コロンビア映画 『猿』 鑑賞記*ラテンビート2019 ⑮ ― 2019年12月06日 17:35
アレハンドロ・ランデスの第3作目『猿』――背景はコロンビア内戦
★アレハンドロ・ランデスの第3作目『猿』は、年初に開催されるサンダンス映画祭2019「ワールド・シネマ・ドラマ」部門で審査員特別賞を受賞して以来、国内外の映画祭にノミネートされ作品賞または観客賞などのトロフィーを手にしている。当ブログではサンセバスチャン映画祭SSIFF「ホライズンズ・ラティノ」部門にノミネートされた折り、原題「Monos」で監督及び作品紹介をしております。製作国はコロンビアの他、アルゼンチン、オランダ、デンマーク、スウェーデン、独、ウルグアイ、米の8ヵ国。第92回米アカデミー賞国際長編映画賞、ゴヤ賞2020イベロアメリカ映画賞のコロンビア代表作品。
*「Monos」のオリジナル・タイトルでの紹介記事は、コチラ⇒2019年08月21日
(アレハンドロ・ランデス監督)
主なキャスト:ジュリアンヌ・ニコルソン(ドクター、サラ・ワトソン)、モイセス・アリアス(パタグランデ、ビッグフット)、フリアン・ヒラルド(ロボ、ウルフ)、ソフィア・ブエナベントゥラ(ランボー)、カレン・キンテロ(レイデイ、レディ)、ラウラ・カストリジョン(スエカ、スウェーデン人)、デイビー・ルエダ(ピトゥフォ)、パウル・クビデス(ペロ、ドッグ)、スネイデル・カストロ(ブーンブーン)、ウィルソン・サラサール(伝令、メッセンジャー)、ホルヘ・ラモン(金探索者)、バレリア・ディアナ・ソロモノフ(ジャーナリスト)、他
ストーリー:一見すると夏のキャンプ場のように見える険しい山の頂上、武装した8人の若者ゲリラ兵のグループ「ロス・モノス」が、私設軍隊パラミリタールの軍曹の監視のもと共同生活を送っている。彼らのミッションは唯一つ、人質として拉致されてきたアメリカ人ドクター、サラ・ワトソン逃亡の見張りをすることである。この危険なミッションが始まると、メンバー間の信頼は揺らぎ始め、疑心暗鬼が芽生え、次第にサバイバルゲームの様相を呈してくる。(102分)
自国の内戦を描く――『蠅の王』にインスパイアーされて
A: アレハンドロ・ランデスはサンパウロ生れ(1980)ですが、父親はエクアドル出身、母親がコロンビア人ということです。コロンビア公開(8月15日)時に監督自身が語ったところによると「戦争映画はベトナムは米国が、アフリカはフランスが撮っているが、自分たちはコロンビアの戦争をコロンビア人の視点で作る必然性があった」と語っていました。
B: コロンビアの戦争というのは、20世紀後半から半世紀以上も吹き荒れたコロンビア内戦のこと、南米で最も危険なビオレンシアの国と言われた内戦のことです。
A: この内戦は、反政府勢力コロンビア革命軍FARC誕生の1966年から和平合意の2016年11月までの約半世紀を指しますが、麻薬密売が資金源だったことで麻薬戦争とも言われています。現在でも500万人という国内難民が存在しているという。
B: 丁度ノーベル賞の季節ですから触れますと、和平合意に尽力したことでサントス大統領が2016年のノーベル平和賞を受賞した。随分昔のように感じますが、ついこないだのことです。
A: ラテンビート上映後、フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』の原作となったジョセフ・コンラッドの『闇の奥』(1902刊)を思い出したとツイートしている方がおられました。しかしコンラッドの原作にあるような「心の闇」は皆無とは言わないが希薄だったように思いました。
B: 社会と隔絶された山奥、登場人物を若者グループにするなど、舞台装置はウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』(1954刊)を思い起こさせた。しかし少年たちは飛行機事故をきっかけに偶然太平洋上の無人島でサバイバルゲームを余儀なくされるわけで、そもそもの発想が異なる。
A: 対立や裏切り、一見民主的に見えるリーダーの選出法、殺人機械になるための訓練など、閉塞された空間にいる人間の暗部を描いている点は同じです。あちらは豚の生首、こちらは乳牛シャキーラと異なるけど。(笑)
B: 大切な乳牛の世話もできない幼稚さ愚かさ、それが引き金になってリーダーのロボ(フリアン・ヒラルド)の自殺、伝令(ウィルソン・サラサール)への保身の嘘が始りで、グループは崩壊への道を歩むことになる。
A: ナンバー2のパタグランデ(モイセス・アリアス)の出番、リーダーを2人設定したのも小説と似ています。監督は影響を認めつつも「インスパイアーされた」と語っている。以前から「若者を主役にして戦闘やメロドラマを盛り込んだ目眩を起こさせるようなセンセショーナルな作品を探していた。私たちの映画にはあまり観想的ではなくてもアドレナリンは注入したかった。ジャンル的には戦闘とアクションを取り込んで、観客は正当性には駆られないだろうから、皮膚がピリピリするようなものにしたかった」とランデス監督は語っていた。
B: 目眩は別としてアドレナリンはどくどくだった。メロドラマというのはリーダーのロボ(ウルフ)とレディ(カレン・キンテロ)の結婚、ウルフ亡き後のランボーとの性愛などですか。
(新リーダーになるパタグランデ役のモイセス・アリアス)
(レディ役のカレン・キンテロ)
A: ランボーを演じた丸刈りのソフィア・ブエナベントゥラは映画初出演、まだ大学生とのこと。男性に偽装しているレズビアンか、両性具有なのか映画からはよく分からなかった。ベルリン映画祭パノラマ部門で上映されたとき受賞はならなかったがLGBTを扱った映画に贈られる「テディー賞」の対象作品だった。サンセバスチャン映画祭では同じ性格の賞「セバスチャン賞」を受賞している。
B: ブエナベントゥラは、ニューポート・ビーチ映画祭で審査員女優賞を受賞している。8人の中で心の闇を抱えている複雑な役柄を演じて、記憶に残るコマンドだった。彼女のように戦闘に疑問を感じる逃亡者は当然いたわけで、拾われた金探索者の家族とテレビを見るシーンが印象的だった。この家族のように紛争に巻き込まれた犠牲者はあまたいたわけで、その象徴として登場させていた。
(ランボー役のソフィア・ブエナベントゥラ)
(左から、ウィルソン・サラサール、モイセス・アリアス、ランデス監督、
ソフィア・ブエナベントゥラ、ベルリン映画祭2019のフォトコールから)
A: 人質の米人サラ・ワトソンの救出劇は、2008年のヘリコプター使用のイングリッド・ベタンクールと3人のアメリカ人救出劇を彷彿とさせた。FARC側の短波通信網に偽の情報を流して混乱させ救出を成功させた。国土はブラジルに次いで広く、多くが険しい山岳やアマゾンのジャングル地帯、有効なのは短波通信だけでした。
B: パタグランデたちが従っている自分たちには顔の見えない指令機関からの独立を宣言する。通信手段のラジオを破壊して通信網を遮断するが、それが命取りになる。戦闘部隊は細分化され小型化され、彼らのように消滅していった。
脚本を読んだ瞬間に魅せられコロンビアにやって来た――J.ウルフ撮影監督
A: 映画はコロンビア中央部のクンディナマルカ県、アンデス山系東部に位置する標高4020メートルのパラマ・デ・チンガサ頂上の雲の上から始まり、カメラはジャングルの奥深く移動する。冒頭で二つの舞台でドラマが展開することを観客に知らせる見事な導入でした。ジャスパー・ウルフの映像は批評家のみならず観客をも魅了した。
B: その厳しさ険しさから現地に撮影隊が入ったのは初めてだそうです。
A: ゲリラ兵の掩蔽壕があるパラモ・デ・チンガサは美しく別世界のようであったが、荒々しく寒く、天候は気まぐれで、目まぐるしく晴、雨、霧の繰り返し、反対にサマナ・ノルテ川のジャングル地帯は高温多湿で蒸し暑く、流れも早かったとウルフは語っています。
B: スエカ(ラウラ・カストリジョン)と彼女の監視下に置かれた人質ドクター(ジュリアンヌ・ニコルソン)が激流の中で争うシーンから想像できます。
(人質サラ・ワトソン役のジュリアンヌ・ニコルソン)
A: あのシーンの「視覚的なインパクトは象徴的な力から得られます」とウルフは語っている。かなりの急流で演じるほうも残酷な条件だったろうと思います。
(視覚的なインパクトのあった水中シーンから)
B: コロンビア人ではなくオランダ人の撮影監督ということですが、キャリアとかランデス監督との接点は?
A: 生年は検索できませんでしたが、アムステルダム大学(1994~96)とオランダ映画アカデミー(1997~01)で撮影を学んでいますから1970年代後半の生れでしょうか。本作がニューポート・ビーチFFで審査員撮影賞を受賞していますが、既にオランダ映画祭2011でポーランド出身ですがオランダで活躍しているUrszula Antoniakの「Code Blue」でゴールデンCalf賞を受賞している。二人の接点は、同じ年のワールド・シネマ・アムステルダムにランデス監督が出品した長編劇映画としてはデビュー作になる「Porfirio」が、審査員賞を受賞している。
B: あくまで憶測の域を出ませんね。脚本を読んだ瞬間に魅せられて、ジャスパー・ウルフは即座にコロンビアへの旅を決心したと語っています。ランデスがあらかじめ準備したショットリストを土台にして進行し、「私たちは大胆で、怖れ知らず」だったとも。
A: 最初に考えていたステディカムの使用を再考して、構図も厳格に、俳優にできるだけ近づき彼らの目や体から放射されるエネルギーを吸収することに専念した。
B: 山頂のシーンでは、広角シネマスコープで撮影しており、暗い場所での撮影ではレンズの絞りを調整していた。これからの活躍が楽しみな撮影監督でした。
(山頂で戦闘訓練をする8人のコマンドと伝令のウィルソン・サラサール)
若いゲリラ兵の視点と感情で描いた主観的な戦争寓話
A: 極寒の地の厳しささのなかで、武器を持たされ軍事訓練を受ける若者のグループは、ついこの間までコロンビアに吹き荒れていた内戦のドラマ化と容易に結びつく。
B: あくまでフィクション、監督の主観的な戦争寓話として提出されている。
A: 音楽のミカ・レビはロンドン生れ。ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICI でオリジナル音楽賞を受賞している。パブロ・ララインの『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』を手掛けており、バイオリニストでもある。
B: ベルリン映画祭にはスタッフも大勢参加しており、監督を含めて4人のプロデューサー、編集も手掛けるベテランのフェルナンド・エプスタイン、長編デビューのサンティアゴ・サパタ、本作デビューのクリスティナ・ランデス、などがフォトコールされていた。
A: これからも受賞歴が追加されていくでしょう。ゴヤ賞2020もポルトガルを含めてイベロアメリカ映画賞部門の各国代表作品は出揃いましたが、現在のところ最終候補は発表されておりません。今年は例年より早まって、1月25日(土)マラガ開催、総合司会は昨年と同じシルビア・アブリル&アンドレウ・ブエナフエンテのカップルがアナウンスされています。
訂正:12月2日ノミネーションが発表になっていました。ラテンビート上映からは、『猿』と『蜘蛛』が入りました。次回全体をアップします。
追加情報:2021年10月30日『MONOS 猿と呼ばれし者たち』の邦題で公開されました。
グアテマラ映画 『ラ・ヨローナ伝説』 *東京国際映画祭2019 ④ ― 2019年10月20日 18:25
ハイロ・ブスタマンテの第3作『ラ・ヨローナ伝説』がコンペティション部門上映
★デビュー作『火の山のマリア』(15)が公開され、本邦でも幸運なスタートを切ったハイロ・ブスタマンテの第3作目『ラ・ヨローナ伝説』(「La Llorona」)がコンペティション部門にノミネートされました。当ブログではサンセバスチャン映画祭2019「ホライズンズ・ラティノ部門」で第2作目「Temblores」を紹介、第3作はクロージング作品ではあったがコンペ外ということで割愛しました。ラテンアメリカ諸国で現在に至るまで語り継がれてきた「ラ・ヨローナ(泣く女)」の伝説を取り込んで、1980年代グアテマラに吹き荒れた先住民ジェノサイドを告発する社会派スリラーです。いわゆるファンタジー・ホラーではないが、その要素を内包しながら、30年後によみがえる先住民女性たちの復讐劇でもあるようです。
(ハイロ・ブスタマンテ監督、ベネチア映画祭2019「ベニス・デイズ」にて)
*デビュー作『火の山のマリア』の作品紹介は、コチラ⇒2015年08月28日/10月25日
*第2作「Temblores」の監督キャリア&作品紹介は、コチラ⇒2019年08月19日
『ラ・ヨローナ伝説』(「La Llorona」「The Weeping Woman」)2019年
製作:El Ministerio de Cultura Y Deportes de Guatemala / La Casa de Producción / Les Films du Volcan
監督・脚本:ハイロ・ブスタマンテ
撮影:ニコラス・ウォン
音楽:パスクアル・レイェス
編集:ハイロ・ブスタマンテ、グスタボ・マテウ
プロダクション・デザイン:セバスティアン・ムニョス
助監督:メラニー・ウォルター
製作者:ハイロ・ブスタマンテ、グスタボ・マテウ、その他
データ:製作国グアテマラ=フランス合作、スペイン語、マヤ語(カクチケル、イシル)、2019年、スリラードラマ、97分
映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2019「ベニス・デイズ」出品、作品賞Fedeora賞、GdA監督賞受賞、トロントFF、ミラノFF、エル・グーナFF(エジプト)、ベルゲンFFシネマ才能賞受賞、サンセバスティアンFF「ホライズンズ・ラティノ部門」ヨーロッパ⋍ラテンアメリカ協業作品賞受賞、チューリッヒFF「ヒューチャー・フィルム部門」、ロンドンFF、ヘントFF、シカゴFF、東京国際FFコンペティション部門、ストックホルムFFなど各映画祭に出品または出品予定。
キャスト:マリア・メルセデス・コロイ(アルマ)、サブリナ・デ・ラ・ホス(ナタリア)、マルガリタ・ケネフィック(カルメン)、フリオ・ディアス(退役将軍エンリケ・モンテベルデ)、マリア・テロン(バレリアナ)、フアン・パブロ・オリスラガーOlyslager(レトナ)、アイラ・エレア・ウルタド(サラ)、ペドロ・ハビエル・シルバ・リラ(警察官)、他
ストーリー:「お前が泣けば殺してしまうよ」という言葉が耳に響いてくる。アルマと彼女の子供たちはグアテマラの武力紛争で殺害された。そして30年後、ジェノサイドを指揮した退役将軍エンリケに対する刑罰訴訟の申立てが開始された。しかし裁判は無効となり、彼は無罪放免となった。ラ・ジョローナの魂は解き放たれ、生きている人々のあいだを彷徨い歩く亡霊のようになった。ある夜のこと、エンリケは泣き声を耳にするようになる。妻と娘はエンリケがアルツハイマー認知症になったのではないかと疑い始める。新しく雇われた家政婦アルマは、正義がなされなかった復讐を果たすためエンリケの家にやって来たのだ。1982年から83年にかけて、1ヵ月に3000人のペースでマヤ族を殺害したという先住民ジェノサイドを告発する社会派スリラー。
グアテマラ先住民ジェノサイドとジョローナ伝説のメタファー
★36年間吹き荒れたグアテマラの武力抗争(1960~1996)は、最初はイデオロギー対立で始まったのだが、ある時期からマヤ先住民ジェノサイドに変容する。それが1970年代終りから80年代前半にあたり、当時の指揮官がリオス・モント将軍、作品ではエンリケ・モンテベルデ将軍、約20万人とも調査が進むなかで25万人ともいわれる犠牲者のうち15万人が、この時期に集中して殺害されたという。うち女性が5分の4というのが何を意味するのか、ジェノサイドといわれる所以です。30年後というのが現在を指すようです。同胞セサル・ディアスの「Nuestras madres」(カンヌFFカメラドール受賞)も同時代を背景に同じテーマを扱っている。まだ真相は解明されたとは言えず、真の意味の和解はできていない。社会再生への道程は長い。
*セサル・ディアスの「Nuestras madres」の紹介記事は、コチラ⇒2019年05月07日
(エンリケの自宅前で抗議の声を上げる女性たち、映画から)
★マヤ語は21種類あり、本作で使用されたカクチケル語は、『火の山のマリア』でも使用されていた比較的話者の多いマヤ語の一つ。マヤ語使用者が人口の60%あるというのもジェノサイドの遠因の一つかもしれない。ラテンアメリカ諸国に生き残っている <ラ・ヨローナ伝説> は、メキシコから南米のアルゼンチン、チリまで、国によって、地域によって少しずつ異なるが存在する。表記は <ジョローナ伝説> のほうが一般的かと思われる(llo-の発音は地域によって違いがあるが、リョあるいはジョに近い)。ストーリーにも違いがあり、共通項は女性が高位の男性に思いを寄せ子供を生むが、いずれ捨てられて子供を水辺に沈めて自分も死のうとするが死にきれず、後悔と自責の念に駆られて彼の世と此の世を亡霊のように彷徨うというもの。水辺は川、湖、海などのバリエーションがあり、女性は先住民、女性より高位の男性とはヨーロッパから来た白人というケースが多い。この伝説のメタファーは簡単ではない。
(映画『ラ・ヨローナ伝説』から)
★キャスト陣に触れると、アルマ役のマリア・メルセデス・コロイは、『火の山のマリア』で主役のマリアを演じたほか、メキシコのTVシリーズ「Malinche」で征服者コルテスの通訳マリンチェを演している。メキシコではマリンチェは同胞を裏切りスペイン側についた極悪人の烙印を押されていたが、昨今では当然のことながら再評価が行われている。マリンチェはコルテスに献上された贈り物で、裏切りの代名詞とはかけ離れている。アステカ王国のナワトル語、マヤ語、スペイン語を駆使した聡明な女性で、コルテスとのあいだに男児を設けているが認知されていない。彼女も子殺しはしなかったがラ・ジョローナの一人である。他にこの秋公開されるポール・ワイツの『ベル・カント とらわれのアリア』(18、米国)でテロリストの一人になる。渡辺謙やジュリアン・ムーアとの共演はプラスに働くだろう。
(アルマ役のマリア・メルセデス・コロイ、映画から)
★『火の山のマリア』でマリアの母親を演じたマリア・テロンは、数少ないプロの女優の一人だった。先住民の知識に乏しかったブスタマンテ監督にマヤの文化や伝統を伝える役目を果たして脚本の書き直しに寄与している。またカクチケル語とスペイン語ができたことから、監督とスペイン語を解さない出演者たちのまとめ役でもあった。第2作目「Temblores」とブスタマンテ全作に出演している。
(家政婦アルマのマリア・メルセデス・コロイとマリア・テロン、映画から)
(マリア・テロンとマリア・メルセデス・コロイ、『火の山のマリア』から)
★「Temblores」の主任司祭役で映画デビューしたサブリナ・デ・ラ・ホスは、そのスタニスラフスキー・メソッド仕込みの演技力で注目を集めている。エンリケの娘ナタリアは教養の高い医師、父親の過去を知って苦しむ。プロの体操選手になることが夢だった少女は、長じてアートに目覚め体操を断念、ジョージア州のサヴァンナ大学で芸術史を専攻、かたわら写真、グラフィックデザインも学ぶ。ジョージア、アトランタ、グアテマラ、パナマなどでデザイナーの仕事をしているが、スタニスラフスキー・メソッドも学んでいる。2作品の出演だから評価はこれから。
(エンリケの娘ナタリア役のサブリナ・デ・ラ・ホス、映画から)
(ベルリン映画祭2019「Temblores」のサブリナ・デ・ラ・ホス)
★エンリケ・モンテベルデ将軍役のフリオ・ディアスは本作で映画デビュー、フアン・パブロ・オリスラガーは、「Temblores」の主役パブロを演じた俳優、ペドロ・ハビエル・シルバ・リラも「Temblores」にバーテンダー役で出演しているなど、両作に出演している俳優が多い。
(エンリケ将軍役フリオ・ディアスを採用したポスター)
★編集と製作を監督と共同で手掛けたグスタボ・マテウは、監督、脚本家、編集者、製作者。『火の山のマリア』の配給を手掛けている。本作の製作を担当した La Casa de Producciónの総マネジャーとして、ブスタマンテ監督と共に働いている。ベネチア映画祭2019「ベニス・デイズ」に授賞式まで残り、GdA(Giornate degli Autori)監督賞受賞(副賞2万ユーロ)のトロフィーを代わりに受け取った。
(GdA監督賞受賞のトロフィーを手にしたグスタボ・マテウ)
★TIFF での上映は3回、10月31日、11月3日、11月5日、チケット発売中。ハイロ・ブスタマンテ監督が来日、Q&Aがアナウンスされている。
追記:2020年7月、『ラ・ヨローナ~彷徨う女~』の邦題で公開されました。
コロンビア映画「Monos」*サンセバスチャン映画祭2019 ⑬ ― 2019年08月21日 16:03
ホライズンズ・ラティノ第3弾――アレハンドロ・ランデスの第3作「Monos」
★先日、ホライズンズ・ラティノ部門のラインナップをした折に、ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』(1954刊)の映画化とコメントしましたが、アレハンドロ・ランデスの「Monos」は、『蠅の王』にインスパイアされたが近い。過去にピーター・ブルック(63)とハリー・フック(90)の手で2回映画化されていますが、こちらは文字通り小説の映画化でした。最新ニュースによると、3度目の映画化をルカ・グァダニーノに交渉中という記事を目にしました。話題作『君の名前で僕を呼んで』の監督、実現すればどんな料理に仕上がるのか興味が湧く。
★アレハンドロ・ランデス(サンパウロ1980)は、監督、製作者、脚本家、ジャーナリスト。サンパウロ生れだが、父親がエクアドル人、母親がコロンビア人で、母語はスペイン語である。米国ロード・アイランドの名門ブラウン大学で政治経済を専攻した。ボリビア大統領エボ・モラレスについてのドキュメンタリー「Cocalero」でデビュー、本作はラテンビートLBFF2008で『コカレロ』の邦題で上映された。第2作の「Porfirio」は、カンヌ映画祭併催の「監督週間」に出品、その後トロントFFやメリーランドFFでも上映された。警察の不用意な発砲で下半身不随になったポルフィリオ・ラミレスの車椅子人生が語られる。本作はフィクションだが、本人のたっての希望でラミレス自身が主役ポルフィリオを演じている。第3作となる「Monos」は、製作国がコロンビアを含めて6ヵ国と、その多さが際立つ。米国アカデミー2020のコロンビア代表作品候補となっている。
「Monos」
製作:Stela Cine / Bord Cadre Films / CounterNarrative Films / Le Pacte 以下多数
監督:アレハンドロ・ランデス
脚本:アレハンドロ・ランデス、アレクシス・ドス・サントス
撮影:ジャスパー・ウルフ
音楽:ミカ・レビ
編集:テッド・グアルド、ヨルゴス・マブロプサリディス、サンティアゴ・Otheguy
製作者:アンドレス・カルデロン、J. C. Chandor、Charies De Viel Castel、ホルヘ・イラゴリ、Duke Merriman、グスタボ・パスミン、ジョセフ・レバルスキ、グロリア・マリア(以上エグゼクティブ)、アレハンドロ・ランデス、クリスティナ・ランデス、他多数
データ:製作国コロンビア=アルゼンチン=オランダ=ドイツ=スイス=ウルグアイ、スペイン語・英語、2019年、スリラー・ドラマ、102分、コロンビア公開2019年8月15日、他イタリア(7月11日)、以下オランダ、米国、イギリス、スウェーデン、ノルウェー、フランスなどがアナウンスされている。
映画祭・映画賞:サンダンスFFワールド・シネマ・ドラマ部門審査員特別賞、ベルリンFFパノラマ部門上映、BAFICI オリジナル作曲賞、アート・フィルム・フェスティバル作品賞ブルー・エンジェル受賞、カルタヘナFF観客賞・コロンビア映画賞、ニューポート・ビーチFF作品賞以下4冠、オデッサFF作品賞、トゥールーズ・ラテンアメリカFF CCAX賞、トランシルヴァニアFF作品賞などを受賞、ノミネーションは割愛
キャスト:ジュリアンヌ・ニコルソン(ドクター、サラ・ワトソン)、モイセス・アリアス(パタグランデ、ビッグフット)、フリアン・ヒラルド(ロボ、ウルフ)、ソフィア・ブエナベントゥラ(ランボー)、カレン・キンテロ(レイデイ、レディ)、ラウラ・カストリジョン(スエカ、スウェーデン人)、デイビー・ルエダ(ピトゥフォ)、パウル・クビデス(ペロ、ドッグ)、スネイデル・カストロ(ブーンブーン)、ウィルソン・サラサール(伝令)、ホルヘ・ラモン(金探索者)、バレリア・ディアナ・ソロモノフ(ジャーナリスト)、他
ストーリー:一見すると夏のキャンプ場のように見える険しい山の頂上、武装した8人の少年ゲリラ兵のグループ「ロス・モノス」が、私設軍隊パラミリタールの軍曹の監視のもと共同生活を送っている。彼らのミッションは唯一つ、人質として誘拐されてきたアメリカのドクター、サラ・ワトソンの世話をすることである。この危険なミッションが始まると、メンバー間の信頼は揺らぎ始め、次第に疑いを抱くようになる。 (文責:管理人)
(ロス・モノスに囲まれた拉致被害者サラ・ワトソン役ジュリアンヌ・ニコルソン)
コロンビアの半世紀に及ぶ内戦についての出口なしのサバイバルゲーム
★ストーリーから直ぐ連想されるのは、20世紀後半のコロンビアに半世紀以上も吹き荒れた内戦の傷である。比較されるのはフランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』の原作となったジョセフ・コンラッドの『闇の奥』(1902刊)であろうが、原作にあるような「心の闇」は希薄のようです。本作は目眩やアドレナリンどくどくでも瞑想的ではないようだ。社会と隔絶された場所、登場人物の若者グループなど舞台装置は、ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』を思い出させる。極寒の地の厳しさのなかで、武器を持たされ軍事訓練を受ける若者のグループは、ついこの間まで存在していたコロンビアに容易に結びつく。
(8人の武装グループ「ロス・モノス」と軍曹)
★コロンビア公開に際して受けたインタビューで、前から「若者を主役にして戦闘やメロドラマを織り込んだ目眩を起こさせるようなセンセショーナルな作品を探していた。私たちの映画はあまり観想的ではなくてもアドレナリンは注入したかった。ジャンル的には戦闘とアクションを取り込んで、観客は正当性には駆られないだろうから、皮膚がピリピリするようなものにしたかった」とランデス監督は語っていた。戦争映画はベトナムは米国が、アフリカはフランスが撮っているが、自分たちはコロンビア人の視点で自国の戦争映画を作る必然性があったとも語っている。
(アレハンドロ・ランデス監督)
★登場人物たちの名前も、政治的に左か右か分からなくてもかまわない。「イデオロギー・ゼロを観客に放り投げたかった。所詮世界は非常に偏向して、富も理想も違いすぎている。エモーションを通して揺さぶろうとするなら、どんなメタファーが有効かだ」、「何を語るかだけでなくどう語るか」、『蠅の王』や『闇の奥』が出発点にあったようです。
★キャスト陣のうち、ドクター役のジュリアンヌ・ニコルソン(マサチューセッツ州メドフォード1971、代表作『薔薇の眠り』『8月の家族』)とパタグランデ役のモイセス・アリアス(ニューヨーク1994、代表作SFアクション『エンダーのゲーム』、「The King of Summer」)は、アメリカの俳優、スエカ役のラウラ・カストリジョンはスペインのTVシリーズに出演している。金探索者のホルヘ・ラモンはルクレシア・マルテルの『サマ』に出演している。そのほかは本作が2作目か初出演。
*追加情報:ラテンビート2019で『猿』の邦題で上映が決定しました。
*追加情報:2021年10月30日『MONOS 猿と呼ばれし者たち』の邦題で公開されました。
ハビエル・フェセルの 『チャンピオンズ』*スペイン映画祭2019 ② ― 2019年07月01日 17:16
スペイン映画祭2019――インスティトゥト・セルバンテス東京主催
★インスティトゥト・セルバンテス東京のスペイン映画祭2019(6月25日~7月2日)が開催され、うち5作を鑑賞しました。期待通りの作品、それほどでもなかった作品などもありましたが、うち年内に公開が予定されているハビエル・フェセルの『チャンピオンズ』(原題「Campeones」)はお薦め作品です。当日の上映後には、スカイプでフェセル監督とのインタビューもありました。1年ほど前に公開を期待して作品&監督キャリア紹介をしておりますが、以下にストーリーとキャスト紹介を訂正加筆して再録、改めてその魅力をお伝えしたい。公開前なのでネタバレに気をつけてのご紹介です。
*「Campeones」の作品&監督キャリア紹介記事は、コチラ⇒2018年06月12日
『チャンピオンズ』(原題「Campeones」)2018、コメディ、スペイン=メキシコ合作
*キャスト*
ハビエル・グティエレス(マルコ・モンテス)『マーシュランド』
『オリーブの樹は呼んでいる』『クリミナル・プラン』「El autor」
アテネア・マタ(マルコの妻ソニア)『モルタデロとフィレモン』『ビースト 獣の日』
フアン・マルガージョ(ソーシャルセンター責任者フリオ)
『ミツバチのささやき』『孤独のかけら』
ルイサ・ガバサ(マルコの母アンパロ)パウラ・オルティスの「La novia」
ラウラ・バルバ(裁判官)『ロスト・アイズ』
ダニエル・フレイレ(カラスコサ)『ルシアとSEX』
ルイス・ベルメホ(ソニアの同僚)『となりのテロリスト』『KIKI』『孤独のかけら』
ビセンテ・ジル(ベニトの雇用者)
Yiyo アロンソ(マルコの弁護士)
イツィアル・カストロ(ヘススの母親)『ブランカニエベス』『あなたに触らせて』
チャニ・マルティン(クエンカ行きバスの運転手)
ホルヘ・フアン・ヌニェス(セルヒオの雇用者)
クラウディア・フェセル(ホテルのフロント係)『カミーノ』
ハビエル・フェセル(新聞記者)
◎以下バスケット・チーム「ロス・アミーゴス」の選手10人
ヘスス・ビダル(マリン)、グロリア・ラモス(紅一点コジャンテス)、セルヒオ・オルモ(セルヒオ)、フリオ・フェルナンデス(ファビアン)、ヘスス・ラゴ(ヘスス)、ホセ・デ・ルナ(フアンマ)、フラン・フエンテス(パキート)、ステファン・ロペス(マヌエル)、アルベルト・ニエト・フェランデス(ベニト)、ロベルト・チンチジャ(ラモン)
◎決勝戦対戦チーム「ロス・エナノス」の選手、ラモン・トーレス、アントニオ・デ・ラ・クルス以下多数。
ストーリー:マルコ・モンテスはスペイン・バスケット・ナショナルリーグのチームABCの副コーチである。マナーが悪く横柄なことから他のコーチとは上手くいってない。プロとしてのキャリアも人間関係にも多くの問題を抱えこんでいる。試合中に試合方針の違いからヘッド・コーチと口論になり退場させられる。むしゃくしゃして飲酒運転、あげくの果てにパトカーに追突事故、即刻クビになってしまった。妻ソニアにも言えず実家に転がり込んだマルコに、裁判官からは懲らしめの罰則として2年間の服役か、または90日間の奉仕活動「ロス・アミーゴス」という知的障害者のバスケットボール・チームのコーチのどちらかを選択するよう言い渡された。こんな罰則はマルコの好みではなかったが、しぶしぶコーチを選ぶことにした。しかしマルコは次第にこの奇妙なチームの面々から、自分が学ぶべき事柄の多さに気づかされていく。彼らは障害者のイメージからはほど遠く、率直で独立心に富んだ、肩ひじ張らずに生きている姿に、我が人生を見つめ直していくことになる。 (文責:管理人)
障害者とは何か、フツウとは何かの定義を迫られるマルコと観客
A: ストーリーは公開前なので、結末まで話したくても話せない。ただ自分の障害者観を見直さねばならないと思いました。コメディで「障害者とは何か、フツウとは何か」をこれほど明快に示した映画はそんなに多くないはずです。
B: さらに言えば「幸せとは何か」です。主役のマルコも私たち観客も考え直さねばならない。それが強制されずに自然に素直にできたことがよかった。
A: ハビエル・グティエレスの魅力については、度々当ブログで書き散らしているので今更ですが、彼以外に具体的な俳優名を思い浮かばないほど適役でした。実際のグティエレスにとって9人の新人たちは不思議でも何でもない。それは彼自身が障害者の息子の父親だからです。「社会の言われなき攻撃の目に晒されている。それは人々の無知と恐怖と無関係ではない」と語っている。
B: この事実が脚本にも隠されていますね。この映画は皆にとって必要だし、同時に自覚をうながしたり教育のためにもなるから、「学校で見てもらいたい」ともコメントしている。
A: 代表作のうち、アルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』のダメ刑事役も捨てがたいが、彼はコメディのほうが生き生きしている。イシアル・ボリャインのコメディ『オリーブの樹は呼んでいる』などのほうが好きですね。
B: 本作でも<チビ>という単語が何回も現れますが、本当に上背がない。しかしそれも個性の一つではないか。
(どうしたらいいものやらと、途方に暮れるマルコ)
* ハビエル・グティエレスのキャリア紹介は、コチラ⇒2015年01月24日
*『オリーブの樹は呼んでいる』の作品紹介は、コチラ⇒2016年07月19日
プロの俳優と知的障害者の見事なコラボレーション
A: 昨年の作品紹介で「プロの俳優はマルコ役のハビエル・グティエレス一人」と書きましたが、実際映画を見てみれば、次々に知った顔が現れました。「プロの有名な俳優」が正しいようで。
B: ロス・アミーゴスの選手はすべて初出演ですが、ソーシャル・センターの責任者フリオ役のフアン・マルガージョ、マルコの母親役ルイサ・ガバサ、他ルイス・ベルメホ、イツィアル・カストロ・・・
A: というわけでキャスト欄に主に邦題のある過去の出演映画を追加しました。フアン・マルガージョはハイメ・ロサーレスの『孤独のかけら』でヒロインの父親になった俳優、共演したもう一人の主役ペトラ・マルティネスと結婚している。マルコが「私の仕事はフツウの選手のコーチ、彼らは選手でもフツウでもない」と断わると、「いいかい、マルコ、ノーマルなのは誰? あんたや私かい?」と諭した。
B: 役柄も素敵だがいい味を出していた。イツィアル・カストロはあの巨体だから一目でわかります。
(正真正銘のインテリ役フリオを演じたフアン・マルガージョ、ゴヤ賞2019授賞式)
A: ロス・アミーゴスの俳優たちは、本作のメイン・プロデューサーのアルバロ・ロンゴリアが監督したドキュメンタリー「Ni distintos ni diferentes: Campeones」(27分)にヘスス・ビダル以外出演しています。同時進行か、あるいはこちらのほうが先だったかもしれません。
B: 『チャンピオンズ』は映画祭を通さずいきなり公開、あっという間に話題を攫い、世界各地をめぐっていますが、ドキュメンタリーはサンセバスチャン映画祭2018で上映されました。
(サンセバスチャン映画祭に出品されたドキュメンタリーのポスター)
障害者への友好・多様性・可視化に警鐘を鳴らす
A: ヘスス・ビダルはゴヤ賞2019新人男優賞を受賞しました。スカイプでフェセル監督から彼の受賞スピーチの素晴らしさが伝えられました。「YouTubeで見られるからご覧になってください」ということでしたが、本当に心に沁みる、当夜のハイライトの一つでした。当ブログでもゴヤ賞2019で簡単にご紹介しています。「無名の新人、10%の視力しかない視覚障害者の受賞スピーチは、友好・多様性・視覚化という三つの単語で、障害者を特別扱いする社会に警鐘を鳴らした」と。
B: フェセル監督は「全盲に近い」「彼らは自分自身を演じていた」と語っていましたが、彼だけは知的障害者ではなく視覚障害者ですね。ほかの出演者は自分自身を演じていたが、彼はマリンという役を演じたわけです。
*ゴヤ賞2019授賞式のヘスス・ビダルの記事は、コチラ⇒2019年02月05日
(受賞スピーチをするヘスス・ビダル、ゴヤ賞2019授賞式にて)
A: いま流行りの言葉で言えば、本作は「障害者の見える化」に貢献している。それが監督のテーマではなかったけれど、私たちがその存在を「できれば知らないでいたい」という風潮に釘を刺した。
観客の予想を裏切ることで観客の考えを変えたい
B: 監督から「ロベルト・チンチジャが扮したラモンの造形は、シドニー・パラリンピック2000バスケットボールのスペイン・チームの不祥事がヒントになった」と。
A: スペイン・チームは金メダルだったが、選手12人中10人が健常者、知的障害者はラモン・トーレスともう一人の選手だけだったことが発覚して、金メダルが剥奪されたという不祥事でした。これによりスペイン障害者スポーツ連盟の会長が辞任に追い込まれた。身体障害者と違って知的のほうは外見だけでは判断できないから、それ以降もパラリンピック事務局を悩ませているようです。
B: そのラモン・トーレスから名前をとった。だから劇中のラモンはラモン・トーレスの分身、つまり「コーチを信用しない理由」が判明する。
A: 実際のラモン・トーレスも決勝戦対戦チーム、カナリア諸島の「ロス・エナノス」の選手として出演していた。エナノスenanosというのは「背のひどく低い人たち」という意味で、マルコたちは競技場で大きな選手たちを見てびっくりする。
B: 監督は至る所でいたずらっ子ぶりを発揮していた。「最初の脚本は殆ど書き直し、スタートしてから彼らとコラボしながら書き進めていった」とも語っていました。
A: オーディションでは300人ぐらいと面接した。異色の登場人物のなかでもコジャンテスを演じたグロリア・ラモスは飛び切り魅力的だった。彼女がスクリーンに現れると何が起こるかとウキウキしてくる。
B: 監督は「知的障害者の女性とはこういうもの」という世間の固定観念を壊したかったと語った。
A: 他にも「この映画に出たことで人生が変わった」と語るフアンマ役のホセ・デ・ルナ、パキート役のフラン・フエンテス、ヘスス役のヘスス・ラゴなど、すべてをご紹介できないが、愛すべき人々が登場する。
B: 他人と違うことは個性の一つだと、寛容と多様性の重要さが語られている。
(ラモンにおんぶされてはしゃぐ紅一点コジャンテスとロス・アミーゴスの選手たち)
(出演したことで「人生が変わった」と語るフアンマ役のホセ・デ・ルナ)
(フォルケ賞でのヘスス・ラゴ、グロリア・ラモス、フラン・フエンテス、1月6日)
A: 他にもアテネア・マタ扮するマルコの奥さんソニアの偏見のない人格造形もよかった。マルコや選手たちを縁の下から支える役柄、実際にフェセル監督の信頼も厚かった。ルイサ・ガバサ演じる愛すべきマルコの母親アンパロ、美人裁判官役のラウラ・バルバ、ヘススのママ役のイツィアル・カストロなど、総じて女性が生き生きと描かれていた。ラウラ・バルバは舞台女優にシフトしており、ロンドンほか海外での活躍が多い。TVシリーズ出演の他、自身も短編を撮って監督デビューしている。
(インタビューを受けるアテネア・マタと監督、2018年4月6日)
(裁判官役ラウラ・バルバに刑罰の理不尽を訴えるマルコ)
B: これから公開だから、フィナーレに触れることはできないが、幸せな気分で映画館を出ることができます。
A: 観客の予想を裏切ることで観客の考えを変えたい部分も含めて、泣いて笑って考えさせられるコメディでした。「コメディは90分以内」がベターと言われるなかで、2時間越えを危惧していたが全くの杞憂だった。
B: 次回作が既に始動しているようだが、まだIMDbにはアップされておりません。
A: 監督は12月公開時には来日する予定でいるそうです。実現すれば「ラテンビート09」で上映された『カミーノ』以来のことになる。プロデューサーのルイス・マンソ、絵コンテと出演もしたビクトル・モニゴテと3人で来日、会場でも場外でも観客の質問に気軽に応えていた。マンソは新作でもエグゼクティブ・プロデューサーとして、モニゴテは絵コンテ・アーティストとして参画しているので、気取らないダンゴ三兄弟の来日が期待できるかもしれない。さて、魅力をお伝えすることが出来たでしょうか。
『誰もがそれを知っている』*アスガー・ファルハディ ― 2019年06月23日 17:40
★故国イラン、フランス、スペインと、社会のひずみと家族の不幸を描き続けているアスガー・ファルハディ監督、今回はマドリード近郊の小さな町を舞台に少女誘拐事件を絡ませたサスペンス仕立てにした。監督は『彼女が消えた浜辺』(2009「About Elly」)のようにミステリアスなテーマを織り込むのが好きだ。邦題は英題「エブリバディ・ノウズ」を予想していましたが、『誰もがそれを知っている』と若干長いタイトルになりました。そんなこと「みんな知ってるよ」という劇中のセリフが題名になりました。主な関連記事と登場人物が多いので、以下にキャスト名を再録しておきます。
(アスガー・ファルハディ監督と出演者、カンヌ映画祭2018にて)
*本作の主な関連記事*
*作品の内容・監督キャリア・キャストの紹介記事は、コチラ⇒2018年05月08日
*ペネロペ・クルスのセザール名誉賞受賞の記事は、コチラ⇒2018年03月08日
*ペネロペ・クルス近況紹介記事は、コチラ⇒2019年05月20日
*ハビエル・バルデム出演の経緯と近況の記事は、コチラ⇒2018年10月17日
*主な登場人物*
ペネロペ・クルス(ラウラ)
ハビエル・バルデム(ラウラの元恋人パコ)
リカルド・ダリン(ラウラの夫アレハンドロ、アルゼンチン人)
バルバラ・レニー(パコの妻ベア)
エルビラ・ミンゲス(ラウラの姉マリアナ)
インマ・クエスタ(ラウラの妹アナ)
エドゥアルド・フェルナンデス(マリアナの夫フェルナンド)
ラモン・バレア(ラウラ三姉妹の父アントニオ)
ロジェール・カザマジョール(アナの結婚相手ジョアン、カタルーニャ人)
カルラ・カンプラ(ラウラの娘イレネ)
サラ・サラモ(マリアナの娘ロシオ)
イバン・チャベロ(ラウラの幼い息子ディエゴ)
ホセ・アンヘル・エヒド(フェルナンドの友人、退職した元警官ホルヘ)
セルヒオ・カステジャーノス(パコの甥フェリペ)
パコ・パストル・ゴメス(ロシオの夫ガブリエル、出稼ぎ中)
ハイメ・ロレンテ(ルイス)
トマス・デル・エスタル(パコのワイナリー共同経営者アンドレス)
その他、インマ・サンチョ、マル・デル・コラル、多数
突然ひらめく一つのシーン――テーマは後から着いてくる
A: 監督によると「本作のアイデアは2005年、4歳になる娘を連れてスペインを旅行していたときに目にとまった<少女失踪>の張り紙だった」と語っています。最初からテーマを決めてストーリーを組み立てていくのではなく、「あるシーンが頭に浮かぶと、そこを起点にしてストーリーを語りたくなる。テーマが具体化するのはずっと後です」とも語っています。
B: 『彼女が消えた浜辺』のインタビューでも同じようなことを語っていた。今度はスペイン旅行中だったから、ここを舞台に撮ろうと思った?
A: というか、もともとスペインにシンパシーがあったので、スペインの俳優を使ってスペイン語で撮りたいと考え準備していたということでしょう。スペイン映画をたくさん観たうちからペネロペ・クルスに白羽の矢を立てた。彼女を念頭に執筆開始、何回も書き直しを繰り返して本人にオファーをかけたそうです。
B: ペルシャ語で執筆、それを翻訳してもらって、書き直して、を繰り返した。このやり方は2013年に公開されたフランス語で撮った『ある過去の行方』で既に体験済みでしたね。
A: スペイン語はフランス語よりずっと易しい。クランクインしたときにはスペイン語を完全にマスターしていたとハビエル・バルデムがエル・パイス紙に語っていたが、やはり通訳を介していたらしい。自分へのオファーが直ぐこなくてやきもきしたとジョークを飛ばしていた。当然パコ役は自分が演ると思っていた(笑)。
脚本の曖昧さともつれ方――犯人が誰であるかは重要ではない
B: 冒頭のシーンは古ぼけた教会の鐘楼で始まる。どうもデジャヴの印象でした。
A: ハトが窓から逃げようとして騒ぎはじめる。数秒後にこれから起こるだろう事件を暗示するかのように、手袋をはめた手が古新聞の切り抜きをしている。「カルメン・エレーロ・ブランコ誘拐事件」と読める。誰かが閉じ込められ、それは過去の事件と関係していると知らせている。
B: ラウラの久しぶりの帰郷に家族や隣人を挨拶に登場させることで、これから始まる劇のメンバー全員が次々に紹介される。導入部としては合格点でしょうか。
(かつての恋人同士だったラウラとパコ、ラウラの娘イレネとパコの甥フェリペ)
A: この鐘楼に早速意気投合したイレネとフェリペが昇ってくる。ハトのメタファーがそれとなく分かるような仕掛けがしてある。その後ハトが飛び立つことから事件が解決に向かうことを観客は理解する。
B: 謎解きや犯人捜しを楽しむ複雑なストーリーのスリラー映画ではないということです。
A: 冒頭からの数ある伏線を見落とさずに見ていれば、かなり早い段階で誘拐犯人の当たりがついてくる。しかし本作では犯人が誰であるかは重要ではない。アスガー・ファルハディの狙いは謎解きではない。どんな平凡な家庭にも人に知られたくない秘密があり、知らないほうが却って幸せなこともある。
B: 秘密を守るためには嘘をついてでも隠し続けなければならない。しかし娘の命にかかわることとなれば、それは別の話になるだろう。
A: ところが万事休す暴露すれば、そんなこと本人以外「みんな知ってたよ」となってしまう。物語を動かすために犯人追及は重要だが、犯人の身元は重要ではない。つまり誘拐犯が分かっても、それはいずれ誰もが知っているのに誰も口にしない新たな秘密になるだけです。「沈黙は金」なのである。
B: 図らずも母の秘密を知ることになるだろう娘、更には娘の秘密を偶然にも知ってしまう母親が秘密の重さに耐えかねて共犯者を求めるシーンで幕を閉じる。それぞれ秘密を墓場まで持って行くことができるだろうか。
A: フィナーレの総括で、フラストレーションを引き起こした観客が多かっただろうと思います。娘を救い出し、家族や知人の亀裂を残したままラウラ一家は早々に引き揚げるが、全財産を失い不信を募らせる妻ベアとの関係も崩壊したパコの過失は、いったい何だったのだろうか。
B: 少し理不尽な気分が残った。しかしバルデム自身はパコの陰影のある実直さがえらく気に入ったようだ。もっとも本当にパコがすべてを失ったかどうかは、観客に委ねられた。
A: 多くの批評家が脚本を褒めているけれども、個人的には支離滅裂とまでは言わないがストレスを感じた。男としての責任感だけで今までの苦労を水の泡にできるものだろうか。
B: 作中での常識ある人間はパコの連れ合いベアだけだ。
A: 豪華なキャスト陣を動かすためだろうが、ほかにも脚本の曖昧さやもつれ方が気になった。過去のラウラとパコの関係はある程度想像できますが、ラウラが町を出たかったのは分かるとして何故アルゼンチンだったのかの必然性が感じられなかった。
B: 多分リカルド・ダリンを起用したかったからじゃないの (笑)。コメディが得意なダリンがずっと苦虫を噛み潰していた。かつては会社を経営していたという夫アレハンドロは、会社が倒産して2年前から失業中という設定でした。今時「神のご加護」に縋っている人間がいるなんて。
A: 誘拐犯に疑われるにいたっては馬鹿げすぎている。犯人が誰かは重要ではないけれど、土地勘のない異国の土地でいくら金欠でも単独では無理でしょう。
(ラウラと夫アレハンドロ、ペネロペ・クルスとリカルド・ダリン)
経済危機を背景にエゴがむき出しになる村社会
A: 本作ではスペインとアルゼンチン両国の長引く経済危機、失業問題が背景にある。加えて不法移民による格安の季節労働者の急増が土地の労働者を圧迫している。元の地主と小作間の土地紛争と相続問題、資産格差を打ち破る下剋上的な新旧の世代交代などテーマを詰め込みすぎだ。更にこれらを解決するのがテーマじゃないから、ただ並べただけで最後までほったらかしだった。
B: 時代が変わり没落していくかつての地主、夫婦の危機、兄弟姉妹間の口に出せない不平等感などもテーマの一つだった。他人の不幸は蜜の味は国を問わない。
A: 脇を固めた俳優たちに触れると、三姉妹の長女マリアナを好演したエルビラ・ミンゲス、本作でスペイン俳優連盟2019の助演女優賞を受賞しているベテラン。酒に溺れ頑迷でただのろくでなしになった老人アントニオの面倒を、夫フェルナンドとみている。美人の妹たちとは年もかなり離れ、幸せそうでない娘ロシオと孫を同居させている。隣人の陰口どおり貧乏くじを引いてしまっている。
(我慢強いマリアナと責任を取りたくないフェルナンドの夫婦)
B: 父役のラモン・バレアは、ビルバオ生れ(1949)の脚本家、舞台監督でもあり皆の尊敬を集めている。未公開作品ですがボルハ・コベアガの「Negociador」では主役も演じています。公開作品で他に何かありますか。
A: TVシリーズや短編を含めると160作ぐらいに出ていますが、本作のパンフレットは不親切で出演作はゼロ紹介でした。まず同郷の監督パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』や『アブラカダブラ』、Netflixでは先述のボルハ・コベアガの『となりのテロリスト』、サム・フエンテスの『オオカミの皮をまとう男』、未公開ですがアナ・ムルガレンの「La higuera de los bastardes」など結構あり、当ブログでも何回かご登場願っています。
(尊敬を失った老いた父親アントニオ役ラモン・バレアとラウラ)
B: 娘婿フェルナンドに扮したエドゥアルド・フェルナンデスは、ご紹介不要でしょうか。バルデムと共演した『ビューティフル』、ダリンと共演した邦題が最悪だった『しあわせな人生の選択』など。
A: サンセバスチャン映画祭男優賞受賞の『スモーク・アンド・ミラー』に、ゴヤ賞助演男優賞を受賞した『エル・ニーニョ』など、当ブログでのご紹介記事も枚挙に暇がありません。
B: 枚挙に暇がないもう一人が、パコの妻ベア役のバルバラ・レニー、アルゼンチン出身だが今やスペインを代表する女優の一人です。クルスもレニーも出演本数はかなりあるほうですが、初めての美人スター対決、さぞかし火花が散ったことでしょう。
A: 二人ともギャラが高そうだから共演は難しい。バルバラが主演したハイメ・ロサーレスの新作『ペトラは静かに対峙する』が間もなく公開されます。ペネロペ・クルスはスクリーンの4分の3ほど苦しんでいましたが (笑)、シーンごとに表情の陰影が異なり、確実に演技は進化している。今が人生でいちばん油が乗っているというか充実しているのではないか。
(パコとベア、ハビエル・バルデムとバルバラ・レニー)
B: バルデムとダリンの共演も初めて。そもそもダリンはスペイン映画にはあまり出演していないし、バルデムも軸足をアメリカに置いていた時期が長いから当然です。
A: 三女アナ役のインマ・クエスタはコメディもこなす演技派、クエスタはクルスともバルデムとも初顔合わせです。2011年ダニエル・サンチェス・アレバロの『マルティナの住む街』で登場、脇役ながら存在感を示した。予想を裏切らずその後の活躍は『スリーピング・ボイス』『ブランカニエベス』『ジュリエッタ』と、いい作品に恵まれている。
B: 本作では前の交際相手と別れて金持ちらしいカタルーニャ人を結婚相手に選ぶ。二人の出会いは語られませんが、ラウラから「賢明な選択だった」と褒められたので「おや?」と思った。
A: 精神的な意味なのか経済的なものか推測するしかないのだが、花嫁側の経済的困窮を考えると後者かなと感じた。前半と後半の明暗を印象づけるためかもしれないが、困窮している花嫁側があれほど派手な披露宴をするのは不自然かな。
B: バルデムは「スペインの風習が正確に描写され」ていると語っているが、監督は常にイランとスペインの制度の違いを気にかけ「これはスペインでも可能なことか」と確認していたという。
A: 特にイスラム社会の婚姻制度は欧米とは異なっており、「婚姻は契約」であり、花婿は花嫁と家族に身支度金をいくら支払うか、離婚に至った場合の慰謝料をいくら払うか契約書に明記しなければならない。ここに精神的なものは含まれない。勿論離婚の権利は夫側にしかなく、妻が要求した場合は慰謝料は受け取れない。これは初めてアカデミー賞を手にした、2011年の『別離』でも描かれていた。
B: アナの結婚相手ジョアン役のロジェール・カザマジョールは、デル・トロのダーク・ファンタジー『パンズ・ラビリンス』に出演、ビダル大尉と対決するゲリラの闘士役を演じた。
A: 有名なのはゴヤ賞2011で作品賞以下9部門を制したアグスティ・ビリャロンガの『ブラック・ブレッド』で少年の父親になった。オリジナル版はカタルーニャ語、母語もカタルーニャ語です。ゴヤ賞は逃したがガウディ賞助演男優賞を受賞している。カタルーニャTVのシリーズの出演が多く、演技の幅は広い。実際もリェイダ生れのカタルーニャ人です。
(花嫁と花婿、インマ・クエスタとロジェール・カザマジョール)
B: 他ルイス役のハイメ・ロレンテは、シーズン3の配信が始まる『ペーパー・ハウス』のデンバー役、『ガン・シティ~動乱のバルセロナ』や『無人島につれていくなら誰にする?』など、最近の活躍が目立つ若手。
A: ラウラの幼い息子ディエゴ役のイバン・チャベロは、パコ・プラサのホラー『エクリプス』で主人公ベロニカの弟役でデビュー、若干背が伸びました。メガネは伊達ではないようだ。
B: 筋運びにもやもやがあるにしても、俳優たちの演技はよかったのではないか。
A: 演技派をこれだけ集められたのもオスカー監督ならではの威光でしょう。
撮影監督ホセ・ルイス・アルカイネの光と闇の拘り方
B: 最後になったが撮影監督のホセ・ルイス・アルカイネのバイタリティーには驚く。1938年生れだから既に80代に突入している。バルデム=クルス夫婦の初顔合わせとなったビガス・ルナの『ハモンハモン』他ルナ作品の専属だった。
A: アルモドバルの『バッド・エデュケーション』『ボルベール』『私が、生きる肌』ほか、ビクトル・エリセ、カルロス・サウラ、ビセンテ・アランダ、フェルナンド・トゥルエバなどスペインを代表する監督とタッグを組んでいる。ブライアン・デ・パルマなど海外の監督ともコラボして挑戦を止めない。
(ケーキカットのシーンから)
B: 本作では光と闇、雨または水が物語を動かす役目をもたされている。突然降り出す雨、ろうそくの明かりのなかでのケーキカット、土砂降りの闇夜のなかを走る車のヘッドライト、まぶしい陽光を遮るようにホースからほとばしる水しぶきなど、印象深いシーンが多かった。
A: その一つ一つに繋がりがあり、特にフィナーレのホースでプラサの汚れを洗い流す飛沫は、ベールで二人の共犯者を覆い隠すように幕状になっていく。こうして誰もが知っているが誰も口に出さない新たな秘密が誕生する。
特別上映作品にパトリシオ・グスマンの新作*カンヌ映画祭2019 ⑩ ― 2019年05月15日 15:43
もう1作はパトリシオ・グスマンの「La Cordillera de los sueños」
★特別上映作品のもう1作は、チリのパトリシオ・グスマンの「La Cordillera de los sueños」というドキュメンタリーです。チリ最北部を撮った『光のノスタルジア』(10)と最南端を撮った『真珠のボタン』(15)は2部作となっています。後者がベルリン映画祭2015の銀熊脚本賞を受賞したことで本邦でも公開されたのでした。ドキュメンタリー映画の巨匠フレデリック・ワイズマン(1930)との対談(2015年1月)で、「もし第三部を撮るとしたらアンデス山脈になるが、目下具体的な案はないし、その可能性もない」とかつて語っていた監督、幸いなことに可能性があったようです。
「La Cordillera de los sueños」(「The Cordillera of Dreams」)2019
製作:ARTE / Atacama Productions
監督・脚本:パトリシオ・グスマン
撮影:サムエル・ラフ Lahu
データ・映画祭:製作国フランス=チリ、スペイン語、2019年、ドキュメンタリー、85分、撮影地アンデス山脈。配給Pyramid Distribution(仏)。カンヌ映画祭2019コンペティション部門特別上映作品、ドキュメンタリー賞(ルイユ・ドール賞)を受賞。
解説:カンヌ映画祭総ディレクターであるティエリー・フレモーのコメントによると「パトリシオ・グスマンは、軍事独裁政権が民主的に選ばれた政府を転覆させた40年前にチリを離れた。しかし片時も忘れたことがない地図上の母国、その文化について考え続けている。『光のノスタルジア』で北部を『真珠のボタン』で南部を描いたのち、彼が<チリの過去と現在の歴史をつらぬく広大で明白な脊柱>と称するところに近づいて行く。「La Cordillera de los sueños」は、映像詩であり、歴史的質疑であり、映像エッセイであるとともに個人的な心の探求である」
★チリのピノチェト軍事独裁政権を倦むことなく糾弾し続けるグスマン監督は、第1部、第2部に続いて本作で三部作を完成させたことになる。広大なチリの脊柱アンデス山脈を舞台に、精神的探求者が語るビジュアルなエッセイのようです。数カ月前に完成させたばかりの新作がカンヌ映画祭のセレクションで特別上映されることについて「カンヌは私の仕事のために常に連携してくれている。チリの隠された歴史シリーズの第3部が、このような重要な映画祭で上映されるのは光栄なことです」と語っている。
★「わたしの国ではあらゆる場所に山脈がありますが、チリの国民にとっては殆ど見知らぬ領域同然なのです。『光のノスタルジア』で北を、『真珠のボタン』で南端を描き、今度は山脈の美しさを探求し、その神秘を明らかにするために、この広大な脊柱をフィルムにおさめる用意ができたと思いました」とグスマン。
★チリの製作者で配給を手掛けるアレクサンドラ・ガルビスは「この映画は大きな挑戦でした。しかし監督は、撮影がアクセスの難しかった高山にもかかわらず、肉体的な限界というものを感じさせなかった」と語っている。今年のクラシック部門にルイス・ブニュエルが特集され、フランス映画『黄金時代』(30)とメキシコ時代の『忘れられた人々』(50)が4K修整、『ナサリン』(58)が3K修整で上映されるようです。今年もセレブが顔を揃えて華々しく開幕したニュースが入ってきました。高がカンヌ、されどカンヌですか。
(撮影中のグスマン監督と撮影監督のサムエル・ラフ)
*『光のノスタルジア』の作品紹介、監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2015年11月11日
*『真珠のボタン』の作品紹介記事は、コチラ⇒2015年11月16日
「監督週間」にペルー映画*カンヌ映画祭2019 ⑤ ― 2019年05月01日 20:21
メリナ・レオンの「Canción sin nombre」は80年代の実話に基づく
★4月23日、第51回「監督週間」のノミネーション発表がありました。今年からディレクターがイタリアのパウロ・モレッティに変わりました。ノミネーションも24作と増え、うち16作が長編デビュー作です。スペイン語映画ではペルーのメリナ・レオンのデビュー作「Canción sin nombre」(「Song Without Name」スイス合作)と、アルゼンチンのアレホ・モギジャンスキイの「Por el dinero」(「For the Maney」)がノミネートされました。共にワールドプレミアです。先ずはレディファーストとして前者からご紹介。「監督週間」のオープニングは5月15日。
★メリナ・レオンの「Canción sin nombre」は、1988年リマで実際にあった乳児誘拐事件にインスパイアされて製作されました。ペルーの1980年代は、政治経済のみならず社会全体が長い内戦状態でした。この時代を背景にしたペルー映画は数多く、例えばクラウディア・リョサの『悲しみのミルク』(09金熊賞受賞作品)や、当ブログ紹介のバチャ・カラベド&チノン・ヒガシオンナ監督の「Perro guardián」(14)他、内戦の瑕をテーマにした映画が多い。
*「Perro guardián」の紹介記事は、コチラ⇒2014年09月04日
「Canción sin nombre」(「Song Without Name」)
製作:Bord Cadre Films / La Vida Misma Films / Mgc Marketing / Torch Films
監督:メリナ・レオン
脚本:メリナ・レオン、マイケル・ホワイト
編集:マヌエル・バウアー
撮影:インティ・ブリオネス
音楽:パウチ・ササキ
美術:ギセラGisela・ラミレス
録音:オマル・パレハ
キャスティング:ルス・タマヨ
製作者:ティム・ホッブズ、Ori Dav Gratch、メリナ・レオン、ヘスス・ピメンテル
データ:製作国ペルー=スイス、言語スペイン語・ケチュア語、スリラードラマ、モノクロ、撮影地ビリャ・エル・サルバドール、リマ中心街、イキトス。2014年長編映画プロジェクト・ナショナル・コンクール優勝、ニューヨークのジェローム基金、グアダラハラ共同マーケット、クラウドファンディングで製作資金を得て製作された。
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2019「監督週間」正式出品、
キャスト:パメラ・メンドサ(ヘオルヒナ・コンドリ)、トミー・パラガ(記者ペドロ・カンポス)、ルシオ・ロハス(レオ)、マイコル・エルナンデス(イサ)、ルス・アルマス(マルタ)、他
ストーリー:1988年アンデス出身のヘオルヒナは、リマのサン・ベニト・クリニックで女の子を出産するが、娘の姿は突如消えてしまい誘拐されたことを知る。必死で探すうちある新聞社のジャーナリストのペドロ・カンポスに出会うことができ、彼は娘の捜索を引き受けてくれる。1980年代のペルーは内戦のさなかで社会はカオス状態であった。実際にリマで起きた乳児誘拐事件にインスパイアされて製作された。
★公式サイトに製作国が「ペルー、スイス」だが、ペルーでの紹介記事では「ペルー、米国、スペイン、メキシコ」、IMDbでは「ベル―、米国」と若干食い違う。メインの制作会社Bord Cadre Films の本社はジュネーブにあり、最近のラテンアメリカ諸国映画に力を注いでいる。クリスティナ・ガジェゴ&チロ・ゲーラ『夏の鳥』、アマ・エスカランテ『触手』、カルロス・レイガーダス『われらの時代』、スペイン映画ではイサ・カンポ&イサキ・ラクエスタ『記憶の行方』など話題作に出資している。
★ニューヨークの制作会社 Torch Filmsはドキュメンタリーを得意とし、ドラマではアントニオ・メンデス・エスパルサの『ヒア・アンド・ゼア』などメキシコとの合作映画に出資しており、メインプロデューサーのティム・ホッブズは本作も手掛けている。もう一人のOri Dav Gratchは監督の短編「El Paraíso de Lili」がニューヨーク映画祭2009で上映されたときに知り合ったプロデューサーで、ホッブズ同様『ヒア・アンド・ゼア』を手掛けている。本作には米国の資金が入っていることは明らかです。ヘスス・ピメンテルはメキシコの製作者、Mgc Marketingはスペイン、La Vida Misma Filmsはメリナ・レオン監督が出資先が見つからない「Canción sin nombre」のために2012年に設立した。
★監督によると「ヘオルヒナ・コンドリは、貧しい移民で身寄りのない女性だったが、アーティストでファイターだった」と語っている。ヘオルヒナ役のパメラ・メンドサとレオ役のルシオ・ロハスは初出演、ジャーナリスト役のトミー・パラガは「El Paraíso de Lili」、マリアネラ・ベガの短編「Payasos」(09、20分)、スペインからはマイコル・エルナンデスが出演、サルバドル・カルボの『1898:スペイン領フィリピン最後の日』、アルバロ・フェルナンデス・アルメロの『迷えるオトナたち』などに出演、マルタ役のルス・アルマスもスペイン女優、オスカル・サントスの『命の相続人』(10)、ホルヘ・ナランホの「Casting」(13)ではマラガ映画祭「銀のビスナガ助演女優賞」をグループで受賞している。
(ヘオルヒナ役のパメラ・メンドサと新聞記者役のトミー・パラガ)
(本作撮影中のメリナ・レオン監督)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★リマ大学で映画&ビデオを学び、その後2009年ニューヨークのコロンビア大学映画監督科の修士号を取得する。監督、脚本家、製作者、編集者。コロンビア大学卒業後もニューヨークに留まって、アンダーグラウンドのアーティストたちとのコラボ、『エル ELLE』のようなモード雑誌のイベントを手掛けた。リマに戻ってからは、グーグルが支援するユニセフのためのビデオを製作、2012年制作会社「La Vida Misma Films」を設立、長編デビュー作「Canción sin nombre」を製作する。本作で音楽を担当した日系ペルー人パウチ・ササキとの共同監督で「Sho」というドキュメンタリーを企画中。パウチ・ササキは作曲家フィリップ・グラスに師事しているヴァイオリニスト、カーネギー・ホールでの演奏経験をもち来日もしている。現在は主にアメリカで活躍中。前述のバチャ・カラベド&チノン・ヒガシオンナの「Perro guardián」の音楽も手掛けている。
(パウチ・ササキとフィリップ・グラス)
★「Una 45 para los gastos del mes」と「El Paraíso de Lili」がConacine(ペルーの文化省主催)によって最優秀短編賞を受賞した。特に後者はニューヨーク映画祭2009に正式出品され受賞歴多数。うちサンパウロ短編映画祭ラテンアメリカ部門で短編賞を受賞している。
2000「Una 45 para los gastos del mes」短編
2007「Girl with a Walkman」短編、監督・脚本・製作
2009「El Paraíso de Lili」短編、モノクロ、監督・脚本・製作
2019「Canción sin nombre」本作
追加情報:『名もなき歌』の邦題で劇場公開になりました。
東京はユーロスペース、2021年7月31日(土)~
ハビエル・バルデム、新作はスピルバーグ製作のTVミニシリーズ ― 2018年10月17日 14:05
「Todos lo saben」の次はTVミニシリーズ「Cortés」
★去る9月14日、カンヌ映画祭2018のオープニング作品だったアスガー・ファルハディの「Todos lo saben」(「Everybody Knows」)が、やっとスペインで公開された。オープニングに選ばれたスペイン映画は、過去にはアルモドバルの『バッド・エデュケーション』(04)があります。オスカー賞2冠に輝くイランの監督(『別離』『セールスマン』)、日本でも知名度のあるスペインのエリート俳優+アルゼンチン俳優、おまけに子供誘拐のミステリーとくれば公開は決まりです。日本公開は来年6月になりますが、邦題は『エブリバディ・ノウズ』になるようです。当ブログでは2016年の製作発表段階から記事にしていましたが、カンヌまでなかなかプロットが見えてこなかった。苦悩する母国イランを離れて、独自の視点で映画を撮り続けている監督を無視することはできません。出来はどうあれ百聞は一見に如かずです。
追記:邦題『誰もがそれを知っている』で2019年6月1日公開決定。
*「Todos lo saben」の作品・キャスト・スタッフ紹介は、コチラ⇒2018年05月08日
(幸せに酔う結婚式のシーンを入れた、スペイン公開のポスター)
(カンヌ映画祭の英語ポスター)
★スペイン公開日にエルパイスの編集室を訪れたハビエル・バルデムが撮影余話を語ってくれた。本作のアイデアは、ファルハディ監督が4歳だったお嬢さん連れでスペインを家族旅行したとき、行方不明になっている子供の「尋ね人」の張り紙を見たとき浮かんだという。「私は嫉妬心が強く妬みぶかい。しかし少なくともそのことを自覚している」とバルデムは笑いながら告白。監督が映画を撮りたいと最初にコンタクトをとってきたのは(自分でなく)ペネロペ・クルスだった。自分にオファーがあったのは1か月半後、「とても気分がよかったし、私の自惚れも満たされた」とジョークを飛ばした。
(パイス紙の編集室で冗談をとばすハビエル・バルデム、2018年9月14日)
★バルデムは、監督が準備期間中にスペインに居を移しスペイン語をマスター、完璧なスペイン映画を撮ることに力を注いでいたことを指摘した。監督がクランクイン時に既に「マドリード近郊の、ラ・マンチャの乾いた風土や生粋の村民の、逞しく、親切な、愛すべき気質を理解していた」と、その抜きんでた才能と努力を褒めていた。妹の結婚式に出席するため家族を伴って、ブエノスアイレスから故郷ラ・マンチャに里帰りした女性が払う過去の請求書。踊り好きお祭り好きの村民が披露宴で幸福感に酔いしれているとき誘拐事件が起きる。犯人が隣人であることがはっきりしてくる。一見仲睦まじく見えた共同体の重さは未来永劫に続くのか。時には嘘も方便、共生には必要なんですが。
★クルス、バルデムほかの主な共演者は、リカルド・ダリン、エドゥアルド・フェルナンデス、ラモン・バレア、バルバラ・レニー、インマ・クエスタ、エルビラ・ミンゲスとエリート演技派が集合している。それぞれがエゴをむき出すこともなく撮影はスムーズだった。それは「各人とも台本を読み込んでいて、人物のつながりをよく理解していたからだ」とバルデムは語っていた。
(カンヌ映画祭オープニングに勢揃いしたスタッフとキャスト)
(共演中でも仕事を家庭に持ち込まないという賢いカップル)
★監督をする可能性についての質問には、「その気はない。多くの俳優が挑戦してることは知ってるが、取り巻く状況を考えると、自分にはきつすぎる。優柔不断な人間だから耐えられないだろう。さしあたっては監督業は考えていない」、特別撮りたいテーマがあるなら別だが、別にないようです。
★新しい作品は、スピルバーグ製作のTVミニシリーズ「Cortés」(4エピソード)でスペインの征服者エルナン・コルテス役。二つの文明の衝突、二人の戦略家、メシカ族アステカ帝国の第9代君主モンテスマとコルテスの遭遇を描く歴史ドラマだそうです。まだ詳細は不明です。スピルバーグの大ファンで『E.T.』はスクリーンで24回観た由(!)、「監督は理知的で謙虚、印象深い映画を撮る可能性を秘めている」と絶賛している。
12月公開『セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!』のご案内 ― 2018年10月14日 18:41
『ビヘイビア』の監督エルネスト・ダラナスの新作「Sergio & Sergei」
★マラガ映画祭2018で作品紹介をしたエルネスト・ダラナス・セラノの新作「Sergio & Sergei」が、『セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!』という長たらしい邦題で12月1日公開が決定したようです。キューバ=スペイン=米国の合作映画、スペイン語、英語、ロシア語が入り乱れ、ナイナイ尽くしの両国が繰り広げる辛口コメディ。前作の『ビヘイビア』(「Conducta」)はマラガ映画祭2014のラテンアメリカ部門の作品・監督・観客賞などを受賞しましたが、新作はブラジルのグスタボ・ピッツィの『ベンジーニョ』(「Benzinho」)が作品賞「金のビスナガ」を受賞、無冠に終わりました。『ベンジーニョ』はラテンビート2018で上映が決定しています(タイム・テーブルは目下未定)。
★キャストは大部分がキューバ人(『ビヘイビア』のキャストが起用されており、セルゲイ役エクトル・ノアス、ウリセス役アルマンド・ミゲル・ゴメス他)、ロシア生まれだがスペインで仕事をしているローランド・ライヤーハノフ、ダブリン生れだが子供のとき家族とカナダに移住、もっぱらアメリカのTVシリーズに出演しているA.J. バックリー、最も異色なのがアメリカのロン・パールマンでしょうね。公式サイトと当ブログの俳優名・役名のカタカナ表記が異なりますが、当たらずとも遠からず、所詮外国語表記には限界がありますから悪しからず。それにしても「セルジオ」というのは何語読みでしょうか。
ペルラス部門にハイメ・ロサーレス新作*サンセバスチャン映画祭2018 ⑨ ― 2018年08月08日 16:01
3 作ともカンヌ映画祭2018のノミネーション作品です!
★ペルラス(パールズ)部門は、かつてはサバルテギ部門に含まれていたセクションでした。今年はアルゼンチンとの合作、ルイス・オルテガの「El Ángel」、ハイメ・ロサーレスの「Petra」と、スペイン人とポーランド人の監督ラウル・デ・ラ・フエンテ&ダミアン・Nenowのアニメーション「Un día más con vida」(ポーランド合作)の3作がエントリーされました。うち「El Ángel」はカンヌ映画祭2018「ある視点」部門に、「Petra」はカンヌ映画祭と同時期に併催される「監督週間」に正式出品された作品で、最後のアニメーションはカンヌのコンペティション外上映でした。「El Ángel」はカンヌで既にアップしておりますので割愛いたしますが、「死の天使」と恐れられた美貌の青年殺人鬼カルロス・ロブレド・プッチのビオピックです。
◎「El Ángel」(アルゼンチン、スペイン)2018 ルイス・オルテガ
*「El Ángel」の記事・監督紹介は、コチラ⇒2018年05月15日
◎「Un día más con vida」/「Another Day of Life」(西、ポーランド)2018 アニメ
ラウル・デ・ラ・フエンテ&ダミアン・Nenow
5度目のカンヌに挑戦したハイメ・ロサーレスの新作「Petra」
◎「Petra」(スペイン、フランス、デンマーク)ハイメ・ロサーレス 2018
キャスト:バルバラ・レニー(ペトラ)、ジョアン・ボテイ(造形芸術家ジャウマ)、マリサ・パレデス(ジャウマの妻マリサ)、アレックス・ブレンデミュール(ジャウマの息子ルカス)、ペトラ・マルティネス(ペトラの母フリア)、カルメ・プラ(テレサ)、オリオル・プラ(パウ)、チェマ・デル・バルコ(フアンホ)、ナタリエ・マドゥエニョ(マルタ)、ほか
スタッフ:監督・脚本ハイメ・ロサーレス、共同脚本ミシェル・ガスタンビデ、クララ・ロケ、製作者(エグゼクティブプロデューサー)ホセ・マリア・モラレス、(プロデューサー)アントニオ・チャバリアス、カトリン・ポルス、音楽クリスティアン・エイドネス・アナスン、撮影エレーヌ・ルバール、編集ルシア・カサル、美術ビクトリア・パス・アルバレス、衣装イラチェ・サンス
物語:ペトラの父親の素性は彼女には全て秘密にされていた。母親の死をきっかけにペトラは危険な探索に着手する。真相を調べていくうちに、権力をもつ無慈悲な男、著名な造形芸術家ジャウマ、ジャウマの息子ルカスと妻マリサに出会う。次第に登場人物の人生は、ぎりぎりの状況にまで追いこまれ、悪意、家族の秘密、暴力のスパイラルに捻じれこんでいく。運命は希望と贖罪のための窓が開くまで、残酷な筋道を堂々巡りすることだろう。カタルーニャのブルジョア家庭の暗い内面が語られるが、悲劇は避けられるのでしょうか。
データ:製作国スペイン(Fresdeval Films / Wanda Visión / Oberón Cinematográfica)、フランス(Balthazar Productions)、デンマーク(Snowglobe Films)、言語スペイン語・カタルーニャ語、2018年、107分、協賛TVE、TV3、Movistar+他。スペイン公開2018年10月19日
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2018併催「監督週間」正式出品、サンセバスチャン映画祭2018「ペルラス」部門上映
(ペトラ役のバルバラ・レニー)
(ペトラとルカス役のアレックス・ブレンデミュール)
★「監督週間」では時間切れでご紹介できなかったハイメ・ロサーレスの第6作「Petra」のご紹介。もっぱらカンヌに焦点を合わせているカンヌの常連ハイメ・ロサーレス監督(バルセロナ、1970)だが、サンセバスチャン映画祭2008に長編第3作「Tiro en la cabeza」が正式出品されている。バスク原理主義者によって殺害されたスペインの2人の警察官の物語ということで、カンヌでは拒まれ、サンセバスチャンに持ってきたのだが、こちらでも散々な評価だった。唯一評価したのがフォトグラマス・デ・プラタの作品賞のみでした。自然の音以外音声のない無声映画のような、ドキュメンタリー手法で望遠レンズで撮影された。今作以外はすべてカンヌでワールドプレミアされ、新作「Petra」が5回目のノミネーションだった。
★デビュー作「Las horas del día」(03)が「監督週間」に出品され、いきなり国際映画批評家連盟賞を受賞した。ここで主役を演じたのが今回ジャウマの息子ルカスになったアレックス・ブレンデミュールで、15年ぶりに監督と邂逅した。欲に眩んだ造形芸術家ジャウマに扮したジョアン・ボテイは、偶然監督と知り合いリクルートされた自身もアーティスト、カメラの前に立つのは初めてだそうです。女性陣の二人バルバラ・レニーとマリサ・パレデスは割愛、ペトラの母親フリアを演じたペトラ・マルティネスは、ロサーレス監督の第2作目『ソリチュード:孤独のかけら』で3人姉妹の母親役をしたベテラン、アルモドバルの『バッド・エデュケーション』でもガエル・ガルシア・ベルナルの母親になった。地味な役柄が多いが存在感のある実力派女優です。
★国際色豊かなのがスタッフ陣、名前からも分かるように、撮影監督エレーヌ・ルバールはフランスのポンタルリエ生れ(1964)、アニエス・ヴァルダの『アニエスの浜辺』(08)、ヴィム・ヴェンダースの『Pina/ピナ・バウシュ踊り続けるいのち』(11)、アリーチェ・ロルヴァケルの『夏をゆく人々』(14)などの美しい映像は今でも心に残っている。音楽のクリスティアン・エイドネス・アナスンはデンマーク出身、高い評価を受けたパウェウ・パヴリコフスキの『イーダ』(13)やアマンダ・シェーネルの『サーミの血』(16)などを手掛け、国境を超えて活躍している。監督キャリア紹介は以下にまとめてあります。
* 第2作目「La soledad」(『ソリチュード:孤独のかけら』)紹介は、
* 第5作目「Hermosa juventud」と監督紹介記事は、
(マリサ役マリサ・パレデスとジャウマ役ジョアン・ボテイ)
(監督を挟んで撮影中のマリサ・パレデスとバルバラ・レニー)
*追加:邦題『ペトラは静かに対峙する』で、2019年6月29日より劇場公開
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