「ある視点」にアルゼンチンの「El Ángel」*カンヌ映画祭2018 ⑤2018年05月15日 17:48

             ルイス・オルテガの第7作目「El Ángel」は実話の映画化

 

             

            (映画祭用のフランス語のポスター)

 

ルイス・オルテガEl Ángel(アルゼンチン=スペイン合作)は、アルゼンチンの1971年から72年にかけて、金品強盗を目的に11人もの人間を殺害した美青年カルロス・ロブレド・プッチの実話に材をとったビオピックです。既にカンヌでは上映され、観客並びに批評家の評判はまずまずのようでした。当時その美しい風貌から「死の天使」または「黒の天使」と恐れられた殺人鬼カルリートスに扮したロレンソ・フェロの妖しい魅力も大いに役立ったのではないか。お披露目にはスペイン・サイドの製作を手掛けたエル・デセオのペドロ・アルモドバルも登壇してサプライズを提供したようです。彼は昨年のコンペティション部門の審査委員長を務めたカンヌの常連です。

 

    

  (赤絨毯に勢揃いした出席者、左から、ピーター・ランサニ、メルセデス・モラン、

チノ・ダリン、オルテガ監督、セシリア・ロス、ペドロ・アルモドバル、ロレンソ・フェロ)

   

El ÁngelThe Angel」)2018

製作:El Deseo / Kramer & Sigman Films / Underground Contenidos / Telefé

   協賛INCAA

監督:ルイス・オルテガ

脚本(共):セルヒオ・オルギン、ルイス・オルテガ、ロドルフォ・パラシオス

撮影:フリアン・アペステギア

編集:ギリェ・ガッティGuille Gatti

メイクアップ:マリサ・アメンタ

衣装デザイン:フリオ・スアレス

美術:フリア・フレイド

プロダクション・マネージメント:メルセデス・タレジィ

製作者:(エグゼクティブ)ハビエル・ブライアー、ミカエラ・ブジェ。ウーゴ・シグマン、セバスティアン・オルテガ、マティアス・モステイリン、Axel Kuschevatzky、レティシア・クリスティ、パブロ・クレル(以上アルゼンチン)、アグスティン・アルモドバル、ペドロ・アルモドバル、エステル・ガルシア(以上スペイン)

 

データ:製作国アルゼンチン=スペイン、スペイン語、2018年、ビオピック、犯罪、120分、撮影地ブエノスアイレス、配給20世紀フォックス。カンヌ映画祭2018「ある視点」正式出品、公開アルゼンチン201889

  

キャスト:ロレンソ・フェロ(カルリートス、カルロス・ロブレド・プッチ)、セシリア・ロス(カルリートスの母親アウロラ)、チノ・ダリン(ラモン)、ピーター・ランサニ(ミゲル・プリエト)、ルイス・ニェッコ(エクトル)、マレナ・ビリャ(マリソル/マグダレナ)、ダニエル・ファネゴ(ホセ)、メルセデス・モラン(ラモンの母親アナ・マリア)、ウィリアム・Prociuk、他

 

ストーリー・解説:カルリートスは天使のような顔をした17歳、その魅力には皆まいってしまう。欲しいものすべてを手にできる。高校でラモンと知り合い、彼らはコンビを組んで危険だが素晴らしいゲームに取り掛かる。手始めに盗みと詐欺で腕を磨きつつ、ホシが割れるのを警戒して目撃者を殺害、たちまち連続強盗殺人へとエスカレートするのに時間はかからなかった。ストーリーは差別的な社会を風刺しながら、タランティーノ・スタイルで終始軽快に進行するだろう。

 

        スクリーンの殺人劇はフィクションの世界で起きたことらしい?

 

★実在の連続強盗殺人犯カルロス・エドゥアルド・ロブレド・プッチ1952122日、ブエノスアイレス生れ)のビオピックという触れ込みだが、どうやら映画の殺人劇はフィクションの世界で起きたことらしい。1971年5月3日を皮切りに、無関係な人々11名の殺害、数えきれない強盗、万引き、誘拐レイプ、とアルゼンチン犯罪史上稀にみるモンスターを、映画は単なる悪者と決めつけていないようです。天使のような顔をした青年の犯罪は当時のアルゼンチン社会を震撼させるに十分だったのだが。197224日、最後となった強盗殺人の翌日逮捕されたときには20歳になったばかりだった。

 

      

           (カルリートス役のロレンソ・フェロ、映画から)

 

★カルロス・ロブレド・プッチのビオピックとは言え、何処から何処まで史実と重なるのか、監督が描きたかったテーマが充分に見えてこない段階での紹介は危険かもしれない。ウイキペディアにも詳しい情報が掲載されているが、スペイン語版、英語版で若干食い違いもあり、11名殺害の詳細を語っても意味がないようです。しかしその殺害方法は残忍である。泣き叫ぶ生後23か月ばかりの赤ん坊にさえ銃弾を浴びせたり、殺害前にレイプしたり、足手まといになりそうな共犯者まで殺害する邪悪さには吐き気を催す。被害者家族の多くがまだ存命していることから、終身刑で服役中とはいえ、単なるエンターテインメントでないことを祈りたい。監督は取材に刑務所に通いつめ、10回ほどインタビューしたということです。ラテンアメリカ諸国はEU諸国と同様に死刑廃止国、66歳になるカルロスは健康不安を抱え何度も恩赦を請求しているが当然却下、獄中46年はアルゼンチン犯罪史上最長だそうです。

  

   

    (197224日、逮捕されたときのカルロス・ロブレド・プッチ)

 

    オルテガ家はアーティスト一家、兄弟が協力して製作した「El Ángel

 

ルイス・オルテガ Luis Ortega Sslazarは、1980年ブエノスアイレス生れの37歳、監督、脚本家。シンガーソングライターで俳優の父パリート・オルテガと女優の母エバンヘリナ・サラサールの6人兄弟姉妹の5番目、それぞれ映画プロデューサーであったり歌手であったりの有名なアーティスト一家。父親は後に政界に進出、1990年代出身地ツクマンの州知事になった。映画はブエノスアイレスの映画大学で学んだ。現在『パウリナ』や『サミット』の監督サンティアゴ・ミトレ5回目の結婚をしたドロレス・フォンシとは一時期(19992004)結婚していた。ガエル・ガルシア・ベルナルと結婚する前ですね。

 

          

       (オルテガ兄弟、左が製作者の兄セバスティアン、右が弟ルイス)

 

2002年にCaja negra(「Blackbox」)で長編デビューする。本作のヒロインが当時結婚していたドロレス・フォンシである。第2Monobloc04)には母親が出演して銀のコンドル賞助演女優賞を受賞した。2009Los santos sucios(「The Dirty Santos」)、2011Verano maldito2012Dromómanos2014Lulú、最新作となるEl Ángelは第7作目になる。若い監督だが親のバックもあり、年齢に比して経験は豊かです。

  

2015年のTVミニシリーズ全6Historia de un clanは、パブロ・トラペロがベネチア映画祭2015で監督賞を受賞した『エル・クラン』のテレビ版である。映画の長男アレハンドロ役を演じたピーター・ランサニTVではチノ・ダリンが演じ、母親エピファニア役を本作カルリートスの母親役セシリア・ロスが演じた。TVミニシリーズも最新作も監督の兄セバスティアン・オルテガが製作している。セシリア・ロスは息子にピアノを習わせ溺愛する母親役、劇中でもピアノのシーンが出てくるが、カルロス本人は嫌いだったようです。本作では音楽が重要な意味をもつとか。

    

  

          (デビュー作Caja negra」のポスター

 

    

   

 (TVミニシリーズ「エル・クラン」、左から2人目長男役のチノ・ダリン、

  母親役のセシリア・ロス、主人公プッチオ役のアレハンドロ・アワダ)  

 

★カンヌにはチノ・ダリンの父親リカルド・ダリンアスガーファルハディの「Todos lo saben」で現地入りしており、上映日11日には夫妻で息子の晴れ姿を見に馳せつけた。アルゼンチンの日刊紙「クラリン」によると、オルテガ監督が「このような(素晴らしい)プロデューサーたち、俳優たちと映画を撮れるとは夢にも思わなかった」とスペイン語で挨拶、次にマイクを手渡されたスペイン・サイドのプロデューサー、アルモドバルは英語で「今宵はアルゼンチンの人々のためにあり、私が横取りしたくない」と口にしつつ、例のごとく長引きそうになるのを「映画祭総代表のティエリー・フレモー氏がからかったので2分で終わった」と記者は報じていた。アルモドバルは「どうぞ皆さん、お楽しみください」と締めくくった。

 

     

         (少々緊張して神経質になっていたルイス・オルテガ監督)

 

    

   (左から、ロレンソ・フェロ、アルモドバル、セシリア・ロス、オルテガ監督)

 

     

(左から、ピーター・ランサニ、メルセデス・モラン、監督、L.フェロ、C. ロス、C. ダリン)

 

★ルイス監督インタビューなど情報が入りはじめています。多分今年のアルゼンチン映画の目玉になりそうです。公開は無理でも映画祭上映、またはDVDはありかなと思っていますので、いずれアップすることに。

  

ヴァレリアの・ベルトゥチェッリデビュー作*マラガ映画祭2018 ⑨2018年04月10日 19:54

           女優ヴァレリア・ベルトゥッチッリが監督デビューしました!

 

    

★サンダンス映画祭2018でワールド・プレミアしたLa reina del miedoは、女優のヴァレリア・ベルトゥッチッリとルクレシア・マルテルの「サルタ三部作」や最新作『サマ』、ルシア・プエンソの『フィッシュチャイルド』、パブロ・トラペロの『エル・クラン』などで長らく助監督を務めてきたファビアナ・ティスコルニアのデビュー作です。主役も演じたヴァレリア・ベルトゥッチッリがサンダンスで演技賞を受賞したこともあって、既にアルゼンチンでは公開され、マラガでは414日上映予定です。

 

    

  (左から、共同監督ティスコルニアとベルトゥッチッリ、製作者マルセロ・ティネリィ)

 

La reina del miedoThe Queen of Fear2018

製作:Patagonik Film Group / Rei Cine / INCAA(以上アルゼンチン)/

     Snowglobe Films(デンマーク)

監督:ヴァレリア・ベルトゥッチッリ&ファビアナ・ティスコルニア

脚本:ヴァレリア・ベルトゥッチッリ

音楽:Vicentico

編集:ロサリオ・スアレス

撮影:マティアス・メサ

美術:マリエラ・リポダス

衣装デザイン:アンドレア・マッティオ

メイクアップ:マリサ・アメンタ、ネストル・ブルゴス

製作者:フアン・ロベセ(エグゼクティブ)、マルセロ・ティネリィ、他多数

 

データ:製作国アルゼンチン=デンマーク、スペイン語、2018年、ドラマ、107分、撮影地ブエノスアイレス、配給ブエナ・ビスタ・インターナショナル、13歳以上、サンダンス映画祭2018「ワールド・シネマドラマ」正式出品、ヴァレリア・ベルトゥチェッリ演技賞(Mejor Actriz Dramatica)受賞、アルゼンチン公開322日、マラガ映画祭414日上映

 

キャスト:ヴァレリア・ベルトゥッチッリ(ロベルティナ、愛称ティナ)、ディエゴ・ベラスケス(ティナの親友リサンドロ)、ダリオ・グランディネッティ(ティナの別れた夫)、ガブリエルプマゴイティ、メルセデス・スカポラ、サリー・ロペス、Stine Primdahl、他

 

プロット:ロベルティナはアルゼンチンでは評価の高い舞台女優の一人である。キャリアを磨くための独り舞台が1ヵ月後に迫っている。しかしここ数日間プロとしての責任感に拘るあまり不安に取りつかれ集中できない。リハーサルどころか準備もままならないでいる。リハーサルを避け、アシスタントたちとの意見にも耳を貸さず、誰かが自分を追けまわしていると確信するようになる。次第にティナは、馬鹿げた病的恐怖と家庭内のごたごたを一緒くたにした世界に没入していく。折しもデンマークにいる親友リサンドロが重い病に伏していると聞くと、彼を看病するために馳せつけようとすべてをなげうつ。初日が近づくにつれティナは、すべての時間を、彼女自らをも避けていたことに気づく。

 

★タイトルぴったりの心的恐怖が語られるようです。ティナは離婚した夫と対立している。この夫にアルモドバル映画でお馴染みになったダリオ・グランディネッティが扮する。今はデンマークで暮らしている親友リサンドロの健康状態もかなり悪い。批評家からはディエゴ・ベラスケスの演技が好感されているようだ。彼はルシア・プエンソの『フィッシュチャイルド―ある湖の伝説』でエル・バスコを演じた俳優、『人生スイッチ』の第2話、未公開だが軍事独裁時代の恐怖を描いたLa larga noche de Francisco Sanctis16、アンドレア・テスタ&フランシスコ・マルケス)では主人公のフランシスコを演じている。面白いのはどちらかというとコメディを得意とするコミカルな役が多い早口のベルトゥッチッリがティナのような役柄を演ずるところでしょうか。

 

     

              (ティナとリサンドロ、映画から)

 

ヴァレリア・ベルトゥッチッリ1969年サン・ニコラス、ブエノスアイレス州生れ、女優、監督。14歳のとき家族と首都に転居、短期間オーストラリアやコルドバ(アルゼンチン)で暮らす。女優としての第一歩はParakulturalというアンダーグラウンド劇場出演、続いてサン・マルティン将軍劇場、セルバンテス・ナショナル劇場に出演する。映画デビューは以下のフィルモグラフィーを参照、テレビ出演多数。アルゼンチンの主要な映画賞、シルバー・コンドル賞、クラリン賞、スール賞などを受賞しているほか、物言う女優としても有名。「世の中はあらゆる不平等がまかり通っているが、私たちは前に進まねばならない。不平等に反対する姿を息子たちに見せておきたい」とも。初監督は「想像した通りで、最初の1週間は特にきつかったが、やり方を飲み込むと何とかなった。クルーのお蔭です」と、プロデューサーの一人マルセロ・ティネリィの支えを挙げた。

 

    

       (舞台女優ロベルティナに扮したヴァレリア・ベルトゥッチッリ)

 

★デビュー作1000 Boomerangos95、マリアノ・ガルペリン)で共演したシンガー・ソングライターのガブリエル・フリオ・フェルナンデス・カペリョVicentico1994年結婚、息子が2人いる。未だに相思相愛の仲と長続きしている。勿論、本作の音楽は彼が手掛けている。長続きの秘訣は分からないが「時間があっという間に経って、24年間過ぎたとは思えないけれど、これからも続くと思うよ」と「ラ・ナシオン」紙に語っている。共演の多いリカルド・ダリンの一家とは家族ぐるみの付き合いだそうです。

 

      

          (左から、Vicentico、ヴァレリアとリカルド・ダリン)

  

     *キャリア&主なフィルモグラフィー

1995 1000 Boomerangos監督マリアノ・ガルペリン(共演Vicentico)コメディ

1999 Silvia Prieto  監督マルティン・Rejtman(共演Vicentico)コメディ

1999 Alma mía 監督ダニエル・バロネ、銀のコンドル新人女優賞、コメディ

2004 Luna de Avellaneda  監督フアン・ホセ・カンパネラ

  (共演リカルド・ダリン、エドゥアルド・ブランコ、メルセデス・モラン)

2006 Mientras tanto  監督ディエゴ・レルマン、銀のコンドル主演女優賞クラリン女優賞

2007 XXY  監督ルシア・プエンソ(共演リカルド・ダリン)クラリン助演女優賞

2008 Lluvia  監督パウラ・エルナンデス(共演エルネスト・アルテリオ)

   ウエルバ・イベロアメリカ映画祭女優賞

2008 Un novio para mi mujer  監督フアン・タラトゥラ、スール賞女優賞

2012 La suerte en sus manos  監督ダニエル・ブルマン、コメディ

2013 Pensé que iba a haber fiesta  監督ビクトリア・ガラルディ(共演エレナ・アナヤ)コメディ

2013 Vino Para robar  監督アリエル・Winograd(共演ダニエル・エンディエール、

   パブロ・ラゴ

2016 Me casé con un boludo  監督フアン・タラトゥラ(共演Vicentico

2018 La reina del miedo 監督ほか省略

ノミネーションは省略。

 

    

     (Vicentico の新アルバム「Ultimo acto」をデュエットする二人、2015年)

 

  

★共同監督ファビアナ・ティスコルニアは、本作がデビュー作であるが、長らくルクレシア・マルテルの助監督として活躍、業界ではよく知られた存在である。上記以外で話題になった作品を列挙すると、フアン・ホセ・カンパネラのEl hijo de la novia」(01)、アドルフォ・アリスタラインのLugares comunes02)、エドゥアルド・MignognaEl viento05)、マルセロ・ピニェイロの『木曜日の未亡人たち』09)、カルロス・ソリンのEl gato desaparece11)やDías de pesca12)、パブロ・トラペロの『ホワイト・エレファント』12)など、アルゼンチンを代表する監督たちとタッグをくんでいる。因みにルクレシア・マルテルの「サルタ三部作」というのは、監督の生地サルタ州を舞台にした『沼地という名の町』01)、『ラ・ニーニャ・サンタ』04)、『頭のない女』08)の3作です。他にナタリア・メタのMuerte en Buenos Aires14、ラテンビート上映邦題『ブエノスアイレスの殺人』)をプロデュースしている。

 

    

        (マルテルの『サマ』撮影中のファビアナ・ティスコルニア)

 

『サマ』の紹介記事は、コチラ201710131020

『フィッシュチャイルド―ある湖の伝説』の紹介記事は、コチラ20131011

『エル・クラン』の紹介記事は、コチラ20161113

『ブエノスアイレスの殺人』の紹介記事は、コチラ20141101

La larga noche de Francisco Sanctis」の紹介記事は、コチラ20160511


パノラマ部門にチリとアルゼンチン映画*ベルリン映画祭2018 ④2018年02月25日 17:46

      アルゼンチンからサンティアゴ・ロサの「Malambo, el hombre bueno

 

     

★アルゼンチンからはサンティアゴ・ロサMalambo, el hombre bueno(「Malambo, the Good Man」)が単独でノミネートされている。「Malamboマランボ」というのはアルゼンチン伝統の男性だけのフォルクローレ、発祥はガウチョのタップ・ダンス、従ってすべてではないがガウチョの衣装とブーツを着て踊り、毎年チャンピオンを選ぶマランボ大会が開催されている。本作はドキュメンタリーの手法で撮っているがドラマです。主役のマランボ・ダンサーにガスパル・ホフレJofreが初出演する。監督のサンティアゴ・ロサは、1971年アルゼンチンのコルドバ生れ、過去にはExtraño03、ロッテルダム映画祭タイガー賞他)、Los labios10BAFICI映画祭監督賞、カンヌ映画祭「ある視点」出品)、La Paz13BAFICI映画祭作品賞)などのほか受賞歴多数のベテラン監督。ベルリナーレでは216日上映されました。

 

     

                (サンティアゴ・ロサ監督)

 

      チリからマルティン・ロドリゲス・レドンドのデビュー作「Marilyn

 

    

★ご紹介したいのはマルティン・ロドリゲス・レドンド1979のデビュー作Marilyn17、アルゼンチンとの合作)、前回のベルリナーレでは、チリの『ナチュラルウーマン』(セバスティアン・レリオ、224日公開)が気を吐きましたが、今回はコンペティションにノミネーションがなく、パノラマにも本作のみです。初監督作品賞、テディー賞対象作品です。監督については詳細が入手できていませんが、ブエノスアイレスにある映画研究センターCICEl Centro de Investigación Cinematográfica)で映画製作を学んだアルゼンチンの監督のようです。脚本がINCAAのオペラ・プリマ賞を受賞、共同製作イベルメディアの援助、2014年サンセバスチャン映画基金、2013年メキシコのオアハカ脚本ラボ、その他の資金で製作された。2016年の短編Las liebresが、BAFICI映画祭、ハバナ映画祭、BFI Flare ロンドンLGBT映画祭で上映されている。

  

             

            (マルティン・ロドリゲス・レドンド監督)

 

データ:製作国チリ=アルゼンチン、スペイン語、2017年、実話、90分。

製作:Quijote Films(チリ)、Maravillacine(アルゼンチン)

監督:マルティン・ロドリゲス・レドンド

脚本:マルティン・ロドリゲス・レドンド、マリアナ・ドカンポ

編集:フェリペ・ガルベス

撮影:ギジェルモ・サポスニク

 

キャスト:ヴァルター(ウォールター)・ロドリゲス(マルコス、綽名マリリン)、カタリナ・サアベドラ(母オルガ)、ヘルマン・デ・シルバ(父カルロス)、イグナシオ・ヒメネス(兄カルリート)、ほか

 

物語:高校を優秀な成績で卒業した青年マルコは地方の農場で暮らす両親と兄のもとに帰ってくる。兄カルリートは牛の乳しぼりやパトロンが盗んできた牧牛の世話をしており、母オルガは婦人服仕立てで得たわずかなお金を暮らしにあてていた。父カルロスが亡くなると、さらに困難の日々が待っていた。ある同性愛者の集まりで自身のホモセクシュアルに目覚める。マルコスは農園の仕事が好きになれず、隠れて化粧をしたり女装をすることで息をついていた。この内気な若者も仲間からマリリンと呼ばれるようになる。カーニバルの季節がやってくると、踊りのステップを踏むことで自身の体を解き放ち喜びに酔いしれる。世間の冷たい目の中で窮地に立たされるマルコス、苦痛を和らげてくれる若者とのつかの間の愛の行方は・・・小さな村社会の差別と不寛容が語られる。

 

              

                       (カーニバルで自身を解き放つマルコス=マリリン、映画から)

         

  

  (恋人とマルコス、映画から)

 

★実話に基づいているそうです。「チリ社会は保守的な人が多い。都会では年々LGBT(レスビアン・ゲイ・両性愛・性転換)に対する理解が得られるようになったが、地方では差別や不寛容に晒されている」とチリのプロデューサーのジャンカルロ・ナッシ。母オルガを演じたカタリナ・サアベドラは、セバスティアン・シルバLa nana2009『家政婦ラケルの反乱』)で異才を放った女優。このシルバ監督も同性愛者で、不寛容なチリを嫌って脱出、現在はブルックリンでパートナーと暮らして英語で映画製作をしている。才能流出の一人です。

 

セバスチャン・レリオの『ナチュラルウーマン』のテーマもLGBT、今回コンペティション部門にノミネートされたパラグアイのマルセロ・マルティネシLas herederasLGBTでした。こちらは評価も高く、観客の受けもまずまずだった。監督以下スタッフ、主演女優3人もプレス会見に臨み、各自パラグアイ社会の女性蔑視、性差別の風潮を吐露していました。初参加のパラグアイ映画に勝利の女神が微笑むことを祈りたい。いよいよ今夜受賞結果が発表になり、ベルリナーレ2018も終幕します。

 

      

   (女優賞に絡めるか、アナ・ブルンとアナ・イヴァノヴァ、「Las herederas」から)

 

フォーラム部門にノミネートされたチリのアニメーション、クリストバル・レオンホアキン・コシーニャLa casa lobo(「The Wolf House222日上映)が評判になっています。おとぎ話に見せかけているが、実はピノチェト時代にナチスと手を組んで作った、宗教を隠れ蓑にした拷問施設コロニア・ディグニダが背景にあるようです。賞に絡んだらアップしたいアニメーションです。

 

サンティアゴ・ミトレの『サミット』*ラテンビート2017 ⑧2017年10月25日 21:15

                リカルド・ダリンのために作られた映画ですか?

    

 

★今年のラテンビートは、『スキン』のごたごた、『夏、1993』のドタキャンなどもあり、ドキュメンタリーを除けば、まるでアルゼンチン映画祭のようでした。サンティアゴ・ミトレの長編第3『サミット』は、リカルド・ダリンの映画と言い換えてもいい。凡庸な政治家の真の姿が後半になって突然浮き上がる、結構手の込んだエンターテイメントでした。ダリンやメキシコ大統領に扮したダニエル・ヒメネス=カチョが着用していたスーツもピシッと決まっていました。カンヌ映画祭2017「ある視点」正式出品作品、邦題は La coldillera の英語題 The Summit のカタカナ起こし。

監督キャリア、プロット、キャスト、スタッフなどの紹介は、コチラ2017518

 

        

          (サンティアゴ・ミトレ監督とドロレス・フォンシ)

 

A: リカルド・ダリンは、第65回サンセバスチャン映画祭SIFFドノスティア賞という栄誉賞を受けました。ラテンアメリカ初の受賞者でしたが、納得の受賞です。「ダスティン・ホフマンのような世界の映画史に残るスターが貰った賞を自分も貰えるなんて」と感激、謙虚な人ですね。ホフマンは第60回の受賞者でした。それで『サミット』が特別上映された。

B: 授賞式間際の慌ただしいサンセバスチャン入りでした。

 

A: 昼間はマドリードでアスガル・ファルハーディのスリラー Todos lo saben の撮影、夜は舞台と走り回っていたようです。ディエゴ・レルマンの『家族のように』にでも触れましたように、これはバルデム=クルス夫婦が主演する期待の映画、バルバラ・レニーも共演します。

B: 授賞式では本作で娘役を演じた監督夫人でもあるドロレス・フォンシがトロフィーのプレゼンテーターになりました。映画の中では複雑な父娘関係を演じましたけど。

 

    

        (ドノスティア賞のトロフィーを手にしたリカルド・ダリン)

 

A: 二人は先だって公開されたセスク・ゲイ『しあわせな人生の選択』(原題 Truman、この邦題 mierda)では従兄妹同士、マルティン・オダラ『黒い雪』(邦題 NetfrixNieve negra)では兄妹(しかしスクリーンでの接点はない)、雪に閉ざされたパタゴニアに暮らす或る狩人一家の愛憎劇。近親相姦、兄弟殺し、土地の有力者の事件隠蔽、父子間の憎悪など、フラッシュバックを入れてアルゼンチン社会の閉鎖性、後進性をひたすら描いた気分の重くなる作品。

B: ダリンの弟に『キリング・ファミリー』(アドリアン・カエタノ監督)のレオナルド・スバラグリア、精神を病む妹をドロレス・フォンシが演じた。

 

   

      (パタゴニアの森で世俗を拒んで暮らす狩人役のダリン、『黒い雪』から)

 

A: 多分初顔合わせはファビアン・ビエリンスキーのクライム・スリラー El aura / The Aura05)だったかもしれない。本作発表後の2006年、心臓発作で47歳の若さで急死した監督。

B: 監督と主役のダリンが国内外の映画賞を山ほど獲得、日本でも公開が期待されたのでした。

A: もしかしたら没後何年とかのミニ映画祭で上映されているかもしれない。ダリンは完全犯罪を目論む癲癇もちの剥製制作者になる。『黒い雪』の狩人と風貌が似ていますが、本質はまったく別もの。本質が似ているのは、イタリア製の有名ブランドのスーツに身を包んだ『サミット』のアルゼンチン大統領エルナン・ブランコのほうかもしれない。

 

B: ダリンはビエリンスキーの『華麗なる詐欺師たち』DVD邦題、2000Nueve reinas / Nine Queens)に続いての出演でした。

A: 少しも華麗な詐欺師ではなかったのですが、DVD特有の邦題でした。というわけで愛すべき人物から心に闇をもつ人物、シリアス・スリラーからブラック・コメディまで演技の幅は広い。

B: まだまだ引き出しの中には、今までとは違うお宝が眠っていそうです。ダリンのために作られた映画です。

 

A: 『サミット』のなかで父娘で歌うシーンがありましたが、ミュージカル映画はないかな。

B: 仲が良いのか悪いのか、真実を語っているのは父親なのか娘なのか、娘の精神不安定の原因は過去に起きた或る事件がほのめかされるが、どうやら父親が関与しているようだ。

A: 炙り出し役の精神科医ガルシアをアルフレッド・カストロが演じた。友情出演の印象でしたが彼が登場するとスクリーンがしまる。ダリンといい勝負なのがカストロ、次のドノスティア賞の最有力候補者です。ラテンビートの前半で上映された『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』では、共産党根絶を政治使命とする、当時の大統領ガブリエル・ゴンサレス・ビデラに扮した。

 

B: パブロ・ラライン映画の全てに出演している実力者。「ネルーダ」で触れましょう。

A: ラテンアメリカ諸国「サミット」を大舞台にした政治的スリラーですが、サミットは大道具、どうでもよいとは言いませんが、メイン・テーマではないですね。

 

         

         (催眠療法で治療中の大統領令嬢役のドロレス・フォンシ) 

 

              豪華なキャスト陣の根回しに苦労する?

        

B: ラテン諸国の大統領が大勢出てきますが、ブラジルとメキシコ以外は影が薄い。大金をかけて3000メートル級の5つ星ホテル「バジェ・ネバド」を舞台にする必要があったのかどうか。

A: アルゼンチンから60ヵ所のカーブをぬって到着した俳優陣や撮影スタッフは、多くが高山病に罹って、仕事の合間に床に寝転がっていたとか。結局「サミット会議」の本番は、ブエノスアイレスのシェラトン・ホテルで撮影した。

B: カンヌでは賞に絡めず、2018年のアカデミー賞外国語映画賞アルゼンチン代表作品も『サマ』に譲り、思惑が外れました。

A: アカデミー賞を意識してか、ハリウッド俳優クリスチャン・スレイター(デレック・マッキンリー役)を参加させたのにね。

 

   

     (ブラジル一強を避けたい米国と秘密会合に臨む、マッキンリーと大統領)

 

B: メキシコ大統領役のダニエル・ヒメネス=カチョは、マルテルの『サマ』の主人公、エル・ドラドの狂気のアギーレの後継者役でしたが、ここではイタリアン・テーラードのスーツで身を固めた策士を演じました。

A: この映画の面白さは、各国の立ち位置をそれなりに押さえているところです。天国からは見放され、米国に一番近い国メキシコの苦悩を代弁していた。

B: 石油採掘の技術はブラジルが持っている。欧米列国が重視する国はブラジルをおいてほかにない。ベネズエラやボリビアのように埋蔵量があるだけでは話にならない。

A: 各国ともブラジルの言いなりになりたくないから、最後はブラック・コメディでした。自分が大統領を牛耳っていると思っていた、ヘラルド・ロマノ演ずるアルゼンチン首相が、見事に梯子を外されました。人を見掛けで判断してはいけないという教訓を含んだお話でした。

 

    

 (イタリアン・テーラードの背広で武装したメキシコ大統領役のダニエル・ヒメネス=カチョ)

 

B: ドロレス・フォンシ以外の女優陣のなかで一番重要なのが、個人秘書役ルイサ役のエリカ・リバスです。どうやら大統領の過去の秘密を握っている。

A: ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』最終話で、嫉妬で大騒動を巻き起こす花嫁になった女優。ここでは権力を操縦する賢い人物を演じた。アルモドバルのミューズを卒業したエレナ・アナヤ、各国の大統領にインタビューする新聞記者になった。

B: チリ大統領役のパウリナ・ガルシア、それぞれ認知度も演技力も申し分なしでした。

 

    

                 (表の顔で挨拶を交わす二人の大統領、ダリンとガルシア)

  

    

 (大統領にインタビューする記者エレナ・アナヤ)

 

      「私は常に真実を語っている嘘つきです」とリカルド・ダリン

 

A: 撮影は『人生スイッチ』を手掛けたハビエル・フリア、音楽はアルモドバルの絶大な信頼を受けているアルベルト・イグレシアス、ゴヤ賞胸像のコレクターでした。

B: アルゼンチン、フランス、スペイン合作の大作、果たして公開してもらえるでしょうか。

 

  

 (大統領令嬢役のドロレス・フォンシ)

 
    
(大統領個人秘書役のエリカ・リバス)

 

A: さまざまな役柄を演じてきましたが、その一部は悪い部分を含めて私のなかにあり、そのことを自分は気づいている。大切なのはそれを取りのぞいて、新しい人格に吹き込んでいくことです。いつも上手くいくとは限りませんが、どこに向かって行こうとしているかを押さえるようにしています。「リカルド・ダリンは何者?」とのエル・パイス紙の質問には、「私は常に真実を語っている嘘つきです」と返答しました。分かったようで分かりません(笑)。


ディエゴ・レルマンの『家族のように』*ラテンビート2017 ⑦2017年10月23日 16:30

                バルバラ・レニーの力演は報われたか?

 

★前回ルクレシア・マルテルの『サマ』の原作者アントニオ・ディ・ベネデットを紹介したおりに、彼が軍事クーデタ勃発の1976324日に、ビデラ将軍率いる軍事評議会によって即日逮捕されたことに触れました。その同じ日に産声を上げたのが本作の監督ディエゴ・レルマンでした。フィルモグラフィについては、当ブログでは度々触れていますので、紹介はそちらに譲りますが、アルゼンチンの若手監督としては実力派の一人に数えてよいでしょう。

『家族のように』の内容、監督紹介記事は、コチラ2017932014511

 

   

 

A: 今年のサンセバスチャン映画祭SIFFに正式出品されたディエゴ・レルマンの第5Una especie de familia 『家族のように』の邦題で上映されました。SIFFには主なスタッフ、キャストが揃って現地入りして金貝賞を狙いましたが、監督と共同執筆者マリア・メイラの脚本賞受賞にとどまりました。個人的にはちょっと意外でしたが、アルゼンチン社会の非合法養子縁組にメスを入れ、スリラー仕立てで観客を飽きさせなかったことが評価されたのかもしれない。

B: 養子縁組法の不備を利用した乳児の不正取引に医師や看護師、弁護士が絡んでいること、裏にはマフィアの存在がそれとなく暗示されていました。

 

    

         (トロフィーを手に喜びのレルマン監督とマリア・メイラ、授賞式にて)     

 

A: 女性医師マレナを演じたバルバラ・レニーの女優賞受賞を予想する批評家が多かったようですが、外れてしまいました。同じアルゼンチンからエントリーされたアナイ・ベルネリ Alanis で、子持ちの娼婦を演じたソフィア・ガラ・カスティリオーネが銀貝賞、その捨て身で運命に立ち向かうバイタリティーあふれる演技が審査員の心をつかんだようです。

B: ベルネリ監督も銀貝賞をゲット、監督賞と女優賞のダブル受賞でした。

A: これは追加作品、ときどきこういう番狂わせがあります。「初の女性監督受賞」とプレゼンテーターが紹介していましたが、こちらのほうが驚きでした。ディエゴ・レルマンの作品は、テーマが重く、マレナのヒステリックな母親願望の発端が観客に伝わりにくく、テーマ的にも少し欲張りすぎの感がありました。

 

     

     (バルバラ・レニーとディエゴ・レルマン監督、サンセバスチャン映画祭にて)

 

        「女性がもつ力強さと壊れやすさというか脆さに興味がある」 

 

B: レルマン監督が女性をヒロインにすることが多いのには、何か理由がありそうです。

A: ワールド・プレミアされたトロント映画祭でのインタビューで、「女性がもつ力強さと壊れやすさというか脆さに興味があり、男性中心の権力構造を描くドラマより興味がある」と語っていました。まさにマレナのような女性です。女性医師というステータス、中流家庭でなに不足なく育ち、教養も経済力もあるのに、死産という経験を契機に平常心を失って深みにはまっていく。

B: どうしてこんなにしてまで赤ん坊に執着するのか、最初は観客に分からない。

 

A: 本当のテーマが見えてくるのは、生みの親の家族が赤ん坊引き渡しに1万ドルを要求してからです。これは最初から仕組まれていた強請りだと、平常心なら即座にわかるはずです。

B: マレナの救世主だと思われていたコスタス医師が本性を現す瞬間ですね。これはドラマですが、アルゼンチンではこのような実態があるのでしょうか。

 

A: 製作の意図を「乳児養子縁組をした知り合いからそれとなく聞いて興味をもった。取材をして分かったことは、さまざまなケースがあって、証言もまちまちだった。そこで(舞台となった)ミシオネス州に出かけ、あらゆる階層の人々、自分の赤ん坊を売った母親、看護師、警官、裁判官、弁護士・・・」などから証言集めた。

B: 国の養子縁組法の複雑さと後進性、貧富の格差が、映画のような実態を生み出しているのですね。

A: 簡単に言えば、需要と供給のあるところ、必ずやお金が動き、意図したことではなかった裏社会との結びつきができてしまうということです。南米でもアルゼンチンは経済の二極化が激しい。

 

B: 養子をとって新しい家族をつくりたい人、経済的に子供を育てられないため我が子を手放す人がいるわけ。ここでは法的抜け穴の存在を知りながら、何の手も打たない国の責任が問われている。

A: 男性の存在が希薄ですね。出稼ぎ先で大怪我を負ったことにされたマルセラの夫、マレナとは別居しているような夫マリアノも、最初は携帯の声だけで姿を現さない。もともと夫は養子縁組に反対していたこと、別居していたことも分かってくる。

B: 既に夫婦の仲は壊れている。そのことがマレナの苛立ち、感情の激発の根源かもしれない。

 

      

     (主な登場人物が勢揃いした重要なシーン、左からマルセラの父、マレナ、

      生みの母親マルセラ、ペルニア、マレナの夫マリアノ、コスタス医師)

 

          ヒロインにバルバラ・レニーを選んだ理由は?

 

A: バルバラ・レニーは、両親が軍事独裁の手を逃れスペイン亡命中にマドリードで生れたが(1984)、生後すぐに民主化なったばかりのアルゼンチンに帰国した。しかし6歳で再びスペインに戻っている。スペイン女優だが、やはり両親の故国でもあるアルゼンチン映画に出演したいと思っていた。すんなり決まったわけではなく、紆余曲折を経ての決断だったようです。

B: マレナに命を吹き込むのに複雑すぎて時間がかかったということですか。

 

A: 母親になりたいために社会的、道徳的な規範を冒してまで人生の全てを賭ける役ですからね。実人生で自分がまだ子供をもったことがないのも躊躇の一因だった、とSIFFで語っていた。

B: 監督は監督で、アルゼンチンでも問題山積の地域、快適とは程遠いミシオネスでの撮影を案じていたようです。彼女の出演映画のほとんどを見て、強い印象を受けていたので粘った。

 

     

          (乳児誘拐の廉で留置所に入れられたマレナ、映画から)

   

A: 最初からバルバラを念頭に入れていたようですから。トロントのインタビューでは、彼女のことを「限度のない可能性を秘めた女優」とぞっこんでした。でもSIFFでは女優賞は逃した。カルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』(14)でも取れず、SIFFとは相性が悪い。

B: 冷静さを取り戻したときのマレナ、狂気に走ったかのようなマレナ、そのアップダウンの演技にバルバルを疲労困憊させたと監督。あの謎めいた美しさはどこからやってくるのかなぁ。

    

     

              (赤ん坊に最後の別れの愛撫をするマレナ、映画から)

 

A: コスタス医師を演じたダニエル・アラオスは、ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの『ル・コルビュジエの家』で、不気味な隣りの男を演じた俳優。赤ん坊の生みの親になったヤニナ・アビラは映画初出演でしたが、我が子を手放す母親の微妙な心理状態を演じて上手かった。

B: 夫のクラウディオ・トルカチル、ブラジル女優のパウラ・コーエン、総じて良かったです。

A: 撮影期間が長かったこともあり、互いに信頼が生まれてチームワークが良かったのかもしれない。

 

B: スタッフでは、撮影監督ヴォイテク・スタロンの映像は際立ってました。

A: スタロンとは4作目になる Refugiado14)からタッグを組んでいる。1973年生れのポーランド人、主にドキュメンタリーで国際的に活躍している。夫の家庭内暴力から逃れて7歳の息子を連れて逃げ回る母親の話。物語も込み入って一筋縄ではいかないのだが、その映像の美しさは抜群だった。

B: 『家族のように』よりいいね。それに7歳の子供を演じた子役が上手すぎて、どうやって演技指導したのかと驚きました。他にも子供が大勢出演していて、レルマン映画では珍しい。

A: 東京国際映画祭で上映された第3作目の『隠れた瞳』10)とRefugiado と本作を「女性三部作」というらしいのだが、一応これで終りにしたいということです。

 

B: 一方バルバラ・レニーは、ラモン・サラサールの La enfermedad del domingo が来年1月スペイン公開が決定しています。

A: ハイメ・ロサレスの最新作 Petra主役のペトラ役)の撮影が終了したばかり。他に当ブログでも紹介したことのあるアスガル・ファルハーディの Todos lo saben にも出演する。『彼女が消えた浜辺』『別離』『セールスマン』などヒット・メーカーのイラン監督作品。主役はハビエル・バルデム、ペネロペ・クルス、それに加えてリカルド・ダリンという豪華版、いずれも2018年公開がアナウンスされています。

 

バルバラ・レニーのフィルモグラフィ紹介記事は、コチラ2016215


ルクレシア・マルテルの『サマ』を観てきました*ラテンビート2017 ⑥2017年10月20日 21:20

            『サマ』は音と映像がしのぎを削っている!          

 

  

A: 1回観ただけでアップは心もとないが、そうかと言って消化に時間をかけていると印象が薄れていくというわけで、勘違い覚悟で話すしかありません。ジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』の主人公ミスター・クルツ、この小説を素材にしてフォード・コッポラが舞台をベトナム戦争に移して撮った『地獄の黙示録』のカーツ大佐などに思いを馳せる、観客を刺激する映画でした。

B: 各観客の受け止め方も、よく分からなかったが面白かった(!)という人、チロ・ゲーラの『彷徨える河』、ニュー・ジャーマン・シネマのヴェルナー・ヘルツォークの『アギーレ/神の怒り』を思い出したという人、当時の植民地支配の様子が興味深かったという人、さまざまでした。

 

A: アフリカで暮らしたことのあるフランスのクレール・ドニが撮った『美しき仕事』の主人公をドン・ディエゴ・デ・サマに重ねる批評家もいます。アルゼンチンでは、「チョー退屈」「半分寝ていた」「これをオスカー賞アルゼンチン代表作品に選ぶなんて」「良かったのは映像とショットだけ」と、批評家と観客の乖離が際立っています。

B: 観客に多くを要求する監督メキシコのカルロス・レイガダス映画と同じように、好き嫌いがはっきり分かれる監督です。

 

A: マルテル映画では音がセリフと同じくらい重要と感想を述べたのですが、賛同を得られませんでした。しかし、デビュー作の『沼地という名の町』以来、マルテル・ワールドではサウンドはセリフや映像と同じくらい重要です。

B: 本作でも鳥の鋭い鳴き声、虫や小動物がたてる音、波の音か風の音か分からないざわめき、遠くから響いてくる馬の蹄の音などが、やがて起こるであろう凄惨なシーンを観客に予告していた。

 

A: 音の密度の高さが際立っていました。デビュー作以来、マルテル監督とタッグを組んでいるサウンド・デザイナーのグイド・ベレンブラムと音作りに苦心したということです。自然音と錯覚させるような鳥や虫の声も概ね電子音だそうで、ミミックだったなんて驚きます。サウンドやリズムは、撮影を容易にしてくれるとも語っています。

 

      

         (サウンド・デザイナーのグイド・ベレンブラム)

 

B: 前作『頭のない女』でも、車に何か当たったような、または轢いたような鈍い音が印象的でした。それをきっかけにヒロインの心の崩壊が始まるのでした。

A: 恐ろしい映画でした。都合の悪いことは「見ないようにすれば、行ってしまう・・・ほら、行ってしまった」と、あったこともなかったことにしてしまう、アルゼンチン中流家庭の独善性を描いていた。前作と本作は時代も背景も全く異なりますが、自分の思い描いていた世界が崩壊しそうになっている主人公、ということでは似ています。前作では<待望>というテーマは語られませんでしたが。

 

B: 『サマ』の始まりも映像でなく音だったように思いますが。

A: 耳の錯覚を利用して不安を煽るシェパード・トーン、無限音階を使った。脳の勘違いを利用して聞く人に緊張を強いる。何か悪いことが起こるような予感を観客に与える効果がある。

B: ハリウッドではクリストファー・ノーランが好んで使用する。最近公開された『ダンケルク』もシェパード・トーンを多用、戦闘場面でCGは使用しなかったが、サウンドはシェパード・トーンだったそうです。

 

A: アントニオ・ディ・ベネデット192286)の小説では、音はどのように表現されているのか興味が湧きます。邦訳は Zama1956刊)も含めて1冊もないそうです。勿論誰かが翻訳中かもしれませんが、目下は皆無だそうです。前回データをアップしたときに書いたように、ボルヘスも認めている作家で、フリオ・コルタサルやエルネスト・サバトに並ぶ作家といわれているにしては寂しいかぎりです。

 

     

             (原作者アントニオ・ディ・ベネデット、マドリードにて)

 

B: 最近作品集「ボラーニョ・コレクション」全8巻が完結したばかりのロベルト・ボラーニョも、1980年代に読んで影響を受けたそうです。

A: 文章が多義的で翻訳しにくいということがあるのかもしれません。映画では、サマのクローズアップに、彼の内言をナレーションのようにつぶやかせるが、詩的な内言に原文はどうなっているのか、かなり訳しづらいのではないでしょうか。英訳本ですら2016年にニューヨークで出版されたばかりということですから。スペイン語を母語とする人口は4万人を越えますが、やはりマイナー言語なのでしょう。

 

    

             (クローズアップに内言が被さるシーン)

 

『サマ』のデータ、監督フィルモグラフィー、原作者アントニオ・ディ・ベネデットの記事は、

 コチラ20171013

 

 

        2016年はアルゼンチン独立宣言200年、『サマ』刊行60周年・・・

 

B: スペインからアルゼンチンが独立したのは181778日、2016年は独立宣言200周年だった。さらに『サマ』刊行60周年、ディ・ベネデット没後30周年と節目の年でした。、

A: さらに言えば、1976324日の軍事クーデタ勃発当日に、ディ・ベネデットが軍事評議会の手で即座に逮捕されてから40年目でもありました。彼は日刊紙「ロス・アンデス」の副編集長だったから、真相を暴かれることを封じるためにジャーナリストの逮捕は必然だった。

B: 逮捕後17ヵ月収監されており、釈放されたときは精神はずたずたにされていた。

 

A: 刑務所に閉じ込められ、拷問で痛めつけられ、銃殺刑で脅されても、平和的なヒューマニズムを貫いた作家だった、とボラーニョの評価も高いのですね。

B: 釈放の仲介をしたのが、ボルヘスとかエルネスト・サバトとか・・・

A: そんなことあり得ませんよ。「恐怖の文化」が蔓延していたアルゼンチンで信じる人はいないのではありませんか。ボルヘスはビデラ将軍を支持して体制側にいた人ですが、火中の栗を拾う人ではない。真相はドイツのノーベル文学賞(1972受賞)作家ハインリッヒ・ベルだったことが分かっています。当時ドイツでは、ディ・ベネデットの "El silenciero"1964刊)の翻訳が出版されていた。

B: ノーベル賞作家、言語はドイツ語というわけでベルの翻訳書はたくさん出版されています。

 

A: 作家で翻訳家のエスター・アレンによって英訳が5年ほど前から企画されていた。しかしマルテル監督が2016年完成をメドに映画化を準備中ということで、刊行は2016年後半と決定した。ところが映画が予定通りに進捗せず、仕方なく映画に先行して出版されたそうです。マルテル監督は Zama を読み始めたら目が釘付けになって、一気呵成に読んだと語っていました。

B: 日本では、『サマ』で初めて原作者の名前を知った観客が殆どだったと思いますが、ラテンアメリカ文学の「アンチ・ブーム」の優れた作家として故国では有名だった。

A: スペインでは2011年に、先述した "El silenciero" と、1969年刊の Los suicidas <待望の三部作>と銘打って刊行しています。勿論ディ・ベネデット自身に、そういう意図はなかった。

 

           ビクーニャ・ポルトはディエゴ・デ・サマの分身か?

 

B: 観客は18世紀末のコロニアル時代のパラグアイに時間を遡っていく。そしてスペイン国王によってアスンシオンに赴任させられた、主人公ディエゴ・デ・サマの孤独と待望を共有する。

A: ラテンアメリカの伝統的価値観、男性優位のマチスモがはびこる世界でも、本国出身のスペイン人と植民地生れのクリオーリョには歴然とした格差があり、クリオーリョのサマは差別される。2世紀前も現代も差別や不寛容は連綿とつづく。

B: 不始末をした部下が、サマの切望していたブエノスアイレスに転任できたのに、上司である自分がないがしろにされている理不尽を総督に問い詰めると、「彼はスペイン生れだから」と軽くいなされてしまう。

 

A: 総督は「サマが本国生れpeninsularではない」と言っている。人事異動はスペイン国王の気まぐれで行われるのであるが、総督はサマの異動嘆願書を握りつぶしていたようで、いくら待っても信書が届けられるはずはなかった。

B: 本国生れの総督は「私はスペインに転任できる」と、国王からの異動信書を誇らしげにサマに読み聞かせる。サマが切れてしまう瞬間です。

 

A: 悪名高い無法者ビクーニャ・ポルトの人格とサマの人格は、深いところで繋がっている。ビクーニャも部下たちも新世界で一旗揚げようとしていた。社会の欄外に追いやられるのは、いくら待っても夢は実現しなかった結果なのだ。

B: ビクーニャは伝説と化し、一人ではないのかもしれない。一人が死ねば次のビクーニャが生れ、ビクーニャは永遠に生き続けている。複数のビクーニャが存在するようにサマも複数存在する。

 

A: ビクーニャ・ポルトを演じたマテウス・ナシュテルゲールは、ブラジルの俳優、下記にキャスト紹介をアップしましたが、公開作品としてフェルナンド・メイレレスの『シティ・オブ・ゴッド』、ウォルター・サレスの『セントラル・ステーション』などに出演しています

B: ビクーニャ・ポルト討伐隊のキャプテンに扮したのがラファエル・スプレゲルブルド。

A: ラファエル・スプレゲルブルドは、ガストン・ドゥプラットとマリアノ・コーンが共同監督した『ル・コルビュジエの家』の主人公、クルチェット邸に住んでいた建築家役を演じた俳優です。舞台俳優出身ですが、脚本家、舞台演出家のほうがメインです。戯曲集も出版している。『サマ』出演は意外でした。

 

    

   (左端がサマ、中央の馬上の人がキャプテン、頭陀袋を持っているのがビクーニャ)

 

B: ビクーニャ討伐隊のはずが、討伐隊にビクーニャ本人が紛れ込んでいる。この地が魑魅魍魎の跋扈している世界であることを印象づける。

A: 本作ではビクーニャ・ポルトの人格はとても重要ですね。サマが最後にとった行動、功を焦るあまり討伐隊に志願する、これはあまりに愚かな行為、狂気の沙汰だった。結局サマは取り返しのつかない屈辱を受ける。かつての自分たちがしてきたことですが、既にスペインの栄光が瓦解していたことを暗示している。

 

B: 討伐隊の悲劇はシェパード・トーンによって、まず観客に届いてきます。悲劇の始まりはビクーニャではなかった。文明人と称するヨーロッパ人が、野蛮人と蔑んでいた先住民に翻弄されるというシニシズム。

A: サマにだけ身分を明かすビクーニャの狡猾さ。サマが裏切ることを見越して打ち明ける。悲劇はすでに準備されていた。時代に取り残され、社会の埒外に追いやられた、サマとビクーニャのフラストレーションは繋がっている。

 

         サマのドラマは決して実現しない昇任を待っている男の物語

 

B: サマはいわば落伍者、どうして英雄でなく落伍者の映画を撮ろうとしたのか。

A: 『サマ』は決して実現しない何かを待っているマッチョな男の物語、ここでは国王からの昇任通知を待っている。この「待ちつづけている」というテーマが面白い。

B: マチスモ文化のラテンアメリカで、この落伍者の人生を描くというアイデアは、不愉快で困難が付きまといます。サマは文字通り何も手にすることができなかった。

A: 女性はどっちみち権力の欄外にいたわけで、生き方を変えるのに棒で殴られることはない。ロラ・ドゥエニャスが演じたブランデー中毒のルシアナのように、夫の目を盗んで愛人やサマと戯れたり、思う存分贅沢を楽しめる。

B: 幸運なことに両手を失ったりしないですむわけですね。

 

      

 

 (サマをもてあそぶルシアナ・ピニャレス・デ・ルエンガ

 

A: ロラ・ドゥエニャスは、スペイン女優としては認知度が高いほうです。なんと言っても代表作はアメナバルの『海を飛ぶ夢』(04)です。愛にあふれていたが情緒的に不安定な実在の女性を演じて、ゴヤ賞主演女優賞を受賞した。

B: 一時期アルモドバル映画の常連でもあったが、脇役でも光る女優。今回の出番は多くありませんでしたが、マチスモの世界で生き延びる術を心得た退廃的な女性を演じた。サマ役のダニエル・ヒメネス=カチョも、よく目にする俳優。

A: 今年のラテンビートでは、サンティアゴ・ミトレの『サミット』で、抜け目のないメキシコ大統領を演じた。出演本数の多いベテランですが、アルゼンチン映画は初めてでしょうか。

 

B: エンド・クレジットで流れたポップ調のBGMは、物語とアンバランスな印象ですが。

A: わざとでしょうね。以前耳にタコができるほど聴いた覚えのある懐かしい曲でした。見ながら同じアルゼンチンのパブロ・トラペロが撮った『エル・クラン』のアンバランスを思い出していました。

B: 誘拐殺人を家業にしていたモンスター家族を描いた映画からは、予想もできないアップテンポな曲が流れてきた。

A: わざと視覚と聴覚を混乱させることを狙って、当時流行していたブリティッシュ・ポップスを使用したのです。トラペロにしろマルテルにしろ若い監督たちの感性は、オールド・シネマニアの意表を突いてきます。

 

B: 最後に「どうしてサマの映画を撮ろうとしたのか」

A: 「それは音と映像を用いて、甘美な後戻りのできない小旅行に出かけることは、人生においてそうザラにあることではないから」と監督。

B: 製作国9ヵ国、ロケ地8ヵ国、製作者28人という大所帯の遠足、大分お金が掛かったのではありませんか。

A: 撮影監督ルイ・ポサス、編集者ミゲル・シュアードフィンガー他、スタッフの協力があって実行できた遠足でした。

 

 

 主なキャスト紹介

ダニエル・ヒメネス=カチョ(ドン・ディエゴ・デ・サマ)、メキシコ、1961マドリード

 代表作『クロノス』『真紅の愛』『ブランカニエベス』『バッド・エデュケーション』

 『サミット』

ロラ・ドゥエニャス(ルシアナ・ピニャレス・デ・ルエンガ)、1971バルセロナ

 代表作『靴に恋して』『夢を飛ぶ夢』『ボルベール 帰郷』『トーク・トゥ・ハー』

マテウス・ナシュテルゲール(ビクーニャ・ポルト)、ブラジル、1969サンパウロ

 代表作『クアトロ・ディアス』『セントラル・ステーション』『シティ・オブ・ゴッド』

ラファエル・スプレゲルブルド(キャプテン・イポリト・パリィリャ)1970ブエノスアイレス

 代表作『ル・コルビュジエの家』、脚本家・舞台演出家、戯曲の翻訳を手掛けている。

フアン・ミヌヒン(ベントゥラ・プリエト)、アルゼンチン

ダニエル・ベロネセ(総督)、1955ブエノスアイレス、監督・脚本家・作家

ナウエル・カノ(マヌエル・フェルナンデス)

マリアナ・ヌネス、ブラジル(『ペレ 伝説の誕生』ペレの母親役)

 

ルクレシア・マルテルの新作『サマ』*ラテンビート2017 ⑤2017年10月13日 12:32

              どうしてサマの人生を撮ろうとしたのか?

 

  

★ラテンビートのサイトでも、ルクレシア・マルテル『サマ』が、第90回米アカデミー賞外国語映画賞のアルゼンチン代表作品に選ばれたニュースが掲載されました。もう、そういう季節なのでした。それはさておき、久々のマルテル映画がラテンビートにやってきます。出身地のサルタを舞台に撮った「サルタ三部作」の最終作『頭のない女』(2008)以来ですから約十年ぶりです。今年のブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICIZama が正式出品されたとき、記事にしようかどうか迷った作品。BAFICIは開催日がマラガとカンヌの両映画祭に挟まれているせいで優先順位が低い。アルゼンチンの作家アントニオ・ディ・ベネデットの同名小説 Zama1956年刊)の映画化。最大の関心は、どうしてマルテルが自国の優れた小説の映画化という、後戻りのできない新しい分野に斬りこもうとしたか、です。

 

Zamaの表紙)

  

★『頭のない女』はカンヌでブーイングを受けた映画ですが、これは映画祭向きではなかったと思います。そもそも監督は上映後すぐのQ&Aは好きじゃないと語っています。彼女の映画は観客が咀嚼というか消化する時間が必要だからでしょうか。というわけかどうか分かりませんが、今年のカンヌは素通りしました。秋のベネチア映画祭には、コンペティション外でしたがエントリーされ、ベネチアには監督、ディエゴ・デ・サマ役のダニエル・ヒメネス=カチョ、共演者のロラ・ドゥエニャスが現地入りしておりました。製作国はアルゼンチン、スペイン、メキシコ、ブラジルを含めて9ヵ国、プロデューサーもエグゼクティブや共同、アシスタントを含めて総勢28人、まともじゃないが全部は紹介できない。ラテンビートでは追加作品だったから、カタログ掲載が間に合わなかったようです。東京会場バルト9では最終回上映、鑑賞後改めてアップするとして、今回はデータ中心にしました。

 

   

 (左から、ロラ・ドゥエニャス、監督、ダニエル・ヒメネス=カチョ、ベネチア映画祭にて)

 

『サマ』 Zama2017

製作:Rei Cine(亜)/ Bananeira Films(ブラジル)/ LemmingFilm(蘭)/ Canana(メキシコ)/

   El Deseo(西)/ KNM(スイス)/ Louverture Films(米)他

   協賛:INCAAICAACNC(仏)、Netherland Filmfund(蘭)、Programa Ibermedia 他

監督・脚本:ルクレシア・マルテル

原作:アントニオ・ディ・ベネデットの小説 Zama 

撮影:ルイ・ポサス

編集:カレン・ハーレー、ミゲル・シュアードフィンガー

キャスティング:ナタリア・スミルノフ、ベロニカ・ソウト

美術:レナータ・ピネイロ

衣装デザイン:フリオ・スアレス

メイクアップ&ヘアー:マリサ・アメンタ(メイク)、アルベルト・モッチア(ヘアー)、他

音楽:グスタボ・モンテネグロ

プロダクション・マネージメント:フカ・ディアス、パブロ・Trachter

録音:グイド・ベレンブラム Guido Berenblum、マヌエル・デ・アンドレス、ホセ・カルダラロ、他多数

製作者:ヴァニア・カタニ、ベンハミン・ドメネク、サンティアゴ・ガリェリ、(エグゼクティブ)ガエル・ガルシア・ベルナル、アンヘリサ・ステイン、(共同)アルモドバル兄弟、エステル・ガルシア、パブロ・クルス、ルイス・ウルバノ、フアン・ベラ、他総勢28

 

データ:製作国アルゼンチン、スペイン、フランス、オランダ、USA、メキシコ、ブラジル、ポルトガル、レバノン、スイス、言語スペイン語、2017年。映画祭上映BAFICI、ベネチア、トロント、ニューヨーク、ロンドン、ムンバイ、釜山、各映画祭2017、他。撮影地はアルゼンチンの他、ブラジル、スペイン、フランス、メキシコ、ポルトガル、オランダ、米国など。公開アルゼンチン928日、スペイン2018126

 

キャスト:ダニエル・ヒメネス=カチョ(ドン・ディエゴ・デ・サマ)、ロラ・ドゥエニャス(ルシアナ・ピニャレス・デ・ルエンガ)、マテウス・ナシュテルゲール(ビクーニャ・ポルト)、フアン・ミヌヒン(ベントゥラ・プリエト)、ナウエル・カノ(マヌエル・フェルナンデス)、マリアナ・ヌネス、ダニエル・ベロネセ(総督)、カルロス・デフェオ、ラファエル・スプレゲルブルド(キャプテン・イポリト・パリィリャ)他

 

解説:ドン・ディエゴ・デ・サマは知らせを待ちつづけている。サマはスペイン国王により植民地統治のためパラグアイに派遣されてきていた。ブエノスアイレスへの異動信書を運んでくるはずの船を待ち侘び、地平線を見つめるのが日課だった。妻や子供たちと切り離され、時が永遠に止まってしまったかのような未知の世界で孤独を募らせていく。18世紀末の植民地時代を背景に、自分が思い描いていた世界が壊れそうになっていく男の物語。先述したようにアントニオ・ディ・ベネデットの同名小説 Zama1956年刊)の映画化。

 

   

        (ドン・ディエゴ・デ・サマ、ダニエル・ヒメネス=カチョ)

 

  

                       (国王の信書を待ちわびるサマ)


  
  (サマに戯れる役人の妻ルシアナ、ロラ・ドゥエニャス)

 

★物語も時代背景も全く異なるのに、前作『頭のない女』とテーマは似ているかなという印象です。これも運転中に何かを轢いたかもしれないという或るきっかけを境いに、自分の世界が壊れそうになっていく女性の話でした。『サマ』も自分が思い描いていた世界が壊れていく男の人生を描いている。孤独のなかで「待望に捉えられた」男の苦しさを描いている。

 

★原作者のアントニオ・ディ・ベネデットは、1922年メンドサ生れ、作家、ジャーナリスト、映画脚本家。日刊紙「ロス・アンデス」の記者として出発している。アルゼンチンのジャーナリズムで仕事をしていて、軍事独裁と無縁であった人は僅かでしょうか。彼は1976324日の軍事クーデタ勃発当日に、ロス・アンデスの編集室で逮捕されている。197794日に釈放されたときには精神がずたずただったという。その後すぐにフランスに脱出、マドリードに移って6年間の亡命生活を余儀なくされた。名ばかりとはいえ民主主義になった1984年に帰国したが、198610月に63歳で死去している。ディ・ベネデットはドストエフスキーやルイジ・ピランデルロ(1934年、ノーベル賞受賞)に魅了されて作家の道に進んだという。アルゼンチンではボルヘスも評価していた作家だそうで、フリオ・コルタサル、エルネスト・サバトと並ぶようですが、それにしては翻訳書が目下のところないのが不思議です。『サマ』の英訳も最近出版されたばかりのようです。

 

(アントニオ・ディ・ベネデット)

 

ルクレシア・マルテルLucrecia Martelの簡単紹介。19661214日、アルゼンチン北部のサルタ州生れ。長編デビュー作が『沼地という名の町』(2001La Ciénaga)、NHKが資金提供しているサンダンス映画祭でNHK賞を受賞した。他にハバナ映画祭サンゴ賞(作品賞)、ベルリン映画祭アルフレッド・バウアー賞、アルゼンチンのクラリン賞など受賞歴多数。日本では一度だけNHKBS)で深夜放映された。2作目が『ラ・ニーニャ・サンタ』(2004La niña santa)、カンヌ映画祭正式出品、クラリン賞、サンパウロ映画祭審査員賞など受賞している。本作は第1回ヒスパニック・ビート映画祭2004(現ラテンビート)で上映された。

  

   

          (ルクレシア・マルテル監督、ブエノスアイレスにて)

 

3作目がカンヌ映画祭でブーイングを受けたという『頭のない女』(2008La mujer sin cabeza)、しかし国内での評価は高く、アルゼンチン・アカデミー賞、シルバー・コンドル賞、またリマ映画祭審査員賞、リオデジャネイロ映画祭FIPRESCI賞などを受賞、ラテンビート2008で上映されました。プロデューサーが来日、質疑応答の機会がもたれたが、通訳が上手く噛みあわなかった。以上3作は、生れ故郷サルタが舞台だったことから、「サルタ三部作」といわれている。第4作が『サマ』です。短編、TVドキュメンタリーを除いています。

 

  

            (『サマ』撮影中のルクレシア・マルテル)

 

3作『頭のない女』については、現在休眠中のCabinaブログに感想をコメントしております。カビナさんのユニークな紹介記事は、コチラ

   http://azafran.tea-nifty.com/blog/2008/09/la-mujer-sin-ca.html

  

 

サンティアゴ・エステベスのデビュー作*サンセバスチャン映画祭2017 ⑨2017年09月17日 10:00

       「ホライズンズ・ラティノ」はアルゼンチン映画が花ざかり

 

★ラテンアメリカ諸国に関していえば、アルゼンチンは映画先進国、今年もノミネーション12作のうち4作、合作を含めると半数以上の7作になります。サンティアゴ・エステベスの長編デビュー作 La educación del Rey は、「Cine en Construcción 30」(サンセバスチャン映画祭SSIFF2016)の受賞、他に「Cine en Construcción 30」では「CACI-Ibermedia TV」賞も受賞しています。定年退職したばかりの元警備員が偶然遭遇してしまった強盗初犯の若者の自立を手助けするというサスペンス仕立てのドラマです。

CACIConferencia de Autoridades Cinematogficas Iberoamericanas)イベロアメリカ映画作品会議。 

  

 

   La educación del Rey  2017

製作:13 Conejos

監督・編集:サンティアゴ・エステベス

脚本(共):サンティアゴ・エステベス、フアン・マヌエル・ボンドン

撮影:セシリア・マドルノ

美術:アレハンドラ・マスカレーニョ

録音;パトリシア・ミラネシ

視覚効果:ラモン・ダサ、ビクトル・パラシオス・ロペス

音楽:マリオ・ガルバン、マルティン・サンチェス

助監督:エセキエル・ピエリ

プロデューサー:サンティアゴ・エステベス、(エグゼクティブ)バルバラ・エレーラ、

       (アシスタント)セシリア・マドルノ、ダマリス・レンドン

 

データ:アルゼンチン、スペイン語、2017年、撮影地メンドサ、201510月。「Cine en Construcción 30」出品作品(作品賞受賞)、「CACI-Ibermedia TV」賞受賞、サンセバスチャン映画祭2017「ホライズンズ・ラティノ」正式出品、フランス公開20171122日予定

 

キャスト:ヘルマン・デ・シルバ(カルロス・バルガス)、マティアス・エンシナス(レイナルド・ガリンデス、綽名レイ)、エステバン・ラモチェ(ビエイテス)、ウォルター・ヤコブ(アランシビア)、ホルヘ・プラド、マルティン・アロージョ、エレナ・シュネル(カルロス妻)、マリオ・ハラ、マウリシオ・ミネティ、マルセロ・ラセルナ、他

 

プロット16歳のレイナルド・ガリンデス、綽名はレイと警備会社を定年退職したばかりのカルロス・バルガスの物語。レイは仲間と初めて強盗に入るが見つかり警察に追われ逃走する。道路を走り塀を乗り越え飛びおりた先がバルガス家の中庭だった。バルガスはレイにある提案をする。飛び降りたときに壊した庭を修繕するなら警察に引き渡さないと。それが始まりだった。老いた元ガードマンは、古くからの言い伝えに倣って若者の<君主教育>を始める。しかしこの協定は、レイナルドが犯した未解決の問題に近づこうとしたとき、二人の信頼関係に亀裂が走るだろう。

 

         一躍スターになったメンドサ生れの新人マティアス・エンシナス

 

★「君主教育」というタイトルは、レイナルドReynaldoの綽名レイReyreyを掛けている。タイトルのRey が大文字と小文字の2通りある理由です。当ブログではIMDbを採用しました。同じキャストでTVミニ・シリーズ化(8話)されて、お茶の間にも登場することになった。レイナルド・ガリンデス役のマティアス・エンシナスはメンドサ生れのニューフェイス、撮影時には主人公とほぼ同じ17歳だった。TVドラ化されたことでメンドサでは有名になったということです。

 

    

             (マティアス・エンシナス、映画から)

 

★カルロス・バルガス役のヘルマン・デ・シルバは、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(第5話「愚息」)の庭師役を演じたベテラン。資産家の愚息の轢逃げ犯の身代わりを50万ドルで請け負うが、値段を釣り上げて資産家を逆に強請るという、笑うに笑えないコメディだった。本作でアルゼンチン映画アカデミー2014の助演男優賞受賞している。他にカンヌやサンセバスチャン映画祭2011の「ホライズンズ・ラティノ」作品賞を受賞したパブロ・ジョルジェッリの Las acacias で主役の長距離トラック・ドライバーを演じて、アルゼンチン映画アカデミー新人男優賞やコンドル賞にノミネートされている。

 

   

        (レイナルドに<君主教育>をするカルロス・バルガス、映画から)

 

★今回あまり出番はなさそうなエステバン・ラモチェは、サンティアゴ・ミトレのデビュー作『エストゥディアンテ』の政治活動に目覚めていく主役を演じてカルタヘナ映画祭男優賞をもらった。カンヌ映画祭2015併催「批評家週間」のグランプリ受賞作品『パウリーナ』ではパウリーナの恋人役、前回アップしたアドリアン・ビニエスの El 5 de Talleres では主役を演じた。ホルヘ・プラドは、映画、舞台、TVと活躍しているベテランのようです。アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー』やフランシスコ・マルケス&アンドレア・テスタの La larga noche de Francisco Sanctis に脇役で出演している。

 

  

(エステバン・ラモチェとヘルマン・デ・シルバに指示を与える監督、撮影201510月)

 

  

    (ホルヘ・プラド、右はマティアス・エンシナス、TVミニシリーズから)

 

ウォルター・ヤコブは、1975年ブエノスアイレス生れ、主に舞台俳優、演出家として活躍している。パブロ・トラペロのブエノスアイレスのスラム街を舞台にした社会派ドラマ『ホワイト・エレファント』に出演している。リカルド・ダリンやベルギーの若手ジェレミー・レニエ、トラペロ夫人のマルティナ・グスマンなどと共演した。マルセロ・ラセルナエレナ・シュネルも舞台俳優らしく二人は同じ舞台に立っている演劇仲間。

 

   

 (右ウォルター・ヤコブ、ジェレミー・レニエと共演した『ホワイト・エレファント』から)

 

サンティアゴ・エステベスはメンドサ生れ、監督、脚本家、編集者。本作が長編デビュー作ですが、編集者としては長いキャリアの持ち主。ベテランを揃えられたのもこのキャリアの賜物かもしれない。オムニバス映画『セブン・デイズ・イン・ハバナ』12)のパブロ・トラペロが監督した「ジャムセッション/火曜日」を手掛けている。2011年、エステバン・ラモチェを起用して短編 Los crimenes19分)、ほか Un sueño recurrente1322分)の2作がある。

    

   

                         (本作撮影中の監督、左側)

 

   

(エセキエル・ピエリと監督、SSIFF2016Cine en Construcción 30」にて)

 

『人生スイッチ』の主な記事は、コチラ2015729

『パウリーナ』の主な記事は、コチラ2015521

『キリング・ファミリー 殺し合う一家』の記事は、コチラ201749

La larga noche de Francisco Sanctis の記事は、コチラ2016511

ディエゴ・レルマンの第5作*サンセバスチャン映画祭2017 ⑤2017年09月03日 14:52

   オフィシャル・セレクション第2弾、アルゼンチンからディエゴ・レルマン

 

★今年のオフィシャル・セレクションにノミネートされた4作は、スペイン語2作、バスク語、英語が各1作ずつと、例年とは少し様相が異なります。うちスペイン語はマヌエル・マルティン・クエンカの El autor ディエゴ・レルマン Una especie de familia 2作だけです。ディエゴ・レルマンは20代の半ばにモノクロで撮った第1作『ある日、突然。』(2002Tan de reoente)で「鮮烈デビュー」したアルゼンチンの監督。レイトショーとはいえ劇場公開され、その奇抜なプロットに驚かされました。エントリーされた新作は第5作目になります。

ラテンビート2017でも『家族のように』の邦題で上映が決定された。

 

  

 

    Una especie de familiaA Sort of Family2017

製作:El Campo Cine(アルゼンチン)/ Bossa Nova(ブラジル)/ 27 Films Production(独)/

   Bellota Films(仏)/ Staron Films(ポーランド) 協賛INCAA

監督:ディエゴ・レルマン

脚本(共同):ディエゴ・レルマン、マリア・メイラ

撮影:ヴォイテク・スタロン

編集:アレハンドロ・Brodersohn

音楽:ホセ・ビリャロボス 

キャスティング:マリア・ラウラ・ベルチ

美術:マルコス・ぺドロン

衣装デザイン:バレンティナ・バリ

メイクアップ:ナンシー・Marignac

プロダクション・マネジメント:エセキエル・ラボルダ、イネス・ベラ

製作者:ニコラス・Avruj(エグゼクティブ)、ディエゴ・レルマン、他多数

 

データ:アルゼンチン=ブラジル=ポーランド=フランス、スペイン語、2017年、90分、社会派スリラー、ロード・ムービー。撮影地カタマルカ州、ブエノスアイレス、ミシオネス州、201611月初旬クランクイン、12月末アップ。トロント映画祭2017コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門上映98日、サンセバスチャン映画祭正式出品、アルゼンチン公開914

 

キャスト:バルバラ・レニー(マレナ)、ダニエル・アラオス(ドクター・コスタス)、クラウディオ・トルカチル(マリアノ)、ヤニナ・アビラ(マルセラ)、パウラ・コーエン(ペルニア医師)、他

 

プロット:ブエノスアイレスの中流家庭で育った38歳になる女医マレナのロード・ムービー。ある日の午後、ドクター・コスタスから直ちにアルゼンチンの北部に出立するよう電話が掛かってくる。待ち望んでいた赤ん坊の誕生が差し迫っているというのだ。マレナは逡巡しながらも、この不確かな旅に出立しようと決心する。行く手にはたくさんの罠が仕掛けられており、赤ん坊によってもたらされる予想外の高い代価や、自分が望んだものを手に入れるための限界はどこまでかを常に自問自答しながら、法にかなった道徳的な障害に直面する。私たちも新しい人生に立ち向かうマレナと一緒に旅をすることになるだろう。

 

★エグゼクティブ・プロデューサーのニコラス・Avrujによると、マレナは最近娘を亡くし夫とも別れている。母親になりたいが養子縁組のシステムが複雑で望みを叶えられない、という設定にした。養子縁組制度の欠陥という社会的問題にサスペンスの要素をミックスさせたドラマのようです。ミシオネス・ビジュアルアート研究所とアルバ・ポセ病院の協力を受けて撮影された。ミシオネスは北西をパラグアイ、北と東をブラジルと接している、アルゼンチンでも2番目に小さい州、パラナ、ウルグアイ、イグアスという大河が流れていて、河や密林の風景も映画の主人公のようです。 

   

   (赤ん坊を求めてミシオネスにやってきたマレナ役のバルバラ・レニー、映画から)

 

★デビュー作『ある日、突然。』前作 Refugiado も一種のロード・ムービーでしたが、本作でもヒロインはブエノスアイレスから北部を目指して旅をする。このラテンアメリカ映画に特徴的な「移動」は、たいていひょんなきっかけで突然やってくる。エル・パイス紙の記事によると、同じく金貝賞を狙う、ギリシャのアレクサンドロス・アブラナス Love me Not にテーマが類似しているという。あるカップルが若い移民女性を代理母として契約する。女性を彼らの瀟洒な別荘に招き、生活スタイルを教え楽しんでもらう。妻はある秘密を抱えているが表に出さない。夫が仕事に出かけた後、妻と女性は軽く飲んでドライブに出かける。翌朝、夫は妻が事故車のなかで焼死体となっていることを知らされる。大体こんな筋書です。両作に共通しているのは、これから生まれてくるはずの赤ん坊を待っていること、赤ん坊のメタファーに類似性があるようです。

 

★アレクサンドロス・アブラナス(1977、ラリッサ)は、第2Miss Violence が、ベネチア映画祭2013で監督賞(銀獅子賞)、フェデオラ賞(ヨーロッパ地中海映画)などを受賞している。ここでは深入りしませんが、Miss Violence もある秘密を抱えた少女の自殺をめぐる物語で、審査員や観客を魅了した。ディエゴ・レルマンと同世代の若手監督、ギリシャの次世代を担うだろう楽しみな監督です。Love me Not も賞に絡みそうな気がしますが、どうでしょうか。

 

 キャスト

★マレナ役のバルバラ・レニーは、アルゼンチン育ちのスペイン女優、アルゼンチン弁を克服して、『私が、生きる肌』『マジカル・ガール』『エル・ニーニョ』などに出演、日本での知名度も高いほうかもしれません。抜群のスタイルを生かしてモデル、映画にとどまらず舞台にも意欲的に出演、二足の草鞋派です。

バルバラ・レニーの主な紹介記事は、コチラ2016215

 

  

            (初めて赤ん坊を胸に抱くマレナ、映画から)

 

ダニエル・アラオスは、1962年コルドバ生れ。ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの監督コンビの第2作『ル・コルビュジエの家』(09)に初出演、不気味な隣りの男ビクトルに扮した俳優です。第3Querida, voy acomprar cidarrillo y vuelvo11)にも起用された。新作『笑う故郷』には出演しておりませんが、間もなく公開されます。クラウディオ・トルカチルは、1975年ブエノスアイレス生れ、公開作品では、パブロ・ヘンドリックの El Ardor14)に出演しています。ガエル・ガルシア・ベルナルがシャーマンに扮してジャングルでの撮影に臨んだ映画、新大陸にはタイガーは棲息していないのですが、『ザ・タイガー 救世主伝説』とまったく意味不明の邦題で公開されました。

『ザ・タイガー 救世主伝説』の記事は、コチラ20151218

 

   

       (打ち合わせをする製作者ニコラス・Avrujとダニエル・アラオス)

 

 スタッフ

ディエゴ・レルマン Diego Lermanは、1976年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、製作者、舞台監督。産声を上げた324日が奇しくも軍事クーデタ勃発日、これ以後7年間という長きに及ぶ軍事独裁時代の幕が揚がった日でした。彼の幼年時代はまさに軍事独裁時代とぴったり重なります。体制側に与し恩恵を満喫し家族も少なからずいたでしょうが、レルマンの家族はそうではなかった。ブエノスアイレス大学の映像音響デザイン科に入学、市立演劇芸術学校でドラマツルギーを学ぶ。またキューバのサン・アントニオ・デ・ロス・バーニョスの映画TV学校で編集技術を学んでいる当ブログでは、カンヌ映画祭2014「監督週間」に第4作目 Refugiado 選ばれたときに、キャリアとフィルモグラフィーの詳細を記事にしておりますが3年前になりますので、今回再構成して下記に付録としてアップしています。

 

   

               (ディエゴ・レルマン監督)

 

★第4作から撮影を手掛けているヴォイテク・スタロンWojtek (Wojciech) Staron(ヴォイテクは男子名ボイチェフの愛称)は、1973年生れのポーランド人、主にドキュメンタリー国際的に活躍している撮影監督です。なかでメキシコで脚本家として活躍しているアルゼンチンのパウラ・マルコヴィッチ長編デビュー作 El premio がベルリン映画祭2011にエントリーされ、スタロンは銀熊賞(芸術貢献賞の撮影賞)を受賞しています自分の少女時代を送ったサン・クレメンテ・デル・トゥジュという湯治場を舞台に軍事独裁時代を少女の目線撮ったマルコビッチの自伝的要素の強い映画アリエル賞も受賞している

 

   

    (銀熊賞のトロフィーを手にしたヴォイテクスタロン、ベルリン映画祭2011

 

  

付録:ディエゴ・レルマンの長編フィルモグラフィー

2002 Tan de repente (アルゼンチン)『ある日、突然。』監督・脚本・プロデューサー モノクロ

2006 Mientras tanto(アルゼンチン)英題 Meanwhile 監督・脚本

2010 La mirada invisibleアルゼンチン==西『隠れた瞳』監督・脚本・プロデューサー

2014 Refugiado (アルゼンチン=ポーランド=コロンビア=仏)監督・脚本・プロデューサー

2017 Una especie de familia 省略

他に短編、TVドキュメンタリーを撮っている。

 

1Tan de repente ロカルノ映画祭銀豹賞、ハバナ映画祭金の珊瑚賞、ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭銀のコロン賞、2003年にはニューヨーク・レズ&ゲイ映画祭でも受賞するなど多くの国際舞台で評価されました。まだ20代半ばという若さでした、計算されたプロットにはアメナバルデビュー当時を思い出させました。ユーロに換算すると4万ユーロという低予算で製作された。

 

2Mientras tanto :アルゼンチン映画批評家協会賞にValeria Bertuccelli が主演女優賞(銀のコンドル賞)、クラリン・エンターテインメント賞(映画部門)にもBertuccelli が女優賞、ルイス・シエンブロスキーが助演男優賞を受賞しましたが、レルマン自身はベネチア映画祭のベネチア作家賞にノミネートされただけでした。「アルゼンチンの『アモーレス・ペロス』版」と言われた作品。『僕と未来とブエノスアイレス』(04、公開06)のダニエル・ブルマンがプロデューサーの一人。

 

3La mirada invisible 東京国際映画祭2010で『隠れた瞳』の邦題で上映された。映画祭では監督と主演女優フリエタ・シルベルベルクが来日しました。マルティン・コーハンのベストセラー小説Ciencias Morales2007エライデ賞受賞)にインスパイアーされての映画化。従ってタイトルも登場人物小説とは異なり、特に結末が大きくっていました。軍事独裁制末期1982年のブエノスアイレス、エリート養成の高等学校が舞台でしたが、国家主義的な熱狂、行方不明者、勿論フォークランド戦争は出てきませんが、この学校がアルゼンチン社会のアナロジーと考えると、その「見えない視線」に監視されていた社会の恐怖が伝わってくるという仕掛けがしてあった彼の作品の中で軍事独裁が顕著に現れているのが本作です。かつてブエノスアイレスが「南米のパリ」と言われた頃に建築された建物が高等学校として採用され、それ自体が絵になっています。

 

★第4 Refugiadoカンヌ映画祭2014「監督週間」にノミネーション。7歳のマティアスと母ラウラに起こったことがマティアスの無垢な驚きの目を通して語られる。父ファビアンのドメスティック・バイオレンスDVを逃れて、身重の母とティトを連れた息子は安全な避難場所を求めて都会を彷徨い歩く都会をぐるぐる廻るスリラー仕立てのロード・ムービー。

 

   

     (市内を逃げまわるマティアスと母親役のフリエタ・ディアス、映画から)

 

ディエゴ・レルマンのキャリア&フィルモグラフィーの記事は、コチラ2014511


「国際批評家週間」アルゼンチン映画*ベネチア映画祭2017ノミネーション2017年08月12日 11:56

            ナタリア・ガラジオラの長編デビュー作 Temporada de caza

 

★最近国際映画祭での活躍が目覚ましいのが若手女性監督のデビュー作です。「国際批評家週間」コンペティション部門に選ばれた Temporada de caza 1982年生れという若いナタリア・ガラジオラの長編デビュー作。ベネチアの「批評家週間」は新人登竜門的な役割らしく、今年の7作品もすべて第1回作品のようです。昨年はコロンビアフアン・セバスチャン・メサのデビュー作Los nadieThe Nobody”)が観客賞を受賞しています。都会でストリート・チルドレンとして暮らす5人兄妹の愛と憎しみが語られる映画でしたが、こ Temporada de caza はアルゼンチン南部パタゴニアの森が舞台です。

 

   

 Temporada de cazaHunting Season2017 アルゼンチン

製作:Rei Cine (アルゼンチン) / Les Films de LEtranger () / Augenschein Filmproduktion () /

      Gamechanger Films () / 協賛INCAA

監督・脚本:ナタリア・ガラジオラ(ガラジョーラ?)

撮影:フェルナンド・ロケット

編集:ゴンサロ・トバル

美術:マリナ・ラッジオ

メイクアップ&ヘアー:ネストル・ブルゴス

助監督:ブルノ・ロベルティ

製作者:ベンハミン・ドメネク、サンティアゴ・ガリェリ、マティアス・ロベダ、

    ゴンサロ・トバル、他共同プロデューサー多数

 

データ:製作国アルゼンチン・米・仏・独・カタール、スペイン語、2017年、ドラマ、100分。撮影期間2015年から翌年にかけてサン・マルティン・デ・ロス・アンデスで撮影された。資金提供、トゥールーズ映画祭ラテンアメリカ映画基金、ドイツのワールド・シネマ基金より3万ユーロ、他ロッテルダムやトリノ・フィルム・ラボのサポートを受けています。第74回ベネチア映画祭「国際批評家週間」正式出品された。アルゼンチン公開914日予定。

 

キャスト:ヘルマン・パラシオス(父親エルネスト)、ラウタロ・ベットニ(息子ナウエル)、ボイ・オルミ、リタ・パウルス、ピラール・ベニテス・ビバルト、他

 

プロット:母親が急死したとき、ナウエルはブエノスアイレスの高校を終了する間際だった。別の家族と暮らす父親には、息子が18歳になるまでの3か月間の養育義務があった。二人は10年間も会っていなかったが一緒に暮らすことになる。父エルネストは、パタゴニアのサン・マルティン・デ・ロス・アンデスの山間の村で腕利きのハンターとして尊敬を集めていた。怒りをため込み心の荒んだナウエルのパタゴニアへの旅が始まる。自然が人間を支配する新しい環境に直面しながら、ナウエルは殺すことと同じように愛することの力を学ぶことになるだろう。

 

         厳しいパタゴニアの風景をバックに対立する父と息子

 

★日本でパタゴニアと言えば氷河ツアーが人気のようだが、人間よりグアナコのような動物のほうが多い。舞台となるサン・マルティン・デ・ロス・アンデスもラニン国立公園がツアーに組み込まれるようになっている。「南米のスイス」と称されるバリローチェが舞台になったのは、ルシア・プエンソの心理サスペンス『ワコルダ』(『見知らぬ医師』DVD)でした。また詳細はアップしませんでしたが、今年のマラガ映画祭2017に正式出品されたマルティン・オダラの Nieve negra もパタゴニアが舞台、リカルド・ダリン扮する主人公は人里離れた山奥の掘立小屋に一人で暮らしている。父親が亡くなり遺産相続のため長らく会うこともなかった弟が妻を伴ってスペインから戻ってくる。この弟にレオナルド・スバラグリアが扮した。相続をめぐって対立する兄弟の暗い過去が直ちに表面化していくサスペンス。Temporada de caza のプロットを読んで真っ先に思い出したのが今作でした。

 

★ラテンアメリカ映画に特徴的なのが、何かを契機にA点からB点に移動して対立が起きる物語です。たいてい Nieve negra  Temporada de caza のように家族の死が多く、「シネ・エスパニョーラ2017」で短期上映されたイスラエル・アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー 殺し合う一家』も音信不通だった母親と弟の死がきっかけでした。二人に掛けられていたという僅かな死亡保険金欲しさにブエノスアイレスから北部のラパチトに移動して殺人事件に巻き込まれるストーリーでした。 

 

★父エルネストを演じたヘルマン・パラシオスは、1963年ブエノスアイレス生れ。ルシア・プエンソの『XXY』(07)に、リカルド・ダリン扮する主人公の友人医師ラミロとして登場していました。TVシリーズでの出演が多い。息子ナウエル役のラウタロ・ベットニは本作が初出演のようです。ピラール・ベニテス・ビバルトは、Yeguas y cotorras に出演している。

 

    

 

 (パタゴニアの風景をバックにした父と子、映画から)

 

★製作者のベンハミン・ドメネク、サンティアゴ・ガリェリ、マティアス・ロベダ、ゴンサロ・トバル、撮影監督のフェルナンド・ロケットは、共に Yeguas y cotorras に参画している。特にゴンサロ・トバルは、Temporada de caza で編集も担当しています。1981年生れの監督、脚本家、製作者、長編デビュー作 Villegas がカンヌ映画祭2012のカメラドールにノミネートされたほか、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICIのアルゼンチン映画コラムニスト連合賞ACCA他を受賞している。映画後進国の南米においては、アルゼンチンは飛びぬけて輩出している。  

    

  (左から、ゴンサロ・トバル、監督、サンティアゴ・マルティ、マイアミ映画祭2016にて)  

 

 監督キャリア&フィルモグラフィー

ナタリア・ガラジオラNatalia Garagiola1982年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家。祖先はイタリア系移民だが、一応英語発音でカタカナ表記した(ガラジョーラかもしれない)。映画大学卒業後、2014年にスペインのメネンデス・ペラヨ国際大学(視聴覚研究財団)のシナリオ科の博士課程終了。短編がカンヌ映画祭に出品されていることもあり、若手監督として注目されている。

 

   

2011Rincón de López(短編11分)脚本、BAFICI出品

2012Yeguas y cotorras (短編30分)カンヌ映画祭2012「批評家週間」短編部門出品

2014Nordic Factory (フィンランド、デンマーク製作)監督6人のオムニバス

2014Sundays(短編16分)共同監督、脚本、カンヌ映画祭2014「監督週間」短編部門出品

2017Temporada de caza 省略

Yeguas y cotorras は、YouTube(英語字幕)で鑑賞できます。