『ヒア・アンド・ゼア』の監督作品*サンセバスチャン映画祭2017 ⑦2017年09月10日 17:07

     オフィシャル・セレクション第4弾、5年ぶりメンデス・エスパルサの新作

 

アントニオ・メンデス・エスパルサが、新作 Life And Nothing More 5年ぶりにサンセバスチャンにやってきます。彼のデビュー作 Aquí y allá は『ヒア・アンド・ゼア』の邦題で、東京国際映画祭TIFF2012「ワールド・シネマ」で上映されました。スペインの若手監督ですが、もっぱら米国、メキシコで仕事をしています。前作はアマチュアを起用してフィクションともドキュメンタリーとも、両方をミックスさせたような作品でした。あるメキシコ移民がアメリカから故郷に戻ってくる。家族と再会した幸福感や安堵感が、時間がゆったり流れるなかで、やがて喪失感に変化していくさまをスペイン語とナワトル語で描いた。今回はフロリダを舞台にしての英語映画ですがマドリード生れの将来有望な若手ということでご紹介いたします。『ヒア・アンド・ゼア』がTIFFで上映されたときには、当ブログは存在していなかったので初登場です。

 

         

        (英題ポスター、左から、ロバート、リィネシア、レジーナ)

  

  Life And Nothing More La vida y nada más2017

製作:Aqui y alli Films

監督・脚本:アントニオ・メンデス・エスパルサ

撮影:バルブ・バラショユ(『ヒア・アンド・ゼア』)

編集:サンティアゴ・オビエド

美術・プロダクション・デザイナー:クラウディア・ゴンサレス

録音:ルイス・アルグエジェス

プロダクション・ディレクター:ララ・テヘラ

キャスティング:Ivo Huahua、サンティアゴ・オビエド

プロデューサー:ペドロ・エルナンデス・サントス(『ヒア・アンド・ゼア』『マジカル・ガール』)、アルバロ・ポルタネット・エルナンデス、アマデオ・エルナンデス・ブエノ

(エグゼクティブ)ポール・E・コーエン、ビクトル・ヌネス

 

データ:製作国スペイン=米国、英語、ドクフィクション、113分、撮影地フロリダ、20161031日クランクイン、約6週間。製作資金50万ユーロ。トロント映画祭2017「コンテンポラリー・ワールド・シネマ」正式出品(98日ワールドプレミア)、サンセバスチャン映画祭セクション・オフィシアル部門出品。

 

キャスト:レジーナ・ウィリアムズ(母親)、アンドリュー・ブリーチングトン(長男14歳)、リィネシア・チェンバース(長女3歳)、ロバート・ウィリアムズ(ロバート)

 

プロット:シングルマザーのレジーナはフロリダ北部の町でウエイトレスをして2人の子供を育てている。町では日常的にいざこざが起きている。思春期を迎えたアンドリューは、現在のアメリカでアフリカ系アメリカ人としてのより良い生き方を模索している。レジーナは絶え間ない闘いを余儀なくされ、さらに息子の問題行動と周囲に溶け込む余裕のないことで社会との軋轢を深めていく。不在の父に会いたいというアンドリューの思いが、彼を危険な十字路に立たせることになる。

 

  

              (スペイン語題ポスター)

 

       多角的な視点で描いた長編デビュー作 Aquí y allá

 

アントニオ・メンデス・エスパルサ1976年マドリード生れ、監督脚本製作。マドリードのコンプルテンセ大学法学部卒、その後ロスアンゼルスに渡UCLA映画を学んだ後、さらにニューヨークのコロンビア大学映画制作マスターコースを終了。ここでメキシコ移民のペドロ・デ・ロス・サントスと知り合い2009年、彼を主役にした短編 Una y otra vez を撮る。TVE短編コンクール賞、ロスアンゼルス映画祭短編作品賞、オスカー賞プレセレクションに選ばれるなど、受賞歴多数。現在はアメリカに仕事の本拠地をおいている。

 

   

      (新作 La vida y nada más 撮影中のメンデス・エスパルサ監督)

 

★カンヌ映画祭2012批評家週間」で長編デビュー作 Aquí y allá(スペイン=米国=メキシコ)グランプリを受賞したときは36、資金不足から監督脚本製作とでもこなし作の主人公にも Una y otra vez ペドロ・デ・ロス・サントスを起用、ペドロの妻テレサも実際の奥さん、ただし2人の娘さんは別人です。当時「彼や彼の家族、友人、隣人との出会いと応援がなかったらこの映画は生まれなかった」と監督は語っている。彼自身は舞台となるメキシコに住んだことはなく、キャスティングはペドロを通じて知り合った移民たち、聞き書き、ドキュメンタリーの手法を採用したが、あくまでもフィクションである。上記したように故郷のゲレーロの山村に戻った当座は、妻も依然と変わりなく温かく迎えてくれ、幸福感と安堵感に満たされるが、あまりの静寂さにやがて喪失感に襲われるようになる推移がゆったりと描かれていた。バルブ・バラショユ撮影監督の映像美、アメリカから見たメキシコ、メキシコから見たアメリカ、という二つの視点が光った作品。

 

  

           (デビュー作『ヒア・アンド・ゼア』のポスター)

 

     

          (緑に囲まれた山間を親子4人で散策、映像が素晴らしかった)

 

       アフリカ系アメリカ人に対する社会的不公正と人種差別、父親の不在

 

★第89回アカデミー賞作品賞受賞の『ムーンライト』を例に持ち出すまでもなく、アフリカ系アメリカ人の差別をテーにした映画は枚挙に暇がありません。勿論、メインテーマはそれぞれ違いますが、どうしてもステレオタイプ的な描かれ方になりがちです。それを避けるには『ラビング 愛という名前のふたり』のように実話をベースにすることが多い。5年ぶりとなる長編2作目 Life And Nothing More は、大きく括ると、いわゆるドクフィクションdocuficciónというジャンルに属している。ドキュメンタリーの父と言われるロバート・フラハティの『モアナ』に始まり、他作品では、ルキノ・ヴィスコンティの『揺れる大地』、ポルトガルのペドロ・コスタの『ヴァンダの部屋』、同名小説がベースになっていますが、フェルナンド・メイレレスの『シティ・オブ・ゴッド』などを挙げることができます。

 

★前作『ヒア・アンド・ゼア』同様ノンプロの俳優を起用、撮影はアメリカ大統領選挙中の熱気に包まれたフロリダで、1031日にクランクインした。製作者のペドロ・エルナンデス・サントスは、「不確実な空気を取り込むには、これ以上の好機はないからだ」と語っている。掛け持ちで仕事に追われて不安定な母親レジーナと口達者なロバートとの会話も自然なアドリブの部分があり、それが非常にエモーショナルなものを呼び起こしたと監督。子供たちの父親は刑務所に収監中だが、14歳になるアンドリューは会いたいと思っている。しかしそれは母親から禁じられており、本作でも父親の不在がキイポイントの一つになっているようだ。特権と組織全体的な人種差別が複雑に入り組んでいるアメリカ社会の今が語られる。

  

 (リィネシア・チャンバース)

    

(レジーナ・ウィリアムズ)

    

追記:東京国際映画祭2017「ワールド・フォーカス」部門に『ライフ・アンド・ナッシング・モア』の邦題で上映されます。