ダビ・マルティンの 『マリアの旅』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑫2020年11月29日 17:39

           ペトラ・マルティネスの魅力を引き出した佳品

 

       

 

ダビ・マルティン・デ・ロス・サントス『マリアの旅』は、監督の母親の世代、フランコ時代の価値観に縛られた女性たちへのオマージュ、一見自由に見えながら自分の居場所が見つからない、夢が叶えられそうで敗れてしまう若い世代の女性たちへの哀歌でした。主人公マリアを演ずるペトラ・マルティネスが見せる表情の微妙な変化、アンナ・カスティーリョ扮するベロニカの表面からはうかがい知れない深い孤独と無念が悲しい。ペトラは先日閉幕したセビーリャ・ヨーロッパ映画祭女優賞を受賞に続いて、メリダ映画祭でミラダス賞2020を受賞、来年のゴヤ賞ノミネートは間違いないでしょう。監督並びにスタッフ、主演者のペトラとアンナのキャリアについては、以下にアップしております。

『マリアの旅』作品&キャリア紹介は、コチラ20201027

 

      

     (ミラダス賞2020のトロフィーを手に喜びのペトラ・マルティネス、1125日)

 

キャスト:ペトラ・マルティネス(マリア)、アンナ・カスティーリョ(ベロニカ)、ラモン・バレア(マリアの夫ホセ)、フローリン・ピエルジク・Jr.(バルのオーナー、ルカ)、ダニエル・モリリャ(ベロニカの元恋人フアン)、ピラール・ゴメス(美容室経営コンチ)、マリア・イサベル・ディアス・ラゴ(イロベニー)、アリナ・ナスタセ(クリスティナ)、ジョルディ・ヒメナ(看護師)、クリストフ・ミラバル(マリアの長男ペドロ)、Annick Weerts(ペドロの妻エリサ)、マールテン・ダンネンベルク(同次男フリオ

 

ストーリー:世代の異なる二人のスペイン女性マリアとベロニカは、ベルギーの病院で偶然同室となる。マリアは若い頃に家族とベルギーに移住してきた。ベロニカは故国では決して手に入れることのできないチャンスを求めて最近来たばかりであった。ここで二人は友情と親密な関係を結んでいくが、ある予期せぬ出来事が、ベロニカのルーツを探す旅にマリアをスペイン南部のアルメリアに誘い出す。それは彼女自身の世界を開くと同時に、人生の信条としてきた確かな土台を揺るがすことにもなるだろう

 

 

         「女は三界に家なし」世代、このまま人生を終わらせたくない

 

A: ペトラ・マルティネスのキャリア紹介で触れたことですが、彼女の代表作の一つ、ハイメ・ロサーレスの『ソリチュード 孤独のかけら』に出てくる母親の造形に似ていた。あちらは三人娘の母親で、テーマも同じではありませんでしたが。

B: 室内のシーンなどフレームの取り方も似ているところがあり、時間がゆっくり流れていて何事も起きそうにないのに、実は起きている。

 

A: マリアの夫ホセも別段マチスタの人ではなく、あの年代ならどこにでもいそうな男性です。しかし年配の主婦ならこうあるべきという確信をもっている。マリアは若いときに故郷のレオンを離れたというが、何歳ころだったか分からない。

B: 移住して48年経つということから彼女の齢を想像するしかない。結婚していたのか否かもはっきり語られない。

A: ベルギー暮らしが長いのに母語がスペイン語であること、住んでいたレオンの家がダム建設で沈んだということくらいしか情報はない。レオンといってもステンドグラスが美しい大聖堂のある都市部ではないようだ。

 

B: 長男ペドロにはスペイン語を解さないベルギー人の妻とアントワープとフランス風の名前の子供がいて、こちらも親思いのようだが有無を言わせぬ強引さを垣間見せる。

A: 息子も結婚すれば他人になる。マリアが心を許しているのは独身の次男フリオだが、別の地方か国外か分からないが出ていくという設定。マリアの世代はフランコ政権の良妻賢母の教育を受け、仕事の選択権や自由は制限されても結婚までの居場所はあった。家族という形がまだ存在していた。

 

        

         (マリアの微妙な変化を訝しむ夫ホセ役のラモン・バレア)

 

B: ただ離婚は許されなかったし、夫に先立たれても結婚は一度だけという禁止事項はあった。フランコ以降の教育を受けた20代のベロニカには度し難いことで目を丸くする。

A: 価値観があまりに違いすぎて、最初二人は波長が合わない。しかし実はそんなに違っていないことが次第に分かってくる。身なりや印象だけで他人を判断することの危うさを示唆している。

 

B: ベロニカは梨農園の季節労働者として1年前くらいにベルギーにきた。しかし現在はカメラの魅力に取りつかれカメラマンを目指している。留学ではなく、一人で国外に働きに出るにはそれなりの度胸が必要だが、肩を押したのは家族の崩壊らしいことが匂ってくる。

A: 親にも恋人にもさようならするのは相当の決断がいる。職業の選択権や自由はあってもベロニカには居場所がなかったのだ。前半でスクリーンから姿を消すが、自身の病名を知る前と後のコントラストを演じ分け、デビュー作ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』や、ロス・ハビの『ホーリーキャンプ!』には見られなかった成長ぶりが、今後の活躍を期待させる。

 

              

 

     

        (カメラマン志望だったベロニカ役のアンナ・カスティーリョ)

 

B: 「植木に水をやってください」というメモを残して出立したマリア、直ぐ帰宅しますと追記しますが、ベルギーからフランスを通りこしてピレネー越え、行ったことのないアンダルシアのアルメリアまで陸路を辿っての旅では直ぐには帰宅できない(笑)。

A: 発作を起こしたばかりのステントが入ったポンコツ心臓を抱えての一人旅、夫との障りのない会話でぷつんと糸が切れた。溜め込んだ怒りを吐き出すような出立だったが、多分家族には何が不満か到底理解できない。それが帰宅後の家族の食事会ではっきりする。ペドロが母親にカウンセリングを薦めるのは妻エリサの意向で、世代の違う夫婦像も浮き彫りになる。

 

B: マリアの解放への決断は揺るぎない。行くと決めたら行く、そう決心してからのマリアの行動は素早く、何かを解き放つような生き生きとした表情に変化する。

A: ベロニカは母親の名前ファティマをカタカナで腕に刺青している。上手くいかない母親であっても愛している。名前からアラブ系の血が入っていることが暗示され、アルメリアとモハカのあいだの町から来たというが、主に住んでいたのはバルセロナやタラゴナだという。

B: 時代の変化に翻弄されながら渡り歩いている父親不在の母娘像が浮かび上がってくる。母親にも安住できる居場所はなかったのだ。

 

        砂漠と火山のアルメリアはかつてのマカロニ・ウエスタンの聖地

 

A: 舞台となったアルメリアは、現在では映画に見られるように閑散とした寂寥感の漂う場所だが、かつて1960年代はマカロニ・ウエスタンを撮影した<聖地>としてにぎわっていた。『荒野の用心棒』、正続『夕陽のガンマン』のような西部劇だけでなく、『アラビアのロレンス』の一部、『ドクトル・ジバゴ』、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』など、トータルで400本も撮られたというから驚く。

B: もう一つの格安ハリウッドだった。西部劇にドンピシャの土地、安い労働力が魅力だった。一方、失業者で溢れていたフランコ政府にとって外貨の流入は願ったり叶ったり、官民一体となって推進した。

   

    

   (ダビ・マルティン・デ・ロス・サントス監督、撮影地カボ・デ・ガタの浜辺にて)

    

A: アルメリアで撮影技法を学んだスペイン監督も多く、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『マカロニウエスタン800発の銃弾』は、かつての映画村の栄光に捧げられている。これには夫を演じたラモン・バレアも出演していた。

B: 地元に残って製塩所で働いていたベロニカの元カレは、機械化のせいで多くの住民が失業したとマリアに語る。最初はベロニカの死を秘密にしていたマリアも、彼が未だに彼女を想っていることが分かって、旅の目的を打ち明ける。

 

A: 母親ファティマの消息は生死も分からず切れたまま、誰にベロニカの遺灰を託したらいいのか。今でも想っていてくれるフアンの傍がふさわしい。ベルギーでゴミ箱に捨てられる運命だったベロニカの居場所は、ザクロの実がなるここしかない。

B: 海が見え、ヨーロッパ唯一の砂漠、起伏に富んだ自然に囲まれたアルメリア、こうしてマリアのミッションは終りに近づく。

 

           マリアの固定観念を壊す、よそ者ルカの魅力

 

A: この土地を愛するがゆえに儲けを度外視してバルを経営しているルカはよそ者の設定、元はトラック運転手だったが気に入って住みついた。フローリン・ピエルジクJr. 自身も1968年ブカレスト生れのルーマニア人、監督、ライター、俳優。名前から分かるように俳優フローリン・ピエルジクが父親、ルーマニア映画Killing Time11)を監督、俳優としてヒットマンを演じた。ほかにアメリカのアクション、ホラー映画に出演している。

 

B: 本作ではマリアを一人の女性として解放する偏見のない男性として描かれる。マリアのセクシュアリティを呼び起こす重要な役柄でした。

A: ベルギーでは能面のようだったマリアの表情が豊かになっていく。人間は幾つになっても輝けるということです。

 

   

    (ルカのバルで自分で料理したケーキを食べながら歓談するマリア)

   

   

          (マリアを女性として接するルカ、地中海の波がしらを眺める二人)

 

B: ホームドラマのように食べるシーンの多い作品でしたが、ルカがマリアと飲むコルヌネッチ、ベシナタ、ツイカなど、初めて耳にする飲み物が出てきた。

A: スペインでは聞きなれないアルコール類なので調べてみたら、コルヌネッチは分かりませんでしたが、ベシナタはチェリー、ツイカはプラムのアルコール度数の高い、ルーマニアのお酒でした。これでルカの生れ故郷が分かった。よそ者のルカも居場所を見つけられた。

         

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