サンセバスチャン映画祭2017終幕*結果発表 ⑮ ― 2017年10月03日 10:10
金貝賞はジェームズ・フランコの “The Disaster Artist” が受賞
★下馬評では “El autor”(マルティン・クエンカ)と “The Disaster Artist” (ジェームズ・フランコ)の傾向の異なる2作品がしのぎを削っていたようですが、結局ジョン・マルコヴィッチ審査委員長率いる審査員は、600万ドルの資金をつぎ込みながら1800ドルしか回収できなかった21世紀の駄作といわれるトミー・ウィソー(ウィゾー)の『ザ・ルーム』のパロディを金貝賞に選んで終幕いたしました。批評家、観客ともに評価が高かったことが決め手だったのでしょうか。結局、マルティン・クエンカは、無冠に終わりました。
★以下のような結果になりましたが、追加作品のアナイ・ベルネリの ”Alanis” が、監督賞と女優賞のダブル受賞になり、さらにボグダン・ドゥミトラケが男優賞を受賞した “Pororoca” も追加作品でした。時どき受賞させるために追加したのではないかと勘繰りたくなるケースがあります。女性監督の受賞は初めてのようですが、1作品1受賞の慣行を今年も変更しました。ベネズエラのマリアナ・ロンドンの “Pelo malo” が作品賞を受賞したSIFF2013以来の女性監督が輝いた年になりました。”Alanis” はスペイン語映画でしたので本来なら紹介すべきでしたが、追加だったこと、ストリーが逆境にめげず頑張る赤ん坊を抱えた娼婦というプロットに、いささか食傷気味だったこともあってアップを怠りました。
第65回サンセバスチャン映画祭の主要受賞結果
金貝賞(ゴールデン・シェル賞)
◎ “The Disaster Artist” 監督ジェームズ・フランコ(米)
他にシネマルディア・フェロス賞を受賞
審査員特別賞
◎ “Handia” (Aundiya)監督ジョン・ガラーニョ&アイトル・アレギ(西)
他にバスク映画賞を受賞
審査員特別メンション
◎ “Anne Gruwez” (Ni juge, ni soumise)監督Jean Libon&Yves Hinant(仏・ベルギー)
監督銀貝賞
◎ アナイ・ベルネリ ”Alanis” (アルゼンチン)
女優銀貝賞
◎ ソフィア・ガラ・カスティリオーネ ”Alanis”
男優銀貝賞
◎ボグダン・ドゥミトラケ “Pororoca” 監督コンスタンチン・ポペスク(ルーマニア・仏)
脚本賞
◎ ディエゴ・レルマン&マリア・メイラ “Una especie de familia” 監督ディエゴ・レルマン
(アルゼンチン・ブラジル・ポーランド・仏)
*ラテンビート2017に『家族のように』の邦題で上映される。
撮影賞
◎ フロリアン・バルハウス “The Captain” 監督ロベルト・シュヴェンケ
(独・仏・ポーランド)
ホライズンズ・ラティノ部門作品賞
◎ “Los perros” 監督マルセラ・サイド
サバルテギ-タバカレラ賞
◎ “Braguino” 監督Clément Cogitore (仏)
国際批評家連盟賞FIPRESCI
◎ “La vida y nada más” 監督アントニオ・メンデス・エスパルサ(西・米)他にSIGNIS賞受賞
*東京国際映画祭2017「ワールド・フォーカス」部門に、前作の『ヒア・アンド・ゼア』に続いて、『ライフ・アンド・ナッシング・モア』の邦題で上映される。
作品賞(ニューディレクターズ部門)
◎ “Le Semeur” (“The Sower”)監督マリーヌFrancen (仏・ベルギー)
ユース賞(ニューディレクターズ部門)
◎ “Matar a Jesús” 監督ラウラ・モラ (コロンビア・アルゼンチン)
他にFedeora賞を受賞
観客賞
◎ “Three Billboards Outside Ebbing Missouri” (“Tres anuncios en las afueras de Ebbing Misuri”)監督マーティン・マクドナー (英)
*ベネチア映画祭2017脚本賞受賞作品
TVE「もう一つの視点」賞
◎ “Custodia compartida”(“Custody”) 監督グザヴィエル・ルグラン(仏)
★栄誉賞のうち、オープニング・ガラで授賞式があった「批評家連盟賞グランプリ」にアキ・カウリスマキ、新作『希望のかなた』は国連難民映画祭の後、12月から公開されます。シネミラZinemira賞に、フリア・フアニス、マックスファクター賞にバルバラ・レニーが受賞しました。
(アキ・カウリスマキ)
ドノスティア賞の授賞式*サンセバスチャン映画祭2017 ⑭ ― 2017年09月30日 13:31
そろそろ閉幕します、3人のドノスティア賞ガラも終了しました
★ドノスティア賞は1986年に始まった栄誉賞、第1回はグレゴリー・ペックとハリウッド・スターでした。受賞者の出身国は別として米国で活躍している俳優が大半を占めています。スペイン自体がフェルナンド・フェルナン・ゴメス(99)、パコ・ラバル(01)、アントニオ・バンデラス(08)、最後が2013年のカルメン・マウラの4人だけだから多いとは言えない。フランスでは受賞順にカトリーヌ・ドヌーヴ、ジャンヌ・モロー、イザベル・ユペールの女優陣、アニエス・ヴァルダを含めて4人と同数です。年を追うごとに米国頼みがどの映画祭でもはっきりしてきましたが、見てもらえなければ話にならないということです。ガラには敬意を払って、映画祭総ディレクターのホセ・ルイス・レボルディノスが出迎えました。
(トロフィーを手にしたアニエス・ヴァルダ、9月24日のガラから)
(現地入りしたアニエス・ヴァルダ、9月22日)
★アルゼンチンからの初受賞がリカルド・ダリンだったのは納得でしょうか。「ホライズンズ・ラティノ」というスペイン語・ポルトガル語に特化したセクションがありながら、ラテンアメリカからは初めての受賞者でした。授賞式前のプレス会見で「リカルド・ダリンとは何者?」という質問には、「いつも真実を語っている嘘つき」と応えていました(笑)。トロフィーは『サミット』で共演したエレナ・アナヤと一緒に登壇したドロレス・フォンシの手から受け取りました。今年のラテンビートで『サミット』が上映されるので、そちらでトレビアをアップいたします。
(リカルド・ダリン、9月26日のガラから)
(現地入りしたリカルド・ダリン、9月25日)
★イタリアからはモニカ・ベルッチ、内面から滲みだしてくるような美しさ、年々若返りしているのではないか。「私も間もなく53歳になります。仕事を続けているのは美しさだけとは思わない」とベルッチ。素晴らしい体形を維持するのは口で言うほど楽ではない。美しさとインテリジェンスを調和させながら25年以上も闘ってきたんですよね。「映画はそのほかの芸術を理解する機会を与えてくれた。女優としてでなく、それ以上に人間として大きくしてくれた」と。授賞式は3000人が収容できるベロドロモで、1998年のドノスティア賞受賞者にして今年の審査委員長ジョン・マルコヴィッチの手から渡された。たったの5分間でしたが3000人の観客が彼女の美に酔いしれました。
(英語とスペイン語で短いスピーチをしたモニカ・ベルッチ、9月27日のガラから)
(現地入りしてファンの歓迎に応えるモニカ・ベルッチ)
★ドノスティア賞以外の栄誉賞の一つ「ジャガー・ルクルト賞*」にパス・ベガが選ばれました。昨年から始まり、第1回の受賞者はガエル・ガルシア・ベルナルでした。パス・ベガはアントニオ・バンデラスが受賞した「映画国民賞」のガラにも姿を見せていました。フリオ・メデムの『ルシアとSEX』(01)でカンヌ映画祭新人賞、ゴヤ賞新人女優賞などを受賞した。『トーク・トゥ・ハー』(02)他、アルモドバル映画、ビセンテ・アランダの『カルメン』(03)でカルメンを演じた。2008年からロスアンゼルスを本拠地にして主にハリウッド映画やTVで活躍している。
(トロフィーにキスをするパス・ベガ)
*正式名は「Premio Jaeger-LeCoultre al Cine Latino」、2007年からベネチア映画祭で始まった「Premio Jaeger-LeCoultre Glory to the Filmmaker」と同じ、1933年創業のスイスの高級時計マニュファクチュール、ジャガー・ルクルト社が与える賞。「10年以上のキャリアがあり、かつ将来的にも活躍が期待できるシネアスト」に贈られます。ジャガー・ルクルト社は、サンセバスチャン映画祭のパトロンの一つです。
アントニオ・バンデラス映画国民賞*サンセバスチャン映画祭2017 ⑬ ― 2017年09月28日 14:49
映画国民賞授賞式に南アから馳せつけたアントニオ・バンデラス
★映画国民賞*の授賞式は、例年サンセバスチャン映画祭と決まっています。今年の受賞者アントニオ・バンデラス(マラガ、1960)は、2日目の9月23日に授賞式がありました。昨年のアンヘラ・モリーナは3日目、受賞者の希望に合わせるようですが大体映画祭前半です。ある映画の撮影のため南アフリカ共和国から慌ただしく帰国したということで、記者団を前にしての談話は控えめで幾分疲れ切った声だった由。1月に心筋梗塞で倒れスイスでステント手術を受けた。公けに顔を出したマラガ映画祭では、大分やつれた印象でしたが順調に回復しているようです。授賞式会場はタバカレラ・センター(タバコ専売公社)だったが、ここでの授賞式は初めてらしく、受賞者が正装でなく黒のスーツだったのも初めてだった(写真下)。
(メンデス・デ・ビゴ文化教育スポーツ相から国民賞を受け取るバンデラス)
★「国の考えについては気にしていない。自分の分からない意見が次から次へと連発されるのが気にかかっているが、唯言えることは、私はこの国で生れ育ち、民主主義移行期に子供から大人になった。この時代は物事が自由に言えるようになった時代でした。国策アートの時代は終わり、スペイン人の投票が承認された」とバンデラス。中学生のころには軍事独裁政も内部では変革が起きていたから、ポジティブな視点を持てるようになった時代だったかもしれない。カタルーニャ自治州独立の是非を問う住民投票に水を向けられると、マラガっ子のバンデラスは「理性を欠いたことのように思える。勿論投票は民主主義の基本だが、それが唯一でないことを忘れるべきではない。法律を尊重すべきです」とかわし、スペイン政府の投票阻止については、「サッカーでいえばレッドカードのようなもの。誰が得点するの、審判員あるいは蹴り上げた選手?」と応じました。中央が言うように違憲なのかどうか分かりませんが、投票日10月1日が個人的には心配です。
消費税21%が半分以下の10%に引き下げられたけど・・・
★先日、メンデス・デ・ビゴ文化教育スポーツ相がチケット代のIVA消費税21%を半分以下の10%に引き下げることを発表しました(施行2018年)。「映画産業にとっては歓迎すべきことですが、特に経済危機が長引いて苦境に立たされていた製作側では大いに助けになります」とコメント。映画鑑賞の方法に変化が起きており、必ずしも映画を映画館で見る時代は終わっている。「私の娘はiPhone で映画を見ている。作る側も変わらざるを得ない。スペインでは映画館が消えてしまった町だってあるから映画館で見たくても見られない。映画祭では見ず知らずの観客同士が暗い場内で映画を見るが、これも残念ながら消えていきつつある」と悲観的でした。将来的にはネットフリックスのことも視野に入れて考えねばならないでしょう。
(国民賞を証明する公文書を記者団に披露するアントニオ・バンデラス)
★ガラは、文化相メンデス・デ・ビゴのバスク語での称賛スピーチで始まった。続いてパス・ベガを従えて登壇したカルロス・サウラが文化相のバスク語に呼応して「バスクではこの映画祭をZinemaldiaと呼んでいるが、今日はZinebuendiaと呼ぶことにします」と挨拶した。Zine-mal-diaのmal(悪い)をbuen(良い)に入れ替えたわけです。「消費税減税の朗報、信じられませんよ、大臣。文化大臣は文化のことを、映画芸術のことに気を配る時です」とサウラ、「2018年から減税しますよ。誰だって税金なんか払いたくありません。しかし老後の年金や根本的な公共サービスの財源を確保する必要があるんです」と文化相。どちらもステレオタイプ的な口合戦でした。
★会場はお祝いに駆けつけた人でごった返しだったようです。サウラ以下、ペドロ・オレア、マヌエル・グティエレス・アラゴン、マベル・ロサノ、イマノル・ウリベ、リノ・エスカランテの監督たち、ICAAの元ディレクターたち、ヨーロッパ映画アカデミー副会長アントニオ・サウラ、フェルナンド・ボバイラなど製作者たち、マラガ映画祭やバジャドリード映画祭のディレクター、女性シネアストでは、昨年の受賞者アンヘラ・モリーナ、マリサ・パルデス、ナタリエ・ポサ、今回ジャガー・ルクルト賞を受賞したパス・ベガ、etc.。
*映画国民賞Premio Nacional de Cinematografiaというのは1980年に始まった賞、まだゴヤ賞(1987年から)がなかった時期で、シネアストに与えられる賞としては唯一のものでした。国民賞は他に文学賞、美術賞、科学賞など各分野ごとに分かれています。選考母体は文化教育スポーツ省と映画部門ではICAA(Instituto de la Cinematografia y de las ArtesAudiovisuales)です。副賞として3万ユーロが授与される。特に多額ではありませんが、栄誉賞としてはゴヤ賞より上かもしれません。
◎バンデラス関連記事
*メラニー・グリフィスとの離婚騒動の記事は、コチラ⇒2014年6月21日
*ゴヤ賞2015「栄誉賞」受賞の記事は、コチラ⇒2014年11月5日
*マラガ映画祭2017「名誉金のビスナガ」受賞記事は、コチラ⇒2017年4月1日
*映画国民賞2017受賞の記事は、コチラ⇒2017年8月25日
ヴィム・ヴェンダースの新作で開幕*サンセバスチャン映画祭2017 ⑫ ― 2017年09月26日 13:12
アリシア・ヴィカンダー、サンセバスチャンに到着
★まずまずの天候に恵まれ開幕しました。続々と内外のシネアストが現地入りして国際映画祭ならではの雰囲気がただよってきました。オープニング作品 “Submergence” の監督ヴィム・ヴェンダースのグループ、アントニオ・バンデラス、パス・ベガ、審査委員長ジョン・マルコヴィッチ以下の審査員一同(ホルヘ・ゲリカエチェバリア、エンマ・スアレス、ドロレス・フォンシ、ウィリアム・オールドロイド、アンドレ・ザンコウスキ、パウラ・ヴァカロ)、カルロス・サウラ、アニエス・ヴァルダ、アキ・カウリスマキなどのスーパー・シニア組も元気な姿で到着しました。ホライズンズ・ラティノの有力候補、チリのセバスチャン・レリオ監督とヒロインのダニエラ・ベガも早々と姿を見せ意気込みを印象づけました。
(審査員一同、中央がマルコヴィッチ審査委員長)
★オープニング作品はヴィム・ヴェンダースの最新作 “Submergence”(スペイン題 “Inmersión”)、先日閉幕したトロント映画祭のスペシャル・プレゼンテーション部門でも上映され、監督は第4回「ゴールデン・サム」賞を受賞したばかりです。監督、ヒロインのスウェーデン出身だが現在はハリウッドで活躍しているアリシア・ヴィカンダー(ヴィキャンデル)、トロントにも来ていたケリン・ジョーンズが現地入りしたようです。
(サンセバスチャンには姿を見せなかったジェームズ・マカヴォイ入りのポスター)
(ケリン・ジョーンズ、ヴィム・ヴェンダース監督、アリシア・ヴィカンダー)
「サンセバスチャンは Netflix 作品を拒みません」と総監督ホセ・ルイス・レボルディノス
★ベネチア映画祭のディレクターもネットフリックス制作の映画は「大歓迎」と、カンヌとは違う路線をアナウンスしましたが、サンセバスチャンの今年7回目を総指揮するホセ・ルイス・レボルディノスも早くから「Netflix 作品を拒みません」と明言していました。規模も格も段違いですから、存続のためにもきれいごとなど言ってられません。だからではないでしょうが、ベロドロモ部門上映のボルハ・コベアガの “Fe de etarras” の以下のような大垂れ幕がビル全体を被いました。レボルディノスも56歳、63歳で引退をちらつかせていますが、大分先の話です。
(ネットフリックス制作“Fe de etarras” のプロモーション用の大ポスター)
★マヌエル・マルティン・クエンカの “El autor” の面々も勢揃いしています。スペイン語映画では賞レースの先頭を走っている印象です。大歓迎を受けて、ハビエル・グティエレスもマリア・レオンも上機嫌のようです。ハビエルは2014年に『マーシュランド』(アルベルト・ロドリゲス)で男優賞を受賞していますが、授賞式には欠席して相棒のラウル・アレバロがスピーチを代読した。アルベルト・ロドリゲス監督は作品は、コンペティション外でTVシリーズ “La peste”(2回分)が上映されます。
(マヌエル・マルティン・クエンカ監督)
(一人だと小柄が目立たない主役アルバロのハビエル・グティエレス)
コスタリカから女性監督デビュー*サンセバスチャン映画祭2017 ⑪ ― 2017年09月22日 16:08
「ホライズンズ・ラティノ」にコスタリカの新人アレクサンドラ・ラティシェフ
★「ホライズンズ・ラティノ」の出品作品は、例年8月前半に開催されるリマ映画祭と同じ顔触れになります。コスタリカの新人アレクサンドラ・ラティシェフの長編第1作 “Medea” は、リマ映画祭2017の審査員特別メンション受賞作品です。今年はラテンアメリカ10ヵ国17作品が上映され、作品賞にグスタボ・ロンドン・コルドバの “La familia”(ベネズエラ他)、審査員特別賞にセバスティアン・レリオの “La mujer fantástica”(チリ他)と、ホライズンズ・ラティノの出品作が選ばれています。 “Medea” からは主演女優のリリアナ・ビアモンテが審査員特別メンション女優賞を受賞していました。ペルーはコスタリカ同様映画産業は盛んとは言えませんが、本映画祭も今年21回目を迎えています。
“Medea” 2016
製作;La Linterna Films / Temporal Film / Grita Medios / CyanProds
監督・脚本:アレクサンドラ・ラティシェフ
撮影:オスカル・メディナ、アルバロ・トーレス
音楽:スーザン・カンポス
編集:ソレダ・サルファテ
プロダクションデザイン・美術:カロリナ・レテ
製作者:パス・ファブレガ、ルイス・スモク、アレクサンドラ・ラティシェフ、(エグゼクティブ)シンシア・ガルシア・カルボ、(アシスタント)バレンティナ・マウレル
データ:コスタリカ=アルゼンチン=チリ、スペイン語、2016年、70分。2016「Cine en Construcción 30」、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭2017正式出品、第21回リマ映画祭2017正式出品(リリアナ・ビアモンテ審査員特別メンション女優賞)、サンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」正式出品。
キャスト:リリアナ・ビアモンテ(マリア・ホセ)、エリック・カルデロン(カルロス)、ハビエル・モンテネグロ(ハビエル)、マリアネイジャ・プロッティ、アーノルド・ラモス、他
プロット:マリア・ホセの人生は、単調な大学生活、日頃疎遠な両親、ラグビーのトレーニング、そしてゲイの友人カルロスとの間を動きまわっている。しかしハビエルと知り合い彼と交際しはじめたことで、周囲との連絡を絶つ。<普通の>人生を送るための努力をなにもせずに受け入れるが、誰も考えもしなかった秘密を抱えこンでしまう、彼女は数か月の身重になっていた。
★これだけの情報では、タイトルから想像するギリシャ神話のメデイア、またはエウリピデスのギリシャ悲劇「女王メディア」に辿りつけない。夫イアソンの裏切りに怒り、復讐を果たす強い女性像とヒロインのマリア・ホセ像とが結びつかない。マリア・ホセは25歳になるのに未だ大学生、内面的には何かが起こるのを待っているモラトリアム人間にも見える。表面的にはラクビー選手という設定だが、メディアのように本当に強い女性なのか。エウリピデスのメディアは二人の息子も殺害するが、ヒロインが妊娠数か月というのが暗示的だ。女性の<女らしさ>を嫌悪するミソジニーと関係があるのかないのか。ギリシャ悲劇の規範でいえば、英雄は最後には降格する宿命にある。マリア・ホセの最後がどうなるのか全く予想がつかない。
(マリア・ホセ役のリリアナ・ビアモンテ、映画から)
★アレクサンドラ・ラティシェフAlexandra Latishev は、コスタリカのベリタス大学で映画とTV学校で学ぶ。監督、脚本家、編集者、製作者、女優。2011年、短編 “L’Enfante Fatale” を撮る。短編 “Irene”(14)は、トゥールーズ映画祭、アルカラ・デ・エナレス映画祭(作品賞)、フランドル・ラテンアメリカ映画祭(審査員メンション)、ハバナ映画祭(審査員メンション)など多数受賞する。 “Medea” は長編第1作である。
(リリアナ・ビアモンテ出演の “Irene” のポスター)
★監督によれば、「自分自身とは感じられない体で生きているせいで、自分の所属場所がないという人物を登場させたかった。不可能なリミットまで描きたかった。世間は矛盾で溢れているが、他人と調和して生きたいと考えています。しかし私たちにはそれとは対立した<その他>も居座っています。この映画の中心課題は、社会的に積み上げられてきた<女らしさ>の概念についてのマリア・ホセの闘いです」ということです。これで少しテーマが見えてきました。
(製作者シンシア・ガルシア・カルボと監督右、2016「Cine en Construcción 30」にて)
★リリアナ・ビアモンテLiliana Biamonteは、アレクサンドラ・ラティシェフの短編 “Irene” に主人公のイレネ役で出演、他にユルゲン・ウレニャの “Muñecas rusas”(14)、アレホ・クリソストモの “Nina y Laura”(15)、アリエル・エスカランテの “El Sonido de las Cosas”(16)などコスタリカ映画に主役級で出演している。本作 “Medea” でリマ映画祭2017審査員特別メンション女優賞を受賞している。
(看護師役のリリアナ・ビアモンテ、“El Sonido de las Cosas” から)
"El autor" トロント映画祭でFIPRESCI賞*サンセバスチャン映画祭2017 ⑩ ― 2017年09月18日 16:42
マヌエル・マルティン・クエンカ、三度目の挑戦で国際批評家連盟賞受賞
★去る9月17日トロント映画祭tiff 2017は、マーティン・マクドナーの “Three Billboards Outside Ebbing, Missouri”(米=英)を観客賞(最高賞)に選んで閉幕しました。開催期間がベネチア映画祭と重なる部分もあり、作品もかなりダブっています。とにかくtiffは合計300本ぐらいあるからチェックするのも面倒くさくなります。本作もベネチア映画祭のコンペティション部門に出品されていました。隣国だから授賞式まで残っていたのか、あるいは直前に呼び戻されたのか、「本当に観客に受け入れられるかどうか全く分からなかった」と、監督は受賞の驚きを隠さなかったようです。
(主演のフランシス・マクドーマンド、“Three Billboards Outside Ebbing, Missouri”から)
★サンセバスチャン映画祭のコンペティションにも出品されているマヌエル・マルティン・クエンカの新作 “El autor”(The Motive)がスペシャル・プレゼンテーション部門の国際批評家連盟FIPRESCI賞を受賞しました。過去には彼の2作品 “La mitad de Oscar” と “Canibal” が出品されておりますが、今回三度目の挑戦で大賞を手にしました。他にはベネチア映画祭の金獅子賞をとったギレルモ・デル・トロの “The Shape of Water”、同じくベネチア映画祭正式出品のジョージ・クルーニーの “Suburbicon” や、ダーレン・アロノフスキーの “Mother!” を押しのけて、彼らからすれば知名度的には低いマルティン・クエンカが受賞するなんて予想もしませんでした。幸先良いニュースですが、果たしてサンセバスチャンでは賞に絡めるでしょうか。
(アントニオ・デ・ラ・トーレとハビエル・グティエレス、“El autor” から)
★サンセバスチャン映画祭2017のドノスティア賞受賞者のアニエス・ヴァルダと、写真家でアーティストのJRのドキュメンタリー映画 “Visages Villages”(Faces Places)がドキュメンタリー観客賞を受賞しました。アニエス・ヴァルダは89歳、JRは34歳、祖母と孫ほど年の違う二人連れが、町の人々と触れあいながらフランスの田舎をめぐります。これは今年観たい映画5本に入れたいです。
(アニエス・ヴァルダとJR)
(ベロドロモ部門のポスター)
★サンセバスチャン映画祭では3000人が収容できる大型スクリーンで上映されるベロドロモ部門(コンクール外)で上映されるのが、ハビエル・バルデムとペネロペ・クルスが出演することで話題になっている、フェルナンド・レオン・デ・アラノアの “Loving Pablo” です。tiffではスペシャル・プレゼンテーション部門に出品されていましたが、残念でした。ベネチア映画祭はコンペティション外の出品でした。
(パブロ・エスコバルを演じたハビエル・バルデム)
★このベロドロモでは、スペイン語映画はボルハ・コベアガのキツいブラック・ユーモア満載のコメディ “Fe de etarras”、ハビエル・カマラ、フリアン・ロペス、ラモン・バレア、ゴルカ・オチョアなどが出演します。10月12日Netfix放映が決定しています。コベアガはスペイン映画史上最高の興行成績を誇る「8アペジードス・バスコス」の脚本を共同で手掛けています。もう1作がアントニオ・クアドリの “Operación concha”(西=メキシコ)、ジョルディ・モリャ、カラ・エレハルデ、ウナックス・ウガルデ、ラモン・アギーレ、バルバラ・モリ他、お馴染みの役者が出演して笑わせます。どうやら今年のベロドロモ上映3作品は、字幕入りで観られそうです。
(アントニオ・クアドリの “Operación concha” から)
★ベロドロモVelódromoは、英語のvelodromeと同じくスペイン語でも「競輪場」を指します。作品は3~5作品と少なく娯楽アクションものが多い。かつてアレックス・デ・ラ・イグレシアの『スガラムルディの魔女』や、ダニ・デ・ラ・トーレの『暴走車 ランナウェイ・カー』がここで上映された。
サンティアゴ・ミトレの『サミット』などが追加発表*ラテンビート2017 ③ ― 2017年09月17日 17:19
やっと上映作品の全体像が見えてきました!
★タイムテーブルはまだ穴あき状態で不完全ですが、これで上映作品はほぼ決定したのでしょうか。新たに追加されたなかに、サンティアゴ・ミトレの第3作 “La cordillera” が、英題のカタカナ起こし『サミット』の邦題で上映されることになりました。カンヌ映画祭2017「ある視点」に正式出品された折りに、当ブログでは作品紹介をしております。リカルド・ダリンがアルゼンチン大統領に扮して「ラテンアメリカ・サミット」に出席、チリ大統領には『グロリアの青春』のパウリナ・ガルシア、メキシコ大統領には『ブランカニエベス』のダニエル・ヒメネス=カチョ、ダリンの娘に『パウリーナ』のドロレス・フォンシ、他にエレナ・アナヤ(『私が、生きる肌』)、エリカ・リバス(『人生スイッチ』)などなど、見た顔が勢揃いしています。
* “La cordillera” の作品紹介の記事は、コチラ⇒2017年5月18日
(サンティアゴ・ミトレ監督とアルゼンチン大統領のリカルド・ダリン)
★主役のリカルド・ダリンが今年のドノスティア賞(栄誉賞)を受賞するので、スペシャル・プロジェクションとして『サミット』が上映されことになっています。ほかにドノスティア賞の受賞者は、イタリア女優のモニカ・ベルッチと、ベルギー出身だが第二次世界大戦中フランスに避難、フランス国籍の若々しい89歳のアニエス・ヴァルダです。ベルッチは代表作ジュゼッペ・トルナトーレの『マレーナ』(2000)、ヴァルダはカンヌ映画祭2017(コンペティション外)の観客を沸かせたドキュメンタリー「Faces Places (Visages, Villages)」が上映されます。ヴァルダと孫ほど年の違う若い写真家でアーティストのJRが、フランスの田舎を旅してまわるお可笑しくて哀しい上質のドキュメンタリー。カンヌ上映後のオベーションが永遠に続いたとか。日本ではいつ劇場公開されるのでしょうか。第65回ということもあってドノスティア賞には以上3人が受賞します。
(ベルッチの代表作『マレーナ』のポスター)
★他に、ハビエル・アンブロッシ&ハビエル・カルボの “La llamada” が、英題のカタカナ起こし『ホーリー・キャンプ』の邦題で上映されます。『ブランカニエベス』のマカレナ・ガルシア、『オリーブの樹は呼んでいる』のアンナ・カスティーリョ、『KIKI~恋のトライ&エラー』のベレン・クエスタなどのぴちぴちガールズが出演します。2013年に30万人の観客を集めたという大ヒット・ミュージカルの映画化。監督は二人ともTVシリーズに出演している俳優出身、今回、揃って監督デビューしました。ハビエル・アンブロッシ(1984年マドリード)、ハビエル・カルボ(1991年マドリード)の若い監督、グラシア・オラヨ(『気狂いピエロの決闘』)やセクン・デ・ラ・ロサ(『クローズド・バル』)などアレックス・デ・ラ・イグレシア映画のメンバーが脇を固めています。サンセバスチャン映画祭2017「Gala TVE」部門で上映される。
(ベレン・クエスタ、アンナ・カスティーリョ、マカレナ・ガルシア、グラシア・オラヨ)
(左から、マカレナ・ガルシア、ハビエル・カルボ監督、アンナ・カスティーリョ、
ベレン・クエスタ、グラシア・オラヨ、ハビエル・アンブロッシ監督)
★サンセバスチャン映画祭関連では、エドゥアルド・カサノバの『スキン』、カルラ・シモンの『1993、夏』が、「メイド・イン・スペイン」部門で上映されます。このセクションは既にスペインで公開されて人気の高かった作品が選ばれるようです。ラテンビートではエントリーされませんでしたが、当ブログで作品紹介をしたなかに、スペイン公開と同時だったアレックス・デ・ラ・イグレシアの『クローズド・バル』、マラガ映画祭でリノ・エスカレラが審査員特別賞と脚本賞を受賞した “No sé decir adiós” や、同映画祭の「ZonaZine」部門の作品賞・監督賞をダブル受賞した新人エレナ・マルティンの “Júlia ist” などが選ばれています。
* “No sé decir adiós” の記事は、コチラ⇒2017年06月25日
* “Júlia ist” の記事は、コチラ⇒2017年07月10日
サンティアゴ・エステベスのデビュー作*サンセバスチャン映画祭2017 ⑨ ― 2017年09月17日 10:00
「ホライズンズ・ラティノ」はアルゼンチン映画が花ざかり
★ラテンアメリカ諸国に関していえば、アルゼンチンは映画先進国、今年もノミネーション12作のうち4作、合作を含めると半数以上の7作になります。サンティアゴ・エステベスの長編デビュー作 “La educación del Rey” は、「Cine en Construcción 30」(サンセバスチャン映画祭SSIFF2016)の受賞、他に「Cine en Construcción 30」では「CACI-Ibermedia TV」賞*も受賞しています。定年退職したばかりの元警備員が偶然遭遇してしまった強盗初犯の若者の自立を手助けするというサスペンス仕立てのドラマです。
*CACI(Conferencia de Autoridades Cinematográficas Iberoamericanas)イベロアメリカ映画作品会議。
“La educación del Rey” 2017
製作:13 Conejos
監督・編集:サンティアゴ・エステベス
脚本(共):サンティアゴ・エステベス、フアン・マヌエル・ボンドン
撮影:セシリア・マドルノ
美術:アレハンドラ・マスカレーニョ
録音;パトリシア・ミラネシ
視覚効果:ラモン・ダサ、ビクトル・パラシオス・ロペス
音楽:マリオ・ガルバン、マルティン・サンチェス
助監督:エセキエル・ピエリ
プロデューサー:サンティアゴ・エステベス、(エグゼクティブ)バルバラ・エレーラ、
(アシスタント)セシリア・マドルノ、ダマリス・レンドン
データ:アルゼンチン、スペイン語、2017年、撮影地メンドサ、2015年10月。「Cine en Construcción 30」出品作品(作品賞受賞)、「CACI-Ibermedia TV」賞受賞、サンセバスチャン映画祭2017「ホライズンズ・ラティノ」正式出品、フランス公開2017年11月22日予定
キャスト:ヘルマン・デ・シルバ(カルロス・バルガス)、マティアス・エンシナス(レイナルド・ガリンデス、綽名レイ)、エステバン・ラモチェ(ビエイテス)、ウォルター・ヤコブ(アランシビア)、ホルヘ・プラド、マルティン・アロージョ、エレナ・シュネル(カルロス妻)、マリオ・ハラ、マウリシオ・ミネティ、マルセロ・ラセルナ、他
プロット:16歳のレイナルド・ガリンデス、綽名はレイと警備会社を定年退職したばかりのカルロス・バルガスの物語。レイは仲間と初めて強盗に入るが見つかり警察に追われ逃走する。道路を走り塀を乗り越え飛びおりた先がバルガス家の中庭だった。バルガスはレイにある提案をする。飛び降りたときに壊した庭を修繕するなら警察に引き渡さないと。それが始まりだった。老いた元ガードマンは、古くからの言い伝えに倣って若者の<君主教育>を始める。しかしこの協定は、レイナルドが犯した未解決の問題に近づこうとしたとき、二人の信頼関係に亀裂が走るだろう。
一躍スターになったメンドサ生れの新人マティアス・エンシナス
★「君主教育」というタイトルは、レイナルドReynaldoの綽名レイReyと王reyを掛けている。タイトルのRey が大文字と小文字の2通りある理由です。当ブログではIMDbを採用しました。同じキャストでTVミニ・シリーズ化(8話)されて、お茶の間にも登場することになった。レイナルド・ガリンデス役のマティアス・エンシナスはメンドサ生れのニューフェイス、撮影時には主人公とほぼ同じ17歳だった。TVドラ化されたことでメンドサでは有名になったということです。
(マティアス・エンシナス、映画から)
★カルロス・バルガス役のヘルマン・デ・シルバは、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(第5話「愚息」)の庭師役を演じたベテラン。資産家の愚息の轢逃げ犯の身代わりを50万ドルで請け負うが、値段を釣り上げて資産家を逆に強請るという、笑うに笑えないコメディだった。本作でアルゼンチン映画アカデミー2014の助演男優賞受賞している。他にカンヌやサンセバスチャン映画祭2011の「ホライズンズ・ラティノ」作品賞を受賞したパブロ・ジョルジェッリの “Las acacias” で主役の長距離トラック・ドライバーを演じて、アルゼンチン映画アカデミー新人男優賞やコンドル賞にノミネートされている。
(レイナルドに<君主教育>をするカルロス・バルガス、映画から)
★今回あまり出番はなさそうなエステバン・ラモチェは、サンティアゴ・ミトレのデビュー作『エストゥディアンテ』の政治活動に目覚めていく主役を演じてカルタヘナ映画祭男優賞をもらった。カンヌ映画祭2015併催「批評家週間」のグランプリ受賞作品『パウリーナ』ではパウリーナの恋人役、前回アップしたアドリアン・ビニエスの “El 5 de Talleres” では主役を演じた。ホルヘ・プラドは、映画、舞台、TVと活躍しているベテランのようです。アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー』やフランシスコ・マルケス&アンドレア・テスタの “La larga noche de Francisco Sanctis” に脇役で出演している。
(エステバン・ラモチェとヘルマン・デ・シルバに指示を与える監督、撮影2015年10月)
(ホルヘ・プラド、右はマティアス・エンシナス、TVミニシリーズから)
★ウォルター・ヤコブは、1975年ブエノスアイレス生れ、主に舞台俳優、演出家として活躍している。パブロ・トラペロのブエノスアイレスのスラム街を舞台にした社会派ドラマ『ホワイト・エレファント』に出演している。リカルド・ダリンやベルギーの若手ジェレミー・レニエ、トラペロ夫人のマルティナ・グスマンなどと共演した。マルセロ・ラセルナやエレナ・シュネルも舞台俳優らしく二人は同じ舞台に立っている演劇仲間。
(右ウォルター・ヤコブ、ジェレミー・レニエと共演した『ホワイト・エレファント』から)
★サンティアゴ・エステベスはメンドサ生れ、監督、脚本家、編集者。本作が長編デビュー作ですが、編集者としては長いキャリアの持ち主。ベテランを揃えられたのもこのキャリアの賜物かもしれない。オムニバス映画『セブン・デイズ・イン・ハバナ』(12)のパブロ・トラペロが監督した「ジャムセッション/火曜日」を手掛けている。2011年、エステバン・ラモチェを起用して短編 “Los crimenes”(19分)、ほか ”Un sueño recurrente”(13、22分)の2作がある。
(本作撮影中の監督、左側)
(エセキエル・ピエリと監督、SSIFF2016「Cine en Construcción 30」にて)
*『人生スイッチ』の主な記事は、コチラ⇒2015年7月29日
*『パウリーナ』の主な記事は、コチラ⇒2015年5月21日
*『キリング・ファミリー 殺し合う一家』の記事は、コチラ⇒2017年4月9日
* “La larga noche de Francisco Sanctis” の記事は、コチラ⇒2016年5月11日
アドリアン・ビニエスの第3作 "Las olas" *サンセバスチャン映画祭2017 ⑧ ― 2017年09月13日 17:24
「ホライズンズ・ラティノ」にアドリアン・ビニエスの第3作
★アドリアン・ビニエスは、ベルリン映画祭2009でデビュー作 “Gigante” がいきなり銀熊賞、新人監督賞、さらにはアルフレッド・バウアー賞のトリプル受賞、一躍ベルリンの寵児となった監督。ラテンビート2010で『大男の秘め事』の邦題で上映されました。今回ノミネーションされた “Las olas” は、昨年の「Cine en Construcción 30」出品作品、エントリーされた6作のうち4作が今年の「ホライズンズ・ラティノ」にノミネートされています。仕事に疲れ果てた中年男アルフォンソが海の中で出会う過去がメランコリックに語られる。「Cine en Construcción」は、ラテンアメリカ諸国の映画振興のために年2回開催され、第30回が2016年9月のサンセバスチャン映画祭、第31回が2017年3月のトゥールーズ映画祭に出品された作品。
“Las olas” (“The Waves”)2017
製作:Mutante Cine(ウルグアイ)/ El Campo Cine(アルゼンチン)
監督・脚本・音楽:アドリアン・ビニエス
撮影:ニコラス・ソト、ヘルマン・レオン
編集:パブロ・リエラ、フェルナンド・エプステイン(『ウィスキー』)
録音:フランシスコ・リッジ、マルティン・スカグリア
助監督:サンティアゴ・トゥレルTurell
製作者:アグスティナ・チアリノ、ニコラス・Avruj
データ:ウルグアイ=アルゼンチン、スペイン語、2017年、ドラマ、87分、撮影地モンテビデオ、2016年3月クランクイン、「Cine en Construcción 30」参加作品、サンセバスチャン映画祭2017「ホライズンズ・ラティノ」正式出品、ウルグアイ公開2018年前期予定。
キャスト:アルフォンソ・Tort(アルフォンソ)、フリエタ・ジルベルベルグ、カルロス・リサルディ、ファビアナ・チャルロ、ビクトリア・ホルヘ、他
プロット:アルフォンソは疲れはてる仕事が終わるとビーチに出かける。海に潜って泳ぐ。海から浮き上がると、5年前に家族と一緒に夏を過ごした別のビーチにいることと気づく。これが素晴らしい旅の始まりだった。彼の人生に沿ってさまざまな夏休み、湯治場がメモランダムに出現する。両親と過ごした子供時代、別れた妻と過ごした神秘的な島、友達と一緒のティーンエージャー時代、マレーシアの海賊ごっこ、2年続けて同じ場所でそれぞれ別の恋人とキャンプしたことが、ノスタルジックにメランコリックに彼の孤独が語られる。
(ビーチに向かうアルフォンソ?)
ノスタルジーとアナクロニズムが横溢する中年男の孤独
★テイスト的には『大男の秘め事』に近いが、デビュー作にあったスリリングな緊張感は薄れている印象です。アドリアン・ビニエスは、ブエノスアイレス生れのアルゼンチン人ですが、ウルグアイのモンテビデオを本拠地にしている。小国ウルグアイの映画市場はアルゼンチンとは比較にならないほど小さく、彼のようなシネアストは珍しい。本作は上記したように「Cine en Construcción 30」の参加作品、その時のストーリーとは若干違っているようです。「素晴らしい旅の始まり」は、アルフォンソが11歳の子供のときで、両親が岸辺から彼に戻ってくるよう呼んでいるシーンだった。アルフォンソは監督と同世代の38歳から40歳、時代は1985年から2012年に設定されている。大人の体形と変わらないアルフォンソが子供を演じるわけで、そのアンバランスが可笑しみを醸しだしているのでしょうか。
★アドリアン・ビニエスAdrian Biniezは、1974年ブエノスアイレス州のレメディオス・デ・エスカラダ生れ、監督、脚本家、俳優、現在はウルグアイのモンテビデオ在住。2006年、短編デビュー作 “8 horas” でブエノスアイレス国際インディペンデントSAFICIで1等賞を取る。『大男の秘め事』がベルリン映画祭2009銀熊賞・新人監督賞・アルフレッド・バウアー賞を受賞、他サンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」の作品賞を受賞した。サッカー選手をテーマにした長編第2作 “El 5 de Talleres” が、ベネチア映画祭2014「第11回ベネチア・デイズ」部門で上映、他ロッテルダム、ヒホン、マル・デル・プラタ、トライベッカ、各映画祭に出品された。第3作目が本作である。俳優としては初めて公開されたウルグアイ映画としても話題を呼んだ『ウィスキー』(04、フアン・パブロ・レベージャ&パプロ・ストール)などに脇役で出演している。
(アドリアン・ビニエス監督)
(アグスティナ・チアリノ、監督、ニコラス・Avruj、「Cine en Construcción 30」にて)
★キャストのうちアルフォンソ役のアルフォンソ・Tortは、2001年『ウィスキー』の監督コンビのデビュー作 “25 Watts” で初出演、モンテビデオの3人のストリート・ヤンガーの1日を描いたもの、若者の1人を演じた。『ウィスキー』にもベルボーイ役で出演、イスラエル・アドリアン・カエタノの “Crónica de una fuga”(06アルゼンチン)、主役を演じた”Capital (Todo el mundo va a Buenos Aiires)”(07アルゼンチン)、他ビニエス監督の “El 5 de Talleres” にも出ている。今作には今度共演するアルゼンチンのフリエタ・ジルベルベルグも出演している。ジルベルベルグは、『ニーニャ・サンタ』でデビュー、ディエゴ・レルマンの『隠された瞳』、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』、ダニエル・ブルマンの “El rey del Once” などで当ブログに登場しています。カルロス・リサルディとファビアナ・チャルロは、『大男の秘め事』に出演している。監督は同じメンバーを起用するタイプなのかもしれない。
(監督は親友だと語る、アルフォンソ・Tort、2015年5月)
(フリエタ・ジルベルベルグ、“El 5 de Talleres” から)
*『人生スイッチ』の記事は、コチラ⇒2015年7月29日
* “El rey del Once” の記事は、コチラ⇒2016年8月29日
『ヒア・アンド・ゼア』の監督作品*サンセバスチャン映画祭2017 ⑦ ― 2017年09月10日 17:07
オフィシャル・セレクション第4弾、5年ぶりメンデス・エスパルサの新作
★アントニオ・メンデス・エスパルサが、新作 “Life And Nothing More” で5年ぶりにサンセバスチャンにやってきます。彼のデビュー作 “Aquí y allá” は『ヒア・アンド・ゼア』の邦題で、東京国際映画祭TIFF2012「ワールド・シネマ」で上映されました。スペインの若手監督ですが、もっぱら米国、メキシコで仕事をしています。前作はアマチュアを起用してフィクションともドキュメンタリーとも、両方をミックスさせたような作品でした。あるメキシコ移民がアメリカから故郷に戻ってくる。家族と再会した幸福感や安堵感が、時間がゆったり流れるなかで、やがて喪失感に変化していくさまをスペイン語とナワトル語で描いた。今回はフロリダを舞台にしての英語映画ですがマドリード生れの将来有望な若手ということでご紹介いたします。『ヒア・アンド・ゼア』がTIFFで上映されたときには、当ブログは存在していなかったので初登場です。
(英題ポスター、左から、ロバート、リィネシア、レジーナ)
“Life And Nothing More” (“La vida y nada más”)2017
製作:Aqui y alli Films
監督・脚本:アントニオ・メンデス・エスパルサ
撮影:バルブ・バラショユ(『ヒア・アンド・ゼア』)
編集:サンティアゴ・オビエド
美術・プロダクション・デザイナー:クラウディア・ゴンサレス
録音:ルイス・アルグエジェス
プロダクション・ディレクター:ララ・テヘラ
キャスティング:Ivo Huahua、サンティアゴ・オビエド
プロデューサー:ペドロ・エルナンデス・サントス(『ヒア・アンド・ゼア』『マジカル・ガール』)、アルバロ・ポルタネット・エルナンデス、アマデオ・エルナンデス・ブエノ
(エグゼクティブ)ポール・E・コーエン、ビクトル・ヌネス
データ:製作国スペイン=米国、英語、ドクフィクション、113分、撮影地フロリダ、2016年10月31日クランクイン、約6週間。製作資金50万ユーロ。トロント映画祭2017「コンテンポラリー・ワールド・シネマ」正式出品(9月8日ワールドプレミア)、サンセバスチャン映画祭セクション・オフィシアル部門出品。
キャスト:レジーナ・ウィリアムズ(母親)、アンドリュー・ブリーチングトン(長男14歳)、リィネシア・チェンバース(長女3歳)、ロバート・ウィリアムズ(ロバート)
プロット:シングルマザーのレジーナはフロリダ北部の町でウエイトレスをして2人の子供を育てている。町では日常的にいざこざが起きている。思春期を迎えたアンドリューは、現在のアメリカでアフリカ系アメリカ人としてのより良い生き方を模索している。レジーナは絶え間ない闘いを余儀なくされ、さらに息子の問題行動と周囲に溶け込む余裕のないことで社会との軋轢を深めていく。不在の父に会いたいというアンドリューの思いが、彼を危険な十字路に立たせることになる。
(スペイン語題ポスター)
多角的な視点で描いた長編デビュー作 “Aquí y allá”
★アントニオ・メンデス・エスパルサは、1976年マドリード生れ、監督、脚本、製作。マドリードのコンプルテンセ大学法学部卒、その後ロスアンゼルスに渡りUCLAで映画を学んだ後、さらにニューヨークのコロンビア大学映画制作マスターコースを終了。ここでメキシコ移民のペドロ・デ・ロス・サントスと知り合い、2009年、彼を主役にした短編 “Una y otra vez” を撮る。TVE短編コンクール賞、ロスアンゼルス映画祭短編作品賞、オスカー賞プレセレクションに選ばれるなど、受賞歴多数。現在はアメリカに仕事の本拠地をおいている。
(新作 “La vida y nada más” 撮影中のメンデス・エスパルサ監督)
★カンヌ映画祭2012「批評家週間」で長編デビュー作 “Aquí y allá”(スペイン=米国=メキシコ)がグランプリを受賞したときは36歳、資金不足から監督、脚本、製作と何でもこなした。本作の主人公にも “Una y otra vez” のペドロ・デ・ロス・サントスを起用、ペドロの妻テレサも実際の奥さん、ただし2人の娘さんは別人です。当時「彼や彼の家族、友人、隣人との出会いと応援がなかったらこの映画は生まれなかった」と監督は語っている。彼自身は舞台となるメキシコに住んだことはなく、キャスティングはペドロを通じて知り合った移民たち、聞き書き、ドキュメンタリーの手法を採用したが、あくまでもフィクションである。上記したように故郷のゲレーロの山村に戻った当座は、妻も依然と変わりなく温かく迎えてくれ、幸福感と安堵感に満たされるが、あまりの静寂さにやがて喪失感に襲われるようになる推移がゆったりと描かれていた。バルブ・バラショユ撮影監督の映像美、アメリカから見たメキシコ、メキシコから見たアメリカ、という二つの視点が光った作品。
(デビュー作『ヒア・アンド・ゼア』のポスター)
(緑に囲まれた山間を親子4人で散策、映像が素晴らしかった)
アフリカ系アメリカ人に対する社会的不公正と人種差別、父親の不在
★第89回アカデミー賞作品賞受賞の『ムーンライト』を例に持ち出すまでもなく、アフリカ系アメリカ人の差別をテーにした映画は枚挙に暇がありません。勿論、メインテーマはそれぞれ違いますが、どうしてもステレオタイプ的な描かれ方になりがちです。それを避けるには『ラビング 愛という名前のふたり』のように実話をベースにすることが多い。5年ぶりとなる長編2作目 “Life And Nothing More” は、大きく括ると、いわゆるドクフィクションdocuficciónというジャンルに属している。ドキュメンタリーの父と言われるロバート・フラハティの『モアナ』に始まり、他作品では、ルキノ・ヴィスコンティの『揺れる大地』、ポルトガルのペドロ・コスタの『ヴァンダの部屋』、同名小説がベースになっていますが、フェルナンド・メイレレスの『シティ・オブ・ゴッド』などを挙げることができます。
★前作『ヒア・アンド・ゼア』同様ノンプロの俳優を起用、撮影はアメリカ大統領選挙中の熱気に包まれたフロリダで、10月31日にクランクインした。製作者のペドロ・エルナンデス・サントスは、「不確実な空気を取り込むには、これ以上の好機はないからだ」と語っている。掛け持ちで仕事に追われて不安定な母親レジーナと口達者なロバートとの会話も自然なアドリブの部分があり、それが非常にエモーショナルなものを呼び起こしたと監督。子供たちの父親は刑務所に収監中だが、14歳になるアンドリューは会いたいと思っている。しかしそれは母親から禁じられており、本作でも父親の不在がキイポイントの一つになっているようだ。特権と組織全体的な人種差別が複雑に入り組んでいるアメリカ社会の今が語られる。
*追記:東京国際映画祭2017「ワールド・フォーカス」部門に『ライフ・アンド・ナッシング・モア』の邦題で上映されます。
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