『ある殺人者の記録』”Satanas”アンドレス・バイス*第10回LBFF⑤ ― 2013年10月07日 12:49
★『ある殺人者の記録』(2007)は、レトロスペクティブとして上映されるアンドレス・バイスの長編デビュー作です。第3作『暗殺者と呼ばれた男』は、ミゲル・トーレスの小説“El crimen del siglo”を映画化したものですが、内容は大分変っているようです。勿論小説と映画は別のものですから問題ありません。こちらはマリオ・メンドサの同名小説*の映画化ですが、小説も実話をもとにして書かれた。実際に起きた事件→小説→映画、それぞれ登場人物の名前が変更されたり、映画では削除されたりしておりますが、勿論これも問題ありません。
*Mario MENDOZA“Satanás”ノルマ社、コロンビア、2002年刊
★両方とも実際に起きた事件を題材にしていますが、本作と『暗殺者と呼ばれた男』の決定的な違いは時代背景です。1986年12月5日、首都ボゴタの高級レストラン≪ポッゼット≫で起きた事件が語られる。事件そのものより犯罪が起きる前の≪サタン≫の個人史と二極化したコロンビア社会が語られると言ったほうがいい。3本の柱をもつ群像劇。コロンビアで2007年に封切られた6年前の映画ですが、日本では初上映になりますからネタバレは避けねばなりません。もっとも邦題に≪殺人者≫とあるからプロットは若干ネタバレしています(笑)。
*受賞・ノミネート歴*
2007年、ボゴタ映画祭最優秀作品賞受賞
2007年、ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭「金のコロン賞」ノミネート
2007年、サンセバスティアン国際映画祭ホライズンズ・ラティーノ部門、マルセラ・マルがスペシャル・メンション賞受賞
2008年、カルタヘナ映画祭コロンビア映画作品賞受賞
2008年、アリエル賞銀賞ノミネート
*キャスト*
ダミアン・アルカーサルDamian Alcázar(エリセオ)
ブラス・ハラミージョBlas Jaramillo(エルネスト神父)
マルセラ・マルMarcela Mar(パオラ、市場の売り子)
マルセラ・バレンシアMarcela Valencia(アリシア、暗殺者)
マルティナ・ガルシアMartina Garcia(ナタリア、エリセオの生徒)
イサベル・ガオナIsabel Gaona(イレーネ、神父の愛人)
テレサ・グティエレスTeresa Gutiérrez(ドーニャ・ブランカ、エリセオの母)
アンドレス・パラAndrés Parra(パブロ、パオラの友達)
ディエゴ・バスケスDiego Vásquez(アルベルト、同上)
以下脇役:エルナン・メンデス(マリオ、チェスの相手)/エクトル・ガルシア(タクシー・ドライバー)/ヴィッキー・エルナンデス(エリセオの隣人)/クララ・サンペル(ルシア、司書)ほか。
★ダミアン・アルカーサル Damian Alcázar:1953年メキシコのミチョアカン生れ。出演本数98本、もうすぐ3桁になる。日本では「アルカザール」と表記されている。メキシコのアカデミー賞といわれるアリエル銀賞を8回も受賞している超ベテラン。日本公開作品としては、カルロス・カレラの『アマロ神父の罪』(2002、2003公開)、これはメキシコで公開早々上映禁止になった作品。エクアドルのセバスチャン・コルデロの『タブロイド』(2004、2006公開、エクアドル=メキシコ合作“Crónicas”)は、サンダンス映画祭で評価されカンヌ「ある視点」部門に出品された。、劇場未公開だがDVD&TV放映のワルテル・ドエネルの『青い部屋の女』(2002)では脇役の刑事役、ルイス・エストラダの犯罪コメディ“La ley de Herodes”(1999)と“El infierno”(2010)では監督が金賞、アルカーサルが銀賞ほか、アリエル賞の殆どを攫ったが、ゴヤ賞はノミネートに終わった。『ある殺人者の記録』では二つの顔をもつ複雑な演技が求められた。
★ブラス・ハラミージョ Blas
Jaramillo:1968年ボゴタ生れ、2007年8月30日、腹膜炎の悪化により膵臓炎を併発急逝(享年39歳)。父親は画家ルシアーノ・ハラミージョ。TVシリーズ出演の後、本作で映画デビュー、代表作カルロス・モレノの“Perro come perro”(2008“Dog Eat Dog”)の公開を待てなかった。カルロス・フェルナンデス・デ・ソトの“Cuarenta”(2009)が遺作となった。
(ブラス・ハラミージョ)
★マルセラ・マル Marcela Mar:1979年ボゴタ生れ。両親の意向でボゴタの国立劇場に登録した8歳の時から俳優の道へ。1998年“Sin limites”でテレビ界デビュー、テレノベラ“Pura sangre”(2007)の主役に起用される。カルタヘナ映画祭(TVシリーズ部門)に出品された“Todos quieren con Marilyn”(2004)でコロンビアTV賞を受賞。映画デビューは“Tres hombres tres mujeres”(2003、仏コロンビア合作、言語スペイン語)、本作でヒロインのパオラに抜擢される。『コレラの時代の愛』(2007)、再びバイスの第2作『ヒドゥン・フェイス』(2011)、サンセバスティアン映画祭ホライズンズ・ラティーノ部門に出品された本作でスペシャル・メンションを受賞している。美人国コロンビアを代表する180センチという長身の女優。
★マルティナ・ガルシア Martina
Garcia:1981年ボゴタ生れ、ボゴタのFundacion Estudio XXIに学ぶ。エクアドルのセバスチャン・コルデロの“Rabia”(2009“Rage”))出演後スペインに移り、マドリードのフアン・カルロス・コラソの俳優学校に学ぶ。TIFF2009コンペティション部門に『激情』の邦題で上映された折り、監督と製作者と共に来日Q&Aに参加している。映画デビューは“Perder es cuestión de método”(2004)、アンドレス・バイスの本作に続いて第2作になる『ヒドゥン・フェイス』、最新作はフランスのミゲル・コルトワの“Operación E”(2011、仏西合作)。農夫(ルイス・トサール)の妻役(5人の子持ち)を演じて成長ぶりを披露したが、コロンビアではいまだに未公開**。
**ミゲル・コルトワの“Operaciaón E”は、『ある殺人者の記録』と同じように実話を題材にした力作。テレビでは報道されないFARC(コロンビア革命軍)の実態を浮き彫りにしている。Eは2002年2月、FARCによってイングリット・べタンクールと一緒に誘拐されたクララ・ロハスの赤ん坊 Emmanuelの頭文字から取られた(二人は2008年7月に解放された)。母親がバスク生れというコルトワ監督は、過去にETA問題をテーマにした“El Lobo”(2004)“GAL”(2006)を撮っています。「ETAやFARCの問題は自分にとって身近なテーマ」と語っている。
*トレビア*
★エリセオの実名はカンポ・エリアス・デルガドCampo Elias Delgado、小説は実名で登場します。マルセラ・マルが演じたパオラは小説ではマリア、マルティナ・ガルシアが扮したエリセオの生徒ナタリアの実名はクラウディア、小説はマリベルでした。変更のなかったエルネスト神父は例外ということです。
★レストラン≪ポッゼット≫のシーンは、ボゴタの歴史保存地区カンデラリア(観光客の人気スポットがある地区)にある別のイタリアン・レストランで撮影された。
★キイワードは、デモクラシーとは名ばかりのコロンビアの階級社会と圧倒的な経済格差、ベトナム戦争の影、終わりの見えない内戦、親子の断絶、方向性の欠如、カトリック教会、スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』、愛と性、復讐、お決まりの孤独・・など。
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