エバ・リベルタードの「Sorda」*マラガ映画祭2025 ⑨ ― 2025年04月14日 13:24
金のビスナガ「Sorda」は監督エバと主演者ミリアム姉妹の二人三脚

(エバ・リベルタードとミリアム・ガルロ姉妹)
★季節が往ったり来たりで心身共に疲れます。第78回カンヌ映画祭の名誉パルムドールにロバート・デ・ニーロ受賞のニュース、審査委員長がジュリエット・ビノシュとアナウンスされたきり、他のメンバーは未発表です。昨年のグレタ・ガーウィグに続いて今年も女性が選ばれましたが、最初の女性委員長を務めたのが2014年のジェーン・カンピオン、ビノシュが3人めというから呆れます。コンペティション部門ノミネートもこれからです。トランプ関税は映画界も無傷というわけにいかないし、我が国もトランプに笑顔を向けながらしぶとく抵抗してもらいたい。
★マラガ映画祭作品賞金のビスナガ受賞作「Sorda」は、監督にエバ・リベルタード、聴覚障害者の母親役に実妹のミリアム・ガルロが扮したドラマです。ガルロ自身7歳のとき薬害で聴力を失っており、アイディア誕生の経緯などもドラマチックのようです。ヌリア・ムニョスと共同監督した2021年発表の同タイトルの短編が下敷きになっており、第25回マラガ映画祭2022短編部門の銀のビスナガ観客賞を受賞している。来年あたりの公開を期待して作品紹介をいたします。成功にはガルロのパートナー役を演じたアルバロ・セルバンテスの好演を上げる批評家が目につきましたが、二人揃って銀のビスナガを受賞しました。

(左から、ヌリア・ムニョス、ミリアム・ガルロ、エバ・リベルタード、マラガFF2022)

(短編「Sorda」のポスター)
「Sorda / Deaf」
製作:Distinto Films / Nexus CreaFilms / A Contracorriente Films / Diverso Films
協賛ICAA / RTVE / Movistar Plus+/ 7TV Región de Murcia
監督・脚本:エバ・リベルタード
助監督:ミゲル・ガゴ
撮影:ジナ・フェレール・ガルシア
音楽:アランサス・カジェハ(カリェハ)
編集:マルタ・ベラスコ
美術:アンナ・アウケル
録音:ウルコ・ガライ
キャスティング:イレネ・ロケ
衣装デザイン:デシレ・ギラオ、アンヘリカ・ムニョス
メイクアップ&ヘアー:メルセデス・カルセレン・ロペス、クリスティナ・ゴメス・マルキナ、ミリアム・サンチェス
プロダクションデザイン:エレナ・カサス、ゴレッティ・パジェス
製作者:ミリアム・ポルテ(Distinto Films)、ヌリア・ムニョス・オルティン(Nexus CreaFilms)、アドルフォ・ブランコ()、(エグゼクティブ)アマリア・ブランコ(A Contracorriente Films)他
データ:製作国スペイン、2025年、スペイン語、ドラマ、100分、撮影地ムルシア、2024年7月クランクイン6週間、公開スペイン4月4日、配給A Contracorriente Films
映画祭・受賞歴:ベルリン映画祭2025パノラマ部門観客賞、CICAEアートシネマ賞受賞、マラガ映画祭2025スペイン映画部門作品賞金のビスナガ、主演女優賞(ミリアム・ガルロ)、主演男優賞(アルバロ・セルバンテス)、観客賞、ASECAN賞(アンダルシア・シネマ・ライターズ、オペラ・プリマ部門)、Feroz Puerta Oscuraフェロス・プエルタ・オスクラ賞など受賞、D'A Film Festival(バルセロナ映画祭)正式出品
キャスト:ミリアム・ガルロ(アンヘラ)、アルバロ・セルバンテス(夫エクトル)、エレナ・イルレタ(アンヘラの母エルビラ)、ホアキン・ノタリオ(アンヘラの父フェデ)
ストーリー:聴覚障害者のアンヘラは陶芸工房で自立して働いている。一緒に暮らしている聴覚パートナーのエクトルは、手話を習得して聴覚障害者のコミュニティにも完全に溶け込んでいる。アンヘラは読唇術を学んで間もなくやってくる赤ちゃんを喜びに浸りながら待っているが、赤ん坊が到着すると彼女が努力して築き上げてきた世界のバランスが崩れはじめます。彼女をかつてのような障害者の地位に引きずり下ろし始める。自分と娘にとって何がよく、何がよくないかの決定を迫られる。自分の居場所が分からなくなった聴覚障害者の心の旅が語られる。


(ガルロ、リベルタード監督、セルバンテス、マラガFF 3月15日フォトコール)
★監督紹介:エバ・リベルタード、1978年、ムルシア州モリーナ・デ・セグラ生れ、監督、脚本家、戯曲家、マドリード・コンプルテンセ大学社会学科卒業。ヌリア・ムニョス・オルティンと共同監督したファンタジー「Nikolina」(20)で長編デビュー、ムニョスとのコンビで短編「Leo y Alex en plano siglo 21」(19、6分)や「Sorda」(21、18分)を撮る。後者はアバンカ映画祭、イベロアメリカン短編映画祭など国内外の映画祭の受賞歴多数、ゴヤ賞2023短編映画賞にノミネートされる。短編「Mentiste Amanda」(24、16分)を同じくヌリア・ムニョスと共同監督、メディナ・デル・カンポ映画祭作品賞受賞、ゴヤ賞2025短編映画部門の候補に選出されたがノミネートは逃した。他にTVミニシリーズ、SF「Heroes del Patrimonio」(18)、劇作家としてはコンプルテンセ大学、メキシコのケレタロ自治大学のような独立系の劇団のために執筆や演出を手掛けている。長編「Sorda」は単独で監督した第1作である。

(ヌリア・ムニョスと共同監督した短編「Mentiste Amanda」のポスター)

(共同監督ヌリア・ムニョスと)
★キャスト紹介:ミリアム・ガルロ、1983年、ムルシア州モリーナ・デ・セグラ生れ、映画、舞台女優、視覚芸術を専門とするアーティスト、コンテンポラリー・ダンサー、手話のスペシャリスト、フェミニスト活動家である。7歳のとき服用していた薬でほぼ聴力を失う。ミリアムによると両親が気づくのが遅れたため難聴が進行した由。マドリード・コンプルテンセ大学で美術を専攻、アート、創作の修士号を取得する。最初画家を目指したが、現在は演劇、映画の女優にシフトしている。4匹の犬と自宅の農地で鶏を飼っている。育てている鶏の卵以外は食べないベジタリアン、短編「Sorda」の舞台になった。短編、長編の「Sorda」のほか、「Nikolina」に出演している。

(飼い犬とくつろぐミリアム、ムルシアのモリーナ・デ・セグラの自宅にて)
★エクトル役のアルバロ・セルバンテス、1989年バルセロナ生れ、俳優、製作者。DVD発売やNetflix配信で観る機会があり認知度もそこそこあるように思えますが果たしてどうでしょう。当ブログでは出演した『1898:スペイン領フィリピン最後の日』などの作品紹介はしておりますが、セルバンテスの纏まったキャリア紹介はしていない。これからも活躍が期待できる俳優の一人としてアップします。ジェマ・ブラスコ監督の「La furia」で主演女優賞を受賞したアンヘラ・セルバンテスは実妹。今回揃って銀のビスナガのトロフィーを手にした。

(セルバンテス兄妹、マラガ映画祭2025、3月23日フォトコール)
★1995年、子役としてホアキン・オリストレルのTVシリーズ「Abuela de verano」でスタート、今年のマラガ映画祭ソナシネ部門の作品賞を受賞したイバン・モラレスの「Esmorza amb mi / Desayuna conmigo」まで数えると約60作に出演している。映画デビューはシルビア・ムントがマラガ映画祭2008銀のビスナガ監督賞を受賞した長編デビュー作「Pretextos」ですが、最初に字幕入りで見ることができたのは、『ザ・レイプ 秘密』の邦題でDVDが発売された「El juego del ahorcada」でした。かなりショッキングな邦題でしたが、オリジナルも「処刑ごっこ」と穏やかではなかった。
*『1898:スペイン領フィリピン最後の日』の作品紹介記事は、コチラ⇒2017年01月05日
*「Adú」の作品紹介記事は、コチラ⇒2021年01月24日
*「Ramón y Ramón」の紹介記事は、コチラ⇒2024年08月25日
★代表作を年代順に列挙すると、
2008「Pretextos」(カタルーニャ語)シルビア・ムント、共演ライア・マルル
2008「El juego del ahorcada / The Hanged Man」『ザ・レイプ 秘密』スリラー、監督マヌエル・ゴメス・ペレイラ、インマ・トゥルバウの同名小説の映画化、ゴヤ賞2009新人男優賞にノミネート、共演クララ・ラゴ
2010「Tres metros sobre el cielo」『空の上3メートル』フェルナンド・ゴンサレス・モリーナ、フェデリコ・モッキアの同名小説の映画化、脚本ラモン・サラサール、共演マリオ・カサス、マリア・バルベルデ
2012「El sexo de los ángeles」『バルセロナ、天使のセックス』ハビエル・ビリャベルデ、マラガ映画祭2012銀のビスナガ助演男優賞受賞、DVD2013発売
2012「Tengo ganas de ti」『その愛を走れ』フェルナンド・ゴンサレス・モリーナ、『空の上3メートル』の続編、フェデリコ・モッキアの同名小説の映画化、脚本ラモン・サラサール
2016「1898, Los últimos de Filipinas」『1898:スペイン領フィリピン最後の日』歴史ドラマ、サルバドール・カルボ、スペイン俳優組合ノミネート、共演ルイス・トサール、エドゥアルド・フェルナンデス、カラ・エレハルデ、Netflix配信
2018「El árbol de la sangre」『ファミリー・ツリー 血族の秘密』フリオ・メデム、Netflix配信
2020「Adú」サルバドール・カルボ、共演ルイス・トサール、アンナ・カステーリョ、メリリャ駐在の治安警備隊員を演じた。ゴヤ賞2021助演男優賞ノミネート、Netflix配信(字幕なし)
2021「Loco por ella」『クレイジーなくらい君に夢中』ダニ・デ・ラ・オルデン、共演ルイス・サエラ、クララ・セグラ
2022「42 segundos」ダニ・デ・ラ・オルデン、共演ハイメ・ロレンテ
2022「Malnazidos」『マルナシドス-ゾンビの谷-』ハビエル・ルイス・カルデラ、
Netflix配信
2023「Eres tú」『だから、君なんだ』アラウダ・ルイス・デ・アスア、Netflix配信
2024「Ramón y Ramón」サルバドール・デル・ソラル、サンセバスチャン映画祭2024オリソンテス・ラティノス部門正式出品、ペルーとの合作
2025「Sorda / Deaf」エバ・リベルタード、マラガ映画祭2025銀のビスナガ主演男優賞受賞
2025「Esmorza amb mi / Desayuna conmigo」イバン・モラレス、主演、マラガ映画祭ソナシネ部門銀のビスナガ作品賞、観客賞など受賞
◎メディナ映画祭2021「21世紀の俳優」を受賞

(銀のビスナガ主演男優賞の受賞スピーチをするセルバンテス)
★短編、TVシリーズは割愛しましたが、オリオル・フェレルの「Carlos, Rey Emperador」(『カルロス~聖なる帝国の覇者~』2015~16、17話)は彼にとって素晴らしい転換点になった(フォトグラマス・デ・プラタ、スペイン俳優組合賞などにノミネート)。神聖ローマ皇帝カール5世(スペイン王カルロス1世)を演じた。イサベル・デ・ポルトゥガル役のブランカ・スアレス、エルナン・コルテス役のホセ・ルイス・ガルシア・ぺレス他、ナタリエ・ポサ、スシ・サンチェス、エリオ・ペドレガルなどベテラン演技派との共演が刺激になったようです。7ヵ月以上に及んだ撮影では、季節の区別なく酷暑の中でも常に重たい衣装を着用しなければならず大変だったと語っている。また約20作くらい出演している短編ではダビ・ペレス・サニュドの「Un coche cualquiera」(19)で、CinEuphoria 2021の男優賞にノミネートされている。

(カルロス1世に扮したアルバロ・セルバンテス)
音が溢れる社会の中で身振りと思考のあいだの繋がりを確立する困難さ
★本作のテーマは聴覚障害者が聴者の世界で直面する問題を探求しているが、聴覚障害そのものがテーマではなく、自分の居場所を探す女性の心の旅のようです。アンヘラはたまたま耳が聞こえなかった。娘が生まれる前の日常はエクトルの努力の甲斐もあって穏やかであった。生まれる子供の聴覚がどちらになるかは半々だったが、娘はたまたま耳が聞こえるほうだった。赤ん坊は読唇術も手話も分からない、どのようにして言葉を教えたらよいのか分からない。声を出せないアンヘラは当然パニックに陥る。アンヘラが求めていた調和のとれた家庭生活、母親としての絆が得られない。先に娘との絆を築いたエクトルに嫉妬して苛立つアンヘラ、エクトルの「どうして欲しいんだ、夫も娘も耳が聞こえないほうがよかったのか?」というセリフに象徴されるように危機が訪れる。アンヘラの矛盾した複雑な感情の揺らぎ、忍耐強さ、エゴイズム、硬直性などが語られる。

(「あなただけが完璧な親で、一人で育児を楽しんでいる」と夫を非難するアンヘラ)

(聴覚障害者のコミュニティでは幸せなアンヘラ)
★アンヘラは娘と会う前の出産時に既に異変を体験していた。分娩室は聴覚障害者のコミュニティでも親しい友人たちの集まりのように安全ではない。陣痛が激しくなると看護スタッフたちはアンヘラが耳が聞こえないことを忘れてしまう。自分たちの指示に従わないアンヘラに慌てる、出産の凄さに度肝を抜かれたエクトルも極度の緊張から手話で上手く指示を伝えられない。アンヘラの存在を許容していた社会が突然機能しなくなる。普段は完璧に思えた関係も大波が来ると役に立たない。公共の場で目に見えない聴覚障害は、目に見える視覚障害のように視覚化されない。アンヘラも白い杖を使用していたわけでも盲導犬と一緒でもなかった。


(娘に言葉を教えるアンヘラ)
★音が溢れる社会の中で身振りと思考のあいだの繋がりの確立には困難がともなう、音が聞こえることとそれが言葉として聞こえることは同じではない。耳の聞こえない母親が耳の聞こえる赤ん坊に「どうやって言葉を教えるのだろうか」が本作のアイディアの出発点だったという。聴者の世界に適応するよう育てられているため聴覚障害者あるいは難聴者は社会から見えにくくなっている。それぞれ異なった世界に帰属しているのに可視化されていない。監督は「アンヘラは聴者の世界に対して準備できているが、世界はアンヘラに対して準備できていない」と、ベルリン映画祭のインタビューで語っています。またエクトルという人物造形には、分身として監督が少し投影されており、セルバンテスには撮影開始1年前にオファーをした。手話を学ぶ時間が必要だったからと語っている。予告編だけでは舌足らず、鑑賞後に改めてアップが必要です。
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