第11回イベロアメリカ・プラチナ賞2024*結果発表 ― 2024年05月03日 17:56
作品賞を含めて6カテゴリーを制したバヨナの『雪山の絆』
★4月20日、メキシコのリビエラ・マヤのシカレ公園内にあるエルグラン・トラチコ劇場で第11回イベロアメリカ・プラチナ賞の授賞式がありました。本賞については2019年の第6回以降ノミネーションも結果発表も、金太郎飴の結果にうんざりして記事にしませんでした。今回アップするのは、一つにはフアン・アントニオ・バヨナの『雪山の絆』がフィクション部門の作品賞以下6カテゴリーを独占したこと、23カテゴリーのうち16部門をスペイン作品が制するというラテンアメリカ諸国の不振、これではイベロアメリカ映画賞の名が泣くばかりです。さらに昨年12月23日アルゼンチン大統領となったハビエル・ミレイの映画産業を脅かす言動が話題にのぼったこともあってアップすることにしました。
★『雪山の絆』で6冠(作品・監督・撮影・編集・録音・男優賞)を制したフアン・アントニオ・バヨナは、昨今のアルゼンチンにおけるミレイ大統領の文化軽視に警鐘を鳴らした。監督賞受賞の舞台で映画は「表現の道具」として守る必要性があるとスピーチした。私が「本日この舞台に立っているのは両親のお蔭です。両親は学んだり仕事を選んだりする自由を持ちませんでした。父親は15歳から、母親は9歳から働き始めました。しかし彼らにとって子供たちの教育や教養は最も重要な課題だったのです」と語った。バルセロナのトリニダード・ビエハの貧しい家庭で育ったことは、スペイン版ウイキペディアにも載っていますが、このようなハレ舞台で話すのは初めてではないでしょうか。彼の謙虚さ常識にとらわれない斬新な発想の源は、この両親のお蔭と思わずにはいられない素晴らしいスピーチでした。
(勢揃いしたトロフィー6個の『雪山の絆』クルー、
左からアンドレス・ジル、オリオル・タラゴ、監督、エンツォ・ヴォグリンチッチ、
アルゼンチンの俳優フェリペ・ゴンサレスとフアン・カルソ)
*第11回イベロアメリカ・プラチナ賞2024受賞結果*
*映画部門*
◎作品賞(フィクション)
「La sociedad de la nieve」(『雪山の絆』)スペイン&アルゼンチン、
監督フアン・アントニオ・バヨナ
(出演者に囲まれた監督、左フアン・カルソ、右フェリペ・ゴンサレス)
◎コメディ賞(フィクション)
「Bajo terapia」スペイン、監督ヘラルド・エレーロ
*「映画の質は俳優たちと無関係ではない、彼らと一緒に仕事ができて満足している」と出演者を称賛した。
◎オペラ・プリマ賞
「20,000 especies de abejas」(『ミツバチと私』)スペイン、
監督エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン
*『雪山の絆』に次ぐ4冠で、監督は「多様性」が認められたことを称揚した。製作者のバレリー・デルピエールは「デビュー作として撮るのは冒険だったが、この映画をご覧になれば私たちの現実を見つけることができます。結局、映画は現実の扉なのです」とスピーチした。
*このカテゴリーは、アルゼンチンの「Blondi」、プエルトリコの「La pecera」、チリの「Los colonos」(『開拓者たち』)、ベネズエラの「Simón」、コスタリカの「Tengo sueños eléctricos」と、まんべんなくノミネートされたがスペイン映画が受賞した。当ブログではすべての作品を紹介しています。
(スピーチする製作者のバレリー・デルピエール)
◎ドキュメンタリー賞
「La memoria infinita」 チリ、監督マイテ・アルベルディ
◎アニメーション賞(フィクション)
「Robot Dreams」(『ロボット・ドリームズ』)スペイン&フランス、
監督パブロ・ベルヘル
◎監督賞
フアン・アントニオ・バヨナ 『雪山の絆』
*原作なしに本作は存在しなかったこと、アンデスの事故で生還した人々、生還できなかった人々やその家族に感謝の言葉を述べた。壇上に上がるまえに出演者たちと抱き合って共に喜び合っていた姿が印象的でした。
◎脚本賞
エスティバリス・ウレソラ 『ミツバチと私』
◎撮影賞
ペドロ・ルケ 『雪山の絆』
*受賞者欠席のため代理でフアン・アントニオ・バヨナ監督が登壇して、受賞者のメッセージを読み上げた。
◎オリジナル音楽賞
アルフォンソ・デ・ビラリョンガ 『ロボット・ドリームズ』
◎編集賞
アンドレス・ジル&ジャウマ・マルティ 『雪山の絆』
(アンドレス・ジルが登壇した)
◎美術賞
ロドリゴ・バサエス 「El conde」(『伯爵』) 監督パブロ・ラライン
◎録音賞
オリオル・タラゴ、ホルヘ・アドラドス、マルク・オルツ 『雪山の絆』
(オリオル・タラゴが登壇した)
◎女優賞
ライア・コスタ 「Un amor」(『ひとつの愛』)スペイン、監督イサベル・コイシェ
*受賞を予期していなかったのか欠席、本作での受賞は初かもしてない。友人のカロリナ・ジュステが代理で受けとった。彼女はダビ・トゥルエバの新作「Saben aquell」でノミネートされていた。
(代理のカロリナ・ジュステ)
◎男優賞
エンツォ・ヴォグリンチッチ 『雪山の絆』
*「チャンスに恵まれないウルグアイから来て、この幸運に感謝したい。誰でも人生を変えるチャンスが与えられる」と。ずっと受賞を取り逃がしていたから喜びも一入身にしみた受賞者でした。何しろ体重を半分くらいに落としたのでした。
◎助演女優賞
アネ・ガバライン 『ミツバチと私』
*受賞者欠席で、製作者と監督が登壇した。
(アネ・ガバラインのスマホのメッセージを読み上げるウレソラ監督)
◎助演男優賞
ホセ・コロナド 『瞳をとじて』スペイン、監督ビクトル・エリセ
*マドリードで撮影中の受賞者は欠席で、製作者の一人が代理で受けとった。
(ホセ・コロナド、フレームから)
◎価値ある映画と教育賞
『ミツバチと私』
*TVシリーズ*
◎作品賞
「Barrabrava」(8話『バーラブラバ~ギャングたちの熱狂』)アルゼンチン、ウルグアイ
創案者ヘスス・ブラセラス
*エグゼクティブプロデューサーのサンティアゴ・ロペスが登壇した。「受賞するとは思わなかったのでスピーチを用意していなかった。キャスト陣、スタッフたち感謝したい」とスピーチした。プライムビデオ配信が2023年6月23日に開始されている。
(サンティアゴ・ロペス)
◎創案者賞
ダニエル・ブルマン 「Iosi, el espía arrepentido」
(『悔い改めたスパイ』シーズン2、8話)アルゼンチン
*二重スパイのイオシ・ぺレスの物語、プライムビデオ配信2023年10月27日。受賞者は『僕と未来とブエノスアイレス』の監督、脚本家、製作者。1994年のアルゼンチン・イスラエル相互協会ビル爆破事件を背景にしている。『安らかに眠れ』のセバスティアン・ボレンステインも監督の一人として参加している。
◎女優賞
ロラ・ドゥエニャス 「La Mesías」スペイン 創案者ロス・ハビス
*連戦連勝の受賞者です。
◎男優賞
アルフレッド・カストロ 「Los mil días de Allende」(全4話)
チリ、スペイン、アルゼンチン、監督ニコラス・アクーニャ
*チリ70年代、サルバドール・アジェンデ大統領(1970~73)を体現した演技で受賞した。残念ながら欠席、トロフィーは代理が受けとり、受賞者のスピーチ「20世紀のもっとも重要な政治家にして思想家アジェンデを演じることができたのは望外の喜びでした」をスマホで読み上げた。
(受賞者のメッセージを読み上げる)
◎助演女優賞
カルメン・マチ 「La Mesías」
◎助演男優賞
アンディ・チャンゴ 「El amor después del amor」(全8話)アルゼンチン、米国
創案者フアン・パブロ・コロジエ
*アルゼンチンのシンボリックなロックスター、フィト・パエスの人生を辿るドラマ、受賞者はチャーリー・ガルシアを演じた。Netflix配信の可能性あり。
(アルゼンチンでは「文化が抹殺されている」とスピーチした)
◎栄誉賞
セシリア・ロス
★プレゼンターのエンリケ・セレソからトロフィーを受けとり「私たちの映画に注意を払わねばなりません。何故なら常に危険にさらされていますから。イベロアメリカ共同体は一つになり、ある国に問題が生じれば助け合わなければなりません」とスピーチした。1956年ブエノスアイレス生れ、アルモドバルのミューズの一人、アルゼンチンとスペインの国籍を持つ女優。
*キャリア&フィルモグラフィーの主な紹介記事は、
(エンリケ・セレソからトフィーを受け取る受賞者)
A.J. バヨナ監督がパルムドールの審査員に*カンヌ映画祭2024 ― 2024年05月07日 16:25
審査委員長は『バービー』のグレタ・ガーウィグ監督に!
★間もなく開催される第77回カンヌ映画祭2024(5月14日~25日)のコンペティション部門の審査団が発表になっています。日本からも是枝裕和監督が選出されたことがニュースになっていました。審査団の委員長に『バービー』や『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグ監督(1983)が選ばれ、女性監督が委員長を統べるのはジェーン・カンピオン以来とか。女優、脚本家としての豊富なキャリアの持ち主だが長編映画としては『バービー』が3作目になり、40歳の委員長は最年少ではないがいかにも若い。以下の9名がパルムドールを選ぶ重責を担うことになりました。
★審査委員長グレタ・ガーウィグ(米の監督・脚本家・女優)、オマール・シー(仏の俳優・製作者)、エブル・ジェイラン(トルコの脚本家・写真家)、リリー・グラッドストーン(米の女優)、エヴァ・グリーン(仏の女優)、ナディーン・ラバキー(レバノンの監督・脚本家・女優)、A.J. バヨナ(西の監督・脚本家・製作者)、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ(伊の俳優)、是枝裕和(監督・脚本家)
(審査委員長グレタ・ガーウィグ監督)
★バヨナ監督は、長編デビュー作『永遠のこどもたち』(07)がカンヌ映画祭と併催の「批評家週間」にノミネートされた以外、本祭との関りは薄く、最近イベロアメリカ・プラチナ賞6冠の『雪山の絆』もベネチア映画祭でした。オマール・シーは、東京国際映画祭2011のさくらグランプリ受賞作『最強のふたり』で刑務所から出たばかりで裕福な貴族の介護者を演じた俳優、ナディーン・ラバキーは、2018年の審査員賞を受賞した『存在のない子供たち』の監督、2018年は是枝監督が『万引き家族』でパルムドールを受賞した年でした。
(A.J. バヨナ監督、ベネチア映画祭2023年9月10日)
★興味深いのがトルコのエブル・ジェイランで、カンヌの常連監督である夫ヌリ・ビルゲ・ジェイランの共同脚本家として活躍している。2003年のグランプリ『冬の街』、2008年の監督賞『スリー・モンキーズ』、2011年のグランプリ『昔々、アナトリアで』、そして劇場初公開となった2014年のパルムドール『雪の轍/ウィンター・スリープ』などの脚本を共同で執筆している。2014年の審査委員長がジェーン・カンピオン監督でした。
★また異色の審査員がリリー・グラッドストーン、先住民の血をひく女優で、2016年のケリー・ライヒャルトの群像劇『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』で、複数の助演女優賞を受賞している。またスコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で、先住民出身の女優として初めてゴールデングローブ賞2024主演女優賞を受賞したばかり、今年の審査団はコンペティションの作品以上に興味が尽きない。
★スペインからは、カンヌ本体とは別組織が運営する「批評家週間」(5月15日~24日)の審査員に、『ザ・ビースト』(公開タイトル『理想郷』)のロドリゴ・ソロゴジェンが選ばれています。本作は2022年カンヌ・プレミェール部門で上映されました。彼にしろバヨナにしろ、比較的若手ながらバランス感覚の優れたシネアストが審査員に選ばれるようになりました。
(本作でセザール外国映画賞を受賞したロドリゴ・ソロゴジェン、2023年2月24日)
『エル・ニド』の監督ハイメ・デ・アルミニャン逝く*訃報 ― 2024年05月12日 14:25
ブラックコメディ「Mi querida señorita」に隠された批判精神
(在りし日のハイメ・デ・アルミニャン)
★去る4月9日、フランコ時代を生き抜いた監督にして脚本家、戯曲家のハイメ・デ・アルミニャンが97歳の長い生涯を閉じました。映画、テレビ、舞台と半世紀以上にわたって活躍した。1927年3月9日マドリード生れ、スペイン内戦時代の子供としてサンセバスティアンで育ちました。マドリードのコンプルテンセ大学で法学を学び、卒業後は弁護士のかたわら雑誌に記事を書き、1957年にTVシリーズの脚本家としてスタートを切りました。1950年代にはカルデロン・デ・ラ・バルカ賞やロペ・デ・ベガ賞など受賞歴のある劇作家としての地位を築いていた。当時人気のあったホセ・マリア・フォルケ監督作品の脚本を手掛けていました。以下に簡単なキャリア&フィルモグラフィーをアップしております。
★「Mi querida señorita」(72)と「El nido」(80)で2度の米アカデミー賞外国語映画(現在の国際長編映画)部門にノミネートされながら、日本での公開作品はおそらく『エル・ニド』1作かもしれません。妻を亡くしたばかりの初老の孤独な男にエクトル・アルテリオ、早熟で子供特有の攻撃性と嫉妬心を見事に演じた13歳の女の子にアナ・トレント、二人の複雑に絡み合った愛憎関係、誰からも理解されない無償の愛を描いた作品。民主主義移行期とはいえフランコ時代の残滓があった時代の映画としては斬新なテーマだった。1984年11月に開催された「第1回スペイン映画祭」(全10作)に『巣』の邦題で上映された後、1987年に上記のタイトル『エル・ニド』として公開されました。
(エクトル・アルテリオとアナ・トレント、『エル・ニド』から)
(日本語版のチラシ)
★この映画祭には『クエンカ事件』のピラール・ミロー監督を団長にフアン・アントニオ・バルデム、『血の婚礼』のカルロス・サウラ、『庭の悪魔』のマヌエル・グティエレス・アラゴン、『ミケルの死』のイマノル・ウリベ、『パスクアル・ドゥアルテ』のリカルド・フランコ、それにハイメ・デ・アルミニャンが各々自身の新作を携えて来日しました。この映画祭にはビクトル・エリセの『エル・スール 南』も上映されましたが、来日は翌年の公開まで待たされました。20世紀スペイン映画史に残る粒揃いだったことが分かります。
★アカデミー賞外国語映画部門にノミネートされた「Mi querida señorita」(仮題「愛しのお嬢さま」)は、〈お嬢さま〉として育てられながら中年になって男性であることが分かり、性転換手術を受け、かつて女中として雇っていた若い女性に恋をするコメディ。女性が社会に出ることを求めていない教育制度のせいで、男性として生きようとするも仕事が見つからない。成人学級に入学して高等教育を受けるなどコメディ仕立てでカモフラージュされているが、性転換、タブーであった性的指向をテーマにしており、随所に社会批判が首をだす。フランコ検閲時代によく脚本がパスしたと思わずにいられない。脚本はホセ・ルイス・ボラウとの共同執筆、主役のホセ・ルイス・ロペス・バスケスがシカゴ映画祭1972の銀のヒューゴー賞主演男優賞を受賞した他、シネマ・ライターズ・サークル賞(監督・脚本・男優賞)、サン・ジョルディ賞1973の作品賞ほか受賞歴多数。
★第28回ゴヤ賞2014の栄誉賞を受賞、当時すでに86歳でしたが「シネアストに引退なんて言葉はないんです。私と同じ思いのシネアストたちは引退なんかできないのです」と語っていました。日刊紙エル・ムンドのコラムニストだったし、戯曲を執筆しておりましたから現役でした。しかし、映画は2008年の「14, Fabian Road」を最後に撮っておりません。本作はマラガ映画祭にノミネートされ、共同執筆した子息エドゥアルド・アルミニャンと銀のビスナガ脚本賞を受賞しました。愛の物語とはいえ、復讐、秘密、不信、許し、忘却が入りまじって語られ、何よりもキャストが素晴らしかった。『エル・ニド』主演のアナ・トレント、1995年の「El palomo cojo」出演のアンヘラ・モリーナ、アルゼンチン出身のフリエタ・カルディナリ、イタリアのオメロ・アントヌッティ、フェレ・マルティネスなどが起用された。
★代表作の一つ「El palomo cojo」には、1989年TVシリーズのヒット作「Juncal」(全7話)で主役の元花形闘牛士フンカルに扮したパコ・ラバル、アルモドバルのかつての「ミューズ」たちのカルメン・マウラやマリア・バランコも初めて参加した。サンセバスチャン映画祭セクション・オフィシアルにノミネートされ、翌年のゴヤ賞にも脚色賞にノミネートされましたが受賞は叶いませんでした。結局、ゴヤ賞は2014年の栄誉賞だけ、当時のスペイン映画アカデミー会長エンリケ・ゴンサレス・マチョからトロフィーを受けとりました。
(ハイメ・デ・アルミニャン、2014年1月20日、ゴヤ賞ガラ)
★1974年の「El amor del capitán Brando」は、ベルリン映画祭に出品され、観客賞を受賞、ナショナル・シンジケート・オブ・スペクタクル監督賞を受賞している。亡命先から帰国した初老の男と女教師、その教え子との三角関係を描いている。性的、政治的抑圧をテーマにすることからベルリンとは相性がよく、1985年の「Stico」も出品され、フェルナンド・フェルナン・ゴメスに銀熊主演男優賞をもたらした。
★時には過小評価されることもあったが、新しい世代のロス・ハビスことハビエル・アンブロッシとハビエル・カルボによって「Mi querida señorita」のリメイク版が製作されているようです。Netflixということなのでいずれ字幕入りで鑑賞できるかもしれません。
(ポスターとロス・ハビス)
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