『12年の長い夜』 アルバロ・ブレッヒナー*ゴヤ賞2019 ⑥ ― 2019年01月15日 19:01
イベロアメリカ映画賞―アルバロ・ブレッヒナーの『12年の長い夜』
★イベロアメリカ映画賞は、アルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』にほぼ決まりでしょうが、昨年暮れからアルバロ・ブレッヒナーの第3作「La noche de 12 años」が、邦題『12年の長い夜』でNetflixで配信が開始されました。サンセバスチャン映画祭2018「ホライズンズ・ラティノ」部門の目玉としてすぐさま記事をアップしましたおり、ゴヤ賞ノミネーションを予想いたしました。予想通りになりましたが前大統領ムヒカ役のアントニオ・デ・ラ・トーレが助演男優賞候補になるとは思っていませんでした。スペインも製作国の一つですから規則違反ではありませんが、少し強引でしょうか。
★デ・ラ・トーレはロドリゴ・ソロゴジェンの「El reino」で主演男優賞にもノミネートされており、虻蜂取らずにならないことを祈りたいところです。彼が欲しいのは1個持っている助演ではなく、素通りつづきの主演のはずです。スペイン映画賞としては最初に蓋を開けるフォルケ賞2019が、1月12日夜に発表になり、幸先よく「El reino」の演技が認められて男優賞を受賞しました。因みに作品賞は予想通りハビエル・フェセルが監督した「Campeones」で、本作は「Cine y Educacion」賞とのダブル受賞、こういうケースは初めてだそうです。ゴヤ賞を占ううえで重要な映画賞、フォルケ賞2019の受賞結果は次回にアップいたします。
(フォルケ賞のトロフィーを手にしたアントニオ・デ・ラ・トーレ)
*『12年の長い夜』の作品・監督キャリア・キャスト紹介は、コチラ⇒2018年08月27日
*前回と重複しますがキャストとストーリーを以下に若干補足訂正して再録、前回アップ後の映画賞受賞歴も追加しました。
*『12年の長い夜』の主な出演者*
アントニオ・デ・ラ・トーレ(ペペ、ホセ・ムヒカ・コルダノ、2010~15年ウルグアイ大統領)
チノ・ダリン(ルソ、マウリシオ・ロセンコフ)
アルフォンソ・トルト(ニャト、エレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ、2016年8月5日没)
セサル・トロンコソ(トゥパマロス壊滅作戦「死の部隊」を指揮した軍人)
セサル・ボルドン(アルサモラ軍曹)
ミレージャ・パスクアル(ムヒカの母親ルーシー)
ソレダー・ビジャミル(精神科医)
シルビア・ペレス・クルス(ウイドブロの妻イヴェット、劇中ではグラシエラ)
ニディア・テレス(ロセンコフの母ロサ)
ルイス・モットーラ(少尉)
ジョン・デ・ルカ(マルティネス、兵士)
ロドリゴ・ビジャグラン(アルメイダ、兵士)
ダビ・ランダチェ(軍人)
ロヘリオ・グラシア
ルチアノ・Ciaglia(ゴメス)
ストーリー:1973年6月、ウルグアイは軍事クーデタにより軍部の政治介入が実現した。1971年の大統領選で左派連合が敗北してからは、都市ゲリラ「トゥパマロス」民族解放運動の勢いも失速、壊滅寸前になって既に1年が経過していた。多くのメンバーが逮捕収監され拷問を受けていた。1973年9月7日夜、軍部の掃討作戦で捕えられていたトゥパマロスの3人の囚人がそれぞれ独房から引き出され秘密裏に何処かへ護送されていった。これは12年という長きにわたって、全国に散らばっていた営倉を連れまわされることになる孤独の始りだった。それ以来、精神的な抵抗の限界を超えるような新式の実験的な拷問と孤独に耐え抜くことになる。軍部の目的は「彼らを殺さずに狂気に至らしめる」ことなのは明らか、彼らは囚人ではなく軍部の人質だった。一日の大半を頭にフードを被せられ、足枷をはめられたまま独房に閉じ込められていた3人の人質とは、ウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカ、元防衛大臣で作家のエレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ、ジャーナリストで作家のマウリシオ・ロセンコフのことである。 (文責:管理人)
ウルグアイ軍事独裁政権の闇と孤独を描く12年間
A: 本作は「もし生きのびて自由の身になれたら、この苦難の事実を書き残そう」と誓い合った、エレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロとマウリシオ・ロセンコフの共著「Memorias del calabozo」をもとに映画化されました。映画では3人に絞られていますが、実際は他にトゥパマロスのリーダー6人、合計9名だった。本著はこの9名の証言をもとに纏められたものです。
B: 民政移管になった1985年に釈放、バスで家族のもとに戻るさいに連呼された、ホルヘ・ベニテス、カルロス・ゴンサレス、ロベルト・イポリト、ワシントン・ゴンサレス・・・などが証言に応じた他の6人でしょうか。
A: 1993年にエドゥアルド・ガレアノの序文を付して再刊されたものを検索しましたが確認できませんでした。おそらく苦しみを分かち合った他の仲間たちへの敬意が込められていたのでしょう。収監中に亡くなった人が約100名、いわゆるデサパレシードス行方不明者が140名という記録が報告されています。
(txalaparta社から1993年に再刊された「Memorias del calabozo」の表紙)
B: 隣国アルゼンチンの軍事独裁政権の犠牲者3万人に比べれば桁違いですが、闘争中に射殺されたメンバーも多かった。屋根裏に逃げ込んだニャト(アルフォンソ・トルト)が逮捕されたとき、その家主夫婦が射殺されたシーンはそれを示唆しています。
A: そのときの掃討作戦を行なった<死の部隊>の指揮官の名前は映画では明らかにされなかった。当然分かっていたはずですが、IMDbにも軍人と表示されているだけです。セサル・トロンコソが演じていましたが、彼はウルグアイ出身、本邦ではセザール・シャローン&エンリケ・フェルナンデスの『法王のトイレット』(ラテンビート2008上映)の主役を演じている他、ルシア・プエンソの『XXY』(同2007)にも出演しているベテラン俳優です。
(憎まれ役の軍人に扮したセサル・トロンコソ)
B: 石をぶつけたいぐらい憎々しかったと褒めておきます。アルフォンソ・トルトもウルグアイ、その他にウルグアイからはルソ(チノ・ダリン)にラブレターを代筆してもらうアルサモラ軍曹役のセサル・ボルドン、ルソの母親ロサ役のニディア・テレスがウルグアイです。
A: エル・ペペの母親ルーシー役のミレージャ・パスクアルもウルグアイ、彼女については前回ご紹介しています。例の『ウイスキー』でデビューした独特の雰囲気のある女優です。ニディア・テレスはアルバロ・ブレッヒナー監督の第2作「Mr. Kaplan」(14)のカプラン夫人でデビューした遅咲きの女優です。以上がウルグアイの主な出演者です。
B: 多数の受賞歴をもつ「Mr. Kaplan」についても、前回の監督キャリア紹介にワープして下さい。
(ルソにラブレターの代筆をしてもらうアルサモラ軍曹)
A: アルゼンチンからはチノ・ダリンの他、精神科医を演じたソレダー・ビジャミル、スペインからはエル・ペペ役のアントニオ・デ・ラ・トーレの他、ニャトの妻になったシルビア・ペレス・クルスがそうですが、それぞれ前回簡単に紹介しています。監督がデ・ラ・トーレの出演交渉のためマドリードに出向きカフェで会った。すると「10分後には快諾してくれた」とベネチア映画祭のインタビューに答えていました。出演は即決だったようで、デ・ラ・トーレらしい。
(左から、ムヒカ前大統領、監督、デ・ラ・トーレ、ベネチア映画祭のプレス会見にて)
B: 幼児から80歳に近いエキストラは、ウルグアイの新聞に出した募集広告を見て参加してくれた方だそうです。200名ぐらい参加している。1985年民政移管になって釈放された9名を刑務所の門前や沿道で出迎えた家族、支持者たちを演じてくれた。
A: ウルグアイの人々にとって1970年代はそんなに昔のことではないのですね。ウルグアイの軍事独裁政権は、いわゆるブラジル型といわれる官僚主義体制で、隣国アルゼンチンのように軍人が大統領ではなかった。しかしトゥパマロス掃討に功績のあった軍部の政治介入を許した警察国家体制ではあった。
B: 劇中で「お前たちは囚人でなく人質だ」と言い放った<死の部隊>の指揮官がその典型、囚人でないというのは裁判の権利がないということです。都市型ゲリラのトゥパマロスの抵抗に長いあいだ煮え湯を飲まされ続けていた軍部の憎しみは、相当根深かったと言われていますね。
(再会を喜ぶニャトと家族、周囲の人は募集に応じたエキストラ)
1981年軍政合法化についての憲法改正の是非を問う国民投票
A: 劇中では1973年から1985年までの12年間が収監日数と共に表示される。1973年9月7日、9人のトゥパマロスのリーダーが収監されていた刑務所から、軍部の手で秘密裏に南部のリオ・ネグラらしき軍の施設に移送される。
B: 刑務所ではなく、ベッドも便器も一切ないから重営倉の兵士が入れられる独房のようです。約1年後に別の軍施設に移動、803日目の1975年から収監日数が表示される。およそ1年ごとに移動しており、その都度1976年1074日目、1977年1529日目・・・1980年2757日目という具合に日数が表示される。
A: 1981年に軍部の政治介入を合法化する「憲法改正」の是非を問う国民投票が実施され、国民の答えはNoだった。1983年3883日目に、ルソが恋文を代筆したアルサモラ軍曹の兵舎に戻ってくる。軍曹の計らいで手錠をされたままではあったが目隠しなしで初めて太陽の日差しを浴びることができた。
(初めて目隠しなしで顔を合わせる3人、生きていることを実感するシーン)
B: 観客にも解放の日の近いことを暗示するシーン、人間らしさを失わなかった軍人は彼一人だったでしょうか。そして1984年3984日目に仲間の多くが収監されていた最初の刑務所に戻ってくる。
A: ニャトがよたよたしながら刑務所の中庭でサッカーのボールを蹴る真似をする。窓からは「ニャト、ニャト、ゴール」の大歓声、社会の無関心に絶望していた過去が一気に吹き飛ぶ忘れられないシーンでした。彼らを苦しめたのは孤独と自分たちは忘れられてしまったという社会の無関心でした。
B: 母親が差し入れた便器に種をまき咲かせたヒナゲシの植木鉢を抱えてムヒカが出所する。日数の表示は、1985年4323日目が最後になる。
(ピンクの便器を抱えて刑務所を出るエル・ぺぺ、2010年75歳でウルグアイ大統領になる)
冷戦時代の米国がもっとも恐れた裏庭の赤化
A: 各自逮捕時期は異なっており、この日数はあくまで1973年9月7日が起点のようで、囚人ではなく<人質>だった日数です。各自刑務所とシャバを出たり入ったりしていますから、別荘暮らしはトータルでは15年くらいだそうです。時には各人の幻覚や逮捕時の回想シーンが織り込まれておりますが、映画は時系列に進行していくので観客は混乱しません。
B: ウルグアイだけではありませんが、ラテンアメリカ諸国は二つの世界大戦には参戦しておりませんが、米ソ冷戦時代の煽りを食ったラテンアメリカ諸国の実態は複雑で、少しは時代背景の知識があったほうがいいかもしれません。
A: 劇中にもニカラグア革命との連携を疑う軍部やCIAの画策など、米国の関与を暗示するセリフが挿入されています。裏庭の赤化を恐れていたアメリカが軍事独裁政権の後ろ盾であったことは、後の調査で証明されています。赤化より軍事独裁政権のほうがマシというわけです。
B: ラテンアメリカ諸国が、人権や民主主義を標榜する大国アメリカを嫌うのには、それなりの理由があるということです。1979年、左派中道派からの要請で赤十字国際委員会が調査に現れるが、そのおざなりの調査にはあきれるばかりです。
A: どこからか入った横槍に屈したわけです。ほかにもカトリック教会批判がそれとなく挿入されている。精神を病んだペペが、ソレダー・ビジャミル扮する精神科医に「神を信じているか」と訊かれる。ペペの返事は「もし神がいるなら、私たちを救ってくれているはず」だった。
B: カトリック教会が軍部と結託していたことを暗示しているシーン。他のラテンアメリカ諸国も金太郎の飴ですが、保身に徹したカトリック教会と軍事独裁政権は太いパイプで繋がっていました。
(ペペを診察する精神科医役のソレダー・ビジャミル)
A: 信者が多いにもかかわらず、ラテンアメリカ諸国から長いあいだローマ法王が選ばれなかった経緯には、この軍事独裁政権との結託があったからでした。現ローマ法王サンフランシスコも加担こそしませんでしたが、民主化後に見て見ぬふりをしていたことを謝罪していたからなれたのでした。
B: バチカンも危険を冒してまで選出できなかった。ラテンアメリカ諸国のカトリック教徒の減少は、幼児性愛だけが理由ではありません。
A: 主演の3人、ぺぺ(1935)、ルソ(1933)、ニャト(1942~2016)は、共にウルグアイ生れだが、一番年長のルソは両親の時代にポーランドから移民してきたユダヤ教徒、ナチ時代にはポーランドに残った親戚の多くがゲットーやアウシュビッツで亡くなっている。
B: 3人のなかではルソ役のチノ・ダリンが一番若かったのでちょっと違和感があった。
A: 反対に一回り若いニャトはクランクイン前に鬼籍入りしてしまった。彼の一族はスペインからの移民です。リーダー格のぺぺの祖先も、1840年代にスペインのバスク州ビスカヤから移民してきた。
B: ウルグアイはまさに移民国家です。ミレージャ・パスクアルが演じていたペペの母親ルーシー・コルダノは、実名で映画に出ていた。ムヒカは当時独身、それで面会に来るのは母親でした。上院議員のルシア・トポランスキ(1944)との結婚は2005年だった。
(ホセ・ムヒカと夫人ルシア・トポランスキ、2010年)
A: 彼女は2期目となるタバレ・バスケス政権の副大統領を2017年9月から務めている。映画でも女性の力の大きさが際立っていましたが、土壇場で力を発揮するのは女性です。
B: 面会に来たルソの父親イサクの狼狽ぶりと母親ロサの気丈さが印象に残っています。女性のほうが打たれ強いのかもしれません。
A: 前回アップしたときは受賞歴はそれほどではありませんでしたので、以下に追加します。
*映画祭・受賞歴*
アミアン映画祭:観客賞
ビアリッツ映画祭(ラテンアメリカシネマ)観客賞
カイロ映画祭:ゴールデン・ピラミッド賞、FIPRESCI国際映画批評家連盟賞
カンヌ・シネフィル:グランプリ
オーステンデ映画祭(ベルギー)審査員賞
ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭:観客、カサ・デ・イベロアメリカ、作品、脚本、撮影の各賞
シルバー・コロン(監督・男優アルフォンソ・トルト)賞
ハバナ映画祭:作品賞(カサ・デ・ラス・アメリカス、キューバ映画ジャーナリズム協会)
サンゴ賞(編集、録音)、グラウベル・ローシャ賞、ラジオ・ハバナ賞
レジスタンス映画祭:監督賞
テッサロニキ映画祭:観客賞
ウルグアイ映画批評家協会:作品、監督、男優(アルフォンソ・トルト)
女優(ミレージャ・パスクアル)、録音の各賞
*以上は2018年開催の映画祭受賞歴(ノミネーションは割愛)
*ゴヤ賞2019ノミネーションは、イベロアメリカ映画賞、脚色賞、助演男優賞(アントニオ・デ・ラ・トーレ)の3カテゴリー。
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