『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』*オリオル・パウロ2017年04月14日 15:15

   

            

★長編デビュー作『ロスト・ボディ』(12)に続くオリオル・パウロの第2『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』は、比較的知名度のあるベテランを起用しての密室殺人劇でした。原題Contratiempoの意味は「不慮の出来事、または災難」ですが、「シネ・エスパニョーラ2017では、英題のカタカナ起こしに今流行りの法律用語「悪魔の証明」を副題にしています。二転三転しながらも最後には証明されるのですが、本作も既に内容は紹介済みです。基本データを繰り返しておきますが、映画評論家と一般観客の評価が見事に乖離した作品だったと言えるかもしれません。 

     

         (ホセ・コロナドに演技指導をするオリオル・パウロ監督)

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2016106分、スリラー、撮影地バルセロナ自治州テラサTerrassa、ピレネー山地のVall de Núria映画祭歴:米国ファンタスティック・フェスト(2016923日)、ポートランド映画祭20172月、ベルグラード映画祭20173月、スペイン公開201716日、日本公開同325日、他IMDb評価7.8

 

キャスト:マリオ・カサス(実業家アドリアン・ドリア)、アナ・ワヘネル(弁護士グッドマン/エルビラ)、バルバラ・レニー(ドリアの愛人ラウラ・ビダル、写真家)、ホセ・コロナド(ダニエルの父トマス・ガリード)、フランセスク・オレリャ(ドリアの顧問弁護士フェリックス・レイバ)、パコ・トウス(運転手)、ダビ・セルバス(ブルーノ)、イニィゴ・ガステシ(ダニエル・ガリード)、マネル・ドゥエソ(ミラン刑事)、サン・ジェラモス(ソニア)、ブランカ・マルティネス(グッドマン弁護士)

 

          二転三転、先が読めなかったミステリー・ホラー

 

A: スリラーを集めた「シネ・エスパニョーラ2017」の他作品は、およそ予想した通りの結末を迎えますが、なかで本作は先が読めなかった。というのも筋運びの不自然さが後半にかけて増していったせいです。前作『ロスト・ボディ』より強引でしたから、前作を見ていた観客もあっけにとられたのではありませんか。

B: キャスト欄を注意深く読めば分かりますが、観客は普通、そこまで細かいところに目を通しません。特にキャスト欄に役柄を明記しません。何気ないセリフが伏線になっていましたが、それは結末近くになって分かることです。

A: パウロ監督は、製作者にメルセデス・ガメロ、ミケル・レハルサ、キャストにホセ・コロナドを起用した以外、前作とはがらりと変えてきました。本作ではお気に入りのコロナドを主役級の脇役に仕立てました。

 

  

       (突然失踪した息子を探す執念の父親ガリード、ホセ・コロナド)

 

B: 青年実業家ドリアのマリオ・カサス、いまや売れっ子俳優になって引っ張り凧です。若くして権力と金力を手にしたが頭脳明晰があだになる。いつもの動の演技ではなく静の演技を求められ難しかったのではないか。父親役はもしかして初めてか。

 

   

             (逃げ道を模索するアドリアン・ドリア、マリオ・カサス)

 

A: グッドマン弁護士のアナ・ワヘネル、脇役専門かと思っていた彼女の主役は珍しい。事件の経過より二人の対決場面がこの映画のクライマックスです。対決シーンはまるで舞台を見てるようなもので、舞台女優歴の長いワヘネルの独壇場でした。 

B: 二人はドリアの無実を証明するために対策を練るのですが、互いに嘘をつき合って駆け引きしているので、タイムリミットが目前なのに真実が見えてこない。

 

A: しかし次第に目的の食い違いが観客にも見えてくる。スリラー大好き人間を取り込むには、殺人、不運・偶然、復讐、大混乱は大きな武器になる。本作にはこれがてんこ盛り、右往左往させられたあげく、大騒ぎは不合理な結末を迎える。第一級のスリラーとは言えないのではないか。

 

B: いっぱい食わされたのを面白いとするか、それはないよ、バカにすんなとへそを曲げるか、どっちかになる。監督はヒッチコックの信奉者ということですが、二役ということで『めまい』(58)を想起した観客もいたのでは。

A: 『めまい』へのオマージュというブライアン・デ・パルマの『愛のメモリー』(76)、スペイン映画ファンならネタバレになるかもしれないが、フアン・アントニオ・バルデムの『恐怖の逢びき』(55)、クラシック映画の代表作ですね。脚本はただ複雑にすればいいというわけではなく、騙すにもある一定の論理性がないと納得しない観客が出てくる。それはともかくとしてワヘネルには何か賞を上げたい。

 

B: ドリアの愛人役バルバラ・レニーは相変わらず美しい。クローズアップのシーンにまだまだ耐えられる。ダブル不倫という設定で二人とも薬指に嵌めた指輪を気にしている。

A: アルゼンチン訛りを克服して、今やスペインを代表する女優に成長した。ゴヤ賞2017では、ネリー・レゲラのデビュー作「María (y los demás)」で主演女優賞にノミネートされましたが、アルモドバルの『ジュリエッタ』主役エンマ・スアレスに苦杯を喫した。

 

B: 『マジカル・ガール』で受賞したばかりですからもともと無理だった。3作とも酷い目にあう役ばかりでしたが、昨今の美人はいじめられ役を振られるのが流行なのかな。

A: ワヘネル同様舞台との掛け持ち派、モデルもこなし貪欲に取り組んでいる。最後になるが監督のオリオル・パウロ、期待が大きかっただけに専門家からは厳しい注文が相次いだ。背景に社会問題を取り込んではいるが尻切れトンボになっている。また俳優の演技がどんなに優れていても、ある程度専門家を納得させられないと賞レースに残れない。

B: 評論家と観客の好みが一致するのは滅多にないことですが、前者の評価が平均5つ星満点で1.5、対して後者が10点満点の7.8とかけ離れている。日本の観客には楽しんでもらえたでしょうか。

 

   

         (不運な死を遂げるラウラ・ビダル、バルバラ・レニー)

  

アナ・ワヘネルは、1962年カナリア諸島のラス・パルマス出身、セビーリャの演劇上級学校を出て舞台女優として出発、舞台と並行してテレビドラマに出演、映画デビューは2000年、アチェロ・マニャスのデビュー作El Bolaと遅かった。ラテンビートが始まっていたら絶対上映された映画でした。主人公のフアン・ホセ・バジェスタが子役ながらゴヤ賞新人男優賞を受賞した話題作でした。ベニト・サンブラノの『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び~』(11)の看守役でゴヤ賞助演女優賞を受賞脇役に徹して出演本数多く日本登場も意外と早い。アルベルト・ロドリゲスの『7人のバージン』サンティアゴ・タベルネロの『色彩の中の人生』ラテンビート2006で上映され、翌年同映画祭のダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』で俳優組合助演女優賞を受賞している。他に『バードマン』でオスカーを3個もゲットしたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『ビューティフル』では、バルデム扮する主人公と同じ死者と会話ができる能力の持主になった本作『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』での弁護士役は迫力があり、舞台で培った演技力が活かされている。映画、舞台、テレビの三本立てで活躍している。

 

  

  (「無罪を勝ち取りたいなら真実を話せ」と迫るグッドマン弁護士、アナ・ワヘネル)

 

作品・監督の紹介は、コチラ2017217

ホセ・コロナド紹介記事は、コチラ2014320

バルバラ・レニー紹介記事は、コチラ2015327