スペイン内戦をバスクを舞台にコメディで*「La higuera de los bastardos」2017年12月03日 16:28

           アナ・ムルガレンの「La higuera de los bastardos」―小説の映画化

  

    

★今年のサンセバスチャン映画祭で上映された(928日)ボルハ・コベアガFe de etarraは、カンヌで話題になった『オクジャ』と同じネットフリックスのオリジナル作品だったから、さっそく『となりのテロリスト』の邦題で配信されました。エタETA(バスク祖国と自由)の4人のコマンドが、ワールドカップ2010を時代背景にマドリードで繰り広げる悲喜劇。脚本にディエゴ・サン・ホセと、大当たり「オチョ・アペリード」シリーズ・コンビが、今度は人気のハビエル・カマラを主役に迎えて放つ辛口コメディ。いずれアップしたい。

 

★今回アップするアナ・ムルガレンLa higuera de los bastardosは、スペイン内戦後のビスカヤ県ゲチョGetxoが舞台、時代は大分前になるがスペイン人にとって、特にバスクの人にとっては、そんなに遠い昔のことではない。本作はラミロ・ピニーリャ(ビルバオ1923~ゲチョ2014)の小説 La higuera2006)の映画化。ピニーリャはビスカヤについての歴史に残る作品を書き続けたシンボリックな作家、1960年に Las ciegas hormigas でナダル賞、2006年、バスクのような豊かだが複雑な世界についての叙事詩的な「バスク三部作」ほか、彼の全作品に対して文学国民賞が贈られている。ヘンリー・デイヴィッド・ソローの回想録『ウォールデン 森の生活』(1854刊)から採った自宅「ウォールデンの家」で執筆しながら人生のほとんどを過ごした。

 

    

     (ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』を手にしたピニーリャ)

 

★「健康だし未だ頭もはっきりしている。実際のところ私の精神年齢は20歳なんですよ。死は怖くはありませんが、ただ残念に思うだけです。まだそこへ行きたいとは考えていません、何もないのでしょうね。健康が続くかぎり生きていかねばなりません」とインタビューに応えるラミロ・ピニーリャ。若いころは生活のために船員、ガス会社勤務など多くの職業を転々、小説家デビューは1960年と比較的遅かった。以降半世紀以上バスクの物語を書き続けた。インタビューの約1ヵ月後、1023日老衰のため死去、享年91歳でした。

 

  

 (「ウォールデンの家」でインタビューに応じるラミロ・ピニーリャ、2014914日)

 

 

 「La higuera de los bastardosThe Bastards Fig Tree2017

製作:The Fig Tree AIE / Blogmedia 協賛Ana Murugarren PC

監督・脚本・編集:アナ・ムルガレン

原作:ラミロ・ピニーリャ La higuera

撮影:Josu Inchaustegui(ヨス・インチャウステギ?)

録音:セルヒオ・ロペス=エラニャ

音楽:アドリアン・ガルシア・デ・ロス・オホス、アイツォル・サラチャガ

製作者:ヨアキン・トリンカダ(Joaquin Trincada

データ:製作国スペイン、スペイン語、2017、コメディ・スリラー、103分、2016年夏ビスカヤ県ゲチョで撮影。11月開催のオランダのフリシンゲン市「Film By The Sea2017に正式出品、スペイン公開1124

 

キャスト:カラ・エレハルデ(ロヘリオ)、エルモ(カルロス・アレセス)、ペパ・アニオルテ(村長の妻シプリアナ)、ジョルディ・サンチェス(村長ベニート)、ミケル・ロサダ(ペドロ・アルベルト)、アンドレス・エレーラ(ルイス)、ラモン・バレア(ドン・エウロヒオ)、イレニア・バグリエットYlenia Bagliettoロレト)、マルコス・バルガニョン・サンタマリア(ガビノ)、キケ・ガゴ(ガビノ父シモン・ガルシア)、エンリケタ・ベガ(ガビノ母)、アレン・ロペス(ガビノ兄アントニオ)、アスセナ・トリンカド(ガビノ姉妹)、イツィアル・アイスプル(隣人)他

 

プロット・解説:市民戦争が終わった。ファランヘ党のロヘリオは、毎晩のこと仲間と連れ立ってアカ狩りに出かけていた。なかにはアカと疑われる人物も含まれていた。ある日のこと、一人のマエストロとその長男を殺害した。下の息子が憎しみを込めた目でロヘリオを睨んでいた。その視線が彼の人生をひっくり返してしまう。少年は父と兄を埋葬し、その墳墓にはイチジクの小さな苗を植えることだろう。やがて大人になれば復讐するにちがいない。ロヘリオは己れを救済するために似非隠者になり、毎朝毎晩イチジクがすくすくと成長するように世話しようと決心する。新しい村長の妻シプリアナは、ロヘリオ似非隠者の名声を利用して、この地を聖地の一大センターに変えようと画策する。そんな折りも折り、家族を捨ててきた告げ口屋の強欲なエルモが現れる。イチジクの木の下に宝物を隠しているにちがいないと確信して、ロヘリオから離れようとしなくなる。10歳の少年ガビノの視点とロヘリオを交錯させながら物語は進んでいく。

 

   

            (マルコス・バルガニョン・サンタマリアが扮するガビノの視線)

 

    

          (父親のキケ・ガゴと兄のアレン・ロペス)

 

(父親と兄を埋葬するガビノ)

  

     寓意を含んだ贖罪の物語、紋切型の市民戦争を避ける

 

★アナ・ムルガレンの長編第2作。作品数こそ少ないがキャリは長い。2006年刊行の原作を読んだとき、二つの映画のシーンが思い浮かんだという。「一つはブニュエル『砂漠のシモン』の中で柱に昇ったままのシモン、もう一つがフェリーニ『アマルコルド』の中で大木に登ったままの狂気の伯父さんのシーンでした。その黒さのなかに思いつかないようなアスコナ流のユーモアのセンスに出会って驚いた」と。「本作で製作を手掛けたトリンカドと私は作家と知り合いになった。ピニーリャ自身が映画化するならと薦めてくれたのが本作でした。多分、この小説は突飛でシニカルなユーモアが共存しているからだと思います。コメディとドラマがミックスされている非常にスペイン的な何かがあるのです」とも。

 

★ステレオタイプ的な市民戦争ではなく、コメディで撮りたかったという監督。コメディを得意とするカラ・エレハルデカルロス・アレセスペパ・アニオルテを主軸に、常連のミケル・ロサダアスセナ・トリンカド、バスク映画に欠かせないラモン・バレアを起用した。資料に忠実すぎて動きが取れなくならないように、演技にはあまり制約をつけなかったようです。

 

   

(ファランヘ党員のロヘリオ、カラ・エレハルデ)

 

(密告屋エルモ、カルロス・アレセス)

   

★「スペインは対立を克服できなかったヨーロッパで唯一の国、それを現在まで引きずっている。そのため今もってイチジクの木の下で眠っている人は浮かばれない」と語るエレハルデ。「カラ・エレハルデのような優れた俳優に演じてもらえた。ロヘリオの人間性に共感してもらえると思います。このファランヘ党員は隠者になったことを悔やんでいない。はじめは恐怖から始まったことだが、次第にイチジクの木を育てることに寛ぎを感じ始めてくる」と監督。当然「粗野なメタファー満載だ」との声もあり、評価は分かれると予想しますが、コメディで描く内戦の悲痛は、深く心に残るのではないか。

 

    

          (ポスターを背に、ロヘリオ役のカラ・エレハルデ)

 

 監督キャリア・フィルモグラフィ

アナ・ムルガレンAna Murugarren1961年ナバラのマルシーリャ生れ、監督、編集者、脚本家。バスク大学の情報科学部卒。198090年代に始まったバスクのヌーベルバーグのメンバーとしてビルバオで編集者としてキャリアを出発させる。メンバーには本作で製作を手掛けたヨアキン・トリンカド、ルイス・マリアス、『悪人に平穏なし』のエンリケ・ウルビス、『ブランカニエベス』のパブロ・ベルヘル、日本ではお馴染みになったアレックス・デ・ラ・イグレシアなどがいる。 

 

2005年「Esta no es la vida privada de Javier Krahe」ドキュメンタリー、監督・編集

   (ヨアキン・トリンカドとの共同監) 

2011年「El precio de la libertad」監督・編集(TVミニシリーズ2話)

2012年「La dama guerrera」監督・編集(TV映画)

2014年「Tres mentiras」監督・編集、長編映画デビュー作

2017年 本作割愛

他にエンリケ・ウルビス、パブロ・ベルヘル、ヨアキン・トリンカドの編集を手掛けている。

 

    

         (アナ・ムルガレンとヨアキン・トリンカド、20167月)

 

★受賞歴:「Tres mentiras」がフィリピンのワールド・フィルム・フェス2015で「グランド・フェスティバル賞」を受賞、他に主役のノラ・ナバスが女優賞を受賞した。他にサラゴサ映画祭2015作品賞、サモラ県のトゥデラ映画祭20141回監督賞他を受賞している。エンリケ・ウルビスの「Todo por la pasta」でシネマ・ライターズ・サークル1991の最優秀編集賞を受賞している。

 

        

             (本作撮影中のアナ・ムルガレン監督)


バスク語映画 "Handia"*サンセバスチャン映画祭2017 ⑥2017年09月06日 15:16

    オフィシャル・セレクション第3弾『フラワーズ』の監督が再びやってくる

 

★世界の映画祭を駆け巡った『フラワーズ』(Loreak 14)の監督ジョン・ガラーニョと、その脚本を手掛けたアイトル・アレギが、19世紀ギプスコアに実在したスペイン一背の高い男ミケル・ホアキン・エレイセギ・アルテアガ(181861)にインスパイアーされて Handia を撮りました。本名よりもGigante de Altzoアルツォの巨人」という綽名で知られている人物です。前作でジョン・ガラーニョと共同監督したホセ・マリ・ゴエナガは、脚本&エグゼクティブ・プロデューサーとして参画しています。バスク自治州のサンセバスチャンで開催される映画祭ですが、オフィシャル・セレクションに初めてノミネートされたバスク語映画が『フラワーズ』だった。

 

 

            (ワーキング・タイトルのポスター)

 

 Handia(ワーキング・タイトルAundiya、英題 Giant 2017

製作:Irusoin / Kowaiski Films / Moriarti Produkzioak /

監督:アイトル・アレギ、ジョン・ガラーニョ

脚本:アイトル・アレギ、ジョン・ガラーニョ、ホセ・マリ・ゴエナガ、アンド二・デ・カルロス

音楽:パスカル・ゲーニュ

撮影:ハビエル・アギーレ

編集:ラウル・ロペス、Laurent Dufreche

キャスティング:ロイナス・ハウレギ

プロダクション・デザイン:ミケル・セラーノ

メイクアップ&ヘアー:オルガ・クルス、Ainhoa Eskisabel、アンヘラ・モレノ、他

衣装デザイン:サイオア・ララ

プロダクション・マネージメント:アンデル・システィアガ

製作者:ハビエル・ベルソサ、イニャキ・ゴメス、イニィゴ・オベソ、

      (エグゼクティブ)ホセ・マリ・ゴエナガ、フェルナンド・ラロンド、コルド・スアスア

 

データ:スペイン、バスク語(スペイン語を含む)、2017年、歴史ドラマ、製作資金約200万ユーロ、サンセバスチャン映画祭2017正式出品、スペイン公開1020日予定

 

キャスト:エネコ・サガルドイ(ミゲル・ホアキン・エレイセギ)、ホセバ・ウサビアガ(兄マルティン・エレイセギ)、ラモン・アギーレ(父アントニオ・エレイセギ)、イニィゴ・アランブラ(興行主アルサドゥン)、アイア・クルセ(マリア)、イニィゴ・アスピタルテ(フェルナンド)、ほか

 

プロット:マルティンは、第一次カルリスタ戦争からギプスコアの集落で暮らす家族のもとに戻ってきた。そこで彼が目にしたものは、出征前には普通だった弟ホアキンの身長が見上げるばかりになっていたことだった。やがて人々がお金を払ってでも、地球上で最も背の高い男を見たがっていることに気づいた二人の兄弟は、野心とお金と名声を求めて、スペインのみならずヨーロッパじゅうを駆けめぐる旅に出立する。家族の運命は永遠に変わってしまうだろう。19世紀に実在した「アルツォの巨人」ことミケル・ホアキン・エレイセギの人生にインスパイアーされて製作された。

 

             

 

       スペイン海軍の将軍に扮した巨人ミゲル・ホアキン・エレイセギ

 

★実際のミゲル・ホアキン・エレイセギ・アルテアガ(バスク語ではMikel Jokin Eleizegi Arteaga)は、18181223日、ギプスコア県のアルツォ村で9人兄弟姉妹の4番目の男の子として生まれた。母親は彼が10歳のころに亡くなっている。20歳で先端巨人症を発症して死ぬまで身長が伸びつづけたということです。記録によると身長が227センチ、両手を広げると242センチ、靴のサイズは36センチだったという(身長には異説がある)。当時のヨーロッパでは最も背が高く「スペインの巨人」として、イサベル2世時代のスペイン、ルイ・フィリップ王時代のフランス、ビクトリア女王時代のイギリスなどを興行して回った。たいていトルコ風の服装、あるいはスペイン海軍の将軍の衣装を身に着けて舞台に立った。19611120日、肺結核のため43歳で死亡、遺体は生れ故郷アルツォAltzoに埋葬されたが、コレクターの手で盗まれてしまっている。映画は史実に基づいているようですが、やはりフィクションでしょうか。

 

       

       (スペイン海軍の将軍の衣装を着たミゲル・ホアキン)

 

 キャスト

★兄弟を演じるエネコ・サガルドイ1994)もホセバ・ウサビアガも初めての登場、二人ともバスク語TVシリーズ Goenkale に出演している。2000年から始まったコメディ長寿ドラマのようで、エネコ・サガルドイは本作で2012年にデビュー、翌年までに57話に出演している。身長が高いことは高いが227センチのミゲル・ホアキンをどうやって演じたのか興味が湧きます。二人ともバスク語の他、スペイン語、英語の映画に出演している。

 

 

          (ミゲル・ホアキン・エレイセギ役のエネコ・サガルドイ、映画から)

 

       

            (左端が兄マルティン役のホセバ・ウサビアガ、映画から)

  

  

  

★第一次カルリスタ戦争は1933年に勃発、1939年に一応終息しました。兄マルティンが復員してから物語は始まるから、時代背景は1940年代となります。イニィゴ・アランブラ扮するアルサドゥンは、実在したホセ・アントニオ・アルサドゥンというナバラ在住の男で、ホアキンを見世物にして金儲けしようと父親に掛け合った。なかなか目端の利いた男だったようです。父親役のラモン・アギーレ1949生れ)は、フェルナンド・フランコがゴヤ賞2014新人監督賞を受賞した La herida13)、公開されたアルモドバルの『ジュリエッタ』、イニャキ・ドロンソロの『クリミナル・プラン~』、ミヒャエル・ハネケの『愛、アムール』(2012パルム・ドール)などに出演しているベテラン。フェルナンド・フランコの新作 Morir が、今年の特別プロジェクションにエントリーされているので、時間的余裕があればアップしたい。

 

    

 (映画の宣伝をする?アルサドゥン役のアランブラ、ネパールのプーンヒル標高3310mにて)

 

 スタッフ

★製作者は、ラテンビート、東京国際映画祭で上映された『フラワーズ』 80 eguneanFor 80 Days)に参画したスタッフで構成されており、唯一人エグゼクティブ・プロデューサーのコルド・スアスアが初参加、過去にはフェルナンド・フランコの La herida、マルティネス=ラサロのヒット作 Ocho apellidos vascos14)、アメナバルの Regresión15、未公開)などを手掛けている。プロダクション・マネージメントのアンデル・システィアガも初参加、過去にはアレックス・デ・ラ・イグレシア映画『13 みんなのしあわせ』『マカロニ・ウエスタン800発の銃弾』他を手掛けている。音楽はフランス出身、1990年からサンセバスチャンに在住しているパスカル・ゲーニュと同じです。監督キャリア&スタッフ紹介は『フラワーズ』にワープしてください。

 

  

               (『フラワーズ』のポスター)

 

★前作の脚本を担当、本作で監督にまわったアイトル・アレギAitor Arregi は、ジョン・ガラーニョとの共同でドキュメンタリー Sahara Marathon0455分)を撮っている。他にイニィゴ・ベラサテギとアドベンチャー・アニメーション Glup, una aventura sin desperdicio0470分)、Cristobal Molón0670分)を共同で監督している。また本作では脚本と製作を担ったホセ・マリ・ゴエナガとドキュメンタリー Lucio0793分)を撮り、グアダラハラ映画祭のドキュメンタリー部門で作品賞を受賞している。

 

  

                   (ジョン・ガラーニョとアイトル・アレギ)

 

 

(ホセ・マリ・ゴエナガとアイトル・アレギ)

 

『フラワーズ』と 80 egunean の内容&キャリア紹介は、コチラ2014119


サバルテギ部門ノミネーション*サンセバスチャン映画祭2016 ⑤2016年08月19日 11:51

           長編1作、短編2作と今年は少なめです

 

サバルテギZabaltegiは、バスク語で「自由」という意味、というわけで国、言語、ジャンル、長編短編を問わず自由に約30作品ほどが選ばれ、本映画祭がワールド・プレミアでない作品も対象のセクションです。今回スペインからは、バスク出身のコルド・アルマンドスの長編Sipo phantasmaと短編2作がアナウンスされました。過去にはラテンビートなど映画祭で上映された、パブロ・トラペロ『カランチョ』、ホセ・ルイス・ゲリン『ゲスト』、パブロ・ラライン『No』、ブラジルのカオ・アンブルゲール『シングー』、昨年の話題作は、ロルカの戯曲『血の婚礼』を下敷きにしたパウラ・オルティスの“La novia”などが挙げられます。

 

バスク語題のポスター

 

    サバルテギ部門

Sipo phantasmaBarco fantasmaGhost Shipコルド・アルマンドス 2016

観客は約1時間の船旅を体験する。船にまつわる物語、映画、難破船、ゴースト、愛、吸血鬼に出会いながらクルージングを楽しもう。1990年代の終わり頃からユニークな短編を発信し続けているバルクの監督、今回長編デビューを果たしました。しかし一味違った長編のようです。

 

    

 

*コルド・アルマンドスKoldo Almandozhaは、1973年サンセバスチャン生れ、監督、脚本、製作、カメラ、編集と多才、ジャーナリスト出身。ナバラ大学でジャーナリズムを専攻、後ニューヨーク大学で映画を学ぶ。1997年短編Razielen itzulera8分)でデビュー、ドキュメンタリーを含む短編(7分から10分)を撮り続けていたが、今回初めて長編を撮る。言語はスペイン語もあるにはあるが(例Deus et machina)、殆どバスク語である。カラー、モノクロ、アニメーション、音楽グループとのコラボと多彩です。なかでBelarra0310分)が新人の登竜門といわれるロッテルダム映画祭 2003で上映され話題となり、初長編となる本作も同映画祭2016で既にワールド・プレミアされている(23日)。シンポジウムで来日した折に撮った、京都が舞台の日西合作Midori 緑”068分、実写&アニメ)はドキュメンタリー仕立ての短編、タイトルのミドリは修学旅行に来たらしい女学生の名前。短編なので大体YouTubeで楽しむことができ、やはり“Belarra”(草という意味)は素晴らしい作品。

 

   

          (コルダ・アルマンドス監督、サンセバスチャンにて)

 

CaminanOn the Pathミケル・ルエダ 短編 2015

なにもない1本の道路、1台の車、1台の自転車、自分探しをしている独身の男と女が出会う。女役を演じるのは人気女優マリベル・ベルドゥです。バスク出身の8人の監督が参加したオムニバス映画BilbaoBizkaía Ext: Díaの一編。他にはバスク映画の大御所イマノル・ウリベ(『時間切れの愛』)を筆頭に、エンリケ・ウルビス(『悪人に平穏なし』)、ペドロ・オレア、ハビエル・レボージョなどベテランから若手までのオール・バスク監督。

 

 (映画から)

   

 

*ミケル・ルエダMikel Rueda は、1980年ビルバオ生れ、監督、脚本家、製作者。2010年長編デビュー作Izarren argia(“Estrellas que alcanzar”バスク語)がサンセバスチャン映画祭の「ニューディレクターズ」部門で上映、その後公開された。第2A escondidas14、バスク語)は、マラガ映画祭2015に正式出品、その後米国、イギリス、フランス、ドイツなど15カ国で上映された。短編Agua!1216分)もサンセバスチャン映画祭で上映、過干渉の父親、おろおろする母親、フラストレーションを溜め込んだ2人の高校生の日常が語られる。これはYouTubeで見ることができる。目下、長編第3作目を準備中。

 

  

                (ミケル・ルエダ監督)

 

Gure Hormex / Our WallsNuestras paredes)短編 2016 17

マリア・エロルサ&マイデル・フェルナンデス・イリアルテ

*主婦たちの住む地区、不眠症患者の地区、無名の母親のキオスク、身寄りのない女性たちのアンダーグラウンド、「私たちの壁」は私たちが愛する人々に感謝のしるしを捧げるドキュメンタリー。二人の若いバスクの監督が人生の先達者に賛辞をおくる。

 

(映画から)

   

 

マリア・エロルサMaría Elorzaは、1988年ビトリア生れ、監督。バルセロナのポンペウ・ファブラ大学でオーディオビジュアル情報学を専攻、その後バスク大学でアート創作科修士課程で学ぶ。2011年からフリーランサーの仕事と並行してドキュメンタリー製作のプロジェクトに参加する。2009年“Hamasei Lehoi”で短編デビュー、2012年ギプスコアの新人アーティストのコンクールに“Antología poética de conversaciones cotidianas”応募する。2014年“Errautsak”(ドキュメンタリー・グループ製作)、マイデル・フェルナンデス・イリアルテと共同監督したAgosto sin tí15)、“El canto de los lujuriosos”(同)、他短編多数。

    

マイデル・フェルナンデス・イリアルテMaider Fernandez Iriarteは、1988年サンセバスチャン生れ、監督。祖母についてのドキュメンタリー“Autorretrato”を撮る。タイトル「自画像」は、「祖母は私である」というメッセージが込められている。Agosto sin tíがセビーリャのヨーロッパ映画祭2015、ウエスカ映画祭2016などで上映された。“Historia de dos paisajes”がセビーリャ・レジスタンス映画祭2016で上映された後、バスク自治州やフランス側のバスク語地区を巡回している。フランス、ドイツなどヨーロッパ各地は勿論、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、クロアチア、ドミニカ共和国、モザンビークなどへ取材旅行をしている行動派。

 

   

     (左がマリア・エロルサ、右がマイデル・フェルナンデス・イリアルテ)

 

コルド・セラの第2作「ゲルニカ」*マラガ映画祭2016 ③2016年04月20日 19:56

         「ゲルニカ」といってもピカソは出てきません

 

★「ゲルニカ」と聞けば「ピカソ」に繋がる。ピカソが「ゲルニカGuernicaを描かなかったら、ゲルニカは観光地にはならなかったでしょう。現地に行ったことがない人でも、マドリードを訪れた観光客は「ゲルニカ」が展示されている美術館に案内される。日本で言えば国宝級なのか特別室に展示され監視人がいて近づけない。以前東京でも横長の実物大(7.82m×3.5m)のレプリカが展示されたことがあったほどの大作。フランコ没後民主主義移行期の1981年、亡命先の「ニューヨーク近代美術館」より返還されることになった。それで「最後の亡命者の帰国」と言われた。しかし既にピカソ亡き後のことで遺産問題も絡まって、どこの美術館で展示するかで喧々諤々、白熱の議論のすえにピカソが名誉館長を務めたこともあるプラド美術館へ、しかし本館ではなく別館だったことで当時の館長が辞任するなどのテンヤワンヤ、なんとかピカソ生誕100周年記念日の1025日に一般公開された。更に1992年に開館した王立ソフィア王妃芸術センターの目玉としてお引っ越し、現在はここの特別室で展示されています。

  

 

 (ピカソが50日間で一気に描いた「ゲルニカ」、王立ソフィア王妃芸術センターに展示)

 

 マリア・バルベルデが共和派報道機関の編集者を力演

 

★さて本題、ビスカヤ県の町ゲルニカは、スペイン内戦中の1937426日、ナチス・ドイツ空軍機によって史上初めてという無差別爆撃を受けた。当時共和派の軍隊は駐屯しておらず全く無防備の町であったという。どうしてナチスが第二次世界大戦勃発前に無防備のバスクの町を爆撃のターゲットにしたのか。いったいスペイン内戦とは誰と誰が戦ったのか。これがコルド・セラの長編第2Gernikaのメインテーマでしょうか。しかし本当のテーマは、やはり「愛と自由」かもしれません。マラガ映画祭2016正式作品、無差別爆撃を受けた426日に上映。スペイン公開は今年の秋が予定されている。 

           

                   

                                    (ポスター)

 

    Gernika(英題“Guernica”)2016

製作:Pecado Films / Travis Producciones / Pterodactyl Productions / Sayaka Producciones /

      ゲルニカ The Movie 協賛カナル・スール、ICAA 他

監督:コルド・セラ

脚本:ホセ・アルバ、カルロス・クラビホ・コボス、バーニー・コーエン

撮影:ウナックス・メンディア

編集:ホセ・マヌエル・ヒメネス

衣装デザイン:アリアドナ・パピオ

製作者:バーニー・コーエン & ジェイソン・ギャレット(エグゼクティブ)、ホセ・アルバ、カルロス・クラビホ、ダニエル・Dreifuss 他

データ:製作国スペイン、スペイン語、撮影地ゲルニカ、マラガ映画祭2016426日上映、スペイン公開は今秋、製作費約580万ユーロ(ゲルニカ市、ビルバオ市、バスク政府、アラゴン政府などから資金援助を受けた)

 

キャストマリア・バルベルデ(テレサ)、ジェームズ・ダーシー(ヘンリー)、ジャック・ダヴェンポート(ワシル)、バーン・ゴーマン、イレネ・エスコラルイングリッド・ガルシア=ヨンソン、アレックス・ガルシア、フリアン・ビジャグラン、バルバラ・ゴエナガ、ビクトル・クラビホ、ナタリア・アルバレス=ビルバオ、ラモン・バレア、イレナ・イルレタ、他

 

解説:時は内戦勃発翌年の1937年、スペイン女性テレサとアメリカ人ヘンリーの戦時下での屈折した愛の物語。テレサは共和派の報道機関に勤めている編集者、ヘンリーは北部戦線を取材しているジャーナリスト、二人は意見の相違で対立している。テレサの上司ワシルは共和派政府の助言者として派遣されたロシア人、若く美しいテレサに気がある。いずれテレサはヘンリーの非現実的な理想主義に魅せられていくだろう。そして彼女のたった一つの目的、真実を語るための使命に目覚めることだろう。

 

    

       (テレサ役マリア・バルベルデとヘンリー役ジェームズ・ダーシー)

 

★複雑で謎だらけのスペイン内戦の総括はまだ完全には終わっていないと思いますが、ファッシズムと民主主義の闘いではなかったことだけは明らかでしょう。どの戦争でも同じことと思いますが、共和派善VSフランコ派悪のように、真実はそれほど単純ではない。はっきりしているのは、共和派側についたのがソビエト、フランコ派を応援したのがドイツ、イタリア、ポルトガルということです。イギリスやフランスは心情的には共和派側だが、教科書的には中立だった。長いフランコ独裁制や米ソ冷戦構造が貴重な研究成果を覆い隠してしまっている。これがスペインで繰り返し映画化される原因の一つです。

 

コルド・セラKoldo Serra de la Torre1975年ビルバオ生れ、監督、脚本家。バスク大学美術科オーディオビジュアル専攻、ビルバオ・ファンタスティック映画祭のポスターを描きながら(200004)、コミックやデザインを学ぶ。“La Bestia del día”というタイトルで、短編のコミック選集を出版する。1999年、ゴルカ・バスケスとの共同監督で短編Amor de madreを撮り、ムルシア・スペイン・シネマ週間で観客賞を受賞した。これにはライダー役で自身出演している。2003年、短編El tren de la brujaがアムステルダム・ファンタジック映画祭でヨーロッパ・ファンタジック短編に贈られる「金のメリエス」を受賞、国際的にも評価される(ナチョ・ビガロンドとの共同脚本)。他シッチェス映画祭短編銀賞、サンセバスチャン・ホラー・ファンタジー映画祭最優秀スペイン短編賞、Tabloid Witch賞他、受賞歴多数。

 

   

       (タブロイド・ウィッチ賞のトロフィーを手にしたコルド・セラ)

 

2006年長編映画デビューBosque de sombras(“The Backwoods”仏=西=英、英語・スペイン語)は、サンセバスチャン映画祭の「サバルテギ新人監督」部門で上映、プチョン富川国際ファンタスティック映画祭2007に出品された。1970年代後半のバスクが舞台のバイオレンス・ドラマ、スペイン側からはアイタナ・サンチェス=ヒホン、リュイス・オマール、アレックス・アングロなどが出演している。10年のブランクをおいて本作が第2作目、主に脚本執筆、TVドラを手がけていた。ビルバオ出身の監督としては、1960年代生れのアレックス・デ・ラ・イグレシア、エンリケ・ウルビス(『悪人に平穏なし』)の次の世代にあたる。

 

          

               (“Bosque de sombras”から)

 

★製作国はスペインですが、男優陣は英国出身の俳優が起用されている。なかでジェームズ・ダーシー、ジャック・ダヴェンポート、バーン・ゴーマンの3人は公開作品が結構ありますので簡単に情報が入手できます。ヘンリー役のジェームズ・ダーシー1975年ロンドン生れ、1997年ブライアン・ギルバートの『オスカー・ワイルド』の小さな役で長編デビュー、セバスチャン・グティエレスのホラー『ブラッド』にカルト集団のメンバーとしれ出演、マドンナの第2作『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』(11)でエドワード8世に扮した。続いて1960年の『サイコ』の舞台裏を描いたサーシャ・ガヴァンの『ヒッチコック』12)では、主人公ノーマン・ベイツを演じたアンソニー・パーキンスに扮した。ヒッチコックをアンソニー・ホプキンスが演じるなど、テレビ放映もされた。最新作はジェームズ・マクティーグの『サバイバー』15)でアンダーソン警部役になった。

 

ジャック・ダヴェンポートは、1973年イギリスのサフォーク生れ、両親とも俳優、幼児期はスペインのイビサ島で育った。1997年、『危険な動物たち』で映画デビュー、ゴア・ヴァービンスキーのシリーズ『パイレーツ・オブ・カリビアン』030607)のノリントン提督役で知られている。マシュー・ヴォーンのスパイ物『キングスマン』14)に出演している。最新作のGernikaではスターリン信奉者のロシア人になる。

 

バーン・ゴーマンは、1974年ハリウッド生れ、しかし家族と一緒にロンドンに移住している。父親がUCLAの言語学教授という家庭で育った。1998年テレドラで俳優デビュー、日本での公開作品は、マシュー・ヴォーンの『レイヤー・ケーキ』04)、クリストファー・ノーランの『ダークナイト・ライジング』12)、ロドリゴ・コルテスの『レッド・ライト』12)、ギレルモ・デル・トロの『パシフィック・リム』13)、同監督の最新作『クリムゾーン・ピーク』15)は今年1月に公開されたばかり。英語映画、それもスリラーやホラーは公開されやすい。

 

マリア・バルベルデは、1987年マドリード生れ、マヌエル・マルティン・クエンカのLa flaqueza del bolchevique2003)でデビュー、翌年のゴヤ賞とシネマ・ライターズ・サークル賞の新人女優賞を受賞した。日本登場はアルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』(ラテンビート2014)で薄命のボリバル夫人を演じた女優。当ブログでは、マリア・リポルのロマンチック・コメディAhora o nunca2015)でダニ・ロビラと共演して成長ぶりを示した。汚れ役が難しいほど品よく美しいから、逆に女優としての幅が狭まれているが、そろそろお姫さま役は卒業したいでしょう。監督との出会いはTVドラ出演がきっかけのようです。

 

     

            (一時より痩せた監督とマリア・バルベルデ)

 

イレネ・エスコラルは、Un otoño sin Berlínで今年のゴヤ賞新人女優賞を受賞している。イングリッド・ガルシア=ヨンソンは、オープニング上映となったキケ・マイジョのToroにも出演しており、目下躍進ちゅうの「三美人」を起用するなど話題提供も手抜かりない印象です。

 

 

      (イレネ・エスコラル、映画から)

 

コメディ“Ahora o nunca”とマリア・バルベルデの記事は、コチラ⇒2015714

スリラー“Toro”とイングリッド・ガルシア=ヨンソンの記事は、コチラ⇒2016414

 

       

         (撮影終了を祝って記念撮影、中央の小柄な男性が監督)

引退していなかったモンチョ・アルメンダリス*新作を準備中2016年04月02日 16:09

         『心の秘密』からかれこれ20年になる!

 

★引退の噂もちらほら届いていましたが、新作のニュースが飛び込んできました。No tengas miedoを最後に沈黙していた監督、まだ全体像は見えてきませんが、とにかく引退説はデマでした。デビュー作『タシオ』から数えて長編映画は30年間に8作と寡作ですが、『心の秘密』などの映画祭上映により結構知名度はあるほうじゃないかと思います。当時8歳だったハビ役のアンドニ・エルブルも立派な大人になっているはずです。彼の印象深い眼差しが成功の一つだったことは疑いなく、子供ながらゴヤ賞1998では新人男優賞を受賞しました。しかしその後アルメンダリスのSilencio roto、短編やTVにちょっと出演しただけで俳優の道は選ばなかったようです。

 

   

       (左から、アンドニ・エルブル、親友のイニゴ・ガルセス 『心の秘密』から)

 

モンチョ・アルメンダリスは、19491月、ナバラ県のペラルタ生れ、監督、脚本家、製作者。6歳のときパンプローナに転居、パンプローナとバルセロナで電子工学を学び、パンプローナ理工科研究所で教鞭をとるかたわら短編映画製作に熱中する。バスク独立活動家の殺害に抗議して逮捕、収監されたがフランコの死去に伴う恩赦で出所する。1974年短編デビュー作Danza de lo graciosoが、1979年ビルバオのドキュメンタリーと短編映画コンクールで受賞、文化省の「特別賞」も受賞した。1981年ドキュメンタリーIkuska 11などを撮る。検閲から解放され戸惑っていたスペイン映画界も民主主義移行期を経てやっと新しい時代に入っていった。

 

1998年、『心の秘密』の成功により、1980年から始まった映画国民賞を受賞、2011年ヒホン映画祭の栄誉賞に当たるナチョ・マルティネス賞2015年にはナバラに貢献した人に与えられるフランシスコ・デ・ハビエル賞を受賞したばかりである。2009年に始まった賞でナバラの守護聖人サン・フランシスコ・デ・ハビエルからとられ、受賞者の職業は問わない。

 

1984年、長編映画デビュー作『タシオ』は、ナバラの最後の炭焼き職人と言われるアナスタシオ・オチョアの物語、年齢の異なる3人の俳優が演じた。プロデューサーにエリアス・ケレヘタ、撮影監督にホセ・ルイス・アルカイネを迎える幸運に恵まれた。この大物プロデューサーの目に止まったことが幸いした。引き続き1986年にケレヘタと脚本を共同執筆した27時間』がサンセバスチャン映画祭1986銀貝監督賞に輝き、製作者ケレヘタはゴヤ賞1987で作品賞にノミネートされた。アントニオ・バンデラスやマリベル・ベルドゥが出演している。撮影監督に“Ikuska 11”でタッグを組んだ、北スペインの光と影を撮らせたら彼の右に出る者がないと言われたハビエル・アギレサロベが参加した。自然光を尊重する彼の撮影技法は大成功を収めた『心の秘密』や「オババ」に繋がっていく。

 

         

        (炭焼きをするタシオ・オチョア、『タシオ』のシーンから)

 

ケレヘタは同じテーマでカルロス・サウラの『急げ、急げ』(1980)を製作するなどドラッグに溺れる若者の生態に興味をもっていた。翌年のベルリン映画祭「金熊賞」受賞作ですが、その後主人公に起用した若者たちが撮影中もドラッグに溺れていた事実が発覚、サウラもケレヘタも社会のバッシングに晒され、それが二人の訣別の理由の一つとされた。1980年を前後して社会のアウトサイダーをメインにした犯罪映画「シネ・キンキ」(cine quinqui)というジャンルが形成されるなど、数多くの監督が同じテーマに挑戦した時代でした。

 

     

          (最近のモンチョ・アルメンダリス、マドリードにて)

 

40代から白髪のほうが多かった監督、髪型も変えない主義らしく、その飾らない風貌は小さな相手を威圧しない。ゆっくり観察しながら育てていくのアルメンダリス流、そうして完成させたのが『心の秘密』1997)でした。脇陣はカルメロ・ゴメス、チャロ・ロペス、シルビア・ムントなど〈北〉を知るベテランが固めた。なかでチャロ・ロペスは本作でゴヤ助演女優賞を受賞したが、カルメロ・ゴメスもイマノル・ウリベの『時間切れの愛』(1994)で主演男優賞、シルビア・ムントはフアンマ・バホ・ウジョアの長編デビュー作“Alas de mariposa”(「蝶の羽」)で主演女優賞を既に受賞していた。現在はそれぞれ舞台や監督業などにシフトしている。以下は、短編及びドキュメンタリーを除いた長編映画リスト。

 

長編フィルモグラフィー

11984Tasio”(邦題『タシオ』)監督・脚本

1985フォトグラマス・デ・プラタ賞受賞、シカゴ映画祭1984上映作品

19859月に「スタジオ200」で開催された「映像講座 スペイン新作映画」上映作品

 

2198627 horas”(邦題27時間』)監督・共同脚本(エリアス・ケレヘタ)

サンセバスチャン映画祭1986監督銀貝賞受賞作品

1989年に東京で開催された「第2回スペイン映画祭」上映作品

美しい港町サンセバスチャン、ホン(マルチェロ・ルビオ)とマイテ(マリベル・ベルドゥ)は恋人同士、同じ学校に通っているが二人ともヘロイン中毒で殆ど出席していない。漁師の父親の手伝いをしているパチ(ホン・サン・セバスティアン)には二人が理解できないが友達だ。ある日三人はイカ釣りに出かけるが船酔いでマイテが意識を失くしてしまう。マイテが死ぬまでの若者たちの27時間が描かれる。他にヤクの売人にアントニオ・バンデラスが扮している。

 

     

        (イカ釣りに出掛けたマイテ、ホン、パチ、『27時間』から)

 

31990Las cartas de Alou”(「アロウの手紙」)監督・脚本

サンセバスチャン映画祭1990作品賞(金貝賞)・OCIC受賞。ゴヤ賞1991オリジナル脚本賞受賞、監督賞ノミネーション。シネマ・ライターズ・サークル賞1992作品賞受賞

スペインに違法に移民してきた若いセネガル人アロウが、異なった文化や差別について故郷の両親に書き送った手紙。80年代から90年代にかけて顔を持たない無名のアフリカ人が豊かさを求めてスペインに押し寄せた。この不法移民問題は社会的な大きなテーマだった。

 

41994Historias del Kronen”(「クロネン物語」)監督・脚色

カンヌ映画祭1995コンペティション正式出品。ゴヤ賞1996脚色賞受賞(共同)、シネマ・ライターズ・サークル賞1996脚色賞受賞(共同)

*ホセ・アンヘル・マニャスの同名小説の映画化。何不自由なく気ままに暮らす大学生のセックスやドラッグに溺れる生態を赤裸々に描いた。クロネンは溜まり場のバルの名前。主役のカルロスにフアン・ディエゴ・ボット(ゴヤ賞新人男優賞ノミネーション)、その姉にカジェタナ・ギジェン・クエルボ、バル「クロネン」で知り合った友人にジョルディ・モリャ、チョイ役だったがエドゥアルド・ノリエガが本作で長編映画デビューを果たした。

 

           

              (“Historias del Kronen”から)

 

51997Secretos del corazón”(邦題『心の秘密』

1997年ベルリン映画祭ヨーロッパ最優秀映画賞「嘆きの天使」賞受賞ほか、アカデミー賞外国語映画賞スペイン代表作品に選ばれたが、翌年のゴヤ賞では監督賞・脚本賞はノミネーションに終わった。

19983月シネ・ヴィヴァン・六本木で開催された「スペイン映画祭‘98」上映作品

 

62001Silencio roto”(「破られた沈黙」)監督・脚本

トゥールーズ映画祭2001学生審査員賞スペシャル・メンション受賞。ナント・スペイン映画祭2002ジュール・ヴェルヌ賞受賞。他

1944年冬、21歳のルシア(ルシア・ヒメネス)は故郷の山間の村に戻ってくる。若い鍛冶職人マヌエル(フアン・ディエゴ・ボット)と再会するが、彼はフランコ体制に反対するレジスタンスのゲリラ兵「マキmaquis」を助けていたため追われて山中に身を隠す。監督の父親が農業のかたわら蹄鉄工でもあったことが背景にあるようです。“Historias del Kronen”で主役を演じたフアン・ディエゴ・ボットを再び起用、他に彼の姉マリア・ボットや、アルメンダリスお気に入りのベテラン女優メルセデス・サンピエトロが共演している。本作でシネマ・ライターズ・サークル賞2002の助演女優賞を受賞した。

 

      

           (再会したルシアとフアン、“Silencio roto”から)

 

72005Obaba”(「オババ」)監督・脚色(原作者との共同執筆)

サンセバスチャン映画祭2005コンペティション正式出品、ゴヤ賞2006では作品賞を含む10部門にノミネーションされたが録音賞1個にとどまった。

*ベルナルド・アチャガ1988年にバスク語で発表した短編集『オババコアック』(翻訳書タイトル)の幾つかを再構成して映画化。映画は作家自らが翻訳したスペイン語版が使用された。女教師役のピラール・ロペス・デ・アジャラがACE2006の最優秀女優賞を受賞、彼女はゴヤ賞助演女優賞にもノミネートされている。現在公開中のカルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』のヒロイン、バルバラ・レニーも新人女優賞にノミネートされた。

 

         

          (ピラール・ロペス・デ・アジャラ、“Obaba”から)

 

82011No tengas miedo”(「怖がらないで」)監督・脚本(ストリーはマリア・L・ガルガレリャと共作)

カルロヴィ・ヴァリ映画祭2011コンペティション正式出品、シネマ・ライターズ・サークル賞2012作品賞・監督賞ノミネーション

父親の娘に対する児童性的虐待がテーマ。父親にリュイス・オマール、娘シルビアには年齢(7歳、14歳、成人)ごとに3人に演じさせた。離婚して別の家庭をもった母親(ベレン・ルエダ)にも信じてもらえず、トラウマを抱えたまま成人したシルビアにミシェル・ジェンナーが扮した。この難しい役柄でシネマ・ライターズ・サークル賞2012とサン・ジョルディ賞2012女優賞を受賞した。ゴヤ賞2012でも新人女優賞にノミネートされるなど彼女の代表作となっている。間もなくスペイン公開となるアルモドバルの新作“Julieta”にも出演している。

 

 

(左から、ベレン・ルエダ、ヌリア・ガゴ、監督、ミシェル・ジェンナー、リュイス・オマール)

 

○以上が長編映画8本のアウトラインです。受賞歴はアルメンダリス監督のみに限りました。 

   

準備中の新作のテーマは霧のなか?

 

★監督の家族は〈赤い屋根瓦の家〉として知られていた精神科病院の前に住んでいた。モンチョが両親に「映画の道に進みたい」と打ち明けると、「息子をこの〈赤い屋根瓦の家〉に監禁しなくちゃ」と母親は考えたそうです(納得)。何しろパンプローナ理工科研究所の教師の職にあり安定した生活をしていたから、映画監督などとんでも発奮でした。37歳の長編デビューは当時としては遅咲きでした。『27時間』や“Historias del Kronen”のような若者群像をテーマにしたのは、かつて自分が教えていた若い世代にのしかかる危機が気にかかっていたからのようです。

 

DAMADerechos de Autor Medios Audiovisuales 視聴覚著作権)、SGAESociedad General de Autores y Editores 著作者と出版社の全体を総括する協会)の仕事に携わりながら教鞭をとっている。教えることが好きなのでしょう。引退したわけではなく常に映画のことを模索している。フアン・ディエゴ・ボットによると、二つほど企画中のプロジェクトがおじゃんになってしまったが、現在取り憑かれているテーマがあるそうです。

 

★「今どうしていると訊かれれば、映画のことを考えている」と答えている。「それは居心地よくワクワクするから。山ほど難問があるけれど、オプティミストになろうと努めている。人間的な善良さについての立派な映画や小説はあるけれども、私は自分たちが抱えている悩みや困難について語りたいと考えています」と監督。結局、長編第9作となる新作のテーマは明かされず、あれこれ類推するしかないようですが、フアン・ディエゴ・ボットを起用するのかもしれない。


バスク版コメディ”8 apellidos vascos”5個*ゴヤ賞2015ノミネーション ⑦2015年01月28日 11:50

 興行成績ナンバー・ワン5600万ユーロ!

★リピーターの存在が大きかったのではないかと思いますが、観客1000万人という驚異的な数字が本当かどうか、俄かには信じられません。スペインに垂れ込めていた暗雲を吹き飛ばしてくれたかどうかはさておき、庶民は笑いを求めていたということです。本作については既に詳細をアップしておりますが、作品賞、監督賞が済みましたので、これからは受賞に絡むと予想される作品をおさらいしていきます。5600万ユーロに敬意を表してバスク版コメディから。

スタッフ、キャスト、プロットのご紹介はコチラ⇒2014327613

 

   Ocho apellidos vascos

オリジナル歌曲賞:“No te marches jamas 作曲:フェルナンド・ベラスケス

撮影賞:カロ・ベリーディ

助演男優賞:カラ・エレハルデ

助演女優賞:カルメン・マチ

新人男優賞・ダニ・ロビラ

以上5カテゴリーにノミネーションされています。

 

撮影賞は『エル・ニーニョ』か“La isla mínima”を予想しています。オリジナル歌曲賞は皆目分かりません。新人男優賞は『エル・ニーニョ』のヘスス・カストロが一番近い。ダニ・ロビラは、今年の授賞式の総合司会者に抜擢され、本人も周囲もびっくりしています。そちらの準備で消耗しているのではないかな()。というわけで、残れそうなのがカラ・エレハルデとカルメン・マチです。 

             (カラ・エレハルデとカルメン・マチ)

 

助演男優賞カラ・エレハルデ Karra Elejarde1960年バスク州ビトリア生れ、俳優、脚本家、監督。職業訓練Formación Profesionalの時期に演劇学科のコースを選んで学ぶ。バスクのインディペンデントの演劇グループに参加、独り芝居で芸を磨く。映画デビューは1987年、ホセ・アントニオ・ソリージャの“A los cuatro vientos”。脇役が多く、公開、映画祭上映、テレビ放映、ビデオ・DVD発売を含めるとかなりの数になって驚く。モレがあるかもしれない。

 

1992年『バカス』フリオ・メデム(東京国際映画祭上映)

1992年『ハイル・ミュタンテ!電撃XX作戦』アレックス・デ・ラ・イグレシア(ビデオ)

1993年『赤いリス』フリオ・メデム(シネフィル・イマジカ、テレビ放映)

1993年『キカ』ペドロ・アルモドバル(劇場公開)

1994年『時間切れの愛』イマノル・ウリベ(劇場公開)

1996年『ティエラ―地―』フリオ・メデム(スペイン映画祭‘98上映)

1999年『ネイムレス―無名恐怖』ジャウマ・バラゲロ(劇場公開)

2007年『タイム・クライムス』ナチョ・ビガロンド(LBラテンビート2008上映)

2010年『ビューティフル』アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(劇場公開)

2010年『雨さえも―ボリビアの熱い一日』イシアル・ボリャイン(LB2011上映)

 

               (カラ・エレハルデ、映画から)

 

★しかし、実はエレハルデが評価された作品は未紹介のものに多い。フアンマ・バホ・ウジョアの“Alas de mariposa”(1991)や“La madre muerta”(1993)、“Airbag”(1997)など、“La madre muerta”はポルトガルのファンタスポート映画祭で最優秀男優賞を受賞、自らが監督もした“Año mariano”(1999)では、2001年バスク俳優組合賞を受賞している。勿論、『雨さえも―ボリビアの熱い一日』の劇中劇でコロンブスを演じたアルコール中毒のアントン役で、ゴヤ賞2011助演男優賞を受賞しました。今回は2匹目を狙っています。本作では、既にトゥリア賞2014で特別賞を受賞しています。若いころからどんどん額が広くなり実年より老けてみえますが、まだ54歳、活躍はこれからです。話題作“Airbag”では、監督と脚本を共同執筆しています。フェロス賞で“Magical Girl”のホセ・サクリスタンが受賞していますから油断できない。

 

助演女優賞カルメン・マチMaría del Carmen Machi Arroyó1963年マドリード生れ、女優。ファミリーはイタリア系で父親はジェノバ出身、イタリア風に発音すると「マキ」になる。芸名よりTVドラマ・シリーズ“7 Vidas”から独立した長寿ドラマ“Aida”のヒロイン名アイーダ・ガルシアのほうが有名。マドリード自治州ヘタフェで育ち、地元のサン・ホセ学校に通う。舞台女優としてシェイクスピア『ベニスの商人』、バリェ≂インクラン『貪欲、欲望と死の祭壇画』などの舞台に立つ。テレシンコの「アイーダ」がお茶の間で大ブレーク、数々の受賞を手にした。1998年“Lisa”で映画デビュー、アルモドバル映画にも出演、エミリオ・アラゴンの『ペーパーバード 幸せは翼にのって』がラテンビート2010で上映された折り、監督と一緒に来日、最優秀女優賞を受賞した。以下主なる出演映画は以下の通り:

 

2002年『トーク・トゥ・ハー』ペドロ・アルモドバル

2003年『チル・アウト!』フェリックス・サブロソ&ドーニャ・アジャソ(未公開DVD

2003年『トレモリーノス73』パブロ・ベルヘル(ゆうばり国際ファンタ映画祭上映)

2005年『色彩の中の人生』サンティアゴ・タベルネロ

2009年『抱擁のかけら』ペドロ・アルモドバル

2009年“La mujer sin piano ハビエル・レボージョ

2010年『ペーパーバード 幸せは翼にのって』エミリオ・アラゴン

2013年『アイム・ソーエキサイテッド』ペドロ・アルモドバル

2014年本作(省略)

La mujer sin piano”は未公開だが、本作はサンセバスチャン映画祭2009正式出品、評価が高く、彼女が主役ロサを演じた。カセレスの「スペイン映画祭」で2009年活躍した女優に贈られる最優秀女優賞を受賞、アルバニアの「ティラナ映画祭」で審査員賞を受賞した。

2015年は現在4作品が公開予定と目白押しである。

 

        (新人男優賞ノミネートのダニ・ロビラとカルメン、映画から)

 

★どのカテゴリーにも言えることだが、特に助演賞は予想が難しい。『エル・ニーニョ』のバルバラ・レニーは主演が確実だから落ちるとして、“La isla minima”のメルセデス・レオンもないと思う。残るライバルは“Marsella”のゴヤ・トレドだろうか。ゴヤ賞ノミネーションは初登場

 


 (時計回りに、メルセデス・レオン、カルメン・マチ、ゴヤ・トレド、バルバラ・レニー)

 

『フラワーズ』驚きの作品賞*ゴヤ賞2015ノミネーション ③2015年01月16日 22:41

 作品賞ノミネーションには驚きました!

★バスク語映画がゴヤ賞にノミネーションされるのは初めてのことらしいが、それも「作品賞」だからセンセーショナルなことです。作品賞に選ばれると監督賞、または新人監督賞に選ばれるのが恒例だが、今回はパスカル・ゲーニュ「オリジナル作曲賞」の二つだけ。「うん?」が正直な感想です。「作品賞」受賞は、まず考えられませんね。でも意味深いノミネーションです。

 


★車道のガードレールに飾られた花束には、美しさと同時に「死」の匂いが漂っている。かつてそこで悲劇が起こったことを知らせているからです。回想と喪失についての明快でエモーショナルな、そして非常に奥深い寓話として観客を熟慮させる。きわどいベッドシーンはないが、中年にさしかかった男と女の危ういラブストーリー 助演女優賞に事故死したベニャトの母親役イジアル・アイツプルがノミネートされてもおかしくなかった。ラテンビート2014でバスク語と日本語字幕で見られたことを幸運と思います。何故ならスペインでの一般公開はスペイン語の吹替え上映でしたから。(写真下:イジアル・アイツプル)

 


『フラワーズ Loreak

製作:Irusoin / Moriarti Produkzioak

監督:ジョン・ガラーニョ& ホセ・マリ・ゴエナガ

脚本:アイトル・アレギAitor Arregi ジョン・ガラーニョ/ホセ・マリ・ゴエナガ

プロデューサー:(エグゼクティブアイトル・アレギ/(同)フェルナンド・ラロンド

/ハビエル・ベルソサ

撮影:ハビエル・アギーレ

音楽:パスカル・ゲーニュ

 

製作会社のIrusoin Moriarti Produkzioakは、前作80 egunean英題For 80 Days”)を手掛けています。フェルナンド・ラロンドとハビエル・ベルソサは前作を共にプロデュース、アイトル・アレギは監督でもあり、本作には脚本家として共同執筆している。今回初めてエグゼクティブ・プロデューサーとして参加。 

                (80 eguneanのポスター

 

★後者の「オリジナル作曲賞」は可能性ありでしょうか。管理人も『フラワーズ』紹介記事でノミネーションを予想、その通りになって嬉しい(コチラ2014119)。彼は以前、エドゥアルト・チャペロ≂ジャクソンの“Vervo”で、ゴヤ賞2012「オリジナル歌曲賞」にノミネートされています。ただし、このカテゴリーは例年になく激戦区になっています。『エル・ニーニョ』のロケ・バーニョス、“Relatos salvajes”のグスタボ・サンタオラジャ(アメリカからブエノスアイレスに帰郷して参加)、“La isla mínima”のフリオ・デ・ラ・ロサ、彼はロドリゲス監督のデビュー作『7人のバージン』以来全作の音楽監督を担当、“Grupo 7”で、ゴヤ賞2013「オリジナル作曲賞」にノミネーション、今回が2度目になります。ロドリゲスはスタッフを殆ど変えないタイプの監督です。誰が貰っても文句が出ないカテゴリーの一つ。

 


パスカル・ゲーニュPascal Gaigne1958年フランスのカーン生れ、1990年よりサンセバスチャン移住。作曲家、映画音楽監督、演奏家。ポー大学で音楽を学ぶ。トゥールーズ国立音楽院でベルトラン・デュプドゥに師事、1987年、作曲とエレクトロ・アコースティックの部門でそれぞれ第1等賞を得る。映画音楽の分野では短編・ドキュメンタリーを含めると80本を数える(初期のアマヤ・スビリアとの共作含む)。演奏家としてもピアノ、シンセサイザー、ギター、バンドネオン他多彩。『マルメロの陽光』ではバンドネオンの響きが効果的だった。以下は話題作、代表作です(年代順)。 

1984『ミケルの死』 監督:イマノル・ウリベ(アマヤ・スビリア共作、スペイン映画祭1984

1992『マルメロの陽光』 監督:ビクトル・エリセ(劇場公開)

1998Mensaka” 監督:サルバドール・ガルシア・ルイス

1999『花嫁の来た村』 監督イシアル・ボリャイン(シネフィルイマジカ放映)

2001 Silencio roto” 監督:モンチョ・アルメンダリス

2002『靴に恋して』 監督:ラモン・サラサール(劇場公開)

2003Las voces de la noche 監督:サルバドール・ガルシア・ルイス

2004Supertramps 監督ホセ・マリ・ゴエナガデビュー作

2006『漆黒のような深い青』 監督:ダニエル・サンチェス・アレバロ(ラテンビート2007

2007Siete mesas de billar francés 監督:グラシア・ケレヘタ

2009『デブたち』 監督:ダニエル・サンチェス・アレバロ(スペイン映画祭2009上映)

2010Perurena 監督:ジョン・ガラーニョ(バスク語、デビュー作)

201080 egunean 監督:ジョン・ガラーニョホセ・マリ・ゴエナガ(長編第1作)

2011Vervo 監督:エドゥアルト・チャペロ≂ジャクソン(ゴヤ賞2012歌曲賞ノミネート)

2014En tierra extraña 監督イシアル・ボリャイン

2014『フラワーズ』 省略

2014Lasa y Zabala 監督:パブロ・マロ

管理人覚え
サンセバスチャンFF⇒2014年9月22日
東京国際FF⇒2014年11月9日

セシリア・ロス*Zinebi 映画祭で栄誉賞受賞2014年12月07日 14:19

Zinebiとは、バスク自治州最大の都市ビルバオ(ビスカヤ県)で開催される「ビルバオ・ドキュメンタリー&短編国際映画祭」のこと、今回56回目を迎えた老舗の映画祭(1114日~21日)、主な上映会場はビルバオ最大のアリアガ劇場。州都は正式に存在しないのだが、バスク自治州議会が置かれているのがビトリア(アラバ県)なので、名目上の州都になっている。サンセバスチャン映画祭が開催されるのがギプスコア県、この3県で構成されている。一人あたりの所得はスペインで最も高く、GDPはマドリード州についで第2位、失業率も14.56%(全体の24.6%)と低く、比較的豊かな州である。

 

★ビルバオは、かつての製鉄業や造船業からの転進を図り、現在は金融業、エネルギー業、鉄道車両などが経済を牽引している。ビルバオ・グッゲンハイム美術館が開館(1997)して、観光都市としても発展、観光客の数では、現在ではリゾート地サンセバスチャンより多い。こういう豊かさが映画祭を支えているのだろう。セシリア・ロス栄誉賞受賞は先月アナウンスされていた。

 

セシリア・ロスCecilia Rothは、1958年、ブエノスアイレス生れのユダヤ系アルゼンチン人。父はユダヤ系ウクライナ人、1930年代にブエノスアイレスに移住した、作家、ジャーナリスト、編集者。母はアルゼンチンのメンドーサ生れ、セファルディの歌手。ミュージシャンのアリアス・ロットは実弟。1976年、軍事独裁政の弾圧を逃れてスペインに一家で亡命した。私生活では3回結構しているが、現在は独身か。ミュージシャンでシネアストのフィト・パエスと再婚したとき養子をとったが、パエスが引き取ったようだ。スペイン、アルゼンチンで活躍しており、テレビ出演も多く、舞台でも活躍している。


受賞歴:“Martin (Hache)ゴヤ賞1998主演女優賞・銀のコンドル賞女優賞・ハバナ映画祭女優勝他を樹種、さらにニューヨークのACE Asociación de Cronistas de Espectaculoも受賞した。『オール・アバウト・マイ・マザー』ゴヤ賞2000主演女優賞・銀のフォトグラマ賞受賞。Un lugar en el mundo銀のコンドル賞女優賞など。

 

     主なフィルモグラフィー

1979 Las verdes praderas 緑の大草原ホセ・ルイス・ガルシ

1980  Arrebato 激情イバン・スルエタ

1981 Pepi,Luci, Bom y otras chicas del montón 『ペピ、ルシ、ボン、その他の娘たち』

ペドロ・アルモドバル

1982  Laberinto de pasiones 『セクシリア』P・アルモドバル

1983  Entre tinieblas 『バチ当り修道院の最期』同上

1984  ¿ Qué he hecho yo para merecer esto ? 『グロリアの憂鬱』同上

1988  Las amores de Kafka 『カフカの恋』アルゼンチン=チェコスロバキア 

ベダ・ドカンポ・フェイホー

1992  Un lugar en el mundo (世界のある所)アルゼンチン アドルフォ・アリスタライン

1997  Martín (Hache) (マルティン/アチェ)アルゼンチン=西 同上

1999 Todo sobre mi madre 『オール・アバウト・マイ・マザー』P・アルモドバル

2000 Segunda piel  『第二の皮膚』ヘラルド・ベラ(東京国際レズ&ゲイ映画祭上映邦題)

2001 Vidas privadas 『ブエノスアイレスの夜』アルゼンチン­=西 フィト・パエス

2002 hable con ella 『トーク・トゥ・ハー』P・アルモドバル

2002 Kamchatka (カムチャツカ)アルゼンチン=西=伊 マルセロ・ピニェイロ

2003 La hija del caníbal 『カマキリな女』メキシコ=西 アントニオ・セラノ

2005  Padre Nuestro (我らが父)チリ ロドリーゴ・セプルベダ

2008 El nido vacío (空っぽの巣)アルゼンチン=西=仏=伊 ダニエル・ブルマン

2013 Los amantes pasajeros 『アイム・ソー・エキサイテッド』P・アルモドバル

日本公開作品と、未公開だが話題作を選んでいる。アルモドバル作品に出演しているので比較的知名度のあるほうかもしれない。『』は公開邦題、()は仮題。

200813に映画出演がないの、主にアルゼンチンのTVドラ・シリーズに出演していた。

 

★スペイン亡命後、早い時期にチャンスを掴んで成功した女優と言える。イバン・スエルタの“Arrebato の主役に抜擢されたことが幸運を呼び込んだのではないか。スエルタ監督はサンセバスチャン生れ(19432009)、父親アントニオ・デ・スルエタは、サンセバスチャン映画祭のディレクターをつとめたシネアスト(195760)。長編はたったの2本しか撮っていない。ミュージカル“Un, dos, tres, al escondite inglés”(196910年後の“Arrebato”(写真下セシリア・ロス)だけ。

乾英一郎『スペイン映画史』では、『一・二・三・・・隠れんぼ』の邦題がついている。もっと評価されていい監督なのだが、本作について記述がないのが残念である。

 


★第1作はカンヌ映画祭で上映され話題になったが、本作はカンヌには拒まれた。しかし翌年夏マドリードで公開されるや、カルト映画として熱心なシネマニアやアバンギャルドの研究者たちが大いに興味を示し、民主主義「移行期」のスペイン映画のカリスマ的なイコンとなっており、現在でも海外の映画祭で上映されている。彼はスーパー8ミリの愛好家で、当時、8ミリで短編を撮りまくっていたアルモドバルの短編“El sueño, o la estrella”(1975)の撮影監督をしている。また、グラフィックデザイナーの才能も素晴らしく、アルモドバルの『セクシリア』、『バチ当り~』、『グロリアの憂鬱』、ブニュエルの『ビリディアナ』、『砂漠のシモン』などの映画ポスターを手掛けている。セシリアとアルモドバルの接点は、スエルタ監督かもしれない。

 

★今回バスクの映画祭で栄誉賞を受けるのは、セシリアにとっても感慨深いものがあるのではなかろうか。「自由がなければ、役者の仕事はできない、それを教えてくれたのがイバン・スルエタでした」と、Zinebi映画祭でも語っていました。

 

       (自由がなければ役者の仕事は成り立たない、と語るセシリア)

 

『フラワーズ』*東京国際映画祭2014 ①2014年11月09日 15:42

★台風接近でラテンビートでの鑑賞を断念した『Flowers』を、共催上映した東京国際映画祭TIFFで見てきました。こちらのタイトルは『フラワーズ』、原題のLoreakの意味は「花」です。既にラテンビート2014③で作品データ・監督・キャスト他を紹介した記事922)を、下記にコンパクトに纏めて再録しております。


     サンセバスチャン映画祭オフィシャル・セレクションに初のバスク語映画

 

: バスク自治州の都市サンセバスチャンで開催される映画祭も今年で62回を迎えました。まあ老舗の映画祭と言えますね。そこで話題になったのが本映画祭コンペ部門でバスク語映画が初めて選ばれたということでした。

: オフィシャル・セレクション以外なら当然過去にもあった、お膝元の映画祭ですから。

: フランコ時代は使用禁止言語だったからバスク語映画そのものが作れなかったし、学校で生徒が喋ろうものならムチで叩かれた。

: でも考えると不思議ですよね。もうすぐフランコ没後40年になるんだから。

 

: いいえ、当事者にとったらたったの40年です。ETAのテロが頻発したのはフランコ没後、最も血が流れた年は1980年、200回のテロで95人が犠牲になった。その「1980年」をタイトルにしたイニャーキ・アルテタのドキュメンタリー“1980”が、バジャドリード映画祭で上映され話題になりました。アルテタはETAにテーマを絞って映画作りをしている監督です。

: 今年前半のメガヒット、エミリオ・マルティネス・ラサロの“Ocho apellidos vascos”は、テロだの爆弾だのは一切出てこないコメディ、そしてスリラーを加味させたヒューマンドラマの本作と、バスク映画も多様化の時代になりました。

 

: サンセバスチャンには、プロモーションも兼ねて主演女優3人が花束を抱えて登場しました。大スクリーンで本作を見たエル・パイス紙の批評家カルロス・ボジェロは、「登場人物が自分たちが日常使っている言語で自然に演じていた。もしこれがカスティーリャ(スペイン)語だったら、こんなにしっくりした自然体で演じられなかったろう」と述べています。

: セリフは多くなかったと思いますが、母語で演じることは論理的なことですよ。

 

  (左から、ガラーニョ監督、ベンゴエチェア、アランブル、アイツプル、イトゥーニョ、
   ゴエナガ監督 サンセバスチャン映画祭にて

 

: サンセバスチャンでの評価が高く、10月末に全国展開されることになりましたが、コピーはスペイン語吹替版になったようです。「この映画は登場人物の声で届けるべきですが、バイリンガルでの製作は資金的にできなかった」と、二人の監督は吹替版を残念がっていました。それでも国内の多くの観客に見てもらえるチャンスを喜んでいました。

: 現在生粋のバスク人は、バスク語とスペイン語のバイリンガルなんでしょうね。日本ではバスク語版で見られたが、いずれにしろどちらでも分かりません。でも日本語吹替えだったらと思うとゲンメツです()。スペインの吹替版上映は曲がり角にきています。そういう意味では、日本は本当に字幕上映<先進国>です。

 

     孤独とコミュニケーションの難しさがテーマか

 

: 花束は口を利きませんが、ここでは雄弁に語る、「花束は口ほどに物を言う」です。此岸の人のために、向こう岸に渡ってしまった彼岸の人のためにも語りかける花束だ。言葉で言えないことを表現するための有効な道具になっている。

: 花に隠された言葉ですね。直線コースに突然現れるカーブ、暗い歩道を照らす街灯、ガードレール、ざわめく黒々とした木々、標識に固定された二つの花束が浮かび上がる、テレとアネが手向けた花束だ。

: 道行く人、運転する人、旅する人が、この美しい花束に心が和らぐ。花束に添えられた思い出のカードや写真も静かに物語を奏でている。孤独と伝達の難しさを描いた点では、第180 eguneanの続編かもしれない。

 

            (花束に添えられていたカードを読むアネ)

 

: この物語は不安のなかに或る種のロマンを忍びこませて進んでいく。

: アネと夫の関係はそれぞれ自分の殻に閉じこもって互いに無関心、だから喧嘩も起きない。そこへ匿名の花束が突然やってくる。空気がピーンと張りつめる。

: 不信と不安を隠しきれない夫は、「匿名の人に住所も訊かず花を売っていいのか」と花屋にねじ込んで、花屋を呆れさせる。

: そんな義務も法律もありません()。医者から更年期を宣告され塞ぎこんでいたアネだが、夫以外の男性からの思いがけない花束に何故か心が華やぐ。

 

: 一方テレは、息子ベニャトがバツイチのルルデスと結婚したのは仕方ないが、夫婦がもう子供はいらないと決めているのが納得できない。テレにとってルルデスの連れ子は孫ではない。この母子も夫婦も普通の会話が成り立たない。賢いベニャトは母の味方も妻の味方もせず、三人は孤立している。

: ベニャトはアネと同じ職場で働いている。彼は大型クレーンの操縦をしており、高い操縦室から下界を双眼鏡で眺めている。この危険な個室にいるときが一番心が安らぐのだ。

: ルルデスの職場はハイウエーの料金所のブース、やはり狭いボックスに閉じ込められている。これは象徴的なメタファーです。

 

80 egunean2010バスク語)のストーリー:少女だった遠い昔、親友だったアスンとマイテの二人はひょんなことから50年ぶりに邂逅する。アスンは農場をやっているフアン・マリと結婚するため引っ越して以来田舎暮らしをしていた。両親と距離を置きたい娘は離婚を機にカリフォルニアに移り住んでいる。レズビアンのマイテはピアニストとして世界を飛び回ってキャリアを積んでいたが既に引退して故郷サンセバスチャンに戻ってきた。別々の人生を歩んだ二人も既に70歳、不思議な運命の糸に手繰り寄せられて再び遭遇する。この偶然の再会はアスンに微妙な変化をもたらすことになる、自分の結婚生活は果たして幸せだったのだろうか。マイテにサンタ・クララ島への旅を誘われると、アスンは自分探しの旅に出ることを決心する。アスンにテレ役のイジアル・アイツプル、マイテにマリアスン・パゴアゴが扮した。トゥールーズ・シネ・エスパニャ2011で揃って女優賞を受賞した。パゴアゴは本作がデビュー作。年輪を重ねた知性豊かな二人の女性のナチュラルな演技が観客賞に繋がった。 

                    (アスン役のアイツプルとマイテ役のパゴアゴ

  

     巧みに張られた伏線を楽しむ

 

: ベニャトの突然の事故死に三人の女性は直面する。もうアネに花束は届かない。ルルデスは夫がベランダで丹精をこめて育てていた花の鉢植えを残さず粉々に割る。自分に不意に訪れた不幸に耐えられない。

: 観客には贈り主が分かるのだが、当事者たちが知るのはもっと後、特にルルデスは職場の同僚と暮らし始めている5年後だ。この同僚とは生き方の違いが伏線として張られており、幸せからはほど遠い。

: アネが決定的に贈り主を知るのは職場で失くしたネックレスがクレーンの操縦室にあったから。冒頭で医者から更年期の始まりを聞いていたとき、ずっと弄っていたネックレスだ。かつて夫からプレゼントされたものだから唯のネックレスではない。それを知っててベニャトは操縦室にぶら下げていたのだ。 アネと一緒にいたかったのだ。

: 嫁姑のいがみ合いの遠因の一つとして、夫婦がテレ名義のピソに住んでいたことが挙げられる。綺麗好きのテレには、嫁が掃除嫌いなのが耐えられない。自分が穢されていると感じる。

 

: 夫婦の留守中にテレが部屋をピカピカにする理由を、観客はベニャトが死んで初めて知る。

: ベニャトが双眼鏡で放牧されているヒツジを眺めるシーンが繰り返し出てくる。

: 事故死の直接の原因は、夜道に迷い込んだヒツジを避け損ねたからだ。

: 同じようなシーンが最後にもう一度出てきますね。

 

: 死者というのは残された人々が想っているあいだは生きている。死者は生きてる人々を支配するのだ。残された人々が記憶を消したい、記憶が重荷になったとき、初めて本当の死者になる。

: テレは息子を失った苦しみから逃れるように痴呆が始まる。時折り息子の名前さえ思い出せない。

: アネにもベニャトは死者になりつつある。花束はもう手向けない。過去から逃れたいからだ。

: ルルデスは夫が別の女性を想っていたことが許せない。もうこの世の人ではないというのに。5年後、医学用に献体していたベニャトが<灰になって>帰還する。

: ベニャトの遺灰はルルデスの手元に置かれることになるだろう。結局、花束は花束でしかなかったのかもしれない。

 

     音楽監督パスカル・ゲーニュ

 

: まだゴヤ賞予想は早すぎますが、音楽監督パスカル・ゲーニュが、もしかしたら候補になるかもしれない。彼はノルマンディー地方のカーン生れのフランス人ですが、1990年から本拠地をサンセバスチャンに移して、主にスペイン映画の音楽活動をしています。ビクトル・エリセやイマノル・ウリベ、モンチョ・アルメンダリスとコラボしています。

 前作80 egunean”も、両監督のそれぞれ第1作も彼が担当。ラモン・サラサールの『靴に恋して』(02)は公開された。

: ラテンビート2007で上映されたダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』や「スペイン映画祭2009」上映の『デブたち』、イシアル・ボリャインの『花嫁の来た村』や新作ドキュメンタリー“En tierra extraña”も担当している。

 

: サンセバスチャンFFのパブロ・マロの“Lasa y Zabala”(コンペ外)も担当、つまり1914年製作の話題作3作を手掛けていることになる。

: どれかがゴヤ賞候補になるのは間違いない、複数もありえるか。大分前になるがエドゥアルト・チャペロ≂ジャクソンの話題作Verbo”が、2012年ゴヤ賞オリジナル歌曲賞にノミネートされた。

 

 本作で流れるシングソングライター、セシリアのベストセラー『スミレの小さな花束』Un ramito de violetas)は、35年前にLPで発売された曲だそうです。

: 今回調べたのですが、1974/75年、まだフランコ体制のときです。少し体制批判の匂いがあって検閲を受けたようです。映画ではスミレの花束ではありませんが、この歌を口ずさんで育った観客には懐かしいのではありませんか。

: 二人の監督が生れた頃流行った曲、彼らの母親世代、テレの世代のの曲ですかね。

: 両映画祭ともバスク語映画は初めてと思いますが、しみじみとわが身を振り返った味わい深い映画でした。

 

パスカル・ゲーニュPascal Gaigne1958年フランス生れ、1990年よりサンセバスチャン移住。作曲家、映画音楽監督、演奏家。ポー大学で音楽を学ぶ。トゥールーズ国立音楽院でベルトラン・デュプドゥに師事、1987年、作曲とエレクトロ・アコースティックの部門でそれぞれ第1等賞を得る。映画音楽の分野では短編・ドキュメンタリーを含めると80本を数える(初期のアマヤ・スビリアとの共作含む)。演奏家としてもピアノ、シンセサイザー、ギター、バンドネオン他多彩。『マルメロの陽光』ではバンドネオンの響きが効果的だった。以下は話題作、代表作です(年代順)。


1984『ミケルの死』 監督:イマノル・ウリベ(アマヤ・スビリア共作、スペイン映画祭1984

1992『マルメロの陽光』 監督:ビクトル・エリセ(公開)

1998Mensaka” 監督:サルバドール・ガルシア・ルイス

1999『花嫁の来た村』 監督イシアル・ボリャイン(シネフィルイマジカ放映)

2001 Silencio roto” 監督:モンチョ・アルメンダリス

2002『靴に恋して』 監督:ラモン・サラサール(公開)

2003Las voces de la noche 監督サルバドール・ガルシア・ルイス

2004Supertramps” 監督:ホセ・マリ・ゴエナガ(デビュー作)

2006『漆黒のような深い青』 監督:ダニエル・サンチェス・アレバロ(LB2007上映)

2007siete mesas de billar francés 監督:グラシア・ケレヘタ

2009『デブたち』 監督:ダニエル・サンチェス・アレバロ(スペイン映画祭2009上映)

2010Perurena” 監督:ジョン・ガラーニョ(バスク語、デビュー作)

201080 egunean 省略

2011Vervo  監督:エドゥアルト・チャペロ≂ジャクソン(2012年ゴヤ賞歌曲賞ノミネート)

2014En tierra extraña 監督イシアル・ボリャイン

2014『フラワーズ』 省略

2014Lasa y Zabala 監督:パブロ・マロ

 

 

Loreak”『フラワーズ』データ

製作:Irusoin / Moriarti Produkzioak

監督:ジョン・ガラーニョ& ホセ・マリ・ゴエナガ

脚本:アイトル・アレギAitor Arregi ジョン・ガラーニョ/ホセ・マリ・ゴエナガ

製作者:アイトル・アレギ/ハビエル・ベルソサ Berzosa/フェルナンド・ラレンドLarrondo

撮影:ハビエル・アギーレ

音楽:パスカル・ゲーニュ

データスペイン、2014バスク語、99分 スペイン公開1017

サンセバスチャン映画祭オフィシャル・セレクション(922日)、チューリッヒ映画祭(928日)、ロンドン映画祭(1018日)など多数。

 

キャスト:ナゴレ・アランブル(アネ)、イジアル・アイツプル(テレ)、イジアル・イトゥーニョ(ルルデス)、ジョセアン・ベンゴエチェア(ベニャト)、エゴイツ・ラサ(アンデル)、ジョックス・ベラサテギ(ヘスス)、アネ・ガバライン(ハイオネ)、他


プロット
:三人の女性に人生の転機をもたらした花束の物語。平凡だったアネの人生に、ある日、匿名の花束が家に贈り届けられる。それは毎週同じ曜日、同じ時刻に届けられ、やがて、その謎につつまれた花束は、ルルデスとテレの人生にも動揺を走らせることになる。彼女たちが大切にしていたある人の記憶に結びついていたからだ。忘れていたと思っていた優しい感情に満たされるが、夫婦の間には嫉妬や不信も生れてくる。結局、花束は花束でしかない。これはただの花束にしか過ぎないものが三人の女性の人生を変えてしまう物語です。      (文責:管理人)  
                    

 


★監督紹介

*ジョン・ガラーニョJon Garano 1974年サンセバスチャン生れ、監督、脚本家、製作者、編集者。2001年短編“Despedida”でデビュー、短編、ドキュメンタリー(TVを含む)多数、短編“Miramar Street”(2006)がサンディエゴ・ラティノ映画祭でCorazón賞を受賞。長編第1作“Perurena”(バスク語2010)のプロデューサーがホセ・マリ・ゴエナガ、彼とコラボしてバスク語で撮った第2作“80 egunean”(“80 Days2010)が、サンセバスチャン映画祭2010の「サンセバスチャン賞」を受賞したほか、トゥールーズ・シネ・エスパニャ2011観客賞女優賞イジアル・アイツプル、マリアスン・パゴアゴ)、脚本賞を受賞したほか、受賞多数。イジアル・アイツプルは3作“Loreakでテレを演じている。


ホセ・マリ・ゴエナガ Jose Mari Goenaga1976年バスクのギプスコア生れ、監督、脚本家、製作者、編集者。短編“Compartiendo Glenda”(2000)でデビュー、長編第1作“Supertramps”(2004)、第2作がジョン・ガラーニョとコラボした“80 egunean”、受賞歴は同じ。本作が3作目となる。

 

   (チューリッヒ映画祭で歓迎を受ける両監督、左ゴエナガと右ガラーニョ、9月28日)

 

キャスト紹介

ナゴレ・アランブル(アネ役)Nagore Aranmburu:バスクのギプスコア(アスペイティア)生れ。1998TVドラマでデビュー、フェルナンド・フランコの“La herida”(2013、ゴヤ賞2014作品賞受賞他)に出演している。

イジアル・アイツプル(テレ役)Itziar Aizpuru1939年生れ。2003TVドラマでデビュー、前述の80 egunean以外の代表作はオスカル・アイバルの“El Gran Vazquez”(2010)、TVドラマ、短編など出演多数。

イジアル・イトゥーニョ(ルルデス役)Itziar Ituño1975年バスクのビスカヤ生れ。Patxi Barkoの“El final de la noche”(2003)の地方紙のデザイナー役でデビュー、サンセバスチャン映画祭のオフィシャル・セレクション外にエントリーされたパブロ・マロの“Lasa y Zabala”に出演(時間切れで未紹介ですが、1983年のETAのテロリズムがテーマ)。ほかバスク語のTVドラマに出演している。

 

第62回サンセバスチャン映画祭2014の大枠2014年05月20日 10:31

★第62回サンセバスチャン映画祭2014年の大枠が発表になりました。例年カンヌ映画祭との連携もありこの時期に発表になります。気が早いですが今年は、919()から27()になりました。昨年はブログ公園デビューで時間を取られ、受賞作品をUPしただけでしたが、今年はニュースが届き次第ご紹介したいと思っております。

 


★今年のポスターは簡素というか素っ気ないというか、写真でお分かりのようにグレー地に黒文字で上からスペイン語、バスク語、英語の順に「第62回サンセバスチャン映画祭」とあるだけのシンプルなもの。ポスターを紹介したチェマ・ガルシア・アミアノによれば、「映画祭の主役は無条件に上映作品だから、そちらを目立たせてポスターに余計なものは必要ない」ということのようです。ごもっともですがエントリー作品が良ければ問題なしですよ。去年はちょっぴり寂しかった記憶がありますから。2012年のポスターと比較すると、このシンプルさはちょっとしたセンセーションです。 


★本映画祭のディレターであるホセ・ルイス・レボルディノスは、「私はとても気に入っている、控えめできっぱりしている。オフィシャル以外の部門は、対照的にそれぞれ素敵で心を捉えるポスターになっている。2014年はスペイン映画とバスク映画にとって素晴らしい年になるだろう」と。主催者側は楽観主義者が多そうです。何作か候補は決まっているのか、「新人監督部門やホライズンズ・ラティノ部門に良い作品を揃えられるし、コンペも既に2作品が確定している」ということです。そのうちアナウンスされるでしょう。

 

2013年は、三大映画祭(カンヌ、ベネチア、ベルリン)の次を自負するなら、もう少し何とかなったのではという思いがありました。2012年が60周年という節目の年だったせいか頑張りすぎて、その反動があったような印象でした。経済効果もイマイチだったのではないか。米国に近いモントリオールやトロントの映画祭に時期が近いせいか、そちらに出品する傾向があるようです。次の作品を撮るには、やはり米国に売れるかどうかが重要なんだなぁ。

 


★三大映画祭といってもカンヌが飛びぬけているだけで、一番の老舗ベネチアも不便だからふんぞり返っていると後発のローマ映画祭に抜かれるかも。蚊取り線香が必要だし(笑)、ホテル代もカフェテリアもぼったくり値段になって、スペインの記者は行きたがらない。ベルリンは街中で足の便はよいが、2月と寒いしなぁ。サンセバスチャン映画祭の魅力は、映画以上にバルのタパス「ピンチョス」が、スペイン一美味しいということだね。料理に関する限り、ベネチアのようなぼったくりはないそうです。