『日曜日の憂鬱』 ラモン・サラサールの新作*ネットフリックス2018年06月21日 12:37

            母と娘の対決はスシ・サンチェスとバルバラ・レニーの女優対決

 

     

★ベルリン映画祭2018「パノラマ」部門に正式出品されたラモン・サラサールの第4作目La enfermedad del domingo(「Sunday's Illness」)が、『日曜日の憂鬱』という若干ズレた邦題で資金を提供したネットフリックスに登場いたしました。三大映画祭のうち大カンヌは別として、ベルリナーレやベネチアはNetflixを排除していません。観て元気がでる映画ではありませんが、デビュー作『靴に恋して』同様シネマニア向きです。母娘に扮したスシ・サンチェスバルバラ・レニーの女優対決映画でしょうか。以下に既に紹介しているデータを再構成してアップしておきます。

La enfermedad del domingo」の内容、監督キャリア紹介記事は、コチラ20180222

 

La enfermedad del domingo(「Sunday's Illness」)

製作:Zeta Cinema / ON Cinema / ICEC(文化事業カタルーニャ協会)/

     ICOInstituto de Credito Oficial/ICAA / TVE / TV3 / Netflix

監督・脚本:ラモン・サラサール

撮影:リカルド・デ・グラシア

音楽:ニコ・カサル

編集:テレサ・フォント

キャスティング:アナ・サインス・トラパガ、パトリシア・アルバレス・デ・ミランダ

衣装デザイン:クララ・ビルバオ

特殊効果:エンリク・マシプ

視覚効果:イニャキ・ビルバオ、ビクトル・パラシオス・ロペス、パブロ・ロマン、

     クーロ・ムニョス、他

製作者:ラファエル・ロペス・マンサナラ(エグゼクティブ)、フランシスコ・ラモス

 

データ:製作国スペイン、スペイン語・フランス語、2018年、113分、ドラマ、撮影地バルセロナ、ベルリン映画祭2018パノラマ部門上映220日、ナント・スペイン映画祭フリオ・ベルネ賞、観客賞受賞、スペイン公開223日、Netflix本邦放映 6

 

キャスト:バルバラ・レニー(キアラ)、スシ・サンチェス(母アナベル)、ミゲル・アンヘル・ソラ(アナベルの夫ベルナベ)、グレタ・フェルナンデス(ベルナベの娘グレタ)、フレッド・アデニス(トビアス)、ブルナ・ゴンサレス(少女時代のキアラ)、リシャール・ボーランジェ(アナベルの先夫マチュー)、デイビット・カメノス(若いときのマチュー)、Abdelatif Hwidar(町の青年)、マヌエル・カスティーリョ、カルラ・リナレス、イバン・モラレス、ほか牝犬ナターシャ

   

プロット8歳のときに母親アナベルに捨てられたキアラの物語。35年後、キアラは変わった願い事をもって、今は実業家の妻となった母親のもとを訪れてくる。理由を明らかにしないまま、10日間だけ一緒に過ごしてほしいという。罪の意識を押し込めていたアナベルは、娘との関係修復ができるかもしれないと思って受け入れる。しかし、キアラには隠された重大な秘密があったのである。ある日曜日の午後、キアラに起こったことが、あたかも不治の病いのように人生を左右する。アナベルは決して元の自分に戻れない、彼女の人生でもっとも難しい決断に直面するだろう。長い不在の重み、無視されてきた存在の軽さ、地下を流れる水脈が突然湧き出すような罪の意識、決して消えることのない心の傷、生きることと死ぬことの意味が語られる。母娘は記憶している過去へと旅立つ。                              (文責:管理人)

 

          短編「El domingo」をベースにした許しと和解

 

A: 前回触れたように、2017年の短編El domingo12分)が本作のベースになっています。キアラと父親が森の中の湖にピクニックに出かける。しかしママは一緒に行かない。帰宅するとママの姿がない。キアラは窓辺に立ってママの帰りを待ち続ける。出演はキアラの少女時代を演じたブルナ・ゴンサレスと父親役のデイビット・カメノスの二人だけです。ブルナ=キアラが付けているイヤリングをバルバラ=キアラも付けて登場する。不服従で外さなかったのではなく理由があったのです。

B: 多分家出した母親が置いていったイヤリング、アナベルなら一目で我が娘とわかる。スタッフはすべて『日曜日の憂鬱』のメンバーが手掛けており、二人は本作ではキアラが母親に見せるスライドの中だけに登場する。母娘はそれぞれ記憶している過去へ遡っていく。後述するがリカルド・デ・グラシアのカメラは注目に値する。

 

    

 (キアラが規則を無視して外さなかったイヤリングを付けた少女キアラ、短編El domingo

 

A: キアラの奇妙な要求「10日間一緒に過ごすこと」の謎は、半ばあたりから観客も気づく。お金は要らないと言うわけですから最初からうすうす気づくのですが、自分の予想を認めたくない。

B: 観客は辛さから逃げながら見ている。しかし、具体的には最後の瞬間まで分かりません。許しと和解は避けがたく用意されているのですが、歩み寄るには或る残酷な決断が必要なのです。

 

A: 二人の女優対決映画と先述しましたが、実際に母娘を演じたスシ・サンチェスバルバラ・レニーの一騎打ちでした。ほかはその他大勢と言っていい(笑)。来年2月のゴヤ賞ノミネーションが視野に入ってきました。

B: 「その他大勢」の一人、霊園で働いている飾り気のない、キアラの数少ない理解者として登場するトビアス役のフレッド・アデニスが好印象を残した。

  

    

 (撮影合間に談笑する、フレッド・アデニスとバルバラ・レニー、キアラの愛犬ナターシャ)

 

A: アデニスとベルナベの娘役グレタ・フェルナンデスは、イサキ・ラクエスタ&イサ・カンポの『記憶の行方』(「La próxima piel16Netflix)に出演している。二人ともカタルーニャ語ができることもあってバルセロナ派の監督に起用されている。グレタはセスク・ゲイの「Ficció」で長編デビュー、『しあわせな人生の選択』(「Truman)にもチョイ役で出演していた。

 

      

       (義母の過去を初めて聞かされるグレタ、グレタ・フェルナンデス)

 

B: フェルナンド・E・ソラナス作品やカルロス・サウラの『タンゴ』(98)などに出演したミゲル・アンヘル・ソラが、アナベルの現在の夫役で渋い演技を見せている。

A: アルゼンチン出身ですがスペイン映画の出演も多い。アルゼンチンの有名な映画賞マルティン・フィエロ賞を2回受賞しているほか、舞台でも活躍している実力者。フランスからアナベルの先夫マチュー役にリシャール・ボーランジェを起用、キャスト陣は国際色豊かです。

 

B: 本作と『記憶の行方』の導入部分は似てますね。ツララが融けていくシーンが音楽なしで延々と流れる。両作とも全体に音楽が控えめなぶん映像に集中することになる。

A: 音楽については後述するとして、マラガ映画祭2016の監督賞受賞作品です。カタルーニャ語映画でオリジナル題は「La propera pell」、作家性の強い、結末が予測できないスリラーでした。こちらもピレネーを挟んだスペインとフランスが舞台でした。

 

        「あまりに多くのことを求めすぎた」ことへの代償

 

B: ストーリーに戻ると、冒頭のシーンはピレネーの山間らしく樹間に湖が見える。映像は写真のように動かず無音である。祠のような大穴のある樹幹が何かを象徴するかのように立っている。若い女性が現れ穴の奥を覗く、これが主役の一人キアラであることが間もなく分かる。

A: この穴は伏線になっていて、後に母親アナベラの夢の中に現れる。湖も何回か現れ、謎解きの鍵であることが暗示される。シーンは変わって鏡に囲まれたきらびやかな豪邸の広間を流行のドレスを身に纏った女性がこちらに向かって闊歩してくる。ハイヒールの留め金が外れたのか突然転びそうになる。伏線、悪夢、鏡、悪い予感など、不穏な幕開けです。

 

       

            (樹幹の大きい穴を覗き込むキアラ)

 

B: 冒頭で二人の女性の生き方が対照的に描かれるが、最初はことさら不愛想に、無関心や冷淡さが支配している。なぜ母親は娘を置いて失踪したのか、なぜ娘は風変わりな願いを携えて、35年ぶりに唐突に母親に会いに来たのか、娘はどこに住んでいるのか、謎のまま映画は進行する。

A: 復讐か和解か、キアラの敵意のある眼差しは、時には優しさにあふれ、陰と陽が交互にやってくる。謎を秘めたまま不安定に揺れ動く娘、罪の意識を引きずってはいるが早く合理的に解決したい母、歩み寄るには何が必要か模索する。日曜日の午後、派手な化粧をして出ていったまま戻ってこない。それ以来、娘は窓辺に立って母を待ち続ける。娘にとって母の長い不在の重さは、打ち捨てられた存在の軽さに繋がる。

 

B: 母親が消えた8歳から溜め込んできた怒りが「お母さんにとって私は存在しない」というセリフになってほとばしる。「木登りが大好きだった」という娘のセリフから、帰宅する母親を遠くからでも見つけられるという思いが伝わってくる。ウソをつくことが精神安定剤だった。

A: アナベラは母よりも女性を優先させた。キアラが死んだことにしたマチューとの邂逅シーンで「あまりに多くのことを求めすぎた」と語ることになる。二人の青春は1960年代末、先の見えないベトナム戦争にアメリカのみならず世界の若者が反旗を翻し、大人の権威が否定された時代でした。

 

B: アナベラもマチューも辛い記憶を封印して生きてきた。「遠ざけないと生きるのに邪魔になる思い出がある」と、今は再婚してパリで暮らしているマチュー。

A: 記憶はどこかに押し込められているだけで消えてしまったわけではない。しかし辛い過去の思い出も作り直すことはできる。楽しかった子供の頃のフィルムを切り貼りして、別の物語を作ってキアラは生きてきた。

 

         

     (光の当て方が美しかった、スライドを見ながら過去の自分と向き合う母娘)

 

B: 全体的に音楽が入るシーンは少なく、だからアナベラがママ・キャスのバラード「私の小さな夢」の曲に合わせて踊るシーンにはっとする。外にいると思っていたキアラが部屋の隅にいて、踊っている母を見詰めて笑っている。そして「楽しそうでよかった」というセリフが入る。

A: 緊張が一瞬ほどけるシーン、「私の小さな夢」は1968年発売のヒット曲、アナベラの青春はこの時代だったわけです。ママ・キャスは絶頂期の32歳のとき心臓発作で亡くなったが、父親を明かさない娘がいたことも話題になった。時代設定のためだけに選曲したのではなさそうです。

 

B: 1968年当時、アナベラがマチューと暮らしていただろうフランスでは、怒れる若者が起こした「五月革命」が吹き荒れた時代でもあった。キアラが母親を連れ帰った家は、ピレネー山脈の山間の村のようです。今はキアラが愛犬のナターシャと住んでいるが、35年前は親子三人で暮らしていた。

A: フランス側のバスクでしょうか。「ラ・ロッシュの先は迷うから危険」という村人のセリフから、レジオン的にはヌーヴェル=アキテーヌ地域圏かなと思います。実際そこで撮影したかどうか分かりませんし、この地名に何か意味があるのかどうかも分かりません。

 

          キアラは「キアラ・マストロヤンニ」から取られた名前

 

B: キアラというイタリアの名前を付けた理由は「イタリアのナントカという苗字は忘れたが、その俳優の娘から取った」とアナベル。それでマルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーヴの娘キアラ・マストロヤンニから取られたと分かる。

A: フランスの女優キアラ・マストロヤンニのこと。二人の初顔合せはフェリーニの『ひきしお』(71)で、正式には結婚しませんでしたが、娘は1972年生れです。ですからキアラ誕生はそれ以降となり、現在は2016年頃の設定になっているようです。多分マチューとアナベルも籍は入れなかった設定でしょうね。アナベルが消えてしまう一つの理由が映画をやりたいからでした。

 

B: 残された娘はやれ切れない。情緒不安定、起伏の激しい人格を演じるのにバルバラ・レニーは適役です。非日常的な雰囲気をつくるのが得意です。

A: スシ・サンチェスは、もっと上背があると思っていましたが、意外でした。バルセロナの豪邸では大柄に見えましたが、だんだん小さくなっていくように見えた。その落差が印象的でした。来年の話で早すぎますすが、二人ともゴヤ賞2019女優賞ノミネートは確実ですね。

 

     

                        (自宅の客間を闊歩するアナベル)

 

B: ゴヤ賞ついでに撮影監督リカルド・デ・グラシア1972年、マドリード)について触れると、こちらもゴヤ賞ノミネートは間違いないのではないか。心に残るシーンが多かった。

A: サラサール監督の第2作、コメディ・ミュージカル20 centimetros、第310.000 noches en ninguna parteほか、本作のベースになった短編El domingoも手掛けています。ほかの監督では、アレックス・ピナの「KAMIKAZE」(14)、IMDbによればTVシリーズでも活躍している。

                

   (山の斜面を急降下するアナベルとキアラ)

    

B: 冒頭のシーンから惹きつけられます。特に後半、母に抱かれたキアラが雪の積もった山の斜面に敷かれたレールを急降下してくるシーン、ジェットコースターに乗れない人は汗が出る。前方にカメラを積んで撮影したようです。

A: 夜の遊園地で回転木馬がゆっくり回る光のシーン、二人でスライドを見るシーン、最後の静謐な湖のシーン。ただ美しいだけでなく、カメラの目は二人の女優の演技を引き立たせようと周到に向けられている。総じて会話が少ない本作では、俳優の目の演技が要求されるからカメラの果たす役目は大きい。

B: 映像美という言葉では括れない。カメラが映画の質を高めていると感じました。

 

      

       (撮影中のサラサール監督と撮影監督リカルド・デ・グラシア)

 

 

  主要キャスト紹介     

バルバラ・レニーは、『マジカル・ガール』(14、カルロス・ベルムト)以来日本に紹介された映画、例えば『インビジブル・ゲスト悪魔の証明』(16、オリオル・パウロ)、『家族のように』(17、ディエゴ・レルマン)と、問題を抱えこんだ女性役が多い。サラサール作品に初出演、本作で着るダサい衣装でもその美しさは際立つ。彼女の普段着、母親アナベルの豪華な衣装は、母娘の対照的な生き方を表している。

バルバラ・レニーのキャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ2015年0327

 

    

         (35年ぶりに対面する母と娘、バルセロナの豪邸)

 

スシ・サンチェス1955、バレンシア)は、今まで脇役専門でトータル70作にも及ぶ。本作では8歳になる娘を残して自由になろうと過去を封印して別の人生を歩んでいる母親役に挑んだ。日本初登場は今は亡きビセンテ・アランダの『女王フアナ』(01、俳優組合賞助演女優賞ノミネート)のイサベル女王役か。他にもアランダの『カルメン』(04)、ベルリン映画祭2009金熊賞を受賞したクラウディア・リョサの『悲しみのミルク』(スペイン映画祭09)、ベニト・サンブラノの『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び』(11)、アルモドバル作品では『私が、生きる肌』(11、俳優組合賞助演女優賞ノミネート)、『アイム・ソー・エキサイテッド!』(13)、『ジュリエッタ』など、セスク・ゲイの『しあわせな人生の選択』(16)でも脇役に徹していた。『日曜日の憂鬱』で主役に初挑戦、ほかにサラサール作品では、『靴に恋して』以下、「10.000 noches en ninguna parte」(12)でゴヤ賞助演女優賞にノミネートされた他、俳優組合賞助演女優賞を受賞した。TVシリーズは勿論のこと舞台女優としても活躍、演劇賞としては最高のマックス賞2014の助演女優賞を受賞している。

 

        

      (本当の願いを母に告げる娘、スシ・サンチェスとバルバラ・レニー)

 

 

  監督フィルモグラフィー

ラモン・サラサールRamón Salazarは、1973年マラガ生れの監督、脚本家、俳優。アンダルシア出身だがバルセロナでの仕事が多い。1999年に撮った短編Hongosが、短編映画祭として有名なアルカラ・デ・エナーレスとバルセロナ短編映画祭で観客賞を受賞した。長編デビュー作Piedrasがベルリン映画祭2002に正式出品され、ゴヤ賞2003新人監督賞にもノミネートされたことで、邦題『靴に恋して』として公開された。200520 centimetrosは、ロカルノ映画祭に正式出品、マラガ映画祭批評家賞、マイアミ・ゲイ&レスビアン映画祭スペシャル審査員賞などを受賞した。201310.000 noches en ninguna parteはセビーリャ(ヨーロッパ)映画祭でアセカン賞を受賞している。2017年の短編El domingo12分)、2018年のLa enfermedad del domingo」が『日曜日の憂鬱』の邦題でNetflixに登場した。

 

     

「金のメダル」2018はディエゴ・ガラン*映画批評家、監督2018年06月04日 17:15

    「賞賛に値するきキャリアとスペイン映画に対するたゆまぬ支え」を讃えて

 

★去る426日、スペイン映画アカデミーは「賞賛に値するきキャリアとスペイン映画に対するたゆまぬ支え」を讃えて、2018年の金のメダル」受賞者にディエゴ・ガランDiego Galán Fernándezを選んだ。2010年には同アカデミーによって「アルフォンソ・サンチェス賞」を受賞している。ベルリナーレ、マンハイム、ウエスカ、カンヌ(カメラドール)など、各映画祭の審査員も務めている。 

     

         (2010年「アルフォンソ・サンチェス賞」の授賞式にて)

 

1946年モロッコのタンジール生れ、映画批評家、ジャーナリスト、映画監督、TVドキュメンタリー、サンセバスチャン映画祭のディレクターを2度にわたって(19868919952000)手掛けている。二十歳前に故郷を後にしてマドリードに移り住む。最初から映画を目指していたわけではなく、数社の会計の仕事のかたわらマドリードの演劇グループの俳優としての仕事も両立させていた。しかし映画に出会い、たちまちその魅力の虜となって、映画一筋の人生を歩み始めることになった。

 

      

        (映画批評家、監督、ジャーナリストのディエゴ・ガラン)

 

1966年サン・アントン校の旧友たちとシネ・クラブJAASAJuventudes de Antiguos Alumnos del Colegio San Antn)を立ち上げる。1967年から廃刊になる1971年まで「Nuestro Cine」誌に映画批評を執筆する。その後、スペインでも権威のある週刊誌「Triunfo」(1981年閉刊)、1980年から「エル・パイス」紙での映画批評を執筆していたが、5年後にサンセバスチャン映画祭の顧問、続いてディレクトール就任を機会にエル・パイスの執筆を辞退する。

 

1971年、ペドロ・オレアが監督したTVプログラム「10 melodías vascas」や「Tan lejos, tan cerca」、ホセフィーナ・モリーナの「Durero, la búsqueda de la identidad」などで助監督の経験を積んだ後、1972年「Apunte sobre Ana」で短編デビュー、同年ホセ・ルイス・ボラウ2000年、金のメダル受賞)のプロデュースで「El mundo dentro de tres días」、1976カルメロ・ベルナオラ2002年、金のメダル受賞)の音楽で「Tu amiga Marilyn」、1978アンパロ・ソレル・レアル主演で「Una tarde con Dorita Amor」など、70年代は短編を発表している。しかし短編作家が自分の目的ではないと決心、1978TVシリーズ「Memorias del cine español」(ドキュメンタリー14話)の脚本、監督を手掛けている。

 

★代表的なTVシリーズでは、1992年から翌年にかけて放映された「Queridos cómicos」(ドキュメンタリー22話)、2011年の「Una historia de Zinemaldia」(ドキュメンタリー15話)がある。2005年「Pablo G. del Amo」(ドキュメンタリー)は、サンセバスチャン映画祭のサバルテギ部門で上映された後、一般公開された。パナマで開催された第1回イベロアメリカ・プラチナ賞2014で唯一スペインが受賞したドキュメンタリーCon la pata quebrada13)は、カンヌ映画祭2013に正式出品され、ゴヤ賞ノミネーション、トゥリア賞受賞作。スペイン映画に現れた女性像を総括している。続いて撮ったドキュメンタリーManda huevosは、反対に1930年代から2016年の現代までに登場した男性像を熟考したもの、サンセバスチャン映画祭2016のコンペティション外で上映された。

 

     

    (Con la pata quebrada」のポスターを背にしたディエゴ・ガラン

   

 

     

(第1回イベロアメリカ・プラチナ賞授賞式にて)

 

        

            (Con la pata quebrada」でカンヌ・クラシックの賞状を披露する)  

 

      

 (Manda huevos」の語り手カルメン・マチと、サンセバスチャン映画祭フォトコールにて)

 

代表的な著作書

1978年「18 españoles de posguerra」(フェルナンド・ララとの共著)

1984年「Fernando Fernán Gómez, ese señor tan pelirrojo」(フェルナンド・F=ゴメスについて)

1990年「Diez palabras sobre Berlanga」(ガルシア・ベルランガについて)

1992年「15 mensajes a Fernando Rey」(フェルナンド・レイについて)

2002年「50 años de rodaje」(サンセバスチャン映画祭50年の歩み)

2006年「Pilar Miró, nadie me enseñó a vivir」(ピラール・ミロについて)

 

金のメダル」は1991年から始まったスペインのシネアストに贈られる栄誉賞です。選考母体はスペイン映画アカデミー、対象者は監督、俳優、脚本家、製作者、音楽家、撮影監督などすべて、毎年1人(たまに2人)が4月中にアナウンスされ、授賞式は11月です。第1回の受賞者は、ヨーロッパへ回帰したルイス・ブニュエル映画、『哀しみのトリスターナ』『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』、遺作となった『欲望のあいまいな対象』でお馴染みのフェルナンド・レイ、今作の共演者アンヘラ・モリーナも、2013年度の受賞者です。ほかアナ・ベレン95)、サラ・モンティエル97)、コンチャ・ベラスコ03)、ジェラルディン・チャップリン06)、マリベル・ベルドゥ08)、カルメン・マウラ09)、ロサ・マリア・サルダ10)など受賞者に女優が多かった。

 

★最近の受賞者

2014年 アントン・ガルシア・アブリル(作曲家)

2015年 アイタナ・サンチェス=ヒホン(女優)&フアン・ディエゴ(俳優)

    コチラ201508011120

2016年 サンティアゴ・セグラ(俳優・監督)、コチラ201606111123

2017年 ホセ・サルセド(映画編集者)

2018年 ディエゴ・ガラン・フェルナンデス


モニカ・ランダル「ビスナガ・シウダ・デル・パライソ」*マラガ映画祭2018 ⑤2018年03月30日 17:10

          マカロニウエスタン女優または『カラスの飼育』の叔母さん役が有名?

 

2015年に創設られた「ビスナガ・シウダ・デル・パライソ」に選ばれたのは、バルセロナ生れのモニカ・ランダル、伊西合作映画のマカロニウエスタン、例えば『五匹の用心棒』66)やテレンス・ヤングの『レッド・サン』71)出演時にモニカ・ランドールとクレジットされたことから、日本では後者のほうが通りがいい。ということでカルロス・サウラの『カラスの飼育』76)公開時も後者が採用されました。ここでは母親を亡くした三姉妹の世話をする叔母役、現在に過去を絡ませる手法を取り入れたサウラがもっとも輝いていた時代の作品かもしれない。

 

      

            (モニカ・ランダル、『カラスの飼育』から)

 

★過去の受賞者は、フリエタ・セラノエミリオ・グティエレス・カバ、昨年のフィオレリャ・ファルトヤノと、いずれも映画・舞台で活躍したベテラン俳優が選ばれている。レトロスペクティブ賞は目下活躍中のシネアストから選ばれる貢献賞だが、こちらは現役引退に近いシネアストから選ばれているようです。モニカ・ランダルもペドロ・オレアのTiempo de tormenta03)を最後に銀幕からは引退していますが、しばらくはTVシリーズ出演、TV司会者、舞台女優としては現役を続けていた。 

   

モニカ・ランダル(ランドール)Mónica Randall、本名Aurora Juliá i Sarasa19421118日バルセロナ生れ(75歳)、女優、TV司会者、監督。バルセロナのアルテ・ドラマティコで演技を学ぶ。アレハンドロ・ウジョアの劇団員として、コメディ「Cena de matrimonios」などの舞台に立つ。ほかハシント・ベナベンテの「Los intereses creados」、フアン・ホセ・アロンソ・ミリャンの「El alma se serena」などに出演、その後映画界に移り、30年のブランクを経た2009年、ヤスミナ・レサの「Una comedia española」(演出シルビア・ムント)で舞台に戻ってくる。

 

★映画出演はTVシリーズを含めると100作を超える。上述のマカロニウエスタンの他、未公開だがビデオやテレビ放映を含めると結構あります。例えば『殺しの番号77~』(66TV放映、伊西)、『黄金無頼』(67、伊西)、『Dデイ特攻指令』(68、伊西、ビデオ)、『今のままでいて』(78、伊西米)などが挙げられます。これらは代表作というわけではなく、字幕入りで鑑賞可能というだけのことです。映画デビューはホセ・ディアス・モラレスのLa revoltosa63、その後上記のマカロニウエスタンに出演、特に「007」の監督テレンス・ヤングの『レッド・サン』71、仏伊西)は、アラン・ドロン、チャールズ・ブロンソン、三船敏郎出演の異色マカロニウエスタンだった。モニカ自身は脇役に過ぎなかったが、当時の世界三大スターと共演できた映画だった。 

        

         (モニカ・ランダル、三船敏郎、『レッド・サン』から)

 

★マカロニウエスタン・ブームに陰りが見えてきた1968年からスペイン映画出演が増え、ルイス・セサール・アマドリCristina Guzmán68)、ペドロ・ラサガAbuelo Made in Spain69)他、ハイメ・デ・アルミリャンCarola de día, Carola de noche69)、ラファエル・ヒルUn adulterio decente69)など、コスモポリタンで気取った女性のプロトタイプを演じることが多かったが、それはフランコ体制という時代の要請でもあった。Cristina Guzmán」でナショナル・シンジケート・オブ・スペクタクル賞1968助演女優賞を受賞した。

 

★フランコ体制の揺らぎとともにハイメ・デ・アルミリャンのMi querida señolita72)、カルロス・サウラの『カラスの飼育』、アントニオ・ヒメネス=リコRetrato de familia76)、ルイス・ガルシア・ベルランガの「ナシオナル三部作」の第1作目La escopeta nacional78)などに出演する。今ではクラシック映画の名作になっている作品だが、Retrato de familia」でシネマ・ライターズ・サークル賞1976主演女優賞、ナショナル・シンジケート・オブ・スペクタクル賞1976女優賞、「La escopeta nacional」でフォトグラマス・デ・プラタ1978スペイン映画俳優賞を受賞した。

  

  

(主演女優賞を受賞した「Retrato de familia」から)

  

★1987年、ハイメ・デ・アルミリャンの「Mi general」で主役に起用され、フェルナンド・レイ、フェルナンド・フェルナン・ゴメス、エクトル・アルテリオ、ラファエル・アロンソ他、当時の錚々たる男優陣と共演した。本作はモントリオール映画祭1987審査員特別賞を受賞した。1993年、ベルランガの最後の映画となるTodos a la cárcelに出演、先述したように2003年の「Tiempo de tormentaが最後の映画出演となった。

 

  

★その他の受賞歴:1964年からドラマや司会者として出演するようになったテレビでは、1973年のエンターテイメント番組「Mónica a Medianoche」で「TP de Oro」賞のベスト司会者に選ばれたほか、サン・ジョルディ賞2015プロフェショナル・キャリア賞を受賞した。

 

★以上でマラガ映画祭の特別賞紹介はおしまいにして、次回から五月雨式にアナウンスされているコンペティション部門の作品紹介をする予定です。

パコ・デルガドにリカルド・フランコ賞*マラガ映画祭2018 ④2018年03月28日 17:55

       オスカー賞に2回ノミネートされた国際派の衣装デザイナー

       

リカルド・フランコ賞―マラガ映画アカデミー

★今回からマラガ映画アカデミーとのコラボになり、上記のように長い賞名になりました。主に技術面で活躍しているシネアストに贈られる賞です。昨年はメイクアップ・アーティストのシルヴィ・インベールに贈られました。リカルド・フランコは、1949年マドリード生れ、監督、脚本家、俳優、製作者。1998年長らく患っていた心臓病のため48歳という若さで鬼籍入りしてしまいました。日本での紹介作品は、ノーベル文学賞を受賞したカミロ・ホセ・セラの『パスクアル・ドゥアルテの家族』を映画化した『パスクアル・ドゥアルテ』(カンヌ映画祭1976正式出品、スペイン映画祭1984上映)と、『エストレーリャ~星のまわりで』(ゴヤ賞1998作品・監督・脚本賞、スペイン映画祭1998上映)の2作だけかと思います。

リカルド・フランコについての記事は、コチラ201447

 

         アルモドバルやデ・ラ・イグレシア監督とコラボレーション

 

受賞者のキャリア&フィルモグラフィー

パコ・デルガド Francisco Paco Delgado Lopezは、1965年カナリア諸島ランサロテ生れ、衣装デザイナー。1982年物理学を学ぶためマドリードに上京するも3学年で退学、舞台装置と衣装を学ぶためバルセロナに移動する。その後奨学金を貰ってロンドンに移り、12年間舞台装置家として仕事をする。帰国後ヘラルド・ベラLa Celestina1996)に、衣装デザイナーのソニア・グランデの助手として映画界に入る。

 

         

  (『リリーのすべて』で2度目のオスカー賞をノミネートされたパコ・デルガド、2016年)

 

2000年、アレックス・デ・ラ・イグレシアLa comunidad(『13みんなのしあわせ』)を手掛け、第1作目でゴヤ賞2001衣装デザイン賞にノミネートされる。以後デ・ラ・イグレシア映画の『マカロニ・ウエスタン800発の銃弾』02)、『オックスフォード連続殺人』08)、『気狂いピエロの決闘』10、ゴヤ賞2回目のノミネート)、『スガラムルディの魔女』13、ゴヤ賞2回目の受賞、フェニックス映画賞ノミネート)などを担当する。

 

        

       (デ・ラ・イグレシアとデルガド、『気狂いピエロの決闘』から

 

2004年、ペドロ・アルモドバル『バッド・エデュケーション』『私が、生きる肌』11、ゴヤ賞ノミネート)に起用される。パブロ・ベルヘル『ブランカニエベス』12)で初めてゴヤ賞を受賞、ヨーロッパ映画賞、ガウディ賞も受賞、国際映画祭でも高い評価を受けた。ベルヘルの最新作Abracadabra17)も手掛けている。

ヨーロッパ映画賞2013の記事については、コチラ2013112

  

   

       (ゴヤ賞初受賞の『ブランカニエベス』の衣装とデルガド)

 

★国際舞台に躍り出たのは、やはりトム・フーパー『レ・ミゼラブル』13)でオスカー賞や英国映画テレビ芸術アカデミーBAFTAにノミネートされたこと、米国サタン賞を受賞したことでしょうか。同監督の『リリーのすべて』15The Danish Girl」)もオスカー賞、BAFTAにノミネートされたほか、衣装デザイナー・ガウディ賞を受賞した。世界初の性別適合手術を受けたリリー・エルベの実話がもとになっている。

    

    

                   (『リリーのすべて』の衣装をバックに)

 

★最新作はディズニー実写映画A Wrinkle in Time18)、マデレイン・レングルのSFファンタジー小説をエイヴァ・デュヴァーネイが映画化した。邦題は『五次元世界のぼうけん』、クリス・パン、リース・ウィザースプーン、オプラ・ウィンフリー、ミンディ・カリングなどが出演している。 

       

              (オプラ・ウィンフリーとデルガド)

 

「金の映画」ペドロ・オレアUn hombre llamado Flor de Otoño

★本作の公開40周年を記念して選ばれています。主役のホセ・サクリスタンが女装に挑戦、サンセバスチャン映画祭1978の男優銀貝賞を受賞した作品です。ホセ・サクリスタンはカルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』出演より日本での若いファン層を開拓しましたが、マラガ映画祭2014の「レトロスペクティブ賞」の受賞者でもあります。

 

     

       (ホセ・サクリスタン、Un hombre llamado Flor de Otoño」から

 

チリ映画『ナチュラルウーマン』セバスティアン・レリオ2018年03月16日 17:15

                  「私らしく」自分に正直に生きるのは難しい

 

     

セバスティアン・レリオUna mujer fantástica『ナチュラルウーマン』の邦題で公開されました(公開中)。ベルリン映画祭2017にノミネートされて以来、監督フィルモグラフィーを含めて紹介記事を書いてきましたが、第90アカデミー賞外国語映画賞受賞を機に改めて再構成いたしました。先日発表された第5イベロアメリカ・プラチナ賞2018(メキシコのリビエラ・マヤで4月開催)にも作品賞を含めて最多の9部門にノミネートされるなど、依然として勢いは止まりません。前作『グロリアの青春』とメイン・テーマは繋がっています、それは一言でいえば威厳をもった<不服従>でしょうか。

 

  

(オスカー像を手にスピーチする監督、後列左から、フアン・デ・ディオス・ラライン、

ダニエラ・ベガ、フランシスコ・レイェス、パブロ・ラライン、アカデミー賞授賞式にて)

 

 『ナチュラルウーマン』(原題Una mujer fantástica英題「A Fantastic Woman」)

製作:Fabula(チリ)/ Participant Media(米)/ Komplizen Film(独)/ Setembro Cine(西)/

    Muchas Gracias(チリ)/ ZDFARTE(独)

監督:セバスティアン・レリオ

脚本:セバスティアン・レリオ、ゴンサロ・マサ

音楽:マシュー・ハーバート、ナニ・ガルシア(コンポーザー)

撮影:ベンハミン・エチャサレッタ

編集:ソレダード・サルファテ

美術・プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン

衣装デザイン:ムリエル・パラ

 

製作者:フアン・デ・ディオス・ラライン、パブロ・ラライン、セバスティアン・レリオ、ゴンサロ・マサ、(共同)ヤニーネ・ヤツコフスキ、ヨナス・ドルンバッハ、フェルナンダ・デ・ニド、マーレン・アデ、(エグゼクティブ)ジェフ・スコール、ベン・フォン・ドベネック、ジョナサン・キング、ロシオ・ジャデュー、マリアン・ハート

 

データ:製作国チリ=ドイツ=スペイン=米国、スペイン語、2017年、ドラマ、104分、撮影地チリのサンティアゴ。映画祭・限定上映をを除く公開日:チリ201746日、ドイツ同年77日、スペイン同年1020日、米国201822日、日本同年224

 

映画祭・受賞歴:第67回ベルリン映画祭2017正式出品(脚本銀熊賞、エキュメニカル審査員賞スペシャル・メンション、テディー賞)、第65回サンセバスチャン映画祭2017(セバスティアネ・ラティノ賞)、リマ映画祭2017審査員賞、女優賞)、イベロアメリカ・フェニックス賞(作品賞、監督賞、女優賞)、インディペンデント・スピリット賞(外国映画賞)、ナショナル・ボード・オブ・レビュー2017(外国語映画Top 5)、ハバナ映画祭(審査員特別賞、女優賞)、フォルケ賞2018(ラティノアメリカ映画賞)、ゴヤ賞(イベロアメリカ映画賞)、パームスプリングス映画祭(シネラティノ審査員栄誉メンション、外国映画部門の女優賞)、米アカデミー賞外国語映画賞受賞、以上が主な受賞歴。ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞ノミネート以下、多数の国際映画祭ノミネーションは割愛。

 

主なキャスト(『』は公開・映画祭などで紹介された作品)

ダニエラ・ベガ(マリーナ・ビダル)

フランシスコ・レイェス(オルランド・オネット・パルティエル)、『マチュカ』『ネルーダ』『ザ・クラブ』

ルイス・ニェッコ(オルランドの兄弟ガボ)、『ネルーダ』『No』『泥棒と踊り子』

アリネ・クッペンハイム(オルランドの元妻ソニア・ブンステル)、『マチュカ』『サンティアゴの光』

ニコラス・サアベドラ(オルランドの長男ブルーノ・オネット・ブンステル)

アントニア・セヘルス(レストラン店主アレサンドラ)、『No』『ネルーダ』『ザ・クラブ』

トリニダード・ゴンサレス(マリーナの姉ワンダ・ビダル)、『ボンサイ盆栽』『ネルーダ』

アンパロ・ノゲラ(刑事アドリアナ・コルテス)、『トニー・マネロ』『No』『ネルーダ』

セルヒオ・エルナンデス(声楽教師)、『聖家族』『泥棒と踊り子』『No』『グロリアの青春』

アレハンドロ・ゴイク(医師)、『家政婦ラケルの反乱』『ザ・クラブ』

クリスティアン・チャパロ(マッサージ師)、『モーターサイクル・ダイアリーズ』『ネルーダ』

ディアナ・カシス(サウナ受付)

エドアルド・パチェコ(パラメディコ)、『サンティアゴの光』『見間違うひとびと』

ネストル・カンティリャーノ(ガストン)、『No』『ネルーダ』

ロベルト・ファリアス(警察医)、『サンティアゴの光』『No』『ザ・クラブ』『ネルーダ』

ディアブラ(マリーナの愛犬)

 

物語:心と体の性が一致しないトランスのマリーナ・ビダルの自己肯定と再生の物語。サンティアゴ、マリーナは昼間はレストランのウエイトレス、夜はナイトクラブの歌手として働いている。父親ほど年の離れたパートナーのオルランドと平穏に暮らしていた。二人でマリーナの誕生日を祝った夜、オルランドは激しい発作のあと脳動脈瘤のため帰らぬ人となった。マリーナを待ち受けていたのは、理不尽な社会の偏見、彼の家族の非難と暴力の的になることだった。すべてを失ったマリーナの反逆と尊厳を目にした観客は、亡き人の幻影に導かれ風雨に立ち向かう毅然としたマリーナと共に旅に出ることになる。                     (文責:管理人)

 

      時代で変わる「トランスジェンダー」の語義―「みんなトランスです」

 

A: アカデミー賞外国語映画賞最有力候補、公開前のダニエル・ベガ来日など、チリ映画としては話題の豊富な作品でした。日本でのセバスティアン・レリオの知名度がどれくらいか分かりませんが、前作の『グロリアの青春』を気に入った方にはお薦め作品です。

B: ヒロインのマリーナ・ビダルがトランスジェンダー、ベガ自身も同じということですが、この現在使われている「トランスジェンダーTG」という用語は、スペイン語では比較的最近使われだしたもので、語義の捉え方が一定しているのかどうか疑問です。

 

A: パンフ掲載のインタビューでも来日インタビューでも、ベガは「トランスジェンダーTG」とありますが、スペインで最も重要なゲイのグループが出している雑誌「SHANGAY」のインタビューでは、ベガ自身は「私は女性でトランスであることに誇りに思っている」と言ってるだけです。レリオ監督はマリーナを性転換者を意味する「una mujer transexualトランスセクシュアルの女性)」というTSを使用している。ベガ自身とマリーナが同じかどうか、TGなのかTSなのかはっきりしません。

B: 映画ではセリフから性別適合手術を受けた印象でしたが、「心と体の性別に差がある人」、または「誕生時に割り当てられた性別と異なる性で生きている人」という意味では同じですかね。

 

A: オルランドの死の関与を疑うコルテス刑事と医師の会話からは、まだマリーナの身分証明書が男性のままなのが分かる。そこで法的には男性でも「女性として扱ってやって」という刑事のセリフになる。マリーナも申請中だと法的には男性であることを認める。

B: TGの語義は時代とともに変化していて今は過渡期なのかもしれない。日本語の訳語は定まっていませんが、直訳すれば「性別越境者または移行者」になるのでしょうか。

 

A: ベガは「世間が私をどのように分類するか気にしません。自分の名前がトランスというレッテルで括られる必要のない日が来るかもしれませんし、来なくても構わない、どうせ同じことですから。レッテルは洋服のようなもので、脱いだり着たりする。つまり私は妊娠した女性の役でも男性の役でも演じられるということです」と。

B: 「生まれてきたばかりの赤ん坊の肌はすべすべですが、老いて死ぬときには皺だらけです。日々私たちは変化しています。私たちはみんなトランスなんです」とも発言している。映画の中でも愛犬ディアブラDiablaを取り返すときに見せたドスを効かせた声と、敏捷な動きに観客は唖然とする。

         

A: ジェンダーは社会的性別のことで生物学的な性別とは異なる。TSは「法的に戸籍も移行した性別に変えられるTS」とは全く別だと思うのですが、TS の人も広義のTGに含めて使用しているのかもしれません。

 

             映画の構想は「トロイの木馬」だった

  

B: 本作はLGBTがテーマではありません。ベルリナーレでプレミアしたとき、こんなインディ映画がオスカー像をチリにもたらすなんて誰が想像したでしょうかね。

A: 本映画祭の脚本銀熊賞が大きかったと思います。レリオ監督によると、そもそもの出発は「もし愛していた人が自分の腕の中で急に死んでしまったら何が起きるか、予想もつかない悪いことが起こるに違いないという問いが自分を突き動かした」と、昨年のサンセバスチャン映画祭で語っていた。

 

B: 脚本が「トランスセクシュアルの女性に行き着くまで試行錯誤の連続だった」というから、発想の順序が逆ですね。

A: 「トロイの木馬」だったようです。TSの女性は後から飛び出してきて勝利した。クラシック映画を超現代的にコーティングして、社会が価値のある人間と認めていない誰かを主人公にして撮ったら面白いのではないか。例えば、トランスセクシュアルの女性をヒロインにして、あたかも1950年代のジャンヌ・モローのようにエレガントに演じさせたらと考えた。

 

B: そこで当時暮らしていたベルリンからチリに帰国して主人公探しを始め、辿りついたのがダニエラ・ベガだったわけですね。

A: 起用されるまでの経緯は、ベガがあちこちのインタビューで語っているので割愛しますが、監督によるとチリの知人に取材したところ、二人の別々の人物が「それならダニエラ・ベガだよ」と即座に推薦したと。それまでにベガは、マウリシオ・ロペス・フェルナンデスのLa visitaTSのため家族からも疎んじられる女性を演じ、マルセーユ映画祭のような国際映画祭では女優賞を受賞していたからです。

 

        

     (TS の女性エレナ役のベガ、ロペス・フェルナンデスの「La visita」から)

   

B: それにシンガー・ソング・ライターのマヌエル・ガルシアのビデオクリップMaríaに登場したことが大きいのではないか。以来TV出演が増えるなど存在が知られるようになっていた。多分エリート保守派が幅を利かせるチリでも、少しずつ社会変革が進んでいるのでしょう。

A: ベガ自身も「14歳でカミングアウトした時と、13年後の現在では雲泥の差がある」と語っている。社会の壁を破るのは「法より芸術のほうが早かった」とアートの力を実感している。出演を受けたとき、ハリウッドで脚光を浴びるとは夢にも思わなかったはずです。

 

      

      (ダニエラ・ベガ、マヌエル・ガルシアのビデオクリップ《María》から)

 

 

       『ナチュラルウーマン』にはドン・ペドロはおりません

  

B: ルイ・マルやヒッチコック映画へのオマージュ、目配せのシーンが多数あるとパンフのインタビューにありました。マリーナがマイケル・ジャクソンみたいに風に向かって前傾して歩くシーンはバスター・キートンからの連想とか。スペイン語圏の人はチャップリンよりキートン好きが多い。

A: ルイ・マルのデビュー作『死刑台のエレベーター』58)のジャンヌ・モロー、ヒッチコックの『めまい』(58)、撮影中常に頭にあったのはブニュエル『昼顔』66)だったそうです。

 

B: 大勢からアルモドバルの『オール・アバウト・マイ・マザー』99)他、アルモドバルの影響を質問されるが、「とても光栄なことだが無関係」と否定していますね。

A: 「登場人物にトランスセクシュアルな女性が出てきたり、メロドラマへの目配せやスリラーを交差させることなどあると観客はアルモドバルを連想するけれど、『ナチュラルウーマン』にはドン・ペドロはおりません」と言ってます。

B: ダニエラ・ベガが演じたマリーナには、モンローのエレガントな雰囲気が漂っている。多分監督がベガに50年代のクラシック映画に現れたヒロインたちを研究するよう示唆したせいだと思いますね。

   

A: 構想から脚本完成まで1年半ほどかかった。ベルリンに戻ってからは、ベガとの取材や連絡は電話とかスカイプを利用し、シナリオが半分くらいにきたところで「主役を探さなくても目の前にいるじゃないか」とパチンときた。

B: つまり「ダニエラがマリーナ」だったわけですね。人との出会いは不思議ですね。

 

      マリーナに寄り添う巧みな選曲、心に沁みる「オンブラ・マイ・フ」

           

A: 本作では音楽の占める位置が重要です。邦題が「ファンタスティック・ウーマン」から「ナチュラルウーマン」になったのは、アレサ・フランクリンの名曲「A Natural Woman」の「You make me feel like a

natural woman( あなたのそばにいると、ありのままの自分でいられる)」から採られている。個人的には内容からして、ことさら「ファンタスティック」を「ナチュラル」に変える必要がどこにあったのかと思っています。

B: マリーナは「あなたがいなくなっても、ありのままの自分でいられる」自立した女性に生れ変わるのだから、これこそ「ファンタスティック・ウーマン」です。

 

A: セルヒオ・エルナンデスが演じた歌の先生の伴奏で歌う「Sposa son disprezzata(蔑ろにされている妻)」という曲は、ボーイソプラノの美声を保つために去勢したオペラ歌手(カストラート)だったファリネッリのために書かれたものだそうです。

B: ファリネッリはバロック時代に実在した有名なカストラート、『王は踊る』のジェラール・コルビオがファリネッリのビオピック『カストラート』(94)を撮っている。

A: ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞の受賞作品でした。悲劇には違いないですが最後には光がさすところなど、マリーナとファリネッリを重ね合わせている印象をもちました。

 

B: 「愛を探しにきたのかも」というマリーナに対して、先生は「君が探しているのは愛ではない」と諭す。聖フランシスコは愛をくれ平和をくれとは言わない。

A: 聖フランシスコは「私を君の愛の手段に、君の平和の手掛かりに」と言っているだけだと。浮いたセリフに聞こえるシーンですが、マリーナが心を許している数少ない登場人物の一人がこの歌の先生、常にベガを支えてくれる父親の姿が投影されているようだ。両親の支えがなかったら今日のダニエラ・ベガは存在しない。

   

B: 「私の人生は自分で決めたい。もし賛成してくれるなら、それはファンタスティックだ」と打ち明けたとき「分かったよ、一緒に進もう」と言ってくれた父親、「それで何か問題がある? ないでしょ」と応じてくれた母親、予想される世間の中傷をものともしない家族の存在は大きい。

A: 先生を演じたセルヒオ・エルナンデスはチリのベテラン、パブロ・ララインの『No』や『グロリアの青春』にも出演している。観客を一時和ませてくれる役柄でした。

 

B: 愛犬ディアブラを取り戻したマリーナがラストで歌うヘンデルの「Ombra mai fu(オンブラ・マイ・フ)」も、カストラートのために作曲された。

A: 厳しい日差しを遮ってくれるプラタナスの木陰に感謝する曲、偏見からマリーナを守ってくれた亡きオルランドへ捧げる歌になっている。エモーショナルなシーンでした。

B: 冒頭のナイトクラブでマリーナが楽しそうに歌っていた、サルサ歌手エクトル・ラボーの「Periodico de ayer(昨日の新聞)」、マリーナがディスコで踊りまくるファンタスティックなシーンで流れるのはマシュー・ハーバートのスコア、エンディングではアラン・パーソンズの別れを受け入れる「Time」など、総じて音楽が映画を魅力あるものにしている。

 

      

          (ラストで「オンブラ・マイ・フ」を歌うマリーナ)

 

         愛と寛容、レジスタンスと尊厳―「私たちは何者であるか?」

 

A: 本作はトランスの人々の権利について論争を起こしましたが、チリのエリート階級は保守派で占められ、ラテンアメリカ諸国のなかでもLGBTへの偏見の強い国と言われています。実際『家政婦ラケルの反乱』の監督セバスティアン・シルバはチリを脱出、数年前からNYのブルックリンを本拠地にして英語で映画を撮っています。

B: 5年前から議論されていた「Ley de Identidad de Géneroジェンダー・アイデンティティ法」が、やっとローマ法王フランシスコが来訪する1日前の2018115日に可決されました。

A: 310日に退任したミシェル・バチェレ政権に残された仕事の一つでした。バチェレ大統領は38日の「国際女性デー」には、女性相クラウディア・パスクアルやダニエラ・ベガと共に街頭に出て、女性の権利平等を訴えました。

セバスティアン・ピニェラ大統領が311日に就任した。

 

          

       (左から、バチェレ大統領、ベガ、パスクアル女性相、201838日)

 

B: チリ社会も変わりつつあるのでしょうが、人々の意識変革はおいそれとは進まない。オルランドの死後、家族がマリーナに見せた顔が実態でしょう。

A: オルランド役のフランシスコ・レイェス、ルイス・ニェッコが演じたオルランドの兄弟ガボ、アントニア・セヘルスが扮したレストラン主人アレサンドラなどは少数派、葬式に集まった親戚一同、特にマリーナの顔をテープでぐるぐる巻きにしてしまうニコラス・サアベドラ演じる息子ブルーノと親戚の男たちが多数派、社会の多数派はトランスをこのように見ているのだという強烈なメッセージでした。

B: 多数派の一人、警察医になったロベルト・ファリアスは、『ザ・クラブ』でクラブに突然舞い込んできて元神父たちをかき回すキーパーソン、サンドカンを演じたベテラン、元妻か別居妻か分からなかったソニアを演じたアリネ・クッペンハイムなど、本作の脇役陣は豪華版です。

  

    

           (テープで顔を巻かれたマリーナの強烈なシーン)

 

A: ブルーノは「お前はいったい何者なんだ?」とマリーナをギリシャ神話に出てくる怪物キマイラ扱いする。それは取りもなおさず「私たちは何者であるか?」という問いですね。これが本作の根源的なテーマ、愛だの反逆などは副次的なものです。自分を捨て若いトランスに走った夫を許せないソニアや家族の復讐は、メロドラマとしてサービスされた小道具です。

B: 家庭を壊された家族が、壊れた原因がなんであれ破壊者に辛く当たるのは当たり前です。マリーナの不幸はオルランドの愛にかこつけたエゴや社会認識の甘さが理由のひとつですよ。死んだ後もマリーナの幻影として登場させているが、いずれのシーンもデジャヴ、鏡の多用など多分クラシック映画への目配せ、エールですかね。好き嫌いがはっきり分かれる。

 

         「無」を描くのが好き―円環的なサスペンス

 

A: 多くのチリ人が避けてきたテーマを引きずり出したことが評価された。チリのエリート階級が保守的なのは、パブロ・ララインやアンドレス・ウッドの映画から読み取れます。映画とは関係ありませんが、古くは1945年ノーベル文学賞を受賞したガブリエラ・ミストラルは、その官能的な詩、1946年知り合って以来死ぬまで個人秘書だったアメリカ人のドリス・ダナとの親密な関係を批判された。

B: 幼年時代を歌った詩人、優れた教師、有能な外交官としてのミストラルだけでいて欲しかった。

A: ドリス・ダナは2006年に没するまでミストラルの遺言執行人だったのですね。ミストラルとダナとの関係を調べて、マリア・エレナ・ウッドがドキュメンタリーLocas Mujeres2011)を撮っています。

 

          

          (在りし日のガブリエラ・ミストラルとドリス・ダナ)

 

B: マリア・エレナ・ウッドは、最近ご紹介したTVミニシリーズ「メアリとマイク」をプロデュースしたばかりの監督、製作者ですね。

A: ウッドは「政治的立場は違っていても、エリート階級はおしなべて保守的」とコメント「ミストラルに偏見をもたずに紹介しているのは、チリ本国より外国のほうです」とも付け加えている。ピノチェト政権が17年間も長持ちしたのも、そういうエリートたちのお蔭でしょうか。

 

B: サスペンスの要素、例えば「181」というナンバーが付いた鍵、マリーナは偶然からそれがサウナのロッカーの鍵だと分かる。

A: 観客はオルランドがサウナでマッサージをうけているシーンから始まったことを思い出す。彼の体調の異変の前兆としか捉えていなかったから、サウナが伏線だったことを知る。突然逝ってしまったオルランドが、何かマリーナに残しているのではないかと前のめりになると、そこは空っぽ。

B: 何か見落としたのではないかと不安になるが、そこは「無」、哲学的です。トランスが置かれている闇かもしれない。

 

A: 「無」を言うなら、マリーナはオルランドを失っただけでなく同時に車やアパート、その他もろもろ、彼の贈り物だった愛犬さえとられてしまう。しかもディアブラは生きている、一緒に戦いたい。

B: ディアブラは単なる犬ではなく戦友なのだ。スペイン語のDiablaは「女の悪魔」という意味で、これはちょっと笑える。

 

A: オスカー像を手にチリ凱旋を果たした監督一同、国民はどんな反応をしたのでしょうか。「Ley de Identidad de Género」の可決に尽力してくれたバチェレ大統領への挨拶、ファンへの報告など多忙を極めていることでしょう。「なんてファンタスティックなの!」「ダニエラ、おめでとう!」と異口同音に迎えるだろうが、彼女はサンティアゴ空港に「ダニエラ・ベガ」で入国できたかどうか、どうでしょうか。ここから第一歩が始まる。

 

          

           (監督、ベガ、右側がバチェレ大統領、36日)

 

B: チリに初めてオスカー像がもたらされたのは、2016年の短編アニメーションだそうですね。

A: ガブリエル・オソリオHistoria de un Oso(2014、11分)というアニメーション、監督の祖父でピノチェト政権時代に亡命した社会学者だったレオポルド・オソリオの痛みを描いているそうです。「私たちが何者なのかを理解するために鏡に向き合わねばならない」と監督。テーマが本作と繋がっているようです。

   

       

   

  (左がオスカー像を手にした監督、右はアニメーターのパトリシオ・エスカラ、2016年)

          

ダニエラ・ベガDaniela Vega Herenández女優、叙情歌手。198963日サンティアゴのサン・ミゲル生れ、のち家族はニュニョアに引っ越し弟が生まれる。8歳のとき叙情歌手としての才能を見出され、サンティアゴの小さな合唱団で歌い始める。父親の理解のもとプロの声楽教師のもとで本格的に学ぶようになる。しかしその女らしさゆえ学校生活ではさまざまな偏見と差別に苦しむ。14歳のとき家族に女性にトランスすることを打ち明け、家族は直ちに共に歩むことを受け入れる。高校卒業後、美容師としての一歩を踏み出すかたわら、正式な演技指導は受けていなかったが地方の演劇団の仲間入りをする。

 キャリア

2011年、マルティン・デ・ラ・パラの演劇La mujer mariposaでオペラを歌う主役に抜擢され、チリ国内の多くの劇場で5年間ロングランした。

2014年、シンガー・ソング・ライターのマヌエル・ガルシアのビデオクリップMaríaに登場、TV出演が増えるなど話題になる。

2014年、マウリシオ・ロペス・フェルナンデスのデビュー作La visitaTSの女性エレナを演じる。本作はチリのバルディビア映画祭でプレミア、後OutFest、グアダラハラ、トゥールーズ、マルセーユ、各映画祭に出品され、マルセーユ映画祭2015の女優賞を受賞、監督が作品賞を受賞した。

201617年、セバスティアン・デ・ラ・クエスタ、ロドリゴ・レアルなどの演出で「Migrantesの舞台に立つ。

2017年、セバスティアン・レリオのUna mujer fantásticaで主役マリーナに起用される。

2017年、ビスヌ・イ・ゴパル・イバラのブラックコメディUn domingo de julio en Santiagoでストレートの女性弁護士に扮する。

 

   

        (演劇「La mujer mariposa」でのダニエラ・ベガ)

 

レリオ監督のキャリア&フィルモグラフィーについては、コチラ2017126

  

セザール名誉賞のトロフィーを手に感涙のペネロペ・クルス2018年03月08日 14:11

         ギレルモ・デル・トロ、盆と正月が一緒にやってきた! 

        

★テレビもネットも米国アカデミー賞一色、フランスのアカデミー賞といわれるセザール賞の授賞式が32日夜、一足先に開催されていましたが片隅に追いやれてしまいました。ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』が作品賞を受賞。監督は日本大好き人間、何度も来日してファン・サービスを忘れない。今回も宣伝を兼ねて来日していました。作品・監督・美術・作曲の4冠受賞が興行成績を押し上げるといいですね。これでメキシコ出身の「おじさん三羽ガラス」と言われる、アルフォンソ・キュアロン(『ゼロ・グラビティ』)、アレハンドロ・ゴンサロ・イニャリトゥ(『バードマン』『レヴェナント』)に続いて、一人取り残されていたデル・トロ監督も仲間入りできました。

 

            

       (両手に花のギレルモ・デル・トロ、作品賞と監督賞のオスカー像)

 

★授賞式に出席していたガエル・ガルシア・ベルナルと抱き合って喜びを分かち合っていました。G.G.ベルナルは、長編アニメーション・歌曲賞の2冠を達成した『リメンバー・ミー』の死者の国に住むヘクターのボイスを担当、死者の日に迷い込んできたミゲル少年と一緒に旅をする。音楽は言うまでもないが、メキシコ人の死生観が分かるようです。此の世の人が死者を忘れてしまうと消えてしまうのです。彼の世でも永遠には生き続けられないようです。

 

 

    

      

   (第43回セザール賞ポスターと作品賞他6冠の『BPMビート・パー・ミニット』から) 

 

     トロフィーはアルモドバルとフランス女優マリオン・コティヤールの手から

 

★前置きが長くなりましたが本題、第43回セザール賞のガラが32日の夜開催されました。ロバン・カンピオの『BPMビート・パー・ミニット』が作品賞以下6冠を受賞、劇場公開は324日から3館上映です。セザール賞は当ブログでは対象外ですが、今回はペネロペ・クルス名誉賞を受賞しましたのでアップいたします。スペインのシネアストとしては、ペドロ・アルモドバル1999)に続いて二人目です。授賞式には夫君ハビエル・バルデム、母親、弟、そして育ての親の一人アルモドバル監督も駆けつけてくれました。下の写真は監督がマリオン・コティヤールと一緒にプレゼンターとしてステージに登壇したときのもの。ペネロペ・クルスは登壇したときから既に涙があふれていました。ヴェルサーチのプリンセス・カットのドレスをエレガントに着こなし、インディゴブルーのドレス右胸には「性的暴力反対」の白いリボンをつけている。監督も背広の左襟に付けている。

          

         

          (感涙のペネロペ・クルス、アルモドバル、マリオン・コティヤール)

 

★受賞スピーチは、「今宵は心から感謝を申し上げたい。ここパリで、フランス映画アカデミーのセザール名誉賞を頂けるなど、大それた夢は持っておりませんでした。自分にその価値があるかどうかについては問わないことにして、今はただ心から嬉しく、何人かの重要な人々を思い起こしています」と、学校で8年間学んだというフランス語で謝辞を述べました(クルスは母語・英語・伊語・仏語が堪能)。続いてフランスが常に自分に寛大で、幸せにしてくれること、文化に対して情熱を注ぐ特別な国であること、フランスの影響をうけた作品やアーチストたちは、歴史的にも私たちの人生においても、類いまれな位置を占めていること、文化や自由への想いはフランスの人々の刺激を受けたものだ、と語ったようです。

   

★「セザール名誉賞」の知らせを受けて以来、「もう驚いているだけ」と語っていたクルス、赤絨毯でも「こんな名誉ある賞をどうして戴けるのか理解できないの。ただただびっくり仰天です。どうしてこんな大きな賞を私が貰えるの?」とインタビューに応えていたクルスの気持ちが伝わってくるようなスピーチでした。アルモドバルに対しても「あなたの映画は女性に敬意をはらってくれ、そういう映画に出演できたことを感謝しています」と。会場にいた母親には「私が女優になりたいと言ったとき、なんて馬鹿げたことをと反対しなかった」と語りかけた。さらに今は亡き父親の思い出、弟妹と二人の子供たち、最後に「私の夫であり素晴らしい仕事仲間、いつも傍にいて広い心で私を支えてくれる」ハビエルにグラシアスでした。未成年でデビューした娘を守るためにステージ・パパ役だった父親がこの場にいなかったことは残念だったでしょう。

 

   

(隠れて見えないがリボンを付けたフランス映画アカデミー会長アラン・テルジアン、

 ハビエル・バルデム、ペネロペ・クルス、アルモドバル監督)

 

★アルモドバルも初めて起用した『ライブ・フレッシュ』(97)での娼婦役について語った。「脚本ではもう少し年長の娼婦に設定していた。1970年代の古着を纏った田舎出の妊婦役にしては、彼女の中にはどこか魅力的な何かがあって無理があった」と。夜間バスの中で出産した男の子が主役の映画、クルスは冒頭部分で消えてしまう小さな役でした。スペインの国境を越えて活躍したが、幸いにヨーロッパを忘れずにいた。このヨーロッパ文化が彼女の原点だ、とも語った。アルモドバルの「ミューズ」になるには長い年月があったというわけです。マリオン・コティヤールも「あなたの素晴らしさと優しさで、今やみんなのイコンとなり、男性も女性も虜にしている」と、その魅力を讃えた。クルスにとっては忘れられない一夜となったでしょう。

最近のペネロペ・クルスの紹介記事はコチラ201823

  

ゴヤ賞ガラ直前のあれやこれや*ゴヤ賞2018 ⑧2018年02月03日 21:05

            ペネロペ・クルスに「セザール賞栄誉賞」とは!

 

★ゴヤ賞ガラに出席するため戻っていたマドリードの自宅の電話で知らされたという。前もってバルデム=クルス夫妻の不参加が伝えられていたのですが変更したようです。今回で10回目のノミネーション、受賞の可能性はゼロではないが下馬評の点数は低い。今年3度目の風邪をひいていたということですが、「セザール賞栄誉賞」のビッグ・ニュースで吹き飛んだことでしょう。23日のガラには予定通り出席ということです。フェルナンド・レオン・デ・アラノアLoving Pablo(西・ブルガリア)で夫婦揃って主演男優・女優にノミネートされています。久しぶりのスペイン人監督と母語で、コロンビアの麻薬王ペドロ・エスコバルのビオピックを撮るという触れ込みでしたが、出来上がってみれば英語なのでした。どうしてなのか理由は想像できますが、スペイン人の賛同は得られない。

 

        

       (ベネチア映画祭2017に出席したときのペネロペ・クルス、96日)

 

★フランスの「セザール賞」については説明不要と思いますが、この「栄誉または名誉賞」は「ゴヤ賞栄誉賞」と異なってインターナショナルな人選です。一応フランス映画に寄与したシネアストが対象でしたが現在はなし崩しになっています。初期こそフランス人が目立ちましたが、最近では外国勢、特にハリウッドで活躍するシネアストに与えられる傾向があります。フランス人の現役俳優では男優賞・女優賞にノミネートされるから栄誉賞は後回しにしているのかもしれない。受賞者によっては「なんだ、もう引退しろということか」とすねる人もいるらしい。

 

★女優に限るとダニエル・ダリュー、アヌーク・エーメ、ジャンヌ・モロー(2回)などは晩年になってから受賞しています。銀幕で活躍中のカトリーヌ・ドヌーヴ、イザベル・アジャーニ、イザベル・ユペール、ジュリエット・ビノシュは、まだ手にしていません。それに対して海外勢は、シャーロット・ランプリング、メリル・ストリープ、若いところではケイト・ウィンスレット、2014年の受賞者にいたっては30歳にもなっていないスカーレット・ヨハンソン(1984)だった。

 

43歳の受賞者ペネロペ・クルス1974、マドリード近郊アルコベンダス)は、スペイン人の受賞者としてはペドロ・アルモドバル1999年受賞)に次いで2人目です。ハリウッドでの成功と活躍が長かったせいか、妬み深い同胞からは「PPってスペイン人だったのね?」と嫌味を言われたりしたが、正真正銘のスペイン人なのでした(笑)。「とても驚いていますが、やはり嬉しいです。少し心配なのは受賞スピーチを書かなければならないこと。楽しんでもらえるよう準備したい。予想もしないことでしたが、自身にとっても家族にとっても、大いに夢がかなったということです。・・・15歳のときにこの世界に入り多くの経験を積み重ねながら、どうやって生きてきたか。これからも学びながら夢を追い続けます」と、エル・パイス紙のインタビューに答えていました。43歳とは言え、既に30年近いキャリアの持ち主なのでした。長編映画デビューは今は亡きビガス・ルナの『ハモンハモン』(92)でした。

 

★小さい子供が2人いるから25歳とか30歳のときのように仕事はできない。撮影、撮影の連続でセット暮らしが多い。家族と過ごせるように配慮してもらいながらバランスをとって仕事をしている。ブレーキをかけて、からだの声を聞きながらです。イランのアスガー・ファルハーディ監督の新作Todos lo saben(「Everybody Knows」西語・英語、2018年スペイン公開の予定)では撮影に4ヵ月かかりましたが、家族とは離れずにすみました。いつも仲間とは一緒で、自身もコマーシャルに出演しているランコムの化粧品も手放さないとか。自分にとって母親としての役割はとても重要だときっぱり。

 

(リカルド・ダリン、監督、ペネロペ・クルス、ハビエル・バルデム、「Todos lo saben」から)

 

★ゴヤ賞の候補に選ばれたことはとても幸運だったこと、つまりどれが選ばれるかは宝くじみたいなものだから。勿論受賞したら嬉しいが、一緒に仕事をした仲間の努力が反映されたと思って、今回は泣きました。しかしスペインでは「Loving Pablo」は未公開、DVDも届かず、投票のためのネット配信もできてない。アカデミー会員の方々には是非観てほしいと思っています。主演女優賞の予測を訊かれて「みんな望んでいるわよ。でも今回は無理かなと思っている。全員貰っていい仕事をしたわけで、具体的に名前を挙げるのは差し控えたい」と。インタビュー者は「ナタリエ・ポサはどう?」と訊いていたが、いくらエル・パイス紙のベテラン批評家でも失礼な質問だよ。

 

     

   (パブロ役のハビエル・バルデム、愛人役のペネロペ・クルス、「Loving Pablo」から)

 

★社会現象になっているセクハラ糾弾運動「Time's Up」については、賛同して寄付したと答えていた。現在のところ世界で1700万ドルが集まったという。ちょっと行きすぎかなと思われる告発も気になるが、今まで沈黙していたことが異常だったわけです。

 

★次回作も決まっていて、資金は準備できており、今年の夏にはクランクインするようです。新しい映画は、トッド・ソロンズLove Child(米、英語)、ブロードウェイのスターに憧れる自分勝手な男ナチョは父親を殺すことを画策している。彼を溺愛している母親と関係がある。ナチョにエドガー・ラミレス、クルスは母親を演ずる。ソロンズの過去の作品同様タブー視されるテーマを扱っているようだ。IMDbではコメディ・ドラマとあり、目下捉えどころがない。

 

 

★ノミネートされた作品の興行成績のトップは、新人監督賞候補者セルヒオ・G・サンチェスの「El secreto de Marrowbone」、2位パコ・プラサ『エクリプス』、3位ハビエル・カルボ&ハビエル・アンブロッシ『ホーリー・キャンプ!』、イサベル・コイシェ「La libreria」、カルラ・シモン『夏、1993』、マヌエル・マルティン=クエンカ「El autor」、最多ノミネーションの「Handia」と続きます・・・。

 

       

      (「El secreto de Marrowbone」撮影中のセルヒオ・G・サンチェス監督)

 

★授賞式は現地時間32200スタートですが、RTVEでは1900から、出席者の赤絨毯登場は2025から見られます。日本との時差は8時間、こちらは寝ている時間帯です。

   

    

    (巨大ゴヤ胸像を挟んで司会者のホアキン・レイェスとエルネスト・セビーリャ)



ゴヤ賞栄誉賞にマリサ・パレデス*ゴヤ賞2018 ④2018年01月18日 20:36

              「栄誉賞」が初めてのゴヤ賞受賞にびっくり!

 

★栄誉賞受賞の理由は「数多の長年のキャリアと信望・・・・スペインのみならずリスクのともなう海外の映画出演でも競い合い、その無条件の力強さを維持している」からだそうです。受賞の知らせは既にアップしていますが、改めて長い芸歴を纏めてみました。まず驚いたのは、これまでゴヤ賞には全く縁がなかったということでした。1987年にゴヤ賞が始まったころに、女優としてのピークが過ぎていたわけでもないのに逃しており、その長いキャリアとその存在感は皆が認めていたのにです。パレデス本人も「私と同じように幸運に恵まれない人々がたくさんいる」と語ったようです。 

  

マリサ・パレデスMarisa Paredes194643日マドリード生れの71歳、映画・舞台・TV女優。スペイン、ほかフランス、イタリアでも活躍。ゴヤ賞には縁がなかったが、シネアストの最高賞と言われる映画国民賞(第11980年受賞者カルロス・サウラ)を1996年受賞、2007年芸術文化分野で功績を残した人物にスペイン文化省が与える金のメダル賞Medalla de Oro al Merito en las Bellas Artes)受賞、サンセバスチャン映画祭につぐ老舗映画祭、第62バジャドリード映画祭2017麦の穂栄誉賞を受賞したばかりである。ゴヤ賞以外の女優賞は多数あるが、なかで『私の秘密の花』カルロヴィ・ヴァリー映画祭1996El dios de maderaマラガ映画祭2010、各女優賞、シチリア島のタオルミーナ映画祭2003タオルミーナ芸術賞を受賞している。2000年から2003年までスペイン科学映画アカデミー会長を務めた。少女時代から女優を目指し、音楽学校、マドリードの演劇芸術学校で演技を学んだ。

 

     

        (麦の穂栄誉賞を手に、バジャドリード映画祭2017授賞式にて)

 

1960年当時14歳だったパレデスは子役として、ホセ・マリア・フォルケの091 Policía al hablaで映画デビューしているが、クレジットされていない。翌年コンチータ・モンテス劇団のホセ・ロペス・ルビオの戯曲Esta noche tampocoで初舞台を踏む。以来現在まで二足の草鞋を履いている。6070年代は、概ねその他大勢の脇役、コメディが多かった。フランコ体制当時は、厳しい検閲逃れのコメディが多く製作された。1965年フェルナンド・フェルナン=ゴメス監督・主演のEl mundo sigueでお手伝い役を演じたほか、ハイメ・デ・アルミニャンのコメディCarola de día, Carola de noche69)、アントニオ・イサシ=イサスメンディのEl perro76)に出演している。

 

  

  (左、主演のリナ・カナレハス、右マリサ・パレデス、「El mundo sigueから)

 

★フランコ体制が崩壊(1975)、民主主義移行期を経た1980年、フェルナンド・トゥルエバのÓpera primaやエミリオ・マルティネス=ラサロのSus años doradosに出演、1983年アルモドバルの第3作目『バチ当たり修道院の最期』(原題Entre tinieblas仮題「闇の中で」)に尼僧役で出演、カルメン・マウラのように通称「アルモドバルの女性たち」の仲間入りをした。監督もバスの乗客として出演している。1987年ホセ・サクリスタン監督・主演のCara de acelgaで初めてゴヤ賞助演女優賞にノミネートされた。

 

     

      (尼僧に扮したパレデス、『バチ当たり修道院の最期』から

 

1990年代にはアルモドバルの成功作に出演している。例えば『ハイヒール』91)、『私の秘密の花』96ゴヤ賞主演女優賞ノミネート)、『オール・アバウト・マイ・マザー』99)であるが、ゴヤ賞は素通りされた。『ハイヒール』の年は、ビセンテ・アランダの『アマンテス/ 愛人』のビクトリア・アブリルマリベル・ベルドゥの二人、バジョ・ウジョアの「Alas de mariposa」(仮題「蝶の羽」)のシルビア・ムント3人がノミネートされ(1998年まで3名)、受賞者は後者だった。次はアグスティン・ディアス・ヤネスの『死んでしまったら私のことなんか誰も話さない』のビクトリア・アブリルの前に敗れたが、アブリルの受賞は個人的に納得でした。オスカー賞まで取った『オール・アバウト・マイ・マザー』では、該当する助演女優賞に相手役のカンデラ・ペーニャがノミネートされた。作品の重要性からいってパレデスがノミネートされて然るべきだったと思います。結果はベニト・サンブラノの『ローサのぬくもり』のマリア・ガリアナが受賞した。

      

 (左から、娘役ビクトリア・アブリル、アルモドバル、母親役パレデス、『ハイヒール』から)

 

   

   (壊れた夫婦を演じたパレデスとイマノル・アリアス、『私の秘密の花』から

    

    

(付き人役のカンデラ・ペーニャとパレデス、『オール・アバウト・マイ・マザー』から

 

★パレデス本人が言うように「運に恵まれなかった」感が否めない。この90年代は海外での出演も多く、例えば、イスラエルのアモス・ギタイの『ゴーレム さまよえる魂』92)、スイスのダニエル・シュミットの自伝的映画『季節のはざまで』92、仏・スイス・独、独語)、フィリップ・リオレの『パリ空港の人々』93、仏・西、仏語)、特にメキシコのアルトゥーロ・リプスタインの『真紅の愛』96、メキシコ・仏・西、西語)では、パレデス本人は賞に絡みませんでしたが、アリエル賞以下ハバナ映画祭でも多数受賞した話題作でした。またガルシア・マルケスの同名小説の映画化『大佐に手紙は来ない』99)では、老大佐の妻を演じた。イタリア映画では、ロベルト・ベニーニ監督・主演の『ライフ・イズ・ビューティフル』97)出演も忘れがたい1作、ユダヤ系イタリア人グイドの妻ドーラの母親に扮した。

 

      

    (白髪にして老妻を演じたマリサ・パレデス、『大佐に手紙は来ない』から)

 

2001年、ギレルモ・デル・トロがアルモドバルに招かれスペイン内戦をテーマに撮った戦争ホラー・サスペンス『デビルス・バックボーン』に出演、エドゥアルド・ノリエガやフェデリコ・ルッピが共演した。批評家からは高い評価を得られたものも興行的には成功しなかった。その後は、ベダ・ドカンポ・フェイホーのAmores locos09)でエドゥアルド・フェルナンデスと共演、アルモドバルの『私が、生きる肌』11)ではスペインに戻ってきたアントニオ・バンデラスと共演、ポルトガルのバレリア・サルミエントの『皇帝と公爵』12)ではジョン・マルコヴィッチと共演した。最新作はハイメ・ロサーレスのPetra18)、主役のペトラにバルバラ・レニー他、アレックス・ブレンデミュール、ベテラン演技派ペトラ・マルティネスとの共演である。

 

      

     (右脚を失い義足の役柄に挑んだパレデス、『デビルス・バックボーン』から

 

★私生活ではEl perro」の監督イサシ=イサスメンディと結婚、1975年に生まれた娘マリア・イサシも女優。現在の夫ホセ・マリア・プラド<チェマ>1952年、ルゴ生れ)とは1983年に結婚、現在に至っている。スペイン・フィルモテカ(フィルム・ライブラリー)のディレクターを長年務めており、国内の映画祭のみならず、世界の映画祭、カンヌ、ベネチア、ロカルノ、サンダンス、グアダラハラ、ロッテルダムなどに出向いている。イベロアメリカ・フェニックス賞のディレクター、またフォト・アーティストでもある。

 

(ツーショット)

  

(チェマ・プラド)

 

  

映画アカデミー会長イボンヌ・ブレイク緊急入院*ゴヤ賞2018 ③2018年01月09日 09:43

             13日、脳卒中の発作でマドリードのラモン・カハル病院に入院

 

★確かな筋からの情報によると、ゴヤ賞2018の授賞式を目前にして、スペイン映画アカデミー会長イボンヌ・ブレイクが緊急入院したということです。目下経過はは安定しているが、予後の判断は難しい、と副会長マリアノ・バロッソは語っている。ブレイク会長はクリスマス休暇のあと仕事に復帰していたが、13日の午後、事務所で気分が悪くなり、即座にマドリードのラモン・カハル病院に搬送された。経過は安定しているとはいえ、ブレイクの担当医師団による予後の判断が難しいということで、翌日の4日正午、映画アカデミーは公式声明を出したようです。

 

         

           (イボンヌ・ブレイク会長、2016年エルサレムにて)

 

★前芸術映画科学アカデミー会長アントニオ・レシノスの任期半ばの2016714日の辞任を受け、915日に行われた選挙で選ばれ就任した。1940年マンチェスター生れのイギリス系スペイン人、国際的な衣装デザイナーとして活躍、しかしスペインでのキャリアは長い。ゴヤ賞も4回受賞している。ゴンサロ・スアレス「Remando al viento」(1988)、ホセ・ルイス・ガルシ「Canción de cuna」(94)、ビセンテ・アランダ『カルメン』(03)、メアリー・マクガキアン「The Bridge of San Luis Rey」(西題「El puente de San Luis」スペイン、フランス、イギリス合作)の4作である。1971年のフランクリン・J・シャフナー『ニコライとアレクサンドラ』オスカー賞も受賞している。1983年にハイメ・チャバリの代表作「Bearn o la sala de las muñecas」を手掛けている。2012年には映画国民賞を受賞、これは女優以外では初めての受賞者。

 

   

                     (オスカー像とブレイク、『ニコライとアレクサンドラ』で受賞)

 

  

El puente de San Luis」でゴヤ賞2005衣装デザイン賞を受賞)

 

イボンヌ・ブレイク関連記事は、コチラ20161029同年1220

 

★国際的な活躍として、上記以外ではフランソワ・トリュフォーの『華氏451』(66)、ジョン・スタージェスの遺作となった『鷲は舞いおりた』(76)、ポール・バーホーベン『グレート・ウォリアーズ/欲望の剣』(85、ビデオ)、ピーター・ボグダノヴィッチ、他にリチャード・レスターの『三銃士』(73)『四銃士』(74)あるいはオードリー・ヘップバーンとショーン・コネリーが共演した『ロビンとマリアン』(76)、ハビエル・バルデムがゴヤを演じたミロス・フォアマンの『宮廷画家ゴヤは見た』(06)などが上げられる。

 

    

     (オードリー・ヘップバーンの衣装を整えるブレイク、『ロビンとマリアン』から)

 

★その後、悪い知らせは伝わってこないが、授賞式には元気な姿を見せてほしい。


コスタリカから女性監督デビュー*サンセバスチャン映画祭2017 ⑪2017年09月22日 16:08

       「ホライズンズ・ラティノ」にコスタリカの新人アレクサンドラ・ラティシェフ

 

「ホライズンズ・ラティノ」の出品作品は、例年8月前半に開催されるリマ映画祭と同じ顔触れになります。コスタリカの新人アレクサンドラ・ラティシェフの長編第1Medea は、リマ映画祭2017の審査員特別メンション受賞作品です。今年はラテンアメリカ10ヵ国17作品が上映され、作品賞にグスタボ・ロンドン・コルドバ La familia(ベネズエラ他)、審査員特別賞にセバスティアン・レリオ La mujer fantástica(チリ他)と、ホライズンズ・ラティノの出品作が選ばれています。 Medea からは主演女優のリリアナ・ビアモンテが審査員特別メンション女優賞を受賞していました。ペルーはコスタリカ同様映画産業は盛んとは言えませんが、本映画祭も今年21回目を迎えています。

 

  

 

   Medea  2016 

製作;La Linterna Films / Temporal Film / Grita Medios / CyanProds

監督・脚本:アレクサンドラ・ラティシェフ

撮影:オスカル・メディナ、アルバロ・トーレス

音楽:スーザン・カンポス

編集:ソレダ・サルファテ

プロダクションデザイン・美術:カロリナ・レテ

製作者:パス・ファブレガ、ルイス・スモク、アレクサンドラ・ラティシェフ、(エグゼクティブ)シンシア・ガルシア・カルボ、(アシスタント)バレンティナ・マウレル

 

データ:コスタリカ=アルゼンチン=チリ、スペイン語、2016年、70分。2016Cine en Construcción 30」、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭2017正式出品、第21回リマ映画祭2017正式出品(リリアナ・ビアモンテ審査員特別メンション女優賞)、サンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」正式出品。

 

キャスト:リリアナ・ビアモンテ(マリア・ホセ)、エリック・カルデロン(カルロス)、ハビエル・モンテネグロ(ハビエル)、マリアネイジャ・プロッティ、アーノルド・ラモス、他

 

プロット:マリア・ホセの人生は、単調な大学生活、日頃疎遠な両親、ラグビーのトレーニング、そしてゲイの友人カルロスとの間を動きまわっている。しかしハビエルと知り合い彼と交際しはじめたことで、周囲との連絡を絶つ。<普通の>人生を送るための努力をなにもせずに受け入れるが、誰も考えもしなかった秘密を抱えこンでしまう、彼女は数か月の身重になっていた。

 

★これだけの情報では、タイトルから想像するギリシャ神話のメデイア、またはエウリピデスのギリシャ悲劇「女王メディア」に辿りつけない。夫イアソンの裏切りに怒り、復讐を果たす強い女性像とヒロインのマリア・ホセ像とが結びつかない。マリア・ホセは25歳になるのに未だ大学生、内面的には何かが起こるのを待っているモラトリアム人間にも見える。表面的にはラクビー選手という設定だが、メディアのように本当に強い女性なのか。エウリピデスのメディアは二人の息子も殺害するが、ヒロインが妊娠数か月というのが暗示的だ。女性の<女らしさ>を嫌悪するミソジニーと関係があるのかないのか。ギリシャ悲劇の規範でいえば、英雄は最後には降格する宿命にある。マリア・ホセの最後がどうなるのか全く予想がつかない。

 

   

          (マリア・ホセ役のリリアナ・ビアモンテ、映画から)

 

アレクサンドラ・ラティシェフAlexandra Latishev は、コスタリカのベリタス大学で映画とTV学校で学ぶ。監督、脚本家、編集者、製作者、女優。2011年、短編 LEnfante Fatale を撮る。短編 Irene14)は、トゥールーズ映画祭、アルカラ・デ・エナレス映画祭(作品賞)、フランドル・ラテンアメリカ映画祭(審査員メンション)、ハバナ映画祭(審査員メンション)など多数受賞する。 Medea は長編第1作である。

 

     

 

   

                   (リリアナ・ビアモンテ出演の Irene のポスター

 

★監督によれば、「自分自身とは感じられない体で生きているせいで、自分の所属場所がないという人物を登場させたかった。不可能なリミットまで描きたかった。世間は矛盾で溢れているが、他人と調和して生きたいと考えています。しかし私たちにはそれとは対立した<その他>も居座っています。この映画の中心課題は、社会的に積み上げられてきた<女らしさ>の概念についてのマリア・ホセの闘いです」ということです。これで少しテーマが見えてきました。

 

    

  (製作者シンシア・ガルシア・カルボと監督右、2016Cine en Construcción 30」にて) 

 

リリアナ・ビアモンテLiliana Biamonteは、アレクサンドラ・ラティシェフの短編 Irene に主人公のイレネ役で出演、他にユルゲン・ウレニャの Muñecas rusas14)、アレホ・クリソストモの Nina y Laura15)、アリエル・エスカランテの El Sonido de las Cosas16)などコスタリカ映画に主役級で出演している。本作 Medea でリマ映画祭2017審査員特別メンション女優賞を受賞している。

 

   

     (看護師役のリリアナ・ビアモンテ、El Sonido de las Cosas から)