パストール兄弟の第3作目『その住人たちは』*マラガ映画祭2020 ⑥ ― 2020年03月31日 16:27
ダビ&アレックス・パストール兄弟の新作「Hogar」は心理サスペンス

★ダビ&アレックス・パストール兄弟の新作「Hogar」はサスペンス、第23回マラガ映画祭2020(13日~22日)コンペティション部門に選ばれている。今回は映画祭が開催されていないのでスクリーンでは観られなかったが、既に3月26日からNetflix 配信が始まっている。スペインでは珍しくない見栄っ張りな計算高い男の納得いかない成功物語。愚かな登場人物が出たり入ったりして、後半にかけて心がザラザラしてくるが、主人公ハビエル・ムニョスの鬼気迫る眼光に目が離せなくなる。これほどユーモア無しでは観客は救われないが、1980年代から90年代にかけて急速に民主化が行われたスペイン社会の、いささか図式的とはいえ、強い男を強制される社会の病んだ一面を切りとっている。競争社会の敗北者なら主人公の中に「本当はオレもこうしたかった」と夢想する自分を発見するのではないか。批評家と観客の評価が真っ二つに分かれる作品の好例。

(左から、アレックス・パストール、ハビエル・グティエレス、ダビ・パストール)
「Hogar」(「Occupant」)2020
製作:Nostromo Pictures
監督:ダビ・パストール、アレックス・パストール
脚本:アレックス・パストール、ダビ・パストール
撮影:パウ・カステジョン
音楽:ルカス・ビダル
編集:マルティ・ロカ(AMMAC)
キャスティング:アンナ・ゴンサレス
衣装デザイン:イランツゥ・カンポス
メイク:ルシア・ソラナ(特殊メイク)
プロダクション・マネージメント:ダビ・クスピネラ
製作者:ヌリア・バルス、マルタ・サンチェス、アドリアン・ゲーラ、(ライン)マグダ・ガルガリョ
データ:製作国スペイン、スペイン語、2019年、スリラー・ドラマ、103分、撮影地バルセロナ、配給ネットフリックス(3月26日配信開始)
映画祭・受賞歴:第23回マラガ映画祭2020セクション・オフィシアル正式出品
キャスト:ハビエル・グティエレス(ハビエル・ムニョス)、マリオ・カサス(トマス・ブラスコ)、ルス・ディアス(ハビエルの妻マルガ)、ブルナ・クシ(トマスの妻ララ)、イリス・バリェス・トレス(トマスの娘モニカ)、クリスティアン・ムニョス(ハビエルの息子ダニ)、ダビ・ラミネス(庭師ダミアン)、ダビ・ベルダゲル(広告会社役員ラウル)、ヴィッキー・ルエンゴ(ナタリア)、ダビ・セルバス(広告会社役員ダリオ)、ラウル・フェレ(ダリオの部下ルカス)、ヤネス・カブレラ(家政婦アラセリ)、サンティ・バヨン(受付係)、エルネスト・コリャド(教師)、エリ・イランソ(断酒会指導者アンパロ)、その他断酒会メンバー多数
ストーリー:かつては有名な広告会社の役員だったハビエル・ムニョスの物語。1年前から失業しており、家族は豪華なマンション生活を断念しなければならなくなった。もう若くはないハビエルにとって再就職は難しく、もはや自尊心は打ち砕かれていた。ある日のこと、かつてのマンションの鍵を持っていることに気づくと、ある怖ろしい計画を思いつく。失った栄光を取り戻すために新しい住人をスパイし始めるが、次第に新入居者の人生に深く侵入していく。しかしそれは破滅への道でもあったのだが・・・

自分は変えられないが、社会は変化していく
A: 正義感の強い人には耐えられない映画でしょうか。ハビエルのようなクソ野郎は小型なら世間にごまんといるでしょう。しかし想像するだけで実際にはやらないだけの話です。
B: しかし、脚本が少しザツすぎませんか。格差社会は万国共通ですが、シリアス・ドラマとして人物造形が単純、例えば広告会社面接官の慇懃無礼な態度、応募者を下にみる横柄さ、小市民を隠れ蓑にしている小児性愛者、アルコール依存症患者、断酒会の指導者、夫を信頼できない妻、言葉の暴力、自分を同定できる登場人物が一人も出てこない。
A: そうではなく、自分に同定したくない人物ばかりなのです。自分はあれほどワルじゃないしバカじゃないと。ハビエルは社会は変化しているのに自身を変えられない男の典型です。過去の栄光を手放せない虚栄心の強い、自分が前世紀に制作したBMWや大手電機会社のコマーシャルに固執している。
B: 現在の自分は、かつて制作したCM「あなたにふさわしい暮し」をしていない。「自分にふさわしくない妻や息子」のいる<仮の我が家>が我慢ならない。
A: <真の我が家>を占拠している新しい住人は、元来ならここにいるべき人間ではなく排除しても許されると。しかし正義を行う相手が間違っていた。「目には目を歯には歯を」から逸脱していることが観客をいらいらさせる。それにしてもユーモアが少し欲しかったですね。
B: 屋外に出られなくなるパンデミックで社会が崩壊した世界を描いた『ラスト・デイズ』でさえありましたからね。
A: 他人の人生を乗っ取ろうとする話と言えば、最近話題になっているポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』ですが、こちらはブラック・コメディ。「観客に大いに笑ってもらおうとして撮った」と監督。前半は笑えますが、後半は恐ろしくて静まり返ります。
B: パラサイトしている家族は、果たして上階に暮らす金持ちか、半地下に暮らす失業者か、そのどちらかが問われている。
アイディアの誕生は旧居の鍵だった!
A: 世界の映画祭で高評価を得た短編映画「La ruta natural」(05)の後、2009年に世界終末を描いた『フェーズ6』(原題「Carries」)で長編デビューした。しかしこれは監督と脚本を担ったアメリカ映画、2006年に完成していたがリリースされたのは2009年という経緯がある。第2作が2013年に撮ったパニック・スリラーSF「Los últimos días」で、スペイン語映画の長編デビュー作でした。本邦では『ラスト・デイズ』の邦題で公開され、『フェーズ6』同様アマゾン・プライムで配信されている。

(日本語版ポスター、2013年公開)
B: 電気が通じてないのにエスカレーターが動いていたり、マドリード動物園の熊が出てきたり、無理に付け足したような唐突なエンディングなど脚本にアラが目立ったが、『フェーズ6』やホセ・コロナド、キム・グティエレス、マルタ・エトゥラ、レティシア・ドレラなど、日本でも少しは知られた俳優を起用できたお蔭で公開された。
A: ガウディ賞受賞作品ということもあったかもしれない。2作とも現在世界を恐怖に陥れている新型コロナウイルス感染症 COVID-19を予見したような内容なので、今見ると当時とは感想が変わるかもしれない。パンデミック物は終りにしたのか、第3作目は人間の心に巣食う闇をテーマに選んだ。しかしプロット運びに観客を納得させない部分が目立ち、相変わらず足を引っ張っている。
B: 本作のアイディアの誕生は、ほったらかしにしていた以前住んでいた古い家の鍵を保存していたことだそうです。
A: この鍵で我々が以前住んでいた家に入れると気づいたことでした。それが「元は自分が住んでいたが今は他人が住んでいる家に侵入する」というアイディアに発展した。解雇を切り出された家政婦のアラセリが雇い主のハビエルに鍵を投げつけるシーンを伏線にした。
B: このシーンには違和感を覚えたが、試行錯誤の結果だったのかな。新入居者トマスがピーナッツ・アレルギーを口走るシーンも不自然だった。
A: スリラー好きなら直ぐピーンとくるセリフですね。ハビエル・グティエレスとマリオ・カサスの一騎打ちをもっと期待していた観客は消化不良を起こしているかも。主人公を怒らせる広告会社の面接官ラウルを演じたダビ・ベルダゲルは、カルラ・シモンの『悲しみに、こんにちは』で少女の養父となった叔父を演じた俳優、養母を演じたのが、今回はおバカなトマスの妻ララ役のブルナ・クシでした。

(ハビエル・グティエレスとマリオ・カサス)

(夫トマスを信じきれない妻を演じたブルナ・クシとモニカ役のイリス・バリェス)
B: 表面は夫の失業に理解を示す良き妻を装いながら、その実、夫を優しく責め立てる看視者マルガを演じたのが、ラウル・アレバロの『物静かな男の復讐』でベネチア映画祭女優賞受賞者のルス・ディアスでした。
A: 彼女とマリオ・カサスはサム・フエンテスの『オオカミの皮をまとう男』(17)で共演している。落とせないのが小児性愛者の庭師ダミアン役のダビ・ラミレス、1971年バルセロナ出身、ホセ・コルバチョ&フアン・クルスの『タパス』(05)で映画デビューしたが、もっぱらTVシリーズに出演、映画は他に [REC] 3(12)に出ている。

(夫を優しく責め立てるマルガ役のルス・ディアス)
B: 画面構成には斬新とまでは言えないが、若い監督たちが好きそうなスタイリッシュな、鏡を利用した構図が多用されていた。しかし筋運びとアンバランスの印象を受けた。
A: 監督はプロットで勝負するタイプではないのかもしれない。撮影監督のパウ・カステジョンは、クリスチャン・ベールが主演した『マシニスト』の撮影助手でキャリアをスタートさせ、イギリス、イタリア映画、カタルーニャTVシリーズなどを手掛けている。
批評家と観客の乖離――真っ二つに分かれた評価
B: 冒頭シーンに出てくるフリジスマート電機のアメリカンドリームを皮肉ったようなコマーシャルと、計画通りトマスに入れ替わったハビエルの実人生をエンディングでダブらせている。冒頭とエンディングは円環的で、これはスペイン語映画の特徴の一つでした。
A: どちらも子供は女の子で、ハビエルの理想の子供はモニカのような愛らしい少女であって、肥満でイジメられっ子のダニではない。「自分にふさわしくない」息子、洗剤の臭いが残る清掃員のマルガも「自分にふさわしくない」妻として、視界から消去してしまっている。本作では、CMのリード「あなたにふさわしい暮らし」(La vida que mereces)を受け取るために許される限界はどこまでかが問われている。
B: 不愉快な映画と感じた観客はスペインでも結構いて、「今までの人生で見たサイテーの映画、否、チョーサイテー」なんていうコメントもあった。
A: 制裁を加える相手が、自分を愚弄した広告会社の面接官、受講生の面前で恥をかかせた教師、規則規則を連呼する受付係ならまだしも、罪があるとは全然思えないトマスに向かったからでしょう。トマスの不運は、何も知らずにハビエルの<我が家>の占拠者になってしまったことだけでした。
B: 批評家と観客の乖離はよくあることで、あっち良ければこっちダメ、こっち良ければあっちダメ、両方揃うのは難しい。
A: 批評家は概ねポジティブな評価です。だからマラガ映画祭のセクション・オフィシアルに選ばれたわけでしょう。映画祭が開催されていればプレス会見の様子も伝わってきたのですが、コロナの猛威は収束の兆しもなく、スペインは政治経済文化オール息をひそめています。
B: 最後になりましたが、パストール兄弟の簡単なキャリア紹介。
A: ダビ・パストール、1978年バルセロナ生れ、監督、脚本家、コロンビア大学の監督マスターコース卒。アレックス・パストール、1981年バルセロナ生れ、監督、脚本家、カタルーニャ映画視聴覚上級学校ESCACで脚本を専攻する。上記に紹介した作品の他、ターセム・シンのSFアクション『セルフレス/覚醒した記憶』(15米、ライアン・レイノルズ、ベン・キングズレー主演)の脚本を二人で執筆している。これは2011年度ハリウッド優秀脚本リスト入りしていたもの。
*ハビエル・グティエレスのキャリア&フィルモグラフィは、コチラ⇒2019年03月25日
*マリオ・カサスのキャリア&フィルモグラフィは、コチラ⇒2019年03月03日/03月05日
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