレス・カバピカソ(『13みんなのしあわせ

   『スモーク・アンド・ミラーズ』

ディエゴ・ムニョスマルティネス(『ザ・クラブ』

アレハンドロ・ゴイクホルヘ・ベレート(『ザ・クラブ』『家政婦ラケルの反乱』)、

パブロ・デルキ友人ビクトル・ペイ(『サルバドールの朝』『ロスト・アイズ』

マイケル・シルバ歴史家アルバロ・ハラ(『盲目のキリスト』)、

マルセロ・アロンソぺぺ・ロドリゲス(『ザ・クラブ』『No』以外の三部作)、

ハイメ・バデル財務大臣アルトゥーロ・アレッサンドリ(『ザ・クラブ』

   「ピノチェト政権三部作」

フランシスコ・レイェスビアンキ(『ザ・クラブ』

アントニア・セヘルス:(「ピノチェト政権三部作」以降のラライン全作)

アンパロ・ノゲラ:(「ピノチェト政権三部作」)

 

          ネルーダは「チリの国民的ヒーロー」か?  

 

A: ラテンビートで鑑賞できず、先日やっと観てきました。ラテンビートのパンフレットには「チリの国民的詩人」、映画パンフには「英雄的ノーベル文学賞詩人」と紹介されていますが、ちょっと待ってよ、と言いたいですね。ラライン監督によると「ノーベル賞作家とはいえ、自分を神格化する傾向があり、チリ人はそういうタイプの人間を好まない」と言ってますからね。紹介記事の繰り返しになりますが、「ネルーダはネルーダを演じていた、自分がコミュニズムのイコンとして称揚されるよう逃亡劇をことさら曖昧にして、詩人自らが神話化」した。

B: 彼はコミュニストだったから、チリの保守派にはネルーダ嫌いが少なからずいるとも語っている。つまり、結構多いということです。

 

A: 時代背景も重なるホドロフスキーの『エンドレス・ポエトリー』の中では、当時の若い詩人たちが心酔していたのはニカノール・パラで、ネルーダはクソミソだった。

B: さらに、そのホドロフスキーもチリでは嫌われているようですね。「預言者郷里に容れられず」というのは普遍的な真理です。

 

A: 主人公は逃亡者ネルーダか、追跡者オスカル・ペルショノーか、だんだん二人は似てきて同一人物にも思えてくる。一体オスカル・ペルショノーとは何者かとなってくる。

B: サスペンスといっても、ネルーダが捕まらなかったことは歴史上の事実、だから観客は全然ドキドキしない。ドキドキしないサスペンス劇など面白くない。

A: では何が面白いのかと言えば、いつも一歩手前で逃げられてしまう間抜けな追跡者オスカルを語り部にしているところで、そのモノローグはネルーダの詩が主体となっている。

 

      

         (アラビアのロレンスの衣装を纏い詩を朗読するネルーダ)

 

B: オスカル役のガエル・ガルシア・ベルナルが「豊かなネルーダの詩の読者を失望させないと思う」と語っていたように、ネルーダの詩と言葉が主役なんですね。

A: 映画に限らず詩の翻訳は厄介です。何回か引用された『二十の愛の詩と一つの絶望の歌』や『マチュピチュの頂』、逃避行の最中に詩作した『大いなる詩』など、それぞれ複数の翻訳がありますから参考にしたか、字幕監修者の翻訳かもしれません。

  

          自分自身を誰よりも愛した男、副題 <大いなる愛の逃亡者>

 

B: 代表作『大いなる詩』に引っ掛けたのか、やはりおまけの副題がつきました。ネルーダと言っても何者か分からないから仕方がないかもしれない。

A: しかし、ネルーダが何者か知らない人は映画館まで足を運ばない。どうしても付けたいなら、いっそのこと<大いなる詩の逃亡者>としたほうが良かった。愛の逃亡者じゃないからね。

B: 観ていてつくづく思ったのは、ネルーダは目立ちたがりやの自分勝手な男、女好きの貴族趣味、愛していても足手まといになりそうな妻デリアを体よく追い払った自分自身を誰よりも愛した男だったということでした。

 

A: ネルーダの神格化を打ち壊そうとするラライン監督の意図は、ある意味で成功したわけです。1943年メキシコで結婚した画家デリア・デル・カリル18851989)は、アルゼンチンの上流階級出身、ヨーロッパ生活が長く、独語・仏語・英語ができた。1935年チリ領事だったネルーダとマドリードで知り合ったときには既に50歳だったが30歳にしか見えなかったと言われる。

B: 若いときの写真を見ると凄い美人です。ルクレシア・マルテルの「セルタ三部作」に出演したアルゼンチンのベテラン女優メルセデス・モランが好演した。ラライン映画は初出演でしょうか。

 

            

               (ネルーダとデリア、1939年)

 

A: 出会ったときには既にヨーロッパで画家として成功しており、映画にも出てくるピカソをネルーダに引き合わせた女性。キャリアを封印し、私財のすべてをつぎ込んでネルーダを支え、ヨーロッパの知識人をネルーダに紹介した。チリでは離婚は法的に認められていなかったから、ネルーダとは日本でいう内縁関係です。正式の妻は1930年に結婚したオランダ人のマルカ・ハゲナーでした。

B: オスカルがネルーダを貶めようとラジオ出演に引っ張り出してきた女性ですね。しかし彼女はチリに住んでいたのですかね。

      

        

        (髪型を似せたデリア=モランと少し太めのネルーダ=ニェッコ)

 

A: 正確なビオピック映画ではないからね。マルカ・レイェスまたはマルカ・ネルーダの名前で引用される女性、1934年に水頭症の娘が生まれるが2年後別居している。離婚手続きは1942年、当時総領事だったメキシコでマルカ不在のまま行われた。それで映画でも「私が妻です」と言っていたわけです。娘は19438歳で亡くなっている。

 

B: チリから一緒に脱出できなかったデリアも、その後ヨーロッパでの活動を共にしています。

A: しかしネルーダはカプリ島やナポリ潜伏中には、既に3人目となるマティルデ・ウルティアと一緒だった。夫の浮気には寛大すぎたデリアもプライドを傷つけられ、「愛もここまで」と思ったかどうか分かりませんが、自分自身を誰よりも愛した男とは1955年に関係を解消、画家として再出発している。

 

B: 『イル・ポスティーノ』に出てくる女性は、この3番目の女性マティルデを想定している。

A: 彼女もマルカがオランダで死去する19653月まで、チリでは法的に妻ではなかった。翌1966年、彼女のために建てたと言われるイスラ・ネグラの別荘で、晴れて二人は結婚式を挙げることができました。

B: 現在ネルーダ記念館として観光名所の一つになっている。

 

       脚本家ギジェルモ・カルデロンの独創性、映画の決め手は脚本にあり?

   

A: 劇場公開は大分遅れました。それでも公開されたのは『No』の主人公を演じたG.G.ベルナルと、公開が先になった『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』のお蔭と思います。ケネディ夫人にナタリー・ポートマン、何よりも言語が英語だったのが利いた。

B: 英語だと公開が早い。しかし邦題には呆れるくらい長い副題がつきました。G.G.ベルナルは『No』では選挙には勝つが、家庭的には妻を失うという孤独な役柄でした。本作でも損な役回りでしたが、演技が冴えて相変わらず魅力的でした。

 

     

   (二人の追跡者オスカル=G.G.ベルナルと部下マルティネス=ディエゴ・ムニョス

 

A: さて本作は、194893日の共産党非合法化から始まりますが、それ以前のネルーダについては語られない。つまり1934年外交官としてスペインに渡り内戦を目撃したこと、チリ帰国が1943年、上院議員当選が19453月、間もない7月に共産党入党などは飛ばしてある。チリ人でも少しオベンキョウが必要か。

B: 勿論伝記ではないと割り切れば知らなくてもよい。1949年初めに「ネルーダ逮捕令」が伝わり地下潜伏を余儀なくされる。サンティアゴを脱出、ロス・リオス州バルディビアなどを転々とするが、ネルーダは無事脱出させようとする妻や友人たちを尻目に好き勝手をする。

 

    

  (左から、パブロ・デルキ、メルセデス・モラン、ルイス・ニェッコ、マイケル・シルバ

 

A: メインは1949年秋からのフトロノ・コミューンからアルゼンチンへ抜ける馬上脱出劇。このマプチェ族の共同体フトロノは、ロス・リオス州ランコにある4つのコミューンの一つです。実際はここに数ヵ月潜伏していたようです。主人が協力する理由を現政権への恨みと言わせている。

B: 追跡劇の後半は、オスカルがネルーダにからめとられて二人は一体化してくる。

A: オスカルの出自を娼婦の息子とし、さらに父親をチリ警察の重要人物としたことでドラマは動き出す。このかなり奇抜な設定が成功した。脚本家ギジェルモ・カルデロンを評価する声が高い。生後1ヵ月で実母を亡くしたネルーダの孤独と貧しさ、それに打ち勝つ抜け目のなさ、モラル的な不一致、二人は似た者同士なのだ。

 

B: 監督も「この映画はギジェルモの脚本なくして作れなかった。自分で書くのを無謀だとは思わなかったが、結局彼の助けを呼ばなければならなかった」と語っている。

A: 娼婦に産ませた子供を認知して同じ姓を名乗らせるという設定にびっくりしましたが、これで自由に羽ばたけるようになったのではないか。詩人の人物像を描くのが目的ではない擬似ビオピック映画なんだから。

B: どうせなら遊んじゃえ、ということかな。

 

A: 監督夫人のアントニア・セヘルスは、逃亡前の酒池肉林のどんちゃん騒ぎのシーンで楽しそうに踊っていた女性の中の一人かな。

B: 彼女にしては珍しい役柄です。大戦後の混乱が続いていたヨーロッパやアジアと違って、参戦しなかったチリは経験したことのない豊かさだった。ホドロフスキーの『エンドレス・ポエトリー』でも描かれていた。

 

A: ララインの「ピノチェト三部作」全作に出演しているララインお気に入りのアンパロ・ノゲラは、確信ありませんが共産党員の女性労働者に扮した女優と思います。

B: ネルーダにキスしようとして、デリアから窘められる女性ですね。

A: 他にラライン映画の全作に出演しているアルフレッド・カストロ、ネルーダ脱出に尽力する友人ビクトル・ペイパブロ・デルキ歴史家アルバロ・ハラマイケル・シルバ、チリ、スペイン、アルゼンチンのベテランと新人が起用されている。

 

B: チリ組は『ザ・クラブ』(LB2015)出演者が大勢を占めるほか、マイケル・シルバはクリストファー・マーレイの『盲目のキリスト』(LB2016)で主役を演じている。

A: ラテンビートにはマーレイ監督が来日、Q&Aに出席してくれた。ピカソ役のエミリオ・グティエレス・カバはアレックス・デ・ラ・イグレシアの映画でお馴染みです。アルトゥーロ・アレッサンドリやピノチェトのような実在した政治家や軍人もさりげなく登場させて、観客を飽きさせなかった。今回も製作はフアン・デ・ディオス・ラライン、兄弟の二人三脚でした。

B: オスカル・ペルショノーがどうなったかは、映画館で確認してください。

 

       

 (ネルーダ逮捕を命じるビデラ大統領役のアルフレッド・カストロ)

 

  

                         (撮影中のラライン監督)

 

『ザ・クラブ』の紹介記事は、コチラ2015222同年1018

『盲目のキリスト』の紹介記事は、コチラ2016106

   

 『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者Nerudaデータ

製作:Fabula(チリ) / AZ Films (アルゼンチン) / Funny Balloons () / Setembro Cine (西)他多数

監督:パブロ・ラライン

脚本:ギジェルモ・カルデロン

編集・音楽エディター:エルヴェ・シュネイ Hervé Schneid

撮影:セルヒオ・アームストロング 

音楽:フェデリコ・フシド

プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン

プロダクション・マネージメント:サムエル・ルンブロソ

製作者:フアン・デ・ディオス・ラライン、ほか多数

チリ=アルゼンチン=スペイン=フランス合作、スペイン語、2016年、107分、伝記映画、カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品、2017アカデミー賞外国語映画賞チリ代表作品、公開:チリ2016811、日本20171111

 

ホドロフスキーの『エンドレス・ポエトリー』*東京国際映画祭2017 ②2017年10月31日 21:41

       回想録『リアリティのダンス』の青春編、フランスに旅立つまで

 

 

 

アレハンドロ・ホドロフスキー『エンドレス・ポエトリー』は、公開が決定していたので躊躇していましたが、Q&Aに「アダン・ホドロフスキー来場」につられて観てきました。2016年のカンヌ映画祭併催の「監督週間」正式出品作品、既に作品のアウトラインを記事にしております。主要人物以外、キャストがはっきりしていなかった部分もあり、今回補足してアップしました。これから公開される作品ですが、回想録も翻訳され、ネタバレしたら面白くないという性質の映画ではありません。生れ故郷トコビージャを後にして首都サンチャゴに転居した1940年代後半から、父親の反対を押し切って言葉も分からないパリに出立する1953年までが描かれています。世界が第二次大戦で病みつかれていたのとは対照的に、チリのデカダンな様子に興味を覚えました。

『エンドレス・ポエトリー』の作品紹介記事は、コチラ2016520

 

  

  (ユーモアたっぷりのアダン・ホドロフスキー、20171026日、EXシアター六本木にて)

 

★ホドロフスキーは、『リアリティのダンス』を含めた5部作のオートフィクションを構想しているらしく、今作が第2部になる。次はパリ時代からメキシコに渡るまで(195360)を第3部として資金集めを開始しています。今作同様キックスターターなどのクラウドファンディングで製作資金を呼びかけが始まっています。「どなたか会場に億万長者はおりませんか」とアダンがQ&Aで呼びかけていた。以下は個人的な憶測にすぎませんが、『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』を撮ったメキシコ時代が第4部、再びパリに戻ったパリ第二期(1974~)を第5部として、挫折した『DUNE』などが語られるのではないでしょうか。

 

★ホドロフスキー監督の故国チリでは、Cineteca Nacional de Chile(チリの映画保存の国立研究機関)で上映されましたが今もって未公開です。前作の『リアリティのダンス』(14)も、トコピージャでの特別上映こそされましたが公開まで時間がかかりました。それも日本でいう映倫G1818歳以下は保護者同伴)の制限付きだった。はたして第2部は公開されるでしょうか。

 

       カリカチュアされた登場人物、どこからどこまでがフィクション?

 

A: だいたい回想録『リアリティのダンス』の取りとめないエピソードをなぞっていくかたちで進行しますが、どの登場人物も大袈裟にカリカチュアされています。初恋のステラ・ディアス・バリンエンリケ・リンニカノール・パラなど著名な詩人が登場します。ホドロフスキー流のデフォルメが施されていますので、なまじ詩人たちの知識があると、128分という長さから少し疲れるかもしれません。

B: 前作第1部はファンタジックなフィクション性が明らかで、第2部のほうが時間を追って忠実に再現している印象。監督は第1部から両親が溺愛したという2歳年長の姉ラケルを見事に消去してしまいましたが、この姉の存在を無視したところが微妙です。

 

A: 既に鬼籍入りしていますが、可愛いラケル、ラケリータと呼ばれた美人の姉に対するコンプレックスは相当なもので、彼の屈折した性格の一因にラケルに対する嫉妬心がありますね。祖父母の代にウクライナから移民してきた貧しいユダヤ系一族という出自だけではないでしょう。ペルーに移住して詩人として活躍、ペルー文化に寄与した女性。

B: ハイメはロシア人も嫌いだったが、それ以上に周りにユダヤ人と知られることを恐れていました。

A: チリ人の半分はドイツ贔屓の反ユダヤ主義者と決めつけていた。鉤鼻のせいで直ぐユダヤと分かる息子は、父親の憎しみの対象になった。しかし皮肉にも息子は父親を憎みつづけながら、その性格の一端を受け継いでいます。

 

           ホドロフスキー家総出で映画をつくりました

 

B: 観客からホドロフスキー家に生まれた感想を訊かれて「まったく普通ではない家族です」とアダンが答えて会場を沸かせていましたが、訊くまでもない質問です。

A: 映画出演については「父親に監督されて父親に扮し、兄(ブロンティス)が祖父(ハイメ)を演じた。衣装デザインを担当したのが、父の奥さん(義母パスカル・モンタンドン=ホドロフスキー)とややこしかった」と笑わせていました。第2部でも監督自身が謎の人物として登場してくる。この人物は青年アレハンドロの内言ともとれるが、同名の父方の祖父アレハンドロとも解釈できる。彼は統合失調症で何度も異次元をさまよったあげく、最後は狂気に陥った人です

 

B: 祖父アレハンドロを父親アレハンドロが演じ、アダン=アレハンドロに寄り添う構図ですか。アダン(1979)はホドロフスキーが50歳のとき生まれた末っ子で、父親のお気に入り、性格も才能もブロンティスより父親似です。

 

      

       (青年アレハンドロ役のアダンに寄り添う老アレハンドロ役の監督)

 

A: ブロンティスは長いあいだ父とは上手くいっていなかった。義母パスカル(1972)はブロンティスより10歳若い。二人の母親はそれぞれ別の人で、ホドロフスキーが何婚したかはパートナーを含むかどうかで異なり、父親が鬼才だと子供も苦労します。

B: 「フツウの生活がしたい」と父親と縁を切った娘さんもおりますね。

ホドロフスキー家の家族紹介記事は、コチラ2014719

 

A: アダンは第1部と同じく音楽も担当している。「ミシェル・ルグランの使用していたピアノで作曲した。父の好みが分かっていたので、バイオリン、ピアノ、フルート、オーボエをメインにして、『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』を参考にした」と語っていた。2017年はルグラン生誕85周年、音楽を担当したジャック・ドゥミの『ロシュフォールの恋人たち』公開50周年ということで盛り上がっています。

B: さらに監督の好きな作曲家として、エリック・サティ、ベートーヴェン、特にストラヴィンスキーを強調していました。アダンは音楽だけでなくダンスやマイムを勉強していて、それを取り入れたかったので提案した。父は人の意見はきかない人ですとも語っていた。

 

A: 後半のサーカスのピエロを演じた大掛りなシーンがそれですね。父親ハイメは若いころ一時期サーカスの空中ブランコ乗りの芸人だった。子供のころに会っていた、同じサーカスで道化師をしていたクラウン・キャロットと偶然出会い、彼の勧めで道化師になろうとする。結局ピエロにはならなかったが、ここでの体験は彼の人格形成に重要な役割を果たしている。

 

       空手チョップの達人、詩人ステラ・ディアス・バリンに一目惚れ

 

B: 母親サラと初恋の詩人ステラ・ディアス・バリンパメラ・フローレスが演じた。実際のステラはあれほど豊満ではなかったようですが。母親と恋人を同じ俳優に演じさせた。ここら辺に自分を無視しつづけた両親への監督の怨念のようなものを感じた。

A: ギリシャ悲劇のオイディプス王との繋がりですね。回想録では「ステジャ」ですが、YouTubeや字幕によってステラとしました。ニカノール・パラの詩「ラ・ビボラ<蛇女>」にインスピレーションをあたえた女性、チリ「最初のパンク詩人」と言われている。以前秘密警察の一員だったときにカラテを習っていた。当時は映画のように真っ赤に髪を染め、顔を化粧する代わりに絵の具を塗っていた。ドクロの刺青も本当で、1リットル・ジョッキでビールをお替りするのも事実、美しい野獣のような女性だったと。

  

B: 空手チョップは本当なんですね。ステラは特別でしょうが、1949年のサンティアゴは、誇張でなくボヘミアン・アーティストたちはトンでいた。戦争に参加しなかったチリは、長い海岸線が太平洋に面していて、海の幸が豊かだったらしい。フェデリコ・フェリーニの娼婦サラギーナを重ねてしまいました。

 

 

  (ステラ・ディアス・バリンに度肝をぬくアレハンドロ、カフェ・イリスのシーン)

 

 

          (実際のステラ・ディアス・バリン)

 

A: フェリペ・リオスが演じたニカノール・パラは、実際はもっといかついボクサーのような顔、体形もがっしりしていた。当時の若者はパブロ・ネルーダではなくパラの詩を読んでいたという。ホドロフスキーはパラが技術学校で数学教師をしていたときの再会シーンを入れている。現在103歳、100歳の誕生日には、バチェレ大統領がお祝いに出向いている。

B: 本作ではネルーダはクソミソですが、ノーベル賞を受賞しました(笑)。似ていなくてもいいんですが、華奢なエンリケ・リンを演じたレアンドロ・ターブは似ていました。彼は映画では詩人ですが、後には戯曲、エッセイ、小説、物語なども書きました。

 

A: 多才な人で、ピノチェトの時代末期の1988年、58歳という若さで惜しくも癌に倒れました。ピノチェト時代にも作品を発表し続けましたが、危険人物とは見なされなかったようです。多分、第3部以降は出てこないかもしれない。レアンドロ・ターブはアルゼンチンの俳優(ポーランド系ユダヤ)で脚本家、TVホストと活躍、本作で映画デビューを果たした。

 

   

           (エンリケ・リンを演じたレアンドロ・ターブ)

 

B: 最後のほう、アレハンドロがパリに出発する前に、第1部で出てきたカルロス・イバニェス・デル・カンポ将軍が亡命先の米国から帰国します。

A: 同じバスティアン・ボーデンホーファーが演じた。1952年第2次イバニェス政権が成立する

 

  

           (カルロス・イバニェス将軍のチリ帰還のシーン)

 

B: ホドロフスキーがチリを後にするのは、翌年の195333日、24歳のときで、これが最後の別れになった。

A: 再び親子が会うことはなかった。このモンスター的父親、それを許した母親、美しい姉を溺愛し、息子を幽霊扱いした父親を監督は許せなかったが、似たもの父子です。

 

   

        (父ハイメの諫めを振り切ってチリを後にするアレハンドロ)

 

B: 内容紹介をした時点では、キャロリン・カールソンがどんな役をするのか分かりませんでしたが、タロット占い師役でした。

A: ホドロフスキーは、神秘的テーマへの関心が以前からあり、第3部となるだろうメキシコ時代にサイコテラピーとシャーマニズムを合わせた独自の心理療法を編み出して実践している。

 

B: Q&Aでも「アジアに特に関心があり、禅とかニンジャにも興味を示している」とアダンが話していたgが、クロサワの影響があるようです。。

A: メキシコ時代には日本人の高田慧穣と親交を結んでいます。『リアリティのダンス』のプロモーションで来日した折りにも座禅をしています。

B: 映画でも黒子のニンジャを登場させていた。

A: 個人的印象を言えば、前作のほうが面白かった。好みは十人十色、先ずは映画館に足を運んでスクリーンで見てください。DVDでは面白さが半減する映画です。

 

主なキャスト

ブロンティス・ホドロフスキー(父親ハイメ役、ホドロフスキーの長男)、

パメラ・フローレス(母親サラ&詩人ステラ・ディアス・バリンの2

イェレミアス・ハースコヴィッツ(10代後半アレハンドロ)、

アダン・ホドロフスキー(青年アレハンドロ、ホドロフスキーの四男)

アレハンドロ・ホドロフスキー(老アレハンドロ、祖父アレハンドロ?)

レアンドロ・ターブ(詩人エンリケ・リン)、

フェリペ・リオス(詩人ニカノール・パラ)

フリア・アバンダーニョ(エンリケ・リンのガールフレンド、ペケニータ)

カオリ・イトウ伊藤郁女(操り人形劇団の仲間)

キャロリン・カールソン(タロット占い師マリア・レフェブレ)

ウーゴ・マリン(彫刻家・画家ウーゴ・マリン)

フェリペ・ピサロ・サエンス・デ・ウルトゥリー(青年ウーゴ・マリン)

バスティアン・ボーデンホーファー(カルロス・イバニェス・デル・カンポ将軍)

カルロス・Leay(死の天使)

アリ・アフマド・サイード・エスベル、筆名アドニス(画家アンドレ・ラクス)

 

ラケル・レア・ホドロフスキー19272011詩人、1927年トコピージャ生れ。15歳のときユダヤ系移民の数学教師サウル・グロスと結婚するも間もなく破綻。1950年代にペルーの国立サン・マルコス大学の奨学金を得て移住、小説家、文化人類学者のホセ・マリア・アルゲダスと知り合い、ペルー文化に寄与。ユダヤ系アメリカ人、ビート文学の代表者、詩人アレン・ギンズバーグ(192697)とは互いに連絡を取り合っていた。両親が同じ船で米国に到着した間柄だった。20111027日、首都リマで死去。処女詩集La Dimensión de los Días、他にPoemas EscogidosCaramelo de Salなど。

 

 

マルセラ・サイドの第2作「Los perros」*カンヌ映画祭2017 ④2017年05月01日 17:39

         再びカンヌに登場、「監督週間」から「批評家週間」へ

 

   

「批評家週間」のもう1作は、チリのマルセラ・サイドの第2Los perros、パブロ・ララインの『ザ・クラブ』のアントニア・セヘルスがヒロインのマリアナを演じます。タッグを組んだのはラライン映画ではお馴染みのアルフレッド・カストロ、暗い過去を引きずる元陸軍大佐フアンに扮します。マリアナは独裁政権側に立ったチリのセレブ階級に属している40代の女性、フアンは60代になる乗馬クラブの指導教官という設定です。20歳の年齢差を超えて、どんな愛が語られるのでしょうか。

 

★チリ映画は何作も登場させており、パブロ・ララインだけに止まりません。特に女性監督の活躍が目立ち、当ブログでもアリシア・シェルソン(『プレイ/Play05)、ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ(『木曜から日曜まで』12)、マルシア・タンブッチ・アジェンデ(『アジェンデ』14、ドキュメンタリー)、マイテ・アルベルディ(「La Once14、ドキュメンタリー)などをご紹介しております。マルセラ・サイドは初登場です。最近、ラテンアメリカで最も勢いのあるのがチリとコロンビア、秋開催のラテンビートを視野に入れてご紹介していきます。

 

   Los perros(英題「The Dogs」) 2017

製作:Cinemadefacto(仏)/ Jirafa(チリ)/ Augenschein Filmproduktion(独)/ Bord Cadre Films /

   Rei Cine(アルゼンチン)/ Terratreme Films(ポルトガル)

監督・脚本:マルセラ・サイド

撮影:ジョルジュ・ルシャプトワ(Georges Lechaptois

編集:ジャン・ド・セルトー Jean de Certeau

プロダクション・マネージメント:マリアンヌ・メイヤー・ベック?(Marianne Mayer Beckh

助監督:リウ・マリノ

美術:シモン・ブリセノ

録音:アグスティン・カソラ、レアンドロ・デ・ロレド、他

視覚効果:ブルノ・ファウセグリア

製作者:アウグスト・マッテ(Jirafa)、ソフィー・エルブス、トム・ダーコート、ほか共同製作者多数

 

データ:製作国チリ=フランス、スペイン語、2017、ドラマ、94分。サンダンス映画祭2014の脚本ラボ、続いてカンヌ映画祭シネフォンダシオンのワークショップを経て完成させた作品。

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2017「批評家週間」正式出品(ワールド・プレミア)、ベルリナーレ2015共同製作マーケットでArte Cinema賞受賞

 

キャストアントニア・セヘルス(マリアナ)、アルフレッド・カストロ(フアン)、アレハンドロ・シエベキング/ジーフェキング(フランシスコ)、ラファエル・スプリジェルバード(ペドロ)、エルビス・フエンテス、他

 

物語と解説:マリアナの深い孤独と愛の不在についての物語。繊細なマリアナは42歳、ピノチェト政権に与したチリのブルジョア階級に属している。人生の初めから父親に無視され、今は仕事にかまける夫からはほったらかしにされ情緒不安定になっている。そんななか乗馬クラブの指導教官フアンの誠実さと優しさに奇妙な親近感を覚えるようになる。62歳になる元陸軍大佐というフアンは、軍事政権の弾圧に加担するという暗い過去を引きずっていた。やがて二人の行く手に微かな光が差し込んでくるように見えたが・・・。本作は独裁者の共犯者、政権によって経済的な豊かさと安定を享受したセレブ階級の偽善についての、チリ社会にはびこる表面化しない暴力についての、そして多くの犯罪に手を汚しながらも責任を問われない民間人についての物語でもある。

 

   

         (乗馬クラブの教官と生徒、マリアナとフアン、映画から)

 

★大人のラブロマンスの要素を含みながら、背景には約18年間続いた、否、現在も続いている軍事独裁時代(197390)の負の遺産が描かれている。このテーマについては、パブロ・ララインが「ピノチェト三部作」として世に送り出した、2008年の『トニー・マネロ』2010年のPost Mortem最後が2012年のNoがあります。そしてこの三作に出演していたのが、本作出演のアントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロである。下の写真は、1973年アジェンデ政権の末期の死体安置所を描いたPost Mortemがエントリーされたベネチア映画祭2010のツーショットです。2006年にララインと結婚したアントニアは大きなお腹を抱えてマタニティ姿で出席していました。二人の間には一男一女がいる。

 

  

 (アントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロ、ベネチア映画祭2010のプレス会見にて)

 

監督紹介マルセラ・サイドMarcela Said Caresは、1972年サンチャゴ生れ、チリの監督、脚本家、製作者。カトリック大学で美学を専攻、学位取得。1996年フランスに渡り、ソルボンヌ大学マスター・コースでメディアの言語と技術を学ぶ。フランス人のジャン・ド・セルトーと結婚(一男がいる)、国籍はフランス、2007年に夫とチリに帰国、首都サンチャゴに住んでいる。セルトーは本作「Los perros」では編集を手掛けている。

 

   

1999年、フランスTVドキュメンタリーValparaisoを製作する。チリも放映権を取得するが放映されることはなく、お蔵入りとなっている。続く2001年のドキュメンタリーI Love Pinochetがバルパライソ映画祭2002、サンチャゴ・ドキュメンタリー映画祭で受賞、2003年にはアルタソルAltazor賞を受賞した。アルタソル賞はチリの前衛詩人ビセンテ・ウイドブロの長編詩『Altazor』(1931刊)に因んで設けられた賞。第3作目のドキュメンタリーOpus Dei, una cruzada silenciosa06)は、夫君ジャン・ド・セルトー との最初の共同監督作品、チリのカトリック組織に大きな影響を及ぼしているオプスディについてのドキュメンタリー。

 

4El mocito11)がもっとも話題になった作品、セルトーとの共同監督2作目。軍事独裁政権時に拷問センターで働いていた男ホルヘリーノ・ベルガラの30年後を追ったドキュメンタリー。チリではタブーのテーマ、犠牲者と死刑執行人の両方に切りこんだ。ベルリナーレ2011で上映され、ベルリンの観客の大きな関心を呼んだドキュメンタリー。ミュンヘン・ドキュメンタリー映画祭2011ホライズン賞、サンチャゴ・ドキュメンタリー映画祭2011審査員賞、2012年には再びアルタソル賞をセルトーと一緒に受賞した。

 

      

         (サイドとセルトー、ベルリナーレにて、2011214日)

 

★ドキュメンタリー映画で実績を積んだサイドは、2013年、初の長編作El verano de los peces volandoresを撮る。カンヌ映画祭2013「監督週間」に正式出品され、同年のトロント映画祭「Discovery」部門にもエントリーされた。トゥールーズ映画祭(ラテンアメリカ映画)2013作品賞、ハバナ映画祭第1回監督賞3席、RiverRunリバーラン映画祭審査員賞受賞など。チリ人とチリの先住民マプーチェ人との共存の困難さを絶望を通じて描いた作品。マプーチェ人はアラウカノ系民族中最大のグループ、「映画は共同体で生じる問題を明らかにするのでもなく、アラウカニアでの葛藤、対立を語ったものでもない」と監督。「自分が興味をもつのは、自然に起きる対立や緊張、解決不能、偶発的な衝撃のように目に見えないものを見せること。これはドキュメンタリーではできない」とフィクションにした理由を語っている。

 

    

 

(映画から)

  

  

主なキャスト・スタッフ紹介:マリアナ役のアントニア・セヘルスは、ララインの「ピノチェト三部作」の他、『ザ・クラブ』では訳ありシスター・モニカに扮した。フアン役アルフレッド・カストロは、ララインの全作、ロレンソ・ビガスの『彼方から』、『ザ・クラブ』ではビダル神父を演じた。さらにフランシスコ役のアレハンドロ・シエベキングが『ザ・クラブ』のラミレス神父という具合に、ラライン組の出演が顕著である。スタッフのうちと編集者ジャン・ド・セルトー、撮影監督のジョルジュ・ルシャプトワ(『博士と私の危険な関係』12)などフランス出身者が目立つ。制作会社には国名を入れておきました。

 

ミュンヘン映画祭2017(6月22日~7月1日)のインターナショナル部門に正式出品されていましたが、スペシャル・メンションを受賞しました。カンヌでは無冠でしたがミュンヘンでは評価されました。(7月7日追加)


『盲目のキリスト』 Q&A*ラテンビート2016 ⑨2016年10月21日 12:20

        ベネチア正式出品だけでは日本の観客を惹きつけられない?

 

★今年のラテンビートのQ&Aは、前回の『The Olive Tree』と本作だけ、ちょっと寂しかった。クリストファー・マーレイ監督の来日、1回上映にもかかわらず観客も少なめなうえ、Q&A前に席を立つ人もあり、知名度の低さを印象づけた。ベネチア正式出品だけでは日本の観客を惹きつけることは難しい。映画祭ディレクターのカレロ氏によるキャリア紹介に続いて、ベネチア映画祭出席の印象、映画製作の経緯、舞台となったチリ北部の人々の信仰心、並びにキャスティング方法などの質問の後、会場からの質問にも丁寧に応じていた。作品同様非常に思索的な、しかしこれからの監督、一般観客を惹きつけるには工夫が必要と感じた。

 

         

        (登壇したマーレイ監督とカレロ氏、1015日、バルト9にて)

 

A: 映画祭ディレクターのカレロ氏からベネチア映画祭での感想を聞かれて、「尊敬する監督さんたちとの交流、海外の観客に見てもらえるなど、すべて初体験だった」と応えていた。2010年にパブロ・カレラと共同で監督したデビュー作Manuel de Riberaは、ロッテルダム映画祭でワールド・プレミアされたのですが規模が違います。翌年クロアチアのスプリト国際映画祭(ニューフィルム)特別賞を受賞しましたが、より規模が小さい。

B: ロッテルダムは新人の登竜門、ベネチアのような大物監督は出品しないのではないか。

 

A: 他に2012年、ドキュメンタリーPropaganda62分)を送り出しており高い評価を受けている。チリではこちらのほうが有名です。単独での長編劇映画は、本作が初監督です。

B: 聞き違いかもしれませんが、ドキュメンタリーも共同監督作品と通訳されていました。ドキュメンタリーは単独で撮っていますね。

 

       盲目なのは誰か、社会的政治的メッセージはどこまで届くか?

 

A: まず当ブログで紹介したプロットが若干ずれていましたね。冒頭で主人公マイケルに「病気を治せることはできない」と語らせている。しかし「藁をもつか」みたい村人は奇跡を信じたがっている。やがてマイケルも、「もしかして起こせるかもしれない」と思い始めて巡礼を続けていく。

B: 結果的には幼な友達マウリシオの足の怪我を治すことはできなかった。しかし、マウリシオは彼が仕事や父親を投げ打って訪ねてきてくれたことで充分報われたと感謝する。

A: 逆境にありながらも、マウリシオのこの声高でない謙虚さに驚く。友情以外の〈何か〉が分からないと、彼の諦観を理解することはできない。

 

   

       (幼な友達マウリシオの怪我を治そうと精神を集中するマイケル、

    奇跡が起こるのを我が目で見たいと長い道のりを同行した巡礼者たち)

 

B: ラテンビート・カタログでは、マイケル・シルバが演じた主人公の名前が「ラファエル」になっておりますが、当ブログの「マイケル」でよかったようです。シルバはただ一人のプロの俳優、「チリ北部の人々は押しなべて信仰心が厚く、北部出身の彼も例外ではない」と監督。

A: 信仰心といってもローマ・カトリックというわけでなく、大航海時代にヨーロッパからもたらされたキリスト教、もともと先住民が部族ごとに信仰していた宗教、この二つがミックスされた宗教、と多種多様ですね。

 

B: Q&Aでマーレイ監督も「種類も多く、儀式のやり方もさまざま、現地に行かなければ分からなかった。神話、民話、実話がミックスされていた」と語っていた。

A: これはチリに限らないことで、ラテンアメリカ全体に言えること、キリスト教とドッキングしているように見えても、目に見えない塵のように辺りを浮遊しているだけかもしれない。作品紹介でも書いたことですが、監督自身は特別熱心に信仰しているわけではなく「魅せられている、それは宗教の背後に人間的な性質や現実が存在するから」で、常に神話の起源はどこからくるのかを自問自答しているという。

 

   

     (マイケル・シルバとクリストファー・マーレイ監督、ベネチア映画祭にて)

 

B: 「宗教は社会問題と結びつくことが多く、常に興味をもっていた。チリ北部に暮らす人々の考え方、特に信仰心について多くの人に知ってほしかった」と話していた。「信仰は大切だが、神は自分の心の中にいる」とも語っていた。

A: 現地に行って初めて分かる現実というものがあるわけで、彼らと話し合いながら進行していった。多分、脚本を書き直しながらの撮影だったのではないか。この映画は現地の人々とのコラボだとベネチアでも語っていたからね。

 

神話や民話で語りつぐ構成―長く感じた宗教的寓話

 

B: 演技指導は特別しなかったとも語っていたから、行く先々で村人がマイケルに語り聞かせる例え話あるいは神話は、セリフを暗記して喋っているというより「自分が信じている事」をそのまま語っていたように感じた。

A: だから演技指導など必要なかったということですかね。彼ら自身の言葉で語っているように感じた。人から聞いた話だったり、彼らが信じている神話だったりするが、それは耳を傾けるに値する普遍性がありますね。観客も自分は信じていないが、自分の祖父や曾祖母たちは信じていたに違いないと思わせる。

B: ゆったり時間が流れるので2時間ぐらい見たように錯覚した。速いテンポのアクション映画の好きな人は退屈したかもしれない。

 

A: カメラは素晴らしかった。アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドロスの『殺せ』(ラテンビート2014)を撮ったインティ・ブリオネス、監督と同じグループ「クール世代」のメンバー、チリ映画の躍進は、ひとえに彼らの活躍にあるでしょう。

B: 作品紹介記事で触れたように、製作会社「Jirafa」の資金提供、プロデューサーたちの支援がなければ不可能な作品かもしれませんね。

 

A: 紹介記事では詳しく触れませんでしたが、パブロ・カレラとの共同作品“Manuel de Ribera”は、英語字幕ならネットで見られます。こちらは本作とは反対の土地、チリ南部のチリ・パタゴニア地方のカルブコが舞台、テーストは似ていて不思議な空間に迷い込んでしまいます。

B: 砂漠と海と舞台も対照的です。主人公のマヌエル・リベラをエウへニオ・モラレスが演じていたが、少し難解ですね。

 

        

          (エウへニオ・モラレス、“Manuel de Ribera”から)

 

A: 影響を受けた監督に、ロベール・ブレッソン(1999没)とピエル・パオロ・パゾリーニ(1975没)をあげていました。ブレッソンはプロの俳優の演技を嫌い基本的にはアマチュアを起用した。そんなことが本作に影響を与えているのかもしれない。

B: その後、俳優になった人もおりますね。パゾリーニの『奇跡の丘』は、「マタイによる福音書」の映像化、「処女懐胎」から「復活」までを忠実に描いた。物語を次々に登場する村人に語らせていく本作の構成と相通じるものがあり、「なるほど、そうなのか」と思いました。

 

A: 今後のことを聞かれて、「現在はマンチェスター大学の大学院でAntropología visualを学んでいる」と答えていた。確か「映像人類学」と訳しておられたが、「視覚人類学」のほうがベターかもしれない。広い意味での画像(グラフィックアート、写真、映画、ビデオ)を研究対象にしている。

B: 映画は現実を知り、それを分析するのに役立つから、一つの手段として見ることにも意味がありますね。

 

『盲目のキリスト』の作品紹介記事は、コチラ⇒2016106


『盲目のキリスト』 チリ映画*ラテンビート2016 ⑤2016年10月06日 11:47

           社会的不公正を描く宗教的な寓話

 

クリストファー・マーレイ『盲目のキリスト』は、既にベネチア映画祭とサンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」にEl Cristo ciego原題でご紹介しています。しかしデータ不足で簡単すぎましたので、IMDbの情報も含めて仕切り直しいたします。ラテンビートの作品紹介によると、主人公の名前が「ラファエル」となっておりますが、ベネチア、サンセバスチャン両映画祭のカタログ、IMDbによると「Michael」です。Michaelカナ表記をどうするか悩ましいのですが、ただ一人のプロの俳優、主人公役のマイケル・シルバが「この映画では、配役名は全員自分の名前を使用した」と語っておりますので、目下のところは「マイケル」でご紹介しておきます。(Michaelの綴り字を用いる代表国は、英語マイケル、独語ミハエル、ラテン語ミカエル。異なる綴り字では西語ミゲル、伊語ミケーレ、仏語ミシェルなど)

 

   

 

『盲目のキリスト』“El Cristo ciego(“The Blindo Jesus”)

製作:Jirafa(チリ)/ Ciné-Sud Promotion(フランス)

監督・脚本:クリストファー・マーレイ

撮影:インティ・ブリオネス

音楽:Alexander Zekke

編集:アンドレア・チグノリ

美術:アンヘラ・トルティ

メイクアップ:パメラ・ポラク

セット・デコレーション:エウへニオ・ゴンサレス

製作者:ブルノ・ベタッティ(エクゼクティブ)、ペドロ・フォンテーヌ(同)、フロレンシア・ラレラ(同)、ホアキン・エチェベリア(同)、他

 

データ:製作国チリ=フランス、スペイン語、2016年、85分、撮影地チリ北部のラ・ティラナ、ピサグア他、撮影期間5週間

映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2016正式出品、サンセバスチャン映画祭2016「ホライズンズ・ラティノ」部門出品、29回トゥールーズ映画祭「Cine en Construcción」参画作品

 

キャスト:マイケル・シルバ(マイケル)、アナ・マリア・エンリケス(アナ・マリア)、バスティアン・イノストロサ(バスティアン)、ペドロ・ゴドイ(ペドロ)、マウリシオ・ピント(幼馴染み、マウリシオ)、他現地のエキストラ多数 

 

    

                 (映画から)

 

解説ラ・ティラナの村で父親と暮らす整備工マイケルは30歳、砂漠のなかで神の啓示を受ける。しかし誰にも信じてもらえない。それどころか村人は気が触れたと相手にしなくなった。そんなある日のこと、子供のころからの親友が遠くの村で事故にあい苦しんでいるという知らせが届く。彼はすべてを投げうち、父を残して裸足で巡礼の旅に出る決心をする。やがて奇跡が起き友人を助けることができた。この噂は鉱山会社で働く採掘者や麻薬中毒者の関心を呼び、彼をチリ北部の砂漠の過酷な現実を和らげてくれるキリストのようだと噂した。都会の経済的繁栄から打ち捨てられた貧しいチリの人々の、社会的不平等からくる痛苦をドキュメンタリータッチで描く宗教的寓話。移り変わる厳しい自然も登場人物の一人となっている。

     

  監督キャリア&フィルモグラフィー

クリストファー・マーレイChristopher Murrayは、1985年、チリのサンチャゴ生れ、監督、脚本家。チリの「クール世代」と呼ばれるニューウェーブの一人(マーレイ、マーレー、マレー、マリィと表記はまだ一定していない)。長編映画デビューは、パブロ・カレラと共同監督したManuel de Ribera10)、スプリト国際映画祭(ニューフィルム)特別賞を受賞した。本作が第2作目となるが単独としては初めてである。他に2012年、高い評価を受けたドキュメンタリーPropagandaを送り出している。チリでは“Propaganda”の監督と紹介されていた。2011年より構想していた『盲目のキリスト』では、御多分にもれず「資金提供をしてくれる製作会社の門戸を叩いて回った」と語っている。「これはある地方に特有なことではなく、どこでも起きる物語、現実と神話、あるいはドキュメンタリーとフィクションをミックスさせた映画、人々がパンパの現実を知ることができるだろう」とも語っている。

 

 

          (クリストファー・マーレイ監督)

 

★舞台となったラ・ティラナは、北から2番めのタラパカ州(州都はイキケ)タマルガル県、タマルガル・パンパの小村。監督によると、最初のアイデアは「チリのキリスト」だったが、実際に現地の人々と接するうちに変化した。だからドアをオープンにして都会からやってきた監督を受け入れてくれた「この地域の人々とのコラボです」とベネチアで語っていた。大勢のエキストラを含めて、主人公マイケルを演じたシルバ以外の出演者はすべてこの地域でスカウトした由。「ずっと何週間も砂漠で撮影に熱心に協力してくれた村人たちを思い出すと感無量」、「パンパをテーマにした映画ではあるが、パンパは荒涼としているだけでなく、語る価値のある非常に豊かな人間味あふれる映画に寄与してくれた」と監督。

 

★イエス・キリストをめぐる映画だが、監督自身は特別熱心に信仰しているわけではなく「魅せられている、それは宗教の背後に人間的な性質や現実が存在するから」で、常に神話の起源はどこからくるのかを自問自答している。「しばしば人間は突然何か不足しているという考えに襲われる。ある時はそれが地域性のある政治的不正に起因していることにあると気づく。私は、歴史や物語を語ることが現実以上に意味をあたえることができると確信している。これはそれを探す映画です」と監督。

 

スタッフ&キャスト紹介

★エクゼクティブ・プロデューサーのブルノ・ベタッティは、クリスチャン・ヒネメスのデビュー作『見まちがう人たち』、『ボンサイ―盆栽』『ヴォイス・オーヴァー』(3作とも東京国際FF上映)、セバスチャン・シルバ『マジック・マジック』、パトリシオ・グスマン『真珠のボタン』にも共同参画している。同じくペドロ・フォンテーヌは、アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドロス『殺せ』、“Aqui no ha pasado nada”、フロレンシア・ラレラはセバスチャン・シルバ『クリスタル・フェアリー』、ホアキン・エチェベリアは初めてである。重要な役割を果たしているという音楽監督のAlexander Zekkeはロシア出身の作曲家、実験的な要素をもつ本作に深い意味を持たせているという。社会的問題の多い多国籍企業がはき出す鉱山汚染、環境破壊は、鉱夫たちの健康を損ねている現実があるようです。高い評価の撮影監督のインティ・ブリオネスは、『殺せ』、“Aqui no ha pasado nada”などで確認済みでしょうか。



    (『殺せ』の監督アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドロスの新作)


★主人公を演じたマイケルシルバLBFFミカエル)は主人公と同世代の29歳、2014年にアビガイル・ピサロと結婚した。チリのTVミニシリーズSudamerican RockersZamudioで人気を博した。またパブロ・ララインの「ネルーダ」にアルバロ・ハラ役で出演している。本作では、選ばれた預言者イエスとして不毛の砂漠を巡礼するマイケルを演じた唯一人のプロの俳優。「一緒に仕事をした俳優は、今までのプロとはちょっと違っていた」「クリストファーはミニマリズムの監督」だとベネチアで語っていた。観客はマイケルの手に導かれて神秘的な旅に出掛けていくことになる。ラテンアメリカ映画に特有な〈移動〉が、ここでもテーマになっているようです。

 

 

       (監督とシルバ、ベネチア映画祭にて)

 

ラテンビート10月15日(土)13:30上映後に監督によるQ&Aの予定。

ホライズンズ・ラティノ第2弾*サンセバスチャン映画祭2016 ⑦2016年08月23日 22:46

      『殺せ』のA・フェルナンデス・アルメンドラスの新作は実話が素材

 

   

★長編4作目となるアレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラスのAquí no ha pasado nadaは、実際にチリで起きた事件に着想を得て製作された。チリのオスカー賞代表作品にも選ばれた『殺せ』2014)も実話に基づいていたが、今回は右派政党「国民革新党RN」の前上院議員カルロス・ラライン・ペーニャの息子マルティンが引き起こした飲酒運転による人身死亡事故から着想されたフィクション。上流階級に属する有名政治家の子息が起こした事件だが、無罪放免になってセンセーショナルな話題を提供した。この「マルティン・ラライン事件」は、三権分立は名ばかりのチリ民主主義の脆弱さを露呈、これがチリの現実というわけです。

 

4Aquí no ha pasado nada (“Much Ado About Nothing”)

製作:Jirafa

監督・脚本:アレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラス

脚本(共):ヘロにも・ロドリゲス

撮影:インティ・ブリオネス

データ:製作国チリ=米国=フランス、2016年、94分、スリラードラマ、実話、冤罪事件

映画祭&受賞歴:サンダンス映画祭2016ワールドプレミア、ベルリン映画祭パノラマ部門出品、カルタヘナ映画祭2016国際映画批評家連盟FIPRESCI受賞、マイアミ映画祭、リマ映画祭、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門正式出品など

 

キャスト:アグスティン・シルバ(ビセンテ・マルドナード)、アレハンドロ・ゴイク(ビセンテの叔父フリオ)、パウリーナ・ガルシア(ビセンテの母)、ルイス・ニェッコ(弁護士グスタボ・バリオ)、イサベーリャ・コスタ(アナ)、ジェラルディン・ニアリー(フランシスカ)、ダニエル・ムニョス、リー・フリードマン、サムエル・ランデア、ほか

 

物語:ロスに留学していたビセンテは、夏休み休暇で1年ぶりに両親のいる海辺の家に帰ってきた。或る夜の無分別な行動がこの裕福な青年ビセンテの人生を永遠に変えてしまった。仲間とのどんちゃん騒ぎのあと繰り出した彼らの軽トラックが歩行中の漁師を轢いてしまった。結果的に漁師は死亡、ビセンテが人身事故の第一容疑者にされてしまう。彼は酔っていて記憶が曖昧ではあったが、自分が運転していたのではないのは確かだった。自分は後部座席で女の子とイチャついており、ハンドルを握っていたのは大物政治家の息子マヌエル・ラレアだった。政治と司法の癒着、チリの現実が語られる。

 

         

           (後部座席のビセンテと連れの女性、映画から)

 

★実際の「マルティン・ラライン事件」は、20139月にチリの南部クラニペで起きた事件。歩行中のエルナン・カナレスを轢いた後、助けずに草むらに放置して逃亡、結果的に死亡した。何故かマルティンの血中アルコール含量テストは行われなかった。有力な雇われ弁護士のお陰で、飲酒運転による事故死という証拠隠滅に成功、マルティンは無罪となり、同乗していた2人が犯人とされた。これはチリ国民の怒りを爆発させ、翌年再調査が行われた。多分政権が左派のバチェレ大統領になったことも影響しているかもしれない。父親の前上院議員カルロス・ラライン・ペーニャは、ホモフォビアやマチスモを公言している政治家としても有名、従って現在2期目の女性大統領バチェレを嫌っている。ちなみに『No』の監督パブロ・ララインの父親エルナン・ラライン・フェルナンデス(独立民主連合の上院議員)もチリでは有名な保守派の政治家ですが、縁戚関係はないようです(不確かです)。

 

監督&フィルモグラフィー紹介は、「ラテンビート2014」で『殺せ』(Matar a un hombre”)が上映された折に記事をアップしております。長編のみ再録すると、

2009 Huacho サンダンス映画祭2008 NHK賞受賞、カンヌ映画祭2009「批評家週間」ゴールデン・カメラ賞ノミネート、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ出品、ハバナ映画祭2009 初監督サンゴ賞受賞 他

2011 Sentados frente al fuego(チリ≂独)サンセバスチャン映画祭2011「ニューディレクター」部門出品/バルディビア国際映画祭2011出品(チリ)/第27回グアダラハラ映画祭マーケット部門出品/ブエノスアイレス・インディペンデント・シネマ映画祭2012出品/サンフランシスコ映画祭2012出品他。チリ公開は2013年。

2014 Matar a un hombre (『殺せ』の記事は、コチラ⇒2014108

2016Aquí no ha pasado nada省略

 

  

   (監督、ベルリン映画祭2016「パノラマ」にて)

 

スタッフ& キャスト紹介

ビセンテ役のアグスティン・シルバは、セバスティアン・シルバの『家政婦ラケルの反乱』(09)、『マジック・マジック』(13)、『クリスタル・フェアリー』(13)出演でお馴染みの若手俳優、ビセンテの母親役パウリーナ・ガルシアは、セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』(13、公開)出演のベテラン、ビセンテの叔父フリオ役のアレハンドロ・ゴイクは、パブロ・ララインの『ザ・クラブ』(15)出演、事件をもみ消す悪徳弁護士グスタボ・バリオに出番こそ少ないがルイス・ニェッコと、現在のチリ映画界の有名どころを起用できたのは、前作『殺せ』の成功が大きいのではないか。ルイス・ニェッコが主役のネルーダを演じるパブロ・ララインのNerudaも、本映画祭「パールズ」部門にエントリーされています。

  

   

            (叔父フリオ、ビセンテ、母親、映画から)

 

  

           (ビセンテと弁護士グスタボ・バリオ、映画から)

 

トレビア:本作も資金不足で製作には苦労したと監督。前作の成功で得た資金では当然足りなかったようです。そこでcrowdfundingクラウドファンディングのサイトを立ち上げ、ネットで協力者を募った。これはアレハンドロ・ホドロフスキーが新作『エンドレス・ポエトリー』で使用している。不特定多数の人がネットを通じて資金提供の協力をする。これは寄付金と同じで出資者に返済する義務はない。映画の場合だと、カタログの無料配布、試写会招待などをするようです。結果1700万(ドルか?)が獲得できた。それでスタッフや俳優たちも出演料なしで撮影に臨んだ。成功すれば支払う約束だそうです。

 

★テーマがテーマだけに撮影も困難をともない、俳優たちは苦労したようです。特に事故現場に選んだサパジャールでの撮影は難しく、「マルティン・ラライン事件の映画の撮影であることを秘密裏にしていたが、中には嗅ぎつけて撮影できないよう警察に通報された」と監督は述懐している。とにかくピノチェト政権は長過ぎました。「YesNoか」は、相変わらず続いているようです。



「監督週間」にパブロ・ララインの『ネルーダ』*カンヌ映画祭2016 ⑤2016年05月16日 14:19

               順風満帆のパブロ・ラライン

 

    

 

パブロ・ララインNerudaのほかアレハンドロ・ホドロフスキーPoesía sin fin2がノミネーションされましたが、ひとまずララインのNeruda”から。本作については昨年6月クランクインした折に「ララインの新作」としてアウトラインを記事にしております。カンヌ本体とは別組織が運営する「監督週間」とはいえカンヌですから、公開はさておき字幕入りで見られるチャンスがこれで一つ増えました。ララインによると、「ノーベル賞作家とはいえ、ネルーダは自らを神話化する傾向があり、チリ人はそういうタイプを好まない」そうで、コミュニストだったこともあり、チリではネルーダ嫌いが結構いる。「自らを神話化する」という意味ではホドロフスキーも同じで、チリの人には好かれていない。そもそもチリの監督と紹介するには管理人自身も抵抗があります。ホドロフスキー映画は次回に回します。

新作Neruda”についての記事は、コチラ⇒2015730

 

  

            (ネルーダ役のルイス・ニェッコ、映画から

 

★「パブロ・ララインの新作は『ネルーダ』」と、あたかも邦題が決定したかのごとく紹介しておりますが、勿論まだNerudaです(邦題に不要な修飾語がつかないことを切に願っている)。ベルリン映画祭2015『ザ・クラブ』El Club”が審査員賞グランプリを受賞したばかり、チリでもっとも注目されている若手監督の一人です。1971年ノーベル文学賞を受賞した詩人、作家、外交官、政治家といくつもの顔をもつ、それだけに謎の多い人物の伝記映画です。伝記と言って1949年という地下潜伏と逃避行に明け暮れた激動の時期を切り取った映画です。「ネルーダはネルーダを演じていた」、つまり自分がコミュニズムのイコンとして称揚されるよう、この逃亡劇をことさら曖昧にして詩人自らが神話化した。この映画は「ネルーダの『ニ十の愛の詩と一つの絶望の歌』の詩人の忠実な伝記映画というより、ネルーダ信奉者が作った映画」(監督談)なので、伝記映画としては不正確ということです。

 

Neruda2016

製作:Fabula(チリ) / AZ Films(アルゼンチン) / Funny Balloons() / Setembro Cine(西)他

監督:パブロ・ラライン

脚本:ギジェルモ・カルデロン

編集・音楽エディター:エルヴェ・シュネイ Hervé Schneid

プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン

撮影:セルヒオ・アームストロング 

音楽:フェデリコ・フシド

プロダクション・マネージメント:サムエル・ルンブロソ

製作者:フアン・デ・ディオス・ラライン、ほか多数

データ:チリ=アルゼンチン=スペイン=フランス合作、スペイン語、2016年、107分、伝記映画、カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品、チリ公開2016811日決定

 

キャスト:ルイス・ニェッコ(ネルーダ)、メルセデス・モラン(妻デリア・デル・カリル)、ガエル・ガルシア・ベルナル(刑事オスカル・ペルショノー)、アルフレッド・カストロ(ガブリエル・ゴンサレス・ビデラ大統領)、エミリオ・グティエレス・カバ(パブロ・ピカソ)、ディエゴ・ムニョス(マルティネス)、アレハンドロ・ゴイク(ホルヘ・ベレート)、パブロ・デルキ(友人ビクトル・ペイ)、マイケル・シルバ(歴史家アルバロ・ハラ)、マルセロ・アロンソ(ぺぺ・ロドリゲス)、ハイメ・バデル(財務大臣アルトゥーロ・アレッサンドリ)、フランシスコ・レイェス(ビアンキ)、アントニア・セヘルスアンパロ・ノゲラ、他

 

解説1947年、ガブリエル・ゴンサレス・ビデラは大統領に就任すると、共産党根絶を開始する。チリ共産党の支援をうけて19453月に上院議員となった赤い詩人ネルーダは苦境に立たされる。1948年共産党が非合法化されると、党は危険の迫った詩人を亡命させることに着手する。1949年の秋、妻デリア・デル・カリルを伴ってのネルーダの地下潜伏とパリへの逃避行が始まった。首都サンティアゴで数カ月潜伏した後、追っ手の目を晦ますため女装してリベルタドール、バルパライソ、ロス・リオス州バルディビア、フトロノ・コミューンなどを転々とした。馬乗してアルゼンチンに脱出すると、やがてピカソなどヨーロッパの多くの友人に助けられて、春4月半ばパリに辿り着く。逃避行の最中に『大いなる歌』が書かれ、謎に満ちたネルーダの脱出劇は伝説となる。

 

トレビア

★ネルーダは1904年生れ、チリ共産党の支援を受けて19453月に上院議員に当選、同年7月に入党している。1948年ガブリエル・ゴンサレス・ビデラ大統領が共産党を非合法化したため、当時の妻デリア・デル・カリルと地下に潜ることになる。ネルーダは離婚を2回しており、本作に登場する妻はネルーダがヨーロッパから帰国した1943年に再婚した2番目の妻(1955年離婚)で、『イル・ポスティーノ』に出てくる妻マティルデは3番目のマティルデ・ウルティアを想定しているようです。現在ネルーダ記念館として観光名所になっているイスラ・ネグラの美しい別荘は、彼女のために建てたものだそうです。移動には女装したとか、フトロノ・コミューンを出てアルゼンチンに行く途中のクリングエ川の急流を渡るときには溺れそうになったとか逸話が多い。

 

      

       (妻デリア・デル・カリルと詩の朗読会用のメイクをしたネルーダ)

 

★「この映画はギジェルモ・カルデロンの脚本なくして作れなかった。自分で脚本を書くのは無謀だとは思わなかったが、結局彼の助けを求めなければならなかった。だからいくら感謝してもしきれない」とラライン。脚本を評価するコラムニストが多い。ネルーダは女好きで誇大妄想きみのブルジョア趣味という反面、深遠な理想主義にもえ寛容、チリの社会にインパクトを与えた人です。だから「ネルーダまたはその造形に挑戦した」映画だとラライン。

 

   

               (パブロ・ラライン監督)

 

★既にネルーダをテーマにした映画やTVドラは多数あります。なかでもマイケル・ラドフォードのイタリア映画『イル・ポスティーノ』(1994)は劇場公開された後、吹替え版、完全版を含めてテレビで放映されています。ネルーダにフィリップ・ノワレ、主人公郵便配達人マリオに病をおして出演したマッシモ・トロイージがクランクアップ直後に他界したことも話題になった。ララインの「ネルーダ」は1949年が時代背景ですが、『イル・ポスティーノ』のほうは1950年代初めのナポリ湾に浮かぶ架空の島が舞台だった。ナポリ湾のプローチダ島で撮影されたが、それはネルーダがカプリ島に潜伏していたときの史実に基づいている。

 

            

                      (逃避行をするネルーダ夫妻)

  

主なキャスト紹介

アルフレッド・カストロ1955年チリのサンティアゴ)とガエル・ガルシア・ベルナル1978年メキシコのグアダラハラ)については度々登場してもらっているので割愛します。前者はラライン監督のデビュー作 “Fuga” を含めて全作に出演しており、本作ではネルーダ逮捕を命じる大統領として登場します(ララインのフィルモグラフィー参照)。後者はあと一歩のところで獲物を取り逃がしてしまう平凡な刑事役、彼のモノローグが映画の推進役となっている。今回の二人は役柄としては嫌われ役でしょうか。G.G.ガエルによると、「この映画は豊かなネルーダの詩の読者の多くを失望させないと思う、それは間違いない。ぼくたちを映画に導いたのは、ネルーダの素晴らしい詩のお陰なのです」と。他のキャスト陣もラライン映画の常連さんです。

 

    

     (大統領の命令を受けるオスカル、GG・ベルナル、左側の背中が大統領

 

ルイス・ニェッコ  Luis Gnecco(ネルーダ):1962年チリのサンティアゴ生れ、グスタボ・G・マリノ『ひとりぼっちのジョニー』1993)、フェルナンド・トゥルエバ『泥棒と踊り子』09)、ララインNoなど。

メルセデス・モラン Mercedes Morán(ネルーダ夫人):1955年アルゼンチンのサンルイス生れ、ルクレシア・マルテルのサルタ三部作の1『沼地という名の町』01)と同2『ラ・ニーニャ・サンタ』04)、ウォルター・サレスの『モーターサイクル・ダイアリーズ』04)などで登場している。一時『人生スイッチ』愚息出演のオスカル・マルティネスと結婚していた。

 

パブロ・デルキ Pablo Derqui(ネルーダ友人ビクトル・ペイ):1976年バルセロナ生れ、マヌエル・ウエルガ『サルバドールの朝』、ギリェム・モラレス『ロスト・アイズ』

ハイメ・バデル Jaime Vadell(財務大臣アルトゥーロ・アレッサンドリ):1935年バルパライソ生れ、ロドリゴ・セプルベダの代表作Padre Nuestro05)の主役を演じた。「ピノチェト政権三部作」、ホドロフスキー『リアリティのダンス』『ザ・クラブ』ではシルバ神父になった。

 

アントニア・セヘルス Antonia Zegers1972年サンティアゴ生れ、「ピノチェト政権三部作」以降のラライン映画にオール出演、ラライン夫人である。

マルセロ・アロンソ Marcelo Alonso(ぺぺ・ロドリゲス):1969年サンティアゴ生れ、No以外の「ピノチェト政権三部作」、『ザ・クラブ』ではガルシア神父になった。テレビ出演が多い。

マイケル・シルバ Michael Silva(歴史家アルバロ・ハラ):1987年チリ南部アントファガスタ生れ、戯曲家、ミュージシャンとしても活躍。若い頃のアルバロ・ハラ(192398)はコミュニストの活動家だった。ラライン映画は初出演。

 

  *監督フィルモグラフィー(短編・TVシリーズを除く)

2006 “Fuga” 監督・脚本

2008 “Tony Manero”『トニー・マネロ』監督・脚本「ピノチェト政権三部作」第1

ラテンビート2008上映

2010 “Post mortem” 監督・脚本「ピノチェト政権三部作」第2

2012  “No”No』監督「ピノチェト政権三部作」第3部、カンヌ映画祭2012「監督週間」正式出品、

ラテンビート2013上映

2015  “El club”『ザ・クラブ』監督・脚本・製作、ラテンビート2015上映

2016  “Neruda” 監督、カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品

 

★ララインの次回作は英語映画Jackieと、3月にアナウンスされています。「ブルータスお前もか」という心境、彼も英語映画を撮る監督の仲間入りです。政治に絡んだジャッキー・ケネデイの伝記映画。ジャッキーを演じるのはナタリー・ポートマン、劇場公開間違いなしです。

 

       

             (ジャッキーになるナタリー・ポートマン)