『彼方から』 ロレンソ・ビガス*ラテンビート2016 ③2016年09月30日 15:40

         金獅子賞を初めて中南米にもたらしたベネズエラ映画

 

★若干古い作品のうえ複数回にわたって紹介しているので、分類2)再構成して1本化したほうがいいものとして纏めてみました。ロレンソ・ビガス『彼方から』Desde allá”)は、ベネチア映画祭2015では、From Afar”(「フロム・アファー」)の英語題で上映されました。従って当ブログでも同じタイトルでアップしていたものです。2015年のベネチアは世界の巨匠たち――アレクサンドル・ソクーロフ、アトム・エゴヤン、それにアモス・ギタイ――などの力作が目立った年でした。ビガス監督も「同じ土俵で競うなんて、本当に凄い。まだノミネーションが信じられない。デビュー作が三大映画祭のコンペティションに選ばれるなんてホントに少ないからね」と興奮気味でした。だから金獅子賞受賞など思ってもいなかったことでしょう。しかし長編は初めてですが、短編Los elefantes nunca olvidan2004、監督・脚本・製作、製作国メキシコ)が、カンヌ映画祭、モレリア映画祭その他で上映されるなど、ベネズエラではベテラン監督です。

 

    

            (金獅子賞を掲げたビガス監督、 ベネチア映画祭2015授賞式にて)

 

   『彼方から』Desde alláFrom Afar”)

製作:Factor RH Produccionesベネズエラ / Lucia Filmsメキシコ / Malandro Films(同)

監督・脚本・製作:ロレンソ・ビガス

脚本(共同):ギジェルモ・アリアガ

撮影:セルヒオ・アームストロング

製作者:エドガー・ラミレス(エグゼクティブ)、ガブリエル・リプステイン(同)、ギジェルモ・アリアガ、ミシェル・フランコ、ロドルフォ・コバ

データ:製作国ベネズエラ­=メキシコ、スペイン語、201593分、撮影地カラカス

 

映画祭・映画賞:ベネチア映画祭金獅子賞、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門ベストパフォーマンス(ルイス・シルバ)、ビアリッツ(ラテンアメリカ・シネマ)映画祭男優賞(ルイス・シルバ)、ハバナ映画祭第1回監督作品賞、マイアミ映画祭脚本賞、テッサロニキ映画祭脚本賞&男優賞(アルフレッド・カストロ)、映画祭上映はトロント、ロンドン、モレリア他、世界の映画祭を駆け巡った。第25回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭2016717日)上映作品。

 

キャスト:アルフレッド・カストロ(アルマンド)、ルイス・シルバ(エルデル)、ヘリコ・モンティーリャ、カテリナ・カルドソ、ホルヘ・ルイス・ボスケ、スカーレット・ハイメス、他初出演者多数

 

プロット:義歯技工士アルマンドの愛の物語。アルマンドはバス停留所で若い男を求めて待っている。自分の家に連れ込むためにはお金を払う。しかし一風変わっているのは、男たちが彼に触れることを受け入れない。二人のあいだにある「エモーショナルな隔たり」からのほのめかしだけを望んでいる。ところが或るとき、不良グループのリーダー、エルデルを誘ったことで運命が狂いだす。アルマンドを殴打で瀕死の状態にしたエルデルの出会いを機に彼の人生は破滅に向かっていく。タイトルの“Desde allá”は「遠い場所から」触れることのない関係を意味して付けられた。「愛の物語」ではあるが、ベネズエラの今日を照射する極めて社会的政治的な作品。 

 

  

                    (二人の主人公、アルマンドとエルデル、映画から)

 

主役のアルフレッド・カストロはチリのベテラン俳優、パブロ・ララインの「ピノチェト三部作」ほか全作の殆どに出演しており、当ブログでも再三登場させています(ララインの最新作“Jackie”はアメリカ映画で例外です)。他のキャストはテレビや脇役で映画出演しているだけのC・カルドソやS・ハイメス以外は、本作が初出演のようです。ベネチアでは「エルデル役のルイス・シルバは映画初出演ながら、ガエル・ガルシア・ベルナルのようなスーパースターになる逸材」と監督は語っておりましたが、その後の映画祭受賞歴をみれば当たっていたようです。

 

     

                            (アルフレッド・カストロ、映画から)

 

プロットからも背景に政治的なメタファーが隠されているのは明らかです。ベネズエラのような極端な階層社会では今日においても起こりうることだと監督。プロデューサーの顔ぶれからも想像できるように、ベネズエラ(エドガー・ラミレス『解放者ボリバル』、ロドルフォ・コバAzul y no tanto rosa)、メキシコ(ギジェルモ・アリアガ21グラム』『アモーレス・ペロス』、ミシェル・フランコ『父の秘密』『或る終焉』)と、ベテランから若手のプロデューサーや監督が関わっています。ミゲル・フェラーリ監督の“Azul y no tanto rosa”は、ゴヤ賞2014イベロアメリカ映画賞受賞作品です。

 

 

          *監督キャリア&フィルモグラフィー紹介

ロレンソ・ビガスLorenzo Bigas Castes1967年ベネズエラのメリダ生れ、監督、脚本家、製作者。大学では分子生物学を専攻した変わり種。それで「分子生物学と映画製作はどう結びつくの?」という質問を度々受けることになる。後にニューヨークに移住、1995年ニューヨーク大学で映画を学び、実験的な映画製作に専念した。1998年ベネズエラに帰国、ドキュメンタリー“Expedición”を撮る。1999年から2001年にかけてドキュメンタリー、CINESA社のテレビコマーシャルを製作、2003年、初の短編映画Los elefantes nunca olvidan13分、プレミア2004年)を撮り、カンヌ映画祭2004短編部門で上映され、高い評価を受ける。製作国はメキシコ、スペイン語。カンヌの他、モレリア映画祭、ウィスコンシン映画祭に出品された。共同製作者としてメキシコのギジェルモ・アリアガ、撮影監督にエクトル・オルテガが参画して撮られた。

 

★その後メキシコに渡り長編映画の脚本を執筆、それがDesde alláである。Los elefantes nunca olvidanから十年あまりで登場した長編がベネズエラに金獅子賞を運んできた。しかし「皆が気に入る映画を作る気はありません。ベネズエラを覆っているとても重たい社会的政治的経済的な問題について、人々が話し合うきっかけになること、隣国とも問題を共有していくことが映画製作の目的」というのが受賞の弁でした。政治体制の異なる隣国コロンビアやアルゼンチンの映画を見るのは難しいとビガス監督。

 

★また「映画は楽しみであるが、問題山積の国ではシネアストにはそれらの問題について、まずディベートを巻き起こす責任がある。だから議論を促す映画を作っている」と明言した。「階層を超えて、指導者たちも同じ土俵に上がってきて議論して欲しい。映画は中年男性の同性愛を扱っていますが、それがテーマではありません。最近顕著なのは混乱が日常的な国では、階層間の緊張が高まって、人々の感情が乏しくなっていること、それがテーマです。また父性も主軸です」とも。義歯技工士はお金を払った若者に触れようとせず彼方から見つめるだけ、父親と息子の関係を象徴しているようです。

 

     

      (左から、アルフレッド・カストロ、監督、ルイス・シルバ 2015年ベネチアにて)

 

今年のベネチア映画祭ではコンペティション部門の審査員の一人になり選ぶ立場になりました。彼自身もベネズエラではよく知られた画家だった父親オスワルド・ビガスを語ったドキュメンタリーEl vendedor de orquídeas(ベネズエラ、メキシコ)が特別上映される機会を得た。制作過程でメキシコのシネアスト、バレンティナ・レドゥク・ナバロの援助を得ることができた。オフェリア・メディーナがフリーダ・カーロに扮した『フリーダ』(83)やカルペンティエルの短編『バロック』(88)を映画化したポール・レドゥク監督の娘です。「感謝を捧げるドキュメンタリーにする気は全然なかった。父を特徴づける暗い痛ましい部分もいれて、70年代当時の美術界の動向を中心にすえた」と監督。「父は20144月に90歳で死ぬまで毎日描き続けた」とも。

 

★ミシェル・フランコの新作“Las hijas de abril”のプロデュースを手掛けているが、来年には長編第2La cajaに着手する。短編Los elefantes nunca olvidanと『彼方から』、次回作の3本を合わせて三部作にしたい由。

 

    

                       (父オスワルド・ビガス、自作をバックにして)

 

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