イサベル・コイシェの新作「Nieva en Benidorm」*ゴヤ賞2021 ⑩ ― 2021年02月11日 14:36
イサベル・コイシェの新作はスリラー仕立ての大人のラブロマンス?
(ハビエル・マヨラルが手掛けたポスター)
★イサベル・コイシェの新作「Nieva en Benidorm」は、監督賞とプロダクション賞の2カテゴリーにノミネートされています。2020年のコイシェ監督は、国民映画賞受賞、バジャドリード映画祭SEMINCIのエスピガ栄誉賞を受賞するなど記念すべき年でした。本作はSEMINCIのオープニング作品に選ばれ10月24日にプレミアされた。タイトルにあるベニドルムという町は、バレンシアのアリカンテ県コスタ・ブランカの海岸沿いにある大リゾート地、現在は <地中海のニューヨーク> と称されるほどですが、フランコ時代は典型的な漁村にすぎなかった。いわゆるリゾートとして計画された都市です。夏季休暇だけでなくフランドルやイギリスから訪れる観光客は、充実したバーやクラブの夜の街を愉しめるようになっている。温暖な気候からスペインの裕福な退職者の人気の都市の一つでもある。
(観光客で賑わうベニドルムの海岸、2012年完成の摩天楼In Tempoビルが見える)
「Nieva en Benidorm」(英題「It Snows in Benidorm」)2020
製作:Benidorm Film Office / El Deseo / Movistar+ / RTVE 他
監督・脚本:イサベル・コイシェ
音楽:アルフォンソ・デ・ビラリョンガ
撮影:ジャン=クロード・ラリュー
編集:ジョルディ・アサテギ
美術:ウシュア・カステリョ
キャスティング:サラ・ビルバトゥア
衣装デザイン:スエビア・サンペラヨ・バスケス
メイクアップ&ヘアー:(メイク)シルビエ・インベルト、(ヘアー)イグナシ・ルイス、ユディット・ガルシア
プロダクション・マネージメント:トニ・ノベリャ
製作者:アグスティン・アルモドバル、ペドロ・アルモドバル、エステル・ガルシア
(*ゴチック体はゴヤ賞ノミネーション)
データ:製作国スペイン=イギリス、スペイン語・英語、2020年、スリラードラマ、117分、撮影地アリカンテ県ベニドルム、配給Bteam。スペイン公開2020年12月11日
映画祭・受賞歴:バジャドリード映画祭SEMINCI 2020オープニング作品(10月24日)、マドリード・アカデミア・デ・シネ(11月10日)、バルセロナ映画祭(11月26日)、ゴヤ賞2021監督賞、プロダクション賞(トニ・ノベリャ)ノミネーション
キャスト:ティモシー・スポール(ピーター・リオーダン)、サリタ・チョウドリー(アレックス)、カルメン・マチ(警察官マルタ)、ペドロ・カサブランク(エステバン・カンポス)、アナ・トレント(ルシア)、エドガル・ヴィットリノ(レオン)、レオナルド・エルティスグリス(ワルダー)、ベン・テンプル(銀行理事)、マルコルム・マッカーシー(警察官)、ラウラ・カレロ(詩人シルヴィア・プラス)、他多数
ストーリー:ピーターは人生の大半を過ごしたマンチェスターの銀行を早期退職して、何年も会っていない弟ダニエルを訪ねようと決心する。彼は独身で几帳面な性格だが、気象現象をとても気にする偏執的なところがあった。ダニエルはスペインの観光地ベニドルムでバーレスクのクラブを経営しているはずだったが、ピーターが到着したときには行方不明になっていた。ダニエルの身に何が起きたのだろうか、唯一の手掛かりはクラブしかなかった。そこで働いていたミステリアスな女性アレックスと知り合うことになる。二人は警官マルタの助けをかりて行方を突き止めようとする。マルタは50年代後半にハネムーンでベニドルムを訪れたアメリカの詩人シルヴィア・プラスの存在と関係があると考えている。ピーターは今まで不可能と思い込んでいたことが実はそうではないことに気がつく。もしベニドルムに雪が降るならば、どんなことでも起りえるのではないか。ピーターは真剣に人生を見つめなおすことにする。
(ピーター役のティモシー・スポールとアレックス役のサリタ・チョウドリー)
★イサベル・コイシェ(バルセロナ1960)の紹介は、英語映画ながらゴヤ賞2018の作品・監督・脚色賞3賞を受賞した『マイ・ブックショップ』(17)、Netflixストリーミング配信の『エリサ&マルセラ』(19)にアップしています。その後のフィルモグラフィーは、TVシリーズを挟んで本作になります。上述したように2020年の国民映画賞受賞、バジャドリード映画祭のエスピガ栄誉賞、他第48回ウエスカ映画祭ルイス・ブニュエル賞を受賞しています。国民映画賞受賞が報じられると、既に受賞していると思い込んでいたメディアやファンを驚かせた。選考母体は文化省と映画部門はICAA(映画と視聴覚芸術協会、1985設立)で、一種の生涯功労賞です。他に文学、科学、音楽、スポーツなど多数。
*『マイ・ブックショップ』の主な紹介記事は、コチラ⇒2018年01月07日
*『エリサ&マルセラ』の主な紹介記事は、コチラ⇒2019年02月11日/同年06月12日
(新作撮影中のコイシェ監督、ベニドルムにて)
コメディでもロマンスでも純粋なノワールでもない「ネオノワール」と監督
★コイシェ監督の映画は圧倒的に英語が多い。ゴヤ賞受賞8個のうちドキュメンタリーを除く受賞作品『死ぬまでにしたい10のこと』や『あなたになら言える秘密のこと』、そして『マイ・ブックショップ』まで一貫して英語、スペインの観客は吹替や字幕入りで見た。どの作品も主役が英語話者だったからです。本作もイギリスの俳優を起用、スペイン公開は字幕入りでした。必要とあればどこにでも出かけていき説得に骨身を惜しまない。ジャンルもさまざま、今回はコメディでもロマンスでも、純粋なノワールでもなく、それらをミックスした<ネオノワール>と説明している。行方不明あり、バーレスクのエロティシズムあり、熟年のラブロマンスあり美食ありで大いに愉しめそうです。
(左から、ティモシー・スポール、サリタ・チョウドリー、アグスティン・アルモドバル、
コイシェ監督、ベニドルムの浜辺で)
★主役ピーターには、イギリスの俳優ティモシー・スポール(ロンドンのバタシー1957)が起用された。『秘密と嘘』(96)、『人生は、時々晴れ』(02)、画家ターナーに扮した『ターナー、光に愛を求めて』やチャーチル役の『英国王のスピーチ』などで日本でも知名度が高い。スポールによると、スコットランドのグラスゴーで撮影中に訪ねてきてオファーされたという。10分ほど話してOKしたが、実際コラボしてみてよかった。スペイン側のスタッフや俳優に学ぶことが多かったと語っている。ピーターはお金が必要ない人々に融資をし、本当に必要な人々には融資を断る銀行に、自分の人生を捧げてきたことを後悔する。上司との意見の相違でぷつんと糸が切れてしまう。
(ベニドルムの夜の繁華街を探し回るピーター)
★アレックス役のサリタ・チョウドリー(ロンドン1966)は、当ブログで紹介したコイシェの『しあわせへのまわり道』(14)に起用されている。父親がベンガル人ということでエキゾチックな雰囲気の女優、インド映画『カーマ・スートラ/愛の教科書』(96)、『シークレット・パーティ』(12)、『ハンガー・ゲーム、パート2』(15)など。「監督から『この役はやりたいと思わないよ』と台本を渡された。ホンを読んだら気乗りしなかったので『はっきり言って演りたくないわ』と答えた。それからコーヒーを飲みながら雑談しているうちに気がついたら演ることになっていたの」とチョウドリー。「コイシェは天才ね。撮影中はアメリカ映画を撮っているときのようなストレスがなく、それにボカディージョが美味しくて」と。どうやらベニドルムがすっかり気に入ったようでした。熟女のエロティシズムが楽しめるとか。
(バーレスク・ショーに出演のアレックス)
詩人のシルヴィア・プラスとはどんな人?
(脇をかためるカルメン・マチ、ペドロ・カサブランク、アナ・トレントの3人)
★カルメン・マチ(マドリード1963)扮する警察官マルタは愛情深く親切、アメリカ出身の詩人で作家のシルヴィア・プラスの作品を愛してやまない。「こんな役をスペインで演れるのは彼女以外にいない」と監督。確かに重みのある声、その存在感は他の追随を許さない。ラテンビート2010で『ペーパーバード幸せは翼にのって』が上映された折り、エミリオ・アラゴン監督と来日している。スクリーンとは打って変わって物静か、映画では別人に変身できると思ったことでした。ゴヤ賞関連ではエミリオ・マルティネス=ラサロの「Ocho apellidos vascos」出演で助演女優賞を受賞している。アルモドバルやアレックス・デ・ラ・イグレシア映画の常連さん、Netflix 配信の『ティ・マイ希望のベトナム』や『ダンシング・ドライブ』主演で、本邦でもファンを獲得している。
*主なキャリア&フィルモグラフィー紹介記事は、コチラ⇒2015年01月28日
★「ハイ、スタート、カットと言いながら死にたい」という監督がカメレオン女優に出会うのは自然な成り行きだったでしょうか。因みにシルヴィア・プラスは、1932年ボストン生れの詩人で作家、詩人のテッド・ヒューズと結婚、1956年ベニドルムにハネムーンで訪れている。ヒューズの不倫で離婚、心機一転ロンドンに移住した。若い頃から鬱病に苦しんでいたが、何回か自殺未遂を繰り返した後、1963年2月11日に2児を残して自死、享年30歳だった。マルタとシルヴィアはどう絡んでくるのでしょうか。
(ダニエル捜索に尽力する警官マルタ役のカルメン・マチ)
★今でも愛され続ける『ミツバチのささやき』のアナ・トレント(マドリード1966)が、これまたミステリアスな清掃人ルシア役で登場する。ダニエル失踪の秘密を知っているようなのです。こういう謎めいた人物を演じるには抑制力がないと上手くいかない。またダニエル失踪の重要人物エステバン・カンポス役のペドロ・カサブランク(モロッコのカサブランカ1963)の存在が壮観とか。土地取引で危ない橋を渡っているようだ。こうしてみると、重要登場人物がスポール以外、全員1960年代生れ、スペイン側はフランコ時代の教育を受け、激動の民主化移行期に青春時代を送った世代です。
(ルシア役のアナ・トレント)
★コイシェ映画の専属撮影監督と称していいジャン=クロード・ラリューは、『死ぬまでにしたい10のこと』以来、『あなたになら言える秘密のこと』、東京を舞台にした『ナイト・トーキョー・デイ』、『マイ・ブックショップ』など殆どを手掛けている。今回ゴヤ賞ノミネートはないが、シネマ・ライターズ・サークル賞にノミネートされている。ゴヤ賞関連では2018年の『マイ・ブックショップ』と、監督が「ぶっ飛んだ女優」と激賞したジュリエット・ビノシェを起用し、ノルウェーの猛吹雪の中で撮影を敢行した「Nadie quiere la noche」(15)でノミネートされている。その他、編集のジョルディ・アサテギ、メイクアーティストのシルビエ・インベルトなど、スタッフ陣は申し分ない。インベルトはゴヤの胸像を3個、マラガ映画祭2017のリカルド・フランコ賞を受賞しているベテラン。
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