『人生スイッチ』 やっと公開*ダミアン・ジフロン2015年07月29日 16:58

           私は悪くない、悪いのはオマエだ!

 

★この映画は、スピルバーグ製作総指揮のTVシリーズ『世にも不思議なアメージング・ストーリー』(198587)が下敷きになっている。一話完結のオムニバス・ドラマ、SF、サスペンス、ホラー、ファンタジーと多彩でした。本作もサスペンス、バイオレンス、ブラック・コメディ、メロドラマなどで構成されている。表面的には繋がりのない6話で構成されていますが、共通項はアルゼンチン社会に長年にわたって沈潜する一触即発の暴力でしょうか。ダイナマイトに付けられた導火線は、ここアルゼンチンでは殊のほか短いのです。レシピは、以前受けた侮辱で、経済格差で、復讐で、抑えきれないイライラで、理不尽な公権力の横暴で、欲のカタマリで、不安定と裏切りで、それぞれが爆発したとき相手に対してどう出るか。不平等がまかり通る社会では「自分は悪くない、悪いのはオマエだ」というのが、アルゼンチン人の建国以来のセオリーです。

以下の記事はネタバレ部分を含んでいます。これから鑑賞なさる方はご注意ください。

 


   『人生スイッチ』(原題Relatos salvajes、英題Wild Tales”)

製作:El Deseo S.A.(スペイン、アウグスティン& ペドロ・アルモドバル、エステル・ガルシア/ Kremer & Sigman Films(アルゼンチン、ウーゴ・シグマン)/ 
Corner Producciones / Televisión Federal (後援INCAA / ICAA 

監督・脚本:ダミアン・ジフロン

撮影:ハビエル・フリア

編集:パブロ・バルビエリ・カレラ、ダミアン・ジフロン

音楽:グスタボ・サンタオラジャ

録音:ホセ・ルイス・ディアス

美術:クララ・ノタリ

プロダクション:エステル・ガルシアアナリア・カストロ・バルセッチ、他

メイク&ヘアメイク:マリサ・アメンタ、ネストル・ブルゴス

 

データ:アルゼンチン=西、スペイン語、2014122分、製作費約330万ドル、興行成績4317万ドル、配給ワーナーブラザーズ、アルゼンチン公開2014821日、日本公開2015725

撮影地:サン・イシドロ、コルドバ通りのパーキング(ブエノスアイレス)、サルタ、サルタ州モラレス橋、フフイ、ブエノスアイレスのインターコンチネンタル・ホテル、他多数

 

受賞・ノミネーションカンヌ映画祭2014コンペ正式出品、アカデミー賞2015外国語映画賞ノミネーション。アルゼンチンのアカデミー賞2014作品賞以下10部門、銀のコンドル賞2014監督賞・編集賞、スール賞2014作品賞以下4賞を受賞。国際映画祭ではビアリッツ(ラテンアメリカ部門)、サラエボ、リマ、ロンドン、サンパウロ各映画祭2014で観客賞、サンセバスチャン映画祭2014ヨーロッパ映画部門観客賞、ハバナ映画祭2014監督賞・編集賞、フォルケ賞2015ラテンアメリカ部門)作品賞、ゴヤ賞2015イベロアメリカ映画賞、アリエル賞2015イベロアメリカ部門)作品賞、イベロアメリカ・プラチナ賞2015作品賞以下8部門、などが代表的な受賞歴、ノミネーション多数につき割愛。

 

キャスト:エピローグのタイトルは、邦題、原題、仮訳の順。

なお動物名はオープニング・クレジットの背後の動物

1話「おかえし・Pasternak・パステルナーク」ダリオ・グランディネッティ(サルガド、)、マリア・マルル(イサベル)、モニカ・ビリャ(女教師)

2話「おもてなし・Las ratas・ネズミたち」リタ・コルテセ(料理人、ゴリラ)、フリエタ・シルベルベルク(ウエイトレス、)、セサル・ボルドン(クエンカ)、フアン・サンティアゴ・リナリ(クエンカの息子アレクシス)

3話「エンスト・El más fuerte・最強の男」レオナルド・スバラグリア(ディエゴ、鹿)、ウォルター・ドナド(マリオ)

4話「ヒーローになるために・Bombita・発破屋」リカルド・ダリン(シモン、)、ナンシー・ドゥプラー(妻ビクトリア)、カミラ・ソフィア・カサス(娘)

5話「愚息・La propuesta・提案」オスカル・マルティネス(マウリシオ、)、マリア・オネット(妻エレナ)、アラン・Daicz(息子サンティアゴ)、オスマル・ヌニェス(弁護士)、ヘルマン・デ・シルバ(管理人ホセ)、ディエゴ・ベラスケス(検察官)

6話「HAPPY WEDDINGHasta que la muerte nos swpare・死が二人を分かつまで」エリカ・リバス(花嫁ロミーナ、雌トラ)、ディエゴ・ヘンティレ(花婿アリエル)ほか

人名表記はスペイン語読みとし、オフィシャル・サイトと異なるケースがあります)

 

TVドラのシリーズを数多く手掛けているせいか、キャストもテレビで活躍の俳優が多い。今回はアメリカで活躍中のグスタボ・サンタオラジャが故郷ブエノスアイレスに戻って音楽を担当したことでも話題になっていた。『ブロークバック・マウンテン』と『バベル』で2005年、2006年と連続でアカデミー作曲賞を受賞していることは周知のこと、その他『アモーレス・ペロス』『21グラム』『モーターサイクル・ダイアリーズ』『ビューティフル』など。本作では「第2イベロアメリカ・プラチナ賞」音楽部門で受賞した。最初音楽担当は、『私の秘密の花』(1995)以降アルモドバル映画の全作を担当しているアルベルト・イグレシアスがアナウンスされていました。彼はゴヤ賞最多の受賞歴があり、ゴヤの胸像コレクター(10個)です。オスカー賞にもフェルナンド・メイレレスの『ナイロビの蜂』でノミネーションされている実力派です。

 

 監督キャリアとフィルモグラフィー

ダミアン・ジフロン Damián Szifron1975年ブエノスアイレス州のラモス・メヒア市生れ、脚本家、監督、エディター、プロデューサー。名前から分かるようにユダヤ系(アシュケナジム)アルゼンチン人。父親が大の映画好きで、映画の道に進んだのは父の影響、『人生スイッチ』は2013年に他界した父親に捧げられている。ユダヤ系の私立校Escuela Tecnica ORTでマスメディア学を専攻。その後、映画理論を学び、ブエノスアイレスの私立の映画大学(Fundacion Universidad del Cine FUC)で監督演出を学んでいる。1992年“El tren”で短編デビュー(短編多数)、1994年テレビ界に進出、TVドラ“Atorrantes”(199699)をプロデュースする。このとき知り合った女優マリア・マルルと結婚、夫妻にとって2番目となる娘が20147月に生れた。マリアは長編3作目になる『人生スイッチ』の1話「おかえし」にイサベル役で出演している。

長編デビュー El fondo del mar2003 Bottom Sea ブラック・コメディ

2001年から脚本に取りかかり、マル・デル・プラタ国際映画祭で上映、イベロアメリカ部門の「銀のオンブー」賞、国際映画批評家連盟賞を受賞。サンセバスチャン映画祭で審査員特別メンション、トゥールーズ映画祭でフランス批評家賞など多数。アルゼンチンの「クラリン賞」では最優秀作品・脚本・監督を受賞している。

2Tiempo de valientes 2005 On Probationアクション・コメディ

本作がビアリッツ映画祭(ラテンアメリカ部門)で観客賞、マラガ映画祭(同)では主役2人のうちルイス・ルケが男優賞(銀賞)を受賞し、ペニスコラ・コメディ映画祭では、作品賞、監督賞、もう一人の主役ディエゴ・ペレッティが男優賞を受賞した。

 

         (大きなお腹を抱えてカンヌ映画祭に出席した監督夫妻)

 

2006年からは主軸をテレビ界に移し、シリーズ物のTVドラでヒットを飛ばした。Tiempo de valientes以来9年ぶりの映画界復帰を粘り強く説得したのは、「エル・デセオ」のアウグスティン・アルモドバルであった。ただ次回作は英語で撮る予定らしく、スペイン語映画ファンには残念なニュース。スペイン語では世界で勝負できないというわけか。

 

          快進撃はカンヌで始まった!

 

A: やっと公開されました。先進国、途上国を問わずドンジリでの封切りですね()2014年のカンヌ映画祭から紹介しつづけているので飽きてしまいましたが、とにかく字幕入りスクリーンで鑑賞できました。カンヌ以外にもトロント映画祭、アカデミー賞2015のプレセレクションなどと、スタッフ、キャスト、プロット、監督紹介をしてきました。

B: 宣伝チラシにあるように「知られざる映画大国からやってきた」からドンジリでも致し方ありません()。アカデミー賞のアルゼンチン代表作品として「外国語映画賞」ノミネーション5作品に踏み止まり、監督以下主なスタッフがロスに集合してプロモーションに明け暮れるという体験もした。

 

A: その凄さはカンヌの比ではなかったそうです。投票には政治的な思惑も左右されるから、会員に会うことは重要なこと、クチコミはここでも有効です。アグスティン・アルモドバルは「多分『イーダ』が受賞するでしょうが、決して不名誉なことではない。ノミネーションだけでも素晴らしいのです」と語っていましたが。

B: オスカー賞にノミネートされるということはそういうことなんですね。結局『イーダ』が受賞、下馬評通りになりました。

 

A: カンヌのプレス会見では「1214話書いたうちから6話を選んだ。登場人物はそれぞれ粗野な人たち、私は争いや対立から面倒が起きる話が好き」と語っていました。しかし「じゃ、やりましょう」となるまでには紆余曲折があった。20133月に製作発表があったときには、既に配給がワーナー・ブラザーズと決まっていましたが、2013年、カンヌのメルカードに脚本を見せたときの反応は必ずしも良くなかった。

B: コメディ、スリラー、ホラーと多義にわたり、ジャンルの分類が難しいうえに、成功例の少ないオムニバス映画はカンヌでは歓迎されないという事情があった。

A: アグスティンによれば「それは想定内のことで、最初から怖れていた通りになっただけ」と。しかし各エピソードに自信があり、2014年の本番での反応は期待以上、つまり「快進撃はカンヌで始まった」というわけです。各国どこでも社会的な問題を抱えており、その背後には暴力が潜んでいて、その暴力は熱伝導のように伝わっていくから、結果ジャンルの分類など観客には不必要だったというわけです。

 

「私はキツネを選びました」と監督(第1話)

 

B: 原題は「粗野な短いお話」ぐらいの意味ですね。 各エピソードの主人公は、それぞれ野生動物になぞらえられている。例えば、第2話のリタ・コルセテ扮する料理人はゴリラ、第4話のリカルド・ダリン扮するビル爆破解体者、つまり発破屋シモンはワシとか。

A: 第6話のエリカ・リバス扮する花嫁は雌トラでした。オープニング・クレジットの背景には各自の野生動物がちゃんと描かれていた。邦題の『人生スイッチ』では、作品の意図が考慮されず無視されてしまっている。

B: ジフロン監督はキツネでした。

A: キツネを選んだのは、自分の髪の毛が赤茶であること、2013年他界した父親がキツネが好きで、キツネが出てくるドキュメンタリーをよく見ていたから。この映画は亡くなったばかりのお父さんに捧げられていました。でもワル賢い意味もあるのかもしれません()

 

B: 第1話「おかえし」は、確かオープニング・クレジットの前にあって、エピソードとしては一番短いが、作品全体を象徴するようなプロットでした。原題は「パステルナーク」、これに大いなる意味があるのではありませんか。

A: パステルナークで直ぐ思いつくのがノーベル文学賞受賞者のボリス・パステルナーク、『ドクトル・ジバゴ』を書いたロシアの作家。当時のソビエト共産党指導部の嫌われ者、だからカンカンに怒って受賞を妨害した。スウェーデン・アカデミーは抵抗して取り下げず、パステルナークが実際に手にしたのはベルリンの壁崩壊後でした。

 

B: 乗客たちが偶然同じ飛行機に乗り合わせたと思っていたら、実は或る人物<ガブリエル・パステルナーク>とかいう人物によって作為的に乗せられていたことに気づく。

A: パイロットがなんとかしてくれるかと乗客は期待するが(アルゼンチン人は他力本願)、操縦しているのがなんとパステルナーク自身と判明、万事休すとはこのこと。急降下する機内はパニック、凍りつく乗客たち・・・という意表を突くエピソードで始まる。

 

            (まだ恐怖の顛末を知らない乗客たち)

 

B: かつてパステルナークにそれぞれ個人的にヒドイ仕打ちをしたことに思い至る。特にクラシック音楽評論家のサルガド(ワニ)は、彼をケチョンケチョンに貶していた。

A: パステルナークが昔の教え子と気づく女教師、パステルナークの年齢から割り出すと、これは軍事独裁時代の偏向教育のメタファーかもしれない。他にいじめっ子のクラスメート、精神科医、<ガブリエル>は、聖母マリアに受胎告知した大天使、これもウラに何かあるかも。

 

B: 飛行機が庭にいた老夫婦を巻き添えにして地面に激突するシーンで、突然オープニング・クレジットに切り替わる。それで分かったことは、老夫婦が巻き添えでなかったことだ。

A: 老夫婦はパステルナークの両親という衝撃。このようにしてパステルナークは自分の人生を不幸に陥れた全員に復讐を遂げたわけです。第1話がオープニング・クレジットの前にあった理由を観客はここで知るわけです。

 

B: アルゼンチンはイタリア人、スペイン人が多いが、ロシア人もフランス人についで多い。ロシアからの移民は19世紀から20世紀にかけて、民族浄化ポグロムなどで追われてきたユダヤ系アシュケナジムです。後からやってきたカトリック教徒でないスペイン語のできない移民として差別された。

A: そういう出身民族間の対立構図があると感じますね。だからここは陰の主役をロシア系移民としたことに意味があるのです。監督の家系もナチに追われてアルゼンチンに移民してきた一族。先祖はアシュケナジム系のユダヤ人だそうです。「自分の祖母はナチから逃れるため護送列車から飛び降り逃げてきた人」とカンヌのプレス会見で語っていました。彼はこの勇敢なお祖母さんの子孫です()

 

          殺人が悪いかどうかという道徳的な問題とは無関係(第2話)

 

B: まあ、よく実力派の俳優を揃えました。すぐ思い出せなかったのがリタ・コルテセ、『オリンダのリストランテ』の主演女優でした。料理人(ゴリラ)は塀の中の体験者、悪いヤツに天罰を与えるのは社会正義だし、「刑務所暮らしはそんなに悪くない」とうそぶく。

 

        (「刑務所暮らしはシャバより余程マシ」とうそぶく料理人)

 

A: だいいち衣食住はすべてタダなのだ、シャバよりよほどマシというわけ。片やウエイトレス(ヒツジ)は、刑務所は未体験だから入るのが恐ろしい。しかし二人とも、社会の悪を抹殺するのは悪いことではないと考えている。ここで問われているのは殺人が悪いかどうかという道徳的な価値観ではない。

 

B: 犯行がバレないで、つまり刑務所入りがないなら躊躇するに及ばない。親の敵討ちを実行する千載一遇のチャンスを逃してなるものか。なんとも痛快な論理ですが、これはアルゼンチン社会の不安定さが社会的不公平を増長していることを揶揄している。

A: レストランに現れた客は、かつてウエイトレスの父親を自殺に追い込むほどの悪事を働いているが、罪を問われることもなく、大手を振って世間を渡っている。なのに料理人は下層階級に属していたため受刑者になった。それにしてもネズミたちが猫いらずで客を殺害しようとするところがシュールです。

B: 地獄の沙汰も金次第が横行しているが、このエピソードは第5話「愚息」にも繋がっていく。

 

      スピルバーグのデビュー作『激突!』へのオマージュ(第3話)

 

A: イケメン俳優スバラグリアも40歳を超えてややオジサンになりました。ディエゴ(シカ)が乗っている新車は、フォルクスワーゲンの「アウディ」だそうです。ブエノスアイレスからフフイ州のバルセナ高地を走行している。前を走っているおんぼろ車を追い越して先へ行きたいが運転手マリオはそうはさせじと邪魔をする。「すかした若造なんかに負けてたまるか」というわけ。

B: これは当時無名だったスピルバーグがテレビ映画として撮った『激突!』(1971)のパロディ版ですね。あちらは大型トレーラータンクローリーとクライスラーでしたが。海外でも劇場公開され、スピルバーグの名が世界に知られるようになった映画でした。(日本公開1973

A: 先述したように本作は、スピルバーグ総指揮の『世にも不思議なアメージング・ストーリー』を下敷きにしている。それで敬意を表したものです。勿論、結末は異なりますが。

 

B: 罵詈雑言の応酬がアメリカでは物議をかもしたとか。

A: 字幕翻訳は難しいという例ですが、スバラグリアが扮したディエゴのセリフ「sos un negro resentido」が、「You’re a motherfucking wetback」と翻訳された。どちらも「おまえはひがみっぽい下劣な野郎だぜ」ぐらいの意味と思うが、問題なのは“negro”を“wetback”としたこと。アルゼンチンではネグロは肌の色より髪の色を指し、差別語niggerに直結しない。ウエットバック(esparda mojada)はメキシコからリオグランデを泳いで米国に密入国した不法入国者を指す。川を泳いで渡るから背中が濡れているわけです。ですから危険極まりない誤訳です。

 

B: ちょっと悪意を感じますね。当然論争になってもおかしくない。字幕に限らず「翻訳恐るべし」の好例です。現在のアルゼンチンには黒人はほとんどいないし、運転手マリオも黒人ではないから問題は起こらない。日本語字幕は英語版起しと思うが、字幕はどうなっていたのかな。

A: 1回見ただけでは分からない。汚らしい言葉の応酬以外にもドタバタ・コメディ、最後のオチがないと面白くないエピソードです。

 

     (撮影現場のラス・コンチャス川に架かったモラレス橋の前のディエゴ)

 

      発破屋は官僚主義に飽き飽きした庶民のアイドル(第4話)

 

B: リカルド・ダリンは『瞳の奥の秘密』より生き生きしている。ダリンは苦虫潰してコメディやるのに適した俳優。ボレンステインのシリアス・コメディ“Un cuento chino”(2011「ウン・クエント・チノ」)の不機嫌な金物屋の主人公を思い出した。

A: どんな役でも地でやってると思わせるね。妻ビクトリアを演じたナンシー・ドゥプラーは、2001年に『木曜日の未亡人たち』の主役パブロ・エチャリと再婚して今度は続いている。

B: 娘のバースディ・ケーキが間に合わなくて面目潰されたと離婚を突きつけるのも可笑しいが、互いに弁護士を雇って争う訴訟社会。妻側の女弁護士が勇ましいのも笑える。しかし一躍夫が有名人になるとあっさり取り下げ、今度は夫のバースディ・ケーキを入所中の夫に届けてチュー。

 

        (「あそこはアンタ、駐車禁止ゾーンではないよ」と怒りを爆発させるシモン)

 

A: 「バースディ・ケーキ」が狂言回しになっている。ケーキを買わなければ事件は起こらなかった。こんな些細なことから事件は起きる。庶民が抱える鬱積というダイナマイトの導火線は短いから爆発は時間の問題。さらに他のラテン諸国と違って「白人国家」という意識が強いうえに、根拠のない選良意識で近隣諸国を見下す風潮があるから、他のラテン諸国を刺激し顰蹙をかうケースが多い。誇りに実力が伴っていない()

B: 民政と軍政の失敗の歴史がアルゼンチン、国民が国家を信用しないことが極端な個人主義を生んでいるのかもしれない。家族の大国柱が刑務所入りして平和が戻るという皮肉を笑っていいのかどうか()。他のエピソードとは一味違うオチでした。

 

       日本でもありそうなエピソード(第5話)

 

A: お金と引き換えに身代り犯人になる話は、ハリウッドでも何本もあるが、結末が違うかな。日本でも実際にあるでしょうね。

B: 階級社会でなくても起こりうる。経済の二極化は先進国で顕著だから。金持ちも貧乏人も、職業、学歴を問わず欲のカタマリです。だが欲をかきすぎると獲らぬ狸となる。

A: マウリシオは「サメ」だから、いつ「ジョーズ」に変身するか、庭師も弁護士も検察官も、その見極めを誤った。

B: エピソード題が「愚息」とある。事件の発端ではあるが、テーマとは無関係だ。轢き逃げされた妊婦の夫に「自分の手で犯人に正義の鉄槌をくだす」とわめかれては、庭師だっていくらお金を貰っても割に合わない。

 

             (分捕り合戦を繰り広げる金の亡者たち)

 

A: マウリシオの妻エレナが息子可愛さに「交渉人」になって、激怒した夫を宥め、弁護士以下と話を纏めようとする。こういう構図は万国共通だね。マリア・オネットはルクレシア・マルテルのサルタ三部作の一つ『頭のない女』や、ナタリア・スミルノフのデビュー作『幸せパズル』で主役を演じたベテラン。リタ・コルセテといい、フリエタ・シルベルベルグといい演技派女優が出演している。

 

      男と女の「永遠の誓い」―結婚は墓場だ!(第6話)

 

A: ブエノスアイレスのホテル、インターコンチネンタルのモッセラット大ホールを貸し切って撮影されたそうです。「ハッピーウエディング」か「アンハッピーウエディング」か微妙です。

B: どうしようもないのが男と女、これまた万国共通です。各映画祭での受賞が一番多かったのが観客賞でした。派手に暴れましたからホテル側の器物損壊の支払いも高くついたかな。

A: なにしろ花嫁は雌トラですから、狙った獲物は死んでも離さない。夫の不倫を梃子に全財産を絞りとろうという知恵を働かせる。ここでは「合理主義」が称揚され、物事の判断は目的や価値の多寡に従って決定しようというアルゼンチン伝統の行動がカリカチュアされている。

 

B: 花婿アリエル家は豪華ホテルを借り切って披露宴を催す財力がある。母親に甘やかされたボンボンだからガードも甘い、携帯電話をテーブルに置きっぱなしだ。教訓1、携帯に不倫の痕跡を残さないことは言うまでもなく、肌身離さず携帯せよ。

A: 花嫁ロミーナの純白のウエディングドレスが時間とともに汚れていく。不倫相手の愛人を侮辱するため、ダンスにかこつけて鏡に投げ飛ばして復讐する。教訓2、不倫相手の結婚式には嫌がらせをしたくても欠席せよ。思わぬ災難に出遭うことあり。

 

         (相手の不誠実を携帯で知ってショックを受ける花嫁)

 

B: 花婿アリエルが不用意にも不倫を認めてしまいますが愚かですね。あくまで知らぬ存ぜぬを押し通さなくちゃ。

A: この場合は証拠品があるので言い逃れできないと考えたのでしょうが、教訓3、譬え証拠があってもアタマを使って飽くまでシラをきること。花嫁の行動もショックの結果とはいえ賢くありません。今後こういうカップルが増えていくことは宿命でしょうか。結婚はいつの時代も墓場です。

 

B: ロミーナ役のエリカ・リバスは、1974年ブエノスアイレス生れ。ということは撮影時の年齢は38歳くらいになる。

A: 本作では出演者多数なのでキャスト紹介はしない方針ですが、コッポラの『テトロ 過去を殺した男』以外、公開作品はないでしょうか。付録として簡単に紹介しておきます。

B: 興行成績もフアン・ホセ・カンパネラの『瞳の奥の秘密』 や“Metegol”を超えました。唯一超えられないのがウォルター・サレスの『モーターサイクル・ダイアリーズ』の5764万ドル。

A: 日本がドンジリ公開ですから、今後超えるのは難しいでしょう。鑑賞したウディ・アレンが「素晴らしい」と言ってくれたとか。日本の観客にはイマイチ面白さがストンとこないかもしれませんが、レベルの高い良質の辛口コメディでした。

 

エリカ・リバス1974121日、ブエノスアイレスのラモス・メヒア生れ、女優、プロデューサー。1996年アルベルト・レッキの“El dedo en la llaga”で映画デビュー。コッポラの『テトロ 過去を殺した男』(2009Tetro”米≂伊≂西≂アルゼンチン)が2012年に公開されている。これはラテンビート2010で『テトロ』の邦題で上映されていたもの。2009年カンヌ映画祭「監督週間」のオープニング作品。主演と自ら製作に携わったサンティアゴ・Giraltの“Antes del estreno(2010)、最新作はハスミン・ストゥアルトのミステリー・コメディ“Pistas para volver a casa(2014) などコメディが多い。テレビに舞台に忙しい。

主な受賞歴:本作でアルゼンチンのアカデミー賞スール賞2014女優賞、ビアリッツ映画祭2014(ラテンアメリカ部門)女優賞、イベロアメリカ・プラチナ賞女優賞、銀のコンドル助演女優賞などを受賞。テレドラ“Casados con hijos”で、2006年コメディ部門のマルチン・フィエロ助演女優賞、クラリン・エンターテインメント女優賞を受賞している。