エンリケ・ウルビス『貸し金庫507』2014年03月25日 13:53

          エンリケ・ウルビスの原点、『貸し金庫507』

★これは、以前カビナCabinaさんがUPした『貸し金庫507』(2011611)にコメントしたものを、新データを加えて再構成した改訂版です。2002年と一昔前の映画ですが、ゴヤ賞、トゥリア賞などで高い評価を受け、「バスク映画祭2003」(6月)で上映された作品です(未公開)。現在では、エンリケ・ウルビスと言えば『悪人に平穏なし』、ホセ・コロナドと言えば『悪人に平穏なし』ですが、『貸し金庫507』こそ二人の原点だと思います。コロナドが親友 ルイス・マリアスの新作Fuegos に出演というニュースに接して急遽アップいたします。

 


La caja 507Box 507

製作:フェルナンド・ボバイラ、グスタボ・フェラーダ他

監督・脚本:エンリケ・ウルビス

脚本:ミシェル・ガスタンビデ(共同執筆)

撮影:カルレス・グシ

音楽:マリオ・デ・ベニト

データ:スペイン・スペイン語 2002 スリラー・アクション 

ロケ地:アルヘシラス、カディス 製作費:約300万ユーロ

受賞歴:ゴヤ賞2003編集賞(アンヘル・エルナンデス、ソイドZoido)、プロダクション賞(フェルナンド・ビクトリア・デ・レセア)、サン・ジョルディ賞03作品賞(エンリケ・ウルビス)、トゥリア賞03スペシャル賞(E.ウルビス)、ベスト男優賞(ホセ・コロナド)。コニャック推理映画フェスティバル03(フランス)観客賞・批評家賞他(エンリケ・ウルビス)など。

 

キャスト:アントニオ・レシネス(バンコソル支店長モデスト・パルド)、ミリアム・モンティリャ(妻アンヘラ)、ダフネ・フェルナンデス(娘マリア)、ホセ・コロナド(元警察署長ラファエル・マサス)、ゴヤ・トレド(ラファエルの愛人モニカ・ベガ)、ルチアノ・フェデリコ(イタリア・マフィアのマルセロ)、サンチョ・グラシア(消防署長サントス・ギフエロ)、イスマエル・マルティネス(「エウロパ・スル」紙記者ハビエル・ランダ)、エクトル・コロメ(同紙編集長)、エンリケ・マルティネス(チンピラのピチン・リベラ)、パコ・カンブレス(前市長・土地開発会社社長ヘラルド・デ・ラ・オス)他多数

 

プロット:バンコソルの支店長モデストは、強盗団に押し入られ銀行の貸し金庫室に閉じ込められてしまう。そこで7年前、キャンプ地で焼け死んだ娘マリアの関係書類を偶然発見する。火災による事故と片づけられた死が、実は何者かによって殺害されたことを知ったモデストは、娘の死の真相に迫る火事の原因追及に着手する。一方、貸し金庫507に書類を預けていた「男」も、命を賭けて消えた書類の行方を追っていた。モデストと妻アンヘラは、裏で糸を引く大物マフィアが絡んだ汚職事件に次第に巻き込まれていく。

 

エンリケ・ウルビス Enrique Urbizu Jáuregui1962年ビルバオ生れ。監督、脚本家。バスク大学情報科学(広告分野)の学士号を取得している。200612月、スペイン映画アカデミー副会長に就任(会長はアンヘレス・ゴンサレス­≂シンデ)。現在、マドリードのカルロスⅢ世大学にてジャーナリズムとオーディオビジュアル情報学部教官。

 


父親は商業科教授と映画とは別世界の人、遺伝性の病気をもっていて健康状態が良くなかった。母親、姉2人、母方の祖母と三世代の女系家族。大きくなるまで同室だった祖母ライムンダ・パウラに可愛がられた、「三文安でない」おばあちゃんっ子。フランコ時代ながら唯一人の男子として寵愛をうけて育った。La Salle高校に入学、ここで8ミリで映画を撮る映画仲間に出会う。その一人がルイス・マリアスである(ホセ・コロナド主演で長編第2Fuegoをアナウンスした監督)。15歳ごろから短編を撮りはじめた早熟な少年は大変な読書家でコミック少年でもあったが、彼の核を培ったのは子供時代に読んだファンタジーであったと語っている。ロバート・L・スティーヴンソンの『ジキルとハイド』、ダシール・ハメットの犯罪小説『マルタの鷹』などを愛読した。

反戦主義の家庭だったせいか、フランコの死をBBCインターナショナルのニュースで知ると、「やれやれ、終わった」と家族は思ったそうです。独裁者がいなくなったことで政治活動を止めることもできたし、映画が「フランコ神話」信仰から自分を救ってくれたとも語っています。

 

代表作品の紹介

1987Tu novia está loca”コメディ、脚本ルイス・マリアス

1991Todo por la pasta”スリラー、脚本ルイス・マリアス

1994Cómo ser infeliz y disfrutarlo コメディ、脚本ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェス

1995Cachito スリラー仕立てのロードムービー、ペレス・レベルテの同名小説の映画化

1995Cuernos de mujer”コメディ、脚本マヌエル・グティエレス・アラゴン

2002La caja 507”省略

2003La vida mancha”スリラー、ホセ・コロナド主演、脚本Michel Gaztambide

2011No habrá paz para los malvados”スリラー、『悪人に平穏なし』2013公開、ホセ・コロナド主演

 

Cómo ser infeliz y disfrutarloCuernos de mujer2作は、カルメン・リコ=ゴドイの数冊の本を題材にしている。またロマン・ポランスキーがペレス・レベルテの『呪いのデュマ倶楽部』を映画化した『ナインスゲート』(1999、仏西米)を共同で脚色している。第3作目より大物製作者アンドレス・ビセンテ・ゴメスの援助を受けられるようになったことが大きい。La vida manchaはヘラルド・エレーロがプロデュースと確実に幅を広げている。

 

                   ウルビスのデビュー作はコメディ

 

A ウルビスを含めてバスクの同世代の監督たち、フリオ・メデムやアレックス・デ・ラ・イグレシア、フアンマ・バホ・ウリョアに比べて出遅れ感がありましたから、ミニ映画祭とはいえ『貸し金庫507』がバスク映画祭で上映されたことはラッキーでした。

B 時代を反映した土地投機と警察汚職が絡んだ本格派スリラー物ですが、キャリアを見るとコメディでデビューしたんですね。

 

A ウルビスはコメディとスリラーの二つの路線を撮っており、25歳で撮ったデビュー作Tu novia está loca(仮題「君のカノジョはクレージー」)は、ヨーロッパ風のコメディとはちょっと毛色の違ったドタバタ、1930年代後半のハリウッド喜劇がベースにあります。例えば、ジョージ・キューカーの『フィラデルフィア物語』(1940)、ハワード・ホークスの赤ちゃん教育』(1938)など。ケーリー・グラントとキャサリン・ヘップバーンのコンビで大いに笑わせてくれた女性上位が巻き起こすスクリューボール・コメディ。1980年代にバスクで製作された映画35本のうちコメディはこれ1本しかない。それがコメディにした理由の一つだそうです。スペイン文化省の資金援助があった。

 

B バスク自治州からの援助ではなかった。ユーモアに乏しいのが特徴みたいなバスク映画のなかで、ここでは観客がよく笑う。笑わせてやろうと意気込んでいるところもありますが白けさせない。

A クラシック映画の遺産をきちんと受け継ぎ、その時代性をうまく調和させているからです。キャストの面々、アントニオ・レシネス、アナ・グラシア、サンティアゴ・ラモス、長編デビューのマリア・バランコにマリサ・パレデスにはびっくりするでしょう。

 

B 次がスリラーのTodo por la pastaです。

A ここの‘pasta’は「お金」のことで、大金強奪の実行犯はチンピラだが、裏で糸を引く真犯人は悪徳警察官という構図、警察汚職という今日的テーマは『貸し金庫507』にも流れ込んでいます。

 

B 『貸し金庫507』も同じですが、顔が覚えられないうちに登場人物がバタバタ消えてしまう()。両作に出演しているのがアントニオ・レシネスCómo ser infeliz y disfrutarloにもカルメン・マウラと共演している。

A しぶとく優しく、カメレオン俳優とはこの人のためにできた言葉。第1作目につづいてヒロインを演じたのが危ういお色気とアタマの切れを兼ね備えたマリア・バランコ、ここでの成功がアルモドバルの目にとまって『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(1988)出演に繋がった。当時、バスク映画界のボス的存在、『時間切れの愛』(1994)でブレイクしたイマノル・ウリベの奥さんだった(19822004)。そしてこの2作の脚本を手掛けたのが昔からの仲間ルイス・マリアス、第1作には俳優として出演もしてくれた。

 

B 本作に移ると、元警察署長ラファエル役のホセ・コロナドが初めてウルビス作品に登場した。モデストとラファエルがいつ対決するのか固唾をのんで待ちますが、最後まで直接には接触しない。脚本がよくできている。

A モデストという男性名は、謙虚、慎み深い聖モデストから付けられた。ホームドラマ風の出だしと終り方なのに先が読めない。鮮やかなプロット展開に感心しました。各紙がこぞって、「高レベルのスリラー、優れたプロット、ここ数年スペインでは見られなかったスリラー」と絶賛した。結果はゴヤ賞を含めて前述のとおりです。


B モデストの妻に瀕死の重傷を負わせ、彼を金庫室に閉じ込めた実行犯逮捕が映画の主題でないというのも異色なら、二人の男の目的がそれぞれ別というのも面白い。

A スペインのスリラーとしては異色ずくめです。一口に群集劇といってもこれほど多数の人物を泳がせるのは大変、これだけ盛大に人が死ぬのでは観客だって目が離せない。意識不明になった奥さんはどうなるのか、幸せに見放されたようなラファエルのアル中の愛人はどうなるのか、とそっちも気になるし。

B アクションはハリウッド的ですが、プロットは違う。コミック少年だったというのも時代を感じさせます。

A 大変な読書家、ロバート・スティーヴンソン、レイモンド・チャンドラー、ダシール・ハメットと英米の古典的ハードボイルドの作品が愛読書だそうです。日本でも翻訳書が出ているジム・トンプスンやチェスター・ハイムズのようなアメリカの推理小説もかなり若いときから読んでいる。トンプスンのThe criminal(1953)の映画化が夢だったらしく、後に具体化の話もあったが製作側との調整がつかず頓挫してしまった。

 

B トンプスンは生前認められなかった作家だが、「10年後には有名になる」と遺言して亡くなった。ハイムズはアフロ系アメリカ人、強盗罪で≪塀の中≫の経験者という変り者()1953年よりフランスやスペインで晩年を送った。

A 古典的手法と現代をうまく噛みあわせて映画を作っている。現実に軸足をおいて脚本作りをするので、新聞の切り抜きは欠かせない作業だと語っています。当時土地開発をめぐる汚職事件や放火による森林火災が珍しくなかった。要するにスペインにはこんな≪ロクデナシ≫というかウジ虫が、地域を特定するまでもなくごまんといたということです。

 

B: 製作者のフェルナンド・ボバイラは、『マルティナの住む街』などダニエル・サンチェス・アレバロの映画を製作しています。

A: アメナバルの『アザーズ』『オープン・ユア・アイズ』『海を飛ぶ夢』、『アレキサンドリア』もそうですし、ウリベの『キャロルの初恋』、ホセ・ルイス・クエルダの『蝶の舌』、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『ペルディータ・ドゥランゴ』、フリオ・メデムの『アナとオットー』『ルシアとSEX』、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『ビューティフル』などなど、公開作品の数では一番多いかもしれない(製作年省略)。

 

B レシネスとコロナドの演技を褒める人は多いと思うが、撮影監督カルレス・グシもよかった。

A 彼ははウルビスの第1作と2作、第3La vida mancha、ほかにフリオ・メデムの『バカス』(1992)、デ・ラ・イグレシア『ハイル・ミュタンテ!電撃XX作戦』(1992)、イシアル・ボリャイン『テイク・マイ・アイズ』(2003)、ダニエル・モンソンの『プリズン211(2009)も撮っている実力派。

 

B 脚本の共同執筆者ミシェル・ガスタンビデはどういう人ですか。

A 1958年プロヴァンス地方のヴォークリューズ生れ。詩人、映画脚本家、脚本の教師、監督と多才。先ほどのメデムの『バカス』に共同執筆、未公開ですがNHKBS2で放映された。

B La vida mancha、『悪人に平穏なし』もそうです。

 

A 最初から脚本家を目指していたわけではないらしく、脚本家は画家や作家のような芸術家だとは思っていないと語っています。フェリーニの脚本を買ってきて勉強したとも。共同執筆のやり方は相手によるが、例えばメデムやウルビスの時は交替で休みをとりながら書きすすめた。やはり『バカス』や『貸し金庫507』はコマーシャル・ベースに乗った成功作だから印象深いと語っています。

 

       話題をよんだコロナドの髪型

 

B コロナドの髪型はかなり話題になった。

A アルゼンチン代表にもなったサッカー選手エクトル・ラウル・クペルに体形までそっくり。選手としては「ウラカン」が最後のチーム、現役引退後は「マジョルカ」の監督になったからスペイン人にはお馴染み。コロナドは角刈りにするため一旦丸坊主になって生えてくるのを待って調髪した。公開したときには、クペル監督はイタリアのセリエA「インテル」に移ってしまっていた。

 

  
 (写真は聖モデストのレシネスと角刈りのコロナド)

B 次回作で主役を演じたLa vida manchaも角刈りなのは、本人も気に入っていたということか。またロケ地が南アンダルシアのアルヘシラスやカディスということですが、どこの都市と分からないようにしている。

A 当時、実際に起きていた地方政治家を巻き込んだ土地投機と警察の癒着が背景にあるので、わざと分からないようにしたということです。舞台をアンダルシア南部のコスタ・デル・ソルとしただけにとどめた。パコ・カンブレスが扮したヘラルド・デ・ラ・オス前市長は、マルベリャ市長ヘスス・ヒルがモデルとも噂された。

 

B ロゴマークを変えてるが「バンコソル」は、実在の銀行とか。登場人物が多すぎて名前と役柄が一致しません。

A 主要な登場人物さえ押さえれば楽しめます。サントス・ギフエロ消防署長のサンチョ・グラシアは、デ・ラ・イグレシアの『800発の銃弾』にウエスタン・ショーの座長役で出ていたベテラン、他に同監督『みんなのしあわせ』(2000)や『ベビー・ルーム』(2006)、『気狂いピエロの決闘』(2010)、カルロス・カレラの『アマロ神父の罪』(2003)にも顔をだしていましたが、2012年肺癌で亡くなりました。

 

B 娼館のチンピラ役ピチン・リベラを演じたエンリケ・マルティネスも『800発の銃弾』に出演、「ショーで馬に引きずられる危険な役だったのでスタントマンがやり、自分は見ていただけ」ととぼけている。

A モデストの娘マリアに扮したダフネ・フェルナンデス1985年マドリード生れ。サウラの『パハリーコ-小鳥-』(1997、スペイン映画祭‘98上映)、『ゴヤ』(1999DVD)に出演しています。テレビやモデルとしても活躍。モニカ役のゴヤ・トレドは『ヌード狂時代/S指定』(2008、ラテンビート2009上映)やゴンサレス・イニャリトゥの『アモーレス・ぺロス』(2000)第2部の売れっ子モデルを演じていた女優。

 

 

写真は妻アンヘラを見舞うモデスト)

B  モデストの妻役ミリアム・モンティリャは、ずいぶん痛い目にあいました。

A  主にテレビ・ドラマで活躍、本作で映画デビュー、他にガルシア・ケレヘタのHéctor2004)に脇役で出演しています。活躍の場はもっぱらテレドラです。以下は蛇足ですが、Héctorは監督や主演のアドリアナ・オソレスがシネマ・ライターズ・サークル賞、マラガ映画祭では、監督が金のジャスミン賞、オソレスが銀賞を賞受した話題作でした。

 

バスク フィルム フェスティバル2003(正式名)

  (開催2003年65日~8日、旧称ヴァージンシネマズ六本木ヒルズにて)

○『貸し金庫507』エンリケ・ウルビス、1962年ビルバオ生れ。

○『800ビュレット』アレックス・デ・ラ・イグレシア、1965年ビルバオ生れ。本映画祭に来日(『マカロニ・ウエスタン800発の銃弾』として2005年公開)

○『ルシアとSEX』フリオ・メデム、1958年サンセバスチャン生れ。(同タイトルで2004DVD)

○『月曜日にひなたぼっこ』フェルナンド・レオン、1968年マドリード生れ。

○『トレモリノス73』パブロ・ベルヘル、1963年ビルバオ生れ。

  (第2作『ブランカニエベス』が2013年公開)

○『殺人依存症主婦』ハビエル・レボーリョ、1960年ビルバオ生れ。

○『エクスタシー』特別上映(Arrebato1979)、イバン・スエルタ、1943年生れ(2009年没)

○『ブルガリアの愛人』(Los novios búlgaros2003)、エロイ・デ・ラ・イグレシア、1944年ギプスコア生れ(2006年没)

 

★他に短編映画が上映されました。イバン・スエルタとエロイ・デ・ラ・イグレシアは鬼籍入りしています。『エクスタシー』をご覧になった方は本当にラッキーでした。またエロイ・デ・ラ・イグレシアはドラッグ依存症をやっと克服して復帰できたのに癌に倒れてしまい、この『ブルガリアの愛人』が遺作になってしまいました。フェルナンド・レオンはバスク生れではありませんが、母親がバスク出身、父親がソリアの人ということで仲間入りしたようです。バスク映画界を牽引しているイマノル・ウリベ、若手のフアンマ・バホ・ウリョアが洩れていますが、主だった監督たちを網羅しています。

 

★デ・ラ・イグレシアを筆頭に最近の彼らの活躍を知るにつけ、この映画祭がどんなに画期的だったかが分かります。彼の最新作“Las brujas de Zugarramurdi”2013)と前作“La chispa de la vida”2011)の201411月公開が決定したようです。