ハビエル・フェセルの 『チャンピオンズ』*スペイン映画祭2019 ② ― 2019年07月01日 17:16
スペイン映画祭2019――インスティトゥト・セルバンテス東京主催

★インスティトゥト・セルバンテス東京のスペイン映画祭2019(6月25日~7月2日)が開催され、うち5作を鑑賞しました。期待通りの作品、それほどでもなかった作品などもありましたが、うち年内に公開が予定されているハビエル・フェセルの『チャンピオンズ』(原題「Campeones」)はお薦め作品です。当日の上映後には、スカイプでフェセル監督とのインタビューもありました。1年ほど前に公開を期待して作品&監督キャリア紹介をしておりますが、以下にストーリーとキャスト紹介を訂正加筆して再録、改めてその魅力をお伝えしたい。公開前なのでネタバレに気をつけてのご紹介です。
*「Campeones」の作品&監督キャリア紹介記事は、コチラ⇒2018年06月12日

『チャンピオンズ』(原題「Campeones」)2018、コメディ、スペイン=メキシコ合作
*キャスト*
ハビエル・グティエレス(マルコ・モンテス)『マーシュランド』
『オリーブの樹は呼んでいる』『クリミナル・プラン』「El autor」
アテネア・マタ(マルコの妻ソニア)『モルタデロとフィレモン』『ビースト 獣の日』
フアン・マルガージョ(ソーシャルセンター責任者フリオ)
『ミツバチのささやき』『孤独のかけら』
ルイサ・ガバサ(マルコの母アンパロ)パウラ・オルティスの「La novia」
ラウラ・バルバ(裁判官)『ロスト・アイズ』
ダニエル・フレイレ(カラスコサ)『ルシアとSEX』
ルイス・ベルメホ(ソニアの同僚)『となりのテロリスト』『KIKI』『孤独のかけら』
ビセンテ・ジル(ベニトの雇用者)
Yiyo アロンソ(マルコの弁護士)
イツィアル・カストロ(ヘススの母親)『ブランカニエベス』『あなたに触らせて』
チャニ・マルティン(クエンカ行きバスの運転手)
ホルヘ・フアン・ヌニェス(セルヒオの雇用者)
クラウディア・フェセル(ホテルのフロント係)『カミーノ』
ハビエル・フェセル(新聞記者)
◎以下バスケット・チーム「ロス・アミーゴス」の選手10人
ヘスス・ビダル(マリン)、グロリア・ラモス(紅一点コジャンテス)、セルヒオ・オルモ(セルヒオ)、フリオ・フェルナンデス(ファビアン)、ヘスス・ラゴ(ヘスス)、ホセ・デ・ルナ(フアンマ)、フラン・フエンテス(パキート)、ステファン・ロペス(マヌエル)、アルベルト・ニエト・フェランデス(ベニト)、ロベルト・チンチジャ(ラモン)
◎決勝戦対戦チーム「ロス・エナノス」の選手、ラモン・トーレス、アントニオ・デ・ラ・クルス以下多数。
ストーリー:マルコ・モンテスはスペイン・バスケット・ナショナルリーグのチームABCの副コーチである。マナーが悪く横柄なことから他のコーチとは上手くいってない。プロとしてのキャリアも人間関係にも多くの問題を抱えこんでいる。試合中に試合方針の違いからヘッド・コーチと口論になり退場させられる。むしゃくしゃして飲酒運転、あげくの果てにパトカーに追突事故、即刻クビになってしまった。妻ソニアにも言えず実家に転がり込んだマルコに、裁判官からは懲らしめの罰則として2年間の服役か、または90日間の奉仕活動「ロス・アミーゴス」という知的障害者のバスケットボール・チームのコーチのどちらかを選択するよう言い渡された。こんな罰則はマルコの好みではなかったが、しぶしぶコーチを選ぶことにした。しかしマルコは次第にこの奇妙なチームの面々から、自分が学ぶべき事柄の多さに気づかされていく。彼らは障害者のイメージからはほど遠く、率直で独立心に富んだ、肩ひじ張らずに生きている姿に、我が人生を見つめ直していくことになる。 (文責:管理人)
障害者とは何か、フツウとは何かの定義を迫られるマルコと観客
A: ストーリーは公開前なので、結末まで話したくても話せない。ただ自分の障害者観を見直さねばならないと思いました。コメディで「障害者とは何か、フツウとは何か」をこれほど明快に示した映画はそんなに多くないはずです。
B: さらに言えば「幸せとは何か」です。主役のマルコも私たち観客も考え直さねばならない。それが強制されずに自然に素直にできたことがよかった。
A: ハビエル・グティエレスの魅力については、度々当ブログで書き散らしているので今更ですが、彼以外に具体的な俳優名を思い浮かばないほど適役でした。実際のグティエレスにとって9人の新人たちは不思議でも何でもない。それは彼自身が障害者の息子の父親だからです。「社会の言われなき攻撃の目に晒されている。それは人々の無知と恐怖と無関係ではない」と語っている。
B: この事実が脚本にも隠されていますね。この映画は皆にとって必要だし、同時に自覚をうながしたり教育のためにもなるから、「学校で見てもらいたい」ともコメントしている。
A: 代表作のうち、アルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』のダメ刑事役も捨てがたいが、彼はコメディのほうが生き生きしている。イシアル・ボリャインのコメディ『オリーブの樹は呼んでいる』などのほうが好きですね。
B: 本作でも<チビ>という単語が何回も現れますが、本当に上背がない。しかしそれも個性の一つではないか。

(どうしたらいいものやらと、途方に暮れるマルコ)
* ハビエル・グティエレスのキャリア紹介は、コチラ⇒2015年01月24日
*『オリーブの樹は呼んでいる』の作品紹介は、コチラ⇒2016年07月19日
プロの俳優と知的障害者の見事なコラボレーション
A: 昨年の作品紹介で「プロの俳優はマルコ役のハビエル・グティエレス一人」と書きましたが、実際映画を見てみれば、次々に知った顔が現れました。「プロの有名な俳優」が正しいようで。
B: ロス・アミーゴスの選手はすべて初出演ですが、ソーシャル・センターの責任者フリオ役のフアン・マルガージョ、マルコの母親役ルイサ・ガバサ、他ルイス・ベルメホ、イツィアル・カストロ・・・
A: というわけでキャスト欄に主に邦題のある過去の出演映画を追加しました。フアン・マルガージョはハイメ・ロサーレスの『孤独のかけら』でヒロインの父親になった俳優、共演したもう一人の主役ペトラ・マルティネスと結婚している。マルコが「私の仕事はフツウの選手のコーチ、彼らは選手でもフツウでもない」と断わると、「いいかい、マルコ、ノーマルなのは誰? あんたや私かい?」と諭した。
B: 役柄も素敵だがいい味を出していた。イツィアル・カストロはあの巨体だから一目でわかります。

(正真正銘のインテリ役フリオを演じたフアン・マルガージョ、ゴヤ賞2019授賞式)
A: ロス・アミーゴスの俳優たちは、本作のメイン・プロデューサーのアルバロ・ロンゴリアが監督したドキュメンタリー「Ni distintos ni diferentes: Campeones」(27分)にヘスス・ビダル以外出演しています。同時進行か、あるいはこちらのほうが先だったかもしれません。
B: 『チャンピオンズ』は映画祭を通さずいきなり公開、あっという間に話題を攫い、世界各地をめぐっていますが、ドキュメンタリーはサンセバスチャン映画祭2018で上映されました。

(サンセバスチャン映画祭に出品されたドキュメンタリーのポスター)
障害者への友好・多様性・可視化に警鐘を鳴らす
A: ヘスス・ビダルはゴヤ賞2019新人男優賞を受賞しました。スカイプでフェセル監督から彼の受賞スピーチの素晴らしさが伝えられました。「YouTubeで見られるからご覧になってください」ということでしたが、本当に心に沁みる、当夜のハイライトの一つでした。当ブログでもゴヤ賞2019で簡単にご紹介しています。「無名の新人、10%の視力しかない視覚障害者の受賞スピーチは、友好・多様性・視覚化という三つの単語で、障害者を特別扱いする社会に警鐘を鳴らした」と。
B: フェセル監督は「全盲に近い」「彼らは自分自身を演じていた」と語っていましたが、彼だけは知的障害者ではなく視覚障害者ですね。ほかの出演者は自分自身を演じていたが、彼はマリンという役を演じたわけです。
*ゴヤ賞2019授賞式のヘスス・ビダルの記事は、コチラ⇒2019年02月05日

(受賞スピーチをするヘスス・ビダル、ゴヤ賞2019授賞式にて)
A: いま流行りの言葉で言えば、本作は「障害者の見える化」に貢献している。それが監督のテーマではなかったけれど、私たちがその存在を「できれば知らないでいたい」という風潮に釘を刺した。
観客の予想を裏切ることで観客の考えを変えたい
B: 監督から「ロベルト・チンチジャが扮したラモンの造形は、シドニー・パラリンピック2000バスケットボールのスペイン・チームの不祥事がヒントになった」と。
A: スペイン・チームは金メダルだったが、選手12人中10人が健常者、知的障害者はラモン・トーレスともう一人の選手だけだったことが発覚して、金メダルが剥奪されたという不祥事でした。これによりスペイン障害者スポーツ連盟の会長が辞任に追い込まれた。身体障害者と違って知的のほうは外見だけでは判断できないから、それ以降もパラリンピック事務局を悩ませているようです。
B: そのラモン・トーレスから名前をとった。だから劇中のラモンはラモン・トーレスの分身、つまり「コーチを信用しない理由」が判明する。
A: 実際のラモン・トーレスも決勝戦対戦チーム、カナリア諸島の「ロス・エナノス」の選手として出演していた。エナノスenanosというのは「背のひどく低い人たち」という意味で、マルコたちは競技場で大きな選手たちを見てびっくりする。
B: 監督は至る所でいたずらっ子ぶりを発揮していた。「最初の脚本は殆ど書き直し、スタートしてから彼らとコラボしながら書き進めていった」とも語っていました。
A: オーディションでは300人ぐらいと面接した。異色の登場人物のなかでもコジャンテスを演じたグロリア・ラモスは飛び切り魅力的だった。彼女がスクリーンに現れると何が起こるかとウキウキしてくる。
B: 監督は「知的障害者の女性とはこういうもの」という世間の固定観念を壊したかったと語った。
A: 他にも「この映画に出たことで人生が変わった」と語るフアンマ役のホセ・デ・ルナ、パキート役のフラン・フエンテス、ヘスス役のヘスス・ラゴなど、すべてをご紹介できないが、愛すべき人々が登場する。
B: 他人と違うことは個性の一つだと、寛容と多様性の重要さが語られている。

(ラモンにおんぶされてはしゃぐ紅一点コジャンテスとロス・アミーゴスの選手たち)

(出演したことで「人生が変わった」と語るフアンマ役のホセ・デ・ルナ)

(フォルケ賞でのヘスス・ラゴ、グロリア・ラモス、フラン・フエンテス、1月6日)
A: 他にもアテネア・マタ扮するマルコの奥さんソニアの偏見のない人格造形もよかった。マルコや選手たちを縁の下から支える役柄、実際にフェセル監督の信頼も厚かった。ルイサ・ガバサ演じる愛すべきマルコの母親アンパロ、美人裁判官役のラウラ・バルバ、ヘススのママ役のイツィアル・カストロなど、総じて女性が生き生きと描かれていた。ラウラ・バルバは舞台女優にシフトしており、ロンドンほか海外での活躍が多い。TVシリーズ出演の他、自身も短編を撮って監督デビューしている。

(インタビューを受けるアテネア・マタと監督、2018年4月6日)

(裁判官役ラウラ・バルバに刑罰の理不尽を訴えるマルコ)
B: これから公開だから、フィナーレに触れることはできないが、幸せな気分で映画館を出ることができます。
A: 観客の予想を裏切ることで観客の考えを変えたい部分も含めて、泣いて笑って考えさせられるコメディでした。「コメディは90分以内」がベターと言われるなかで、2時間越えを危惧していたが全くの杞憂だった。
B: 次回作が既に始動しているようだが、まだIMDbにはアップされておりません。
A: 監督は12月公開時には来日する予定でいるそうです。実現すれば「ラテンビート09」で上映された『カミーノ』以来のことになる。プロデューサーのルイス・マンソ、絵コンテと出演もしたビクトル・モニゴテと3人で来日、会場でも場外でも観客の質問に気軽に応えていた。マンソは新作でもエグゼクティブ・プロデューサーとして、モニゴテは絵コンテ・アーティストとして参画しているので、気取らないダンゴ三兄弟の来日が期待できるかもしれない。さて、魅力をお伝えすることが出来たでしょうか。
イサキ・ラクエスタの『二筋の川』*スペイン映画祭2019 ③ ― 2019年07月06日 12:26
サンフェルナンドの現実を切りとったラクエスタの新作『二筋の川』

(挨拶に登壇したイサキ・ラクエスタ、本映画祭にて、6月25日)
★スペイン映画祭2019のオープニング作品だったイサキ・ラクエスタの『二筋の川』、想像通り作家性の強い映画でした。初日ということもあってインスティトゥト・セルバンテス東京館長の挨拶、家族同伴で初来日したラクエスタ監督の挨拶と前座が長かった。作品そのものも2時間16分という長尺で、長い緊張が強いられました。12年前の『時間の伝説』(「La leyenda del tiempo」)にストーリーがリンクしているので、未見の観客には分かりにくかったのではないでしょうか。上映後にラクエスタ監督のQ&Aがもたれましたが管理人は不参加、Marysolさんがブログにアップして下さいましたので、了解のうえ参考にして以下の記事を纏めました。マリソルさん、ありがとうございました。
★本作は、第66回サンセバスチャン映画祭2018のセクション・オフィシアル部門にノミネートされ、大方の予想を裏切って、2011年の「Los pasos dobles」に続く2度目の金貝賞を勝ち取りました。金貝賞2回受賞のスペイン人監督では、マヌエル・グティエレス・アラゴン、イマノル・ウリベに次ぐ3人目となったことでも話題になりました。既に作品&監督フィルモグラフィーを紹介しております。当時はキャスト名のクレジットは主役のゴメス・ロメロ兄弟、スタント・コーディネーターのオスカル・ロドリゲスのみでしたので、以下キャスト紹介欄に分かる範囲で追加しておきます。
*「Entre dos aguas」の作品&監督フィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2018年07月25日
* サンセバスチャン映画祭2019 金貝賞授賞式の記事は、コチラ⇒2018年10月03日
『二筋の川』(「Entre dos aguas」)2018、スペイン、スペイン語、ドラマ、映倫G16
製作:La Termita Films / All Go Movies / Mallerich Films / Bord Cadre Films /
Studio Indie Productions / Paco Poch AV
監督:イサキ・ラクエスタ
脚本:フラン・アラウホ、イサ・カンポ、イサキ・ラクエスタ
音楽:ラウル・フェルナンデス・ミロ(Refree)、キコ・ベネノ
撮影:ディエゴ・ドゥスエル Dussuel
編集:セルジ・ディエス
美術:ダビ・ヒメネス
プロダクション・マネージメント:アイトル・マルトス
プロデューサー:アルバロ・アロンソ、イサ・カンポ、アレックス・ラフエンテ、イサキ・ラクエスタ(以上エグゼクティブ)、パコ・ポシェPoch、他
スタント・コーディネート:オスカル・ロドリゲス
映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2018コンペティション部門正式出品(金貝賞受賞)、ガウディ賞2019(9部門ノミネーション、カタルーニャ語以外の作品賞・監督賞以下7冠)、アセカンASECAN 2019(作品賞・新人賞イスラエル・ゴメス・ロメロ、オリジナル作曲賞)、フォトグラマス・デ・プラタ作品賞、マル・デ・プラタ映画祭2018(インターナショナル部門作品賞、男優賞イスラエル・ゴメス・ロメロ)、他ノミネーション多数、ゴヤ賞2019(作品・監督賞)とフォルケ賞は無冠。

(ガウディ賞2019受賞のイスラエル・ゴメス・ロメロとイサキ・ラクエスタ監督)
キャスト:イスラエル・ゴメス・ロメロ(イスラ)、フランシスコ・ホセ・ゴメス・ロメロ(チェイト)、ロシオ・レンドン(イスラの妻)、ヨランダ・カルモナ、ロレイン・ガレア、オスカル・ロドリゲス(スタント)、イスラの3人娘ダニエラ、エリカ、マヌエラなど、ほか多数
ストーリー:異なった道を歩んできたイスラとチェイトのロマ兄弟の物語。イスラは麻薬密売の廉で刑に服している。一方チェイトは海軍に志願して入隊している。イスラは刑期を終えて出所、チェイトも長期のミッションを終えて、二人はカディスの生れ故郷サンフェルナンド島に帰ってきた。再会したとき二人は今まで以上にかけ離れていることに気づくが、まだ二人が幼かったときに起きた父親の悲劇的な死に思いを馳せる。兄弟が負った過去の傷痕は開いたままであり、彼らは文字通りの社会的な孤児であった。イスラは妻と娘たちとの関係を取り戻すために帰郷したのだが、スペインで最も失業率の高い地域でいかにして人生を立て直そうとするのか。本作は暗い未来に抗して人生をやり直そうとする兄弟の物語である。ラクエスタの『時間の伝説』から12年、成人したイスラとチェイト兄弟の現在がゴメス・ロメロ兄弟によって演じられる。 (文責:管理人)
12年間の傷痕を放浪する旅――自分自身との和解を求めて
A: 監督は『時間の伝説』から二人の登場人物を引っ張り出して、現実とフィクションが混在する作品を撮った。下準備をして臨んだのですが、やはり集中力を保つのが難しかった。
B: 評価が分かれる理由が分かりましたね。二人の兄弟は異なった道を歩いて来て、大人になって再会したとき、自分たちが今まで以上に離れてしまっていることに気づく。
A: 当夜の監督挨拶から始めようと思いますが、「父に連れられて初めて見た映画が、黒澤明の『デルス・ウザーラ』だった。学生時代には小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男、今村昌平などの作品を見た」とスピーチしました。
B: 『デルス・ウザーラ』(ソ連=日本合作)は1975年のアカデミー外国語映画賞を受賞したのでスペインでも上映されたようですね。
A: スペイン公開は1976年10月ですが、監督は1975年生れだから公開時に見たはずはありません。何歳ごろ見たんでしょうか。舞台は1900年初頭のシベリア、言語はロシア語と中国語、キャストも日本人はゼロ、2部構成で2時間越え、しかし少数民族の猟師デルス・ウザーラが素晴らしく、これは間違いなく黒澤映画でした。
B: 本作は何回か上映される機会があったので若い方もご覧になっているかと思います。『影武者』などを貶すファンもこの時代のクロサワ作品は評価しているのではないか。
A: さて、プロデューサーで脚本を共同執筆した監督夫人のイサ・カンポ、彼女の初監督作品『記憶の行方』完成時にはまだ生まれていなかった娘さんも一緒に来日しました。マラガ映画祭2016で評価された『記憶の行方』でも夫妻のキャリア紹介をしています。その際に新作でリンクさせていた12年前の『時間の伝説』にも触れています。こちらは4年後の2010年6月に、当時はセルバンテス文化センターという名称だったインスティトゥト・セルバンテス東京で上映されました。
*『記憶の行方』の作品&共同監督フィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2016年04月29日
B: 当夜のQ&Aで、『時間の伝説』のタイトルの由来は、カマロンの歌からとったと答えています。確かにストーリーより、アーカイブ映像で登場したカマロン・デ・ラ・イスラやトマティトのほうが記憶に残っています。
A: 物語はフラメンコ歌手カンタオールの家系に生まれたイスラは、父の悲劇的な死以来、歌えなくなってしまう。一方、カンタオーラを目指して日本からやって来たマキコは、父の訃報を受け取る。同じ父親の喪失という現実を共有した二人を交錯させてドラマは進行する。
B: カマロンはサンフェルナンド出身、1992年に41歳という若さで亡くなった、文字通り伝説的な天才カンタオール、生れ故郷サンフェルナンドに眠っています。

A: 一方『二筋の川』はパコ・デ・ルシアの曲からとった。<Entre dos aguas>をググると、こちらが先にでてくる。マリソルさんブログを拝借すると、監督は「川というより水域であり、地中海と大西洋を指す。また、二人の子供時代と大人になったときも意味する」と由来を語っている。
B: 二つの海洋を隔てるジブラルタル海峡はすぐそばにある。兄弟がそれぞれ選ぶ生き方の違いを指していると思っていた。
A: 二人は共に人生を再建しようとしている点では同じ、過去の傷口が癒えていないことでも同じだから、方向も違うようで違わない。違いはイスラが自身との和解ができていないことです。


B: ハンサムな男の子であったイスラ(イスラエル・ゴメス・ロメロ)は、帰郷しても妻から歓迎されず、家族から追放されて心身ともに路頭に迷っている。環境の悪化と人生を見通す力に欠けており、復讐と屈服の狭間で揺れている。
A: 一方ハンサムではなかったチェイト(フランシスコ・ゴメス・ロメロ)は、確実に大人としての着地点を見つけている。他人に寛容で優しく、今や幸福であることのモデルになっている。

(3人とも若かった『時間の伝説』撮影時のイスラエル、監督、フランシスコ)
境界が曖昧なフィクションとドキュメンタリーに戸惑う
B: 現実とフィクションの境界が曖昧で戸惑いますが、それは作品的に問題ではない。
A: 前作より境界は希薄化され、フィクションが勝っている。二人は演技しているわけです。ただ冒頭のイスラの娘マヌエラの衝撃的な出産シーンはドキュメンタリー、イスラエルの奥さんロシオ・レンドンも本人です。これはプレミアされたサンセバスチャン映画祭 SSIFFのインタビューで語っていた。本映画祭にはイスラエルの3人の娘、来日した監督夫妻の娘も赤絨毯を一緒に歩いた。チェイト役のフランシスコ・ゴメス・ロメロは参加できなかったようでガラではスマホで感謝のスピーチをしていた。

(イスラエルの家族と監督、サンセバスチャン映画祭2018にて)
B: 登壇したイスラエルは感激の涙でスピーチできなかった。Q&Aで出産のシーンは「そのときでしか撮れないので、5年前に取りあえず撮っていた・・・入れ墨シーンもドキュメンタリー」と語っていました。
A: 過去の苦しみから解放されたくて、父の死を自身の背中に刻み付ける。衝撃的なシーンのもう一つは、チェイトと妻のセックスシーンです。スペインでは16歳以下保護者同伴の制限がついて公開されたのでした。

(本物だったイスラエルの刺青)
B: チェイトは軍人になり、家族の責任ある父親になっている。イスラは麻薬取引の廉で服役、出所しても妻から拒絶されている。しかしイスラエルは一度も刑務所に入っていない。
A: 子供だった頃の二人は、いろいろ将来の夢を描くことができた。しかし大人になった二人の道は狭まり、特にイスラは夢とはほど遠い現実に閉じ込められている。誰も彼を助けてくれないし、誰も彼らが直面している現実を見たくないし、知りたくない。もっと別の方向を見たい。
B: しかし彼らは排除されても、将来が見通せない時代を生きねばならない。
A: この映画はここ海抜ゼロメートル地帯のカセリアの浜辺で、二人の兄弟のキャラクターでしか撮れなかったという意味で、これはドキュメンタリーなのかもしれない。しかしイスラはイスラエルではない。彼は子供のときから映画俳優になること、ジャッキー・チェンのようになることが夢だった。
B: 『時間の伝説』の俳優募集を見て真っ先にオーディション会場に馳せつけた。

(舞台になったカセリアの浜辺を散策するイスラエル・G・ロメロ、2019年3月)
A: 400人の応募の列の一番前だった(笑)。意気込みが伝わりますよ。ラクエスタ監督との出会いは12歳のとき、父親は映画通りで亡くなっていたそうです。出会いからしてドラマだった。SSIFFで感涙にむせんだのも当然でした。
B: イスラが貝取りをしている浜辺は、泥の沼沢地のようだった。彼は子供のころ貝取りの名人、仕事は漁師になるか魚関係の仕事しかないところで、麻薬取引は隠れてやるというよりヘリを利用した大掛りなものでした。
A: これが監督の言う現実を刻みつけるということなのでしょう。
イスラとチェイトに尊厳をあたえたい――三部作の構想
B: 同じ人物を起用して、時間をおいて製作された作品には、フランソワ・トリュフォーの「アントワーヌ・ドワネル」シリーズが先ず思い出される。
A: ジャン=ピエール・レオを主人公に1959年に発表された『大人は判ってくれない』で始まる自伝的なシリーズ、1978年の『逃げ去る恋』で締めくくられた5作。すべてが自伝的とは言えなかったと思いますが。サンセバスチャンで「トリュフォーが映画は時間を捉えるのに役立つということを私に教えてくれた」と語っていた。
B: 前者はカマロンのファンタズマが音楽を通して常にコラボしているが、後者は音楽担当のラウル・レフェレとキコ・ベネノのバンドが語ってくれている。
A: とにかく社会的なポートレートは描きたくないようで、ホセ・ルイス・ゲリン、イランのアッバス・キアロスタミ、アルベルト・セラなどが好きな方には本作はお薦めかな。

(音楽を手掛けたラウル・レフェレとキコ・ベネノ、製作者アレックス・ラフエンテ
サンセバスチャン映画祭 2018 プレス会見にて)
B: 『二筋の川』に続く第3作目を構想中、三部作にしたいようですね。
A: インドの監督サタジット・レイの「オプー三部作」*のように登場人物に尊厳をあたえたい。完結編では二人はハッピーエンドになるだろうとも語っている。
B: 当夜のQ&Aでは、プロデューサーであり共同脚本家でもあるイサ・カンポには質問がなかったのでしょうか。
A: 彼女なくして作品は完成しなかった。本作の制作会社の一つLa Termita Films は、2011年に二人が設立した制作会社、主にイサ・カンポが担っている。
*「オプー三部作」とは、インドのベンガル出身の映像作家サタジット・レイ(1921~92)が、ベンガルの貧しい下級官吏の息子オプー少年の成長課程を追った作品。1955年の『大地のうた』、56年の『大河のうた』、59年の『大樹のうた』三部作。
ネリー・レゲラの『マリアとその家族』 *スペイン映画祭2019 ④ ― 2019年07月10日 15:56
バルバラ・レニーがシリアス・コメディに挑戦

★監督名より出演者のほうが認知度のある作品紹介が最近多くなってきました。今回のネリー・レゲラの『マリアとその家族』も、主役のバルバラ・レニーのほうが日本では有名、何しろ『マジカル・ガール』、『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』、『家族のように』、『日曜日の憂鬱』、『誰もがそれを知っている』、劇場公開が始まった『ペトラは静かに対峙する』など、今やペネロペ・クルス級の人気があります。傾向的にはシリアス・ドラマ出演が主ですが、未公開ながら最初の恋人ホナス・トゥルエバやイサキ・ラクエスタのコメディにも出演しているから、今回がコメディ初挑戦というわけではありません。
* バルバラ・レニーの紹介記事は、コチラ⇒2015年03月27日/2018年06月21日
★『マリアとその家族』(「María (y los demás)」)は、サンセバスチャン映画祭2016「ニューディレクターズ」部門に出品された作品。翌年のゴヤ賞新人監督賞にネリー・レゲラ、主演女優賞にバルバラ・レニーがノミネート、レニーはフェロス賞主演女優賞を受賞した。既に簡単な作品紹介をしておりますが、今回字幕入り鑑賞ができましたので改めてアップいたします。
*「María (y los demás)」の作品・監督紹介記事は、コチラ⇒2016年08月14日

(監督とバルバラ・レニー、サンセバスチャン映画祭2016にて)
『マリアとその家族』「María (y los demás)」スペイン語、2016年、コメディ、96分
製作:Frida Films / Avalon P.C. 協賛ガリシア・テレビTVG
監督:ネリー・レゲラ
脚本:ネリー・レゲラ、バレンティナ・ビソ、エドゥアルド・ソラ、ロゲル・ソゲス、ディエゴ・アメイシェイラス Ameixeiras
音楽:ニコ・カサル
撮影:アイトル・エチェベリア
製作者:セルヒオ・フラデ・フラガ、ルイサ・ロメオ(以上エグゼクティブ)、ステファン・シュミッツ、マリア・サモラ(以上共同プロデューサー)
キャスト:バルバラ・レニー(マリア)、ホセ・アンヘル・エヒド(父アントニオ)、パブロ・デルキ(兄ホルヘ)、ビト・サンス(弟トニ)、マリナ・スケル(父の婚約者)、フリアン・ビジャグラン(マリアの恋人ダニ)、アレクサンドラ・ピニェイロ(アン)、ロシオ・レオン(フリア)、アイシャ・ビジャグラン(ベア)、マリア・バスケス(ソフィア)、ミゲル・デ・リラ(セルヒオ)、ルイサ・メレラス(ロサリオ)、他多数
ストーリー:マリアは30代半ば、小さな出版社で働きながら小説家を目指している。訳あり恋人とは結婚したいと思っているがままならない。15歳のとき母親が亡くなって以来というもの父親と二人の兄弟を支えてきた。マリアは一家の大黒柱だったのだ。ここ2年ほど深刻な病に伏していた父親の介護もしてきた。ところが病の癒えた父親が65歳の誕生日に介護士のカチータと再婚するとバクダン宣言、突然のことにただただ唖然とするマリア。彼女の人生設計は崩れ去ろうとしている。我が物顔に乗り込んできたカチータと火花を散らすが・・・人生の岐路に立たされたマリアがした決心とは。
ガリシア版家族ドラマとシリアス・コメディのミックス
A: 本作の舞台はガリシアですが、ネリー・レゲラはバルセロナ生れ(1978)の40歳、優れた女性監督を輩出している「カタルーニャ映画視聴覚上級学校ESCAC」で学んでいる。しかし彼女の家族がガリシアに住んでいることやこの土地が気に入っていることもあって決めた。主にア・コルーニャのクジュレードやカルバージョで撮影された。
B:: 物語はガリシアで展開されますが、ここでなくても起こりうることです。でもどこにセットを組むかは、出演者の心理状態にも影響する。バルバラは料理が美味しくて感激していたということです。サンセバスチャン同様魚介類の美味しいところです。
A: 監督は「ガリシアには何かエモーショナルなものがあるが、前もってそれを計算に入れていたわけではない。テーマに即して自分のガリシアの家族と自分の体験を関連づけている」と、公開前のインタビューで語っていた。自分がどのくらいマリアに投影されているかははっきり言えないが、周りに振り回されているマリアが、自分のことをやりたいようにやれるようにする必要があった。
B:: つまり、結末を何回も書き直している小説を完成させることですね。監督も脚本を完成させることが必要だった。本質的なことではないが、脚本が執筆していた場所の風土や環境に左右されるのは不思議ではありません。

(小説の結末に呻吟するマリア)
A: 北スペインは雨が多いせいか緑と光には独特なものがあり、アンダルシアでは見られない。結局完成した作品を見て、ここで撮ってよかったと思ったそうです。撮影監督のアイトル・エチェベリアは、バルセロナ生れ(1977)の脚本家、自身も短編も撮っている。レゲラ監督と同じESCACで学んでおり、彼女の短編「Pablo」の撮影も手掛け、新人監督の登竜門アルカラ・デ・エナレス短編映画祭では撮影賞を受賞している。

(撮影中の監督とアイトル・エチェベリア)
B:: ESCACの学生時代から温めてきたスクリプトだそうですが、誰にも読んでもらえなかった。
A: 大体デビュー作はそういうものじゃないですか。プレミアされたサンセバスチャン映画祭SSIFFでは、家族ドラマとコメディの間のバランスのとれたトーンが観客に受け入れられた。
B:: ガリシア語も公用語の一つですが、言語はスペイン語でした。
並外れた女優、バルバラ・レニーとのタッグ
A: まずマリアと二人の兄弟ホルヘとトニの上下関係ですが、一応上記のようにしておきました。日本のように兄弟姉妹の上下関係は気にしません。時にはきちんと区別する例もありますが、たいていは全体の雰囲気から推測するしかありません。
B:: ホルヘとトニはそれぞれ結婚しているが子供はいない。マリアは長年の家族の世話で出遅れているという設定だと解釈しました。
A: 家族の犠牲者というほどではないが、自分を二の次にして家族に尽くし、結果貧乏くじを引くという子供がいるものです。なまじっか能力があるため頑張りすぎ、責任感が強いことが却って裏目になる。
B:: 家族は感謝しながらもそれがフツウに感じてしまうが、本当はフツウじゃない。現在では結婚適齢期という言葉は死語になってますが、ホセ・アンヘル・エヒド(ポンテべドラ1951)演ずる父親の無神経ぶりには、いまだに独身でいる娘への配慮や尊敬が欠けている。

(父アントニオ、婚約者カチータ)
A: 深刻な病を得たことで残り時間を意識したせいでもあるが、病の克服にはマリアの献身的な支えがあったからです。兄ホルヘパブロ・デルキ(バルセロナ1977)、弟トニビト・サンス(ウエスカ1982)の二人はマリアには優しいが、本質的には自分本位。エヒドとデルキは監督の短編第2作目「Pablo」に出演しています。「Pablo」に出演したデルキはアルカラ・デ・エナレス短編FFで男優賞を受賞した。他に『サルバドールの朝』や『ネルーダ』に出ている。

(マリアとトニ役のビト・サンス)
B:: ベテランのエヒドも「Pablo」でバダホス短編FFで男優賞をとっている。1997年の『オープン・ユア・アイズ』にチョイ役で出ていましたが、フェルナンド・レオン・デ・アラノアの『月曜日にひなたぼっこ』(02)が本格的な登場でした。
A: ガリシアのある倒産造船所が舞台でした。他に『命の相続人』や『ペーパー・バード幸せの翼にのって』、最近では『誰もがそれを知っている』にも退職した元警官役で出ていた。年齢より若く見えるビト・サンスは当ブログではマテオ・ヒルの『熱力学の法則』他で紹介しています。
B:: それぞれTVシリーズにコンスタントに出演しているから、お茶の間では知られた顔です。
*『熱力学の法則』の作品紹介は、コチラ⇒2018年04月02日
A: いちばん損な役を振られたのが、マリアの訳あり恋人ダニのフリアン・ビジャグラン(カディス1973)です。妻と二人の娘と別居しているせいか、セックス・パートナーに事欠いているという設定でした。彼は『7人のバージン』『漆黒のような深い青』『アブラカダブラ』とラテンビートの常連だが脇役が多いので記憶に残りにくいかもしれない。
B:: こちらも脇役だがカルロス・ベルムトの『シークレット・ヴォイス』にバーの客として出ていた。
A: フェリックス・ビスカレットの「Bajo las estrella」でゴヤ賞2007、アルベルト・ロドリゲスの『グループ7』でゴヤ賞2013、共に助演男優賞を受賞している。ラテンビート2014ではチュス・グティエレスの『デリリオ 歓喜のサルサ』で登場した。その際キャリアをフリアン・ビリャグランで紹介している。
*『デリリオ 歓喜のサルサ』の紹介記事は、コチラ⇒2014年09月25日
B:: 自分勝手な役柄だったが、ダニのような男は結構多いか。頭の切れるマリアがこんなクズ男の底意を見抜けないのに引っかかったが、マリアの人物造形は明確でした。
A: ダニの思いもよらない一言でマリアはいっぺんで目が覚め、自分自身のために生きる決心をするわけです。監督によると、脚本はバルバラを念頭に執筆していたそうです。その後、彼女と話し合って変更したた部分もあったが、変更できない部分もあった。「しかし並外れた女優のことだから、絶えず提案してくれ、一緒にキャラクター作りをしたが、最終的には彼女の解釈に従って演じてもらった」と。

(ダニの本心に触れて絶句するマリア、背を向けているのがダニ)
B:: 周りに囚われて生きるのは、結果的には周りの人をダメにもしてしまうことがある。父親の婚約者マリナ・スケル扮するカチータの楽天的な人物造形は、マリアの対極にある。
A: マリアが警戒するのも当然です。恣意的か天然ネアカなのか分からないが、こういう人も結構見かける。泳げないのに荒れた海に入って高波に攫われそうになる。
B:: それに気づいたマリアが、一瞬見せる躊躇の表情、助けるべきかほっとくか。
A: コメディとしてはシリアスですね。自分はこうなって欲しい、こうなるべきだという姿を滑り込ませたりして笑わせたが、もう少し笑えると良かったかな。
B:: カチータの花嫁衣裳選びに付き添ったが、なかなか決まらないので暇つぶしに自分もウエディング・ドレスを着て見たり、バルバラの魅力を披露するシーンも挟んでいた。

(貸衣装のウエディング・ドレスを着たマリア)
A: 次回作は、あと4~5年は掛からないで欲しいと思うが、現実は厳しいと語っていました。いま二つ脚本を抱えていますが、スペインで新人監督が映画を撮るのはますます複雑だと悲観的です。配給会社が決まっているとか、大規模のテレビチャンネルの資金援助がないと、台本を読んでもらえない。施しを頼んでいるわけではなく、若い人の文化や才能をもっと大切にするような政治を求めているようです。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★ネリー・レゲラ Nely Reguera については、2年前に検索できたデータで既に紹介しておりますが、主演のマリアには監督自身が投影されているようなので、加筆訂正して再構成しました。1978年バルセロナ生れ、監督、脚本家、女優。短編「Ausencias」(02)でデビュー、同「Pablo」(09)が国際短編映画祭で高い評価を受けた。うちヒホン映画祭短編部門のスペシャル・メンション、イベロアメリカ短編コンペティションのベスト短編賞を受賞した他、出演者のパブロ・デルキが男優賞、バダホス短編映画祭ではホセ・アンヘル・エヒドが男優賞を受賞している。

(高評価だった「Pablo」のポスター、主演のパブロ・デルキ)
*助監督としては、マル・コルがゴヤ賞新人監督賞を受賞した『家族との3日間』(09「Tres dias con la familia」)の第1助監督を務めた。本作は東京国際女性映画祭2010のオープニング作品だった。助監督としての長い期間には、ギリェム・モラレスやアルバロ・デ・ラ・エラン、ドイツ出身のトム・ティクヴァのヒット作『パフューム ある人殺しの物語』(06独仏西)のスペイン側の監督アシスタントとして参加した。続く2007年、ギリシャのヤニス・スマラグディスの「El Greco」(ギリシャとスペイン合作)にもアシスタントとして参加、本作はテッサロニキやトロント映画祭で受賞するなどの話題作だった。このエル・グレコの伝記映画にはフアン・ディエゴ・ボトーやライア・マルルも出演した。
*2016年『マリアとその家族』で長編映画デビュー、ゴヤ賞2017新人監督賞にノミネートされた。公開前のインタビューでは「自分はICAAの援助を受けていません。イニシアティブをサポートするテレビ局がなかったので、配給会社をもたずに映画を発表した。・・・資金調達計画の段階を通過しないと、誰も台本に目を通してもらえないのです」と新人の苦境を吐露している。2018年にはカタルーニャTVシリーズ「Benvinguts a la família」の4エピソードを監督した。
リノ・エスカレラの第1作 『さよならが言えなくて』*スペイン映画祭2019 ⑤ ― 2019年07月15日 15:31
家族の最期を受け入れることの困難さ――カルラの場合

★リノ・エスカレラのデビュー作『さよならが言えなくて』(「No sé decir adiós」)は、マラガ映画祭2017の審査員特別賞、脚本賞、主演のナタリエ・ポサが女優賞、フアン・ディエゴが助演男優賞、その他を受賞した作品。ナタリエは翌年のゴヤ賞主演女優賞にも輝いた。1972年マドリード生れのナタリエ・ポサにとって40代半ばでの主演女優賞は思い出深いものがあった。マラガでも「私のような年齢になって、自分の経験やパッションが活かされるような類まれな美しい脚本に出会えることは滅多にありません」と語っていた。観客の評価は分かれると思いますが、故郷を捨て都会で働く独身キャリアウーマンの孤独と苛立が切なかった。本作は既に作品、監督フィルモグラフィー、キャスト&スタッフのフィルモグラフィーと経歴紹介をしております。
*「No sé decir adiós」の作品&キャリア紹介は、コチラ⇒2017年06月25日

右はプレゼンターのモンチョ・アルメンダリス)
(ゴヤ賞2018主演女優賞受賞のナタリエ・ポサ)
『さよならが言えなくて』2017年、スペイン、スペイン語・カタルーニャ語、96分
主なキャスト:ナタリエ・ポサ(カルラ)、フアン・ディエゴ(父親ホセ・ルイス)、ロラ・ドゥエニャス(姉妹ブランカ)、パウ・ドゥラ(ブランカの夫ナチョ)、ミキ・エスパルベ(カルラの同僚セルジ)、ノア・フォンタナルス(ブランカの娘イレネ)ほか多数
物語:人生のエピローグは、早かれ遅かれ誰にも訪れる。しかし「どうして今なの?」「どうして私の父親なの?」、まだ娘には心の準備ができていない。バルセロナで暮らすカルラは、数年前故郷アルメリアを後にして以来帰郷していない。姉妹のブランカから突然電話で父親の末期ガンを知らされる。カルラは子供時代を過ごした家に帰ってくるが、医師団の余命数ヵ月をなかなか受け入れられない。カルラは失われた時を取り戻すかのように、周囲の反対を押し切って医療の進んだバルセロナで治療を受けさせようと決心する。ずっと父に寄り添ってきたブランカは、地元の病院での緩和治療を望み、現実を直視できないカルラと対立する。ブランカの目には、コカインを手放せないカルラが現実逃避をしているとしかうつらない。父は自分を取りまく状況をできれば知らないでいたい。避けられない別れの言葉「さよなら」は難しい。 (文責:管理人)
各自が抱える過去の傷痕は伏せられる
A: 避けられない親の最期に直面したとき、子供はどうするのだろうか。何時かは誰にも起きる身近なテーマながら、たいてい心の準備はできていない。親子関係の距離的あるいは心理的な温度差で対応は違ってくるだろう。ナタリエ・ポサ(マドリード1972)が演じたカルラは、故郷を離れて以来、長らく音信の途絶えていた40代のキャリアウーマン、その理由はともあれ自責の念に駆られて動揺する。
B: 一方、ロラ・ドゥエニャス(バルセロナ1971)演ずるブランカは、母親亡きあと地元に残って頑固な父親の面倒をみてきた。彼女は静かに現実を受け入れようとしている。
A: アメナバルの『海を飛ぶ夢』でいきなりゴヤ賞2005主演女優賞を受賞したドゥエニャスは、現在ではルクレシア・マルテルの『サマ』出演など海外の監督からも注目されており、ゴヤ賞ノミネートの常連さんである。劇中に登場しない母親の死が、家族に深い傷を負わせていることが暗示される。数年前に父親を見送ったばかりのリノ・エスカレラ(マドリード1974)は、父親の場合は本作のような状況ではなかったが、自身はブランカ・タイプの人間だと洩らしていた。
B: 各自が抱えてきた過去の傷痕については語られることはなく、観客に委ねられるから、それぞれ受け止め方で評価は異なります。

(リノ・エスカレラ監督)
A: 監督は「2009年に脚本を共同執筆したパブロ・レモンと知り合った。そのときは共に病いを抱えている父親と娘の物語、一方は身体的な、もう一方は精神的な病、父は死からの逃避、娘は受け入れの拒否というだけであった。それを膨らませてくれたのがパブロ、彼の協力なくして完成はできなかった」と語っている。
B: 彼にスペインで「大人のための映画を作るのはとても難しい」と言われたそうですね。監督はパブロ・レモンを「スペインの優れた脚本家の一人」と信頼を寄せている。
A: 2010年に執筆開始、完成までに2年半かかり、それから文化省にプレゼンツに行き、なんやかんやで2013年にやっとゴーサインがでた。クランクインが2016年ですから長い道のり、それでも幸運なほうでしょう。舞台をアルメリアにしたのは「製作費が節約できること以外に、以前短編を撮って気に入っていたからだが、登場人物の家族にぴったりの美しさと同時に厳しさもある土地だった」ことを挙げていた。
B: カタルーニャのプロダクションも気に入り、勿論バルセロナやジローナでも撮影した。カルラが父親を入院させた病院は実際にあり、本物の医者や患者たちも含めて撮影した。
A: 過去にカルラ姉妹の家族に何があったかに触れなかったのは、各自が抱える複雑な傷は語る必要がないと考えたからで、それは母親の死が家族間の不和の始りという手掛かりだけで充分だと思ったからだと語っている。
B: セリフの端々からある程度は察することができます。
A: 過去にあったことを「ヒントとして示したが、それを深く掘り下げたくなかった。登場人物が現実を拒否できる、あるいは動揺しない、その可能性に興味があった。誰でも苦しんでいるのは見たくないから」と監督は述べている。
B: 死が待ったなしになったとき、家族間のコミュニケーションはどうなるか。やがては誰にもやってくることなのに私たちは準備ができていない。
「さよなら」を言うタイミングは誰にも分らない
A: カルラもブランカも解決策を見いだせないでいる。つまるところそんなマニュアルは存在しないからです。最新医療ができるバルセロナの病院に転院することにブランカが賛成しないのは、多分正しいのであろうが、それは日々、男性社会で闘っているカルラには敗北主義にしかうつらない。
B: 反対に地方の病院を信用せず、都会の病院なら治せると力むカルラは、ブランカには現実逃避のゴリ押しにしかうつらない。
A: フアン・ディエゴ(セビーリャ1942)演じる父親は、嫌な事実はできれば知りたくない。二人の娘のどちらにも加担したくない。家族の不和の原因が定かではないが彼にあるのかもしれない。監督はフアンの自宅で初めて彼に会った途端に引き込まれ、一緒に仕事ができることを誇りに思ったと。
B: 夕食までご馳走になってしまった(笑)。難しい役柄ですが、ユーモア部分の少ない作品ながら彼がスクリーンに現れると、その飄々とした演技で引きしまる。

(自分の体の異変に気付く父親ホセ・ルイス)

(再会した父と娘たち、父親、カルラ、ブランカ)
A: 日本流に言うと喜寿、これから何本新作を見られるかとつい考えてしまいます。観客は冒頭部分の彼の咳込みに不安を覚えるが、彼は病院に設置されている自動販売機に八つ当たりして壊しそうになったり、病院を勝手に抜け出してビンゴをしたり、無口な老人の頑固さや時代遅れをコミカルに演じていた。
B: 自動車教習所の教官のようでしたが、先生より生徒のほうがお喋りだった。セリフが少ない役柄がもっとも難しいと言われるのは、目の演技が求められるからです。

(興味のないテレビを見る父と娘)

(カルラと対立するブランカ)
A: ブランカは若いときからの女優になる夢を封印してきた。今は地域の演劇サークルに所属しているが、やはり本格的な指導を受けたい。父親と同じ自動車教習所の仕事の合間をぬってマドリードに出掛けたいのだ。
B: 夫は失業中なのも悩みのタネ、娘が勉強ばかりしているのも気がかり、家族からの解放を願っている。食べるのに困るほどではないが、カルラのような自由が羨ましい。
A: 孤独と競争にさらされ精神的に病んでいるカルラも、自分のしていることに半分は懐疑的だが、じっとしていられない。問題は父親の病気ではなく、彼女自身の心の病なのだ。コカインの影響もあってか周りに攻撃的になり、歯止めが利かなくなるのがフィナーレでした。
B: バルセロナやマドリードでは、老若男女を問わずドラッグ使用者の増加にブレーキがかからない。カルラのような例は決して珍しいことではない。都会ではドラッグはみんなの大好物、一度ハマると止められるのは死んだときなのだ。
A: 本作のテーマではありませんが、スペインに運ばれてくるコカインの殆どがコロンビア産、厳格な分担作業によりメデジンで精製されたコカインは、ボートでウラバ湾のトゥルボに運ばれたあと、バナナの大型コンテナ船に隠されてスペインに届けられる。
B: 夏のバカンス時期には観光客を装った大型ヨットでも運ばれてくる。運よくカディス港に到着できたブツは、夜の闇に紛れてセビーリャ、メリダ経由でマドリードに運ばれてくる。
A: 当然、原産地より遠くなればなるほど価格は跳ね上がる。1キロ5000ドルだったブツは3万ドルになる。売人は1グラム35ユーロ前後で仕入れ、倍のおよそ60で売る。危険な橋を渡るが簡単には止められない。
B: カルラが手に入れているのは多分ガリシア・ルートでしょうか。ガリシアは麻薬王国、地元の財界人には麻薬で財を成した人が慈善事業をカモフラージュにして尊敬されている。
A: ナタリエ・ポサによると役作りは「ものすごく厳しかったが、全く不満はなかった。しかし衝突が起きそうになると、ぐっと傾聴するようにした。創造的な過程に勢いがあるのは珍しいことですから」と。
B: カルラは自己否定のなかで窒息しそうになっていた。自分を肯定できないと他人に厳しくなる。同僚のセルジに八つ当たりしていた。

(会社の同僚セルジとカルラ)
A: セルジ役のミキ・エスパルベ(バルセロナ1983)は、コメディもできる若手の有望株です。当ブログでも何回か登場してもらってキャリア紹介もしております。ナチョ役のパウ・ドゥラ(バレンシア1972)は、俳優の他、何作か短編を撮った後、2018年、ベテランのホセ・サクリスタンを主役に老いたヒッピーを演じさせた「Formentera Lady」で長編映画デビューしています。マラガ映画祭2018のコンペティションに正式出品された折り、作品紹介をしています。

(ミキ・エスパルベ、監督、ナタリエ・ポサ、フアン・ディエゴ、パウ・ドゥラ)
B: デビュー作にもかかわらず、以上のような演技派揃えで撮れたのは、長い努力と短編の実績があったからでしょう。
A: 30代後半から40代のシネアストは、そろそろ親を見送る世代になっているから、重いテーマとはいえ切実なことなのではないか。カルラ役のナタリエ・ポサも8年前に癌の父親を看取ったから、本作に出会ったことで、もう一度「さよなら」の過程を復習したと語っていた。人生100年など馬鹿げていると思っている親の世代も心せねばなりません。
◎キャリア紹介◎
*フアン・ディエゴの主なキャリア紹介は、コチラ⇒2014年04月21日/2015年08月01日
*ナタリエ・ポサの主なキャリア紹介は、コチラ⇒2017年06月25日
*ロラ・ドゥエニャスの主なキャリア紹介は、コチラ⇒2017年10月20日/2019年01月06日
*ミキ・エスパルベの主なキャリア紹介は、コチラ⇒2016年05月05日/2018年04月27日
*パウ・ドゥラの主なキャリア紹介は、コチラ⇒2018年04月17日
イサベル・ペーニャ&ロドリゴ・ソロゴジェン ― 2019年07月19日 17:50
脚本家イサベル・ペーニャが辿った長い道のり
★インスティトゥト・セルバンテス東京が主催した「スペイン映画祭2019」で上映して欲しかった映画の一つが、ロドリゴ・ソロゴジェンの「El reino」でした。残念ながらエントリーされませんでしたが、EU 加盟国28ヵ国の欧州議会が贈る映画賞ラックス賞(第1回2007年)のオフィシャル・セレクション10作に選ばれました。ノミネーション3作が確定するのは今月末ということです。投票権があるのは欧州議会議員だけですが、イギリスのEU 離脱が先延ばしになったので目下は751名です。過去の受賞作は大体公開されており、スペイン映画はまだ受賞したことがありません。直近の受賞作は、2018年『たちあがる女』(アイスランド・仏・ウクライナ)、2017年『BPM ビート・パー・ミニット』(仏)、2016年『ありがとう、トニ・エルドマン』(独・墺)でした。

(TCM出演のイサベル・ペーニャ)
★ロドリゴ・ソロゴジェン(マドリード1981)のキャリア&フィルモグラフィーについては、デビュー作「Stockholm」からご紹介してきましたが、脚本の共同執筆者イサベル・ペーニャについては触れてきませんでした。最近 TCM(映画のTVチャンネル)のインタビュー記事がエル・パイスに載りましたので、これから活躍が期待できる女性脚本家として記事を纏めました。今ではスペインを代表する脚本家になりましたが、その道のりは平坦ではありませんでした。私たちは間違いをおかしますが、「間違うことは前進すること」とペーニャ、つまり失敗は成功の母だということでしょうか。
★イサベル・ペーニャ(サラゴサ1983)、脚本家。18歳までサラゴサで暮らす。高校卒業後、ナバラ大学でジャーナリズムを専攻するもジャーナリストの道は肌に合わずオーディオビジュアル・コミュニケーションに変更、マドリード映画学校 ECAM の特別脚本科で学ぶ。TCMインタビューによると、「最初から映画を学びたかったが家族の賛同が得られず、書くことが好きだったので、仕方なくジャーナリズムを専攻した。しかしジャーナリズムは当時でっち上げ傾向にあり史上最悪の状況だった。それで結局やりたかった映画を学ぶことになったのです」と語っている。

(ゴヤ賞2019脚本賞受賞のトロフィーを手に)
★2008年、ハビエル・ロアルテの短編「Martina y la luna」に監督と脚本を共同執筆、マルティナの母親役で出演もした。映画学校の最終学年にTVシリーズ「Impares」(08、17話)、次いで「Bicho malo」(09、32話)、「Frágiles」(12~13、12話)、2010年には「La pecera de Eva」(57話)にコーディネーターとして参加した。2013年ロドリゴ・ソロゴジェンの「Stockholm」(マラガ映画祭新人脚本家賞)、2016年『ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強姦殺人事件』(サンセバスチャン映画祭審査員賞)、2018年「El reino」(ゴヤ賞オリジナル脚本賞、フェロス脚本賞、シネマ・ライターズ・サークル脚本賞)、2019年「Madre」の長編4作をソロゴジェン監督と共同執筆した。映画祭、映画賞ノミネーションは多数につき割愛。ほか短編、TVシリーズがある。

(『ゴッド・セイブ・アス』審査員賞受賞、サンセバスチャン映画祭2016年9月24日)

(「El reino」フェロス賞受賞の監督とペーニャ、2019年1月19日)
★ロドリゴ・ソロゴジェンから「Stockholm」の共同脚本の打診があったのは2010年で、「即座にハイ」と応えたそうです。これが映画界に入るチャンスになった。当時を偲んで「映画マニアの多くの仲間たちと語りあい、飲みあかしたのです。語り合うことが即、学ぶことであった」とペーニャ。ソロゴジェンとは既にECAMで出会っており、上記のTVシリーズには彼も監督や脚本家として参加していた。
★ソロゴジェンのメソッドは、大いに語り合った後、テーマは何か、登場人物はどうするかを一度明確にして、情報を整理する。更に「自分たちよりもっと情報を持っている人を訪ねてインタビューする。なぜなら脚本を書くには、そのテーマのエキスパートでなければならないからで、数ヵ月かかる」と。それぞれ書いた半分を持ち寄り、互いに読みあって弛みを直したり是正したりして交換する・・・二つの頭が一つになるまでその作業を続ける。そうやって完成したものは二人の子供のようなものだとインタビューに応えていた。「El reino」がラックス賞2019ノミネーション3作に踏み止まれるならば、公開が期待できるかもしれない。

(無冠に終った「El reino」のフォトコール、サンセバスチャンFF、2018年9月22日)
*「Stockholm」の紹介記事は、コチラ⇒2014年06月17日
*『ゴッド・セイブ・アス』の紹介記事は、コチラ⇒2016年08月11日
*「El reino」の紹介記事は、コチラ⇒2018年07月25日
ホナス・トゥルエバ新作カルロヴィ・ヴァリ映画祭でFIPRESCI賞受賞 ― 2019年07月22日 18:18
ホナス・トゥルエバの「La virgen de agosto」が国際批評家連盟賞を受賞

★大分古いニュースになりましたが、第54回カルロヴィ・ヴァリ映画祭2019(7月6日ガラ)でホナス・トゥルエバの「La virgen de agosto」が国際批評家連盟賞 FIPRESCIと審査員スペシャル・メンションを受賞しました。父親フェルナンド・トゥルエバ監督と製作者の母親クリスティナ・ウエテ、叔父ダビ・トゥルエバ監督と恵まれた環境でありながら、現在は親に頼らず映画作りをしている。「この賞は謙虚で慎ましい映画に贈られる。世界のポジティブな見方をたもって、色調豊かな感情表現に取り組んだ一連のテーマも、それに相応しいものでした」というのが審査員の授賞作に選んだ理由でした。

(カルロヴィ・ヴァリFFに勢揃いしたスタッフ&キャスト、左から4人目が監督)

(ホナス・トゥルエバとイチャソ・アラナ、授賞式にて)
★既に本作の作品紹介&監督フィルモグラフィー、主演女優イチャソ・アラナを含むキャスト紹介をしております。スペイン公開予定8月15日がアナウンスされています。
*「La virgen de agosto」の作品紹介は、コチラ⇒2019年06月03日

(ヒロインのイチャソ・アラナ、映画から)
★スペイン語映画では、他にチリのフェリペ・リオス・フエンテスのデビュー作「El hombre del futuro」(チリ=アルゼンチン合作)も審査員スペシャル・メンションを受賞しました。チリのパタゴニアを舞台にした、父(ホセ・ソーサ)と娘(アントニア・ギーセンGiessen)の一種のロード・ムービーのようですが、かなり興味を惹かれました。いずれご紹介するとして目下は受賞報告だけにとどめます。キャストは他にパブロ・ララインの『ザ・クラブ』や『ネルーダ』の出演者ロベルト・ファリアス、セバスティアン・レリオの『ナチュラルウーマン』のアンパロ・ノゲラ他、アルゼンチンからはルクレシア・マルテルの『ラ・ニーニャ・サンタ』のマリア・アルチェなどがクレジットされています。


(アントニア、プロデューサーのジャンカルロ・Nasi、監督、映画祭にて)

(ホセ・ソーサとアントニア・ギーセン、映画から)
アメナバル新作ほか3作がノミネーション*サンセバスチャン映画祭2019 ② ― 2019年07月23日 15:37
金貝賞を競うコンペティション部門にスペイン映画は3作品

(セクション・オフィシアルのポスター)
★去る7月19日、第67回サンセバスチャン映画祭2019(9月20日~28日)の金貝賞を競うコンペティション部門他のノミネーションが一部発表になりました。映画祭総ディレクターのホセ・ルイス・レボルディノス、TVEの映画&TVムービーのサブディレクターマイテ・L.・ピソネロ、ICAA総ディレクターベアトリス・ナバス、スペイン映画アカデミー副会長ラファエル・ポルテラ出席のもとスペイン映画のノミネーション3作、その他ニューディレクターズ以下のセクションが発表になりました。

(左から、レボルディノス、ピソネロ、ナバス、ポルテラの4氏、7月19日)
★まだ全体像は見えてきませんが、スペインからはアレハンドロ・アメナバルの哲学者ウナムノの最晩年を描いた「Mientras dure la guerra」、『フラワーズ』や『HANDIA アルツォの巨人』で話題を集めたバスク出身の監督トリオ、ジョン・ガラーニョ、アイトル・アレギ、ホセ・マリ・ゴエナガの「La trinchera infinita」、ベレン・フネスのデビュー作「La hija de un ladrón」の3作です。映画祭に間に合うよう順次紹介していけるよう準備中です。
★アメナバルの新作「Mientras dure la guerra」については、サラマンカでのクランクインに合わせて作品紹介をしておりますが、改めてアップしたいと考えています。主人公となるミゲル・デ・ウナムノの最後の数ヵ月、市民戦争勃発から最期までが語られます。ウナムノにカラ・エレハルデが扮します。アメナバルはキャストに同じ俳優は起用しないので、エレハルデ以下アメナバル映画にオール初出演となります。
*「Mientras dure la guerra」の作品紹介は、コチラ⇒2018年06月01日

(撮影中のアメナバル監督とカラ・エレハルデ)
★バスク出身の監督トリオの新作「La trinchera infinita」は、スペイン内戦後30年間も隠れ住んでいた共和派のトポtopoといわれる人物の物語ということです。topoの第一義はモグラのことで普通は弱視の人やスパイを指しますが、スペイン史では内戦後隠れ住んでいた共和派のことです。主役のトポに15キロ体重を増やして臨んだアントニオ・デ・ラ・トーレ(『デブたち』では33キロ増量した実績がある)、移動が制限されたトポたちは一般に体重が増えてしまったそうです。妻役のベレン・クエスタは、28歳から60歳までを演じるのでメイクが大変だったとか。キャストからも分かるように今回はバスク語でなくスペイン語で撮った。今秋10月31日公開が決定している。

(トリオ監督、ホセ・マリ・ゴエナガ、アイトル・アレギ、ジョン・ガラーニョ)

(撮影中のアントニオ・デ・ラ・トーレとベレン・クエスタ)
★当ブログ初登場のベレン・フネス(バルセロナ1984)は、長らく助監督をしながら短編を発表、今回長編デビューを果たした。「La hija de un ladrón」は、主役の窃盗マヌエルにエドゥアルド・フェルナンデス、その娘サラにグレタ・フェルナンデスと実際の父と娘を起用している。父親フェルナンデスは、アメナバルの新作にウナムノと対立するミリャン・アストライ役を演じているから、今回はダブル出演となる。彼は既に『スモーク・アンド・ミラーズ』で男優賞(銀貝賞)を受賞している。目下売り出し中の娘フェルナンデスは『エリサ&マルセラ』のマルセラ役で知名度が上がってきた。本作では常に刑務所暮らしの父親をもつ22歳の子持ち役に挑戦している。


(父親マヌエル、娘サラ、年の離れた弟、映画から)
★コンペティション外には Netflix オリジナル作品、ダニエル・サンチェス・アレバロの新作「Diecisiete」が選ばれました。本作はいずれ Netflixでストリーミング配信になります。他に特別上映作品にアルゼンチン=スペイン合作のセバスティアン・ボレンステイン(ブエノスアイレス1963)の「La odesea de los giles」がアナウンスされた。本作はリカルド・ダリンが製作と出演を兼ねており、息子チノ・ダリンもクレジットされています。アルゼンチンが経済危機に陥り、ペソが大暴落した2001年が舞台。ボレンステインはリカルド・ダリンのために撮った辛口コメディ「Un cuento chino」(11)や当ブログで紹介した「Kóblic」(15)でもダリンとタッグを組んでいる監督です。
*「Diecisiete」の紹介記事は、コチラ⇒2018年10月29日
*「Kóblic」の紹介記事は、コチラ⇒2016年04月30日

(サンチェス・アレバロを挟んで主演のナチョ・サンチェスとビエル・モントロ、7月19日)
ニューディレクターズ部門*サンセバスチャン映画祭2019 ③ ― 2019年07月24日 19:12
スペインからは監督デビュー作2作品がノミネーション

★昨年の「ニューディレクターズ部門」ノミネーションは7月12日には全作品が発表になっておりましたが、今年はスペイン映画の2本がアナウンスされているだけです。監督デビュー作から2作までが対象で、2作ともデビュー作ということです。昨年は奥山大史の『僕はイエス様が嫌い』が受賞しました。
「La inocencia」ルシア・アレマニー Lucía Alemany スペイン、ドラマ
キャスト:カルメン・アルファ、ライア・マルル、セルジ・ロペス、ジョエル・ボスケド
ストーリー:年頃の娘リスは、サーカスの芸人になる夢を抱いて故郷を出たがっている。しかし夢を叶えるには両親を説得しなければならないことも分かっている。夏のある日、リスは女友達と遊んだり、少し年上のボーイフレンドといちゃついたりして過ごした。二人は秘密の関係を隣り近所の噂にならないようにしなければならなかった。両親に気づかれないようにしていたが、楽しかった夏が終わり秋になると、彼女は自分が妊娠していることに気づいた。主役のカルメン・アルファは15歳でデビューした。

(主役のカルメン・アルファを配したポスター)


「Las letras de Jordi」マイデル・フェルナンデス・エリアルテ Maider Fernandez Iriarte
スペイン、ドキュメンタリー
ストーリー:51年前に生まれたジョルディは脳性麻痺だった。話すことはできないが、ボードを介してコミュニケーションはとれる。この方法でこの映画の監督マイデルに語ったのは、21歳だったときは神が感じられた。しかし最近、両親の家からホームに引っ越して来てからは、神を感じられない。年に一度、ルルドの聖地に巡礼の旅に出かける。そこでいつの日か、神が彼のもとへ戻ってくるかどうか分からないが、神との繋がりを探している。本映画祭のレジデンス・イクスミラ・ベリアクのプログラムで完成させた。2017年REC賞を受賞している。


(アルファベット・ボードでコミュニケーションするジョルディ)

(2017年REC賞、左が製作者レイレ・アペリャニスとフェルナンデス・エリアルテ監督)
サバルテギータバカレラ部門*サンセバスチャン映画祭2019 ④ ― 2019年07月29日 12:35
ジャンルを問わないサバルテギ部門にスペイン語映画は4作

★サバルテギZabaltegi部門は、2016年からサバルテギ-タバカレラと名称が変わりました。というのも上映がタバカレラ・センターに変わったからです。かつてのスペイン煙草専売公社(タバカレラTabakalera)だった建物を2010年から5年がかりで大改装、サンセバスチャンの現代文化国際センターに生まれ変わり、2015年9月11日に開館、サバルテギは2016年から常設のシネコンを利用しています。シネコンの他、展覧会などができる展示場、レストラン、ホテル、博物館のような機能も兼ね備えており、市の観光スポットになっています。サバルテギはバスク語で「自由」という意味、その名の通り言語、ドラマ、ドキュメンタリー、アニメーション、長短編などジャンルを問わないので本数も多い。
★今年はスペイン映画は、短編、TVシリーズ、ドキュメンタリー、アニメーションを含む以下の4作がアナウンスされました。
◎「El fiscal, la presidenta y el espia」西=独、監督ジャスティン・ウエブスター
*TVシリーズ全6話、ドキュメンタリー。ジャスティン・ウエブスターはバルセロナ在住のイギリスの監督。キャリア&フィルモグラフィーは、コチラ⇒2016年03月27日でご紹介しています。


(ジャスティン・ウエブスター監督)
ストーリー:あるテロリストを捜査中だった検察官アルベルト・ニスマンは、イランと共謀していたアルゼンチンの女性大統領を告発した。4日後の2015年1月18日、浴室で頭を一発の弾丸で打ち抜かれて死亡しているのが発見される。ニスマンはブエノスアイレスで死んだのだが、殺害されたのか自殺だったのかをめぐって謎は深まり、真相はイスラエル、イラン、米国を巻き込んで全世界を駆けめぐることになる。

(在りし日のアルベルト・ニスマン検察官)
◎「Leyenda dorada」スペイン、監督チェマ・ガルシア・イバラ&イオン・デ・ソサ
*2019年、短編11分、ベルリン映画祭2019短編部門出品、ワールドプレミア

ストーリー:夏のある日、市民プールで。暑い、若者たち、家族連れ、夫婦、ひと泳ぎ、バルで生ビール、サンドイッチ。一人の女霊媒師がスペイン地図の上で振り子を揺らしながら或る人物を見つけ出そうとしている。日常の中に非日常がしみこんでくる。男の子がまさに溺れそうになっている、誰かがプールの水の上を歩いて彼の傍までやって来て助けようとしている。奇跡とは他の水浴者たちがこのことを自然に受け入れていることである。夏の午後は何事もなかったかのように続いている。
★ チェマ・ガルシア・イバラ Chema Garcia Ibarra(エルチェ1980)は、監督と脚本を担当した。イオン・デ・ソサ Ion de Sosa(サンセバスチャン1981)は、監督と撮影を担当した。


◎「Lursaguak / Escenas de vida」スペイン、監督Izibene Oñederra イシベネ・オニェデラ?
*2019年、短編、アニメーション

ストーリー:Hélene Cixousが言うように、私たちはこの時代をはっきり自覚して生きている。千年至福説を信じる文化の理論的な根拠は、無名の一種の数百万のモグラのようなものによって損なわれている。

(Izibene Oñederra監督)
◎「Urpean Lurra」スペイン、監督マディ・バルベル
*2019年、ドキュメンタリー、2018年の前作「592 metroz goiti(Above 592 metres)」の続編

ストーリー:約20年前、イトイス・ダムはナバラのピレネー山脈の斜面にあった7つの村と3つの自然保護区を水浸しにした。環境保護団体「イトイスと連帯」は、ダム建設反対の闘いをビデオに撮って記録した。今日、かつての住民たちは水没してしまった自分たちの土地を夢想しています。彼らの声と表情は、現在に至るまで続く、個人的なあるいは集団的な苦悩を釈明するために絡みあっている。
★マディ・バルベル Maddi Barber(パンプローナ1988)は、ナバラのドキュメンタリー監督、前作「592 metroz goiti」もサバルテギ-タバカレラ部門で上映された。タイトルの数字592メートルはイトイス・ダムの最深度ということです。

(撮影中のマディ・バルベル監督)

(前作「592 metroz goiti」のポスター)
ペルラス部門にオリヴェル・ラセの新作*サンセバスチャン映画祭2019 ⑤ ― 2019年07月31日 11:00
公開が期待できる話題作がエントリーされるペルラス部門

★サバルテギ部門から独立したペルラス(パールズ)部門は、カンヌ映画祭の「監督週間」や「批評家週間」など、先行開催の映画祭で出品された作品から選ばれる例が多い。従って知名度のある監督作品も含まれる。昨年はラテンビート上映のアニメーションと実写『アナザー・デイ・オブ・ライフ』、6月末に公開されたハイメ・ロサーレスの『ペトラは静かに対峙する』、間もなく公開されるオルテガの『永遠に僕のもの』の3作とも字幕入りで鑑賞できました。
★今年は既に8作(米国・仏・露・中国・韓国など)が発表されています。なかでスペイン映画は、カンヌの「ある視点」で第2席に当たる審査員賞を受賞したガリシアの監督オリヴェル・ラセ(オリベル・ラシェ)の「Lo que arde」(ガリシア題「O que arde」、英題「Fire Will Come」)が選ばれています。今作はラテンビート、または東京国際映画祭などで是非上映してもらえたらと期待しています。当ブログでは2回にわたって記事をアップしています。
*「Lo que arde」の作品・監督・キャスト紹介は、コチラ⇒2019年04月28日/05月29日
(主役アマドール・アリアス、母親役ベネディクタ・サンチェス)

(左側は総ディレクターのホセ・ルイス・レボルディノス、中央が監督、2019年7月19日)
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