『しあわせな人生の選択』の主役は「トルーマン」*セスク・ゲイの新作 ― 2017年08月04日 17:27
「命は時間」だと実感するエモーショナルな4日間

★「トルーマン」のタイトルで紹介してきたセスク・ゲイの ”Truman” が『しあわせな人生の選択』という邦題で公開されています。当ブログでは、マイナーなスペイン語映画を公開してくれるだけで感謝、邦題のつけ方に難癖をつけるなどのゼイタクは慎もうと控えておりますが、これはあまりに凡庸すぎて残念です。もっともこれから岩波ホールで公開されるアルゼンチン映画『笑う故郷』ほどではありませんが。下手の考え休むに似たり、こねくり回さずそのまま「トルーマン」とカタカナにしておけばよかったのです。トルーマンはただの犬ではないのですから。「命は時間」だと実感するエモーショナルな4日間が語られる。若干ネタバレしております。ご注意ください。
*「トルーマン」の作品紹介、監督フィルモグラフィー、主演キャストの記事は、
*ゴヤ賞2016、作品賞以下5冠受賞の記事は、コチラ⇒2016年02月12日

(プレゼンター、バルガス=リョサから脚本賞の胸像を受け取る、ゴヤ賞2016ガラ)
★ストーリーは公式サイトに譲るとして、3人と1匹の主役の他の登場人物を少し補足しておきます。群集劇ではありませんが、主役級の俳優が脇を固めていることが分かります。出演作品はできるだけ邦題の付いた映画から選びましたので代表作というわけではありません。セスク・ゲイの映画なら脇役でも出たいという演技派を揃えられたことも成功のカギだったと思います。
*主なキャスト
リカルド・ダリン:舞台俳優フリアン(『瞳の奥の秘密』『XXY』『人生スイッチ』他)
ハビエル・カマラ:カナダの教授トマス(『トーク・トゥ・ハー』
『「僕の戦争」を探して』)
ドロレス・フォンシ:フリアンの従妹パウラ(『パウリーナ』
『ブエノスアイレスの夜』他)
トロイロ:フリアンの老犬トルーマン、犬種はブルマスティフ
エドゥアルド・フェルナンデス:旧友ルイス(『スモーク・アンド・ミラーズ』
『イン・ザ・シティ』)
アレックス・ブレンデミュール:獣医(『イン・ザ・シティ』『ワコルダ』
『ペインレス』)
ペドロ・カサブランク:フリアンの主治医(『時間切れの愛』”B, la película”)
ホセ・ルイス・ゴメス:プロデューサー(『抱擁のかけら』『ベラスケスの女官たち』)
ハビエル・グティエレス:葬儀社顧問(『マーシュランド』
『オリーブの樹は呼んでいる』)
エルビラ・ミンゲス:フリアン元妻グロリア(『時間切れの愛』
『暴走車ランナウェイ・カー』)
オリオル・プラ:フリアン息子ニコ、アムステルバムに留学中(“No sé decir adiós”)
ナタリエ・ポサ:トルーマン里親候補1(『不遇』『ジュリエッタ』“No sé decir adiós”)
アガタ・ロカ:トルーマン里親候補2(『フリアよみがえり少女』”Ficció”)
スシ・サンチェス:トルーマン里親候補3(『悲しみのミルク』『ジュリエッタ』)
シルビア・アバスカル:ルイスの新妻モニカ(『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』)
フランセスク・オレーリャ:レストランにいた俳優
アナ・グラシア:レストランにいた女優
キラ・ミロー:舞台女優、フリアンの相手役

(上段左からナタリエ・ポサとアガタ・ロカ、エドゥアルド・フェルナンデス、
ハビエル・グティエレス 下段スシ・サンチェス、エルビラ・ミンゲス、キラ・ミロー)
★セスク・ゲイ映画が「劇場公開されるのは初めて」と聞いて驚くファンもいるかと思いますが、長編第2作“Krámpack”が『ニコとダニの夏』という邦題でテレビ放映されています。作品紹介のおり、既に監督キャリアもアップいたしましたが、主なフィルモグラフィーを改めてコンパクトに再構成しておきます。
★セスク・ゲイFrancesc Gay i Puig:1967年バルセロナ生れ、監督、脚本家、戯曲家。バルセロナの市立視聴覚学校EMAVで映画を学ぶ。1998年長編映画“Hotel Room”(アルゼンチンのダニエル・ギメルベルグとの共同)でデビュー。2000年ロマンチック・コメディ“Krámpack”(『ニコとダニの夏』)で一躍脚光を浴びる。性愛に目覚めかけた男女4人の一夏の物語。ゴヤ賞2001新人監督賞・脚色賞にノミネートされた。サンセバスチャン映画祭2000セバスチャン賞、トゥリア賞、カタルーニャ作品賞、バレンシア映画祭初監督作品賞などを受賞。
★日本でも話題になった第3作“En la ciudad”(03)は、『イン・ザ・シティ』の邦題でセルバンテス文化センターで上映された。セスク・ゲイの得意とする群像劇(スペインでは合唱劇)の形式をとったドラマ。無関係だった複数の登場人物が絡みあって進行するが、最後に1本に繋がっていく。それぞれ人格造形がくっきり描き分けられていたが、サンセバスチャン映画祭でもゴヤ賞でも監督賞・脚本賞もノミネーションどまり、監督お気に入りのエドゥアルド・フェルナンデスが唯一助演男優賞を受賞しただけに終わった。
★2012年のコメディ群集劇“Una pistola en cada mano”は、ゴヤ賞2013では、前評判にもかかわらず助演女優賞がノミネートされただけでした。カンデラ・ペーニャが受賞するにはしましたが、映画アカデミー執行部の候補者選考の不透明さや見識が批判されました。「トルーマン」出演のリカルド・ダリン、ハビエル・カマラ、エドゥアルド・フェルナンデスの他、ルイス・トサール、エドゥアルド・ノリエガ、レオナルド・スバラグリア、ジョルディ・モリャ、アルベルト・サン・フアン、この40代になった男8人が人生の岐路に直面して右往左往するコメディ。それぞれに絡んでくる女性陣にペーニャの他、レオノル・ワトリング、カジェタナ・ギジェン・クエルボ、クララ・セグラ、シルビア・アブリルなどがいる。ゴヤ賞では無視されたが、ガウディ賞(カタルーニャ語以外の部門)では、脚本賞、助演男優(フェルナンデス)、助演女優(ペーニャ)ほか4賞を受賞した。撮影中にダリンとカマラを主役にした新作を構想しており、完成したのが「トルーマン」でした。

(悩める男8人衆、“Una pistola en cada mano”ポスターから)
★その他は以下の通り。2004“Canciones de amor y de droga”監督、ミュージカル。2006“Ficció / Ficción”監督・脚本・録音、ドラマ。2009“V.O.S.” 監督・脚本、コメディ。私生活では、女優アガタ・ロカと結婚、一男一女がいる。
「誠実」のメタファーとして登場するトルーマン
A: フリアンの愛犬トルーマンが映画の進行役、「誠実」のメタファーとして登場する。邦題はどう付けてもいい決りだが、タイトルはいわば映画の顔だから原題を尊重しなくてはいけない。
B: 監督も「トルーマン」というタイトルに拘っていましたからね。
A: 50代にして不本意にも人生のカウントダウンが始まってしまった男の悲劇が語られるのだが、「トルーマン」にはそういう重さを吹き飛ばす軽やかさがあった。観客には辛辣なユーモアやエレガントな肌触りのセリフから、ほろ苦いコメディを楽しんでもらいたいと思っていたに違いありません。
B: 観客もちゃんと反応して、ときどき笑い声が聞こえてきました。後戻りのできない病いや死がテーマなのにね。

(撮影中も一緒に暮らしたリカルド・ダリンとトロイロ)
A: フリアンがトマスと再会して真っ先にしたことはトルーマンの獣医を訪ねること。フリアンの一番の気がかりは、自分亡き後の足腰の弱った老犬の処遇です。今まで通りの幸せを得られる新しい安住の家を探さねばならない。犬だって大切な人を失えば、喪失感を覚えるに違いない。
B: まず獣医役のアレックス・ブレンデミュールを登場させる。フリアンの具体的な質問に戸惑いながらも丁寧に接する獣医役。出番はこのシーンだけでした。

(獣医に質問するフリアン、聞き役に徹するトマス)
A: 翌日は里親候補第1号の家にトルーマンを連れていく。一人息子が犬を飼いたがっているレズビアン夫婦の家庭です。そして現れるのがナタリエ・ポサとアガタ・ロカ、トルーマンに導かれて冒頭部分で登場する人物です。
B: 本作ではさりげなく挿入されますが、まだスペインで養子縁組の権利を含んだ同性婚が認められなかった時代に撮られた『イン・ザ・シティ』の一つのテーマが同性婚問題でした。(*2005年7月3日発効)
A: 自分には二人の息子がいる。一人はアムステルバムに留学中のニコ、もう一人がトルーマンだと、フリアンに言わせている。フリアンとの別れが近いことを一番よく理解していたのがトルーマンだったのではないか。それが最後のシーンで見られるわけですが、伏線が何か所も張られていました。
B: 観客が望んだような里親に引き取られることが暗示されている。トマスと歩かせたり、里親候補のみならずトマスにも、トルーマンの好物やら癖を聞かせたりする。
A: ダメ押しは「別れを言いたくないから、見送りに空港には行かない」です。ああ、トルーマンを連れてやってくるのね(笑)。


B スクリーンに現れるとつい身を乗り出してしまうのがハビエル・グティエレス、最近『マーシュランド』や『オリーブの樹は呼んでいる』、『クリミナル・プラン~』などが公開されて認知度も高くなってきたようです。
A: 葬儀社のコンサルタントに扮したが、この人もカメレオン俳優です。コミカルな役からアウトロー役まで危なげない。セスク・ゲイ映画は初めてかもしれない。反対にほとんどの監督作品に出演しているのがエドゥアルド・フェルナンデス、本作では友人のフリアンに女房を寝取られたコキュ役でした。

(本人の葬儀とは思わず相談にのるコンサルタント役ハビエル・グティエレス)
動のフリアンVS 静のトマスのタイトルマッチ
B: フリアンは品行方正な男ではなく、どちらかというと行き当たりばったりに人生を送ってきたから懐具合も良くない。このコキュ事件で友人どころか妻まで失ってしまう。
A: 少し高慢で、気はいいが壊れやすく、皮肉屋ときてる。しかしどうも憎めない。ダリンにぴったりの人格造形です。誰でもやれる役ではない。そして彼の賢い元妻役がエルビラ・ミンゲスです。息子ニコの母親でもある。
B: 道路に繋がれていたトルーマンを偶然目にしてフリアンと邂逅する。トルーマンが呼び寄せたわけです。突然会いに行ったアムステルダムでは、本当の理由をとうとう言えなかったフリアンも、母親を通じて息子が既に知っていたことを初めてここで聞かされる。
A: 自分の病状を知らないと思っていた息子が、実は熟知していて父親と最後のハグを交わしたことを観客も理解するシーンです。このエルビラ・ミンゲスは、テレドラ『情熱のシーラ』でシーラの母親になった女優です。出番は3話と少なかったが存在感がありました。
B: ニコ役のオリオル・プラは、繊細な役柄で既に何作か出ていますが、評価はこれからです。
A: ダリンの動と反対にカマラの静の演技が光りました。二人の演技合戦が見ものでしたが、監督は早口で喋りまくる役が多いカマラに今回は沈黙を求めた。そしてダリンにアルゼンチン弁でまくしたてる役を振った。過去の出演作品『トーク・トゥ・ハー』や『あなたになら言える秘密のこと』などは、セリフは多くなかったかもしれない。
B: カマラは普段は立て板に水ですね(笑)。本作では目で演技しなければならなかった。トマスは寡黙で控えめ、寛大で寛容で気前もいい。アルゼンチン男の魅力に惹きつけられて、遠いカナダから別れにやってきた。
A: 男の友情をめぐる映画だが、再会前の二人の関係はほとんど語られない。どうしてこんなに気前がいいのか、少し現実離れしすぎじゃないかなどと、観客はあれこれ類推しながら観ることになる。
B: わざと語らなかった。笑わせ、泣かせ、ほろ苦いコメディを観ているのかと錯覚させ、すかさず示唆に富むセリフを割り込ませて考えさせる。
A: コメディとドラマを行ったり来たりさせながら観客を巻き込んだことが成功のカギです。最後には尊厳死まで踏み込んでしまうからドキッとする。監督が死というテーマの扉を開けた最初の作品かもしれない。
従妹パウラが受け入れられない死と怒り
B: フリアン同様、アルゼンチンから移住してきた従妹パウラのドロレス・フォンシ、フリアンの病状を逐一トマスに知らせていた。自分一人では治療を断念したフリアンを支えきれなくなっていた。
A: 過去にトマスと何らかの関係があったのではないかと感じさせる役。夫サンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』で自分の信じる道を突き進む意志の強い女性を好演した。役柄的にはそれに近いかもしれないが、ダリンとうまくやれるアルゼンチン女優として選ばれたようです。
B: ダリンとなら誰でもうまくやれますよ。不思議な包容力があるから。最近パートナーと別れたので、フリアン亡き後に故郷に戻ることも考えている。移住先で根を張る難しさが暗示される。

A: 無情にも時間だけは刻々と流れていき、里親も決まらないのにトマスの帰国が迫ってくる。三人は別れの夕べを迎えることになる。その席でフリアンが漏らした尊厳死に単純で怒りっぽいパウラは爆発してしまう。このシーンにも考えさせられました。
B: 自分ならどんな道を選ぶだろうか。まだスペインでも尊厳死はタブー視されているテーマ。
A: フリアンには容赦なく迫ってくる死を座して待つことは敗北、屈辱に思える。しかし誰もフリアンの痛みを共有できない。その夜、トマスとパウラのベッドシーンが挿入され、やや唐突に感じた人もいたかもしれない。しかし死と生は性に繋がっているから自然だったとも言えます。

痛みと敗北の共有は誰にも強制できない
B: 無条件の友情で結ばれていても、最終的には痛みと敗北は共有できない。
A: または共有を強制できないと言い換えてもいい。テーマは大きく括れば、自由へのオマージュということです。他人と共有できない死を、何時、どのようにして受け入れるか。個人的な自由の選択はどこまで許されるのか。やがて誰にも訪れてくる問題です。
B: 舞台はカナダで始まり、マドリードからアムステルダムへ、再びマドリードに戻る。スタッフもキャストもバルセロナ出身が多いのに、なぜマドリードにしたのでしょうか。
A: 理由は簡単らしく、二人の主人公がマドリードに家作をもっていたからだと監督。
B: リカルド・ダリンとドロレス・フォンシは、ここでは従兄妹になりますが、次回作の ”La cordillera”(“The Summit”)では、父親と娘になります。
A: カンヌ映画祭2017「ある視点」部門に正式出品されました。
*『パウリーナ』の紹介記事は、コチラ⇒2015年05月21日
*ミトレ監督の新作 ”La cordillera” の紹介記事は、コチラ⇒2017年05月18日
最近のコメント