『アブラカダブラ』&『相続人』*ラテンビート2018あれやこれや⑤ ― 2018年11月07日 14:14
★東京会場のラテンビート前半が終了、前半はスペイン語映画パブロ・ベルヘルの『アブラカダブラ』、マルセロ・マルティネシの『相続人』、グスタボ・サンチェスの『I Hate New York』、アランチャ・エチェバリアの『カルメン&ロラ』の4本、ブラジル映画アリ・ムリチバの『サビ』を楽しみました。管理人初日(11月3日)となった『アブラカダブラ』と『相続人』、前者にはベルヘル監督のQ&Aがありました。『アブラカダブラ』については、2016年5月のクランクインから何回かに分けて記事にしましたので、見る前から既に見たような気分でしたが、まさか高額出演料の名優チンパンジー嬢が出てくるとは露ほども存じませんでした(笑)。前2作についてQ&Aを交えてお喋りしたい。(Q&Aは11月3日のもの)
*『アブラカダブラ』の紹介記事は、コチラ⇒2016年05月29日/2017年07月05日
*『相続人』の紹介記事は、コチラ⇒2018年02月16日/02月27日
スタイルは変わってもエッセンスは同じの『アブラカダブラ』
A: Q&Aの内容紹介はラテンビート公式サイトでも分かるようにフランクな雰囲気でした。アイデアとしては30年前に見たディスコの催眠術ショーがあり、それを絡ませた映画を構想していたと語ったベルヘル監督。
B: でも2002年のデビュー作『トレモリノス73』、第2作目の『ブランカニエベス』(12)にも採用されなかった。とにかく凝り性で完璧主義者だからエンジンがかかるのに時間を要する。
A: 第1作から10年もかかった『ブランカニエベス』は、モノクロ無声映画ということでどこの製作会社にも相手にされなかった。結果的には金のなる木だったわけですが、こういう話は映画に限らずよく聞きます。3作目はその半分の5年ですから早かった(笑)。紹介記事にも書いたことですが「ロシア人形のマトリューシュカのように、ホラーのなかにファンタジー、ファンタジーのなかにコメディ、コメディのなかにドラマと、入れ子のようになっている映画が好き」なようで、これは全3作の共通項、スタイルは変わってもエッセンスは同じということです。
B: Q&Aでも同じことを話されていたが、ホラー色が3作の中では際立っていた。
A: ウディ・アレンの『スコルピオンの恋まじない』のような映画がお好きなんだそうです。
B: マリベル・ベルドゥ、アントニオ・デ・ラ・トーレ、ホセ・モタのような高額俳優を揃えられたのも『ブランカニエベス』の成功のお蔭、でも名優チンパンジーが一番高額だったとか。
A: 特に演技するチンパンジーは希少価値、うますぎてデ・ラ・トーレを食ってしまった。子供と動物には勝てないとよく言われますが、本当です。アカデミー外国語映画賞受賞作品『アーティスト』のワンちゃんもそうでした。
B: スリル満点だったクレーン・シーンの撮影法について、会場から質問が出ました。ベルヘル映画でついぞ感じたことのないドキドキでしたが、あれもお金がかかった。
A: 当然模型も必要ですからね。先ず工事現場探しに苦労した。製作資金はIMDbによると520万ユーロとあるから、スペイン映画としては多い。『ブランカニエベス』は日本でも公開され、興行収入は製作資金を上回りましたが、本作はどうでしょうか、プロモーション活動も兼ねて来日したようです。
B: 舞台はマドリード南部、多く労働者階級が住むカラバンチェルということでした。
A: マドリードでも一番人口密度の高い、移民が25パーセントという地区で、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『ビースト獣の日』、アルモドバルの『ペピ、ルシ、ボンと他のフツーの女たち』『グローリアの憂鬱』、アメナバルの『オープン・ユア・アイズ』、フェルナンド・レオンの「Barrio」、文学ではエルビラ・リンドの『めがねっこマノリート』など、多くの監督を刺激する魅力に富んだバリオでもある。
不思議な魅力を振りまくホセ・モタ、相変わらずの怪演ぶりジョセップ・マリア・ポウ
B: 催眠術に凝っているカルメンの従兄ペペ役ホセ・モタ、奇抜な衣装に身を包み、結婚式の披露宴で催眠術ショーをして笑わせる。
A: デ・ラ・イグレシアの『刺さった男』の主役を演じて既にお馴染みです。ここでは怪しげな魅力を発揮してベテランの貫禄を示しました。
(レアル・マドリード狂のカルロスに懲らしめの催眠術をかけるぺぺ)
B: 主演の3人以外の出演者、夫婦の一人娘トニィ役のプリスシリャ・デルガド(プエルトリコのサンフアン2002)は、アルモドバルの『ジュリエッタ』(16)で母のもとから失踪する娘アンティアを演じていた女優ですね。
A: 子役としてTVシリーズでデビュー、シグフリド・モンレオンが20世紀の最も重要な詩人の一人、ハイメ・ジル・デ・ビエドマの人生を描いた「El cónsul de Sodoma」(09)などにも出演している。ゴヤ賞にもノミネートされた作品ですが、論争を巻き起こした曰く付きの映画です。
B: 本作では付けぼくろで登場、実年齢に近い十代の娘役、ベテランのベルドゥやデ・ラ・トーレとわたり合っていたが、女優としての勝負は始まったばかりです。
(結婚式に遅刻してきた親子3人、トニィ、カルメン、カルロス)
A: キム・グティエレスの立ち位置がシークレットでしたが、まだ東京会場が終わったばかりですからバラせませんね。会場に足を運んでもらうしかありません。
B: 80年代のレトロな衣装が結構似合っていて、気の毒というか可笑しいというか。ダニエル・モンソンの『プリズン211』の看守役や、ハビエル・ルイス・カルデラの『SPY TIME スパイタイム』のかっこいいキムを期待しないことです。
A: ペペの師匠役ドクター・フメッティを真面目くさって演じたジョセップ・マリア・ポウの怪演ぶりも相変わらずです。アメナバルの『海を飛ぶ夢』で主人公の尊厳死を思いとどまらせようと奮闘する車椅子の神父を演じた超ベテランです。
(ドクター・フメッティのジョセップ・マリア・ポウ)
B: そのほか、夫婦交換で夫婦関係のマンネリ解消を目論むハビビとエスペランサ・フリペのカップル、カルロス同様レアル狂の司祭役ナチョ・マラコなど枚挙に暇がないほどベテランが駆けつけました。
(左から、ハビビ、ベルドゥ、モタ、エスペランサ・フリペ)
A: 深層にはスペイン社会のひずみを嘆くトーンもありますが、肩肘はらずに楽しむことです。最後に会場からラストシーンについてのお決まりの質問「カルメンはこれから何処に向かうのか」と。曖昧な結末に後ろ髪を引かれる方は必ずいるものです。「お好きに考えてください」と監督。雨のシーンでしたから「雨降って地固まる」でも、「バイバイ」でもお好きなように想像&創造してください。『相続人』のラストにも繋がります。
パラグアイ上流階級の中年女性の性と自立を描いた『相続人』
B: 男性がこれほど出てこない映画も珍しい。そのうえ監督は男性なのでした。オール女優映画、男性は背後にちらちら見え隠れするだけでスクリーンにはぼんやりとしか現れない。
A: しかし男社会の臭いがただよっている。これにはマルセロ・マルティネシ監督の強い意図が感じられた。ベルリン映画祭以来の期待が大きすぎたのか、全体的にテンポが若干まだるっこい印象でした。しかしこれも意図したことなのか、ゆっくりと主役チェラ(アナ・ブルン)の成長ぶりに寄り添っていく。
(自由をもとめて自己解放に踏みだしたチェラ)
B: 60代になってもお嬢さんをしていられるのが上流階級の女性なんでしょう。雑事をてきぱき処理していた外交的なチキータ(マルガリータ・イルン)が詐欺罪で収監され自立を強いられる。
A: 二人の親密な関係は資産の売却法などで既にこじれ始めている、という設定でした。何かきっかけがあれば別れがあってもおかしくない。今まで車の運転をしていたチキータがいなくなることで、チェラに大きな変化が起こる。
(常に主導権を握ろうとするチキータ)
B: 偶然にしろ無免許で白タク始めるなんて、お嬢さんでなければできない芸当です。事故るのではないかとハラハラさせられる。この自家用車がキイポイントになるのでした。
A: 若いアンジー(アナ・イヴァノヴァ)の出現で、チキータとの距離がどんどん離れていく。それはチェラの表情や服装に徐々に変化をもたらしていく。亀裂を想像できないチキータは刑務所の中でも早い出所の画策を怠らないが、その解決法が決定的な結末を呼ぶことになる。
(親密さを深めていくチェラとアンジー)
「アナの衣を纏って生きているパトリシアがチェラ」
B: しかし前の夫を捨て、早くも次の恋人を見つけたアンジーが求めていたものと、チェラが求めていたものにはズレがある。年上のチェラに対して見せるアンジーの戯れに不純を感じる。
A: 優位に立った女性の残酷さです。チェラの自慰行為に驚かされた観客もいたのではないか。「私はパトリシア・アベンテ、こんな演技は自分にはできない。しかしできる人を知っている。それはアナ・ブルン、彼女は理想です」と答えた。実名パトリシア・アベンテを使わず、アナ・ブルンという芸名にした大きな理由の一つだそうです。
B: 女優と弁護士を兼業してるとか。
A: 「内面では少し反抗的なのがアナ・ブルン、形式を重んじ勤勉で従順で更に勉強家なのがパトリシア、アナの衣を纏って生きているパトリシアがチェラ」と本人は分析している。
B: 女性はあたかも家具のように家の中に幽閉されているが、女性がひとりぼっちで家具のように暮らしたいとでも思っているのか、という問いかけですね。
A: 女だって年寄りだって「愛や自由は求めているのだ」というのが答えです。「最後のシーンは美しい」とブルンは語っている。
(一つの体にアナ・ブルンとパトリシア・アベンテの二人が住んでいる)
B: 本作はベルリン映画祭で2個の銀熊賞を受賞しました。監督の「アルフレッド・バウアー賞」とアナ・ブルンの女優賞です。
A: 他に監督が国際映画批評家連盟賞FIPRESCIとLGBIをテーマにした作品に与えられるテディー賞までもらいました。受賞結果にも書いた通り貰いすぎの感無きにしも非ずです。
B: ベルリナーレ以外の受賞歴は以下の付録で。
A: パラグアイはラテン諸国のなかでも特に映画後進国、映画アカデミーが設立されたのも2013年10月とつい5年前のことでした。パラグアイの若者の生態を描いた話題作「7 cajas」(13)の監督タナ・シェンボリを中心にした女性シネアストたちの尽力のお蔭です。自国に映画アカデミーがないと米アカデミー賞に参加できない。それで今回『相続人』をアカデミー賞外国語映画賞パラグアイ代表作品として送ることができたのでした。長くなりましたので『カルメン&ロラ』以下は次回にします。
(銀の小熊を手にしたマルセロ・マルティネシとアナ・ブルン)
*付録・主な受賞歴*(順不同・すべて2018年)
〇アテネ映画祭:作品賞
〇カルタヘナ映画祭:国際映画批評家連盟賞FIPRESCI・監督賞
〇グラマド映画祭:作品賞・脚本賞・観客賞、女優賞(アナ・ブルン&マルガリータ・イルン)
〇サンセバスチャン映画祭:セバスチャン賞
〇サンティアゴ映画祭:監督賞
〇リマ・ラテンアメリカ映画祭:女優賞(アナ・ブルン)
〇シドニー映画祭:作品賞
〇ビニャ・デル・マル映画祭:作品賞
〇トランスヴァニア映画祭:作品賞
〇ベルリン映画祭:省略
(ノミネーションは多数に付き割愛)
初めてパラグアイ映画が金熊賞を競う*ベルリン映画祭2018 ① ― 2018年02月16日 16:16
マルセロ・マルティネシの長編第1作「Las herederas」がノミネーション
★第68回ベルリナーレ2018(2月15日から25日)のコンペティション部門に、初めてパラグアイからマルセロ・マルティネシの「Las herederas」がノミネートされました。コンペティション部門は19作、スペイン語映画はパラグアイの本作と、メキシコのアロンソ・ルイスパラシオスの「Museo」の2作品です。次回アップいたしますが、モノクロで撮ったデビュー作『グエロス』(14)はパノラマ部門で初監督作品賞を受賞しています。「Las herederas」は、パラグアイの首都アスンシオンに暮らす上流階級出身の60代の二人の女性が主人公です。金熊賞以外の国際映画批評家連盟賞、初監督作品賞、テディ賞などの対象作品のようです。コンペティション以外のパノラマ、フォーラム各部門にスペインやアルゼンチンからも何作か気になる作品が選ばれています。
「Las herederas」(「The Heiresses」)
製作:La Babosa Cine(パラグアイ)/ Pandara Films(独)/ Mutante Cine(ウルグアイ)/
Esquina Filmes(ブラジル)/ Norksfilm(ノルウェー)/ La Fábrica Nocturna(仏)
監督・脚本・製作者:マルセロ・マルティネシ
撮影:ルイス・アルマンド・アルテアガ
編集:フェルナンド・エプスタイン
プロダクション・デザイン:カルロス・スパトゥッザSpatuzza
衣装デザイン:タニア・シンブロン
メイクアップ:ルチアナ・ディアス
プロダクション・マネージメント:カレン・フラエンケル
助監督:フラビア・ビレラ
製作者:セバスティアン・ペーニャ・エスコバル、他共同製作者多数
データ:製作国パラグアイ・独・ウルグアイ・ブラジル・ノルウェー・仏、言語スペイン語・グアラニー語(パラグアイの公用語)、2018年、ドラマ、95分、撮影地首都アスンシオン、製作費約514.000ユーロ、ベルリン映画祭上映は2月16日
キャスト:アナ・ブルン(チェラ)、マルガリータ・イルン(チキータ)、アナ・イヴァノーヴァ(アンジー)、ニルダ・ゴンサレス(家政婦パティ)、マリア・マルティンス(ピトゥカ)、アリシア・ゲーラ(カルメラ)、イベラ、ノルマ・コダス、マリッサ・モヌッティ、アナ・バンクス、他多数
プロット:裕福な家柄の生れのチェラとチキータの物語。内気だが誇り高いチェラ、外交的なチキータ、居心地よく暮らすに充分な資産を相続した二人はアスンシオンで30年間も一緒に暮らしていた。しかし60代になり時とともに経済状態は悪くなる一方だった。いずれこのままでは相続した多くの資産を売らざるを得なくなるだろう。そんな折も折、チキータが詐欺で逮捕されてしまうと、チェラは予想もしなかった現実に直面する。初めて車の運転を習い、ひょんなことから裕福なご婦人方のグループ専用の白タクの無免許ドライバーになる。新しい人生が始まるなかで、チェラはやがて若いアンジーと出会い絆を強めていく。このようにして孤独のなかにもチェラの親密で個人的な革命が始まることになるだろう。 (文責:管理人)
(チキータ役マルガリータ・イルンとチェラ役アナ・ブルン、映画から)
(アンジー役アナ・イヴァノーヴァとチェラ、映画から)
*監督フィルモグラフィー*
★マルセロ・マルティネシMarcelo Martinessiは、1973年アスンシオン生れの監督、脚本家。アスンシオンのカトリック大学でコミュニケーション学を学び、その後ニューヨーク、ロンドン、マドリードで映画を学んだ。社会的なテーマ、アイデンティティを模索する短編やドキュメンタリーを撮る。2009年にモノクロで撮った短編「Karai Norte」は、パラグアイの詩人カルロス・ビリャグラ・マルサルの作品をもとにしている。1947年に起きたパラグアイ内戦中に偶然出会った男と女の物語。ベルリナーレの短編部門に初めて出品されたパラグアイ映画である。他にグアダラハラ映画祭2009イベロアメリカ短編作品賞受賞、グラウベル・ローシャ賞、AXN映画祭2010短編作品賞を受賞、5000米ドルの副賞を貰った。フィルモグラフィーは以下の通り:
2009年Karai Norte(Man of the North)短編19分グアラニー語、監督・脚本・編集
2010年Calle última (Ultima Street)短編20分グアラニー語、監督
ベルリナーレ2011ジェネレーション部門、ウエルバ・イベロアメリカ映画祭2011
短編映画賞、ビアリッツ映画祭ラテンアメリアシネマ部門出品
2012年El Baldio、短編10分
2016年La voz perdida (The Lost Voice)短編ドキュメンタリー12分、監督・脚本・編集・製作
2018年Las herederas 省略
(短編ドキュメンタリー「La voz perdida」のポスター)
★第73回ベネチア映画祭2016オリゾンティ部門の短編作品賞を受賞したドキュメンタリー「La voz perdida」が最も有名。クルグアティCuruguatyの農民大虐殺について、インタビューで構成されたドキュメンタリー、パラグアイ現代史の負の部分を描いた。予想外の受賞と述べた監督、海外暮らしが長いが子供のときから聞きなれた言葉でパラグアイの暗黒の政治を描きたいとインタビューに応えている。
(トロフィーを手に喜びの監督、ベネチア映画祭2016にて)
★コンペティション部門は初めてながら以上のようにベルリナーレの常連の一人、初監督作品が金熊賞に輝く例は皆無ではない。何かの賞に絡むことは間違いないと予想します。キャストの殆どが女優、主役のチェラ役アナ・ブルンは、映画は初出演だが舞台女優としてのキャリアは長いということです。チキータ役のマルガリータ・イルンも舞台が長く映画は2作目、若い女性アンジー役のアナ・イヴァノヴァ、この3人が絡みあってドラマは進行する。
(本作撮影中の監督)
★今年の審査委員長は、ドイツの監督トム・ティクヴァ(『ラン・ローラ・ラン』1998)、他スペイン・フィルモテカのディレクターであるホセ・マリア(チェマ)・プラド(マリサ・パレデスの夫君)は、スペインの顔として各国際映画祭に出席している。日本からは坂本龍一が審査員に選ばれている。当ブログではパラグアイ映画はアラミ・ウジョンのドキュメンタリー「El tiempo nublado」(2015)1作だけという寂しさです。本作が金熊賞以外でも何かの賞に絡んだら、秋のラテンビートも視野に入れて改めてアップいたします。
*パラグアイ映画の紹介記事は、コチラ⇒2015年12月13日
*追記: 『相続人』 の邦題でラテンビート2018上映が決定しました。
パラグアイのドキュメンタリーがオスカー外国映画賞に初挑戦 ― 2015年12月13日 22:39
アラミ・ウジョンが自身の母親と向き合うドキュメンタリー
★オスカー賞2016の各国代表作品をリスト・アップした際に「これは是非見たい映画です」と書いた作品。“El tiempo nublado”(“Cloudy Times”パラグアイ=スイス合作)は、近年増加しているというパーキンソン病に罹ったウジョン監督自身の母親を追った重いテーマのドキュメンタリー、車椅子生活となった母と一人娘が向き合う映画です。ゴヤ賞2016「イベロアメリカ映画賞」のパラグアイ代表作品にも選ばれている。
(母親ミルナとアラミ・ウジョン監督、映画から)
★実は、パーキンソン病の他にてんかん、高齢による知力減退が重なって自力で生活できなくなっていた。当時監督はパートナーのパトリックとスイスで暮らしていたが、実母の介護のためグアラニーの故国に戻ってきた。上記の写真からも分かるように自身も被写体にしており、監督、脚本家、共同製作者も兼ねている。アジェンデ大統領の孫娘タンブッティ・アジェンデのドキュメンタリーと同じく、非常に個人的な要素を含んだ作品ですが、「親が老いて病を得たとき、私たちは何をすべきか?」という根源的なテーマが語られている。つまり老親の介護は万人共通の普遍的なテーマだと言えるからです。複数の兄妹がいれば、ロドリゴ・プラの『マリアの選択』のような「誰が老親を看るか」という問題も発生するが、監督のように一人娘であれば選択肢はない。離れて暮らしている母と娘、母と息子、父と娘・・・など、少子化問題は我が国でも待ったなしの課題でしょう。
★パラグアイのように福祉がおろそかにされている国では、個人的に対策を考えなければならない。政治は第3世代つまり老齢になった人々をフォローする余裕がない。「多くの老人が放置され、自分の境遇または家族の助けを諦めて耐えている。そのことに気づいた」と監督。「介護料は高額のうえ質も保証されておらず家族が奮闘することが当たり前だ」とも。「最も憂慮すべきことはこの問題に関してわたしたちが沈黙していること。老いや病について、患者の権利と介護者の権利について語り合うことがない。私の映画がそういう状況打開に一石を投ずることができたらと思う」と監督。まずディベートを始めることですね。
★「本作はある一つの現実を語ったものですが、母親と一緒に映画を作ることが一種の健康維持にもつながったという体験をした。以前は互いに避けていた事柄にきちんと向き合うこと、逃げ出さない義務があることを学んだ。そういう過程で母娘の関係性が強化された。多分他人の視点で自分の生き方を見ることができるようになったから」と締めくくった。これは素晴らしい体験です。だからといって介護は家族がすべきなのだとは絶対に思いません。
★受賞歴:スイスのバーゼル映画祭「Zoom Basler Filme ImFokus」で長編映画賞、同ニヨン市「Visions du Reel」で初監督賞を受賞している。
★軍事独裁制(1959~84)が長く続いたパラグアイは文字通り映画後進国、映画アカデミーのような組織もなかった。これがないとオスカー賞に参加できない。2012年の話題作“7 cajas”も当時参加できなかった。その苦い経験から2013年10月28日、初めてパラグアイ映画アカデミーACPY総会が開催され、今年の代表作品選考に辿りついた。初代会長は“7 cajas”の監督タナ・シェンボリ(1970、アスンシオン)。ACPY会員の投票で、第1回の代表作品に“El tiempo nublado”が選ばれた。
(写真下は、オスカー賞とゴヤ賞のパラグアイ代表作品のノミネーションを発表する代表者)
(左から、第一書記イバナ・ウリサル、会長タナ・シェンボリ、8月12日)
★“7 cajas”という映画は、社会から疎外された少年グループが複雑な闇社会に翻弄されるスリラー。フアン・カルロス・マネグリア(1966、アスンシオン)とタナ・シェンボリの共同監督作品。2011年サンセバスチャン映画祭「Cine en Construccion賞」という新人監督に与えられる賞をもらい、翌年の同映画祭で「Euskatel de la Juventud賞」(いわゆるユース賞)を獲得した。ゴヤ賞2013年パラグアイ代表作品に選ばれ、パラグアイ初のノミネーションを受けた。その他モントリオール、マル・デル・プラタ、パルマ・スプリングなどの国際映画祭で上映され、パルマでは「New Visions」部門で特別賞を受賞し、賞金5000$を得た。二人の監督は、1990年代にTVミニシリーズでコンビを組んで以来の仲間。
★スペイン代表作品はジョン・ガラーニョ&ホセ・マリ・ゴエナガの『フラワーズ』、めぼしいところを列挙すると、チリがパブロ・ララインの『ザ・クラブ』、これは最近ノミネーションが発表になったゴールデン・グローブ賞の5作品候に踏みとどまった。アルゼンチンがパブロ・トラペロの「ザ・クラン」、最終候補に残るスペイン語映画があるとすれば、本作が一番有力ではないかと思っています。
*オスカー賞外国語映画賞(スペイン語)のリストは、コチラ⇒2015年10月03日
オスカー賞2016のスペイン代表はバスク語映画『フラワーズ』 ― 2015年10月03日 13:39
決定しても米国では未公開、プレセレクションへの道は遠い
★グラシア・ケレヘタ(“Felices 140”)とカルロス・ベルムト(“Magical girl”)は残念でした。“Magical girl”はアカデミー会員の年々上がる平均年齢から判断して、まず選ばれないと考えていました。こういうオタクっぽいミステリーは好まれない傾向にあるからです。“Felices 140”はかなりスペイン的なシリアス・コメディだから無理かなと。消去法と言ってはなんですが、結局ジョン・ガラーニョ&ホセ・マリ・ゴエナガの『フラワーズ』が残ったのではないでしょうか。しかし、選ばれてもアメリカでは映画祭上映だけで、目下一般公開のメドが立っていません。最終候補に残るには、少なくともロスで1週間以上の一般公開が必要条件です。アメリカでの映画祭上映、映画祭で受賞してもダメです。本作はパーム・スプリングス映画祭のラテン部門で受賞していますが、これは条件を満たしたことになりません。
★12月中頃に9作品のプレセレクション発表、ノミネーションは年明け1月14日です。短期間の勝負だから多くの国はプロモーションの人手は足りても資金が続かない。二人の監督はスペイン映画アカデミーに感謝の言葉を述べていますが、ちょっと神経質になっているようです。何しろゴヤ賞でさえビビっていたのですから。反対にプロデューサーのハビエル・ベルソサは意気軒高、初のバスク語映画、この稀少言語を逆手にとって、他との差別化を図りたい。以前モンチョ・アルメンダリスの『心の秘密』(1997)がノミネートされ、舞台がバスクだったので若干バスク語が入っていたが、本作は全編バスク語だ。「この特異性は強いカードだ」と言う。「目下新作を製作中だが一時中断してプロモーションに出掛ける」そうです。
★バスク自治州政府も後押ししている。スペインで一人当りの平均収入が最も高い豊かな州だが、過去に起きたETAの暴力テロで国際的にはイメージがよいとは言えない。またバスク語は放置すれば消滅してしまう言語ですから、バスク語映画が代表作品に選ばれたのをチャンスととらえ、バスク語普及に力を入れているバスク政府の言語政策のキャンペーンにも利用したい、あわよくば観光客も呼び込みたいと一石二鳥どころか三鳥、四鳥も狙っているようです。ま、頑張って下さい。
★昨年、ラテンビートと東京国際映画祭で共催上映されたから、ご覧になった方は、鋭い人間洞察、ちょっとしたユーモア、雨に濡れた森の緑の映像美、バックに流れる音楽、見事な伏線の張り方、何はおいてもテーマになった、老いや孤独、突然の死が織りなすドラマに魅了されたことでしょう。
★スペイン以外で決定しているラテンアメリカ諸国のうち、アルゼンチン、チリ、グアテマラなど、当ブログに度々登場させた映画も選ばれています。以下はその一例:
◎アルゼンチン“El clan” 「ザ・クラン」パブロ・トラペロ、ベネチア映画祭監督賞受賞
◎チリ“El Club”『ザ・クラブ』パブロ・ラライン、ベルリン映画祭グランプリ審査員賞受賞
◎コロンビア“El abrazo de la serpiente”チロ・ゲーラ、カンヌ映画祭「監督週間」作品賞受賞
◎グアテマラ“IXCANUL”『火の山のマリア』ハイロ・ブスタマンテ
ベルリン映画祭アルフレッド・バウアー賞受賞
◎メキシコ“600 Millas”ガブリエル・リプスタイン
ベルリン映画祭2015「パノラマ」部門で初監督作品賞受賞
◎ベネズエラ“Dauna. Lo que lleva el río”(“Gone With The River”)マリオ・クレスポ
◎パラグアイ“El tiempo nublado”(“Cloudy Times”)ドキュメンタリー、アラミ・ウジョン
◎ドミニカ共和国“Dólares de arena”(“Sand Dollars”2014)
ラウラ・アメリア・グスマン&イスラエル・カルデナ
★ベネズエラはベネチア映画祭で金獅子賞を受賞したばかりのロレンソ・ビガスの“Desde allá”(「フロム・アファー」)を当然予想していましたが外れました。多分受賞前に決定していたのではないかと思います。まったくノーマークだったマリオ・クレスポの作品が選ばれましたが、ベネズエラのTVドラを数多く手掛けている監督です。
★パラグアイの“El
tiempo nublado”は、近年増加しているというパーキンソン病に罹ったウジョン監督自身の母親を追ったドキュメンタリー、車椅子生活となった母と娘が向き合う映画、これは是非見たい映画です。下の写真は監督と母親、映画から。
★ドミニカ共和国の“Dólares de arena”は、2014年の作品で、主演のジュラルディン・チャップリンが第2回プラチナ賞の候補になったときご紹介した作品です。二人の監督はメキシコで知り合い結婚しています。本作は二人で撮った長編3作目になります。いずれドミニカ共和国を代表する監督になるでしょう。アグスティ・ビリャロンガの『ザ・キング・オブ・ハバナ』でも書いたことですが、若いシネアストたちのレベルは高い。
★奇妙なことに外交的な雪解けにも拘わらず、キューバ映画芸術産業庁は今回代表作品を送らないことに決定したそうです。送らないのか送れないのか、どちらでしょうか。2016年のゴヤ賞やアリエル賞も参加しないようです。面白いことにアイルランド代表作品の“Viva”は、キューバの俳優を起用してハバナで撮影、言語はスペイン語、ハバナで暮らすドラッグ・クイーンの若者が主人公のアイルランド映画。当ブログはスペイン語映画のあれこれをご紹介していますが、こういう映画は想定外でした。18歳の若者に長編デビューのエクトル・メディナ、刑務所を出所したばかりの父親に名優ホルヘ・ペルゴリア、他ルイス・アルベルト・ガルシアなどベテランが脇を固めています。「父帰る」で対立の深まる父と子の物語。
(エクトル・メディナ、映画から)
★監督は1964年ダブリン生れのパディ・ブレスナック、すべて未公開作品ですが、DVD化されたホラー映画2作とファミリー映画1作があるようです。トロント映画祭やコロラド州のテルライド映画祭(9月開催)でも上映された。テルライド映画祭は歴史も古く審査員が毎年変わる。今年はグアテマラ代表作品“IXCANUL”も上映された。アイルランド映画委員会が資金を出して映画振興に力を注いでいるようで、本作のような海外撮影を可能にしたようです。
★アイルランドの公用語は勿論アイルランド語ですが、400年にも及ぶイギリス支配で、国民の多数は英語を使用しています。国家がアイルランド人としてのアイデンティティ教育の一環として学校で学ぶこと義務づけられています。しかし学ぶには学ぶが、日常的には英語だそうです。最近EUの公用語に指定された。支配下にあった時代のスウィフトの『ガリヴァー旅行記』、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』も英語で書かれた。
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