「Black Beach」 エステバン・クレスポの新作*ゴヤ賞2021 ⑬ ― 2021年02月27日 16:32
アフリカで暗躍する石油カンパニーのアクション・スリラー

★エステバン・クレスポの新作「Black Beach」は、ゴヤ賞ノミネート6カテゴリーと大いに気を吐いています。撮影・編集・美術・プロダクション・録音・特殊効果賞と地味な部門だが、マラガ映画祭上映後、1ヵ月後には公開されている。Netflixが絡んでおり、フランスの1月を皮切りに2月3日にはアメリカ、イギリスなど各国で既に配信が始まっております。日本はまだ準備中とかで待たされていますが、言語を選んで視聴できます。詳細はそれからにしたいが、ラウル・アレバロ、カンデラ・ペーニャ、チリのパウリーナ・ガルシアの他、アレバロのパートナーであるメリナ・マシューズがドラマでも夫婦役を演じています。一応データ、キャスト、ストーリーをご紹介しておきたい。

(エステバン・クレスポ監督、マラガ映画祭2020のフォトコールから)
「Black Beach」
製作:LAZONA Films / David Naranjo Villalonga / Crea SGR / Scope Pictures /
Nectar Media / Macaronesia Films / Nephilim Producciones 協賛RTVE、ICAA
監督:エステバン・クレスポ
脚本:エステバン・クレスポ、ダビ・モレノ
音楽:アルトゥーロ・カルデルス
撮影:アンヘル・アモロス
編集:ミゲル・ドブラド、フェルナンド・フランコ
美術・プロダクション・デザイン:モンセ・サンス
プロダクション・デザイン:カルメン・マルティネス・ムニョス
プロダクション・マネージメント:ハルナ・セイドゥ、マクロード・アイス・インプライム、他
キャスティング:パトリシア・アルバレス・デ・ミランダ、アナ・サインス=トラパガ
録音:コケ・F・ラエラ、セルヒオ・テストン、ナチョ・ロヨ・ビリャノバ
特殊効果:ラウル・ロマニリョス、ジャン=ルイ・ビリヤード
製作者:ダビ・ナランホ、(エグゼクティブ)ヘスス・ウリェド・ナダル、コンチャ・カンピンス(マドリードGhana)、ダビ・ラゴニグ(ベルギー)、他
データ:製作国スペイン=ベルギー=米、スペイン語・英語、2020年、アクション、政治スリラー、115分、撮影地グラン・カナリア、マドリード、ガーナ共和国、ブリュッセル、撮影期間2019年5月9日~7月1日、公開スペイン2020年9月25日。ネット配信は2021年1月仏、2月伊、米、英などで開始。
映画祭・受賞歴:マラガ映画祭セクション・オフィシアル(8月23日上映)、ゴヤ賞2021で6カテゴリーにノミネーション(3月6日発表)
キャスト:ラウル・アレバロ(カルロス・フステル)、パウリナ・ガルシア(カルロスの母エレナ)、カンデラ・ペーニャ(NGOアレ/アレハンドラ)、クロード・ムスンガイ(グラハム)、バブ・チャム(ギジェルモ・ムバ将軍)、リディア・ネネ(ルシア)、メリナ・マシューズ(カルロス妻スーザン)、エミリオ・ブアレ(大統領の息子レオン)、ムーリー・ジャルジュ(グレゴリオ・ンドング大統領)、アイダ・Wellgaya(カルロスの元恋人アダ)、ジミー・カストロ(カルロスの友人カリスト・バテテ)、テレシタ・エブイ(アダの母親)、ダイロン・タジョン(カリストJr.)、フェンダ・ドラメ(アレの助手エバ)、オリビエ・ボニ、フレッド・アデニス(ダグラス)、ジョン・フランダース(ドノバン)、ルカ・ぺロス、ジュリアス・コッター(ONU職員ロナルド)、アンバー・シャナ・ウィリアムズ(アフリカ人記者)、その他大勢
ストーリー:カルロス・フステルは、アメリカの石油カンパニーのスペインCEOに昇進したばかり、8ヵ月になる身重の妻スーザンと国連のベテラン外交官の母親とベルギーのブリュッセルで暮らしている。贅沢三昧の上流階級に属しているが会社の共同経営者になることを期待している。妻により豊かな生活が送れるようニューヨークへの移住を計画している。そんな折も折、はるか彼方のアフリカの島国でカンパニーの技術者が、カルロスの古い友人カリスト・バテテによって誘拐される事件が起き、調停役としてカルロスに白羽の矢が立った。かつて暮らしていたアフリカに飛び、ンドング大統領の息子レオン所有の家に居を定める。スペインNGOの協力者アレと再会するが、想像以上の危険なミッションであることが分かる。元恋人のアダがカリストと結婚して息子がいること、ブラック・ビーチ刑務所に収監されていることを突き止めるカルロス。政治的対立で起きた誘拐事件は何百万もの契約を危険に晒すことになる。
*ゴチック体はゴヤ賞ノミネーションを受けている印。
タイトル「Black Beach」は赤道ギニアの最恐の刑務所の名前
★タイトルのBlack Beachブラック・ビーチというのは、かつての植民地時代にアフリカ中部に位置する赤道ギニア共和国の首都マラボに建設された刑務所の名前、スペイン語でPlaya Negraと言い、地下牢のある世界でも最恐の刑務所の一つであった。独立前はスペイン、フランス、ポルトガルが宗主国、従って現在の公用語も3語である。現大統領テオドロ・オビアン・ンゲマが当時の刑務所長でした。常に即決裁判、政治的な反主流派に対しては残酷な拷問などを科した。
★クレスポ監督がこのタイトルを選んだのは、現在でも金権政治を行っているとか暴君であるとか明白ではないにしろ、符合する事実もあるからです。というのも2016年副大統領に就任した息子が高級車に目がなく、2019年スイス検察の公金横領事件の捜査打ち切りの司法取引に応じて高級車25台を没収され競売にかけられた事件が報じられた。背景には石油の利権に群がる欧米の強国が片棒を担いでいる。
★スリラーであることから結末を書くことは控えたいが、遠いアフリカの小国を背景に登場人物が入れ乱れ、政治的、部族的対立、ONUの画策などが複雑に絡み合ってアクション映画では一概に括れない。有能なビジネスマンがセンチメンタルな過去と向き合う倫理的なメロドラマの部分もあり、加えて家族の相克、無実の民の死屍累々、親しい友人の死など、テーマは盛りだくさんです。ヤッピー世代のオデュッセイア、カルロスは無事に帰還できるのか。

(カルロスとグラハム役のクロード・ムスンガイ)
★過去にも同じようなテーマを扱った映画はかなり多い。アフリカで暗躍する多国籍企業をテーマにしたジョン・ル・カレの小説の映画化、フェルナンド・メイレレスの『ナイロビの蜂』(05)では、レイチェル・ワイズがアカデミー賞助演女優賞を受賞した。同じ年には舞台は中東の架空の国シリアナの石油利権をめぐる陰謀を描いたスティーヴン・ギャガンの政治スリラー『シリアナ』も製作され、こちらはCIA工作員役のジョージ・クルーニーがアカデミー賞&ゴールデン・グローブ賞の助演男優賞を受賞している。
★ラウル・アレバロは、1979年マドリード近郊のモストレス生れの監督、俳優。キャリア&フィルモグラフィーは、2016年の初監督作品「Tarde para la ira」邦題『物静かな男の復讐』でアップしています。彼は本作でゴヤ賞2017新人監督賞を受賞している。バツグンの演技で存在感を示したカンデラ・ペーニャはイシアル・ボリャインの「La boda de Rosa」で主演女優賞にノミネーションされています。スーザン役のメリナ・マシューズ(バルセロナ1986)は、アレバロの現パートナーということですが、以前のアリシア・ルビオとは別れたようですね。
*ラウル・アレバロの主な紹介記事は、コチラ⇒2017年01月09日


(ラウル・アレバロとカンデラ・ペーニャ、映画から)
★監督紹介:エステバン・クレスポは、1971年マドリード生れ、監督、脚本家、2012年に撮った短編6作目「Aquel no era yo」(25分)が、米アカデミー賞2014にノミネートされたことで、オスカー賞ノミネート監督としばしば紹介される。本作はゴヤ賞2013短編映画賞受賞の他、マラガ映画祭2012銀のビスナガ短編賞、CinEuphoria賞2014、メディナ映画祭ほか、国内外の受賞歴を誇る。アフリカの少年兵の記事にインスパイアされて製作した。英語の分かる子供たちを選んで起用、アフリカを再現しているが、実際の撮影はトレドとその近郊の農場で、新作と同じアンヘル・アモロスが手掛けた。

(ゴヤ賞2013短編映画賞のトロフィーを手にした監督)

(アフリカの少年兵をテーマにした「Aquel no era yo」のポスター)
★短編の受賞歴は以下の通り:
2005年「Amar」ポルト短編映画祭2006大賞受賞
2009年「Lala」メディナFF観客賞、ラルファス・デル・ピ映画祭監督賞ほかを受賞
2011年「Nadie tiene la culpa」ラルファス・デル・ピFF観客&脚本賞、
モントリオール映画祭2011審査員賞を受賞
2012年「Aquel no era yo」上記
★長編デビュー作「Amar」はマラガ映画祭2017にノミネートされ、本邦では『禁じられた二人』という全く意味不明の邦題でNetflixで配信された。ない知恵を絞らないで欲しい。2005年に同タイトルで短編を撮っている。個人的には評価できなかったので紹介を断念したが、功績は新人マリア・ペドラサとポル・モネンを世に送り出したこと。新作が第2作目になります。

(長編デビュー作「Amar」のポスター)
マリオ・カサス、初のゴヤ賞ノミネート*ゴヤ賞2021 ⑫ ― 2021年02月23日 11:01
まさかのゴヤ賞初ノミネートにびっくり――マリオ・カサス

(ノミネート対象作品のダビ・ビクトリの「No matarás」)
★ゴヤ賞2021主演男優賞は、マリオ・カサス(ダビ・ビクトリ「No matarás」)、ハビエル・カマラ(セスク・ゲイ「Sentimental」)、エルネスト・アルテリオ(アチェロ・マニャス「Un mundo normal」)、ダビ・ベルダゲル(ダビ・イルンダイン「Uno para todos」)の4人、ノミネーション発表の最初からカサスかカマラのどちらかと予想しています。ダビ・ビクトリの「No matarás」以外は作品紹介をしているので、公平を期して作品紹介もしておこうとしたら、なんとマリオ・カサスはゴヤ賞は初ノミネートに驚きました。というのもTVシリーズも含めると20年近いキャリアがあり、それも話題作に出演していたからです。本邦でもアクション、スリラーが多いので、映画祭上映、ビデオやDVD、Netflix配信などで知名度があり、当ブログでも度々登場させていたから、受賞は別としてノミネートくらいはあると思っていたのでした。

(マリオ・カサス、「No matarás」から)
★マリオ・カサスは1986年、ガリシア州の県都ア・コルーニャ生れ、5人弟妹の長子、大工だった父親が19歳、母親が17歳のときに生まれた。1994年家族でバルセロナに転居、1995年からスペイン国有鉄道RENFEレンフェのコマーシャルに出演している。本格的に俳優を目指して18歳でマドリードに、演技はアルゼンチン出身の女優が設立したクリスティナ・ロタ演劇学校で学んだ。クリスティナ・ロタはフアン・ディエゴ・ボトー(助演ノミネート)、マリア・ボトーの母親でもある。卒業生にはゴヤ賞2021ノミネートのエルネスト・アルテリオ(主演)のようなアルゼンチン出身者だけでなく、ナタリエ・ポサ(助演)、アルベルト・サン・フアン(助演)、ペネロペ・クルス、エドゥアルド・ノリエガなどがおり、スペイン映画の隆盛に貢献している。

(マラガ映画祭主演男優賞を受賞した「La mula」のポスター)
★ダビ・ビクトリの「No matarás」主演で、ホセ・マリア・フォルケ賞に初ノミネートされましたが、ライバルのハビエル・カマラの手に渡った。現在結果が出ているのはサン・ジョルディ賞(スペイン男優賞)とディアス・デ・シネ賞(スペイン男優賞)の2賞です。今年はコロナ禍で映画賞は軒並みガラ開催が遅れています。ゴヤ賞(3月6日)、フェロス賞(3月2日)、ガウディ賞(3月21日)と大きい映画賞の発表はこれからです。以下に主なフィルモグラフィーを年代順に列挙しておきます。(邦題、原題、監督名、主な受賞歴の順)
2006年「El camino de camino」脇役、アントニオ・バンデラス
2009年『セックスとパーティーと嘘』(『灼熱の肌』「Mentiras y gordas」)群像劇
アルフォンソ・アルバセテ&ダビ・メンケス
マドリード・レズビアン&ゲイ映画祭2009レズゲイ賞、サラゴサFF 2009若い才能賞受賞
2009年「Fuga de cerebros」主役、フェルナンド・ゴンサレス・モリーナ
サラゴサ映画祭2009若い才能賞受賞
2010年「Carne de neón」主役、パコ・カベサス
2010年『空の上3メートル』(「Tres metros sobre el cielo」)主役、
フェルナンド・ゴンサレス・モリーナ ACE賞2011新人男優賞受賞
2012年『UNITO 7 ユニット7/麻薬取締第七班』(「Grupo 7」)脇役、アルベルト・ロドリゲス
フォトグラマス・デ・プラタ賞2013映画部門男優賞受賞
2012年『その愛を走れ』(「Tengo ganas de tí」)主役、フェルナンド・ゴンサレス・モリーナ
2013年「La mula」主役、マイケル・ラドフォード マラガ映画祭2013主演男優賞受賞
2013年『スガラムルディの魔女』(「Las brujas de Zugarramurdi」)
アレックス・デ・ラ・イグレシア フェロス賞2014助演男優賞受賞
2013年「Ismael」マルセロ・ピニェエロ
2015年『チリ33人、希望の軌跡』(「Los 33」)群像劇、パトリシア・リッヘン
2015年『グラン・ノーチェ!最高の大晦日』(「Mi gran noche」)
アレックス・デ・ラ・イグレシア フェロス賞2016助演男優賞受賞
2015年『ヤシの木に降る雪』(「Palmeras en la nieve」)主役、フェルナンド・G・モリーナ
フォトグラマス・デ・プラタ賞2016映画部門男優賞受賞
2016年『ザ・レイジ 果てしなき怒り』(「Toro」)主役、キケ・マイーリョ
2016年『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』(「Contratiempo」)主役、オリオル・パウロ
2017年『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』(「El bar」)群像劇、
アレックス・デ・ラ・イグレシア
2017年『オオカミの皮をまとう男』(「Bajo la piel de lobo」)主役、サム・フエンテス
2018年『マウトハウゼンの写真家』(「El fotógrafo de Mauthausen」)、マル・タルガロナ
2019年「Adiós」パコ・レオン
2020年『その住民たちは』(「Hogar」)脇役、ダビ&アレックス・パストール
2020年『パラメディック――闇の救急救命士』(「El practicante」)主役、カルレス・トラス
ディアス・デ・シネ賞2021スペイン男優賞受賞
2020年「No matarás」省略
*ゴチック体は当ブログに紹介記事があります。ビデオ、短編、TVシリーズは割愛。
*『スガラムルディの魔女』の紹介記事は、コチラ⇒2014年10月12日
*『ザ・レイジ 果てしなき怒り』の紹介記事は、コチラ⇒2016年04月14日
*『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』の記事は、コチラ⇒2017年02月17日/04月14日
*『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』の紹介記事は、コチラ⇒2017年04月04日
*『マウトハウゼンの写真家』の紹介記事は、コチラ⇒2019年03月03日/03月05日
*『その住民たちは』の紹介記事は、コチラ⇒2020年03月31日
★TVシリーズでお茶の間ファンを獲得、映画デビューはアントニオ・バンデラスの「El camino de camino」に脇役で出演した。これはバンデラス監督と同郷の作家アントニオ・ソレルの同名小説の映画化だった。カサスをスターにしたのは「Mentiras y gordas」でした。お茶の間のアイドル脱出を模索していたときにオファーを受け、結果を出した。邦題は英語タイトルの直訳、原題を直訳すると「嘘っぱちとデブ女たち」になるが、gordaは強めの要素で会話などで使う「まさかそんなこと嘘でしょ」くらいになる。コメディと紹介されることもあるが、それは見た目だけで的外れ、居場所のない孤独と愛を探す若者たちを描いた青春ドラマでした。カサスは好きな親友に愛を告白できないゲイを演じた。本作はアルモドバルのカンヌ映画祭パルムドールにノミネートされた『抱擁のかけら』を抜いて興行成績ナンバーワンになったが、批評家の評価は当然のごとく分かれた。1996年のダニー・ボイルの『トレインスポッティング』が下敷きになっているようです。本作でユアン・マクレガーはスターの座にのしあがった。

(『セックスとパーティーと嘘』から)
★ゴヤ賞関連では、共演者はノミネートされるが、カサス自身は外されることが多く、アルベルト・ロドリゲスの『UNITO 7 ユニット7/麻薬取締第七班』で助演男優賞ノミネーションを期待したが、共演者のフリアン・ビジャグランがノミネートされ受賞した。またサム・フエンテス監督のオファーを台本を読まずに話だけでOKした『オオカミの皮をまとう男』でもノミネートがなく、翌年の『マウトハウゼンの写真家』では減量して挑戦したもののまたもや素通り、映画アカデミーから嫌われているのかと思っていた。新作「No matarás」の監督は、マリオ・カサスを念頭において脚本を書いたと語っているが、サム・フエンテスもカサスに惚れ込んで「彼しかこの役はできない」とインタビューに応えていた。以下に新作の紹介をしておきます。

(『UNITO 7 ユニット7/麻薬取締第七班』から)

(『マウトハウゼンの写真家』のポスター)
「No matarás」(英題「Cross the Line」)
製作:Castelao Pictures / Castelao Production / Filmax / Movistar+ / RTVE / TV3 他
監督:ダビ・ビクトリ
脚本:ダビ・ビクトリ、ジョルディ・バリェホ、クララ・ビオラ
音楽:フェデリコ・フシド、エイドリアン・フォルケス
撮影:エリアス・M・フェリックス
編集:アルベルト・グティエレス
キャスティング:アレハンドロ・ヒル
プロダクション・デザイン&美術:バルテル・ガジャルト
衣装デザイン:オルガ・ロダル、イランツゥ・カンポス
メイクアップ&ヘアー:ナタリア・アルベール、パトリシア・レイェス、(特殊メイク)ルシア・ソラナ
舞台装置:Thais・カウフマン
プロダクション・マネージメント:エステル・べラスコ、アルフレッド・アベンティン
製作者:ラウラ・フェルナンデス・Brites、(エグゼクティブ)カルロス・フェルナンデス
データ:製作国スペイン、スペイン語・英語、2020年、アクション・スリラー、92分、撮影地バルセロナ、シッチェス映画祭2020(10月10日上映)、公開スペイン10月16日、チリ10月16日(ネット)、アルゼンチン12月1日、ドイツ2月25日(DVD発売3月5日)、他
キャスト:マリオ・カサス(ダニ)、ミレナ・スミット(ミラ)、フェルナンド・バルディビエルソ(レイ)、エリザベス・ラレナ(ラウラ)、ハビエル・ムラ(ベルニ)、アレックス・ムニョス(デルガド)、アンドレウ・Kreutzer(フォルニド)、オスカル・ぺレス(従兄弟)、シャビ・シレス(刑事)、ミゲル・アンヘル・ゴンサレス(物乞い)、アルベルト・グリーン、ヘラルド・オムス(ヘラルド)、シャビ・サエス(ルベン)、ビクトル・ソレ(見張り役)、ミゲル・ボルドイ(ダニの父親)、他
*ゴチック体はゴヤ賞にノミネートされている俳優、新人女優賞、新人男優賞。
ストーリー:ダニはここ数年、病気の父親の介護をしながら旅行会社で働いていた。父親が亡くなると自分の人生を変えようと世界をめぐる旅に出ようと決心する。そんな折も折、セクシーだが精神が不安定なミラという女性と運命の出会いをしてしまう。その夜を境にダニの人生は本物の悪夢と化してしまうだろう。ミラはダニを想像もできない破局に導いていく。本作はもし平凡な人間が誰かを殺すことが可能かどうか考える物騒な映画。

(マリオ・カサス、映画から)
★カサスによると、シナリオを読むなりこのプロジェクトに参加したいと思った。「この役柄を演じられる自信はなかったが、これも挑戦だと魅了された。スリラーが好きなのです」と。監督もカサスについて「脚本は常にマリオを念頭において書きすすめた」と打ち明ける。「マリオの視線を通して、この登場人物を変身させる。観客もこの人物のなかにある真実を体験できるだろう」とコメントしている。

(撮影中の監督とカサス)
★ダビ・ビクトリは1982年バルセロナ生れの監督、脚本家、製作者。スペインと米国で映画を学んだ。2008年短編「Reaccion」でデビュー、同「Zero」(15)がアリカンテのラルファス・デル・ピ映画祭で監督賞と作品第2席を受賞、2018年長編デビュー作「El pacto」は公開された。ベレン・ルエダやダリオ・グランディネッティが出演している。本作は第2作目。

(シッチェス映画祭2020、フォトコール)

(マリオ・カサスとミレナ・スミットに挟まれた監督)
★ゴヤ賞新人女優賞にノミネーションされている、ミレナ・スミットは1996年エルチェ生れ、ホテルのフロントで働いていたところをスカウトされた。未だ24歳だが妖艶な雰囲気があり、もしかすると受賞するかもしれない。次回作はアルモドバルの新作「Madres paralelas」に出演が決まり、既にクランクインしている。共演者はペネロペ・クルスとアイタナ・サンチェス=ヒホン、他にアルモドバル常連のロッシ・デ・パルマ、フリエタ・セラーノ、イスラエル・エレハルデなど賑やかです。ゴヤ賞のライバルは「Ane」のホネ・ラスピウルか。


(ミレナ・スミットとカサス、映画から)
★新人男優賞ノミネーションのフェルナンド・バルディビエルソは、1984年マドリード生れ。2005年短編でデビュー、主にTVシリーズに出演している。2008年イサベル・デ・オカンポのスリラー短編「Miente」でラルファス・デル・ピ映画祭2008男優賞を受賞している。当ブログで作品紹介をしているダニエル・カルパルソロのスリラー「Hasta el cielo」に警官役で出演している。特異な風貌から役柄が限られそうだが、異色の新人として大いに脈がありそうです。


(フェルナンド・バルディビエルソ、シッチェスFFのフォトコール)
バホ・ウジョアの5年ぶりの新作 「Baby」*ゴヤ賞2021 ⑪ ― 2021年02月18日 10:44
監督賞ノミネートの「Baby」は5年ぶりのセリフのないドラマ

★フアンマ・バホ・ウジョアの5年ぶりの新作「Baby」は、監督賞の他オリジナル作曲賞(メンディサバル&ウリアルテ)がノミネートされています。バホ・ウジョアは1967年ビトリア生れ、かつてバスクの若手監督四天王と称されたグループの一人。アレックス・デ・ラ・イグレシア(1965生れ、『スガラムルディの魔女』)、エンリケ・ウルビス(1962生れ、『悪人に平穏なし』)、パブロ・ベルヘル(1963生れ、『ブランカニエベス』)、3人はビルバオ生れです。もはや若手とは言えませんが、21世紀初頭は言語こそスペイン語でしたが、バスクの若手監督が塊りになって国際映画祭で認められるようになった時代でした。
「Baby」2020
製作:Frágil Zinema / La Charito Films / La Charito
監督・脚本:フアンマ・バホ・ウジョア
音楽:Bingen Mendizábal、コルド・ウリアルテ
撮影:Josep M. Civit
編集:デメトリオ・エロルス
キャスティング:ルシ・レノックス
プロダクション・デザイン:リョレンク・マス
セット・デコレーション:ジナ・ベルナド・ムンタネ
衣装デザイン:アセギニェ・ウリゴイティア
メイクアップ&ヘアー:(メイク)ベアトリス・ロペス、(ヘアー)エステル・ビリャル
プロダクション・マネージメント:カティシャ・シルバ
製作者:フアンマ・バホ・ウジョア、(エグゼクティブ)フェラン・トマス、(共)ディエゴ・ロドリゲス、(ライン)ハビエル・アルスアガ
データ:製作国スペイン、言語スペイン語・無声、ドラマ、104分、撮影地バスク自治州、スペイン公開12月18日、ナバラ州12月14日、サンタ・クルス・デ・テネリフェ12月14日、バレンシア12月17日
映画祭・受賞歴:シッチェス映画祭2020上映(10月11日)オリジナル・サウンドトラック賞受賞、タリン映画祭(エストニア)、バジャドリード映画祭、カイロ映画祭、イスラ・カラベラ・ファンタジック映画祭(カナリア諸島テネリフェ)。映画賞ノミネーションは、第8回フェロス賞音楽賞(3月2日発表)、第13回ガウディ賞撮影賞(3月21日発表)、第35回ゴヤ賞監督賞・オリジナル作曲賞(3月6日発表)
キャスト:ロジー・デイ(若い母親)、ハリエット・サンソム・ハリス(ザ・ウーマン)、ナタリア・テナ(ザ・ウルビノ)、マファルダ・カルボネル(ニーニャ)、チャロ・ロペス(家主)、ナタリア・ルイス(ディーラー)、カルメン・サン・エステバン(カップル)、スサナ・ソレト(カップル)、他
ストーリー:麻薬中毒の娘が衰弱しながら男の子を出産した。彼女には自身が生き残るための困難の他に育児が負い被さる。部屋代が払えず家主から養子を勧められる。家主は児童密売で働く女性に接触させ、娘は借金を返済して生き残れる金額で赤ん坊を裕福な婦人に売り渡してしまう。しかし部屋の中に転がっていたおしゃぶりを見て後悔の念に駆られる。生と死についての創造物語、母親が息子を愛することがテーマではなく、私たちが他者を愛することができるかどうかです。
(文責:管理人)

(赤ん坊を売り渡す母親と裕福な婦人)
物語が危険に晒されている――セリフがないと観客は理解できないか?
★バホ・ウジョア映画ファンにとって、ダイヤローグがないと聞いても驚かないでしょう。監督によると「多くの脚本家は、観客がセリフがないと理解できないのではないかと怖れてダイヤローグを書くが、そんな心配はいらない。今は物語が危険に晒されている。既に映画を作り始めて24年前になるが、今日の社会は好奇心が強く、幼稚で独断的」と語る。また「鏡を見て、自身を愛し許すことができるとき、この映画で起きたような他人を愛することができるようになるチャンスがある」、つまり自分が好きでないと他人を好きになれない。「登場人物に名前を付けなかったのは意図したこと、人間の本質、魂の本質に、また怖れや欲望の本質にも名前はいらない。登場する動物には、シンボリックな役割を与えている」と監督。テーマは本質は何かのようで、白馬やアフガン・グレイハンドを登場させている。

(ロジー・デイ、白馬が見える)
★2作になる「La madre muerta」の主役を演じたアナ・アルバレスは一言も喋らなかった。幼いとき母親を殺害した犯人を見てしまったせいで、大人になっても立ち直れない女性の役でした。それでもストックホルム映画祭やカルタヘナ映画祭で女優賞を受賞している。主役に必要な本質的な能力を獲得していることが重要ということでしょうか。4作目の「Frágil」でも長い時間セリフがなかった。新作の重要な要素は、セット、光と闇、音楽が担っており、入念に仕上げられたビジュアル効果が予告編からも見てとれる。息子を売って自分の過ちに気づくドラッグ中毒の若い母親の話だが、かなり奥は複雑なようです。セリフがないだけに個々人の解釈が問われ、好き嫌いがはっきり分かれそうです。ナタリア・テナ扮するアルビノは両性具有のキャラクター、クランクインで最初にセットに入ってきたとき、彼女は「私たちを不安にさせ、怖がらせた」と監督、適役だったわけです。コロナによるパンデミックが始まる前に撮影を終了していたのも幸運なことだった。

(ナタリア・テナ扮する両性具有のアルビノ)
『スター・ウォーズ』に魅せられた少年時代、
★監督紹介:フアンマ・バホ・ウジョアは、1967年ビトリア(バスク語ガステイス)生れ、監督、脚本家、撮影監督、ミュージシャン。父親はブルガリア人、母親はアンダルシア出身、生れはアラバ県の県都ビトリアだが、育ったのはサンセバスティアン、3人兄妹の真ん中。父親が写真館を経営、十代から証明写真の作成や土曜日ごとの結婚披露宴のライト持ちなどして父親の仕事を手伝った。彼を映画の虜にしたのは、1977年のジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』だった。17歳の1984年に最初の制作会社「Gazteiko Zinema」を設立、兄エドゥアルド・バホ・ウジョアとスーパー8ミリや16ミリで短編を撮り続けた。1989年の短編「El reino de Víctor」(30分)がゴヤ賞1990短編映画賞を受賞したときは弱冠22歳でした。

(ゴヤ賞1992「Alas de mariposa」新人監督賞と主演女優賞のシルビア・ムント)
★長編映画デビュー作「Alas de mariposa」がサンセバスチャン映画祭1991で金貝賞を受賞、最年少受賞者の記録を作った。華々しいデビューは、当然のごとく翌年のゴヤ賞では、新人監督賞、共同執筆をしたエドゥアルド・バホ・ウジョアとオリジナル脚本賞、母親役を演じたシルビア・ムントに初の主演女優賞をもたらした。息子の誕生をひたすら待ち望む母親にシルビア・ムント、6歳になる少女の弟殺しというショッキングな悲劇に驚愕した。余談だが、2016年の暮れ、兄弟で受賞した脚本賞をビトリアの中古品店に4999ユーロで売却するという前代未聞のニュースに関係者は絶句した。これには後日談として、店側と監督側の話に食い違いがあり、プロダクションも否定するなど真相は謎のままになった。
★第2作「La madre muerta」はベネチア映画祭でプレミアされ、海外の映画祭で称賛された。以下に短編とドキュメンタリーを除くフィルモグラフィーを年代順に列挙すると、
1991年「Alas de mariposa」監督・脚本(兄エドゥアルドと共同執筆)
1993年「La madre muerta」監督・脚本(兄エドゥアルドと共同執筆)
1997年「Airbag」コメディ、監督・脚本(カラ・エレハルデ他と共同執筆)
2004年「Frágil」監督・脚本
2015年「Rey Gitano」コメディ、監督・脚本
2020年「Baby」監督・脚本
以上6作です。

(長編デビュー作のポスター)
★ゴヤ賞関連では、第2作目「La madre muerta」で特殊効果賞(ポリ・カンテロ)、第3作目「Airbag」で編集賞(パブロ・ブランコ)が受賞している。パブロ・ブランコは第2作と第4作を手掛けるほか、『スガラムルディの魔女』や『悪人に平穏なし』などバスク監督の作品にゴヤ賞をもたらしている。前者はファンタスポルト1995で監督賞と観客賞、モントリオール映画祭監督賞、ストックホルム映画祭FIPRESCIなど国際映画祭での評価が高く、カラ・エレハルデを主役に起用したことが次作のコメディ「Airbag」に繋がった。「騒々しいだけで中身がない」という批評家の酷評にもかかわらず、1997年の興行成績ナンバーワンになった。つまり観客の意見は専門家と違ったわけです。フリーガン・コメディという新しいジャンルを作ったと称され、今では専門家の意見も変わり、20世紀のスペイン映画ベスト50作に選ぶ批評家もいる。出演者には鬼籍入りした人も多く「騒々しい」には違いないが、今見ても古さを感じないのではないか。前2作からは想像できない変身ぶりでした。

(コメディ「Airbag」のおバカ3人組、左からカラ・エレハルデ、
フェルナンド・ギジェン・クエルボ、アルベルト・サン・フアン)
★「Airbag」が戻ってきたと言われた、第5作目の「Rey Gitano」には、「Airbag」で活躍した俳優、カラ・エレハルデ、マヌエル・マンキーニャの他、今は亡きロサ・マリア・サルダ、バルデム兄弟の実母ピラール・バルデム、新たにアルトゥーロ・バルスやマリア・レオン、ベテランチャロ・ロペスも加わっている。ロペスは新作にも出演している。

(「Rey Gitano」撮影中のカラ・エレハルデと監督)

(アルトゥーロ・バルスやマリア・レオンも加わった「Rey Gitano」のポスター)

(ロサ・マリア・サルダとチャロ・ロペス、「Rey Gitano」)
★寡作な監督だが、彼が情熱を捧げている一つに音楽がある。ドラマの間に2本の音楽ドキュメンタリーを撮っている。2008年の「Historia de un grupo del rock」と、2016年の「RockNRollers」である。他にロック・グループのビデオクリップを多数作成している。子供のときからの音楽好きで、最初はフルート、後にはギターとピアノを学んだ。とにかく規格外の才能の持ち主である。映画を撮っていないときは、ミュージシャンの仕事で多忙を極めている。独立心旺盛な、体制には反抗的な性格を自認している。
★もう一つがカメラ、「Baby」のポスターには何種類かあるが、これはその一つ。赤ん坊のおしゃぶりは手工芸品の職人が丁寧に作ってくれたものだが、背景の蜘蛛はバザールで売っていたもの、セットにした家で撮影した。このポスターにはデビュー作「Alas de mariposa」の雰囲気を思い出させるものがある。

(監督が作成したポスター)
個性的な女優陣――チャロ・ロペスが第65回エスピガ栄誉を受賞
★キャスト紹介:本作のノミネーション・カテゴリーは監督賞なのでキャスト陣については簡単にしますが、英国の女優ロジー・デイと米国のハリエット・サンソム・ハリスを主役に起用、ナタリア・テナは生れも育ちもイギリスだが両親がスペイン系なのでスペイン語に堪能、海外勢でも毛色の変わった女優を選んでいる。ロジー・デイ(ケンブリッジ1995)は、女優の他、まだ20代だが監督、作家でもある。1999年TVシリーズでデビュー、ポール・ハイエットの「The Seasoning House」(12『復讐少女』)で主役に抜擢され、2014年ジョナサン・イングリッシュの『アイアンクラッド ブラッド・ウォー』、ロドリゴ・コルテスの『ダーク・スクール』(18)などが代表作。

(麻薬中毒の若い母親を演じたロジー・デイ)
★ハリエット・サンソム・ハリス(テキサス州フォートワース1955)は、1993年の『アダムス・ファミリー、2』、ポール・トーマス・アンダーソンの『ファントム・スレッド』(17)、TVシリーズ『デスパレートな妻たち』(11、28話出演)など。本作では赤ん坊を買う裕福な婦人役。

(ハリエット・サンソム・ハリス、映画から)
★ナタリア・テナ(ロンドン1984)は、上述したように生粋のロンドン子だが、両親がスペイン系なのでスペイン語が堪能のことから、カルロス・マルケス=マルセのデビュー作「10,000KM」の主役に抜擢された。本作は第17回マラガ映画祭2014に正式出品され、監督が作品賞「金のビスナガ」賞、彼女は女優賞を受賞した。
*ナタリア・テナ紹介記事は、コチラ⇒2014年04月11日

(ナタリア・テナとハリエット・サンソム・ハリス)
★一方スペイン勢は、家主役のチャロ・ロペス(サラマンカ1943)は、舞台やTVシリーズで活躍、5年前の「Rey Gitano」に出演している。1943年生れということは、デビューがフランコ体制ということで、主役を演じて活躍していた時代は、ゴヤ賞も始まっていなかった。従ってビセンテ・アランダの1940年代のスペインを舞台にした「Tiempo de silencio」(86)に出演したときには既に母親役だった。ゴヤ賞はホセフィナ・モリーナの「Lo más natural」で主演女優賞にノミネートされたが受賞にいたらず、モンチョ・アルメンダリスの『心の秘密』(97)で初めて助演女優賞を受賞、本作はアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた話題作でした。第65回バジャドリード映画祭2020でエスピガ栄誉賞を受賞、バホ・ウジョア監督にエスコートされて登壇、トロフィーを手にした。「パンデミアでも文化や私たちの健康に影響を及ぼさない」とスピーチした。2020年の栄誉賞受賞者はイサベル・コイシェ、マリア・ガリアナを含めて6人と大盤振舞いでした。

(エスピガ栄誉賞トロフィーを手にスピーチをするチャロ・ロペス、2020年10月26日)
★ニーニャ役を演じたマファルダ・カルボネス(2008)は、2018年TVシリーズでスタート、本作を見たマリア・リポル監督が大いに気に入って「Vivir dos veces」(19)にスカウトした。脚本を手直しするなどしてデビューさせた甲斐あって、子役ながらバレンシア・オーディオビジュアル賞を受賞してしまった。共演者の認知症グレーゾーンの祖父役オスカル・マルティネス、母親役インマ・クエスタのベテランを喰ってしまった。評価はこれからの12歳です。
★ディーラー役のナタリア・ルイス()は、「Rey Gitano」やマリアノ・ビアシンの「Marisol」(05、アルゼンチン、モノクロ)、カルロス・バルデムの小説を映画化したサンティアゴ・サンノウの「Alacran enamorado」(13『スコーピオン反逆のボクサー』)などに出演している。

(監督、マファルダ、ナタリア・テナ、ナタリア・ルイス、シッチェスFF 2020の赤絨毯)
イサベル・コイシェの新作「Nieva en Benidorm」*ゴヤ賞2021 ⑩ ― 2021年02月11日 14:36
イサベル・コイシェの新作はスリラー仕立ての大人のラブロマンス?

(ハビエル・マヨラルが手掛けたポスター)
★イサベル・コイシェの新作「Nieva en Benidorm」は、監督賞とプロダクション賞の2カテゴリーにノミネートされています。2020年のコイシェ監督は、映画国民賞受賞、バジャドリード映画祭 SEMINCI のエスピガ栄誉賞を受賞するなど記念すべき年でした。本作は SEMINCI のオープニング作品に選ばれ10月24日にプレミアされた。タイトルにあるベニドルムという町は、バレンシアのアリカンテ県コスタ・ブランカの海岸沿いにある大リゾート地、現在は <地中海のニューヨーク> と称されるほどですが、フランコ時代は典型的な漁村にすぎなかった。いわゆるリゾートとして計画された都市です。夏季休暇だけでなくフランドルやイギリスから訪れる観光客は、充実したバーやクラブの夜の街を愉しめるようになっている。温暖な気候からスペインの裕福な退職者の人気の都市の一つでもある。

(観光客で賑わうベニドルムの海岸、2012年完成の摩天楼In Tempoビルが見える)
「Nieva en Benidorm」(英題「It Snows in Benidorm」)2020
製作:Benidorm Film Office / El Deseo / Movistar+ / RTVE 他
監督・脚本:イサベル・コイシェ
音楽:アルフォンソ・デ・ビラリョンガ
撮影:ジャン=クロード・ラリュー
編集:ジョルディ・アサテギ
美術:ウシュア・カステリョ
キャスティング:サラ・ビルバトゥア
衣装デザイン:スエビア・サンペラヨ・バスケス
メイクアップ&ヘアー:(メイク)シルビエ・インベルト、(ヘアー)イグナシ・ルイス、ユディット・ガルシア
プロダクション・マネージメント:トニ・ノベリャ
製作者:アグスティン・アルモドバル、ペドロ・アルモドバル、エステル・ガルシア
(*ゴチック体はゴヤ賞ノミネーション)
データ:製作国スペイン=イギリス、スペイン語・英語、2020年、スリラードラマ、117分、撮影地アリカンテ県ベニドルム、配給Bteam。スペイン公開2020年12月11日
映画祭・受賞歴:バジャドリード映画祭SEMINCI 2020オープニング作品(10月24日)、マドリード・アカデミア・デ・シネ(11月10日)、バルセロナ映画祭(11月26日)、ゴヤ賞2021監督賞、プロダクション賞(トニ・ノベリャ)ノミネーション
キャスト:ティモシー・スポール(ピーター・リオーダン)、サリタ・チョウドリー(アレックス)、カルメン・マチ(警察官マルタ)、ペドロ・カサブランク(エステバン・カンポス)、アナ・トレント(ルシア)、エドガル・ヴィットリノ(レオン)、レオナルド・エルティスグリス(ワルダー)、ベン・テンプル(銀行理事)、マルコルム・マッカーシー(警察官)、ラウラ・カレロ(詩人シルヴィア・プラス)、他多数
ストーリー:ピーターは人生の大半を過ごしたマンチェスターの銀行を早期退職して、何年も会っていない弟ダニエルを訪ねようと決心する。彼は独身で几帳面な性格だが、気象現象をとても気にする偏執的なところがあった。ダニエルはスペインの観光地ベニドルムでバーレスクのクラブを経営しているはずだったが、ピーターが到着したときには行方不明になっていた。ダニエルの身に何が起きたのだろうか、唯一の手掛かりはクラブしかなかった。そこで働いていたミステリアスな女性アレックスと知り合うことになる。二人は警官マルタの助けをかりて行方を突き止めようとする。マルタは50年代後半にハネムーンでベニドルムを訪れたアメリカの詩人シルヴィア・プラスの存在と関係があると考えている。ピーターは今まで不可能と思い込んでいたことが実はそうではないことに気がつく。もしベニドルムに雪が降るならば、どんなことでも起りえるのではないか。ピーターは真剣に人生を見つめなおすことにする。


(ピーター役のティモシー・スポールとアレックス役のサリタ・チョウドリー)
★イサベル・コイシェ(バルセロナ1960)の紹介は、英語映画ながらゴヤ賞2018の作品・監督・脚色賞3賞を受賞した『マイ・ブックショップ』(17)、Netflixストリーミング配信の『エリサ&マルセラ』(19)にアップしています。その後のフィルモグラフィーは、TVシリーズを挟んで本作になります。上述したように2020年の国民映画賞受賞、バジャドリード映画祭のエスピガ栄誉賞、他第48回ウエスカ映画祭ルイス・ブニュエル賞を受賞しています。国民映画賞受賞が報じられると、既に受賞していると思い込んでいたメディアやファンを驚かせた。選考母体は文化省と映画部門はICAA(映画と視聴覚芸術協会、1985設立)で、一種の生涯功労賞です。他に文学、科学、音楽、スポーツなど多数。
*『マイ・ブックショップ』の主な紹介記事は、コチラ⇒2018年01月07日
*『エリサ&マルセラ』の主な紹介記事は、コチラ⇒2019年02月11日/同年06月12日

(新作撮影中のコイシェ監督、ベニドルムにて)
コメディでもロマンスでも純粋なノワールでもない「ネオノワール」と監督
★コイシェ監督の映画は圧倒的に英語が多い。ゴヤ賞受賞8個のうちドキュメンタリーを除く受賞作品『死ぬまでにしたい10のこと』や『あなたになら言える秘密のこと』、そして『マイ・ブックショップ』まで一貫して英語、スペインの観客は吹替や字幕入りで見た。どの作品も主役が英語話者だったからです。本作もイギリスの俳優を起用、スペイン公開は字幕入りでした。必要とあればどこにでも出かけていき説得に骨身を惜しまない。ジャンルもさまざま、今回はコメディでもロマンスでも、純粋なノワールでもなく、それらをミックスした<ネオノワール>と説明している。行方不明あり、バーレスクのエロティシズムあり、熟年のラブロマンスあり美食ありで大いに愉しめそうです。

(左から、ティモシー・スポール、サリタ・チョウドリー、アグスティン・アルモドバル、
コイシェ監督、ベニドルムの浜辺で)
★主役ピーターには、イギリスの俳優ティモシー・スポール(ロンドンのバタシー1957)が起用された。『秘密と嘘』(96)、『人生は、時々晴れ』(02)、画家ターナーに扮した『ターナー、光に愛を求めて』やチャーチル役の『英国王のスピーチ』などで日本でも知名度が高い。スポールによると、スコットランドのグラスゴーで撮影中に訪ねてきてオファーされたという。10分ほど話してOKしたが、実際コラボしてみてよかった。スペイン側のスタッフや俳優に学ぶことが多かったと語っている。ピーターはお金が必要ない人々に融資をし、本当に必要な人々には融資を断る銀行に、自分の人生を捧げてきたことを後悔する。上司との意見の相違でぷつんと糸が切れてしまう。

(ベニドルムの夜の繁華街を探し回るピーター)
★アレックス役のサリタ・チョウドリー(ロンドン1966)は、当ブログで紹介したコイシェの『しあわせへのまわり道』(14)に起用されている。父親がベンガル人ということでエキゾチックな雰囲気の女優、インド映画『カーマ・スートラ/愛の教科書』(96)、『シークレット・パーティ』(12)、『ハンガー・ゲーム、パート2』(15)など。「監督から『この役はやりたいと思わないよ』と台本を渡された。ホンを読んだら気乗りしなかったので『はっきり言って演りたくないわ』と答えた。それからコーヒーを飲みながら雑談しているうちに気がついたら演ることになっていたの」とチョウドリー。「コイシェは天才ね。撮影中はアメリカ映画を撮っているときのようなストレスがなく、それにボカディージョが美味しくて」と。どうやらベニドルムがすっかり気に入ったようでした。熟女のエロティシズムが楽しめるとか。

(バーレスク・ショーに出演のアレックス)
詩人のシルヴィア・プラスとはどんな人?

(脇をかためるカルメン・マチ、ペドロ・カサブランク、アナ・トレントの3人)
★カルメン・マチ(マドリード1963)扮する警察官マルタは愛情深く親切、アメリカ出身の詩人で作家のシルヴィア・プラスの作品を愛してやまない。「こんな役をスペインで演れるのは彼女以外にいない」と監督。確かに重みのある声、その存在感は他の追随を許さない。ラテンビート2010で『ペーパーバード幸せは翼にのって』が上映された折り、エミリオ・アラゴン監督と来日している。スクリーンとは打って変わって物静か、映画では別人に変身できると思ったことでした。ゴヤ賞関連ではエミリオ・マルティネス=ラサロの「Ocho apellidos vascos」出演で助演女優賞を受賞している。アルモドバルやアレックス・デ・ラ・イグレシア映画の常連さん、Netflix 配信の『ティ・マイ希望のベトナム』や『ダンシング・ドライブ』主演で、本邦でもファンを獲得している。
*主なキャリア&フィルモグラフィー紹介記事は、コチラ⇒2015年01月28日
★「ハイ、スタート、カットと言いながら死にたい」という監督がカメレオン女優に出会うのは自然な成り行きだったでしょうか。因みにシルヴィア・プラスは、1932年ボストン生れの詩人で作家、詩人のテッド・ヒューズと結婚、1956年ベニドルムにハネムーンで訪れている。ヒューズの不倫で離婚、心機一転ロンドンに移住した。若い頃から鬱病に苦しんでいたが、何回か自殺未遂を繰り返した後、1963年2月11日に2児を残して自死、享年30歳だった。マルタとシルヴィアはどう絡んでくるのでしょうか。

(ダニエル捜索に尽力する警官マルタ役のカルメン・マチ)
★今でも愛され続ける『ミツバチのささやき』のアナ・トレント(マドリード1966)が、これまたミステリアスな清掃人ルシア役で登場する。ダニエル失踪の秘密を知っているようなのです。こういう謎めいた人物を演じるには抑制力がないと上手くいかない。またダニエル失踪の重要人物エステバン・カンポス役のペドロ・カサブランク(モロッコのカサブランカ1963)の存在が壮観とか。土地取引で危ない橋を渡っているようだ。こうしてみると、重要登場人物がスポール以外、全員1960年代生れ、スペイン側はフランコ時代の教育を受け、激動の民主化移行期に青春時代を送った世代です。

(ルシア役のアナ・トレント)
★コイシェ映画の専属撮影監督と称していいジャン=クロード・ラリューは、『死ぬまでにしたい10のこと』以来、『あなたになら言える秘密のこと』、東京を舞台にした『ナイト・トーキョー・デイ』、『マイ・ブックショップ』など殆どを手掛けている。今回ゴヤ賞ノミネートはないが、シネマ・ライターズ・サークル賞にノミネートされている。ゴヤ賞関連では2018年の『マイ・ブックショップ』と、監督が「ぶっ飛んだ女優」と激賞したジュリエット・ビノシェを起用し、ノルウェーの猛吹雪の中で撮影を敢行した「Nadie quiere la noche」(15)でノミネートされている。その他、編集のジョルディ・アサテギ、メイクアーティストのシルビエ・インベルトなど、スタッフ陣は申し分ない。インベルトはゴヤの胸像を3個、マラガ映画祭2017のリカルド・フランコ賞を受賞しているベテラン。
セスク・ゲイの新作コメディ 「Sentimental」*ゴヤ賞2021 ⑧ ― 2021年02月01日 10:12
「トルーマン」の監督が戻ってきた―― 舞台「Los vecinos de arriba」の映画化

★ゴヤ作品賞5作品の一つセスク・ゲイの「Sentimental」は、作品賞の他、監督賞、脚色賞、ハビエル・カマラの主演男優賞、グリセルダ・シチリアーニの新人女優賞の5カテゴリーにノミネーションされています。セスク・ゲイは、「Truman」(15、『しあわせな人生の選択』)でゴヤ賞2016の監督・脚本賞を受賞しています。アルゼンチンの名優リカルド・ダリンとハビエル・カマラという芸達者を起用して映画そのものは楽しめましたが、邦題は平凡すぎて陳腐、全くいただけなかった。本作の作品紹介と監督キャリア&フィルモグラフィーはアップ済みです。
*『しあわせな人生の選択』の記事は、コチラ⇒2016年01月09日/2017年08月04日

(セスク・ゲイ監督、サンセバスチャン映画祭2020)
★「Sentimental」は、もともとは2015年バルセロナで、翌2016年マドリードで公演された「Los vecinos de arriba」(仮題「上階の隣人」)という舞台劇の映画化、英題の「The People Upstairs」はこちらを採用した。下の階の住人がハビエル・カマラとグリセルダ・シチリアーニの結婚歴15年という倦怠ぎみの中年夫婦、上の階の住人がまだアツアツのアルベルト・サン・フアンとベレン・クエスタのカップル、4人だけの室内劇のようです。監督がチリの小説家イサベル・アジェンデの “Sentimental” という作品にインスパイアされて脚本を執筆したという記事が目にとまりましたが、確認できませんでした。

「Sentimental」 (「The People Upstairs」)
製作:Impossible Films / Sentimental Film / TV3 / Movistar+/ RTVE / カタルーニャ文化協会
監督・脚本:セスク・ゲイ
撮影:アンドレウ・レベス
編集:リアナ・アルティガル
プロダクション・デザイン(美術):アンナ・プジョル・Tauler
衣装デザイン:アンナ・グエル
録音:アルベルト・ゲイ、イレネ・ラウセル、ヤスミナ・プラデウス
製作者:マルタ・エステバン、(エグゼクティブ)ライア・ボッシュ
データ:製作国スペイン、スペイン語、2020年、コメディ、82分、撮影地バルセロナ、公開スペイン10月30日、ロシア2021年1月7日
映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2020(9月24日上映)、トロント映画祭上映、第26回フォルケ賞2021男優賞受賞(ハビエル・カマラ)、第8回フェロス賞2021、作品(コメディ部門)・監督・主演男優(ハビエル・カマラ)・助演男優(アルベルト・サン・フアン)の4カテゴリーにノミネーション、ガウディ賞2021作品賞(カタルーニャ語以外)、監督・脚本、主演男優、助演男優、美術、衣装デザイン、録音の9部門ノミネーション、シネマ・ライターズ・サークル賞2021男優、脚色2部門ノミネーション、ゴヤ賞は省略
キャスト:ハビエル・カマラ(フリオ)、アルベルト・サン・フアン(サルバ)、ベレン・クエスタ(ラウラ)、グリセルダ・シチリアーニ(アナ)
(*ゴチック体はゴヤ賞ノミネート)
ストーリー:フリオとアナのカップルは既に結婚歴15年となり、やや倦怠ぎみの中年夫婦、連日議論に明け暮れている。片や上階のフレンドリーな隣人、サルバとラウラの夫婦はまだアツアツ。アナが上階のカップルをディナーに招待しようと提案する。フリオは夜の騒音を疎ましく思っているので乗り気でない。やがて手料理を携えて隣人夫婦がやってきた。夜が更けるにつれ、互いの夫婦の秘密が明らかになっていくのだが、隣人は驚くべき提案をする。どんな提案なのでしょうか。ノイローゼ患者の良薬は常に笑い。

(左から、ラウラ、サルバ、アナ、フリオ)
舞台劇の映画化――フリオはウエルベックの熱烈な読者
★シネヨーロッパのインタビューで、二組の夫婦の偽善的な関係がエスカレートしていくマイク・ニコルズの『バージニア・ウルフなんかこわくない』(66)やロマン・ポランスキーの『おとなのけんか』(11)との関連性を問われて、ベースにしていることを監督は認めている。アメリカン・コメディを参考にしていると語っていた。小説や戯曲の映画化は大きくジャンルが異なるので違いがでる。シアターとフィルムもなかなか難しいが、本作は自分が書いた戯曲をフィルム用に脚色したのでスムーズだったとも語っている。キャスティングは舞台とは別、バルセロナではカタルーニャ語、マドリードではスペイン語という棲み分けだったようです。男性陣のハビエル・カマラとアルベルト・サン・フアンは家族同様、息の合ったセリフ合戦が楽しめそうです。

(フリオとサルバの関係はどうなる?)
★フリオはフランスの小説家ミシェル・ウエルベックの熱烈な読者という設定、2015年当時ムスリム批判で火中の人物、世界が騒然としたシャルリー・エブド襲撃事件では危険を避けるため、警察が一時的に保護していた。どう絡みあうのか興味は尽きない。フリオ夫婦はどうやらセックスレスのようだ。サルバは消防士でラウラは精神分析医という設定です。そして互いに打ちとけるには無駄話が一番いい、ここにはセックス中でも無駄話を止めない人物が登場する。「ノイローゼの良薬は常に笑い」と監督。

(撮影中の4人と監督)
★早口で喋りまくるのがトレード・マークのカマラに『しあわせな人生の選択』では沈黙を要求した。今回はいつものカマラが戻ってきます。新人女優賞ノミネートのグリセルダ・シチリアーニ(ブエノスアイレス1978)は、アルゼンチンではTVシリーズで活躍のベテラン女優ですが、スペインでは <新人> です。年齢は無関係、昨年はオリベル・ラシェの『ファイアー・ウイル・カム』出演の御年84歳のベネディクタ・サンチェスが受賞しています。ただゴヤ賞はスペイン映画アカデミー会員の投票で決まるから、外国勢はどうしても不利です。アルベルト・サン・フアン(マドリード1967)はセスク・ゲイの「Una pistola en cada mano」(12)に出演、ゴヤ賞関連では、フェリックス・ビスカレッドの「Bajo las estrellas」でゴヤ2008主演男優賞受賞以来、久々のノミネーションです。唯一人選ばれなかったベレン・クエスタは、ASECAN 2021にノミネートされていますが、昨年のホセ・マリ・ゴエナガ他の「La trinchera infinita」で主演女優賞を受賞していますから妥当な選考かなと思います。

(ゴヤ賞ノミネートのハビエル・カマラとグリセルダ・シチリアーニ)
パトリシア・ロペス・アルナイス主演の「Ane」*ゴヤ賞2021 ⑦ ― 2021年01月27日 20:37
ダビ・ペレス・サニュドの「Ane」はバスク語映画

(英題「Ane is Missing」のポスター)
★ゴヤ賞の作品賞以下5カテゴリーにノミネートされたダビ・ペレス・サニュドの「Ane」は、昨年のサンセバスチャン映画祭2020のバスク映画イリサル賞受賞作品です。主演のパトリシア・ロペス・アルナイスが、第26回フォルケ賞2021の女優賞を受賞したばかりです。さらに2月8日に発表される第8回フェロス賞(ドラマ部門)では、作品賞、脚本賞、女優賞にノミネートされています。パトリシアは脇役やTV 出演が多かったので紹介が遅れていましたが、気になる女優の一人でした。アメナバルの『戦争のさなかで』(19)でウナムノの次女マリア役で既に登場しているほか、Netflix配信では結構目にします。バスク自治州ビトリアの出身ということもあってバスク語ができる。本作でアネの母親リデに抜擢されて初めて主役を演じています。先ずは映画のアウトラインからスタートします。

(ミケル・ロサダ、パトリシア・ロペス・アルナイス、ペレス・サニュド監督)
「Ane」(英題「Ane is Missing」)
製作:Amania Films / EiTB Euskal Irrati Telebista / 協賛バスク自治州政府、ICAA、他
監督:ダビ・ペレス・サニュド(新人監督賞)
脚本:ダビ・ペレス・サニュド、マリナ・パレス(脚本賞)
撮影:ビクトル・ベナビデス
音楽:ホルヘ・グランダ(作曲)
編集:リュイス・ムルア
美術:イサスクン・ウルキホ
キャスティング:チャベ・アチャ
衣装デザイン:エリサベト・ヌニェス
メイクアップ:エステル・ビリャル
プロダクション・マネージメント:ケビン・イグレシアス
製作者:アグスティン・デルガド、ダビ・ペレス・サニュド、(エグゼクティブ)カティシャ・シルバ、他
データ:製作国スペイン、バスク語、2020年、ドラマ、100分、撮影地アラバ県ビトリア他、公開スペイン2020年10月16日
映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2020「ニューディレクターズ」部門ノミネーション、バスク映画イリサル賞・脚本賞受賞、ワルシャワ映画祭コンペティション部門10月9日上映。フォルケ賞2021女優賞受賞(パトリシア・ロペス・アルナイス)、第8回フェロス賞作品・脚本・女優賞ノミネーション、第35回ゴヤ賞は省略。
キャスト:パトリシア・ロペス・アルナイス(リデ)、ジョネ・ラスピウルJone Laspiur(リデの娘アネ)、ミケル・ロサダ(リデの元夫フェルナンド)、フェルナンド・アルビス(校長)、ナゴレ・アランブル(イサベル)、ルイス・カジェホ(エネコ)、アイア・クルセ(レイレ)、アネ・ピカサ(ミレン)、ダビ・ブランカ(ペイオ)他多数
(*ゴチック体がゴヤ賞ノミネート)
ストーリー:2009年ビトリア、リデは高速列車の工事現場のガードマンとして働いている。17歳のときから育てている年頃の娘アネと暮らしている。仕事から帰宅すると二人分の朝食の準備をする。しかしその日はアネの姿がなかった。翌朝になっても帰ってこなかった。リデは平静を保とうとするが、前日にした激しい口論のせいかもしれないと不安を募らせる。別れた夫フェルナンドとアネの居場所を尋ねまわるが、二人は娘の世界を何も知らなかったことに気づくのだった。娘の失踪によって親子関係の希薄さ、無頓着さ、配慮のなさを突きつけられる。折しもETAに所属しているらしい二人の若者の逮捕が報じられる。 (文責:管理人)

(娘を尋ね歩くリデ、映画「Ane」から)
バスクの対立を背景に親子の断絶と和解が語られる
★ダビ・ペレス・サニュド(ビルバオ1987)は、2010年プロデューサーとしてスタート、10本以上の短編を手掛け、その多くが国際短編映画祭で受賞している。2012年制作会社「Amania Films」をパートナーのルイス・エスピナソと設立、メイン・プロデューサーはエスピナソ。ビルバオとマドリードを拠点にしている。本作がバスク語で撮った長編デビュー作となる。バスクの対立とか労働者階級の闘いなどは、背景の一つであって真のテーマではない。あくまでもコミュニケーションがとれていない親子の断絶と開いた傷口の縫合が語られるようです。英題ポスターに見られるように同じ方向に向かっているが、上下に別れた道路を歩いているので出会えない。

(長編デビュー作のポスターを背にした監督)
★2013年短編第2作目となる「Agur」が評価され、その後「Malas vibraciones」(14、共同)、「Artifitial」(15)、「De-mente」(16)と立て続けに発表、サンセバスチャン映画祭に出品されたミステリー・コメディ「Aprieta pero raramente ahoga」(15分、17)が、ヒホン映画祭で最優秀短編映画賞を受賞した。他にも国内外の映画祭の受賞歴の持ち主である。他に2018年「Ane」という短編を撮っている。ここではアネはETAメンバーのようで、長編の下敷きになっているようです。2018年からはTVシリーズも手掛けており、仕事の幅を広げている。今年のゴヤ新人監督賞は激戦区の一つ、ライバルは「Las ninas」のピラール・パロメロ、『メキシカン・プレッツェル』のヌリア・ヒメネスなど受賞歴を誇る粒揃い、侮れない相手です。

(評価された短編「Aprieta pero raramente ahoga」のポスター)

(イリサル賞受賞のペレス・サニュド監督、SSIFF2020授賞式にて)

(ペイオ役のダビ・ブランカ、製作者カティシャ・デ・シルバ、監督)
「リデはチャンスを求めて闘っている戦士で闘士」とパトリシア
★主演女優賞ノミネートのパトリシア・ロペス・アルナイス(ビトリア1981)は、アラバ県の県都ビトリアの小さな村で幼少期を過ごし、後にマドリードにフリオ・メデムの『ファミリー・ツリー血族の秘密』(17)やフェルナンド・ゴンサレス・モリーナの「バスタン渓谷三部作」の第1部『パサジャウンの影』(17)がNetflixで配信されている。後者は第2部、第3部も日本語字幕はないが、スペイン語、英語なら視聴できます。脇役で出番も限られるので日本の観客には馴染みがない。長寿TVシリーズ「La otra mirada」(18~19、全21話)のテレサ役が評価され、オンダス賞2018とACE賞2019の女優賞を受賞している。TVシリーズでは「La peste」にも出演、スペインでは知名度が高い。

(テレサに扮したパトリシア・ロペス・アルナイス、TVシリーズ「La otra mirada」から)
★上述したようにアメナバルの『戦争のさなかで』でスクリーンに登場していますが、映画デビューは、2010年のホセ・マリ・ゴエナガ&ジョン・ガラーニョ共同監督のバスク語映画「80 egunean」(For 80 Days)でした。当時は必ずしも女優を目指していなかったと語っている。ダビ・ベルダゲルが主演男優賞にノミネートされているダビ・イルンダインの「Uno para todos」にも出演、本作と「Ane」でディアス・デ・シネ2021の女優賞を既に受賞している。最近の2年間で人生に革命が起きたと述懐しているように女優としての転機を迎えている。

(フォルケ賞2021最優秀女優賞のトロフィーを抱きしめるパトリシア、2021年1月16日)
★本作が生れ故郷のビトリアでクランクインしたことも幸いした。また「労働者階級に属しているリデは、チャンスを求めて闘っている戦士で闘士である」ともインタビューに応えている。自身と重なる部分があるということでしょうか。ライバルはイシアル・ボリャインの「La boda de Rosa」のカンデラ・ペーニャ、ゴヤの胸像は既に主演1個(06)、助演2個(04、13)をゲットしているが、そろそろ欲しいところです。
*「Uno para todos」の作品紹介は、コチラ⇒2020年04月16日
*「80 egunean」の作品紹介は、コチラ⇒2015年09月09日

(人生に革命が起きたと語るパトリシア、映画の1シーンから)
新人女優賞にノミネートされた個性派女優ホネ・ラスピウル
★新人女優賞ノミネートのジョネ・ラスピウル(Jone Laspiur サンセバスチャン1995)は、バスク大学で美術を専攻したという変り種、マドリードのコンプルテンセ大学やマセオ・ソシアル・アルヘンティノ大学でも学んでいる。子供のときからピアノを学び、合唱団に所属していた。ミュージック・グループNogenを経て、現在はコバンKobanの合唱団員として舞台に立っている。25歳デビューは遅いほうか。


★映画界入りは、パブロ・アグエロの「Akelarre」の音楽を担当していたミュージシャンのMursego(マイテ・アロタハウレギ)の目にとまりスカウトされた。歌えて踊れる若い女性を探していた。サンセバスチャン映画祭2020オフィシャル・セレクションに正式出品された本作は、ゴヤ賞主演女優賞(アマイア・アベラスツリ)を含めて9カテゴリーにノミネートされている。彼女は魔女アケラーレの一人マイデルに抜擢された。
*「Akelarre」の作品紹介は、コチラ⇒2020年08月02日

(「Akelarre」の魔女アケラーレの一人を演じた、映画から)

(サンセバスチャン映画祭2020のフォトコールにて)
★まだ「Akelarre」と「Ane」の他、バスクTVミニシリーズ「Alardea」(4話)に出演しただけだが、ゴヤの話題作2作に出演している旬の個性派女優として地元のメディアに追いかけられている。日本でも話題になったホセ・マリ・ゴエナガ&ジョン・ガラーニョの『フラワーズ』や『アルツォの巨人』のようなバスク語映画を見ることで新しい道が開けているとインタビューに応えている。第62回ビルバオ・ドキュメンタリー&短編映画祭ZINEBI 2020(1959年設立)のバスク作品賞と脚本賞を受賞したエスティバリス・ウレソラの短編「Polvo Somos」が公開されるほか、コロナ禍の影響でどうなるか分からないが、新しいプロジェクトの撮影も2月クランクインの予定。
フェルナンド・アルビスを筆頭にベテラン勢が脇を固めている
★リデの別れた夫フェルナンドを演じたミケル・ロサダ(ビスカヤ県エルムア1978)は、本作と同じようにパトリシア・ロペス・アルナイスと夫婦役を演じた『パサジャウンの影』のフレディ役、バスク語映画の代表作はアルバル・ゴルデフエラ&ハビエル・レボーリョの「Alaba Zintzoa」(「La buena hija」)、アナ・ムルガレンの「Tres mentiras」や、当ブログ紹介の「La higuera de los bastardos」、同じくルイス・マリアスの「Fuego」など。
*「La higuera de los bastardos」の作品紹介は、コチラ⇒2017年12月03日
*「Fuego」の作品紹介は、コチラ⇒2014年12月11日

(インタビューを受けるパトリシアとミケル・ロサダ)

(リデとフェルナンド、映画から)
★校長役のフェルナンド・アルビス(ビトリア1963)は、ダビ・ペレス・サニュド監督の短編「Agur」出演以来、「Aprieta pero raramente ahoga」や短編「Ane」他に出演している。他にたっぷりした体形を活かしたダニエル・サンチェス・アレバロの『デブたち』で、スペイン俳優ユニオン2010助演男優賞を受賞している。イサベル役のナゴレ・アランブルは、『フラワーズ』で匿名の贈り主から花束を受け取る中年女性役を演じた女優、レイレ役のアイア・クルセは短編「Ane」で主役アネを演じている。

(校長役のフェルナンド・アルビス、映画から)

サルバドール・カルボの 「Adú」*ゴヤ賞2021 ⑥ ― 2021年01月24日 13:26
3本の軸が交差するサルバドール・カルボのスリラー「Adú」

(少年アドゥを配したポスター)
★ゴヤ賞2021のノミネーション発表では、サルバドール・カルボ(マドリード1970)の「Adú」が最多の13カテゴリーとなりました。Netflix 配信という強みを活かしてアカデミー会員の心を掴むことができるでしょうか。本作はデビュー作『1898:スペイン領フィリピン最後の日』(16)に続く第2作目になります。Netflixで日本語字幕入りで配信され幸運な滑り出しでしたが、第2作目は残念ながら日本語字幕はありません。第1作より時代背景も舞台も今日的ですが、アフリカ大陸、特に舞台となるカメルーンやモーリタニア、モロッコの位置関係に暗いと、登場人物がそれぞれ移動する都市に振り回される。安全な日本で暮らしていると、やはりアフリカは遠い世界と実感しました。監督キャリア&フィルモグラフィーはデビュー作でアップ済みです。
*『1898:スペイン領フィリピン最後の日』の作品紹介は、コチラ⇒2017年01月05日

(アナ・カスティーリョ、アダム・ヌルー、監督、ルイス・トサール、1月18日)
★アンダルシア人権協会APDHAの調査によると、2018年、国境を越えてスペインへ到着した違法移民は、陸路海路を含めて64,120人に上る。翌2019年は33,261人と減少したが、子供の数は7,053から8,066人と反対に増加した。不法移民の約30%はモロッコの若者と子供であったという。これが監督の製作の意図の一つとしてあったようです。エンディングに2018年の難民7千万人のテロップが流れる。この数は移民できずに国内に止まっている難民を含めている。スペイン語、ほかに元の宗主国であるフランスやイギリスの言語が飛び交う複雑さが、現代のアフリカを象徴している。第2作目とはいえ、20年前からTVシリーズを手掛けているベテランです。主人公はルイス・トサールではなく、アドゥ少年を演じた当時6歳だったムスタファ・ウマル君と思いました。
「Adú」(2020)
製作:Ikiru Films / Telecinco Cinema / La Terraza Films / Un Mundo Prohibido / Mediaset España
協賛 ICAA / Netlix
監督:サルバドール・カルボ
脚本:アレハンドロ・エルナンデス
音楽:ロケ・バニョス、Cherif Badua
撮影:セルジ・ビラノバ
美術:セサル・マカロン
編集:ハイメ・コリス
録音:エドゥアルド・エスキデ、ハマイカ・ルイス・ガルシア、他
プロダクション:アナ・パラ、ルイス・フェルナンデス・ラゴ
メイクアップ:エレナ・クエバス、マラ・コリャソ、セルヒオ・ロペス
衣装デザイン:パトリシア・モネ
キャスティング:エバ・レイラ、ヨランダ・セラノ
編集者:アルバロ・アウグスティン、ジスラン・バロウ(Ghislain Barrois)、エドモン・ロシュ、ハビエル・ウガルテ、他多数
データ:製作国スペイン、言語スペイン語・フランス語・英語、2020年、ドラマ、119分、撮影地ムルシア、ベナン共和国、モロッコ他、公開スペイン1月31日、インターネット配信6月30日(アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、フランス、イギリス、イタリア、他)、スペイン映画2020年の興行成績第2位。
映画祭・受賞歴:ホセ・マリア・フォルケ賞2021作品賞とCine en Educación y Valores賞、2ノミネーション、フェロス賞2021オリジナル音楽賞(ロケ・バニョス)ノミネーション、ゴヤ賞省略。
キャスト:ルイス・トサール(環境活動家ゴンサロ)、アルバロ・セルバンテス(治安警備隊員マテオ)、アンナ・カスティーリョ(ゴンサロの娘サンドラ)、ムスタファ・ウマル(アドゥ6歳)、ミケル・フェルナンデス(マテオの同僚ミゲル)、ヘスス・カロサ(マテオの同僚ハビ)、アダム・ヌルー(マサール)、Zayiddiya Dissou(アドゥの姉アリカ)、アナ・ワヘネル(パロマ)、ノラ・ナバス(カルメン)、イサカ・サワドゴ(ケビラ)、ヨセアン・ベンゴエチェア(治安警備隊指揮官)、エリアン・シャーガス(Leke)、ベレン・ロペス(国連職員)、マルタ・カルボ(マテオの弁護士)、Koffi Gahou(マフィアのネコ)バボー・チャム(カメルーンの青年)、カンデラ・クルス(NGO職員)、ほか多数
*ゴチック体はゴヤ賞にノミネートされたシネアスト。
ストーリー:アリカとアドゥの姉弟は自転車で散歩中に象の密猟の現場を偶然に目撃してしまう。現場に置き忘れた自転車がもとで二人は地元ボスから追われることになり、故郷を後にする。飛行機の貨物室に忍びこんでカメルーンからヨーロッパに脱出しようと、滑走路の傍にうずくまっている。ここからそう遠くないジャー自然保護区では環境保護活動家のゴンサロが、密猟者に牙を抜かれた痛ましい象の死骸と向き合っている。間もなくスペインからやって来る娘サンドラとの問題も抱えている。北へ数千マイル先のメリリャでは治安警備隊員マテオのグループが、国境線のフェンスを攀じ登ってくるサハラ以南の群衆を押しとどめる準備をしていた。彼らは交差する運命であることを未だ知らないが、元の自分に戻れないことを知ることになる。国境を越えてヨーロッパに押し寄せるサハラ以南の難民問題を軸に、3本の糸が絡みあう群像劇。 (文責:管理人)
アフリカの現実を照らしだす3本の軸
A: 日本では評価がイマイチだったデビュー作『1898:スペイン領フィリピン最後の日』よりテーマが今日的なこと、認知度のあるルイス・トサールやアナ・カスティーリョの出演もあって受け入れやすいと思っていましたが、目下Netflix配信はオリジナル作品ながら日本語字幕はありません。
B: スペイン人にとって1898年という年は、キューバ独立に続くフィリピン、プエルトリコという最後の植民地を喪失する忘れられない屈辱の年でした。経済的よりスペインの没落を象徴する精神的な打撃のほうが大きかったから、海外の視聴者の受け止め方とは事情が異なっていました。
A: 第2作は貧困や民族対立を抱えるサハラ以南からヨーロッパに押し寄せる爆発的な難民や違法移民の流入、地元マフィアが支配する動物密猟などが背景にあります。スペインはアフリカに最も近い国ですから、難民の受入れ窓口になっているという事情があります。
B: 姉アリカとアドゥ少年が暮らしていたのは、カメルーン人民共和国のムブーマMboumaでカメルーン唯一の世界遺産に登録されているジャー自然動物保護区に隣接している。この少年を軸に物語は進行する。
A: この保護区で絶滅の危機にある象の保護活動をしているのがルイス・トサール扮するゴンサロです。彼には常に不在な父親を理解できないアンナ・カスティーリョ扮する娘サンドラがいて、間もなくカメルーンに到着することになっている。これが2本目の軸。

(常日ごろ疎遠な父娘に隙間風が吹く、ルイス・トサールとアンナ・カスティーリョ)
B: 3本目がアフリカ大陸にあるスペインの飛地の一つメリリャで治安警備隊員として国境を守る任務についているマテオ、ミゲル、ハビのグループ、この3本の軸が最後にメリリャとモロッコの国境に集結することになる。
A: 主任らしいマテオを演じるアルバロ・セルバンテスが助演男優賞にノミネートされている。身体を張って危険な任務についているのに、6メートルの金属フェンスを攀じ登ってくる越境者の事故死が原因でグループは訴訟を起こされてしまう。セルバンテスは裁判に勝訴するまでの複雑な心の動きを表現できたことが評価された。米国とメキシコの国境の壁には及びませんが、二重に張り巡らされた金属フェンスの高さがアフリカとヨーロッパの現実を語っています。

(マテオ役のアルバロ・セルバンテス)

(左から、訴訟を起こされた治安警備隊員マテオ、ハビ、ミゲル)
B: トサールもそうですが、彼もカルボ監督のデビュー作に兵士の一人として出演しているほか、フェルナンド・ゴンサレス・モリーナの「バスタン渓谷三部作」の2部と3部に医師役で出演している。他にTVシリーズ出演が多いのでお茶の間の認知度は高い。
アリカとアドゥの出演料は16歳までの教育資金援助
A: アドゥが移動する都市名の位置関係が先ず描けない。あっという間に字幕が変わるから1回目は字幕を無視してストーリーを掴み、2度目に気になった個所をおさえることにした。分からなくても楽しめるが、分かったほうがメッセージがより届きやすい。
B: カメルーンの首都はヤウンデYaunde、姉弟はムブーマに住んでいる。しかしカメルーンでは撮影していないから、多分二人の出身国ベナン人民共和国でしょうか。
A: 撮影当時6歳だったアドゥ役のムスタファ・ウマルはカメルーン人ではない。監督談によると、キャスティング監督がベナン北部、首都ポルトノボから遠く離れた町の街路で出会った少年だそうで、何か惹きつけられてスカウトした。勿論まだ読み書きはできないし、象など見たこともなかった。
B: 映画出演料は姉アリカ役の Zayiddiya Dissou を含めて、16歳までの教育費援助を条件に契約した。これは素晴らしい。

(7歳になったムスタファ・ウマル少年と監督)
A: 恐ろしい密猟を目撃してしまったことで自転車を置いたまま逃げ帰る。それが災いして地元のボスから脅される。母親を殺された二人は行き場を失い親戚を頼って故郷を出る。アドゥが密猟者の顔を見てしまっている。密猟者は外部からやってくるのではなく地元の人なのだ。二人は父親がいるというヨーロッパを目指すことになる。
B: しかしカメルーンから何千キロ先のヨーロッパに如何にして二人を脱出させるか。脚本家アレハンドロ・エルナンデスは、飛行機での密航というとんでもないことを思いついた(笑)。ちょっとあり得ないストーリー展開でした。

(象の密猟を偶然に目撃してしまうアリカとアドゥ)
A: エルナンデスはカルボ監督のデビュー作を手掛けたほか、当ブログでは度々登場させています。キューバ出身、2000年にスペインに亡命以来、ベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』(05)以外は故国とは関係ない作品を手掛けています。ゴヤ賞ノミネートは本作が5回目、2014年にはマリアノ・バロッソの「Todas las mujeres」で共同執筆した監督と受賞、もっぱらマヌエル・マルティン・クエンカとタッグを組んでいる他、アメナバルの『戦争のさなかで』(19)に起用されノミネートされた。
B: 最近は映画よりTVシリーズに専念している。
A: 映画に戻ると、公式サイトのストーリー紹介文では、どうして子供二人が飛行機の貨物室に忍び込んでヨーロッパを目指すのか分からなかった。また実際は貨物室ではなく、驚いたことに車輪格納庫だった。神のご加護があっても99パーセント生き延びられない設定です。
B: 生存は上空の極寒と低酸素状態で不可能ではないかと思いますが、皆無ではないそうです。専門家によると生存者の多くは仮死状態だったという。姉アリカは到着時には凍死しており、着陸のため開いた車輪格納庫から転落してしまう。このシーンは前半の見せ場の一つでした。
違法移民を企てるマサールとの出会い――セネガルの首都ダカール
A: 到着したのはパリでもマドリードでもなく、なんとセネガルの首都ダカール空港、一気にメリリャに近づいた。保護された警察でアダム・ヌルー扮するマサールと出会い、姉を失ったアドゥは彼と二人三脚でメリリャを目指すことになる。青年は時々軽い咳をしているので、観客は結核かエイズを疑いながら不安に駆られて見ることになる。
B: 途中から予測つきますが、エイズ問題も重いテーマです。未だコロナがアジアの他人事であった当時では一番厄介な病気でした。新人男優賞にノミネートされているが、いつもながら新人枠は予測不可能ですね。

(いつも腹ペコのアドゥとマサール、映画から)
A: ダカールから陸路を北上、泥棒をしながらモーリタニアの首都ヌアクショットに、さらにトラックを乗り継いで、遂にモロッコの北岸モンテ・グルグーの難民キャンプに到着する。メリリャの灯りが見える小高い岬、マサールはここで医師の診察を受ける。
B: 国境なき医師団のマークとは違うようでしたが、欧米ではこういうボランティア活動が当たり前に行われている。マサールの病状は進行していて検査入院を勧められるが時間の余裕がない。目指すメリリャは目の前なのだ。

(メリリャの灯りを見つめながら絶望の涙にくれるマサール)
A: この難民キャンプには金網フェンス越えに失敗した死者、怪我人が運び込まれてくる。子供連れのフェンス越えを断念したマサールは、古タイヤを体に巻きつけて海を泳いで渡る決心をする。脚本家エルナンデスは、再びとんでもないことを思いつきました。
B: その昔、キューバ人のなかには筏でマイアミに渡った人々がいたのを思い出しました。二人は離れ離れになりながらも対岸に辿りつく。治安警備隊員マテオのグループが乗った巡視艇が二人を発見して救助する。ここで初めてアドゥとマテオが交錯する。アドゥを抱きかかえたマテオは、もう以前のマテオではない。
「パパは私の友達ではなく、父親」とサンドラ、和解のときが訪れる
A: サンドラは長いことスペインに帰国しない父親にわだかまりをもっている。ゴンサロは「私たちは今までも友達同士として上手くやってきたではないか」と言う。しかし娘が求めているのは友達ではなく父親の存在、「パパは私の友達ではなく、父親よ」とサンドラ。
B: もう大人だと思っていた娘が親の愛に飢えていたとは気づかなかった。しかし娘には別の仕方で愛を注いでいたのだ。それを最後に娘は気づいて大粒の涙を流すことになる。愛とは難しい。

(父娘を演じたカステーリョとトサール、公開イベントにて)
A: ゴンサロは愛情こまやかタイプではなく、絶滅の危機にある象の保護で頭がいっぱい。いま手を打たないと明日では手遅れになる。「カメルーンに来て2ヵ月しか経たないが、4頭の象が殺害された」と嘆く。
B: しかし地元の人々はそうは考えていない。欧米の価値観をストレートに持ち込んでも理解されない。お金になる密猟はやめられないし、象の保護など白人のお節介。かつての支配者への不信は何代にもわたって続く。
A: 互いの乖離は埋めがたい。活動家は常に身の危険と背中合わせですね。次の派遣地がアフリカ南部、インド洋に面したモザンビークというのも驚きです。
B: メリリャの検問所までサンドラを送ってきたゴンサロは、少年センターに送られる途中のアドゥとすれ違う。登場人物全てがここメリリャに集合したことになる。
A: サンドラが押している自転車は姉弟が密猟現場に残してきた自転車、常に2本の軸は知らずに繋がっていたのでした。ゴンサロは以前カメルーンでヒッチハイクをする姉弟とすれ違っていた。本作では父娘の和解以外、何も解決していない。しかし観客は何かを学んだはずです。ニュースと映画の違いかもしれません。
B: アナ・ワヘネルとノラ・ナバスは特別出演、出番こそ少ないが二人の演技派女優が映画に重みをもたせている。両人とも監督たちの信頼は厚い。受賞に関係ないと思いますが、ナバスは映画アカデミーの副会長です。
A: 監督によると、1月公開作品はゴヤ賞では不利にはたらく。というのも1年前の映画など皆忘れてしまうからです。しかし昨年は3月からは映画館も閉鎖、公開できただけでも幸運だったと言う。収束の目途が立たない現状で一番恐れているのは、映画館が消滅してしまうことだという。それは映画製作者というより観客としてだそうです。
B: TVと映画は本質的に異なるというのが持論、TV界出身なのだから映画館が減っても困らないだろうというのは間違いだと。コロナは経済や医療を直撃していますが、文化も破壊している。2020年に撮影が始まった作品は少ないから、今年はともかく来年のゴヤ賞はどうなるのか。
メンデス・エスパルサの3作目 『家庭裁判所 第3H法廷』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑭ ― 2020年12月07日 15:50
前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』に繋がるドキュメンタリー

★アントニオ・メンデス・エスパルサの第3作目になるドキュメンタリー『家庭裁判所 第3H法廷』(「Courtroom 3H」)は、既に終了した第33回東京国際映画祭TIFF との共催作品3作の一つ、当ブログでは第68回サンセバスチャン映画祭SSIFFセクション・オフィシアル部門でプレミアされた折りにアウトラインをご紹介しています。また前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』(17)で作品&監督キャリア紹介をしております。
*『家庭裁判所 第3H法廷』の作品紹介は、コチラ⇒2020年08月05日
*『ライフ・アンド・ナッシング・モア』の作品&監督紹介は、コチラ⇒2017年09月10日
*『ライフ・アンド・ナッシング・モア』のTIFF Q&A の記事は、コチラ⇒2017年11月05日

(監督、ペドロ・エルナンデス・サントス他制作会社「AQUÍ Y ALLÍ FILMS」の製作者たち、
サンセバスチャン映画祭2020、9月22日フォトコール)
★TIFF上映後に企画された「トーク・サロン」を視聴する機会があり、以下のことが確認できました。撮影は2ヵ月間、300ケースを視聴し、180時間撮影した中から撮影中に結審したケースを選んだ。新型コロナの影響で編集はリモートでやったので6ヵ月間を費やした。米国では法廷は公的な場所だからカメラを入れることに支障はない。公開するにあたり当事者たちの許諾を受け、裁判所も社会貢献として許可が下りた。以下に作品紹介時点では分からなかった、主な出演者を列挙しておきました。
主な出演者:ジョナサン・スジョストロームJonathan Sjostrom判事、ニューリン弁護士、ジョンソン弁護士、シェパード弁護士、ブラウン弁護士、バッタグリア児童家族局員、その他ケースマネージャー、里親、訴訟後見人など多数、当事者は仮名、未成年の子供にはぼかしが入っている。

(観客に感動をもたらしたジョナサン・スジョストローム判事)
解説:フロリダ州レオン県タラハシーにある統合家庭裁判所は、虐待、育児放棄などされた未成年者に特化した事案を解決するために設立された裁判所である。こじれた親子関係の修復を扱う米国唯一の裁判所の目的は、できるだけ迅速に信頼できるやり方で、親子関係をもとに戻すことである。実際の法廷にカメラを入れて、2019年2ヵ月間に渡って撮影した180時間のフィルムを編集したものである。本作は、米国の作家で公民権運動にも携わったジェイムズ・ボールドウィンの「もしこの国でどのように不正を裁くか、あなたが本当に知りたいと望むなら、保護されていない人々に寄り添って、証言者の声に耳を傾けなさい」という言葉に触発されて作られた。(文責:管理人)
前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』に繋がるドキュメンタリー
A: ボールドウィンの言葉は「国の正義は弱者の声に表れる」と訳されていた。前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』を見ている観客には、アイディア誕生のヒントは想定内です。前作はフィクションでしたが、主人公の未成年の息子が法廷で裁かれるシーンがあり、そのシーンがここで撮影され、その際に判事と親しくなったようですね。
B: TIFF のトークで髪の薄さが話題になった。サンセバスチャン映画祭に現れた監督の髪に驚いたのですが、それがここではずっと鮮明でした。
A: まだ髪のあった3年前の写真を見せられて「懐かしい写真ありがとう」と恥ずかしがっていた。誠実でユーモアに富んだ穏やかな人柄はそのまま、アイディアは予想通り前作から生まれた。法廷シーンで裁判官と親しくなり、第2作完成後1年半ぐらい経って撮影に入った。

(メンデス・エスパルサ監督、サンセバスチャン映画祭2020、プレス会見にて)
B: 撮影は2ヵ月間、300ケースを視聴した中から選んだようだが、殆どの家庭が崩壊している印象だった。両親は別居あるいは離婚しており、母親が親権放棄したが父親が異議を申し立てたケース、実の親と里親が係争しているケース、父親が誰か分からない乳飲み子を抱えた母親、エトセトラ。
A: 両親に育てる意思がなく、子供も親と暮らしたくないケースでは、判事は親権終了を認め、養子縁組の段階に入る。親なら誰でも子供を愛しているとは限らないから、自分の限界を認めることも必要、スジョストローム判事が「自分の限界を認めてくれたことを感謝する」と親に語りかけるのは、これで子供に安定を与えられるからです。

(左から、子供の養育権をめぐって対立する母親と里親)
B: レズビアン・カップルが2人の子供の養子縁組を成立させたケースは日本ではとても考えられないことです。365日以内の迅速な結審が基本なのは、長期の裁判で子供を不安定な状態にしておくのは子供を傷つけることになるという、あくまでも子供本位の方針でした。
A: 期間が既に過ぎているケースが多い印象でしたが、結審に持っていくのは並大抵のことではないということです。審理部分が2部に分かれており、なかで結審に辿りつけた二つのケースに焦点を絞るという構成でした。
B: 両親がそれぞれセラピーを受けて子供と再出発できたケースは、両親の努力は勿論だが、弁護士、児童家族局員双方の地道な努力と判事の適切な助言の成果です。
A: 審理が始まったときの不安定な様子の母親と険しい表情の父親、結審したときの母親と父親の笑顔をうまく切り取っていた。当事者の努力は当然ながら、関係者の援助なくして解決できなかった。父親は薬物依存症の治療中でしたが、完治まで親子を離しておくのは子供が板挟みになると再出発させた印象でした。

(薬物治療中の険しい表情の父親)


(審理開始時の母親、結審時の母親、まるで別人です)
米国が多民族国家、移民国家であることを実感するエリアスのケース
B: 両親がグアテマラ国籍の子供の親権終了のケースでは、娘がアメリカに残って教育を受けさせたいので親権を放棄した。放棄するのは子供を愛していないからではなく愛しているからという理由なのが、アメリカと近隣諸国との関係であるのが浮き彫りになった。
A: 貧富の差がありすぎ、それは暴力的です。特に中南米諸国でもグアテマラは最貧国ですから。父親も故郷に帰っても娘に教育を与えることはできないと語っていた。

(グアテマラ人の父親の弁護をするとニューリン弁護士)
B: 後半は撮影中に結審した2例、エリアスとエラのケースが紹介された。前者の例は父親がベネズエラ国籍、ブラジル在住、英語を解せず特別にスペイン語の通訳2人が出廷した極めて特殊な事案だった。
A: エリアスの母親は出産当時未婚、児童虐待の疑いで子供とは切り離されている。既に親権を放棄している。問題は父親が自分の息子とは知らずにベネズエラに帰国、後にDNA検査で息子と判明した。児童家族局の依頼で訴訟後見人から父親の親権終了が申し立てられたが、父親は異議を唱えているというケースです。
B: もうすぐ3歳になるエリアスの親権を求めている。審議に出廷するためブラジルからやって来た。というのも他に子供がブラジルにいて、その子供とはネットで繋がっている。今回6年ぶりにその子と会った。8ヵ月のときから育てているエリアスの里親にすれば、父親の言い分は何を今頃になってということでしょう。
A: 所用か出稼ぎか不明だが多民族移民国家ならではの事案です。父親サイドの弁護士は、先述したニューリン弁護士、なかなか辣腕で、いろいろな困難を乗り越えて父親がブラジルから出廷できるよう手配した、その力量に驚かされた。対する里親サイドのバッタグリア児童家族局員と訴訟後見人は、父親が今まで顧みなかった息子を本当に育てる意思があるのかどうか疑っている。
B: エリアスは今のまま里親と一緒に暮らすのが最適、父親が親権を放棄すれば養子にする考えだった。しかし判事は、訴訟後見人から出されていた父親の親権終了の申立てを却下した。里親はエリアスと養子縁組はできなくなった。
A: 判事も苦渋の選択をした。両方の努力に食い違いがあった。しかし親に育てる意思があるならば、親が育てるべきという本来の方針に沿った。本当に育てる意思がなければ、父親はこの法廷にはいなかったからです。このような結審は里親には辛いはず。「里親に課せられた義務は過酷だけれども、これからも協力していただけますか」と、傍聴していた里親たちに語りかけていました。
B: 本当に素晴らしい判事でした。里親たちも「イエス、勿論です」と応えていたのが同じように素晴らしかった。ドキュメンタリーのもつ力は大きく怖い。それは「これはフィクションと逃げられないから」と監督は語っていた。

(バッタグリア児童家族局員)
A: ドラマで撮る案もあったようですが、嘘っぽくなるのでやめたとも。初めてのドキュメンタリーは怖かったとも語っていた。ただエリアスのケースは、個人的には納得できなかった。ニューリン弁護士の熱意や努力を認めるとしても、昨今のベネズエラとアメリカのぎくしゃくした関係を考えると、反対のほうがベターだったのではないか。
母親の過去ではなく、更生しつつある現在の姿を考慮して欲しい
B: もう一つが3歳になるエラのケース、母親は幾度か逮捕歴のある激昂タイプの女性、ある事件をきっかけにエラは両親から引き離された。女性は現在は夫とも絶縁して、エラを取り戻したい一心で更生に励み、今では仕事をして金銭的にも育てられる。
A: 一方里親エイミーは17ヵ月のときからエラを預かりとても安定していると証言。父親は親権終了しているが、母親は終了したくないというケースです。
B: 母親サイドはジョンソン弁護士、里親サイドはエリアスと同じバッタグリア児童家族局員、このケースでは、母親とケースマネージャーの対立が問題をこじらせている。前者の問題行動ははっきりしているが、に後者にも問題がありそうだった。
A: 母親への公的支援が遅かったことも一因のようでした。母親に児童虐待の事実はないが、そのカッとしやすい性格が問題、しかしセラピーのお蔭でそれも快方に向かっていることは、女性の母親アモーレも証言している。

(母親を親身に弁護するジョンソン弁護士)
B: ジョンソン弁護士の努力も実らず、母親の親権終了で結審する。弁護士は「母親の過去ではなく、更生しつつある現在の姿を考慮して」判断して欲しいと述べるが、判事の判断は親権終了だった。これも迷った末の判断です。
A: 家族の再統合が目的とはいえ、やはり母親の今後に不安が残り、母娘の再統合は叶わなかった。ジョンソン弁護士の無念の涙には心打たれたが、弁護士の信念がこれほど凄いとは驚きだった。このケースは多分認められている30日間以内の控訴をするかもしれない。
B: 当事者用に用意されたティッシュの箱が彼女にも必要なのではないかと思った。得てして対立しがちな両者の言い分に耳を傾け、できるだけ公平に扱おうとする判事の態度に心打たれた。稀に見る高潔な人柄に尊敬の念さえ覚えた。
A: 監督も「撮影中にこのケースを最後にしようと思った」とトークで語っていたし、判事ほか弁護士などの人格を取り入れたい意向だった。ジョナサン・スジョストローム判事ありきの映画でしょうね。撮影は180時間に及んだということですが、長ければいいわけではなく、前半の次々に現れる別件の羅列は一度見ただけでは分かりにくく、全体の構成に疑問を感じた。最初からどのような事案が撮れるか分からないから、撮りながら執筆していったような印象でした。
B: このようなドキュメンタリーでは、共同脚本家が必要なのかもしれない。
A: エンディング・クレジットで気づいたのですが、本作はホセ・マリア・リバに捧げられていた。彼は1951年バルセロナ生れのジャーナリスト、映画プログラマー、パリ在住、今年5月2日に鬼籍入り、享年69歳でした。多くのシネアストが世話になっていた。
B: サンクス欄にもありました。さて、次回作もドキュメンタリーですか。
A: 4作目はフィクション、それもベルランガ流のクラシック・コメディだそうです。フアン・ホセ・ミリャスの小説 ”Que Nadie Duerma” の映画化、製作者はペドロ・エルナンデス、キャストは主役のルシアに、アルゼンチン出身のマレナ・アルテリオが決定している。現在、脚本をクララ・ロケと執筆中ということです。お楽しみに。
ダビ・マルティンの 『マリアの旅』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑫ ― 2020年11月29日 17:39
ペトラ・マルティネスの魅力を引き出した佳品

★ダビ・マルティン・デ・ロス・サントスの『マリアの旅』は、監督の母親の世代、フランコ時代の価値観に縛られた女性たちへのオマージュ、一見自由に見えながら自分の居場所が見つからない、夢が叶えられそうで敗れてしまう若い世代の女性たちへの哀歌でした。主人公マリアを演ずるペトラ・マルティネスが見せる表情の微妙な変化、アンナ・カスティーリョ扮するベロニカの表面からはうかがい知れない深い孤独と無念が悲しい。ペトラは先日閉幕したセビーリャ・ヨーロッパ映画祭で女優賞を受賞に続いて、メリダ映画祭でミラダス賞2020を受賞、来年のゴヤ賞ノミネートは間違いないでしょう。監督並びにスタッフ、主演者のペトラとアンナのキャリアについては、以下にアップしております。
*『マリアの旅』作品&キャリア紹介は、コチラ⇒2020年10月27日

(ミラダス賞2020のトロフィーを手に喜びのペトラ・マルティネス、11月25日)
キャスト:ペトラ・マルティネス(マリア)、アンナ・カスティーリョ(ベロニカ)、ラモン・バレア(マリアの夫ホセ)、フローリン・ピエルジク・Jr.(バルのオーナー、ルカ)、ダニエル・モリリャ(ベロニカの元恋人フアン)、ピラール・ゴメス(美容室経営者コンチ)、マリア・イサベル・ディアス・ラゴ(イロベニー)、アリナ・ナスタセ(クリスティナ)、ジョルディ・ヒメナ(看護師)、クリストフ・ミラバル(マリアの長男ペドロ)、Annick Weerts(ペドロの妻エリサ)、マールテン・ダンネンベルク(同次男フリオ)、他
ストーリー:世代の異なる二人のスペイン女性マリアとベロニカは、ベルギーの病院で偶然同室となる。マリアは若い頃に家族とベルギーに移住してきた。ベロニカは故国では決して手に入れることのできないチャンスを求めて最近来たばかりであった。ここで二人は友情と親密な関係を結んでいくが、ある予期せぬ出来事が、ベロニカのルーツを探す旅にマリアをスペイン南部のアルメリアに誘い出す。それは彼女自身の世界を開くと同時に、人生の信条としてきた確かな土台を揺るがすことにもなるだろう。
「女は三界に家なし」世代、このまま人生を終わらせたくない
A: ペトラ・マルティネスのキャリア紹介で触れたことですが、彼女の代表作の一つ、ハイメ・ロサーレスの『ソリチュード 孤独のかけら』に出てくる母親の造形に似ていた。あちらは三人娘の母親で、テーマも同じではありませんでしたが。
B: 室内のシーンなどフレームの取り方も似ているところがあり、時間がゆっくり流れていて何事も起きそうにないのに、実は起きている。
A: マリアの夫ホセも別段マチスタの人ではなく、あの年代ならどこにでもいそうな男性です。しかし年配の主婦ならこうあるべきという確信をもっている。マリアは若いときに故郷のレオンを離れたというが、何歳ころだったか分からない。
B: 移住して48年経つということから彼女の齢を想像するしかない。結婚していたのか否かもはっきり語られない。
A: ベルギー暮らしが長いのに母語がスペイン語であること、住んでいたレオンの家がダム建設で沈んだということくらいしか情報はない。レオンといってもステンドグラスが美しい大聖堂のある都市部ではないようだ。
B: 長男ペドロにはスペイン語を解さないベルギー人の妻とアントワープとフランス風の名前の子供がいて、こちらも親思いのようだが有無を言わせぬ強引さを垣間見せる。
A: 息子も結婚すれば他人になる。マリアが心を許しているのは独身の次男フリオだが、別の地方か国外か分からないが出ていくという設定。マリアの世代はフランコ政権の良妻賢母の教育を受け、仕事の選択権や自由は制限されても結婚までの居場所はあった。家族という形がまだ存在していた。

(マリアの微妙な変化を訝しむ夫ホセ役のラモン・バレア)
B: ただ離婚は許されなかったし、夫に先立たれても結婚は一度だけという禁止事項はあった。フランコ以降の教育を受けた20代のベロニカには度し難いことで目を丸くする。
A: 価値観があまりに違いすぎて、最初二人は波長が合わない。しかし実はそんなに違っていないことが次第に分かってくる。身なりや印象だけで他人を判断することの危うさを示唆している。
B: ベロニカは梨農園の季節労働者として1年前くらいにベルギーにきた。しかし現在はカメラの魅力に取りつかれカメラマンを目指している。留学ではなく、一人で国外に働きに出るにはそれなりの度胸が必要だが、肩を押したのは家族の崩壊らしいことが匂ってくる。
A: 親にも恋人にもさようならするのは相当の決断がいる。職業の選択権や自由はあってもベロニカには居場所がなかったのだ。前半でスクリーンから姿を消すが、自身の病名を知る前と後のコントラストを演じ分け、デビュー作ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』や、ロス・ハビの『ホーリーキャンプ!』には見られなかった成長ぶりが、今後の活躍を期待させる。


(カメラマン志望だったベロニカ役のアンナ・カスティーリョ)
B: 「植木に水をやってください」というメモを残して出立したマリア、直ぐ帰宅しますと追記しますが、ベルギーからフランスを通りこしてピレネー越え、行ったことのないアンダルシアのアルメリアまで陸路を辿っての旅では直ぐには帰宅できない(笑)。
A: 発作を起こしたばかりのステントが入ったポンコツ心臓を抱えての一人旅、夫との障りのない会話でぷつんと糸が切れた。溜め込んだ怒りを吐き出すような出立だったが、多分家族には何が不満か到底理解できない。それが帰宅後の家族の食事会ではっきりする。ペドロが母親にカウンセリングを薦めるのは妻エリサの意向で、世代の違う夫婦像も浮き彫りになる。
B: マリアの解放への決断は揺るぎない。行くと決めたら行く、そう決心してからのマリアの行動は素早く、何かを解き放つような生き生きとした表情に変化する。
A: ベロニカは母親の名前ファティマをカタカナで腕に刺青している。上手くいかない母親であっても愛している。名前からアラブ系の血が入っていることが暗示され、アルメリアとモハカのあいだの町から来たというが、主に住んでいたのはバルセロナやタラゴナだという。
B: 時代の変化に翻弄されながら渡り歩いている父親不在の母娘像が浮かび上がってくる。母親にも安住できる居場所はなかったのだ。
砂漠と火山のアルメリアはかつてのマカロニ・ウエスタンの聖地
A: 舞台となったアルメリアは、現在では映画に見られるように閑散とした寂寥感の漂う場所だが、かつて1960年代はマカロニ・ウエスタンを撮影した<聖地>としてにぎわっていた。『荒野の用心棒』、正続『夕陽のガンマン』のような西部劇だけでなく、『アラビアのロレンス』の一部、『ドクトル・ジバゴ』、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』など、トータルで400本も撮られたというから驚く。
B: もう一つの格安ハリウッドだった。西部劇にドンピシャの土地、安い労働力が魅力だった。一方、失業者で溢れていたフランコ政府にとって外貨の流入は願ったり叶ったり、官民一体となって推進した。

(ダビ・マルティン・デ・ロス・サントス監督、撮影地カボ・デ・ガタの浜辺にて)
A: アルメリアで撮影技法を学んだスペイン監督も多く、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『マカロニウエスタン800発の銃弾』は、かつての映画村の栄光に捧げられている。これには夫を演じたラモン・バレアも出演していた。
B: 地元に残って製塩所で働いていたベロニカの元カレは、機械化のせいで多くの住民が失業したとマリアに語る。最初はベロニカの死を秘密にしていたマリアも、彼が未だに彼女を想っていることが分かって、旅の目的を打ち明ける。
A: 母親ファティマの消息は生死も分からず切れたまま、誰にベロニカの遺灰を託したらいいのか。今でも想っていてくれるフアンの傍がふさわしい。ベルギーでゴミ箱に捨てられる運命だったベロニカの居場所は、ザクロの実がなるここしかない。
B: 海が見え、ヨーロッパ唯一の砂漠、起伏に富んだ自然に囲まれたアルメリア、こうしてマリアのミッションは終りに近づく。
マリアの固定観念を壊す、よそ者ルカの魅力
A: この土地を愛するがゆえに儲けを度外視してバルを経営しているルカはよそ者の設定、元はトラック運転手だったが気に入って住みついた。フローリン・ピエルジクJr. 自身も1968年ブカレスト生れのルーマニア人、監督、ライター、俳優。名前から分かるように俳優フローリン・ピエルジクが父親、ルーマニア映画「Killing Time」(11)を監督、俳優としてヒットマンを演じた。ほかにアメリカのアクション、ホラー映画に出演している。
B: 本作ではマリアを一人の女性として解放する偏見のない男性として描かれる。マリアのセクシュアリティを呼び起こす重要な役柄でした。
A: ベルギーでは能面のようだったマリアの表情が豊かになっていく。人間は幾つになっても輝けるということです。

(ルカのバルで自分で料理したケーキを食べながら歓談するマリア)

(マリアを女性として接するルカ、地中海の波がしらを眺める二人)
B: ホームドラマのように食べるシーンの多い作品でしたが、ルカがマリアと飲むコルヌネッチ、ベシナタ、ツイカなど、初めて耳にする飲み物が出てきた。
A: スペインでは聞きなれないアルコール類なので調べてみたら、コルヌネッチは分かりませんでしたが、ベシナタはチェリー、ツイカはプラムのアルコール度数の高い、ルーマニアのお酒でした。これでルカの生れ故郷が分かった。よそ者のルカも居場所を見つけられた。
ダビ・マルティンのデビュー作 『マリアの旅』*ラテンビート2020 ⑦ ― 2020年10月27日 20:33
ベテラン女優ペトラ・マルティネスを主役に起用した自由への旅
★ラテンビートに新たにドラマ2作が発表になりました。共催作品ではありませんが、両作とも10月31日にオープンするTIFF東京国際映画祭TOKYOプレミア2020部門で上映されます。一つはスペイン映画からダビ・マルティン・デ・ロス・サントスの長編デビュー作『マリアの旅』(「La vida era eso」)、もう一つはポルトガル映画からマリオ・バローゾの『モラル・オーダー』(「Ordem Moral」)です。今回はTIFFがワールド・プレミアの前者のご紹介。監督のダビ・マルティンは短編では国際映画祭の受賞歴が多数あり、デビュー作とはいえ見ごたえのあるドラマになっているようです。

『マリアの旅』(「La vida era eso」英題「Life Was That」)
製作:Lolita Films / Mediaevs / Smiz and Pixel / Canal Sur Televisión / ICAA /
La vida era eso 協賛マドリード市、アルメリア市
監督・脚本:ダビ・マルティン・デ・ロス・サントス
撮影:サンティアゴ・ラカ(『さよならが言えなくて』『悲しみに、こんにちは』)
編集:ミゲル・ドブラド(『さよならが言えなくて』「La zona」)
美術:ハビエル・チャバリア
キャスティング:トヌチャ・ビダル(『さよならが言えなくて』)
録音:エバ・バリニョ(『悲しみに、こんにちは』「Yuli」)
衣装デザイン:ブビ・エスコバル
メイクアップ:マリア・マヌエラ・クルス
サウンドトラック:”LA VIDA ERA ESO”
フェルナンド・バカス&エストレーリャ・モレンテ曲
エストレーリャ・モレンテ歌
製作者:(エグゼクティブ)ダミアン・パリス、マリア・バロッソ、ホセ・カルロス・コンデ、他
データ:製作国スペイン=ベルギー、スペイン語・フランス語、2020年、ドラマ、109分、撮影地アンダルシア州アルメリアのカボ・デ・ガタ(猫岬)、クランクイン2019年5月26日
映画祭・受賞歴:東京国際映画祭TOKYOプレミア2020部門正式出品(11月6日上映)、第17回セビーリャ・ヨーロッパ映画祭セクション・オフィシアル部門(11月6日~14日)、ラテンビート2020オンライン上映
キャスト:ペトラ・マルティネス(マリア)、アンナ・カスティーリョ(ベロニカ)、ラモン・バレア(マリアの夫ホセ)、フローリン・ピエルジク・Jr.(バルのオーナー、ルカ)、ダニエル・モリリャ(ベロニカの元恋人フアン)、ピラール・ゴメス(美容室経営のコンチ)、マリア・イサベル・ディアス・ラゴ(イロベニー)、アリナ・ナスタセ(クリスティナ)、ジョルディ・ヒメネス(看護師)、クリストフ・ミラバル(マリアの長男ペドロ)、マールテン・ダンネンベルク(同次男フリオ)、他
ストーリー:世代の異なる二人のスペイン女性マリアとベロニカは、ベルギーの病院で偶然同室となる。マリアは若い頃に家族とベルギーに移住してきた。ベロニカは故国では決して手に入れることのできないチャンスを求めて最近来たばかりであった。ここで二人は友情と親密な関係を結んでいくが、ある予期せぬ出来事が、ベロニカのルーツを探す旅にマリアをスペイン南部のアルメリアに誘い出す。それは彼女自身の世界を開くと同時に、人生の信条としてきた確かな土台を揺るがすことにもなるだろう。 (文責:管理人)

(マリア役のペトラ・マルティネス、ベロニカ役のアンナ・カスティーリョ)
自由と欲求に目覚めた女性の未知への遭遇
★監督キャリア&フィルモグラフィー:ダビ・マルティン・デ・ロス・サントスは、監督、脚本家、製作者。短編やドキュメンタリーを手掛け、2004年の短編「Llévame a otro sitio」は、アルメリア短編FFのナショナル・プロダクション賞、ニューヨーク市短編FF観客賞ノミネート、2015年の「Mañana no es otro día」は、アルカラ・デ・エナレス短編FFのマドリード市賞・脚本賞を受賞、続く2016年の短編ドキュメンタリー「23 de mayo」は、メディナ映画祭の作品賞・撮影賞を受賞した。今回の「La vida era eso」が長編映画デビュー作。セビーリャ・ヨーロッパFFの上映日がまだ発表されていないようで東京国際映画祭がワールド・プレミアのようです。スペインはコロナ禍第2波の関係でカナリア諸島を除いて夜間外出禁止のニュースも飛び込んできているので、今後スペインで開催される映画祭の行方が懸念されます。

(短編「Llévame a otro sitio」のポスター)
★本作について、アルメリアのカボ・デ・ガタでクランクインしたときの監督インタビューで「マリアは家族つまり夫や子供たちや両親を優先するような教育を受けた世代に属している。自分自身の欲求は二の次、抑圧されることに甘んじていた。マリアのエロティシズムを目覚めさせることを含めて、観客は自由と友情を通して、マリアの未知への遭遇に沈思するだろう」とコメントしている。さしずめマリアは良妻賢母教育を受けた世代の代表者という設定です。いくつになっても人生の転機はやってくる、勇気をもらいましょう。

(自作を語るダビ・マルティン監督)

(ペトラ・マルティネスとアンナ・カスティーリョと打ち合わせをする監督)
★キャスト紹介:ペトラ・マルティネス(ハエン県リナレス1944)は、舞台、映画、TVの女優。父親がスペイン内戦で共和派で戦ったことで亡命、その後逮捕されてビルバオのタバカレア刑務所に収監された。3歳のときマドリードに移住、16歳のときロンドンに旅行して舞台女優になる決心をする。米国からスペインに移住した劇作家ウィリアム・レイトンが設立したTeatro Estudio de Madrid(TEM)に入学、そこで後に夫となる舞台演出家で俳優のフアン・マルガーリョと知り合う。演劇グループ Tábano に参加、フランコ末期の1970年代は国内では検閲のため上演ができなかったこともあって、米国やヨーロッパ諸国の国際演劇祭に参加している。1985年マルガーリョとUroc Teatro を設立、スペイン国内に限らずヨーロッパやラテンアメリカ諸国を巡業した。フアン・マルガーリョは、俳優としてハビエル・フェセルの『だれもが愛しいチャンピオン』(18)に出演、ゴヤ賞2019助演男優賞にノミネートされている。

(ペトラ・マルティネス)
★映画出演は、公開、TV放映作品ではマテオ・ヒルの長編デビュー作『パズル』(99)、アルモドバルの『バッド・エデュケーション』(04)の母親役、ハイメ・ロサーレスの『ソリチュード~孤独のかけら』(07、スペイン俳優連合主演女優賞)や『ペトラは静かに対峙する』(18)、ジャウマ・バラゲロの『スリーピング・タイト』(11、スペイン俳優連合助演女優賞)など上げられる。未公開作だが代表作に選ばれているのがミゲル・アルバラデホの「Nacidas para sufrir」(09)で、シネマ・ライターズ・サークル賞女優賞を受賞した。一見地味な辛口コメディだが、女性が置かれている社会的地位の低さや男性による不寛容、女性の不屈の精神を描いて訴えるものがあった。これは『マリアの旅』に繋がるものがあり、TIFF のスクリーン上映、並びに LBFF オンライン上映が待たれる。

(「Nacidas para sufrir」のポスター)
★ラテンビートの作品紹介にあるように、もう一人の主役ベロニカ役のアンナ・カスティーリョ(バルセロナ1993)は、イシアル・ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』(16)でゴヤ賞新人女優賞を受賞している。共演のハビエル・グティエレスは「女優になるべくして生まれてきた」と。他にハビエル・カルボ&ハビエル・アンブロッシの『ホーリー・キャンプ!』(17)に出演している。両作ともLBFF 上映作品です。

(ゴヤ賞2017新人女優賞のトロフィーを手に喜びのアンナ)
★他に評価の高かったセリア・リコ・クラベリーノの「Viaje al cuarto de una madre」(18)では、ロラ・ドゥエニャスと母娘を演じて成長ぶりを披露した。ガウディ賞、フェロス賞、シネマ・ライターズ・サークル賞の助演女優賞を受賞、ゴヤ賞は逃した。次回作はハイメ・ロサーレスの新作に起用されている。『オリーブの樹は呼んでいる』と「Viaje al cuarto de una madre」の作品紹介でキャリア紹介をしています。共演者にロラ・ドゥエニャスにしろペトラ・マルティネスにしろ、演技派の先輩女優に恵まれている。今後が楽しみな若手女優の一人。
*「Viaje al cuarto de una madre」は、コチラ⇒2019年01月06日
*『オリーブの樹は呼んでいる』は、コチラ⇒2016年07月19日

(ロラ・ドゥエニャスとアンナ、サンセバスチャン映画祭2018にて)
★エグゼクティブ・プロデューサーのダミアン・パリスは、制作会社 Lolita Films をハビエル・レボーリョとロラ・マヨと設立、リノ・エスカレラの『さよならが言えなくて』でASECAN賞2018を受賞、同監督の「Australia」(14分)はゴヤ賞短編ドラマ部門にノミネートされた。ハビエル・レボーリョの「La mujer sin piano」(09、カルメン・マチが主演)や「El muerto y ser feliz」(12、ホセ・サクリスタンが主演)など高評価の作品を手掛けている。

(左から、ダミアン・パリス、ダビ・マルティン、フェルナンド・ヒメネス)
★次回はマリオ・バローゾの『モラル・オーダー』の予定。
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