イサベル・コイシェの「The Bookshop」*ゴヤ賞2018 ② ― 2018年01月07日 12:12
ノミネーション12個でも作品賞は難しいか

★イサベル・コイシェ(1960、バルセロナ)の「La librería」(原題「The Bookshop」)のノミネーション数は、作品賞を含む12個、残念ながら言語は英語、従ってキャストの顔ぶれも大方が英国、米国人です。長編、短編、ドキュメンタリー、オムニバス映画などを含めると30作を超えるから、資金不足で4~5年おきにしか撮れない監督が多いなかで飛びぬけている。自国での製作に拘らず、スペインを脱出して海外に軸足を置く、主に英語で撮る、などが理由として挙げられる。これらは多分に中央のマドリード派ではなくバルセロナ派に属していることが影響している。コイシェの映画はスペインというよりカタルーニャ映画といえる。また初期段階からアルモドバル兄弟の制作会社「エル・デセオ」の資金援助を得られたことも幸運だった。大の寿司好き、寿司に欠かせない山葵に因んで、2000年に自ら「ミス・ワサビ・フィルムズMiss Wasabi Films」という制作会社を設立している。

★1988年の長編デビュー作「Demaciado viejo para morir joven」(カタルーニャ語)が、ゴヤ賞1990新人監督賞ノミネート、初めて英語で撮った「Thing I Never Told You」(「Cosas que nunca te dije」)がゴヤ賞1997オリジナル脚本賞にノミネートされるなど、受賞には至らなかったがゴヤ賞とは縁が深い。後者は2004年から始まったヒスパニック・ビート映画祭(現ラテンビート)で『あなたに言えなかったこと』という邦題で上映されたが、監督名はイサベル・コヘットで、コイシェになるまで時間が必要でした。

(アンドリュー・マッカーシーとリリー・テイラー、『あなたに言えなかったこと』)
★日本でブレイクしたのは、同じ英語で撮ったスペイン=カナダ合作「My Life Without Me」(「Mi vida sin mí」)、邦題は『死ぬまでにしたい10のこと』でこれは公開された。ナンシー・キンケイドの短編の映画化、カナダ人のサラ・ポーリーを主役に起用、本作で初めてゴヤ賞2003脚色賞を受賞した。続いて2006年『あなたになら言える秘密のこと』(原題「The Secret Life of Wards」)で、オリジナル言語が英語ながら作品賞受賞に漕ぎつけた。コイシェ自身も監督賞・オリジナル脚本賞、他に「エル・デセオ」のエステル・ガルシアがプロダクション賞を取った。以降の活躍は日本語版ウイキペディアに詳しいから割愛しますが、当ブログでは、サイコ・スリラー「Another Me」(13、「Mi otro yo」)、「Learning to Drive」(14、『しあわせへのまわり道』)、「Nobody Wants the Night」(15、「Nadie quiere la noche」)の紹介をしています。

(サラ・ポーリーとティム・ロビンス、『あなたになら言える秘密のこと』から)

(ソフィー・ターナーと監督「Another Me」から)
*「Another Me」の紹介記事は、コチラ⇒2014年07月27日
*「Learning to Drive」の紹介記事は、コチラ⇒2015年08月29日 他
*「Nobody Wants the Night」の紹介記事は、コチラ⇒2015年03月01日 他
★最新作「La librería」は、第62回 Seminci(バジャドリード映画祭2017、10月21日開幕)のオープニング作品、イギリス作家ペネロピ・フィッツジェラルドの ”The Bookshop” の映画化です。時代は1959年、イギリスのサフォーク州ハーバーグの小都市が舞台です。ペネロピ・フィッツジェラルド(2016~2000)は、英国ではノーベル文学賞より話題になるというブッカー賞1979を『テムズ側の人々』(原作“Offshore”)で受賞している作家です。

(在りし日のペネロピ・フィッツジェラルド)
★主役のフローレンス・グリーンに『マッチポイント』や『レオニー』のエミリー・モーティマー、バイオレット・ガマールに『エレジー』『しあわせへのまわり道』のパトリシア・クラークソン、エドモンド・ブルンディッシュに『ラブ・アクチュアリー』(03)や主役を演じた『パレードへようこそ』(14)のビル・ナイと、ベテランの演技派を起用している。モーティマーは松井久子の『レオニー』(10)撮影で来日しています。また彼女はクラークソンとはスコセッシとディカプリオがタッグを組んだスリラー『シャッターアイランド』(10)で共演しています。

(撮影中のビル・ナイ、監督、パトリシア・クラークソン)
「The Bookshop」(スペイン題「La librería」)
製作:Diagonal TV / A Contracorriente Films / Zephyr Films / One Two Films / Green Films
監督・脚本:イサベル・コイシェ
原作:ペネロピ・フィッツジェラルドの同名小説
撮影:ジャン・クロード=ラリュー
編集:ベルナ・アラゴネス
プロダクション・デザイン:リョレンス・ミケル
美術:Marc Pouマルク・ポウ
音楽:アルフォンソ・デ・ビラリョンガ
衣装デザイン:メルセ・パロマ
製作者:ジョルディ・べレンゲル(西ライン・プロデューサー)、アレックス・ボイド(英ライン・プロデューサー)、ジャウマ・バナコローチャ、ジョアン・バ、アドルフォ・ブランコ、クリス・カーリング、他多数
メイクアップ&ヘアー:ラウラ・ガルシア(メイク)、ラウラ・バカス(メイク&ヘアー)他多数
データ:製作国スペイン=イギリス=ドイツ、英語、2017年、112分、撮影2016年8~9月、撮影地北アイルランド、バルセロナ他、製作資金約340万ユーロ。バジャドリード映画祭2017オープニング作品、ベルリン映画祭2018(コンペティション外)スペシャル上映。ゴヤ賞ノミネーション12個、ガウディ賞カタルーニャ語以外部門12個、フォルケ賞1個、フェロス賞3個、ノミネーション。スペイン公開2017年11月10日
キャスト:エミリー・モーティマー(フローレンス・グリーン)、ビル・ナイ(エドモンド・ブルンディッシュ)、パトリシア・クラークソン(バイオレット・ガマール)、ジェームズ・ランス(ミロ・ノース)、オナー・ニーフシー(クリスティン)、フランシス・バーバー(ジェシー)、マイケル・フィッツジェラルド(ミスター・レイヴン)、ハンター・トレマイネ(ミスターKeble)、ハーヴェイ・ベネット(ウォーリー)、他
(以上ゴチック体はゴヤ賞にノミネートされた人)
プロット:1959年、フローレンス・グリーンはロンドンを離れ、サフォーク州の海岸沿いの眠り込んだような小さな町ハーバーグに移ってくる。彼女は先の大戦で夫を亡くしていたが、自由な精神と進取の気象に富んだ女性だった。そこで今まで胸の中に閉じ込めていた大きな夢を実現しようと決心する。それはかつてなかったような書店を開くこと、それは亡夫の思い出にも繋がっていた。長年使われていなかった古い家を借り受け、地元の冷淡や無関心という抵抗を受け、今まで気づくことのなかった社会的不公平を体験するが、彼女は自身の自立に向かって奮闘する。間もなくナボコフのスキャンダラスな『ロリータ』、レイ・ブラッドベリの近未来小説『華氏451度』などを店頭に並べ、この保守的で表面上は穏やかだが何世紀も変化のなかった活気の乏しい社会に波風が立ち始める。フローレンスのアクティブな行動が、やがて彼女を同じ開明的な精神の持ち主であるミスター・ブルンディッシュと出会わせるだろう。反面、店舗に不満をもつ土地の有力者ガマール夫人の非常に曖昧な理由による抵抗も受けることにだろう。権力の恣意性についての、本と言葉と孤独についての物語。 (文責管理人)

(フローレンス役のエミリー・モーティマー、映画から)
★前作「Nobody Wants the Night」のジュリエット・ビノシュが演じたヒロインは動の人だったが、フローレンスはどちらかというと静の人、監督と重なる部分が多いかもしれない。「出る杭は打たれる」の諺通り、ヒップスターは批判と侮辱を受けやすい。現在カタルーニャ自治州は独立問題で二派に分裂しているから、立ち位置がどちらでも相手側から批判される。本作は政治的な映画ではなく個人的色彩が濃いが、こういう厳しい現実を考えると、個人的にはカタルーニャ問題を連想してしまいます。前回のゴヤ賞2016は無冠に終わりましたが、今回は賞に絡みそうな予感がします。長年タッグを組んでいる撮影監督のジャン・クロード・ラリュー、音楽のアルフォンソ・デ・ビラリョンガは作曲と歌曲の両方にノミネーションを受けている。

(ジュリエット・ビノシュ、「Nobody Wants the Night」のポスター)
★『ロリータ』(1955)は1962年キューブリック、1997年エイドリアン・ラインと2回、『華氏451度』(1953)もトリュフォーが1966年に映画化している。テーマは共に権力の恣意性でしょうか。
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