ダニ・ロビラ、3連続でゴヤ賞ガラの総合司会者に*ゴヤ賞2017 ② ― 2016年11月21日 12:28
ソーシャルネット上での侮蔑的ツイートにもメゲず3連続オファーを受諾
(ダニ・ロビラ、ゴヤ賞2016授賞式にて)
★「ゴヤ賞の司会者なんて誰もやりたくないよ。ややこしいばかりで厄介な仕事だから」と受諾の弁。労力とペイが釣り合わないし、仕事も中断せざるをえない。上手くやって当たり前、失敗すれば矢面に立たされる。綺羅星のごとく並ぶ先輩たち全部を満足させることは至難の業です。「お金に見合う仕事じゃないが、これも芸を磨くための挑戦だと思っている」「僕は臆病でオバカさんだから断れないんだ」と語っている。昨年は放映中からツイッターたちのダニ・ロビラに対する批判、非難の石礫が飛んだ。なかには侮辱的な内容もあって、翌日には「私にとって総合司会をしたことはなんの価値もないこと」と逆ツイートした。だから今年はオファーがあっても引き受けないと予想していましたが、異例の3年連続を引き受けました。
★不況が長引き失業中の若者の不満に拍車がかかり、政治の混乱がより身近なセレブたちに向かうのは仕方ないのかもしれない。ダニ・ロビラ(1980年マラガ)は、最近10年間(2005~15)で興行成績ナンバーワンの“Ocho apellidos vascos”の主役を演じ、一躍、檜舞台に躍りでたシンデレラ・ボーイ。国内55,379,625ユーロは、今後も抜かれることはないと言われています。続編“Ocho apellidos catalanes”も31,526,477€で第3位、第2位は『インポッシブル』の42,408,547€でした。以下ベストテン入りは、4位『永遠のこどもたち』、5位『アレクサンドリア』、6位『トレンテ4』、『タデオ・ジョーンズの冒険』、『アラトリステ』、『エル・ニーニョ』、『プリズン211』(13,145,423€)の順でした。“Ocho apellidos vascos”の4人組が俳優ベストフォー、ベストワンはクララ・ラゴ、以下カルメン・マチ、ダニ・ロビラ、カラ・エレハルデの順でした。
(“Ocho apellidos vascos”お馴染みの出演者たち)
★ダニ・ロビラの最新作は、マルセル・バレナの“100 metros” が公開されたばかり(11月4日)。トライアスロン選手ラモン・アロージョの伝記映画、2004年32歳のとき多発性硬化症と診断され、100メートル走ることはおろか歩くこともできなくなるだろうと宣告されたが、体育教師だった義父の助力で9年後の2013年、見事奇跡の復活を果たしたラモンの実話に基づいている。義父にカラ・エレハルデ(1960年ギプスコア)、ロビラはここでもエレハルデの娘婿役、彼が脚本を渡して出演を勧めたようです。他にもライバルが何人もいて尻込みしていたダニを、「君ならやれる」と励ましたのがエレハルデだったと語っている。妻役アレクサンドラ・ヒメネスは、パコ・レオンのコメディ『KIKI~愛のトライ&エラー』(ラテンビート2016)に出演していた。
(ラモン役のロビラ、妻を演じたアレクサンドラ・ヒメネス)
★第31回ゴヤ賞2017の授賞式は、エミリアノ・オテギのプロダクションとフアン・ルイス・イボラの演出で2月4日に開催される。
ゴヤ賞「栄誉賞」はアナ・ベレン*ゴヤ賞2017 ① ― 2016年11月04日 14:29
女優、歌手アナ・ベレンの全功績を讃えて栄誉賞
★ゴヤ賞「栄誉賞」のニュースが入ると、もう一年経ってしまったのかと時の速さにがっくりする。今年はスペイン映画アカデミー会長空席にもかかわらず、9月初めに発表がありました。アナ・ベレン受賞は満場一致だったそうです。イボンヌ・ブレイク新会長の最初の大仕事がゴヤ賞2017の授賞式です。
(舞台でメデアを演じたアナ・ベレン、セネカの『メデア』から、2015~16)
★アナ・ベレン(1951、マドリード、65歳)の全業績を紹介するとなると、これはなかなか簡単にはすまない。映画出演40作、舞台は古典から現代劇まで30作、ディスコは35作に及ぶ。1965年14歳で子役としてデビューしたからキャリアは半世紀を超えました。歌手、舞台俳優、TVドラマ、1作ながら監督もしている。TVドラの当り役は、ベニート・ペレス・ガルドスの長編小説『フォルトゥナータとハシンタ』をドラマ化した“Fortunata y Jacinta”(1980)、ベレンはフォルトゥナータに扮した。
(ニューヨークで誕生した初の女性ファッション誌「ハーパーズ・バザー」のために、
モデルのようにポーズをとる少女時代のアナ・ベレン)
★映画は後述するとして、今世紀に入ってからは出演が少ないが、最新作はフェルナンド・トゥルエバの“La reina de España”が、2016年11月25日にスペインで公開される。ペネロペ・クルス主演の『美しき虜』(1998“La niña de tus ojos”)の続編、出番は少なそうです。当ブログでも紹介記事をアップしておりますが、いずれ記事にしたい映画です。というわけで女優というより歌手としての活躍が目立っているかもしれない。ステージはYOUTUBEで簡単に愉しむことができます。2015年にラテン部門のグラミー賞を受賞している。他に2016年5月下旬“Desde mi libertad”を公刊して話題になりました。
*“La reina de España”の紹介記事は、コチラ⇒2016年02月28日
★才色兼備が彼女ほどぴったりくる人は少ないのではないか。彼女の魅力はなんといっても加齢を感じさせない妖しいまでの美声、意志の強い眼光、細身ながらエネルギーあふれるルックスにありますね。スペイン映画にはどうしても欠かせない「顔と声」であり続けています。1972年に作曲家で歌手のビクトル・マヌエルと結婚(1男1女)、その二人三脚ぶりはつとに有名、パパラッチとの攻防にも怯まず、多分金婚式までいくでしょう。祖母として二人の孫との新しい人生を楽しんでいる。「祖父母の役目は孫を甘やかすことに存在意義がある。躾や教育するのは両親の役目、私たち夫婦もそうしてきた」ときっぱり。
★1989年東京で開催された「第2回スペイン映画祭」に夫婦で来日しています。ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェスの『神の言葉』(1987)がエントリーされたからです。バリェ=インクランの同名戯曲“Divinas palabras”の映画化でした。政治的発言にも躊躇しない。2003年にはイラク戦争反対を表明、雪解けムードで話題になっているキューバ政府の人権問題「私はキューバ政府を告発する」にも署名をしています。これは2010年にあったキューバの反体制政治犯の無条件即時解放を求めてオルランド・サパタが行った断食事件、85日後に死亡したことに対する抗議でした。スペインからもアルモドバル、マヌエル=ベレン夫妻、作家ではフェルナンド・サバテル、エルビラ・リンド、フアン・マルセ、ソエ・バルデス、国籍を取得したバルガス=リョサなどが署名、最終的にはトータルで約6千人が署名した。
(イラク戦争反対の抗議デモに参加したビクトル・マヌエル=アナ・ベレン夫妻、2003年)
★ゴヤ賞授賞式までにシネアスト・キャリアは後述しますが、ゴヤ賞関連では主演女優賞4回、新人監督賞、合計5回ノミネーションされましたが、無冠に終わっていました。というわけで初のゴヤ賞受賞が「栄誉賞」になります。ノミネーションは以下の通り、年代順:
1988“Miss Caribe”監督フェルナンド・コロモ、主演女優賞
1989“El vuelo de la paloma”同ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェス、 主演女優賞
1991“Cómo ser mujer y no morir en el intento” 新人監督賞
1994“La pasión turca”同ビセンテ・アランダ(VHSタイトル『悦楽の果て』) 主演女優賞
2004“Cosas que hacen que la vida valga la pena”同マヌエル・ゴメス・ペレイラ、 主演女優賞
2017「栄誉賞」受賞
(ベリー・ダンスを披露したアナ・ベレン『悦楽の果て』から)
★公開作品は、マリオ・カムスの『ベルナルダ・アルバの家』(87,原作ロルカ)1作だけでしょうか。未公開だがNHK衛星が放映したビセンテ・アランダの『リベルタリアス/自由への道』(96)、マヌエル・ゴメス・ペレイラの『ペネロペ・クルスの抱きしめたい!』(96、VHS、DVD)くらいしかない。以上が代表作というわけではないので、ガラが近づいたらアップする予定です。
『名誉市民』 アルゼンチン*ラテンビート2016 ⑦ ― 2016年10月13日 11:17
『ル・コルビュジエの家』の監督コンビが笑わせます!
★ベネチア映画祭2016正式出品、ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの『名誉市民』の原タイトルは、“El ciudadano ilustre”、〈名誉市民〉を演じるオスカル・マルティネスが男優賞を受賞しました。東京国際FF「ワールド・フォーカス」部門と共催上映(3回)作品です。『ル・コルビュジエの家』の監督コンビが放つブラック・ユーモア満載ながら、果たしてコメディといえるかどうか。アルゼンチン人には、引きつる笑いに居心地が悪くなるようなコメディでしょうか。
(男優賞のトロフィーを手に喜びのオスカル・マルティネス、ベネチア映画祭にて)
『名誉市民』(“El ciudadano ilustre”“The Distinguished Citizen”)
製作:Aleph Media / Televisión Abierta / A Contracorriente Films / Magma Cine
参画ICAA / TVE 協賛INCAA
監督・製作者・撮影:ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン
脚本:アンドレス・ドゥプラット
音楽:トニ・M・ミル
美術:マリア・エウヘニア・スエイロ
編集:ヘロニモ・カランサ
録音:アドリアン・デ・ミチェーレ
衣装デザイン:ラウラ・ドナリ
製作者:(エグゼクティブ)フェルナンド・リエラ、ヴィクトリア・アイゼンシュタット、エドゥアルド・エスクデロ他、(プロデューサー)フェルナンド・ソコロビッチ、フアン・パブロ・グリオッタ他
データ:アルゼンチン=スペイン、スペイン語、2016年、118分、シリアス・コメディ、撮影地バルセロナ他、配給元Buena Vista、公開:アルゼンチン・パラグアイ9月、ウルグアイ10月、スペイン11月
映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2016正式出品、オスカル・マルティネス男優賞受賞、釜山映画祭、ワルシャワ映画祭、ラテンビート、東京国際映画祭
キャスト:オスカル・マルティネス(ダニエル・マントバーニ)、ダディ・ブリエバ(アントニオ)、アンドレア・フリヘリオ(イレネ)、ベレン・チャバンネ(フリア)、ノラ・ナバス(ヌリア)、ニコラス・デ・トレシー(ロケ)、マルセロ・ダンドレア(フロレンシオ・ロメロ)、マヌエル・ビセンテ(市長)、他
解説:人間嫌いのダニエル・マントバーニがノーベル文学賞を受賞した。40年前にアルゼンチンの小さな町を出てからはずっとヨーロッパで暮らしている。受賞を機にバルセロナの豪華な邸宅には招待状が山のように届くが、シニカルな作家はどれにも興味を示さない。しかし、その中に生れ故郷サラスの「名誉市民」に選ばれたものが含まれていた。ダニエルは自分の小説の原点がサラスにあることや新しい小説の着想を求めて帰郷を決心する。しかしそれはタテマエであって、ホンネは優越感に後押しされたノスタルジーだったろう。幼な友達アントニオ、その友人と結婚した少年時代の恋人イレネ、町の有力者などなどが待ちかまえるサラスへ飛びたった。「預言者故郷に容れられず」の諺どおり、時の人ダニエルも「ただの人」だった?
(ノーベル文学賞授賞式のスピーチをするダニエル)
(サラスの人々に温かく迎え入れられたダニエル)
(幼友達アントニオと旧交を温めるダニエル)
★ベネチア映画祭では上映後に10分間のオベーションを受けたという。5~6分ならエチケット・オベーションと考えてもいいが、10分間は本物だったのだろう。「故郷では有名人もただの人」なのは万国共通だから、アルゼンチンの閉鎖的な小さな町を笑いながら、我が身と変わらない現実に苦笑するという分かりやすい構図が観客に受けたのだろう。勿論オスカル・マルティネスの洒脱な演技も成功のカギ、アルゼンチンはシネアストの「石切場」、リカルド・ダリンだけじゃない。人を食った奥行きのあるシリアス・コメディ。
(左から、ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン、ベネチア映画祭にて)
★2度の国家破産にもかかわらず、気位ばかり高くて近隣諸国を見下すことから、とかく嫌われ者のアルゼンチン、平和賞2、生理学・医学賞2,科学賞1と合計でも5個しかなく、文学賞はゼロ個、あまりノーベル賞には縁のないお国柄です。ホルヘ・ルイス・ボルヘスやフリオ・コルタサル以下、有名な作家を輩出している割には寂しい。経済では負けるが文化では勝っていると思っている隣国チリでは、「ガブリエラ・ミストラル(1945)にパブロ・ネルーダ(1971)と2個も貰っているではないか」と憤懣やるかたない。アルゼンチン人のプライドが許さないのだ。そういう屈折した感情抜きにはこの映画の面白さは伝わらないかもしれない。ボルヘスは毎年候補に挙げられたが、スウェーデン・アカデミーは選ばなかった。それは隣国チリの独裁者ピノチェトが「ベルナルド・オイギンス大十字勲章」をあげると言えば貰いに出掛けたり、独裁者ビデラ将軍と昼食を共にするような作家を決して許さなかったのです。これはボルヘスの誤算だったのだが、ノーベル賞は文学賞といえども極めて政治的な賞なのです。
★オスカル・マルティネスは1949年ブエノスアイレス生れ。ダニエル・ブルマンの“El nido vacío”(08)の主役でサンセバスチャン映画祭「男優賞」を受賞、カンヌ映画祭2015「批評家週間」グランプリ受賞のサンティアゴ・ミトレの『パウリーナ』(ラテンビート)、公開作品ではダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(エピソード5「愚息」)に出演しているベテラン。ベネチアのインタビューでは、「30代から40代の若い監督は、おしなべてとても素晴らしい」と、若い監督コンビに花を持たせていた。
(撮影中のドゥプラット監督とマルティネス)
『KIKI~恋のトライ&エラー』 パコ・レオン*ラテンビート2016 ⑥ ― 2016年10月08日 10:33
パコ・レオンの新作コメディ―テーマはままならぬ恋の行方
★当ブログで何回も登場させているコメディの旗手パコ・レオン、やっと日本にやってきました。実母カルミナと実妹マリア・レオンを主人公にしたコメディ“Carmina o revienta”(12)で鮮烈デビュー、2014年、続編“Carmina y amén”もヒットを飛ばし、2015年には早くもマラガ映画祭のエロイ・デ・ラ・イグレシア賞*を受賞した。第3作『KIKI~愛のトライ&エラー』も公開後たちまち100万人突破と勢いは止まらない。スペインは経済も政治も不安定から脱却できないから、庶民はコメディを見て憂さ晴らししているのかもしれないが、そればかりではないでしょう。
(出演者を配したポスター、クマ、ワニ、ライオンなど各々の愛のかたちが描かれている)
『KIKI~愛のトライ&エラー』(“Kiki, el amor se hace”)
製作: ICAA / Mediaset España / Telecinco Cinema / Vértigo Films
監督:パコ・レオン
脚本(共):パコ・レオン、フェルナンド・ペレス、ジョッシュ・ローソン(フィルム)
撮影:キコ・デ・ラ・リカ
編集:アルベルト・デ・トロ
キャスティング:ピラール・モヤ
美術:ビセンテ・ディアス、モンセ・サンス
衣装デザイン:ハビエル・ベルナル、ぺぺ・パタティン
メイクアップ&ヘアー:ロレナ・ベルランガ、ペドロ・ラウル・デ・ディエゴ、他
データ:スペイン、スペイン語、2015,102分、ロマンチック・コメディ
キャスト:パコ・レオン、ナタリア・デ・モリーナ、アレックス・ガルシア、カンデラ・ペーニャ、ルイス・カジェホ(アントニオ)、ルイス・ベルメホ、アレクサンドラ・ヒメネス、マリ・・パス・サヤゴ(パロマ)、フェルナンド・ソト、アナ・Katz、ベレン・クエスタ、ダビ・モラ(ルベン)、ベレン・ロペス、セルヒオ・トリコ(エドゥアルド)、ほか。
()なしは概ね実名と同じ。
(記者会見に出席した面々、左からカンデラ・ペーニャ、マリ・パス・サヤゴ、ダビ・モラ、
ベレン・クエスタ、監督、ナタリア・デ・モリーナ、アレックス・ガルシア)
解説:オーストラリア映画、ジョッシュ・ローソンの“The Little Death”(14)が土台になっている。プロットか変わった性的趣向をもつ5組のカップルが織りなすコメディ。このリメイク版というか別バージョンというわけで、レオン版も世間並みではないセックスの愛好家5組の夫婦10人と、そこへ絡んでくるオトコとオンナが入り乱れる。ノーマルとアブノーマルの境は、社会や時代により異なるが、ここでは一種のparafilia(語源はギリシャ語、性的倒錯?)に悩む人々が登場する。ローソン監督も俳優との二足の草鞋派、テレビの人気俳優ということも似通っている。
★さて、スペイン版にはどんな夫婦が登場するかというと、
◎1組目は、レオン監督自身とアナ・カッツのカップルにベレン・クエスタが舞い込んでくる。
◎2組目は、ゴヤ賞2016主演女優賞のナタリア・デ・モリーナ(『Living is Easy with Eyes Closed』)とアレックス・ガルシア(“La novia”)のカップル、この夫婦を軸に進行する(harpaxofilia)
◎3組目は、カンデラ・ペーニャ(『時間切れの愛』『チル・アウト!』)とルイス・ベルメホ(『マジカル・ガール』)のカップル(dacrifilia)
◎4組目は、ルイス・カジェホ(ラウル・アレバロの“Tarde para la ira”)、とマリ・パス・サヤゴのカップル(somnofilia)
◎5組目が、ダビ・モラとアレクサンドラ・ヒメネス(フアナ・マシアスの“Embarazados”ではレオン監督と夫婦役を演じた)のカップル(elifilia)。
そこへフェルナンド・ソト、ベレン・ロペス、セルヒオ・トリゴ、ミゲル・エランなどが絡んで賑やかです。どうやら「機知に富んだロマンチック」コメディのようだ。
(ナタリア・デ・モリーナとアレックス・ガルシアのカップル)
★〈-filia〉というのは、「・・の病的愛好」というような意味で、harpaxofilia の語源はギリシャ語の〈harpax〉からきており、「盗難・強奪」という意味、性的に興奮すると物を盗むことに喜びを感じる。dacrifiliaは最中に涙が止まらなくなる症状、somnofiliaは最中に興奮すると突然眠り込んでしまう、いわゆる「眠れる森の美女」症候群、elifiliaは予め作り上げたものにオブセッションをもっているタイプらしい。にわか調べで正確ではないかもしれない。
(パコ・レオンとアナ・カッツのカップルにベレン・クエスタが割り込んで)
★製作の経緯は、監督によると「最初(製作会社)Vértigo Filmsが企画を持ってきた。テレシンコ・フィルムも加わるということなので乗った」ようです。しかし「プロデューサーからはいちいちうるさい注文はなく、自由に作らせてくれた」と。「すべてのファンに満足してもらうのは不可能、人それぞれに限界があり、特にセックスに関してはそれが顕著なのです。私の作品は厚かましい面もあるが悪趣味ではない。背後には人間性や正当な根拠を描いている」とも。「映画には思ったほどセックスシーはなく(期待し過ぎないで)、平凡で下品にならないように心がけた」、これが100万人突破の秘密かもしれない。
(ルイス・カジェホとカンデラ・ペーニャのカップル)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★パコ・レオン Paca Leon:1974年セビーリャ生れ、監督、俳優、製作者。スペインでは人気シリーズのテレドラ“Aida”(2005~12)出演で、まず知らない人はいない。2012年“Carmina o revienta”でデビュー、マラが映画祭でプレミアされて一躍脚光を浴び、翌年のゴヤ賞新人監督賞にノミネートされた。つづくカルミナ・シリーズ第2弾“Carmina y amén”もマラガ映画祭2014に正式出品した。第3作が『KIKI~愛のトライ&エラー』です。カルミナ・シリーズでは、レオン監督の家族、孟母ならぬ猛母カルミナ・バリオスと妹マリア・レオンが主役だったが、第3作には敢えて起用しなかった。フアナ・マシアス監督の“Embarazados”紹介記事にレオン監督のキャリア紹介をしています。
*フアナ・マシアスの“Embarazados”は、コチラ⇒2014年12月27日
(孟母でなく猛母カルミナ・バリオスと孝行息子のパコ、管理人お気に入りのフォト)
★カルミナ・シリーズでは監督業に専念しておりましたが、今回の第3作には監督、脚本、俳優と二足どころか三足の草鞋を履いています。俳優と監督を両立させながら独自のポリシーで映画作りをしている。将来的にはスペイン映画の中核になるだろうと予想しています。日本では俳優として出演したホアキン・オリストレル監督の寓話『地中海式 人生のレシピ』(2009、公開2013)が公開されている。マラガ映画祭2015でエロイ・デ・ラ・イグレシア賞を受賞している。
★ “Carmina o revienta” は、DVD発売や型破りのインターネット配信(有料)で映画館を空っぽにしたといわれた。第2作“Carmina y amén”も封切りと同時にオンラインで配信したいと主張したが、これには通常の仕来りを壊すものと批判もあった。彼によれば「公開後4か月経たないとDVDが発売できないのは長すぎて理不尽であり、それが海賊版の横行を許している。消費税税増税でますます映画館から観客の足が遠のいている現実からもおかしい。さらに均一料金も納得できない。莫大な資金をかけた『ホビット』のような大作と自作のような映画とが同じなのはヘン」というわけ。これはトールキンの『ホビットの冒険』を映画化したピーター・ジャクソンの三部作。アメリカ製<モンスター>に太刀打ちするには工夫が必要、今までと同じがベターとは言えないから、この意見は一理あります。
★関連記事・管理人覚え
*パコ・レオンの主な紹介記事は、コチラ⇒2015年3月19日
*“Carmina o revienta”はコチラ⇒2013年8月18日(ゴヤ賞2013新人監督賞の項)
*“Carmina y amén”はコチラ⇒2014年4月13日(マラガ映画祭2014)
*ラウル・アレバロの“Tarde para la ira”は、コチラ⇒2016年2月26日
『彼方から』 ロレンソ・ビガス*ラテンビート2016 ③ ― 2016年09月30日 15:40
金獅子賞を初めて中南米にもたらしたベネズエラ映画
★若干古い作品のうえ複数回にわたって紹介しているので、分類(2)再構成して1本化したほうがいいものとして纏めてみました。ロレンソ・ビガスの『彼方から』(“Desde allá”)は、ベネチア映画祭2015では、“From Afar”(「フロム・アファー」)の英語題で上映されました。従って当ブログでも同じタイトルでアップしていたものです。2015年のベネチアは世界の巨匠たち――アレクサンドル・ソクーロフ、アトム・エゴヤン、それにアモス・ギタイ――などの力作が目立った年でした。ビガス監督も「同じ土俵で競うなんて、本当に凄い。まだノミネーションが信じられない。デビュー作が三大映画祭のコンペティションに選ばれるなんてホントに少ないからね」と興奮気味でした。だから金獅子賞受賞など思ってもいなかったことでしょう。しかし長編は初めてですが、短編“Los elefantes nunca olvidan”(2004、監督・脚本・製作、製作国メキシコ)が、カンヌ映画祭、モレリア映画祭その他で上映されるなど、ベネズエラではベテラン監督です。
(金獅子賞を掲げたビガス監督、 ベネチア映画祭2015授賞式にて)
『彼方から』(“Desde allᔓFrom Afar”)
製作:Factor RH Producciones(ベネズエラ) / Lucia Films(メキシコ) / Malandro Films(同)
監督・脚本・製作:ロレンソ・ビガス
脚本(共同):ギジェルモ・アリアガ
撮影:セルヒオ・アームストロング
製作者:エドガー・ラミレス(エグゼクティブ)、ガブリエル・リプステイン(同)、ギジェルモ・アリアガ、ミシェル・フランコ、ロドルフォ・コバ
データ:製作国ベネズエラ=メキシコ、スペイン語、2015年、93分、撮影地カラカス
映画祭・映画賞:ベネチア映画祭金獅子賞、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門ベストパフォーマンス(ルイス・シルバ)、ビアリッツ(ラテンアメリカ・シネマ)映画祭男優賞(ルイス・シルバ)、ハバナ映画祭第1回監督作品賞、マイアミ映画祭脚本賞、テッサロニキ映画祭脚本賞&男優賞(アルフレッド・カストロ)、映画祭上映はトロント、ロンドン、モレリア他、世界の映画祭を駆け巡った。第25回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭2016(7月17日)上映作品。
キャスト:アルフレッド・カストロ(アルマンド)、ルイス・シルバ(エルデル)、ヘリコ・モンティーリャ、カテリナ・カルドソ、ホルヘ・ルイス・ボスケ、スカーレット・ハイメス、他初出演者多数
プロット:義歯技工士アルマンドの愛の物語。アルマンドはバス停留所で若い男を求めて待っている。自分の家に連れ込むためにはお金を払う。しかし一風変わっているのは、男たちが彼に触れることを受け入れない。二人のあいだにある「エモーショナルな隔たり」からのほのめかしだけを望んでいる。ところが或るとき、不良グループのリーダー、エルデルを誘ったことで運命が狂いだす。アルマンドを殴打で瀕死の状態にしたエルデルの出会いを機に彼の人生は破滅に向かっていく。タイトルの“Desde allá”は「遠い場所から」触れることのない関係を意味して付けられた。「愛の物語」ではあるが、ベネズエラの今日を照射する極めて社会的政治的な作品。
(二人の主人公、アルマンドとエルデル、映画から)
*主役のアルフレッド・カストロはチリのベテラン俳優、パブロ・ララインの「ピノチェト三部作」ほか全作の殆どに出演しており、当ブログでも再三登場させています(ララインの最新作“Jackie”はアメリカ映画で例外です)。他のキャストはテレビや脇役で映画出演しているだけのC・カルドソやS・ハイメス以外は、本作が初出演のようです。ベネチアでは「エルデル役のルイス・シルバは映画初出演ながら、ガエル・ガルシア・ベルナルのようなスーパースターになる逸材」と監督は語っておりましたが、その後の映画祭受賞歴をみれば当たっていたようです。
(アルフレッド・カストロ、映画から)
★プロットからも背景に政治的なメタファーが隠されているのは明らかです。ベネズエラのような極端な階層社会では今日においても起こりうることだと監督。プロデューサーの顔ぶれからも想像できるように、ベネズエラ(エドガー・ラミレス『解放者ボリバル』、ロドルフォ・コバ“Azul y no tanto rosa”)、メキシコ(ギジェルモ・アリアガ『21グラム』『アモーレス・ペロス』、ミシェル・フランコ『父の秘密』『或る終焉』)と、ベテランから若手のプロデューサーや監督が関わっています。ミゲル・フェラーリ監督の“Azul y no tanto rosa”は、ゴヤ賞2014イベロアメリカ映画賞受賞作品です。
*監督キャリア&フィルモグラフィー紹介*
★ロレンソ・ビガスLorenzo Bigas Castes:1967年ベネズエラのメリダ生れ、監督、脚本家、製作者。大学では分子生物学を専攻した変わり種。それで「分子生物学と映画製作はどう結びつくの?」という質問を度々受けることになる。後にニューヨークに移住、1995年ニューヨーク大学で映画を学び、実験的な映画製作に専念した。1998年ベネズエラに帰国、ドキュメンタリー“Expedición”を撮る。1999年から2001年にかけてドキュメンタリー、CINESA社のテレビコマーシャルを製作、2003年、初の短編映画“Los elefantes nunca olvidan”(13分、プレミア2004年)を撮り、カンヌ映画祭2004短編部門で上映され、高い評価を受ける。製作国はメキシコ、スペイン語。カンヌの他、モレリア映画祭、ウィスコンシン映画祭に出品された。共同製作者としてメキシコのギジェルモ・アリアガ、撮影監督にエクトル・オルテガが参画して撮られた。
★その後メキシコに渡り長編映画の脚本を執筆、それが“Desde allá”である。“Los elefantes nunca olvidan”から十年あまりで登場した長編がベネズエラに金獅子賞を運んできた。しかし「皆が気に入る映画を作る気はありません。ベネズエラを覆っているとても重たい社会的政治的経済的な問題について、人々が話し合うきっかけになること、隣国とも問題を共有していくことが映画製作の目的」というのが受賞の弁でした。政治体制の異なる隣国コロンビアやアルゼンチンの映画を見るのは難しいとビガス監督。
★また「映画は楽しみであるが、問題山積の国ではシネアストにはそれらの問題について、まずディベートを巻き起こす責任がある。だから議論を促す映画を作っている」と明言した。「階層を超えて、指導者たちも同じ土俵に上がってきて議論して欲しい。映画は中年男性の同性愛を扱っていますが、それがテーマではありません。最近顕著なのは混乱が日常的な国では、階層間の緊張が高まって、人々の感情が乏しくなっていること、それがテーマです。また父性も主軸です」とも。義歯技工士はお金を払った若者に触れようとせず彼方から見つめるだけ、父親と息子の関係を象徴しているようです。
(左から、アルフレッド・カストロ、監督、ルイス・シルバ 2015年ベネチアにて)
★今年のベネチア映画祭ではコンペティション部門の審査員の一人になり選ぶ立場になりました。彼自身もベネズエラではよく知られた画家だった父親オスワルド・ビガスを語ったドキュメンタリー“El vendedor de orquídeas”(ベネズエラ、メキシコ)が特別上映される機会を得た。制作過程でメキシコのシネアスト、バレンティナ・レドゥク・ナバロの援助を得ることができた。オフェリア・メディーナがフリーダ・カーロに扮した『フリーダ』(83)やカルペンティエルの短編『バロック』(88)を映画化したポール・レドゥク監督の娘です。「感謝を捧げるドキュメンタリーにする気は全然なかった。父を特徴づける暗い痛ましい部分もいれて、70年代当時の美術界の動向を中心にすえた」と監督。「父は2014年4月に90歳で死ぬまで毎日描き続けた」とも。
★ミシェル・フランコの新作“Las hijas de abril”のプロデュースを手掛けているが、来年には長編第2作“La caja”に着手する。短編“Los elefantes nunca olvidan”と『彼方から』、次回作の3本を合わせて三部作にしたい由。
『スモーク・アンド・ミラーズ』*ラテンビート2016 ① ― 2016年09月24日 17:27
アルベルト・ロドリゲスの新作スリラー“El hombre de las mil caras”
★サンセバスチャン映画祭(SSFF) 2016オフィシャル・セレクション出品作品。まさか今年のラテンビートで見ることができるとは思いませんでした。タイトルは英語題のカタカナ表記『スモーク・アンド・ミラーズ』、少し残念な邦題ですが、英語字幕を翻訳した配給会社の意向でしょう。アルベルト・ロドリゲス(1971、セビーリャ)の第7作め、SSFFノミネーションは『マーシュランド』(14)に続いて3回め、「三度目の正直」か「二度あることは三度ある」となるか、下馬評では今年の目玉ですが、間もなく結果が発表になります。(現地9月24日)
(ポスターを背に自作を紹介するロドリゲス監督、サンセバスチャン映画祭にて)
★実在のスパイ、フランシスコ・パエサを主人公にしたスリラー、現代史に基づいていますがマヌエル・セルドンの小説“Paesa: El espía de las mil caras”の映画化、というわけでワーキング・タイトルは“El espía de las mil caras”として開始されました。実話に着想を得ていますが、この謎に包まれたスパイの真相は完全に解明されておりません。本人のみならず関係者や親族が高齢になったとはいえ存命しているなかでは、何が真実だったかは10年、20年先でも闇の中かもしれません。F・パエサについてのビオピックはこれまでも映画化されていますが、今作はいわゆるパエサガが関わった「ロルダン事件」にテーマを絞っています。1994年に起きた元治安警備隊長ルイス・ロルダンの国外逃亡劇、彼はフランコ体制を支えた人物の一人、「パエサという人物を語るのに一番ベターな事件だから」とロドリゲス監督。
(フランシスコ・パエサに扮したエドゥアルド・フェルナンデス)
★最近アメリカの「ヴァニティ・フェア」誌のインタビューに応じたフランシスコ・パエサの証言をもとに特集が組まれました。仮に彼が真実を語ったとすれば、どうやら別の顔が現れたようで、検証は今後の課題です。実話に基づいていますが、お化粧しています、悪しからず、ということです。諜報員フランシスコ・パエサにエドゥアルド・フェルナンデス、元治安警備隊長ルイス・ロルダンにカルロス・サントス、その妻ニエベスにマルタ・エトゥラ、ヘスス・カモエスにホセ・コロナド、どんな役を演ずるのか目下不明ですが、エミリオ・グティエレス・カバが特別出演しています。
(「ヴァニティ・フェア」の表紙を飾った本物のフランシスコ・パエサ)
“El hombre de las mil caras”(英題“Smoke and Mirrors”)
製作:Zeta Audiovisual / Atresmedia Cine / Atípica Films / Sacromonte Films /
El espía de las mil caras AIE 協賛Movistar+ / Canal Sur Televici:on
監督:アルベルト・ロドリゲス
脚本(共):ラファエル・コボス、アルベルト・ロドリゲス、原作マヌエル・セルダン
撮影:アレックス・カタラン
音楽:フリオ・デ・ラ・ロサ
編集:ホセ・M・G・モヤノ
美術:ぺぺ・ドミンゲス・デル・オルモ
キャスティング:エバ・レイラ、ヨランダ・セラノ
衣装デザイン:フェルナンド・ガルシア
メイクアップ:ヨランダ・ピニャ
製作者:ホセ・アントニオ・フェレス、アントニオ・アセンシオ、メルセデス・ガメロ、他多数
データ:製作国スペイン、言語スペイン語、2016年、スリラー、伝記、123分、1970後半~80年代、スパイ、製作費500万ユーロ、撮影地パリ、マドリード、ジュネーブ、シンガポール、配給ワーナー・ブラザーズ・日本ニューセレクト、スペイン公開9月23日
映画祭:サンセバスチャン映画祭2016コンペティション部門正式出品、ラテンビート10月8日、ロンドン映画祭10月12日
キャスト:エドゥアルド・フェルナンデス(フランシスコ・パエサ)、カルロス・サントス(ルイス・ロルダン)、マルタ・エトゥラ(ロルダン妻ブランカ)、ホセ・コロナド(ヘスス・カモエス)、ルイス・カジェホ、エミリオ・グティエレス・カバ、イジアル・アティエンサ(フライトアテンダント)、イスラエル・エレハルデ(ゴンサレス)、ジェームス・ショー(アメリカ人投資家)、ペドロ・カサブランク、他多数
解説:フランシスコ・パエサは、マドリード生れのビジネスマン。スイスの銀行家、武器商人、言い逃れのプロ、ペテン師、プレイボーイのジゴロ、さらに泥棒でもありシークレット・エージェントでもある。まさに1000の顔をもつモンスター。1986年、彼はスペイン政府に雇われる。その頃はまだ信頼できる親友ヘスス・カモエスのサポートを得ていたが、潮目が変わって裏切られる。1994年、妻との関係が破綻した時期に、準軍事組織である治安警備隊の元トップだったルイス・ロルダンから美味しい依頼を受ける。それは「自分の国外逃亡を助け、パリとアンティーブにある二つのリッチな不動産と公的基金からくすねた600万ドルを守ってほしい」というものだった。彼は、ロルダンの金を横取りし、自分を見捨てたスペイン政府への復讐もできる好機と協力を引き受ける。
★マドリード生れの実在のスパイ、フランシスコ・パエサFrancisco Paesa(1936~)の人生に基づく物語。後に赤道ギニアの独裁者となるフランシスコ・マシアス・ンゲマと取引して、1976年インターポールによってベルギーで逮捕され、スイスの刑務所に収監された。バスク人テロ組織ETAによるテロ行為が横行した時代には、ETAに対抗するために組織された極右テロリスト集団GAL(1983年創設、反テロリスト解放グループ)とも関わったといわれる。出所後スペインのシークレット・サービスと協力してETAに位置センサー付きの対空ミサイル2基を売るなどの武器密輸にも関与、それがETAの所有していた大量の武器や文書発見につながった。いわゆる「ソコア作戦」(Operacion Sokoa)といわれる事件。武装集団の協力と偽造ID使用の廉で、1988年12月逮捕される。
★1994年に起きた「ロルダン事件」(Caso Roldán)に関与していたとされている。ルイス・ロルダンはスペインの社会労働党の政治家、準軍事組織である治安警備隊(グアルディア・シビル)の元隊長だった。ロルダンが横領した金額は英貨100万ポンド、当時スペインで使用されていたペセタに換算すると244億ペセタに相当する。映画は前述したように、このロルダン事件に的を絞っています。
(前列中央がロルダン役のカルロス・サントス、映画から)
★1998年7月、パエサの姉妹が「タイで死亡した」という死亡広告をエル・パイス等に掲載した。死亡が偽装だったことは6年後にはっきりするのだが、当時から一部の関係者は単なる韜晦と死亡説を否定していた。スペインのジャーナリスト、マヌエル・セルダンが、パリでフランシスコ・パエサのインタビューに成功、生存が確認されて世間を驚かせた。このインタビューに基づいて執筆されたセルダンの“Paesa: El espía de
las mil caras”(“The Spy with a Thousand Faces”)に着想を得て映画化されたのが本作である。
(死亡通知が掲載された新聞記事、1998年7月2日)
★ルイス・ロルダン(1943年サラゴサ生れ)、元社会労働党(PSOE)党員、治安警備隊長(1986~93)、1994年偽の身分証明書でスペインを脱出したが、国際指名手配されていたので、1995年タイのバンコク空港で逮捕された。「刑務所に行くときは、一人じゃ行かない」と、関係者の道連れを臆せず語っていたが、1998年、最高裁で禁固刑31年の刑が確定した。1995年2月からアビラ刑務所、その後マドリードで15年刑期を務めた後、2010年に釈放、現在は自由の身である。2015年、フェルナンド・サンチェス・ドラゴによって彼の伝記が公刊されている。
(本物のルイス・ロルダン、1997年)
★以上は映画を楽しむ基礎データですが、パエサは潜伏の6年間をどこでどうしていたのか、先述した「ヴァニティ・フェア」誌のインタビュー記事の証言も含めて、鑑賞後にもう一度アップするつもりです。パエサとロルダンの関係は実に複雑です。パエサは公開を前に「ロルダンは紳士ですよ。でもびた一文貰っていない。私はもう死んでいるのです。そうね、死人だよ、だから何だって言うの」とインタビューに答えている。
*ラテンビート(新宿バルト9)では、10月8日(土)と10月14日(金)の2回上映です。
*監督紹介と『マーシュランド』の関連記事は、コチラ⇒2015年1月24日
イシアル・ボリャイン新作「オリーブの樹」*ブリュッセル映画祭観客賞受賞 ― 2016年07月19日 12:05
世界に残された大樹の売買を背景にスペインの危機が語られる
★イシアル・ボリャインの長編7作目となる“El olivo”がブリュッセル映画祭の観客賞を受賞しました。今秋のラテンビート上映を期待して作品紹介をしたい。実にありふれたストーリーだが、ボリャイン映画はメッセージが明確である。「安っぽいメタファー」あるいは「既視感がある」などのマイナス評価を物ともしない強さが、観客の心を掴んでしまう。サンチャゴ・セグラの「トレンテ」シリーズやアメナバルの『アレクサンドリア』、またはJ・A・バヨナの『インポッシブル』のような大資本を使わずに、それなりの興行成績を上げている。つまり観客はこういう映画も必要としているということです。俳優を信頼してあまりリハーサルをしないタイプの監督、1シーン1ショットが好き、気配りがあって撮影が楽しいなどキャスト陣の好感度も高い。彼女自身も女優であるから俳優心理のメカニズムをよく知っているせいでしょうか。
*“El olivo”についての記事は、コチラ⇒2016年2月21日
“El olivo”(“The Olive Tree”)2016
製作:Morena Films / The Match Factory
監督:イシアル・ボリャイン
脚本:ポール・ラヴァティ
音楽:パスカル・ゲーニュ
撮影:セルジ・ガジャルド
美術:ライア・コレト、Anja Fromm(独)
衣装デザイン:フラン・クルス
メイク・ヘアー:マルセラ・バレト
キャスティング:ミレイア・フアレス
製作者:ペドロ・ウリオル(エグゼクティブ)、フアン・ゴードン、マイケル・ウェーバー、ほか
データ:製作国スペイン=ドイツ、言語スペイン語・ドイツ語・英語・フランス語、2016年、コメディ・ドラマ、100分、製作費420万ユーロ、撮影スペイン&ドイツ、公開スペイン5月6日、ギリシャ&イスラエル6月2日、フランス7月13日、ドイツ8月2日予定
映画祭・受賞歴:ブリュッセル映画祭観客賞受賞、シアトル映画際監督賞第2席、女優賞アナ・カスティージョ第3席。ほかマイアミ、シドニー、ミュンヘン、エジンバラ、各国際映画祭2016正式出品。
キャスト:アナ・カスティーリョ(アルマ)、ハビエル・グティエレス(叔父アルカチョファ)、ペプ・アンブロス(ボーイフレンド、ラファ)、マヌエル・クカラ(祖父ラモン)、イネス・ルイス(少女アルマ)、アイナ・レケナ(アルマの母)、ミゲル・アンヘル・アラドレン(ルイス)、カルメ・プラ(バネッサ)、アナ・イサベル・メナ(ソレ)、マリア・ロメロ(ウィキィ)、パウラ・ウセロ(アデリェ)、クリス・ブランコ(エストレーリャ)、パコ・マンサネド(ネルソン)、ほか多数
解説:樹齢2000年のオリーブの樹をめぐるアルマと祖父の物語。二十歳になるアルマはバレンシア州カステリョンの養鶏場で働いている。気掛かりなことは自分を可愛がってくれた祖父ラモンが口を利かなくなり、今では食事も摂らなくなってしまったことだ。思い当たるのは12年前、父親がレストランの開店資金のため、祖父が心から大切にしていた樹齢2000年のオリーブの樹を伐り倒して売ってしまったこと。ドイツの金融都市デュッセルドルフにあるエネルギー関連会社が所有しているという情報を得たアルマは、叔父アルカチョファとボーイフレンドのラファを巻き込んで、お金もないのにスペインからドイツに向けてトラックで出発、こうしてトンチンカンなゲームよろしく珍道中がはじまった。
(オリーブの樹の下で、8歳のアルマと祖父ラモン)
(オリーブの樹があった場所で失意の日々を送る祖父に寄り添うアルマ)
アルマ・キホーテと二人のサンチョ・パンサ、アルカチョファとラファ
★本作はあくまでフィクションですが、ポール・ラヴァティによると、アルマとラモンのような祖父と孫にカステリョンで実際に出会ったのが執筆の始まりだったという。樹齢二千年というオリーブの樹は、かつてイベリア半島を占領したローマ人が植林したものだそうです。野外劇場や水道橋を建設しただけではなかったということ。しかし大樹でもオリーブの実の収穫とは正比例しないから効率は良くない。しかし生産高だけで悪者と決めつけていいのか、慣習や社会規範に従順であることが常に正しいとは限らない。時には非従順にも価値があるのではないかと語りかけている。
★8メートル、10メートルの大樹が豊かなドイツに4万ユーロほどで買われていく。デュッセルドルフはノルトライン=ヴェスファーレン州の州都、約60万人と人口は多くないが、ドイツを代表する経済や芸術分野の中心都市である。経済危機のスペインとは対照的に豊かなドイツ、同じEU 域内でも経済の二極化は鮮明です。
(デュッセルドルフのエネルギー関連会社のホールにオブジェとして飾られていた)
★アルマと祖父の関係は愛で繋がっている。しかし12年前に伐り倒されたオリーブの樹を求めてドイツまでトラックで出かけるというのはあり得ない話です。監督は「ドン・キホーテ的な行動に走るリーダーのアルマ、アルマ・キホーテに従う二人の従者サンチョ・パンサが叔父アルカチョファとボーイフレンドのラファだ」と語っている。スペイン人が大好きな騎士道物語の別バージョンというわけです。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★イシアル・ボリャイン(ボジャイン)Icíar Bollaín Pérez-Minguez、1967年マドリード生れ、、監督、脚本家、女優。父は航空学エンジニア、母は音楽教師、双子の姉妹がいる。マドリードのコンプルテンセ大学美術科に入学するも映画の道に進むべく途中で断念する。しかし趣味として絵筆は手放さない。1991年初頭、サンティアゴ・ガルシア・デ・レアニスやゴンサロ・タピアと制作会社「ラ・イグアナ」を設立する。『ザ・ウォーター・ウォー』(10)に続いて本作の脚本を担当したポール・ラヴァティとは『大地と自由』(95、ケン・ローチ)の撮影中に知り合って結婚、3児の母である。2014年からスコットランドのエジンバラに本拠地を移して、スペインと行ったり来たりして活動している。
(樹齢千年のオリーブの樹の下のイシアル・ボリャイン、マドリード植物園にて)
★女優として出発、ビクトル・エリセの『エル・スール』(83)に16歳でデビューを飾る。叔父フアン・セバスティアン・ボリャイン監督の“Las dos orillas”(86)、“Dime una mentira”(93)に出演する。代表作は、ケン・ローチの『大地と自由』だが、ほかにマヌエル・グティエレス・アラゴン“Malaventura”(89)、ゴヤ賞主演女優賞ノミネーションのホセ・ルイス・ボラウの“Leo”(2000)、ジョゼ・サラマーゴの小説『石の筏』を映画化した『石の筏に乗って』(02、シネフィル・イマジカ放映、オランダ・西・ポルトガル)、エクアドルのセバスティアン・コルデロの『激情』(10、メキシコ・コロンビア)出演を最後に目下のところ女優業は休止している。ほかTVドラにも出演している。
(16歳の女優ボリャイン『エル・スール』から)
★監督デビューは「ラ・イグアナ」の製作で短編“Bajo, corazón”(93)、続いて“Los amigos del muerto”(94)を撮る。長編デビューは1995年“Hola, ¿ estás sola ?”(95、ゴヤ賞新人監督賞ノミネート)、『花嫁の来た村』(99、ゴヤ賞脚本賞ノミネート、シネフィル・イマジカ放映)、ゴヤ賞監督・脚本賞を受賞した『テイク・マイ・アイズ』(03)やアリエル賞イベロアメリカ作品賞受賞の『ザ・ウォーター・ウォー』(10)など、本作含めて7作、ほかに長編ドキュメンタリー“En tierra extrana”(14)、NGO の仕事として“Aldeas Infantiles SOS”(12)や“La madre SOS”を撮って、社会に静かに質問を投げかけている。彼女の複眼的な視点は、当事者を決して糾弾しないところが魅力である。
*ドキュメンタリー“En tierra extrana”の記事は、コチラ⇒2014年12月4日
*主なスタッフ紹介*
★ポール・ラヴァティ(ラバーティ)、1957年インドのカルカッタ生れ、父はスコットランド、母はアイルランド出身、スコットランドの脚本家。ケン・ローチの脚本を8本手がけている。現地に赴いて執筆したニカラグア内戦をテーマに『カルラの歌』(96)で初めてタッグを組んだ。以来『やさしくキスをして』(04)、『この自由な世界で』(07)、カンヌ映画祭2006のパルムドール受賞の『麦の穂をゆらす風』、『エリックを探して』(09)、『ルート・アイリッシュ』(10)、『天使の分け前』(12)、『ジミー、野を駆ける伝説』(14)がある。妻イシアル・ボリャインの『ザ・ウォーター・ウォー』(10)の脚本も手がけている。14年間のスペイン暮らし、こよなくスペインの田舎の風土を愛している。それは母親が語ってくれたアイルランドの風土に似ており寛げるからだそうです。本作のアイデアもここから生まれた。
(ポール・ラヴァティとイシアル・ボリャインのツーショット)
★パスカル・ゲーニュ、1958年すランスのカーン生れ、作曲家。現在はバスク自治州のサンセバスチャンで暮らしている。ボリャイン監督とは『花嫁の来た村』が最初の作品、エリセのドキュメンタリー『マルメロの陽光』(92)、ラモン・サラサール『靴に恋して』(02)、ダニエル・サンチェス・アルバロ『漆黒のような深い青』(06)と『デブたち』(08)、サルバドル・ガルシア・ルイス『砂の上の恋人たち』(03)、ジョン・ガラーニョ&ホセ・マリ・ゴエナガ『フラワーズ』(14)など公開、映画祭上映作品も多く、DVDなどで聴くことができる。
*パスカル・ゲーニュの詳細は『フラワーズ』の記事で紹介、コチラ⇒2014年11月9日
*主なキャスト紹介*
★アナ・カスティーリョ、1993年バルセロナ生れ、女優。映画、TV、舞台で活躍の22歳。7歳からバルセロナとマドリードで演技指導を受けている。2011年芸術高校卒業後、“Sant Joan Bosco Horta”でも学び、2005~11年まで音楽グループ「ep3」のメンバーと、早熟な才能の持ち主。長編映画デビューはエレナ・トラペの“Blog”(10)、ハビエル・ルイス・カルデラの『ゴースト・スクール』(12)、3作目となる本作でヒロインに抜擢された。テレビで出発している。本作については「カフェテリアで渡された脚本を読み始めたが感動して大泣きしてしまい、お店にいた人をびっくりさせてしまった」と語る。デビューした頃のボリャイン監督を彷彿させると評価も高い。脚本にキスの雨を降らせて奮闘した。本作出演が決まってから『エル・スール』を見たと語るが、生まれる10年前の作品(笑)。「女優になるべく生まれてきた、生まれつきのスター」と共演のハビエル・グティエレス、新たなスター誕生となるか。
(デュッセルドルフに到着した主従3人組、アルカチョファ、ラファ、アルマ)
★二人の従者サンチョ・パンサの一人、叔父アルカチョファのハビエル・グティエレスについては、アルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』(14)でゴヤ賞2015男優賞受賞の折に詳細を紹介している。本作でサン・ジョルディ賞、サンセバスチャン銀貝賞、フォルケ賞、フェロス賞、シネマ・ライターズ・サークル賞と貰える賞の全てを独占した。またダニ・デ・ラ・トーレの『暴走車 ランナウェイ・カー』にも出番こそ少ないが重要な役を演じた。アルカチョファは本名ではなくアンティチョークのこと、渾名でしか登場しない。
*『マーシュランド』(原題“La isla mínia”)の記事は、コチラ⇒2015年1月24日
★もう一人の従者、同僚でアルマに恋しているラファ役ペプ・アンブロスは、本作が映画デビュー作。バルセロナ生れ、2010年バルセロナ演劇研究所の演劇科を卒業。2005年舞台俳優として出発、カタルーニャTVコメディ・シリーズ“Les coses grans”(2013~16、21エピソード)にペプ役で出演、母語のカタルーニャ語の他、スペイン語、英語、フランス語ができる。舞台出演を主軸に映画出演にも意欲を示す。本作ではアルマが働く職場の同僚役、コメディアンとしての優れた才能を発揮したと高評価。「ラファの人格はとても複雑、セリフは少ないのに多くのことを語らねばならない役柄、これは自分にとって難しいことだった。自分の意見も言わずに、どうしてこんな羽目に巻き込まれてしまったのか、それを理解することだとイシアルが助け舟を出してくれた」とアンブロス。自分のデビュー作がボリャインやグティエレスのような素晴らしい才能たちとの出会いであった幸運をかみしめている。
★マヌエル・クカラ、監督とキャスティング担当のミレイア・フアレスが、トラクターから降りてきた彼に「同時に一目惚れして」祖父ラモン役に抜擢されたというズブのアマチュア。起用が誤算でなかったことは映画を見れば納得するとか。
(左から、ラファ役ペプ・アンブロス、叔父アルカチョファ役ハビエル・グティエレス、
ボリャイン監督、アルマ役アナ・カスティーリョ、祖父ラモン役マヌエル・クカラ)
ダニエル・カルパルソロのアクション・スリラー*”Cien años de perdón” ― 2016年07月03日 08:40
『インベーダー・ミッション』の監督最新作
★今年期待できるスペイン映画としてチラッとご紹介したダニエル・カルパルソロの新作“Cien años de perdón”、3月4日スペイン公開以来、上質のサスペンスとして興行成績もよろしいようです。銀行を襲う強盗団の物語は幾つか過去にもありますが、導入部は似ていてもテーマは異なる。いずれ劇場公開されるでしょうね。原タイトルは、「Quien roba a un ladrón, tiene cien años de perdón」というスペインの格言から採られています。簡単にいうと「泥棒から物を盗むのは罪になりません」ということで、悪事をはたらく人間が自分の行為を正当化するときに言う捨てゼリフですが、悪事は悪事でしかありません。一部の金融システムのエリートだけが潤っている現状に庶民は不信を抱いている。この格言には幾通りかバージョンがあります。エジンバラ映画祭上映の英題は“To Steal from a Thief”でした。
★アクション映画の監督では、アルベルト・ロドリゲス(『UNIT 7 ユニット7/麻薬取締第七班』『マーシュランド』)、エンリケ・ウルビス(『貸し金庫507』『悪人に平穏なし』)、ダニエル・モンソン(『プリズン211』『エル・ニーニョ』)などが挙げられるが、本作のダニエル・カルパルソロもアクション映画の旗手として加えていいでしょう。低予算ながらハリウッド並みの策略、緊張、エモーションと大衆が求めるものを取り込んでいる。
“Cien años de perdón”(“To Steal from a Thief”)2016
製作:Vaca Films / Morena Films / Telecinco Cimema / K&S Films / Telefónica Studios
監督:ダニエル・カルパルソロ
脚本:ホルヘ・ゲリカエチェバリア
撮影:トス・インチャウステギ
音楽:フリオ・デ・ラ・ロサ
編集:アントニオ・フルトス
データ:製作国スペイン=アルゼンチン=フランス、言語スペイン語、2016、96分、サスペンス、製作資金670万米ドル、興行成績1211万米ドル。公開アルゼンチン2016年3月3日、スペイン3月4日、ウルグアイ3月12日、チリ4月14日、イギリス(エジンバラ映画祭)6月16日。ポルトガル7月7日、ギリシャ7月28日の予定
キャスト:ロドリゴ・デ・ラ・セルナ(エル・ウルグアジョ)、ルイス・トサール(エル・ガジェーゴ)、ラウル・アレバロ(フェラン)、ホセ・コロナド(メジーソ)、ホアキン・フリエル(ロコ)、パトリシア・ビコ(サンドラ)、マリアン・アルバレス(クリスティナ)、ルシアノ・カセレス(バレラ)、ルイス・カジェホ(ドミンゴ)、ホアキン・クリメント(エル・プニェタス)、他
(性格の異なる両首領エル・ウルグアジョとエル・ガジェーゴはこんなマスクで登場)
解説:〈エル・ウルグアジョ〉と〈エル・ガジェーゴ〉を首領とする盗賊団がバレンシアのある銀行を襲う計画を実行しようとしていた。任務は可能なかぎりのセーフティ・ボックスを入手することであった。メトロの廃駅から銀行まで予め掘っておいたトンネルを通じて逃走する手筈にしていた。一方、首相の報道官は盗賊団の真の狙いが貸し金庫「314」であることに気づいた。大事故で現在は昏睡状態にある政府の元メンバー、ゴンサロ・ソリアーノ所有のそのボックスには表沙汰にできないマル秘文書が入っていた。エル・ウルグアジョとその一味は、昨夜から降り続いた大雨のせいでトンネルが浸水、想定外の苦境に立たされていた。盗品が政府内のある派閥のマル秘であるにもかかわらず、銀行職員には逃亡阻止の指示も届いていなかった。平凡な出だしながら時間とともに複雑になっていくストーリー展開、対照的な両首領の性格的戦略的対立、アクションとユーモアのバランスもよく、上質なエンターテイメントとなっている。
(バレンシア銀行の金庫室床に開けたトンネルの穴、映画から)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★ダニエル・カルパルソロ、1968年バルセロナ生れ、監督、脚本家、製作者。誕生間もなくバスク自治州サンセバスチャンに転居したため、バスク出身の監督と紹介されることもある。マドリードで映画、政治科学を並行して専攻、後ニューヨークに渡って映画技法を学んでいる。監督・製作者のフェルナンド・コロモの目に止まって、1995年“Salto al vacío”(“Jump Into the Void”)でデビュー、批評家からも観客からも受け入れられた。本作は武器の密売で一家を養っている二十歳の娘をヒロインにした殺るか殺られるかの物語、主役を当時妻だったナイワ・ニムリが演じ、彼女を立て続けに起用して4作ほど撮っている。なかではこの第1作が特に評価が高かった。ナイワ・ニムリの衝撃的な髪型(後頭部に〈VOID〉の剃りが入っている)も話題になった。それがそのままポスターに使用され、後にダニエル・モンソンが『プリズン211』(09、“Celda 211”)で模倣した。
(ナイワ・ニムリの髪型を使った“Salto al vacío”のポスター)
★今世紀に入ってからは、TVミニシリーズを主に手掛けていたが、第7作となる“Invasor”(『インベーダー・ミッション』12、公開14)で映画復帰、8作目“Combustion”(『ワイルド・レーザー』13、公開14)、9作目“Cien años de perdón”と続いて映画を撮っている。監督談によると、「社会派ドラマではないが、ヒリヒリした痛みをもった映画」ということです。
(プレス会見に勢揃いしたキャストとスタッフ)
*主な登場人物たち*
★強盗団の首領にアルゼンチンのロドリゴ・デ・ラ・セルナが扮し、スペインのジェームズ・ギャグニーことルイス・トサール(1971年ガリシアのルーゴ生れ)とタッグを組みました。1930年代のギャング映画の大スターとはいえ、ジェームズ・ギャグニーをどれくらいの年齢層までが知っているか疑問ですが。ダニエル・モンソンの『プリズン211』『エル・ニーニョ』、ダニ・デ・ラ・トーレの『暴走車 ランナウェイ・カー』と日本でも存在感が増してきたトサール、本作ではちょっとオンナに弱い人格造形のようです。主役としてはイシアル・ボリャインの『花嫁のきた村』(99)が映画チャンネルで放映されたのが初登場でしょうか。つづく『テイク・マイ・アイズ』(03、ゴヤ賞主演男優賞)、『ザ・ウォーター・ウォー』(10)などボリャイン作品に出演しています。高校時代からの仲間でもあるホルヘ・コイラの『朝食、昼食、そして夕食』(10)では製作者も兼ねた。マイケル・マンの『マイアミ・バイス』(06)でアメリカ映画にデビューするなど。今やアクションもドラマもこなせるスペイン映画を代表するカメレオン俳優となっている。
(CELDA 211の剃りを入れたトサール&2個めとなるゴヤ賞主演男優賞授賞式の写真)
★ロドリゴ・デ・ラ・セルナは、1976年ブエノスアイレス生れ、ウォルター・サレスの『モーターサイクル・ダイアリーズ』で若きチェ・ゲバラと南米縦断旅行をしたアルベルト・グラナード役で、2004クラリン賞、2005銀のコンドル賞、他受賞多数。TVドラ出演が多く、マルティン・フィエロ賞も受賞している。フランシス・フォード・コッポラがブエノスアイレスを舞台にしてモノクロで撮った『テトロ』(09)に出演している。本作には当時の妻だったエリカ・リバス(『人生スイッチ』)も出ていた。二人の間には1女がある。新作では刑務所に戻るのも恐れないという粗野な人格を演じる。「スクリーン上のルイスにはいつも感嘆していた。今度実際に仕事をしてみて、その人柄にも惚れました、彼と仕事ができて素晴らしかった」と、相棒ルイス・トサールを褒めちぎる。もしかして初顔合わせでしょうか。
★他に『貸し金庫507』『悪人に平穏なし』のホセ・コロナド、『マーシュランド』のラウル・アレバロ、フェルナンド・フランコの“La herida”でゴヤ賞2014主演女優賞受賞のマリアン・アルバレス、現在の監督夫人パトリシア・ビコ(2006年に1男誕生)など演技派が脇を固めている。
(ダニエル・カルパルソロ監督と夫人パトリシア・ビコ)
盗作論争――盗作の範囲はどこからどこまで?
★盗作の狼煙を上げたのが、アルゼンチン出身のアレハンドロ・サデルマンのベネズエラ映画“100 años de perdón”(98)です。「タイトルから筋まで類似している」と指摘。確かにタイトルは指摘通りです。チリやウルグアイでは「100」も使用するなど、言いがかりとは一概に言えない。しかし、脚本を書いたホルヘ・ゲリカエチェバリアはベネズエラ作品を見ていないと語る(スペインでは未公開のようです)。「タイトルは同じでもストーリー展開はまるで違う」と反論している。チラリ見ですが確かに異なっている。マル秘文書が採用された映画としては、当ブログに登場させたエンリケ・ウルビスの『貸し金庫507』(02)がある。銀行を襲った強盗一味に貸し金庫室に閉じ込められた支店長が、貸し金庫「507」に入っていた書類から、我が娘の焼死が事故ではなく、ウラで糸を引く大物マフィアの仕業だったことを知るというもの。土地買収に関する政治汚職を浮かび上がらせている。
*『貸し金庫507』の記事は、コチラ⇒2014年3月25日
(アレハンドロ・サデルマンの“100 años de perdón”)
★アメリカ映画だが、スパイク・リーのコメディ仕立ての『インサイド・マン』(06)、マンハッタン信託銀行の貸し金庫「392」の中身が銀行はもとより警察、交渉人、謎の女性交渉人までが出張ってきて右往左往するエンタメ。貸し金庫にはナチがユダヤ人からせしめた宝石以外に表沙汰にしたくないマル秘文書が入っており、強盗団の狙いは宝石じゃない。どうしてそんな古い危険文書を今まで処分しなかったのか(笑)、ストーリーにいくつも綻びがあるのだがエンタメの要素をぎょうさん盛り込んでいる。何しろキャストが豪華版、意表をつく結末に唖然とする。面白いのは『狼たちの午後』(75)のパロディを含んでいることです。今でも映画チャンネルで放映されているシドニー・ルメットの映画、実際に起きた銀行強盗事件に材をとっている。若くてほっそりしていた頃のアル・パチーノが主役を演じていた。実際の犯人の後日談もなかなかこれが興味深い。
舞台の映画化、クレウエトの”El rey tuerto”*マラガ映画祭2016最終回 ― 2016年05月05日 18:58
劇作家マルク・クレウエトのデビュー作は自作戯曲の映画化
★結果発表前にアップしようと思っていたのに時間切れになってしまった“El rey tuerto”のご紹介。無冠だったが気になる監督作品、上映は映画祭前半の4月24日だった。記者会見にはマルク・クレウエト監督以下出演者アライン・エルナンデス、ミキ・エスパルベ、ベッツィ・トゥルネス、ルース・リョピスが参加、如何にもバルセロナ映画と実感させるブラック・コメディ。
(左から、ベッツィ・トゥルネス、ミキ・エスパルベ、監督、プレス会見にて)
★プレス会見の談話によると「最初のバージョンは、映画化するなら舞台よりもっと風通しをよくしたほうがいいと考えて、新しい状況や場所を設定しようとした。しかし『探偵スルース』のような映画に魅せられていたので、結果的にはセリフも登場人物もあまり変えなかった。状況によって自由自在に変化できる檻のようなスペースを設えて、そこへ登場人物たちが引き寄せられようにやってくるスタイルにした」と監督。『探偵スルース』という映画は、1972年のジョーゼフ・L ・マンキーウッィツの最後の監督作品“Sleuth”、ローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインが数々の賞を受賞した名作。2007年のリメイク版『スルース』は今でもテレビで放映されるから若い方も見ているでしょうか。
“El rey tuerto”(“El rei borni”)2016
製作:Moiré Films Producciones Audiovisuales / Lastor Media / Corporación Catalana de Mitjans Audiovisuals / El Terrat de Produccions 協賛カタルーニャTV
監督・脚本・戯曲:マルク・クレウエト
撮影:シャビ(ハビ)・ヒメネス
製作者:トノ・フォルゲラ(Lastor Media社)
データ:スペイン、スペイン語、2016,辛口コメディ、87分、マラガ映画祭2016上映4月24日、スペイン公開5月20日
キャスト:アライン・エルナンデス(警察官のダビ)、ミキ・エスパルベ(ナチョ、隻眼のイグナシ)、ベッツィ・トゥルネス(ダビの妻リディア)、ルース・リョピス(ナチョの妻サンドラ)、シェスク・ガボト(政治家)
解説:リディアとサンドラは古くからの友達だが長年のこと会っていない。互いのパートナーを紹介しあおうとダビの家で夕食を共にすることに決めた。ダビは機動隊所属の警察官、ナチョは活動家の社会派ドキュメンタリー製作者、乱闘騒ぎに発展したデモ行進中に警官からゴムボールのお見舞いをうけて右目の視力を失っている。彼らはテレビから流れてくる或る政治家のスピーチに活気づく。4人の登場人物は食事しながら過ぎ去った時間を懐かしみ、最近の出来事を語り合う。ダビがナチョの片目を潰した張本人であることなど知る由もない。こうして変なめぐり合わせで警察官と活動家が対峙してしまう。
(隻眼のナチョと機動隊員のダビ、映画スチールから)
私たちの秩序がもっている多くの裂け目を修復するレシピ
★このように辛口コメディ風に物語は始まるが、壊れやすく脆い信念、社会的役割の本来の姿とは何か、真実を模索しながらも時は驚くほどの早さで過ぎ去ってしまうというイタイお話です。カオス状態の世の中で盲人になると、却って世界の物事がよく見えるようになり、自分たちが無意識に避けている奥深い秩序に近づけるという。プロットの核心は、社会問題にそれぞれ異なった意見をもつ4人の登場人物の心理合戦、根の深いスペインの危機についてのアジテーションのようです。
★戯曲は3年前から書き始め、こけら落とし公演は2年前、バルセロナの収容客40人足らずの小さな劇場だった。バルセロナでの大成功がマドリードでも続き、全国主要都市を巡業して回った。マドリードの舞台では粗野な警察官ダビと平和思考の活動家ナチョを同じ俳優が演じた。イデオロギー的には正反対の二人がまき散らすタイミングのよいギャグの応酬が観客を魅了したようです。監督によると、映画化することで舞台では定まらなかった視点が見えてくるオマケがあったという。監督お気に入りの1作、コーエン兄弟製作の『バートン・フィンク』と関連があるそうだが、二人の主人公のブラック・ユーモアが本作のダビとナチョに似ているからだろうか。この映画は見る人によって深読みができる作品なのでよく分からない。カンヌ1991のパルムドール・監督賞・男優賞を受賞した異例づくめの作品(カンヌは各賞をダブらせない方針)、しかし当然というかアカデミー賞はノミネーションに終わった。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
マルク・クレウエト Marc Crehuet は、1978年カンタブリアのサンタンデル生れ、監督、脚本家、舞台演出家、戯曲家。演劇では戯曲執筆と舞台演出を兼ねた“Conexiones”(09)、“El rey tuerto”(カタルーニャ語“El rei borni”、13)、“MagicalHistory Club”(14)がある。映画は以下の通り。(TVを含む)
2009“GreenPower”(TV)2010年エンターテインメント最優秀プログラム「マック賞」受賞
2011~12“Pop rápid”(TV)カタルーニャTVとMoiré Films製作の2シーズンのシリーズ物
2016“El rey tuerto”本作
★カタルーニャTVの“Pop rápid”には、アライン・エルナンデス、ミキ・エスパルベ、ベッツィ・トゥルネス、シェスク・ガボトの4人が25話に出演(ルース・リョピスのみ1話)、このTVドラでの共演が本作の土台にある印象です。
★「戯曲の最初のバージョンはすごく扇情的で憤慨に満ちた内容だった。何故かと言うと、デモ行進で片目を本当に失明してしまったイタリアの青年が我が家を訪れたことがヒントだったから。しかし執筆しているあいだに怒りをダイレクトにぶつけるのではなく、ユーモアを効かせたプロットに変化させた」と戯曲執筆の動機を語った。ナチョの人物造形にはインスピレーションを受けたモデルがいたようだ。昨今では誰もが自説を披露できる時代になったが、コミュニケーションの困難さ、スレ違いはあまり変わらない。他人に対して攻撃的とは言わないまでも、寛容ではなくなっているかもしれない。
(インタビューを受けるマルク・クレウエト、マラガにて)
*キャスト紹介*
★マラガ上映の初日24日には朝早い9時にもかかわらず、この新しい趣向の作品、特にユニークな二人の演技を楽しもうとするファンがセルバンテス劇場前に列を作った。この二人とはアライン・エルナンデスとミキ・エスパルベのこと。簡単にご紹介すると:
*アライン・エルナンデスAlain Hernández(ダビ役)は、バルセロナ生れ、スペイン語、カタルーニャ語、英語ができるのでUSA映画(“The promise”16)にも出演している。長編映画デビューはベントゥラ・ポンス“Barcelona, un mapa”(07)、公開されたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ『ビューティフル』(08)、主役を演じたデミアン・サビーニ・ギマラエンス“Terrados”(10,監督がバジャドリード映画祭で観客賞受賞)、エミリオ・マルティネス=ラサロの“Ocho apellidos catalanas”(15)、マリオ・カサスやアドリアナ・ウガルテが主演したことで2015年後半の話題作になったフェルナンド・ゴンサレス・モリーナ“Palmeras en la nieve”に準主役で出演。
(自宅で体を鍛える機動隊員ダビ、映画から)
*ミキ・エスパルベ Miki(Miqui) Esparbé(ナチョ役)は、1983年バルセロナ生れ、俳優、脚本家、作家。バルセロナにある公立名門校ポンペウ・ファブラ大学(Universidad Pompeu Fabra)の人文科学卒業。クレウエトの“GreenPower”TVシリーズでキャリアを出発させる。同監督の“Pop rápid”出演のお陰で知られるようになった。2012年、Notodofilmfest賞を受賞した短編“Doble check”の主役に抜擢され、男優賞にノミネーションされた。長編デビューは“Barcelona, nit d’estin”(13)、マラガ映画祭2015で最優秀新人脚本家賞を受賞したレティシア・ドレラのデビュー作 “Requisitos para ser una persona normal” に出演している他、ホセ・コルバッチョ&フアン・クルスの“Incidencias”、夏公開が決定しているホアキン・マソンの“Cuerpo de élite”などが挙げられる。2014年、グラフィック小説“Soy tu principe azul pero eres daltónica”(パコ・カバジェロ他との共著)というオカシなタイトルの本を出版。
(ナチョとサンドラとリディア、ダビ家の居間、映画から)
*ベッツィ・トゥルネス Betsy Túrnez(リディア役)は、クレウエトのカタルーニャTVシリーズ“Pop rapid”、ギリェム・モラレスの『ロスト・アイズ』、マリア・リポルの『やるなら今しかない』(Netflix“Ahora o nunca”)、『オチョ・アペリードス・カタラナス』(同“Ocho apellidos catalanas”)などに出演している。監督との接点は“Pop rapid”でしょうか。舞台“El rei borni”出演、2014年には同じく舞台“Magical History Club”に出演した。
(舞台“El rei borni”でも共演したトゥルネスとリョピス)
*ルース・リョピス Ruth Llopis(サンドラ役)は、バレアレス諸島のメノルカ生れ、スペイン語、カタルーニャ語、英語ができる。ジョルディ・フェレ・バターリャの短編コメディ“Freddy”で主役を演じた他多数、TVドラ“Pop rápid”(1話)ほか、長編映画デビューは2013年、リュイス・セグラの“El club de los buenos infieles”、他にダニ・デ・ラ・オルデンの“Barcelona, nit d’hivern”(15)。舞台“El rei borni”出演ほか。
(ダビの家を訪れたナチョとサンドラのカップル、出迎えた後ろ姿がリディア)
★エル・ムンド紙のコラムニストによると、2年前のマラガ映画祭2014の「金のジャスミン賞」を射止めたカルロス・マルケス=マルセのコメディ“10.000 Km”と同じ製作会社(Lastor Media)のトノ・フォルゲラ以下スタッフが参加した。これが映画の成功に繋がったという。
イサキ・ラクエスタの新作はスリラー*マラガ映画祭2016 ⑥ ― 2016年04月29日 10:28
金貝賞受賞者ラクエスタ、金のジャスミン賞ゲットなら両賞受賞は初となる!
★「金のジャスミン賞」というのはマラガ映画祭の作品賞、「金貝賞」はサンセバスチャン映画祭の最高賞のことです。イサキ・ラクエスタは、2011年に長編6作目“Los pasos dobles”で「金貝賞」を受賞しています。マラガ映画祭は比較的若い監督に焦点が当てられているので将来的にも両賞の受賞は限られます。8作目となる本作はイサ・カンポとの共同監督、オリジナル版タイトルはカタルーニャ語の“La propera pell”、スペイン語は“La proxima piel”でマラガは字幕上映のようです。最初の候補作にはなかった作品、最終選考で浮上しました。イサキ・ラクエスタは“La leyenda del tiempo”(2006)が『時間の伝説』という邦題で上映されたことや、河瀨直美と短編ドキュメンタリー“Sinirgias:Las variaciones Naomi Kawase e Isaki Lacuesta”(09)を共同監督したことから若干認知度はあるでしょうか。
“La propera pell”(“La próxima piel”)2016
製作:Corte y Confeccion de pelicula/ La Termita Films / Sentido Films / Bord Cadre Films
協賛ICAA / ICCE / TV3 /Eurimage
監督・脚本・製作者(共同):イサキ・ラクエスタ、イサ・カンポ
脚本(共同):フェラン・アラウホ
撮影:ディエゴ・ドゥスエル
音楽:ヘラルド・ヒル
美術:ロヘル・ベリエス
編集:ドミ・パラ
製作者(共同):オリオル・マイモー、ラファエル・ポルテラ・フェレイレ、他
データ:スペイン、カタルーニャ語・フランス語・スペイン語、2016年、103分、スリラー、撮影地サジェント・デ・ガジェゴ(アラゴン州ウエスカ県北部)、バルセロナ。マラガ映画祭2016では4月28日上映。
キャスト:アレックス・モネール(レオ/ガブリエル)、エンマ・スアレス(母アナ)、セルジ・ロペス(伯父エンリク)、イゴール・スパコワスキー(従兄弟ジョアン)、ブリュノ・トデスキーニ(少年センターの指導員ミシェル)、グレタ・フェルナンデス(ガールフレンド)、ミケル・イグレシアス、シルビア・ベル、他
解説:8年前突然行方知れずとなった少年が、心の声に導かれて国境沿いのピレネーの小さい村に戻ってくる。もはやこの世の人ではないと誰もが信じており、家族さえ謎に満ちた少年の失踪を受け入れていた時だった。青年は果たして本当にあの行方不明になった子供なのか、またはただなりすましているのか、という疑いが少しずつ浮かぶようになってくる。
★前作“Murieron por encima de sus posibilidades”がサンセバスチャン映画祭2014コンペティション外で上映されて間もなく、次回作の発表がジローナであった。「8年前にほぼ脚本は完成していたが、製作会社が見つからずお蔵入りしていた。一人の女性と行方不明になっていた息子が10年ぶりに出会う物語です。フランスとの国境沿いのピレネーの村が舞台、このような地域は人によっては目新しく映る所です。ツーリストとその土地で暮らす人との違いを際立たせたい。季節は真冬、とても風土に密着した映画」とインタビューで語った。イサ・カンポと8年前から構想していたこと、製作会社、キャスト陣、11月3日にサジェント・デ・ガジェゴでクランクイン、撮影期間は6週間の予定などがアナウンスされた。
(本作撮影中のイサ・カンポとイサキ・ラクエスタ)
★最初の構想では母子の出会いは10年ぶりだったこと、まるで神かくしにあったかのように突然消えてしまった息子がピレネーの反対側、フランスの少年センターで発見されることなど若干の相違が見られます。製作会社のうちLa Termita Filmsは二人が設立しており、責任者は主にイサ・カンポのようです。製作会社が見つからなければ自分たちで作ってしまおう、というのが若いシネアストたちの方針なのでしょう。
(主役のガブリエルを演じたアレックス・モネール、映画から)
*監督紹介*
★イサキ・ラクエスタ Isaki Lacuesta :1975年、へロナ(カタルーニャ語ジローナ)生れ、監督、脚本家、製作者、両親はバスク出身。バルセロナ自治大学でオーディオビジュアル・コミュニケーションを学び、Pompeu Fabra 大学のドキュメンタリー創作科の修士号取得、ジローナ大学の文化コミュニケーションの学位取得。マラガ映画祭2011年エロイ・デ・ラ・イグレシア賞を受賞している。現在は映画、音楽、文学についての執筆活動もしている。共同監督のイサ・カンポと結婚、二人三脚で映画を製作している。
*長編フィルモグラフィー(長編ドキュメンタリーを含む)*
2002“Cravan vs Cravan”
2006“La leyenda del tiempo”『時間の伝説』ラス・パルマス映画祭特別審査員賞受賞、アルメニアのエレバン映画祭の作品賞「銀のアプリコット賞」受賞、他
2009“Los condenados” サンセバスチャン映画祭FIPRESCI国際映画批評家連盟賞受賞
2010“La noche que no acaba”(ドキュメンタリー)
2011“El cuaderno de barro”(61分の中編ドキュメンタリー)ビアリッツ・オーディオビジュアル・プログラマー国際映画祭FIPA「音楽ライブ」部門ゴールデンFIPA受賞、ゴヤ賞2012ドキュメンタリー部門ノミネーション
2011“Los pasos dobles”サンセバスチャン映画祭2011金貝賞受賞作品、他
2014“Murieron por encima de sus posibilidades”コメディ、サンセバスチャン映画祭2014コンペティション外出品作品
2016“La propera pell”本作
(「金貝賞」のトロフィーを手にしたラクエスタ監督と脚本家イサ・カンポ、授賞式)
★第2作“La leyenda del tiempo”(『時間の伝説』)は二つのドラマ、カンタオールの家系に生まれた少年イスラの物語とカンタオーラを目指してスペインにやってきた日本女性マキコの物語を交錯させ、二人の出会いと喪失感を描いたもの。日本はフラメンコ愛好者がスペインを除くと世界で一番多い国ということか、あるいは日本女性(マキコ・マツムラ)が出演していたせいか、セルバンテス文化センター「土曜映画上映会」で2010年上映された(日本語字幕入り)。個人的には“Murieron por encima de sus posibilidades”のような100%フィクションのコメディが好みですが、あまり評価されなかった。ボクもワタシも仲間に入れてとばかり人気俳優が全員集合しての演技合戦、その中から今回の主役アレックス・モネール、エンマ・スアレス、セルジ・ロペスなどが起用されました。
★イサ・カンポ Isa Campo :1975年生れ、脚本家、監督、製作者。バルセロナのPompeu Fabra 大学の映画演出科で教鞭をとっている。ラクエスタとの脚本共同執筆歴が長く、“Los condenados”、“La noche que no acaba”、“El cuaderno de barro”、“Los pasos dobles”、“Murieron por encima de sus posibilidades”の5作でコラボしている。アルバ・ソトラのドキュメンタリー“Game Over”(15)は、ガウディ賞2016(ドキュメンタリー部門)で作品賞を受賞している。監督としては短編、ビデオ多数、本作が長編映画デビュー作である。最近1児の母になった。現在はウルグアイ出身のフェデリコ・ベイロフの脚本を執筆中、彼の最新作はサンセバスチャン映画祭2015で“El apóstata”(ウルグアイ、フランス、チリ合作)で審査員スペシャル・メンションを受賞した。ほかにコメディ“Acné”(08、アルゼンチン、メキシコ他との合作)が『アクネACNE』の邦題で短期間公開されている。
(“Murieron por encima de sus posibilidades”撮影頃のカンポとラクエスタ)
★キャスト陣:最近のエンマ・スアレスは話題作に出演している。若いころには上手い女優とは思わなかったが監督には恵まれている。年齢的にはおかしくないのですが、アルモドバルの“Julieta”でも母親役でした。セルジ・ロペスはポル・ロドリゲスの“Quatretondeta”で紹介したばかりです。
★若いアレックス・モネールは1995年バルセロナ生れ、上記したように“Murieron por encima de sus posibilidades”にチョイ役で出演しています。デビュー作はパウ・プレイシャスPreixasの“Héroes”(10)、パトリシア・フェレイラの話題作“Els nens salvatges”(“Los niños salvajes”)で3人の若者の一人に抜擢された。マリア・レオンとゴヤ・トレドが共演したベレン・マシアスの“Marsella”(14)、日本ではパコ・プラサの“[REC]3”(12)で登場しています。
*ベレン・マシアスの“Marsella”の記事は、コチラ⇒2015年
(セルジ・ロペスとアレックス・モネール、映画から)
★ブリュノ・トデスキーニは、1962年スイス生れ、フランス映画で活躍している。スペイン映画ではアグスティ・ビリャロンガの“El pasajero clandestino”(95)やヘラルド・エレロの“Territorio Comanche”(97)に出演している。しかし本拠地はフランス、パトリス・シェローのお気に入り、『王妃マルゴ』(94)、『愛する者よ、列車に乗れ』(98)に出演している。代表作は2003年のベルリン映画祭でシェロー監督が銀熊賞を受賞した『ソン・フレール―兄との約束』の難病に冒された兄役でしょうか。見続けるのがなかなか辛い映画でしたが、ルミエール賞受賞ほかセザール賞ノミネーションなどを受けた作品。
(左から2人目がブリュノ・トデスキーニ、アレックス・モネール、エンマ・スアレス)
*追記:『記憶の行方』の邦題で、Netflix 配信されました。
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