『父の秘密』 ミシェル・フランコ2013年11月20日 16:57

  『父の秘密』Después de LucíaAfter Lucia

監督・脚本・プロデューサー:ミシェル・フランコ

撮影監督:チューイ・チャベス

音楽:ホセ・ミゲル・エンリケ

製作国:メキシコ=フランス 2012年 103分 スペイン語

キャスト:エルナン・メンドーサ(ロベルト)、テッサ・イア(アレハンドラ)、ゴンサロ・ベガ  Jr.(ホセ)、タマラ・ジャスベク(カミラ)、フアン・カルロス・バランコ(マヌエル)、パロマ・セルバンテス(イレーネ)、フランシスコ・ルエダ(ハビエル)、マルコ・トレビーニョ(校長)、ナイレア・ノルビンド(保険会社社員ボイス)、モニカ・デル・カルメン(教師)

受賞歴・トレビア:第65回カンヌ映画祭2012「ある視点」グランプリ受賞、第60回サンセバスチャン国際映画祭ホライズンズ・ラティーノ出品、ゴヤ賞2013イベロアメリカ映画賞ノミネート、アカデミー外国語映画賞メキシコ代表作品に選ばれたが最終候補には残れなかった。保険会社社員役でボイス出演したナイレア・ノルビンドはテッサ・イアの母親、女優・脚本家として活躍している。
ユーロスペース(東京)で公開中ですがネタバレしています。

  

プロット:父ロベルトとその娘アレハンドラの物語。交通事故で妻ルシアを失ったロベルトは、年頃の娘と共に、妻の思い出が詰まったプエルト・バジャルタから遠く離れたメキシコ・シティへの移住を決心する。父は新しい職場を見つけ、娘の再出発も表面的には順調に見えたが、間もなく二人の抱える問題が噴き出してくる。(文責・管理人)

 

           光と闇のコントラストシンボルとメタファー

 

A:友人からメキシコの『父の秘密』見ましたかと聞かれて、「あれ、そんな映画あったかなあ」と思ったほど原題と結びつきませんでした。「ゴヤ賞2013予想と結果③」で既にご紹介しており、気に入ったのでいずれアップしますなどと書いた映画でした。

B:予想が大外れだったイベロアメリカ映画部門ですね。

A:2012年のLBFFか東京国際映画祭TIFFに登場するかと期待してたんですが空振り、まさか今年公開されるなんて思いもしませんでした。

 

B:邦題はさておくとして、亡妻の名前ルシアLucíaと「光る・輝く」という形容詞luciaが掛けてある。

A:ですから「妻が亡くなった後で」と「光が消えた後で」ということです。映像が光と闇のコントラストをことさら強調している大きな理由です。車の中は暗く車窓から見える風景は明るく、うす暗い部屋を照らしているデスクスタンドやフロアースタンドの明りは弱く、あたかもスタンドが妻ルシアであるかのようだ。黒々した夜の海に白く光る波がしら、海岸に切りたつ黒い岩の彼方の残光、薄暗い洗面所に点滅する携帯の明り、夜の砂浜に揺らめく焚き火の炎・・・。

 

B:光も海も岩も一種のメタファーとして登場する。それと重要なのは「車」ですね。

A:テーマとして重要なのは、ラテンアメリカの映画や文学に特徴的な変化や危機に出会ったときの≪移動≫、中南米に限りませんが≪不在≫≪伝達不能≫です。まずタイトルがアップされる前に、車の修理を頼んだらしい男が引き取りにやってくる。男は工員の説明を聞いているのかいないのか上の空で引き取りの書類にサインする。車はハンドルのVWマークからフォルクスワーゲンであることが分かる。カメラと私たち観客を後部座席に乗せて、男は暫く走らせると突然停車、カメラはキイを残したまま車を路上に置き去りにして立ち去っていく男の後ろ姿を追っていく。

B:ここでやっとタイトルがアップされる。ワーゲンのマークを映し続けていましたが、車には疎いのですが特別な意味を持たせているのでしょうか。

 

A:シーンが変わると薄暗い海岸の岩にポツンと女の子が座っている。この最初の数分で観客は男と女の子の孤独な内面を覗くことになる。この車の行方を私たちは後ほど知ることになりますが、この海が男の捨ててきたプエルト・バジャルタの海であることも知らされる。男→女の子→男が繰り返えされますが、こういう映画にありがちなフラッシュバックはない。ある意味で円環的というか循環的ですね。

B:海のメタファーの一つは強靭さですが、男にとっては凶暴性、女の子にとっては救いです。

 

A:次のシーンで母の≪不在≫が知らされ、別の土地への≪移動≫も始まっている。

B:アマ・エスカランテの『エリ』の家族も別の共同体から移動してきている。引き金ではありませんが、それも悲劇の背後にありました。

A:日本でも熱狂的ファンの多いカルロス・レイガダスの新作『闇の後の光』TIFF2013上映)の主人公も移動する。思えば第1作『ハポン』の人物は再び戻ってこられない究極の場所に移動したのでした。

 

            「イジメ」は立派な犯罪公平とは何か

 

B:アレハンドラは新しい学校で性的ハラスメント、レイプまで受けるわけですが、濃淡こそあれイジメは映画全体に蔓延している。ロベルトが味の違いの分からない料理人をこき下ろすのも言葉の暴力ですね。

A:生徒にドーピング検査を義務づけているのも、ベラクルスへの夏季旅行が≪全員参加≫なのも、学校という権威によるイジメです。だから教師に「全員参加!」と叫ばせるのですね。これはイジメ映画じゃありませんけど、公平や安全安心のための、またアソビに名を借りたイジメは立派な犯罪です。

 

B:マリファナの陽性反応が出て父が呼び出しを受ける。裏切られたと怒りを抑えられないロベルトが発する止めの一言は、「退学はダメだ」。自分は部下のお喋りが気に入らないと職場放棄してフテ寝するのに。

A:親の子供に対するイジメの一例、親はそう考えていないが。「善い人」なのに不幸なのは自分だけと錯覚する未熟な父親です。悲しみより怒りで冷静さを失っている。それに引きかえ娘の背伸びが痛々しい。日本なら高校生156歳ぐらいの設定でしょう。大人でもなく子供でもない不安定な年齢です。大人は子供の目を未来に向けさせ、上手く子供時代に別れを告げさせる義務を負っているはずです。

 

B:行方不明になった娘の捜索願いに出向いた父親に、イジメた生徒たちは「未成年者だから取り調べ出来ない」というもっともらしい警官の一言も責任逃れというイジメでしょうね。

A:妻の突然の死で抑えのきかなくなっていた≪暴力≫が、この一言で一気に暴発する。ラストシーンでロベルトが見せる大胆な≪暴力≫こそ、この映画の重要なテーマです。

B:ここでは暴力も必要悪として観客の心をわし掴みにする。ギリシャ悲劇のように心の中に鬱積していたもやもやを解放して観客を一種のカタルシスに導いていく、このラストシーンのために出来た映画とも言える。

 

           10点満点の3評価は自由でよい?

 

A:海外のブログ(署名入り)に「この映画が何を語りたかったのか最後まで分からなかった。あのカンヌがグランプリを与えた真意が理解できない。10点満点でいうと3点です」というのがあった。

B:おやまあ。いろんな意見があって当然、みんなを満足させる映画なんてありません。

A:万人向きじゃないことは確かです。しかし映画祭だけの映画でもない。世界各地の映画祭に招待されましたが、劇場公開も多いほうです。アジアでも台湾、韓国が日本より先に公開しています。フランコ監督もあるインタビューで「映画のエキスパートから評価されたのは勿論嬉しいが、一般の観客が見に来てくれたのが一番嬉しい」と語っています。いわゆる芸術のためのアート映画を作るつもりはないとも。

B:でもカンヌで評価されたことが大きい。これがなかったら()。テクニカルな面はどうですか。

 

A:先述したようにフラッシュバックはない。ただしロベルトのシーンとアレハンドラのシーンが目まぐるしく変わる。こういうのが好みでない人、それに映像を言葉で説明することが少ないのを物足らなく感じる人、バックミュージックの代わりのようなエンジン音、波の音をノイズと捕える人にはお薦めできない。

B:シナリオもよかったが、編集が大変だったのじゃないかな。

 


A:モノトーンの映像が多いせいか、突然現れる赤や黄緑の色使いが効果的でした。盗撮された動画が配信されたあと登校するアレハンドラの服は、まるで学校全体に挑むかのように真っ赤。誕生日に着て行くTシャツは鮮やかな黄緑、屋外プールの澄んだ青、暗がりから木々の緑が目に飛び込んでくるとハッとする。

B:よく計算されています。画面構成もハイメ・ロサーレスの『ソリチュード:孤独のかけら』やアーロン・フェルナンデスの『エンプティ・アワーズ』を思い起こさせる。またカメラを固定して構図を変えないなど小津安二郎的でもある。

A:影響を受けている監督に挙げています。アレハンドラが髪をバッサリ切られたあと、鏡と真正面から対峙する。カメラはアレハンドラの背後にあるのだが、あたかも鏡でなくカメラを見つめているような錯覚を起こさせる。俳優がカメラに向かってセリフを言うのも「小津調」です()

 

             少ないセリフ伏線の張り方

 

B:何もないガランとした新居に二人が入ってくる。最低の荷物で引っ越してきたから当然なのだが、このぽっかり空いた空間は、二人の心を象徴している。娘「あら、素敵じゃない」、「ほんとかい」と父。セリフはそれだけ。

A:すごい省エネ家族です。アレハンドラと出来たばかりの友人たちとの短い会話から、太平洋に面した高級リゾート地プエルト・バジャルタから引っ越してきたこと、父がシェフであること、母とは別居とアレハンドラが嘘をついてること等が一気に分かる。

B:父は父で、路上に放置してきた車を売却したと嘘をつく。一見して仲の良い父娘に見えるが、二人の心は遠く離れていて、秘密と嘘をどんどん重ねていくからお互い本当の姿を知らないのだ。

 

A:娘がミルクアレルギーなのを始めて知る父。アレルギーが昨日今日始まったわけではないでしょ。勿論、引っ越す前に娘が暗いプエルト・バジャルタの海を見つめていたことなど知るわけがない。

B:母の事故死に娘が関係していたのではないかと保険会社の担当者が質問しますが、これは謎のままで各自想像するしかない。

A:アレハンドラが父に譲歩することから関係ありと感じましたが。この事情聴取から娘の心理カウンセラーを父が断ったことも判明して、とにかく情報のいっぱい詰まったシーンです。担当者の姿は映さず機械的な音声だけだったのも効果的でした。

 

B:アレクサンドラがプールで泳ぐシーンが繰り返されましたが、後半のベラクルスの夜の海のシーンに繋がり、これが伏線だったことがやっと判る。

A:嫌な出来事のあったあと泳いでいるから、何か意味があると思っていましたが。また娘が家具を運ぼうと提案すると、「新しい家具を買おう」と父親。それでいずれは戻る伏線かと思っていた。

B:アレハンドラが元の家に辿りつき、窓を跨いで入るシーン、マットレスだけのベッドで黙々とリンゴを齧るシーン、印象的でした。

 


A:やっと娘は未来の扉を開けることができたんだ、子供時代に別れを告げることができたんだ、と感じさせるシーンでした。仔羊は帰還を果たしたが、親羊はどうなった。

B:やっと自分が親であることに目覚める。最終目的に向かって進むロベルトは、力強く生きいきとさえ見えてくる。イジメの主犯ホセの家を夜通し見張り、ロベルトのホセ拉致成功に観客も「ヨシッ」と頷く。賽は投げられた、もう後戻りはできないのだ。結末に納得できない人のタイプには二種類ある。

 

A:これではロベルトもイジメッ子たちと五十歩百歩というもの、もう一つは生ぬるい、ガス・ヴァン・サントの『エレファント』(2003)のように皆殺しだ。

B:テイストは異なりますが、『エレファント』を思い起こす人は多い。こちらは父と息子でした。フランコ監督によると最初は娘でなく息子だったようです。人を不安にさせるノイズの入れ方など似ています。

 

A:影響受けていますね。それと衝撃的だったミヒャエル・ハネケの『ファニー・ゲーム』(1997)ね。なんの説明もなく始まるサディスト的な暴力、陰険なやり口、ゆっくりしたテンポのなかで観客を不快感に陥れる。以前アップした『タパス』の共同監督ホセ・コルバチョとフアン・クルスが撮ったCobardes2008)、エストニアのイルマル・ラークの『ザ・クラス』(2007Klass)も類似作品、後者は「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2008」で上映された。

B:ハイスクールが舞台で年齢的にも本作と近く、脚本賞を受賞したんでした。

 

A:さて、ロベルトはどこに向かってモーターボートを走らせていたのでしょうか。岸に向かって、沖に向かって、どちらでしょうか。エンディング・タイトルのバックにずっとモーターボートのエンジン音が響いていましたが。

B:それは観客の自由でいい。好きな方を選べばいいのです。

A:なるほど、そうですか(笑)。

 


    (左からエルナン・メンドーサ、テッサ・イア、フランコ監督、カンヌにて)

★二年振りにカンヌに戻ってグランプリを手にしたフランコ監督、前作Daniel & Ana2009)は監督週間でしたが今回は「ある視点」と、コンペに近づきつつあるのでしょうか。若い監督にとってカンヌは復讐と同じくらい魅惑的、世界中の映画ファンにアッピールできるチャンスですから。長編3作目はLos ojosと題名も決まっています。路上生活者を援助する団体で働き、臓器移植をしないと命がない息子を抱えている女性の物語。主演女優にモニカ・デル・カルメンを起用、本作でも教師を演じていました。しかし彼女を有名にしたのは、2010年マイケル・ロウ監督にカメラドールをもたらした”Año Bisiesto/Leap Year”のヒロイン役でした。カンヌに衝撃を与えた本作は、うるう年の秘め事の邦題でLBFF2011で上映されました。

★テッサ・イアの少女らしからぬ自然な演技は将来の大器を予感させる。大切に育ててほしい。既に3本の短編が完成している。ルイス・マリアノ・ガルシアのCorre sin mirar atrás11分)とMonstruo10分)、セサル・ラモスのReflexión4分)、短編とはいえちょっとハードかな。

★エルナン・メンドーサは主にテレビ出演が多いようだが、アクションもコメディもオーケーの演技派。TVシリーズの他、Mitzi Vanessa Arreola他のLa 4a compañia2013)に出演している。