『エル・クラン』 パブロ・トラペロを観る2016年11月13日 18:18

        アルゼンチンの脆弱な民主主義――モンスター家族のその後

 

  

 

★確かに衝撃的な内容ですが、1970年代後半の軍政時代の弾圧を知るアルゼンチン国民にしてみれば、それほど驚くような内容ではなかったのではなかろうか。もし驚愕したのであれば、それは社会でもや学校でも国民が自国の「現代史」を疎かにしていたことになる。軍政時代に反共を錦の御旗に国家がしたことを、民主化のせいで行き場をなくした個人が代行しただけともいえます。1980年初頭、軍事独裁政権の最後を支えていた人々の無責任と自由放任を利用できたからだといえる。この映画では3年間に4回実行された誘拐ビジネスとプッチオ父子とその実行犯の逮捕までが語られるのですが、重要なのは民主政権がウヤムヤにした軍事独裁政の総括、無関心に徹した国民、つまり名目だけの民主化でしょう。ここではモンスター家族のその後にスポットライトを当てたいと思います。

 

『エル・クラン』El clan”“The Clanの基本データ

製作:Kramer& Sigman Films / Matanza Cine / El Deseo / Telefe / INCAA / ICAA

監督・脚本:パブロ・トラペロ

脚本:フリアン・ロヨラ

撮影:フリアン・アペステギア

編集:アレハンドロ・カリーリョ

音楽:セバスチャン・エスコフェト

美術:セバスチャン・オルガンビデ

衣装:フリオ・スアレス

データベネチア映画祭2015監督賞(銀獅子)受賞作品アルゼンチン=スペイン、スペイン語、2015年、110分、伝記、スリラー犯罪物、撮影地ブエノスアイレス、配給元20世紀フォックス、公開:アルゼンチン2015813日、ウルグアイ93日、チリ924日、ペルー123日、日本2016917日(新宿シネマカリテ他)

 

   

 (左から、ピーター・ランサニ、監督、ギジェルモ・フランセージャ、ベネチア映画祭にて

 

キャスト:年齢は1985823日逮捕時のもの(公式サイトより)

ギジェルモ・フランセージャ(アルキメデス・プッチオ、元公務員・外交官、56歳、

  201384歳で没

ピーター・ランサニ(長男アレハンドロ、マリン・スポーツ用品店経営、地元ラクビーチーム

  Club Atletico San IsidroCASIカシ」の元選手、26歳、200849歳で没)

リリー・ポポビッチ(妻エピファニア、高校教師・会計学、53歳)

ジセル・モッタ(長女シルビア・イネス、美術教師、25歳、52歳で没)

ガストン・コッチャラーレ(次男ダニエル、通称マギラ、「カシ」の選手23歳)

フランコ・マシニ(三男ギジェルモ、?歳)

アントニア・ベンゴエチェア(次女アドリアナ、14歳)

ステファニア・コエッセル(アレハンドロの婚約者モニカ、幼稚園教諭、21歳)

その他、誘拐グループ(クラン)の実行犯、協力者たち

 

解説1980年代に4人を営利誘拐、多額の現金を手にした後に殺害していた「誘拐団プッチオ」の実話にインスパイアーされて製作された。首領アルキメデス・プッチオ並びにその家族は実在の人物であるが、映画の細部はフィクションである。プッチオ家はブエノスアイレス近郊サン・イシドロの高級住宅街にあり、道路に面した階下をマリン・スポーツの店舗にして、長男アレハンドロに経営を任せていた。人質を監禁していた地下室は外部に物音が漏れないよう密閉されていたが、昼日中の拉致、自宅監禁、拷問、殺害というプッチオ一族の凶悪な犯罪が、何故3年間も繰り返し可能だったのかが明らかにされる。しかしそれは軍事クーデタが勃発した1976年まで時間を遡っていくことになる。

作品&パブロ・トラペロ監督キャリア紹介は、コチラ⇒201587

ベネチア映画祭監督賞(銀獅子)の紹介記事は、コチラ⇒2015921

 

       コメディアン、ギジェルモ・フランセージャの蛇のような目

 

A: ラテンビートと重ならないよう封切り直後に鑑賞していたので、大分記憶が薄くなってしまっていますが、主人公アルキメデスを演じたギジェルモ・フランセージャの蛇のような目だけは忘れられない。

B: メキシコのA・キュアロンの『ルドandクルシ』08)、アルゼンチンに2個めのオスカー像をもたらしたJJ・カンパネラの『瞳の奥の秘密』09)で既に登場しています。コメディタッチの役柄が多かったから、本作のアルキメデス役に起用されたと知って驚きました。

A: 映画にしろTVドラにしろ殆どがコメディ、フランセージャ起用はトラペロ監督の慧眼です。コメディアンとしてアルゼンチンで知らない人はいないと言われているベテラン、1955年ブエノスアイレス生れだから、軍事クーデタが勃発した19763月には成人しており、大人の目で道路を走り回っていた戦車を見ているはずです。TVミニシリーズLos hermanos Torterolo1980、コメディ)デビューも間もなくでした。

 

B このクーデタは「起こるべくして起こった」と後に歴史家によって書かれるわけですが、誰も驚かなったというのも信じられないことです。

A: 民政といっても前も後ろもお粗末でしたから、突然知り合いが行方不明になっても関わりを怖れて「沈黙は金」を決め込むのは自然です。アルゼンチン社会にはびこっていたこの「無関心」が元凶です。前述の『瞳の奥の秘密』の時代背景は1976年クーデタの直前にあたります。本作は軍政から民政への移行期の198285年、3万人とも言われる行方不明者名を出した直後だけに、国民も拉致、監禁、殺害には慣らされていた時代でした。

B: 警察は通報を受けても捜索する気もないし、仮にプッチオ一家の犯罪を疑っていても逮捕しようとは思わなかったように思えます。

 

      民政化後のシークレット・サービス員の失業対策のひとつ?

 

A: アルキメデスは有能なシークレット・サービスの一員、軍事独裁政権では拷問のプロとして重宝がられていた。1982年のフォークランド戦争(319日~614日)の敗北を機に翌年総選挙が実施され、12月に民政化された。軍政時に幅を利かせていた軍幹部の多くが有罪となり、プッチオのような関係者は失業者となって生活の基盤を失ってしまった。同じ境遇の退職軍人や友人たちと一緒に始めたのがこの「誘拐ビジネス」でした。

 

B: このグループのリーダーだったのが企画立案者にして実行犯のアルキメデス、元の上司や官憲が半ば見逃していたのは、これが部下たちの一種の「失業対策」の一つだったと考えられます。

A: 第1回目の誘拐が軍政の終焉が予想されたフォークランド戦争後の1982722日、9日後身代金25万ドルを受け取ったあと殺害(要求額は50万ドルだったとも)、第2回目が198355日、10万ドル受領後殺害、所在不明だった遺体は4年後に発掘されている。

 

B: 驚くほどの大金ではないですね。被害者家族が払えるだろう金額を要求している。結局成功するのはこの2回だけ。長男が協力を拒否した1984622日の3回目は、誘拐途中に車から逃げようとした人質を慌てた仲間が胸に発砲、結果的に大事な金づるを死なせてしまい失敗する。最後の4回目でグループ全員が逮捕される。

A: この逮捕劇は、短編ドキュメンタリー“El Clan Puccio”を見ると、実際と映画では若干異なりますが、本作はドキュメンタリーではありませんから問題なしです。事件を握りつぶしていたらしい元上司も自分に累が及ぶのを懸念して庇いきれなくなったのではないか。軍政時に窒息させられていた人権活動家や労働組合の反撃が強まったこともありますが、将来性のあるビジネスとはいえませんから先は見えていたはずです。

 

B: 前3人は長男アレハンドロの友人だったり父親の知り合いだったりしたが、4人目のネリダ・ボリーニ・デ・プラドは葬儀社を経営していた実業家、家族が通報して警察も動かざるを得なかった。交渉を意図的に長引かせ、自宅軟禁も32日間という番狂わせになってしまった。

 

       

           (逮捕時の長男アレハンドロ、1985823日)

 

A: やっと身代金50万ドルで交渉成立、受け渡し現場に張り込んでいた警官に一網打尽となった。長男アレハンドロ3回目から実行には参加しておりませんが、自宅に一緒にいた恋人モニカの目の前で逮捕された。ボリーニ家の電話番号が書かれていた紙切れを所持していたことが逮捕の決め手となった。彼は拉致には協力しておりますが殺害には一切関与していない。それで最後まで罪を認めなかったようですが、父親から報奨金を貰っており無罪は通らない。現ナマの魅力は抗しがたいです。

        

  押しつけられた「家父長制」と歪められた「家族愛」の揺らぎ

 

B: 長男離脱のあと「家父長制」や「家族愛」にも揺らぎがみえ、瓦解は時間の問題だった。際立つのが母親エピファニアのモンスターぶり、長男が役立たずになったとみるや直ぐさま次男を呼び寄せる。不気味ですね。

A: 母親というのは本当に危険な存在です。彼女も逮捕されるが、証拠不十分で2年後に釈放される。80歳を過ぎた現在は、一時親戚に預けられていた次女アドリアナ(当時14歳)と暮らしている。父親と息子の相克、家族は助け合わねばならないという大義名分、これほど極端ではないが観客にも身近に起こりうることです。

 

B: 映画にも出てきましたが、長男はブエノスアイレス裁判所から移送中に係官の手を振り切って5階の回廊から飛び降り自殺をはかる。しかし運悪くというか2階部分の柔らかい屋根に落下、死ねなかった。これを含めて34回自殺を試みているという。

A: 刑務所内の精神病棟に収容され、2007年条件付きで釈放されたが、翌年49歳で没している。90年代初めの獄中結婚、1997年に仮釈放されるも犠牲者家族の圧力に耐えられず刑務所に舞い戻るなど、常に精神状態が不安定だった。

 

            自分は被害者、悪いのは民主化

 

B: 一方「自分こそ被害者」と死ぬまで罪を認めなかった父親アルキメデスも、ある意味、精神を病んでいたのではないですか。軍政が続いて失業しなければ誘拐ビジネスには手を染めなかった、悪いのは民政化という論理です。

A: アイヒマン同様、最後まで自分自身と家族、友人仲間の罪を認めなかったのは驚くに当たりません。箒で自宅前だけでなく反対側の道路も掃いているシーンがありましたが、当時から「箒の変人」という渾名を付けられていた。清掃が目的ではなく警戒と事情蒐集のためだった。近所の人もうすうす気づいていたが、知っていたと言えば、どうして通報しなかったと非難されるのを怖れて白を切っていたとも考えられる。今も昔も無関心は流行ですが、特に当時は蔓延していた。収監中に弁護士の資格を取り、数カ所の刑務所を経て、2008年、浴室設備のない住居指定の条件付きながら釈放、2013年脳血管障害のため、簡易ベッドの上で84歳の生涯を閉じた。

 

        

        (「120歳まで生きる」と豪語していたアルキメデス・プッチオ)

 

B: トラペロ監督は、アルキメデスからインタビューを持ちかけられていたが、海外にいて先延ばしにしていたところ死んでしまい叶えられなかったと語っておりましたが。

A: 脳腫瘍を患っていて精神状態は不確か、ただの下品な老人になっていたらしいから、事件の根幹に関わるような話が聞き出せたかどうか疑問です。2011年、El Clan Puccioの著者ロドルフォ・パラシオスがインタビューしたときでさえ、多くの女性たちとの性的関係を自慢され、呆気にとられたと証言しているほどです。

 

B: 死ぬ4カ月前に離婚していた元妻エピファニア、次男マギラにも接触しようとしたが拒絶されたと語っておりますが、自分たちはアルキメデスの犠牲者、被害者だったと正当化されるのがオチです。

A: エピファニアはアルキメデスの遺骨の受取を拒み、彼は共同墓地に埋葬された。マギラは最後のボリーニ誘拐事件の廉で、199813年の禁固刑を受けていたが、ブラジルやオーストラリアを逃げ回っていた。しかし2011年に刑の正式失効が下され、201311月に舞い戻っていた。司法取引で自由の身になったのでしょうが、実際のところボリーニは生還できたわけですからね。

 

   

              (プッチオ一家、前列が本物)

 

B: 残る家族のうちスポーツ選手だった3男ギジェルモ長女シルビアのその後は?

A: 3男は2回めの自宅軟禁で事件の概要を察知、遠征で訪れたニュージーランドにそのまま亡命して帰国していない。地下の軟禁部屋の階段を上り降りしたと証言した長女も当然嫌疑をかけられたが、母親同様加担した証拠が不十分で釈放されている。52歳でこの世を去っている。

 

       意図的だったBGMのミスマッチ、悲劇を裏切るような選曲

 

B: 当時のブエノスアイレスでは、軍政時代に禁止されていた「ブリティッシュ・ポップス」が流行していた。映像と音楽が齟齬をきたすような選曲は意図的だった。

A: このズレを批判しているブログもありましたが、事情が分かると納得します。スクリーンに現れた人間の二面性同様、ひねり具合というのも難しいですね。

 

B: 監督はフィクションの部分をできるだけ避けたと語っていますが、やはりフィクションです。

A: 新聞記事や残された写真や手紙から家族内の会話を構成するには限界があります。スクリーンで語られたセリフは想像であり創造でもあります。プッチオ関連ではドキュメンタリーの他、アレハンドロの獄中インタビューTV番組、TVミニシリーズHistoria de un clan20159月~11月、11話)がTelefeで放映されている。父親にアレハンドロ・アワダ、母親にセシリア・ロス、長男アレハンドロにリカルド・ダリンの息子“チノ”・ダリンが扮している。

B: アレハンドロ・アワダはこのアルキメデス役でマルティン・フィエロ賞を受賞しており、2015年は「プッチオ・フィーバー」の年でした。 

 

『或る終焉』 ミシェル・フランコ ②2016年06月18日 16:43

             『父の秘密』を受け継ぐ喪失感と孤独

 

   

                DVDのジャケット)

 

A: メキシコとアメリカと舞台背景はまったく異なりますが、『父の秘密』のテーマを引き継いでいる印象でした。喪失感とか孤独感などは普遍的なものですから受け入れやすいテーマです。

B: なかでこれはメキシコではあり得ない、例えばセクハラ訴訟のことですが、訴訟社会のアメリカだから可能だったと思います。本作は監督の個人的体験から出発しているようですが、終末期医療は映画の入れ物にすぎない。

 

A: 個人的体験を出発点にするのは少なからずどの監督にも言えることですが、特にフランコの場合は第1作からともいえます。本作に入る前に、第4作目 A los ojosに触れますと、製作は2013年と本作より前、モレリア映画祭2013でお披露目している。しかし一般公開は20165月と結果的には反対になりました。これについてはスペイン語版ウィキペディアとIMDbとに異同があり、こういう事例は他にも結構あります。

B: ストーリーも『父の秘密』を撮った後のインタビューで語っていた通りでした。いわゆるドキュメンタリー・ドラマ、メキシコの今が語られています。

A: キャストは、モニカ・デル・カルメンが臓器移植の必要な眼病を患う息子オマールの母親になり、その母子にメキシコ・シティの路上生活者、ストリート・チルドレンのベンハミンを絡ませています。言語はスペイン語なのでいずれご紹介したい。

 

   

       (“A los ojos”の共同監督ビクトリア&ミシェル・フランコ兄妹)

 

B: さて本作『或る終焉』ですが、重いテーマのせいか上映後、椅子から立ち上がるのに一呼吸おく観客が多かった(笑)。サスペンス調で始まる冒頭部分、淡々と進む看護師の日常、そしてフィナーレに予想もしないサプライズが待っていた。

A: プレタイトルの冒頭部分は「おいおいこれじゃパクリだよ」と、思わずマヌエル・マルティン・クエンカの『カニバル』(13)を思い出してしまいました。あちらは車中の男の正体は分からないまま事件が起きる。こちらは車のフロントグラス越しに若い娘を追っている男は直ぐ判明しますが、若い娘が誰かは捨ておかれる。男の目線に導かれてスクリーンに入っていった観客は突然梯子を外される。

B: 続いて男はフェイスブックで「Nadia Wilson」なる若い女性を検索している。若い娘がナディア・ウィルソンらしきことを暗示したまま、これまたスクリーンから姿を消してしまう。ストーカー男か、はたまた雇われ殺人者かと不安にさせたまま観客を宙吊りにする。この娘が再びスクリーンに登場するのは後半に入ってから。そこから次第にダヴィッドの過去が明かされ、本当のドラマが始まっていく。

 

  

     (疎遠だった父親から突然声を掛けられて戸惑う娘ナディア、映画から)

 

A: この冒頭部分が大きな伏線になっています。デヴィッドが元の町に戻ってきたのは、セクハラ訴訟で失職した後ではなく、時おり密かに訪れていたことや、この町で起こったことが彼の喪失感の原点であることを観客は知ることになる。エイズ患者のサラや半身不随になった建築家ジョンまでをフラッシュバックとすることも可能ですが、やはり同時進行が自然でしょう。

B: フランコは『父の秘密』でもフラッシュバックは使用しなかったと思います。

 

            互いに求め合う患者と看護師の共犯関係

 

A: 非常に興味深かったのは、デヴィッドは患者との関係はうまくいくのに、患者以外の身近な人、妻や娘も含めての自身の家族、患者の家族とは距離をおいている。サラの告別式に出席したとき、サラの姪から「叔母のことを聞きたい」と話しかけられても避けてしまう。

B: 避けるというより逃げる印象、彼は病める人としか心を通いあえない一種の患者なのですね。バーで隣り合った見ず知らずの他人とは、嘘と真をないまぜにして、談笑しながら自然体で接することができるのに。

A: 患者が看護師を求めるように看護師も患者を求めている。患者と看護師のあいだに親密な共犯関係が成立している。だからメキシコ版のタイトル“El último pacienteChronicは意味深なのです。 

  

          (見ず知らずの他人と談笑するデヴィッド、映画から)

 

B: 「最後の患者」は誰なのか。スペイン語の冠詞は基本的には英語と同じと考えていいのでしょうが、英語より使用した人の気持が反映されるように感じます。定冠詞「el」か、不定冠詞「un」かで微妙に意味が変化する。

A: 邦題の『或る終焉』については目下のところ沈黙しますが、「或る」が何を指すかです。また原題の“Chronic”はギリシャ語起源の「永続する時間を意味するchronikós」から取られている。悪い状態や病気が「慢性の、または長期に渡る」ときに使用される。

B: 監督インタビューでも、しばしば看護師を襲う「chronic depression慢性的な鬱病」について語っています。

 

A: 『父の秘密』で突然妻に死なれた父親が罹っていたのが、この「慢性的な鬱病」です。テーマを受け継いでいると前述したのも、これが頭にあったから。「秘密」を抱えていたのは父ではなく娘です。映画には現れませんが娘は母の死の原因に何か関係があることが暗示されていた。だから学校でのイジメを父親には知らせずに健気にも耐えたのですね。

B: 両作とも、監督がさり気なく散りばめたメタファーをどう読み取るかで評価も印象も異なってくるはずです。

 

         ドラッグのように頭を空っぽにするジョギング

 

A: デヴィッドは看護師という職業柄、ジムで体を鍛えて健康維持に努めている。しかし、それは表層的な見方であり、その一心不乱の表情からは別のことが読み取れる。

B: スポーツにはドラッグのような陶酔感、辛い現実からの逃避があり、更に達成感も得られるから、人によってはのめり込む。本作でも場面転換で有効に使われていた。

 

A 深い喪失感を癒やすには、ただただ走ること、頭を空っぽにすることで、自分が壊れるのを防いでいる。失職してからは安い給料ではジムに通えなくなったという設定か、監督はデヴィッドに歩道を走らせている。彼は何も考えない、何も彼の目には入らない、ただ一心に走るだけ。このジムから歩道への移行もまた、大きな伏線の一つになっている。

B: 『父の秘密』でも娘が現実逃避からか唯一人、プールでひたすら泳ぐ。光と水の美しいシーンであったが、最後にこれが伏線の一つだったことに観客は驚く。

 

A: デヴィッドの看護の内容は、これといって特別新しい視点はなかったように思える。例えばマーサの自殺幇助に手を貸すストーリー、マーサは癌治療の副作用と転移に生きる意味や価値、根拠を見いだせなくなっていた。合法非合法を含めて既に映画のテーマになっている。

B: ステファヌ・ブリゼの『母の見終い』(12)のほうが、テーマの掘下げがより優れていた。

A: スイスで2005年に認められた医師による安楽死が背景にあるが、こちらも安楽死は道具、愛し合いながらもぶつかり合ってしまう母と息子の和解が真のテーマだった。息子役ヴァンサン・ランドンの演技も忘れがたい。 

        

                    (髪をカットしてもらうマーサ、見守るデヴィッド)

 

B: ポール・トーマス・アンダーソンの群像劇『マグノリア』(99)の自宅看護師フィリップ・シーモア・ホフマンの演技、ミヒャエル・ハネケが連続でパルムドールを受賞した『愛、アムール』(12)の妻を看護する夫ジャン=ルイ・トランティニャンなどを思い起こす人もいたでしょうか。

A: 看護ではないが孤独死を扱った、ウベルト・パゾリーニの『おみおくりの作法』(13)などもありますね。ティム・ロスが6ヶ月ほど看護の仕事を体験して、そこで得た情報や体験が脚本に流れ込んでいるそうですが、本作の終末期医療はやはり入れ物の感が拭えません。

 

             主人公と監督の親密な共犯関係

 

B: 「脚本はティム・ロスとの共同執筆のようなもの」と、監督はティム・ロスに花を持たせています。こんなに親密な主人公と監督の関係は珍しいのではないか。

A: 例年10月下旬に開催されるモレリア映画祭FICMがメキシコ・プレミアでしたが、ロスも栄誉招待を受けて赤絨毯を踏んだ。フランコは「この映画祭にティムを迎えることができたのはとても名誉なことです。彼の監督作品『素肌の涙』を見れば、彼の感性が私たちメキシコの映画とまったく異なっていないことに気づくでしょう」と挨拶した。父と娘の近親相姦、息子の父殺しというタブーに挑戦した映画。

 

B: 1999年に撮った“The War Zone”のことですね。なんとも陳腐としか言いようのない邦題です。彼はこれ1作しか監督していない。

A: 閉ざされた空間で起こる権力闘争の側面をもつアレキサンダー・スチュアートの同名小説の映画化、ベルリン映画祭パノラマ部門CICAE賞、英国インディペンデント映画賞、バジャドリード銀の穂賞、ヨーロッパ映画ディスカバリー賞ほかを受賞した。ロスがこのタブーに挑戦したのには自身が過去に受けた傷に関係があるようです。

 

B: 「どのようにストーリーを物語るかというミシェルのスタイルが重要です。ある一人の看護師の物語ですが、それだけではない。彼の映画の主人公を演じられたことを誇りに思いますが、それがすべてではありません」とロス。

A: ティムがメキシコで監督する可能性をフランコの製作会社「ルシア・フィルム」が模索中とか。ロスの第2作がメキシコで具体化するかもしれません。

B: ロスもモレリア映画祭を通じて2ヶ月近く滞在、多くのメキシコの映画人と接触したようです。 

    

  (左から、モイセス・ソナナ、ロス、監督、ガブリエル・リプステイン、FICM 2015

 

A: 二人の親密ぶりはカンヌ以降、わんさとネットに登場しています。フランコが「舞台はメキシコ・シティ、言語はスペイン語」という最初の脚本にアディオスする決心をしたのは、フランコに「もし看護師を女性から男性へ、場所をアメリカにすることが可能なら、私に看護師を演らせて欲しい」というロスの一言だった。

B: 既に女性看護師役も内々に決まっていたとか。でも国際的大スターに迫られて、夢心地にならない駆出し監督はいませんよ。熟慮のすえ変更を決意した。

 

A: ロス自身もBBCのシリーズTVドラマに出演していたが、「君と一緒に仕事ができるなら素晴らしい。カンヌで『父の秘密』にグランプリを与えたとき私のほうから頼んだのだ」と快諾、こうして舞台をロスアンゼルスにして始まった。監督によると戸外での撮影には安全を期して市当局にパトロールを申請しなくてはいけないのだが、それをしなかった。

B: じゃ、デヴィッドが歩道をジョギングするシーンも無許可だったの?

A: 大袈裟になるし高くつくしで「ティムと私のスタッフはパトロールなしを決意した。勿論、罰金を科されないように慎重に誰にも気づかれないように撮影したのは当然だよ」とフランコ。

 

B: 審査委員長だったコーエン兄弟が本作に脚本賞を与えたのは見事なフィナーレのせいだったとか。受賞を意外だと評する向きもありましたが。

A: 誰が受賞しても文句が出るのが映画祭。審査員は批評家でないから、どうしても両者の評価には隔たりが出る。2015年のパルムドール、ジャック・オディアールの『ディーパンの闘い』のフィナーレなんかに比べれば、数段良かったですよ。

B: あれは蛇足でした、でもブーイングするほど悪くなかったです。『キャロル』ファンはおさまらなかったでしょうが。トッド・ヘインズ監督も先にルーニー・マーラが女優賞に呼ばれた時点で、さぞかしがっかりしたことでしょう。

A: それも人生、これも人生です。


「ある視点」メキシコ映画*カンヌ映画祭2015 ⑩2015年05月31日 16:57

 

    ダビ・パブロスの“Las elegidas”はティフアナが舞台の禁じられた愛

 

★女性連続殺人事件で悪名高いティフアナが舞台の少女売春では如何にも気が重い、と躊躇しているうちにカンヌ映画祭は終わってしまいました。カンヌ本体の「ある視点」、この部門にはコロンビアのホセ・ルイス・ルへレスのAlias Maríaとメキシコのダビ・パブロスのLas elegidasがノミネーションされていました。“Alias María”の記事はコチラ⇒527

 


★カンヌではThe Chosen ones”のタイトルで上映された本作は、ホルヘ・ボルピの同名小説にインスパイヤーされて映画化された。製作会社Cananaカナナのプロデューサー、パブロ・クルスが映画化の権利を以前に取得、長年温めていた企画だそうです。映画祭にはダビ・パブロス監督、パブロ・クルス、原作者のホルヘ・ボルピ、出演のナンシー・タラマンテスレイディ・グティエレスなどがカンヌ入りして盛大なオベーションに感激、互いに抱き合って涙を流した。これがカンヌなんですよね。カンヌは初めてという監督を駐仏メキシコ大使アグスティン・ガルシア≂ロペスがアテンダントするという熱の入れようでした。

 

   (左から、ナンシー・タラマンテス、監督、レイディ・グティエレス カンヌにて)

 

         Las elegidas(“The Chosen ones”)

製作Canana / Krafty Films / Manny Films

監督・脚本:ダビ・パブロス

脚本(共同)ホルヘ・ボルピ(原作)

撮影:カロリーナ・コスタ

音楽:カルラ・アイジョンAyhllon

編集:ミゲル・Schverdfinger

データ:メキシコ、スペイン語、2015105分、撮影地メキシコのティフアナ市

カンヌ映画祭2015がワールド・プレミア

 

キャストナンシー・タラマンテス(ソフィア)、オスカル・トーレス(ウリセス)、レイディ・グティエレス(マルタ)、ホセ・サンティジャン・カブト(エクトル)、エドワード・Coward(マルコス)、アリシア・キニョネス(ペルラ)、ラケル・プレサ(エウヘニア)他

 

プロット:ソフィアとウリセスの愛の物語。14歳のソフィアと若者ウリセスは愛し合っている。ウリセスの父親が少女たちに売春を無理強いしようとしたとき、二人の関係に緊張が走った。最初の犠牲者がソフィアだったのだ。ソフィアを救い出すためには代わりの少女を見つけなければならないウリセス。メキシコでもアメリカでもない町ティフアナを舞台に繰り広げられる少女売春ネットワーク。過去のことでも、未来のことでもない、いま現在メキシコで起こっていることが描かれている。 

        (娼婦にさせられた少女たち、“Las elegidas”から)

 

 監督経歴&フィルモグラフィー

ダビ・パブロスDavid Pablos、メキシコ生れの32歳、監督、脚本家。メキシコ・シティの映画養成機関「CCCCentro de Capacitación Cinematográficaで学ぶ。フルブライト奨学金を得てニューヨークのコロンビア大学で監督演出を専攻、マスターの学位を授与される。2009年ベルリン映画祭のタレント養成の参加資格を得る。短編“La canción de los niños muertos”がカナナのパブロ・クルスの目にとまり、“Las elegidas”の監督に抜擢された。

代表作は以下の通り:

2007年“El mundo al atardecer”短編

2008年“La canción de los niños muertos”(“The Song of the Dead Children”)短編、

アリエル賞2010(フィクション短編部門)受賞、ほか受賞歴多数

2010年“Una frontera, todas las fronteras”(“One Frontier, All Frontiers”)

アムステルダム・ドキュメンタリー映画祭2010正式出品

2013年“La vida después”長編デビュー作、ヴェネチア映画祭2013「オリゾンティ賞」ノミネー    ション、ブラック・ムーヴィ映画祭2014審査員賞ノミネーション、モレリア映画祭上映、他

2015年“Las elegidas”省略

 

           (ダビ・パブロス、ヴェネチア映画祭2013から)

 

 トレビアあれこれ

★製作会社「カナナ」設立者としては、ディエゴ・ルナやガエル・ガルシア・ベルナルが有名だが、主力はパブロ・クルスである。製作者は裏方なので名前は知られているとは言えないが、彼はメキシコ映画を精力的に世界に発信続けている実力者。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで映画理論を学び、ニューヨークの「スクール・オブ・ヴィジュアル・アーツSVA」の学士号を得ている。イギリスで長年ケン・ローチ監督のもとで仕事をした後メキシコに帰国、2003D.ルナやG.G.ベルナルなどとカナナを設立した。第1ヘラルド・ナランホの『ドラマメックス』2006ラテンビート上映)が、いきなりカンヌ映画祭の「批評家週間」にノミネートされ、カナナは順調な船出をした。

 

★その後G.G.ベルナルの『太陽のかけら』2007)、ディエゴ・ルナの『アベルの小さな旅』2010)や『セザール・チャベス』2014)を製作、それぞれラテンビートで上映された。本作と似ているテーマではヘラルド・ナランホのMISS BALA/銃弾』2011)が記憶に新しい。こちらも「ある視点」で上映された。麻薬密売に巻き込まれた実在のミスコンの女王ラウラ・スニガがモデルになっている。ラテンビートのゲストとして来日Q&Aに出席した。

 

          (『アベル』のポスターを背にカナナ設立者の三人)

 

★「原作者ホルヘ・ボルピから映画製作の権利を買い、映画化のチャンスを模索したが、最初映画化は難しいように思われた。そんなときパブロスの短編La canción de los niños muertos”を見た。当時彼はCCCの学生だったので卒業を待っていた」とクルス。この短編がアリエル賞2010を受賞したのは上記の通りです。「ダビはまだ監督のたまごでしたが、ダイヤモンドのような輝きを秘めていた」とぞっこんのようです。完成した映画がカンヌへ、期待は裏切られなかったということです。Las elegidas”にはディエゴ・ルナとガエル・ガルシア・ベルナルも、エグゼクティブ・プロデューサーとして深く関わっている。

 

★ホルヘ・ボルピの原作は、1970年代以降売春、人身売買の忌まわしい慣習の町として悪名高いトラスカラ州テナンシンゴの「ファミリー」に着想を得て書かれた小説。ダビ・パブロスがティフアナに変更して映画化した理由は、4歳から18歳までここで暮らしており、よくティフアナの事情に通じていたから。「ここはメキシコでもアメリカでもなく両方が混合している。魅惑的で活気があり、世界中の人々が影響しあって、多様な文化をもつ都市だ」とも。

 

★原作者と監督は、映画化に向けて脚本を練り始めた。主人公ウリセスはいかがわしい生業を営む家族の一員、自分の恋人を餌食にされる文脈だから、暴力が前面に出てしまうと汚れた映画になる危険があった。自分はそうしたくなかったので「複雑なテーマの内面を掘り下げる」描写を心がけたと監督。暗く難解な原文にポエティックなイメージを入れてバランスをとったようです。

 

              (ウリセス役のオスカル・トーレス)


メキシコのミシェル・フランコが脚本賞*カンヌ映画祭2015 ⑨2015年05月28日 11:55

           ミシェル・フランコの第4作目はアメリカ映画

 

メキシコのミシェル・フランコの第4Chronicは残念ながら英語映画、製作国はアメリカ、キャストもアメリカ人なら撮影もロスアンゼルスでした。そんなわけでメキシコとの関わりは監督だけなのですが、脚本賞を受賞しましたので、少しご紹介。1979年メキシコ・シティ生れの監督、脚本家。2009Daniel & Anaでデビュー、「監督週間」で上映されました。第2『父の秘密』2011Después de Lucía”)が、カンヌ本体の「ある視点」部門のグランプリを手にしたこともあって劇場公開されました。

 

★『父の秘密』は、娘をいじめたクラスメートへの親の一種の復讐劇ですが、父親は怒りのあまりある一線を越えてしまう。本当のイジメはあんな生易しいものではないのかもしれませんが、観客は不愉快さで爆発しそうになる。復讐がテーマではないのですが、最後の5秒ぐらいで観客は唖然となる。このシーンのために撮ったのではないかと思ったくらいでした。当ブログでも記事をアップしております。『父の秘密』の記事はコチラ⇒20131120

 

       

             (脚本賞を受賞したミシェル・フランコ)

 

★第3A los ojos2013)はストリート・チルドレンを巻き込む臓器売買の物語。モニカは路上生活者を援助する団体で働くソーシャル・ワーカー、臓器移植をしないと命がない眼病の息子を抱えている。それがタイトルになっている。本作は姉妹のビクトリア・フランコとの共同監督、子供の臓器売買というショッキングなテーマだけに2年に及ぶ丁寧な取材、撮影にもじっくり1年半もかけて撮ったという。今メキシコにあるメキシコの現実を描いているようです。老舗グアダラハラ映画祭を凌ぐようになったと言われるモレリア映画祭2013で上映されました。モニカ役にモニカ・デル・カルメン、『父の秘密』で教師を演じてましたが、マイケル・ロウ監督にカメラドールをもたらした”Año Bisiesto / Leap Year” 2010のヒロインを演じた女優。カンヌに衝撃を与えた本作は、うるう年の秘め事の邦題でラテンビート2011で上映されました。ヒロインを演じたということで映画館に出向いた母親が娘のすっぽんぽんにショックを受けて寝込んだという映画。

 

Chronicは、フランコ監督がティム・ロスを主演に迎えて、初めて英語で撮った映画。自宅での終末医療が題材になっており、テーマとしては万国共通。アイデアは2010年に鬼籍入りした祖母と数ヵ月間、一緒に過ごした体験から生まれた。「なるべく死のことを考えないようとしていました。しかし死は身近にあり、誰でもいつかは向き合わねばならない。映画は死を深化させるにはアートとして優れているということが分かりました」と監督。本作もコロンビアのセサル・アセベドの“La tierra y la sombra”同様個人的な痛みが動機、死は人間を思索的にしますね。「最初、看護師は女性に設定しましたが男性に変えました」。男性看護師と言えばポール・トーマス・アンダーソンの群集劇『マグノリア』のフィリップ・シーモア・ホフマン。こちらも自宅療養中の末期ガン患者の看護師でした。

 

            

                       (カンヌでのティム・ロスとフランコ監督)

 

★医学の進歩とともに自分の最期を選べる時代になりつつある。別の世界に入ろうとしている人の介護は孤独な仕事かもしれない。患者を怯えさせることなく細心の注意をはらって恐怖心を和らげてやることが求められる。『父の秘密』同様、フィナーレに衝撃が待っているようです。脚本賞受賞、英語映画とくれば、多分来年あたり公開されるのではないでしょうか。

 

                 

                                   (“Chronic”から)

 

★カンヌでのメキシコ映画は、最近ではカルロス・レイガダスに始まってアマ・エスカランテと、好き嫌いは別として話題を提供している。今年はコロンビアが目立った年でしたが、国際舞台でのラテンアメリカ諸国の活躍は歓迎すべきことです。今回は米国映画でしたが、フランコ監督は気になる存在、こんなに早く英語で撮るとは思っていませんでしたが。アカデミー賞2015の外国語映画賞にノミネートされたアルゼンチンのダミアン・ジフロンの次回作は英語、A・アメナバルJA・バヨナも英語です。イサベル・コイシェにいたってはずっと英語だし、そのうち若手中堅を問わず英語一色になるかもしれない。英語だと「商談」がやりやすいから。

 

A・アメナバルのスリラーRegressionの記事はコチラ⇒201513

 出演:エマ・ワトソン、イーサン・ホーク他。
 配給はユニバーサル・ピクチャーズ、アメリカ公開8月28日、スペイン公開10月2日。
 公開前にサンセバスチャン映画祭で上映が決定。

JA・バヨナの『怪物はささやく』(仮題)の記事はコチラ20141213

 出演:リーアム・ニーソン、シガニー・ウィーバー他


カメラドールにセサル・アセベド*カンヌ映画祭2015 ⑧2015年05月27日 09:57

        パルム・ドール、意外な結果にブーイング

 

★ジャック・オディアールの“Dheepan”受賞に、「なんてこった」とブーイング。スペインのメディアもトッド・ヘインズの“Carol”か、ソレンティーノの“Youth”を予想している批評家が多かった。オール外れの人のなかには「コーエン兄弟は変わってるね」とやんわり。当ブログでも審査員メンバーを紹介したおり、「こんなに異質な船頭さんたちでは、船頭多くして舟、山に登るにならなければいいけど」と杞憂したんでした。どっちにしろ直ぐ公開されるから無冠でもいいか。

 

          (パルム・ドール受賞のジャック・オディアール)

 

★嬉しいのはLa tierra y la sombra(“Land and Shade”コロンビア他)のセサル・アウグスト・アセベド≪カメラドール≫を受賞したこと。「批評家週間」の新人賞他に続いての大賞です。写真下はプレゼンターの大女優サビーヌ・アゼマとのツーショット、まさに夢心地とはこのことでしょう。大きなお土産を持って帰国できます。「この映画は個人的な痛みから生れた」、痛みとは脚本構想中に亡くなったという母親の死ですね。17年間の長期にわたる農民一家の物語ですから、勿論フィクションですが。

 

        (カメラドール受賞のセサル・アセベドとサビーヌ・アゼマ)

 

★コロンビアの躍進には、「映画産業を向上させようとする国家の財政的な減税や資金援助がある」とスペイン・メディアは報じています(スペインは、まさにその反対ですから)。ブラジル、フランス、アルゼンチンなどとの合作とはいえ、これは内戦中のコロンビアでは考えられないことでした。若い独立系の監督たちにとって、国家の資金的な大奮発は大きな支え、意欲をかきたてるに違いない。「監督週間」最優秀作品賞受賞のチロ・ゲーラEl abrazo de la serpiente”にも言えることです。今年のカンヌにはこの2作以外に紹介が間にあわなかったホセ・ルイス・ルへレスの“Alias María”(「ある視点」部門)とカルロス・オスナの“El concursante”(「シネフォンダシオン」部門)の4作がノミネートされていた。写真下左から“Alias María”、“La tierra y la sombra”、“El abrazo de la serpiente”、“El concursante”。

           (コロンビア発のノミネーション4作品のポスター)

 

ホセ・ルイス・ルへレスの長編第2Alias María(アルゼンチンとの合作)は、コロンビア内戦中の少女ゲリラ兵マリアの物語。ゲリラ兵御法度の妊娠をしてしまったマリアは、お腹の子供を守るため逃走を決心するが・・・。この映画はさまざまな武装グループにかつては所属していた女性たちのインタビューから生れた。民間人の脆さや傷つき易さ、戦争の不条理について問いかけている。ポスターは本作でデビューしたマリア役のカレン・トーレス。コロンビアでは既に4月に公開されています。

 

   (共演者のカルロス・クラビホ、カレン・トーレス、ルへレス監督、カンヌにて)


チロ・ゲーラ最優秀作品賞を受賞*カンヌ映画祭2015 ⑦2015年05月24日 17:28

           このような瞬間を夢見ていた!

 

★午前中チロ・ゲーラの“El abrazo de la serpienteの記事をアップしたばかりですが、「監督週間」の最優秀作品賞受賞のニュースが飛び込んできました。日本は「ある視点」部門の黒沢清の『岸辺の旅』が監督賞受賞で沸いていますが(沸いていない?)、コロンビアでは「批評家週間」の“La tierra y la sombra”に続いての受賞、それも作品賞受賞に沸いています。上映後のプレス会見、マイクを持って話しているのが老カラマカテ役のドン・アントニオ、右が監督(写真下)。

 


★上映後のオベーションが「10分」という記事に、「もしかしたら」が本当になりました。一週間前からカンヌ入りしていた監督以下出演者ともども、夢みたいでしょうね。既にヨーロッパ、米国、アフリカ、ラテンアメリカなど、関連映画館3000館の配給が決まったようです。個人的にも今年のカンヌ上映作品で一番見たい作品がコレ、秋の映画祭でどこかが拾ってくれないかしら。

 

                 

               (アマゾン川で撮影中のスタッフ)

 

★「主人公カラマカテの役を演れるのは、この二人以外に考えられなかった」とニルビオ・トーレスとアントニオ・ボリバルを讃える監督。壮年期のカラマカテを演じたドン・アントニオは、現在生き残っている最後の先住民の一つといわれるオカリナ族ということです。

 

      

    (素晴らしい演技をしたというアントニオ・ボリバル、ポスターから)

   

★前回も書いたことですが、「コロンビアの国土の半分はアマゾン川地域、しかし私たちはアマゾンに背を向けてその存在を無視してきた。彼らの考え、彼らの文化や歴史を何も知らないのです」と繰り返しています。コロンビアでもすでに公開されていますが、現代のコロンビア人は何を感じるのでしょうか。

 

「監督週間」ラテンアメリカから2作*カンヌ映画祭2015 ⑥2015年05月24日 11:27

           チロ・ゲーラの第3作目“El abrazo de la serpiente


★「監督週間」ではスペインからはフェルナンド・レオン・デ・アラノアの“A Perfect Day1作だけということで、言語が英語にもかかわらず簡単に紹介しています。今年はコロンビア映画が意気盛ん、裾野の広がりを実感しています。これからご紹介するチロ・ゲーラ2009年の第2Los viajes del vientoがカンヌ本体の「ある視点」に選ばれ、「ローマ市賞」を受賞しています。今回は2度目のカンヌ、主人公の老若2人のシャーマン、カラマカテKaramakateとプロデューサーのクリスティナ・ガジェゴたちと一緒にカンヌ入りしています。

 

    

  (左から、ゲーラ監督、ニルビオ・トーレス、ドン・アントニオ、クリスティナ・ガジェゴ、

アントワーヌ・セビレ在仏コロンビア大使)

 

El abrazo de la serpiente2015Embrace of the Serpent”)

製作:Buffalo Producciones / Caracol Televisión / Ciudad Lunar Producciones 他 

監督・脚本:チロ・ゲーラ

脚本(共同):ジャック・トゥールモンド・ビダル

撮影:ダビ・ガジェゴ

音楽:ナスクイ・リナレス

編集:エチエンヌ・ブサック

データ:コロンビア≂ベネズエラ≂アルゼンチン、スペイン語他、アドベンチャー・ミステリー、モノクロ、125分、撮影地バウペスVaupésの密林ほか、コロンビア521日公開

 

キャストニルビオ・トーレス(青年カラマカテ)、アントニオ・ボリバル(老年期のカラマカテ)、ヤン・バイヴート、ブリオンヌ・デイビス(エヴァンズ)、ヤウエンク・ミゲ(マンドゥカ)、ミゲル・ディオニシオ、ニコラス・カンシノ(救世主・アニゼット)、ルイジ・スシアマンナ(ガスパー)、ほか

 

    

   (青年カラマカテ役のニルビオ・トーレスとドイツ人民族学者役のヤン・バイヴート)

 

プロット:アマゾン川流液に暮らすシャーマンのカラマカテと、聖なる薬草を求めて40年の時を隔てて訪れてきた二人の科学者との遭遇、友好、誠実、意見の食い違い、背信などが語られる叙事詩。カラマカテは自分自身の文明からも離れて一人ジャングルの奥深く隠棲して数年が経った。自然と調和して無の存在「チュジャチャキ」になろうとしていた彼の人生は、幻覚を誘発する聖なる樹木「ヤクルナ」を探しにやってきたアメリカ人植物学者エヴァンズの到着で一変する。悠久の大河アマゾン、文明と野蛮、聖と俗、シンクレティスモ、異文化ショック、ラテンアメリカに特徴的な<移動>も語られるであろう。

 

*監督キャリア・フィルモグラフィー*

チロ・ゲーラCiro Guerraは、1981年セサル州リオ・デ・オロ生れ、監督・脚本家。コロンビア国立大学の映画テレビを専攻する。長編デビュー作“La sombra del caminante”(2004)は、トゥールーズ・ラテンアメリカ映画祭2005で観客賞を受賞。第2作“Los viajes del viento”(2009)がカンヌ映画祭での高評価をうけ、多くの国際映画祭で上映された。ボゴタ映画祭2009監督賞、カルタヘナ映画祭2010作品賞・監督賞及びサンセバスチャン映画祭2010スペイン語映画賞などを受賞。(写真下“Los viajes del viento”から



 

*解説・トレビア*

★「本作のアイデアは、20世紀初頭コロンビアのアマゾン川流液を踏査したドイツの民族学者テオドール・コッホ≂グリュンベルクとアメリカの生物学者リチャード・エヴァンズ・シュルテスについての新聞記事に触発されて生れた」とゲーラ監督。「二人が残してくれた記録があったからこそできた映画、そういう意味で先人たちへのオマージュが込められている。コロンビアの国土の半分はアメゾン川流域、しかし現代のコロンビア人の多くは、そこがどういうところか、どんな文化があるのか、どういう人が住んでいるのか、何にも知らない」とも。

 

★先に訪れたドイツ人コッホ≂グリュンベルクを造形した役にはベルギー(アントワープ)出身のヤン・バイヴートが扮する。ちょっと雰囲気が本人に似ている。東京国際映画祭2013で上映されたアレックス・ファン・ヴァーメルダムの『ボーグマン』で主役になった俳優。なんとも人を食った神経がザワザワする映画でした。40年後にやってくるエヴァンズには米国の俳優ブリオンヌ・デービスが扮した。リチャード・エヴァンズ・シュルテス**を造形しているようだ。

 

     

       (左から、マンドゥカ、テオドール、青年カラマカテ映画から)

 

テオドール・コッホ≂グリュンベルクTheodor Koch-Grünberg18721924)は、ドイツの グリュンベルクに生れ、20世紀の初め南米熱帯低地を踏査した民族学者。第1回目(190305)がアマゾン川流域北西部のベネズエラと国境を接するジャプラYapuraとネグロ川上流域の探検をおこない、地理、先住民の言語などを収集、報告書としてまとめた。第2回目は(191113)ブラジルとベネズエラの国境近くブランコ川、オリノコ川上流域、ベネズエラのロライマ山まで踏査し、先住民の言語、宗教、神話や伝説を詳細に調査し写真も持ち帰った。ドイツに帰国して「ロライマからオリノコへ」を1917年に上梓した。1924年、アメリカのハミルトン・ライス他と研究調査団を組みブラジルのブランコ川中流域を踏査中マラリアに罹り死去。 


      

**リチャード・エヴァンズ・シュルテスRichard Evans Schultes19152001)は、マサチューセッツ州ボストン生れ、ハーバード大学卒の米国の生物学・民族植物学者。ハーバード大学卒、1941年にアマゾン川高地を踏査している。著書『図説快楽植物大全』が2007年に東洋書林から出版されている。多分聖なる樹木ヤクルナyakrunaも載っているのではないか。

 

「チュジャチャキchullachaqui」という語は一種の分身らしく、語源はケチュア語で感情や記憶をなくした空っぽの無の存在になることのようです。言語は予告編からはスペイン語以外のカラマカテのセリフはちんぷんかんぷん、先住民の言語でしょう。当然ドイツ語、英語も混じっているはずです。二人のカラマカテはネイティブ・アメリカンです。


       (監督とプロデューサーのクリスティナ・ガジェゴ、カンヌにて)

 

            ***   ***   ***

★この「監督週間」には、チリのマルシア・タンブッチ・アジェンデのドキュメンタリーAllende, mi abuelo Allendeも選ばれていますが、これは今春「我が祖父、アジェンデ」の仮題でアップしたばかりなので割愛いたします。「もう一つの911といわれるチリの軍事クーデタ」で自ら生を絶ったサルバドール・アジェンデ大統領の遺族のその後を辿ったドキュメンタリー。監督は大統領の孫娘です。作品紹介並びに監督紹介もしております。写真下は祖父アジェンデに抱かれた監督(左)と従姉マヤ、アジェンデ夫人。

 

Allende, mi abuelo Allende”(2014)の記事はコチラ⇒201539

 

「批評家週間」のグランプリは”Paulina”*カンヌ映画祭2015 ⑤2015年05月23日 11:43

       La tierra y la sombra”も新人賞を受賞

★ラテンアメリカ勢が大賞を独り占めするなんて。カンヌ本体と並行して開催される映画祭だが、ノミネーションが7作と少ないせいか21日の夜に早々と受賞作品が発表になりました(本体は24日)。アルゼンチンのサンティアゴ・ミトレのPaulinaLa patotaがグランプリ、コロンビアのセサル・アウグスト・アセベドのLa tierra y la sombraが作品賞とSACDを受賞、今年はスペイン語映画が気を吐きました。

SACDLa Société des Auteurs et Compositeurs Dramatiques 優れた映画・演劇・音楽・舞踊などに与えられる賞のようです。2012年にスペインのアントニオ・メンデス・エスパルサの“Aqui y alla”が受賞しています。同年のサンセバスチャン映画祭で上映、さらに東京国際映画祭2012ワールド・シネマ部門で『ヒア・アンド・ゼア』(西≂米≂メキシコ合作)の邦題で上映されました。 


★「受賞を誇らしく思い本当に幸せにひたっています。(ディレクターの)シャルル・テッソンや審査員の方々すべてに感謝の気持ちでいっぱいです。私たちの映画にこんな大きな賞を与えてくれて、私やこの映画に携わった一同にとって今日は重要な日になりました。また観客と一緒に自分たちの映画を見ることができ、映画がもたらす観客のリアクション、エモーションを共有できました。・・・映画を作ることは信念がなければできません。この映画のテーマはそのことを語ったものです。パウリーナのような特殊な女性を通じて、信念について、公平について、政治について語ったものです」(ミトレ監督談話の要約)

 


★第1作『エストゥディアンテ』(2011)は政治的な寓話でした。本作のテーマは信念、自分の行くべき道は自分で決めるという選択権についてでした。1960年版の“La patota”と時代は違いますがテーマは同じということです。

 

「批評家週間」のディレクターのシャルル・テッソンがノミネーションの段階でサンティアゴ・ミトレの映画を褒めていたので、もしかしたら何かの賞に絡むかと期待していましたが、まさかグランプリを取るとは思いませんでした。監督の喜びの第一声がテッソンや審査員への感謝の言葉だったことがそれを象徴しています。(写真下サンティアゴ・ミトレ監督)
 

                                          

★今年の審査委員長はイスラエルの女優&監督のRonit Elkabetz だったことも幸いしたかもしれません。「主人公が多くのリスクにも拘わらず、体を張って自分の意志を貫こうとする姿に強い印象を受けた」と授賞の理由を語っています。

 

                       (La tierra y la sombra

Paulina”(La patotaの記事はコチラ2015521

La tierra y la sombraの記事はコチラ2015519

「批評家週間」もう1作はアルゼンチン*カンヌ映画祭2015 ④2015年05月21日 20:45

     『エストゥディアンテ』のサンティアゴ・ミトレの第2

 

★「正確にはカンヌじゃないが、同じ映画祭のように力があり面白い」批評家週間の続き。もう1本はアルゼンチンからLa patota、カンヌでのタイトルはPaulinaです。そう、ダニエル・ティナイレが1960年にモノクロで撮った“La patota”のリメイク版。こちらはベルリン映画祭1961に正式に出品された作品。ヒロインのパウリーナを演じたミルタ・レグランドも孫のナチョ・ビアレと一緒にカンヌ入りの予定でしたが風邪のためキャンセルになったようです。ビアレは本作のプロデューサーの一人です。

 


★さて、サンティアゴ・ミトレはラテンビート2012で長編デビュー作『エストゥディアンテ』2011El estudiante”)が上映されたおり来日しています。まだ当ブログは存在していなかったので第2作目でも初登場です。同映画祭でお馴染みのパブロ・トラペロの『檻の中』(08)や『カランチョ』(10)、『ホワイト・エレファント』(12)の共同脚本家としても活躍しています。他に公開された映画では、オムニバス映画『セブン・デイズ・イン・ハバナ』(12)の第2話「ジャム・セッション」を監督のトラペロと共同執筆している。1980年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、製作者、編集者。本作のパウリーナを演じるのは、昨年ガエル・ガルシア・.ベルナルと正式に離婚したドロレス・フォンシ。新恋人というかフィアンセが監督のサンティアゴ・ミトレ、新婚旅行を兼ねて(?)カンヌ入りしている。

 

  (『エストゥディアンテ』の主人公を演じたエステバン・ラモチェ、本作にも出演)

 

      Paulina(オリジナル・タイトルLa patota

製作:Union de los Rios, La / Lita Stantic Producciones / Television Federal (Telefe) ほか

監督・脚本:サンティアゴ・ミトレ

脚本(共同):マリアノ・ジィナス 

1960年版のエドゥアルド・ボラスとダニエル・ティナイレの脚本がベース

撮影:グスタボ・ビアツィ

音楽:ニコラス・バルチャスキー

データ:アルゼンチン≂ブラジル≂仏、2015年、スペイン語・グアラニー語、スリラー、103分、撮影地アルゼンチンのミシオネス州Misiones、製作費:約1000ARS(アルゼンチンペソ)、アルゼンチン公開2015618

 

キャストドロレス・フォンシ(パウリーナ)、オスカル・マルティネス(フェルナンド)、エステバン・ラモチェ、ほか

 

プロット:弁護士としての輝かしいキャリアをもつブルジョア階級出身のパウリーナの物語。弁護士の仕事をやめ、ミシオネスの貧しい地区に暮らす若者たちを教えようと決心する。そこで起きたこと、それは徒党を組んだ若者の不良グループ「パトータ」からレイプという暴力を受けたことだ。パウリーナは思索的で強い意志をもつ女性だが、扱いにくい気難しい登場人物。極めて政治的な強いテーマをもった映画だが、社会の階級を裁くことが主眼ではない。

 

解説 パトータpatotaという単語は、アルゼンチンの一種の隠語ルンファルドで、若者の不良仲間を指す。スペイン語ではpanda pandillaにあたる。カンヌでのタイトルがヒロインの名前に変わったのには、1960年版と同題になるのを避ける意味と言葉の分かりにくさが配慮されたのかもしれない。時代が半世紀も違うからリメイクといってもかなり違った印象を受ける。前作には“Ultraje”(乱暴・侮辱)という別タイトルもある。1960年のアルゼンチンはペロン失脚後、ペロニスタと軍部が対立する混乱期だったことを考えると、よくこんな映画が撮れたものだと驚く。(写真下は、1960年版のポスター、映画はモノクロ)

 


パウリーナが赴任するミシオネス州はアルゼンチン北東部に位置し、ブラジルとパラグアイに国境を接している。そのせいでイタリア人、ドイツ人、スペイン人、ポトガル人の他、東欧北欧の人、アラブ人などが混在している。かつては先住民グアラニー族が住んでいた土地であり、今でもグアラニー語が話されている。

 

           (ミシオネスで撮影中のドロレス・フォンシ)

 

*トレビア*

ドロレス・フォンシDolores Fonziは、1978年アルゼンチンのアドログエ生れ。デビューは17歳、キャリアも既に20年近くなる。フィト・パエスの『ブエノスアイレスの夜』(2001)で共演したガエル・ガルシア・ベルナルと再婚して一男一女の母となるが、2014年に離婚した。現在は本作撮影中に愛が芽生えた監督サンチャゴ・ミトレと婚約中。1960年版の監督ダニエル・ティナイレとパウリーナ役のミルタ・レグランドは夫婦であったから不思議な縁を感じさせる。カンヌは2度目、最初はパブロ・アグエロの“Salamandra”(2007)で「誰もカンヌがこんなに寒いと教えてくれなかった」と。今年は晴天に恵まれているようですが雨が降ると寒い。撮影前に監督からは「撮影終了まで前作を見ないようにと助言されたので見なかったが、今は既に5回見ている」由。「アルゼンチンからの移動と映画のプロモーションでくたくただが、とても満足している」のは、海外メディアの反応がポジティブな評価をしてくれたからのようです。

 

             (恋人二人、ドロレスとサンティアゴ)

 

★ミトレ監督は、カンヌではかなりナーバスだったらしい。「受け入れには懐疑的でした。この映画は辛くて居心地のよいものではないし、複雑な問題を抱え込んでいるから。でも3回の上映とも観客の入りはよく拍手をたくさん戴けた。カンヌはこの映画が広く配給されるのに役立った。なぜならカンヌは映画のフェスティバルというだけでなく重要な商談の場所でもあるからです」とミトレ。そうですね、映画祭映画で終わることのないよう祈りたい。

 

1960年版のパウリーナことミルタ・レグランドは、1927年アルゼンチンのサンタフェ生れ。1940年子役で映画デビュー。夫ダニエル・ティナイレ(191094)が撮った“La patota”で「スター誕生」となる。2012年のTVドラ・ミニシリーズ“La Dueña”でマルティン・フィエロ賞(テレビ部門)にノミネートされている。カンヌでは赤絨毯をどんな衣装で歩くのか、暖かいのか寒いのか分からないのでロングドレスを数着もっていく、髪のセットはどこでやるのか、などに心を砕いておりましたが、風邪をこじらせて出発直前の512日に出席をキャンセルしたそうです。

 

           (カンヌには行けなかったミルタ・レグランド)


「批評家週間」にラテンアメリカから2作*カンヌ映画祭2015 ③2015年05月19日 13:35

 


         秀作の予感がする“La tierra y la sombra

 

★今年54回を迎える「批評家週間」のオフィシャルは7本、うちラテンアメリカから選ばれたのが、コロンビアのセサル・アウグスト・アセベドのデビュー作La tierra y la sombra2015)とアルゼンチンのサンティアゴ・ミトレLa patota2015、“Paulina”のタイトルで上映)の2本です。デビュー作または2作目ぐらいから選ばれるから知名度は低い。しかし新人とはいえ侮れない。ここから出発してパルムドールに到着した監督が結構いますから。まずコロンビアの新人セサル・アウグスト・アセベドの作品から、予告編から漂ってくるのは心をザワザワと揺さぶる荒廃と静寂さだ。

 


★地元コロンビアでは「1100作品の中から選ばれたんだって」と、このビッグ・ニュースに沸いている。初めて目にする監督だしキャストも、マルレイダ・ソト以外はオール新人のようですが、地元メディアも「この高いレベルをもった映画が、我が国の映画館で早く鑑賞できるよう期待している」とエールを送っている。Burning Blueが主たる製作会社なのも要チェックです。ここでは簡単に紹介しておきますが、後できちんとアップしたい映画であり監督です。

 

La tierra y la sombra(“Land and Shade”)

製作Burning Blue(コロンビア)、 Cine-Sud Promotion(仏)、Tocapi Films(蘭)、

Rampante Films(チリ)、Preta Porte Films(ブラジル)

監督・脚本セサル・アウグスト・アセベド

製作国コロンビア、仏、オランダ、チリ、ブラジル

データ2015年、言語スペイン語、97分、撮影地コロンビアのバジェ・デル・カウカ、製作費約57万ユーロ、ワールド・プレミアはカンヌ映画祭2015「批評家週間」

 


受賞歴・援助金:カルタヘナ映画祭2014で監督賞。2009年コロンビア映画振興より5000ドル、2013年「ヒューバート・バルス・ファンド」より脚本・製作費として9000ユーロなど

Hubert Bais FundHBF’(1989設立):オランダのロッテルダム映画祭によって「発展途上国の有能で革新的な映画製作をする人に送られる基金」、ラテンアメリカ、アジア、アフリカの諸国が対象。当ブログでアップしたコロンビアの監督では、昨年東京国際映画祭で上映された『ロス・ホンゴス』オスカル・ルイス・ナビアが貰っている。
本作の記事はコチラ
20141116

 

キャスト:ハイマー・レアルHaimer Leal(アルフォンソ)、イルダ・ルイスHilda Ruiz(妻アリシア)、エディソン・ライゴサEdison Raigosa(息子ヘラルド)、マルレイダ・ソトMarleyda Soto(嫁エスペランサ)、フェリペ・カルデナスFelipe Cardenas(孫マヌエル)他

 

         (17年ぶりに帰郷した祖父アルフォンソと孫のマヌエル)

 

プロット:サトウキビを栽培する農民一家の三世代にわたる物語。アルフォンソは17年前、妻と一人息子を捨てて故郷を後にした。老いて戻ったきた故郷は自分の知らない土地に変わり果てていることに気づく。アリシアは土地を手放すことを拒んで家族を守ろうと懸命に働いている。重病のヘラルドは母親を助ける力がない。気丈なエスペランサは姑と共に闘っている。小さなマヌエルは荒廃の真っただ中で成長していた。家族は目に見えない脅威にさらされ家族は崩壊寸前だった。アルフォンソは愛する家族のためにも過去の誤りに直面しなければならなかった。粗末な家と荒々しいサトウキビ畑に取り囲まれた1本の樹、ミクロな視点でマクロな世界を照射する。

 

           (サトウキビ畑で働くエスペランサとアリシア)

 

解説:背景に前世紀から続いているコロンビア内戦が透けて見える。長い年月をかけて温めてきたテーマを静謐に描いているようだ。脚本執筆中に母親を失い、その中でゴーストのようになった父親、「この映画のテーマは個人的な悲しみから生れた」と監督。そういえば『ロス・ホンゴス』のルイス・ナビアも同じようなことを東京国際映画祭のQ&Aで語っていた。揺るがぬ大地のような女性たち、危機のなかで影のように彷徨う男性たち、平和を知らないで育つ子供たち、ここにはコロンビア内戦の爪痕が色濃く漂っている。ラテンアメリカ諸国でもコロンビアは極端な階層社会、貧富の二極化が進んでいる。二極化といっても富裕層はたったの2パーセントにも満たない。世界一の国内難民約500万人を抱えている国。社会のどの階層を切り取るかで全く違ったコロンビアが見えてくる。

 

トレビア:製作は5カ国に及ぶ乗り合いバスだが、ラテンアメリカの若い世代に資金提供をしているのが、コロンビアのBurning Blueだ。上述した『ロス・ホンゴス』の他、コロンビアではウイリアム・ベガの La Sirga”(2012)、フアン・アンドレス・アランゴ“La Playa D.C.”(2012)など、カンヌ映画祭に並行して開催される「監督週間」や「批評家週間」に正式出品されているほか世界の映画祭に招待上映されている。ホルヘ・フォレロの“Violence”はベルリン映画祭2015の「フォーラム」部門で上映、それぞれデビュー作です。アルゼンチンのディエゴ・レルマン4作目Refugiado2014)にも参画、本作は2014年の「監督週間」で監督キャリア紹介も含めて記事をアップしています(2014511)。

 

セサル・アウグスト・アセベドCésar Augusto Acevedoはコロンビアのカリ生れ、監督、脚本家。『ロス・ホンゴス』の助監督&脚本を共同執筆する。短編“La campana”(2012)はコロンビア映画振興基金をもとに製作した。

 

エスペランサ役のマルレイダ・ソトMarleyda Sotoは、カルロス・モレノの力作“Perro come perro”(2008)の脇役で映画デビュー、同じ年トム・シュライバーの“Dr. Alemán”では主役を演じた。麻薬戦争中のカリ市の病院に医師としてドイツから派遣されてきたマルクと市場で雑貨店を営む女性ワンダとの愛を織りまぜて、暴力、麻薬取引などコロンビア社会の闇を描く。本作の製作国はドイツ、言語は独語・西語・英語と入り混じっている。カルロヴィヴァリ、ワルシャワ、ベルリン、バジャドリーなど国際映画祭で上映された。本作も撮影地はLa tierra y la sombra”と同じバジェ・デル・カウカでした。