フーベルト・ザウパーの新作 『エピセントロ』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑰ ― 2020年12月26日 18:33
カリブに浮かぶ赤い島キューバ、実在しない<ユートピア>
★ラテンビート2020の鑑賞記もフーベルト・ザウパーの『エピセントロ~ヴォイス・フロム・ハバナ』で最終回になりました。大分時間が経って記憶が曖昧になってしまいましたが、サンダンス映画祭2020ワールド・シネマ・ドキュメンタリー部門審査員大賞受賞作品、オスカー賞にノミネートされた『ダーウィンの悪夢』(04)の監督みずからがカメラを片手にハバナの街をめぐり歩いた新作ということでアップすることにしました。サンダンス映画祭2014で特別審査員賞を受賞した、南スーダン独立をテーマにした前作「We Come As Friends」と精神的な繋がりがあるのかどうか、即興とカメラ使用を組み合わせて真実を明らかにするシネマ・ヴェリテに忠実だったのかどうか。スペイン植民地支配の終焉と同時に始まったアメリカ帝国主義とプロパガンダとしての映画の誕生を絡ませて <カリブに浮かぶ赤い島> の今日が語られている。
『エピセントロ~ヴォイス・フロム・ハバナ』(原題「Epicentro」)2020
製作:Groupe Deux / KGP Kranzelbinder Gabriele Production / Little Magnet Films
監督・脚本・撮影・編集・ナレーション:フーベルト・ザウパー
編集:(共)Yves Deachamps
音楽:ズュザァンナ・ヴァルコニイ Zsuzsanna Varkonyi、マクシミリアン・ターンブル
プロダクション・マネージメント:パオロ・カラミタ(マネージャー)、その他多数
美術:フアン・パドロン(アニメーション)
製作者:マーティン・マルケ、ダニエル・マルケ、ガブリエレ・クランツェルビンダー、バルバラ・ピヒラー、パオロ・カラミタ、(エグゼクティブ)ダン・コーガン、他多数
(左から、パオロ・カラミタ、マーティン・マルケ、フーベルト・ザウパー監督、
ガブリエレ・クランツェルビンダー、サンダンス映画祭にて、2020年1月24日)
データ:製作国オーストリア=フランス=米国、2020年、スペイン語・英語、ドキュメンタリー、108分、撮影地ハバナ、公開フランス2020年8月19日、米国8月26日
映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭2020ワールド・シネマ・ドキュメンタリー部門審査員大賞受賞、コペンハーゲン・ドキュメンタリーFF、レイキャビックFF、モスクワFF、バジャドリードFF、オーストリア・ビエンナーレFF、(ベラルーシュ)ミンスクFF、アムステルダム・ドキュメンタリーFF、他
出演者:ウナ・カステーリョ・チャップリン、フアン・パドロン、クラリタ・サンチェス、キレニア・サンチェス、ハンス・ヘルムート・ルードヴィヒ、トニー・メネンデス、グラント・ラッセル・ケネディ、アルフォンソ・ハリスJr.、その他「小さい先駆者」と呼ばれた子供たち
解説:オスカー賞ノミネート監督フーベルト・ザウパーの最新ドキュメンタリー。サンダンス映画祭の勝利者は、1898年2月にハバナ湾でアメリカ海軍の戦艦メイン号が爆発沈没した100年後の<ユートピア>キューバの隠喩に富んだポートレートを撮った。1898年はアメリカ大陸におけるスペイン植民地支配の終焉とアメリカ帝国主義時代の始まりの年であったが、それはまたプロパガンダの道具としての映画が誕生した時代でもあった。監督はハバナの人々、特に彼が「小さい先駆者」と呼んだ子供たちと一緒に約1世紀に及ぶ介入主義と神話づくりを探求する。ハバナの海岸に打ち寄せる巨大な波は、危機的な気候変動とキューバ固有の文化を沈めようとする観光政策を象徴しているのだろうか。 (文責:管理人)
*本作に登場したフィルム、順不同*
『月世界旅行』(14分)ジョルジュ・メリエスによる世界初のSF映画、1902年
「Elpidio Valdés contra el águila y el león」(78分、アニメ)フアン・パドロン、1996年
『独裁者』チャールズ・チャップリン、1940年、リニューアル版1968年
『黄金狂時代』同上、1942年のサウンド版、リニューアル版1969年
「Soy Cuba」(140分)ミハエル・カラトーゾフ、1964年、『怒りのキューバ』DVD、2006年発売
「Earth at Night」NASA、2019年
「We Come As Friends」フーベルト・ザウパー、ドキュメンタリー、2014年
*献 辞*
〇マルセリーヌ・ロリダン=イヴェンス(1928~パリ2018年9月)フランス女優、映画監督。ジャン・ルーシュ&エドガール・モランのドキュメンタリー『ある夏の記録』(61)のインタビュアー役で出演した。オランダ出身だがフランスでドキュメンタリー作家として活躍したヨリス・イヴェンスと一時期結婚しており、共同監督で作品を送り出している。
〇エウヘニオ・ポルゴブスキ(1977~2017)メキシコ出身のドキュメンタリー監督、プロデューサー。
マレコン通りに打ち上げる巨大な波、外国人にはパラダイス
A: 『エピセントロ』はキューバ、より正確には現在のハバナを舞台にしたドキュメンタリー。上述したように、1898年を起点にして、スペイン植民地支配の終焉、即アメリカ帝国主義の開始と映画誕生を絡ませている。マレコンの防波堤を乗り越えて海岸通りに打ち上げる巨大な波は、ハバナを飲み込もうとしている。世界規模で地球を破壊しようとしている気候変動ともとれるが、キューバ固有の文化を飲み込もうとする欧米からやってくる、醜悪な金持ち観光客を象徴しているかのようです。
B: 床屋で髪を切ってもらっている男の子を群がってカメラにおさめるツアー客、カメラを何台もぶら下げたドイツ人観光客は、モデル料をせがむ子供にボールペンを渡す。それを撮影するザウパーに「お金はやらない、高級なペンだよ」と言い訳する。
A: モデル料にペンを渡された子供の視線、髪を切ってもらっていた男の子が観光客に向けた鋭い批判的な視線にぎくりとします。
B: 子供たちの「ぼくは見世物パンダではありません」という厳しい表情に胸が痛む。
(男の子にカメラをむける観光客たち、それを活写するザウパーのカメラ)
(モデル料として子供にペンを渡した観光客)
A: 世界の観光地巡りには飽きあきした、もはや労働とは無縁になった裕福な人々が、カリブ海に浮かぶ最後の共産主義国キューバを優越感を満たすために訪れてくる。
B: 沈没しかかっているキューバ丸を救うには、彼らが落としていくドルは掛け替えのない命だ。上から目線の観光客受け入れも背に腹は代えられない。ザウパーが「小さい予言者/先駆者たち」と呼んだ子供でさえ「私たちを見下している」と怒っている。カメラの被写体になった子供たちは、反対に観光客を観察している。
A: スクリーンで最も存在感を示した「ビヨンセのような」スターになりたい女の子は、1902年に米国の内政干渉を認めた屈辱的なプラット修正条項について滔々とまくしたてる。恐れ入谷の鬼子母神、教育も映画同様一種のプロパガンダと実感するが、確かにキューバ独立のために米国が内政干渉する権利を認めたわけですから、本質的に矛盾している。
B: 女の子は小学校高学年くらいに見えた。憧れているビヨンセがアメリカ人なのはいささか皮肉、よく知らないがフランスで女優になりたい、知識がアンバランスです。多分自分たちに好意的なザウパーがフランスから来たからだろうね。
(ビヨンセのようなスターになるのが夢と語る女の子)
A: 監督は反ユートピアを形成している奴隷貿易、植民地化、外国の内政干渉などをテーマに製作しているが、親カストロの宣伝には挑戦しません。
B: しかし迂回しながらも巧みに観客を操作誘導できることを知っている。
A: 移民を受け入れないトランプをいくら批判しても、アメリカは痛くも痒くもありません。アメリカに表現の自由はあっても国民の声など聞いていないから、不自由のキューバと同じじゃないか。いいえ、それは同じではありません。
B: 海外の観光客にキューバ案内をする女性は、「キューバの悪口を言うと殺される」と笑いに紛らわすが、半分ホンネでしょう。セックス目当ての観光客が「黒いペニスに目がない」のは、女性に限らず男性も変わりません。興味本位で来島すると批判しますが、観光とは散財して気晴らしすることなのです。
A: 高尚な理由でハバナを訪れる人もいるとは思いますが多くはない。女性ガイドは、排気ガスを撒き散らしながら走るハバナ観光の目玉クラシックカーに同乗して「女優気分が味わえる」とご満悦、しかし近所の人に見られたら「これは事になる」と。
B: プータ扱いされることを覚悟しないといけない。スクリーンでこのクラシックカーを見て、カッコいいと憧れた観客が多分いたでしょうが、ここハバナは外国人にはパラダイスなのです。
(クラシックカーに同乗してご満悦な女性ガイド)
A: ザウパーが宿にしていたらしいグランホテル・マンサナを見れば納得する。2017年にドイツのホテルチェーン、ケンピンスキーが内部を全面改装して開業した5階建ての豪華ホテル、屋上プールからは旧市街が一望できる。
B: 女の子が兄と一緒にザウパーの子供に成りすましてドアマンを騙して通過する。屋上プールでは水が冷たくて女の子はおもらしをしてしまう。共犯者ザウパーにケーキは1個「たったの10ドルだからお替りするかい?」と聞かれ、二人揃ってハトが豆鉄砲を食ったような顔をした。
(女の子がおもらしをしてしまった屋上プールから旧国会議事堂カピトリオが見える)
A: 母親の賃金が1日1500ペソ約4ドルだから、空恐ろしくてお替りなどできない。この暴力的な経済格差に慄然とするが、監督は兄妹のギョッとした顔を見事に切り取っていた。
プロパガンダの道具として誕生した映画、シネマ・ヴァリテ
B: 監督は「映画は魔法、人間を騙すのは簡単」と語ります。
A: 1898年2月、ハバナ湾でアメリカ海軍の戦艦メイン号が撃沈する。アメリカを戦争に巻き込みたいイエロー・ジャーナリズムは宗主国スペインを犯人と捏造する。しかし爆発の正確な原因は、1世紀以上たった今日でも議論されつづけている謎なのです。
B: 「メイン号を忘れるな」の合言葉でアメリカ人を戦争支持に駆り立てる。ピオネールの子供たちや観客が見ているメイン号撃沈の映像は、浴槽に浮かべた模型のボートとハマキの煙を使って撮影された。
A: シネマ・ヴァリテ(映画・真実)はドキュメンタリーの手法の一つ、手動カメラや同時録音によって取材対象者に「真実」を語らせる形式のことですが、カメラの存在をあえて見る人に意識させる。このスタイルを継承するザウパーは、シネマ・ヴァリテのアイコンであるジャン・ルーシュに忠実だったでしょうか。
B: 本作をマルセリーヌ・ロリダン=イヴェンスに捧げていますが、『ある夏の記録』に比べると撮影対象に選ばれた人数が少なすぎますし、2週間の予定で訪れたというドイツ人のタンゴ・ダンサーなどを筆頭に、やたら観光客が目についた。これではハバナの住民から真実を引き出すことができたかどうか。もっとも隣組の密告制度が健在しているからハバナ市民の声を拾うのは困難か。
(取材撮影中のフーベルト・ザウパー)
A: <真実>というものがあるとしての話ですが、例の女の子と母親役を演じたウナ・チャップリンの口論シーンなどやらせの印象を受けました。「騙せればあなたの勝ち」とウナは娘役の能力を評価していましたが。
B: ウナの立ち位置がよく分からないのも不満、演技者なのか、取材対象者なのか、はたまたスタッフなのか。祖父チャールズ・チャップリンの永遠の名作『独裁者』や『黄金狂時代』を挿入するためなのか、ドキュメンタリーとしては作りすぎの印象。
(チャーリーの孫娘ウナ・カステーリョ・チャップリン)
A: 子供たちと一緒に『独裁者』を見ていたウナを独裁者(を演じていた俳優)の孫娘だと説明すると、「えっ、ヒトラーの孫なの」と勘違いして驚くシーンは笑いを誘った。
B: 私たちがメディアや映画で見聞きするキューバの現状とあまり違わないシーンが多かったように思うが、このくだりは面白かった。街頭で「グアンタナメラ」を陽気に歌っていた二人組は「飲んで踊れればハッピー」と屈託なさそうだったが、果たしてホンネだったでしょうか。
(「民主主義は悪臭がする」映画『独裁者』から)
A: 監督が最後に「ウナ、ここはどこ?」と質問すると「パラダイス」とウナ、それではもしかしたらウナは観光客なのか。自由の旗 <星条旗>、ルーズベルトという名前の建物、かつてはコカ・コーラの砂糖を精製していた砂糖工場、農民が牽く馬車、観光客に反感をもちながら乗せるクラシックカーの運転手、観光客を満載したハバナ・バスツアー、アメリカが租借しているグアンタナモ海軍基地、矛盾をはらんだ赤い島は依然としてエピセントロ震源地であり続けると、ザウパーは考えているようです。
(ドイツ人観光客を乗せたハバナ・バスツアー)
★今回で管理人のラテンビート2020を終わりにします。オンライン上映でプラスな面もありましたが、映画は映画館という考えに変わりありません。しかしコロナの時代は「コロナ・ゼロ」にはならず当分続く、映画の見かたも変わらずをえません。
アイ・ウェイウェイの『ビボス』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑯ ― 2020年12月21日 12:33
政府を信用しない国民、加害者が罰せられない国メキシコ
★オンライン上映は終わってしまいましたが、滑り込みで鑑賞できた『ビボス~奪われた未来~』は、2014年9月26日の夜、メキシコ南西部ゲレロ州イグアラ市で起きたアヨツィナパ教員養成学校の学生43名の集団失踪事件をめぐるドキュメンタリーです。監督は自身も中国政府から北京の自宅監禁を余儀なくされた経験をもつ、現代美術家、社会評論家、人権活動家としても有名なアイ・ウェイウェイ、本作は、パコ・イグナシオ・タイボ二世が2019年に撮った『アヨツィナパの43人』(19、2部構成、Netflix配信)と同じ事件をテーマにしていますが、若干方向性が異なります。合わせてご覧になると理解しやすい。本作はサンダンス映画祭2020でプレミアされました。
(アイ・ウェイウェイ監督)
『ビボス~奪われた未来~』(原題「Vivos」)
製作:AWW Germany / No Ficción
監督:アイ・ウェイウェイ
撮影:アイ・ウェイウェイ、エルネスト・パルド、カルロス・ロッシーニ、ブルノ・サンタマリア・ラソ、マ・ヤン
音楽:Jens Bjorn Kjaer
編集:Niels Pagh Andersen
プロダクション・マネージメント:ラウラ・ベロン、エンリケ・Chuck
製作者:アイ・ウェイウェイ、(ユニット)エルネスト・パルド、(顧問)マリア・ルイサ・アギラール・ロドリゲス、(共同)ダニエラ・アラトーレ、エレナ・フォルテス、(ライン)エンリケ・Chuck、フリーダ・マセイラ
データ:製作国ドイツ=メキシコ、2020年、言語スペイン語・英語、ドキュメンタリー、112分、撮影期間2018年3月~2019年3月、配給Cinephil
映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭ドキュメンタリー・プレミア部門、ベルゲン映画祭(ノルウェー)、コペンハーゲン・ドキュメンタリー映画祭(CPH:DOX)、ミュンヘン・ドキュメンタリー映画祭、他ノミネーション、ラテンビート・オンライン上映
失踪者家族の証言者:一人息子マウリシオ(・オルテガ・バレリオ)の父親、(生存者、脳死)アルド(・グティエレス・ソラノ)の両親・兄弟、ドリアン&ホルヘ・ルイス(・ゴンサレス・パラル)兄弟の両親・祖母、クリスティアンの父親・祖母・姉妹、(死亡者)教師フリオ(・セサル・モンドラゴン)の妻、その他名前が伏せてある家族多数、生存者エンリケ・ガルシア(仮名?)
★失踪者に顔をもたせるため、分かる範囲で実名を入れました。
重要協力者:
フランシスコ・コックス(米州人権委員会のGIEI*メンバー、チリ出身の弁護士)*
テモリス・グレコ(ジャーナリスト、”The Historic Lie”の著者)
ケイト・ドリル(国家安全保障文書館のラテンアメリカ政策シニア・アナリスト、米国人)
ジョン・ギブラー(ジャーナリスト、”That They Would Kill us”他の著者)*
ヒメナ・アンティロン・ナイリス(心理学者、アヨツィナパに関する心理学的なリポートの著者)
エルネスト・ロペス・P・バルガス(人権・都市治安プログラムNPO代表者、メキシコ人)
*印はNetflix配信の『アヨツィナパの43人』にも出演している人。
*GIEIはGrupo Interdisciplinario de Experto y Experto Independientes、米州人権委員会がアヨツィナパ事件の失踪者43名を捜索するための技術的支援を目的とした第三者委員会専門家グループ。フランシスコ・コックスを含めて、チリ、コロンビア(2名)、グアテマラ、スペイン出身の弁護士、判事、医学者5名の専門家で構成されていた。
(アヨツィナパの住民に調査打切り報告をするGIEIメンバー、左から2人目がコックス弁護士)
解説:2014年9月26日の21時30分、ゲレロ州イグアラ市でアヨツィナパ教員養成学校の活動家学生を乗せた5台の長距離バスを警察が襲撃した。5人が死亡、数十人が負傷、43名が行方不明者となった。学生たちは1968年10月2日に起きたトラテルロコ大虐殺事件の学生弾圧追悼デモに参加するためメキシコシティに向かう途中であった。数日前からバス数台をチャーターして参加するのが恒例だった。先住民の多くが通うこの教員養成学校は、歴史的にも連邦政府、地方自治体の抑圧の対象となっており、この強制失踪事件はイグアラ市、地元警察、連邦検察庁、陸軍、麻薬カルテル「ゲレロス・ウニドス」やペーニャ・ニエト大統領を頂点にした国家権力が結束して、捏造と隠蔽を繰り返した国家的犯罪です。上記の『アヨツィナパの43人』は事件の背景並びに経緯を時系列的に追って製作されておりますが、本作は事件4年後の行方不明者や死亡者の家族、重篤な負傷者ほか生存者の怒りと悲しみに寄り添って製作されています。 (文責:管理人)
「歴史的真実」とは何か、「あったことはなかったことにできない」
A: アイ・ウェイウェイ監督の過去の『ヒューマン・フロー 大地漂流』(17)をご覧になった方は、23ヵ国40ヵ所の悲惨な難民キャンプ地を巡ったドキュメンタリーながら、その映像美に心打たれたのではないでしょうか。新作も同じ印象をもちますが、何故バスが襲撃され、かくも多くの学生が強制的に失踪者になったか、事件の前段階の知識がないと分かりにくのではないか。
B: 『アヨツィナパの43人』を見ていたり、6年前世界に衝撃を与えたニュースを多少とも聞きかじっていないと、冒頭に流れたテロップだけでは事件の全体像はつかめない。
(2019年に公開された『ヒューマン・フロー 大地漂流』のポスター)
A: 9月26日の夜9時30分ごろ最初の発砲があり翌朝にかけて何回か繰り返された。死亡者は全体では8名、その内訳は5名が学校関係者、そのほかサッカーの試合が終り帰途についていたチームのバスが間違われて発砲を受け、選手、バス運転手、たまたまタクシーに乗っていた民間女性の3人が巻き込まれて犠牲になった。
B: 43名というのも正確には、麻薬カルテルによってゴミ集積所コクラで焼却された灰の中に入っていた1名を含めている。死者の数はウィキペディアでもスペイン語版、英語版、日本語版とも錯綜していて、どれが正確なのか迷います。
A: 後にオーストリアのインスブルック大学に DNA 鑑定を依頼して判明したことなので、最初の43名をスローガンとして踏襲している。学生アレクサンデル・モラ・ベナンシオの家族が納得しないこともありますが、そもそも43人を一晩で焼却することは不可能という専門家の指摘を政府は黙殺している。
B: 高温になるゴミ焼却炉ではない、灰にするには最も不向きな森の中では、60時間という長時間、薪にしろ古タイヤにしろ膨大な量が必要ということ、しかも当夜は一晩中土砂降りだった。ある父親は「にわとり1羽でも灰にするのは簡単ではない」と証言していた。ひらたく言えば「バカにするな」ということです。
A: 国の公式発表は「警察が学生43人を地元の麻薬組織に引き渡し、組織が彼らを殺害、遺体は森の中で焼いて近くの川に遺棄した」と断定、連邦検察庁はこれを「歴史的真実」(la verdad histórica)と宣言した。拷問の末に無実の罪を着せられた人々も言わば被害者です。
B: 政府も最初は本当のところを把握していなかったのではないか、といわれていますね。
A: しかし、どうしてこんな稚拙な嘘をついたのか気がしれないが、灰になってしまうとDNA鑑定が難しいからでしょう。袋詰めにして近くのサンフアン川に流した。その袋に入っていた骨が一致したのは「歴史的真実だから、43人は焼却された」と、あくまで当局は主張する。
B: とにかくできるだけ早く終止符を打って「あったことをなかったことにしたい」焦りが見え見えです。政権の中枢に批判が波及しないよう隠蔽工作に奔走した。
A: 責任逃れをしたい州警察や連邦検察庁の誤算は、教養のない先住民を騙すのは簡単と勘違いしたことです。時間が経てば泣き寝入りするだろうと捏造を繰り返したことが、家族だけでなく多くの国民の怒りに火をつけた。
B: 家族たちの強い絆や諦めないパワーに押されて後手後手に回ってしまった。1989年、米国のCIAをお手本にして設立されたメキシコ国家安全調査局 CISENもグルになって指揮したと言われていますが、お粗末です。
A: 内務省に所属している情報機関ですが、バス襲撃に第27歩兵大隊が関与していたことを掴んでいたからではないでしょうか。メキシコ陸軍となるとこれは大ごとですから。学生たちの携帯電話の発信地が陸軍基地からだったことが、電話会社の追跡で確認されている。
B: バスを降ろされ連行されていった所が軍基地だったことを意味している。
A: 軍部には国家機密保持のため、外部からの調査を拒否する権利があって踏み込めないことが、調査の壁になった。この拒否権が米州人権委員会の GIEI が調査打ち切りを決定した大きな要因でした。
B: 本作でもメンバーの1人フランシスコ・コックス弁護士が語っていました。『アヨツィナパの43人』のなかで、調査打ち切りの報告集会の席上、家族から「帰らないでください!」という悲痛な叫び声に涙が隠せなかったと語っていました。GIEI は行方不明者家族にとって、いわば最後の砦だった。
「乗ってはいけないバスに乗ってしまった」アヨツィナパの学生たち
A: 学生たちの乗った長距離バス5台は、正規にバス会社と契約していたわけではなく、いわばハイジャックした。その中にはイグアラからシカゴに運ぶ麻薬カルテルのヘロインが多量積み込まれていたバスがあった。だから学生たちが乗った時点からずっと追跡されていたようです。
B: 5台のうち襲撃された2台から犠牲者が出た。学生たちはバスではなく霊柩車という「乗ってはいけないバスに乗ってしまった」と言われる所以です。
A: 最初の犠牲者はフリオとして登場していた引率教師、「仲間をおいて逃げられない」と妻に携帯で電話、夫の最後の言葉は「娘のことをよろしく頼む」だった。その女の子は3~4歳に見えたから当時は赤ちゃんだったでしょう。屈託なさそうな娘さんを見るのが辛いシーンでした。
B: 最初の証言者、一人息子マウリシオの父親は「息子の夢をよくみます。4年の時が経ちましたが、心は止まったまま」と物静かに語る。
(マウリシオ・オルテガ・バレリオの父親)
A: 夫が失踪してアメリカに働きに行き1日15時間も働きづめだった母親に「必ず恩返しするから」と語っていた息子、母親は彼の無事を信じて今では家族会のリーダー役を務めている。他のグループとの共闘を示唆したのが、心理学者のヒメナ・ナイリス、本事件に関するインパクトのある著書がある。トラテルロコ大虐殺事件当時ラテンアメリカ政策担当者だったケイト・ドイル(現国家安全保障文書館シニア・アナリスト)やジャーナリストなど、抵抗の運動を応援する識者に支えられている。
B: 2人の息子ドリアンとホルヘ・ルイスが行方不明になっている父親は、妻は「体調を崩して病気になっている」と。ある家族の「犯人が政府でないなら死体は見つかる。なぜなら麻薬カルテルが犯人なら死体は放置したままにするからだ」という指摘は的を射る。
(強制失踪者のリーダーとして活動する母親)
A: カルテルなら灰にして川に流すような面倒な手間暇をかけない。フェルナンダ・バラデスの『息子の面影』にあったように遺体は見つかる。あの映画の燃え上がる炎のシーンは、アヨツィナパ事件の遺体がコクラで焼却されたというニュースに着想を得ているとバラデス監督は語っている。『息子の面影』はこの事件とリンクしています。
アヨツィナパ事件はペーニャ・ニエト政権最大の汚点
B: 本作では行方不明の学生たちは、写真のみに存在している。監督は第三者の視点をできるだけ排除して家族の悲しみと怒りに寄り添うことにしている。そのため監督を含めて5人のカメラマンが現地入りしている。難を逃れた生存者の証言は多くない。
A: 負傷者の1人は「正義と権利を求めると弾圧される」と語っており、なかで脳死状態のアルド・グティエレス・ソラノの家族は、院内感染を怖れて息子を引き取るため自宅を新築した。母親は「何年後か分からないが息子が目覚めるときを待っている」と。
(行方不明者の拡大写真を手にメキシコシティで怒りのデモ行進をする家族たち)
B: デモ行進中に「ペーニャ・ニエトはくそったれ」とシュプレヒコールされていた前大統領、任期中(2012~18)の最大の汚点と称されるのがアヨツィナパ事件です。
A: 2006年から始まった麻薬戦争で、25万人以上が殺害、4万人が行方不明となっているメキシコで、彼らと<アヨチィナポ/教養のない人>と陰で差別されている「アヨツィナパの43人」の違いは何か。それは固い絆で結束して、行方不明者を可視化したことだと思います。
(写真を手にした行方不明者の家族たち)
B: 階級間格差や地域間格差はどこでも見られることですが、その他にメキシコは人種間格差を抱えている。ハンスト、座り込み、人間の鎖などは、権力者の目に入らないが、国民の目には入った。政府の繰り返される捏造に家族は苦しめられたが屈しなかった。そのことが多くの国民の賛同を得たのではないか。
A: アヨツィナパ事件の真実と正義を解決すると強調していた現大統領ロペス・オブラドールは、当選3日目に連邦裁判所の判決に従って「真実と正義委員会」を設立した。アレハンドロ・エンシナスを長とするこの委員会には、学生の家族、市民団体の代表者が含まれている。
B: これとは別に国家検察庁(FGR)は、検察チームが率いる行方不明者捜索に焦点を絞った特別部隊も設立して、少しずつながら進展がみられるようになった。ドキュメンタリーの撮影は2018年3月からの1年間ですから、当然触れられない。
A: 重要な進歩が見られるようになったのは、2020年3月、事件に関わった政府高官、軍人を司法妨害で逮捕、5名中4名が現在も拘束されている。6月には麻薬カルテルのゲレロス・ウニドスの指導者、46名に及ぶ自治体職員も逮捕され、捜査は進んでいる。
B: しかし当時、事件の証拠隠滅、犯罪現場の変更、拷問に関与したと言われる司法長官トマス・セロンには捜査の手が及んでいない。現在逃亡中のイスラエル政府に引き渡しを要請している。しっぽ切りにならないことを祈りたい。
A: 家族の諦めない団結が、43人のみならず行方不明者全体の捜索に寄与している。行方不明者4万人と先述しましたが、国家捜索委員会(CNB)のリストによると、2006年以降2020年7月までの総数は73,000人と倍近い。この数は近年増加傾向にあるということですが、危機が国内のより広範な地域にわたっていることを物語っている。その原因解明も検証しなければならない。
B: それには予算が必要、この圧倒的な数に対処するには増やした予算では足りないでしょう。アメリカに運び込まれるコカインの90%は、コロンビアからメキシコを経由している。強大な隣国アメリカに最も近い国メキシコの悲劇です。
A: 捜査の進展は、学生の家族を筆頭に、家族を支える組織、特別検察官オマル・ゴメス、真実と正義委員会などの努力によります。ドキュメンタリーその後に触れたのは、まだ緒に就いたばかりとはいえ、少しだが光が射してきたことを述べたかったからです。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑮ ― 2020年12月15日 10:49
アナベル・ロドリゲスの長編ドキュメンタリー
★アナベル・ロドリゲス・リオス(カラカス1976)の長編ドキュメンタリー『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』(20)は、チャベス大統領亡き後、政情不安が続くベネズエラ北西部ソリア州のマラカイボ湖に浮かぶ消えゆくコミュニティ、コンゴ・ミラドール村が舞台です。作品・監督キャリア&フィルモグラフィー紹介済みですが、以下に鑑賞後に分かった出演者などを補足して再構成したデータをアップしておきます。
*『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』紹介記事は、コチラ⇒2020年10月17日
データ:製作国ベネズエラ=イギリス=ブラジル=オーストリア、言語スペイン語・英語、ドキュメンタリー、99分、撮影2013年~18年、撮影地コンゴ・ミラドール、州都マラカイボ、他
重要関係者:タマラ・ビジャスミル(コンゴ・ミラドール地区代表者、チャベス派支持者)
ルイス・ギジェルモ・カマリジョ(コンゴの住民、元クラブ歌手・ギター演奏)
特別出演者:ナタリア・サンチェス(ナタリ、小学校教師)とその家族、セルヒオ・サンチェス、リカルド・サンチェス、エディン・エルナンデス(コンゴ地区の警察官)、フランシスカ・エルナンデス(教育委員会職員)、ビクトル・ナバロ・ピニェロ、ジョアニー・ナバロ、フィデリア・ロサ・ビジャスミル、ルイス・ダビ・ソト・ビジャスミル(エル・カティレ)、他
解説:カタトゥンボの<無音>の稲妻が出る南米最大の塩湖マラカイボ南部、コンゴ・ミラドールと呼ばれる水に浮かぶ村がある。ベネズエラを変貌させた大油田が横たわっている。基礎杭の上に建てた家で暮らす貧しい村である。当面、村民は近づく議会選挙の準備に追われている。村のチャビスタ支持者の代表タマラは、できるだけ多くの投票用紙を集めるために奔走している。野党を支持する小学校教師ナタリにとって、タマラと政治的に対立することは職を失う恐れがあった。一方、村民は気候変動による自然現象や湖に堆積する汚泥がもたらす不衛生や沈降に脅かされており、村を離れる漁師たちが後を絶たない。汚職や環境汚染、政治的荒廃をどうやって生き延び、<自分自身の存在>を救済すればいいのだろうか。
(ベネズエラ北西部スリア州にある塩湖マラカイボ)
政情不安を極めるベネズエラの子供たちに未来はあるのか?
A: 永遠に大統領でいたかったベネズエラ統一社会党のウーゴ・チャベスが、2013年4月に死去した。その後継者が元労働組合の書記長だったマドゥロだった。タマラ・ビジャスミルが支持するいわゆるチャビスタ派、対する野党は反チャベス派選挙連合の民主統一会議、小学校教師のナタリア・サンチェスが支持している。
B: 近づく議会選挙の投票日が2015年12月6日、その前後が前半の中心でした。タマラが村民の買収に躍起になっていることから、統一社会党の劣勢がはっきりする。
A: 1票の値段は2000~3000ボリバル、4000と言われて迷う人、食料品をちゃっかり貰いながらも今回は反対派に投票すると説得に応じない女性、コンゴ村を出ていくので投票しないという男性、結果は統一社会党55議席、反対派112議席とチャビスタの惨敗に終わった。
B: マラカイボ市長からは1票2000ボリバルが届いていた。「チャベス派に入れないなら、棄権して」と選挙妨害を躊躇しないタマラの説得も空振りに終わった。「社会主義くたばれ!」と祝杯をあげる反対派の住民の喜びも一晩だけ、マラカイボ湖の汚泥を攫う浚渫船はやってこなかった。急速に中央からは忘れられた村になっていく。
(チャベスの写真や人形に囲まれたタマラの家、写真にキスしない人は我が家に入れない)
A: 買収工作は隠れてやると思っていたから、タマラのようにあっけらかんと、カメラに堂々とおさまるとは驚きです。チャベスにぞっこんの彼女は死んでも忠誠を誓っている。「マドゥロではなくチャベスに投票している」と説明する。
B: 買収=悪という概念はなく、私腹を肥やしているがコンゴ村のために全力を尽くしている。最初は自己中心的、肉の塊のような体形と押しの強さに辟易したが、だんだん憎めなくなってきた。監督が<盲目的信仰>と評した人物の一人かもしれない。
A: 1998年の大統領選挙でチャベスがやったことも踏襲しているだけです。将来が見通せない村を捨てていく村民を非難できない。かつては700人いた村民も常住しているのは30所帯、湖底は虫やネズミの死骸で10年前より1メートル50センチも浅くなった。浚渫工事は選挙用の空手形、そもそもやる気などなかった。溜まった汚泥で漁業もできない、衛生環境も悪く、教育も受けられない。こうナイナイ尽くしでは村を出るのが現実的です。
(マラカイボ湖に基礎杭を打って建てられた家に暮らすコンゴ・ミラドールの住民)
B: 国民も政府を信用しておらず、約束は反故になることを知っている。1年後、結局ナタリの家族も「泥とヘビしかいない」村を出ていく。生徒がいなくなった学校に教師は不要だ。屋根が半分無くなり雨漏りのする朽ち果てた校舎の扉を閉めるナタリ、基礎杭から家を切り離し、ゆらゆらと湖を漂いながら向かう先は何処なのだろう。タマラとは違う考えでコンゴを愛していたナタリ、汚職まみれの無能な為政者を頂く国家に勝者なく、非情な現実があるだけです。
(タマラと対立する小学校教師ナタリ)
A: 2017年3月29日、最高裁が議会の立法権を掌握すると決定、選挙から17ヵ月後、マドゥロは制憲議会の設置を指示、選挙で過半数を得た野党から国会を奪還した。
B: どういうことか理解に苦しみますが、これが現実です。2020年段階で約300万人が難民という記事もあり、桁が間違っていると思いたいです。隣国コロンビア自身も難民を抱えているから、コロナ禍でどうなっているのだろうか。
尊厳を取り戻す方法があるという盲信に支えられていると語る監督
A: 重要関係者欄にタマラの名前がクレジットされていたが、タマラなくして本作は撮れなかったろう。もう一人がギターの弾き語りをしていたカマリジョ、恋人が去っていく悲しみと次々に故郷をを後にする村民を重ねている。プロの歌手だった若い頃を懐かしむ。今は小鳥を友人に一人暮らし「鳥に守られて生きている」と語る。
B: 本作の進行役を果たしており、陸に打ち上げられた外輪船のある森に案内してくれる。こんな大きな船がと驚いたが、以前はマラカイボ湖に流れ込むカタトゥンボ川まで航行していたと語る。
(陸に打ち上げられた外輪船の説明をするカマリジョ)
A: タマラも買収する村民がいなくなり、マラカイボ市長から届いていたお金も届かないのか、現金が無くなったら売ると語っていたブタを売却する。
B: コンゴを出ていかないのは、タマラとカマリジョだけかもしれない。
A: 1918年の大油田の発見以来、腐敗と汚職、地球規模の気候変動ともあいまって、政治的腐敗が価値を生み出している。監督は「この映画を撮ることで学んだのは苦痛です。しかし政治的腐敗が価値を生み出すことに気づかせてもくれた。国の再建において私たちに大きな影響を与えています。理由はさまざまですが、何百万もの国民が国を出てしまいましたが、尊厳を取り戻す方法があるという盲信に支えられています」と、マラガ映画祭のインタビューで語っていた。
B: 監督自身も治安悪化と経済的困難で家族とベネズエラを離れ、現在はウィーンに移住しています。本作が5年もかかった理由の一つです。いつの日か戻れる日は来るのでしょうか。
(アナベル・ロドリゲス・リオス監督、マラガ映画祭2020年8月)
A: 本作でも冒頭ほかで登場した、字幕で<静かな雷>とあった、マラカイボ湖の超常現象「カタトゥンボの無音の稲妻」の謎については、前回の記事で触れています。観光資源の一つだそうです。またカマリジョが「破滅の夜がやって来た~」と歌っていた“La Noche de Tu Partida”は、ベネズエラの作曲家オズラルド・オロペサ(1939~98)の代表作の一つです。エンディングで歌っていたのは、同じくベネズエラの歌手エンリケ・リバスでした。
(原因が解明されていないカタトゥンボの<無音>の稲妻)
メンデス・エスパルサの3作目 『家庭裁判所 第3H法廷』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑭ ― 2020年12月07日 15:50
前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』に繋がるドキュメンタリー
★アントニオ・メンデス・エスパルサの第3作目になるドキュメンタリー『家庭裁判所 第3H法廷』(「Courtroom 3H」)は、既に終了した第33回東京国際映画祭TIFF との共催作品3作の一つ、当ブログでは第68回サンセバスチャン映画祭SSIFFセクション・オフィシアル部門でプレミアされた折りにアウトラインをご紹介しています。また前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』(17)で作品&監督キャリア紹介をしております。
*『家庭裁判所 第3H法廷』の作品紹介は、コチラ⇒2020年08月05日
*『ライフ・アンド・ナッシング・モア』の作品&監督紹介は、コチラ⇒2017年09月10日
*『ライフ・アンド・ナッシング・モア』のTIFF Q&A の記事は、コチラ⇒2017年11月05日
(監督、ペドロ・エルナンデス・サントス他制作会社「AQUÍ Y ALLÍ FILMS」の製作者たち、
サンセバスチャン映画祭2020、9月22日フォトコール)
★TIFF上映後に企画された「トーク・サロン」を視聴する機会があり、以下のことが確認できました。撮影は2ヵ月間、300ケースを視聴し、180時間撮影した中から撮影中に結審したケースを選んだ。新型コロナの影響で編集はリモートでやったので6ヵ月間を費やした。米国では法廷は公的な場所だからカメラを入れることに支障はない。公開するにあたり当事者たちの許諾を受け、裁判所も社会貢献として許可が下りた。以下に作品紹介時点では分からなかった、主な出演者を列挙しておきました。
主な出演者:ジョナサン・スジョストロームJonathan Sjostrom判事、ニューリン弁護士、ジョンソン弁護士、シェパード弁護士、ブラウン弁護士、バッタグリア児童家族局員、その他ケースマネージャー、里親、訴訟後見人など多数、当事者は仮名、未成年の子供にはぼかしが入っている。
(観客に感動をもたらしたジョナサン・スジョストローム判事)
解説:フロリダ州レオン県タラハシーにある統合家庭裁判所は、虐待、育児放棄などされた未成年者に特化した事案を解決するために設立された裁判所である。こじれた親子関係の修復を扱う米国唯一の裁判所の目的は、できるだけ迅速に信頼できるやり方で、親子関係をもとに戻すことである。実際の法廷にカメラを入れて、2019年2ヵ月間に渡って撮影した180時間のフィルムを編集したものである。本作は、米国の作家で公民権運動にも携わったジェイムズ・ボールドウィンの「もしこの国でどのように不正を裁くか、あなたが本当に知りたいと望むなら、保護されていない人々に寄り添って、証言者の声に耳を傾けなさい」という言葉に触発されて作られた。(文責:管理人)
前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』に繋がるドキュメンタリー
A: ボールドウィンの言葉は「国の正義は弱者の声に表れる」と訳されていた。前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』を見ている観客には、アイディア誕生のヒントは想定内です。前作はフィクションでしたが、主人公の未成年の息子が法廷で裁かれるシーンがあり、そのシーンがここで撮影され、その際に判事と親しくなったようですね。
B: TIFF のトークで髪の薄さが話題になった。サンセバスチャン映画祭に現れた監督の髪に驚いたのですが、それがここではずっと鮮明でした。
A: まだ髪のあった3年前の写真を見せられて「懐かしい写真ありがとう」と恥ずかしがっていた。誠実でユーモアに富んだ穏やかな人柄はそのまま、アイディアは予想通り前作から生まれた。法廷シーンで裁判官と親しくなり、第2作完成後1年半ぐらい経って撮影に入った。
(メンデス・エスパルサ監督、サンセバスチャン映画祭2020、プレス会見にて)
B: 撮影は2ヵ月間、300ケースを視聴した中から選んだようだが、殆どの家庭が崩壊している印象だった。両親は別居あるいは離婚しており、母親が親権放棄したが父親が異議を申し立てたケース、実の親と里親が係争しているケース、父親が誰か分からない乳飲み子を抱えた母親、エトセトラ。
A: 両親に育てる意思がなく、子供も親と暮らしたくないケースでは、判事は親権終了を認め、養子縁組の段階に入る。親なら誰でも子供を愛しているとは限らないから、自分の限界を認めることも必要、スジョストローム判事が「自分の限界を認めてくれたことを感謝する」と親に語りかけるのは、これで子供に安定を与えられるからです。
(左から、子供の養育権をめぐって対立する母親と里親)
B: レズビアン・カップルが2人の子供の養子縁組を成立させたケースは日本ではとても考えられないことです。365日以内の迅速な結審が基本なのは、長期の裁判で子供を不安定な状態にしておくのは子供を傷つけることになるという、あくまでも子供本位の方針でした。
A: 期間が既に過ぎているケースが多い印象でしたが、結審に持っていくのは並大抵のことではないということです。審理部分が2部に分かれており、なかで結審に辿りつけた二つのケースに焦点を絞るという構成でした。
B: 両親がそれぞれセラピーを受けて子供と再出発できたケースは、両親の努力は勿論だが、弁護士、児童家族局員双方の地道な努力と判事の適切な助言の成果です。
A: 審理が始まったときの不安定な様子の母親と険しい表情の父親、結審したときの母親と父親の笑顔をうまく切り取っていた。当事者の努力は当然ながら、関係者の援助なくして解決できなかった。父親は薬物依存症の治療中でしたが、完治まで親子を離しておくのは子供が板挟みになると再出発させた印象でした。
(薬物治療中の険しい表情の父親)
(審理開始時の母親、結審時の母親、まるで別人です)
米国が多民族国家、移民国家であることを実感するエリアスのケース
B: 両親がグアテマラ国籍の子供の親権終了のケースでは、娘がアメリカに残って教育を受けさせたいので親権を放棄した。放棄するのは子供を愛していないからではなく愛しているからという理由なのが、アメリカと近隣諸国との関係であるのが浮き彫りになった。
A: 貧富の差がありすぎ、それは暴力的です。特に中南米諸国でもグアテマラは最貧国ですから。父親も故郷に帰っても娘に教育を与えることはできないと語っていた。
(グアテマラ人の父親の弁護をするとニューリン弁護士)
B: 後半は撮影中に結審した2例、エリアスとエラのケースが紹介された。前者の例は父親がベネズエラ国籍、ブラジル在住、英語を解せず特別にスペイン語の通訳2人が出廷した極めて特殊な事案だった。
A: エリアスの母親は出産当時未婚、児童虐待の疑いで子供とは切り離されている。既に親権を放棄している。問題は父親が自分の息子とは知らずにベネズエラに帰国、後にDNA検査で息子と判明した。児童家族局の依頼で訴訟後見人から父親の親権終了が申し立てられたが、父親は異議を唱えているというケースです。
B: もうすぐ3歳になるエリアスの親権を求めている。審議に出廷するためブラジルからやって来た。というのも他に子供がブラジルにいて、その子供とはネットで繋がっている。今回6年ぶりにその子と会った。8ヵ月のときから育てているエリアスの里親にすれば、父親の言い分は何を今頃になってということでしょう。
A: 所用か出稼ぎか不明だが多民族移民国家ならではの事案です。父親サイドの弁護士は、先述したニューリン弁護士、なかなか辣腕で、いろいろな困難を乗り越えて父親がブラジルから出廷できるよう手配した、その力量に驚かされた。対する里親サイドのバッタグリア児童家族局員と訴訟後見人は、父親が今まで顧みなかった息子を本当に育てる意思があるのかどうか疑っている。
B: エリアスは今のまま里親と一緒に暮らすのが最適、父親が親権を放棄すれば養子にする考えだった。しかし判事は、訴訟後見人から出されていた父親の親権終了の申立てを却下した。里親はエリアスと養子縁組はできなくなった。
A: 判事も苦渋の選択をした。両方の努力に食い違いがあった。しかし親に育てる意思があるならば、親が育てるべきという本来の方針に沿った。本当に育てる意思がなければ、父親はこの法廷にはいなかったからです。このような結審は里親には辛いはず。「里親に課せられた義務は過酷だけれども、これからも協力していただけますか」と、傍聴していた里親たちに語りかけていました。
B: 本当に素晴らしい判事でした。里親たちも「イエス、勿論です」と応えていたのが同じように素晴らしかった。ドキュメンタリーのもつ力は大きく怖い。それは「これはフィクションと逃げられないから」と監督は語っていた。
(バッタグリア児童家族局員)
A: ドラマで撮る案もあったようですが、嘘っぽくなるのでやめたとも。初めてのドキュメンタリーは怖かったとも語っていた。ただエリアスのケースは、個人的には納得できなかった。ニューリン弁護士の熱意や努力を認めるとしても、昨今のベネズエラとアメリカのぎくしゃくした関係を考えると、反対のほうがベターだったのではないか。
母親の過去ではなく、更生しつつある現在の姿を考慮して欲しい
B: もう一つが3歳になるエラのケース、母親は幾度か逮捕歴のある激昂タイプの女性、ある事件をきっかけにエラは両親から引き離された。女性は現在は夫とも絶縁して、エラを取り戻したい一心で更生に励み、今では仕事をして金銭的にも育てられる。
A: 一方里親エイミーは17ヵ月のときからエラを預かりとても安定していると証言。父親は親権終了しているが、母親は終了したくないというケースです。
B: 母親サイドはジョンソン弁護士、里親サイドはエリアスと同じバッタグリア児童家族局員、このケースでは、母親とケースマネージャーの対立が問題をこじらせている。前者の問題行動ははっきりしているが、に後者にも問題がありそうだった。
A: 母親への公的支援が遅かったことも一因のようでした。母親に児童虐待の事実はないが、そのカッとしやすい性格が問題、しかしセラピーのお蔭でそれも快方に向かっていることは、女性の母親アモーレも証言している。
(母親を親身に弁護するジョンソン弁護士)
B: ジョンソン弁護士の努力も実らず、母親の親権終了で結審する。弁護士は「母親の過去ではなく、更生しつつある現在の姿を考慮して」判断して欲しいと述べるが、判事の判断は親権終了だった。これも迷った末の判断です。
A: 家族の再統合が目的とはいえ、やはり母親の今後に不安が残り、母娘の再統合は叶わなかった。ジョンソン弁護士の無念の涙には心打たれたが、弁護士の信念がこれほど凄いとは驚きだった。このケースは多分認められている30日間以内の控訴をするかもしれない。
B: 当事者用に用意されたティッシュの箱が彼女にも必要なのではないかと思った。得てして対立しがちな両者の言い分に耳を傾け、できるだけ公平に扱おうとする判事の態度に心打たれた。稀に見る高潔な人柄に尊敬の念さえ覚えた。
A: 監督も「撮影中にこのケースを最後にしようと思った」とトークで語っていたし、判事ほか弁護士などの人格を取り入れたい意向だった。ジョナサン・スジョストローム判事ありきの映画でしょうね。撮影は180時間に及んだということですが、長ければいいわけではなく、前半の次々に現れる別件の羅列は一度見ただけでは分かりにくく、全体の構成に疑問を感じた。最初からどのような事案が撮れるか分からないから、撮りながら執筆していったような印象でした。
B: このようなドキュメンタリーでは、共同脚本家が必要なのかもしれない。
A: エンディング・クレジットで気づいたのですが、本作はホセ・マリア・リバに捧げられていた。彼は1951年バルセロナ生れのジャーナリスト、映画プログラマー、パリ在住、今年5月2日に鬼籍入り、享年69歳でした。多くのシネアストが世話になっていた。
B: サンクス欄にもありました。さて、次回作もドキュメンタリーですか。
A: 4作目はフィクション、それもベルランガ流のクラシック・コメディだそうです。フアン・ホセ・ミリャスの小説 ”Que Nadie Duerma” の映画化、製作者はペドロ・エルナンデス、キャストは主役のルシアに、アルゼンチン出身のマレナ・アルテリオが決定している。現在、脚本をクララ・ロケと執筆中ということです。お楽しみに。
マリオ・バローゾの 『モラル・オーダー』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑬ ― 2020年12月03日 15:15
20世紀初頭の実話に着想を得て自由に描いたフィクション
★マリオ・バローゾの『モラル・オーダー』(「Ordem Moral」)は、予想したようにかなりフィクション性の高いドラマでした。主人公マリア・アデライデを演じるマリア・デ・メデイロスの魅力を余すところなく盛り込んでいる。階級を超えた禁じられた恋、逃亡と監禁、裏切りと策略、情熱と苦悩、復讐とその代償、ハッピーエンド、テレノベラの要素をたっぷり詰め込んでいる。マリア・デ・メデイロスありきの映画です。最初、バローゾ監督から脚本執筆を依頼されたカルロス・サボーガはあまり乗り気でなかったという。しかし主役に「マリア・デ・メデイロスを起用するつもりだ」と話した途端「それなら話は別だ」と引き受けた逸話が、それを物語っている。以前、作品紹介の記事をアップした折り、監督&フィルモグラフィー、マリア・デ・メデイロスの出演映画などを以下に紹介いたしました。キャストは主人公を取りまく脇役に実在した人物が多数登場しますので、新たに補足追加しておきます。
*『モラル・オーダー』作品紹介記事は、コチラ⇒2020年11月01日
主なキャスト:
マリア・デ・メデイロス(マリア・アデライデ・コエーリョ・ダ・クーニャ)
マルセロ・ウルジェージェ(アルフレド・ダ・クーニャ、夫)
ジョアン・ペドロ・マメーデ(マヌエル・クラロ、マリア・アデライデの恋人)
ジョアン・アライス(ジョゼ・エドゥアルド・ダ・クーニャ、息子)
アルバノ・ジェロニモ(シーセロ、マヌエルの同僚、アナーキスト)
ジュリア・パーニャ(ソフィア・デ・アゼヴェド、アルフレドの愛人)
アナ・パドラオ(ベルタ・デ・モライス)
アナ・ブストルフ(フィリパ・デ・サ)
テレサ・マドルガ(クロティルデ、女中頭)
ヴェラ・モウラ(イダリナ、マリア担当の女中)
レオノル・コーティニョ・カブラル(マリア・アデライデの妹)
ディナルテ・ブランコ(エガス・モニス、医師。1949年ノーベル医学賞を受賞)
リタ・マルティナ(マファルダ)
ソフィア・マルケス(エミリア、マリア担当の看護師)
イザベル・ルス(堕胎所の祖母)
ミゲル・ボルへス(ベルナルド・ルーカス、弁護士)
ホルヘ・モタ(マガニャーエス・レモス、コンデ・デ・フェレイラ病院医療部長)
ルイ・モリソン(ジュリオ・デ・マトス、医師。1942年リスボンで精神病院を開院)
ディニス・ゴメス(ジュリオ・ダンタス、劇作家)
マリオ・バロッソ(アニバル・クルエル民政長官)
ストーリー:1918年11月13日、日刊紙「ディアリオ・デ・ノティシアス」の相続人マリア・アデライデが、何の前触れもなく失踪する。やがて22歳年下の家族の元運転手マヌエル・クラロが手引きしていたことが判明する。間もなく夫アルフレドによって探し出されたマリアは、病気療養の名目で精神病院に隔離されるが、愛を貫くために男性優位の社会と対決する。第一次大戦後の混乱期、スペイン風邪が猛威を振るうポルトガルを舞台に、自らの信念を貫き通した実在の女性に着想を得てドラマ化された。階級を超えた恋、逃亡と監禁、嘘と隠蔽、裏切りと策略、情熱と苦悩、復讐とその代償、ハッピーエンド、テレノベラの要素を隈なく取り込んでいる。 (文責:管理人)
精神病院強制入院に著名な精神科医たちが加担した危機の時代
A: 本作は東京国際映画祭TIFF「TOKYO2020プレミア」上映作品の一つ、その折企画された「TIFFトークサロン」を視聴することができた。パリ在住のマリオ・バローゾ(仏語)とシニア・プログラマー氏とのQ&A、通訳は仏語と英語でした。
B: 監督はパリの映画高等学院IDHED教授ということでパリ在住、トークサロンでは長編4作目と話していた。
A: 劇映画長編3作とTVドラマ1作で4作、TVを下に見る人もいるが自分はそうではない。当ブログでは劇映画、TVドラマ、ドキュメンタリーを区別しているので3作とご紹介しています。当然のように2005年に出版されたアグスティナ・ベッサ・ルイスの伝記小説 ”Doidos e Amante”(仮題「狂人たちと愛人」)への質問があった。
B: 小説の映画化ではなく、視点が異なるので参考にしていないときっぱり応えていた。
A: 全然参考にしていなかったわけではないでしょう。調べたところ、この新聞連載小説は「二人の間に愛があったという仮説を否定、マリアは単に脱出のエピソードが欲しくて、誘拐劇を演出し、マヌエルはお金目当てで協力した」と結論付けているようです。
B: タイトルからも想像できるように悪意が感じられます。監督はトークで「マヌエルとタクシー労働組合の同僚シーセロの関係をゲイにしたのは、アグスティナの小説から採った」と語っていた。映画を見るかぎり、マヌエルはバイセクシュアルでシーセロに引きずられている印象だった。
A: ホモセクシュアル的なにおいを入れたのは、自分を解放するのがテーマだからと述べていたが、当時同性愛は犯罪でタブー視されていたわけです。夫が火遊びでする浮気は許されたという糞ッたれな時代でした。
B: 夫が長年とっかえひっかえした女遊びは表沙汰にならなければ病気ではないが、マリアのように駆け落ちというスキャンダルを起こせば「これは立派なビョーキ、隔離して治療する必要がある」と精神科医は臆面もなく主張する。
(顔に包帯を巻いた奇抜な格好で友人たちを驚かすマリア・アデライデ)
A: マリアは入院させられていたコンデ・デ・フェレイラ病院の医療部長室で行われた医療委員会によって狂人と診断され、いわゆる禁治産者の烙印を押される。このシーンは劇中の山場の一つでした。マリアの一族の主治医ジョゼ・ソブラル・シド、家庭医のようなエガス・モニス、ジュリオ・デ・マトス、という当時の著名な精神科医3人が報酬をもらって加担した。
B: 夫が支払った賄賂をもらいながら、エガス・モニスにいたっては、1949年にノーベル医学賞をもらっている。時代精神と言われればそれまでですが。
A: 1942年にリスボンで精神病院を開院したジュリオ・デ・マトスの二人については、エンディング・クレジットでその後が語られたのですが、字幕は省略していた。重要なメッセージと考えるので、僭越ながら疑問を呈しておきたい。
B: バローゾ監督もトークでモニスのノーベル賞受賞に触れていた。マリアは女性の社会的地位の不平等、不自由、不公平という犯罪まがいの行為と闘った女性でした。家族のみならず精神科医たちが加担した暴力の時代があったことを若い世代に知ってほしかったことも映画化の理由でした。
A: 夫が医師たちを買収してまで妻を冒瀆したのは、彼女が大新聞社の相続人だったからですね。新聞社を早く売却したい夫は、売却に反対する妻を禁治産者にして後見人になる必要に迫られていた。首尾よく後見人におさまった夫は、すぐさま売却することができた。
B: マヌエルの1歳年下という息子のジョゼは、美人の使用人イダリナをレイプして妊娠させたり、父親の言いなりで不甲斐ない。マヌエルも危険な恋のアバンチュールを愉しむというタイプでなく、一体に男性陣は魅力に乏しかった。ましなのはルーカス弁護士、マヌエルへの愛を独占できなかったシーセロくらいかな。
(コンデ・デ・フェレイラ病院に入院するマリア・アデライデ、付添いの妹とモニス医師)
A: 映画にも採用された1919年2月2日に決行された梯子を使っての病院脱出劇は実際にあって、マヌエルは塀の下で待っていた。マヌエルの叔母がかつて住んでいたという空き家に隠れ住んでいたが、26日発見されて病院へ逆戻り、マヌエルも誘拐と強姦罪で逮捕という最悪の事態になる。
B: 勇敢なのか世間知らずなのか浅はかな行為、この経緯はウラが取れているそうですね。
情熱は狂気ではない――「クレージー・ノー!」
A: ジャーナリストのマヌエラ・ゴンザガの ”Doida Não E Não !” です。アグスティナの小説に反旗を翻して、4年後の2009年2月に刊行した。「クレージー・ノー・アンド・ノー」という意味ですね。ジャーナリストという職業柄、マリアを実際に知っている人や姪など親族縁者にインタビューして裏をとっ本にした。
B: タイトルはマリアが1920年に執筆した「クレージー・ノー!」から採られているようですが、すぐさま夫が「残念ながらクレージー」と応酬、さぞかしメディアは喜んだことでしょう。社交界の大スキャンダルでしたから。
(マヌエラ・ゴンザガの「クレージー・ノー・アンド・ノー」の表紙)
A: ほかにも病院に入院させられている患者のうち、病気でないのに家族が女性を処罰する方法として入院させる事実を「キャピタル」紙に投稿、このセンセーショナルな記事によって病院内に調査団がはいり、議会も無視できなくて法律が改正されたという。これはウイキペディアにも載っている。
B: 映画には採用されなかった。マリアは語学に優れ、入院中にストリンドベリの『令嬢ジュリー』をスウェーデン語をポルトガルに語に翻訳して、お芝居ごっこをして憂さを晴らしている。
A: 『令嬢ジュリー』は1888年にストリンドベリによってスウェーデン語で書かれた戯曲です。上流階級の子女はフランス語が教養とされていたが、マリアはスウェーデン語もできた。物語は、主人公ジュリー嬢はアシエンダを所有する伯爵と使用人であった農民出の母親のあいだに生まれた。今は亡き母親から「男のように考え行動するよう育てられた」意志の強い娘だったが、それは当時としては風変わりな女性だったから、男性にとっては危険な小説だった。
B: マリアはジュリーと自分を重ねていた。本当に院内でこんなお芝居ごっこができたのでしょうか。この芝居中に独裁権力を握り、国王大統領と呼ばれたシドニオ・パイスが急進的共和主義者の銃撃を受けて暗殺された報が伝わってくる。
A: ジュリー嬢役のマファルダが愛人だったという設定でした。これで彼女の監禁理由がはっきりする。つまり狂人ではないが、いささか常軌を逸している不都合な女性も監禁されていた。暗殺日は1918年12月14日、こういう歴史的事実を挿入して、観客に時代背景が分かるように工夫している。
(使用人イダリナに髪を整えてもらうマリア・アデライデ)
B: お芝居ごっこは冒頭に出てくる。詩人、戯曲家ジュリオ・ダンタスの宗教劇、豪壮な邸宅で客人を招待して催す芝居ごっこです。芝居に託けて自分を吐露するマリア、豪華な調度品にも目を奪われた。
A: マノエル・ド・オリヴェイラやジョアン・セーザル・モンテイロのフレームを彷彿させた。バローゾ
は二大巨匠の撮影監督を長らく務めたから、その影響が顕著だった。冒頭の赤いカーテンが開く瞬間、あっこれはオリヴェイラ、いよいよ緞帳が上がってお芝居が始まると思いました。美術監督や衣装デザイナーの時代考証は大変だったろうと思います。
(豪華な大道具小道具に魅せられる朝食のシーン)
B: 時代考証といえば、トークでも質問が出ていたが、マリアがイダリナの中絶に付き添う怖ろしいシーンで、受付の女の子の背後に後光のようなものが射していた。壁際には祭壇が置かれ、おばあさんが祈りを捧げている。
A: 監督によると、堕胎をするのは人間でなく天使という考えがあったということです。神のご加護を願いながら受けるのですね。堕胎医は女の子の母親、祈るのは祖母、受付は娘、親子三代でやっている。このおばあさん役をしたイザベル・ルスは、ポルトガル映画アカデミーのソフィア栄誉賞を受賞しているベテラン女優、『アブラハム渓谷』にも出演している。
B: お腹の子の父親が継父という13歳の子供を連れた母娘を登場させたのは、監督や脚本家の怒りと感じました。何時の時代でもこんな過酷な状況で命を落とす女性がいるのは悲しい。
A: フィナーレにポルトガルの国民的作家アグスティナ・ベッサ=ルイスの『シビラ』(“A Sivila”)を挿入したのは、製作中の2019年に彼女の鬼籍入りが報道されたからでしょうか、享年97歳だった。オリヴェイラの『アブラハム渓谷』や『フランシスカ』、『家宝』などの原作者でもあったから、恩師へのオマージュも含めていたかもしれません。『シビラ』はマリアが死去した1954年に刊行されたばかりの小説でした。
B: 1923年、ルーカス弁護士のお蔭で自由の身になったマヌエル・クラロとマリアはポルトに移り住み、彼女の死まで一緒に暮らしたが結婚はせず、二人は生涯恋人同士だった。
A: カトリック国のポルトガルで離婚ができるようになったのがいつか、もしかしたらできなかったのかもしれない。夫のアルフレドは、10年前の1944年に死去していた。
B: バローゾ監督もマリアに解放を伝えに来るクルエル民政長官役で顔を出していた。自由の身になってからの彼女の人生は語られず、いきなりマリア最期の年、1954年に飛んだ。
★前回の紹介記事で、彼女がバレンシア映画祭2020で棕櫚栄誉賞を受賞したことを書きましたが、その際には本作の上映はなく、監督2作目「Aos Nossos Filhos」(19「私の息子たち」)と、イシュタル・ヤシン・グティエレスの「Dos Fridas」(18、メキシコ=コスタリカ合作、「二人のフリーダ」)でバイセクシュアルだったメキシコの画家フリーダ・カーロの晩年の看護をしたコスタリカ出身の看護師を演じた作品が上映された。独立系の映画はフェスティバルでしか上映されない、コロナ禍の時代でも「映画祭は必要」と語っていた。
(バレンシア映画祭2020に出席のマリア・デ・メデイロス)
(フリーダ役のイシュタル・ヤシンとマリア・デ・メデイロス「Dos Fridas」から)
(監督第2作目「Aos Nossos Filhos」ポスター)
ダビ・マルティンの 『マリアの旅』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑫ ― 2020年11月29日 17:39
ペトラ・マルティネスの魅力を引き出した佳品
★ダビ・マルティン・デ・ロス・サントスの『マリアの旅』は、監督の母親の世代、フランコ時代の価値観に縛られた女性たちへのオマージュ、一見自由に見えながら自分の居場所が見つからない、夢が叶えられそうで敗れてしまう若い世代の女性たちへの哀歌でした。主人公マリアを演ずるペトラ・マルティネスが見せる表情の微妙な変化、アンナ・カスティーリョ扮するベロニカの表面からはうかがい知れない深い孤独と無念が悲しい。ペトラは先日閉幕したセビーリャ・ヨーロッパ映画祭で女優賞を受賞に続いて、メリダ映画祭でミラダス賞2020を受賞、来年のゴヤ賞ノミネートは間違いないでしょう。監督並びにスタッフ、主演者のペトラとアンナのキャリアについては、以下にアップしております。
*『マリアの旅』作品&キャリア紹介は、コチラ⇒2020年10月27日
(ミラダス賞2020のトロフィーを手に喜びのペトラ・マルティネス、11月25日)
キャスト:ペトラ・マルティネス(マリア)、アンナ・カスティーリョ(ベロニカ)、ラモン・バレア(マリアの夫ホセ)、フローリン・ピエルジク・Jr.(バルのオーナー、ルカ)、ダニエル・モリリャ(ベロニカの元恋人フアン)、ピラール・ゴメス(美容室経営者コンチ)、マリア・イサベル・ディアス・ラゴ(イロベニー)、アリナ・ナスタセ(クリスティナ)、ジョルディ・ヒメナ(看護師)、クリストフ・ミラバル(マリアの長男ペドロ)、Annick Weerts(ペドロの妻エリサ)、マールテン・ダンネンベルク(同次男フリオ)、他
ストーリー:世代の異なる二人のスペイン女性マリアとベロニカは、ベルギーの病院で偶然同室となる。マリアは若い頃に家族とベルギーに移住してきた。ベロニカは故国では決して手に入れることのできないチャンスを求めて最近来たばかりであった。ここで二人は友情と親密な関係を結んでいくが、ある予期せぬ出来事が、ベロニカのルーツを探す旅にマリアをスペイン南部のアルメリアに誘い出す。それは彼女自身の世界を開くと同時に、人生の信条としてきた確かな土台を揺るがすことにもなるだろう。
「女は三界に家なし」世代、このまま人生を終わらせたくない
A: ペトラ・マルティネスのキャリア紹介で触れたことですが、彼女の代表作の一つ、ハイメ・ロサーレスの『ソリチュード 孤独のかけら』に出てくる母親の造形に似ていた。あちらは三人娘の母親で、テーマも同じではありませんでしたが。
B: 室内のシーンなどフレームの取り方も似ているところがあり、時間がゆっくり流れていて何事も起きそうにないのに、実は起きている。
A: マリアの夫ホセも別段マチスタの人ではなく、あの年代ならどこにでもいそうな男性です。しかし年配の主婦ならこうあるべきという確信をもっている。マリアは若いときに故郷のレオンを離れたというが、何歳ころだったか分からない。
B: 移住して48年経つということから彼女の齢を想像するしかない。結婚していたのか否かもはっきり語られない。
A: ベルギー暮らしが長いのに母語がスペイン語であること、住んでいたレオンの家がダム建設で沈んだということくらいしか情報はない。レオンといってもステンドグラスが美しい大聖堂のある都市部ではないようだ。
B: 長男ペドロにはスペイン語を解さないベルギー人の妻とアントワープとフランス風の名前の子供がいて、こちらも親思いのようだが有無を言わせぬ強引さを垣間見せる。
A: 息子も結婚すれば他人になる。マリアが心を許しているのは独身の次男フリオだが、別の地方か国外か分からないが出ていくという設定。マリアの世代はフランコ政権の良妻賢母の教育を受け、仕事の選択権や自由は制限されても結婚までの居場所はあった。家族という形がまだ存在していた。
(マリアの微妙な変化を訝しむ夫ホセ役のラモン・バレア)
B: ただ離婚は許されなかったし、夫に先立たれても結婚は一度だけという禁止事項はあった。フランコ以降の教育を受けた20代のベロニカには度し難いことで目を丸くする。
A: 価値観があまりに違いすぎて、最初二人は波長が合わない。しかし実はそんなに違っていないことが次第に分かってくる。身なりや印象だけで他人を判断することの危うさを示唆している。
B: ベロニカは梨農園の季節労働者として1年前くらいにベルギーにきた。しかし現在はカメラの魅力に取りつかれカメラマンを目指している。留学ではなく、一人で国外に働きに出るにはそれなりの度胸が必要だが、肩を押したのは家族の崩壊らしいことが匂ってくる。
A: 親にも恋人にもさようならするのは相当の決断がいる。職業の選択権や自由はあってもベロニカには居場所がなかったのだ。前半でスクリーンから姿を消すが、自身の病名を知る前と後のコントラストを演じ分け、デビュー作ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』や、ロス・ハビの『ホーリーキャンプ!』には見られなかった成長ぶりが、今後の活躍を期待させる。
(カメラマン志望だったベロニカ役のアンナ・カスティーリョ)
B: 「植木に水をやってください」というメモを残して出立したマリア、直ぐ帰宅しますと追記しますが、ベルギーからフランスを通りこしてピレネー越え、行ったことのないアンダルシアのアルメリアまで陸路を辿っての旅では直ぐには帰宅できない(笑)。
A: 発作を起こしたばかりのステントが入ったポンコツ心臓を抱えての一人旅、夫との障りのない会話でぷつんと糸が切れた。溜め込んだ怒りを吐き出すような出立だったが、多分家族には何が不満か到底理解できない。それが帰宅後の家族の食事会ではっきりする。ペドロが母親にカウンセリングを薦めるのは妻エリサの意向で、世代の違う夫婦像も浮き彫りになる。
B: マリアの解放への決断は揺るぎない。行くと決めたら行く、そう決心してからのマリアの行動は素早く、何かを解き放つような生き生きとした表情に変化する。
A: ベロニカは母親の名前ファティマをカタカナで腕に刺青している。上手くいかない母親であっても愛している。名前からアラブ系の血が入っていることが暗示され、アルメリアとモハカのあいだの町から来たというが、主に住んでいたのはバルセロナやタラゴナだという。
B: 時代の変化に翻弄されながら渡り歩いている父親不在の母娘像が浮かび上がってくる。母親にも安住できる居場所はなかったのだ。
砂漠と火山のアルメリアはかつてのマカロニ・ウエスタンの聖地
A: 舞台となったアルメリアは、現在では映画に見られるように閑散とした寂寥感の漂う場所だが、かつて1960年代はマカロニ・ウエスタンを撮影した<聖地>としてにぎわっていた。『荒野の用心棒』、正続『夕陽のガンマン』のような西部劇だけでなく、『アラビアのロレンス』の一部、『ドクトル・ジバゴ』、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』など、トータルで400本も撮られたというから驚く。
B: もう一つの格安ハリウッドだった。西部劇にドンピシャの土地、安い労働力が魅力だった。一方、失業者で溢れていたフランコ政府にとって外貨の流入は願ったり叶ったり、官民一体となって推進した。
(ダビ・マルティン・デ・ロス・サントス監督、撮影地カボ・デ・ガタの浜辺にて)
A: アルメリアで撮影技法を学んだスペイン監督も多く、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『マカロニウエスタン800発の銃弾』は、かつての映画村の栄光に捧げられている。これには夫を演じたラモン・バレアも出演していた。
B: 地元に残って製塩所で働いていたベロニカの元カレは、機械化のせいで多くの住民が失業したとマリアに語る。最初はベロニカの死を秘密にしていたマリアも、彼が未だに彼女を想っていることが分かって、旅の目的を打ち明ける。
A: 母親ファティマの消息は生死も分からず切れたまま、誰にベロニカの遺灰を託したらいいのか。今でも想っていてくれるフアンの傍がふさわしい。ベルギーでゴミ箱に捨てられる運命だったベロニカの居場所は、ザクロの実がなるここしかない。
B: 海が見え、ヨーロッパ唯一の砂漠、起伏に富んだ自然に囲まれたアルメリア、こうしてマリアのミッションは終りに近づく。
マリアの固定観念を壊す、よそ者ルカの魅力
A: この土地を愛するがゆえに儲けを度外視してバルを経営しているルカはよそ者の設定、元はトラック運転手だったが気に入って住みついた。フローリン・ピエルジクJr. 自身も1968年ブカレスト生れのルーマニア人、監督、ライター、俳優。名前から分かるように俳優フローリン・ピエルジクが父親、ルーマニア映画「Killing Time」(11)を監督、俳優としてヒットマンを演じた。ほかにアメリカのアクション、ホラー映画に出演している。
B: 本作ではマリアを一人の女性として解放する偏見のない男性として描かれる。マリアのセクシュアリティを呼び起こす重要な役柄でした。
A: ベルギーでは能面のようだったマリアの表情が豊かになっていく。人間は幾つになっても輝けるということです。
(ルカのバルで自分で料理したケーキを食べながら歓談するマリア)
(マリアを女性として接するルカ、地中海の波がしらを眺める二人)
B: ホームドラマのように食べるシーンの多い作品でしたが、ルカがマリアと飲むコルヌネッチ、ベシナタ、ツイカなど、初めて耳にする飲み物が出てきた。
A: スペインでは聞きなれないアルコール類なので調べてみたら、コルヌネッチは分かりませんでしたが、ベシナタはチェリー、ツイカはプラムのアルコール度数の高い、ルーマニアのお酒でした。これでルカの生れ故郷が分かった。よそ者のルカも居場所を見つけられた。
フェルナンダ・バラデスの 『息子の面影』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑪ ― 2020年11月26日 10:20
豊かなアメリカに一番近い国メキシコの苦悩――メタファーを読みとく
★フェルナンダ・バラデスの『息子の面影』は、北の豊かな大国アメリカに一番近い国メキシコの不幸と苦悩を静かに訴えている。バラデス監督が主役マグダレナにメルセデス・エルナンデスを念頭に脚本を書きすすめていき、メルセデスも台本を見ることなしにオーケーしたという信頼関係が伝わってくる秀作でした。自然の静寂と人間の暴力のコントラスト、秩序の崩壊、自分探しの若者たち、麻薬密売カルテルの恐怖、母親の揺るぎない子供への愛、苦悩するメキシコから届いた苦いクリスマス・プレゼント。2014年9月26日の夜に起きた、メキシコ南部ゲレロ州イグアラ市アヨツィナパ教員養成学校の学生たち43名の謎の失踪事件や、2018年6月に起きたオカンポ市長選挙候補者の射殺事件などが背景にあるようです。本日から配信が開始されたアイ・ウェイウェイのドキュメンタリー『ビボス~奪われた未来』は前者がテーマ、この世界の注目を集めた未解決事件の不条理が今日のメキシコを象徴している。
『息子の面影』(原題「Sin señas particulares」、
英題「Identifying Features」)
製作:Corpulenta Producciones / Avanti Pictures
監督:フェルナンダ・バラデス
脚本:フェルナンダ・バラデス、アストリッド・ロンデロ
撮影:クラウディア・べセリル・ブロス
美術:ダリア・レイェス
編集:フェルナンダ・バラデス、アストリッド・ロンデロ、スーザン・コルダ
録音:ミサエル・エルナンデス、(サウンド・デザイン)オマル・フアレス
音楽:クラリス・ジェンセン(オリジナル・ミュージック)
製作者:フェルナンダ・バラデス、アストリッド・ロンデロ、ジャック・サガ・カバビエ、ヨシー・サガ・カバビエ、ほか
データ:製作国メキシコ=スペイン、スペイン語・サポテコ語・英語、2020年、ドラマ、97分、公開スペイン11月27日、ドイツ12月10日、フランス12月16日
映画祭・受賞歴:SSIFF2019「シネ・エン・コンストルクシオン36」受賞、サンダンス映画祭2020ワールド・シネマ部門観客賞&特別審査員脚本賞、トゥールーズFFシネラテン部門オフィシャル・セレクション、MOOOVE映画祭(ベルギー)ユース賞、カルロヴィ・ヴァリFFオフィシャル・セレクション、平昌ピョンチャンFFグランプリ、サンセバスチャンFFホライズンズ・ラティノ部門オリソンテス・ラティノス賞&スペイン協力賞、ロンドンFF、東京国際FFワールド・フォーカス部門、チューリッヒFF作品賞ゴールデン・アイ賞、モレリアFF観客賞・女優賞・作品賞、テッサロニキFFコンペティション部門、ストックホルムFFコンペティション部門、トリノFFオープニング作品、他インターネット、バーチャルシネマ多数
(オリソンテス・ラティノス賞&スペイン協力賞の賞状を手にした監督、SSIFF授賞式)
キャスト:メルセデス・エルナンデス(マグダレナ)、ダビ・イジェスカス(ミゲル)、フアン・ヘスス・バレラ(メルセデスの息子ヘスス)、アナ・ラウラ・ロドリゲス(オリビア)、アルマンド・ガルシア(リゴ)、ラウラ・エレナ・イバラ(リゴの母チュヤ)、シコテンカティ・ウジョア(リゴの父ペドロ)、ジェシカ・マルティネス・ガルシア(看護師)、リカルド・ルナ(国家公務員)、フリエタ・ロドリゲス(検視官)、ベルタ・デントン・カシーリャス(レヒス)、カルメン・ラモス(レヒスのボイス)、マヌエル・カンポス(アルベルト・マテオ)、アルカディオ・マルティネス・オルテガ(マテオのボイス)、ナルダ・リバス(マテオの孫)、ほか宿泊施設やバス会社の職員、麻薬カルテルのシカリオなどエキストラ多数
ストーリー:マグダレナは2ヵ月前、国境行きのバスに乗ってアメリカに向かったまま連絡の途絶えた息子を探す旅に出る。一緒に出掛けた友人が無言の帰宅をしたからだ。メキシコの寂れた町や静かな自然の中を旅するなかでミゲルと名乗る青年に出会う。アメリカから強制退去されたばかりの青年は、長い不在のあと、母親との再会を求めて故郷オカンポを目指していた。道連れになった二人、一人は愛する息子を探す母親マグダレナ、もう一人は故郷の母親に許しを求めたい青年ミゲル、二人の犠牲者は危険な加害者たちが蔓延している危険地帯を一緒にさまようことになる。たとえ罪びとになろうとも母の深い愛に変わりはない。 (文責:管理人)
★監督紹介:フェルナンダ・バラデス、1981年グアナフアト生れ、監督、脚本、製作、編集。2006年メキシコの映画養成センターCCCに入学、既に26歳とかなり遅い出発だった。2014年、アストリッド・ロンデロと制作会社EnAguas Cineを設立する。ロンデロは本作の共同脚本家・編集者、また美術を手掛けたダリア・レイェスのChulada Films ともコラボしている。製作者としては自身の3作を含めて7作ほどプロデュースしている。代表作がアストリッド・ロンデロのデビュー作「Los días más oscuros de nosotras」(17)である。ボゴタ映画祭2018の作品賞、ロス・カボス映画祭2017のメキシコ賞を受賞している。ロンデロもバルデスの長編デビュー作や短編2作をプロデュースしている。女性作家輩出の胎動を予感させる。現在はメキシコシティに住んでいる。
(バラデス監督と脚本&編集を手掛けた盟友ロンデロ監督、サンダンス映画祭2020にて)
★短編映画デビューは、2010年「De este mundo」(26分)監督、脚本、製作、編集。長編デビュー作のもとになった短編第2作目「400 Maletas」(14、23分、CCC製作)でも監督、脚本、製作、編集を担当、サンティアゴ短編映画祭、サンパウロ・ラテンアメリカ映画祭に出品された。メルセデス・エルナンデスが母親マグダレナ、長編で合衆国から退去させられるミゲルを演じたダビ・イジェスカスが行方不明になるマグダレナの息子に扮している。短編完成後に起きたアヨツィナパ失踪事件に着想を得て脚本を推敲、完成させたのが長編デビュー作である。
(本作とリンクする短編2作目「400 Maletas」のポスター)
★メルセデス・エルナンデスは舞台女優と二足の草鞋を履いている。ラテンビートで上映されたフランシスコ・バルガスの『バイオリン』(05)、ホルヘ・ペレス・ソラノの「La tirisia」ではアリエル賞2015の助演女優賞ノミネート、本作でモレリア映画祭2020の女優賞を受賞している。ほかTVシリーズ出演、アニメのボイス出演もしている。ダビ・イジェスカスは、ビューティフル・ロードムービーと言われた、ディエゴ・ルナの『ミスター・ピッグ』(16)に出ている。これからの俳優です。
(ある決心をしてミゲルの家に戻ろうと帰路を急ぐマグダレナ)
(ミゲルの家の前に佇むマグダレナ、窓際にミゲルの姿、本作から)
2014年のアヨツィナパの謎の集団失踪事件が背景にある
A: 本作はスクリーンで見たい映画、多分印象がかなり変わると感じました。裏で繰り広げられている暴力を無視したように進行のテンポはゆったり、荒涼としたグアナフアトの自然は、母親マグダレナの心象風景のようでした。彼女を取りまく空虚感に胸が塞がる。
B: 静寂そのもののオカンポのダム湖を飛び立つ自由な鳥、風にそよぐ木々や草、人間の不自由さや愚かさが迫ってきます。
A: 本作には上記したように2014年9月26日に突発したアヨツィナパ教員養成学校の学生43名の失踪事件が絡んでいます。真相と称されるものが一転二転して、謎は深まるばかり今もって未解決の事件、政府は解決済みとしたいところだが、犠牲者の家族のみならず国民の大半は納得していない。
B: 配信開始のドキュメンタリー『ビボス~奪われた未来』と合わせてご覧になると、現代メキシコの傷痕の深さが浮き彫りになります。
A: もう一つ、2018年6月のメキシコ中西部ミチョアカン州オカンポ市長選挙中に候補者が射殺された事件もヒントになっている。オカンポという地名は何か所かあり、ミゲルの故郷のオカンポとは別のようです。本作には何本もの柱があって、中心は母親の息子への変わらぬ愛ですが、メキシコが抱える苦悩を背景にしている。
B: 母親は生死が分からなくては生きていくことができない。生きているなら連絡があり、連絡がないならば死んでいると当局は言うが、証拠がなくては受け入れられない。息子ヘススと一緒に国境に向かったリゴは無言の帰宅をした。一緒に死んだなら遺体があるはずだ。ないならどこかで生きてるはず。
A: リゴの父親ペドロは、暮しに困っていたわけでもないのに「自分の人生を探し」に北に行きたいという息子に激怒して、親身に話し合わなかった自分を責める。息子を探しに行くマグダレナを車で国境まで送ってくれる。
B: 母親チュヤは、マグダレナに必要なら使ってとお金を渡す。麻薬密売組織の残虐性と対照的に、市井の人々の優しさが丁寧に挿入されていて、希望のほのかな明かりを感じさせた。
(アリゾナ行を母親に告げるヘスス)
(母親に別れの手を振るヘススとリゴ)
(軽トラで国境までメルセデスを送っていくペドロ)
A: メキシコ人の連帯感は強い。バス会社の受付の年配の男性、移民用の宿泊施設の係官、ボートでダムの対岸まで運んでくれた漁師など、記憶に残る人物を多々登場させている。
B: それに対して若者たちはどうでしょうか。北に向かう理由は経済的理由だけでない、今より少しでも良くなりたい、自分には違う人生があるはずだ、という若者が抱く願望が不幸を呼び込んでいる。常に危険が待ち受けていることを無視している。
A: 最初は身の危険を感じてマグダレナを故郷に帰そうとする人々も、結局は情報を与えてマグダレナを助ける。例えばヘススと同じバスに乗り合わせて生き残った老人マテオの居場所を教えるレヒナの例、カメラは後ろ姿を映すだけで会話は声だけでした。レヒナもさりげなくお茶をすすめるなどゲイが細かい。
B: 風景描写だけでなく室内シーンでも、撮影監督クラウディア・べセリル・ブロスのフレームは素晴らしかった。ボイスにしたのは「壁に耳あり障子に目あり」で、職務上知りえた事実も知らなかったことにする。他言は直ちに危険が身に及ぶという事実を示唆している。
A: 国境地帯では他人を信用してはならないのです。マグダレナはレヒナにとって他人です。次々に身元不明の遺体が運び込まれてくるのが現状です。因みにレヒナのボイス出演をしたカルメン・ラモスは、短編「400 Maletas」に出演、他に当ブログでご紹介したアロンソ・ルイスパラシオスのデビュー作『グエロス』(16)に出ている。
マグダレナ、チュヤ、オリビア、息子を探す3人の母親と父親の不在
B: 冒頭部分で白内障の手術をしているシーンがあり、思わずブニュエルの『アンダルシアの犬』を思い出してしまった。この眼科医が4年前にモンテレイの友人を訪ねると言い残したまま行方不明になった息子ディエゴの母親であることが分かってくる。
A: 眼科医オリビアを演じたアナ・ラウラ・ロドリゲスについては、本作では重要な役柄ですが、IMDbにも載っていなかった。冒頭の4~5分で行方不明の息子を探す3人の母親が出揃う。白内障手術のメタファーは、国民が目を覚ましてほしいという願望がこめられているようだが、シカリオの残虐をとどめるのは、利害が複雑に絡まって絶望的です。
(字の読めないマグダレナを手助けするオリビア)
B: 政治家と警察がカルテルから雁字搦めにされている。アヨツィナパ然り、オカンポ市長候補者殺害然り、調査に入った世界も沈黙させられてしまっている。隣国の大国が絡んでいるから複雑です。
A: ディエゴのように何かの事件に巻き込まれて突然姿を消すことは、ここメキシコでは珍しくない。消息不明のケースもさまざま、合衆国への越境だけが理由ではない。
B: オリビアは、検視官から「2週間前のバス襲撃事件の犠牲者の一人」と説明されるが、焼け焦げた息子の遺体からは識別は難しい。
A: しかしDNA判定が一致したことで自身を納得させるしかない。そうしないと息子を弔うことすらできないからです。マグダレナにもオリビアにも、夫の存在が希薄でした。最後にマグダレナが法的に独身だった事実を観客は知るのですが。
B: ヘスス、ディエゴ、さらにいえばミゲルにも父親が不在だった。父親不在はラテンアメリカ映画の特徴の一つです。
(米国からメキシコに帰国するミゲル)
A: マグダレナが非識字者なのは早い段階で観客に知らされるが、襲撃されたバスに乗り合わせた老人マテオはスペイン語を解さなかった。先住民の言語サポテコ語しか分からない。
B: 主にオアハカ州で話されている言語のようですが地理的には離れている。スペイン語を解さない人口が3%以上いるということですから、相当な数です。
A: ナワトル、マヤ、ミシュテカなどが有名ですが、時間とともに消滅していく言語もある。サポテコ語は国民同士の意思疎通の困難さのメタファーとして挿入されている。
B: 本作では森の中で死体を焼く炎の中から現れる悪魔のシルエットなどメタファーが多い。悪魔は悪の象徴として登場させているのでしょうが、残虐性、秩序の崩壊のシンボルでもある。最後にマグダレナが見る悪魔はどう理解したらよいか、観客に委ねられる。
A: 映画のなかで暴力をただの暴力として描くのは避けたい。私たちはあまりに多くの暴力を目にしていますからストレートな暴力は見たくない。勢い観客の想像力に頼ることになる。
B: 本作では焚火の炎、蝋燭の炎、暖房の炎、車のライトや懐中電灯の灯り、月光などが効果的に使われていました。全体が暗い色調なのでコントラストが際立っていた。半月から満月に移り変わることで時間の流れを表現しているなど、本作は見る人によって感想が違うかもしれない。
(炎の中から立ち現れる悪魔は何を意味しているのか?)
A: 衝撃の結末については、配信中ですからさすがに書けない。しかし注意深くダイヤローグに耳澄ませば、伏線が張ってあるので想像できなくはありません。
マイテ・アルベルディの 『老人スパイ』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑩ ― 2020年11月22日 16:47
★いよいよ11月20日からオンライン上映が始まりました。東京国際映画祭TIFFで好感を与えた『老人スパイ』から鑑賞、愛すべき老人スパイ、セルヒオの人間味あふれる活躍なくしてこの傑作は生まれなかったでしょう。人間は老いようがボケようが死ぬまで生きがいと尊厳が必要だと泣かされました。作品紹介でも書いたことですが、「フィクションとドキュメンタリーの区別はない、あるのは映画だけ」というマイテ・アルベルディの言葉通りの傑作でした。老いとはいずれ我も行く道なのでした。若干ネタバレしています。便宜上、加筆訂正して出演者とストーリーを再録しました。
*作品紹介&監督キャリアは、コチラ⇒2020年10月22日
出演者:セルヒオ・チャミー(スパイ)、ロムロ・エイトケン(A&Aエイトケン探偵事務所所長)、(以下主な入居者)マルタ・オリバーレス、ベルタ・ウレタ、ソイラ・ゴンサレス、ペトロニタ・アバルカ(ペティータ)、ルビラ・オリバーレス、他にセルヒオの娘ダラルとその家族、サンフランシスコ介護施設長、介護士など多数
ストーリー:A&Aエイトケン私立探偵事務所に、サンティアゴの或る老人ホームに入居している母親が適切な介護を受けているかどうか調査して欲しいという娘からの依頼が舞い込んだ。元犯罪捜査官だったロムロ所長は、ホームに入居してターゲットをスパイしてくれる80歳から90歳までの求人広告を新聞にうつ。スパイとは露知らず応募して臨時雇用されたのが、最近妻に先立たれ元気のなかった御年83歳という好奇心旺盛なセルヒオ・チャミーだった。ロムロはスパイ経験ゼロのセルヒオに探偵のイロハを特訓する。隠しカメラを装備したペンや眼鏡のハイテクはともかく、二人を最も悩ませたのが現代人のオモチャ、スマートフォンの扱い方だった。その理解に充分な時間を費やすことになる。というのもミッションを成功させるには使いこなすことが欠かせないからだ。なんとかクリアーしていざ出陣、ジェームズ・ボンドのようにはいかないが、誠実さや責任感の強さでは引けを取らない。3ヵ月の契約でホームに送り込まれた俄かスパイは、果たしてどんな報告書を書くのだろうか。 (文責:管理人)
老人ホームのオーナーに真相を明かさなかった!
A: チリのドキュメンタリー作家といえば、「ピノチェト三部作」を撮った大先輩パトリシオ・グスマンが直ぐ思い起こされます。『光のノスタルジア』や『真珠のボタン』は、ドキュメンタリーにも拘わらず公開されました。
B: 当ブログではパブロ・ラライン兄弟やセバスティアン・レリオなどのドラマ作品をご紹介していますが、今世紀に入ってから特に活躍目覚ましいのがチリ映画です。
A: 本作を見ると、裾野の広がりを実感します。どこの国にも当てはまりますがドキュメンタリーは分が悪い。そんな中でドキュメンタリーとフィクションの垣根を取っ払っている監督の一人がマイテ・アルベルディです。『老人スパイ』が長編第4作目になります。
(老人スパイのセルヒオ・チャミーとマイテ・アルベルディ監督)
B: 「或る老人ホーム」というのは、チリ中央部に位置するサンティアゴ大都市圏タラガンテ県のコミューン、エル・モンテにある「サンフランシスコ介護施設」というカトリック系の中規模の老人ホームです。まずアイディア誕生、監督とA&Aの接点、介護施設との折衝などの謎解きから入りましょう。
A: 本作はTIFFワールド・フォーカス部門共催作品ですが、来日できない海外の監督とのオンライン・インタビュー「トーク・サロン」が上映後にもたれました。それによると「最初は探偵事務所をめぐるフィルムノワールを撮りたいと、あちこちの探偵事務所に掛け合ったがどこにも断られた。最後に辿りついたのがA&Aだった」と。折よく施設の入居者の娘から「母親がきちんと介護を受けているかどうか調査して欲しい」という依頼がきていた。当てにしていた人物が腰骨を折ったとかで身動きできない。
B: それで例の新聞広告を出すことになった。
A: 監督はもともと介護施設に関心があって、これは渡りに船ではないかと思った。つまり採用されたチャーミングなセルヒオの魅力に参ってテーマを変更したわけです。
B: セルヒオがトレーニングを受けてるシーンに監督の姿がチラリと映っていました。パブロ・バルデスが指揮を執る撮影班は、セルヒオが入居してくるシーンから撮っていたが。
A: ホーム側とは前もって伝統的な手法でドキュメンタリーを撮るという許可を受けていたが、真相は伏せていた。つまりオーナーを騙していたわけです。撮影のガイドラインを決め、ホームのルールに従った。撮影班は今か今かとセルヒオの登場を待っていたのでした。冷や冷やしながら見ていたが、最後までバレなかったというから可笑しい。
B: 変化の少ないホームでは、新入居者は格好の被写体だったから、カメラがセルヒオを追いかけても怪しまれない。それに83歳の新入居者がスパイとして潜入してくると誰が想像しますか。
入居者に必要なのは人間としての尊厳、最大の敵は孤独
A: このドキュメンタリーを見たら老人に対する考え方が変わるかもしれない。観客はセルヒオのお蔭で先入観をもって他人を判断してはいけないことに気づくでしょう。常にチャーミングで寛大、人生に前向き、苦しいときでも笑いは必要というのが本作のメッセージです。
B: バルデスも完成した「映画を見たら泣けたが、撮影中は笑うことのほうが多かった」と。前半と後半ではテーマも微妙に変化していきました。
A: 報告書の合言葉は <小包>、依頼人の母親ソニア・ぺレスを <標的> とか、QTHやらQSLやらのスパイ暗号で四苦八苦するセルヒオにやきもきするロムロだが、後半になると逆に老人の知恵に押され気味になっていくのが痛快だった。
B: ロムロ・エイトケンはインターポール・チリ支部の責任者ですね。人生を重ねていけば誰でもセルヒオのようになれるわけではない。他人に優しくできるには自分に余裕がないとできない。
(セルヒオにスパイのイロハを伝授するA&A所長ロムロ・エイトケン)
A: 4ヵ月前に亡くなったという奥さんは、さぞかし幸せな人生を送っただったろうと思った。違法なスパイ行為をしようとする父親の身を案ずる娘のダラル、幾つになっても人間には生きがいが必要、頭は疲れるが自由になったような気がする、心配するなと説得する父親、このシーンを入れたのもよかった。
B: 反対に <標的> ソニア・ぺレスの娘、クライアントの姿は一度も出さなかった。この判断もよかった。依頼者とは守秘義務の契約を結んでいたと思いますが、結構な金額だったのではないですか。
A: 母親に会いにくればどんな介護を受けているか、ある程度分かること、わざわざ探偵事務所に調査を依頼することはない。娘も病いを得ているのかもしれないが、信頼しあっていた母と娘とは少なくとも思えなかった。
B: 母親の移動は車椅子、単独歩行が無理で自由に出歩けない。気難しく、他人を寄せ付けないどころか、体が触れるのさえ嫌がる。怒りを溜めこんでいるのか、観客は遂に彼女の笑顔を見ることはなかった。
A: セルヒオがなかなか <標的> を見つけられなかったのも、<小包> がロムロに届かなかったのも、理由はソニア側にあった。進行と共にテーマが変化していくのは自然の成り行きでしょう。お蔭で私たちは人生勉強がたくさんできたわけです。老人スパイがどんな報告書を書くかは進行とともに想像できましたね。
辛い人生を受け入れることの難しさ、人生を愉しむテクニック
B: 本作は入居者の一人、セルヒオに愛を告白する85歳のセニョリータ・ベルタと、4人の子供を育て、自作の詩を諳んじるペティータ、それにメノ・ブーレマの3人に捧げられている。
A: ブーレマはアムステルダム出身の映画編集者、監督が2016年に発表した長編ドキュメンタリー第3作め「The Grown-Ups」、スペイン題「Los niños」を手掛けている。本作撮影中の2019年6月に61歳の若さで亡くなった。
B: 一生懸命育てた4人の子供たちからは忘れられ、「人生とは残酷なもの」と呟くペティータも、セルヒオがいる間に神に召されてしまった。お別れの日に読み上げられた彼女の詩は、本作の大きな見せ場でした。
A: 韻を踏んでいるようですが、字幕は英語なので分かりません。「母親が生きているなら、神の愛に感謝しなさい」と始まる詩でした。ペティータが「恩知らず」と嘆いていた4人の子供たちは参列していたのでしょうか。これもターゲットと無関係なエピソードですが、10月5日の開所記念日のユーモア溢れるシーンなど、名場面の数々は皮肉にも標的とは無関係なのでした。
(セルヒオとペティータ)
B: 彼らの青春時代に流行したザ・プラターズの「オンリー・ユー」のメロディーにのってダンスをする入居者たちも忘れられない。
A: 今年のキングに選ばれたセルヒオのパートナーを、施設長がさりげないしぐさで次々と変えていく。皆でお祝いすることが重要、独り占めは御法度です。ターゲットも参加していたのだろうか。
B: 最初のパートナー、セルヒオに恋を告白したセニョリータ・ベルタは、入所して25年ということですから、入居は60歳からになる。ホームでは広場を見渡せる日当たりのいい5つ星の部屋にいてお洒落さん、人生に前向きでソニアとは対照的な女性。セルヒオにお付き合いを断られても直ぐに立ち直る。
A: 心の内は分からないが孤独ともうまく折り合っている。信仰心が支えになって今の人生を受け入れている。女性の入居者は約40人ほどだが目立つ存在でした。
(ベルタとセルヒオ)
B: 認知症がグレーゾーンのルビラ、今は白髪だが若い頃はさぞかし美しかったろう。3人いる子供たちは1年以上会いに来ていない。だから次第に娘の顔もあやふやになってくる。孤独が入居者たちの最大の敵なのです。
(記憶を失う恐怖に怯えるルビラを支えるセルヒオ)
A: マルタは小さい女の子に戻ってしまい母親が迎えに来てくれる日を待っている。不安定になると偽の電話を掛けてやり落ち着かせる。手癖が悪く皆の持ち物を盗んでいるが、直ぐそれも忘れてしまう。
B: マルタの傍にいるソイラは、夫に辛く扱われていたらしくセルヒオの優しさに救われている。男性の友達は今まで一人もいなかったと。
(ソイラ、セルヒオ、マルタ)
A: セルヒオの退所の日の3人の会話に胸が熱くなった。どんな状況に置かれても愛は絶大です。エンディング曲はホセ・ルイス・ペラレスのオリジナル曲「Te quiero」(アイ・ラブ・ユー)をチリのシンガー・ソングライター、マヌエル・ガルシアがカヴァーしている。セルヒオのラスト・リポートは言わずもがなでしょう。ゴヤ賞2021イベロアメリカ映画賞部門のチリ代表作品に選ばれました。
*追加情報:『83歳のやさしいスパイ』の邦題で2021年7月9日公開決定。
コロンビアから短編 『15の夏』*ラテンビート2020 ⑨ ― 2020年11月04日 16:57
ベネチア映画祭オリゾンティ短編映画賞受賞作品――マリアナ・サフォン監督
★ラテンビート2020上映最後の作品は、コロンビアはボゴタ生れでメデジン育ちの若手監督マリアナ・サフォンの短編第3作「Entre tú y Milagros」(「Between You and Milagros」)、『15の夏』の邦題でオンライン上映されます。今年のベネチア映画祭(9月2日~12日)でコロンビアから唯一ノミネートされた作品として、コロンビアでは話題になっていました。まだ母親の愛情と関心を求めている15歳のミラグロスと母との関係、対立ではない緊張などが綴られていますが、ママが母親だけでなく一人の女性であることも語られているようです。デジタルではない16mmで撮影されておりますが、何故高額な16mmで撮ったかは、監督の映画への情熱が始まったときに見た映画がセルロイドで撮られていたことに関係があるようです。
(短編映画賞のトロフィーを手にしたマリアナ・サフォン、ベネチアFF2020、9月12日)
『15の夏』(「Entre tú y Milagros」短編20分)2020年
監督:マリアナ・サフォン
脚本:マリアナ・サフォン、ナタリエ・アルバレス・メセン
撮影:アルフォンソ・エレーラ・サルセド
編集:アンドリュー・ステファン・リー
音楽:ジェームス・ケニー
美術:ディエゴ・ガルシア
メイクアップ:カロリナ・ウリベ
製作者:ディアナ・パティーニョ・マルティネス、マリアナ・サフォン、ホルヘ・グラナドス・ロス(メキシコ)、他
データ:製作国コロンビア、スペイン語、2020年、短編ドラマ、20分、撮影地アンティオキア県シウダ・ボリバルとラ・ピンタダ、撮影期間2019年5月の5日間、アメリカのミロス・フォルマン奨学基金ほかを獲得。
映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2020オリゾンティ短編部門、作品賞受賞、レイキャビック映画祭(9月)短編部門スペシャル・メンション、ハンプトンズ映画祭(10月、バーチャル・シネマ)ゴールデン・スターフィッシュ賞、ピーター・マクレガー・スコット・メモリアル賞受賞など
キャスト:ソフィア・パス(ミラグロス)、マルセラ・マル(母ロレンサ)、オルガ・ルシア・タボルダ(バシリア)、マリア・フェルナンダ・ヒラルド(ラウラ)、アレハンドロ・ハラミーリョ(ミゲル)、ペドロ・フェルナンデス(バイロン)、他多数
ストーリー:ミラグロスはまだ母親の愛情と関心を求めている15歳。今夏、予期せぬ死との出会いがミラグロスの中でカタルシスを引き起こし、母との関係と自分自身の存在に疑問を抱くようになる。「映画の世界は私の世界であり、自身が持っている特権の解体を明白に探求しています」と語るサフォン監督、かなり個人色の強い作品。
(母ロレンサ役のマルセラ・マル、ミラグロス役のソフィア・パス)
(16mmで撮影中のマリアナ・サフォン)
女性監督作品が44パーセント――活躍の目立った第77回ベネチア映画祭
★監督紹介:マリアナ・サフォンは、ボゴタ生れの監督、脚本家、製作者。ハベリアナ大学で情報学とオーディオビジュアル制作を専攻する。その後映画のスクリプトとして2年間働いたのち、ニューヨークに渡る。コロンビア大学の映画科で演出と脚本の修士号を取得、学位論文が本作「Entre tú y Milagros」だった。2014年、短編デビュー作「Al otro lado de la montaña」(18分)は、ダニエラ・カマチョとの共同監督、共同執筆、第2作「Bajo el agua」(英題「Submerged」、14分)は、脚本を第3作同様ナタリエ・アルバレス・メセンと共同執筆した。コロンビア、メキシコ、米国でコマーシャルを制作、現在は長編デビュー作「La Botero」をメデジンで撮るための準備をしている。
(短編第2作「Bajo el agua」のポスター)
★監督によると「自分の母親との関係に基づいているわけではないが、1年半前30歳になったとき気づいたのは、私の母は2歳の女の子を抱えて既に離婚しており、その女の子というのが私です。それまで私は母を母以外の存在として認識していなかったことに気づいたのです。女性に子供ができると社会は唯一の役割が母親であることを要求します。彼女たちに母性以外にやりたいものが他にあるとは考えない。それで母との関係や過去全体を再考するようになった」と語っている。これは世界共通で日本社会にも少なからず当てはまります。
★ベネチアFFノミネートの報せはニューヨーク滞在中に知ったという監督は、「自分の作品が認められるだけでなく、ベネチア映画祭に参加することは夢でした」と。映画祭では「ベネチアのような伝統ある重要な映画祭は、非常に厳しいキュレーターシップがあります」と。今年は44パーセントが女性監督作品が選ばれていますが、これは強力なメッセージでしょう。「短編映画を撮るのは長編を作る資金がないからですが、短編映画をスクリーンで上映してくれる映画祭の存在」も理由の一つのようです。
★製作者のディアナ・パティーニョ・マルティネスは、当ブログでアップしたシモン・メサ・ソトの「Leidi」(14)を手掛けています。これはカンヌ映画祭2014「短編映画」部門のパルムドールを受賞した作品、その後国際映画祭巡りをして幾つもの受賞を手にした。
*「Leidi」の作品紹介は、コチラ⇒2014年05月30日
(撮影中のディアナとサフォン監督)
★母親ロレンザを演じたマルセラ・マルは、1979年ボゴタ生れ、女優。最近はTVシリーズ出演が多く、Netflixで配信された『エル・チャボ』(18、12話出演)にベルタ・アビラ役で出演、映画ではラテンビート2013上映のアンドレス・バイスのデビュー作『ある殺人者の記録』(07「Satanás」)に出演しています。実話をもとにした同名小説の映画化、こちらでキャリア紹介しております。
*『ある殺人者の記録』の紹介記事は、コチラ⇒2013年10月07日
(アンドレス・バイスの『ある殺人者の記録』ポスター、中央がマルセラ)
★一方、娘ミラグロスにソフィア・パス、ルベン・メンドサの「Niña errante」(18「Wandering Girl」)で12歳になる主役アンヘラを演じた。アンヘラと3人の異母姉妹の物語。マラガ映画祭2019に出品され、ソフィアは賞を逃したが共演者の長女役を演じたカロリナ・ラミレスが銀のビスナガ助演女優賞を受賞した。評価はこれからです。コロンビアは南米随一の美人国と言われますがキャストだけでなくスタッフも美人揃いです。
(ルベン・メンドサの「Niña errante」出演のソフィア・パス)
(右からカロリナ・ラミレス、ソフィア・パスの4人姉妹をあしらったポスター)
ポルトガル映画 『モラル・オーダー』*ラテンビート2020 ⑧ ― 2020年11月01日 22:37
ポルトガル映画――マリオ・バローゾの第3作目『モラル・オーダー』
★『モラル・オーダー』は、東京国際映画祭TIFF「TOKYOプレミア2020」部門でスクリーン上映される作品。マリオ・バローゾは1947年リスボン生れ、マノエル・ド・オリヴェイラやジョアン・セーザル・モンテイロの撮影監督として知られている。本作は20世紀初頭に実在した大新聞社の相続人マリア・アデライデ・コエーリョ・ダ・クーニャがヒロイン、ポルトガル映画ではないがフィリップ・カウフマンの『ヘンリー&ジェーン/私が愛した男と女』(90)や、クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』(94)に出演したマリア・デ・メディロスが扮する。特に後者はカンヌ映画祭でパルムドールを受賞したこともあって脇役ながら注目された。ポルトガル語のほか幼少期をウィーンで過ごしたことからドイツ語、更にフランス語、英語、スペイン語、イタリア語と6ヵ国語を駆使して120本もの映画に出演、活躍の舞台は広い。フィルモグラフィーについては後述します。
『モラル・オーダー』(「Ordem Moral」)
製作:APM-Ana Pinhão Moura Produções / Alfama Films / Leopardo Films
監督・撮影:マリオ・バローゾ
脚本:カルロス・サボーガ
音楽:マリオ・ラジーニャ
編集:パウロ・MilHomens
美術:パウラ・Szabo
衣装デザイン:Rucha d’Orey
プロダクション・マネージメント:フィリペ・フェレイラ
製作者:パウロ・ブランコ、(エグゼクティブ)Ana Pinhão Mouraアナ・ピニャン・モウラ?
データ:製作国ポルトガル、ポルトガル語、2020年、実話、101分、撮影地リスボン、公開ポルトガル9月9日、フランス9月30日、スペイン10月
映画祭・受賞歴:バレンシア映画祭2020(10月)、サンパウロ映画祭(10月22日)、東京国際映画祭(11月)、ラテンビート(オンライン上映11月)
キャスト:マリア・デ・メディロス(マリア・アデライデ・コエーリョ・ダ・クーニャ)、マルセロ・ウルジェージェ(アルフレド・ダ・クーニャ)、ジョアン・ペドロ・マメーデ(マヌエル・クラロ)、ジョアン・アライス(ジョゼ・エドゥアルド)、アルバノ・ジェロニモ、他多数
ストーリー:1918年11月13日、日刊紙「ディアリオ・デ・ノティシアス」の相続人マリア・アデライデは、何の前触れもなく22歳年下の家族お抱えの運転手マヌエル・クラロと姿を消す。マヌエルの生れ故郷に隠れ住んでいたが、間もなく夫アルフレドによって探し出される。第一次世界大戦後の混乱期、愛を貫徹するために精神病院に入れられても闘い続け信念を貫き通した女性の物語。大スキャンダル事件として歴史に残る。
★ポルトガル社交界の一大スキャンダルだったこの失踪事件は、かなり詳細な史実が書き残されている。しかしどれくらいお化粧直しされて映画化されているかは、実際に鑑賞してみないと分からない。これは愛ゆえの単なる駆け落ち事件ではなく、当時のポルトガルで女性がおかれていた社会的地位の低さを糾弾した勇気ある女性の物語です。続きは鑑賞後に回したい。下の写真は実際の登場人物。
(左から、一人息子ジョゼ、マリア・アデライデ、夫アルフレド・ダ・クーニャ)
(マリア・アデライデの恋人マヌエル・クラロ)
マノエル・ド・オリヴェイラとの初仕事は俳優でした
★マリオ・バローゾMário Barroso は、1947年リスボン生れ、監督、脚本家、撮影監督、俳優。バローゾの他、バーローゾ、バロッソなどに表記されるため解説書によってはマリオ・バロッソの表記もある。1968年ベルギーで舞台演出、1973年からパリの映画高等学院IDHECで演出と撮影技術を学び、1967年ポルトガルに帰国した。当時のポルトガルはカーネーション革命(1974年4月)と称される無血革命後の混乱期であったが、48年間に及ぶ独裁体制が倒れて民主主義に移行した新しい時代だった。もっぱらTVドラマの撮影を担当している。TVドラマの監督デビューは2000年、長編映画デビューは2004年の「O Milagre segundo Salomé」(ポルトガルのゴールデングローブ賞2005ノミネート)だった。2008年に撮った第2作目「Um Amor de Perdição」では、同ゴールデングローブ賞2010作品賞を受賞した。第3作目が本作である。4作手掛けているTVドラマでは撮影は担当していないが、映画は3作とも撮影を兼ねている。現在はIDHECで後進の指導にも当たっている。
(ポルトガル・ゴールデングローブ賞2010受賞の第2作)
(最近のマリオ・バローゾ監督)
★マノエル・ド・オリヴェイラ(ポルト1908~2015)の作品に出演していた女優マリア・バローゾが叔母ということで、早くから監督とは面識があった。撮影監督を希望していたが、初仕事は『フランシスカ』(81)に俳優として起用された。それは登場人物の19世紀ロマン派の大作家カミーロ・カステーロ・ブランコに顔が似ていたからだそうです。撮影監督としてオリヴェイラ作品には合計6作を手掛けています。俳優としては作家の晩年を描いた第3作目『絶望の日』(92)と、2014年の短編「O Velho do Restelo」に同じカミロ役で出演しています。以下にオリヴェイラ作品を羅列しておきますが、本格的な監督デビューが遅いと言っても、普通なら引退していてもおかしくない年齢の1992年から95年まで、毎年1作ずつ送り出していたオリヴェイラの執念に圧倒されます。
(カミーロ・カステーロ・ブランコを演じた『絶望の日』から)
(撮影監督マリオ・バローゾ)
*マノエル・ド・オリヴェイラ作品*
1981年『フランシスカ』俳優、1993年ポルトガル映画祭上映
1986年『私の場合』初撮影監督、未公開
1988年『カニバイシュ』撮影監督第2作目、1993年ポルトガル映画祭上映
1992年『絶望の日』撮影監督第3作目、俳優、未公開
1993年『アブラハム渓谷』撮影監督第4作目、語り手、1994年公開
1994年『階段通りの人々』撮影監督第5作目、俳優、1995年公開
1995年『メフィストの誘い』撮影監督第6作目、1996年公開
★第4作目の『アブラハム渓谷』はカンヌ映画祭併催の「監督週間」に出品され審査員特別賞を受賞した作品。本作ではナレーターにも起用されている。バローゾによると「子供のころ詩の朗読をしたおかげで一語一語はっきり発音する訓練をしたから」オリヴェイラが気に入ったのではないかと語っている。オリヴェイラは厳しい人だったが寛容な人で、信条の人、理念の人でもあったとも語っている。
(話題作『アブラハム渓谷』から主演のレオノール・シルヴェイラ)
ジョアン・セーザル・モンテイロの撮影監督時代
★オリヴェイラ作品の以後タッグを組んだのがジョアン・セーザル・モンテイロ(コインブラ県フィゲイラ・ダ・フォス1939~リスボン2003)で、モンテイロの「ジョアン・デ・ゼウス」三部作、シリーズの第2作目『神の喜劇』と3作目『神の結婚』を手掛けている。このシリーズでは監督自身がポルトガル生れの聖人ジョアン・デ・ゼウスを演じている。モンテイロは2003年2月3日癌に倒れたから、結果的には彼の晩年の作品すべてを手掛けたことになる。マリオ・バローゾはポルトガルでも実に個性的な二人の監督とタッグを組んだことになる。それはショットとかフレーミングのとり方、または照明などに強く影響をうけていることが分かる。
(ジョアン・セーザル・モンテイロ、『神の喜劇 / ジェラートの天国』から)
*ジョアン・セーザル・モンテイロ作品*
1995年『神の喜劇』撮影監督、「ジョアン・デ・ゼウス」シリーズ第2作目。
ベネチア映画祭出品、シネフィル・イマジカで『ジェラートの天国』の邦題で放映
1997年『J.W.の腰つき』撮影監督、ポルトガル映画講座1999上映
1999年『神の結婚』撮影監督、「ジョアン・デ・ゼウス」シリーズ第3作目。
カンヌ映画祭「ある視点」出品、ポルトガル映画祭2000上映
2000年『白雪姫』撮影監督、ベネチア映画祭出品、未公開
2003年「Vai e Vem 」(行ったり来たり)遺作、撮影監督、カンヌ映画祭出品
★製作者のパウロ・ブランコ(リスボン1950)は、1981年の『フランシスカ』からオリヴェイラの長編をプロデュースしており、バローズとは彼の長編第1作、2作に続いて今回も担当した。第1作「O Milagre segundo Salomé」では、バローゾ自身は監督賞を逃したが、ブランコがポルトガル・ゴールデン・グローブ作品賞を受賞した。エグゼクティブ・プロデューサーのAna Pinhão Mouraは、第1作ではライン・プロデューサーとして参画している。
★脚本家のカルロス・サボーガは、1936年モンテイロと同郷のコインブラ県フィゲイラ・ダ・フォス生れの監督、脚本家。国内外の受賞を多数手にしたラウル・ルイスの『ミステリーズ 運命のリスボン』(10、仏=ポルトガル)、チリ出身の監督バレリア・サルミエントの『ナポレオンに勝ち続けた男~皇帝と公爵』(12、DVDタイトル)、両作ともパウロ・ブランコが製作、サルミエントは前者で編集を手掛けている。監督自身も73歳と決して若いといえないが、スタッフ陣ではベテランに支えられていることが分かる。
ファシズムの復活は一種の国際的な錯乱――マリア・デ・メディロス
★キャスト紹介:マリア・デ・メディロスは、1965年リスボン生れ、監督、脚本家、女優(LB公式サイトに合わせてりますが、Medeiros はメデイロスではないかと思います)。フランスで演技を学ぶ。映画デビューは1981年ジョアン・セーザル・モンテイロの「Silvestre」、主役シルビア/シルヴェストレに抜擢された。当時15歳だったから既に40年のキャリアがある。今でもポルトガル映画が公開されることは稀なことだが、当時はより珍しいことだった。彼女の公開作品の多くがフランス映画ということもあってフランス女優と思われている。上述したように6ヵ国語に精通していることから海外からのオファーが顕著です。公式サイトにあるようにフィリップ・カウフマンの『ヘンリー&ジェーン 私が愛した男と女』のアナイス・ニン役、クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』のファビアン役は、彼女の紹介文では必ず引用される映画です。
(ヘンリー・ミラー夫人ジェーン役のユマ・サーマンとマリア、『ヘンリー&ジェーン』から)
★フィルモグラフィー紹介:120本以上になるので、公開、または映画祭上映になった作品に絞って列挙しておきます。必ずしも代表作品ではありません。
*監督名、製作国、主要言語を補足しました。
1990年『ヘンリー&ジェーン 私が愛した男と女』(アメリカ)フィリップ・カウフマン、英語
1991年『神曲』(ポルトガル)マノエル・ド・オリヴェイラ、ポルトガル語
ポルトガル映画祭1993上映
1993年『ゴールデン・ボールズ』(スペイン)ビガス・ルナ、西語
1994年『パルプ・フィクション』(アメリカ)クエンティン・タランティーノ、英語
1996年『私家版』(フランス)ベルナール・ラップ、仏語
2002年『死ぬまでにしたい10のこと』(スペイン=カナダ)イサベル・コイシェ、英語
2003年『ぼくセザール 10歳半1m39cm』(フランス)リシャール・ベリ、仏語
2007年『あたたかな場所』(フランス=イタリア)マルコ・S・プッチオーニ、伊語
大阪ヨーロッパ映画祭2007、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭2008上映
2011年『チキンとプラム あるバイオリン弾き、最後の夢』(フランス=ドイツ=ベルギー)
マルジャン・サトラピ&バンサン・パロノー、仏語
2017年『荒野の殺し屋』(ブラジル)マルセロ・ガルヴァオン、ポルトガル語、Netflix配信中
2020年『モラル・オーダー』省略
(マリアとマチュー・アマルリック、『チキンとプラム~』から)
(『モラル・オーダー』から)
★第51回ベネチア映画祭1994の最優秀女優賞ボルピ杯をテレサ・ビリャベルデの「Tres Irmãos」(ポルトガル=フランス=ドイツ合作、ポルトガル語・スペイン語)で受賞している。バレンシア映画祭2020で棕櫚栄誉賞を受賞したばかりです。当映画祭でのインタビューでは、「ファシズムの復活は一種の国際的な錯乱、映画をつくるのは闘いです」と語っている。クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』で監督に同行してカンヌ入りしたときの逸話、監督作品「Aos Nossos Filhos」(19)などは鑑賞後にアップしたい。
(バレンシア映画祭2020にて)
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