ハビエル・バルデム、ドノスティア栄誉賞受賞*サンセバスチャン映画祭2023 ①2023年06月09日 10:51

             ドノスティア栄誉賞2023にハビエル・バルデム

 


  (ドノスティア栄誉賞受賞者ハビエル・バルデムを配した公式ポスター)

 

512日、第71回サンセバスチャン映画祭 SSIFF の大賞の一つドノスティア栄誉賞の発表がありました。上記のポスターで分かるように、オスカー、ゴールデングローブ、BAFTA7個のゴヤ賞、カンヌ、ベネチア、サンセバスチャンの男優賞受賞者であるハビエル・バルデムが、ドノスティア栄誉賞の受賞者になりました。授賞式はオープニングの922日(クロージングは30日)、本祭メイン会場オーディトリアム・クルサールです。今回のポスターはニコ・ブストスの写真に基づいた広告代理店 Dimensión の作品です。バルデムが今年の映画祭の顔になります。写真家ブストスは、90年代から頭角を現したスペインの写真家、ポートレートを得意としており、スペイン版「ヴォーグ」や「ハーパーズ・バザール」、「GQ」、「エル・パイス・セマナル」など各誌で活躍している。

 

★ハビエル・バルデムがサンセバスチャン映画祭に初めて登場したのは30年前の1993年、ビガス・ルナの「Huevos de oro」(『ゴールデン・ボールズ』)がコンペティション部門にノミネートされ、共演者のマリア・デ・メデイロス、マリベル・ベルドゥなどと一緒に参加している。既に同監督の『ルルの時代』(90)や『ハモンハモン』92)、アルモドバルの『ハイヒール』(91)などに出演、有望な新人として嘱目されていた。

    

    

      (初共演となったバルデムとクルス、『ハモンハモン』から

 

★受賞歴はオスカー以下3桁に及びますが、SSIFFでは、イマノル・ウリベ『時間切れの愛』と、ゴンサロ・スアレスの「El detective y la muerte」の2作で1994年の銀貝男優賞を受賞しているだけです。前者の主役カルメロ・ゴメスをおさえてのサプライズ受賞、マリサ・パレデスから手渡されたトロフィを手にしたまま感激の涙でスピーチできませんでした。今回のドノスティア栄誉賞が2回目となります。スペイン人の受賞者は6人目、因みに列挙しますと、1999年故フェルナンド・フェルナン≂ゴメス、2001年故パコ・ラバル、2008年アントニオ・バンデラス、2013年カルメン・マウラ、2019年ペネロペ・クルスの順でした。既にキャリア紹介をしていると思っていましたが記憶違い、日本語版ウイキペディアもありますが、字幕入りで鑑賞できる作品を中心に管理人視点で纏めてみました。

   

     

      (銀貝男優賞を受賞した『時間切れの愛』、右端がバルデム

 

ハビエル・バルデム(カナリア諸島ラス・パルマス196954歳)、母方の祖父母はスペイン映画黎明期に活躍した俳優ラファエル・バルデム、女優ピラール・バルデム(肺疾患で2021年没)を母に、牧場主だった父ホセ・カルロス・エンシナス(2002没)との間に生まれた(のち両親は離婚)。監督フアン・アントニオ・バルデムは伯父、俳優で作家のカルロスは兄、女優モニカは姉、プロデューサーのミゲルは従兄、とバルデム家はシネアスト一家である。2010ペネロペ・クルスと結婚、子供は11女。子役として6歳で映画デビューしているが、本格的なデビューは21歳、母親と出演したビガス・ルナの『ルルの時代』である。90年代で特筆すべきは初めてゴヤ賞を受賞した『時間切れの愛』の演技、英語に挑戦した『ペルディータ』出演、英語がイマイチで出演を渋っていたが、新人発掘の名監督ビガス・ルナから「これからは英語ができないと世界に通用しない」と助言され猛勉強して出演した由。これが後にオスカー像獲得に繋がった。

   

       

          (今は亡き母ピラール・バルデムと、2016年)

 

1990年代の出演作&受賞歴

1990年『ルルの時代』監督ビガス・ルナ

1991年『ハイヒール』監督ペドロ・アルモドバル

1992年『ハモンハモン』監督ビガス・ルナ

1993年『ゴールデン・ボールズ』同上

1994『時間切れの愛』監督イマノル・ウリベSSIFF男優賞ゴヤ賞助演男優賞受賞

1994年「El detective y la muerte」監督ゴンサロ・スアレス

1995年『電話でアモーレ』監督マヌエル・G・ペレイラ、ゴヤ賞主演男優賞

    CECメダル受賞

1997年『ペルディータ』監督アレックス・デ・ラ・イグレシア、最初の英語映画

1997年『ライブ・フレッシュ』監督ペドロ・アルモドバル

1999年『スカートの奥で』監督マヌエル・ゴメス・ペレイラ

1999年『第二の皮膚』監督ヘラルド・ベラ

CECメダル、シネマ・ライターズ・サークル賞

 

2000年からの活躍は目を瞠る、ジュリアン・シュナーベルによって映画化されたキューバの作家レイナルド・アレナスのビオピック『夜になるまえに』00主演で、ベネチア映画祭主演男優賞であるヴォルピ杯を受賞、他全米映画批評家協会賞など受賞歴多数。初めてアカデミー賞主演男優賞、ゴールデングローブ賞などにノミネートされ、同じスペイン語でもキューバ訛りを特訓して撮影に臨んだ。英語はジョン・マルコビッチの監督デビュー作、犯罪スリラー『ダンス オブ テロリスト』(02DVD)でも役だった。ニコラス・シェイクスピアの同名小説 The Dancer Upstairs の翻案だが劇場公開されなかった。

    

    

    (『夜になるまえに』でヴォルピ杯を受賞、第57回ベネチアFF2000ガラ

 

2002年、フェルナンド・レオン・デ・アラノアの『月曜日にひなたぼっこ』で2回目のゴヤ賞主演男優賞を受賞した。続くアレハンドロ・アメナバルの尊厳死をテーマにした『海を飛ぶ夢』042回目のヴォルピ杯、3回目のゴヤ賞主演男優賞、ヨーロッパ映画賞男優賞などを受賞した。連日 6 時間に及ぶ特殊メイクが話題になった。アメナバル監督はオスカー像を手にすることができた。

   

   

      (特殊メイクでそっくりさんになった『海を飛ぶ夢』のバルデム)


★そしてオスカー俳優になったのが、ジョエル&イーサン・コーエン兄弟のスリラー『ノーカントリー』07)の殺し屋シガー役、へんてこりんなオカッパ頭で平然と人を殺す役だった。2007年から翌年にかけてアメリカのみならず国際映画祭の受賞ラッシュに沸いた作品でしたが、バルデム自身も第80アカデミー賞助演男優賞を受賞、以下20数ヵ所の国際映画祭で男優賞を受賞している。2008年、初めてのウディ・アレン映画、コメディ『それでも恋するバルセロナ』で、後に結婚することになるペネロペ・クルスと離婚夫婦を演じた。彼女は第81回アカデミー賞助演女優賞を受賞、オスカー女優となり、2年連続でスペイン俳優がオスカーを手にしたことになる。

   

  

 (殺し屋シガーに扮したバルデム)

   

  

    (オスカー像を手にしたバルデム、アカデミー賞2008ガラ)

 

2000年代の主な出演作&受賞歴

2000『夜になるまえに』監督ジュリアン・シュナーベル、ベネチアFF

   男優賞ヴォルピ杯受賞

2001年『ウェルカム!ヘヴン』監督アグスティン・ディアス・ヤネス

2002年『ダンス オブ テロリスト』監督ジョン・マルコビッチ

2002年『月曜日にひなたぼっこ』監督フェルナンド・レオン、ゴヤ賞主演男優賞受賞

2004年『コラテラル』監督マイケル・マン

2004年『海を飛ぶ夢』監督アレハンドロ・アメナバル、ベネチアFF男優賞ヴォルピ杯、

    ゴヤ賞主演男優賞、ヨーロッパ映画賞男優賞

2006年『宮廷画家ゴヤは見た』監督ミロス・フォアマン

2007年『コレラの時代の愛』監督マイク・ニューウェル

2007年『ノーカントリー』監督ジョエル&イーサン・コーエン、

   アカデミー賞助演男優賞、他多数

2008『それでも恋するバルセロナ』監督ウディ・アレン

 

2010年以降では、メキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥBIUTIFULビューティフル』10)、バルセロナを舞台に霊能力のある裏社会で生きる男に扮した。カンヌ映画祭でプレミアされ、男優賞を受賞した。他4回目のゴヤ賞主演男優賞を受賞、アカデミー賞と英国アカデミー賞BAFTAには主演男優賞にノミネートされた。サム・メンデス007 スカイフォール』12)でサイバーテロリストの複雑な悪役に挑戦、BAFTA助演男優にノミネートされた。

     

         

      (アレハンドロ・G・イニャリトゥの『BIUTIFULビューティフル』)

 

★フェルナンド・レオンの『ラビング・パブロ Loving Pablo17)でコロンビアの麻薬王エスコバルに、愛人の作家ビルヒニア・バジュッホにペネロペ・クルスが扮し、夫婦共演となった。作家の回顧録がベースになって映画化された。製作はスペインだが言語が最初のスペイン語から英語に変更されたという経緯があった。ドラマのパブロ役のなかでも一番実像に近いと評判になった。カンヌ常連のイラン人監督アスガル・ファルハディ『誰もがそれを知っている』でも共演が続き、公私の切り替えに苦労した。本作はカンヌFF 2018のオープニングを飾っている。彼は2年連続でゴヤ賞主演男優賞にノミネートされた。両作とも当ブログで作品紹介をしている。

          

         

          (エスコバル役のバルデム、愛人役のクルス

        

アーロン・ソーキンの伝記映画『愛すべき夫妻の秘密』21)にニコール・キッドマンと共演、二人ともアカデミー賞とゴールデングローブ賞2022の主演男優・女優賞の候補となった。バルデムのオスカー賞ノミネートは4回目であり、うち受賞は『ノーカントリー』である。本作はプライムビデオで配信されている。同年サンセバスチャン映画祭で話題を呼んだのが、フェルナンド・レオン・デ・アラノアのコメディ「El buen patrón」(英題「The Good Boss」)、翌年ゴヤ賞主演男優賞を受賞した。

   

     

      (ゴヤ賞2022主演男優賞)

   

         

       (7個目のゴヤ賞となった「El buen patrón」のポスター)

 

7個目のゴヤ胸像となるが、うち一つはアルバロ・ロンゴリアのドキュメンタリー「Hijos de las nubes, última colonia」(12)の製作者として受賞した。西サハラの植民地化により20万人近い人々が難民となって暮らすキャンプの実態を記録している。バルデム家は伯父フアン・アントニオ、母ピラール、兄カルロスとも政治的発言を躊躇しないことで知られている。その他プロデューサーとしてビガス・ルナのビオピック「Bigas × Bigas」(16)、アルバロ・ロンゴリアのドキュメンタリー「Santuario」(19)には兄カルロスと出演と製作を手掛けている。最新作はまもなく日本でも公開されるロブ・マーシャル『リトル・マーメイド』のトリトン王役、1989年ディズニー製作のアニメーションの実写リメイクである。

    

     

      (兄カルロスとハビエル、ドキュメンタリー「Santuario」から)

 

2010年以降の主な出演作&受賞歴

2010年『BIUTIFULビューティフル』監督アレハンドロ・G・イニャリトゥ、

    カンヌ映画祭男優賞ゴヤ賞主演男優賞

2010年『食べて、祈って、恋をして』監督ライアン・マーフィー

2012年『007 スカイフォール』監督サム・メンデス

2012年「Hijos de las nubes, última colonia」製作者。監督アルバロ・ロンゴリア、

    ゴヤ賞ドキュメンタリー賞を共同で受賞

2013年『悪の法則』監督リドリー・スコット

2013年「Alacrán enamorado」監督サンティアゴ・サンノウ、兄カルロスが脚本を執筆

2015年『ザ・ガンマン』監督ピエール・モレル

2016年『ラスト・フェイス』(DVD)監督ショーン・ペン

2016年「Bigas× Bigas」製作者。監督ビガス・ルナ&サンティアゴ・ガリード・ルア

2017年『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』(シリーズ5作目)

       監督ヨアヒム・ローニング

2017年『マザー!』(DVD)監督ダーレン・アロノフスキーのサイコスリラー

2017年『ラビング・パブロ Loving Pablo』監督フェルナンド・レオン、ゴヤ賞ノミネート

2018年『誰もがそれを知っている』監督アスガル・ファルハディ、ゴヤ賞ノミネート

2019年「Santuario」ドキュメンタリー、製作・出演。監督アルバロ・ロンゴリア

2020年『選ばなかったみち』監督サリー・ポッター

2021年『愛すべき夫妻の秘密』監督アーロン・ソーキン、

       アカデミー賞他主演男優賞ノミネート

2021年「El buen patrón」監督フェルナンド・レオン、ゴヤ賞主演男優賞、

   フォルケ賞受賞

2023年『リトル・マーメイド』監督ロブ・マーシャル

     

★以上が主なフィルモグラフィーですが、その数の多さには改めて驚かされます。以下はサンセバスチャン映画祭関連の代表的な上映作品です。その他、ジョン・マルコビッチ、ロバート・デ・ニーロ、ジュリア・ロバーツなどドノスティア栄誉賞受賞者のプレゼンターとして、また2008年の映画国民賞受賞の折にも現地入りしている。授与式はSSIFF開催中が恒例となっている。

 

1997年『ペルディータ』ベロドロモ部門

1998年『ライブ・フレッシュ』メイド・イン・スペイン部門

2000『夜になるまえに』サバルテギ-ペルラス部門

2002年『ダンス オブ テロリスト』サバルテギ-ペルラス部門

2002年『月曜日にひなたぼっこ』コンペティション部門

2008『それでも恋するバルセロナ』サバルテギ-ペルラス部門

2010年『食べて、祈って、恋をして』コンペティション部門

2012年「Hijos de las nubes, última coloniaメイド・イン・スペイン部門

2016年「Bigas× Bigas」セクション・オフィシアルの特別上映

2017年『ラビング・パブロ Loving Pabloベロドロモ部門

2019年「Santuario」ペルラス部門

2021年「El buen patrón」コンペティション部門

     

  ハビエル・バルデム関連記事

母ピラール・バルデムの紹介記事は、コチラ20170613

『ラビング・パブロ Loving Pablo』の作品紹介は、コチラ20170809

『誰もがそれを知っている』の作品紹介は、コチラ20180508

『愛すべき夫妻の秘密』記事は、コチラ20220211

El buen patrón」の作品紹介は、コチラ20210810

ハビエル・バルデムのキャリア紹介は、コチラ20181017

 

映画国民賞2023の受賞者はカルラ・シモン2023年06月12日 15:58

   『悲しみに、こんにちは』の監督、カルラ・シモンが映画国民賞を受賞

 

      

 

★去る61日、2023年度の映画国民賞の発表がありました。2017年のデビュー作『悲しみに、こんにちは』(「Verano 1993」カタルーニャ語)と、昨年の金熊賞受賞作「Alcarràs」(カタルーニャ語)のたった2作しか長編は撮っていないカルラ・シモン(バルセロナ1986)が受賞することになりました。いやはや驚きました。映画国民賞史上2番目の36歳という若さでの受賞、最年少は1995年度のカルメロ・ゴメス、前年のイマノル・ウリベの『時間切れの愛』の凄みのある演技が認められました。3番目が2013年のフアン・アントニオ・バヨナ監督の38歳、前年の『インポッシブル』の爆発的な興行成績や国際的な活躍が評価され、文句なしの受賞でした。傾向として受賞対象は前年度の活躍に焦点が当てられることが多い。因みに2022年ペネロペ・クルス、2021年ホセ・サクリスタン、2020年イサベル・コイシェ、2019年アントニオ・バンデラス、2018年ホセ・ルイス・ガルシ・・の順。

   

     

       (デビュー作『悲しみに、こんにちは』オリジナルポスター

 

★本賞は毎年文化スポーツ省が授与するため、フェルナンド・トゥルエバのように国からのご褒美はいっさい受け取りたくないと辞退する人が出て、恥をかきたくない政府は、それ以来発表前に一応打診してから発表することにしている(結果的にはトゥルエバも説得されてもらっている)。過去には2人のこともありましたが、原則11人、副賞は30.000ユーロと決して高額ではありませんが、ゴヤ賞より格上です。審査員は、今回は委員長ICAA総ディレクターのベアトリス・ナバス・バルデス、副委員長ICAAプロモーション、国際関係局次長カミロ・バスケス、委員にスペイン映画アカデミー会長フェルナンド・メンデス・レイテ、CIMA女性映画製作者・視聴覚メディア協会パトリシア・ロダ、ミリアム・ロレンソ、グレゴリオ・ベリンチョン、コルド・スアスア、などの映画監督、映画コラムニストが大勢で審査する。

 

★審査員は「世界で最もレベルの高い映画祭の一つベルリン映画祭金熊受賞により、スペイン映画を国際舞台に位置づけた」と評価した。文化省は「この賞は、物語と登場人物の構成における自然さと正確さが、社会問題を視点にしたリアリズムとフィクションを知的かつ厳密に調和させたことで、私たちの映画史のある道標となった。さらに私たちの社会と文化を特徴づけ豊かにする言語の多様性を調和の取れたかたちで組み入れている」という声明をだした。

 

★受賞の報を受けて「驚いた」というシモン監督、というのも「Alcarràs」の金熊賞受賞、オスカー賞スペイン代表作品など受賞歴を誇っていたにもかかわらずゴヤ賞は無冠だったからです。ゴヤ賞には作品・監督を含む11部門にノミネートされていた。各国ともアカデミー賞はアカデミー会員の投票で決定する。審査員はなく完全に民主的なはずです。会員はロドリゴ・ソロゴジェンの『ザ・ビースト』に投票した経緯があった。このゴヤ賞の件が国民賞に影響したどうか、やはり気になるところです。本賞の審査員が「どんな議論をしたか知る立場にないので、ゴヤのことが関係したかどうか分からない。いずれにせよ、私はそれが民主的なもと考えているし、それが映画を変えるものではない」とシモンはコメントしている。ゴヤ賞無冠の埋め合わせでないと信じたい。

     

   

(「Alcarràs」金熊賞のトロフィを手にした監督、ベルリン映画祭2022216日)

 

シモンが6歳のとき両親はエイズで亡くなり、新しい家族である叔父夫婦に引き取られる。デビュー作『悲しみに、こんにちは』(ゴヤ賞2018監督賞受賞)は、彼らとの生活に適応せざるをえなかった「1993年の夏」を描いた作品である。第2Alcarràs」も自伝的な要素が含まれた作品、ベネチア映画祭2022に出品された短編「Carta a mi madre para mi hijo」(25分、スペイン語)もマネルという小さい息子のいる母親への映画的なラブレターである。

    

         

        (短編「Carta a mi madre para mi hijo」のポスター)

 

★ベネチアFF当時2ヵ月になった我が子マネルを妊娠中にスーパー8ミリで撮影された。監督自身も出演しているが、監督の非常に個人的な回想や映像、アンヘラ・モリーナ、セシリア・ゴメスが出演する架空のシーンで構成されたフィクションです。モリーナがマネルの祖母になるのだが、「私の母は自分が祖母になっていたことを知ることはないし、マネルもその祖母を決して知ることはない」とシモン。ベネチアには父親の腕に抱かれたマネルも一緒だった。彼女の尊敬するアンヘラ・モリーナが出演を受けてくれたことでスタートした。彼女がイメージする母親像に雰囲気が似ているということらしい。

    

  

             (短編出演のアンヘラ・モリーナ)

     

★彼女の映画の中心軸は家族に絞られる。「両親について知ってることは殆どありません。叔父や祖父母を介しての話、写真、ビデオの断片、自宅の引き出しに保管している両親の私物から記憶のパズルを嵌めていく。エイズで亡くなったということで、事実を隠したり、それぞれが主観的な非常に異なったバージョンで情報を私に伝えた。それが私にフラストレーションを起こさせました。人生を通じて私が取りくんできたことは、いくつかの断片を搔き集めて何かを発明しなければならなかったのです」と語っている。

 

★次作「Romería」のテーマも家族が中心、「家族の思い出と、それにアクセスできなくなったときに何が起こるかについて少し語ります。これで私の家族三部作を完結させたい。新作の舞台は田舎ではないでしょう」ということです。また独立系の映画製作者について「新しい世代には共通点があって、非常に少ない資金で作り始めたということです。それが私たちに、何かを探したり、試したりする感覚を与えました。俳優の演技については、以前のスペイン映画を少し打破したものになっています」と。

 

★新世代の女性監督の輩出には目覚ましいものがあり、列挙するなら、『ザ・ウォーター』のエレナ・ロペス・リエラ、『リベルタード』のクララ・ロケ、『スクールガールズ』のピラール・パロメロ、『カルメン&ローラ』のアランチャ・エチェバリア、『家族との3日間』のマル・コル、「La novia」のパウラ・オルティス、「La hija de un ladrón」のベレン・フネスなど枚挙に暇がない。なかでもカルラ・シモンは「・・・非常に短期間に質の高い映画を世界中の観客に届けることに成功した新世代の代表でもある。間違いなく、彼女はスペイン映画が今経験している偉大な瞬間の基準となる一人です。同時に新型コロナウイルスのパンデミック後の困難な時期に映画館の開館を促進してくれた」と声明で審査員は強調した。つまりロングランで映画産業にも寄与したことが理由の一つだった。

   

    

  (新世代シネアルト、エチェバリア、シモン、ロケ、フネス、パロメロ)

 

★映画国民賞の授与式は、サンセバスチャン映画祭2023916日~27日)の会期中に、文化スポーツ大臣によって手渡されるのが恒例になっています。

『悲しみに、こんにちは』の作品紹介は、コチラ⇒2017年02月22日

Alcarràs」の作品紹介は、コチラ⇒2022年01月27日

 マラガ映画祭2023才能賞受賞の記事は、コチラ⇒2023年03月19日

新世代監督エレナ・トラぺの3作目「Els encantats」公開2023年06月21日 16:11

          ゴヤ賞主演女優賞を受賞したライア・コスタが主演

 

      

 

エレナ・トラぺ3作目「Els encantats / Los encantados」は、ゴヤ賞2023主演女優賞を受賞したライア・コスタをヒロインにしたドラマ。コスタはアラウダ・ルイス・デ・アスアのデビュー作「Cinco lobitos」での演技が評価されての受賞でした。監督自身も新人監督賞を受賞するなど昨年の話題作でした。

 

★今回ご紹介するトラペの3作目「Els encantats / Los encantados」(仮題「魔法にかけられて」)は、今年のマラガ映画祭コンペティション部門に正式出品されました。監督は銀のビスナガ脚本賞を共同執筆者のミゲル・イバニェス・モンロイと受賞しています。マラガには監督以下、トラペ映画を手掛けるエグゼクティブプロデューサーのマルタ・ラミレス、キャスト陣ではダニエル・ペレス・プラダアイナラ・エレハルデなどが現地入りしました。昨今では珍しくもない自分探しがテーマのようにみえますが、脚本賞を受賞しただけに中々一筋縄ではいかない捻りがあるようです。ライア・コスタによる素晴らしいパフォーマンスとも相まって、ときには痛みを伴うが表層的ではないというポジティブな批評が多い。

    

    

(エレナ・トラぺ、マラガ映画祭2023フォトコール)

   

    

(左から、ダニエル・ペレス・プラダ、3人目がエレナ・トラぺ、マルタ・ラミレスなど)

 

      

            (ミゲル・イバニェスとエレナ・トラぺ、マラガFF2023授賞式)

 

★長編2作目「Les distàncies / Las destancias」は、マラガ映画祭2018でプレミアされ、金のビスナガ作品賞、トラペ自身も監督賞を受賞した。その後、釜山、カリ、ナント、トゥールーズなどの映画祭巡りをして、翌年のガウディ作品賞、サンジョルディ撮影賞を受賞するなどした。両作とも人生の岐路に立つ30代後半を登場人物に据えているが、こちらは2008年のリーマンショックで他国への出稼ぎを余儀なくされたミレニアル世代(198196年生れ)の幻滅を描いており、新作のように母親になること、離婚などには踏み込んでいない。監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は以下にアップしています。

 

Els encantats」の作品紹介は、コチラ20230306

Les distàncies / Las destancias」の作品&フィルモグラフィー紹介は、

  コチラ20180427

   

          

         (第2作「Les distàncies」のスペイン語版ポスター)

 

 

 「Els encantats / Los encantados」(「The Enchanted」)

製作:Coming Soon Films / A Contracorriente Films / RTVE / TVC / ICAA  他

監督:エレナ・トラぺ

脚本:エレナ・トラぺ、ミゲル・イバニェス・モンロイ

音楽:アンナ・アンドリュー

撮影:パウ・カステジョン・ウベダ

美術:イレネ・モントカダ

編集:ソフィア・エスクデ

プロダクションディレクター:エリサ・シルベント

キャスティング:アンナ・ゴンサレス・パスクアル

メイクアップ&ヘアー:ラウラ・ガルシア

衣装デザイン:マルタ・ムリージョ

音響:ナチョ・オルトゥサル、ラウラ・ディエス

製作者:マルタ・ラミレス(エグゼクティブ)、アドルフォ・ブランコ、フェルナンド・リエラ、マヌエル・モンソン、リュイス・ルスカレダ、他

 

データ:製作国スペイン、2023年、カタルーニャ語、ドラマ、108分、撮影地カタルーニャ州ピレネー山脈沿いのアンティスト(Vall Fosca)、配給A Contracorriente Films  公開スペイン202362

映画祭・受賞歴:第26回マラガ映画祭2023コンペティション部門にノミネート、脚本賞受賞。

 

キャスト:ライア・コスタ(イレネ)、ダニエル・ペレス・プラダ(友人エリック)、ペップ・クルス(祖父アグスティ)、アイナ・クロテット(隣人イングリット)、アイナラ・エレハルデ(隣人ジーナ)、デリア・ブルファウ(マルタ)、カルロス・ディ・ロス(ギジェルモ)、他

 

ストーリー:離婚手続き中のイレネは、4歳になる娘が父親と数週間過ごすことになり、初めて一人で自分自身に向き合うことになる。この新しい現実に適応できず、実家のあるカタルーニャのピレネー山脈近くの小さな村に出掛けようと思い立つ。長いあいだ失ったと感じていた安定と落着きを取り戻そうと考えたのだ。しかし、記憶のなかでは親しい場所であったのに、次第に自分の人生と同じようにイレネを圧倒するようになり、逃避からは何も得られないことを理解する。岩の割れ目には何かの生き物が住んでおり、夜になると出てくる。あまり近づきすぎると、あなたは彼らを愛するようになり、永遠にここに止まることになるという、カタルーニャの伝説が語られる。場所は魔法のように人を癒すことはできない。

   

      

         (岩の割れ目を覗くイレネ、フレームから)

 

★マラガ映画祭の紹介記事と重なりますが、公開されたことで情報が入手しやすくなったので、加筆して再構成しました。フランコ体制が終わった1976年生れの監督はミレニアル世代には属しておりませんが、スペインを壊滅的にした経済危機をもろに受けています。若者の失業率は6070%を超え、EUのお荷物といわれたスペイン、日本でも若者の非正規雇用が大量に発生、霞が関も大企業も無視続けた結果、経済の二極化が進んだ。「失われた30年」として、原因やその責任を問われぬまま延々と30年も続いている。30年で終止符をうつのか、40年に突入するのか。このミレニアル世代特有の「もう、うんざり」感が表面的には語られないが、奥深くに見え隠れするのではないか。監督は「時間が記憶を美化しただけのような牧歌的な田舎のノスタルジックな映画を打破したい」とコメントしている。

 

     

          (撮影中の監督とイレネ役のライア・コスタ)

 

★イレネを怖ろしい苦痛感から逃れさせるために、監督は彼女をピレネー山脈の近くにある村に逃避させます。両親が所有する家があるからです。しかし風光明媚な田舎も単なる場所でしかなく、イレネは最終的には新たな厳しい現実に直面する。場所は魔法のように人を癒すことはできない。初めて離れて暮らす娘の様子を電話で尋ねる、そう、イレネは母親なのだ。村の若い女性ジーナとその友人たちとのコントラスト、監督は世代間の違いを繊細に描いていく。内省的な映画ではあるが、イレネを体現するライア・コスタの自然な演技は注目に値するだろう。因みにジーナを演じたアイナラ・エレハルデ(バルセロナ2001)は、苗字からも分かるようにカラ・エレハルデの娘で本作でデビューした。目下売り出し中、将来が期待される新人です。

   

      

            (最近のアイナラ・エレハルデ)

 

★トラペ監督は、公開時にエル・パイスのインタビューに以下のように応えています。カタルーニャ語で行われたようですが、スペイン語に翻訳されたのをつまみ食いしてピックアップします。「へえー、そうなの?」、またはスペイン民主主義移行期の少女たちの興味深い片鱗を窺うこともできる。

 

Q: 最近のスペイン映画はなぜ田舎かや山へ脱出するのが多いのでしょうか。

A: 私の場合、山は主人公に起こる多くのことを触媒します。主人公は痛みに直面するからです。映画に登場するものはすべて本物で名前を変更せず、ストーリーをここに統合しようとしました。しかし、私はこの村の環境を、都会の人がもっている理想的な美的体験から見ていることを認めます。

 

Q: 2作目「Les distàncies」のあと、TVシリーズ『エリート』を手掛けていますが、混乱することはありませんか。

A: まったくありません。TVプロジェクトで多くのことを学びました。新作を撮影する方法を見つけたのも「Rapa」や『エリート』を手掛けたおかげです。

管理人:ハビエル・カマラ主演の犯罪スリラー「Rapa」(12話、2223)では、20223話を監督している。他にも「HIT」(30話、20216話、最新作「Yo, adicto」(23)では6話を手掛けている。

 

Q: あなたが最も多く観た映画は何でしょうか。

A: 『クレイマー、クレイマー』です。

管理人:少し意外でしたが、日本でもヒットしました。1979年製作、ロバート・ベントン監督、主演はダスティン・ホフマン、メリル・ストリープ。

 

Q: 子供時代を思い出させる映画があるでしょうか。

A: 姉と私が好きだったのは、一つは『何かいいことないか子猫チャン』、もう一つは『掠奪された七人の花嫁』です。

管理人:前者は1965年製作、クライヴ・ドナー監督、ピーター・オトゥール、ピーター・セラーズ主演のコメディ、ウディ・アレンが脚本と脇役でも出演しています。後者は1954年製作、スタンリー・ドーネン監督のミュージカル映画、海外のクラシック映画が80年代に公開されたのでしょうか、当時スペインは吹き替えが一般的でした。

 

Q: あなたの映画に出てほしい女優は誰でしょうか。

A: オリヴィア・コールマン

管理人:日本でも人気の高いオスカー女優、『女王陛下のお気に入り』でアカデミー主演女優賞、『ファーザー』、TVシリーズのエリザベス2世役でお馴染みです。

 

Q: ペドロ・アルモドバル、ビクトル・エリセ、ピラール・ミロ、いずれか選択してください。

A: ペドロ・アルモドバル

 

Q: J. A. バヨナ、アルベルト・セラ、イサベル・コイシェ、いずれか選択してください。

A: イサベル・コイシェ

管理人:これは聞くまでもありません。2004年、トラペはバルセロナ大学付属上級映画学校ESCAC監督科出身でコイシェの薫陶を受けています。J. A. バヨナもESCAC出身。コイシェについてのドキュメンタリー「Palabras, mapas, secretos, otras cosas」(1558分)は、ロス、ポートランド、ニューヨーク、ベルリン、バルセロナを巡ります。コイシェの映画に出演したティム・ロビン、菊地凛子などが登場します。

    

      

            (イサベル・コイシェ、フレームから) 

 

Q: 最近あなたを魅了した映画はなんでしょうか。

A: ジェイミー・ダックのデビュー作「Palm Trees and Power Lines」をFilminで観ました。地味ですが繊細で壊滅的な映画だと思いました。俳優が素晴らしくて魅了されました。

管理人: Filminというのは独立系映画のストリーミングに特化した映画配給会社、バルセロナに本社があり、スペインでは多くの人が加入している。バジャドリード映画祭2022で「Nunca llueve en California」として上映された。

 

Q: 誰もが賞賛する映画監督はどなたでしょう。

A: アレクサンダー・ペイン

管理人:アレクサンダー・ペイン(1961)はアメリカの監督、脚本家。代表作『サイドウェイ』(04)、『ファミリー・ツリー』(11)など。

 

Q: 映画化したい本がありますか。

A: ニック・ドルナソのグラフィックノベル Sabrina です。

管理人:ニック・ドルナソは漫画家、イラストレーター。Sabrina 2018)はグラフィックノベルとして初めてブッカー賞の候補になった。本邦でも2019年『サブリナ』として翻訳本が刊行されている。

 

Q: 今、ナイトテーブルにある本は何でしょう。

A: マギー・オファーレル El retrat de matrimoni です。

管理人:マギー・オファーレル(北アイルランド1954)の原作 The Marriage Portrait2022刊)は、15歳で政略結婚させられ、16歳で生涯を閉じたルクレツィア・ディ・コジモ・デ・メディチについて語ります。『ルクレツィアの肖像』として翻訳書がまもなく出版されます。(629日刊)

 

Q: いま読みかけている本は何でしょうか?

A: オーシャン・ヴオン On Earth Were Briefly Gorgeous です。

管理人:オーシャン・ヴオン(ベトナムのホーチミン1988)はアメリカの作家、詩人。この長編小説は『地上で僕らはつかの間きらめく』(2019年刊)という邦題で翻訳書が出ています。

 

Q: 尊敬するミュージシャンは?

A フランコ・バッティアート

管理人:イタリアのシンガーソングライター(19452021)。

 

★まだインタビューは続きますが、映画と離れていくのでお開きといたします。