ロドリゴ・プリエトの『ペドロ・パラモ』④*キャスト紹介 ― 2024年12月04日 13:09
PG13では撮れなかった『ペドロ・パラモ』
★メキシコで『ペドロ・パラモ』を読むのは大体高校生から、早い子供で中学生くらいから手にする。ネットフリックスからプリエト監督にオファーがきたときは「PG13」だった(担当者は原作を読んでいない?)。それでは殺人、近親相姦、ヌードは撮れない。R指定を条件に引き受けたと監督。こうしてスサナ・サン・フアンを演じたイルセ・サラスのヌードが可能になったようです。
★ハリスコ州の架空の田舎町コマラを舞台に、20世紀初頭に起きたメキシコ革命とクリステロ反乱を時代背景にした『ペドロ・パラモ』のキャスト・プロフィール、並びに各登場人物の立ち位置を含めてアップします。映画では採用されなかった語り手の重要なモノローグ、コマラは「去る人には上り坂、来る人には下り坂」(断片1)の町、閉じ込められてもがく人、不幸を予感しながら再び戻る人も描かれる。
マヌエル・ガルシア=ルルフォ(ペドロ・パラモ役)
1981年グアダラハラ生れ。初期にはアメリカ映画出演が多いので、ネットフリックス配信を含めると字幕入りで鑑賞できる作品多数。黒澤明の『七人の侍』他のリメイク版『マグニフィセント・セブン』(米、16)、ケネス・ブラナーの『オリエント急行殺人事件』(17)、トム・ハンクスと共演した『オットーという男』(21)、『スイートガール』(21)、最近公開されたカルロス・サウラの『情熱の王国』(西=メキシコ合作、21)で演出家マヌエルを主演、メキシコのマノロ・カーロの『巣窟の祭典』(24)と本作でも主演している。
★ペドロ・パラモ:コマラの繁栄と没落を象徴する権力者にして渇望と絶望の語り手、男性性の賛美、言葉による妻への暴力、家父長制主義の加害者にして犠牲者。荒んだペドロの唯一の救いだったスサナ・サン・フアンへの不毛の愛、彼はスサナを迎え入れるために絶大な権力を求めるが、彼女がどういう世界に住んでいたかを永遠に理解できない不幸な孤独者。ペドロはギリシャ語の pétros「石」より派生、パラモは「荒地」を意味する。
(ペドロ・パラモ役のマヌエル・ガルシア=ルルフォ)
テノッチ・ウエルタ・メヒア(フアン・プレシアド役、ペドロの息子)
1981年メヒコ州エカテペック生れ、ガエル・ガルシア・ベルナルの『太陽のかけら』(07)、キャリー・フクナガの『闇の列車、光の旅』(09)、エベラルド・ゴウト『クライム・シティ』(11)に主演、エドゥビヘス役のドロレス・エレディアと共演、スペインのマヌエル・マルティン・クエンカの『小説家として』(17)、ベルナルド・アレジャノのホラー『闇に住むもの』(20)、ライアン・サラゴサのホラ―『マードレス、闇に潜む声』(21,米)、再びゴウトに起用されサスペンス・ホラー『フォーエバー・パージ』(21)、ライアン・クーグラーの『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(22)ではタロカン帝国の王に扮した。公開こそされなかったが、東京国際映画祭2014で上映されたアロンソ・ルイスパラシオスのデビュー作『グエロス』に主演、監督夫人であるイルセ・サラスと共演している。本作では出会うことはなかったが父親役のマヌエル・ガルシア=ルルフォと同じ年に生まれている。かつて交際していたマリア・エレナ・リオスへの性的暴行疑惑という残念なニュースも浮上している。
*『グエロス』の作品紹介は、コチラ⇒2014年10月03日
★フアン・プレシアド:前半の主な語り手、ペドロとドロリータスの息子、赤ん坊のときメディア・ルナを母親と去り、母との約束により父親から略奪された財産の代償を求めるという希望をもって、下るべきでない坂を下りて来る。やがてフアンは、権力と富への渇望が痛みと絶望の遺産を残した父親の正体に近づいていく。幻視と幻聴に悩まされ死者と交流するうち、自分が生きてるのか死んでるのか分からず、やがて絶望に至る。彼の罪は幻を求めて故郷を離れて坂を下ったことである。
(フアン・プレシアド役のテノッチ・ウエルタ)
ドロレス・エレディア(エドゥビヘス・ディアダ)
1966年、バハ・カリフォルニア・スル州の州都ラパス生れ、UNAMで演劇を学んだ本格派、1990年デビューしている。アレハンドロ・スプリンガル「Santitos」で、アミアンFF1999、カルタヘナFF2000の女優賞を受賞、カルロス・キュアロン『ルド and クルシ』(08)でルド&クルシ兄弟の母親役を演じた。ロドリゴ・プラがキルケゴールの日記にインスパイアされた「Decierto adentro」(仮訳「内なる砂漠」)でグアダラハラFF2008で主演女優賞を受賞した。クリス・ワイツ『明日を継ぐために』(11)、テノッチ・ウエルタと共演した『クライム・シティ』、エイドリアン・グランバーグの『キック・オーバー』(11)、カール・フランクリン『ウルティマ、ぼくに大地の教えを』(13)、ラシッド・ブシャールの『贖罪の街』(14)はフランス映画『暗黒街の二人』のリメイク版、アレハンドラ・マルケス・アベジャ『虚栄の果て』(22)、GGベルナルの監督2作めシリアスコメディ「Chicuarotes」(19)などTVシリーズ出演も含めて国際的に活躍している。ネット配信中の作品もあるが、受賞歴のある作品は見られない。
*「Chicuarotes」の作品紹介は、コチラ⇒2019年05月13日
★エドゥビヘス・ディアダ:コマラで売春宿を兼ねたバルを営んでいた女性、フアンの母ドロリータスの親友。パラモ家の管理人フルゴルに部屋の鍵を渡したことで、図らずも殺人に手を貸してしまう。神の許しを得るために善行を積んだが、耐えきれなくて自ら命をたつ。姉マリアが死後の救済をレンテリア神父に頼むが拒まれ、まだ此の世をさまよって死者と交流する。
(エドゥビヘス役のドロレス・エレディア)
イルセ・サラス(スサナ・サン・フアン)
1981年メキシコシティ生れ、映画、TV 、舞台女優。国立演劇学校で演技を学ぶ。夫のアロンソ・ルイスパラシオスの『グエロス』でテノッチ・ウエルタと共演、アレハンドラ・マルケス・アベジャの『グッド・ワイフ』に主演、既にキャリア紹介をしています。
*『グッド・ワイフ』での紹介記事は、コチラ⇒2019年04月14日
★スサナ・サン・フアン:ペドロのこども時代からの憧れの人であり、彼が愛した唯一人の女性。肺結核を患っていた母親の死後、父バルトロメ・サン・フアンとコマラを去る。革命前夜、母親の葬儀に誰一人として弔問に訪れなかった大嫌いなコマラに戻ってくる。父親との理不尽な性的関係で死後の救済を諦めている。神父も父も共に「パードレ」、パードレはスサナにとって権力者の象徴である。父とのトラウマ克服のため狂気の世界に逃げ込んでフロレンシオという謎の夫をつくりだしている。トラウマによる想像が記憶となっている。フアンの墓の近くに埋葬されており、二人は死後の世界で繋がっている。
(狂気の世界に安住を求めるスサナ・サン・フアン)
エクトル・コツィファキス(フルゴル・セダノ、パラモ家の管理人)
1971年コアウイラ州トレオン生れ、映画、TV ,舞台俳優。UNAMの演劇学校であるCUT(大学演劇センター、1962年設立)で学ぶ(1996~2000)。TVシリーズ出演が多いが、主な代表作はルイス・エストラダの『メキシコ 地獄の抗争』(10)、ダビ・ミチャンのアクションドラマ「Reacciones adversas」(11)で主演、ディエゴ・コーエンのホラー「Luna de miel」(15)で主演、ベト・ゴメスのコメディ「Me gusta, pero me asusta」(17)と「Bendita Suegra」(23)、ナッシュ・エドガートンのダークコメディ『グリンゴ最強の悪運男』(18)、アレハンドロ・イダルゴのホラー「El exorcismo de Dios」とアクション、ホラー、コメディとこなす。TVシリーズ『ナルコス メキシコ編』に出演している。
★フルゴル・セダノ:先代ルカス・パラモ以来の未婚の管理人、ペドロに代替わりしたとき54歳と年齢が分かる悪徳管理人。借金地獄のペドロを大地主にした立役者。彼の視点は重みがある。ペドロの指示によって不動産鑑定士トリビオ・アルドルテをエドゥビヘスの店で縛り首にして殺害する。しかしペドロの土地を貰いに来たという革命軍のリーダーにあっさり射殺される。ペドロからは「役に立つ男だったが、もう老いぼれの用なし」と一顧だにされなかった。
(フルゴル・セダノ役のエクトル・コツィファキス)
ロベルト・ソサ(レンテリア神父役)
1970年メキシコシティ生れ、俳優、TVシリーズのを監督を手掛けている。1976年に子役としてスタートを切り、TVシリーズ、短編含めると166作に出演。代表作は、セバスティアン・デル・アモのヒット作、ガリシア生れながらキューバに渡り、後にメキシコにやって来てB級映画の巨匠になるフアン・オロルの伝記映画「El fantástico mundo de Juan Orol」に主役を演じ、アリエル賞2013主演男優賞、ACE賞2014主演男優賞、ドン・ルイス映画祭2013男優賞などを受賞、アレックス・コックスの「El patrullero」(日本との合作、『PNDCエル・パトレイロ』1993公開)でサンセバスチャン映画祭1992男優賞、フランシスコ・アティエの「Lolo」でシカゴ映画祭1993男優賞、他受賞歴多数。
★レンテリア神父:コマラの町の唯一人の神父。神父としての誓いを果たせるという希望をもっていたが、ペドロの金貨に負けて彼の愚息ミゲルに祝福を与えてしまう。反対に自死したエドゥビヘスには与えない。父親をミゲルに殺されたうえ、レイプされた姪と暮らしている。クリステロ内戦では反乱軍に身を投じる。本作はメキシコにおける来世に関する一連の信仰を探求しており、彼のモノローグは重要である。
(レンテリア神父役のロベルト・ソサ)
マイラ・バタジャ(ダミアナ・シスネロス役)
1990年メキシコシティ生れ、女優、短編だが脚本を執筆している。2021年タティアナ・ウエソのデビュー作、もらえる賞をすべて制覇したという問題作「Noche de fuego」で、アリエル賞2022助演女優賞、ソニア・セバスティアンの短編「Above the Desert with No Name」(23、17分)で、ロスアンゼルス映画賞2024女優賞を受賞している。TVシリーズのダークコメディ「El Mantequilla」(23,8話)では女刑事に扮する。これからが楽しみな女優の一人。
*「Noche de fuego」の作品紹介は、コチラ⇒2021年08月19日
★ダミアナ・シスネロス:メディア・ルナのパラモ家の女中頭、赤ん坊のフアン・プレシアドを一時育てていた。コマラに戻って来たフアンをメディア・ルナから迎えに来る。ペドロをあの世に招き入れる女性でもある。原作と映画の違いの一つは、原作に登場するサン・フアン家の女中、フスティナ・ディアスを省いていることです。彼女は父娘とずっと行を共にしていて、スサナの育ての親でもあった。メディア・ルナで狂気のスサナを介護していたのは、映画のようにダミアナでなくフスティナである。ジャンルが違うのですから、この程度の変更は問題ありませんが、二人は同じ女中でも本質が異なる。フスティナも幻聴に怯えているが、ダミアナのように生死の境を超えられるわけではない。
(ダミアナ・シスネロス役のマイラ・バタジャ)
ジョバンナ・サカリアス(ドロテア〈ラ・クアラカ〉)
1976年メキシコシティ生れ、女優、監督。19歳のときクラシックバレエを止め演劇を学び始め、舞台女優としてスタートする。2001年ハイメ・ウンベルト・エルモシージョの「Escrito en el cuerpo de la noche」で映画デビュー。代表作は、2018年アレハンドロ・スプリンガルのウエスタン「Sonora」で主演、ドロレス・エレディアと共演、揃ってアリエル賞にノミネートされた。マーティン・キャンベルの『レジェンド・オブ・ゾロ』(25)でバンデラスと共演、ウォルター・サレスの『オン・ザ・ロード』(12)、ブレッド・ドノフー他「Salvation」でロスアンゼルス映画祭2013の女優賞を受賞している。監督作品としては、2015年コメディ「Ramona」(10分)でアリエル賞2013短編賞、2020年長編デビュー作「Escuela para Seductores」がある。
★ドロテア〈ラ・クアラカ〉:コマラにたどり着いたフアンにエドゥビヘスの店を教える語り手。産んでもいない赤ん坊を探してコマラをうろついている。神父は天国の門は閉じられているが、主は許されると諭す。教会の広場で倒れていたフアン・プレシアドを葬り、自分も一緒の墓に眠っており、フアンの語りを聞く。施し物欲しさにミゲル・パラモに売春斡旋をしていた罪人、ミゲル亡き後、神父に懺悔する。
(ドロテア役のジョバンナ・サカリアス)
イシュベル・バウティスタ(ドロレス・プレシアド)
1994年メキシコシティ生れ、ベラクルサナ大学演劇学部卒、国立美術館演技賞受賞、2018年バニ・コシュヌーディの「Luciernagas」で映画デビュー、2023年ルイス・アレハンドロ・レムスの「El sapo de cristal」でノエ・エルナンデスと共演、TVシリーズでは征服者エルナン・コルテスを主人公にした歴史時代劇「Hernan」(8話、19)にマリンチェ役で出演している。
★ドロレス・プレシアド、ドロリータス:メディア・ルナの女あるじ、ペドロの最初の妻、フアンの母親。借金を帳消しにするためのペドロの求婚を愛と錯覚して全財産を失う。夫の言葉によるDVに耐えかね、コリマにいる姉を頼ってコマラを去り、再び戻ることができなかった。露の滴る緑豊かなコマラを息子に言い残して失意のうちに旅立つ。
(ドロリータス役のイシュベル・バウティスタ)
ノエ・エルナンデス(アブンディオ・マルティネス、ペドロの息子)
1969年イダルゴ生れ、アリエル賞主演男優賞を4回受賞するなど受賞歴多数。ホルヘ・ペレス・ソラノの「La tirisia」(14)、ガブリエル・リプスタインの『600マイルズ』(15)、セルヒオ・ウマンスキー・ブレナーの「Eight Out of Ten」(18)、2020年に製作されたヘラルド・ナランホの「Kokoloko」が大分遅れて今年受賞した他、トライベッカ映画祭2020主演男優賞も受賞している。2018年グアダラハラ映画祭のメスカル賞を受賞している。脇役だが東京国際映画祭2015で上映されたロドリゴ・プラの『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』、ラテンビートFF2011で上映されたヘラルド・ナランホの『MISS BALA/銃弾』に出演している。父親ペドロを演じたマヌエル・ガルシア=ルルフォより一回りも年上ということもあって、個人的にはキャスティングに違和感があった。
★アブンディオ・マルティネス:ペドロが認知しない大勢の私生児の一人、ロバ追いを生業とする。フアンをコマラに案内する。主な出番は最初と最後に現れるだけと少ないが、父親を殺害する重要人物、事故で耳が不自由になる設定は何を意味するか。アブンディオの造形は、短編集『燃える平原』収録の「コマドレス坂」のレミヒオ・トリコ殺しの語り手を彷彿とさせ、彼の原型は短編にある。
(アブンディオ・マルティネス役のノエ・エルナンデス右)
サンティアゴ・コロレス(ミゲル・パラモ)
TVシリーズ、チャバ・カルタスの「El gallo de oro」(23~24、20話)レミヒオ役で18話に出演。本作で映画デビューを果たした。
★ミゲル・パラモ:ペドロが気まぐれで認知した息子、母親はお産で亡くなる。愛馬コロラドに振り落とされて17歳で死去。レンテリア神父の兄弟を殺害、レイプ魔と父親の悪の部分を受け継いだ愚息。
(マルガリータ、ダミアナ・シスネロス、ミゲル・パラモ)
★その他、スサナの父親バルトロメ・サン・フアン役のアリ・ブリックマン(チアパス州1975)は俳優、作曲家、代表作はマリアナ・チェニーリョのコメディ「Todo lo invisible」(20)で、主演、音楽、脚本も監督と共同執筆している。同監督のヒット作「Cinco dias sin Nora」にも出演、本作はアリエル賞2010作品賞以下を独占した。フアンの死の恐怖がつくりだした幻覚と思われるドニスの妹役のヨシラ・エスカルレガ(1995)は、アマゾンプライムで配信が開始されたばかりの『戦慄ダイアリー 屋根裏の秘密』に出演している。ペドロの祖母を演じたフリエタ・エグロラは、娘ナタリア・ベリスタインが監督した『ざわめき』(22)に主演している。ネットフリックスで配信されている。古くはアルトゥーロ・リプスタインの『深紅の愛』に出演している。
(穴だけの母親の写真を見つめるフアン・プレシアド)
(コマラを去るサン・フアン父娘を見送るペドロ・パラモ)
(エドゥビヘスに初夜の務めを頼むドロリータス)
(レンテリア神父にミゲルの許しを金貨で支払うペドロ)
(レンテリア神父の姪アナ)
(スサナのメディア・ルナ到着を待つペドロとダミアナ)
(スサナとレンテリア神父)
ミシェル・フランコの最新作「Memory」*ベネチア映画祭2023 ― 2024年07月08日 11:24
ジェシカ・チャステイン主演の傷ついたラブストーリー「Memory」
★昨年の第80回ベネチア映画祭2023の記事など今更の感無きにしも非ずですが、メキシコの監督ミシェル・フランコの長編8作目「Memory」の紹介です。主演がジェシカ・チャステインとピーター・サースガードということですから言語は英語です。若年性認知症を患っている主人公を演じたサースガードがベネチアの男優賞ヴォルピ杯を受賞しています。ベネチアにはサースガードと結婚した女優で2021年に『ロスト・ドーター』で監督デビューも果たしたマギー・ジレンホール(英語読みギレンホール)も出席していた。
(左から、ミシェル・フランコ監督、ジェシカ・チャステイン、
ピーター・サースガード、ベネチア映画祭2023フォトコール)
★第77回ベネチア映画祭2020で銀獅子審査員グランプリ受賞の「Nuevo orden」(20、『ニューオーダー』公開)以来、フランコ映画は記事にしておりませんでした。翌2021年、同じベネチアFFにノミネートされた7作目「Sundown」(メキシコ・スイス・スウェーデン)は、舞台をメキシコのアカプルコに設定していますが、キャストはティム・ロスとシャルロット・ゲンズブール、言語は英語とスペイン語でした。メキシコのイアスア・ラリオスがベレニス役で共演していました。ラリオスは最近発表になったアリエル賞2024で最多ノミネーション15部門のリラ・アビレスの「Tótem」に出演している演技派女優、TVシリーズ出演が多そうで受賞歴はありませんが、ポストプロダクションで主役に起用されている映画が目白押しで将来が楽しみです。
*6作目『ニューオーダー』(20)の紹介記事は、コチラ⇒2022年06月13日
*「Tótem」(23)の作品紹介は、コチラ⇒2023年08月31日
★ミシェル・フランコ(メキシコシティ1979)の主なキャリア&フィルモグラフィー紹介は、以下にアップしております。監督にとどまらず制作会社「Teoréma」を設立して、プロデューサーとしてラテンアメリカ諸国(ロレンソ・ビガスの『彼方から』『箱』など)や独立系の米国映画(ソフィア・コッポラの『オン・ザ・ロック』など)に出資して映画産業の発展に寄与しています。
*4作目『ある終焉』(16)は、コチラ⇒2016年06月15日/同月18日
*5作目『母という名の女』(17)は、コチラ⇒2017年05月08日
「Memory」
製作:High Frequency Entertainment / Teoréma / Case Study Films / MUBI /
Screen Capital / The Match Factory
監督・脚本:ミシェル・フランコ
撮影:イヴ・カペ
編集:オスカル・フィゲロア、ミシェル・フランコ
キャスティング:スーザン・ショップメーカー
プロダクションデザイン:クラウディオ・ラミレス・カステリ
製作者:エレンディラ・ヌニェス・ラリオス、ミシェル・フランコ、ダンカン・モンゴメリー、アレックス・オルロフスキー
データ:製作国メキシコ、米国、2023年、英語、ドラマ、103分、撮影地ニューヨーク、公開米国、イギリス、アイルランド、イタリア、トルコ、ポーランド、ドイツ、フランス、スペイン、ポルトガル、デンマーク、スウェーデンなど多数
映画祭・受賞歴:第80回ベネチア映画祭2023コンペティション部門ノミネート、男優賞ヴォルピ杯受賞(ピーター・サースガード)、キャスティング・ソサエティ・オブ・アメリカ(キャスティング賞スーザン・ショップメーカー)、トロントFF、チューリッヒFF、シカゴFF、モレリアFF、ほかBFIロンドン、シンガポール、シドニー、各映画祭で上映されてる。
キャスト:ジェシカ・チャステイン(シルビア)、ピーター・サースガード(ソール・シャピロ)、メリット・ウェヴァー(シルビアの姉妹オリビア)、ジェシカ・ハーパー(シルビアの母親サマンサ)、ブルック・ティムバー(シルビアの娘アンナ)、ジョシュ・チャールズ(ソールの兄弟アイザック)、エルシー・フィッシャー(サラ)、他多数
ストーリー:シルビアとソールの物語。シルビアは10代の娘を育てているシングルマザー、ソーシャルワーカーとして忙しい毎日を送っている。克服しようとしているアルコール依存症は、幼少期の虐待の結果による。姉妹のオリビアとは関係を保っているが、母親サマンサとは疎遠になっている。ソールは最近妻を亡くして兄アイザックと暮らしている。記憶が少しずつあいまいになっていく若年性認知症に直面して落胆の日々を過ごしている。シルビアは高校の同窓会の帰途、先輩だったソールにストーカーされる。シルビアはかつて彼女をレイプしようとした少年たちの一人と間違える。二人の漂流者の意外な出会いは、シルビアの日常生活に混乱を生じさせてくる。多くの記憶を覚えている人と記憶を忘れ始めている人のあいだのラブストリー。
(ジェシカ・チャステインとピーター・サースガード、フレームから)
「チャステインはハリウッドでもっとも輝いている女優」と監督
★記憶に優れている人とすべてを忘れてしまう人との間の愛は不可能な物語になるが、その行きすぎた世界観に誠実に向き合う。最初の出会いの一連の不幸は、直ぐに誤解であることが分かる。トラウマに囚われている男と女をテーマを撮りつづけている監督にとって、それだけでは充分ではないでしょう。監督は登場人物の立ち位置を外見が異なるだけの社会的文脈に設定し、彼らの出会いにある一定の意味を与えて、心の傷を掘り下げ癒すのではなく、反対にトラウマを追加していく。
(シルビアとソール、フレームから)
★インタビューでジェシカ・チャステイン起用の理由を質問された監督は、「チャステインが今ハリウッドでもっとも輝いている女優だから」と応じている。彼女が相手役ソールにピーター・サースガードを推薦したそうで、本作が二人の初共演の由。ジェシカ・チャステインは1977年カリフォルニア州サクラメント生れ、女優、製作者。キャスリン・ビグローの『ゼロ・ダーク・サーティ』(12)主演でゴールデングローブ賞を受賞、製作も兼ねたマイケル・ショウォルターの『タミー・フェイの瞳』(21)でアカデミー主演女優賞を受賞している。
★女性の権利を守る活動家でもあり、映画で語られる現実とかけ離れた女性像に落胆しているフェミニスト。昨年、全米映画俳優組合のストライキ中にベネチア映画祭に出席するに際し、かなり躊躇した由。組合員がストライキ中に過去現在にかかわらず「出演した映画の宣伝をすることは禁じられている」からです。しかし本作が資金不足のインディペンデント映画であったことで了解されたという。というわけで「SAG-AFTRA ON STRIKE」*とプリントされたTシャツを着てフォトコールに出席した。
*SAG-AFTRA(サグ・アフトラ)映画俳優組合・米テレビ・ラジオ芸術家連盟、米国の労働組合。
(ジェシカ・チャステイン、ベネチア映画祭2023、9月8日、フォトコール)
★ピーター・サースガードは、1971年イリノイ州ベルビル生れ、俳優。ビリー・レイの『ニュースの天才』(03)で全米映画批評家協会助演男優賞受賞、サム・メンデスの『ジャーヘッド』(05)、イギリス映画でロネ・シェルフィグの『17歳の肖像』(09)、ロバート・F・ケネディに扮したパブロ・ララインの『ジャッキー/ファーストレディ』(16)、他ヴィーナ・スードの『冷たい噓』(20)に主演、上述したように妻マギー・ジレンホールが監督デビューした『ロスト・ドーター』にも出演、本作でジレンホールがベネチア映画祭2021の脚本賞を受賞しており、夫妻にとってベネチアは幸運を呼ぶ映画祭となった。『ジャーヘッド』で共演したジェイク・ギレンホールは義弟になる。
(マギー・ジレンホールとピーター・サースガード、ベネチア映画祭2023)
(ヴォルピ杯のピーター・サースガード、同映画祭授賞式)
★スタッフ紹介:メキシコ・サイドの製作者エレンディラ・ヌニェス・ラリオスは、フランコと一緒に『ニューオーダー』、ソフィア・コッポラの『オン・ザ・ロック』や、サンセバスチャンFF2023 オリソンテス・ラティノス部門にノミネートされた、ダビ・ソナナの「Heroico / Heroic」を手掛けている。米国のダンカン・モンゴメリーは、チャーリー・マクダウェルの『運命のイタズラ』(22)、サンセバスチャン映画祭2015で監督のピーター・ソレットがセバスティアン賞を受賞した『ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気』(15)などが字幕入りで鑑賞できる。
(右2人目がエレンディラ・ヌニェス、右端は映画祭ディレクターの
ダニエラ・ミシェル、モレリア映画祭2023フォトコール)
★フランコが信頼して撮影を任せているのがイヴ・カペ、1960年ベルギー生れ、フランコ映画では『ある終焉』、『母という名の女』、『ニューオーダー』、「Sundown」と連続してタッグを組んでいる。公開作品が多いフランス、ベルギー映画では、レオス・カラックスの『ホーリー・モーターズ』(12)を筆頭に、時系列に列挙するとマルタン・プロボの『ヴィオレット ある作家の肖像』(13)、『ルージュの手紙』(17)、セドリック・カーンのコメディ『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』(19)、エマニュエル・ベルコの『愛する人に伝える言葉』(22)などがある。
映画国民賞2024に製作者マリア・サモラ*スペイン映画賞 ― 2024年06月16日 14:45
2024年の映画国民賞はヒット作を連発しているマリア・サモラが受賞
(インディペンデント映画製作者マリア・サモラの近影)
★今年の映画国民賞は、インディペンデント映画製作者マリア・サモラ(バレンシア1976)が受賞することになりました。映画国民賞の選考母体は文化スポーツ教育省で、副賞は30,000ユーロと控えめですが、毎年一人という名誉ある賞です。ほかにスポーツ、文学、科学など各分野ごとに選ばれます。映画部門の審査員は文化省とスペイン映画アカデミーなどで構成されます。基本的に年齢に拘らず、前年に活躍した人から選ばれることが多い。
★今年の受賞者は、昨年の受賞者カルラ・シモンの「Alcarràs」(22)やハイオネ・カンボルダがガリシア語で撮った「O corno」(23)などを手掛けています。前者でベルリン映画祭金熊賞を受賞した初のスペイン女性プロデューサーとなりました。後者はサンセバスチャン映画祭で金貝賞を受賞、製作者でもあったカンボルダ監督、もう一人の製作者アンドレア・バスケスの3人で喜びを分かち合いました。本作は東京国際映画祭2023ワールド・フォーカス部門バスク映画特集で『ライ麦のツノ』として上映されました。
*映画国民賞の授与式は、第72回サンセバスチャン映画祭2024の開催中に行われ、プレゼンターは選考母体である文化省の大臣です。
(金熊賞受賞のマリア・サモラとカルラ・シモン、ベルリン映画祭2022ガラ)
(金貝賞受賞のマリア・サモラ、サンセバスチャンFF2023、プレス会見)
★授賞理由は、マリア・サモラは「国際市場におけるスペインの独立系映画の存在感を高め、感受性豊かで多様性のある視点に影響を与えている」こと、「サンセバスチャン映画祭で金貝賞を受賞し、2024年のゴヤ賞で8部門ノミネートされた複数の作品」を手掛けたことを挙げている。複数の作品の一つが『ライ麦のツノ』(新人女優賞受賞ジャネット・ノバス)、ほかにアルバロ・ガゴの「Matria」(新人監督・主演女優賞)やエレナ・マルティン・ヒメノがガウディ賞を制覇するもゴヤ賞はノミネートに終わった「Creatura」(監督・助演男優・助演女優・新人女優賞)などが含まれます。
★審査員は以前から危険を顧みずに無名のプロジェクトに支援を続ける独立系の制作会社に光を与えたいと考えていたようでした。それも監督や俳優のように常に脚光を浴びる存在ではなく、縁の下の力持ちである製作者を選びたかったそうです。というのも製作者が選ばれたのは2018年、アルモドバル兄弟が設立した「エル・デセオ」のエステス・ガルシアまで遡る必要があったからです。彼女が女性プロデューサーの初の受賞者でした。
*エステル・ガルシアの紹介&授与式の記事は、コチラ⇒2018年09月17日/09月26日
★マリア・サモラは、1976年バレンシア生れの47歳、プロデューサー。バレンシア大学で企業経営と運営管理を専攻、視聴覚制作管理の修士号を取得した。2000年、バレンシアのテレビ局チャンネル9(現チャンネルNou)でキャリアをスタートさせる。2001年、マドリードに移り、アバロン・プロダクションのプログラム・アシスタント、プロデューサーとして働く。2007年5月、アバロンPCの創設メンバーとなり、エグゼクティブディレクターとなる(~2021)。
★初期には、ダニエル・サンチェス・アレバロ(04「Física II」)、ダビ・プラネル(05「Ponys」)、ベアトリス・サンチス(08「La clase」、10「La otra mitad」)、カルラ・シモン(19「Después también」)などの短編を手掛けている。その後ダビ・プラネルの「La vergünza」、ベアトリス・サンチスの「Todos están muertos」、カルラ・シモンの『悲しみに、こんにちは』などの長編で成功をおさめている。
★2021年にアバロンPCを退社、エンリケ・コスタ(アバロンの配給会社兼パートナー)とエラスティカ・フィルム Elastica Films を設立、独立系の主に女性監督の映画を手掛ける。その1作目がカルラ・シモンの「Alcarràs」で、幸先よくベルリンの金熊賞を受賞する。続いてカンボルタの『ライ麦のツノ』、アルバロ・ガゴのデビュー作「Matria」、エレナ・マルティン・ヒメノの「Creatura」と先述した通りの快進撃、今年から来年にかけて、話題作が目白押しである。シモンの3作目「Romería」は撮影も終わり、ロドリゴ・ソロゴジェンのパートナーで『おもかげ』に主演したマルタ・ニエトを監督として長編デビューさせるようです。
★マリア・サモラはインタビューで「製作する映画を選ぶ理由は常に同じとは限りません。脚本だけに拘るわけではないのです。しかし決して安易な決定ではなく、それらがありきたりでなく語られるに値するストーリーのあることが決め手です。自分にインパクトをあたえたり共鳴したりするプロジェクトであれば、興味を持ってくれる人が増えるのではないかと思っているからです」と語っている。一例としてカルラ・シモンの『悲しみに、こんにちは』を挙げている。本作のメインのプロデューサーは、バレリー・デルピエールでしたが、サモラも共同プロデューサーとして参画しています。脚本の要約を読んだとき「嘘が微塵もなかったことに感銘を受けました。瞬時に共感できる真実があり、まさにそれは純金でした」と、エルパイスのインタービューに応えている。
★サモラは長いあいだ女性監督とタッグを組んできた理由として、「男女間の平等の欠如を懸念していた時期があり、そのことが女性監督をサポートしてきた理由」であることを認めている。これからは「多様性に焦点を当てて、新しいジャンル、新しい視点、あまり馴染みがない、自分にとって居心地がよくない場所から語られる物語も探求したい。しかし、それは挑戦です」と。まだ公表できる段階ではないが、3つのプロジェクトが進行中ということでした。
★審査員の紹介:審査委員長はイグナシ・カモス・ビクトリア(ICAA映画視聴覚芸術研究所長官)、カミロ・バスケス・ベリョ(ICAA副長官)、理事としてフアン・ビセンテ・コルドバ・ナバルポトロ(スペイン映画アカデミー代表)、ジョセップ・ガテル・カストロ(視聴覚メディア著者文学代表)、ダニエル・グラオ・バリョ(俳優組合代表)、パウラ・パラシオス・カスターニョ(CIMAスペイン女性映画製作者協会代表)、ICAA理事デシレ・デ・フェス・マルティン、スサナ・エレラス・カサド、アリアドナ・コルテス・プリオ、前年の受賞者カルラ・シモンの10名です。
◎フィルモグラフィー(邦題、監督名、短編・TVシリーズは除く)
2008「Acné」『アクネACNE』フェデリコ・ベイロ(ハバナ映画祭新人監督賞)
2009「La vergünza」ダビ・プラネル(マラガ映画祭2009金のビスナガ賞)
2009「La mujer sin piano」ハビエル・レボーリョ(サンセバスチャン映画祭銀貝監督賞)
2010「Un lugar lejano」ジョセップ・ノボア
2011「La cara oculta」『ヒドゥン・フェイス』アンドレス・バイス
2012「Mapa」(ドキュメンタリー)エリアス・レオン・シミニアニ
(セビーリャ・ヨーロッパ映画祭ドキュメンタリー賞)
2014「Todos están muertos」ベアトリス・サンチス
(マラガ映画祭銀のビスナガ審査員特別賞)
2016「María ( y los demás)」『マリアとその家族』共同プロデューサー、ネリー・レゲラ
(メストレ・マテオ賞)
2017「Verano 1993」『悲しみに、こんにちは』エグゼクティブディレクター、
カルラ・シモン (ベルリン映画祭新人監督賞)
2017「Amar」『禁じられた二人』
エステバン・クレスポ&マリオ・フェルナンデス・アロンソ
2018「Apuntes para una pelícla de atracos」(ドキュメンタリー)
エリアス・レオン・シミニアニ
2019「Los días que vendrán」カルロス・マルケス≂マルセ(マラガ映画祭金のビスナガ賞)
2019「My Mexican Bretzel」『メキシカン・プレッツェル』(ドキュメンタリー)
ヌリア・ヒメネス・ロラング
2021「Libertad」『リベルタード』クララ・ロケ&エドゥアルド・ソラ(ゴヤ新人監督賞)
*以下はElastica Films エラスティカ・フィルム製作
2022「Alcarràs」カルラ・シモン
2022「Qué hicimos mal」リリアナ・トーレス
2023「Matria」アルバロ・ガゴ
2023「Creatura」エレナ・マルティン・ヒメノ
2023「O corno」『ライ麦のツノ』ハイオネ・カンボルダ
2024「Polvo serás」カルロス・マルケス≂マルセ
*プレ&ポストプロダクション
2025「Romería」プレプロダクション、カルラ・シモン3作目
「Hildegart」ポストプロダクション、パウラ・オルティス、「La novia」(15)の監督
「Las madres no」同上、マル・コル、2009年『家族との3日間』で長編デビュー
「La mitad de Ana」同上、マルタ・ニエト、短編「Son」(22)に続く長編デビュー作
◎関連記事・管理人覚え◎
*『ライ麦のツノ』の作品紹介記事は、コチラ⇒2023年07月17日
*「Creatura」の作品紹介記事は、コチラ⇒2023年05月22日
*「Matria」の作品紹介記事は、コチラ⇒2023年03月08日
*「Alcarràs」の作品紹介記事は、コチラ⇒2022年01月27日
*『リベルタード』の作品紹介記事は、コチラ⇒2021年10月12日
*『メキシカン・プレッツェル』の作品紹介記事は、コチラ⇒2020年09月14日
*「Los días que vendrán」の作品紹介記事は、コチラ⇒2019年04月11日
*『悲しみに、こんにちは』の作品紹介記事は、コチラ⇒2017年02月22日
*『マリアとその家族』の紹介記事は、コチラ⇒2016年08月14日
*「Todos están muertos」の作品紹介記事は、コチラ⇒2014年04月11日
女優賞は「エミリア・ぺレス」の4女優の手に*カンヌ映画祭2024受賞結果 ― 2024年06月04日 14:10
4人を代表してカルラ・ソフィア・ガスコンが登壇!
(カルラ・ソフィア・ガスコンとプレゼンターの前男優賞受賞者役所広司)
★第77回カンヌ映画祭2024は、パルムドールにショーン・ベイカーの「Anora」(米国)、グランプリにパヤル・カパディアの「All We Imagine as Light」(インド)を選んで閉幕しました。両受賞者ともカンヌ初参加、世代交代を歓迎する半面、コンペティション部門の質低下が話題になった今年のカンヌでした。大物監督たちコッポラ、クローネンバーグ、ソレンティーノなどは無冠に終わりました。
(カンヌに集合したスタッフ&キャスト陣、カンヌ5日目の5月18日)
★当ブログ関連受賞作品は、審査員賞(ジャック・オーディアール)と女優賞(アドリアナ・パス、ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレナ・ゴメス)をダブルで受賞した「Emilia Pérez」(仏=米=メキシコ)、オーディアール監督はカンヌの常連として紹介不要ですが、受賞者4名はアメリカのスーパースターのセレナ・ゴメス、「アバター」のゾーイ・サルダナ(サルダーニャ)は別として、メキシコのアドリアナ・パス、スペインのカルラ(カーラ)・ソフィア・ガスコンは、メキシコ、スペインでこそ知名度がありますが、カンヌのような国際的な大舞台で脚光を浴びたのは恐らく今回が初めてのことでしょう。カンヌ5日目の5月18日に上映された。
(カルラ・ソフィア・ガスコンとジャック・オーディアール、カンヌ映画祭2024ガラ)
★フォトコールには4人揃ってカメラにおさまりましたが、授賞式までカンヌに留まった、エミリア・ぺレス役を演じたカルラ・S・ガスコンが登壇、昨年の男優賞受賞者の役所広司の手からトロフィーを受けとりました。トランスジェンダー女性としてカンヌで「初めて女優賞を受賞した」と報道されたガスコンは、壇上から「苦しんでいるすべてのトランスジェンダーの人々に捧げる」とスピーチしたということです。これには後日談があって、このスピーチを聞いた国民戦線の創設者ジャン≂マリー・ルペンの孫娘で極右政治家マリオン・マレシャル・ルペンが早速Xに「性差別的な侮辱」文を投稿、すかさずガスコンが告訴の手続きをしたということです。
(左から、アドリアナ・パス、カルラ・S・ガスコン、ゾーイ・サルダナ、セレナ・ゴメス)
★「犯罪ミュージカル・コメディ」と作品の紹介文にありましたが、どんな作品なのでしょうか。
*ストーリーをかいつまんで紹介しますと、舞台は現在のメキシコ、弁護士のリタ(ゾーイ・サルダナ)は、彼女のボスから思いもかけない申し出を受けます。周囲から怖れられているカルテルのボスが麻薬ビジネスから引退して、彼が長年夢見ていた女性になって永遠に姿を消すのを手伝わねばならなくなります。リタは正義に仕えるよりも犯罪者のゴミ洗浄に長けた大企業で働くことで、その才能をあたら浪費していましたが・・・
★カルテルのボスことフアン・”リトル・ハンズ”・デルモンテ役にガスコン、その妻にセレナ・ゴメスが扮する〈麻薬ミュージカル・コメディ〉のようです。上映後のスタンディングオベーション9分間は、オーディアール映画でも2番目に長かった由、性別移行に固執せず、家族、愛、メキシコに蔓延する暴力の犠牲者というテーマを探求したことで批評家からは高評価を受けていた。そして〈9分間〉のスタンディングオベーションで観客からも受け入れられたことが証明された。いずれ日本語字幕入りで鑑賞できる日が来るでしょう。
★カルラ・ソフィア・ガスコン・ルイスは、1972年マドリードのアルコベンダス生れの52歳、フアン・カルロス・ガスコン→カルラ・ソフィア→カルラ・ソフィア・ガスコンと、時代と作品によってクレジット名が変わる。2018年9月、自叙伝 ”Karsia. Una historia extraordinaria” を出版、性別適合手術を受けてカルラ・ソフィア(Karla Sofía)になったことを発表した。ECAM(マドリード映画オーディオビジュアル学校)の演技科卒、1994年「La Tele es Tuya Colega」でヴォイス出演、映画デビューは1999年、アレックス・カルボ・ソテロの「Se buscan fulmontis」のクラブのジゴロ役、エンリケ・ウルビスの『貸金庫507』(02)、フアン・カルボの「Di que sí」(04)、アントニ・カイマリ・カルデスの「El cura y el veneno」(13)の神父役、映画よりTVシリーズ出演が多い。
(感涙にむせぶカルラ・ソフィア・ガスコンカンヌ映画祭2024ガラ)
★国籍はスペインだが2009年にメキシコに渡り、サルバドール・メヒア製作の「Corazón salvaje」(09~10)にヒターノのブランコ役で出演、テレノベラ賞の新人男優賞にノミネートされた。以来両国のTVシリーズ(9作)や映画(8作)で活躍している。メキシコ映画では、ゲイリー・アラスラキのコミックドラマ「Nosotros, los Nobles」(13)にペドロ・ピンタド、愛称ピーター役で出演している。本作は公開当時、メキシコ映画史上における興行収入ナンバーワンとなったヒット作。2021年、Netflixが英語でリメイク版の製作を発表している。カルラ・ソフィア・ガスコンとして出演したメキシコのTVシリーズ「Rebelde」(22、16話)は、『レベルデ~青春の反逆者たち~』の邦題でNetflixが配信している。
★アドリアナ・パスは、1980年メキシコ・シティ生れの44歳、メキシコ自治大学哲学部で劇作法と演劇を専攻、キューバのロスバニョス映画学校で脚本を学ぶなど、女優でなく監督、脚本家を志望していた。東京国際映画祭2013コンペティション部門にノミネートされ最優秀芸術貢献賞を受賞した、アーロン・フェルナンデスの第2作『エンプティ・アワーズ』(「Las horas muertas」)でヒロインを演じた。カルロス・キュアロンの『ルドとクシ』(09)ほか、マヌエル・マルティン・クエンカの「El autor」(17、「小説家として」)、新しいところではNetflixで配信されている、ロドリゴ・グアルディオラ&ガブリエル・ヌンシオの『人生はコメディじゃない』(21、「El Comediante」)に出演している。『エンプティ・アワーズ』でキャリア紹介をしています。
*アドリアナ・パスのキャリア&フィルモグラフィーは、コチラ⇒2013年11月07日
(アドリアナ・パス、カンヌ映画祭2024フォトコール)
★セレナ・ゴメス(テキサス州1992)は、女優、歌手、ダンサー、ソングライター、モデル、ユニセフ親善大使とすこぶる多才、31歳ながら出演本数も受賞歴も書ききれない。日本語版ウイキペディアに詳細な紹介文があり割愛しますが、オーディアール監督が本作で起用するまでセレナの活躍をご存じなかったことが話題になっています(笑)。ゾーイ・サルダナ(本名ソエ・サルダーニャ、ニュージャージー州1978)は、2009年ジェームズ・キャメロンの『アバター』のネイティリ役で一躍有名になった。『アバター』の続編、「アバター3」(仮題、24)、「アバター4」(26)にも起用されている。映画にテレビに、ヴォイス出演も含めて活躍している。多くが吹き替え版で鑑賞でき、日本語版ウイキペディアあり。
(セレナ・ゴメスとゾーイ・サルダナ、カンヌ映画祭2024フォトコール)
★監督賞のミゲル・ゴメスの「Grand Tour」(ポルトガル)、来年「グランド・ツアー」で公開がアナウンスされている。
スペイン移住を決意したアルフレッド・カストロ*チリの才能流出 ― 2024年05月23日 09:57
「チリではプラチナ賞なんか誰も気にかけない!」
(ズームでインタビューに応じるカストロ、2024年4月25日、メキシコ・シティ)
★先月、4個めのイベロアメリカ・プラチナ賞(TV部門男優賞)を受賞したアルフレッド・カストロのスペイン移住のインタビュー記事に接しました。ニコラス・アクーニャの「Los mil días de Allende」(全4話、仮題「アジェンデの1000日」)でサルバドール・アジェンデ大統領(1970~73)を体現した演技で受賞したのですが、このドラマ出演とスペイン移住がやはりリンクしているようです。ラテンアメリカ諸国のなかでは、チリは経済こそ比較的安定していますが、文化軽視が顕著で芸術にはあまり敬意を払いません。多くのシネアストがヨーロッパやアメリカを目指す要因の一つです。インタビュアーは2022年からチリに在住するエルパイスの記者アントニア・ラボルデ、メキシコのプロダクションのための撮影が終了したばかりのカストロとズームでインタビュー、以下はその要約とカストロのキャリア&フィルモグラフィーを織り交ぜて紹介したい。
(アジェンデ大統領に変身するためのメイクに毎日3時間を要した)
★チリだけでなくアルゼンチンを筆頭にラテンアメリカ諸国やスペインなどの映画に出演していることもあって、当ブログでも記事にすることが多い俳優の一人です。しかしその都度近況をアップすることはあっても纏まったキャリア紹介をしておりませんでした。パブロ・ララインの長編デビュー作「Fuga」、続く「ピノチェト政権三部作」(『トニー・マネロ』『ポスト・モーテム』『Noノー』)、『ザ・クラブ』や『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』、『伯爵』と監督の主要作品で存在感を示しているパフォーマーです。
(観客を震撼させた『トニー・マネロ』のポスター)
★アルフレッド・アルトゥール・カストロ・ゴメスは、1955年サンティアゴ生れの68歳、俳優、舞台演出家、映画監督、その幅広い演技力でラテンアメリカを代表する俳優の一人、特にチリの舞台芸術ではもっとも高く評価されている演技者及び演出家と言われています。5人兄弟でサンティアゴで育った。母親を10歳のとき癌で失っている。ラス・コンデスのセント・ガブリエル校、プロビデンシアのケント校、ラス・コンデスのリセオ・デ・オンブレス第11校で学んだ。1977年チリ大学芸術学部演劇科卒、同年APESエンターテイメント・ジャーナリスト協会賞を受賞する。同じくイギリスのピーター・シェイファーの「Equus」で舞台デビュー、専門家から高い評価を得る。
★1978年から1981年のあいだ、創設者の一人でもあったテアトロ・イティネランテで働く。1982年、チリ国営テレビ制作の「De cara al mañana」でTVでのキャリアをスタートさせた。翌年ブリティッシュ・カウンシルの奨学金を得てロンドンに渡り、ロンドン音楽演劇アカデミーで学んだ。1989年にはフランス政府の奨学金を受け、パリ、ストラスブール、リヨンで舞台演出の腕を磨き、帰国後テアトロ・ラ・メモリアを設立したが、2013年資金難で閉鎖した。彼は、チリの舞台芸術で高く評価されている演技者であり演出家ではあるが、大衆向けではない。傾向として登場人物に複数の人格をあたえ、それを厳密に具現化すること、比喩に満ちた演出で知られています。「私は、2000人が見に来てくれる劇場を作っているわけでも、起承転結のある物語を作っているわけでもありません」と語っている。
★その後フェルナンド・ゴンサレス演劇アカデミーの教師及び副理事長として働く。カトリック大学の演劇のため、ニカノール・パラが翻案した「リア王」、ホセ・ドノソの小説にインスパイアーされた「Casa de luna」他を上演した。2004年にサラ・ケインの戯曲「Psicosis 4:48」を演出、翌年、チリのアーティストに与えられるアルタソル賞を演劇部門で受賞、主演のクラウディア・ディ・ジローラモも女優賞にノミネートされた。2014年、テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』を演出、キャストはチリ演劇界を牽引するアンパロ・ノゲラ、マルセロ・アロンソ、ルイス・ニエッコ、パロマ・モレノを起用した。2020年3月日刊紙「エル・メルクリオ」によって2010年代の最優秀演劇俳優に選ばれている。
★1998年、チリ国営テレビ局に入社、ビセンテ・サバティーニ監督と緊密に協力し、TVシリーズの黄金時代(1990~2005)といわれたシリーズに出演して絶大な人気を博した。2006年、上述したパブロ・ララインの長編デビュー作「Fuga」に脇役で出演、2008年「ピノチェト政権三部作」の第1部となる『トニー・マネロ』に主演、その演技が批評家から絶賛された。第2部『ポスト・モーテム』、第3部『No /ノー』」と三部作すべてに出演、以後ララインとのタッグは『ザ・クラブ』から『伯爵』まで途絶えることがない。
(女装に挑戦したロドリゴ・セプルベダの「Tengo miedo torero」のフレームから)
★2015年、初めて金獅子賞をラテンアメリカにもたらしたロレンソ・ビガスの『彼方から』に主演したこともあってか、その芸術的キャリアが評価されて、2019年にベネチア映画祭からスターライト国際映画賞が授与された。以下にTVシリーズ、短編以外の主なフィルモグラフィーをアップしておきます。(ゴチックは当ブログ紹介作品、主な受賞歴を付記した)
(金獅子賞を受賞したロレンソ・ビガスの『彼方から』で現地入りしたカストロ)
◎主なフィルモグラフィー
2006年「Fuga」監督パブロ・ラライン
2008年「La buena vida」(『サンティアゴの光』)同アンドレス・ウッド
2008年「Tony Manero」(『トニー・マネロ』「ピノチェト三部作」第1部)
同パブロ・ラライン
アルタソル2009男優賞、金のツバキカズラ2008男優賞、ハバナFF2008男優賞、他
2010年「Post Mortem」(『ポスト・モーテム』「ピノチェト三部作」第2部)同上
グアダラハラ映画祭2011男優賞
2012年「No」(『No/ノー』「ピノチェト三部作」第3部)同上
2013年「Carne de perro」監督フェルナンド・グッゾーニ
2015年「Desde allá」(『彼方から』ベネチアFF金獅子賞)
同ロレンソ・ビガス(ベネズエラ) テッサロニキ映画祭2015男優賞
2015年「El club」(『ザ・クラブ』ベルリンFFグランプリ審査員賞)同パブロ・ラライン
フェニックス主演男優賞、マル・デル・プラタFF男優賞
2016年「Neruda」(『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』カンヌFF「監督週間」)同上
2017年「La cordillera」(『サミット』)同サンティアゴ・ミトレ(アルゼンチン)
2017年「Los perros」(カンヌFF「批評家週間」)同マルセラ・サイド
イベロアメリカ・プラチナ2018主演男優賞
2018年「Museo」(ベルリンFF)同アロンソ・ルイスパラシオス(メキシコ)
2019年「El principe」(ベネチアFF批評家週間クィア賞)同セバスティアン・ムニョス
イベロアメリカ・プラチナ2021助演男優賞
2019年「Algunas bestias / Some Beasts」(サンセバスチャンFF)
同ホルヘ・リケルメ・セラーノ
2020年「Tengo miedo torero / My Tender Matador」同ロドリゴ・セプルベダ
グアダラハラFF2022メスカル男優賞&マゲイ演技賞、カレウチェ2022主演男優賞
2020年「Karnawal」同フアン・パブロ・フェリックス
グアダラハラFF2020男優賞&メスカル男優賞、銀のコンドル2022助演男優賞、
マラガFF2021銀のビスナガ助演男優賞、イベロアメリカ・プラチナ2022助演男優賞
2021年「Las consecuencias」(マラガFF批評家審査員特別賞)
同クラウディア・ピント(ベネズエラ)
2022年「El suplente」(『代行教師』サンセバスチャンFF)
同ディエゴ・レルマン(アルゼンチン)
2022年「La vaca que canto una cancion hacia el futuro」同フランシスカ・アレグリア
2023年「Los colonos」(『開拓者たち』カンヌFF「ある視点」)同フェリペ・ガルベス
2023年「El viento que arrasa」同パウラ・エルナンデス
2023年「El conde」(『伯爵』)同パブロ・ラライン
★フランコ没後半世紀が経っても多くの信奉者がいるように、チリのピノチェト信奉者はしっかり社会に根付いている。社会主義者アジェンデ大統領の最後の3年間(1970~73)を描いたTVミニシリーズ「Los mil días de Allende」で大統領に扮した俳優を攻撃したり、一部のメディアがタイトルを無視したりしたことがチリ脱出の引き金になっているようです。要約すると、まずはスペインに部分的に軸足を移し、本格的な移住は来年早々になる。このことが吉と出るかどうか分からないが、チリとの関係は今後も続ける。スペイン国籍は民主的記憶法のお蔭で既に取得している。母方の祖父がカンタブリア出身であったこと、ゴメス家の歴史を書いたスペインの従兄弟と知り合いだったことが取得に幸いした。母方の苗字がゴメスということで、ルーツを徹底的に調べることができた。
(『ポスト・モーテム』右は共演者アントニア・セへルス)
★TVシリーズ「アジェンデ」はベルギー、フランス、スペインでの放映が決定しており、国内より海外での関心の高さが顕著です。アウグスト・ピノチェト陸軍大将が犯した軍事クーデタから約半世紀が経つが、チリでの総括は当然のことながら終わっていない。両陣営の対立は相変わらずアンタッチャブルな側面を持っている。「パンを買いに出かけたら無事に帰宅できる、通りが憎しみに包まれていないところで暮らしたい」と、チリで最も多い受賞歴を持つカストロはインタビューに応えている。〈ボット〉はネガティブなコメントを集め、プレスはそっぽを向く。チリでは文化など不愉快、海外で評価される人は無価値、「4個のプラチナ賞など誰も重要視しない!」とカストロ。
(パブロ・ララインの『ザ・クラブ』のフレームから)
★移住を決意した理由の一つに68歳という微妙な年齢もあるようです。「私はもう若くない」と、引退するには若すぎるがチリで仕事を続けるのはそう簡単ではない。スペインにいるエージェントたちから「アルフレッド、もしそのうち考えるよなら、来るチャンスはないよ」と言われた。しかし「私にとってチリは常に私を育ててくれ、楽しんだところだ。良きにつけ悪しきにつけ、チリは私の祖国なんです」と。
★60代というのは興味ある世代です。「スペイン語を母語とするコンテストの機会はそんなに多くない。私の世代には素晴らしい俳優がいるが、5~6人くらいです。自分は壁の隙間に入っている」。世間に〈高齢者〉と一括りされているが、旅をして、恋をして、仕事をして、SNSを自由に操作しているアクティブな〈60代の若者〉もいる。「このコンセプトが気に入った。自分にピッタリだよ」。幸運を祈りますが、わくわくするような映画を待っています。
◎主な関連記事
*「ピノチェト政権三部作」の紹介記事は、コチラ⇒2015年02月22日
*『ザ・クラブ』の紹介記事は、コチラ⇒2015年10月18日
*『彼方から』の紹介記事は、コチラ⇒2016年09月30日
*『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』の紹介記事は、コチラ⇒2016年05月16日
*『サミット』の紹介記事は、コチラ⇒2017年05月18日
*「Los perros」の紹介記事は、コチラ⇒2017年05月01日
*「Museo」の紹介記事は、コチラ⇒2018年02月19日
*「Algunas bestias / Some Beasts」の紹介記事は、コチラ⇒2019年08月13日
*「Tengo miedo torero / My Tender Matador」の関連記事は、コチラ⇒2019年02月18日
*「Karnawal」の紹介記事は、コチラ⇒2021年06月13日
*「Las consecuencias」の紹介記事は、コチラ⇒2021年07月01日
*『代行教師』の紹介記事は、コチラ⇒2022年08月09日
*『開拓者たち』の紹介記事は、コチラ⇒2023年05月15日
ボレンステインの『安らかに眠れ』鑑賞記*ネットフリックス配信 ― 2024年04月30日 16:56
アルゼンチン1990年代の政治経済危機をバックにしたサスペンス
★セバスティアン・ボレンステイン(ブエノスアイレス1963)の『安らかに眠れ』のネットフリックス配信が始まりました。マルティン・バイントルブの同名小説の映画化、マラガ映画祭2024の銀のビスナガ主演男優賞、同助演男優賞受賞作品、『明日に向かって笑え!』の監督作品、などなど期待をもって鑑賞しました。
★主役のホアキン・フリエルの熱演は認めるとして、1994年7月18日に実際にブエノスアイレスで起きたアルゼンチン・イスラエル相互協会AMIA爆破事件*までのスピード感が、後半失速してしまった印象でした。国民にとっては90年代にアルゼンチンを襲った政治経済の危機的状況、ユダヤ系移民のアルゼンチンでの立ち位置などは周知のことでも、知識がない観客には主人公の短絡的な行動が分かりにくいのではないか。また後半にまたがる2001年12月23日の史上7回目となる債務不履行〈デフォルト〉という国家破産についてもすっぽり抜け落ちていました。
*AMIA爆破事件:1994年7月18日、ブエノスアイレスのアルゼンチン・イスラエル相互協会(共済組合)AMIA(Asociacion Mutual Israelita Argentina)本部ビルの爆破事件、死者85人、負傷者300人という大規模なテロ事件。イスラエルと敵対関係にあるイランの関与が指摘されているが真相は今以って未解決。1992年のイスラエル大使館爆破事件(死者29人、負傷者242人)に続くテロ事件。アルゼンチンにはユダヤ系移民のコミュニティーが多く存在し、ラテンアメリカでは最大の約30万人が居住している。シリアやレバノンからのアラブ系移民のコミュニティーの中心地でもあることから両国は複雑な政治的関係にある。
(左から前列製作者フェデリコ・ポステルナクとチノ・ダリン、後列ホアキン・フリエル、
ボレンステイン監督、グリセルダ・シチリアニ、ラリ・ゴンサレス、マラガFF2024)
*セバスティアン・ボレンステインのキャリア&フィルモグラフィー紹介
『コブリック大佐の決断』の作品紹介とフィルモグラフィーは、コチラ⇒2016年04月30日
『明日に向かって笑え!』の作品紹介は、コチラ⇒2020年01月18日
『安らかに眠れ』(原題「Descansar en paz」英題「Rest in Peace」)
製作:Benteveo Producciones / Kenya Films
監督:セバスティアン・ボレンステイン
脚本:セバスティアン・ボレンステイン、マルコス・オソリオ・ビダル
(原作:マルティン・バイントルブ)
音楽:フェデリコ・フシド
撮影:ロドリゴ・プルペイロ
編集:アレハンドロ・カリーリョ・ペノビ
美術:ダニエル・ヒメルベルグ
製作者:フェデリコ・ポステルナク、リカルド・ダリン、チノ・ダリン、エセキエル・クルプニコフ、(エグゼクティブ)フアン・ロベセ
データ:製作国アルゼンチン、2024年、スペイン語、サスペンス・ドラマ、107分、撮影地ブエノスアイレス、パラグアイの首都アスンシオン、撮影期間9週間、2023年3月25日クランクイン。公開アルゼンチン2024年3月21日、Netflix 配信2024年3月27日
映画祭・受賞歴:第27回マラガ映画祭2024セクション・オフィシアル上映、銀のビスナガ主演男優賞(ホアキン・フリエル)、同助演男優賞(ガブリエル・ゴイティ)受賞
キャスト:ホアキン・フリエル(セルヒオ・ダシャン/ニコラス・ニエト)、グリセルダ・シチリアニ(妻エステラ・ダシャン)、ガブリエル・ゴイティ(高利貸しウーゴ・ブレンナー)、ラリ・ゴンサレス(ゴルドの妻イル)、ラウル・ドマス/ダウマス(エル・ゴルド電器店主ルベン/愛称ゴルド)、マカレナ・スアレス(セルヒオの娘フロレンシア)、ソエ・クニスキ(フロレンシア12歳)、フアン・コテット(セルヒオの息子マティアス)、ニコラス・Jurberg(マティアス/マティ)、アルベルト・デ・カラバッサ(フロレンシアの夫アリエル)、エルネスト・ロウ(セルヒオの弟ディエゴ)、ルチアノ・ボルヘス(セルヒオの友人ラウル)、サンティアゴ・サパタ(役人)、アリシア・ゲーラ(ベアトリス/愛称ベア)、他多数
ストーリー:1994年ブエノスアイレス、多額の借金に追い詰められたセルヒオは、偶然AMIA本部ビルの爆破事件に遭遇する。軽い怪我を負ったセルヒオは、この予測不可能な状況を利用して姿を消すことを決意する。自分の死を偽装したセルヒオは、ニコラス・ニエトという偽りの身分でパラグアイの首都アスンシオンに脱出する。過去を封印した15年の歳月が流れるが、ネットで偶然故国に残してきた家族を発見したことで望郷の念に駆られ、それは強迫観念となっていく。安定しているが偽りの人生を続けるか、危険を冒して故国に戻るか。人間は一つの人生を永遠に消し去り、別の人生を生きることができるのか。ネット社会の功罪、現実逃避などが語られる。
(爆破されたAMIA本部ビルの瓦礫に佇むセルヒオ、フレームから)
「映画は映画、文学は文学であって別物」と語る原作者バイントルブ
A: 冒頭で本作は同名小説の映画化と書きましたが、マラガ映画祭のプレス会見でボレンステイン監督は「小説にインスパイアされたものだが、同じテーマの2冊の作品を土台にしている」と語っております。作家からは「映画と小説は別物であってよい」と、脚本に一切口出しは控えてくれたようです。
B: 小説の映画化でも「映画は映画、文学は文学であって別物」が原則です。作家によっては違うと文句いう人いますが。
A: 監督によると「小説の主人公はもっと嫌な人物で、映画のように頭に怪我を負っていない。想定外のテロ事件を利用して姿を消す決心をして、証拠となるようカバンを投げ捨て遁走する。
B: アリバイ工作をするわけですが、映画では意識が戻ったとき、カバンは持っていなかった。
A: 妻エステラも嘘つきのうえ夫に不実な女性で、総じて夫婦関係は壊れている。どちらかというと二人とも互いに憎みあっていたという人物造形のようです。
B: エステラが既に夫を愛していなかったのは映画からも読み取れます。贅沢が大好きで、夫を睡眠薬漬けにして苦しめた高利貸しブレンナーとちゃっかり再婚している。
A: 字幕はブレナーでしたが、この高利貸しの人物造形も一筋縄ではいかない。苗字から類推するにドイツからのユダヤ系移民のように設定されている。裏社会に通じていることは明白ですが、主人公を脅迫してまで容赦なく返済を迫っていた彼が、彼の妻エステラには借金を棒引きにしている。
B: これがユダヤ式のルールなのでしょうか。実父セルヒオをスーパーマンのように尊敬していたマティ少年をアブナイ道に誘い込んでいる。
A: ブレンナーを演じたガブリエル・ゴイティは、俳優のほかコメディアンとして〈El Puma Goity ピューマ・ゴイティ〉として知られています。本作の危険な男の役柄で「新境地を拓いた」と評価を高めています。マラガ映画祭には不参加でしたが、銀のビスナガ助演男優賞を受賞している。
B: 敵役のホアキン・フリエルが代理でトロフィーを受けとった。
A: 本作に登場する人物では主人公が第二の人生を送るパラグアイの人々に比して、アルゼンチン人はこの国特有の嫌らしい気質で描かれていて面白かった。
B: 劇中、アルゼンチンでの仕事をゴルド社長から頼まれたセルヒオに「アルゼンチン人は注文が多くて行きたくない」と言わせており、図星をさされたアルゼンチンの観客は大笑いしたことでしょう。実態とかけ離れた特権意識が強いアルゼンチン人は、近隣諸国からはおしなべて嫌われていている。
(笑顔で脅迫する不気味なブレンナー役のガブリエル・ゴイティ、フレームから)
A: 主人公の過去を不問にして闇の身分証明書IDを入手してくれたエル・ゴルドをサンタクロースの衣装で急死させている。少し都合がよすぎて笑えましたが、このゴルド役ラウル・ダウマスは、映画データバンクによれば映画初主演です。舞台俳優かもしれない。
(エル・ゴルド役のラウル・ダウマス)
B: エル・ゴルドの話の分かる賢い妻イルを演じたラリ・ゴンサレスの演技が光っていましたが。
A: パラグアイ出身、1986年アスンシオン生れ、映画、舞台、TVシリーズで活躍するベテラン女優、弁護士でもある。フアン・カルロス・マネグリア&タナ・シェンボリの「7 cajas」で映画デビュー。本作はゴヤ賞2013スペイン語外国映画賞にノミネートされ脚光を浴びることになった。映画市場の小さいパラグアイでは活躍の場が少なく、本作のようにアルゼンチンや国外の映画に出演している。他の代表作は「Luna de cigarras」(14)、「El jugador」(16)など、ロマンス、アクション、スリラーなど演技の幅は広い。
*「7 cajas」の紹介記事は、コチラ⇒2015年12月13日
(イル役のラリ・ゴンサレスとホアキン・フリエル)
B: ベッドシーンは監督とカメラマンのみで行われ、監督の配慮に感謝したとか。
A: ラテンアメリカ諸国は数は減少しているとはいえ多くがカトリック信者です。すっぽんぽんには抵抗感があるからでしょう。
ストーリーのありきたり感を救ったホアキン・フリエルの演技
B: 主人公は前半を借金で首の回らないセルヒオ・ダシャンとして、後半を遁走中に乗ったタクシーの運転手の名前ニコラス・ニエトとして二つの人生を生きる。
A: まず名前から分かるように主人公の家族もユダヤ教徒のアルゼンチン人であることです。だから借金まみれでもユダヤ教徒に欠かせない女子の成人式を祝うバトミツワーのパーティーをしたわけです。本作はユダヤ系アルゼンチン人社会を背景にしたドラマであることを押さえておく必要があります。
(娘の12歳の成人式バトミツワーのパーティーで幸せを演出するダシャン一家)
B: ホアキン・フリエルが演じたセルヒオの苗字Dayanは、イスラエルではダヤンが一般的と思いますが、字幕も発音もダシャンでした。
A: スペイン語の〈y〉と〈ll〉の発音は国や地域によって違いがあり、アルゼンチンでもブエノスアイレス周辺では、日本語のシャ行に近い音になる。同じスペイン語とはいえ、先住民やそれぞれの移民コミュニティーの言語の影響を受けて違いが生じるのは当り前です。
B: 金貸しウーゴ・ブレンナーのBrennerはドイツ系の苗字、アルゼンチンはドイツからの移民も多く、第二次世界大戦後にはニュルンベルク裁判を逃げおおせたナチス戦犯を含めたナチの残党、反対にヒットラーに追われたユダヤ系ドイツ人の両方を受け入れている。
A: アウシュビッツ強制収容所でユダヤ人大量虐殺に関与したアドルフ・アイヒマンや、戦時中にユダヤ人に人体実験を行っていた医師ヨーゼフ・メンゲレがアルゼンチンに潜伏できたのも、この強固なドイツ人コミュニティーのお蔭です。この歴史的事実は幾度となくドキュメンタリーやドラマ化されており、監督がAMIA爆破事件を取り入れた理由のひとつではないでしょうか。
B: 移民国家であるアルゼンチンは、セルヒオ同様、やむなく偽りの人生を送っている人が多いのかもしれない。裏社会に通じているブレンナーの謎の部分は詳しく語られないが、彼がユダヤ教徒であることは、フロレンシアとアリエルの結婚式ではっきりします。
A: ホアキン・フリエルは、1974年ブエノスアイレス生れの俳優、舞台俳優としてスタートを切る。最初はTVシリーズ出演が多く、映画デビューは実話をベースにしたセバスティアン・シンデルの「El patrón, radiografía de un crimen」(14)、本作で銀のコンドル賞、グアダラハラ映画祭男優賞、アルゼンチン・アカデミー主演男優賞などを受賞した。その他同監督の「El hijo」(19)と公開されたダニエル・カルパルソロの『バンクラッシュ』(16)で、アルゼンチン・アカデミー賞にノミネートされている。最近は映画にシフトしており、Netflix配信の『シャチが見える灯台』(16)、フリオ・メデムの『ファミリー・ツリー、血族の秘密』(18)などが字幕入りで観ることができます。
(クロリンダ市から国境線パラグアイ川を越えるセルヒオ)
(銀のビスナガ主演男優賞のトロフィーを手に、マラガ映画祭2024ガラ)
B: 妻エステルを演じたグリセルダ・シチリアニは、メキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『バルド、偽りの記録と一握りの真実』(22)に出演しています。
A: ダニエル・ヒメネス・カチョ扮する主人公の妻役、サンセバスチャン映画祭2022に監督たちと参加しています。1978年ブエノスアイレス生れの女優、TV女優として出発、2012年アルマンド・ボーの『エルヴィス、我が心の歌』で銀のコンドル賞にノミネート、スペインのセスク・ゲイの「Sentimental」で、ゴヤ賞2021新人女優賞ノミネートの他、サン・ジョルディ賞とモンテカルロ・コメディ映画祭の主演女優賞を受賞している。
*『エルヴィス、我が心の歌』の作品紹介は、コチラ⇒2016年06月22日
(死んだはずの夫の姿を目撃して驚愕するエステラ、フレームから)
伏線の巧みさと高利貸しの深慮遠謀
B: 幸い軽傷ですんだ爆破事件に遭遇した後、姿を消す決心をする引き金はどの辺でしょうか。セリフは全くありません。
A: 公衆電話でどこかに電話しますが繋がらない辺りでしょうか。失ったカバンはいずれ瓦礫の中から発見され、遺体が見つからなくても犠牲者の証拠品となる。伏線でブレンナーに返済すべき現金はカバンでなくウエストポーチに入れたと確認するシーン、好況だったときに掛けた高額な生命保険金で借金が完済できることなどが観客に知らされている。
B: 姿を消す条件は揃った。夫の苦悩より子供の授業料やクラブ費を優先する妻にはもはや未練はないが、二人の子供と別れるのは辛い。しかし子供の幸せには代えられない。
A: 伏線を張るのが好きな監督です。犬を連れた路上生活者が冒頭のシーンに出てくるが、これなんかもその一例。主人公は自分の将来の姿と重ねて怯えている。パラグアイで野良犬を名前も付けずに15年間飼い続けている。犬は心を許せる友であって唯の犬ではないのです。
B: 成長した娘フロレンシアをネットで偶然目にしたことで、偽りの人生に疲れ始めていた彼は自制心を失っていきます。
A: ネット社会の功罪が語られるわけですが、これは発火点にしか過ぎない。果たして人間は過去の人生を永遠に消し去ることができるのかという問い掛けです。このあたりから結末は想像できますが、管理人の場合、大筋では合っていましたが少し外れました。
B: お金が絡むと兄弟喧嘩はつきものだし、主人公は娘の養父が自分の運命を狂わせた高利貸しだったことに驚愕するわけですが、アルゼンチンのように政治経済や社会が常に不安定だと何でもありです。
A: ストーリーには多くの捻りがあり、それなりに魅力的でしたが、後半の継ぎはぎが気になりました。しかしセルヒオに欠けていた高利貸しの深慮遠謀や素早い行動力は、社会が常に不安定な国家では褒めるべきでしょう。現実逃避だけでは解決できません、悪は存在していますから。
ハビエル・カマラにマラガ-スール賞ガラ*マラガ映画祭2024 ⑥ ― 2024年03月06日 18:12
プレゼンターは作家エルビラ・リンド―ハビエル・カマラにマラガースール賞
(エモーショナルな受賞スピーチをしたハビエル・カマラ)
★3月4日、セルバンテス劇場でハビエル・カマラ(リオハ1967)のマラガ・スール賞のガラが開催されました。ガラに先立って地中海を臨むマラガの遊歩道アントニオ・バンデラス通りに受賞者の手形入りのモノリス記念碑の除幕式がありました。マラガ出身のバンデラスは本祭に資金提供をしているマラガ名誉市民です。除幕式にはマラガ市長フランシスコ・デ・ラ・トーレ、マラガ文化市議会議員マリアナ・ピネダ、コラボの日刊紙「スール」編集長アナ・ペレス≂ブライアン、総ディレクターのフアン・アントニオ・ビガルが参加しました。
(自身の手形入り記念碑の前のハビエル・カマラ、3月4日)
(左から、フアン・アントニオ・ビガル、受賞者、マラガ市長デ・ラ・トーレ、
市議会議員マリアナ・ピネダ、スール編集長アナ・ぺレス≂ブライアン)
★ガラの進行役はリカルド・フランコ賞ガラと同じマラガ出身の女優ノエミ・ルイス、トロフィーのプレゼンターはジャーナリスト、作家、脚本家、女優と幾つもの顔をもつエルビラ・リンド、監督フェリックス・サブロソ、パロマ・フアネス、リカルド・フランコ賞2008の受賞者でもあるキャスティングディレクターのルイス・サン・ナルシソの4人が登壇しました。日本では『めがねのマノリート』で認知度が高いエルビラ・リンドがプレゼンターには少し驚きましたが、彼女が脚本を手掛けたホルヘ・トレグロッサの「La vida inesperada」(仮題「予期せぬ人生」)主演の繋がりでしょうか。俳優として更なる成功を求めてニューヨークに渡るも現実は厳しく期待したようにはならない。従兄役のラウル・アレバロが共演している。マラガ映画祭2014のクロージング作品だった。
(左から、エルビラ・リンド、ハビエル・カマラ、フェリックス・サブロソ、
パロマ・フアネス、ルイス・サン・ナルシソ)
★エルビラ・リンドは、市井の人物を演じるカマラを「私たちは一目で友人になった。やがていとこになり、今では姉弟です。生れながらの演技者、詩人、語りて、アーティスト。あなたのような人材が必要であり、人生を捧げて庶民を体現するコメディアンである」と称賛した。フェリックス・サブロソは「彼の創造的な成熟と生命力は、その芸術的プロセスに影響を与えたシネアストの一人」と評し、才能だけでなく彼のやさしさを強調した。ルイス・サン・ナルシソは「ハビエルについては議論されていないが賞賛されている」と語り、女優のパロマ・フアネスは、「彼は偉大な俳優だが、それ以上に人間的」と断言した。
(エルビラ・リンド、ハビエル・カマラ、フェリックス・サブロソ)
★受賞者は、「ありがとう、ありがとう、ありがとう、この町が私に与えてくれた沢山の愛情に圧倒されています。度々私を招いて賞を授与してくれました」と感謝の言葉を述べた。スペインの小さな町で俳優になるための勉強をしている若い世代に向けて「マドリードやマラガのような都会にやってきた人々を励ましたい。この仕事には皆さんのような才能が必要です。私たちは計り知れない才能を秘めている若い世代を引き受けねばなりません」と変革を訴えたようです。トロフィーを俳優、映画製作者を目指しているすべての人々に捧げました。リオハの片田舎から20歳で大都会マドリードにやってきた受賞者らしいスピーチでした。
「監督も私もマラガには本当に感謝しています」とハビエル・カマラ
★セルバンテス劇場内のロッシーニ・サロンで、恒例のフアン・アントニオ・ビガルによるインタビューがありました。マラガでの受賞歴は、2004年パブロ・ベルヘルの『トレモリノス73』と2008年ナチョ・G・ベリリャの『シェフズ・スペシャル』の銀のビスナガ男優賞、プラス今回のマラガ―スール賞の3賞です。そういえば『トレモリノス73』のパブロ・ベルヘルの姿はなく、多分オスカー賞にノミネートされている『ロボット・ドリームズ』のプロモーションで国内にいないのでしょう。
★カマラは「コメディ役者としてやってきたが、マラガは『トレモリノス73』以来ずっと私を支えてきてくれたと思っています。パブロ・ベルヘルも、役者の私も本当にマラガには感謝しています。本映画祭は常に才能ある人々を支えてくれています」とインタビューに答えている。ベルヘルにとってはデビュー作、カマラもアルモドバルの『トーク・トゥ・ハー』(02)のベニグド役でゴヤ賞主演男優賞にノミネートこそされたが、コメディ俳優の本領を発揮できたとは言い難かった。
(フアン・アントニオ・ビガルのインタビューを受けるハビエル・カマラ)
★現在台頭してきた女性映画製作者について「彼女たちの声に耳を傾け、サポートすべき」と指摘した。また見向きもされない才能が隠れているので、それを探す必要性を語り、映画製作は複雑だが、特権を持つ人々が古いままではいけない、新しい才能に対して両手を広げることも重要と力を込めていた。おしゃべり好きな受賞者は「準備万端整えてセットに出向きます。口出しをしてはいけないときは黙っていますが、それが私には難しい」と冗談をとばした。
★スペイン映画での演技者の成長過程や共に作品を作り上げていく監督たちの貢献については「できる限りよくなるように仕事をしているし、監督たちが私を成長させてくれる。成長にはプロフェッショナルだけでなく個人的なものも必要である」と断言している。カマラは映画俳優を夢見ていたわけではなく舞台俳優を目指していた。しかし落ちこぼれを経験して、ある教師から本格的に演技学校で学ぶように忠告された。しかし演技学校に入ると、舞台は彼の目には小宇宙に見え、自分のやりたいことができるように感じられなかったとも語っている。
★カマラをお茶の間の人気者にした長寿TVシリーズ「7 vidas」(99~06)の撮影休憩中に、共演中のベテラン女優アンパロ・バロ(1937~2015)に、リハーサルではナーバスになるが、あなたはどうですかと聞いたら、「もっともっと多くなるのよ、ハビエル」と言われた。経験を積めば積むほど、それだけ責任も重くなる。「その通りです、この大女優の言葉を肝に銘じています」と締めくくった。
(アンパロ・バロと、TVシリーズ「7 vidas」から)
★ハビエル・カマラのフィルモグラフィー紹介として、ダビ・トゥルエバの『「ぼくの戦争」を探して』でアップしておりますが、それ以降の話題作はセスク・ゲイの『しあわせな人生の選択』(15)、ゴヤ賞2016助演男優賞受賞、コロンビア映画になりますがフェルナンド・トゥルエバの『あなたと過ごした日に』(20)を紹介しています。
*『「ぼくの戦争」を探して』の主な記事は、コチラ⇒2014年11月21日
*『しあわせな人生の選択』の記事は、コチラ⇒2016年01月09日/2017年08月04日
*『あなたと過ごした日に』の主な記事は、コチラ⇒2020年06月14日
ビスナガ・シウダ・デル・パライソ賞*マラガ映画祭2024 ② ― 2024年03月01日 20:57
ビスナガ・シウダ・デル・パライソ賞―ロラ・エレーラの軌跡
(権力や性的虐待を避けることが「最重要」と語る受賞者、2024年2月)
★ロラ・エレーラ(バジャドリード1935)、舞台、テレビ、映画女優として68年のキャリアを誇る現役女優です。20歳でマドリードのコメディ劇場でエドガー・ウォーレス作品で舞台女優としてのキャリアをスタートさせる。個性の強い奮闘する女性を得意としている。1979年、マドリードのマルキナ劇場でミゲル・デリーベスの ”Cinco horas con Mario”(翻訳タイトル『マリオとの五時間』*)の一人舞台で好評を博し、40年間のロングランという成功をおさめる。カルメン・ソティリョ役で美術サークル金のメダルを受章、2006年には勤労功労勲章金のメダルも受章した。さらに2022年にはこのカルメン役で生れ故郷バジャドリード金のメダルを受賞している。
*ストーリーは心臓発作で急死した夫マリオの通夜に、23年間連れ添った妻カルメンが彼の無理解、利己主義を亡骸にえんえんと独白するが、最後には自らの不実にも直面するという人間の孤独を描いたベストセラー小説。
(生れ故郷のバジャドリード金のメダルを受賞、2022年2月)
★現在でもマギー・ミラの演出で、息子ダニエル・ディセンタ・エレーラとフアンマ・ゴメスの「Adictos」の舞台に立っており、国内を巡業している。また第41回演劇祭(1月21日、22日、マラガのセルバンテス劇場)にも参加している。
(3人の女性が織りなす「Adictos」のポスター、中央がエレーラ)
★60年代後半からフランコ独裁政権が終わる1976年まではもっぱらTVシリーズに専念し、コメディ「Las viudas」(77、7話)で金のTP賞(TP de Oro)1978の女優賞、「El señor Villanueva y su gente」と「La barraca」の2作で金のTP 1980女優賞を受賞している。コメディ・ミュージカル「Un paso adelante」(02~05)82話に出演してフォトグラマス・デ・プラタ2003のTV部門女優賞を受賞、金のTPにノミネートされるなどした。本賞は「テレプログラマ」誌が与える賞で1972年に始まり2011年に終了しており、直前の2010年に生涯功労賞を受賞している。2016年に銀幕からは遠ざかっているが、TVシリーズには「UPA Next」(22~23、8話)他に出演しているが、本命は舞台女優。
★さて映画デビューは1970年、ハイメ・デ・アルミニャンの「La Lola, dicen que no vive sola」、マリアノ・オソーレスの「La graduada」(71)、エロイ・デ・ラ・イグレシアの「La semana del asecino」(72)、ジル・カレテロの「Abortar en Londres」(77)、ホセ・マリア・グティエレスの「Arriba Azaña」(78)、1981年には、元夫のダニエル・ディセンタ(俳優、声優2014没)と出演したホセフィナ・モリーナのドキュメンタリー「Función de noche」でコロンビアのカルタヘナ・デ・インディアス映画祭の女優賞を受賞している。本作には二人の間にできた息子ダニエル・ディセンタ・エレーラと娘ナタリア・ディセンタ(女優)も出演している。
★以下に主なフィルモグラフィーを年代順に紹介しておきます。
1982「La próxima estacion」 監督アントニオ・メルセロ
1987「En penumbra」 同ホセ・ルイス・ロサーノ
1996「El amor perjudica seriamente la salud」コメディ 同マヌエル・ゴメス・ペレイラ
2002「Primer y último amor」コメディ 同アントニオ・ヒネネス・リコ
2006「Por qué se frotan las patitas」コメディ・ミュージカル 同アルバロ・ベヒネス
2016「Pasaje al amanecer」 同アンドレウ・カストロ、銀幕最後の作品
★ロラ・エレーラは政治的には左派で「自由が大切であると教えられて育った」と語り、「ナディア・カルビーニョ**が劇場にもっとも足を運んでくれた政治家」と語っている。エレーラの家系は母親が95歳、叔母が105歳と長命であり、88歳で旅立つには未だ早いということでしょうか。もはや怖いものなしのチャーミングな女性です。
**第2次サンチェス内閣の第1副首相(任期2021年7月~2023年月)だった。経済学者でもあり、現職は欧州投資銀行総裁を務めている。
第27回マラガ映画祭ノミネーション発表*マラガ映画祭2024 ① ― 2024年02月29日 18:46
セクション・オフィシアル19作、うち11作がスペイン映画
(第27回マラガ映画祭2024の公式ポスター)
★今年で第27回を迎えるマラガ映画祭の季節がやってきました。去る2月15日、マドリードのスペイン映画アカデミー本部でセクション・オフィシアル(全19作)を含む全カテゴリーが、総指揮のフアン・アントニオ・ビガル、マラガ市議会文化市議会員マリアナ・ピネダ、映画アカデミー会長フェルナンド・メンデス=レイテなどの列席にて発表になりました。開催期間は3月1日から10日まで、前回は10日から19日、前々回は18日から27日でしたので大分早まりました。3月になったらと、のんびり構えていましたがとんだ番狂わせです。セクション・オフィシアルの紹介も間に合わず、すべてが後追いのアップになります。例年通り大賞マラガ―スール賞を含む特別賞から紹介いたします。
(後列左から4人目メンデス=レイテ、マリアナ・ピネダ、アントニオ・ビガル)
★ナリタ・スタジオ制作の公式ポスターはマラガ市の三大要素を表現したそうで、バックの青色はマラガのコスタ・デル・ソルの海と空、白色は海岸ゾーンの日陰棚パーゴラを表したヤシ林、丸いオレンジ色はマラガを代表するポピュラーなお菓子トルタ・ロカ、パイ生地を2枚重ねた中にカスタードクリームを入れ、上にオレンジのフロスティングとサワーチェリーをトッピングしたケーキの三つです。
★マラガ映画祭はスペイン語(カタルーニャ語、バスク語、ガリシア語を含む)とポルトガル語の映画に特化した映画祭、従ってスペイン、ポルトガル以外ではラテンアメリカ諸国からの応募が主ですが、2言語であれば国は問わないということです。2月10日に開催されたゴヤ賞でもノミネーション、受賞作が本祭から選ばれており、秋のサンセバスチャン映画祭同様重要な春の映画祭です。メイン会場はセルバンテス劇場で、前庭にレッドカーペットが敷かれます。
*マラガ映画祭2024特別賞*
◎マラガ―スール賞(スール紙とのコラボ)
ハビエル・カマラ(俳優、監督)、1967年ラ・リオハ生れ、舞台俳優を目指してログローニョの演劇学校で演技を学んだ後、マドリードの王立演劇芸術上級学校PESADで本格的に学ぶ。キャリア&フィルモグラフィーは、ダビ・トゥルエバの『「ぼくの戦争」を探して』で紹介していますが、別途アップの予定。
*キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2014年11月21日
◎レトロスペクティブ賞―マラガ・オイ(マラガ・オイ紙とのコラボ)
マルセロ・ピニェイロ(監督、脚本家、製作者)、1953年ブエノスアイレス生れ、代表作は実話をベースにした『逃走のレクイエム』(20)がヒット、ゴヤ賞2001スペイン語外国映画賞を受賞した。2009年『木曜日の未亡人』、2013年『イスマエル』、2005年の「El método」でキャリア&フィルモグラフィー紹介をしています。
*『逃走のレクイエム』の作品紹介は、コチラ⇒2022年06月16日
*キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2013年12月19日
◎マラガ才能賞―マラガ・オピニオン(マラガ・オピニオン紙とのコラボ)
ピラール・パルメロ(監督、脚本家)、北スペインのサラゴサ生れ、2020年デビュー作『スクールガールズ』がベルリン映画祭でプレミアされ、同年マラガ映画祭の金のビスナガ作品賞を受賞した。続く第2作「La maternal」はサンセバスチャン映画祭2022セクション・オフィシアルにノミネートされた。キャリア&フィルモグラフィー紹介をしています。
*『スクールガールズ』の作品紹介は、コチラ⇒2020年03月16日
*「La maternal」の作品紹介は、コチラ⇒2022年08月01日
◎リカルド・フランコ賞(映画アカデミーとのコラボ)
アナ・アルバルゴンサレス(美術監督、プロダクションデザイナー、衣装デザイナー)、1962年マドリード生れ、1984年、ヘラルド・ベラが美術監督を務めたイタリアと共同製作したTVシリーズ「Las pazos de Ulloa」の衣装デザイナーとしてキャリアをスタートさせた。1986年、マヌエル・グティエレス・アラゴンの「La mitad del cielo」(金貝賞受賞作品)の衣装を手掛けたベラのアシスタントとして参加、後にベラが監督した「La Celestina」ではゴヤ賞1997美術賞にノミネートされた。当時若手女優として脚光を浴びるようになったペネロペ・クルスやマリベル・ベルドゥが着用する中世末期の衣装の時代考証が評価されたもの。他にカルロス・サウラの『恋は魔術師』(86)、リカルド・フランコの「Berlin Blues」(88)など、ベラのアシスタントとして実績を重ねていく。
★またイボンヌ・ブレイクのアシスタントとして彼女の薫陶を受けている。ブレイクはイギリス出身だがスペイン映画アカデミー会長を引き受け、その在任中の2018年に急逝したオスカー賞受賞者でもある衣装デザイナーでした。サウラの「La noche oscura」でゴヤ賞1990衣装デザイン賞にノミネート、カンヌ映画祭1995でプレミアされたケン・ローチの『大地と自由』(英独西伊仏米合作)でも衣装デザインを手掛けている。2011年、アグスティ・ビリャロンガの『ブラック・ブレッド』で遂にゴヤ賞とガウディ賞の美術賞をダブるで受賞でき、遂にトロフィーを手にすることができた。ビリャロンガとは「Incerta Gloria」でガウディ賞2018にノミネートされている。TVシリーズの超大作『ゲーム・オブ・スローンズ』(11~19)に2015年から17年にかけて美術監督として20話手掛けている。TVシリーズではHBOのため2022年「¡Garclia!」(6話)、古くはエンリケ・ウルビスの『貸金庫507』のプロダクションデザインと美術に参加している。
(美術賞のトロフィーを手にしたアナ・アルバルゴンサレス、ゴヤ賞2011授賞式)
◎ビスナガ・シウダ・デル・パライソ賞
ロラ・エレーラ(映画、舞台、TV女優)、1935年バジャドリード生れ、88歳の現役女優です。初登場、長いキャリアということで次回別途にアップいたします。
◎金の映画
「Las nuevos españoles」(1974、仮訳「新しいスペイン人」)、監督ロベルト・ボデガス(マドリード1933~2019)は監督、脚本家。ナショナル・シンジケート・オブ・スペクタル1974年の最優秀芸術功績賞、作品・脚本賞他を受賞。キャストはホセ・サクリスタン、マリア・ルイサ・サン・ホセ、アンパロ・ソレル・レアル、アントニオ・フェランデス、マヌエル・アレクサンドル他、スペインの保険会社が多国籍企業に吸収合併されたため近代化を図ることになる。従業員は新しい状況と目標に適応するための訓練を家族ぐるみで受けねばならなくなる。70年代の多国籍企業のエリート社員をからかったコメディ。
(ホセ・サクリスタン、マリア・ルイサ・サン・ホセを配したポスター)
★ボデガスはポピュラーとインテレクチュアルの中間を狙った第三の路線〈tercera vía〉を模索した監督。長年にわたって助監督を務め、1971年、「Españolas en París」(仮訳「パリのスペイン女性たち」)で長編デビュー、1970年代にパリにメイドとして出稼ぎに行く女性たちの姿を描いた。昨年鬼籍入りしたラウラ・バレンスエラ、ゴヤ賞2024のホストを務めたアナ・ベレンなどが主演している。1972年のシネマ・ライターズ・サークル新人賞、作品賞、女優賞(ラウラ・バレンスエラ)など受賞歴多数。
(晩年のロベルト・ボデガス)
アントニオ・メンデス・エスパルサの新作*ゴヤ賞2024 ④ ― 2024年01月11日 19:07
「Que nadie duerma」主演のマレナ・アルテリオ
★アメリカ在住が長かったアントニオ・メンデス・エスパルサがスペインに戻って撮った4作め「Que nadie duerma」が話題になっている。主役のマレナ・アルテリオが本作でフォルケ賞女優賞を受賞して、賞レースに名乗りを上げました。もともとマレナか、またはアルバロ・ガゴのデビュー作「Matria」主演のマリア・バスケスのどちらかと予想していたので驚きはありませんでした。当ブログでは第1作『ヒア・アンド・ゼア』(12)から『ライフ・アンド・ナッシング・モア』(17)、ドキュメンタリー『家庭裁判所 第3H法廷』(20)ともれなく紹介しております。フアン・ホセ・ミリャスの同名小説の映画化、ベルランガ流のクラシック・コメディということもあって紹介する次第です。
*『ヒア・アンド・ゼア』と『ライフ・アンド・ナッシング・モア』の作品紹介は、
*『家庭裁判所 第3H法廷』の作品紹介は、コチラ⇒2020年08月05日/同年12月07日
「Que nadie duerma」(「Let Nobody Sleep」・「Samething Is About to Happen」)
製作:Aquí y Allí Films / ICAA / Que Nadie Duerma / Wanda Visión S.A.
監督:アントニオ・メンデス・エスパルサ
脚本:アントニオ・メンデス・エスパルサ、クララ・ロケ
原作:フアン・ホセ・ミリャスの “Que nadie duerma”(2018年刊)
撮影:バルブ・バラソイウ
音楽:セルティア・モンテス
編集:マルタ・ベラスコ
キャスティング:マリア・ロドリゴ
美術:ロレナ・プエルト
衣装デザイン:クララ・ビルバオ
メイクアップ&ヘアー:エレナ・カスターニョ、パトリシア・ベルダスコ・モンテロ
プロダクション・マネージメント:ダビ・エヘア、アルムデナ・イリョロ
製作者:アマデオ・エルナンデス・ブエノ、ペドロ・エルナンデス・サントス、ミゲル・モラレス、アルバロ・ポルタネット・エルナンデス、ほかエグゼクティブプロデューサー多数
データ:製作国スペイン、ルーマニア、2023年、スペイン語。サスペンス・ドラマ、122分、撮影地マドリードのウセラ、 配給Aquí y Allí Films(スペイン)、公開スペイン2023年11月17日
映画祭・受賞歴:バジャドリード映画祭2023ゴールデン・スパイク賞ノミネート(ワールドプレミア)、ホセ・マリア・フォルケ賞2024女優賞受賞(マレナ・アルテリオ)、ディアス・デ・シネ賞スペイン女優賞(同)、シネマ・ライターズ・サークル賞2024ノミネート、ゴヤ賞2024主演女優賞、フェロス賞2024主演女優・助演女優(アイタナ・サンチェス=ヒホン)・オリジナル作曲賞(セルティア・モンテス)
キャスト:マレナ・アルテリオ(ルシア)、アイタナ・サンチェス=ヒホン(ロベルタ)、ロドリゴ・ポワソン(ブラウリオ・ボタス)、ホセ・ルイス・トリホ(リカルド)、マリオナ・リバス(ファティマ)、マリアノ・リョレンテ(エレロス)、マヌエル・デ・ブラス(フアンホ)、イニィゴ・デ・ラ・イグレシア、フェデリコ・ペレス・レイ、イグナシオ・イサシ(ルシアの隣人)、ほか多数
ストーリー:ルシアはコンピューター・プログラマーとしての仕事を突然失ったとき、人生を変えようと決心する。タクシー運転手になりマドリードの街を旅することにしました。タクシーの運転手はかつて出会った男性と遭遇する可能性が非常に高い仕事です。ルシアの頭のなかは日常と非日常が錯綜しながら、厳しい現実とそこからの逃避が奇妙に調和して、観客を置き去りにするまでブレーキなしで走ります。
(タクシードライバーになったルシア)
フアン・ホセ・ミリャスの同名小説の映画化
★主人公はコンピューター・プログラマーの職を解雇されるとタクシー運転手に転職する。このような奇抜な発想をする女性の頭のなかを理解するのはそんなに簡単ではない。フアン・ホセ・ミリャスの同名小説 “Que nadie duerma” の映画化、作家はバレンシア生れ(1946)の77歳、机は勿論のこと壁といわず床といわず山のような本に埋もれて執筆している。3年おきぐらいに新作を発表しているので、本人も出版社も多くてあと3冊くらいと考えている。映画全体のトーンが少し奇妙で観客を不安にさせ当惑させるけれども、文学的な枠組みがあるから飽きさせないようです。
(フアン・ホセ・ミリャスと原作の表紙)
★脚本はアントニオ・メンデス・エスパルサ(マドリード1978)と、2021年、東京国際映画祭とラテンビートFFの共催作品に選ばれた『リベルタード』で監督デビューしたクララ・ロケ(バルセロナ1988)が共同執筆している。彼女は監督より「監督と一緒に仕事ができる脚本家が性にあっている」と語っているように、脚本家としての実績は豊富です。影響を受けている監督の一人にメンデス・エスパルサを挙げていたから、共同執筆は自然な流れでしょうか。監督が『家庭裁判所 第3H法廷』完成後に、「次回作はベルランガ流のクラシック・コメディ」と予告していた作品が本作である。
*クララ・ロケの『リベルタード』の紹介は、コチラ⇒2021年10月12日
★ポスターにあるルシアの後ろに見える黒い鳥はカラスのように見えるが、この鳥はルシアの10歳の誕生日に母親がプレゼントしたものらしい。母親が10歳の娘の誕生日にプレゼントする代物にしてはクレージーだし謎めいている。貰った子供の人生が平穏に進むとは思えない。またタクシー運転中のサウンドトラックが、プッチーニのオペラ『トゥーランドット』のアリア〈誰も寝てはならぬ Nessum dorma〉となると、観客はどうすればいいのか当惑する。観客に届けられた映画は、愛のコメディ風でもあり、サスペンスでもあり、予告編からはホラーの要素もうかがえる。
(ルシアの背後にいる謎めいた黒い鳥)
★マレナ・アルテリオは、1974年ブエノスアイレス生れ、、映画、舞台、テレビの女優、クラシックとコンテンポラリーのダンサー、歌手、楽器はフルートと多才。当時アルゼンチンは軍事独裁制を敷いており、反体制派だった俳優の父親エクトル・アルテリオが殺害予告を受けていた。マレナは生後6ヵ月で家族とともにマドリードに政治亡命する。エルネスト・アルテリオは兄、2003年ルイス・ベルメホと結婚(~2016)、アルゼンチンとスペインの二重国籍を持ち。両国で活躍している。同じアルゼンチンから亡命したクリスティナ・ロタ演劇学校で4年間演技を学ぶ。舞台女優としてキャリアをスタートさせた。
(新作のフレームから)
★映画デビューは、エバ・レスメスの「El palo」でゴヤ賞2001新人女優賞にノミネートされた。ゴヤ賞の受賞はないが、プレゼンターや現在94歳になる父親エクトルのゴヤ賞2004栄誉賞のトロフィーを兄エルネストと手渡しており、今回の主演女優賞受賞が待たれている。当ブログ紹介作品に、2010年、ミゲル・アルバラデホのシリアスドラマ「Nacidas para sufrir」では修道女を好演した。昨2023年のヘラルド・エレーロの「Bajo terapia」などがある。他にマルク・クレウエトの「Espejo, espejo」(22)が『シングル・オール・ザ・ウェイ』の邦題でNetflix配信が予定されているようです。映画に先行して出演したた舞台では、クリスティナ・ロタ演出のほか、チェーホフやブレヒト劇にも出演しており、映画と舞台の二足の草鞋を履いている。
(父親のゴヤ栄誉賞受賞を喜ぶアルテリオ親子、ゴヤ賞2004ガラ)
★3年に及ぶ長寿TVシリーズ「Aqui no hay quien viva」(2003~06、91話)でスペインのお茶の間に新参、スペイン俳優組合2003助演女優賞を受賞、他に「Vergüenza」(2017~20、23話)でハビエル・グティエレスと夫婦役を演じ、2018年のフォトグラマス・デ・プラタ、スペイン俳優組合、フェロス主演女優賞を受賞している。他に「Señoras del (h) AMPA」(2019~21、26話)に出演している。
★アントニオ・メンデス・エスパルサのキャリア&フィルモグラフィーは、上記の作品紹介で既にアップしております。共演者のアイタナ・サンチェス=ヒホン(ローマ1968)は、2015年にスペイン映画アカデミーの金のメダルを恩師フアン・ディエゴと受賞した折に紹介しております(彼は2022年に鬼籍入りしてしまいました)。舞台に専念して銀幕から遠ざかっていた時期もありましたが、頭の回転が早くて、エレガントで、その舞台で鍛えた演技力には文句の付けようがありません。アルテリオによると「彼女との撮影は驚きの連続で、舞台のリハーサルでは経験ありますが、映画ではなかった」と絶賛している。
(アイタナ・サンチェス=ヒホン、アルテリオ、フレームから)
★ゴヤ賞はアルモドバルの『パラレル・マザーズ』の助演女優賞ノミネートだけです。『パラレル・マザーズ』でフェロス賞、イベロアメリカ・プラチナ賞を受賞している。本作でフェロス賞にノミネートされているほかノミネートは多数ありますが、受賞に至っていない。フラン・トレスのデビュー作「La jefa」(22)が『ラ・ヘファ:支配する者』でNetflixで配信されている。
*アイタナ・サンチェス=ヒホンの紹介記事は、
(監督とアルテリオ)
(アイタナ、監督、マレナ、2023年11月17日マドリード公開にて)
(アルテリオ、監督、アイタナ・サンチェス=ヒホン、バジャドリード映画祭2023)
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