リノ・エスカレラの第1作 『さよならが言えなくて』*スペイン映画祭2019 ⑤2019年07月15日 15:31

                 家族の最期を受け入れることの困難さ――カルラの場合

 

     

リノ・エスカレラのデビュー作『さよならが言えなくて』No sé decir adiós)は、マラガ映画祭2017の審査員特別賞、脚本賞、主演のナタリエ・ポサが女優賞、フアン・ディエゴが助演男優賞、その他を受賞した作品。ナタリエは翌年のゴヤ賞主演女優賞にも輝いた。1972年マドリード生れのナタリエ・ポサにとって40代半ばでの主演女優賞は思い出深いものがあった。マラガでも「私のような年齢になって、自分の経験やパッションが活かされるような類まれな美しい脚本に出会えることは滅多にありません」と語っていた。観客の評価は分かれると思いますが、故郷を捨て都会で働く独身キャリアウーマンの孤独と苛立が切なかった。本作は既に作品、監督フィルモグラフィー、キャスト&スタッフのフィルモグラフィーと経歴紹介をしております。

No sé decir adiós」の作品&キャリア紹介は、コチラ20170625

  

        
  
          (マラガ映画祭2017授賞式のパブロ・レモンとリノ・エスカレラ、

        右はプレゼンターのモンチョ・アルメンダリス)

  

                               

 

      

(ゴヤ賞2018主演女優賞受賞のナタリエ・ポサ)

 

   

 『さよならが言えなくて』2017年、スペイン、スペイン語・カタルーニャ語、96

主なキャスト:ナタリエ・ポサ(カルラ)、フアン・ディエゴ(父親ホセ・ルイス)、ロラ・ドゥエニャス(姉妹ブランカ)、パウ・ドゥラ(ブランカの夫ナチョ)、ミキ・エスパルベ(カルラの同僚セルジ)、ノア・フォンタナルス(ブランカの娘イレネ)ほか多数

 

物語人生のエピローグは、早かれ遅かれ誰にも訪れる。しかし「どうして今なの?」「どうして私の父親なの?」、まだ娘には心の準備ができていない。バルセロナで暮らすカルラは、数年前故郷アルメリアを後にして以来帰郷していない。姉妹のブランカから突然電話で父の末期ガンを知らされる。カルラは子供時代を過ごした家に帰ってくるが、医師団余命数をなかなか受け入れられない。カルラは失われた時を取り戻すかのように、周囲の反対を押し切って医療の進んだバルセロナで治療を受けさせようと決心する。ずっと父に寄り添ってきたブランカは、地元の病院での緩和治療を望み、現実を直視できないカルラと対立する。ブランカの目には、コカインを手放せないカルラ現実逃避をしているとしかうつらない。父は自分を取りまく状況をできれば知らないでいたい。避けられない別れの言葉「さよなら」は難しい            (文責:管理人)

 

           各自が抱える過去の傷痕は伏せられる 

 

A: 避けられない親の最期に直面したとき、子供はどうするのだろうか。何時かは誰にも起きる身近なテーマながら、たいてい心の準備はできていない。親子関係の距離的あるいは心理的な温度差で対応は違ってくるだろう。ナタリエ・ポサ(マドリード1972が演じたカルラは、故郷を離れて以来、長らく音信の途絶えていた40代のキャリアウーマン、その理由はともあれ自責の念に駆られて動揺する。

B: 一方、ロラ・ドゥエニャス(バルセロナ1971)演ずるブランカは、母親亡きあと地元に残って頑固な父親の面倒をみてきた。彼女は静かに現実を受け入れようとしている。

 

A: アメナバルの『海を飛ぶ夢』でいきなりゴヤ賞2005主演女優賞を受賞したドゥエニャスは、現在ではルクレシア・マルテルの『サマ』出演など海外の監督からも注目されており、ゴヤ賞ノミネートの常連さんである。劇中に登場しない母親の死が、家族に深い傷を負わせていることが暗示される。数年前に父親を見送ったばかりのリノ・エスカレラ(マドリード1974)は、父親の場合は本作のような状況ではなかったが、自身はブランカ・タイプの人間だと洩らしていた。

B: 各自が抱えてきた過去の傷痕については語られることはなく、観客に委ねられるから、それぞれ受け止め方で評価は異なります。

 

             

                                  (リノ・エスカレラ監督)

 

A: 監督は「2009年に脚本を共同執筆したパブロ・レモンと知り合った。そのときは共に病いを抱えている父親と娘の物語、一方は身体的な、もう一方は精神的な病、父は死からの逃避、娘は受け入れの拒否というだけであった。それを膨らませてくれたのがパブロ、彼の協力なくして完成はできなかった」と語っている。

B: 彼にスペインで「大人のための映画を作るのはとても難しい」と言われたそうですね。監督はパブロ・レモンを「スペインの優れた脚本家の一人」と信頼を寄せている。

  

A: 2010年に執筆開始、完成までに2年半かかり、それから文化省にプレゼンツに行き、なんやかんやで2013年にやっとゴーサインがでた。クランクインが2016年ですから長い道のり、それでも幸運なほうでしょう。舞台をアルメリアにしたのは「製作費が節約できること以外に、以前短編を撮って気に入っていたからだが、登場人物の家族にぴったりの美しさと同時に厳しさもある土地だったことを挙げていた

  

B: カタルーニャのプロダクション気に入り、勿論バルセロナやジローナでも撮影した。カルラが父親を入院させた病院は実際にあり、本物の医者や患者たちも含めて撮影した。

A: 過去にカルラ姉妹の家族に何があったかに触れなかったのは、各自が抱える複雑な傷は語る必要がないと考えたからで、それは母親の死が家族間の不和の始りという手掛かりだけで充分だと思ったからだと語っている。

B: セリフの端々からある程度は察することができます。

 

A: 過去にあったことを「ヒントとして示したが、それを深く掘り下げたくなかった。登場人物が現実を拒否できる、あるいは動揺しない、その可能性に興味があった。誰でも苦しんでいるのは見たくないから」と監督は述べている。

B: 死が待ったなしになったとき、家族間のコミュニケーションはどうなるか。やがては誰にもやってくることなのに私たちは準備ができていない。

 

          「さよなら」を言うタイミングは誰にも分らない

 

A: カルラもブランカも解決策を見いだせないでいる。つまるところそんなマニュアルは存在しないからです。最新医療ができるバルセロナの病院に転院することにブランカが賛成しないのは、多分正しいのであろうが、それは日々、男性社会で闘っているカルラには敗北主義にしかうつらない。

B: 反対に地方の病院を信用せず、都会の病院なら治せると力むカルラは、ブランカには現実逃避のゴリ押しにしかうつらない。

 

A: フアン・ディエゴセビーリャ1942)演じる父親は、嫌な事実はできれば知りたくない。二人の娘のどちらにも加担したくない。家族の不和の原因が定かではないが彼にあるのかもしれない。監督はフアンの自宅で初めて彼に会った途端に引き込まれ、一緒に仕事ができることを誇りに思ったと。

B: 夕食までご馳走になってしまった()。難しい役柄ですが、ユーモア部分の少ない作品ながら彼がスクリーンに現れると、その飄々とした演技で引きしまる。

   

                         

                                           (自分の体の異変に気付く父親ホセ・ルイス)

 

         

 (再会した父と娘たち、父親、カルラ、ブランカ)

 

A: 日本流に言うと喜寿、これから何本新作を見られるかとつい考えてしまいます。観客は冒頭部分の彼の咳込みに不安を覚えるが、彼は病院に設置されている自動販売機に八つ当たりして壊しそうになったり、病院を勝手に抜け出してビンゴをしたり、無口な老人の頑固さや時代遅れをコミカルに演じていた。

B: 自動車教習所の教官のようでしたが、先生より生徒のほうがお喋りだった。セリフが少ない役柄がもっとも難しいと言われるのは、目の演技が求められるからです。

 

    

                       (興味のないテレビを見る父と娘)

 

    

     (カルラと対立するブランカ)

 

A: ブランカは若いときからの女優になる夢を封印してきた。今は地域の演劇サークルに所属しているが、やはり本格的な指導を受けたい。父親と同じ自動車教習所の仕事の合間をぬってマドリードに出掛けたいのだ。

B: 夫は失業中なのも悩みのタネ、娘が勉強ばかりしているのも気がかり、家族からの解放を願っている。食べるのに困るほどではないが、カルラのような自由が羨ましい。

 

A: 孤独と競争にさらされ精神的に病んでいるカルラも、自分のしていることに半分は懐疑的だが、じっとしていられない。問題は父親の病気ではなく、彼女自身の心の病なのだ。コカインの影響もあってか周りに攻撃的になり、歯止めが利かなくなるのがフィナーレでした。

B: バルセロナやマドリードでは、老若男女を問わずドラッグ使用者の増加にブレーキがかからない。カルラのような例は決して珍しいことではない。都会ではドラッグはみんなの大好物、一度ハマると止められるのは死んだときなのだ。

 

A: 本作のテーマではありませんが、スペインに運ばれてくるコカインの殆どがコロンビア産、厳格な分担作業によりメデジンで精製されたコカインは、ボートでウラバ湾のトゥルボに運ばれたあと、バナナの大型コンテナ船に隠されてスペインに届けられる。

B: 夏のバカンス時期には観光客を装った大型ヨットでも運ばれてくる。運よくカディス港に到着できたブツは、夜の闇に紛れてセビーリャ、メリダ経由でマドリードに運ばれてくる。

 

A: 当然、原産地より遠くなればなるほど価格は跳ね上がる。1キロ5000ドルだったブツは3万ドルになる。売人は1グラム35ユーロ前後で仕入れ、倍のおよそ60で売る。危険な橋を渡るが簡単には止められない。

B: カルラが手に入れているのは多分ガリシア・ルートでしょうか。ガリシアは麻薬王国、地元の財界人には麻薬で財を成した人が慈善事業をカモフラージュにして尊敬されている。

 

A: ナタリエ・ポサによると役作りは「ものすごく厳しかったが、全く不満はなかった。しかし衝突が起きそうになると、ぐっと傾聴するようにした。創造的な過程に勢いがあるのは珍しいことですから」と。

B: カルラは自己否定のなかで窒息しそうになっていた。自分を肯定できないと他人に厳しくなる。同僚のセルジに八つ当たりしていた。

 

        

               (会社の同僚セルジとカルラ)

 

A: セルジ役のミキ・エスパルベ(バルセロナ1983)は、コメディもできる若手の有望株です。当ブログでも何回か登場してもらってキャリア紹介もしております。ナチョ役のパウ・ドゥラ(バレンシア1972)は、俳優の他、何作か短編を撮った後、2018年、ベテランのホセ・サクリスタンを主役に老いたヒッピーを演じさせたFormentera Ladyで長編映画デビューしています。マラガ映画祭2018のコンペティションに正式出品された折り、作品紹介をしています。

 

      

    (ミキ・エスパルベ、監督、ナタリエ・ポサ、フアン・ディエゴ、パウ・ドゥラ)

 

B: デビュー作にもかかわらず、以上のような演技派揃えで撮れたのは、長い努力と短編の実績があったからでしょう。

A: 30代後半から40代のシネアストは、そろそろ親を見送る世代になっているから、重いテーマとはいえ切実なことなのではないか。カルラ役のナタリエ・ポサも8年前に癌の父親を看取ったから、本作に出会ったことで、もう一度「さよなら」の過程を復習したと語っていた。人生100年など馬鹿げていると思っている親の世代も心せねばなりません。

 

 ◎キャリア紹介◎

フアン・ディエゴの主なキャリア紹介は、コチラ2014042120150801

ナタリエ・ポサの主なキャリア紹介は、コチラ20170625

ロラ・ドゥエニャスの主なキャリア紹介は、コチラ2017102020190106

ミキ・エスパルベの主なキャリア紹介は、コチラ2016050520180427

パウ・ドゥラの主なキャリア紹介は、コチラ20180417

  

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