舞台の映画化、クレウエトの”El rey tuerto”*マラガ映画祭2016最終回 ― 2016年05月05日 18:58
劇作家マルク・クレウエトのデビュー作は自作戯曲の映画化
★結果発表前にアップしようと思っていたのに時間切れになってしまった“El rey tuerto”のご紹介。無冠だったが気になる監督作品、上映は映画祭前半の4月24日だった。記者会見にはマルク・クレウエト監督以下出演者アライン・エルナンデス、ミキ・エスパルベ、ベッツィ・トゥルネス、ルース・リョピスが参加、如何にもバルセロナ映画と実感させるブラック・コメディ。
(左から、ベッツィ・トゥルネス、ミキ・エスパルベ、監督、プレス会見にて)
★プレス会見の談話によると「最初のバージョンは、映画化するなら舞台よりもっと風通しをよくしたほうがいいと考えて、新しい状況や場所を設定しようとした。しかし『探偵スルース』のような映画に魅せられていたので、結果的にはセリフも登場人物もあまり変えなかった。状況によって自由自在に変化できる檻のようなスペースを設えて、そこへ登場人物たちが引き寄せられようにやってくるスタイルにした」と監督。『探偵スルース』という映画は、1972年のジョーゼフ・L ・マンキーウッィツの最後の監督作品“Sleuth”、ローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインが数々の賞を受賞した名作。2007年のリメイク版『スルース』は今でもテレビで放映されるから若い方も見ているでしょうか。
“El rey tuerto”(“El rei borni”)2016
製作:Moiré Films Producciones Audiovisuales / Lastor Media / Corporación Catalana de Mitjans Audiovisuals / El Terrat de Produccions 協賛カタルーニャTV
監督・脚本・戯曲:マルク・クレウエト
撮影:シャビ(ハビ)・ヒメネス
製作者:トノ・フォルゲラ(Lastor Media社)
データ:スペイン、スペイン語、2016,辛口コメディ、87分、マラガ映画祭2016上映4月24日、スペイン公開5月20日
キャスト:アライン・エルナンデス(警察官のダビ)、ミキ・エスパルベ(ナチョ、隻眼のイグナシ)、ベッツィ・トゥルネス(ダビの妻リディア)、ルース・リョピス(ナチョの妻サンドラ)、シェスク・ガボト(政治家)
解説:リディアとサンドラは古くからの友達だが長年のこと会っていない。互いのパートナーを紹介しあおうとダビの家で夕食を共にすることに決めた。ダビは機動隊所属の警察官、ナチョは活動家の社会派ドキュメンタリー製作者、乱闘騒ぎに発展したデモ行進中に警官からゴムボールのお見舞いをうけて右目の視力を失っている。彼らはテレビから流れてくる或る政治家のスピーチに活気づく。4人の登場人物は食事しながら過ぎ去った時間を懐かしみ、最近の出来事を語り合う。ダビがナチョの片目を潰した張本人であることなど知る由もない。こうして変なめぐり合わせで警察官と活動家が対峙してしまう。
(隻眼のナチョと機動隊員のダビ、映画スチールから)
私たちの秩序がもっている多くの裂け目を修復するレシピ
★このように辛口コメディ風に物語は始まるが、壊れやすく脆い信念、社会的役割の本来の姿とは何か、真実を模索しながらも時は驚くほどの早さで過ぎ去ってしまうというイタイお話です。カオス状態の世の中で盲人になると、却って世界の物事がよく見えるようになり、自分たちが無意識に避けている奥深い秩序に近づけるという。プロットの核心は、社会問題にそれぞれ異なった意見をもつ4人の登場人物の心理合戦、根の深いスペインの危機についてのアジテーションのようです。
★戯曲は3年前から書き始め、こけら落とし公演は2年前、バルセロナの収容客40人足らずの小さな劇場だった。バルセロナでの大成功がマドリードでも続き、全国主要都市を巡業して回った。マドリードの舞台では粗野な警察官ダビと平和思考の活動家ナチョを同じ俳優が演じた。イデオロギー的には正反対の二人がまき散らすタイミングのよいギャグの応酬が観客を魅了したようです。監督によると、映画化することで舞台では定まらなかった視点が見えてくるオマケがあったという。監督お気に入りの1作、コーエン兄弟製作の『バートン・フィンク』と関連があるそうだが、二人の主人公のブラック・ユーモアが本作のダビとナチョに似ているからだろうか。この映画は見る人によって深読みができる作品なのでよく分からない。カンヌ1991のパルムドール・監督賞・男優賞を受賞した異例づくめの作品(カンヌは各賞をダブらせない方針)、しかし当然というかアカデミー賞はノミネーションに終わった。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
マルク・クレウエト Marc Crehuet は、1978年カンタブリアのサンタンデル生れ、監督、脚本家、舞台演出家、戯曲家。演劇では戯曲執筆と舞台演出を兼ねた“Conexiones”(09)、“El rey tuerto”(カタルーニャ語“El rei borni”、13)、“MagicalHistory Club”(14)がある。映画は以下の通り。(TVを含む)
2009“GreenPower”(TV)2010年エンターテインメント最優秀プログラム「マック賞」受賞
2011~12“Pop rápid”(TV)カタルーニャTVとMoiré Films製作の2シーズンのシリーズ物
2016“El rey tuerto”本作
★カタルーニャTVの“Pop rápid”には、アライン・エルナンデス、ミキ・エスパルベ、ベッツィ・トゥルネス、シェスク・ガボトの4人が25話に出演(ルース・リョピスのみ1話)、このTVドラでの共演が本作の土台にある印象です。
★「戯曲の最初のバージョンはすごく扇情的で憤慨に満ちた内容だった。何故かと言うと、デモ行進で片目を本当に失明してしまったイタリアの青年が我が家を訪れたことがヒントだったから。しかし執筆しているあいだに怒りをダイレクトにぶつけるのではなく、ユーモアを効かせたプロットに変化させた」と戯曲執筆の動機を語った。ナチョの人物造形にはインスピレーションを受けたモデルがいたようだ。昨今では誰もが自説を披露できる時代になったが、コミュニケーションの困難さ、スレ違いはあまり変わらない。他人に対して攻撃的とは言わないまでも、寛容ではなくなっているかもしれない。
(インタビューを受けるマルク・クレウエト、マラガにて)
*キャスト紹介*
★マラガ上映の初日24日には朝早い9時にもかかわらず、この新しい趣向の作品、特にユニークな二人の演技を楽しもうとするファンがセルバンテス劇場前に列を作った。この二人とはアライン・エルナンデスとミキ・エスパルベのこと。簡単にご紹介すると:
*アライン・エルナンデスAlain Hernández(ダビ役)は、バルセロナ生れ、スペイン語、カタルーニャ語、英語ができるのでUSA映画(“The promise”16)にも出演している。長編映画デビューはベントゥラ・ポンス“Barcelona, un mapa”(07)、公開されたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ『ビューティフル』(08)、主役を演じたデミアン・サビーニ・ギマラエンス“Terrados”(10,監督がバジャドリード映画祭で観客賞受賞)、エミリオ・マルティネス=ラサロの“Ocho apellidos catalanas”(15)、マリオ・カサスやアドリアナ・ウガルテが主演したことで2015年後半の話題作になったフェルナンド・ゴンサレス・モリーナ“Palmeras en la nieve”に準主役で出演。
(自宅で体を鍛える機動隊員ダビ、映画から)
*ミキ・エスパルベ Miki(Miqui) Esparbé(ナチョ役)は、1983年バルセロナ生れ、俳優、脚本家、作家。バルセロナにある公立名門校ポンペウ・ファブラ大学(Universidad Pompeu Fabra)の人文科学卒業。クレウエトの“GreenPower”TVシリーズでキャリアを出発させる。同監督の“Pop rápid”出演のお陰で知られるようになった。2012年、Notodofilmfest賞を受賞した短編“Doble check”の主役に抜擢され、男優賞にノミネーションされた。長編デビューは“Barcelona, nit d’estin”(13)、マラガ映画祭2015で最優秀新人脚本家賞を受賞したレティシア・ドレラのデビュー作 “Requisitos para ser una persona normal” に出演している他、ホセ・コルバッチョ&フアン・クルスの“Incidencias”、夏公開が決定しているホアキン・マソンの“Cuerpo de élite”などが挙げられる。2014年、グラフィック小説“Soy tu principe azul pero eres daltónica”(パコ・カバジェロ他との共著)というオカシなタイトルの本を出版。
(ナチョとサンドラとリディア、ダビ家の居間、映画から)
*ベッツィ・トゥルネス Betsy Túrnez(リディア役)は、クレウエトのカタルーニャTVシリーズ“Pop rapid”、ギリェム・モラレスの『ロスト・アイズ』、マリア・リポルの『やるなら今しかない』(Netflix“Ahora o nunca”)、『オチョ・アペリードス・カタラナス』(同“Ocho apellidos catalanas”)などに出演している。監督との接点は“Pop rapid”でしょうか。舞台“El rei borni”出演、2014年には同じく舞台“Magical History Club”に出演した。
(舞台“El rei borni”でも共演したトゥルネスとリョピス)
*ルース・リョピス Ruth Llopis(サンドラ役)は、バレアレス諸島のメノルカ生れ、スペイン語、カタルーニャ語、英語ができる。ジョルディ・フェレ・バターリャの短編コメディ“Freddy”で主役を演じた他多数、TVドラ“Pop rápid”(1話)ほか、長編映画デビューは2013年、リュイス・セグラの“El club de los buenos infieles”、他にダニ・デ・ラ・オルデンの“Barcelona, nit d’hivern”(15)。舞台“El rei borni”出演ほか。
(ダビの家を訪れたナチョとサンドラのカップル、出迎えた後ろ姿がリディア)
★エル・ムンド紙のコラムニストによると、2年前のマラガ映画祭2014の「金のジャスミン賞」を射止めたカルロス・マルケス=マルセのコメディ“10.000 Km”と同じ製作会社(Lastor Media)のトノ・フォルゲラ以下スタッフが参加した。これが映画の成功に繋がったという。
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