ホライズンズ・ラティノ部門第5弾*サンセバスチャン映画祭2016 ⑩ ― 2016年09月02日 12:15
躍進目覚ましいコロンビア映画界の若手J・A・アランゴの新作
★今回はボゴタ出身、カナダの奨学金を得てバンクーバーの高校卒業後、コロンビア大学で映画とテレビを学んだという異色の若手監督フアン・アンドレス・アランゴの第2作となる“XQuinientos”を取り上げます。デビュー作“La Playa DC”(2012)がカンヌ映画祭「ある視点」にノミネートされ、国際舞台に躍りでた。続いてシカゴ映画祭「新人監督作品」部門、リマ・ラテンアメリカ映画祭「第1回監督作品」部門などでも上映された。ロッテルダム映画祭の映画製作支援資金「ヒューバート・バルス基金」を得て製作された作品です。新作はトロント映画祭「コンテンポラリー・ワールド・シネマ」部門で先にワールド・プレミアされます。
7)“X Quinientos”(“X-500”)
製作:Séptima Films(コロンビア)/ Peripheria Productions(カナダ)/
MACHETE PRODUCCIONES(メキシコ)
監督・脚本:フアン・アンドレス・アランゴ
製作者:ホルヘ・アンドレス・ボテロ(Séptima Films)、ヤニック・レトルネアウLetorneau(Peripheria Productions)、Edher・カンポス(MACHETE PRODUCCIONES)
データ:製作国カナダ=コロンビア=メキシコ、2016年、108分、言語スペイン語・フランス語・英語・タガログ語・マサワ(Mazahua)語、撮影地:モントリオール(カナダ)、ブエナベントゥラ(コロンビア西部バジェ・デ・カウカ州)、メキシコ・シティ、ミチョアカン州シタクアロ(メキシコ)、マニラ(フィリピン)。公開コロンビア2017年前半期予定
映画祭・受賞歴:トロント映画祭2016コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門、サンセバスチャン映画祭2016ホライズンズ・ラティノ部門、共に正式出品作品
キャスト:ジョナサン・ディアス・アングロ(アレックス)、 ベルナルド・ガルニか・クルス(ダビ)、Jembi・アルマサン(マリア)、他
解説:コロンビア、メキシコ、そしてカナダ、それぞれ愛する家族の死という共通の経験をした3人の若者の物語。環境の異なる土地で暮らす彼らの哀しみは決して交錯することはないが、深い哀しみを乗り越えるための心と体の変容を迫られるというテーマは共鳴しあう。アレックスはアフリカ系コロンビア人のティーンエージャー、コロンビアで最も危険な港湾都市といわれるブエナベントゥラで漁師として暮らしている。しかしアレックスには兄とその仲間の死を無駄にしないためにも、再び米国への密入国を果たさなければならない。ダビは先住民マサワ族の若者、父の死を受け入れられず村を出てメキシコ・シティに移ってきた。しかし首都での先住民差別に直面して自分の居場所を見つけることができない。戦士ダビは自らのアイデンティティを守るため、パンクファッションで武装して新しい人生に立ち向かう。マリアは母親の死を契機にフィリピンのマニラから、祖母アウロラを頼ってカナダに移住してきた。祖母は35年間もモントリオールで暮らしている。マリアはこの新しい北の国での激変を受け入れ耐えねばならない。それは闘いの日々でもあった。
(左から、マリア、ダビ、アレックス)
★解説に述べたように、ラテンアメリカ映画に特徴的なテーマ〈移動〉を軸に、ブエナベントゥラ、メキシコ・シティ、モントリオールと、異なった言語が入り乱れる三つの空間で、三人の若者の哀しみと自立が語られる。ブエナベントゥラは麻薬都市として有名なカリ市に近い太平洋に面した港湾都市、2012年には犯罪組織同士の抗争が激化、暴力を恐れた住民が国内難民となって故郷を離れている。コロンビアは徹底した階層社会、国内難民の数でも世界の上位にランクされており、最近合意されたという政権vsゲリラ間の和解も調印に漕ぎつけるかどうか。
(アレックス役のジョナサン・ディアス・アングロ、映画から)
★コロンビア映画の躍進には、長引いた内戦によるさまざまな問題を抱えながらも、「映画振興基金FDC」を設立した現政権の英断がある。カンヌやベルリンなどの国際映画祭の受賞歴を見れば一目瞭然である。言うまでもなく毀誉褒貶のある政権ではあるが評価したい。文化を軽んじた国家がやがて衰退するのは歴史が証明している。
★フアン・アンドレス・アランゴJuan Andrés Arango Garcia監督は、コロンビアのボゴタ生れ、監督、脚本家、撮影監督。コロンビアの高校在学中、カナダの奨学金を得てバンクーバーの高校に留学、卒業後コロンビア大学で映画とテレビを学んだ。2010年TVのドキュメンタリー・シリーズに撮影監督としてデビュー、ドキュメンタリー“Esperanza P.Q.”(12)、TVムービー“Top 5:Canadá”(12)を手がけている。2012年長編映画“La Playa D.C.”で監督デビュー、カンヌ映画祭2012「ある視点」部門にノミネートされたことが、その後の躍進の足掛かりになった。
★トロント映画祭にノミネーションされたことについて、「“XQuinientos”は、特に汎アメリカ的な映画です。ラテンアメリカ映画の一つとして本映画祭で上映されることは、私にとってとても重要な事です」とアランゴ監督。プロデューサーのホルヘ・ボテロも「トロントで上映されることは素晴らしいこと。この映画のテーマは、移民や変革について語ったもので、世界のあらゆる地域で共有できる視点を持つよう心がけました」。やはりカナダでもトロントは英語圏、米国と直結していますからサンセバスチャンより有利かもしれません。ホルヘ・ボテロは、メキシコでは有力な製作者、他にマイケル・ロウの『うるう年の秘め事』(10、ラテンビート2011)、ディエゴ・ケマダ=ディエスの『金の鳥籠』(2014アリエル賞受賞作品、難民映画祭)を手がけている。
★上記のプロダクションの協力の他に、数年前に新設されたコロンビアの「映画振興基金FDC」、メキシコ映画協会などの資金支援、カナダ・テレフィルム、Sodec基金の後援を受けて製作された。
アルモドバルの新作11月公開*「フリエタ」でなく『ジュリエッタ』 ― 2016年09月03日 18:24
危惧した通りの邦題「ジュリエッタ」になりした!
★サンセバスチャン映画祭に関する記事はちょっとお休みして、映画新情報を幾つかアップします。まずアルモドバルの新作“Julieta”(“Silencio”が途中で改題)が『ジュリエッタ』の邦題で11月5日に公開されます。危惧した通り「フリエタ」ではなく「ジュリエッタ」になりました。作中で「フリエタ」と呼ばれるシーンが出てくる度に、観客は「ジュリエッタ」という字幕を見るというわけです。スペイン語話者はスペイン、南北アメリカ、赤道ギニア、20カ国4億2000万人以上に上り、国際会議においては英語、仏語、露語、中国語、アラビア語と並ぶ6つの公用語の1つです。配給会社の関係者が考えるほどマイナー言語ではありません(配給元はブロードメディア・スタジオ)。
★当ブログでは既に「フリエタ」でご紹介しております。尚現在のフリエタを演じる女優名は公式サイトではエマ・スアレスですが、過去の「スペイン映画祭」ではエンマ・スアレス、こちらでご紹介しております。30年前のフリエタを演じるアドリアーナ・ウガルテはアドリアナと長音ナシのご紹介です。長音を入れるかどうかは好みの問題という立場をとっております。例年10月に開催される「ラテンビート2016」で多分先行上映会されるのではないでしょうか。
★トロント映画祭2016マスターズ部門ノミネーション、第29回ヨーロッパ映画賞2016オフィシャル部門、及び観客賞選考対象作品にノミネーションされています。アカデミー賞外国語映画賞2017のスペイン代表作品に“El olivo”(イシアル・ボリャイン)と“La novia”(パウラ・オルティス)、それに『ジュリエッタ』がアナウンスされています。アルモドバルは『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(88ノミネート)、『ハイヒール』(91落選)、『私の秘密の花』(95落選)、『オール・アバウト・マイ・マザー』(99年受賞)、『ボルベール』(06最終選考)に続いて6度め、間もなく発表になります。
(公開に合わせてイギリス入りしたアルモドバル、2016年8月10日)
*エマ・スアレスとアドリアナ・ウガルテのキャリア紹介記事は、コチラ⇒2015年4月5日
*アルモドバル、主な作品紹介の記事は、コチラ⇒2016年2月19日・2016年5月8日
ベネチアとトロントにノミネートされたラウル・アレバロのデビュー作
★ラウル・アレバロのスリラー“Tarde para la ira”(“The Fury ob a Patient Man”)は、ベネチア映画祭の「オリッゾンティ部門」に続いて、トロント映画祭の「ディスカバリー部門」にノミネーションされました。「俳優になったのは監督になる足掛かりをつくるため」と語っていたアレバロ監督、名優にして名監督、フェルナンド・フェルナン・ゴメスの有名な言葉「多くの人は、一介の俳優が監督するなんて、と驚くが少しも驚くことじゃない。監督したくない人なんていない」を引用して、「これは自然なことなのだ!」とベネチア出発直前のインタビューに応えていました。
★日本デビューはダニエル・サンチェス・アレバロ監督のデビュー作『漆黒のような深い青』(06、ラテンビート2007上映)、アルモドバル作品の常連さん、最近ではアルベルト・ロドリゲスのスリラー仕立ての社会派映画『マーシュランド』が記憶に新しい。
(アレバロ監督、マドリードのデボド寺院公園にて、2016年8月)
★盟友アントニオ・デ・ラ・トーレ、ルイス・カジェホのプロ以外に、母親、伯母さん、兄弟、デ・ラ・トーレの娘さん、町を上げての協力のお陰で〈監督デビュー〉できました。それが三大映画祭の一つベネチアへ、米国市場への一番の近道トロントへ、さらに9月9日スペイン公開も決定しました。
*監督&作品の記事は、コチラ⇒2016年2月26日
*ベネチア映画祭2016の記事は、コチラ⇒2016年8月4日
ヨーロッパ映画祭賞2016オフィシャル部門出品作品
◎『ジュリエッタ』2016、アルモドバル、上記割愛
◎“El olivo”2016、イシアル・ボリャイン
*マイアミ、シアトル、エジンバラ、各映画祭2016出品、ブリュッセル映画祭観客賞受賞、ほか
*作品&監督フィルモグラフィーの紹介記事は、コチラ⇒2016年7月19日
◎“Truman”2015、セスク・ゲイ
*サンセバスチャン映画祭2015オフィシャル部門、男優賞受賞(リカルド・ダリン、ハビエル・カマラ)、ゴヤ賞2016作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞・助演男優賞受賞、ほか
*作品&監督フィルモグラフィーの紹介記事は、コチラ⇒2016年1月9日
◎“Mimosas”2016、オリヴェル・ラセ
*カンヌ映画祭2016のパラレル・セクション「批評家週間」のグランプリ作品、トロント映画祭2016「Wavelengths部門」出品、ほか
*紹介記事は、コチラ⇒2016年5月22日
ホライズンズ・ラティノ部門第6弾*サンセバスチャン映画祭2016 ⑪ ― 2016年09月05日 16:47
ボリビア映画、キロ・ルッソのデビュー作“Viejo calavera”
★先月3歳の誕生日を迎えたばかりの新参ブログですが、映画開発途上国ボリビアの映画紹介ゼロは、あまりにバランスを欠いていると反省。先月初めに開催されたロカルノ映画祭2016「現在のシネアストたち」部門に出品、スペシャル・メンションを受賞したキロ・ルッソのデビュー作“Viejo calavera”のご紹介。鑑賞するには少し辛い内容の作品ですが、サスペンス的な要素もあり、現代ボリビアが抱える諸問題ともリンクしているようです。
★ボリビア映画の日本公開は、ウカマウ集団/ホルヘ・サンヒネスの全作品しかないようです。2014年5月に「レトロスペクティブ『革命の映画/映画の革命の半世紀』1962~2014」というタイトルの特別上映会があり、『地下の民』(89)、『鳥の歌』(95)、『最後の庭の息子たち』(04)など代表作品のほか全作品が上映され、ゲスト・トークもありました。彼の作品を見るには体力が必要です。
★その他、第22回東京国際映画祭のコンペにノミネートされたフアン・カルロス・バルディビアの『ボリビア南方の地区にて』(09“Zona sur”)は非常に観念的な映画ですが、先住民と白人の対立構図はウカマウ集団と同じ、しかしティストはまったく異なっている。これといった事件が起こるわけではないのに、観客は最後に主客転倒劇を見せられる。ボリビアの若いシネアストたちの胎動を感じた作品でした。これは未公開だったと思います。
8)“Viejo calavera”(“Dark Skull”)
製作:Socavon Cine / Doha film Institute /
監督・脚本・製作者(エグゼクティブ)・編集・録音:キロ・ルッソ
脚本・製作者(エグゼクティブ):Gilmar・ゴンサレス
撮影・製作者(エグゼクティブ)・編集:パブロ・パニアグア
プロダクション・デザイン:カルロス・ピニェイロ
美術・メイクアップ:カヤラ・アギラール、ビビアナ・バルツ
録音:マルセロ・グスマン、ペポ・ラサッリ、ほか
ビジュアル効果:ペポ・ラサッリ、ダニエル・ベンディティ
プロダクション・マネジメント:フアン・パブロ・ピニェイロ
データ:製作国ボリビア=カタール、2016年、80分、長編デビュー作、撮影地ウアヌニ鉱山。カタールの「ドーハ・フィルム協会基金」からの援助、ウアヌニ鉱山労働組合、Londra Films P&A、文化省など、国内外の後援、協力を受けた。
映画祭・受賞歴:ロカルノ映画祭2016「現在のシネアストたち」部門出品、8月5日上映、スペシャル・メンション受賞。サンセバスチャン映画祭2016「ホライズンズ・ラティノ」部門出品、
キャスト:フリオ・セサル・ティコナ(エルデル・ママニ)、ナルシソ・チョケカジャタChoquecallata(名付け親の叔父フランシスコ)、アナスタシア・ダサ・ロペス(祖母ロサ)、フェリックス・エスペホ・エスペホ(フアン)、イスラエル・ウルタド(ガジョ)、ロランド・パジPatzi(チャルケ)、エリザベス・ラミレス・ガルバン(叔母カルメン)、ほか
(エルデルを演じたフリオ・セサル・ティコナ、映画から)
解説:父と対立して町で好き勝手に暮らしていた若者エルデル・ママニの物語。父の死に遭遇してもエルデルはカラオケで飲みつぶれ、街中で悶着を起こし続けている。今では彼を気にかけるものはいなかった。彼にできること、それは鉱山の町ウアヌニに舞い戻って鉱夫として働くこと以外になかった。ウアヌニの町から離れた粗末な家で祖母と暮らすことになったエルデル、叔父で彼の名付け親でもあったフランシスコの口利きで鉱山で働けることになったが、彼にはまったく興味のない仕事に思われ、仲間とのトラブルが絶えなかった。謎めいた父の死、「フランシスコが関わっていたのではないか」、「どうしたら自分の人生を変えることができるのか」、果たして変えることができるのだろうか。
*トレビア*
★オハナシとしては極くシンプルなもので物足りなく思う人もいそうだが、人物造形が皮相的という批評は計算済みらしく、「神秘的で人を幻惑するような世界のネオリアリズムを追求するために、敢えて登場人物の深層心理には踏み込まなかった」と監督。「ビジュアルな場面、または坑内の照明の取り方にはアンドレイ・タルコフスキーの表現の仕方を参考にして撮影した」と撮影兼製作兼編集と何役もこなしたパブロ・パニアグラは語っている。彼によらず多くのスタッフが掛持ち、デビュー作では珍しいことではありません。尚、キャスト陣はオール初出演のようです。
(本作の見どころの一つがパニアグラのカメラ、映画から)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★キロ・ルッソ Kiro Russo は、1984年ラパス生れ、監督、脚本家、製作者。ブエノスアイレス映画大学で監督演出を学ぶ。2010年短編“Enterprisse”、2011年、鉱山労働を描いた短編ドキュメンタリー“Juku”がインディリスボア・インディペンデント映画祭2012 短編部門のグランプリ受賞、ブエノスアイレス近郊に住むボリビア移民の青年群像劇“Nueva vida”が、ロカルノ映画祭2015短編部門のスペシャル・メンション「トゥモロー豹」賞とイフラヴァ・ドキュメンタリー映画祭(チェコ)短編部門「ヨーロピアン・ドキュメンタリー」賞を受賞する。2016年本作で長編デビューした。
(「現在のシネアストたち」スペシャル・メンション受賞、2016年ロカルノ映画祭にて)
★現在ルッソ監督は、映画祭を推進するオーディオビジュアル・プロジェクト「Ikusmira Berriak」、現代文化国際タバカレラ・センターに参画、バスク・フィルムライブラリー、ドノスティア文化とコラボしている。
ホライズンズ・ラティノ部門落ち穂拾い*サンセバスチャン映画祭2016 ⑫ ― 2016年09月09日 16:37
二人の女性監督、アルゼンチンとエクアドルから
★「ラテンビート2016」の日程と上映5作品がアップされています。全体像はまだ見えておりませんが、サンセバスチャン映画祭2016のコンペティション部門の目玉としてご紹介したアルベルト・ロドリゲスの新作“El hombre de las mil caras”が、嬉しいことにエントリーされておりました。公開も決定しているようなので先行上映となります。他の作品も既にご紹介していますが、改めて「ラテンビート2016」としてまとめていきます。その前に「ホライズンズ・ラティノ」部門の落ち穂拾いとして、二人の女性監督作品を簡単にアップしておきます。
9)“La idea de un lago”(“The Idea ob a Lake”“Air Pocket”)ミラグロス・ムメンタレル
データ:製作国アルゼンチン=スイス=カタール、2016年、82分、撮影地アルゼンチンのネウケン州ビジャ・ラ・アンゴストゥラ。グアダルーペ・ガオナの写真入りの詩集“Pozo de Aire”の映画化(ワーキング・タイトル)、2013年スイスで行われた「ヨーロッパ・ラテンアメリカ共同製作」の公開討論会を通じて具体化した作品。ロッテルダム映画祭のヒューバート・バルス基金、INCAAの後援を受けた。
製作:Alina Film / Radio Television (RTS) / Rudo Cine
スタッフ:監督・脚本ミラグロス・ムメンタレル、撮影ガブリエル・サンドルゥ
キャスト:カルラ・クレスポ(イネス)、ロサリオ・ブレファリ(イネスの母)、フアン・グレッピ(トマス)、マレナ・モイロン(少女時代のイネス)、フアン・バルベニリ、ホアキン・ポック、ほか
解説:イネスは35歳のプロのカメラマン、初めての子供が生まれる前に写真と詩で綴る個人的なアルバムを完成させたいと考えている。数カ月前に夫とは別れているが、生まれてくる子どもの養育は共有したいと思っている。記憶や思い出を辿るこのアルバムの仕事は、アルゼンチン南部にある彼女の生家に我々を度々誘っていく。ここでの数年間が今のイネスの性格や人格を作り上げたからなのだ。イネスが2歳だった頃、父と一緒に写っているたった1枚の写真もこの同じ場所なのだ。その数カ月後に父は軍事政権の犠牲となり行方不明者デサパレシードになった。過去についての、母親や兄弟、不在だった父親との関係について語るアルバムとなるだろう。過去が未だに過去になっていない女性カメラマンのルーツを探る物語。
(イネス役のカルラ・クレスポ、映画から)
(少女時代のイネス、マレナ・モイロン、映画から)
監督&フィルモグラフィー紹介:1977年アルゼンチンのコルドバ生れ、監督、脚本家。生後3カ月のとき、独裁政権の弾圧を怖れた両親とスイスに亡命、スイスで生育した。19世紀末に曽祖父がスイスからアルゼンチンに移住してきた。独裁政権(1976~84)が倒れた後も両親と兄弟はスイスに留まり、監督だけが17歳のときアルゼンチンに戻ってきた。家庭での会話はスペイン語を使用していたから流暢、スイスで開催されるロカルノ映画祭はいわば古巣のようなものです。
★長編デビュー作“Abrir puertas y ventanas”(2011)が、ロカルノ映画祭を皮切りに次々と国際的映画祭のノミネーションを受け、特にロカルノでは「金豹賞」を含む5賞(国際批評家連盟賞・エキュメニカル審査員賞&ヤング審査員スペシャル・メンション、女優賞)を受賞した。その他、ハバナ、マル・デル・プラタ(以上2011)、グアダラハラ、ミュンヘン(以上2012)、各映画祭での受賞、サンセバスチャン映画祭にもエントリーされた。
(金豹賞のトロフィーを手にした監督、ロカルノ映画祭授賞式、2011年)
★第2作に当たる“La idea de un lago”も下馬評では上位につけていたが無冠に終わった。偶然グアダルーペ・ガオナの写真入りの詩集“Pozo de Aire”に出会ったことが製作の動機、ガオナと自分の境遇がよく似ていることに触発された由。従って映画の中の父親と自身の父親の二人をダブらせている。イネスの生家を湖の辺りにしたのは、以前、気に入って撮りダメしていた映像を使用したとロカルノで語っていますした。ああ
(イネスの母役ロサリオ・ブレファリと監督、ロカルノ映画祭2016にて)
10)“Alba” アナ・クリスティナ・バラガン
データ:製作国エクアドル=メキシコ=ギリシャ、2016、98分、第1回監督作品、ロッテルダム映画祭2016 Lions 賞受賞作品(本映画祭は第2作までが対象)、トゥールーズ・ラテンアメリカ映画祭2016 国際批評家連盟賞受賞、撮影地エクアドル、公開オランダ2月、フランス3月、ドイツ4月
製作:Caleidoscopio Cine (製作者ラミロ・ルイス、イサベラ・パラ)
スタッフ:監督・脚本アナ・クリスティナ・バラガン、撮影シモン・Brauer、音楽N/A、美術オスカル・テルジョ
キャスト:マカレナ・アリアス(アルバ)、パブロ・アギーレ・アンドラーデ(父イゴール)、アマイア・メリノ(母親)、マリア・パレハ、マイサ・エレーラ、イサベル・ボルへ、他
解説:アルバは大きな目をした11歳の少女、小さな動物が好きな恥ずかしがりやだ。病気のママを世話していたがとうとう入院することになってしまった。3歳のとき別れて以来会ったことのない父イゴールと暮らすことになる。イゴールは家族と別れた後、小さな家に引きこもって一人で暮らしている。アルバと一緒に暮らすことはとても耐えがたいことだった。アルバへのハグも、学校でのイジメの対処も手にあまる。お互いに近づくすべを見つけられないでいるが、やがてイゴールの優しさ、思春期を迎えたアルバ自身の成長が、二人をゆっくり結びつけていく。
(アルバ役のマカレナ・アリアス、映画から)
(父イゴールとアルバ、映画から)
監督&フィルモグラフィー紹介:1987年エクアドル生れ、監督、脚本家。2008年“Despierta”(8分)で短編デビュー。2010年第2作“Domingo violeta”(18分)、第3作“Anima”(20分)、2016年本作で長編デビュー。
(アナ・クリスティナ・バラガン監督、ロッテルダム映画祭にて)
イーサン・ホークがドノスティア栄誉賞*サンセバスチャン映画祭 ⑬ ― 2016年09月12日 06:39
今度こそサンセバスチャンに現れます!
★第64回サンセバスチャン映画祭の栄誉賞はシガニー・ウィーバーとイーサン・ホークに決定しました。シガニー・ウィーバーは早々とアナウンスされましたが、イーサン・ホークは時間がかかりました。結局今年の栄誉賞は米国俳優2人になり、ハリウッド抜きで映画祭は成り立たない印象を受けました。昨年アメナバルの“Regression”(“Regresión”)がオープニング上映された時には、“The Magnificent Seven”撮影中で残念ながら来西を果たせませんでした。今回は9月17日にスペイン語題“Los siete magníficos”上映前に栄誉賞が手渡されます。米国封切りが9月23日ですから本映画祭上映がワールド・プレミアでしょうか。日本でも『マグニフィセント・セブン』の邦題で2017年1月27日公開が決定しています。黒澤明の『七人の侍』(54)をリメイクした『荒野の七人』(60)、この2本を原案にして更にリメイクしたようです。ハリウッドの人気俳優7人が勢揃いした活劇です。
(中央がイーサン・ホーク、右隣りがデンゼル・ワシントン)
★1970年テキサス州オースティン生れ、監督、脚本、作家と幾つもの顔をもつ俳優。「ビフォアー」シリーズの他、『ガタカ』(97)、『6才のボクが、大人になるまで』(14)など殆どが公開されている。アカデミー賞はノミネーションだけに終わっているが、未だ45歳、これからですね。小説は4作、2作目となる“The Hottest State”は、自ら脚本も手がけて監督した(『痛いほどきみが好きなのに』2007)。4作目の“Inden”(16)が「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラー・リストに初めて登場した。
*シガニー・ウィーバーの紹介記事は、コチラ⇒2016年7月22日
G.G.ベルナル「ジャガー・ルクルト賞」*サンセバスチャン映画祭2016 ⑭ ― 2016年09月16日 11:09
新設されたラテン・シネマ「ジャガー・ルクルト賞」にG.G.ガエル
★正式名は「Premio Jaeger-LeCoultre al Cine Latino」、2007年からベネチア映画祭で始まった「Premio Jaeger-LeCoultre Glory to the Filmmaker」と同じジャガー・ルクルト社が与える賞。第64回ベネチア映画祭特別招待作品の北野武の『監督・ばんざい!』(2007)が第1回の受賞者。題名からベネチアでは「監督・ばんざい賞」と呼ばれているので、それを採用してもいいでしょうか。ベネチアと似ていますが、こちらは「10年以上のキャリアがあり、かつ将来的にも活躍が期待できるラテンアメリカのシネアスト」に贈られます。ジャガー・ルクルト社は1933年創業のスイスの高級時計マニュファクチュール、サンセバスチャン映画祭のパトロンの一つです。
★第1回の受賞者となったガエル・ガルシア・ベルナルは、パールズ部門上映のパブロ・ラライン「Nerudaネルーダ」に出演、脚本の共同執筆者でもあることが評価された。1978年メキシコのグアダラハラ生れ、子役で出発、俳優のほか監督、脚本家、製作者(制作会社カナナ)。詳しいキャリアは割愛しますが、日本登場はカンヌに旋風を巻き起こしたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『アモーレス・ペロス』(00)、カトリック教会の横槍でメキシコでは上映中止となった『アマロ神父の罪』(02)、チェ・ゲバラの青年時代を演じた『モーターサイクル・ダイアリーズ』(04、ウォルター・サレス)、妖艶な女装が話題を呼んだ『バッド・エデュケーション』(04、アルモドバル)、イニャリトゥのハリウッド進出を決定づけた『バベル』(06)、力みすぎて空回りしてしまった監督デビュー作『太陽のかけら』(07)など、殆どが公開されています。舞台にも立ち、ハリウッド映画からもオファーを受け、今やメキシコを代表するシネアスト。
(鮮烈デビューした頃のG.G.ベルナル、『アモーレス・ペロス』)
(ネルーダを追跡する刑事オスカルのG.G.ベルナル、「ネルーダ」)
★最近の出演作“Me estás matando, Susana”(ロベルト・スネイデル)では、ボヘミアンのマッチョなメキシコ男性に扮した。メキシコでの長編劇映画の撮影は、なんと2008年のカルロス・キュアロンの『ルドandクルシ』以来とか。スネイデル監督は、「私だけでなく他の監督も語っていることだが、ガエルの上手さには驚いている。単に求められたことを満たすだけでは満足せず、役柄を可能な限り深く掘り下げている」と感心している。堪能な英語のほかフランス語、ポルトガル語もまあまあできるから海外からのオファーが多くなっている。当ブログ紹介の『ザ・タイガー救世主伝説』(“Ardor”パブロ・ヘンドリック)はアルゼンチン映画、ミシオネス州の熱帯雨林が撮影地だった。
(『ザ・タイガー救世主伝説』のシャーマン役)
★米国のTVコメディ・シリーズ“Mozart in the Jungle”出演でゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞したばかり、このほど第3弾の12月公開がアナウンスされました。他にトロント映画祭2015でFIPRESCIを受賞したホナス・キュアロンの“Desierto”(15)も落とせない。父親は『天国の口、最後の楽園』(01)の監督アルフォンソ・キャアロン、これで親子二代の映画に出演したことになる。監督としては6本の短編があり、最新作“Madly”(15分)がトライベッカ映画祭に正式出品された。
(共演者のベロニカ・エチェギと、“Me estás matando, Susana”から)
★サンセバスチャン映画祭へは、サバルテギ部門上映の『アモーレス・ペロス』、翌2001年には『ブエノスアイレスの夜』が同じサバルテギのコンペティションに選ばれ、フィト・パエスが新人監督賞を受賞した。今回が3度めのサンセバスチャン入りになります。来西はなかったもののパールズ部門にパブロ・ララインの『NO』(12)、『モーターサイクル・ダイアリーズ』、メイド・イン・スペイン部門に『バッド・エデュケーション』、『バベル』、ホライズンズ・ラティノ部門にドキュメンタリー『ダヤニ・クリスタルの謎』(13、マーク・シルバー)などが上映されている。本映画祭は今日がオープニングですが、授賞式は9月17日にジャガー・ルクルト社のLaurent Vinay氏からベルナルに手渡される予定。
*パブロ・ラライン「ネルーダ」の記事は、コチラ⇒2016年5月16日
*A・G・イニャリトゥ『アモーレス・ペロス』の記事は、コチラ⇒2015年3月6日
*パブロ・ヘンドリック『ザ・タイガー救世主伝説』の記事は、コチラ⇒2015年12月18日
*ロベルト・スネイデル“Me estás matando, Susana” の記事は、コチラ⇒2016年3月22日
*ホナス・キュアロン“Desierto” の記事は、コチラ⇒2015年9月25日
金獅子賞はフィリピン映画*ベネチア映画祭2016結果発表 ④ ― 2016年09月17日 10:06
初出品のアマ・エスカランテが監督賞!
*オフィシャル・セレクション部門*
★金獅子賞はフィリピンの監督ラブ・ディアスLav Diazの“The Woman Who Left”が受賞。スペイン語映画は、昨年の金獅子賞受賞者ロレンソ・ビガスの“Desde allá”(ベネズエラ)に続いて、今年はメキシコのアマ・エスカランテの“La región salvaje”が監督賞、アルゼンチンのオスカル・マルティネスが男優賞(マリアノ・コーン&ガストン・ドゥプラット“El ciudano ilustre”)、英語映画だがパブロ・ララインの“Jackie”が脚本賞を受賞、今年もラテンアメリカ勢が気を吐いた。尚監督賞はロシアのアンドレイ・コンチャロフスキーと分けあった。
*アマ・エスカランテ監督賞(“La región salvaje”、メキシコ=デンマーク)
◎初めてのベネチアで監督賞とは何て強運の持ち主なのだろう。本人も「どんな賞も期待しないよう自制していた。だってそのほうが賢明でしょ。初めてのベネチアにこうしていられて素晴らしい。この賞はケーキに載ってるサワーチェリーのようなものです」とトロフィーを指した。
(トロフィーを手にしたアマ・エスカランテ)
*オスカル・マルティネス男優賞(マリアノ・コーン&ガストン・ドゥプラット“El ciudadano ilustre”、アルゼンチン=西)
◎アルゼンチンはノーベル賞に縁のない国ですが、オスカル・マルティネス扮する作家は、ノーベル文学賞受賞者の「名誉市民」、如何にも皮肉たっぷりのコメディ。ホルヘ・ルイス・ボルヘスは何回も候補に挙げられたが、スウェーデン・アカデミーは選ばなかった。マルティネスは1949年ブエノスアイレス生れ、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』に出演している。「30代から40代の若い監督は、おしなべてとても素晴らしい」と、二人の若い監督に花を持たせた。
(トロフィーを手にしたオスカル・マルティネス)
*パブロ・ラライン脚本賞(“Jackie”、米=チリ)
◎デビュー以来、弟フアン・デ・ディオス・ララインと二人三脚で映画作りをしている。脚本賞受賞のフォトが入手できなかったので、レッドカーペットに現れた3人で悪しからず。監督は授賞式前に帰国したのかもしれない。
(レッドカーペットに現れた監督とナタリー・ポートマン)
(レッドカーペットに現れたラライン兄弟)
★ロレンソ・ビガスが審査員の一人だったせいとは思いたくありません。彼自身も画家だった父親オスラルド・ビガスを語ったドキュメンタリー“El vendedor de orquídeas”(ベネズエラ、メキシコ)が特別上映された。“Desde allá”はラテンビート2016に『彼方から』の邦題で上映が決定しているようです。以前にご紹介した4作のなかで無冠だったのは、クリストファー・ムライの“El Cristo ciego”(チリ=仏)だけという効率のよいベネチアでした。
ルス・ディアスが女優賞―ラウル・アレバロのデビュー作
*オリゾンティ部門*
★ルス・ディアスが女優賞を受賞。「監督になるために、まず俳優から映画界に入った」と語っていたラウル・アレバロのデビュー作“Tarde para la ira”出演。主だったキャストとスタッフで乗り込んだベネチアで結果を出すことができて、ラウルもさぞかし満足していることでしょう。
◎「自分の名前が呼ばれたときには思わず涙が出てしまいました」と語っていたルス・ディアス、1975年カンタブリアのレイノサ市生れ、女優、監督。舞台女優として出発、1993年『フォルトゥナータとハシンタ』が初舞台、映画、テレビで活躍。チュス・グティエレスの『デリリオ―歓喜のサルサ―』に出演、他にジャウマ・バラゲロ、ハビエル・レボージョなどの監督とコラボしている。2013年 “Porsiemprejamón” で短編デビュー、脚本も手がけた。ただし、「何よりもまず、私は女優」ときっぱり。
(まずまずのファッションで登壇したルス・ディアス)
(ベネチアでの三人組、アレバロ監督、アントニオ・デ・ラ・トーレ、ルイス・カジェホ)
★ガストン・Solnickiの“Kékszakallú”(アルゼンチン)も国際批評家連盟賞を受賞、タイトルはハンガリー語で「青ひげ」、バルトーク・ベーラの1幕物オペラ「青ひげ公の城」(1911作曲)からインスピレーションを受けて製作した由。Solnicki(ソルニッキー?)の長編第2作。
「国際批評家週間」の観客賞はコロンビアの“Los nadie”
★“Los nadie”(“The Nobody”)フアン・セバスチャン・メサ、コロンビア、2015、84分
*フアン・セバスチャン・メサの第1回監督作品、ベネチアでは2回上映された(8月31日、9月10日)。第56回カルタヘナ映画祭オープニング作品、トゥールーズ、サンティアゴなど各映画祭で上映されている。治安の悪い町として知られている通りで暮らしている。タトゥーで武装した5人兄妹(カミロ、メチャス、マヌ、アナ、ピパ)の愛と憎しみと常に破られる約束の物語。街路のグラフィティアート、音楽が楽しめる。スタッフ、キャストがオール若者の映画。コロンビア公開2016年9月15日
(フアン・セバスチャン・メサ監督)
『エル・クラン』が公開・パブロ・トラペロ ― 2016年09月20日 12:03
実話に着想を得て製作された誘拐犯プッチオ家のビオピック
★ベネチア映画祭2015紹介の折り、「ザ・クラン」の仮題でご紹介していたパブロ・トラペロの“El clan”(2015)が、『エル・クラン』の邦題で今秋劇場公開になりました。カンヌ映画祭の常連でもあり、国際的には高い評価を得ています。ラテンビートでも『檻の中』『カランチョ』『ホワイト・エレファント』と3作上映されていますが、日本公開は7人の監督が参加したオムニバス『セブン・デイズ・イン・ハバナ』だけ、単独での公開は初めて、ベネチアでの監督賞(銀獅子賞)が幸いしたのかもしれません。公式サイトも立ち上がり、かなり詳しい内容が紹介されています。人名の表記は当ブログと若干異なります。
(銀獅子賞のトロフィーを掲げるトラペロ監督、ベネチア映画祭2015)
★鑑賞後に改めてアップしたいと思いますが、ベネチアでのインタビューでは、「フィクションの部分をできるだけ避けた」と監督が語っていましたが、父と家族の会話、特に長男アレハンドロとの確執などはビデオが残っているわけではありませんし、製作段階で誘拐犯の誰とも接触できなかったわけですから、やはり実話を素材にしたフィクション、政治的寓話と考えています。1980年代前半のアルゼンチンの状態をみれば、プッチオ家の誘拐ビジネスが可能だったことは不思議ではありません。民政移管など絵に書いた餅だったことは、その後のアルゼンチンの歴史が証明しています。
(手錠姿で現れたアルキメデス・プッチオ、1985年8月23日)
★アルゼンチンと言わず、ラテンアメリカ諸国は死刑廃止国ですから、逮捕後の裁判の推移、判決内容が重要なのです。裁いた人はどちら側にいた人か、子供たちがどうして父親の呪縛から逃れられなかったのか、妻の立ち位置、誘拐ビジネスに協力した親戚たち、彼らの「その後」が、民主主義の成熟度をはかる物差しとなる。予告編を見る限りでは、誘拐の仕方、身代金受領後の殺害シーンなどは、むしろ平凡の印象を受けています。
(実在の7人と父親役ギジェルモ・フランセージャ以下の出演者)
*「ザ・クラン」の作品紹介と監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2015年08月07日
*公式サイトは、http://el-clan.jp/
*公開情報:新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA(恵比寿)、2016年9月17日(土)、順次全国展開
『スモーク・アンド・ミラーズ』*ラテンビート2016 ① ― 2016年09月24日 17:27
アルベルト・ロドリゲスの新作スリラー“El hombre de las mil caras”
★サンセバスチャン映画祭(SSFF) 2016オフィシャル・セレクション出品作品。まさか今年のラテンビートで見ることができるとは思いませんでした。タイトルは英語題のカタカナ表記『スモーク・アンド・ミラーズ』、少し残念な邦題ですが、英語字幕を翻訳した配給会社の意向でしょう。アルベルト・ロドリゲス(1971、セビーリャ)の第7作め、SSFFノミネーションは『マーシュランド』(14)に続いて3回め、「三度目の正直」か「二度あることは三度ある」となるか、下馬評では今年の目玉ですが、間もなく結果が発表になります。(現地9月24日)
(ポスターを背に自作を紹介するロドリゲス監督、SSFF 2016)
★実在のスパイ、フランシスコ・パエサを主人公にしたスリラー、現代史に基づいていますがマヌエル・セルドンの小説“Paesa: El espía de las mil caras”の映画化、というわけでワーキング・タイトルは“El espía de las mil caras”として開始されました。実話に着想を得ていますが、この謎に包まれたスパイの真相は完全に解明されておりません。本人のみならず関係者や親族が高齢になったとはいえ存命しているなかでは、何が真実だったかは10年、20年先でも闇の中かもしれません。F・パエサについてのビオピックはこれまでも映画化されていますが、今作はいわゆるパエサガが関わった「ロルダン事件」にテーマを絞っています。1994年に起きた元治安警備隊長ルイス・ロルダンの国外逃亡劇、彼はフランコ体制を支えた人物の一人、「パエサという人物を語るのに一番ベターな事件だから」とロドリゲス監督。
(フランシスコ・パエサに扮したエドゥアルド・フェルナンデス)
★最近アメリカの「ヴァニティ・フェア」誌のインタビューに応じたフランシスコ・パエサの証言をもとに特集が組まれました。仮に彼が真実を語ったとすれば、どうやら別の顔が現れたようで、検証は今後の課題です。実話に基づいていますが、お化粧しています、悪しからず、ということです。諜報員フランシスコ・パエサにエドゥアルド・フェルナンデス、元治安警備隊長ルイス・ロルダンにカルロス・サントス、その妻ニエベスにマルタ・エトゥラ、ヘスス・カモエスにホセ・コロナド、どんな役を演ずるのか目下不明ですが、エミリオ・グティエレス・カバが特別出演しています。
(「ヴァニティ・フェア」の表紙を飾った本物のフランシスコ・パエサ)
“El hombre de las mil caras”(英題“Smoke and Mirrors”)
製作:Zeta Audiovisual / Atresmedia Cine / Atípica Films / Sacromonte Films /
El espía de las mil caras AIE 協賛Movistar+ / Canal Sur Televici:on
監督:アルベルト・ロドリゲス
脚本(共):ラファエル・コボス、アルベルト・ロドリゲス、原作マヌエル・セルダン
撮影:アレックス・カタラン
音楽:フリオ・デ・ラ・ロサ
編集:ホセ・M・G・モヤノ
美術:ぺぺ・ドミンゲス・デル・オルモ
キャスティング:エバ・レイラ、ヨランダ・セラノ
衣装デザイン:フェルナンド・ガルシア
メイクアップ:ヨランダ・ピニャ
製作者:ホセ・アントニオ・フェレス、アントニオ・アセンシオ、メルセデス・ガメロ、他多数
データ:製作国スペイン、言語スペイン語、2016年、スリラー、伝記、123分、1970後半~80年代、スパイ、製作費500万ユーロ、撮影地パリ、マドリード、ジュネーブ、シンガポール、配給ワーナー・ブラザーズ・日本ニューセレクト、スペイン公開9月23日
映画祭:サンセバスチャン映画祭2016コンペティション部門正式出品、ラテンビート10月8日、ロンドン映画祭10月12日
キャスト:エドゥアルド・フェルナンデス(フランシスコ・パエサ)、カルロス・サントス(ルイス・ロルダン)、マルタ・エトゥラ(ロルダン妻ブランカ)、ホセ・コロナド(ヘスス・カモエス)、ルイス・カジェホ、エミリオ・グティエレス・カバ、イジアル・アティエンサ(フライトアテンダント)、イスラエル・エレハルデ(ゴンサレス)、ジェームス・ショー(アメリカ人投資家)、ペドロ・カサブランク、他多数
解説:フランシスコ・パエサは、マドリード生れのビジネスマン。スイスの銀行家、武器商人、言い逃れのプロ、ペテン師、プレイボーイのジゴロ、さらに泥棒でもありシークレット・エージェントでもある。まさに1000の顔をもつモンスター。1986年、彼はスペイン政府に雇われる。その頃はまだ信頼できる親友ヘスス・カモエスのサポートを得ていたが、潮目が変わって裏切られる。1994年、妻との関係が破綻した時期に、準軍事組織である治安警備隊の元トップだったルイス・ロルダンから美味しい依頼を受ける。それは「自分の国外逃亡を助け、パリとアンティーブにある二つのリッチな不動産と公的基金からくすねた600万ドルを守ってほしい」というものだった。彼は、ロルダンの金を横取りし、自分を見捨てたスペイン政府への復讐もできる好機と協力を引き受ける。
★マドリード生れの実在のスパイ、フランシスコ・パエサFrancisco Paesa(1936~)の人生に基づく物語。後に赤道ギニアの独裁者となるフランシスコ・マシアス・ンゲマと取引して、1976年インターポールによってベルギーで逮捕され、スイスの刑務所に収監された。バスク人テロ組織ETAによるテロ行為が横行した時代には、ETAに対抗するために組織された極右テロリスト集団GAL(1983年創設、反テロリスト解放グループ)とも関わったといわれる。出所後スペインのシークレット・サービスと協力してETAに位置センサー付きの対空ミサイル2基を売るなどの武器密輸にも関与、それがETAの所有していた大量の武器や文書発見につながった。いわゆる「ソコア作戦」(Operacion Sokoa)といわれる事件。武装集団の協力と偽造ID使用の廉で、1988年12月逮捕される。
★1994年に起きた「ロルダン事件」(Caso Roldán)に関与していたとされている。ルイス・ロルダンはスペインの社会労働党の政治家、準軍事組織である治安警備隊(グアルディア・シビル)の元隊長だった。ロルダンが横領した金額は英貨100万ポンド、当時スペインで使用されていたペセタに換算すると244億ペセタに相当する。映画は前述したように、このロルダン事件に的を絞っています。
(前列中央がロルダン役のカルロス・サントス、映画から)
★1998年7月、パエサの姉妹が「タイで死亡した」という死亡広告をエル・パイス等に掲載した。死亡が偽装だったことは6年後にはっきりするのだが、当時から一部の関係者は単なる韜晦と死亡説を否定していた。スペインのジャーナリスト、マヌエル・セルダンが、パリでフランシスコ・パエサのインタビューに成功、生存が確認されて世間を驚かせた。このインタビューに基づいて執筆されたセルダンの“Paesa: El espía de
las mil caras”(“The Spy with a Thousand Faces”)に着想を得て映画化されたのが本作である。
(死亡通知が掲載された新聞記事、1998年7月2日)
★ルイス・ロルダン(1943年サラゴサ生れ)、元社会労働党(PSOE)党員、治安警備隊長(1986~93)、1994年偽の身分証明書でスペインを脱出したが、国際指名手配されていたので、1995年タイのバンコク空港で逮捕された。「刑務所に行くときは、一人じゃ行かない」と、関係者の道連れを臆せず語っていたが、1998年、最高裁で禁固刑31年の刑が確定した。1995年2月からアビラ刑務所、その後マドリードで15年刑期を務めた後、2010年に釈放、現在は自由の身である。2015年、フェルナンド・サンチェス・ドラゴによって彼の伝記が公刊されている。
(本物のルイス・ロルダン、1997年)
★以上は映画を楽しむ基礎データですが、パエサは潜伏の6年間をどこでどうしていたのか、先述した「ヴァニティ・フェア」誌のインタビュー記事の証言も含めて、鑑賞後にもう一度アップするつもりです。パエサとロルダンの関係は実に複雑です。パエサは公開を前に「ロルダンは紳士ですよ。でもびた一文貰っていない。私はもう死んでいるのです。そうね、死人だよ、だから何だって言うの」とインタビューに答えている。
*ラテンビート(新宿バルト9)では、10月8日(土)と10月14日(金)の2回上映です。
*監督紹介と『マーシュランド』の関連記事は、コチラ⇒2015年01月24日
エドゥアルド・フェルナンデスが男優賞*サンセバスチャン映画祭2016 ⑮ ― 2016年09月26日 11:22
この日を待っていた『スモーク・アンド・ミラーズ』の主役フェルナンデス
(映画祭メイン会場のクルサール劇場)
★今年のラテンビートの目玉『スモーク・アンド・ミラーズ』の主役エドゥアルド・フェルナンデスが男優賞(銀貝賞)を受賞しました(作品賞以外はすべて銀貝賞)。ということは来年のゴヤ賞を期待していいということです。長年連れ添った妻と離婚したばかり、ガラで隣に座っていたのは愛娘、留学しているロンドンから駆けつけたようです。アルベルト・ロドリゲスの監督賞は残念ながら「二度あることは三度ある」になってしまいました。2年前の『マーシュランド』のハビエル・グティエレス男優賞受賞と同じ結果になり、道のりは険しいです。ただ「FEROZ Zinemaldia賞」(フェロス映画祭賞)を受賞しました。
*『スモーク・アンド・ミラーズ』の記事は、コチラ⇒2016年09月24日
(トロフィーを手に喜びのエドゥアルド・フェルナンデス)
★金貝賞(作品賞)は中国のフォン・シャオガンの“I’m not Madame Bovary”でした。こんな慎み深い控えめな作品が受賞すると予想した人がいたでしょうか。ヒロインファン・ビンビンの好感度が大きいというわけで、彼女の女優賞受賞は納得のようでした。監督賞には韓国のホン・サンスの“Yourself and yours”が受賞、これまた受賞を言い当てた人は少数派だった。鑑賞には辛抱強さが必要と、口さがないシネマニアはチクリ。しかし西洋人の東洋人蔑視などと深刻に考えないことです。
★審査員特別賞はスウェーデンとアルゼンチンの2作品が分け合いました。アルゼンチンのエミリアノ・トレスのデビュー作“El invierno”は、ラミロ・シビタが撮影賞も受賞しました。パタゴニアを舞台にして仕事を取り合う老若二人(アレハンドロ・シエベキング、クリスチャン・サルゲロ)の物語。時間切れでアップできませんでしたが撮影賞はあるかもと予想していました。しかし審査員特別賞を受賞するとは思いませんでした。
(主演の二人に挟まれたエミリアノ・トレス監督、サンセバスチャン映画祭にて)
(クリスチャン・サルゲロ、背後に見えるのが監督)
★脚本賞は、ロドリーゴ・ソロゴイェンの第3作“Que Dios nos perdone”、監督とイサベル・ペーニャの共同執筆。これまた脚本賞を受賞するとは思いませんでした。
*“Que Dios nos perdone”の記事は、コチラ⇒2016年08月11日
(ロドリーゴ・ソロゴイェンとイサベル・ペーニャ)
★ホライズンズ・ラティノのグランプリは、受賞はないだろうと割愛したペパ・サン・マルティンの“Rara”(チリ他)でした。他にスペシャル・メンションがアナ・クリスティナ・バラガンの“Alba”(エクアドル他)、スペイン協力賞にエリアネ・カッフェの“Hotel Cambrige”(ブラジル他)、キロ・ルッソの“Viejo calavera”(ボリビア他)でした。13本中割愛した3本のなかに2本も含まれているとは、今年は外れまくって的中率がすこぶる悪い。十人十色、テイストが合わなかったことにしておきます。
*アナ・クリスティナ・バラガン“Alba”の記事は、コチラ⇒2016年09月09日
*キロ・ルッソの“Viejo calavera”記事は、コチラ⇒2016年09月06日
(グランプリ受賞のペパ・サン・マルティン)
*特別栄誉賞*
★授賞式がサンセバスチャン映画祭と決っている「映画国民賞」のアンヘラ・モリーナ、ゴヤ賞とは比較にならない重さがある賞です。「国民賞」は文学、科学などさまざまな分野で活躍する人にそれぞれ与えられる。授賞式ではメンデス・デ・ビゴ文部大臣と”Más cine por favor”をデュエットとして会場を沸かせた。「映画、映画、映画、もっと映画、人生は映画です」と。
(アンヘラ・モリーナ、9月16日)
★サンセバスチャン映画祭のドノスティア栄誉賞は、米国のシガニー・ウィーバーとイーサン・ホーク、二人は別々の日にトロフィーを受け取りました。それにしてもシガニーの背の高さには目を見張ります。プレゼンターのフアン・アントニオ・バヨナは彼女の肩あたり、最も彼はスペイン人としても小柄ですが。彼の“A Monster Calls”(「怪物はささやく」)はSIGNISの特別メンションを受賞しました。そう言えば彼は、2012年の映画国民賞の最年少受賞者、『インポッシブル』の貢献が認められたのでした。
(シガニー・ウィーバー、9月23日)
★イーサン・ホークは、ビジネスマンらしく新作『マグニフィセント・セブン』のプロモーションを怠りませんでした。「この映画はドナルド・トランプも気に入るだろう」と冗談を飛ばしていました。昨年アメナバルの“Regression”(“Regresión”)がオープニング上映されたからスペインでの知名度は結構あります。
★「ラテンシネマ・ジャガー・ルクルト賞」受賞のガエル・ガルシア・ベルナル、第1回の栄誉に浴しました。
★「ZINEMIRA賞」受賞者ラモン・バレア(1949年ビルバオ生れ)、俳優、監督、戯曲家、製作者。この賞はバスク映画に貢献した人に与えられる賞。本人は欠席、代理が受け取りました。当ブログでは、ボルハ・コベアガのバスク・コメディ“Negociador”でご紹介しています。ラモン・バレア扮する交渉人マヌ・アラングレンには実在のモデルがいます。法学者で政治家、現在はバスク大学法学部で教鞭をとっているヘスス・マリア・エギグレン(1954年ギプスコア)。舞台背景となる2005~06年にはバスク社会党(PSE-EE)の党員だった。交渉は不発に終わったのだが「平和を取り戻そうとする」エギグレンの熱意がETAを終わらせたと評価されている。
(代理が受け取った授賞式)
*アンヘラ・モリーナの記事は、コチラ⇒2016年07月28日
*シガニー・ウィーバーの記事は、コチラ⇒2016年07月22日
*イーサン・ホークの記事は、コチラ⇒2016年09月12日
*ガエル・ガルシア・ベルナルの記事は、コチラ⇒2016年09月16日
*ラモン・バレアの記事は、コチラ⇒2015年01月11日
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