第1回作品賞はコロンビアのカミロ・レストレポ*ベルリン映画祭2020 ― 2020年03月05日 17:09
カミロ・レストレポの長編デビュー作「Los conductos」
(ピンキー役のルイス・フェリペ・ロサ)
★新設された「エンカウンター部門」(15作品)は、話題作が多かったことで観客にも評判がよかった。今年の第1回作品賞は同部門にエントリーされていたカミロ・レストレポの「Los conductos」(コロンビア、ブラジル、フランス)が受賞した。全セクションから選ばれるから結構大きな賞になります。レストレポはコロンビア北西部アンティオキア県都メデジン出身の監督、脚本家、編集者、メデジンは首都ボゴタに次ぐ大都市だが、かつては麻薬密売の中心地として有名だった。キャリア紹介は後述するが、短編数本撮った後、主演に新人2人を起用した長編第1作で、第1回作品賞を受賞した。
(トロフィーを手にしたカミロ・レストレポ、ベルリン映画祭2020、2月29日ガラ)
「Los conductos」2020
製作:5 a 7 Films / If You Hold a Stone / Mutokino
監督・脚本・編集:カミロ・レストレポ
音楽:アーサー・B・ジレットArthur B. Gillette
撮影:Guillaume Mazloum
録音:Mathieu Farnarier、ホセフィナ・ロドリゲス
製作者:エレナ・オリーブ、フェリペ・ゲレーロ、マルティン・ベルティエ、(以下共同製作者)グスタボ・ベック、アンドレ・ミエルニク
(左から、アンドレ・ミエルニク、エレナ・オリーブ、レストレポ監督、
グスタボ・ベック、ベルリナーレ2020フォトコール)
データ:製作国コロンビア、ブラジル、フランス、スペイン語、2020年、ドラマ、70分、
映画祭・受賞歴:ベルリン映画祭2020エンカウンター部門正式出品、第1回作品賞受賞、以後、リトアニアのスプリング映画祭(3月19日上映)、米国ニュー・ディレクター/ニュー・フィルム(3月28日)がアナウンスされている。
キャスト:フェルナンド・ウサガ・イギタ(デスキーテ)、ルイス・フェリペ・ロサの(ピンキー)
ストーリー:逃亡中のピンキーの物語。夜になると街路は黙示録のにおいが充満して来るのは、町が火に包まれているからだろうか。麻薬は地下水と空気を通して渦を巻いている。ある<パードレ>に導かれたセクトの手から解放され、自分の運命を自らの手に委ねる決心をする。彼は今、塗料やスローガン、プレス機が散乱する不法なシャツ工場の中に隠れています。ピンキーには、トンネルの先の明かりが見えていますが、ゴーストに追い詰められています。彼は自分の人生のために走っています。コロンビアは火に包まれていますが、生きています。ネオ・ドキュメンタリー作品。
本当に和平は調印できたのか――コロンビア内戦の傷痕と希望が語られる
★カミロ・レストレポは、1975年メデジン生れの監督、脚本家、編集者。1999年以来パリに軸足をおいている。映画研究所L'Abominable のメンバー。2011年「Tropic Poket」で短編デビュー、2015年の「La impresión de una guerra」(26分「Impression of a War」)が第68回ロカルノ映画祭短編部門の銀豹賞を受賞、続く2016年「Cilaos」(13分、仏)も同賞を受賞した。「La bouche」(19分「The Mouth」)がカンヌ映画祭2017「監督週間」のイリー短編映画賞部門にノミネートされ、その後ヒホン映画祭2017ではアストゥリアス賞を受賞した。長編同様、短編も内容が重く、特に最後の短編は娘婿に娘を殺害された父親のリベンジが語られている。
(銀豹受賞の「La impresión de una guerra」のポスター)
(銀豹受賞の「Cilaos」のポスター)
(第69回ロカルノ映画祭2016の銀豹のトロフィーを手にしたカミロ・レストレポ)
★ストーリーからも想像できるように物語はヘビー、コロンビア内戦が国民に残した傷痕は、何代にもわたって癒えることがないでしょう。製作者の一人、フェリペ・ゲレーロはデビュー作「Osculo animal」(16)の監督、脚本家、編集者、レストレポと同世代の1975年生れ。今回は製作にまわったが、本作も数々の受賞歴をもつ作品、テーマはコロンビアにはびこる暴力ラ・ビオレンシアを取り扱っている。もう一人の製作者、マルティン・ベルティエは、五十嵐耕平&ダミアン・マニヴェルの『泳ぎすぎた夜』(17、無声、日仏合作)の製作者の一人、第74回ベネチア映画祭に出品され、翌年劇場公開されている。撮影監督の Guillaume Mazloum は、「Cilaos」も手掛けている。
*「Osculo animal」の紹介記事は、コチラ⇒2016年03月19日
★キャスト陣については、今のところ情報を入手できていませんが、IMDbでは主演者2人とも本作がデビュー作のようです。フェルナンド・ウサガ・イギタが演じる「デスキーテ」は仕返しあるいは報復という意味です。
(長編「Los conductos」から)
コロンビア映画 『猿』 鑑賞記*ラテンビート2019 ⑮ ― 2019年12月06日 17:35
アレハンドロ・ランデスの第3作目『猿』――背景はコロンビア内戦
★アレハンドロ・ランデスの第3作目『猿』は、年初に開催されるサンダンス映画祭2019「ワールド・シネマ・ドラマ」部門で審査員特別賞を受賞して以来、国内外の映画祭にノミネートされ作品賞または観客賞などのトロフィーを手にしている。当ブログではサンセバスチャン映画祭SSIFF「ホライズンズ・ラティノ」部門にノミネートされた折り、原題「Monos」で監督及び作品紹介をしております。製作国はコロンビアの他、アルゼンチン、オランダ、デンマーク、スウェーデン、独、ウルグアイ、米の8ヵ国。第92回米アカデミー賞国際長編映画賞、ゴヤ賞2020イベロアメリカ映画賞のコロンビア代表作品。
*「Monos」のオリジナル・タイトルでの紹介記事は、コチラ⇒2019年08月21日
(アレハンドロ・ランデス監督)
主なキャスト:ジュリアンヌ・ニコルソン(ドクター、サラ・ワトソン)、モイセス・アリアス(パタグランデ、ビッグフット)、フリアン・ヒラルド(ロボ、ウルフ)、ソフィア・ブエナベントゥラ(ランボー)、カレン・キンテロ(レイデイ、レディ)、ラウラ・カストリジョン(スエカ、スウェーデン人)、デイビー・ルエダ(ピトゥフォ)、パウル・クビデス(ペロ、ドッグ)、スネイデル・カストロ(ブーンブーン)、ウィルソン・サラサール(伝令、メッセンジャー)、ホルヘ・ラモン(金探索者)、バレリア・ディアナ・ソロモノフ(ジャーナリスト)、他
ストーリー:一見すると夏のキャンプ場のように見える険しい山の頂上、武装した8人の若者ゲリラ兵のグループ「ロス・モノス」が、私設軍隊パラミリタールの軍曹の監視のもと共同生活を送っている。彼らのミッションは唯一つ、人質として拉致されてきたアメリカ人ドクター、サラ・ワトソン逃亡の見張りをすることである。この危険なミッションが始まると、メンバー間の信頼は揺らぎ始め、疑心暗鬼が芽生え、次第にサバイバルゲームの様相を呈してくる。(102分)
自国の内戦を描く――『蠅の王』にインスパイアーされて
A: アレハンドロ・ランデスはサンパウロ生れ(1980)ですが、父親はエクアドル出身、母親がコロンビア人ということです。コロンビア公開(8月15日)時に監督自身が語ったところによると「戦争映画はベトナムは米国が、アフリカはフランスが撮っているが、自分たちはコロンビアの戦争をコロンビア人の視点で作る必然性があった」と語っていました。
B: コロンビアの戦争というのは、20世紀後半から半世紀以上も吹き荒れたコロンビア内戦のこと、南米で最も危険なビオレンシアの国と言われた内戦のことです。
A: この内戦は、反政府勢力コロンビア革命軍FARC誕生の1966年から和平合意の2016年11月までの約半世紀を指しますが、麻薬密売が資金源だったことで麻薬戦争とも言われています。現在でも500万人という国内難民が存在しているという。
B: 丁度ノーベル賞の季節ですから触れますと、和平合意に尽力したことでサントス大統領が2016年のノーベル平和賞を受賞した。随分昔のように感じますが、ついこないだのことです。
A: ラテンビート上映後、フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』の原作となったジョセフ・コンラッドの『闇の奥』(1902刊)を思い出したとツイートしている方がおられました。しかしコンラッドの原作にあるような「心の闇」は皆無とは言わないが希薄だったように思いました。
B: 社会と隔絶された山奥、登場人物を若者グループにするなど、舞台装置はウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』(1954刊)を思い起こさせた。しかし少年たちは飛行機事故をきっかけに偶然太平洋上の無人島でサバイバルゲームを余儀なくされるわけで、そもそもの発想が異なる。
A: 対立や裏切り、一見民主的に見えるリーダーの選出法、殺人機械になるための訓練など、閉塞された空間にいる人間の暗部を描いている点は同じです。あちらは豚の生首、こちらは乳牛シャキーラと異なるけど。(笑)
B: 大切な乳牛の世話もできない幼稚さ愚かさ、それが引き金になってリーダーのロボ(フリアン・ヒラルド)の自殺、伝令(ウィルソン・サラサール)への保身の嘘が始りで、グループは崩壊への道を歩むことになる。
A: ナンバー2のパタグランデ(モイセス・アリアス)の出番、リーダーを2人設定したのも小説と似ています。監督は影響を認めつつも「インスパイアーされた」と語っている。以前から「若者を主役にして戦闘やメロドラマを盛り込んだ目眩を起こさせるようなセンセショーナルな作品を探していた。私たちの映画にはあまり観想的ではなくてもアドレナリンは注入したかった。ジャンル的には戦闘とアクションを取り込んで、観客は正当性には駆られないだろうから、皮膚がピリピリするようなものにしたかった」とランデス監督は語っていた。
B: 目眩は別としてアドレナリンはどくどくだった。メロドラマというのはリーダーのロボ(ウルフ)とレディ(カレン・キンテロ)の結婚、ウルフ亡き後のランボーとの性愛などですか。
(新リーダーになるパタグランデ役のモイセス・アリアス)
(レディ役のカレン・キンテロ)
A: ランボーを演じた丸刈りのソフィア・ブエナベントゥラは映画初出演、まだ大学生とのこと。男性に偽装しているレズビアンか、両性具有なのか映画からはよく分からなかった。ベルリン映画祭パノラマ部門で上映されたとき受賞はならなかったがLGBTを扱った映画に贈られる「テディー賞」の対象作品だった。サンセバスチャン映画祭では同じ性格の賞「セバスチャン賞」を受賞している。
B: ブエナベントゥラは、ニューポート・ビーチ映画祭で審査員女優賞を受賞している。8人の中で心の闇を抱えている複雑な役柄を演じて、記憶に残るコマンドだった。彼女のように戦闘に疑問を感じる逃亡者は当然いたわけで、拾われた金探索者の家族とテレビを見るシーンが印象的だった。この家族のように紛争に巻き込まれた犠牲者はあまたいたわけで、その象徴として登場させていた。
(ランボー役のソフィア・ブエナベントゥラ)
(左から、ウィルソン・サラサール、モイセス・アリアス、ランデス監督、
ソフィア・ブエナベントゥラ、ベルリン映画祭2019のフォトコールから)
A: 人質の米人サラ・ワトソンの救出劇は、2008年のヘリコプター使用のイングリッド・ベタンクールと3人のアメリカ人救出劇を彷彿とさせた。FARC側の短波通信網に偽の情報を流して混乱させ救出を成功させた。国土はブラジルに次いで広く、多くが険しい山岳やアマゾンのジャングル地帯、有効なのは短波通信だけでした。
B: パタグランデたちが従っている自分たちには顔の見えない指令機関からの独立を宣言する。通信手段のラジオを破壊して通信網を遮断するが、それが命取りになる。戦闘部隊は細分化され小型化され、彼らのように消滅していった。
脚本を読んだ瞬間に魅せられコロンビアにやって来た――J.ウルフ撮影監督
A: 映画はコロンビア中央部のクンディナマルカ県、アンデス山系東部に位置する標高4020メートルのパラマ・デ・チンガサ頂上の雲の上から始まり、カメラはジャングルの奥深く移動する。冒頭で二つの舞台でドラマが展開することを観客に知らせる見事な導入でした。ジャスパー・ウルフの映像は批評家のみならず観客をも魅了した。
B: その厳しさ険しさから現地に撮影隊が入ったのは初めてだそうです。
A: ゲリラ兵の掩蔽壕があるパラモ・デ・チンガサは美しく別世界のようであったが、荒々しく寒く、天候は気まぐれで、目まぐるしく晴、雨、霧の繰り返し、反対にサマナ・ノルテ川のジャングル地帯は高温多湿で蒸し暑く、流れも早かったとウルフは語っています。
B: スエカ(ラウラ・カストリジョン)と彼女の監視下に置かれた人質ドクター(ジュリアンヌ・ニコルソン)が激流の中で争うシーンから想像できます。
(人質サラ・ワトソン役のジュリアンヌ・ニコルソン)
A: あのシーンの「視覚的なインパクトは象徴的な力から得られます」とウルフは語っている。かなりの急流で演じるほうも残酷な条件だったろうと思います。
(視覚的なインパクトのあった水中シーンから)
B: コロンビア人ではなくオランダ人の撮影監督ということですが、キャリアとかランデス監督との接点は?
A: 生年は検索できませんでしたが、アムステルダム大学(1994~96)とオランダ映画アカデミー(1997~01)で撮影を学んでいますから1970年代後半の生れでしょうか。本作がニューポート・ビーチFFで審査員撮影賞を受賞していますが、既にオランダ映画祭2011でポーランド出身ですがオランダで活躍しているUrszula Antoniakの「Code Blue」でゴールデンCalf賞を受賞している。二人の接点は、同じ年のワールド・シネマ・アムステルダムにランデス監督が出品した長編劇映画としてはデビュー作になる「Porfirio」が、審査員賞を受賞している。
B: あくまで憶測の域を出ませんね。脚本を読んだ瞬間に魅せられて、ジャスパー・ウルフは即座にコロンビアへの旅を決心したと語っています。ランデスがあらかじめ準備したショットリストを土台にして進行し、「私たちは大胆で、怖れ知らず」だったとも。
A: 最初に考えていたステディカムの使用を再考して、構図も厳格に、俳優にできるだけ近づき彼らの目や体から放射されるエネルギーを吸収することに専念した。
B: 山頂のシーンでは、広角シネマスコープで撮影しており、暗い場所での撮影ではレンズの絞りを調整していた。これからの活躍が楽しみな撮影監督でした。
(山頂で戦闘訓練をする8人のコマンドと伝令のウィルソン・サラサール)
若いゲリラ兵の視点と感情で描いた主観的な戦争寓話
A: 極寒の地の厳しささのなかで、武器を持たされ軍事訓練を受ける若者のグループは、ついこの間までコロンビアに吹き荒れていた内戦のドラマ化と容易に結びつく。
B: あくまでフィクション、監督の主観的な戦争寓話として提出されている。
A: 音楽のミカ・レビはロンドン生れ。ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICI でオリジナル音楽賞を受賞している。パブロ・ララインの『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』を手掛けており、バイオリニストでもある。
B: ベルリン映画祭にはスタッフも大勢参加しており、監督を含めて4人のプロデューサー、編集も手掛けるベテランのフェルナンド・エプスタイン、長編デビューのサンティアゴ・サパタ、本作デビューのクリスティナ・ランデス、などがフォトコールされていた。
A: これからも受賞歴が追加されていくでしょう。ゴヤ賞2020もポルトガルを含めてイベロアメリカ映画賞部門の各国代表作品は出揃いましたが、現在のところ最終候補は発表されておりません。今年は例年より早まって、1月25日(土)マラガ開催、総合司会は昨年と同じシルビア・アブリル&アンドレウ・ブエナフエンテのカップルがアナウンスされています。
訂正:12月2日ノミネーションが発表になっていました。ラテンビート上映からは、『猿』と『蜘蛛』が入りました。次回全体をアップします。
追加情報:2021年10月30日『MONOS 猿と呼ばれし者たち』の邦題で公開されました。
コロンビア映画「Monos」*サンセバスチャン映画祭2019 ⑬ ― 2019年08月21日 16:03
ホライズンズ・ラティノ第3弾――アレハンドロ・ランデスの第3作「Monos」
★先日、ホライズンズ・ラティノ部門のラインナップをした折に、ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』(1954刊)の映画化とコメントしましたが、アレハンドロ・ランデスの「Monos」は、『蠅の王』にインスパイアされたが近い。過去にピーター・ブルック(63)とハリー・フック(90)の手で2回映画化されていますが、こちらは文字通り小説の映画化でした。最新ニュースによると、3度目の映画化をルカ・グァダニーノに交渉中という記事を目にしました。話題作『君の名前で僕を呼んで』の監督、実現すればどんな料理に仕上がるのか興味が湧く。
★アレハンドロ・ランデス(サンパウロ1980)は、監督、製作者、脚本家、ジャーナリスト。サンパウロ生れだが、父親がエクアドル人、母親がコロンビア人で、母語はスペイン語である。米国ロード・アイランドの名門ブラウン大学で政治経済を専攻した。ボリビア大統領エボ・モラレスについてのドキュメンタリー「Cocalero」でデビュー、本作はラテンビートLBFF2008で『コカレロ』の邦題で上映された。第2作の「Porfirio」は、カンヌ映画祭併催の「監督週間」に出品、その後トロントFFやメリーランドFFでも上映された。警察の不用意な発砲で下半身不随になったポルフィリオ・ラミレスの車椅子人生が語られる。本作はフィクションだが、本人のたっての希望でラミレス自身が主役ポルフィリオを演じている。第3作となる「Monos」は、製作国がコロンビアを含めて6ヵ国と、その多さが際立つ。米国アカデミー2020のコロンビア代表作品候補となっている。
「Monos」
製作:Stela Cine / Bord Cadre Films / CounterNarrative Films / Le Pacte 以下多数
監督:アレハンドロ・ランデス
脚本:アレハンドロ・ランデス、アレクシス・ドス・サントス
撮影:ジャスパー・ウルフ
音楽:ミカ・レビ
編集:テッド・グアルド、ヨルゴス・マブロプサリディス、サンティアゴ・Otheguy
製作者:アンドレス・カルデロン、J. C. Chandor、Charies De Viel Castel、ホルヘ・イラゴリ、Duke Merriman、グスタボ・パスミン、ジョセフ・レバルスキ、グロリア・マリア(以上エグゼクティブ)、アレハンドロ・ランデス、クリスティナ・ランデス、他多数
データ:製作国コロンビア=アルゼンチン=オランダ=ドイツ=スイス=ウルグアイ、スペイン語・英語、2019年、スリラー・ドラマ、102分、コロンビア公開2019年8月15日、他イタリア(7月11日)、以下オランダ、米国、イギリス、スウェーデン、ノルウェー、フランスなどがアナウンスされている。
映画祭・映画賞:サンダンスFFワールド・シネマ・ドラマ部門審査員特別賞、ベルリンFFパノラマ部門上映、BAFICI オリジナル作曲賞、アート・フィルム・フェスティバル作品賞ブルー・エンジェル受賞、カルタヘナFF観客賞・コロンビア映画賞、ニューポート・ビーチFF作品賞以下4冠、オデッサFF作品賞、トゥールーズ・ラテンアメリカFF CCAX賞、トランシルヴァニアFF作品賞などを受賞、ノミネーションは割愛
キャスト:ジュリアンヌ・ニコルソン(ドクター、サラ・ワトソン)、モイセス・アリアス(パタグランデ、ビッグフット)、フリアン・ヒラルド(ロボ、ウルフ)、ソフィア・ブエナベントゥラ(ランボー)、カレン・キンテロ(レイデイ、レディ)、ラウラ・カストリジョン(スエカ、スウェーデン人)、デイビー・ルエダ(ピトゥフォ)、パウル・クビデス(ペロ、ドッグ)、スネイデル・カストロ(ブーンブーン)、ウィルソン・サラサール(伝令)、ホルヘ・ラモン(金探索者)、バレリア・ディアナ・ソロモノフ(ジャーナリスト)、他
ストーリー:一見すると夏のキャンプ場のように見える険しい山の頂上、武装した8人の少年ゲリラ兵のグループ「ロス・モノス」が、私設軍隊パラミリタールの軍曹の監視のもと共同生活を送っている。彼らのミッションは唯一つ、人質として誘拐されてきたアメリカのドクター、サラ・ワトソンの世話をすることである。この危険なミッションが始まると、メンバー間の信頼は揺らぎ始め、次第に疑いを抱くようになる。 (文責:管理人)
(ロス・モノスに囲まれた拉致被害者サラ・ワトソン役ジュリアンヌ・ニコルソン)
コロンビアの半世紀に及ぶ内戦についての出口なしのサバイバルゲーム
★ストーリーから直ぐ連想されるのは、20世紀後半のコロンビアに半世紀以上も吹き荒れた内戦の傷である。比較されるのはフランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』の原作となったジョセフ・コンラッドの『闇の奥』(1902刊)であろうが、原作にあるような「心の闇」は希薄のようです。本作は目眩やアドレナリンどくどくでも瞑想的ではないようだ。社会と隔絶された場所、登場人物の若者グループなど舞台装置は、ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』を思い出させる。極寒の地の厳しさのなかで、武器を持たされ軍事訓練を受ける若者のグループは、ついこの間まで存在していたコロンビアに容易に結びつく。
(8人の武装グループ「ロス・モノス」と軍曹)
★コロンビア公開に際して受けたインタビューで、前から「若者を主役にして戦闘やメロドラマを織り込んだ目眩を起こさせるようなセンセショーナルな作品を探していた。私たちの映画はあまり観想的ではなくてもアドレナリンは注入したかった。ジャンル的には戦闘とアクションを取り込んで、観客は正当性には駆られないだろうから、皮膚がピリピリするようなものにしたかった」とランデス監督は語っていた。戦争映画はベトナムは米国が、アフリカはフランスが撮っているが、自分たちはコロンビア人の視点で自国の戦争映画を作る必然性があったとも語っている。
(アレハンドロ・ランデス監督)
★登場人物たちの名前も、政治的に左か右か分からなくてもかまわない。「イデオロギー・ゼロを観客に放り投げたかった。所詮世界は非常に偏向して、富も理想も違いすぎている。エモーションを通して揺さぶろうとするなら、どんなメタファーが有効かだ」、「何を語るかだけでなくどう語るか」、『蠅の王』や『闇の奥』が出発点にあったようです。
★キャスト陣のうち、ドクター役のジュリアンヌ・ニコルソン(マサチューセッツ州メドフォード1971、代表作『薔薇の眠り』『8月の家族』)とパタグランデ役のモイセス・アリアス(ニューヨーク1994、代表作SFアクション『エンダーのゲーム』、「The King of Summer」)は、アメリカの俳優、スエカ役のラウラ・カストリジョンはスペインのTVシリーズに出演している。金探索者のホルヘ・ラモンはルクレシア・マルテルの『サマ』に出演している。そのほかは本作が2作目か初出演。
*追加情報:ラテンビート2019で『猿』の邦題で上映が決定しました。
*追加情報:2021年10月30日『MONOS 猿と呼ばれし者たち』の邦題で公開されました。
第3回コロンビア映画上映会②*インスティトゥト・セルバンテス東京 ― 2018年11月28日 18:12
サミル・オリベロスのデビュー作『ディア・デ・ラ・カブラ』
★11月13日上映作品サミル・オリベロスのデビュー作『ディア・デ・ラ・カブラ』の舞台は、カリブ海に浮かぶ美しいプロビデンシア島、観光地化されているサンアンドレス島から北へ80キロに位置し、5000人足らずの住民は、英語、スペイン語をベースにしたクレオール語を話す。ニカラグアから240キロとコロンビアより近いので、両国は長年統治権を争っていたが、1991年国際司法裁判所がサンアドレス、プロビデンシアを含む7島の統治権をコロンビアに認めた。コロンビア人でさえ知ってる人は多くないとか。そんな島で喧嘩ばかりしている兄妹(姉弟?)と不運なヤギが繰り広げる可笑しなロードムービー。オリジナル・タイトルは「Bad Lucky Goat」です。
(オリジナル・タイトルのポスター、SXSW映画祭)
★監督はボゴタ出身の28歳、ニューヨークのビジュアル・アート・スクールで映画を学んでいる。2014年短編「Morpho」を撮っているほか、詳細が検索できなかった。
(サミル・オリベロス監督、SXSW映画祭2017にて)
『ディア・デ・ラ・カブラ』(「El dia de la cabra」「Bad Lucky Goat」)2017年
製作:Solar Cinema S.A.S.
監督・脚本:サミル・オリベロス・サイド
撮影:ダビ・クルト
音楽:エルキン・ロビンソン
編集:セバスティアン・エルナンデス
キャスティング:カルロス・メディナ
プロダクション・デザイナー:ルル・サルガド
製作者:アンドレス・ゴメスD.、ジーン・ブッシュ
データ:コロンビア、クレオール語、2017年、ミステリアス・コメディ、76分、撮影地プロビデンシア島、期間20日。コロンビア公開2017年11月9日
映画祭・受賞歴:サウス・バイ・サウスウエスト映画祭 SXSW(グローバル部門)、トロント映画祭、ミルウォーキー映画祭、ロンドン映画祭、ムンバイ映画祭、フィラデルフィア映画祭(Archie賞受賞)、デンバー映画祭、パシフィック同盟国映画祭(オタワ)など、いずれも2017年開催。
キャスト:Honlenny Huffington(コーン)、キアラ・ハワード(リタ)、ラモン・ハワード、エルキン・ロビンソン、マイケル・ロビンソン、ジーン・ブッシュ、フェリペ・カベサス、他
ストーリー:喧嘩ばかりしているリタとコーンの姉弟のミステリアスなロードムービー。リタは父親の軽トラックを運転中にコーンと言い争いをしていたせいで何かを轢いてしまう。放し飼いにされているヤギだった。おまけに父親の軽トラのフロントバンパーを壊してしまった。ヤギの死体はどうしよう? 両親に内緒で軽トラの修理代を捻出するには? というわけで二人は喧嘩しいしい知恵を絞るのだが・・・仲直りの冒険にいざ出発。
不運なヤギの名前はヴィンセント・ヴァン・ゴート
A: アフリカ系コロンビア人の島民5000人の10パーセントがエキストラを含めて映画作りに参加したそうです。上映会には家族揃って見に来た。まだ観光地化されていないせいか、本土のコロンビア人でも島の存在を知らない人が多いとか。
B: 美しいショットの数々、プロビデンシア島に今も息づく文化、伝統、音楽、宗教、クレオール語など、コロンビア大使館が一丸となって宣伝する意気込みが理解できた。コロンビア映画の多様性を知ってもうためにも、麻薬密売やテロリストなどがスクリーンに現れない映画を紹介したかった。
(父親の軽トラックの修理代に思案投げ首のコーンとリタ)
A: 英語をベースにしたクレオール語の印象でした。キャストの苗字を見ても、ハワードとかロビンソンです。最初に入植したのが17世紀初めのイギリスのピューリタンという影響でしょうか。その後スペイン人がイギリス人を追い払ったようです。
B: 全編がリアリズムで押していくのですが、それがいわゆるマジックリアリズムで。ヤギは島中に放し飼いになっている。不運なヤギの名前は、ヴィンセント・ヴァン・ゴートとおちゃめ。
A: ストーリーもユーモアが溢れていて、時間がゆるやかに流れている。都会の子供にはちょっと残酷に思えるシーンもありましたが、自己責任などという言葉とは無縁かな。
(ヤギを肉屋に売る名案を思いつき肉屋に向かうヤギとコーンとリタの3人組)
(怪しまれつつもなんとかヤギを肉屋に買ってもらえた二人)
B: 兄弟姉妹がライバル意識をもって張り合っている構図は、どこの家庭にも見られること。字幕ではリタが妹だったように記憶していますが、お姉さんの印象でした。
A: 長幼の序は日本ほど厳しく区別しません。単車のドライバーは写真のようにコーンでしたが、軽トラックの運転はリタでした。監督によると自身の姉妹との関係が、二人のアクションや会話に投影されているということです。彼女も参画しているようです。
(両親に自分の正当性を訴える、コーンとリタ)
B: 島にもミニ・カジノがあって、闘鶏が大人の娯楽の一つになっている。でもアタマを利かせれば子供も入れちゃうのが可笑しい。ここで二人は大儲けする。
A: ガルシア・マルケスの短編『大佐に手紙は来ない』や、イニャリトゥの『アモーレス・ぺロス』を持ちだすまでもなく、ラテンアメリカでは盛んです。元手のかからないギャンブルだからでしょう。
(修理代を稼ごうと二人が紛れ込んだ闘鶏場)
「島を舞台に映画を撮る」が最初にありき
B: サミル・オリベロス監督によると「映画を撮る前にプロビデンシア島を訪れ、全編ロケはここにしよう、さらにスペイン語ではなく島の人々が話す、英語をベースにしたクレオール語で撮ることも決めた」と語っている。
A: 島の根っことなる文化やクレオール語を回復させることが動機のひとつだった。ジャマイカに住んでいる女友達と一緒に島めぐりをしたとき聞いた「まだ人通りのない早朝にヤギでなく牛を轢いて途方に暮れた」話がヒントになっている。島を舞台にして撮りたかったようです。撮影は20日間の日程、ボゴタから18人のクルーで乗り込み、現地の35人と合流した。撮影機材を運ぶのに船や飛行機を使用したのでコストも掛かり、制作会社としては大きな挑戦だった、とプロデューサのアンドレス・ゴメス。
B: 本作は「島の文化を回復させるのに良い機会だった」わけです。特に印象的なのが音楽、オリジナル歌曲8作が含まれているCDが発売されている。アフリカ系の打楽器とスペイン人がもたらした弦楽器に手作りの楽器の混交で演奏されていた。エルキン・ロビンソンは島のミュージシャンだそうです。自作の楽器で演奏しているシーンも出てきました。
(多分、この中にエルキン・ロビンソンもいる?)
A: ジーン・ブッシュもプロビデンシア島の人で、プロデューサーと役者の掛け持ち、どの役か分かりませんが、想像するに質屋さん役かもしれない。「本作のミステリアスなところが私を捉えた。島に魅せられた監督に協力したかった。映画が100%クレオール語で撮られたことは重要。こういう例はコロンビア映画では皆無です。私たちの言語が失われない機会にもなった。今ではサンアンドレス島でも30~40%の人しかクレオール語を理解できない」とも語っていた。
B: 言語は思考のもとですから。
(二人が貰った時計を持ち込んだ質屋さん)
A: 主人公を演じたHonlenny Huffingtonとキアラ・ハワードの二人は映画や音楽の愛好家で、キャスティングを決める段階で監督の頭の中にあったという。男の子は音楽家になる夢をもつ子供、女の子は少し年上で自説を曲げないタイプの見栄っ張りの子供を構想していた。コーンはハモニカが得意だった。二人とも演技がとても自然で直ぐ決まったという。
B: やはり姉弟のようですね。仕切っていたのはリタだった。
(リタがけなしたハモニカを吹くコーン)
B: アンドレス・ゴメスは「テキサスのサウス・バイ・サウスウエスト映画祭でワールド・プレミアできたことが大きかった」とインタビューで語っていた。ヨーロッパでもスイス、フランス、ロシアなどの上映の足掛かりになったと。
A: 大使館の方の挨拶では、若い世代に浸透し始めたクラウド・ファンディングで61,000ドルの資金を集めたと紹介されました。今度は日本で撮りたいとも。お薦めできませんが(笑)。
第3回コロンビア映画上映会2018①*インスティトゥト・セルバンテス東京 ― 2018年11月26日 17:18
新人ナタリア・サンタのデビュー作『ドラゴンのディフェンス』
★去る11月13日~14日の2日間「コロンビア映画上映会2018」がありました。4作のうち1日目のナタリア・サンタの『ドラゴンのディフェンス』(「La defensa del dragón」2017)とサミル・オリベロスのコメディ『ディア・デ・ラ・カブラ』(「El dia de la cabra」2017)の2作を楽しんできました。2日目の『マテオ』と『ママ』はチャンスを逃しましたが、マリア・ガンボアの『マテオ』は2014年の話題作、モントリオール、アカデミー外国語映画賞の前哨戦といわれるパームスプリングス、マイアミなどの各映画祭に正式出品され、アカデミー外国語映画賞2015のコロンビア代表作品にも選ばれた。第1回イベロアメリカ・プラチナ賞初監督作品賞にもノミネートされた。
★昨年の第2回は、『彷徨える河』、『ロス・オンゴス』、『グッド・ピープル』(「Gente de bien」)、『土と影』の4作、公開または映画祭上映作品が多かった。今回は日本初公開作品が並び、日本語字幕が英語字幕に急遽変更されるのではないか不安でしたが、コロンビア大使館職員の奮闘のお蔭で日本語字幕入りでした。ナタリア・サンタの『ドラゴンのディフェンス』、ドラゴンは出てきませんが期待通りだったのでアップいたします。
(ポスターをバックにナタリア・サンタ監督)
★『ドラゴンのディフェンス』は、2017年のカンヌ映画祭併催の「監督週間」に正式出品された折り、作品紹介をいたしました。コンパクトにストーリーを再録しますと、コロンビアの大都会の片隅で暮らす、年代の異なる旧知の友人たちサムエル、マルコス、ホアキンの3人の再出発物語。ボゴタの急激な変化に取り残されつつも、良き時代であった過去の思い出に安住している。人生のカウントダウンが既に始まっている男たちを、ある種のノスタルジーを込めて淡々と語っていく。やがて3人にも各々転機が訪れ再出発を迫られる。
* 原題「La defensa del dragón」の作品・監督紹介は、コチラ⇒2017年05月05日
到達できない何かを期待している男たち
A: 1年半前にアップした当ブログを検索していたら、ボゴタ在住の日本人の方からコメントを頂いていたことが分かった。それもこの『ドラゴンのディフェンス』にサムエルと対局する中国人チェスプレーヤー役で出演しておられた平入誠さんという方でした。もう驚くやら申し訳ないやらで。
B: ブログ始まって以来のサプライズ、では早速、平入誠さんにご登場いただきましょう。
(左からサムエル、中央がサムエルの娘役の女の子、野球帽を被った平入誠さん)
A: コメントにはコロンビアでも話題になっているとありました。デビュー作が「監督週間」とはいえノミネーションされるのは、そんなに容易いことではありませんし、本作はカメラドール対象作品でもありました。残念ながら無冠でしたが、その後、エルサレム、ワルシャワ、テッサロニキ、フランスのヴィルールバンヌ(イベロアメリカ映画部門)など、各国際映画祭に正式出品されました。
B: イベロアメリカ・プラチナ賞2018初監督作品賞やマコンド賞(録音部門)にもノミネートされた。
A: さて、一番若い50代のサムエル(ゴンサロ・サガルミナガ)を軸にして物語は展開する。彼は三流どころのチェス・プレーヤーだが弟子を育て、地区のトーナメントに出場させようとしている。他に数学の家庭教師をしており、生徒の母親に魅力を感じている。どうやら離婚か別居のようだ。サムエルが借りている質素なアパートの家主は、母子家庭の設定か、ここにも父親の姿はない。勉強を見てやっている思春期の娘フリエタ(ラウラ・オスマ)に迫られている(笑)。
(露出度の高い洋服で迫るフリエタとサムエル)
B: このチグハグがいかにも可笑しい。思う人には思われず、思わぬ人に思われて。本作はコメディでもある。
A: 娘を引き取って離婚した妻は再婚しており、現在10歳になる娘、上記の写真に映っていた女の子ですが、一緒に過ごすこともできる。円満離婚のようだが、本作に登場する家族像は以前とは様変わりしている。
(弟子の対局を見守る、ホアキン、マルコス、サムエルの3人組)
B: スペイン出身の70代のマルコス(マヌエル・ナバラ)は、ホメオパシー療法の医師だが患者が減り続けている。ナバラ自身も実際にスペイン出身だそうですね。
A: 医師なのにマリファナ依存症で運任せの勝負事に人生を賭けている。ホセフィナ(ビクトリア・エルナンデス)という看護婦と同居しているが、家族はスペインにいるという設定です。息子が彼の年金を送金してこないので理由を調べなくてはと思っている。
B: 理由が分かるのはラスト部分、ほかにスクリーンに登場はしない息子の秘密も明らかになる。ホセフィナも彼のもとを去り、大きな転機を迎えることに。
(息子の最期と秘密を淡々と話すマルコス、聞き入るサムエルとホアキン)
B: 60代半ばのホアキン(エルナン・メンデス)は、時計店を営んでいるがデジタルは扱わないので、このご時世では客足はさっぱりです。家賃の督促を受けている。
A: 親から受けついだ時計店も今や風前の燈火。彼も一人暮らしだが、追い追い息子がいることが観客にも分かってくる。三人の共通項は既婚者だったが現在は一人ということ。いずれ我も行く道だから切ない。各自何かが足りないが、それでも何かを期待している。
B: ホアキンは職人気質が裏目になり、時代の波に乗れないが、やがて彼にも転機が訪れる。
(黙々とアナログ時計に固執するホアキン)
愛、希望、夢がスクリーンに現れなくても人生は捨てたものじゃない
A: カメラは少ししか動かないか静止している。そして注意深く細部を映しだす。撮影監督のイバン・エレーラはサンタ監督の夫君です。エレーラが長年撮りためてきたボゴタ市の風物が本作の原点になっていると監督が語っている。映画の色調にそって暗く、現代のボゴタが過去のボゴタにワープしたような印象を受けます。
B: しかし表層的には動きがゆっくりでも、じゃあ退屈かというと、そういうわけではなく、内面が少しずつ変化していくのが感じられる。
A: ボゴタで一番古いチェス・クラブ「Lasker」の存在を知り、トーナメント観戦などをしながら取材していった。チェス・プレーヤーのサムエルを主人公にした映画を構想していった。3人のうちでも丁寧に描かれていたのがサムエルでした。
B: それはタイトルの『ドラゴンのディフェンス』にも表れている。チェスは皆目分かりませんが、ウイキペディアのにわか勉強によると、ドラゴン・ヴァリエーションはチェスのオープニングのシシリアン・ディフェンスの変化の一つで最もポピュラーな定跡らしい。
A: サンタ監督もチェス・ファンではないとか。シシリアン・ディフェンスは他より勝率が高いということで、つまりドラゴンは出てきません(笑)。このタイトルに決まるまで時間を要したとカンヌで語っていた。
(チェス・クラブ「Lasker」内部)
B: クラブ「Lasker」の他にも、カジノ・カリブ、老舗カフェテリア「ラ・ノルマンダLa Normanda」が登場していた。
A: コロンビアは「エストラート」といわれる階層社会で6段階に分かれている。しかしそれは表向きで、「1」にも含まれない「0」もあり、一握りの金持ちと権力者の所属する「6」も「6-」「6+」など細分化されている由。ボゴタ市は階層によって暮らす地区が色分けされている。この3人のエストラートはどこらへんなのか。
B: もう1作がサミル・オリベロスのデビュー作『ディア・デ・ラ・カブラ』(17、コメディ、76分)、こちらには正真正銘のカブラことヤギが登場します。クラウド・ファンディングで資金を集めたと大使館の方が紹介しておられた。
A: 人口5000人というカリブ海に浮かぶ美しいプロヴィデンシア島が舞台、言語がクレオール語と、コロンビア映画の多様性、裾野の広がりを感じさせる映画でした。フィラデルフィア映画祭、テキサス州オースティンで開催されるサウス・バイ・サウスウエスト映画祭SXSW2017でも好評だったらしく、ストーリーも興味深いものでした。紹介は後日に回したい。
『夏の鳥』ガジェゴ=ゲーラ共同監督*ラテンビート2018あれやこれや ⑨ ― 2018年11月17日 08:51
ガジェゴ=ゲーラ共同監督の新作は『彷徨える河』を超えられたか?
★ラテンビート後半3作目『夏の鳥』は、チロ・ゲーラの前作『彷徨える河』の成功もあってか、観客の入りが一番多かったのではないか。新作はクリスティナ・ガジェゴの初監督作品、ガジェゴ=ゲーラ共同監督とはいえ、彼女のバイタリティを印象づける仕上がりだったように思います。カンヌ映画祭併催の「監督週間」のオープニング作品、その後、ロカルノ、トロント、釜山、シカゴ、ロンドン他、国際映画祭にエントリーされています。公開はまだ故国コロンビアのみですが、これから翌年にかけてメキシコ、ドイツ、ハンガリー、米国、フランスなどがアナウンスされています。『彷徨える河』同様、2019年アカデミー外国語映画賞コロンビア代表作品、米国での評価が雌雄を決するかもしれない。本作のストーリー&時代背景、キャスト、スタッフ紹介、監督フィルモグラフィーなどは、原題「Pájaros de verano」でアップしております(配役のみ再録)。
(婦唱夫随が長続きのコツ、クリスティナ・ガジェゴとチロ・ゲーラ監督夫妻)
配役:カルミニャ・マルティネス(ウルスラ・プシャイナ)、ナタリア・レイェス(ウルスラの娘サイダ)、ホセ・アコスタ(サイダの夫ラパイエット、ラファ)、ジョン・ナルバエス(ラファの親友モイセス)、ホセ・ビセンテ・コテス(ラファの伯父ぺレグリノ、エル・パラブレロ)、フアン・マルティネス(アニバル)、グレイデル・メサ(ウルスラの息子レオニーダス)、他エキストラ約2000人
*「Pájaros de verano」の内容紹介は、コチラ⇒2018年05月18日
*『彷徨える河』の内容紹介は、コチラ⇒2016年12月01日
マリファナ密売者の繁栄と没落、野心と名誉の衝突が語られる
A: 背景は1970年代から80年代半ばにかけてマリファナ密売者が繁栄した「ボナンサ・マリンベラ(bonanza marimbera)」と言われる時代です。映画は時系列に1968年から1985年まで4部に分かれて語り継がれていく。コロンビア北部ラ・グアヒラの砂漠地帯に暮らす先住民ワユーの一族のマリファナ密売者プシャイナ家の繁栄と没落が語られる。
B: ワユーの文化と伝統を守ろうとするゴッドマザー的存在のウルスラ・プシャイナの名誉、サイダと結婚することで当主となったラパイエットの野心、母と娘の世代間の軋轢も語られる。
(プシャイナ一族、ペレグリノ、レオニーダス、ウルスラ、ラファ、サイダ)
A: ウルスラにカルミニャ・マルティネス、ラパイエットにホセ・アコスタ、サイダにナタリア・レイェス、この3人がプロの俳優です。『彷徨える河』に比べれば分かりやすいストーリーです。分かりやすい反面、先が読めてしまうので前作のような意外性には欠けます。しかし史実にインスピレーションを受けて製作されているから、一定のタガが嵌められるのは仕方がない。
B: ワユーの掟を破ってマリファナ密輸で富を得ようとしたプシャイナのようなクランと、それを潔しとしないクランの対立も語られ、ウルスラが遭遇する四面楚歌は自らが蒔いた種でもある。
(クラン同士の権力闘争)
A: コロンビアとベネズエラの国境を挟んで、ワユー族のクランは今でも30くらい現存しているそうです。ラ・グアヒラの砂漠地帯とカリブ海に面したクランでは自ずと気質も異なります。プシャイナ一族も現存しています。
B: それはラストシーンで暗示されていた通りです。
先住民ワユーも貪欲と強欲の本能をもつ人間である
A: 一族はワユーの文化や伝統を守ろうとするが、巨大なアメリカ資本の誘惑には太刀打ちできない。映画から透けて見えてくるのは、ワユーは無垢で時代遅れの人ではなく、貪欲と強欲の本能をもつ人間であるということです。
B: 生き残るためには他のクラン壊滅も厭わない。金の卵マリファナは札束と武器弾薬に形を変えて、米国の悪しき銃文化をも運んできた。
A: サイダを見初めたラファの持参金調達がそもそもの発端だった。無一文のラファには求婚の資格がない。悪友モイセス(ジョン・ナルバエス)と語らって、マリファナの密売にのめりこんでいく。
(女性が男性を挑発するワユーの伝統的な求愛のダンス、サイダがラファを挑発している)
(持参金の牛やヤギを引き連れて求婚にきたラファと腐れ縁のモイセス)
B: ウルスラは夢に左右されながらも、豊かさに比例して大きくなっていく権力の魅力に抵抗できない。家族の絆、特に不肖の息子レオニーダス(グレイデル・メサ)の溺愛が悲劇を呼び込む。
A: 息子への溺愛はウルスラが見る不吉な夢と関連しています。豪華な家具調度に囲まれた豪邸に暮らしていても悪夢が彼女を支配しており、心は以前と変わらない粗末な家屋に住んでいる。
B: ウルスラの夢が伏線となり、『彷徨える河』のようなサプライズが削がれてしまっている。もう少しひねりがあってもよかった。
(ウルスラが見た悪夢のシーン)
クラン間の交渉人エル・パラブレロが果たす役割の重要さ
A: ホセ・ビセンテ・コテスが演じたラファの伯父ペレグリノ、クラン間の対立を避けるための使者、交渉人エル・パラブレロとして登場する。ワユーでは非常に重要な大役、母方の一番年上の伯父が担う。
B: 甥ラファの求婚の交渉もペレグリノ、ラファの義弟レオニーダスがアニバル(フアン・バウティスタ)の娘に行なった侮辱を詫びる交渉も彼の仕事でした。
A: いかなる場合でも、エル・パラブレロは生きて返さねばならない。主役3人以外は初出演でしたが、ホセ・ビセンテは民族衣装とワユー・バッグを肩に掛けカンヌ入りをしていました。
B: 本日より大阪会場の上映が始まります。お楽しみください。
A: まだ全体をアップしておりませんが、去る11月7日、第5回イベロアメリカ・フェニックス賞結果発表があり、本作が最高賞の作品賞、カルミニャ・マルティネスが女優賞、レオナルド・Heiblumが音楽賞を受賞しました。チロ・ゲーラは次回作「Esperando a los Barbaros」の撮影のためモロッコ滞在中ということで授賞式は欠席でした。南アフリカのジョン・マックスウェル・クッツェーの小説の映画化です。初めて英語で撮るそうで、「ブルータス、お前もか」です。
(作品賞のトロフィーを抱きしめたクリスティナ・ガジェゴと仲間たち)
(女優賞のトロフィーを手に貫禄のアルミニャ・マルティネス)
コロンビア映画「パライソ・トラベル」上映会とホルヘ・フランコの「トーク」 ― 2018年05月28日 13:58
ホルヘ・フランコの同名小説「Paraíso Travel」の映画化
★先日、セルバンテス文化センターで「コロンビア・日本修好110周年」を記念して、「映画上映 / ホルヘ・フランコ トーク」という催しがありました(5月21日)。シモン・ブランドの第2作「Paraíso Travel」が『パライソ・トラベル』の邦題で字幕入りで上映されるはずでしたが、直前になって「技術上のトラブルによって」英語字幕に変更されました。こういう不手際は、毎度のこととは言わないまでも珍しくない。上映後のトークは予定通り同時通訳でおこなわれました。映画ではなく、映画の原作者にして本作の脚本家でもあるホルヘ・フランコ氏のトークが目的だった参加者が多かった印象を受けましたが、映画がメインの人もいるわけで、もっと早い段階の通知をお願いしたい。
(「パライソ・トラベル」のポスター)
★ホルヘ・フランコは、長編第6作「El mundo de afuera」(14)が『外の世界』という邦題で刊行されたばかり、宣伝を兼ねた来日のようでした。アルファグアラ賞受賞作で翻訳が待たれていました。ある書評によると、「マジック・リアリズムでないガルシア=マルケス的要素とバルガス=リョサの語りとの融合」とあるので、既に刊行されている『ロサリオの鋏』や『パライソ・トラベル』とスタイルはより重層的になっているもののスタイルは似ているものと思われます(管理人未読)。「トーク」の内容はウィキペディア(日本語版・スペイン語版)とだいたい被っていたように思いましたが、小説と映画の関係性についてはwikiで触れていない部分が結構あり、トークまで長時間粘って収穫ありでした。
(『外の世界』を手にしたホルヘ・フランコ、2014年マドリード国際書籍見本市にて)
★映画「パライソ・トラベル」は、若いカップルがアメリカンドリームを求めて、コロンビアのメデジンからニューヨークまでの過酷な旅を描くラブストーリー。ドラマは時系列でなく、クロスカッティングやカットバックで進行するので、観客が混乱しないよう「ここはニューヨークのブルックリン」、ここは「メデジン」「グアテマラ国境」「メキシコ」などと字幕が入ります(笑)。14ヵ所の国際映画祭で上映され、幾つも観客賞を受賞しています。コロンビア、米国、メキシコのベテランと新人が共演しています。基本データは以下の通り。
(主演のアルデマル・コレアとアンヘリカ・ブランドン、映画から)
「Paraíso Travel」2008年
製作:Paraiso Pictures / RCN Cine / Grando Illusions Entertainment / Fondo para el Desarrollo Cinematografico
監督:シモン・ブランド(サイモン・ブランド)
脚本:ホルヘ・フランコ、フアン・レンドン
撮影:ラファ・Lluch
編集:アルベルト・デ・トロ
音楽:アンヘロ・ミリィAngelo Milli
美術:ゴンサロ・コルドバ
製作者:サンティアゴ・ディアス、イサック・リー、アレックス・ペレイラ、フアン・レンドン、(共)ジョン・レグイザモ、他多数
データ:製作国コロンビア=米国、スペイン語・英語・仏語、2008年、117分、製作費約450万ドル、撮影地コロンビアのメデジン、アンテオキア、米国ニューヨーク市、クイーンズ区、期間2006年10月~2007年1月。公開コロンビア2008年1月18日、米国2009年1月10日、他メキシコ、スペイン、ポーランド多数
映画祭・受賞歴:トライベッカ、ウエルバ(観客賞)、モレリア、モントリオール、マラガ、ロスアンゼルス(観客賞・審査員賞)、サンフランシスコ(観客賞)、シカゴ、グアダラハラ、サンディエゴ・ラテン映画祭(コラソン賞)、各映画祭ほか14ヵ所の国際映画祭で上映された。
キャスト:アルデマル・コレア(マーロン・クルス)、アンヘリカ・ブランドン(レイナ)、マルガリータ・ロサ・デ・フランシスコ(ラケル)、アナ・デ・ラ・レゲラ(ミラグロス・バルデス)、ジョン・レグイザモ(ロジャー・ペナ)、ヴィッキー・ルエダ(カレーニャ)、アナ・マリア・サンチェス(パトリシア)、ルイス・フェルナンド・ムネラ(ドン・パストール)、ペドロ・カポ(ジョヴァンニ)、ヘルマン・ハラミジョ(ドン・ヘルマン)、ラウル・カスティージョ(カルロス)、ルイ・アルセージャ(ヒメノ)、アレキサンダー・フォレロ(メキシコ密入国請負業者)、ジナ・エルナンデス(ミラグロスの家族)、ヘスス・オチョア(メキシコのバスドライバー)、他多数
物語:メデジンで暮らしている若く魅力的なレイナは、日々の貧しさから逃れようとアメリカンドリームに取りつかれている。レイナの恋人マーロンは宙ぶらりん、家族は安定した生活を送っている。アメリカへの不法入国を目指すグループと一緒にメデジンを脱出したいレイナは、二の足を踏むマーロンを説得する。心からレイナを愛してしまったマーロンは、家族に内緒で危険で過酷な旅の企みに取りかかる。物語はニューヨーク市のブルックリン到着から始まり、些細な諍いで離れ離れになってしまった二人、想像以上に危険で過酷だった国境越えと、過去と現在を交錯させて進行する。言葉も分からない異国で突然迷子になってしまった青年の愛を探すロードムービー。壊れてしまった愛は二度と戻らない。 (文責:管理人)
編集技術を駆使して錯綜しながらドラマは展開する
A: 映画自体は字幕なしではあるがYouTubeで見ることができます。というわけで字幕入りを期待していたので大いに残念でした。原作を読んでいる方は英語字幕でも問題なかったでしょうか。
B: 「コロンビア現代映画上映会」でリカルド・ガブリエリの『ラ・レクトーラ』(12)が上映されたときも当日変更だった。まあ、英語しか分からない人には幸いでした。
*『ラ・レクトーラ』の紹介記事は、コチラ⇒2014年02月19日
A: 国際映画祭は英語字幕が基本ですが、昨年東京国際映画祭TIFFでホドロフスキーのビオピック『エンドレス・ポエトリー』が上映されたとき、スペイン語日本語どちらも分からない観客から、「英語字幕があると思っていたが・・・」と苦言を呈された。
B: TIFFは国際映画祭でした(笑)。ラテンビートでも下に英語、横に日本語と字幕に囲まれているケースがありましたが、字幕だらけで楽しめない。課題ありですね。
A: 映画も原作と同じニューヨークに到着したときから始まる。『ロサリオの鋏』はロサリオが瀕死の重傷を負って病院に担ぎ込まれるところから始まり、過去をフラッシュバックさせ、手術の甲斐もなく死を迎えるところで終わる。両作とも時系列でないのは同じですが、本作で目につくのは、フラッシュバックだけでなく、カットバックやクロスカッティングが加わって場面展開が目まぐるしいことです。
B: それで上述したように場所が変わる度に、親切にここは「メデジン」、ここは「ニューヨークのクイーンズ」と地名を入れている。私たちには馴染みのない俳優ばかりか、登場人物も多いから助かります。
キャストは国際色豊か、ベテラン演技派が新人を支えた
A: ネットの不鮮明な画面とスクリーンとの大きな違いは、役者の演技力の優劣がはっきりすること。レイナの母親ラケルを演じたマルゲリータ・ロサ・デ・フランシスコは、古くはセルヒオ・カブレラの「Ilona llega con la lluvia」(1996「イロナは雨とともに」)のイロナ役、ガルシア=マルケスの原作を映画化したイルダ・イダルゴの『愛その他の悪魔について』の侯爵夫人、ラケルの凄さは小画面ではよく分からなかった。
B: レイナがアメリカ行きに拘ったのは、この心を病んでいた母親に会うことも目的の一つだった。
(ラケル役のマルゲリータ・ロサ・デ・フランシスコ)
A: 他にも男優では、ドン・ヘルマン役のヘルマン・ハラミジョ、ロジャー・ペナ役のジョン・レグイザモなど有名どころを脇役に据えている。ハラミジョは公開前に突然上映中止になったバーベット・シュローダーの不毛の愛を描いた「暗殺者の聖母」(00、仮題)で虚無的なゲイ作家を演じた役者です。
B: 舞台も麻薬が日常的だった犯罪都市メデジン、16歳のシカリオ少年を愛してしまう役でした。レグイザモは現在は米国籍ですが、生れはコロンビアのボゴタ(1964)、4歳のとき親と米国に渡った。
A: アメリカでコメディアンとしても活躍している。メキシコ映画だがエクアドルの監督セバスチャン・コルデロの『タブロイド』(04)で主役を演じている。ハリウッド映画ならニコール・キッドマンやユアン・マクレガーと共演した『ムーラン・ルージュ』、ガルシア=マルケスの同名小説の映画化『コレラの時代の愛』など枚挙の暇がない。本作の言葉をどもってしまうロジャー役も上手さで光っていた。
(ロジャー役のジョン・レグイザモ、後ろはマーロン役のアルデマル・コレア)
B: 光っていたのは不法入国のグループの一人カレーニャを演じたヴィッキー・ルエダ、姉御肌の大人の女性を演じた。主にTVシリーズ出演が多いせいか本作で初めて見た。
A: ほかマーロンを拾って親身に世話してくれるパトリシア役のアナ・マリア・サンチェス、後半マーロンと恋人関係になるミラグロス役アナ・デ・ラ・レゲラ、主役のレイナになったアンヘリカ・ブランドンなど、総じて女優陣の演技が目立つ映画です。
(ヴィッキー・ルエダ、アルデマル・コレア、アンヘリカ・ブランドン)
B: アナ・デ・ラ・レゲラ(1977ベラクルス)は、メキシコ女優だが英語もできることからアメリカ映画にも出演している(ステラ・メギーの『エブリシング』2017)ほか、Netflixの連続TVシリーズ『ナルコス』(40話)にも出演している。
A: ヒロインのアンヘリカ・ブランドン(1980、バランキージャ)は、1992年TVシリーズでスタート、本作で映画デビュー、20代後半でのティーンエイジャー役はきつかったか。その後は二足の草鞋を履いてラブコメでも活躍、最近短編「Carmen」で監督デビューも果たした。
(ミラグロス・バルデス役のアナ・デ・ラ・レゲラ)
B: 甘いマスクのアルデマル・コレアも、本作が映画デビュー作品です。
A: 以後は軸足をTVシリーズに置いているらしく、先述の『ナルコス』にも出演しているほか、フアン・ウリベの「Lo azul del cielo」(12)ではメデジンの中流家庭の青年を演じている。甘いマスクがコメディ向きなのかロマンスものが多いが、硬派のスリラー「Palabra de Ladrón」(2014、13話)では、無実の罪で収監されてしまう主役を演じた。コロンビアのTVシリーズは高質でラテンアメリカ諸国では評判がよく、近隣国にも配信されるから、それなりに認知度はあるようです。
B: 恋人レイナに引きずられるようにしてアメリカにやってくる中流家庭のぼんぼん役、次第にたくましい青年になっていく。映画はマーロンの成長を軸にアメリカンドリームがただの夢でしかないことを語っていく。
シモン・ブランド監督はグラミー賞ノミネーション4回のミュージシャン
A: 不法移民のグループは、テキサスから荷物として入り込む。映画はニューヨーク市のブルックリンに辿りついたところから始まるが、過去と現在を行ったり来たりする。監督のシモン・ブランドSimon Brandは、1970年カリ(バジェ・デル・カウカ)生れだがアメリカで活躍、2006年の第1作「Unknown」はアメリカ映画でした。サスペンスのせいか同年『unknown アンノウン』の邦題ですぐ公開され、アメリカ映画なので<サイモン>でクレジットされた。製作費370万ドル、興行成績トータルで1700万ドルの収益を上げた。スペイン語題は「Mentes en blanco」です。
B: 映画監督というより、ミュージックテレビジョンやCM(コカ・コーラ、BMW)の分野で国際的に知られた存在です。フアネス、シャキーラ、エンリケ・イグレシアスやリッキー・マーティンなど有名歌手のビデオクリップを制作しています。
A: 音楽がいかにも若者向き、両方ともアンヘロ・ミリィが手掛けている。本作では音楽だけでなくクレジットの入り方も面白かった。国籍はコロンビアですが、現在はロスアンゼルス在住です。ニューヨーク撮影に20日間もかけられたのも、そのお蔭でしょう。というわけか2014年の3作目「Default」はアメリカ映画です。
(本作撮影中のシモン・ブランド監督)
B: 2006年11月、『unknown アンノウン』公開に合わせて夫人と来日しています。
A: 奥さんは2004年に結婚したクラウディア・バハモンBahamón、コロンビアのモデル、TV司会者、二人の間には二人子供がいます。影響を受けた監督として『時計じかけのオレンジ』のスタンリー・キューブリック、猟奇殺人を描いたサイコ・サスペンス『セブン』のデヴィッド・フィンチャーの二人を上げています。
(シモン・ブランドとクラウディア・バハモン)
レイナ Reina とクイーンズ Queens
B: マーロンが住みつくことになるクイーンズは、ニューヨーク市でも移民がもっとも多い地区だそうですが、ヒロインの名前レイナは英語のクイーンです。
A: そういうやり取りが作中でもありましたが、実際は遠く離れたジョージア州のアトランタに住んでいた。レイナはクイーンズにいなかった。マーロンに所在を教えてくれたのが、あの危険な旅を共にしたヴィッキー・ルエダ扮するカレーニャでした。
(再会しても誤解の溝が埋まらないレイナとマーロン)
B: こういうネットワークは存在するのでしょうか。寝る場所を追い出されたマーロンを助けてくれたミラグロスの制止を振りきって、アトランタを目指す。
A: ミラグロスとは既に恋人関係になっていたのにね。結局、誤解がもとでも壊れた愛は二度と元に戻らない。クイーンズに戻るほかないマーロンはミラグロスの家の前に佇んで映画はザ・エンド。夢と愛を探し求めて彷徨する、『オデュセイア』コロンビア版。
B: あまりに幼すぎるマーロンの<パライソ・トラベル>でした。夜のシーンが多かったせいか光の使い方が印象的でした。
作家になろうとは夢にも思わなかったホルヘ・フランコ
A: 小説と映画の関係性に絞って「トーク」の落穂ひろい。フランコ氏「子供のころは映画とかテレビの仕事を目指していて、作家になろうとは夢にも思わなかった」と語っているように、早熟な本の虫ではなかったようです。ウィキペディアにも「3人の姉妹に取り囲まれて大きくなったが、彼女たちが私を無視するので、まるで透明人間のようだった。茶の間から追い出され、自室に閉じこもってテレビを見るか、本を読むしかなかった」とあります。
B: 女3対男1では勝ち目はないが、やんちゃ坊主ではなくシャイな少年だった。それに総じて女の子は気まぐれで残酷だからね(笑)。女性優位の家庭に育つと男の子は萎縮する。
A: 本とテレビがオトモダチの時代が、今日のホルヘ・フランコを作ったのかもしれない。でも蔵書に囲まれていた家庭ではなく、スティーヴンソンの海洋冒険小説、ジュール・ヴェルヌのSF、エニッド・ブライトンなどを読んでいたというから本好きではあったが、特別ではないでしょう。
B: 読書サークルに入っていた本好きな母親の影響を受けている。シェイクスピアを初めて読んだのは、祖父が13歳のときプレゼントしてくれた『ロミオとジュリエット』、とても感動して映画化するのが夢だった。「だから作家になろうとは思わなかった」と、「第二のガルシア=マルケス」といわれるにしては晩熟かな。
A: テレビのなかった頃に子供時代を送ったマルケスと比較するのは酷な話かもしれないが、同じ年頃の彼は、いっぱし<詩人>として仲間から一目置かれていた。
B: 「最初はロンドン国際フィルムスクールで映画を専攻したが、実際学んでみると自分に向いていないことが分かった」とも。
A: 映画を学んだ経験が「小説と映画の違い」を理解するのに役立っているのか。これは重要なことで、ある作家が映画化された自作を観て「これは私の小説の映画化ではない」と憤激する例は少なくない。これは小説と映画の違いを理解していないからです。
B: ビオグラフィーは付録に回すとして、会場からの「小説執筆中、映画化を意識するか」には、きっぱり「ノー」でした。
A: こういう質問が出るのはジャンルの違いを理解してないからで、小説は小説、映画は映画です。それに関連して、マルケスが黒澤明に自作の映画化を望んでいた話がでました。
B: 具体的にはどの作品だったのか聞き洩らしましたが、「黒澤明監督に撮ってもらいたかったが、既に高齢であったこともあって実現しなかった」と。
A: 作家が『族長の秋』の映画化をもちかけていた話は有名です。念願かなって1990年に来日したとき二人は歓談しています。「世界のクロサワ」も既に80歳と高齢でしたが、それだけが理由だとは思えない。撮る気はなかったと思いますが、そもそも製作費の問題で実現は難しかったはずです。「妥協を許さない」イコール「お金が掛かる」ですし、晩年のクロサワ作品でコレというのがない。
B: すでに映画は斜陽産業でしたし、『百年の孤独』は別として、『族長の秋』の認知度など現在だって低い。製作会社や脚本家など問題山積、実現不可能だと思っていました。
A: ほかにもショーン・ペン製作・監督、ノーベル賞作家の大ファンというマーロン・ブランド主演の噂も流れましたが立ち消えになった。ブランドは出演料は要らないというほどでしたが。ほかにもサラエボ出身だが「ユーゴスラビア人」を自称しているエミール・クストリッツア、パルムドール2回の監督が、滞在先のキューバまで足を運んで作家に直談判したが、これまた実現しなかった。
B: 仮に作家が気に入らなくてもクストリッツァなら面白いのができたかも。フランコ氏は、よく聞き取れなかったのですが「ダイヤローグは変えられないが、マルケスの小説は会話部分が少ない」ことを映画化を困難にしている理由の一つに挙げていました。
A: 特に『族長の秋』は、大きく6段落に別れており、それぞれ最初から最後まで改行無し、勿論会話部分に「」もない。ないどころか語りと会話が錯綜する小説です。彼の小説でも映画化が難しい部類です。読者が各自自由に想像して映画化しないほうがベターな小説もあるわけです。
B: 語りの文学である昔話でも、絵本やアニメにして子供の想像力を潰している例があります。
A: タケシ・キタノ監督は、マルケスの小説には「映像が感じられる」と言ってますから、映画化も作品によりけりです。
B: とにかく80年代にはマルケス作品の映画化は量産されました。作家自身の評価、作品の出来不出来にかかわらず、現在でも鑑賞可能です。
A: ラテアメリカ文学のブーム、マジック・リアリズムの話もでましたが、各国、各自受け取り方はさまざまです。フランコ氏から「自分の小説にマジック・リアリズムを感じた」というスペイン人記者の例が紹介されました。本邦の読者はいかがでしたでしょうか。
B: さて、「トーク」の対談者にして翻訳者である田村さと子氏が次に手掛けているのは、2010年発表の「Santa suerte」だそうです。
*付録「ホルヘ・フランコのキャリア&作品」*
★ホルヘ・フランコ Jorge Franco Ramos、1962年メデジン生れの56歳。ロンドン国際フィルムスクールで映画を専攻するも、ひとりでいるのが好きな自分には映画は向かないと断念、コロンビアに戻る。尊敬する作家マヌエル・メヒア・バジェッホが指導するメデジンの公立図書館文学養成所に参加、最終的には文学を学ぶため、ボゴタのイエズス会系のハベリアナ大学(Pontificia Universidad Javeriana 1623年創立)に入学する。創作養成所教授ハイメ・エチェベリの指導を受ける。
1996年、短編「Maldito amor」(『いまいましい恋』『呪われた愛』)
1997年、小説デビュー作「Mala noche」(『イヤな夜』『悪い夜』)
1999年、「Rosario Tijeras」(『ロサリオの鋏』田村さと子訳)
2001年、「Paraiso Travel」(『パライソ・トラベル』田村さと子訳)
2006年、「Melodrama」(「メロドラマ」)
2010年、「Santa suerte」
2014年、「El mundo de afuera」(『外の世界』田村さと子訳)
★成功作『ロサリオの鋏』はダシル・ハメット賞を受賞(2000)、2005年メキシコの監督エミリオ・マイレにより映画化された(コロンビア、メキシコ、西、ブラジル合作)。ゴヤ賞2006スペイン語外国映画賞ノミネートほか、アリエル賞脚本賞ノミネート、マラガ映画祭でロサリオを演じたフローラ・マルティネスが「ラテンアメリカ部門」の女優賞を受賞した。またRCNチャンネルでTVシリーズ化(60話)されている。未公開だが『ネイキッド アサシンNEKED ASSASSIN』の邦題でDVD化されている。「Melodrama」は舞台化された。
(エミリオ・マイレのオリジナル版、フローラ・マルティネス、後方はウナクス・ウガルデ)
★「第二のガルシア=マルケス」と称され、マルケス自身からも信頼を得ており、キューバの「サン・アントニオ・デ・ロス・バニョスの映画テレビ国際学校」のワークショップ「Cómo se cuenta un cuento」に講師として招かれている。成果は1996年『お話をどう語るか』として刊行された。
◎関連記事・管理人覚え
*「ガボと映画」に関する主な記事は、コチラ⇒2014年04月27日/04月29日
*ガルシア=マルケスについてのドキュメンタリー紹介、コチラ⇒2016年03月27日
*バルガス=リョサとガルシア=マルケスについての記事は、コチラ⇒2017年07月20日
監督週間にチロ・ゲーラの「Pájaros de verano」*カンヌ映画祭2018 ⑥ ― 2018年05月18日 20:20
婦唱夫随で撮った新作「Pájaros de verano」も「監督週間」でした!
★コロンビアのクリスティナ・ガジェゴ&チロ・ゲーラの新作「Pájaros de veranao」が、「監督週間」のオープニングの光栄に浴しました。最初カンヌ本体のコンペティション入りが噂されていたので、どこかに落ち着くとは予想していました。結局、新作も2015年の話題作『彷徨える河』と同じ「監督週間」でした。オープニング作品に選ばれたのは、前作の成功があったからに違いない。最近の「監督週間」は、作家性のある新人登竜門という枠組を超えてベテラン勢が目につきます。確かにクリスティナ・ガジェゴのデビュー作ではありますが新人とは言えない。カンヌには両監督の他、<ゴッドマザー>的存在の主役を演じたカルミニャ・マルティネス、その娘に扮するナタリア・レイェス、ホセ・アコスタ、ホセ・ビセンテなどがカンヌ入りしました。
*『彷徨える河』の内容&監督キャリア紹介は、コチラ⇒2016年12月01日
(赤絨毯に勢揃いした、チロ・ゲーラ、ホセ・ビセンテ、カルミニャ・マルティネス、
クリスティナ・ガジェゴ、ナタリア・レイェス、ホセ・アコスタ、2018年5月9日)
「Pájaros de verano」(「Birds of Passage」)2018
製作:Ciudad Lunar roducciones / Blond Indian Films(以上コロンビア)/ Snowglobe(デンマーク)/ Labodigital / Pimienta Films(以上メキシコ)/ Films Boutique(フランス)、
協力カラコルTV(コロンビア)
監督:クリスティナ・ガジェゴ&チロ・ゲーラ
脚本:マリア・カミラ・アリアス、ジャック・トゥールモンド(『彷徨える河』)
(原案)クリスティナ・ガジェゴ
音楽:レオナルド・Heiblum(メキシコ1970)
撮影:ダビ・ガジェゴ(『彷徨える河』)
編集:ミゲル・シュアードフィンガー(『サマ』『頭のない女』)
美術:アンヘリカ・ぺレア(『彷徨える河』)
衣装デザイン:キャサリン・ロドリゲス(『彷徨える河』『チリ33人 希望の軌跡』)
製作者:カトリン・ポルス(デンマーク)、クリスティナ・ガジェゴ、他共同製作者多数
データ:製作国コロンビア=デンマーク、協力フランス=メキシコ、言語スペイン語とWayuuワユー語、2018年、ドラマ、125分、撮影地ラ・グアヒラ県の砂漠地帯、マグダレナ県、シエラ・ネバダ・デ・サンタ・マリア、撮影9週間、2017年5月3日クランクアップ。配給Films Boutique(フランス9月19日公開)、The Orchard(米国公開決定、公開日未定)
映画祭:カンヌ映画祭併催の「監督週間」オープニング作品、5月9日上映
キャスト:カルミニャ・マルティネス(ウルスラ・プシャイナ)、ナタリア・レイェス(ウルスラの娘サイダ)、ホセ・アコスタ(サイダの夫ラパイエット、ラファ)、ジョン・ナルバエス(ラファの親友モイセス)、ホセ・ビセンテ・コテス(ラファの叔父ペレグリノ)、フアン・バウティスタ(アニバル)、グレイデル・メサ(ウルスラの長男レオニーダス)、他エキストラ約2000人
物語・解説:コロンビアの「マリファナ密売者の繁栄」時代と称される70年代を時代背景に、ラ・グアヒラの砂漠地帯でマリファナ密売を牛耳るワユー族一家の物語。当主ラパイエット・アブチャイベと姑ウルスラ・プシャイナによって統率された一家は、麻薬密売による繁栄を守るために闘う。金力と権力に対する野心と女性たちの地位についての物語。夢と寓話、残酷な現実を絡ませて物語は時系列に進行するが、共同体同士の権力闘争、家族間の争いはワユーの文化、伝統、人生そのものさえ危うくしていくだろう。未だに終りの見えないコロンビアの混乱の始まり、復讐はワユー共同体の原動力として登場する『ゴッドファーザー』イベロアメリカ版。コロンビアの崩壊したアイデンティティを魅力的に語る詩編。 (文責:管理人)
アマゾンの大河からラ・グアヒラの砂漠に移動して
★ある没落したワユー族の若者が繁栄を誇る一族の娘に結婚を申し込む。しかし要求された持参金はとうてい若者が準備できる額ではなかった。そこでマリファナを探していた米国のグループの仲介者になろうと決心する。容易にお金を工面するために始めたはずが、次第に麻薬ビジネスにのめりこんでいく。それは大地に深く根を下ろしたワユーの文化や伝統から遠く外れていくものだった。発端は求婚に過ぎなかった。ヨーロッパの批評家は「コロンビアの麻薬密売の起源のシェイクスピア風悲劇」と評している。この求婚者に扮するのがホセ・アコスタです。
★コロンビア北端のラ・グアヒラの砂漠地帯に約1000年前から住んでいるワユー族は、もともとマリファナを栽培していたという。ガジェゴ監督によると、ワユー族の女性たちは人前では口を閉ざしているが、一歩家に入れば政治経済に強い発言力を持っており、背後で男を操っている存在だという。いわば財布の紐を握っていたわけです。そういう女性を中心に据えてコロンビアの「bonanza marimbera マリファナ密売者の繁栄」と言われた1976~85年の麻薬密売取引を絡ませた映画を、ワユー族の視点で描きたいと長年考えていた。1960年代70年代のラ・グアヒラ地方はまだ資本主義の揺籃期で、米国のマフィアによって近代化された麻薬密売組織によって、たちまち危機に晒されるようになった。時代的にはパブロ・エスコバルのコカインによるメデジン・カルテルが組織される以前の話です。
★映画祭での評価は概ねポジティブですが、前作に比べると先が読めてしまう展開のようで、前作のような驚きは期待できないか。前作『彷徨える河』は、アカデミー外国語映画賞にノミネートされたこともあって米国では予想外のロングランだった。というわけで今回The Orchard により早々と米国公開が決定したことはビッグニュースとして報じられている。プロの俳優、カルミニャ・マルティネス、ナタリア・レイェス、今回が映画デビューのホセ・アコスタ、ワユーのネイティブのホセ・ビセンテ・コテス、などアマ・プロ混成団は、エキストラ2000人、スタッフ75名の大所帯だった。
(ナタリア・レイェス、映画から)
★主役のウルスラ・プシャイナを演じるカルミニャ・マルティネスは舞台女優、映画によってカルミニャ、カルミニアと異なるが、IMDbではカルミナでクレジットされている。1996年TVシリーズ「Guajira」でデビュー、カルロス・パウラの「Hábitos sucios」(03)、ダゴ・ガルシア&フアン・カルロス・バスケスの「La captura」(12)に出演している。「ウルスラは厳しい女性であるが、情熱的で複雑な顔をもっている」と分析している。ホセ・アコスタは「母語でない他の言語で演じるのは難しいと思われているが、そんなことはない。心を開き人物になりきれば、そんなに難しいことではない」とインタビューに答えている。ナタリア・レイェスは、2015年のTVシリーズ「Cumbia Ninja」全45話に出演、一番知名度がある。「自分が知らなかったワユー族の素晴らしい文化を知ることができた。またラ・グアヒラの名誉を回復する物語に出られた貴重な時間だった」と語っている。
(中央がウルスラを演じたカルミニャ・マルティネス、映画から)
★ゲーラ監督は、砂漠での撮影は「何にもまして辛かった」と顎を出したそうだが、ガジェゴ監督は「ぜーんぜん」とすまし顔、非常にバイタリティに富んだ女性である。これは前作の『彷徨える河』で証明済みでした。ラ・グアヒラは厳しい乾燥地帯で、歴史的に海賊もスペイン人もイギリス人も寄り付かなかった地帯です。
★クリスティナ・ガジェゴ Cristina Gallego は、1978年ボゴタ生れの製作者、監督。夫チロ(シーロ)・ゲーラとはコロンビア国立大学の同窓生、共に映画テレビを専攻した。1998年、二人で制作会社「Ciudad Lunar roducciones」を設立して、ゲーラ作品の製作を手掛けている。2008~11年、マグダレナ大学で「製作と市場」についてのプログラムのもと後進の指導に当たる。今回「Pájaros de verano」で監督デビューした。ゲーラとの間に2児。
(第50回「監督週間」のポスターをバックにゲーラ監督とガジェゴ監督、カンヌにて)
★チロ・ゲーラ Ciro Guerraは、1981年セサル州リオ・デ・オロ生れ、監督・脚本家。長編デビュー作“La sombra del caminante”(04)は、トゥールーズ・ラテンアメリカ映画祭2005で観客賞を受賞。第2作“Los viajes del viento”(09)はカンヌ映画祭「ある視点」に正式出品、ローマ市賞を受賞後、多くの国際映画祭で上映された。ボゴタ映画祭2009で監督賞、カルタヘナ映画祭2010作品賞・監督賞、サンセバスチャン映画祭2010スペイン語映画賞、サンタバルバラ映画祭「新しいビジョン」賞などを受賞。
★第3作目となる『彷徨える河』(15)は、カンヌ映画祭2015併催の「監督週間」に正式出品、アートシネマ賞受賞、第88回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、以下オデッサ、ミュンヘン、リマ、マル・デル・プラタ、インドほか各映画祭で受賞、他にフェニックス賞、アリエル賞(イベロアメリカ部門)、イベロアメリカ・プラチナ賞など映画賞を受賞。2016年にはサンダンス(アルフレッド・P・スローン賞)、ロッテルダム(観客賞)などを受賞。4作目が本作「Pájaros de verano」となる。
(本作撮影中のゲーラ&ガジェゴと撮影監督のダビ・ガジェゴ)
★ゲーラ=ガジェゴの次回作は、2003年のノーベル文学賞受賞者にして2度も英国ブッカー賞を受賞した、南ア出身の小説家ジョン・マックスウェル・クッツェーJ. M. Coetzee の小説「Waiting for the Barbarians」(「Esperando a los Bárbaros」)の映画化(現在の国籍はオーストラリア)。多くの小説が翻訳され、本書も『夷狄を待ちながら』という難読邦題で刊行されている。年末にモロッコでクランクインの予定。英語で撮るのは初めて、海外での撮影も初めてになります。
*追加:第15回ラテンビート2018上映が決定、邦題は『夏の鳥』
ニューディレクターズ部門13作*サンセバスチャン映画祭2017 ② ― 2017年08月23日 11:45
スペイン語映画はドキュメンタリーを含む4作品
★スペインでも観光地バルセロナと近郊の都市を標的にしたテロがあり犠牲者が出ました。映画も政治と密接な関係がありますから、今年のサンセバスチャン映画祭が案じられます。ラインナップ13作品のうちアジアからも台湾、中国、韓国から各1作品、フィリピンからは2作品も選ばれてい。スペイン語映画からは、スペイン、コロンビア=アルゼンチン、チリ=スペイン=アルゼンチン、アルゼンチンの4作品です。各作品の内容並びに監督紹介は別途にアップする予定です。
★スペイン語映画の4作は、以下の通り:
◎Alberto García-Alix. La línea de sombra スペイン、ドキュメンタリー、
監督ニコラス・コンバロ
解説:スペインの写真家アルベルト・ガルシア=アリックス(1956年)の足跡と作品を描いたドキュメンタリー。ニコラス・コンバロは、1979年ラ・コルーニャ生れのアーティスト。
◎Matar a Jesús コロンビア=アルゼンチン、フィクション、監督ラウラ・モラ
解説・プロット:22歳の大学生パウラは大好きだった父親を殺害されてしまった。父親はメデジンの公立大学で政治科学の教授をしていた。離れたところからだが、犯人が猛スピードで走り去るモーターバイクが見えたが、パウラにはどうしてこんなことが起きてしまったのか理解できなかった。事件の2ヵ月後のクリスマスに、父親を殺害した若いヘススと偶然通りですれ違った・・・
*ラウラ・モラは、メデジン生れの36歳、監督、脚本家、製作者。2006年 “Brotherhood” で短編 デビュー、TVシリーズ『パブロ・エスコバル 悪魔に守られた男』(2012、2話)を監督する。本作は2002年に父親を殺害された実体験がもとになっている。サンセバスチャン映画祭の総指揮者ホセ・ルイス・レボルディノスが、試写後2時間で即決したという力作。
◎Princesita チリ=スペイン=アルゼンチン、フィクション、監督マリアリー・リバス
解説・プロット:12歳になるタマラは、地の果てチリ南部で暮らしている。タマラはあるカルト的集団のカリスマ的指導者ミゲルを崇拝している。しかし夏、彼女が初潮を迎えたらミゲルとのあいだに聖なる子供をもつというミッションを与えられる。タマラは自分が望んでいたものとはかけ離れた現実に直面していることに気づく。彼女の不服従は少女から女性に成長するなかで暴力に向きを変え、思いもかけないかたちで、自由を獲得するだろう。
*マリアリー・リバスの長編第2作、サンセバスチャン映画祭2015「Cine En Construcción」参加作品。チリ南部で実際に起きた事件にインスピレーションをうけて製作された。
◎Tigre アルゼンチン、フィクション
監督シルビナ・シュニッセル(Schnicer)・シュリーマン&ウリセス・ポラ・グアルディオラ
解説・プロット:65歳になったリナは、長いあいだ顧みなかった昔の家に、過去を取り戻し、家を建て直し、息子ファクンドとの関係も修復したいと帰ってきた。ここデルタ・デル・ティグレの奥深くにある島の家で息子を育て、人生の多くの時間を過ごしたのだ。息子もデルタを出てしまってずっと会っていない。やがて母と息子は再会するが、すべてが変わってしまったことに気づくだろう。デルタの時はゆっくり流れ、全ての人を包み込みながら混乱させる。スクリーンにさまざまな風景、活発な島の子供たちが現れるのを目にするだろう。
*シルビナ・シュニッセル・シュリーマンはブエノスアイレス生れ、ウリセス・ポラ・グアルディオラはカタルーニャ出身だが現在はブエノスアイレスに在住している。共に初監督作品。デルタで4週間撮影したそうだが、次々に現れるデルタの自然も主人公の一人とか。過去にヴィゴ・モーテンセンが一卵性双生児の兄弟に扮したアナ・ピターバーグの『偽りの人生』(12)の舞台も、ここデルタ・デル・ティグレだった。
「監督週間」にはコロンビアの新人ナタリア・サンタ*カンヌ映画祭2017 ⑤ ― 2017年05月05日 17:46
コロンビアでカメラドールに挑戦する初めての女性監督ナタリア・サンタ
★今年の「監督週間」にコロンビアの新人ナタリア・サンタの「La defensa del dragón」がエントリーされました。IMDbにはキャストを含めてまだ詳細がアップされておりませんが、後で追加するとして、分かる範囲で見切り発車いたします。テーマはボゴタの中心街に暮らす古くからの友人3人のそれぞれの再出発物語のようです。年齢は53歳、65歳、72歳と開きがありますが、各自冒険を侵すことなく安全地帯に避難して現状に甘んじています。ポスターに載っている3人の老人は、人生の時間が残り少なくなったボゴタの市井の人の写真です。監督にインスピレーションを与えてくれた人々で、映画の登場人物ではありません。ポスターとしてはちょっと珍しいケースですが、それなりの理由があるのでした。
「La defensa del dragón」2017年
製作:Galaxia 311
監督・脚本・製作:ナタリア・サンタ
撮影:ニコラス・オルドーニェス、イバン・エレーラ
録音:フアンマ・ロペス
美術:マルセラ・ゴメス
編集:フアン・ソト
オリジナル音楽:ゴンサロ・デ・サガルミナガ
製作者:Ivette Liang(リャン/リアン?)、ニコラス・オルドーニェス、イバン・エレーラ
データ:製作国コロンビア、スペイン語、2017、ドラマ、79分、撮影地ボゴタ。FDC*(コロンビア映画振興基金)より助成金を得る。ニカラグアで開かれた第3回IBERMEDIAの中央アメリカ=カリブ映画プロジェクトのワークショップ、トライベッカ=コロンビア2014のワークショップ、カルタヘナ映画祭FICCI**2014のワークショップなどに参加して完成させた。コロンビア公開6月15日予定。
*FDC Fondo cinematografico colombiano は、長編映画の脚本や製作に資金を提供するために設立された映画振興策。カンヌ映画祭2015「批評家週間」でカメラドール他を受賞したセサル・アウグスト・アセベドの『土と影』(ラテンビート&東京国際映画祭2015共催上映)も同基金の助成金を受けて製作された。
**FICCI Festival Internacional de Cine de Cartagena de Indias(インディアス・カルタヘナ国際映画祭)
キャスト:ゴンサロ・デ・サガルミナガ(サムエル)、エルナン・メンデス(ホアキン)、マヌエル・ナバロ(マルコス)、マイア・ランダブル(マティルデ)、マルタ・レアル、ラウラ・オスマ(フリエタ)、ビクトリア・エルナンデス(ホセフィナ)他
(左から、サムエル、ホアキン、マルコス、映画から)
物語と解説:ボゴタの中心街に暮らす旧知の友人同士、サムエル、ホアキン、マルコスの物語。一番若い53歳のサムエルはプロのチェス・プレイヤーで、勝つと見込める小規模なゲームで賞金稼ぎをして暮らしている。65歳のホアキンは腕のいい時計職人だが、デジタル時計を拒否しているので父親から受け継いだ時計工場を手放す危機にあった。マリファナ依存症の72歳のマルコスはスペイン出身のホメオパシー医だが患者は減り続けている。ポーカーの運任せの勝負事で一儲けしようと必勝法を練っていた。それぞれ自分の世界に安住して決定的な敗北を喫したくないと考えていた。しかし三人にも転機が訪れ、安全地帯から脱出しなければならない事態に直面する。サムエルは地元のチャンピオン大会出場の弟子をコーチしたり、ある女性とのチャンスに賭ける決心をする。ホアキンは危機に瀕した時計工場を立て直そうと立ち上がる。マルコスは故国の息子がどうして自分の年金を送ってこないのか調べることにする。愛でも人生でも同じことだが、今日では遅すぎるということはない。映画にはボゴタで一番古いチェス・クラブ「Lasker」、カジノ・カリブ、老舗カフェテリア「ラ・ノルマンダ」が登場する。失われつつあるボゴタの伝統への哀惜がノスタルジーをもって描かれる。
★ナタリア・サンタNatalia Santaは、1977年ボゴタ生れの監督、脚本家、製作者。大学では文学を専攻、2002年ミニ・テレドラの脚本を執筆、2009年テレドラ「Verano en Venecia」の脚本を執筆(1エピソード)。ニコラス・カサノバの「La Azotea」(2015、5分)にアシスタント・プロデューサーとして参画、本作で長編映画デビューを果たす。撮影監督のイバン・エレーラIván Herreraは夫君。彼が長年にわたり撮りためてきたボゴタ市の映像が本作の土台となっている(YouTubeで「ビデオ・ピッチ2013」を見ることができる)。
(ナタリア・サンタ)
★Ivette Liangは、2003年に設立された制作会社「Galaxia 311」の共同設立者・経営者。コロンビア、ペルー、キューバの映画に携わっている。
主人公たちは急ピッチで変貌する大都会ボゴタで生き残りを賭けている
★昔のボゴタの冷えた灰色の湿った声が聞こえてくる。しかしある種のノスタルジーをもって親密な居心地の良い雰囲気が醸しだされてくる。前述したように撮影監督のイバン・エレーラは、超高層ビルを建設するために自宅を取り壊されていくボゴタ市民の生態を長年にわたりフィルムに収めてきた。それが本作を撮ろうとした動機だと監督、「進歩発展という名の下でボゴタの伝統ある場所が次々に消えつつある」とナタリアは危機感を吐露する。「この国では異質のものを疎外したり忘れてしまうことに慣れてしまっている。今のボゴタに残っている姿や声を残す必要がある」と思ったのが最初の動機だった。
(映画にも登場するボゴタで最古のチェス・クラブ「Lasker」の店内)
★「長年、取り壊されずに以前のままで残っている場所もあった。大都市の変化にもかかわらず、以前のスタイルのまま、進歩に抵抗して生き残っている、残り時間が少なくなっている人々の物語です」と監督。ボゴタの中心街は、高層ビルや車がやたら増え、代わりに空き地や伝統が失われつつある。「私たちの歴史的遺産は消滅しようとしています。それは私たちのアイデンティティーの消滅にも繋がると思った」と。「チェス・クラブ Lasker の存在を知り、トーナメント観戦にも出かけて取材した。このチェス・クラブを中心に据えて映画を撮ろうと決め、そうやって造形した人物がチェス・プレイヤーのサムエルだった」と明かす。コロンビア映画にお馴染みのバイオレンスは描かれないが、日に日に減っていくとはいえ仕立て屋、靴屋、バル、カフェテリアなどが、レジスタンスの闘志のごとくスクリーンに堂々と登場する映画のようです。
★キャスト3人の俳優は、主にテレビ界で活躍しているベテラン揃いです。マルコス役のマヌエル・ナバロは、役柄同様スペイン出身の俳優、コロンビア、スペイン両方の映画、TVシリーズに出演しています。スタッフもデビュー作では珍しくありませんが、掛け持ちで担当していることが分かります。
*『ドラゴンのディフェンス』の邦題で、インスティトゥト・セルバンテス東京「第3回コロンビア映画上映会」で日本語字幕で上映されました。(2018年11月13日)
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