ニューディレクターズ部門ノミネーション*サンセバスチャン映画祭2016 ④2016年08月14日 17:55

         スペイン語映画はスペインの他アルゼンチンから2作品

 

   

 

★スペインからはネリー・レゲラのMaría (y los demás)1作のみ、アルゼンチンからフェデリコ・ゴッドフリードのPinamar、モロコ・コルマンのFin de semana2作です。長編映画デビュー作になるわけですが、脚本家、助監督としてのキャリア、短編映画やドキュメンタリー製作など、かなり経験を積んだ監督が多い部門でもある。

 

    ニューディレクターズ部門

María (y los demás) ネリー・レゲラ スペイン 2016 

人生の岐路に立つマリアの物語。35歳になったマリア(バルバラ・レニー)は、母親が亡くなったことで、介護が必要な父親(ホセ・アンヘル・エヒド)の世話と弟妹たちの面倒をみることになる。というのもマリアが家族の大黒柱だったからだ。しかし父親が介護師のカチータ(マリア・スケル)と結婚したいと言い出したことで、今までの人生観が脆くも崩れ去った。マリアはこれからの生き方を変える必要に迫られる。

 

 

*作品データ:製作Avalon / Frida Films 他、監督・脚本ネリー・レゲラの初監督作品、2016年、ガリシア・テレビTVGが参画、撮影地ガリシア州ア・コルーニャ県の自治体クジェレード、スペイン公開107日が決定している。

*キャストバルバラ・レニー(マリア)、ホセ・アンヘル・エヒド(父アントニオ)、ロシオ・レオン(フリア)、ビト・サンス(トニ)、マリナ・スケル(カチータ)、ルイサ・メレラス(ロサリオ)、パブロ・デルキ、フリアン・ビジャグラン、アイシャ・ビジャグラン、ほか多数

 

(マリア役のバルバラ・レニー)

 

ネリー・レゲラNery Reguera、カタルーニャ出身の脚本家、監督。短編Ausencias02)でデビュー、同Pablo09)、マル・コルがゴヤ賞新人監督賞を受賞した『家族との3日間』09、“Tres dias con la familia”)の第1助監督を務めた。本作は東京国際女性映画祭2010のオープニング作品、まだデータが少ないかんとくだが、追い追い増えていくと思います。

 

(撮影中の監督とバルバラ・レニー)

     

    

*トレビア:撮影地クジェレードは、ア・コルーニャ県でも1213世紀の建築物が残っている美しい町、人口は現在3万人に満たないが、有名レストランパソ・デ・ビラボアでの結婚式など観光地として人気が高い。ガリシア語話者85パーセント以上と高率です。バルバラ・レニーによると、「こんな素晴らしい土地での撮影は初めて」と感激、北スペインはサンセバスチャンだけでなく魚貝類料理が美味しいようです。「暗い悲劇のようにみえますが、決してそうではない」とも語っている。『エル・ニーニョ』や『マジカル・ガール』出演により日本でも知名度が高くなりつつある。共演者のホセ・アンヘル・エヒドやパブロ・デルキは、短編Pablo”にも出演しているベテランです。個人的には来年のゴヤ賞新人監督賞が楽しみになってきました。

 

 

Pinamar フェデリコ・ゴッドフリード アルゼンチン 2016

母親が亡くなり、パブロとミゲルの兄弟がピナマルに帰ってくる。母親との別離の他に相続、つまり家族所有のアパートを売却するためだった。パブロはできる限り早く片付けて帰りたい、一方ミゲルは滞在をゆっくり楽しみたい。期せずしてこの旅は彼らの関係を見つめなおすことになる。

*フェデリコ・ゴッドフリードFederico Godfridは、アルゼンチンの監督、脚本家、俳優。2008年、フアン・サシアインとの共同監督の長編デビュー作La Tigra, Chacoはロマンチックコメディ。本作が初の単独での監督。俳優としては、アドリアン・Szmuklerの“Prepotencia de trabajo”(11)に出演している。

 

 

Fin de semana モロコ・コルマン アルゼンチン 2016 77

カルラ(マリア・ウセド)は数年ぶりにマルティナ(ソフィア・ラナロ)と過ごすために山間のサンロケ湖にやって来る。二人の関係がどこかよそよそしいのは、互いに語られない何か秘密があるようだった。マルティナにはディエゴ(リサンドロ・ロドリゲス)という人目を忍ぶ相手がおり、二人は激しいセックスゲームから抜けだせないでいた。カルラはこの関係を知ると、ディエゴと対決しようとする。 

(映画から)

    

 

   

 (左から、ソフィア・ラナロ、マリア・ウセド、モニカ役エバ・ブランコ、撮影現場から)

 

*モロコ・コルマンMoroco Colmanは、アルゼンチンのコルドバ出身の監督、脚本家、製作者。1990年代からコルドバでは有名なDJとして活躍している。2010年に同タイトルの短編Fin de semanaがサンセバスチャ映画祭2010で上映されている。俳優も別ならストーリーも母娘の関係になっている。しかし舞台が都会でなく山に囲まれた湖に設定するという大枠は、短編を踏襲している。監督によると「山間の湖を舞台にすることが重要だった」と語っている。2011年に短編Lauraを撮っている。 

(モロコ・コルマン監督)

  

パールズPerlas / Pearls)部門

★チリ=仏=アルゼンチン=西合作、パブロ・ララインNeruda(「ネルーダ」)1作のみです。カンヌ映画祭と並行して開催される「監督週間」にノミネーションされた折に、監督フィルモグラフィー並びにキャスト、ストーリーを紹介しております。尚、今年のトロント映画祭でも「スペシャル・プレゼンテーション」部門にエントリーされております。

主な監督&作品紹介の記事は、コチラ⇒2016516


アントニオ・レシネス*スペイン映画アカデミー会長を辞任2016年07月15日 09:29

            不協和音がつづくスペイン映画アカデミー

 

2週間前にグラシア・ケレヘタの副会長辞任が受理されたニュースをアップしたばかりですが、13アントニオ・レシネスも会長辞任を表明、当然もう一人の副会長エドモン・ロチも右へならえです。「撤回不可能の決心」というわけで昨年55日に新体制が発足して以来14ヶ月の短命に終わりました。これでは都知事選同様年中行事化しかねませんが、フェルナンド・トゥルエバのように1年未満の方もおりますから、よくもったとも言えるでしょうか。混迷を深める政治経済とも絡んで現役の俳優や監督が兼職するには限界があるということかもしれません。レシネスは「アカデミーが難問山積なのは充分承知で引き受けたが、連日のように持ち込まれる些末な揉め事には対応できなかった。より作業能力に優れている人にお願いしたい」と皮肉たっぷりのコメントをいたしました。また現行の「選挙法」に問題があるという指摘もしたようです。

 

  
    (ヨーロッパ・プレスに辞任会見をする前アカデミー映画会長アントニオ・レシネス)

 

★野球に譬えると、現場監督(アカデミー側)と球団運営フロント(重役会)の摩擦や食い違いが常にあって、フロントからの些細な要求に納得できなかったのが背景にあるようです。前会長とポルフィリオ・エンリケスCEOとの関係は比較的良好と言われていただけに残念な結果になりました。現在の会員は約1400人、アカデミー執行部は14名、任期は6年で日本の参院選のように3年毎に半分が改選されるシステムです。次期会長はどなたになるのか、いずれにせよ会長辞任ですから再選挙がおこなわれる。

 

★スペイン映画芸術科学アカデミー設立の発端は、今から遡ること30年、プロデューサーのアルフレッド・マタスの呼びかけで19851212日、マドリードのレストランでの会合から始まった。いわゆるマドリード派の監督ルイス・ガルシア・ベルランガやカルロス・サウラ、製作者マリソル・カルニセロ、テディ・ビジャルバ、俳優ホセ・サクリスタン、チャロ・ロペス、編集者パブロ・ゴンサレス・デル・アモ、作曲家ホセ・ニエト、美術監督ラミロ・ゴメスなどが参加した。正式な発足は1986年、ホセ・マリア・ゴンサレス・シンデ監督が初代会長に就任した。

 

★監督、脚本家のアンヘレス・ゴンサレス=シンデは初代の娘、社労党PSOEのホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ政権の文化教育スポーツ相就任のため、任期半ばで辞任した。映画産業に多くの予算を回したことで、国民党PPから「あなたは映画大臣ではなく、文化教育スポーツ省の大臣だ」と野次を飛ばされた(笑)。今思うとあの頃はPSOEPPの二大政党だったのでした。『プリズン211』、『悲しみのミルク』、『瞳の奥の秘密』、『デブたち』、『ナイト・トーキョー・デイ』、『泥棒と踊り子』の名作が上映された「スペイン映画祭2009」の企画者が彼女でした。

 

歴代スペイン映画アカデミー会長

初代 198688   ホセ・マリア・ゴンサレス・シンデ

2 1988       フェルナンド・トゥルエバ

3 198892   アントニオ・ヒメネス・リコ

4 199294   フェルナンド・レイ

5 1994      ヘラルド・エレロ

6 199498   ホセ・ルイス・ボラウ

7 19982000  アイタナ・サンチェス=ヒホン

8 200003   マリサ・パレデス

9 200306   メルセデス・サンピエトロ

10 200609   アンヘレス・ゴンサレス=シンデ

11 2009     エドゥアルド・カンポイ

12 200911   アレックス・デ・ラ・イグレシア

13 201115      エンリケ・ゴンサレス・マチョ

14 201516   アントニオ・レシネス

15 2016~           

 

13代のゴンサレス・マチョのように2期目途中での辞任は少数派、1年未満が3人もいて3年の任期を全うするのは難しいようです。

グラシア・ケレヘタ副会長辞任の記事は、コチラ⇒201675

 

第3回イベロアメリカ・プラチナ賞2016*ノミネーション発表2016年06月03日 13:11

        授賞式はウルグアイのプンタ・デル・エステ、724日開催

 

    

★「イベロアメリカ・プラチナ賞」は23カ国が参加するシネ・フェスティバルですが、ノミネーションから見えてくるのはスペイン、アルゼンチン、チリ、メキシコの作品がズラリ。申しわけ程度にペルー、コロンビア、グアテマラ、ブラジル、ポルトガル、肝心のウルグアイは何かノミネーションされていたかしら、いいえゼロです。メキシコでもアリエル賞と重なったのはガブリエル・リプスティンの"600 millas"だけのようです。映画祭の審査員も映画賞も「批評家」が選ぶわけではないので当然といえば当然かもしれない。作品賞にノミネートされた5作品のうち、グアテマラの8個はすべて『火の山のマリア』です。映画後進国グアテマラを応援する意味があるのでしょう。これは『大河の抱擁』についても言えること、アリエル賞の「イベロアメリカ映画賞」受賞作品です。

 

1986年、いわゆる「ウルグアイ・ラウンド」という通商交渉が行われたプンタ・デル・エステが開催地に選ばれた。ウルグアイは人口328万人(2011年)という南米でも2番めに小さい国、比較的治安の良い国と言われておりますが、昨今ではそうでもないということです。プンタ・デル・エステは大西洋に面したマルドナル県にある南米でも有数のリゾート地、富裕層がバカンスに訪れる。会場となる‘Centro de Convenciones de Punta del Este’は、まだ完成していないのか模型しか写真が入手できなかった。

 

   

             (お金持ちが集まる南米有数のリゾート地、プンタ・デル・エステ)

 

 

  

(会場となるプンタ・デル・エステ会議センターCentro del Convenciones の完成模型)

 

★主なカテゴリーのノミネーション(邦題『』は公開・映画祭上映作品、「」は仮題)

作品賞
"El Abrazo de la Serpiente"
 『大河の抱擁』 コロンビア、ベネズエラ、アルゼンチン 最多8
"El Clan"
 「ザ・クラン」 アルゼンチン、スペイン 6
"El club" 『ザ・クラブ』 チリ 6
"Ixcanul"
 『火の山のマリア』 グアテマラ 最多8
"Truman"
 「トルーマン」 スペイン、アルゼンチン 5


 『大河の抱擁』

   

          "El Clan"

    

               『ザ・クラブ』

    

      『火の山のマリア』

 

 
"Truman"

監督賞
アロンソ・ルイスパラシオス Alonso Ruizpalacios  "Güeros"『グエロス』(メキシコ)
セスク・ゲイ Cesc Gay 「トルーマン」
チロ・ゲーラ Ciro Guerra 『大河の抱擁』
パブロ・ララインPablo Larraín 『ザ・クラブ』
パブロ・トラペロ Pablo Trapero 「ザ・クラン」


         『グエロス』のアロンソ・ルイスパラシオス


男優賞
アルフレッド・カストロAlfredo Castro 『ザ・クラブ』
ダミアン・アルカサルDamián Alcázar "Magallanes"(ペルー、アルゼンチン・

  コロンビア・西) 監督:サルバドル・デル・ソラル
ギジェルモ・フランセージャGuillermo Francella 「ザ・クラン」
ハビエル・カマラJavier Cámara 「トルーマン」

リカルド・ダリンRicardo Darín  「トルーマン」


                    "Magallanes"のダミアン・アルカサル


女優賞
アントニア・セヘルスAntonia Zegers 『ザ・クラブ』
ドロレス・フォンシDolores Fonzi『パウリーナ』(アルゼンチン、ブラジル、フランス)

監督:サンティアゴ・ミトレ

エレナ・アナヤ Elena Anaya  "La memoria del agua"(チリ、アルゼンチン、西・独)

 監督:マティアス・ビゼ
インマ・クエスタInma Cuesta "La novia"(西・トルコ・独)監督:パウラ・オルティス
ペネロペ・クルスPenélope Cruz  "Ma Ma"(スペイン) 監督:フリオ・メデム



         『ザ・クラブ』のアントニア・セヘルス



『パウリーナ』のドロレス・フォンシ

 

 

              "La memoria del agua" のエレナ・アナヤ

 

              

                                                                 "La novia" のインマ・クエスタ

 

            

                            "Ma Ma" のペネロペ・クルス

 

オリジナル音楽賞
アルベルト・イグレシアス Alberto Iglesias  "Ma Ma"
フェデリコ・フシド Federico Jusid  "Magallanes"
ルカス・ビダル Lucas Vidal  "Nadie quiere la noche" 監督:イサベル・コイシェ
ナスクイ・リナレス Nascuy Linares 『大河の抱擁』
パスクアル・レイジェス Pascual Reyes『火の山のマリア』監督:ハイロ・ブスタマンテ


 "Nadie quiere la noche" ルカス・ビダル


ドキュメンタリー
"Allende mi abuelo Allende"
(チリ、メキシコ)『アジェンデ』

監督:マルシア・タンブッティ・アジェンデ
"Chicas nuevas 24 horas"
(西、アルゼンチン、パラグアイ、コロンビア、ペルー)

監督:マベル・ロサノ
"El botón de nácar" 『真珠のボタン』(チリ・仏・西) 監督:パトリシオ・グスマン
"La Once"
(チリ)監督:マイテ・アルベルディ
"The Propaganda Game"
(スペイン)監督:アルバロ・ロンゴリア
 

             マルシア・タンブッティ・アジェンデの "Allende mi abuelo Allende"

 

                  マベル・ロサノの "Chicas nuevas 24 horas"

 

        パトリシオ・グスマンの 『真珠のボタン』

 

マイテ・アルベルディの "La Once"

 

        アルバロ・ロンゴリアの "The Propaganda Game"


脚本賞
セスク・ゲイ、トマス・アラガイ Tomás Aragay 「トルーマン」
チロ・ゲーラ、ジャック・トゥーレモンド Jacques Toulemonde 『大河の抱擁』
ハイロ・ブスタマンテ Jayro Bustamante 『火の山のマリア』"
パブロ・ラライン、ギジェルモ・カルデロンGuillermo Calderón他 『ザ・クラブ』"
サルバドル・デル・ソラルSalvador Del Solar  "Magallanes"

撮影賞
アルナルド・ロドリゲス Arnaldo Rodríguez  "La memoria del agua"
ダビ・ガジェゴ David Gallego  『大河の抱擁』
ルイス・アルマンド・アルテアガ Luis Armando Arteaga 『火の山のマリア』
ミゲル・アンヘル・アモエド Miguel Ángel Amoedo  "La novia"
セルヒオ・アームストロング Sergio Armstrong  『ザ・クラブ』 

初監督作品賞
"600 millas"
(メキシコ) 監督:ガブリエル・リプスティン
"El desconocido"
(スペイン)『暴走車 ランナウェイ・カー』 監督:ダニ・デ・ラ・トーレ
"El patrón: Radiografía de un crimen"
(アルゼンチン、ベネズエラ)

監督:セバスティアン・シンデルSchindel
『火の山のマリア』 監督:ハイロ・ブスタマンテ
"Magallanes"
 監督:サルバドル・デル・ソラル


           セバスティアン・シンデルの"El patrón: Radiografía de un crimen"

 

        ガブリエル・リプステインの "600 millas"

 

 ダニ・デ・ラ・トーレの『暴走車 ランナウェイ・カー』

初出に国名を入れ、写真は多数につき1作品1枚を原則に適宜選びました。録音賞・編集賞・美術賞などは割愛。

 

★昨年の作品賞は、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』が10個ノミネーション、8個受賞とあんまりの結果にしらけました。今年はイベロアメリカ映画の将来を見据えての結果を期待したい。今回の総合司会者は、ウルグアイの女優・歌手・デザイナーのナタリア・オレイロ、お馴染みのサンティアゴ・セグラの二人。オレイロはルシア・プエンソの『ワコルダ』で少女の母親になった。

 

EGEDA (Entidad de Gestión de Derechos de los Productores Audiovisuales FIPCAFederación Iberoamericana de Productores Cinematográficos y Audiovisuales) が主催します。いわゆる視聴覚製作に携わる人々の権利を守るための管理交渉団体です。EGEDA1990年創設、活動は1993年から。スペイン、チリ、コロンビア、US、ペルー、ウルグアイ他などが参加しており、現会長はスペインのエンリケ・セレソ、副会長は同アグスティン・アルモドバル。

 

「批評家週間」結果発表、”Mimosas”がグランプリ*カンヌ映画祭2016 ⑦2016年05月22日 16:50

           オリヴェル・ラセの“Mimosas”がグランプリ!

 

      

 

★もたもたしているうちにグランプリ受賞が決まってしまいました。「批評家週間」は「監督週間」と同じようにカンヌ映画祭とは別組織が運営している、いわゆるパラレル・セクションです。カンヌ本体と並行して開催されるので、一括りにしてカンヌです。作品数が7作と少ないこともあって本祭クロージング前に結果が発表される(今年は19日)。スペイン人監督としては3人目になります。1人目は『花嫁のきた村』(1999、シネフィル・イマジカ放映)のイシアル・ボリャイン2人目は『ヒア・アンド・ゼア』(東京国際映画祭2012上映)のアントニオ・メンデス・エスパルサ、そして今回のグランプリMimosasのガリシア出身のオリヴェル・ラセです。下馬評では第2席に当たるヴィジョナリー賞を受賞したトルコのメフメト・ジャン・メルトールの“Albüm”(“Album de famille”)でした。多分審査委員長ヴァレリー・ドンゼッリ監督の好みが幸いしたのかもしれない。

 

★昨年のグランプリはアルゼンチンのサンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』(ラテンビート上映)でした(彼は今年もシネフォンダシオン部門に出品、国際アート賞に当たるアトリエ賞を受賞したニュースが届いています。20日発表)。グランプリ受賞をジャンプ台にして活躍している監督には、ベルナルド・ベルトルッチを筆頭に、イニャリトゥ、ケン・ローチ、レオ・カラックス、ルシア・プエンソ、デル・トロ、ウォン・カーウァイ、ジャック・オディアール、フランソワ・オゾン・・・などが挙げられます。

 

      

               (左から、監督と出演者たち)

 

Mimosas(“Las Mimosas”)2016 

製作:Zeitum Films / La prod / Moon A Deal Films / Rouge International

監督・脚本:オリヴェル・ラセ(またはオリバル・ラシェ)

製作者:Lamia Chraibi / Julie Gayet / Felipe Lage

データ:製作国モロッコ=スペイン=フランス、言語アラビア語、2016年、93分、ロードムービー、カンヌ映画2016「批評家週間」がワールド・プレミア、上映516日、グランプリ受賞。モロッコ公開522

 

キャストSaid Agliサイード・アグリ(サイード)、Ahmed El Othmani アフマド・エル・オスマニ(アフマド)、Shakib Ben Omarシャキブ・ベン・オマール(シャキブ)、Hamido Farjadハミド・ファルジャド(長老Sheikhシェイク)、マルガリータ・アルボレス(長老の妻Noor)、Ahmed Hammoud アフマド・ハモウド(Nabil ナービル)、他

アラビア語の読みが不正確なものはラテン文字転写を入れております。そちらを優先してください。

 

解説:モロッコの港湾都市タンジール、「タンジール・ガイド組合」の事務所は、カフェ〈ラス・ミモサスLas Mimosas〉の中にあり、リーダーがその日の仕事の配分をしているが、案内はあまり信用できない。若いシャキブにナービルと呼ばれるキャラバン隊の引率のミッションが与えられる。ナービル・キャラバン隊は以前にはアトラス山脈の切り立った頂上越えのエキスパートだった。彼は今スーフィー教徒の長老シェイクの夫婦を伴ってアトラス山脈を越えようとしていたが、長老は切り立った険しいアトラスの頂上で死んでしまう。しかし、安息の地シジルマサに埋葬して欲しいという長老の最後の願いを果たしたいと考えるナービルは、それが自分にかせられた運命だと気づく。そこでラス・ミモサスから送り込まれてきたシャキブの助けを受け入れ、急拵えのキャラバン隊は長老の遺骸を乗せてシジルマサへの道に再び出発する。

 

    

 

     

 

★これが出だしの部分ですが、シャキブの裏切り、キャラバンに同行していたサイードとアフマドが、道案内を申し出るが、長老の妻は疑いの目を向ける。ナーイブもシャキブに一抹の不安を覚えるが受け入れざるを得ない。やがて彼らの無責任が、天使が惡魔に変貌するのを、観客は目撃するだろう。アトラス山脈はモロッコからチュニジアにかけて東西にのびる褶曲山脈、長さ2400キロ、モロッコでは標高3000mを超え雪が降る。シジルマサは、モロッコ南東部にあったベルベル人の都市、かつては金・銀・塩のサハラ交易で栄えたオアシス都市だったが、繰り返えされる内乱のため、1393年に消滅、現在は廃墟となっている。映画で語られるのは、スーフィー教文化、イスラム教の禁欲的、隠遁的、神秘主義、災難と宿命、天使と悪魔、奇跡と嘘、やはり「生と死」でしょう。たくさんの要素がカクテルのようにミックスされた、神秘的なロードムービー、または『オデュッセイア』を彷彿させる叙事詩でしょうか。

 

     

              (雪のアトラス山脈、映画から)

 

オリヴェル・ラセOliver Laxeは、1982年パリ生れ、ガリシアへ移民してきたガジェゴgallegoです。スペインでどのように呼ばれているか知りませんが、一応フランス生れなので上記のようにしました。ガリシア読みならオリベル・ラシェが近いと思います。2010年のカンヌ映画祭「監督週間」に出品したデビュー作Todos vós sodes capitáns(“Todos vosotros sois capitanes/You All Are Captains2010,カラー&モノクロ、78分、スペイン語/アラビア語/フランス語)が、国際映画批評家連盟賞FIPRESCIを受賞している。スペイン映画アカデミーが翌年のゴヤ賞新人監督賞にノミネーションしなかったことで一部からイチャモンがついた。それから6年ぶりに撮った第2Mimosasが見事グランプリ、来年のゴヤ賞の行方が楽しみになってきた。もうデビュー作ではありませんから、〈新人監督賞〉というわけにはいきません。10年ほど前から毎年数カ月はモロッコで暮らしている由、今回の“Mimosas”はアラビア語です。

 

    

             (本作撮影中のオリヴェル・ラセ監督

 

★「どうしてこのように時間が掛かったのか」というプレスの質問には、「製作費が集まらなかったから」と簡単明瞭、「デビュー作は私一人で撮ったが、今回はチームを組んだので資金作りが大変だった。しかしこの受賞をチーム全員が私以上に喜んでくれた」と監督。「第3作目はガリシアが舞台です。今回の受賞で資金調達が可能になりました」、やはりこれがカンヌです。

 

     

          (柔和な眼差しの奥に芯の強さを感じさせる監督)


アルモドバル”Julieta”*カンヌ映画祭2016ノミネーション発表 ①2016年05月08日 15:50

                騒々しいカンヌの季節が巡ってきました!

 

           

               (カンヌ映画祭2016のポスター)

 

★第69回カンヌ映画祭は511日に開幕、結果発表が22日という長いショービジネスです。コンペティションには、スペインからはアルモドバルJulieta1作だけですが、ないよりあるだけマシでしょうか。カンヌに照準を合わせて映画製作をしている監督、まだキャストもロッシ・デ・パルマしかアナウンスされていなかったときからノミネーション確率は120パーセントだったから誰も驚かない。逆にノミネーションされなかったらサプライズだったでしょう。パルムドール5回目の挑戦です。過去には『オール・アバウト・マイ・マザー』99)で監督賞、『ボルベール〈帰郷〉』06)で脚本賞、しかし肝心のパルムドールには嫌われている。もっともスペイン人の受賞者は半世紀以上前のブニュエルだけかも。受賞作品はフランコ体制下では物議をかもしても当然だった『ビリディアナ』(1961)でした。他『抱擁のかけら』と『私が、生きる肌』はノミネーションだけ、『バッド・エデュケーション』はコンペ外でした。

 

  

                       (“Julieta”のポスター、2人のフリエタ)

 

★監督自身は兄弟の製作会社「エル・デセオ」が、例の「パナマ文書」に関係していたため大ツナミに襲われ窮地に立たされています。幸い日本ではアルモドバルの名前は報道されなかったと思う。監督は責任を認めていますが、ただしメディアの扇情的な報道の仕方には「遺憾」を表明しています。納税の義務は遅滞なく果たすと強調しておりました。そもそもの発端は、ジュネーブのモサック・フォンセカ法律事務所のPCがハッキングされて流失した機密文書、兄弟はこの法律事務所に1990年代の初めから委託していたようです。つまり他にもヴァージン諸島なども利用していたということでしょうか。 

   

                                    (最近のアルモドバル、20164月、マドリードにて)

 

★映画に戻ると、“Julieta”のテーマは、息が詰まるような性道徳観に風穴をあけたいという監督の思いというか挑戦があるように感じますが、共感するかしないかは、いずれ分かります。ヒロインは30年にわたって無理解に苦しむわけですが、母と娘の関係は難しい。今年のカンヌの顔ぶれは結構大物監督が目立ちます。アルモドバルの下馬評は悪くない位置につけているようですが、こればかりは蓋を開けてみないと分からない。

Julieta”のデータやキャスト紹介の記事は、コチラ⇒2016219

    

  

      メキシコでもなくアルゼンチンでもなく、ブラジル映画がノミネーション

 

★今年のカンヌにはメキシコは残れず、ブラジルからKleber Mendonça Filho1968年生れ、クレベール・メンドンサ・フィリオ)のAquarius(仏合作)がノミネートされています。長編は2作目ですが、1997年より多くの中短編、ドキュメンタリーなどを発表している。デビュー作O som ao redor(“Neighboring Sounds”)は、ロッテルダム映画祭2012で上映され、ヒューバート・バルシ基金を貰った。トロント映画祭を含め海外の映画祭でも上映された作品です。日本で毎年開催されるブラジル映画祭に出品されたかどうか、スペイン語映画ではないので調べておりません。オスカー賞2014のブラジル代表作品に選ばれた由。第2作はソニア・ブラガが演じる音楽評論家クララの物語、3人の子供も独立、夫にも先立たれ執筆活動はしていない。時間を自由に旅することができる身分だが、かつては上流階級用のアパートも老朽化し地上げ屋の餌食になろうとしている。こんなお話のようです。

 

 
               (ソニア・ブラガ、映画から)

 

★ブラジル映画は一時勢いがありましたが、メキシコやアルゼンチンに比較すると、3代映画祭には遅れをとっている印象でした。政治的にも不安定、オリンピックも開催できるかどうか心配なくらいです。しかしブラジルは本作以外にも短編部門にエントリーされていますから、盛り返しつつあるのかもしれません。昨年はコロンビア映画がやたら元気でしたが、今年は相対的にラテンアメリカは静かでしょうか。

 

★次回は「ある視点」部門ノミネーション、アルゼンチン映画La larga noche de Francisco Sanctisという若い二人の監督のデビュー作です。

作品賞は西米合作”Callback”*マラガ映画祭2016結果発表 ⑧2016年05月02日 14:49

        カルレス・トラスの“Collback”は西米合作映画

 

       

 ★ノーチェックだったカルレス・トラスの第4Collbackが「金のジャスミン」を受賞しました。監督はカンタブリアのサンタンデール生れ(1978)の監督。公式サイトは英語(字幕スペイン語)だし、キャストは主人公こそチリのマルティン・バシガルポでしたが彼以外は英語話者の俳優ばかり、舞台はニューヨーク、吹替え上映などなどチェックしなかった理由でした。他に脚本賞にカルレス・トラスと共同執筆者マルティン・バシガルポ、彼は男優賞も受賞して盆と正月が一緒にきたような喜びだったでしょう。何はともあれ最高賞受賞作品なので、次回に作品紹介を予定しています。

 

 

  (マラガに現れた左から、ティモシー・ギブス、マルティン・バシガルポ、トラス監督)

 

★作品賞についで大きな賞が審査員特別賞、イサキ・ラクエスタ&イサ・カンポの“La propera pell”が受賞しました。これを含めて最多の5賞を獲得してしまいました。監督賞・女優賞・編集賞・批評家審査員特別賞です。これはラテンビート、東京国際などの映画祭上映を期待しても見当外れとは言われないでしょう。アンダルシアで開催される映画祭の二つの大賞がバルセロナとカンタブリア出身の監督に贈られたことに感無量の地元ファンもいたかもしれない。またポル・ロドリゲスのQuatretondetaが評価されたのも嬉しい。

 

   

        (マラガに現れたイサキ・ラクエスタとイサ・カンポ監督)

 

オフィシャル・セクションの受賞結果

最優秀作品賞(金のジャスミン賞)

Collback監督カルレス・トラス

 

  

 (トロフィーを手に喜びのスピーチをするカルレス・トラス)

 

審査員特別賞

La propera pell”(“La próxima piel”) 監督イサキ・ラクエスタ & イサ・カンポ

作品監督紹介は、コチラ⇒2016429

 

最優秀監督賞

イサキ・ラクエスタ & イサ・カンポ “La propera pell”(“La próxima piel”)

 

最優秀女優賞

エンマ・スアレス “La propera pell”(“La próxima piel”)

 

最優秀男優賞

マルティン・バシガルポ “Collback

 

最優秀助演女優賞

シルビア・マヤ “Julie 監督アルバ・ゴンサレス・モリナ

 

最優秀助演男優賞

オスカル・マルティネス “Kóblic”監督セバスティアン・ボレンステイン

作品監督紹介は、コチラ⇒2016430

 

最優秀脚本賞

カルレス・トラス & マルティン・バシガルポ “Collback

 

最優秀音楽賞

シルビア・ペレス・クルス Cerca de tu casa 監督エドゥアルド・コルテス

 

最優秀撮影賞(2作品)

ロドリゴ・プルペイロ Kóblic 監督セバスティアン・ボレンステイン

カルレス・グシポル Quatretondeta”監督ポル・ロドリゲス

 

最優秀編集賞

ドミ・パラ La propera pell”(“La próxima piel”)

 

審査員スペシャル・メンション

Quatretondeta 監督ポル・ロドリゲス

作品監督紹介は、コチラ⇒2016年4月22日

 

批評家審査員特別賞

La propera pell”(“La próxima piel”) 監督イサキ・ラクエスタ&イサ・カンポ

 

観客賞(ガス・ナトゥラル・フェノサ)

La noche que mi madre mató a mi padre 監督イネス・パリス

作品監督紹介は、コチラ⇒2016425

 

★「金賞」は最優秀作品賞「金のジャスミン賞」だけで、他はすべて「銀賞」です。また観客賞Gas Natural Fenosaというエネルギー分野(天然ガスと電力)における多国籍企業が選んだ審査員が選考する。ガス取扱量世界第4位、本社はバルセロナ。

 

★賞には絡みませんでしたが、個人的な好みで準備しておりましたバルセロナ派のマルク・クレウエトのデビュー作El rey tuertoを落ち穂拾いしておきたいと考えています。バルセロナやマドリード他、スペイン各地を巡業して廻り大成功をおさめた戯曲の映画化です。演劇が大人の娯楽として根付いているヨーロッパでも、舞台監督自らが映画監督も手掛けるというのは珍しいケースです。 

             

                          (”El rey tuerto”のポスター)

  

『ミューズ・アカデミー』 ゲリンの新作*東京国際映画祭2015 ⑤2015年11月24日 12:34

1111日から開催されたセビーリャ・ヨーロッパ映画祭で「金のヒラルダ」を受賞した作品。ロカルノ映画祭でワールド・プレミアしたときから、東京国際映画祭TIFFでの上映を確信していました。その通りになったのですが、作品解説にいささかたじろぎながらも見に出かけました。危惧したとおりセリフの多さに圧倒されてしまいました。これはQ&Aが必要な映画ですね。ロカルノでも「フィクションかノンフィクションか」に質問が集中したようです。まずはデータから。

 

  『ミューズ・アカデミー』(“La academia de las musas”)

製作:Los Films de Orfeo

監督・脚本・編集:ホセ・ルイス・ゲリン

録音:アマンダ・ビジャビエハ

音響:ジョルディ・モンロス、マリソル・ニエバス

カラーリスト:フェデリコ・デルペロ・ベハル

特別エディター:ヌリア・エスケラ

 

データ:製作国スペイン、スペイン語・イタリア語・カタルーニャ語、2015年、92分、ドラマ、

受賞歴・ノミネーション:セビーリャ・ヨーロッパ映画祭2015「金のヒラルダ」賞、ロカルノ映画祭2015ワールド・プレミア

 

キャスト:ラファエレ・ピント(哲学教授ピント)、ロサ・デロル・ムンス(教授夫人ロサ)、エマヌエラ・フォルゲッタ(生徒エマヌエラ)、ミレイア・イニエスタ(同ミレイア)、パトリシア・ジル(同パトリシア)、カロリナ・リャチェル(同カロリナ)

 

作品紹介:バルセロナ大学哲学科。イタリア人のラファエレ・ピント教授が、ダンテ「神曲」における女神の役割を皮切りに、文学、詩、そして現実社会における「女神論」を講義する。社会人の受講生たちも積極的に参加し、議論は熱を帯びる。生の授業撮影と思わせる導入部を経て、教授と妻の激しい口論へと移る。やがて数名の受講生の個性も前景化し、次第に教授の行動の倫理が問題となってくる・・。ドキュメンタリーとフィクションの境目を無効にするJL・ゲリン監督の本領が発揮される新作。(中略)ピント教授は実際のピント教授が演じており、その講義は自然に傾聴させる力を持ち、観客は生徒に同化する。・・・(TIFFカタログより抜粋)

 

    レトリックや文学、詩、言葉がもつ美しさへのオマージュ

 

A: セビーリャ・ヨーロッパ映画祭の最高賞を受賞したわけですが、上映会場はスペインでの上映を待っていた批評家、ゲリン賛美者、シネアスト、学生、シネマニアなどで超満員だった。

B: 8月上旬に開催されたロカルノ映画祭の好評を聞きつけて、賛美者以外のファンも待ち構えていたというわけですね。

A: フィクションは、2007年の『シルビアのいる街で』以来8年ぶりですから、フィクションを待っていた観客も詰めかけたのでしょう。前作はセリフが極力抑えられ無声映画に近かったのに、新作はレトリックや文学、詩、つまり言葉がもつ美しさへのオマージュという対照的な作品です。

B: ロカルノでも「言葉の力に捧げた」と、「パッションやアートについて、人生や創造について、特に詩について語った」映画だとゲリンはコメントしていた。

 

   

  (トレードマークのハンチングを被ったホセ・ルイス・ゲリン、ロカルノ映画祭にて)

 

A: また監督は「とりたてて事件は起こらない」と語っていましたが、『シルビアのいる街で』でも事件はこれと言って起こらない。偶然性やコントロール不可能なものに重きをおく監督は、昔の美しい恋人を求める主人公の主観的な視線と、偶然カメラが捉えてしまう客観的な視線を行ったり来たりさせた。

B: プロット的にはやや強引な設定でしたが、観客は満足した。本当にシルビアという女性がいたのかどうかは受け手に委ねられた。

 

A: セビーリャでの拍手喝采は熱狂的、満場を沸かせたようです。だからこそ「金のヒラルダ」を受賞できたのでしょう。上映はパリ同時テロの2日前だったから、今思うと感慨深いです。

B: 結局、授賞式や関連イベントは中止になりましたけど。

 

フィクションかノンフィクションかの区別がはっきりしなくてよい

 

A: 「どこまでがフィクションで、どこからがノンフィクションなのか」という質問については、「観客にとってはよく分からないほうがいい、そう思いませんか」と答えている。フィクションかドキュメンタリーか、喜劇か悲劇か、そのような映像の区別は重要でないということですかね。

B: 区別は必要ないという意見に賛成ですが、生徒の質問のどこまでが本人のもので、どこからがセリフなのか気になります。

 

A: 新作の導入部はバルセロナ大学でのピント教授の授業風景から始まる。沈黙の重さに支配された過去の作品への〈言葉による〉過激な返答という意味合いがある。導入部のダイアローグの応酬はつむじ風、サイクロン級でした。

B: 教授の講義も生徒の質問もレベルが高くて、ドキュメンタリーとはとても思えません。ただ境目がわからなかった。でも曖昧でいいのですね。

 

A: 道具としてドキュメンタリー手法を多用して、単純を装いながら虚実を混在させるのが好きな監督、ピント教授は、実際に40年前から同大学の文学教授、教授夫人も彼の妻、生徒たちもバルセロナ大学で講義を受けているノンプロの人たちで自分自身を演じている。しかしこれは100パーセントフィクションだと。そもそもドキュメンタリーというジャンルはないという立場の監督です。

 

B: 教室を一歩出ると、夫婦間で火花が飛び散っている。夫婦の危機が表面化し、教授と生徒の間に新しく生まれたロマンスも進行していく。

A: 観客は次第に、ダンテの「神曲」における女神の役割論から異なったテーマ、例えば理性より感情、欲望、性、嫉妬、夫婦などをテーマにした議論に巻き込まれていく。

 

         

               (新しいロマンスの相手と教授)

 

B: 東京も含めてどこの会場でも、教授夫妻の迫真の口論には笑い声が上がったと思う。

A: 論客ピントも皮肉やの夫人に押され気味、ここがいちばん自然で本物らしく見えたが、「勿論実人生ではない。しかしある瞬間は真実が入っている、なぜならエモーションは本物だから。二人には予めこれはフィクションだからと言っておいた。でもカメラが回り始めると二人は自分の信じていることを話し始めた。もし彼らが信じていなければ、あのダイアローグは不可能だった」と監督。

 

B: 教授は実人生でもバルセロナ大学の文学教授、ロサ・デロル・ムンスはカタルーニャ文学や言語学の研究者だそうですが。

A: 教授は1951年ナポリ生れ、ダンテ心酔者、1974年からバルセロナ大学でイタリア哲学、特にダンテと文学を専門に教えている。デロル・ムンスは1943年バルセロナ生れ、バルセロナ大学の文献学を卒業、“Salvador Espriu (1929~43)”など何冊か研究書を上梓している。映画でもピント教授より年長に見えましたが、大分離れている。

 

       

          (ガラスを透して口論する教授夫妻を撮影している)

 

B: 「私がもっと若かったら」と真情を吐露している。女性は疑り深く独占欲が強く、嫉妬深い。

A: 嫉妬深いのは同じだが、男性は女性より上位にいたがり、常に自分が正しく、相手を自分好みに変えたがる。悲喜劇としか思えないが、それでも夫婦をやっている。このシーンは、ウディ・アレンの映画を彷彿させる。

 

         中心テーマは知の変化――教授法は一種の変化に貢献する

 

B: TIFFの解説に「その講義は自然に傾聴させる力を持ち、観客は生徒に同化する」とありましたが、講義内容はレベルが高すぎ、生徒はおろか登場人物の誰とも同化できませんでした。

A: 講義は一方的に与えるだけでなく、生徒に反論させている。生徒が変化するだけでなく、教授自身も「君の視点が私を変えた」と語っていた。優れた教授法は知の変化に貢献する。教師という仕事は生徒を餌食にするが、生徒も教師を餌食にしている。互いに変化するところが面白い。

B: 知識は変化によって価値、重要性、満足度というか喜びをはかっている。

 

A: 生徒の一人が、地中海にあるイタリア領の島、サルディーニャ島に案内する。そこで出会った牧人詩人が披露してくれた先祖伝来だという歌は素晴らしかった。

B: 現在でもこんなアルカディアが存在するなんて。この牧人には同化できますね。サルディーニャ語はイタリア語の方言ではないと言っていた。

    

 

    (小型カメラで撮影する監督、サルディーニャ島にて)

 

A: 本当の羊飼いで、ゲリンも生徒の一人(多分イタリア語を話していたエマヌエラ・フォルゲッタと思うが)に案内してもらうまで、その存在を知らなかったそうです。自然が生みだす異なった音色の洗練さに感動したとロカルノで語っていた。内容は羊飼いの古典的神話を詩の世界に調和さたものらしい。サルディーニャ島に出掛けて撮影することは最初からのプランで、作品に新しい視点を与えてくれたとも。

B: サルディーニャ語はラテン語を起源とするロマンス語に属し、フェニキア語、カタルーニャ語、スペイン語の影響も受けているとウィキペディアにあった。

 

A: サルディーニャ島シリゴ出身の言語学者ガヴィーノ・レッダを思い出しました。彼も羊飼いで20歳になるまで文字が読めなかった。父親が羊飼いには必要ないと受けさせなかった。その後軍隊で初等教育を受け、ローマ大学の言語学科を卒業したときには32歳だった。自伝『パードレ・パドローネ』(1975)がベストセラーになり、日本でも翻訳書が出ている。

B: タヴィアーニ兄弟が映画化して、カンヌ映画祭1977のグランプリを受賞、これも劇場公開されたから、見た人多いと思う。今は引退して生まれ故郷シリゴで農業と牧畜に携わっている。

 

A: スペインでも詩人ミゲル・エルナンデスは、子供時代から羊飼いをして正規の学校教育を受けていない。貧しいからという理由でなく、父親が必要ないと受けさせなかった。だから独学ですね。大体ロルカと同じ時代を生きた詩人です。

B: 内戦では共和派、終結後に収監されて生まれ故郷アリカンテの刑務所付設の病院で31歳の若さで亡くなった。スペインではロルカよりファンが多いとか。羊飼いは自然と対話していないと成り立たないから自ずと思索的になるのかもしれない。

 

    

          (カロリナ・リャチェルとエマヌエラ・フォルゲッタ)

 

     有力な映画祭出品は肌に合わない――ドキュメンタリー映画祭が好き

 

A: 『シルビアのいる街で』はベネチア映画祭に出品されたが、もみくちゃにされたのがトラウマになっているのか、有力な映画祭は好きではないという。良かった映画祭はドキュメンタリー映画祭だと。

B: 映画の宣伝には役立つが、フィクションかドキュメンタリーか、悲劇か喜劇か、カンヌなんかはジャンル分けがうるさいと聞いています。それぞれセクションごとに上映するから仕方ない。

A: ベネチア映画祭では、映画祭の喧騒を逃れて小型のデジカメを手に土地の人々や風景を収めていた。本作は世界各地の映画祭に招待されたが、映画祭はそっちのけで気軽に町中に出かけて取材していた。そうして出来たのが『ゲスト』(10)でした。

B: プレミアはコンペではないが同じベネチア、同年TIFFでも上映された。

 

A: 撮影監督の名前がIMDbにもカタログにもクレジットされていない理由は推測するしかないが、ガラスを透して撮影するシーンが記憶に残った。

B: 前作『シルビアのいる街で』と似ていた。キャストとの心理的な距離を表現したいのか、機会があれば質問したいね。

 

A: ゲリンは完璧主義者に思われているが、素描の性格をもっている映画が好みで、技術的な凝り過ぎは最低だと語っている。確かに何回も撮り直しをするタイプじゃない。

B: 夫婦の口論も1回勝負だから、観客は騙された。

 

A: 自分で編集を手掛けるから観客第1号は自分、これは素晴らしい体験だと言う。かつての映画小僧も、今はあちこちの映画学校で講義をしている。映画を撮るべきかどうか質問されたら、最初の助言は止めなさいです。それでも中には止めないクレージーな学生がいて、そういう学生には手を差し伸べます。映画監督はクレージーでないと務まらない。

 

『真珠のボタン』 水の記憶*パトリシオ・グスマン2015年11月16日 16:31

サンチャゴで公開された『真珠のボタン』

 

★遺骨を探し続けている二人の女性が談笑しながら星の観察をしている。初めて見せる二人の笑顔で前作『光のノスタルジア』は幕を閉じました。かすかな希望を抱いて『真珠のボタン』を続けて見ました。自然が作りだす驚異的な美しさに息をのみましたが、人間のあまりの愚かさ残酷さにスクリーンがぼやけてしまう作品でした。929日、やっとチリの首都サンチャゴで初めて公開されたということは、チリにも一筋の光が射してきたということでしょうか。

 

   

      『真珠のボタン』“El botón de nácar”(“The Pearl Button”)

製作Atacama Productions / Valdivia Film / Mediapro / France 3 Cinema

監督・脚本パトリシオ・グスマン

助監督:ニコラス・ラスにバット

撮影:カテル・ジアン

音響:アルバロ・シルバ、ジャン・ジャック・キネ

音楽:ミランダ & トバル

編集:エマニュエル・ジョリー

製作者:レナーテ・ザクセ、フェルナンド・ラタステ、ジャウマ・ロウレス他

データ:製作国フランス、チリ、スペイン、スペイン語、2015年、82分、ドキュメンタリー、主な撮影地:西パタゴニア、チリ公開:929

受賞歴:ベルリン映画祭2015銀熊脚本賞・エキュメニカル審査員賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭2015山形市長賞、ビオグラフィルム・フェスティバル2015(ボローニャ)作品賞・観客賞ほか、エルサレム映画祭2015ドキュメンタリー賞、フィラデルフィア映画祭2015審査員賞、各受賞。サンセバスチャン映画祭2015「ホライズンズ・ラティノ」正式出品、他ノミネーション多数。

 

登場する主な語り部たち

ガブリエラ・パテリト(カウェスカル族の末裔、推定73歳。手工芸品製作者)

クリスティナ・カルデロン(ヤガン族の末裔、86歳。文化・歴史・伝説の伝承者、

  手工芸品製作者)

マルティン・G・カルデロン(クリスティナの甥、古代からの製法でカヌーを製作している)

ラウル・スリタ(拷問を受けた共産党活動家、詩人。2000年国民文学賞を受賞)

ガブリエル・サラサール(アジェンデ政権時の極左派MIRの活動家。チリ大学哲学科・法科の教授、2011年国民賞受賞)

クラウディオ・メルカド(人類学者、実験音楽の作曲家・演奏家、伝統音楽の継承者)

ラウル・ベアス(ボタンが付着したレールを引き上げたダイバー)

フアン・モリナ(197911月のデサパレシード投棄に携わったヘリコプターの元整備士)

アディル・ブルコヴィッチ(ヘリコプターで海中に投棄されたマルタ・ウガルテの弁護士)

ハビエル・レボジェド(遺体を海中に投棄するため胸にレールを括りつける行程を再現したジャーナリスト・作家)

パトリシオ・グスマン<影の声>

パス・エラスリス(写真家、カウェスカル族の写真提供者)

マルティン・グシンデ(写真家・司祭、セルクナム族のモノクロ写真提供者)

 

プロット:大洋は人類の歴史を包みこんでいる。海は大地と宇宙からやってくる声を記憶している。水は星の推進力を受け取って命ある創造物に伝えている。また水は、深い海底で廻りあった二つのミステリアスなボタンの秘密を守っていた。一つはパタゴニアの先住民の声、もう一つは軍事独裁時代の行方不明者の声、水は記憶をもっている。宇宙に渦巻く水の生命力、パタゴニアに吹く乾いた風、銀河系を引き裂く彗星、チリの歴史に残る悲劇的なジェノサイド。チリの片隅から眺めたすこぶる個人的な要素をもつパトリシオ・グスマンの<影の声>は、純粋さと怒りに溢れている。これは記憶についてのエレガントで示唆に富む美的思索のドラマ。      (文責:管理人)

 

         チリの歴史を凝縮した水の言葉―-二つのボタン

 

A: チリの北部アタカマ砂漠から始まった水と宇宙についての物語のテーマは、アンデス山脈に沈み込む最南端の西パタゴニアの水と氷の世界に私たちを導いてゆく。

B: 白ではなくまるで青いガラスの壁のような氷河の映像には息を呑みます。宇宙飛行士ガガーリンのように宇宙に飛びださなくても、地球が水の球体であることが実感できる。

A: 「地球は青かった」は不正確な引用らしいが、とにかく約70パーセント以上は海という球体です。なかでも全長4600キロに及ぶチリの国土は太平洋に面している。だから海洋国家なんですね。でも海の恵みを無視してきた歴史をもつ国家でもある。 

 


B: 自然の驚異を見せるための自然地理学の映画ではない。海に眠っていた二つのボタン、一つは19世紀末にやってきた白人によって祖国と自由を奪われた先住民の声を語るボタン、もう一つはピノチェトの軍事クーデタで逮捕されたデサパレシードの声を語るボタンです。

A: この二つのボタンの発見がなければ、このように理想的なかたちの映画は生れなかったかもしれない。このミステリアスなボタンが語り出すのは、闇に葬られたチリの歴史です。

B: 抽象的で思索的なメッセージなのに分かりやすく、ストレートに観客の心に響いてくる。忘れぽいチリ人に記憶の重要性を迫っていた前作よりずっと深化している。

 

  • desaparecido:広義には行方不明者のことですが、ラテンアメリカ諸国、特にアルゼンチンでは軍事政権下(197684)で政治的に秘密警察によって殺害された人々を指し、航空機・海難事故などの行方不明者は指しません。隣国チリでもピノチェト軍事政権下(197390)の行方不明者を指し、本作でもその意味で使われています。

     

           先住民やデサパレシードたちの墓場は海の底

     

    A: 遺族並びに体験者の最大の苦しみは、差別や迫害ではなく無関心だということです。たくさんの語り部たちの他に、例えば17回も南極大陸に旅し、冒頭シーンの撮影に協力した二人の冒険家、チリの完全な地図を制作した画家エンマ・マリク、先住民の写真を提供してくれた二人の写真家などが本作を支えています。

    B: 19世紀の初めにパタゴニアにやってきたイギリス船に乗せられて、石器時代から産業革命のイギリスに旅をして、ジェミー・ボタンと名付けられた悲劇のインディオ。1年後に戻ってきたが元の自分に戻れなかった。

 

               

                (パタゴニアの先住民)

 

  • A: 船長フィッツロイの任務は土地の風景や海岸線を描くことで、彼の地図は1世紀にわたって使用された。つまり白人の入植者に役立ったことが、皮肉にも先住民の文化破壊や、ひいてはジェノサイドにつながった。

    B: 当のフィッツロイ船長に悪意はなかったが、150年後に押し寄せた入植者には、先住民の存在は邪魔で目障りだったということです。

     

    A またヘリコプターから太平洋に投棄され、1976912日にコキンボ州の海岸に打ち上げられたマルタ・ウガルテ、レールが外れて浮上した。海底を捜索したらもっとレールは見つかるはずだと監督。

    B: 殺害された人数は約3000人、うち1200人から1400人が海や湖に沈められたからですね。

     

  •         

  •          (軍事独裁時代の犠牲者を船中から探すグスマン監督)

     

    A: 800個所もあったという強制収容所の一つ、ドーソン島に収監されていた人々の声を拾っている。逮捕監禁され拷問を受けた人数は35,000人ともその倍とも言われている。アジェンデ派の政治犯や反体制活動家だけでなく、存在そのものが目障りだった先住民、学生、未成年者もいた。アルゼンチンと傾向は同じです。

    B: 先住民のジェノサイド、18世紀には8000人が暮らしていたという西パタゴニアの先住民は、現在たったの20人しかいない、にわかには信じられない数字です。

     

    A: カウェスカル族の末裔ガブリエラが「神は持たないから、警察は必要ないから」カウェスカル語にはないとインタビューに答えていた。警察がないのは当たり前、聞くまでもないか。『光のノスタルジア』でも言ったことだが、本作にはドキュメンタリーとしてギリギリの演出がありますね。

    B: ヘリコプターからのダミー投棄の再現はいい例です。

    A: フレデリック・ワイズマンとの対談で「ドキュメンタリーが情報伝達だけのメディアにならないように」したかったと語っていましたが。

     

  •     

  •           (カウェスカル族の末裔ガブリエラ・パテリト)

     

          記憶をもたない国にはエネルギーがない

     

    B: 国際映画データバンク(IMDb)にも載っていなかったし、まさかサンチャゴで公開されていたなんて驚きです。現在の政権ミシェル・バチェレ(第2期)が影響してるのか、ベルリン映画祭の銀熊賞を無視できなかったのか()

    A 現在グスマンはパリに住んでおり、彼が創設者である「サンチャゴ・ドキュメンタリー国際映画祭(Fidocs)」で本作がエントリーされ帰国していた。「海を介して過去と和解する映画」と観客に紹介したそうです。「記憶を検証しなければ未来は閉じられる」とも。

     

    B: ベルリンのインタビューでは、チリではデサパレシードをテーマにした映画を作る環境にない、それが唯一できるのはアルゼンチンだけで、ブラジル、ウルグアイなどおしなべてNOだと語っていた。

    A: 「恐怖の文化」が国民を黙らせている。スペインの「エル・パイス」紙が反フランコで果たしたようなことを、チリの「エル・メルクリオ」紙は果たしていない。それは「報道の自由、映像の自由」がないからです。軍事独裁が16年間に及んだこと、民政化は名ばかりで、グスマン監督も「暗黙の恐怖が支配している。政治に携わる人たちは、今もってアジェンデの理想を裏切っている」と語っていた。

     

    B: アルゼンチンの民主主義も脆弱と言われていますが、それでも民生化3年後にルイス・プエンソが『オフィシャル・ストーリー』(86)を撮ることができた。アカデミー賞外国語映画賞を初めてアルゼンチンにもたらし、今や古典といってもいい。

    A: ルクレシア・マルテルのメタファー満載の「サルタ三部作」も軍事独裁時代の記憶をテーマにしている。ここでは深入りしませんが字幕入りで見られる映画が結構あります。

     

    B: チリでもベテランのミゲル・リティンの“Dowson Isla 10”(直訳「ドーソン島1009)アンドレス・ウッドの『マチュカ』(06)や『サンチャゴの光』(08)、若いパブロ・ララインの「ピノチェト政権三部作」**など力作がありますが、アルゼンチンには遠く及ばない。

     

    「サルタ三部作」:『沼地という名の町』(La cienaga 01)、『ラ・ニーニャ・サンタ』(La nina santa 04)、『頭のない女』(La mujer sin cabeza 08

    **「ピノチェト政権三部作」:『トニー・マネロ』(Tony Manero 08)、“Post mortem10、『NO』(12

     

           私の家族はノマドでした―移動もテーマ

     

    A: 監督は「私の家族はノマド(放浪民)」と言うように子供の時から国内をあちこち移動している。チリは旧大陸からの移民国だから彼に限ったことではないが、ラテンアメリカ映画のテーマの一つは移動です。

    B: カンヌ映画祭でカメラドールを受賞した、セサル・A・アセベドの『土と影』も移動が重要なテーマでした。

    A: 映画仲間もすこぶる国際的、デビュー作El primer año”(1972)にはフランスの友人クリス・マルケル監督のプロローグ入りだった。サンティアゴで公開されたときには、彼も馳せつけ、フランスやベルギーでの上映にも寄与してくれたし、三部作「チリの戦い」(“La batalla de Chile”)の撮影にも協力を惜しまなかった。

    B: 2012年に91歳で鬼籍入りしたが、ゴダール、アラン・レネ、ルルーシュ、アニエス・ヴァルダなどが好きなシネマニアには忘れられない監督です。

     

    A: 「チリの戦い」の編集を担当したペドロ・チャスケル1932年ドイツ)は、7歳のときチリに移民、1952年にチリ国籍を取っている。共にチリの新しい映画運動を担ったシネアスト、軍事クーデタでキューバに亡命、1983年帰国、キューバではICAICで編集や監督の仕事をしていた。

    B: 彼もノマドかな。

    A: 本作には関わっていないが、彼のドキュメンタリーというジャンルの的確な判断の手法が影響しているそうです。「クール世代」と言われる前出のアンドレス・ウッドやパブロ・ララインを育てたカルロス・フローレス・デルピノなども、チリの民主化に寄与しています。彼は1994年設立の「チリ映画学校」の生みの親、2009年まで教鞭をとっていた。

     

                不寛容と偏見に終わりはない

     

    A: 現代のチリでは、ホモセクシャルの人間に権利はないと監督、『家政婦ラケルの反乱』で大成功をおさめながらニューヨークに本拠を移したセバスチャン・シルバなどがその好例です。チリではパートナーと一緒に暮らすなどできない。それに彼は自信家でハッキリものを言うタイプだから、先輩シネアストの心証が良くないのかもしれない。

    B: ラテンビートで『マジック・マジック』と『クリスタル・フェアリー』がエントリーされたが、英語映画にシフト変更です。彼もララインの仲間ですが、現状が続くと才能流出も止まらない。

     

    A: 今ではラテンアメリカ諸国の軍事独裁政は、赤化をなんとしてでもキューバで食い止めたいCIAの指導援助の元に行われたことが明らかです。

    B: 拷問の手口が金太郎の飴だった。ベトナムで培った方法を伝授した。商社や大使館の職員に身をやつしてパナマにある養成機関で教育した。

    A: チリの「No」か「Yes」の国民投票をピノチェトに迫ったのも事態を沈静化したいCIAの思惑で行われたが、結果は逆方向になってしまいました。

     

    B: アンデス山脈を中心に第三部が作られる話が聞こえてきています。

    A: チリは有数の火山国でアンデス山系には多くの活火山がある。火口や火口湖にもデサパレシードを投棄したからじゃないか。アタカマ砂漠、太平洋、アンデス山脈、この三つに犠牲者は弔ってもらうことなく眠っています。

     

    パトリシオ・グスマン監督のキャリア&フィルモグラフィーは、前回の『光のノスタルジア』を参照してください。

     

『ミューズ・アカデミー』J・L・ゲリンの新作*東京国際映画祭2015 ②2015年10月06日 12:35

    ロカルノ映画祭の話題作は、言語についてのパッションがテーマ?

 

★日本ではビクトル・エリセのお墨付き監督ということで(実際にお弟子さん)、ゲリンを待っているコアなファンが多く、東京国際映画祭TIFFの常連さんでもある。『シルビアのいる街で』(08)のヒット以来、ドキュメンタリー『ゲスト』(10)、同『メカス×ゲリン 往復書簡』(11)と今回で4本は異例の多さではないでしょうか。『シルビアのいる街で』が20108月に公開されたのを機にイメージフォーラムで特集が組まれ、全作品が1週間にわたって上映されました。勿論ゲストとして来日、その驕らない誠実さでファンを魅了、彼がQ&Aに出席した回は満席だった。

 

★製作国はスペイン、言語はスペイン語、カタルーニャ語、イタリア語が混在、TIFFの原題がイタリア語のL’Accademia delle Museなのは、ロカルノ映画祭がワールド・プレミアだったことと思われます。スイス南部に位置するロカルノ市はイタリア語圏、IMDbが採用しているのはスペイン語題のLa academia de las musasです。英題が“The Academy of Muses”、邦題は英題のカタカナ起しといういささか込み入っています。込み入っているのは言語やタイトルだけでなく、テーマそのものらしい。これについては鑑賞後に回すとして、TIFFの作品解説からもその一端が窺えます。

 


★前回「ジャンルはドキュメンターとあるが・・・」と疑問を呈しておきましたが、道具としてドキュメンタリー手法を多用して、単純を装いながら虚実を混在させるのが好きな監督、これは紛れもなく「フィクション」です。作品解説に「バルセロナ大学哲学科。イタリア人のラファエレ・ピント教授が、ダンテの『神曲』における女神の役割を皮切りに、文学、詩、そして現実社会における〈女神論〉を講義する・・」とあるように、導入部は同大学での授業風景から始まる。ピント教授は、実際に40年前から同大学の文学教授、その他のキャスト、講義を受ける学生たちも実際のファーストネームで登場するようです。

 


★ゲリンは「とりたてて事件は起こらない」とロカルノでのインタビューで語っているが、『シルビアのいる街で』でも事件はこれと言って起こらない。偶然性やコントロール不可能なものに重きをおくゲリンは、昔の美しい恋人を求める主人公の主観的な視線と、偶然カメラが捉えてしまう客観的な視線を行ったり来たりさせた。本当にシルビアという女性がいたのかどうかは観客に委ねられた。セリフは極力抑えられ無声映画に近かったと思います。しかし新作は「言葉の力に捧げた」と、「パッションやアートについて、人生や創造について、特に詩について語った」映画だとコメントしている。

 

★哲学論の講義など、普通は退屈のあまり睡魔と闘うものだが、ここでは白熱すようだ。「その講義は自然に傾聴させる力を持ち、観客は生徒に同化する」、同化できるかどうか、試してみるのも面白いか。


『ザ・キング・オブ・ハバナ』*ラテンビート2015 ③2015年09月17日 16:17

        キングもハバナも出てこない『ザ・キング・オブ・ハバナ』

 

★間もなく開催されるサンセバスチャン映画祭正式出品映画です。そちらで少し記事をアップしておりますが(コチラ⇒84)、ラテンビート上映ということなので改めてご紹介いたします。アグスティ・ビリャロンガ監督といえば『ブラック・ブレッド』、これは「ラテンビート2011」の目玉でした。主役のフランセスク・コロメル少年が来日舞台挨拶いたしましたが、まあ子供のことですから何てことありませんでしたが。大成功以後沈黙していた監督がやっと新作を撮りました。実際のキングもハバナも登場しません。舞台背景が「石器時代に逆戻り」と言われた1990年代後半のハバナですから、キューバ・ファンの方には思い出すのも辛い時代かもしれません。キューバ映画芸術産業庁ICAICからハバナでの撮影を拒否され、セントロ・ハバナが舞台なのに撮影地はドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴです

 


El Rey de La Habana ザ・キング・オブ・ハバナ2015

製作CanalEspaña / Esencia Films(ドミニカ共和国)/ Pandora Cinema(スペイン)/ Ibermedia / Tusitara Producciones Cinematográficas(スペイン)

監督・脚本:アグスティ・ビリャロンガ

原作:ペドロ・フアン・グティエレス(同名小説)

撮影:ジョセプ・MCivit

音楽:ジョアン・バレント

編集:ラウル・ロマン

美術:アライン・オルティス

衣装:マリア・ジル

メイクアップ:ルシア・ソラナ(特殊メイク)

製作者:セリネス・トリビオ(エグゼクティブ)、ルイサ・マティエンソ

 

データスペイン=ドミニカ共和国、スペイン語、2015、キューバの作家ペドロ・フアン・グティエレスの同名小説の映画化、撮影地:ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴ、サンセバスチャン映画祭2015コンペがワールド・プレミア(925日)

 

キャスト マイコル・ダビ・トルトロ(レイナルド)、ヨルダンカ・アリオサ(マグダ)、エクトル・メディナ・バルデス(ユニスレイディ)、リェアナ・ウィルソン(フレデスビンダ)、チャネル・テレロ(ジャミレ)、ジャズ・ビラ(ラウル)他

 


                     (マグダとレイナルド、映画から)

 

プロット:少年院から逃亡した若者レイナルドの物語。いまや自由を勝ちえてロンやユーモアを取り戻したレイナルドだが、空腹と悲惨が充満しているハバナの街路を生き残りをかけて彷徨っていた。しかし同じ境遇のマグダに出会うことで、生きる希望と勇気を見出すだろう。愛とセックスと優しさ、そして若者たちに襲いかかる失望、人並みの家族をもちたいというレイナルドの意思と切望に現実のキューバ社会が立ちはだかる。果たして彼は自分を取り巻く貧困とモラルから脱出できるだろうか。(文責:管理人)

 

トレビア

★どういう経緯でハバナでなくドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴで撮影されたのか。理由は至極簡単明瞭、キューバ当局が拒絶したからです。多分ビリャロンガの脚本がお気に召さなかったのではないでしょうか。キューバの作家ペドロ・フアン・グティエレスが1999年に発表した同名小説の映画化です。原作をダイジェスト版で読んだだけ、映画はまだ見ていない段階であれこれ言うのは控えねばなりません。しかし撮影を拒否するほど内容が変わってしまっているとは思えません。ラテンビートで鑑賞後(1012日クロージング作品)再登場させるつもりです。目下は前座としてアップしておきます。

 

★原作者のペドロ・フアン・グティエレス1950年マタンサス生れ、小説家、詩人、ジャーナリスト。世間の「カリブのブコウスキー、ハバナのヘンリー・ミラー」でイメージしにくいなら、「レイナルド・アレナスのようにラディカル、ソエ・バルデス以上に攻撃的」なら、なんとなく作風が想像できるでしょうか。1998年、ハバナ三部作のTrilogia sucia de La HabanaAnclado en tierra de nadieNada que hacerSabor a mi)でデビュー、本作は長編第2作目です。第3Animal tropical2000)がスペインのアルフォンソ・ガルシア≂ラモス小説賞、第5Carne de perro2003)がイタリアの世界スール小説賞を受賞、母国より海外での評価が高い。いずれもテーマはキューバ社会の悲惨を弾劾している。そんな作家がアレナスやバルデスのように亡命することなく、セントロ・ハバナに住みつづけていられるのが不思議に思えます。 


          (自宅の屋根裏部屋からハバナ市を見渡している作家、2014年撮影)

 

★原作は200ページほどだから中編か。第三者の語り手が主人公レイナルドの視点で、サン・レオポルド地区に暮らすムラートの青年の人生を最初から最後まで語っていく。この肉など口にしたことのない若者はとりたてて美男というわけではないが、名をReinaldoまたは Rey、ある理由でEl Rey de La Habanaという渾名で呼ばれている。最下層出身の青年には王冠もなく権力もなく、あるのは空腹のみ、皮肉から付けられたキングである。まだ「ハバナのキング」の片鱗もうかがえない子供時代から物語は始まる。突然家族のすべてを失い、13歳で少年院送りとなる。そこでの大きな勝利はどんな犠牲を払ってでも同性愛者の餌食にならないことだ。命をかけて誓うが行きつく先は愛すべきゴキブリの巣窟、薄暗い独房だ。16歳で逃亡しても荒廃したハバナの街で待っているのは恐ろしい死だ。薄暗く、汚れ、疲弊した、危険な都会、これが1990年代のハバナの姿だと、語り手は章の区別もなく一気に語っていく。

 

★かなり際どいストーリーだが、これはあくまでフィクションであってドキュメンタリーではないことです。セントロ・ハバナにサン・レオポルドというバリオが実際にあるのかどうか。サン・ミゲル、サン・ラファエルなど「サン」のつくバリオは多数あるが、見落としの可能性もあるかもしれないが架空のバリオではないかと思う。レイナルドのように身寄りがなく、誰も助けてくれない、身分証明書もなく、おまけに殆ど読み書きができない若者にとって、少年院もシャバも同じかもしれない。ICAICに撮影申請と共に提出された脚本が「あまりに人種差別的、性差別的、戯画化的、捉え方も表面的で悪すぎる」として拒否されたのは、ドラマとドキュメンタリーとの混同があるように思える。これは鑑賞後に書くべきことだが、異なる文化圏の監督に自国の過去の悲惨をとやかく言われるのは看過できない、という思いがあるのかもしれない。

 

★監督によれば、この映画のアイデアは、プロデューサーのルイサ・マティエンソから「とっても気に入った小説があって映画化できないだろうか。あなたがキューバに大いに関心をもっているのを知ってるので」とコメントを求められたことから始まった。原作を読み、とても興奮したので、デビュー作“Trilogia sucia de La Habana”も読んだ。映画化に向けて作者のペドロ・フアン・グティエレスとも話し合い、脚本は自分一人で書くことに決めた。ハバナでキャスティングも行い、おおまかなロケ地の撮影もしたうえで、舞台は当然セントロ・ハバナなのだからと撮影許可を申請したが通らなかったということです。それでドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴに変更、結果的にはそれが正解だったという。

 

★製作過程はかなり複雑だったようですが、最初はドミニカ共和国での撮影は恐怖だったと語る。何故なら限られた製作費で、比較にならないほど豊かな国ドミニカ共和国の首都で90年代のハバナを再現できるかどうか心配だったのだ。しかし豊かな国でも光と影はつきもので杞憂に過ぎなかったのだが、驚いたのはこの国の若いシネアストたちのレベルの高さだったという。ICAICの意向も分からなくもないが、やはり異国からの「旅人の視線」を忘れないで欲しかったと思う。

 


   (左から、マイコル・ダビ、監督、ヨルダンカ・アリオサ、サント・ドミンゴにて)

 

★ラテンビートで上映される時には、サンセバスチャンの受賞結果が分かっています。今年はスペイン語作品ノミネーションは6作と多いのですが、2年連続でスペイン語映画が金貝賞を受賞しているので微妙です。サンセバスチャン映画祭のワールド・プレミアから間をおかず、こうして日本で上映されるのは本当に珍しいことです。金貝賞以外でも何かの賞に絡めば、『ブラック・ブレッド』同様、公開が期待できるかもしれません。後は鑑賞着に書くことにして、今はこれくらいにしておきます。