引退していなかったモンチョ・アルメンダリス*新作を準備中 ― 2016年04月02日 16:09
『心の秘密』からかれこれ20年になる!
★引退の噂もちらほら届いていましたが、新作のニュースが飛び込んできました。“No tengas miedo”を最後に沈黙していた監督、まだ全体像は見えてきませんが、とにかく引退説はデマでした。デビュー作『タシオ』から数えて長編映画は30年間に8作と寡作ですが、『心の秘密』などの映画祭上映により結構知名度はあるほうじゃないかと思います。当時8歳だったハビ役のアンドニ・エルブルも立派な大人になっているはずです。彼の印象深い眼差しが成功の一つだったことは疑いなく、子供ながらゴヤ賞1998では新人男優賞を受賞しました。しかしその後アルメンダリスの“Silencio roto”、短編やTVにちょっと出演しただけで俳優の道は選ばなかったようです。

(左から、アンドニ・エルブル、親友のイニゴ・ガルセス 『心の秘密』から)
★モンチョ・アルメンダリスは、1949年1月、ナバラ県のペラルタ生れ、監督、脚本家、製作者。6歳のときパンプローナに転居、パンプローナとバルセロナで電子工学を学び、パンプローナ理工科研究所で教鞭をとるかたわら短編映画製作に熱中する。バスク独立活動家の殺害に抗議して逮捕、収監されたがフランコの死去に伴う恩赦で出所する。1974年短編デビュー作“Danza de lo gracioso”が、1979年ビルバオのドキュメンタリーと短編映画コンクールで受賞、文化省の「特別賞」も受賞した。1981年ドキュメンタリー“Ikuska 11”などを撮る。検閲から解放され戸惑っていたスペイン映画界も民主主義移行期を経てやっと新しい時代に入っていった。
★1998年、『心の秘密』の成功により、1980年から始まった映画国民賞を受賞、2011年ヒホン映画祭の栄誉賞に当たるナチョ・マルティネス賞、2015年にはナバラに貢献した人に与えられるフランシスコ・デ・ハビエル賞を受賞したばかりである。2009年に始まった賞でナバラの守護聖人サン・フランシスコ・デ・ハビエルからとられ、受賞者の職業は問わない。
★1984年、長編映画デビュー作『タシオ』は、ナバラの最後の炭焼き職人と言われるアナスタシオ・オチョアの物語、年齢の異なる3人の俳優が演じた。プロデューサーにエリアス・ケレヘタ、撮影監督にホセ・ルイス・アルカイネを迎える幸運に恵まれた。この大物プロデューサーの目に止まったことが幸いした。引き続き1986年にケレヘタと脚本を共同執筆した『27時間』がサンセバスチャン映画祭1986銀貝監督賞に輝き、製作者ケレヘタはゴヤ賞1987で作品賞にノミネートされた*。アントニオ・バンデラスやマリベル・ベルドゥが出演している。撮影監督に“Ikuska 11”でタッグを組んだ、北スペインの光と影を撮らせたら彼の右に出る者がないと言われたハビエル・アギレサロベが参加した。自然光を尊重する彼の撮影技法は大成功を収めた『心の秘密』や「オババ」に繋がっていく。

(炭焼きをするタシオ・オチョア、『タシオ』のシーンから)
*ケレヘタは同じテーマでカルロス・サウラの『急げ、急げ』(1980)を製作するなどドラッグに溺れる若者の生態に興味をもっていた。翌年のベルリン映画祭「金熊賞」受賞作ですが、その後主人公に起用した若者たちが撮影中もドラッグに溺れていた事実が発覚、サウラもケレヘタも社会のバッシングに晒され、それが二人の訣別の理由の一つとされた。1980年を前後して社会のアウトサイダーをメインにした犯罪映画「シネ・キンキ」(cine quinqui)というジャンルが形成されるなど、数多くの監督が同じテーマに挑戦した時代でした。

(最近のモンチョ・アルメンダリス、マドリードにて)
★40代から白髪のほうが多かった監督、髪型も変えない主義らしく、その飾らない風貌は小さな相手を威圧しない。ゆっくり観察しながら育てていくのアルメンダリス流、そうして完成させたのが『心の秘密』(1997)でした。脇陣はカルメロ・ゴメス、チャロ・ロペス、シルビア・ムントなど〈北〉を知るベテランが固めた。なかでチャロ・ロペスは本作でゴヤ助演女優賞を受賞したが、カルメロ・ゴメスもイマノル・ウリベの『時間切れの愛』(1994)で主演男優賞、シルビア・ムントはフアンマ・バホ・ウジョアの長編デビュー作“Alas de mariposa”(「蝶の羽」)で主演女優賞を既に受賞していた。現在はそれぞれ舞台や監督業などにシフトしている。以下は、短編及びドキュメンタリーを除いた長編映画リスト。
*長編フィルモグラフィー*
1)1984“Tasio”(邦題『タシオ』)監督・脚本
*1985年フォトグラマス・デ・プラタ賞受賞、シカゴ映画祭1984上映作品
*1985年9月に「スタジオ200」で開催された「映像講座 スペイン新作映画」上映作品
2)1986“27 horas”(邦題『27時間』)監督・共同脚本(エリアス・ケレヘタ)
*サンセバスチャン映画祭1986監督銀貝賞受賞作品
*1989年に東京で開催された「第2回スペイン映画祭」上映作品
*美しい港町サンセバスチャン、ホン(マルチェロ・ルビオ)とマイテ(マリベル・ベルドゥ)は恋人同士、同じ学校に通っているが二人ともヘロイン中毒で殆ど出席していない。漁師の父親の手伝いをしているパチ(ホン・サン・セバスティアン)には二人が理解できないが友達だ。ある日三人はイカ釣りに出かけるが船酔いでマイテが意識を失くしてしまう。マイテが死ぬまでの若者たちの27時間が描かれる。他にヤクの売人にアントニオ・バンデラスが扮している。

(イカ釣りに出掛けたマイテ、ホン、パチ、『27時間』から)
3)1990“Las cartas de Alou”(「アロウの手紙」)監督・脚本
*サンセバスチャン映画祭1990作品賞(金貝賞)・OCIC賞受賞。ゴヤ賞1991オリジナル脚本賞受賞、監督賞ノミネーション。シネマ・ライターズ・サークル賞1992作品賞受賞
*スペインに違法に移民してきた若いセネガル人アロウが、異なった文化や差別について故郷の両親に書き送った手紙。80年代から90年代にかけて顔を持たない無名のアフリカ人が豊かさを求めてスペインに押し寄せた。この不法移民問題は社会的な大きなテーマだった。
4)1994“Historias del Kronen”(「クロネン物語」)監督・脚色
*カンヌ映画祭1995コンペティション正式出品。ゴヤ賞1996脚色賞受賞(共同)、シネマ・ライターズ・サークル賞1996脚色賞受賞(共同)
*ホセ・アンヘル・マニャスの同名小説の映画化。何不自由なく気ままに暮らす大学生のセックスやドラッグに溺れる生態を赤裸々に描いた。クロネンは溜まり場のバルの名前。主役のカルロスにフアン・ディエゴ・ボット(ゴヤ賞新人男優賞ノミネーション)、その姉にカジェタナ・ギジェン・クエルボ、バル「クロネン」で知り合った友人にジョルディ・モリャ、チョイ役だったがエドゥアルド・ノリエガが本作で長編映画デビューを果たした。

(“Historias del Kronen”から)
5)1997“Secretos del corazón”(邦題『心の秘密』)
*1997年ベルリン映画祭ヨーロッパ最優秀映画賞「嘆きの天使」賞受賞ほか、アカデミー賞外国語映画賞スペイン代表作品に選ばれたが、翌年のゴヤ賞では監督賞・脚本賞はノミネーションに終わった。
*1998年3月シネ・ヴィヴァン・六本木で開催された「スペイン映画祭‘98」上映作品
6)2001“Silencio roto”(「破られた沈黙」)監督・脚本
*トゥールーズ映画祭2001学生審査員賞、スペシャル・メンション受賞。ナント・スペイン映画祭2002ジュール・ヴェルヌ賞受賞。他
*1944年冬、21歳のルシア(ルシア・ヒメネス)は故郷の山間の村に戻ってくる。若い鍛冶職人マヌエル(フアン・ディエゴ・ボット)と再会するが、彼はフランコ体制に反対するレジスタンスのゲリラ兵「マキmaquis」を助けていたため追われて山中に身を隠す。監督の父親が農業のかたわら蹄鉄工でもあったことが背景にあるようです。“Historias del Kronen”で主役を演じたフアン・ディエゴ・ボットを再び起用、他に彼の姉マリア・ボットや、アルメンダリスお気に入りのベテラン女優メルセデス・サンピエトロが共演している。本作でシネマ・ライターズ・サークル賞2002の助演女優賞を受賞した。

(再会したルシアとフアン、“Silencio roto”から)
7)2005“Obaba”(「オババ」)監督・脚色(原作者との共同執筆)
*サンセバスチャン映画祭2005コンペティション正式出品、ゴヤ賞2006では作品賞を含む10部門にノミネーションされたが録音賞1個にとどまった。
*ベルナルド・アチャガが1988年にバスク語で発表した短編集『オババコアック』(翻訳書タイトル)の幾つかを再構成して映画化。映画は作家自らが翻訳したスペイン語版が使用された。女教師役のピラール・ロペス・デ・アジャラがACE賞2006の最優秀女優賞を受賞、彼女はゴヤ賞助演女優賞にもノミネートされている。現在公開中のカルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』のヒロイン、バルバラ・レニーも新人女優賞にノミネートされた。

(ピラール・ロペス・デ・アジャラ、“Obaba”から)
8)2011“No tengas miedo”(「怖がらないで」)監督・脚本(ストリーはマリア・L・ガルガレリャと共作)
*カルロヴィ・ヴァリ映画祭2011コンペティション正式出品、シネマ・ライターズ・サークル賞2012作品賞・監督賞ノミネーション
*父親の娘に対する児童性的虐待がテーマ。父親にリュイス・オマール、娘シルビアには年齢(7歳、14歳、成人)ごとに3人に演じさせた。離婚して別の家庭をもった母親(ベレン・ルエダ)にも信じてもらえず、トラウマを抱えたまま成人したシルビアにミシェル・ジェンナーが扮した。この難しい役柄でシネマ・ライターズ・サークル賞2012とサン・ジョルディ賞2012の女優賞を受賞した。ゴヤ賞2012でも新人女優賞にノミネートされるなど彼女の代表作となっている。間もなくスペイン公開となるアルモドバルの新作“Julieta”にも出演している。

(左から、ベレン・ルエダ、ヌリア・ガゴ、監督、ミシェル・ジェンナー、リュイス・オマール)
○以上が長編映画8本のアウトラインです。受賞歴はアルメンダリス監督のみに限りました。
準備中の新作のテーマは霧のなか?
★監督の家族は〈赤い屋根瓦の家〉として知られていた精神科病院の前に住んでいた。モンチョが両親に「映画の道に進みたい」と打ち明けると、「息子をこの〈赤い屋根瓦の家〉に監禁しなくちゃ」と母親は考えたそうです(納得)。何しろパンプローナ理工科研究所の教師の職にあり安定した生活をしていたから、映画監督などとんでも発奮でした。37歳の長編デビューは当時としては遅咲きでした。『27時間』や“Historias del Kronen”のような若者群像をテーマにしたのは、かつて自分が教えていた若い世代にのしかかる危機が気にかかっていたからのようです。
★DAMA(Derechos de Autor Medios Audiovisuales 視聴覚著作権)、SGAE(Sociedad General de Autores y Editores 著作者と出版社の全体を総括する協会)の仕事に携わりながら教鞭をとっている。教えることが好きなのでしょう。引退したわけではなく常に映画のことを模索している。フアン・ディエゴ・ボットによると、二つほど企画中のプロジェクトがおじゃんになってしまったが、現在取り憑かれているテーマがあるそうです。
★「今どうしていると訊かれれば、映画のことを考えている」と答えている。「それは居心地よくワクワクするから。山ほど難問があるけれど、オプティミストになろうと努めている。人間的な善良さについての立派な映画や小説はあるけれども、私は自分たちが抱えている悩みや困難について語りたいと考えています」と監督。結局、長編第9作となる新作のテーマは明かされず、あれこれ類推するしかないようですが、フアン・ディエゴ・ボットを起用するのかもしれない。
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://aribaba39.asablo.jp/blog/2016/04/02/8063581/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。