『マウトハウゼンの写真家』②*ネットフリックス2019年03月05日 12:33

        映画は毀誉褒貶あったボシュの実像に迫ることができたか? 

 

        

B: フランセスク・ボシュは、映画では親切で世話好き、仲間から信頼されていたように描かれていますが、実際にはどんな人物だったのでしょうか。パウル・リッケンからはフランツとドイツ名で呼ばれていた。

A: スペイン語ではフランシスコ、機転が利くうえに権力を誇示したいSS軍人を懐柔するしたたかさを持ち合わせていたが、どんな人物であったかはよく知られていないとFrancisco Boix, un fotógrafo de Mauthausen」の著者ベニト・ベルメホは述べています。「ボシュは純真で親切に振るまう必要があった。映画のなかよりもピエロ的な要素があった。無分別な大胆さを非難されることもあったが、仲間の多くから信頼を勝ち得ており、勿論全部がそうだったわけではないが」とも語っている。    

        

               (認識番号5185、フランシスコとスペイン語で表記されている)

   

           

(ボシュ役のマリオ・カサス、体重を12キロ減量した)

 

B: 同じ現像所で働いていたバルブエナの実名は、アントニオ・ガルシアという人物だそうですが。

A: アライン・エルナンデスが命を吹き込んだ登場人物、認識番号5219から同じ時期に入所してきたことが分かるが、現像所では先輩格のようでした。彼がボシュの死後4半世紀たった1970年代末に作家のマリアノ・コンスタンテに送った書簡に「無責任で策士、告げ口屋だった」と書き送っています。

B: 作中でも仲が良かったようには描かれていない。解放後ボシュだけが脚光を浴びたのが、多分不満だったのかもしれない。

 

                

       (ガス管の故障で一命をとりとめたバルブエナ、ガス・バンの中)

 

A: コンスタンテはボシュと同じ1920年生れの共和国軍の活動家、19394月にフランスに亡命しており、大体同じルートで19414月マウトハウゼンに収容された生き証人の一人。解放後はフランスに戻り、2010年にモンペリエで亡くなるまで帰国しなかった。帰国すれば即逮捕、拷問の末に餓死が待っていた。スペイン内戦やマウトハウゼン強制収容所についての著書があり、死去の2年前の2008年制作のマウトハウゼンについてのTVドキュメンタリーに出演して証言を行っている。

B: 帰国したくなかった、または帰国できなかったが正確かも。ボシュの3倍も生きていたというのも驚きです。   

            

            (認識番号4584のマリアナ・コンスタンテ)

 

A: 時代が時代でしたからボシュの実像に迫るのは不可能に近い、短い生涯でもあったから。何が本当で何が嘘かは視点が違えば変わってくる。映画を見たベニト・ベルメホは、「一つ一つのシーンはおよそ事実」と語っておりますね。

 

B: 映画ではボシュが面倒を見たアンセルモ・ガルバンという名前で登場した、14歳ぐらいの少年も実在していたそうですが。

A: 父親と片脚が切断された兄と一緒にきたハシント・コルテスにインスパイアされたようで、映画とは正確には同じではない。採石場経営者ポシャッハーに救われて近くに住んでいた寮母のような仕事をしていたポイントナー夫人の家で解放までの2年間を過ごすことができた。ポシャッハーもポイントナー夫人も実在した人、彼女はアンセルモから預かったネガの包みを「ここに隠していたの」と、石垣塀の石をどけて説明している写真が残っている。

 

        

         (歓迎の垂れ幕を垂らしてアメリカ軍を迎える囚人たち)

 

B: 地元の協力者がいなければ残らなかった。1943年に145歳ということは内戦時には10歳ぐらいになる。そんな子供も収容されたのですね。1929年のジュネーヴ条約の少年捕虜取り扱いでは労働は禁じられていたはずです。

A: 彼らは戦争捕虜ではなくフランコ政権によって国籍を剥奪され、ナチスに労働力として売り渡された戦争囚人、フランコからの贈り物だったのです。ボシュも自分は囚人だと言っていた。ニュルンベルク裁判でも「政治犯か?」という質問に、「囚人だ」と答えている。

 

           収容所所長フランツ・ツィライスの最期の姿

 

B: 収容所所長フランツ・ツィライスの遺体は、裸体に落書きされ、グーセン収容所の鉄条網に吊るされましたが事実でしょうか。

A: かつては否定する説もあったようですが事実だとされています。彼は家族と逃亡中の1945523日に発見され、さらに逃亡しようとしたので撃たれ、米軍が設置したグーセンの病院に搬送されるも翌日死去、遺体は衣服を剥ぎとられ、元囚人たちによってマウトハウゼンの付属収容所グーセンのフェンスに吊るされた。

 

          

          (グーセン収容所のフェンスに吊るされたツィライス)

 

B: 息子の8歳の誕生祝いに集まった客人を前に、本物のピストルを息子に渡し射撃の練習と称してウェーターをしていた囚人を撃つようけしかけた。ビビる息子に業を煮やして自ら数人を射殺した。

A: このシーンも事実の由、実際は数人どころか40人以上とも言われています。奥さんも震え上がっていましたが、引き留めようとすれば自分が撃たれるから軽々しく口出しできない。花崗岩採石場の経営者ポシャッハーも大切な労働力を失って「もう、これは手が付けられない」と。

 

     

      (解放後リッケンから奪ったカメラで証拠写真を撮るボシュ、映画から)

 

B: ポシャッハーが良心的な人物に思えてくるようなシーンでした。囚人を個人的な仕事に使うことができた。勿論賃金は払われない。しかし三度の御飯とベッドはあてがわれたから、収容所に比較すれば天国だったでしょう。

A: ツィライスはいわゆる叩き上げのSS大佐で、エリート将校から馬鹿にされているのではないかと怖れている小心者、第三帝国の没落など想像すらできない先が見えない人物だったのではないか。名演技を称賛されつつも「ヒトラー役はもう演りたくない」と、ブルーノ・ガンツは吐露したが、フランツ・ツィライス役も演りたくないほうか。

 

       

       (ネガの隠す場所を白状するよう拷問を受けるボシュ、映画から)

 

B: エミリオ・ガビラが演じたユダヤ人の囚人アレクサンダー・カタンA.K.)も実在した。軟骨無形成症、いわゆる低身長を患っていた。

A: 「違うものは普通のものより面白い」とリッケンはうそぶく。彼はドイツ語もスペイン語もできるオーストリア人だと言ってるが実はオランダ人で、オーストリアで語学教師をしていたとボシュに語る。こういう体形は強みのこともあり、それはSS隊員は卑猥だからと。エミリオ・ガビラは、ハビエル・フェセルの『ミラクル・ぺティント』や『モルタデロトフィレモン』、パブロ・ベルベルの『ブランカニエベス』などに出演しているベテラン。

 

B: 「娼婦宿にも行けた」と。それをリッケンは覗き見していた。結局解剖されてホルマリン漬けになっっているのをボシュは目撃する。このシーンは「信じられないことだが事実だ」と脚本家のロジャー・ダネスが語っている。

A: こういう異常者の医師で思い出されるのが、ルシア・プエンソが描いた『ワコルダ』に登場するヨーゼフ・メンゲレです。ユダヤ人の人体実験を行い「死の天使」と怖れられた医師、ナチハンターモサドの追跡を巧みにかわして、アルゼンチン、パラグアイと逃亡、1979年ブラジルで海水浴中に心臓発作で死亡した。イスラエルにとってもブラジルにとっても国家の不名誉でした。

B: 戦後35年も逃げおおせたのは、抜群の知能犯だった以外にナチ主義者の残党たちの組織ぐるみの情報網のお蔭です。

A: 作中に「夜と霧」法令というのが何度か出てきましたが、1941127日に出されたヒトラー総統命令「夜と霧」のことで、ワグナーの『ラインの黄金』からの引用。フランス、ベルギー、オランダ、ノルウェーにいる「ドイツの治安を危険に晒す」人物、例えば活動家、レジスタンス擁護者を選別して、誰の目にも映らないように秘密裏にドイツに移送する。

B: 朝になれば夜霧が消えるように存在しない。政治犯のほか、身体・精神障害者、同性愛者なども含まれた。

 

A: アラン・レネの存在を世に知らしめたドキュメンタリー『夜と霧』32分、1956)は、世界に衝撃を与えた。日本では1961年、残虐シーンを一部カットして公開されましたが、17年後にノーカット版でリバイバルされた。映画チャンネル、シネフィルイマジカで放映されました。

 

B 収容所で小演劇が行なわれていたのも事実とか。衣装も結構揃っていました。

A: 一番近い町が20キロ先のリンツということで、気晴らしができないSSたちはストレスを溜めこんでいる。それを発散させて士気の低下を食い止めることが目的。音楽隊も同じで写真も現存しています。もっとも作中に現れた公開死刑前のシーンでは残酷を通り過ぎて、ツィライスの狂気を感じさせるものだった。衣装を手掛けたメルセ・パロマが、ゴヤ賞は逃しましたがガウディ賞で衣装デザイン賞を受賞した。

B: 大分道草をしましたが、いろいろ勉強にもなりました。真実であるのかどうかは別にして、過去を総括することは痛みを伴います。

 

A: ボシュを演じたマリオ・カサスは、キケ・マイジョの『ザ・レイジ 果てしなき怒り』、アレックス・デ・ラ・イグレシアのホラー・コメディ『クローズド・バル 街角の狙撃者と8人の標的』、オリオル・パウロの『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』などでご紹介、またサム・フエンテス監督がマリオ・カサスを念頭に脚本を書いたという『オオカミの皮をまとう男』はNetflixで配信されました。

Bバルブエナを演じたアライン・エルナンデスは、マルク・クレウエトのEl rey tuerto、イニャキ・ドロンソロの『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』などで主役を演じています。

 

 

『ザ・レイジ 果てしなき怒り』の作品紹介は、コチラ20160414

『クローズド・バル』の作品紹介は、コチラ2017012202260404

『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』の作品紹介は、コチラ201702170414

El rey tuerto」の作品紹介は、コチラ20160505

『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』の作品紹介は、コチラ20170304