チリ映画『ナチュラルウーマン』セバスティアン・レリオ2018年03月16日 17:15

                  「私らしく」自分に正直に生きるのは難しい

 

     

セバスティアン・レリオUna mujer fantástica『ナチュラルウーマン』の邦題で公開されました(公開中)。ベルリン映画祭2017にノミネートされて以来、監督フィルモグラフィーを含めて紹介記事を書いてきましたが、第90アカデミー賞外国語映画賞受賞を機に改めて再構成いたしました。先日発表された第5イベロアメリカ・プラチナ賞2018(メキシコのリビエラ・マヤで4月開催)にも作品賞を含めて最多の9部門にノミネートされるなど、依然として勢いは止まりません。前作『グロリアの青春』とメイン・テーマは繋がっています、それは一言でいえば威厳をもった<不服従>でしょうか。

 

  

(オスカー像を手にスピーチする監督、後列左から、フアン・デ・ディオス・ラライン、

ダニエラ・ベガ、フランシスコ・レイェス、パブロ・ラライン、アカデミー賞授賞式にて)

 

 『ナチュラルウーマン』(原題Una mujer fantástica英題「A Fantastic Woman」)

製作:Fabula(チリ)/ Participant Media(米)/ Komplizen Film(独)/ Setembro Cine(西)/

    Muchas Gracias(チリ)/ ZDFARTE(独)

監督:セバスティアン・レリオ

脚本:セバスティアン・レリオ、ゴンサロ・マサ

音楽:マシュー・ハーバート、ナニ・ガルシア(コンポーザー)

撮影:ベンハミン・エチャサレッタ

編集:ソレダード・サルファテ

美術・プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン

衣装デザイン:ムリエル・パラ

 

製作者:フアン・デ・ディオス・ラライン、パブロ・ラライン、セバスティアン・レリオ、ゴンサロ・マサ、(共同)ヤニーネ・ヤツコフスキ、ヨナス・ドルンバッハ、フェルナンダ・デ・ニド、マーレン・アデ、(エグゼクティブ)ジェフ・スコール、ベン・フォン・ドベネック、ジョナサン・キング、ロシオ・ジャデュー、マリアン・ハート

 

データ:製作国チリ=ドイツ=スペイン=米国、スペイン語、2017年、ドラマ、104分、撮影地チリのサンティアゴ。映画祭・限定上映をを除く公開日:チリ201746日、ドイツ同年77日、スペイン同年1020日、米国201822日、日本同年224

 

映画祭・受賞歴:第67回ベルリン映画祭2017正式出品(脚本銀熊賞、エキュメニカル審査員賞スペシャル・メンション、テディー賞)、第65回サンセバスチャン映画祭2017(セバスティアネ・ラティノ賞)、リマ映画祭2017審査員賞、女優賞)、イベロアメリカ・フェニックス賞(作品賞、監督賞、女優賞)、インディペンデント・スピリット賞(外国映画賞)、ナショナル・ボード・オブ・レビュー2017(外国語映画Top 5)、ハバナ映画祭(審査員特別賞、女優賞)、フォルケ賞2018(ラティノアメリカ映画賞)、ゴヤ賞(イベロアメリカ映画賞)、パームスプリングス映画祭(シネラティノ審査員栄誉メンション、外国映画部門の女優賞)、米アカデミー賞外国語映画賞受賞、以上が主な受賞歴。ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞ノミネート以下、多数の国際映画祭ノミネーションは割愛。

 

主なキャスト(『』は公開・映画祭などで紹介された作品)

ダニエラ・ベガ(マリーナ・ビダル)

フランシスコ・レイェス(オルランド・オネット・パルティエル)、『マチュカ』『ネルーダ』『ザ・クラブ』

ルイス・ニェッコ(オルランドの兄弟ガボ)、『ネルーダ』『No』『泥棒と踊り子』

アリネ・クッペンハイム(オルランドの元妻ソニア・ブンステル)、『マチュカ』『サンティアゴの光』

ニコラス・サアベドラ(オルランドの長男ブルーノ・オネット・ブンステル)

アントニア・セヘルス(レストラン店主アレサンドラ)、『No』『ネルーダ』『ザ・クラブ』

トリニダード・ゴンサレス(マリーナの姉ワンダ・ビダル)、『ボンサイ盆栽』『ネルーダ』

アンパロ・ノゲラ(刑事アドリアナ・コルテス)、『トニー・マネロ』『No』『ネルーダ』

セルヒオ・エルナンデス(声楽教師)、『聖家族』『泥棒と踊り子』『No』『グロリアの青春』

アレハンドロ・ゴイク(医師)、『家政婦ラケルの反乱』『ザ・クラブ』

クリスティアン・チャパロ(マッサージ師)、『モーターサイクル・ダイアリーズ』『ネルーダ』

ディアナ・カシス(サウナ受付)

エドアルド・パチェコ(パラメディコ)、『サンティアゴの光』『見間違うひとびと』

ネストル・カンティリャーノ(ガストン)、『No』『ネルーダ』

ロベルト・ファリアス(警察医)、『サンティアゴの光』『No』『ザ・クラブ』『ネルーダ』

ディアブラ(マリーナの愛犬)

 

物語:心と体の性が一致しないトランスのマリーナ・ビダルの自己肯定と再生の物語。サンティアゴ、マリーナは昼間はレストランのウエイトレス、夜はナイトクラブの歌手として働いている。父親ほど年の離れたパートナーのオルランドと平穏に暮らしていた。二人でマリーナの誕生日を祝った夜、オルランドは激しい発作のあと脳動脈瘤のため帰らぬ人となった。マリーナを待ち受けていたのは、理不尽な社会の偏見、彼の家族の非難と暴力の的になることだった。すべてを失ったマリーナの反逆と尊厳を目にした観客は、亡き人の幻影に導かれ風雨に立ち向かう毅然としたマリーナと共に旅に出ることになる。                     (文責:管理人)

 

      時代で変わる「トランスジェンダー」の語義―「みんなトランスです」

 

A: アカデミー賞外国語映画賞最有力候補、公開前のダニエル・ベガ来日など、チリ映画としては話題の豊富な作品でした。日本でのセバスティアン・レリオの知名度がどれくらいか分かりませんが、前作の『グロリアの青春』を気に入った方にはお薦め作品です。

B: ヒロインのマリーナ・ビダルがトランスジェンダー、ベガ自身も同じということですが、この現在使われている「トランスジェンダーTG」という用語は、スペイン語では比較的最近使われだしたもので、語義の捉え方が一定しているのかどうか疑問です。

 

A: パンフ掲載のインタビューでも来日インタビューでも、ベガは「トランスジェンダーTG」とありますが、スペインで最も重要なゲイのグループが出している雑誌「SHANGAY」のインタビューでは、ベガ自身は「私は女性でトランスであることに誇りに思っている」と言ってるだけです。レリオ監督はマリーナを性転換者を意味する「una mujer transexualトランスセクシュアルの女性)」というTSを使用している。ベガ自身とマリーナが同じかどうか、TGなのかTSなのかはっきりしません。

B: 映画ではセリフから性別適合手術を受けた印象でしたが、「心と体の性別に差がある人」、または「誕生時に割り当てられた性別と異なる性で生きている人」という意味では同じですかね。

 

A: オルランドの死の関与を疑うコルテス刑事と医師の会話からは、まだマリーナの身分証明書が男性のままなのが分かる。そこで法的には男性でも「女性として扱ってやって」という刑事のセリフになる。マリーナも申請中だと法的には男性であることを認める。

B: TGの語義は時代とともに変化していて今は過渡期なのかもしれない。日本語の訳語は定まっていませんが、直訳すれば「性別越境者または移行者」になるのでしょうか。

 

A: ベガは「世間が私をどのように分類するか気にしません。自分の名前がトランスというレッテルで括られる必要のない日が来るかもしれませんし、来なくても構わない、どうせ同じことですから。レッテルは洋服のようなもので、脱いだり着たりする。つまり私は妊娠した女性の役でも男性の役でも演じられるということです」と。

B: 「生まれてきたばかりの赤ん坊の肌はすべすべですが、老いて死ぬときには皺だらけです。日々私たちは変化しています。私たちはみんなトランスなんです」とも発言している。映画の中でも愛犬ディアブラDiablaを取り返すときに見せたドスを効かせた声と、敏捷な動きに観客は唖然とする。

         

A: ジェンダーは社会的性別のことで生物学的な性別とは異なる。TSは「法的に戸籍も移行した性別に変えられるTS」とは全く別だと思うのですが、TS の人も広義のTGに含めて使用しているのかもしれません。

 

             映画の構想は「トロイの木馬」だった

  

B: 本作はLGBTがテーマではありません。ベルリナーレでプレミアしたとき、こんなインディ映画がオスカー像をチリにもたらすなんて誰が想像したでしょうかね。

A: 本映画祭の脚本銀熊賞が大きかったと思います。レリオ監督によると、そもそもの出発は「もし愛していた人が自分の腕の中で急に死んでしまったら何が起きるか、予想もつかない悪いことが起こるに違いないという問いが自分を突き動かした」と、昨年のサンセバスチャン映画祭で語っていた。

 

B: 脚本が「トランスセクシュアルの女性に行き着くまで試行錯誤の連続だった」というから、発想の順序が逆ですね。

A: 「トロイの木馬」だったようです。TSの女性は後から飛び出してきて勝利した。クラシック映画を超現代的にコーティングして、社会が価値のある人間と認めていない誰かを主人公にして撮ったら面白いのではないか。例えば、トランスセクシュアルの女性をヒロインにして、あたかも1950年代のジャンヌ・モローのようにエレガントに演じさせたらと考えた。

 

B: そこで当時暮らしていたベルリンからチリに帰国して主人公探しを始め、辿りついたのがダニエラ・ベガだったわけですね。

A: 起用されるまでの経緯は、ベガがあちこちのインタビューで語っているので割愛しますが、監督によるとチリの知人に取材したところ、二人の別々の人物が「それならダニエラ・ベガだよ」と即座に推薦したと。それまでにベガは、マウリシオ・ロペス・フェルナンデスのLa visitaTSのため家族からも疎んじられる女性を演じ、マルセーユ映画祭のような国際映画祭では女優賞を受賞していたからです。

 

        

     (TS の女性エレナ役のベガ、ロペス・フェルナンデスの「La visita」から)

   

B: それにシンガー・ソング・ライターのマヌエル・ガルシアのビデオクリップMaríaに登場したことが大きいのではないか。以来TV出演が増えるなど存在が知られるようになっていた。多分エリート保守派が幅を利かせるチリでも、少しずつ社会変革が進んでいるのでしょう。

A: ベガ自身も「14歳でカミングアウトした時と、13年後の現在では雲泥の差がある」と語っている。社会の壁を破るのは「法より芸術のほうが早かった」とアートの力を実感している。出演を受けたとき、ハリウッドで脚光を浴びるとは夢にも思わなかったはずです。

 

      

      (ダニエラ・ベガ、マヌエル・ガルシアのビデオクリップ《María》から)

 

 

       『ナチュラルウーマン』にはドン・ペドロはおりません

  

B: ルイ・マルやヒッチコック映画へのオマージュ、目配せのシーンが多数あるとパンフのインタビューにありました。マリーナがマイケル・ジャクソンみたいに風に向かって前傾して歩くシーンはバスター・キートンからの連想とか。スペイン語圏の人はチャップリンよりキートン好きが多い。

A: ルイ・マルのデビュー作『死刑台のエレベーター』58)のジャンヌ・モロー、ヒッチコックの『めまい』(58)、撮影中常に頭にあったのはブニュエル『昼顔』66)だったそうです。

 

B: 大勢からアルモドバルの『オール・アバウト・マイ・マザー』99)他、アルモドバルの影響を質問されるが、「とても光栄なことだが無関係」と否定していますね。

A: 「登場人物にトランスセクシュアルな女性が出てきたり、メロドラマへの目配せやスリラーを交差させることなどあると観客はアルモドバルを連想するけれど、『ナチュラルウーマン』にはドン・ペドロはおりません」と言ってます。

B: ダニエラ・ベガが演じたマリーナには、モンローのエレガントな雰囲気が漂っている。多分監督がベガに50年代のクラシック映画に現れたヒロインたちを研究するよう示唆したせいだと思いますね。

   

A: 構想から脚本完成まで1年半ほどかかった。ベルリンに戻ってからは、ベガとの取材や連絡は電話とかスカイプを利用し、シナリオが半分くらいにきたところで「主役を探さなくても目の前にいるじゃないか」とパチンときた。

B: つまり「ダニエラがマリーナ」だったわけですね。人との出会いは不思議ですね。

 

      マリーナに寄り添う巧みな選曲、心に沁みる「オンブラ・マイ・フ」

           

A: 本作では音楽の占める位置が重要です。邦題が「ファンタスティック・ウーマン」から「ナチュラルウーマン」になったのは、アレサ・フランクリンの名曲「A Natural Woman」の「You make me feel like a

natural woman( あなたのそばにいると、ありのままの自分でいられる)」から採られている。個人的には内容からして、ことさら「ファンタスティック」を「ナチュラル」に変える必要がどこにあったのかと思っています。

B: マリーナは「あなたがいなくなっても、ありのままの自分でいられる」自立した女性に生れ変わるのだから、これこそ「ファンタスティック・ウーマン」です。

 

A: セルヒオ・エルナンデスが演じた歌の先生の伴奏で歌う「Sposa son disprezzata(蔑ろにされている妻)」という曲は、ボーイソプラノの美声を保つために去勢したオペラ歌手(カストラート)だったファリネッリのために書かれたものだそうです。

B: ファリネッリはバロック時代に実在した有名なカストラート、『王は踊る』のジェラール・コルビオがファリネッリのビオピック『カストラート』(94)を撮っている。

A: ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞の受賞作品でした。悲劇には違いないですが最後には光がさすところなど、マリーナとファリネッリを重ね合わせている印象をもちました。

 

B: 「愛を探しにきたのかも」というマリーナに対して、先生は「君が探しているのは愛ではない」と諭す。聖フランシスコは愛をくれ平和をくれとは言わない。

A: 聖フランシスコは「私を君の愛の手段に、君の平和の手掛かりに」と言っているだけだと。浮いたセリフに聞こえるシーンですが、マリーナが心を許している数少ない登場人物の一人がこの歌の先生、常にベガを支えてくれる父親の姿が投影されているようだ。両親の支えがなかったら今日のダニエラ・ベガは存在しない。

   

B: 「私の人生は自分で決めたい。もし賛成してくれるなら、それはファンタスティックだ」と打ち明けたとき「分かったよ、一緒に進もう」と言ってくれた父親、「それで何か問題がある? ないでしょ」と応じてくれた母親、予想される世間の中傷をものともしない家族の存在は大きい。

A: 先生を演じたセルヒオ・エルナンデスはチリのベテラン、パブロ・ララインの『No』や『グロリアの青春』にも出演している。観客を一時和ませてくれる役柄でした。

 

B: 愛犬ディアブラを取り戻したマリーナがラストで歌うヘンデルの「Ombra mai fu(オンブラ・マイ・フ)」も、カストラートのために作曲された。

A: 厳しい日差しを遮ってくれるプラタナスの木陰に感謝する曲、偏見からマリーナを守ってくれた亡きオルランドへ捧げる歌になっている。エモーショナルなシーンでした。

B: 冒頭のナイトクラブでマリーナが楽しそうに歌っていた、サルサ歌手エクトル・ラボーの「Periodico de ayer(昨日の新聞)」、マリーナがディスコで踊りまくるファンタスティックなシーンで流れるのはマシュー・ハーバートのスコア、エンディングではアラン・パーソンズの別れを受け入れる「Time」など、総じて音楽が映画を魅力あるものにしている。

 

      

          (ラストで「オンブラ・マイ・フ」を歌うマリーナ)

 

         愛と寛容、レジスタンスと尊厳―「私たちは何者であるか?」

 

A: 本作はトランスの人々の権利について論争を起こしましたが、チリのエリート階級は保守派で占められ、ラテンアメリカ諸国のなかでもLGBTへの偏見の強い国と言われています。実際『家政婦ラケルの反乱』の監督セバスティアン・シルバはチリを脱出、数年前からNYのブルックリンを本拠地にして英語で映画を撮っています。

B: 5年前から議論されていた「Ley de Identidad de Géneroジェンダー・アイデンティティ法」が、やっとローマ法王フランシスコが来訪する1日前の2018115日に可決されました。

A: 310日に退任したミシェル・バチェレ政権に残された仕事の一つでした。バチェレ大統領は38日の「国際女性デー」には、女性相クラウディア・パスクアルやダニエラ・ベガと共に街頭に出て、女性の権利平等を訴えました。

セバスティアン・ピニェラ大統領が311日に就任した。

 

          

       (左から、バチェレ大統領、ベガ、パスクアル女性相、201838日)

 

B: チリ社会も変わりつつあるのでしょうが、人々の意識変革はおいそれとは進まない。オルランドの死後、家族がマリーナに見せた顔が実態でしょう。

A: オルランド役のフランシスコ・レイェス、ルイス・ニェッコが演じたオルランドの兄弟ガボ、アントニア・セヘルスが扮したレストラン主人アレサンドラなどは少数派、葬式に集まった親戚一同、特にマリーナの顔をテープでぐるぐる巻きにしてしまうニコラス・サアベドラ演じる息子ブルーノと親戚の男たちが多数派、社会の多数派はトランスをこのように見ているのだという強烈なメッセージでした。

B: 多数派の一人、警察医になったロベルト・ファリアスは、『ザ・クラブ』でクラブに突然舞い込んできて元神父たちをかき回すキーパーソン、サンドカンを演じたベテラン、元妻か別居妻か分からなかったソニアを演じたアリネ・クッペンハイムなど、本作の脇役陣は豪華版です。

  

    

           (テープで顔を巻かれたマリーナの強烈なシーン)

 

A: ブルーノは「お前はいったい何者なんだ?」とマリーナをギリシャ神話に出てくる怪物キマイラ扱いする。それは取りもなおさず「私たちは何者であるか?」という問いですね。これが本作の根源的なテーマ、愛だの反逆などは副次的なものです。自分を捨て若いトランスに走った夫を許せないソニアや家族の復讐は、メロドラマとしてサービスされた小道具です。

B: 家庭を壊された家族が、壊れた原因がなんであれ破壊者に辛く当たるのは当たり前です。マリーナの不幸はオルランドの愛にかこつけたエゴや社会認識の甘さが理由のひとつですよ。死んだ後もマリーナの幻影として登場させているが、いずれのシーンもデジャヴ、鏡の多用など多分クラシック映画への目配せ、エールですかね。好き嫌いがはっきり分かれる。

 

         「無」を描くのが好き―円環的なサスペンス

 

A: 多くのチリ人が避けてきたテーマを引きずり出したことが評価された。チリのエリート階級が保守的なのは、パブロ・ララインやアンドレス・ウッドの映画から読み取れます。映画とは関係ありませんが、古くは1945年ノーベル文学賞を受賞したガブリエラ・ミストラルは、その官能的な詩、1946年知り合って以来死ぬまで個人秘書だったアメリカ人のドリス・ダナとの親密な関係を批判された。

B: 幼年時代を歌った詩人、優れた教師、有能な外交官としてのミストラルだけでいて欲しかった。

A: ドリス・ダナは2006年に没するまでミストラルの遺言執行人だったのですね。ミストラルとダナとの関係を調べて、マリア・エレナ・ウッドがドキュメンタリーLocas Mujeres2011)を撮っています。

 

          

          (在りし日のガブリエラ・ミストラルとドリス・ダナ)

 

B: マリア・エレナ・ウッドは、最近ご紹介したTVミニシリーズ「メアリとマイク」をプロデュースしたばかりの監督、製作者ですね。

A: ウッドは「政治的立場は違っていても、エリート階級はおしなべて保守的」とコメント「ミストラルに偏見をもたずに紹介しているのは、チリ本国より外国のほうです」とも付け加えている。ピノチェト政権が17年間も長持ちしたのも、そういうエリートたちのお蔭でしょうか。

 

B: サスペンスの要素、例えば「181」というナンバーが付いた鍵、マリーナは偶然からそれがサウナのロッカーの鍵だと分かる。

A: 観客はオルランドがサウナでマッサージをうけているシーンから始まったことを思い出す。彼の体調の異変の前兆としか捉えていなかったから、サウナが伏線だったことを知る。突然逝ってしまったオルランドが、何かマリーナに残しているのではないかと前のめりになると、そこは空っぽ。

B: 何か見落としたのではないかと不安になるが、そこは「無」、哲学的です。トランスが置かれている闇かもしれない。

 

A: 「無」を言うなら、マリーナはオルランドを失っただけでなく同時に車やアパート、その他もろもろ、彼の贈り物だった愛犬さえとられてしまう。しかもディアブラは生きている、一緒に戦いたい。

B: ディアブラは単なる犬ではなく戦友なのだ。スペイン語のDiablaは「女の悪魔」という意味で、これはちょっと笑える。

 

A: オスカー像を手にチリ凱旋を果たした監督一同、国民はどんな反応をしたのでしょうか。「Ley de Identidad de Género」の可決に尽力してくれたバチェレ大統領への挨拶、ファンへの報告など多忙を極めていることでしょう。「なんてファンタスティックなの!」「ダニエラ、おめでとう!」と異口同音に迎えるだろうが、彼女はサンティアゴ空港に「ダニエラ・ベガ」で入国できたかどうか、どうでしょうか。ここから第一歩が始まる。

 

          

           (監督、ベガ、右側がバチェレ大統領、36日)

 

B: チリに初めてオスカー像がもたらされたのは、2016年の短編アニメーションだそうですね。

A: ガブリエル・オソリオHistoria de un Oso(2014、11分)というアニメーション、監督の祖父でピノチェト政権時代に亡命した社会学者だったレオポルド・オソリオの痛みを描いているそうです。「私たちが何者なのかを理解するために鏡に向き合わねばならない」と監督。テーマが本作と繋がっているようです。

   

       

   

  (左がオスカー像を手にした監督、右はアニメーターのパトリシオ・エスカラ、2016年)

          

ダニエラ・ベガDaniela Vega Herenández女優、叙情歌手。198963日サンティアゴのサン・ミゲル生れ、のち家族はニュニョアに引っ越し弟が生まれる。8歳のとき叙情歌手としての才能を見出され、サンティアゴの小さな合唱団で歌い始める。父親の理解のもとプロの声楽教師のもとで本格的に学ぶようになる。しかしその女らしさゆえ学校生活ではさまざまな偏見と差別に苦しむ。14歳のとき家族に女性にトランスすることを打ち明け、家族は直ちに共に歩むことを受け入れる。高校卒業後、美容師としての一歩を踏み出すかたわら、正式な演技指導は受けていなかったが地方の演劇団の仲間入りをする。

 キャリア

2011年、マルティン・デ・ラ・パラの演劇La mujer mariposaでオペラを歌う主役に抜擢され、チリ国内の多くの劇場で5年間ロングランした。

2014年、シンガー・ソング・ライターのマヌエル・ガルシアのビデオクリップMaríaに登場、TV出演が増えるなど話題になる。

2014年、マウリシオ・ロペス・フェルナンデスのデビュー作La visitaTSの女性エレナを演じる。本作はチリのバルディビア映画祭でプレミア、後OutFest、グアダラハラ、トゥールーズ、マルセーユ、各映画祭に出品され、マルセーユ映画祭2015の女優賞を受賞、監督が作品賞を受賞した。

201617年、セバスティアン・デ・ラ・クエスタ、ロドリゴ・レアルなどの演出で「Migrantesの舞台に立つ。

2017年、セバスティアン・レリオのUna mujer fantásticaで主役マリーナに起用される。

2017年、ビスヌ・イ・ゴパル・イバラのブラックコメディUn domingo de julio en Santiagoでストレートの女性弁護士に扮する。

 

   

        (演劇「La mujer mariposa」でのダニエラ・ベガ)

 

レリオ監督のキャリア&フィルモグラフィーについては、コチラ2017126

  

『ナチュラルウーマン』 ほか、お薦め公開作品2018年02月12日 18:09

            フェルナンド・レオン・デ・アラノア『ロープ 戦場の生命線』が公開

 

 フェルナンド・レオン・デ・アラノアA Perfect Day(「Un dia perfecto2015)が『ロープ 戦場の生命線』という邦題で既に劇場公開されています。主な言語は英語ですがゴヤ賞2016の最優秀脚色賞を受賞した作品です。パウラ・ファリアスの小説 Dejarse llover(仮訳「雨は降ったままで」)の映画化です。オリジナル・タイトルのA perfect Day は、1995年のボスニア紛争中に作られたブルックリン出身のルー・リード(19422013)の歌詞から採られているそうです。監督の最新作Loving Pabloに出演したハビエル・バルデムとペネロペ・クルスの二人は、ゴヤ賞2018主演男優・女優賞にノミネートされました。こちらも英語映画ですから公開されるでしょうか。

 

★カンヌ映画祭と併催される「監督週間」でワールド・プレミアされた折りと、ゴヤ賞2016でノミネートされたときに作品紹介をしております。1995年、停戦直後のバルカン半島の紛争地が舞台、国際支援活動家 5人の動機もさまざまです。モラトリアムの冴えない中年男ティム・ロビンス、もう嫌気がさしているベニチオ・デル・トロ、デル・トロの元カノオルガ・キュリレンコ、住民の役に立ちたいメラニー・ティエリー、早く終わりにしたいフェジャ・ストゥカンと、キャスト陣も個性豊かです。放り込まれた死体で飲めなくなった井戸と1本のロープをめぐって奔走する。目立ちたがり屋だが当てにできない国連職員をからませて、可笑しくても笑えない戦争コメディドラマ。

A Perfect Day」の作品紹介・監督キャリアの記事は、コチラ2016114

 

    

           (死体が投げ込まれている井戸を覗く5人の活動家)

 

公開2018210日、新宿武蔵野館、渋谷シネパレス、他

 

 

       ゴヤ賞2018イベロアメリカ映画賞受賞の『ナチュラルウーマン』

 

     

★これから公開が予定されている映画がセバスチャン・レリオ『ナチュラルウーマン』、自身トランスジェンダーのダニエラ・ベガがヒロインのマリナ・ビダルを演じる。既に詳細な公式サイトも立ち上がっております。34日に結果発表のあるアカデミー賞外国語映画賞5作品に踏みとどまることができました。チリとしてはパブロ・ララインの『No』以来です。受賞すれば初めてとなります。製作会社はラライン兄弟の「Fabula」が中心、『No』のときの経験を生かしてプロモーションに力を入れていることでしょうが、対抗馬には『ザ・スクエア 思いやりの聖域』など話題作が顔を揃えています。当ブログでは原題のUna mujer fantásticaでご紹介しています。

 

      

               (ダニエラ・ベガ、映画から)

 

★監督とベガはゴヤ賞のガラ(23日)に出席してトロフィーを受け取ったばかりですが、25日に行われたアカデミー賞の候補者招待昼食会にも姿を見せていました。実話を元にしたスピールバーグの『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』に出演、主演女優賞ノミネートのメリル・ストリープと歓談しているフォトなども配信されていました。今年はフェミニズムが脚光を浴びているから、もしかしたら・・・期待したい。

『ナチュラルウーマン』(「Una mujer fantástica」)の主な記事は、コチラ2017126

    

   

         (ダニエラ・ベガとレリオ監督、23日のゴヤ賞ガラにて)

 

公開2018224日、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、恵比寿ガーデンシネマ、順次全国ロードショー。

  

 *映画新情報 

ルクレシア・マルテル『サマ』が、ロッテルダム映画祭2018124日~24日)の優れたオランダとの共同製作作品に贈られるKNF 賞を受賞しました。ベネチア映画祭2017でワールドプレミアして以来、出品した国際映画祭は多数に上りますが、審査員の意見が割れるのか、なかなか受賞には結びつかないようです。

 

★ゴヤ賞助演女優賞にノミネートされ、授賞式には出席するとアナウンスされながら、次回作撮影のためパスしたロラ・ドゥエニャスですが、次回作のアウトラインが見えてきました。短編作家として活躍しているセリア・リコ・クラベリーノの長編デビュー作Viaje alrededor del cuarto de una madreです。同じゴヤ賞助演女優賞にノミネートされたアンナ・カスティーリョと母娘を演じる。他の共演者は助演女優賞受賞のアデルファ・カルボペドロ・カサブランクなど実力者が脇を固めています。

    

       

        (左から、アンナ・カスティーリョ、監督、ロラ・ドゥエニャス)


パブロ・ララインの『ネルーダ』*ラテンビート2017 ⑨2017年11月22日 21:08

            赤い詩人自らが神話化した逃亡劇、伝記映画としては不正確!

 

パブロ・ラライン『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』は、カンヌ映画祭と併催の「監督週間」(2016)でワールド・プレミアされた作品。国際映画祭でのノミネーションは多いほうですが受賞歴はわずかにとどまっています。当ブログでは「ネルーダ」の仮題で既に内容及びデータ紹介をしております。そこではジャンルとして伝記映画としましたが、マイケル・ラドフォードのイタリア映画『イル・ポスティーノ』(94)ほどではありませんが、これもフィクションとして観たほうが賢明という印象でした。ララインがネルーダの詩を利用して言葉遊びを楽しんだ映画です。カンヌのインタビューで監督が「伝記映画としては不正確」と述べていた通りでした。官憲による逮捕を避けて逃げるのですから逃亡に違いありませんが、ここでのネルーダはいわゆる逃亡者ではないのでした。

『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』の記事紹介は、コチラ2016516

  

   

              (人生はゲーム、追う者と追われる者)

 

  主なキャスト紹介(邦題のあるフィルモグラフィー)

ガエル・ガルシア・ベルナル:警官オスカル・ペルショノー(『No』『アモーレス・ぺロス』

  『モーターサイクル・ダイアリーズ』『ノー・エスケープ』)

ルイス・ニェッコネルーダ(『No』『ひとりぼっちのジョニー』『泥棒と踊り子』

メルセデス・モラン妻デリア・デル・カリル(『沼地という名の町』『ラ・ニーニャ・サンタ』

  『モーターサイクル・ダイアリーズ』

アルフレッド・カストロゴンサレス・ビデラ大統領(ラライン映画全作他『彼方から』

エミリオ・グティエレス・カバピカソ(『13みんなのしあわせ

   『スモーク・アンド・ミラーズ』

ディエゴ・ムニョスマルティネス(『ザ・クラブ』

アレハンドロ・ゴイクホルヘ・ベレート(『ザ・クラブ』『家政婦ラケルの反乱』)、

パブロ・デルキ友人ビクトル・ペイ(『サルバドールの朝』『ロスト・アイズ』

マイケル・シルバ歴史家アルバロ・ハラ(『盲目のキリスト』)、

マルセロ・アロンソぺぺ・ロドリゲス(『ザ・クラブ』『No』以外の三部作)、

ハイメ・バデル財務大臣アルトゥーロ・アレッサンドリ(『ザ・クラブ』

   「ピノチェト政権三部作」

フランシスコ・レイェスビアンキ(『ザ・クラブ』

アントニア・セヘルス:(「ピノチェト政権三部作」以降のラライン全作)

アンパロ・ノゲラ:(「ピノチェト政権三部作」)

 

          ネルーダは「チリの国民的ヒーロー」か?  

 

A: ラテンビートで鑑賞できず、先日やっと観てきました。ラテンビートのパンフレットには「チリの国民的詩人」、映画パンフには「英雄的ノーベル文学賞詩人」と紹介されていますが、ちょっと待ってよ、と言いたいですね。ラライン監督によると「ノーベル賞作家とはいえ、自分を神格化する傾向があり、チリ人はそういうタイプの人間を好まない」と言ってますからね。紹介記事の繰り返しになりますが、「ネルーダはネルーダを演じていた、自分がコミュニズムのイコンとして称揚されるよう逃亡劇をことさら曖昧にして、詩人自らが神話化」した。

B: 彼はコミュニストだったから、チリの保守派にはネルーダ嫌いが少なからずいるとも語っている。つまり、結構多いということです。

 

A: 時代背景も重なるホドロフスキーの『エンドレス・ポエトリー』の中では、当時の若い詩人たちが心酔していたのはニカノール・パラで、ネルーダはクソミソだった。

B: さらに、そのホドロフスキーもチリでは嫌われているようですね。「預言者郷里に容れられず」というのは普遍的な真理です。

 

A: 主人公は逃亡者ネルーダか、追跡者オスカル・ペルショノーか、だんだん二人は似てきて同一人物にも思えてくる。一体オスカル・ペルショノーとは何者かとなってくる。

B: サスペンスといっても、ネルーダが捕まらなかったことは歴史上の事実、だから観客は全然ドキドキしない。ドキドキしないサスペンス劇など面白くない。

A: では何が面白いのかと言えば、いつも一歩手前で逃げられてしまう間抜けな追跡者オスカルを語り部にしているところで、そのモノローグはネルーダの詩が主体となっている。

 

      

         (アラビアのロレンスの衣装を纏い詩を朗読するネルーダ)

 

B: オスカル役のガエル・ガルシア・ベルナルが「豊かなネルーダの詩の読者を失望させないと思う」と語っていたように、ネルーダの詩と言葉が主役なんですね。

A: 映画に限らず詩の翻訳は厄介です。何回か引用された『二十の愛の詩と一つの絶望の歌』や『マチュピチュの頂』、逃避行の最中に詩作した『大いなる詩』など、それぞれ複数の翻訳がありますから参考にしたか、字幕監修者の翻訳かもしれません。

  

          自分自身を誰よりも愛した男、副題 <大いなる愛の逃亡者>

 

B: 代表作『大いなる詩』に引っ掛けたのか、やはりおまけの副題がつきました。ネルーダと言っても何者か分からないから仕方がないかもしれない。

A: しかし、ネルーダが何者か知らない人は映画館まで足を運ばない。どうしても付けたいなら、いっそのこと<大いなる詩の逃亡者>としたほうが良かった。愛の逃亡者じゃないからね。

B: 観ていてつくづく思ったのは、ネルーダは目立ちたがりやの自分勝手な男、女好きの貴族趣味、愛していても足手まといになりそうな妻デリアを体よく追い払った自分自身を誰よりも愛した男だったということでした。

 

A: ネルーダの神格化を打ち壊そうとするラライン監督の意図は、ある意味で成功したわけです。1943年メキシコで結婚した画家デリア・デル・カリル18851989)は、アルゼンチンの上流階級出身、ヨーロッパ生活が長く、独語・仏語・英語ができた。1935年チリ領事だったネルーダとマドリードで知り合ったときには既に50歳だったが30歳にしか見えなかったと言われる。

B: 若いときの写真を見ると凄い美人です。ルクレシア・マルテルの「セルタ三部作」に出演したアルゼンチンのベテラン女優メルセデス・モランが好演した。ラライン映画は初出演でしょうか。

 

            

               (ネルーダとデリア、1939年)

 

A: 出会ったときには既にヨーロッパで画家として成功しており、映画にも出てくるピカソをネルーダに引き合わせた女性。キャリアを封印し、私財のすべてをつぎ込んでネルーダを支え、ヨーロッパの知識人をネルーダに紹介した。チリでは離婚は法的に認められていなかったから、ネルーダとは日本でいう内縁関係です。正式の妻は1930年に結婚したオランダ人のマルカ・ハゲナーでした。

B: オスカルがネルーダを貶めようとラジオ出演に引っ張り出してきた女性ですね。しかし彼女はチリに住んでいたのですかね。

      

        

        (髪型を似せたデリア=モランと少し太めのネルーダ=ニェッコ)

 

A: 正確なビオピック映画ではないからね。マルカ・レイェスまたはマルカ・ネルーダの名前で引用される女性、1934年に水頭症の娘が生まれるが2年後別居している。離婚手続きは1942年、当時総領事だったメキシコでマルカ不在のまま行われた。それで映画でも「私が妻です」と言っていたわけです。娘は19438歳で亡くなっている。

 

B: チリから一緒に脱出できなかったデリアも、その後ヨーロッパでの活動を共にしています。

A: しかしネルーダはカプリ島やナポリ潜伏中には、既に3人目となるマティルデ・ウルティアと一緒だった。夫の浮気には寛大すぎたデリアもプライドを傷つけられ、「愛もここまで」と思ったかどうか分かりませんが、自分自身を誰よりも愛した男とは1955年に関係を解消、画家として再出発している。

 

B: 『イル・ポスティーノ』に出てくる女性は、この3番目の女性マティルデを想定している。

A: 彼女もマルカがオランダで死去する19653月まで、チリでは法的に妻ではなかった。翌1966年、彼女のために建てたと言われるイスラ・ネグラの別荘で、晴れて二人は結婚式を挙げることができました。

B: 現在ネルーダ記念館として観光名所の一つになっている。

 

       脚本家ギジェルモ・カルデロンの独創性、映画の決め手は脚本にあり?

   

A: 劇場公開は大分遅れました。それでも公開されたのは『No』の主人公を演じたG.G.ベルナルと、公開が先になった『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』のお蔭と思います。ケネディ夫人にナタリー・ポートマン、何よりも言語が英語だったのが利いた。

B: 英語だと公開が早い。しかし邦題には呆れるくらい長い副題がつきました。G.G.ベルナルは『No』では選挙には勝つが、家庭的には妻を失うという孤独な役柄でした。本作でも損な役回りでしたが、演技が冴えて相変わらず魅力的でした。

 

     

   (二人の追跡者オスカル=G.G.ベルナルと部下マルティネス=ディエゴ・ムニョス

 

A: さて本作は、194893日の共産党非合法化から始まりますが、それ以前のネルーダについては語られない。つまり1934年外交官としてスペインに渡り内戦を目撃したこと、チリ帰国が1943年、上院議員当選が19453月、間もない7月に共産党入党などは飛ばしてある。チリ人でも少しオベンキョウが必要か。

B: 勿論伝記ではないと割り切れば知らなくてもよい。1949年初めに「ネルーダ逮捕令」が伝わり地下潜伏を余儀なくされる。サンティアゴを脱出、ロス・リオス州バルディビアなどを転々とするが、ネルーダは無事脱出させようとする妻や友人たちを尻目に好き勝手をする。

 

    

  (左から、パブロ・デルキ、メルセデス・モラン、ルイス・ニェッコ、マイケル・シルバ

 

A: メインは1949年秋からのフトロノ・コミューンからアルゼンチンへ抜ける馬上脱出劇。このマプチェ族の共同体フトロノは、ロス・リオス州ランコにある4つのコミューンの一つです。実際はここに数ヵ月潜伏していたようです。主人が協力する理由を現政権への恨みと言わせている。

B: 追跡劇の後半は、オスカルがネルーダにからめとられて二人は一体化してくる。

A: オスカルの出自を娼婦の息子とし、さらに父親をチリ警察の重要人物としたことでドラマは動き出す。このかなり奇抜な設定が成功した。脚本家ギジェルモ・カルデロンを評価する声が高い。生後1ヵ月で実母を亡くしたネルーダの孤独と貧しさ、それに打ち勝つ抜け目のなさ、モラル的な不一致、二人は似た者同士なのだ。

 

B: 監督も「この映画はギジェルモの脚本なくして作れなかった。自分で書くのを無謀だとは思わなかったが、結局彼の助けを呼ばなければならなかった」と語っている。

A: 娼婦に産ませた子供を認知して同じ姓を名乗らせるという設定にびっくりしましたが、これで自由に羽ばたけるようになったのではないか。詩人の人物像を描くのが目的ではない擬似ビオピック映画なんだから。

B: どうせなら遊んじゃえ、ということかな。

 

A: 監督夫人のアントニア・セヘルスは、逃亡前の酒池肉林のどんちゃん騒ぎのシーンで楽しそうに踊っていた女性の中の一人かな。

B: 彼女にしては珍しい役柄です。大戦後の混乱が続いていたヨーロッパやアジアと違って、参戦しなかったチリは経験したことのない豊かさだった。ホドロフスキーの『エンドレス・ポエトリー』でも描かれていた。

 

A: ララインの「ピノチェト三部作」全作に出演しているララインお気に入りのアンパロ・ノゲラは、確信ありませんが共産党員の女性労働者に扮した女優と思います。

B: ネルーダにキスしようとして、デリアから窘められる女性ですね。

A: 他にラライン映画の全作に出演しているアルフレッド・カストロ、ネルーダ脱出に尽力する友人ビクトル・ペイパブロ・デルキ歴史家アルバロ・ハラマイケル・シルバ、チリ、スペイン、アルゼンチンのベテランと新人が起用されている。

 

B: チリ組は『ザ・クラブ』(LB2015)出演者が大勢を占めるほか、マイケル・シルバはクリストファー・マーレイの『盲目のキリスト』(LB2016)で主役を演じている。

A: ラテンビートにはマーレイ監督が来日、Q&Aに出席してくれた。ピカソ役のエミリオ・グティエレス・カバはアレックス・デ・ラ・イグレシアの映画でお馴染みです。アルトゥーロ・アレッサンドリやピノチェトのような実在した政治家や軍人もさりげなく登場させて、観客を飽きさせなかった。今回も製作はフアン・デ・ディオス・ラライン、兄弟の二人三脚でした。

B: オスカル・ペルショノーがどうなったかは、映画館で確認してください。

 

       

 (ネルーダ逮捕を命じるビデラ大統領役のアルフレッド・カストロ)

 

  

                         (撮影中のラライン監督)

 

『ザ・クラブ』の紹介記事は、コチラ2015222同年1018

『盲目のキリスト』の紹介記事は、コチラ2016106

   

 『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者Nerudaデータ

製作:Fabula(チリ) / AZ Films (アルゼンチン) / Funny Balloons () / Setembro Cine (西)他多数

監督:パブロ・ラライン

脚本:ギジェルモ・カルデロン

編集・音楽エディター:エルヴェ・シュネイ Hervé Schneid

撮影:セルヒオ・アームストロング 

音楽:フェデリコ・フシド

プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン

プロダクション・マネージメント:サムエル・ルンブロソ

製作者:フアン・デ・ディオス・ラライン、ほか多数

チリ=アルゼンチン=スペイン=フランス合作、スペイン語、2016年、107分、伝記映画、カンヌ映画祭2016「監督週間」正式出品、2017アカデミー賞外国語映画賞チリ代表作品、公開:チリ2016811、日本20171111

 

『しあわせな人生の選択』の主役は「トルーマン」*セスク・ゲイの新作2017年08月04日 17:27

          「命は時間」だと実感するエモーショナルな4日間

 

       

★「トルーマン」のタイトルで紹介してきたセスク・ゲイ Truman が『しあわせな人生の選択』という邦題で公開されています。当ブログでは、マイナーなスペイン語映画を公開してくれるだけで感謝、邦題のつけ方に難癖をつけるなどのゼイタクは慎もうと控えておりますが、これはあまりに凡庸すぎて残念です。もっともこれから岩波ホールで公開されるアルゼンチン映画『笑う故郷』ほどではありませんが。下手の考え休むに似たり、こねくり回さずそのまま「トルーマン」とカタカナにしておけばよかったのです。トルーマンはただの犬ではないのですから。「命は時間」だと実感するエモーショナルな4日間が語られる。若干ネタバレしております。ご注意ください。

「トルーマン」の作品紹介、監督フィルモグラフィー、主演キャストの記事は、

 コチラ201619

ゴヤ賞2016、作品賞以下5冠受賞の記事は、コチラ20162月12日

 

   

    (プレゼンター、バルガス=リョサから脚本賞の胸像を受け取る、ゴヤ賞2016ガラ

       

★ストーリーは公式サイトに譲るとして、3人と1匹の主役の他の登場人物を少し補足しておきます。群集劇ではありませんが、主役級の俳優が脇を固めていることが分かります。出演作品はできるだけ邦題の付いた映画から選びましたので代表作というわけではありません。セスク・ゲイの映画なら脇役でも出たいという演技派を揃えられたことも成功のカギだったと思います。

主なキャスト

リカルド・ダリン:舞台俳優フリアン(『瞳の奥の秘密』『XXY』『人生スイッチ』他)

ハビエル・カマラ:カナダの教授トマス(『トーク・トゥ・ハー』『「僕の戦争」を探して』)

ドロレス・フォンシ:フリアンの従妹パウラ(『パウリーナ』『ブエノスアイレスの夜』他)

トロイロ:フリアンの老犬トルーマン、犬種はブルマスティフ

エドゥアルド・フェルナンデス:旧友ルイス(『スモーク・アンド・ミラーズ』『イン・ザ・シティ』)

アレックス・ブレンデミュール:獣医(『イン・ザ・シティ』『ワコルダ』『ペインレス』)

ペドロ・カサブランク:フリアンの主治医(『時間切れの愛』B, la película

ホセ・ルイス・ゴメス:プロデューサー(『抱擁のかけら』『ベラスケスの女官たち』)

ハビエル・グティエレス:葬儀社顧問(『マーシュランド』『オリーブの樹は呼んでいる』)

エルビラ・ミンゲス:フリアン元妻グロリア(『時間切れの愛』『暴走車ランナウェイ・カー』)

オリオル・プラ:フリアン息子ニコ、アムステルバムに留学中(No sé decir adiós

ナタリエ・ポサ:トルーマン里親候補1(『不遇』『ジュリエッタ』No sé decir adiós

アガタ・ロカ:トルーマン里親候補2(『フリアよみがえり少女』Ficció

スシ・サンチェス:トルーマン里親候補3(『悲しみのミルク』『ジュリエッタ』)

シルビア・アバスカル:ルイスの新妻モニカ(『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』)

フランセスク・オレーリャ:レストランにいた俳優

アナ・グラシア:レストランにいた女優

キラ・ミロー:舞台女優、フリアンの相手役

 

  

(上段左から、ナタリエ・ポサとアガタ・ロカ、エドゥアルド・フェルナンデス、ハビエル・グ  ティエレス 下段、スシ・サンチェス、エルビラ・ミンゲス、キラ・ミロー)

 

★セスク・ゲイ映画が「劇場公開されるのは初めて」と聞いて驚くファンもいるかと思いますが、長編第2Krámpack『ニコとダニの夏』という邦題でテレビ放映されています。作品紹介のおり、既に監督キャリアもアップいたしましたが、主なフィルモグラフィーを改めてコンパクトに再構成しておきます。

 

セスク・ゲイFrancesc Gay i Puig1967年バルセロナ生れ、監督、脚本家、戯曲家。バルセロナの市立視聴覚学校EMAVで映画を学ぶ。1998年長編映画Hotel Room(アルゼンチンのダニエル・ギメルベルグとの共同)でデビュー。2000年ロマンチック・コメディKrámpack『ニコとダニの夏』で一躍脚光を浴びる。性愛に目覚めかけた男女4人の一夏の物語。ゴヤ賞2001新人監督賞・脚色賞ノミネートされたサンセバスチャン映画祭2000セバスチャン賞、トゥリア賞、カタルーニャ作品賞、バレンシア映画祭初監督作品賞などを受賞。

 

日本で話題になった第3En la ciudad03は、『イン・ザ・シティ』邦題でセルバンテス文化センターで上映された。セスク・ゲイの得意とする群像劇(スペインでは合唱劇)の形式をとったドラマ。無関係だった複数の登場人物が絡みあって進行するが、最後に1本に繋がっていく。それぞれ人格造形がくっきり描き分けられていたが、サンセバスチャン映画祭でもゴヤ賞でも監督賞・脚本賞ノミネーションどまり、監督お気に入りのエドゥアルド・フェルナンデス唯一助演男優賞を受賞しただけに終わった

 

2012年のコメディ群集劇Una pistola en cada manoは、ゴヤ賞2013では、前評判にもかかわらず助演女優賞がノミネートされただけでした。カンデラ・ペーニャが受賞するにはしましたが、映画アカデミー執行部の候補者選考の不透明さや見識が批判されました。「トルーマン」出演のリカルド・ダリン、ハビエル・カマラ、エドゥアルド・フェルナンデスの他、ルイス・トサール、エドゥアルド・ノリエガ、レオナルド・スバラグリア、ジョルディ・モリャ、アルベルト・サン・フアン、この40代になった男8人が人生の岐路に直面して右往左往するコメディ。それぞれに絡んでくる女性陣にペーニャの他、レオノル・ワトリング、カジェタナ・ギジェン・クエルボ、クララ・セグラ、シルビア・アブリルなどがいる。ゴヤ賞では無視されたが、ガウディ賞(カタルーニャ語以外の部門)では、脚本賞、助演男優(フェルナンデス)、助演女優(ペーニャ)ほか4賞を受賞した。撮影中にダリンとカマラを主役にした新作を構想しており、完成したのが「トルーマン」でした。

 

         

        (悩める男8人衆、Una pistola en cada manoポスターから)

 

その他は以下の通り2004Canciones de amor y de droga監督、ミュージカル2006Ficció / Ficción監督・脚本・録音、ドラマ2009V.O.S. 監督・脚本、コメディ。私生活では、女優アガタ・ロカと結婚、一男一女がいる。

 

               「誠実」のメタファーとして登場するトルーマン

 

A: フリアンの愛犬トルーマンが映画の進行役、「誠実」のメタファーとして登場する。邦題はどう付けてもいい決りだが、タイトルはいわば映画の顔だから原題を尊重しなくてはいけない。

B: 監督も「トルーマン」というタイトルに拘っていましたからね。

A: 50代にして不本意にも人生のカウントダウンが始まってしまった男の悲劇が語られるのだが、「トルーマン」にはそういう重さを吹き飛ばす軽やかさがあった。観客には辛辣なユーモアやエレガントな肌触りのセリフから、ほろ苦いコメディを楽しんでもらいたいと思っていたに違いありません。

B: 観客もちゃんと反応して、ときどき笑い声が聞こえてきました。後戻りのできない病いや死がテーマなのにね。

 

    

             (撮影中も一緒に暮らしたリカルド・ダリンとトロイロ)

 

A: フリアンがトマスと再会して真っ先にしたことはトルーマンの獣医を訪ねること。フリアンの一番の気がかりは、自分亡き後の足腰の弱った老犬の処遇です。今まで通りの幸せを得られる新しい安住の家を探さねばならない。犬だって大切な人を失えば、喪失感を覚えるに違いない。

B: まず獣医役のアレックス・ブレンデミュールを登場させる。フリアンの具体的な質問に戸惑いながらも丁寧に接する獣医役。出番はこのシーンだけでした。   

 

   

                (獣医に質問するフリアン、聞き役に徹するトマス)

 

A: 翌日は里親候補第1号の家にトルーマンを連れていく。一人息子が犬を飼いたがっているレズビアン夫婦の家庭です。そして現れるのがナタリエ・ポサアガタ・ロカ、トルーマンに導かれて冒頭部分で登場する人物です。

B: 本作ではさりげなく挿入されますが、まだスペインで養子縁組の権利を含んだ同性婚が認められなかった時代に撮られた『イン・ザ・シティ』の一つのテーマが同性婚問題でした。

200573日発効)

 

A: 自分には二人の息子がいる。一人はアムステルバムに留学中のニコ、もう一人がトルーマンだと、フリアンに言わせている。フリアンとの別れが近いことを一番よく理解していたのがトルーマンだったのではないか。それが最後のシーンで見られるわけですが、伏線が何か所も張られていました。

B: 観客が望んだような里親に引き取られることが暗示されている。トマスと歩かせたり、里親候補のみならずトマスにも、トルーマンの好物やら癖を聞かせたりする。

A: ダメ押しは「別れを言いたくないから、見送りに空港には行かない」です。ああ、トルーマンを連れてやってくるのね(笑)。

 

(ニコ役のオリオル・プラとダリン)

      



 

    

B スクリーンに現れるとつい身を乗り出してしまうのがハビエル・グティエレス、最近『マーシュランド』や『オリーブの樹は呼んでいる』、『クリミナル・プラン~』などが公開されて認知度も高くなってきたようです。

A: 葬儀社のコンサルタントに扮したが、この人もカメレオン俳優です。コミカルな役からアウトロー役まで危なげない。セスク・ゲイ映画は初めてかもしれない。反対にほとんどの監督作品に出演しているのがエドゥアルド・フェルナンデス、本作では友人のフリアンに女房を寝取られたコキュ役でした。

 

       (本人の葬儀とは思わず相談にのるコンサルタント役ハビエル・グティエレス)

 

            動のフリアンVS静のトマスのタイトルマッチ

 

B: フリアンは品行方正な男ではなく、どちらかというと行き当たりばったりに人生を送ってきたから懐具合も良くない。このコキュ事件で友人どころか妻まで失ってしまう。

A: 少し高慢で、気はいいが壊れやすく、皮肉屋ときてる。しかしどうも憎めない。ダリンにぴったりの人格造形です。誰でもやれる役ではない。そして彼の賢い元妻役がエルビラ・ミンゲスです。息子ニコの母親でもある。

 

B: 道路に繋がれていたトルーマンを偶然目にしてフリアンと邂逅する。トルーマンが呼び寄せたわけです。突然会いに行ったアムステルダムでは、本当の理由をとうとう言えなかったフリアンも、母親を通じて息子が既に知っていたことを初めてここで聞かされる。

A: 自分の病状を知らないと思っていた息子が、実は熟知していて父親と最後のハグを交わしたことを観客も理解するシーンです。このエルビラ・ミンゲスは、テレドラ『情熱のシーラ』でシーラの母親になった女優です。出番は3話と少なかったが存在感がありました。

B: ニコ役のオリオル・プラは、繊細な役柄で既に何作か出ていますが、評価はこれからです。

        

A: ダリンの動と反対にカマラの静の演技が光りました。二人の演技合戦が見ものでしたが、監督は早口で喋りまくる役が多いカマラに今回は沈黙を求めた。そしてダリンにアルゼンチン弁でまくしたてる役を振った。過去の出演作品『トーク・トゥ・ハー』や『あなたになら言える秘密のこと』などは、セリフは多くなかったかもしれない。

B: カマラは普段は立て板に水ですね(笑)。本作では目で演技しなければならなかった。トマスは寡黙で控えめ、寛大で寛容で気前もいい。アルゼンチン男の魅力に惹きつけられて、遠いカナダから別れにやってきた。

 

A: 男の友情をめぐる映画だが、再会前の二人の関係はほとんど語られない。どうしてこんなに気前がいいのか、少し現実離れしすぎじゃないかなどと、観客はあれこれ類推しながら観ることになる。

B: わざと語らなかった。笑わせ、泣かせ、ほろ苦いコメディを観ているのかと錯覚させ、すかさず示唆に富むセリフを割り込ませて考えさせる

A: コメディとドラマを行ったり来たりさせながら観客を巻き込んだことが成功のカギです。最後には尊厳死まで踏み込んでしまうからドキッとする。監督が死というテーマの扉を開けた最初の作品かもしれない。

 

           従妹パウラが受け入れられない死と怒り

 

B: フリアン同様、アルゼンチンから移住してきた従妹パウラのドロレス・フォンシ、フリアンの病状を逐一トマスに知らせていた。自分一人では治療を断念したフリアンを支えきれなくなっていた。

A: 過去にトマスと何らかの関係があったのではないかと感じさせる役。夫サンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』で自分の信じる道を突き進む意志の強い女性を好演した。役柄的にはそれに近いかもしれないが、ダリンとうまくやれるアルゼンチン女優として選ばれたようです。

B: ダリンとなら誰でもうまくやれますよ。不思議な包容力があるから。最近パートナーと別れたので、フリアン亡き後に故郷に戻ることも考えている。移住先で根を張る難しさが暗示される。

 

(トマスとパウラ)

    

A: 無情にも時間だけは刻々と流れていき、里親も決まらないのにトマスの帰国が迫ってくる。三人は別れの夕べを迎えることになる。その席でフリアンが漏らした尊厳死に単純で怒りっぽいパウラは爆発してしまう。このシーンにも考えさせられました。 

B: 自分ならどんな道を選ぶだろうか。まだスペインでも尊厳死はタブー視されているテーマ。

A: フリアンには容赦なく迫ってくる死を座して待つことは敗北、屈辱に思える。しかし誰もフリアンの痛みを共有できない。その夜、トマスとパウラのベッドシーンが挿入され、やや唐突に感じた人もいたかもしれない。しかし死と生は性に繋がっているから自然だったとも言えます。

 

(別れの夕べの三人)

  

 

           痛みと敗北の共有は誰にも強制できない

 

B: 無条件の友情で結ばれていても、最終的には痛みと敗北は共有できない

A: または共有を強制できないと言い換えてもいい。テーマは大きく括れば、自由へのオマージュということです。他人と共有できない死を、何時、どのようにして受け入れるか。個人的な自由の選択はどこまで許されるのか。やがて誰にも訪れてくる問題です。

 

B: 舞台はカナダで始まり、マドリードからアムステルダムへ、ふたたびマドリードに移動する。スタッフもキャストもバルセロナ出身が多いのに、なぜマドリードにしたのでしょうか。

A: 理由は簡単らしく、二人の主人公がマドリードに家作をもっていたからだと監督。

 

B: リカルド・ダリンとドロレス・フォンシは、ここでは従兄妹になりますが、次回作 La cordilleraThe Summit)では、父親と娘になります。

A: カンヌ映画祭2017「ある視点」部門に正式出品されました。

 

『パウリーナ』の紹介記事は、コチラ2015521 

ミトレ監督の新作 La cordillera の紹介記事は、コチラ2017518 

 

『笑う故郷』の邦題で『名誉市民』が近日公開*アルゼンチン・コメディ2017年06月18日 15:17

           やっと公開日がアナウンスされましたが・・・

 

 

★アルゼンチンのガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの監督コンビが撮ったEl ciudadano ilustreの公開日がアナウンスされました。昨年ラテンビートと東京国際映画祭と共催で上映されたときは、オリジナル・タイトルの「名誉市民」だったのが、どういうわけかこんな邦題になってしまった。タイトルは自由に付けてよい決りだが、わざわざ改悪する必要があったのだろうか、なにか裏事情があるのかと腑に落ちない。本作はオスカル・マルティネス扮するノーベル賞作家ダニエルを、「名誉」市民と考えるか、はたまた「不名誉」市民と考えるかにオチがあるのではないか。映画によっては原題をそのまま邦題にするとチンプンカンプンのケースもあるから一概に言えないが、本作はそれに該当しない。「笑う故郷」ではネタバレもいいとこだと思うが、まあいいや。オスカル・マルティネスがベネチア映画祭2016の男優賞を受賞した。

 

   

          (オスカル・マルティネス、ベネチア映画祭2016にて

 

★当ブログでは『名誉市民』のタイトルで記事にしております。改めて内容紹介はしませんが、メタファー満載、いたるところに伏線が張り巡らされ、最後にどんでん返しが用意されています。個人的には『ル・コルビュジエの家』の奇抜さ面白さに軍配を挙げますが、こちらも幾通りにも楽しめる映画です。

内容・監督・キャスト紹介の記事は、コチラ20161013

ラテンビート鑑賞後の記事は、コチラ201610月23

 

岩波ホール2017916(土)~ (タイム・テーブルはまだアップされておりません)

 

 

       「トルーマン」ではなく『しあわせな人生の選択』で一足先に公開

 

 

★その他のお薦め映画の一つが、セスク・ゲイTrumanです。本作は『しあわせな人生の選択』の邦題で、一足先に公開されます。当ブログでは「トルーマン」で内容紹介をアップしております。「しあわせな・・・」とか「・・・の選択」など、過去に幾つもあったような邦題ですが、あまりに平凡すぎて何をか言わんやです。トルーマンはリカルド・ダリン扮するフリアンの愛犬の名前、この老犬トロイロは撮影中ダリンと一緒に暮らしていた。撮影後まもなくして死んでしまい、フリアンと同じく心優しいダリンの涙はなかなか乾きませんでした。というわけでサンセバスチャン映画祭2015で赤絨毯を歩いたときダリンが連れていた犬は、トロイロ(トルーマン)のムスメだった。トロイロは自閉症の子供と遊べるよう特別に訓練されたブルマスティフ犬、ダリンの友犬でした。誰でもいつかは人生に「さよなら」しなければなりません。未来の時間が残り少なくなったとき、人間は何を考えるのだろうか、というエモーショナルなお話です。

 

   

    (ダリンとカマラ、トロイロのムスメ、サンセバスチャン映画祭2015にて)

 

★当ブログでは「トルーマン」のタイトルで紹介しております。サンセバスチャン映画祭2015では、リカルド・ダリンと友人トマス役のカメレオン俳優ハビエル・カマラが男優賞(銀貝賞)を二人で分け合いました。この異色の組み合わせが成功のカギの一つでしょうか。翌年のゴヤ賞2016では、作品賞、監督賞、脚本賞、男優賞、助演男優賞の5冠を制し、その他ガウディ賞4冠など受賞歴多数。

 

作品内容、監督キャリア、キャストの主な紹介記事は、コチラ201619

ゴヤ賞2016の受賞結果の記事は、コチラ2016212

 

ヒューマントラストシネマ有楽町恵比寿ガーデンシネマ

 201771(土)~ (特別鑑賞券発売中)

  

『ノー・エスケープ 自由への国境』*ホナス:キュアロン2017年04月23日 14:46

            トランプのお蔭で公開されることになりました?

 

★トロント映画祭2015の折に原題Desiertoとしてご紹介していた少し古い映画ですが、トランプの壁のお蔭か公開がアナウンスされました。ホナス・キュアロンの長編第2『ノー・エスケープ自由への国境』、キュアロン一家が総出で製作しました。トロント映画祭「スペシャル・プレゼンテーション」部門で国際批評家連盟賞を受賞したこともあって話題になっていた作品。これから公開されること、スリラーであることなどから、比較的詳しい公式サイトから外れないように注意してアップしたいと思います。なかでもキャスト紹介は主役の二人、ガエル・ガルシア・ベルナルとジェフリー・ディーン・モーガンしか紹介されておりませんので若干フォローしておきます。

 

    

                (オリジナル・ポスター)

 

 『ノー・エスケープ 自由への国境』(原題Desierto英題「Border Sniper」)2015

製作:Esperanto Kino / Itaca Films / CG Cinema

監督・脚本・編集・製作者:ホナス・キュアロン

脚本(共):マテオ・ガルシア

音楽:Woodkid、ヨアン・ルモワンヌ

撮影:ダミアン・ガルシア(『グエロス』)

プロダクション・デザイン:アレハンドロ・ガルシア

衣装デザイン:アンドレア・マヌエル

キャスティング:ベヌス・カナニ、他

メイクアップ・ヘアー:ヒメナ・キュアロン(メイク)、エマ・アンヘリカ・カンチョラ(ヘアー)他

製作者:ニコラス・セリス、サンティアゴ・ガルシア・ガルバン、ダビ・リンデ、ガエル・ガルシア・ベルナル(以上エグゼクティブ)、アルフォンソ・キュアロン、カルロス・キュアロン、アレックス・ガルシア、エイリアン・ハーパー、他多数

 

データ:製作国メキシコ=フランス、言語スペイン語・英語、2015年、スリラー・ドラマ、94分(日本88分)、撮影地バハ・カリフォルニア、映倫G12IMD5.9

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2015国際批評家連盟賞受賞(スペシャル・プレゼンテーション部門)、ロンドン映画祭201510月)正式出品、(仏)ヴィルールバンヌ・イベロアメリカ映画祭20163月)正式出品、イベロアメリカ・フェニックス賞2016録音賞ノミネーション、以下2016年、ロスアンジェルス(6月)、シッチェス(10月)、オースティン(10月)、ダブリン、リマ(8月)、ハバナ(12月)他、各映画祭正式出品、第89回アカデミー賞メキシコ代表作品(落選)

公開:メキシコ20164月、フランス同4月、米国限定同10月、スペイン限定20171月、香港同1月、ハンガリー同4月、日本同5月、他多数

 

キャスト:ガエル・ガルシア・ベルナル(モイセス)、ジェフリー・ディーン・モーガン(サム)、アロンドラ・イダルゴ(アデラ)、ディエゴ・カタニョ(メチャス)、マルコ・ぺレス(ロボ)、ダビ・ペラルタ・アレオラ(ウリセス)、オスカル・フロレス・ゲレーロ(ラミロ)、エリク・バスケス(コヨーテ)、リュー・テンプル(国境パトロール)、他多数

 

プロット:正規の身分証明書を持たない、武器を持たない、ただリュック一つを携えたモイセスを含む15人のグループが、メキシコとアメリカを隔てる砂漠の国境を徒歩で越えようとしていた。それぞれ愛する家族との再会と新しいチャンスを求めていた。しかし、不運なことに越境者を消すことに生きがいを感じている錯乱した人種差別主義の<監視員>サムに発見されてしまった。不毛の砂漠の中で残忍な狩人の餌食となるのか。星条旗をはためかせたトラックに凶暴な犬トラッカーを乗せたサムは、祖国への侵略者モイセスたちを執拗に追い詰めていく。砂漠は武器を持つ者と持たざる者の戦場と化す。生への執着、生き残るための知恵、意志の強さ、人間としての誇りが、ダミアン・ガルシアの映像美、ヨアン・ルモワンヌの音楽をバックに語られる。  (文責:管理人)

 

            監督は何を語りたかったのか?

 

A: 監督が何を語りたかったのかは、観ていただくしかないが、まず製作のきっかけは10年ほど前に異母弟と一緒にアリゾナを旅行したことだったという。アリゾナ州Tucsonツーソン(トゥーソン)にあるメキシコ領事館に招待され、移民たちに起きている悲劇を生の声で聞いたことが契機だったという。

B: アリゾナ州の人口の37パーセントがヒスパニック系、もともと米墨戦争に負けるまでメキシコ領だった。そのアリゾナ体験から脚本が生まれたわけですね。

 

A: しかし、どう物語っていけばいいのか、なかなか構想がまとまらなかった。既に同じテーマでたくさんの映画が撮られていた。例えばキャリー・フクナガの『闇の列車、光の旅』09Sin nombre」)、ディエゴ・ケマダ=ディエスの『金の鳥籠』13La jaula de oro」)など、それぞれ評価が高かった。しかし、それらとは違った切り口で、もっと根深い何かを描きたかった。

B: 辿りついたのが子供の頃から大好きだった1970年代のハリウッド映画のホラーやスリラーだった。セリフを抑えたカー・アクションの不条理な追跡劇、スピルバーグの『激突!』71)や、リチャード・C・サラフィアンの『バニシング・ポイント』71)を帰国するなり見直した。

 

A: それにアンドレイ・コンチャロフスキーの『暴走機関車』85)も挙げていた。人間狩りというショッピングなテーマを描いた、アーヴィング・ピチェルの『猟奇島』32)、コーネル・ワイルドの『裸のジャングル』66)も無視できなかったと語っている。ダイヤローグを抑えるということでは、ロベール・ブレッソンの『抵抗(レジスタンス)~死刑囚の手記より』56)も参考にしたという。

B: 死刑囚の強い意志は、モイセスの強さに重なります。

 

          ネットにあふれた人種差別主義者のコメントに恐怖する!

 

A: 構想から10年、間には父親の『ゼロ・グラビティ』の脚本を共同執筆、撮影でも一緒だったからいろいろ相談に乗ってもらった。同業の有名人を父に持つのは大変です。「父の存在は重く、時には鬱陶しいこともある」と笑っています。

B: しかし「すごく力になってくれるし、叔父のカルロスも同じだが、私にとって大きなマエストロです」とも。アカデミー賞メキシコ代表作品に選ばれると、500以上のコピーを作りアメリカでの上映を可能にした。最初の16作に残れたのも、このコピーの多さのお蔭です。

 

 

(父アルフォンソ・キュアロンと、『ゼロ・グラビティ』が上映されたサンセバスチャン映画祭)

 

A: それでも「この映画の扉を開けてくれたのはガエル、彼が脚本を気に入ってくれたことだ」ときっぱり語っている。彼への信頼は揺るがない。ワールド・プレミアしたトロント映画祭にも駆けつけてくれ、素晴らしいスピーチをしてくれた。

 

  

  (スピーチをする監督とガエル・ガルシア・ベルナル、第40回トロント映画祭にて)

 

B: トロントでの批評家の反応は正直言ってさまざまだったが、それぞれ主観的なものが多かった。しかし、観客の反応は違った。

A: 苦しそうに椅子にしがみついて一心にスクリーンを観ていた。他人事ではないからね。これはリマでもハバナでも同じだった。しかしYouTubeで予告編が見られるようになると、メキシコから押し寄せる移民に反対する人種差別主義者のコメントで飽和状態になった。「何が言いたいんだよ」など大人しいほうで、なかには「みんな殺っちまえ!」とかあり、「楽天家の私でも、父親になっているのでビビりました」と監督はインタビューで語っていた。

B: トランプにとっては、本作は悪夢なんでしょうか。

 

A: しかし数日経つと、そんな雰囲気は下火になり、自然と収束していったという、当然ですよね。アメリカ公開の20161014日は、大統領選挙3週間前で両陣営とも一触即発だったから、何か起こってもおかしくない状況だった。

B: 星条旗、トラック、ライフル銃、獰猛に訓練された犬、国境沿いで起こる祖国を守るための人間狩り、お膳立てはできていた。

  

 

   (星条旗をはためかせて疾走するトラック、御主人に服従するトラッカー)

 

A: 狙撃者サム役にジェフリー・ディーン・モーガンを選んだ理由は、「彼がもっている強力な外観がパーフェクトだったから。映画の中ではサムの動機の多くを語らせなかったが、彼を念頭に置いて脚本を書いた。あのような人格にしたのが適切かどうかは別にしてね。あとはジェフリーがそれを組み立ててくれたんだ」と監督。

B: 完璧に具現化してくれたわけですね。

 

       

            (サバイバル・ゲームでモイセスを見失うサム)

 

A: 公開前なので後は映画館に足を運んでください。付録としてスタッフ&キャスト紹介を付しておきます。

 

 スタッフ紹介

ホナス・キュアロンJonás Cuarónは、19811128日メキシコシティ生れ、監督、脚本家、編集者・製作者。父親アルフォンソは『ゼロ・グラビティ』(13)のオスカー監督、叔父カルロスも監督、脚本家(『ルドandクルシ』)、製作者エイリアン・ハーパーは監督夫人。家族は神が授けるものだから選べません、というわけで「親の七光り」組です。友人は自分で選ぶ、それで主役にガエル・ガルシア・ベルナルを選びました。長編監督デビュー作Año uña(「Year of the Nail」メキシコ=英=西79分、スペイン語・英語)は、グアダラハラ映画祭2007で上映され高評価だった。父親と脚本を共同執筆した『ゼロ・グラビティ』のスピンオフムービーAningaaq13、米、7分、グリーンランド語、英語)、アニンガーはイヌイットの漁師の名前、サンドラ・ブロックが同じライアン・ストーン博士役でボイス出演している。他短編ドキュメンタリーがある。次回作Z(「El Zorro」)が進行中、ガエル・ガルシア・ベルナルが怪傑ゼロに扮します。 

  

               (本作撮影中のキュアロン監督とガエル・ガルシア・ベルナル)

 

   

(次回作Z」のポスターと主役のガエル・ガルシア・ベルナル) 

 

ダミアン・ガルシアは、1979年メキシコシティ生れ、撮影監督。メキシコシティの映画研修センターとバルセロナのESCACで撮影を学ぶ。2003年広告や多数の短編を手掛け、長編デビューは2006年、アンドレス・レオン・ベッカー&ハビエル・ソラルのMás que a nada en el mundo、アリエル賞の撮影賞にノミネートされた。アルフォンソ・ピネダ・ウジョアのViolanchelo08)、フェリペ・カサレスのChicogrande10)では、再びアリエル賞ノミネート、ハバナやリマでは撮影賞を受賞した。アリエル賞を独り占めした感のあったルイス・エストラーダの『メキシコ地獄の抗争』10、「El infierno」未公開、DVD)ではノミネートに終わった。ルイス・マンドキのLa vida precoz y breve de Sabina Rivas12)もアリエル賞を逃した。モノクロで撮影したアロンソ・ルイスパラシオスのコメディ『グエロス』14、「Güeros」ラテンビート上映)でアリエル賞の他、トライベッカ映画祭の審査員賞を受賞している。最新作にディエゴ・ルナのSr. Pig16)がある。本作上記。オスカー賞を3個も持っているエマニュエル・ルベツキ、ギジェルモ・ナバロ(『パンズ・ラビリンス』)、ロドリゴ・プリエト(『バベル』)の次の世代を代表する撮影監督である。現在はメキシコシティとバルセロナの両市に本拠地をおき、大西洋を行き来して仕事をしている。

バルセロナ大学に1994年付設されたカタルーニャ上級映画学校Escola Superior de Cinema i Audiovisuals de Catalunya の頭文字、バルセロナ派の若手シネアストを輩出している。

 

 

『グエロス』でアリエル賞撮影監督賞(銀賞)のトロフィーを手にしたダミアン・ガルシア

 

 

            (撮影中のダミアン・ガルシア)

 

 キャスト紹介

★出演者のうち、公式サイトに詳しいキャリア紹介のある、ガエル・ガルシア・ベルナル、アメリカ側のスナイパー役ジェフリー・ディーン・モーガンは割愛しますが、悪役サムがしっかり機能していたことが本作の成功の一因だったといえそうです。またスクリーンに少しだけ現れた国境パトロール隊員のリュー・テンプルは、1967年ルイジアナ州生れの俳優。犬のトラッカーは俳優犬ではなく警備の訓練を受けた犬だった由、トラッカーが出てくるとアドレナリンがドクドクの名演技でした。もう一つが2年間にわたって探し回ったという乾いた砂漠の過酷さと美しさだった。主な不法移民役のメキシコ人俳優をご紹介すると、

 

      

            (サムにショットガンを構えるモイセス)

    

ディエゴ・カタニョは、1990年クエルナバカ生れ、フェルナンド・エインビッケのデビュー作『ダック・シーズン』04)や『レイク・タホ』08、東京国際映画祭2008)に出演、ホナス・キュアロンの長編デビュー作Año uña07Year of the Nail」)では、アメリカから休暇でやってきた年上の女性モリーに淡い恋心を抱くティーンエイジャーを演じた。モリーを演じたのがエイリアン・ハーパー2007年、監督と結婚して1児の母。第2作ではプロデューサーとして参加している。他にロドリゴ・プラの話題作「Desierto adentro08)にも出演している。

 

   

                    (ディエゴ・カタニョ、『レイク・タホ』から

  

 

  (エイリアン・ハーパー、Año uña」から

 

マルコ・ぺレスは、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『アモーレス・ペロス』99)、マルコ・クロイツパイントナーのTrade07)、クリスチャン・ケラーのグローリア・トレビのビオピックGloria14)では、グロリアのマネジャーに扮した。最後までモイセスと運命を共にするアデラ役のアロンドラ・イダルゴは、本作が長編映画デビュー、テレビドラマに出演している。

 

                    

                  (ケラー監督とマルコ・ぺレス、「Gloria」から)

 

   

(モイセスに助けられながら追跡を逃れるアデラ)

 

   関連記事・管理人覚え

トロント映画祭2015の本作の紹介記事は、コチラ2015925

アロンソ・ルイスパラシオス『グエロス』の紹介記事は、コチラ2014103

ディエゴ・ケマダ=ディエス『金の鳥籠』の紹介記事はコチラ201465

キャリー・フクナガ『闇の列車、光の旅』の紹介記事は、コチラ20131110



『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』*オリオル・パウロ2017年04月14日 15:15

   

            

★長編デビュー作『ロスト・ボディ』(12)に続くオリオル・パウロの第2『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』は、比較的知名度のあるベテランを起用しての密室殺人劇でした。原題Contratiempoの意味は「不慮の出来事、または災難」ですが、「シネ・エスパニョーラ2017では、英題のカタカナ起こしに今流行りの法律用語「悪魔の証明」を副題にしています。二転三転しながらも最後には証明されるのですが、本作も既に内容は紹介済みです。基本データを繰り返しておきますが、映画評論家と一般観客の評価が見事に乖離した作品だったと言えるかもしれません。 

     

         (ホセ・コロナドに演技指導をするオリオル・パウロ監督)

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2016106分、スリラー、撮影地バルセロナ自治州テラサTerrassa、ピレネー山地のVall de Núria映画祭歴:米国ファンタスティック・フェスト(2016923日)、ポートランド映画祭20172月、ベルグラード映画祭20173月、スペイン公開201716日、日本公開同325日、他IMDb評価7.8

 

キャスト:マリオ・カサス(実業家アドリアン・ドリア)、アナ・ワヘネル(弁護士グッドマン/エルビラ)、バルバラ・レニー(ドリアの愛人ラウラ・ビダル、写真家)、ホセ・コロナド(ダニエルの父トマス・ガリード)、フランセスク・オレリャ(ドリアの顧問弁護士フェリックス・レイバ)、パコ・トウス(運転手)、ダビ・セルバス(ブルーノ)、イニィゴ・ガステシ(ダニエル・ガリード)、マネル・ドゥエソ(ミラン刑事)、サン・ジェラモス(ソニア)、ブランカ・マルティネス(グッドマン弁護士)

 

          二転三転、先が読めなかったミステリー・ホラー

 

A: スリラーを集めた「シネ・エスパニョーラ2017」の他作品は、およそ予想した通りの結末を迎えますが、なかで本作は先が読めなかった。というのも筋運びの不自然さが後半にかけて増していったせいです。前作『ロスト・ボディ』より強引でしたから、前作を見ていた観客もあっけにとられたのではありませんか。

B: キャスト欄を注意深く読めば分かりますが、観客は普通、そこまで細かいところに目を通しません。特にキャスト欄に役柄を明記しません。何気ないセリフが伏線になっていましたが、それは結末近くになって分かることです。

A: パウロ監督は、製作者にメルセデス・ガメロ、ミケル・レハルサ、キャストにホセ・コロナドを起用した以外、前作とはがらりと変えてきました。本作ではお気に入りのコロナドを主役級の脇役に仕立てました。

 

  

       (突然失踪した息子を探す執念の父親ガリード、ホセ・コロナド)

 

B: 青年実業家ドリアのマリオ・カサス、いまや売れっ子俳優になって引っ張り凧です。若くして権力と金力を手にしたが頭脳明晰があだになる。いつもの動の演技ではなく静の演技を求められ難しかったのではないか。父親役はもしかして初めてか。

 

   

             (逃げ道を模索するアドリアン・ドリア、マリオ・カサス)

 

A: グッドマン弁護士のアナ・ワヘネル、脇役専門かと思っていた彼女の主役は珍しい。事件の経過より二人の対決場面がこの映画のクライマックスです。対決シーンはまるで舞台を見てるようなもので、舞台女優歴の長いワヘネルの独壇場でした。 

B: 二人はドリアの無実を証明するために対策を練るのですが、互いに嘘をつき合って駆け引きしているので、タイムリミットが目前なのに真実が見えてこない。

 

A: しかし次第に目的の食い違いが観客にも見えてくる。スリラー大好き人間を取り込むには、殺人、不運・偶然、復讐、大混乱は大きな武器になる。本作にはこれがてんこ盛り、右往左往させられたあげく、大騒ぎは不合理な結末を迎える。第一級のスリラーとは言えないのではないか。

 

B: いっぱい食わされたのを面白いとするか、それはないよ、バカにすんなとへそを曲げるか、どっちかになる。監督はヒッチコックの信奉者ということですが、二役ということで『めまい』(58)を想起した観客もいたのでは。

A: 『めまい』へのオマージュというブライアン・デ・パルマの『愛のメモリー』(76)、スペイン映画ファンならネタバレになるかもしれないが、フアン・アントニオ・バルデムの『恐怖の逢びき』(55)、クラシック映画の代表作ですね。脚本はただ複雑にすればいいというわけではなく、騙すにもある一定の論理性がないと納得しない観客が出てくる。それはともかくとしてワヘネルには何か賞を上げたい。

 

B: ドリアの愛人役バルバラ・レニーは相変わらず美しい。クローズアップのシーンにまだまだ耐えられる。ダブル不倫という設定で二人とも薬指に嵌めた指輪を気にしている。

A: アルゼンチン訛りを克服して、今やスペインを代表する女優に成長した。ゴヤ賞2017では、ネリー・レゲラのデビュー作「María (y los demás)」で主演女優賞にノミネートされましたが、アルモドバルの『ジュリエッタ』主役エンマ・スアレスに苦杯を喫した。

 

B: 『マジカル・ガール』で受賞したばかりですからもともと無理だった。3作とも酷い目にあう役ばかりでしたが、昨今の美人はいじめられ役を振られるのが流行なのかな。

A: ワヘネル同様舞台との掛け持ち派、モデルもこなし貪欲に取り組んでいる。最後になるが監督のオリオル・パウロ、期待が大きかっただけに専門家からは厳しい注文が相次いだ。背景に社会問題を取り込んではいるが尻切れトンボになっている。また俳優の演技がどんなに優れていても、ある程度専門家を納得させられないと賞レースに残れない。

B: 評論家と観客の好みが一致するのは滅多にないことですが、前者の評価が平均5つ星満点で1.5、対して後者が10点満点の7.8とかけ離れている。日本の観客には楽しんでもらえたでしょうか。

 

   

         (不運な死を遂げるラウラ・ビダル、バルバラ・レニー)

  

アナ・ワヘネルは、1962年カナリア諸島のラス・パルマス出身、セビーリャの演劇上級学校を出て舞台女優として出発、舞台と並行してテレビドラマに出演、映画デビューは2000年、アチェロ・マニャスのデビュー作El Bolaと遅かった。ラテンビートが始まっていたら絶対上映された映画でした。主人公のフアン・ホセ・バジェスタが子役ながらゴヤ賞新人男優賞を受賞した話題作でした。ベニト・サンブラノの『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び~』(11)の看守役でゴヤ賞助演女優賞を受賞脇役に徹して出演本数多く日本登場も意外と早い。アルベルト・ロドリゲスの『7人のバージン』サンティアゴ・タベルネロの『色彩の中の人生』ラテンビート2006で上映され、翌年同映画祭のダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』で俳優組合助演女優賞を受賞している。他に『バードマン』でオスカーを3個もゲットしたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『ビューティフル』では、バルデム扮する主人公と同じ死者と会話ができる能力の持主になった本作『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』での弁護士役は迫力があり、舞台で培った演技力が活かされている。映画、舞台、テレビの三本立てで活躍している。

 

  

  (「無罪を勝ち取りたいなら真実を話せ」と迫るグッドマン弁護士、アナ・ワヘネル)

 

作品・監督の紹介は、コチラ2017217

ホセ・コロナド紹介記事は、コチラ2014320

バルバラ・レニー紹介記事は、コチラ2015327

  

『キリング・ファミリー 殺し合う一家』*アドリアン・カエタノ2017年04月09日 16:37

         

「シネ・エスパニョーラ2017で一番面白かったのがイスラエル・アドリアン・カエタノの本作でした。作品・監督紹介は大分前にアップ済みですが、一応基本データを繰り返すと、原題はEl otro hermano(仮題「もう一人の兄弟」)英題は「The Lost Brother」、原作カルロス・ブスケドの小説Bajo este sol tremendoの映画化、製作国アルゼンチン=ウルグアイ=スペイン=フランス合作アルゼンチン映画、言語スペイン語、2017年、スリラー、113分、マイアミ映画祭2017ワールド・プレミア、マラガ映画祭正式出品、アルゼンチン公開330日、日本公開325

 

    

キャスト:ダニエル・エンドレル(ハビエル・セタルティ)、レオナルド・スバラグリア(ドゥアルテ)、アンヘラ・モリーナ(モリーナ先妻マルタ)、アリアン・デベタック(ダニエル・モリナ)、パブロ・セドロン(屑鉄エンソ)、アレハンドラ・フレッチェネル(エバ)、マックス・ベルリネル、ビオレタ・ビダル(銀行出納係)、エラスモ・オリベラ(死体安置所職員)他

 

プロット:長らく音信の途絶えていた母親と弟の死を発端に闇の犯罪組織に否応なく巻き込まれていくセタルティの物語。セタルティは打ちのめされた日々を送っていた。仕事もなく、何の目的も持てず、テレビを見ながらマリファナを吸って引きこもっていた。そんなある日、見知らぬから母親と弟がアルゼンチン北部のラパチトで内縁の夫モリーナから猟銃で殺害されたという知らせがもたらされる。ブエノスアイレスからその寂れた町ラパチトに家族の遺体の埋葬と僅かだが掛けられていた生命保険金を受け取る旅に出発する。ラパチトではドゥアルテと名乗る顔役が彼を待ち受けていた。元軍人で家族殺害したモリナの友人であり遺言執行人もあるという。しかしこの謎めいた男の裏の顔は複雑に入り組んだ町の闇組織を牛耳るボス、誘拐ビジネスで生計を立てているモンスターであった。セタルティは保険金欲しさにずるずると予想もしなかったドゥアルテのワナにはまっていく。

 

        冷血漢が灼熱の太陽のもとで繰り返す悪のメタファーは何か?

 

A: 原題と邦題のタイトルがこれほどかけ離れているのも最近では珍しい。英題「The Lost Brother」のカタカナ起こしのほうがよほどぴったりしている。多義的な「lost」には「otro」の意味はありませんが内容的に優れたタイトルになっています。

B: 邦題は悪すぎ、「キリング・ファミリー」と副題の「殺し合う一家」のどこがどう違うのやら。アドリアン・カエタノ監督(モンテビデオ1969)が邦題を知ったら「?!」でしょうね。

 

A: タイトルは自由に付けていい決まりですが、作品の顔ですからただセンセショーナルだけではいただけない。邦題の悪口は言わない主義ですが、これは残念です。前回の『クローズド・バル~』同様メタファーが多く、アルゼンチン=サッカー王国、マラドーナ、メッシ、タンゴの豆知識だけでは映画のすごさは分かりにくい。少なくとも3万人の行方不明者を出したと言われる軍事独裁政権時代(197683)が背景にあることだけは押さえておきたい。

B: お金目当ての誘拐、地下室監禁、脅しの手口、性的虐待、ディオニソス症候群など、汚職まみれの残酷すぎるアルゼンチン社会のメタファーが分からないと、単なる平凡で陳腐な殺人ごっこにしか見えません。

 

    

      (新しい獲物セタルティの値踏みをするドゥアルテの下卑た笑い顔)

 

A: 小悪党ドゥアルテと行き当たりばったりの人生を送っているセタルティは同世代、生き方は違うように見えるが同じ穴の狢の似た者同士です。彼らは法が機能しなかった独裁政権時代の犠牲者あるいは継承者、いわゆる「道に迷った子供たち」を象徴しています。

B: 「くそったれ」しか学んでこなかった。大体40歳前後に設定されているようです。この世代はきちんとした教育を受けられず、悪事や憎しみを正当化し、裏切りやレイプは当たり前、愛を語ることなど人間のもろさだと思わされて育った特異な世代です。

 

A: 誘拐してきたエバを地下室に監禁して、自分の排泄物を処理するがごとくレイプする。このシーンはかつての独裁政権があちこちに散在していた強制収容所で行っていたことの再現ですね。ラパチトはチャコ州にある実在の町、原作者カルロス・ブスケド1970)はチャコ州の出身、この地方を熟知している。

B: 夏は日差しが強く、埃りの舞い上がる寂れた町でメタボ気味のセタルティは汗まみれになる。この猛暑もメタファーでしょうか。

 

A: 脚本を見せられ即座に出演を決めたダニエル・エンドレル(モンテビデオ1976、セタルティ役)が、アルゼンチン公開前のインタビューで「監督から体重を増やしてくれと頼まれた」と語っていた(笑)が、家族の埋葬は口実、保険金が目当てでやってきた意志の弱い男が次第に欲に釣られて深入りしていくプロセスが面白い。

B: 初対面からドゥアルテの危険な悪事に気づきながら、かけらだが良心は残っているのに、ずるずると深みにはまっていく。

 

 

  (左から、スバラグリア、監督、メタボが若干解消されたエンドレル、公開前の記者会見)

 

A: 早くブラジルで人生をやり直そうと未来が見えてきたのに弱さが勝つ。彼らのようなアウトサイダーは、民主化されても真面な労働力と見なされない。殺害者モリーナの息子ダニエルもきちんとした教育を受けていないから、ドゥアルテに不信を抱きながらも悪事に手を染めていく。関係を切りたくても、その後の人生設計が思い描けない。

B: 母マルタはスペインからの移住者、モリーナの先妻という設定でした。モリーナは内縁の妻と息子を殺害したあと自殺したことになっているが事実かどうか分からない。邪魔者になって消されたのかもしれない。息子ダニエルは父親の埋葬のさい、幼くして死んだ同名の兄がいたことを初めて知る。

 

A: もう一人の兄弟の存在ですね。長男のクリスチャン・ネームは父親と同じにする仕来りがある。長男は「お前が生まれる前に死んだので、同じ名前を付けた」と母親は説明する。墓碑銘には「19831987」とあり、次男ダニエルが1987年以降に生まれたことを観客は知る。

B: ハビエル・セタルティとダニエル・モリーナに血縁関係はなく異母兄弟でもない。セタルティの母親とモリーナは内縁関係だから法的にも義理の兄弟にはならないわけですね。

 

A: 母親と一緒に殺害された弟の存在をセタルティは知らなかったようで、この弟はモリーナが父親かもしれない。セタルティにももう一人の兄弟がいたことになる。ドゥアルテは「el otro haemano」というセリフを何回か口にした。原題のキイポイントです。ワーキング・タイトルは原作と同じでしたが、最終的に変更したのでした。

B: マルタ役にスペインの大女優アンヘラ・モリーナ(マドリード1955)を起用できたことを監督は幸運だったと語っています。

 

A: 映画の中で唯ひとり人間性をもち続けたいと思っている人間、運命に翻弄されながらも息子ダニエルの更生を願う母親、捨てられながらも元夫を埋葬するという、吐き気を催すような登場人物のなかでは稀有の存在でした。

B: 掃き溜めに鶴、冒頭から薄命が暗示されていた。ダニエル役のアリアン・デベタックは初めて見る俳優ですが、自分の生き方に確信がもてないことが狂暴性に直結するという悪循環を断ち切れない青年を好演していた。センチメンタルで動揺しやすい青年役でした。

 

   

     (長男が眠る墓に夫の遺灰を撒くマルタと息子ダニエル、映画から)

  

        父親のいない孤児たち、アンチヒーローしか登場しない映画

 

A: 軍隊では先輩モリーナから様々なことを教えてもらったという小悪党ドゥアルテを好演したのがレオナルド・スバラグリア(ブエノスアイレス1970)でした。イケメンを卒業してマラガ映画祭2017では、大賞のマラガ賞、本作で銀の男優賞を受賞した。

B: マラガ賞はリカルド・ダリンも貰っていないはず、快挙に近い。軽薄に聞こえる声、薄汚い表情、お喋りだが内容は空っぽ、全てはお金のため、愛など無用の長物、病的なほど残酷なアンチ・ヒーローを体現した。これで女性ファンを大分失いましたが、役者として一皮剥けました。

 

A: ご安心ください。マラガに現れたスバラグリアはにこやかなイケメン、エンドレルもメタボを若干解消してお腹は引っ込んでいました。アンヘラ・モリーナも皺こそ深くなりましたが相変わらず美しい。カエタノ監督は欠席したのか、プレス会見にも姿がなかった。

B: ヒーローが出てこないのがカエタノ作品の特徴ですが、本作のもう一つのカギは移動父親不在です。これはラテンアメリカ文学の特徴の一つですね。

 

    

     (左から、スバラグリア、モリーナ、エンドレル、マラガ映画祭にて)

 

A: ドゥアルテには父親どころか全く家族の姿が見えない。セタルティも故郷トゥクマンを出てからは家族は不在、ダニエルは母子家庭同然だった。さらに誘拐されたエバに夫はなく、つまり電話にボイスで出演するエバの息子にも父はいない。息子には母親を救い出したいという意思がない。セタルティはトゥクマンからブエノスアイレス、さらにラパチトに流れてくる。そして最終目的地はブラジルということでした。

B: 崩壊した家族は崩壊したアルゼンチンをシンボル化しており、かつてセタルティの家族が住んでいた家は、今や廃屋となっている。鉄屑のガラクタ・コレクターの弟の存在も不気味です。

A: ディオニソス症候群らしい弟の存在と、それを買い取る屑鉄商エンソのメタファーは何でしょうか。エンソを演じたパブロ・セドロン(マル・デル・プラタ1958)は、人気テレビドラマで活躍しているベテランのようです。精彩を欠くセタルティを手玉に取る、世故に長けた屑鉄商を飄々と演じていた。

 

      

       (屑鉄商エンソにガラクタの値段交渉をするぱっとしないセタルティ)

 

              

B: トラクターの売却代金を狙われ、ドゥアルテの餌食になるエバを演じたのは、アレハンドラ・フレッチェネルでした。

A 脇役に徹して映画とテレドラで活躍している。今回は猿ぐつわをされている役なのでセリフが少なく難しい役だったと語っている。目で演技ですから、ごまかしが効かない。独裁政権下で地下室に押し込められ犯された多くの犠牲者のメタファーです。パブロ・トラペロの『エル・クラン』15を思い出した観客もいたはずです。

B: あちらの時代背景もポスト軍事独裁時代でしたが、誘拐ビジネスの根は前の軍事独裁政にありました。アルゼンチンの負の遺産はナチス同様、現代でも生き延びています。

 

 

 (左から、エンドレル、監督、デベタック、フレッチェネル、公開前の講演会にて)

 

          フレーミングの取り方、カメラの位置

 

A: カエタノ監督は、いわゆるアルゼンチン・ニューシネマ世代に属している。画面の切り取り方やカメラの位置に拘っていることがよく分かる作品でした。「構図は成り行き任せにしなかった。大変苦労したがその甲斐はあった」と。

B: フレーミングに拘ったレオポルド・トーレ・ニルソン(192478)に捧げられている。

A: 日本では『天使の家』(57)と『MAFIA血の掟』(72)が公開されている。アルゼンチン映画史では避けて通れない監督、脚本家です。

 

   

  (州都レシステンシアの銀行窓口で生命保険料の支払いを待つドゥアルテとセタルティ)

 

B: 原作を損なわずに、しかしかなり自由に映画化したようですが。

A: 読者と観客の違いを考えたということですかね。いずれにしろ小説と映画は別作品です。

 

作品紹介とアドリアン・カエタノのキャリア紹介は、コチラ2017220

レオナルド・スバラグリアのキャリア紹介は、コチラ2017313

アンヘラ・モリーナのキャリア紹介は、コチラ2016728

ダニエル・エンドレルのキャリア紹介は、コチラ2017220

 

『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』*デ・ラ・イグレシア2017年04月04日 21:03

         ドタバタ密室劇はメタファー満載のホラー・コメディ

 

 

            (監督も閉じ込められて出られません)

 

A: 「シネ・エスパニョーラ2017」という、スペイン語をちょっと齧っただけの人でも「?」なタイトルのミニ映画祭、タイトルこそヘンテコですが、スペイン語映画の最新話題作5を纏めて見られる貴重な映画祭でした。ラテンビートと違って字幕は英語版からで不満は残りますが、それを言ったらきりがないと割り切るしかありません。それでも作品それぞれに付いた長たらしい副題は蛇足だと言いたい。

B: スペイン語はまだまだマイナー言語、上映してもらえるだけで感謝したい、邦題になどイチャモンつけてる余裕がない(笑)。新作をこれだけまとめたラインナップはなかなか企画してもらえない。スリラー、アクション・コメディ好きは、そこそこ楽しめたのではないか。 

 

A: まずベルリン映画祭の特別招待作品(コンペティション外)でワールド・プレミアしたアレックス・デ・ラ・イグレシア『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』、ベルリンで監督が「この映画のテーマは思考停止だ」と語っていたように、ドッキリ映画を装いながら、普通の人間が死の恐怖にさらされたらどうなるかを描いている。

B: 前半の15分ほどはシリアス・コメディ・タッチだが、それ以降は笑うに笑えない。登場人物たちは各自現状に不満を抱いているが、そう取りたてて悪人ではない。ところが本当のテキが分からないから、一人の「思考停止」が全員に伝染病のごとく広がってしまう。敵がバルの外にいるだけなのか中にもいるのか分からない。人間のエゴイズムもテーマの一つです。

 

A: スペイン人はチームプレイが得意ではない。デュマの『三銃士』の合言葉じゃないが、「万人は一人のために、一人は万人のために」とはいかない。疑心暗鬼も伝染病のように広がります。恐怖はカビのように増殖する。ちょうど1980年代のエイズ患者バッシングのように、ハグしあった親友同士も「見知らぬ人」と握手も拒んだ。

B: 現在のマドリードのバルが舞台ですが、スペインで過去に起こったこと、また未来に起こりうることでもあり、メタファーの取り方で面白さは変わってくる。

 

         「社会的問題を描くのが第一の目的ではないが・・・」 

 

A: 監督の生れ故郷バスクでは過去に起こったテロ事件、対する国民大衆の無関心などに思いを馳せた観客もいたと思いますね。当時大人たちは、銃声が聞こえてきても関わり合いになりたくないから聞こえなかったことにした。監督によれば「社会的問題を描くのが第一の目的ではないが、背景にそれなくして私の映画は成立しない」と語っている。

B: 一瞬にして無人となった繁華街の不気味さ、国家権力に烏合するメディアの情報操作、謎の狙撃者の狙いは何か、グロテスクを排除しないアレックスの映画手法を堪能できます。

 

A: 作品紹介でも触れたように**、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』スティーヴン・キングの『ミスト』、またはブニュエルの『皆殺しの天使』からヒントを得ている。

B: いわゆる「クローズド・サークル」の代表作品ですね。

A: 特にブニュエル作品では知識階級に属する全員が思考停止になってしまう。知識など役に立たない。誰もいなくなってしまうのか、あるいは誰か残れるのか、チームプレイの不得手な人々の生き残りをかけた椅子取りゲームが後半の見所です。

 

B: スリラー劇ですからネタバレは御法度ですが、主役ブランカ・スアレスの下着姿にくぎ付けになっていると本質を見失います。今後どんな映画が公開されるか分かりませんが、少なくとも来年のゴヤ賞ノミネートは決まりだね。

A: 主役はマリオ・カサスではなさそうですね。際立っていたのがイスラエル役のハイメ・オルドーニェス、襤褸着のなかから現れる筋骨隆々にはびっくりしました。いつでも闘えるように肉体は鍛えておかねばなりませんし、見掛けで人を判断してはいけないという道徳教育の映画でもあります。 

 

  (サディスティックな監督に油まみれの下着姿にさせられたブランカ・スアレス)

 

B: 役に立つ教訓的なお話でもあります。アレックス映画ではお馴染みのセクン・デ・ラ・ロサの言い分には泣けてきます、使用人は常に辛くて弱い立場です。

A: 特に老いてますます盛んなテレレ・パベスのような強権的な雇い主の下で働くのは「一に辛抱、二に忍耐、三四が無くて、五に我慢」です。

 

B: 『グラン・ノーチェ! 最高の大晦日』につづいて出演のカルメン・マチ、頭の回転が速くてどんな役でもこなすカメレオン女優です。

A: エミリオ・アラゴンの『ペーパー・バード幸せの翼にのって』(10)がラテンビートで上映されたとき監督と一緒に来日、気軽に来場者との写真撮影にも応じていました。公開が確実なアルモドバル映画の常連さんでもあるから、ファンも多いほうかもしれない。本作はマラガ映画祭2017のオープニング作品でした。

 

    

  (セクン・デ・ラ・ロサ、マリオ・カサス、ハイメ・オルドーニェス、カルメン・マチ)

  

  *主な出演者紹介*

キャストブランカ・スアレス(客エレナ)、マリオ・カサス(客ナチョ)、セクン・デ・ラ・ロサ(バル店員サトゥル)、ハイメ・オルドーニェス(浮浪者イスラエル)、テレレ・パベス(バル店主アンパロ)、カルメン・マチ(客トリニ)、ホアキン・クリメント(客アンドレス)、アレハンドロ・アワダ(客セルヒオ)他

 

ベルリン映画祭のインタビュー記事は、コチラ2017226

**作品紹介の記事は、コチラ2017122

  

『ベルエポック』が「金の映画」受賞*マラガ映画祭20172017年03月19日 16:35

         フェルナンド・トゥルエバのオスカー受賞作『ベルエポック』

 

 

フェルナンド・トゥルエバのオスカー受賞作『ベルエポック』1992)が「金の映画」に選ばれました。昨年、『美しき虜』(98)の続編La reina de Españaが公開され、ベルリン映画祭2017のベルリナーレ・スペシャル部門で上映されこと、『ベルエポック』も第43回ベルリン映画祭の正式出品、そして節目の25周年にあたることも受賞理由かもしれない。昨年の「金の映画」は、前年20156月に鬼籍入りしたビセンテ・アランダに哀悼の意をこめて、彼の代表作『アマンテス/ 愛人』が受賞しているからです。

 

 

★『ベルエポック』は、ホセ・ルイス・ガルシの『黄昏の恋』以来10年ぶりに、スペインに2個目のオスカー像をもたらした。もはや古典映画入りしているが、その活力あふれた、魅力的な語り口で内戦勃発5年前の「ベルエポック」良き時代を語りながら、時として悲劇をも入り込ませている。シュルレアリスムでメランコリックでさえある。本作でトゥルエバは自身の自画像を描いたと評されたが、例えば美に対する厚い尊敬の念、人間の知恵、喜び、寛容さ、そして自由意志である。価値ある生き方とは何か、彼が考えている愛国心が何であるかを語った作品です。

 

  

 (オスカー像を手にした製作者アンドレス・ビセンテ・ゴメスとフェルナンド・トゥルエバ)

  

★長編第5作『目覚めの年』(86)で初めてコンビを組んだ、名脚本家ラファエル・アスコナは既に鬼籍入りしており、そのほかにもフェルナンド・フェルナン・ゴメス、アグスティン・ゴンサレスやチュス・ランプレアベなどの名優たちが旅立った。当時若さにあふれていた脱走兵ホルヘ・サンス、ペネロペ・クルス(四女)、アリアドナ・ヒル(次女)などは実人生では父親や母親になり、マリベル・ベルドゥ(三女)はドラマやコメディに出ずっぱり、ミリアム・ディアス・アロカ(長女)はテレドラ出演と、各自キャリアを積んでトゥルエバが予測した通りの活躍をしている。

 

        

       (美しい4人姉妹に囲まれて幸せいっぱいの脱走兵ホルヘ・サンス)

 

『ふたりのアトリエ~ある彫刻家とモデル』12)がラテンビート2013で上映されたとき初の来日を果たしている。2015年の国民賞(映画部門)受賞の折に紹介記事を書いております。ビリー・ワイルダーを映画の神様と尊敬して、オスカー受賞スピーチで「ミスター・ワイルダー、ありがとう」と述べ、後日「もしもし、こちらは神様です」とお茶目な神様からお祝いの電話をもらった。スペインではガルシア・ベルランガを師と仰ぎ、彼の「Plácido」(61)と『死刑執行人』(63)をスペイン映画2大傑作と語っている。ベルランガとトゥルエバの共通項は脚本家のラファエル・アスコナとタッグを組んだことでしょう。

 

★今年のベルリン映画祭のインタビューでも語っていたことですが、「大切なのは物語を語ること、自分にとって映画を作れることはそれぞれ奇跡に近いのです。それで感謝するのは、特に私のプロデューサー、クリスティナ・ウエテです。年がら年中彼女と格闘しています」。クリスティナ・ウエテとは監督夫人のこと、夫唱婦随の反対とか(笑)。

 

『ふたりのアトリエ~』のラテンビートQ&Aの記事は、コチラ20131031

国民賞(映画部門)受賞とフィルモグラフィーの記事は、コチラ2015717

La reina de España」の記事は、コチラ2016228