テオドラ・アナ・ミハイの『市民』*東京国際映画祭20212021年10月25日 15:57

         ルーマニアの監督テオドラ・ミハイの長編デビュー作『市民』

 

     

          (主演のアルセリア・ラミレスを配したポスター)

 

★コンペティション部門最後のご紹介は、ルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイがスペイン語で撮ったデビュー作『市民』(ベルギー=ルーマニア=メキシコ合作、原題 La civil)、第74回カンヌ映画祭2021「ある視点」に正式出品され、Prize of Courage勇敢賞受賞作品。カンヌには監督以下主なスタッフ、俳優が出席した。ルーマニアの監督がどうしてメキシコを舞台に、麻薬密売にコントロールされた暴力をテーマにしようとしたのかは後述するとして、取りあえず作品紹介から始めたい。

 

    

      (Prize of Courage勇敢賞を受賞したテオドラ・アナ・ミハイ監督)

 

 

 『市民』La civil2021

製作:Les Films du Fleuve / Menuetto Film / Mobra Films

監督:テオドラ・アナ・ミハイ

脚本:テオドラ・アナ・ミハイ、ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオ・ゲレロ

音楽:ジャン=ステファン・ガルベ、ウーゴ・リペンス

撮影:マリウス・パンドゥル

編集:アライン・Dessauvage

キャスティング:ビリディアナ・オルベラ

プロダクション・デザイン:クラウディオ・ラミレス・カステリ

美術:ヘオルヒナ・フランシスコ・コンスタンティノ

衣装デザイン:ベルタ・ロメロ

メイクアップ&ヘアー:アルフレッド・ガルシア(メイク)、タニア・アギレラ(ヘアー)

プロダクション・マネージメント:ホセ・アルフレッド・モンテス、ウィルソン・ロバト、ルイス・ベルメンBerumen

製作者:ハンス・エヴェラート、(エグゼクティブ)チューダー・レウ、(共同)ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ、ミシェル・フランコ、エレンディラ・ヌニェス・ラリオス、テオドラ・アナ・ミハイ、クリスティアン・ムンジュウ、(ライン)サンドラ・パレデス、ほか

 

     

 (左から、ハンス・エヴェラート、アルバロ・ゲレロ、アルセリア・ラミレス、監督、

  脚本家ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオ、カンヌ映画祭2021、フォトコール)

 

データ:製作国ベルギー=ルーマニア=メキシコ、スペイン語、2021年、ドラマ、135分、撮影地メキシコのビクトリア・デ・ドゥランゴ、期間202012

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2021「ある視点」、カメラ・ドール対象作品、Prize of Courage(勇敢賞)受賞、FEST New Directora / New Films Festival 2021ゴールデン・リンクス賞、ハンブルク映画祭ポリティカル・フィルム賞、各受賞。エルサレム映画祭、東京国際映画祭、各ノミネーション。

 

キャスト:アルセリア・ラミレス(シエロ)、アルバロ・ゲレロ(グスタボ)、ホルヘ・A・ヒメネス(ラマルケ)、アジェレン・ムソ(ロブレス)、フアン・ダニエル・ガルシア・トレビニョ(エル・プーマ)、アレサンドラ・ゴニィ・ブシオ(コマンダンテ、イネス)、エリヒオ・メレンデス(キケ)、モニカ・デル・カルメン、メルセデス・エルナンデス、マヌエル・ビジェガス(リサンドロ) 、アリシア・カンデラス(メチェ)、ほか多数

 

ストーリー:メキシコ北部を舞台に10代の娘ラウラが組織犯罪に巻き込まれた母親シエロの闘いが語られる。警察や州当局が娘の捜索をしないなら、自らの手で捜すしかない。シエロは問題解決に取り組むなかで一人の主婦から怒りに燃える過激な闘士に変身する。自分の娘が麻薬密売カルテルによって誘拐殺害されたミリアム・ロドリゲスの実話をベースにしている。ミリアムは彼女自身の手で正義を司法に訴えた女性。ダルデンヌ兄弟、クリスティアン・ムンジュウ、ミシェル・フランコなど、カンヌ映画祭の受賞者たちがルーマニアの若手女性監督を応援している。映画界も時代の転機を迎えている。

 

      

    (シエロ役のアルセリア・ラミレス)

 

     

       (グスタボ役のアレバロ・ゲレロとラミレス、フレームから)

 

 

      「朝目覚めると死にたい殺したいと思う」とミリアム・ロドリゲス

 

テオドラ・アナ・ミハイは、ニコラエ・チャウシェスク独裁政権下の1981年ルーマニアのブカレスト生れた、監督、脚本家。1989年家族はベルギーに亡命、10代の初めに叔母が移住していたサンフランシスコに渡り、フランス系のアメリカン・インターナショナル・ハイスクールで学ぶ。ニューヨーク州のサラ・ローレンス・カレッジで映画を学んだ後、ベルギーに帰国する。ベルギーでは助監督を経験しながら、2000年短編Civil War Essay(サンフランシスコ映画祭ユース部門でCertificate of Merit 受賞)で監督デビューする。

 

2014年ドキュメンタリーWaiting for Augustがカルロヴィ・ヴァリ映画祭でドキュメンタリー賞、HotDocs映画祭審査員賞を受賞している。その他アムステルダム、バルディビア、レイキャビック、ベルゲン、ブダペストなど各映画祭でドキュメンタリー賞を受賞している。受賞後、ヨーロッパ映画アカデミーの会員になり、制作会社One for the Road dvdaを設立する。社会的関連性の普遍的な問題を捉えた映画製作を目指しており、ベルギー、ラテンアメリカ、東欧間のコラボレーションを目指している。サンフランコ滞在中の2006年前後はまだ安全だったメキシコに度々旅行に出かけていたことが、本作製作の動機のひとつ。TVミニシリーズのほか短編「Alice」、「Paket」で経験を積み、今回劇映画長編デビューを果たした。

   

   

             (カルロヴィ・ヴァリ映画祭のドキュメンタリー賞を受賞)

     

    

         (ドキュメンタリーWaiting for August」のポスター

 

★上述したようにシエロのモデルになったミリアム・ロドリゲスは、朝、目が覚めると死にたい殺したいと思う」と、ルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイに語った。2014年に16歳だった娘カレンを誘拐殺害された。そのことが『市民』映画化の動機だったという。メキシコに渡って実態調査に2年以上かけ、メキシコの作家ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオの協力を得て脚本を完成させることができた。最初のオリジナル・アイディアは、2015年に知り合うことになったミリアムの証言を軸にしたドキュメンタリーで撮る計画だったと語っている。しかしそれは、あまりに危険すぎて断念せざるを得なかった。「私たちは物語の展開に自由裁量を求めていたので、つまり証言者の誰も危険に晒したくなかった」のでドラマにしたとコメントしている。

 

       

                 (シエロのモデルになったミリアム・ロドリゲス)

 

   

   (脚本共同執筆者ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオと監督)

   

★娘ラウラは映画の冒頭で麻薬カルテルの手で誘拐される。組織は目の玉が飛び出すほどの身代金を強要する。母親は支払うが娘は戻ってこなかった。警察も当局も捜索をせず誰も助けてくれない。母親は自ら誘拐犯の追跡に身を投じる。2006年ごろは「夜間に外出できたし、国道を問題なく走ることができた」と監督、つまり今は危険だということ。シエロの苦しみはシエロに止まらず、中米、世界の各地の多くの市民たちに起きている。「俳優たちやスタッフが個人的な動機から出発した物語を語って私は元気づけられた」と監督、私たちは同じような誘拐事件が至る所に転がっており、その結果が絶望に終わることことを知っている。

 

★メインプロデューサーのハンス・エヴェラートはベルギーのプロデューサー、2017年制作会社「Menuetto Film」を設立した。2018年「The Conductor」、視聴者には不評だった日本との合作、ロックバンドのヘンドリック・ウィレミンスの「Birdsong」(19、『バードソング』20年公開)など。ベルギーの共同製作者ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟は、カンヌFF2回のパルムドール(『ロゼッタ』『ある子供』)、脚本賞(『ロルナの祈り』)、グランプリ(『少年と自転車』)、監督賞(『その手に触れるまで』)と、もらえる賞は全部獲得した。ルーマニアのクリスティアン・ムンジュウは、『4ヶ月、3週と2日』でパルムドール、『汚れなき祈り』(脚本賞)、『エリザのために』(監督賞)受賞で知られている。メキシコのミシェル・フランコは、『父の秘密』(ある視点部門グランプリ)、『或る終焉』(脚本賞)、『母という名の女性』が「ある視点」の審査員賞を受賞と、共同製作者にカンヌFFの受賞者が名を連ねている。

 

★主役シエロを演じたアルセリア・ラミレスは、1967年メキシコシティ生れのベテラン女優、カルロス・カレラの『ベンハミンの女』、アルフォンソ・アラウ『赤い薔薇ソースの伝説』(92)、アルトゥーロ・リプスタインの「Asi es la vida」や『ボヴァリー夫人』を現代のメキシコを舞台にした「Las razones del corazón」、カルロス・アルガラ&アレハンドラ・マルティネス・ベルトランのミステリー「Verónica」(17)、TVシリーズ「ソル・フアナ・イネス」に主演している。

 

      

        (アルセリア・ラミレス、カンヌ映画祭2021フォトコール)


追加情報:2023年1月20日、邦題『母の聖戦』で公開されました。