バホ・ウジョアの5年ぶりの新作 「Baby」*ゴヤ賞2021 ⑪2021年02月18日 10:44

          監督賞ノミネートの「Baby」は5年ぶりのセリフのないドラマ

 

      

 

フアンマ・バホ・ウジョア5年ぶりの新作Babyは、監督賞の他オリジナル作曲賞(メンディサバル&ウリアルテ)がノミネートされています。バホ・ウジョアは1967年ビトリア生れ、かつてバスクの若手監督四天王と称されたグループの一人。アレックス・デ・ラ・イグレシア1965生れ、『スガラムルディの魔女』)、エンリケ・ウルビス1962生れ、『悪人に平穏なし』)、パブロ・ベルヘル1963生れ、『ブランカニエベス』)、3人はビルバオ生れです。もはや若手とは言えませんが、21世紀初頭は言語こそスペイン語でしたが、バスクの若手監督が塊りになって国際映画祭で認められるようになった時代でした。

 

 Baby2020

製作:Frágil Zinema / La Charito Films / La Charito

監督・脚本:フアンマ・バホ・ウジョア

音楽:Bingen Mendizábal、コルド・ウリアルテ

撮影:Josep M. Civit

編集:デメトリオ・エロルス

キャスティング:ルシ・レノックス

プロダクション・デザイン:リョレンク・マス

セット・デコレーション:ジナ・ベルナド・ムンタネ

衣装デザイン:アセギニェ・ウリゴイティア

メイクアップ&ヘアー:(メイク)ベアトリス・ロペス、(ヘアー)エステル・ビリャル

プロダクション・マネージメント:カティシャ・シルバ

製作者:フアンマ・バホ・ウジョア、(エグゼクティブ)フェラン・トマス、(共)ディエゴ・ロドリゲス、(ライン)ハビエル・アルスアガ

 

データ:製作国スペイン、言語スペイン語・無声、ドラマ、104分、撮影地バスク自治州、スペイン公開1218日、ナバラ州1214日、サンタ・クルス・デ・テネリフェ12月14日、バレンシア12月17

映画祭・受賞歴:シッチェス映画祭2020上映(1011日)オリジナル・サウンドトラック賞受賞、タリン映画祭(エストニア)、バジャドリード映画祭、カイロ映画祭、イスラ・カラベラ・ファンタジック映画祭(カナリア諸島テネリフェ)。映画賞ノミネーションは、第8回フェロス賞音楽賞(32日発表)、第13回ガウディ賞撮影賞(321日発表)、第35回ゴヤ賞監督賞・オリジナル作曲賞(36日発表)

 

キャスト:ロジー・デイ(若い母親)、ハリエット・サンソム・ハリス(ザ・ウーマン)、ナタリア・テナ(ザ・ウルビノ)、マファルダ・カルボネル(ニーニャ)、チャロ・ロペス(家主)、ナタリア・ルイス(ディーラー)、カルメン・サン・エステバン(カップル)、スサナ・ソレト(カップル)、他

 

ストーリー:麻薬中毒の娘が衰弱しながら男の子を出産した。彼女には自身が生き残るための困難の他に育児が負い被さる。部屋代が払えず家主から養子を勧められる。家主は児童密売で働く女性に接触させ、娘は借金を返済して生き残れる金額で赤ん坊を裕福な婦人に売り渡してしまう。しかし部屋の中に転がっていたおしゃぶりを見て後悔の念に駆られる。生と死についての創造物語、母親が息子を愛することがテーマではなく、私たちが他者を愛することができるかどうかです。

                                    (文責:管理人)

 

    

             (赤ん坊を売り渡す母親と裕福な婦人)

 

 

     物語が危険に晒されている――セリフがないと観客は理解できないか?

 

★バホ・ウジョア映画ファンにとって、ダイヤローグがないと聞いても驚かないでしょう。監督によると「多くの脚本家は、観客がセリフがないと理解できないのではないかと怖れてダイヤローグを書くが、そんな心配はいらない。今は物語が危険に晒されている。既に映画を作り始めて24年前になるが、今日の社会は好奇心が強く、幼稚で独断的」と語る。また「鏡を見て、自身を愛し許すことができるとき、この映画で起きたような他人を愛することができるようになるチャンスがある」、つまり自分が好きでないと他人を好きになれない。「登場人物に名前を付けなかったのは意図したこと、人間の本質、魂の本質に、また怖れや欲望の本質にも名前はいらない。登場する動物には、シンボリックな役割を与えている」と監督。テーマは本質は何かのようで、白馬やアフガン・グレイハンドを登場させている。

 

             

            (ロジー・デイ、白馬が見える)

 

2作になるLa madre muertaの主役を演じたアナ・アルバレスは一言も喋らなかった。幼いとき母親を殺害した犯人を見てしまったせいで、大人になっても立ち直れない女性の役でした。それでもストックホルム映画祭やカルタヘナ映画祭で女優賞を受賞している。主役に必要な本質的な能力を獲得していることが重要ということでしょうか。4作目の「Frágil」でも長い時間セリフがなかった。新作の重要な要素は、セット、光と闇、音楽が担っており、入念に仕上げられたビジュアル効果が予告編からも見てとれる。息子を売って自分の過ちに気づくドラッグ中毒の若い母親の話だが、かなり奥は複雑なようです。セリフがないだけに個々人の解釈が問われ、好き嫌いがはっきり分かれそうです。ナタリア・テナ扮するアルビノは両性具有のキャラクター、クランクインで最初にセットに入ってきたとき、彼女は「私たちを不安にさせ、怖がらせた」と監督、適役だったわけです。コロナによるパンデミックが始まる前に撮影を終了していたのも幸運なことだった。

   

      

          (ナタリア・テナ扮する両性具有のアルビノ)

 

 

           『スター・ウォーズ』に魅せられた少年時代、

 

監督紹介フアンマ・バホ・ウジョアは、1967年ビトリア(バスク語ガステイス)生れ、監督、脚本家、撮影監督、ミュージシャン。父親はブルガリア人、母親はアンダルシア出身、生れはアラバ県の県都ビトリアだが、育ったのはサンセバスティアン、3人兄妹の真ん中。父親が写真館を経営、十代から証明写真の作成や土曜日ごとの結婚披露宴のライト持ちなどして父親の仕事を手伝った。彼を映画の虜にしたのは、1977年のジョージ・ルーカス『スター・ウォーズ』だった。17歳の1984年に最初の制作会社「Gazteiko Zinema」を設立、兄エドゥアルド・バホ・ウジョアとスーパー8ミリや16ミリで短編を撮り続けた。1989年の短編El reino de Víctor30分)がゴヤ賞1990短編映画賞を受賞したときは弱冠22歳でした。

 

      

    (ゴヤ賞1992Alas de mariposa新人監督賞と主演女優賞のシルビア・ムント

 

★長編映画デビュー作Alas de mariposaがサンセバスチャン映画祭1991金貝賞を受賞、最年少受賞者の記録を作った。華々しいデビューは、当然のごとく翌年のゴヤ賞では、新人監督賞、共同執筆をしたエドゥアルド・バホ・ウジョアとオリジナル脚本賞、母親役を演じたシルビア・ムントに初の主演女優賞をもたらした。息子の誕生をひたすら待ち望む母親にシルビア・ムント、6歳になる少女の弟殺しというショッキングな悲劇に驚愕した。余談だが、2016年の暮れ、兄弟で受賞した脚本賞をビトリアの中古品店に4999ユーロで売却するという前代未聞のニュースに関係者は絶句した。これには後日談として、店側と監督側の話に食い違いがあり、プロダクションも否定するなど真相は謎のままになった。

★第2La madre muerta」はベネチア映画祭でプレミアされ、海外の映画祭で称賛された。以下に短編とドキュメンタリーを除くフィルモグラフィーを年代順に列挙すると、

 

1991Alas de mariposa」監督・脚本(兄エドゥアルドと共同執筆)

1993La madre muerta」監督・脚本(兄エドゥアルドと共同執筆)

1997年「Airbag」コメディ、監督・脚本(カラ・エレハルデ他と共同執筆)

2004年「Frágil」監督・脚本

2015年「Rey Gitano」コメディ、監督・脚本

2020年「Baby」監督・脚本

以上6作です。

 

       

                (長編デビュー作のポスター)

 

★ゴヤ賞関連では、第2作目La madre muerta」で特殊効果賞(ポリ・カンテロ)、第3作目Airbagで編集賞(パブロ・ブランコ)が受賞している。パブロ・ブランコは第2作と第4作を手掛けるほか、『スガラムルディの魔女』や『悪人に平穏なし』などバスク監督の作品にゴヤ賞をもたらしている。前者はファンタスポルト1995で監督賞と観客賞、モントリオール映画祭監督賞、ストックホルム映画祭FIPRESCIなど国際映画祭での評価が高く、カラ・エレハルデを主役に起用したことが次作のコメディ「Airbag」に繋がった。「騒々しいだけで中身がない」という批評家の酷評にもかかわらず、1997年の興行成績ナンバーワンになった。つまり観客の意見は専門家と違ったわけです。フリーガン・コメディという新しいジャンルを作ったと称され、今では専門家の意見も変わり、20世紀のスペイン映画ベスト50作に選ぶ批評家もいる。出演者には鬼籍入りした人も多く「騒々しい」には違いないが、今見ても古さを感じないのではないか。前2作からは想像できない変身ぶりでした。

      

      

        (コメディ「Airbag」のおバカ3人組、左からカラ・エレハルデ、

         フェルナンド・ギジェン・クエルボ、アルベルト・サン・フアン)

 

★「Airbag」が戻ってきたと言われた、第5作目のRey Gitanoには、「Airbag」で活躍した俳優、カラ・エレハルデ、マヌエル・マンキーニャの他、今は亡きロサ・マリア・サルダ、バルデム兄弟の実母ピラール・バルデム、新たにアルトゥーロ・バルスマリア・レオン、ベテランチャロ・ロペスも加わっている。ロペスは新作にも出演している。

      

      

                    (「Rey Gitano」撮影中のカラ・エレハルデと監督)

 

    

  (アルトゥーロ・バルスやマリア・レオンも加わった「Rey Gitano」のポスター)

 

    

(ロサ・マリア・サルダとチャロ・ロペス、「Rey Gitano」)

   

寡作な監督だが、彼が情熱を捧げている一つに音楽がある。ドラマの間に2本の音楽ドキュメンタリーを撮っている。2008年のHistoria de un grupo del rockと、2016年のRockNRollersである。他にロック・グループのビデオクリップを多数作成している。子供のときからの音楽好きで、最初はフルート、後にはギターとピアノを学んだ。とにかく規格外の才能の持ち主である。映画を撮っていないときは、ミュージシャンの仕事で多忙を極めている。独立心旺盛な、体制には反抗的な性格を自認している。

 

★もう一つがカメラ、「Baby」のポスターには何種類かあるが、これはその一つ。赤ん坊のおしゃぶりは手工芸品の職人が丁寧に作ってくれたものだが、背景の蜘蛛はバザールで売っていたもの、セットにした家で撮影した。このポスターにはデビュー作「Alas de mariposa」の雰囲気を思い出させるものがある。

 

      

               (監督が作成したポスター)

 

 

       個性的な女優陣――チャロ・ロペスが第65回エスピガ栄誉を受賞

 

キャスト紹介:本作のノミネーション・カテゴリーは監督賞なのでキャスト陣については簡単にしますが、英国の女優ロジー・デイと米国のハリエット・サンソム・ハリスを主役に起用、ナタリア・テナは生れも育ちもイギリスだが両親がスペイン系なのでスペイン語に堪能、海外勢でも毛色の変わった女優を選んでいる。ロジー・デイ(ケンブリッジ1995)は、女優の他、まだ20代だが監督、作家でもある。1999TVシリーズでデビュー、ポール・ハイエットの「The Seasoning House」(12『復讐少女』)で主役に抜擢され、2014年ジョナサン・イングリッシュの『アイアンクラッド ブラッド・ウォー』、ロドリゴ・コルテスの『ダーク・スクール』(18)などが代表作。

 

        

          (麻薬中毒の若い母親を演じたロジー・デイ)

 

ハリエット・サンソム・ハリス(テキサス州フォートワース1955)は、1993年の『アダムス・ファミリー、2』、ポール・トーマス・アンダーソンの『ファントム・スレッド』(17)、TVシリーズ『デスパレートな妻たち』(1128話出演)など。本作では赤ん坊を買う裕福な婦人役。

 

      

            (ハリエット・サンソム・ハリス、映画から)

 

ナタリア・テナ(ロンドン1984)は、上述したように生粋のロンドン子だが、両親がスペイン系なのでスペイン語が堪能のことから、カルロス・マルケス=マルセのデビュー作10,000KMの主役に抜擢された。本作は第17回マラガ映画祭2014に正式出品され、監督が作品賞「金のビスナガ」賞、彼女は女優賞を受賞した。

ナタリア・テナ紹介記事は、コチラ20140411

 

   

        (ナタリア・テナとハリエット・サンソム・ハリス)

 

★一方スペイン勢は、家主役のチャロ・ロペス(サラマンカ1943)は、舞台やTVシリーズで活躍、5年前の「Rey Gitano」に出演している。1943年生れということは、デビューがフランコ体制ということで、主役を演じて活躍していた時代は、ゴヤ賞も始まっていなかった。従ってビセンテ・アランダ1940年代のスペインを舞台にしたTiempo de silencio86)に出演したときには既に母親役だった。ゴヤ賞はホセフィナ・モリーナLo más naturalで主演女優賞にノミネートされたが受賞にいたらず、モンチョ・アルメンダリス『心の秘密』(97)で初めて助演女優賞を受賞、本作はアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた話題作でした。第65回バジャドリード映画祭2020エスピガ栄誉賞を受賞、バホ・ウジョア監督にエスコートされて登壇、トロフィーを手にした。「パンデミアでも文化や私たちの健康に影響を及ぼさない」とスピーチした。2020年の栄誉賞受賞者はイサベル・コイシェ、マリア・ガリアナを含めて6人と大盤振舞いでした。

    

   

(エスピガ栄誉賞トロフィーを手にスピーチをするチャロ・ロペス、20201026日)

 

★ニーニャ役を演じたマファルダ・カルボネス2008)は、2018TVシリーズでスタート、本作を見たマリア・リポル監督が大いに気に入ってVivir dos veces19)にスカウトした。脚本を手直しするなどしてデビューさせた甲斐あって、子役ながらバレンシア・オーディオビジュアル賞を受賞してしまった。共演者の認知症グレーゾーンの祖父役オスカル・マルティネス、母親役インマ・クエスタのベテランを喰ってしまった。評価はこれからの12歳です。

     

★ディーラー役のナタリア・ルイス()は、Rey Gitano」やマリアノ・ビアシンMarisol05、アルゼンチン、モノクロ)、カルロス・バルデムの小説を映画化したサンティアゴ・サンノウの「Alacran enamorado」(13『スコーピオン反逆のボクサー』)などに出演している。

   

     

  (監督、マファルダ、ナタリア・テナ、ナタリア・ルイス、シッチェスFF 2020の赤絨毯


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