アルベルト・セラの『パシフィクション』*東京国際映画祭2022 ③2022年10月13日 16:26

       ワールド・フォーカス部門――ラテンビート映画祭共催作品

 

       

 

★ワールド・フォーカス部門には、第19回ラテンビート映画祭 IN TIFFとして、コロンビア映画アンドレス・ラミレス・プリドの『ラ・ハウリア』(スペイン語)、同時上映のアルゼンチンからルクレシア・マルテルの短編『ルーム・メイド』(12分)、ポルトガル語映画ジョアン・ペドロ・ロドリゲスジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタの『この通りはどこ? あるいは、今ここに過去はない』とロドリゲスの『鬼火』、今回アップするアルベルト・セラ『パシフィクション』(仏語・英語)がエントリーされています。

 

★『パシフィクション』は、カンヌ映画祭2022コンペティション部門ノミネート作品、批評家からは絶賛されましたが、万人受けする映画でないことは確かです。カンヌ以降数々の映画祭で上映されていますが、目下のところデータベースを探す限り受賞歴はないようです。当ブログでは第75回カンヌ映画祭でアウトラインはアップ済みですが、TIFF とラテンビート共催作品ということで改めてご紹介します。スペイン・プレミアはサンセバスチャン映画祭メイド・イン・スペイン部門で上映されました。

カンヌ映画祭2022の記事は、コチラ20220610

   

    

     (左から、パホア・マハガファナウ、ブノワ・マジメル、セラ監督、

       モンセ・トリオラ、カンヌ映画祭2022526日フォトコール)

 

 

『パシフィクション』(原題「Tourment sur les iles」 英題「Pacifiction」)

製作:Andergraund Films / Arte France Cinéma / Institut Catala de les Empreses Culturals ICEC / ICAA / Rosa Films / Rádio e Televisao de Portugal RTP / Tamtam Film / TV3

監督・脚本:アルベルト・セラ

撮影:アルトゥール・トルト(トール)

編集:アリアドナ・リバス、アルベルト・セラ、アルトゥール・トルト

音楽:マルク・ベルダゲル

音響:ジョルディ・リバス

プロダクション・マネジメント:Eugénie Deplus、クラウディア・ロベルト

製作者:マルタ・アルベス、ピエール=オリヴィエ・バルデ(仏)、ダーク・デッカー、ジョアキン・サピニョ(葡)、アンドレア・シュッテSchütte、アルベルト・セラ、(エグゼクティブ)モンセ・トリオラ(仏)、ローラン・ジャックマン、エリザベス・パロウスキー、ほか

 

データ:製作国フランス=スペイン=ドイツ=ポルトガル、フランス語・英語、2022年、スリラードラマ、165分、配給Films Boutique、公開スペイン(バルセロナ、マドリード)、アンドラ、フランス(119日)

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2022コンペティション部門、エルサレムFF 国際映画部門、北京FF、香港FF、トロントFF、ミュンヘンFF、サンセバスチャンFFメイド・イン・スペイン部門BFI ロンドンFF、ニューヨークFF、釜山FF、リガFFゲントFFTIFF、ほか

 

キャスト:ブノワ・マジメル(ド・ロレール De Roller)、セルジ・ロペス(モートン)、リュイス・セラー(ロイス)、パホア・マハガファナウ(シャナ)、モンセ・トリオラ(フランチェスカ)、マルク・スジーニ(ラミラル)、マタヒ・パンブルン(マタヒ)、セシル・ギルベール(ロマネ・アティア)、バティスト・ピントー、マイク・ランドスケープ、マレバ・ウォン、アレクサンドル・メロ、ミヒャエル・ヴォーター、ラウラ・プルヴェ、ローラン・ブリソノー、サイラス・アライ、ほか

 

ストーリー:フランス領ポリネシアのタヒチ島で、共和国高等弁務官を務めるフランス政府高官のド・ロレールは、完璧なマナーを備えた計算高い人物である。公式のレセプションでも非合法な機関でも同じように、彼は地元住民の意見に耳を傾けることを怠らず、いつ何時でも彼らの怒りをかき立てることができるようにしています。そして非現実的な存在の潜水艦の目撃が、フランスの核実験再開を告げる可能性があるという根強い噂が広まるときには尚更です。不確実性、疑惑、不作為、フェイクニュースが蔓延する政治スリラー。

 

       

    (リネンの白ジャケットで身を固めたブノワ・マジメル、フレームから)

 

★前作『リベルテ』よりもストーリーテリングに重きをおいて少しは親しみやすくなっているようですが、正統的な物語システムとは異なっているようで、逆により複雑になっている印象をうけます。「類似作品を見つけることは不可能」と批評家、困りますね。カンヌでは165分の長尺にもかかわらず、上映後のオベーションは7分間と、批評家やシネマニアには受け入れられましたが、万人受けでないことは明らかでしょう。フランスで小説家として成功して故郷に戻ってきた女性との奇妙なロマンスも語られるようですが、エロティシズムは潜在的、前作『リベルテ』とは打って変わってセックスシーンはスクリーンから除外されている。予告編から想像できるのは、何の対策も持ち合わせていない政治家たちを批判しているようです。タイトルとは異なり不穏な雰囲気が漂っている。

 

       

   


   

★監督紹介:1975年カタルーニャのジローナ県バニョラス生れ、監督、脚本家、製作者、舞台演出家。2003年、故郷ジローナ県の小村クレスピアを舞台にアマチュアを起用したミュージカル「Crespia」(84分)で長編デビューをする。2006年、第2『騎士の名誉』がカンヌFF と併催の「監督週間」で上映され、批評家の注目を集める。2009年からガウディ賞に発展するバルセロナ映画賞カタルーニャ語作品賞・新人監督賞受賞、トリノFF脚本賞他、ウィーンFFFIPRESCI 賞などを受賞する。2008年の『鳥の歌』(モノクロ、カンヌ監督週間)は、名称が変わった第1回ガウディ賞のカタルーニャ語部門の作品賞と監督賞を受賞した。2010年コメディ「Els noms de Crist」(仮題「キリストの名前」ロッテルダムFF2012出品)、2011年ドキュメンタリー『主はその力をあらわせり』2013年、女性遍歴のすえ最後の日々を送るカサノヴァと不死を生きるドラキュラの出会いを退廃と暴力で描いた『私の死の物語』(ロカルノFF)で金豹賞を受賞し、大きな転機となる。

 

      

            (金豹賞のトロフィーを手にした監督、ロカルノ映画祭2013

 

2016『ルイ14世の死』(カンヌ特別招待作品)は、シネフォリア映画賞グランプリ以下、ジャン・ヴィゴ賞、エルサレムFFインターナショナル作品賞など数々の国際映画賞を受賞した。201711月、監督を招いて開催された広島国際映画祭で「アルベルト・セラ監督特集」が組まれ本作と『鳥の歌』、引き続きアテネ・フランセ文化センターでは、『騎士の名誉』、『私の死の物語』にドキュメンタリをー加えた5作が上映された。翌2018年の劇場公開(526日シアター・イメージフォーラム)に先駆けて、「〈21世紀の前衛〉アルベルト・セラ お前は誰だ!?」(19日~25日)と銘打ったセラ特集上映会が開催され、ドキュメンタリーを含む過去の4作が同館でレジタル上映された。監督は会期中に再び来日している。

  

     

   (ジャン・ヴィゴ賞受賞のセラ監督)

 

2019『リベルテ』(原題「Liberaté138)は、カンヌ映画祭「ある視点」にノミネートされ、特別審査員賞を受賞した他は、ガウディ賞、シネフォリオ映画賞、モントリオールFF、ミュンヘンFFともノミネートに止まった。前年2月、ベルリンのフォルクスビューネ劇場で、セラ自身の演出で初演されたものがベースになっている。晩年のヴィスコンティが寵愛したヘルムート・バーガーが両方に主演している。本作に出演者のうちマルク・スジーニ、リュイス・セラー、ラウラ・プルヴェ、バティスト・ピントー、モンセ・トリオラなどが新作と重なっている。なお邦題は、20203月アンスティチュ・フランセ関西でR16の制限付きで上映されたときに付けられた。

 

『私の死の物語』の紹介記事は、コチラ20130825

『リベルテ』作品紹介&監督フィルモグラフィーは、コチラ20190425

 

★セラの全作品を手掛けるモンセ・トリオラは、カタルーニャ出身のプロデューサー、女優でもある。制作会社 Andergraund Films の代表者。女優としてはセラのデビュー作「Crespia」以下、『騎士の名誉』、『鳥の歌』、「キリストの名前」、『私の死の物語』、『リベルテ』、『パシフィクション』に出演、新作では故郷に戻ってきた作家を演じるようです。「ヨーロッパには、アングロサクソン諸国とは違って、他国との共同製作の伝統があり、弱小のプロジェクトにとっては大変働きやすい」と語っている。下の写真は『リベルテ』がノミネートされたガウディ賞2020のフォトコール、衣装デザイナーのローザ・タラットが衣装賞を受賞した。

    

     

 (左から、モンセ・トリオラ、セラ監督、ローザ・タラット、ガウディ賞2020ガラ)

 

★チケット発売は1015日と目前ですが、ラテンビート2022のサイトは Coming soon です。

カルロス・ベルムトの『マンティコア』*東京国際映画祭2022 ②2022年10月08日 16:05

     カルロス・ベルムトの第4作目『マンティコア』はスリラードラマ

 

       

 

カルロス・ベルムトの第4作目『マンティコア』は、コンペティション部門上映、既にトロント映画祭 tiff でワールドプレミアされました。スペインではシッチェス映画祭でプレミアされ、東京国際映画祭 TIFF にもやってきます。当ブログでは3作目の『マジカル・ガール』(14)と4作目の『シークレット・ヴォイス』(18)を紹介しています。

『マジカル・ガール』の主な作品紹介は、コチラ20150121

『シークレット・ヴォイス』の主な作品紹介は、コチラ20190313

 

 『マンティコア』(原題「Manticora」英題「Manticore」)

製作:Aquí y Allí Films / BTeam Pictures / Crea SGR / Punto Nemo / ICAA / 

   Movistar/ RTVE / TV3

監督・脚本:カルロス・ベルムト

撮影:アラナ・メヒア・ゴンサレス

編集:エンマ・トゥセル

キャスティング:マリア・ロドリゴ

プロダクション・デザイン&美術:ライア・アテカ

セット:ベロニカ・ディエス

衣装デザイン:ビンイェット・エスコバル

メイクアップ&ヘアー:ヘノベバ・ガメス(メイク部主任)、アイダ・デル・ブスティオ(ヘアー)

プロダクション・マネジメント:ララ・テヘラ(主任)、ラウラ・ガルシア

製作者:ペドロ・エルナンデス・サントス(Aquí y Allí Films)、アレックス・ラフエンテ(BTeam Pictures)、ロベルト・ブトラゲーニョ、アマデオ・エルナンデス・ブエノ、アルバロ・ポルタネット・エルナンデス、(エグゼクティブ)ララ・ぺレス=カミナ、アニア・ジョーンズ

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2022年、スリラードラマ、115分、撮影地マドリード、カタルーニャ州、20215月~7月、ICAA 2020の選考委員会の最高評価を受け製作資金を得る。配給 BTeam Pictures、国際販売フィルム・ファクトリー、スペイン公開114

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2022コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門でワールドプレミア913日、オースティン・ファンタスティック・フェスト923日、BFIロンドン映画祭105日、シッチェス映画祭(カタルーニャ国際ファンタスティックFF107日、東京国際映画祭コンペティション部門正式出品1026

  

キャスト:ナチョ・サンチェス(フリアン)、ゾーイ・スタイン(ディアナ)、カタリナ・ソペラナ、ビセンタ・ンドンゴ、イグナシオ・イサシ(スンマ医師)、ミケル・インスア、ハビエル・ラゴ、アンヘラ・ボア、ジョアン・アマルゴス、パトリック・マルティノ、アルバロ・サンス・ロドリゲス(クリスティアン)、アルベルト・オーセル(ラウル)、アランチャ・サンブラノ(外傷学の医師)、チェマ・モロ(警官)、アイツィベル・ガルメンディア(サンドラ)ほか多数

    


               (ディアナとフリアン)

 

ストーリー:フリアンはビデオゲーム会社のデザイナーで、ゲーマーが好むモンスターやクリーチャーを作成している。内気なフリアンは或る暗い秘密に悩まされているのだが、彼の人生にディアナが現れたことで一筋の光を目にする。現代の愛と私たちのなかに住んでいる本物のモンスターについての神秘的な物語、フリアンのトラウマは恐ろしい強迫観念として現れる。

 

             愛し、愛されることの重要性

 

カルロス・ベルムト(本名Carlos López del Rey):1980年マドリード生れ、監督、脚本家、撮影監督、漫画家、製作者。マドリードの美術学校でイラストレーションを学び、日刊紙エル・ムンドのイラストレーターとしてスタートした。2006年、最初のコミックEl banyan rojo が、バルセロナ国際コミックフェアで評価された。長編映画デビューはミステリーコメディ「Diamondo flash」(11)、第2作がサンセバスチャン映画祭2014の金貝賞受賞の『マジカル・ガール』、監督賞とのダブル受賞となった。第3『シークレット・ヴォイス』(原題「Quién te cantará」)もサンセバスチャンFF2018コンペティション部門にノミネートされたが、フェロス・シネマルディア賞受賞に止まった。翌年のフェロス賞ではポスター賞を受賞している。

    

        

    (金貝賞のトロフィーを手にしたカルロス・ベルムト、SSIFF 2014ガラ)

 

4作目となる『マンティコア』はSSIFFにはノミネートされなかった。「現実に私たちのなかに棲んでいる本物のモンスターについての物語です。地下鉄やパン屋の行列のなかに紛れ込んでいます。また愛し愛されることの重要性が語られます」とベルムト。ホラー映画が初めてサンセバスチャン映画祭セクション・オフィシアルにノミネートされたことで話題を集めたパコ・プラサの「La abuela」(21)の脚本を執筆している。数々の受賞歴のある短編映画3作、短編ビデオ1作、コミック3作、うち2012年刊行されたCosmic Dragon は、鳥山明の『ドラゴンボール』のオマージュとして描かれた。

 

      

 

スタッフ紹介:メインプロデューサーのペドロ・エルナンデス・サントスは、アントニオ・メンデス・エスパルサの「Aquí y Allí」(邦題『ヒア・アンド・ゼア』)を製作するために立ち上げた「Aquí y Allí Films」の代表者。『マジカル・ガール』以下の3作をプロデュースしている。「非の打ち所がなく容赦ないカルロス・ベルムトのような監督の映画をプロデュースすることは常に喜びですが、本当に贅沢なことです」とエルナンデス・サントス。

 

BTeam Pictures のプロデューサーアレックス・ラフエンテは、イサキ・ラクエスタの『二筋の川』、ピラール・パロメロのデビュー作『スクール・ガールズ』や新作「La maternal」を手掛けている。「カルロス・ベルムトの視点で語られる本作は、最初の瞬間から私たちの心を動かす」とラフエンテ。撮影監督のアラナ・メヒア・ゴンサレスは、カルラ・シモンやルシア・A・イグレシアスなど受賞歴のある短編を十数本手掛けてきたが、今回本作で長編デビューを果たした。続いてSSIFF 2022のドゥニャ・アヤソ賞を受賞したロシオ・メサの「Secaderos / Tobacco Barns」も担当、この後も多くの監督からオファーを受け引っ張り凧です。他、スタッフは概ねバルセロナ派で固めている。

 

キャスト紹介:フリアン役のナチョ・サンチェスは、1992年アビラ生れ、舞台出身の演技派、2018年、演劇界の最高賞と言われるマックス賞を弱冠25歳で受賞している。ホルヘ・カントスの短編「Take Away」(16)や「Solo sobrevivirán los utopistas」(18)他、フアン・フランシスコ・ビルエガの「Domesticado」(18)、TVシリーズに出演したのち、2019ダニエル・サンチェス・アレバロSEVENTEENセブンティーンで長編映画にデビューした。つづいてアチェロ・マニャスの「Un mundo normal」(20)に出演、直近のTVシリーズとしては「Doctor Portuondo」(21630分)にキューバの名優ホルヘ・ぺルゴリアと共演している。

ナチョ・サンチェスの紹介記事は、コチラ20190921

  

       

   

                        (マックス賞授賞式、2018年)

 

★ディアナ役のゾーイ・スタインは、本作が長編映画デビューとなる。2011年、パウ・テシドルの短編ファンタジー・ホラー「Leyenda」で10歳の少女役でデビューする。カタルーニャ語のTVムービー、ラモン・パラドのコメディ「Amics per sempre」(17)に出演、TVシリーズでは201921年の「Merli. Sapere Aude」(1650分)に5話出演、「La caza.Monteperdido」(2470分)に8話出演、2023年から第1シーズンが始まるスリラー「La chica invisible」(8話)には主役フリアに抜擢され、ダニエル・グラオと父娘を演じる。最初ディアナ役にはクララ・ヘイルズがアナウンスされていたが変更されたようです。

 

   

      

                           (フレームから)

 

★タイトルに使われた「マンティコア」は、スフィンクスと同じように伝説上の生き物、人間のような顔、ライオンのような胴体、有毒な針をもつサソリのような尾があり、ペルシャ語で〈人喰い〉を意味する人面獣マルティコラスからきている。アリストテレスの『動物誌』にはマルティコラスと正しくあったのを写本でマティコラスと誤記され、それをプリニウスが『博物誌』に採用したため誤記のまま後世に広まった。ラテン語マンティコラmanticora、邦題『マンティコア』は英名manticoreのカナ表記。

   

     

             (ベルムト監督が描いたマンティコラ)

   

追加情報『マンティコア―怪物―』の邦題で、2024年4月19日公開。


第35回東京国際映画祭2022*ラインナップ発表 ①2022年09月24日 15:09

           コンペティション部門3作を含む8作が上映される

 

       

 

921日、35回東京国際映画祭 TIFF 2022ラインナップの発表会がありました。今年は1024日~112日までと若干早い。当ブログ関連作品はコンペティション部門3作、ガラ・セレクション部門1作、ワールド・フォーカス部門(ラテンビート映画祭共催)のポルトガル映画2作を含む4作、漏れがなければ合計8作です。うち5作が既に作品紹介をしています。未紹介のスペイン映画、カルロス・ベルムト『マンティコア』は、トロント映画祭コンテンポラリー・ワールド・シネマ tiff でワールド・プレミアされています。スペイン・プレミアは多分サンセバスチャン映画祭終了後に開催されるシッチェス映画祭と思います。

 

★サンセバスチャン映画祭が終了後にアップ予定ですが、一応タイトルだけ列挙しておきます。 

   

コンペティション部門

1)1976(「1976」)チリ=アルゼンチン=カタール、スペイン語、ドラマ、97

 監督マヌエラ・マルテッリ

作品紹介は、コチラ⇒2022年09月13日 

    

     

 

2)『ザ・ビースト』(「As Bestas / The Beastas」)スペイン=フランス、スペイン語・フランス語・ガリシア語、ドラマ、138

 監督ロドリゴ・ソロゴジェン

作品紹介は、コチラ⇒2022年06月10日 

   


    

3)『マンティコア』(「Manticora / Manticore」)スペイン、スペイン語、ドラマ、116分 

 監督カルロス・ベルムト

作品紹介は、コチラ⇒2022年10月08日

 

  


      

ガラ・コレクション部門

4)『バルド、偽りの記録と一握りの真実』(「Bardo, Falsa cronica de una cuantas verdades」)メキシコ、スペイン語、ドラマ、174

 監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

作品紹介は、コチラ⇒2022年09月08日

      


      

ワールド・フォーカス部門(第19回ラテンビート映画祭IN TIFF)共催

5)『ラ・ハウリア』La jauría」)コロンビア=フランス、スペイン語、ドラマ、88

 監督アンドレス・ラミレス・プリド

作品紹介は、コチラ⇒2022年08月25日 

   


       

*『ルーム・メイド』Maid短編)アルゼンチン=メキシコ、スペイン語、12分、併映

 監督ルクレシア・マルテル

作品紹介は、コチラ⇒2022年10月19日

 

 

6)『パシフィクション』(「Pacifiction / Tourment sur les iles」)スペイン=フランス=ドイツ=ポルトガル、仏語・英語、ドラマ、165

 監督アルベルト・セラ

作品紹介は、コチラ⇒2022年10月13日 

      


      

7)『この通りはどこ? あるいは、今ここに過去はない』(「Where Is This Streetor With No Before And After」)ポルトガル=フランス、ポルトガル語、ドキュメンタリー、88分、カラー&モノクロ

 監督ジョアン・ペドロ・ロドリゲスジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタ

    


     

8)『鬼火』(「Fogo-Fátua / Will-o-the Wisp」)ポルトガル=フランス、ポルトガル語・英語、ドラマ、67

 監督ジョアン・ペドロ・ロドリゲス

作品紹介は、コチラ⇒2022年10月25日

   


    

 

TIFFの『マンティコア』紹介文は、「ゲームのデザイナーとして働く若い男性とボーイッシュな少女との恋愛の行方を描く」とテーマの本質が若干ずれていることもあり、いずれ作品紹介を予定しています。タイトルが「マンティコア」、監督が『マジカル・ガール』のベルムトですから、青年と少女の恋の行方のはずがない。確かに二人は恋をするのですが・・・。ゲーム・デザイナーのフリアン役に、ダニエル・サンチェス・アレバロの『SEVENTEENセブンティーン』(19)で主役を演じたナチョ・サンチェスが扮するのも魅力の一つ、フィルム・ファクトリーが販売権を独占したということですから公開が期待できます。

    

     

         (ナチョ・サンチェスを配した、トロント映画祭のポスター)

 

★ポルトガルの『この通りはどこ? あるいは、今ここに過去はない』は、パウロ・ローシャの傑作『青い年』(65)をめぐるドキュメンタリー、先ずそちらから見る必要がありそうです。上記のように邦題は直訳なので、原題探しで迷子にならなくて助かります。また新型コロナウイルス対策として、映画祭スタッフは「マスクの常時着用」、抗原検査ほかを実施する(921日の決定)。チケット一般販売は1015日から。

   
*追加情報
:「ユースTIFF ティーンズ」部門に、スペインのエレナ・ロペス・リエラのデビュー作『ザ・ウォーター』が漏れていました。追加しておきました。

作品紹介は、コチラ⇒2022年10月17日

 

マヌエラ・マルテッリ、監督デビュー*サンセバスチャン映画祭2022 ⑭2022年09月13日 17:23

    ホライズンズ・ラティノに「1976」で監督デビューしたマヌエラ・マルテッリ

 

       

 

★女優として実績を残しているマヌエラ・マルテッリ(サンティアゴ1983)が1976で長編監督デビューを果たしました。チリの1976年という年は、ピノチェト軍事独裁政権の3年目にあたり、隣国アルゼンチン同様、多くの民間人の血が流された年でもあった。マルテッリ自身は生まれていませんでしたが、ピノチェト時代(197390)は延々と続いたから空気は吸って育ったのです。主人公カルメンの造形は会ったことのない祖母の存在を自問したとき生まれたと語っています。アウトラインはアップ済みですが、チリ映画の現状も含めて改めてご紹介します。アメリカ公開は「1976」では映画の顔として分かりづらいということから「Chile 1976」とタイトルが変更されたようです。

 

 1976

製作:Cinestacion / Wood Producciones / Magma Cine

監督:マヌエラ・マルテッリ

脚本:マヌエラ・マルテッリ、アレハンドラ・モファット

音楽:マリア・ポルトゥガル

撮影:ソレダード(ヤララYarará)・ロドリゲス

美術:フランシスカ・コレア

編集:カミラ・メルカダル

衣装:ピラール・カルデロン

録音:ジェシカ・スアレス

キャスティング:マヌエラ・マルテッリ、セバスティアン・ビデラ

メイクアップ:バレリア・ゴッフレリ、カタリナ・ペラルタ

製作者:オマール・ズニィガ、ドミンガ・ソトマヨール・カスティリョ、アレハンドロ・ガルシア、アンドレス・ウッド、フアン・パブロ・グリオッタ、ナタリア・ビデラ・ペーニャ、他

 

データ:製作国チリ、アルゼンチン、カタール、2022年、スペイン語、スリラードラマ、95分、販売Luxbox、アメリカ公開は今冬予定。

映画祭・受賞歴:トゥールーズ(ラテンアメリカ)映画祭2022グランプリ・特別賞・ルフィルム・フランセ賞3冠、カンヌ映画祭併催の「監督週間」正式出品、ゴールデンカメラ賞ノミネート、ブリュッセル映画祭インターナショナル部門出品、エルサレム映画祭デビュー部門「インターナショナル・シネマ賞」受賞、メルボルン映画祭コンペティション部門出品、リマ映画祭作品賞を含む3冠、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門正式出品、ロンドン映画祭デビュー作部門

 

キャスト:アリネ・クッペンハイム(カルメン)、ニコラス・セプルベダ(エリアス)、ウーゴ・メディナ(サンチェス神父)、アレハンドロ・ゴイック(カルメンの夫ミゲル)、アマリア・カッサイ(同娘レオノール)、カルメン・グロリア・マルティネス(エステラ)、アントニア・セヘルス(ラケル)、マルシアル・タグレ(オズバルド)、ガブリエル・ウルスア(トマス)、ルイス・セルダ(ペドロ)、アナ・クララ・デルフィノ(クララ)、エルビス・フエンテス(隣人ウンベルト)、他多数

   

ストーリーチリ、1976年。カルメンはビーチハウスの改装を管理するため海岸沿いの町にやってくる。冬の休暇には夫、息子、孫たちが行き来する。ファミリーの神父が秘密裏に匿っている青年エリアスの世話を頼んだとき、カルメンは彼女が慣れ親しんでいた静かな生活から離れ、自身がかつて足を踏み入れたことのない危険な領域に放り込まれていることに気づきます。ピノチェト政権下3年目、女性蔑視と抑圧に苦しむ一人の女性の心の軌跡を辿ります。

 

        

        (支配階級のシンボル、パールのネックレス姿のカルメン)

 

            チリ映画の隆盛――「クール世代」の台頭

 

★ピノチェト軍政下では、映画産業は長いあいだ沈黙を強いられ、才能流出が止まりませんでした。『トニー・マネロ』や『No』で知られるパブロ・ララインを中心に、若い世代が集まってグループを結成、自らを「Generation High Dedinition」(高品位があると定義された世代)「クール世代」と称した。指導者はチリ映画学校の設立者カルロス・フローレス・デルピノ、メンバーは監督ではパブロ・ラライン、アンドレス・ウッド、セバスティアン・レリオ、アリシア・シェルソン、クリスティアン・ヒメネス、セバスティアン・シルバ、ドミンガ・ソトマヨール、アレハンドロ・フェルナンデス、ララインの実弟である製作者フアン・デ・ディオス・ラライン、撮影監督ミゲル・ジョアン・リティン、俳優アルフレッド・カストロ、アントニア・セヘルスなどが中心になっており、当ブログではそれぞれ代表作品を紹介しています。 


★本作の特徴は女性スタッフの多さですが、製作者の一人ドミンガ・ソトマヨール・カスティリョは『木曜から日曜まで』の監督であり、ラケル役のアントニア・セヘルスは、パブロ・ララインと結婚、彼の「ピノチェト政権三部作」すべてに出演していましたが、『ザ・クラブ』を最後に2014年離婚してしまいました。言語が共通ということもあって「クール世代」はアルゼンチン、ベネズエラ、メキシコなどのシネアストとの合作が多いことも特色です。なかにはセバスティアン・シルバ(『家政婦ラケルの反乱』)のようにゲイであるためチリ社会の偏見に耐えかねてアメリカに脱出してしまった監督もおりますが、昨今のチリ映画の隆盛はこのグループの活躍が欠かせませんでした。ラテンビート、東京国際映画祭、東京フィルメックスなどで紹介される作品のほとんどがクール世代の監督です。概ね1970年以降の生れですが、ここにマルテッリのような80年代生れが参入してきたということでしょうか。

 

         音楽も色彩もメタファーの一つ、マルテッリの視覚言語

 

★カルメンは独裁政権の直接の協力者ではないが被害者でもなく、ただ傍観者である。医師である夫がピノチェトの協力者であること、それで経済的な恩恵を受けていることを知っており、政権との対立で窮地に陥ると夫の名前を利用する。ただこの共謀にうんざりしている。真珠のネックレス、カシミアのコート、流行の靴を履いているが、屈辱的な壁の花である。なりたかったのは医師であり主婦ではなかった。子育てに専念するため断念したという母親を娘は軽蔑する。

 

           

           (カルメン役のアリネ・クッペンハイム、フレームから)

 

★カルメンは特権的な立場にあるが、逃亡者エリアスとの関係は、夫が妻を過小評価していることを利用しており危険すぎる。彼女の行動は最初政治的ではなかったが、やがて政治的なものになっていく。予告編の冒頭にある瓶のなかの金魚のようにカルメンは閉じ込められているが、飛びだせば永遠に〈行方不明者〉になる。予告編に現れる鮮やかなペンキの色は、観客を不穏な雰囲気に放り込む。受話器から聞こえるノイズ、シンセサイザーの耳障りな音楽はカルメンの危機を予感させる。メタファーを読みとく楽しみもありそうです。

   

        

            (逃亡者エリアス役のニコラス・セプルベダ)

  

マヌエラ・マルテッリ Manuela Abril Martelli Salamovich 監督紹介1983年チリのサンティアゴ生れ、女優、監督、脚本家。父親はイタリア出身、母親はクロアチア出身の移民、中等教育はサンティアゴの北東部ビタクラのセント・ジョージ・カレッジで学んだ。最終学年にゴンサロ・フスティニアーノB-Happy03)のオーディションに応募、主役を射止める。本作の演技が認められハバナ映画祭2003女優賞を受賞した。高校卒業後、2002年、チリのカトリック司教大学で美術と演技を並行して専攻、2007年卒業した。2010年、フルブライト奨学金を得てアメリカに渡り、テンプル大学で映画制作を学んでいる。

 

2004年、アンドレス・ウッドMachuca(『マチュカ-僕らと革命』DVD)に出演、アルタソル女優賞を受賞、TVシリーズ出演をスタートさせている。2008年、ウッド監督のオファーを受けてLa buena vida(『サンティアゴの光』ラテンビート2009)に出演、監督デビュー作「1976」のヒロイン、アリネ・クッペンハイムの娘役を演じた。ラテンビートには監督が来日、Q&Aがもたれた。セバスティアン・レリオの「Navidad」(09)他、短編、TVシリーズ出演がある。

 

★国際舞台に登場したのは、ロベルト・ボラーニョの短編 Una novelita lumpen を映画化した、アリシア・シェルソンIl futuro13、イタリアとの合作)でした。マヌエラはヒロインのビアンカに扮し、オランダのカメレオン名優ルトガー・ハウアーと共演した。サンダンス映画祭でプレミアされ、ロッテルダム、トゥールーズ、サンフランシスコなど国際映画祭で上映された。ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭2013で銀のコロン女優賞、シェルソンが監督賞を受賞した。本邦では『ネイキッド・ボディ』の邦題で翌年DVD化されている。第57回ロカルノFF2014にノミネートされたマルティン・Rejtmanの「Dos disparos」に出演している。

 

 

 (ニコラス・ヴァポリデュス、ルトガー・ハウアー、監督、マルテッリ、サンダンスFF2013

 

★監督、脚本家としては、2014年の短編「Apnea」(7分、チリ=米)が、チリのバルディビアFF2014で上映された他、アルゼンチンのBAFICIブエノスアイレス・インディペンデントFF2015、トゥールーズ・シネラティーノ短編FFにも出品された。カンヌの監督週間2014Fortnight」のプログラム、チリ・ファクトリーに選ばれ、アミラ・タジディンと「Land Tides / Marea de tierra」(チリ=仏、13分)を共同監督した。翌年の監督週間、ニューヨーク短編FF、サンダンスFF2016、ハバナFF2016に出品された。

    

      

          (マヌエラ・マルテッリ、ロカルノ映画祭2014にて)

 

★デビュー作の製作者の一人ドミンガ・ソトマヨールの「Mar」(14)に脚本を共同執筆している。2013年よりソトマヨールが製作を手掛けることになった「1976」の最初のタイトルは、怒りまたは勇気という意味の「Coraje」だったという。また2016年にはTVシリーズ「Bala loca」(10話)のキャスティングを手掛けている。アリネ・クッペンハイム、アレハンドロ・ゴイック、マルシアル・タグレなど「1976」のほか、『サンティアゴの光』で共演したアルフレッド・カストロ、セバスティア・シルバの「La nana」(09『家政婦ラケルの反乱』ラテンビート)のカタリナ・サアベドラなどチリを代表する「クール世代」の演技派が出演している。

 

 

カルロス・フローレス・デルピノ(タルカワノ1944)はチリの監督、脚本家、製作者。1973年の軍事クーデタで仲間が亡命するなか、チリに止まってドキュメンタリー作家として活躍、1994年、Escuela de Cine de Chileを設立、教育者として後進の指導に当たる。代表作は、チリのチャールズ・ブロンソンと言われたフェネロン・グアハルドをモデルにチリ人のアイデンティティに光を当てたドキュメンタリー「El Charles Bronson Chileno: o idénticamente igual」(7684)と作家のホセ・ドノソについての中編ドキュメンタリー「Donoso por Donoso」(94)など。


*追加情報:第35回東京国際映画祭2022のコンペティション部門に同タイトルでノミネートされました。

 

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ新作*サンセバスチャン映画祭2022 ⑬2022年09月08日 15:02

    イニャリトゥの新作Bardo」はノスタルジック・コメディ?

     

 

   

★ペルラス部門最後のご紹介は、メキシコのアレハンドロ・G・イニャリトゥの「Bardo, Falsa crónica de una cuantas verdades」、監督の分身とおぼしきジャーナリストでドキュメンタリー映画作家のシルベリオ・ガボにダニエル・ヒメネス=カチョが扮します。しかしコメディで観客の忍耐力をテストするような174分の長尺なんてあり得ますか? 脚本は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』14)の共同執筆者ニコラス・ジャコボーネ、監督と一緒に翌年のアカデミー賞ほか国際映画祭の授賞式行脚をいたしました。サンティアゴ・ミトレの「Argentina, 1985」同様、第79回ベネチア映画祭コンペティション部門で既にワールド・プレミアされています(91日)。さて、評判はどうだったのでしょうか。

   

   

(グリセルダ・シチリアーニ、イケル・サンチェス・ソラノ、イニャリトゥ監督、

ダニエル・ヒメネス=カチョ、ヒメナ・ラマドリッド、ベネチア映画祭202291日)

 

 「Bardo, Falsa crónica de una cuantas verdades / 

   Bardo, False Chronicle of a Handful of Truths」メキシコ

製作:Estudios Churubusco Azteca SA / Redrum

監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ニコラス・ジャコボーネ

音楽:ブライス・デスナー

撮影:ダリウス・コンジ

編集:モニカ・サラサール

キャスティング:ルイス・ロサーレス

プロダクション・デザイン:エウヘニオ・カバジェロ

衣装:アンナ・テラサス

メイク&ヘアー:タリア・エチェベステ(メイク)、クラウディア・ファンファン(ヘアー)他

製作者:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ステイシー・ペルキー(ペルスキー)、(エグゼクティブ)カルラ・ルナ・カントゥ、(ラインプロデューサー)ヒルダルド・マルティネス、ミシェル・ランヘル、他

 

データ:製作国メキシコ、2022年、スペイン語、コメディ・ドラマ、174分、撮影地メキシコシティ、配給 Netflix2022114日アメリカ限定公開、1216Netflixにて配信開始

映画祭・受賞歴:第79回ベネチア映画祭2022コンペティション部門正式出品(91日上映)、第70回サンセバスチャン映画祭2022ペルラス部門正式出品

 

キャスト:ダニエル・ヒメネス=カチョ(シルベリオ・ガボ)、グリセルダ・シチリアーニ(ルシア)、ヒメナ・ラマドリッド(カミラ)、イケル・サンチェス・ソラノ、アンドレス・アルメイダ(マルティン)、マル・カルラ(ルセロ)、他多数

 

ストーリー:シルベリオは国際的に権威のある賞の受賞者であるが、ロスアンゼルス在住のメキシコ人ジャーナリストでドキュメンタリー作家として知られている。彼は生れ故郷に戻るべきと思っているが、このような旅は、おそらく実存の限界をもたらすだろう。彼が実際に直面している不条理な記憶や怖れ、漠然とした感じの混乱と驚嘆が彼の日常生活を満たしている。激しいエモーション、度々襲ってくる大笑い、シルベリオは普遍的な謎と闘うだろうが、他にもアイデンティティ、成功、死すべき運命、メキシコ史、家族の絆、分けても妻や子どもたちとの親密な結びつきについても乗りこえるだろう。結局、現代という特殊な時代においては、人間という存在は本当に忍耐で立ち向かうしかないのだろう。彼は危機を乗りこえられるだろうか。ヨーロッパとアメリカの入植者によって侵略され、搾取され、虐待されてきたメキシコ、その計り知れない損失は返してもらっていない。

   


            (ダニエル・ヒメネス=カチョ)

    

   

           (ヒメネス=カチョとヒメナ・ラマドリッド、フレームから)

 

★どうやらシルベリオ・ガボは監督の分身で間違いなさそうですが、いささか胡散臭いでしょうか。プレス会見では「ピオピックを撮るのが目的ではありませんが、自身について多くのことを明かしています」と語っていました。各紙誌の評判が芳しくないのは長尺もさることながら、主人公のナルシシストぶりがハナにつき、テーマの詰め込み過ぎも視聴者を迷子にしているのではないかと推測します。監督は「前作以来7年間も撮っていなかった、プランが思い浮かばなかった」とも応えている。前作とは『レヴェナント 蘇えりし者』16)のことで、アカデミー監督賞を受賞、主役のディカプリオも念願の主演男優賞をやっと手にした。前年の『バードマン』で作品・監督・脚本の3冠に輝いたばかりで、連続監督賞は長いハリウッド史でも珍しい快挙だった。カンヌ映画祭アウト・オブ・コンペティションでプレミアされた「Carne y Arena」(17)は、7分間の短編、他はドキュメンタリーをプロデュースしていただけでした。

 

      

   (レッド・カーペットに現れた、夫人マリア・エラディア・ハガーマンと監督)

 

★ダニエル・ヒメネス=カチョによると監督からは、「何も準備するな!」というお達しがあって撮影に臨んだそうです。こういう映画の場合、先入観をもたずに役作りをするのは結構きついかもしれない。11月の公開後、1216日から Netflix で配信が決定しています。アメリカ、スカンジナビア諸国を含めたヨーロッパ、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジル他、アジアでは日本と韓国が入っています。後は観てからにいたします。

    

        

        (ダニエル・ヒメネス=カチョとA. G. イニャリトゥ監督)

 

『バードマン』の記事は、コチラ20150306

『レヴェナント』の記事は、コチラ20160302

Carne y Arena」の記事は、コチラ20170416


*追加情報:第35回東京国際映画祭2022に『バルド、偽りの記録と一握りの真実』の邦題でガラ・コレクション部門で上映されることになりました。


ホライズンズ・ラティノ部門 ③*サンセバスチャン映画祭2022 ⑨2022年08月25日 17:28

           ホライズンズ・ラティノ部門

 

 9)「Carvao / Charcoal (Carbón) 」ブラジル

データ:製作国ブラジル=アルゼンチン、2022年、ポルトガル語・スペイン語、スリラードラマ、107分、脚本カロリナ・マルコヴィッチ、撮影ペペ・メンデス、編集ラウタロ・コラセ、音楽アレハンドロ・Kauderer、製作 & 製作者Cinematografica Superfilmes(ブラジル)Zita Carvalhosaジータ・カルバルホサ / Bionica Films(同)カレン・カスターニョ / Ajimolido Films(アルゼンチン)アレハンドロ・イスラエル。カルロヴィ・ヴァリ映画祭2022正式出品され、トロント映画祭上映後サンセバスチャンFFにやってくる。

トレビア:主任プロデューサーのカルバルホサは、マルコヴィッチの長編2作目「Toll」を手掛けている。また主人公イレネに扮したメイヴ・ジンキングスは、クレベール・メンドンサ・フィリオの『アクエリアス』(16)でソニア・ブラガ扮するクララの娘を演じた女優。

 

     

 

監督カロリナ・マルコヴィッチ(サンパウロ1982)監督、脚本家。短編アニメーション「Edifício Tatuapé Mahal」(1410分)は、サンパウロ短編FFで観客賞、パウリニアFFでゴールデン・ガール・トロフィーを受賞、2018年の実話にインスパイアされた「O Órfao」(16分)は、カンヌFFクィア・パルマ、シネマ・ブラジル大賞、サンパウロFF観客賞他3冠、ハバナFFスペシャル・メンション、ほかビアリッツ、マイアミ、ヒューストン、クィア・リスボア、リオデジャネイロ、SXSWなどの国際映画祭巡りをした。サンセバスチャンは今回が初めてである。宗教、生と死、義務とは何かを風刺的に描いている。

        

                  

               (カロリナ・マルコヴィッチ)

 

キャスト:メイヴ・ジンキングス(女家長イレネ)、セザール・ボルドン(麻薬王ミゲル)、ジャン・コスタ(息子ジャン)、カミラ・マルディラ(ルシアナ)、ロムロ・ブラガ(夫ジャイロ)、ペドロ・ワグネル、ほか

ストーリー2022年ブラジル、サンパウロから遠く離れた田舎町で、木炭工場の傍に住んでいる家族が、謎めいた外国人を受け入れるという提案を承諾する。宿泊客を自称していたが実は麻薬を欲しがっているマフィアだということが分かって、家はたちまち隠れ家に変わってしまった。母親、夫と息子は、農民としてのルーチンは変えないように振舞いながら、この見知らぬ客人と一つ屋根の下の生活を共有することを学ぶことになります。多額の現金と引き換えに単調さから抜け出す方法を提案されたら、人はどうするか。社会風刺を得意とする監督は、木炭産業で生計を立て、結果早死にする人々の厳しい現実を描きながらも、大胆な独創性、鋭いユーモアを込めてスリラードラマを完成させた。

 

     

           (木炭にする木材を運ぶ子供たち、フレームから)

 

 

10)1976」チリ

Ventana Sur Proyecta 2018Cine en Construccion 2022

データ:製作国チリ=アルゼンチン=カタール、スペイン語、2022年、スリラードラマ、95分、脚本マヌエラ・マルテッリ、アレハンドラ・モファット、撮影ソレダード・ロドリゲス、美術フランシスカ・コレア、編集カミラ・メルカダル、音楽マリア・ポルトゥガル、キャスティング、マヌエラ・マルテッリ、セバスティアン・ビデラ、衣装ピラール・カルデロン、製作 & 製作者オマール・ズニィガ / Cinestaciónドミンガ・ソトマヨール / アレハンドロ・ガルシア / Wood Producciones アンドレス・ウッド / Magma Cine フアン・パブロ・グリオッタ / ナタリア・ビデラ・ペーニャ、他、販売Luxbox。カンヌ映画祭2022「監督週間」正式出品、ゴールデンカメラ賞ノミネート、エルサレム映画祭インターナショナル・シネマ賞受賞(デビュー作に与えられる賞)

   

      

 

監督マヌエラ・マルテッリ(サンティアゴ1983)女優、監督、脚本家、監督歴は数本の短編のあと本作で長編デビュー。女優としてスタート、2003年ゴンサロ・フスティニアーノの「B-Happy」でデビュー、ハバナ映画祭で女優賞を受賞するなど好発進、出演本数はTVを含めると30本を超える。2作目アンドレス・ウッドの『マチュカ-僕らと革命-』(04)でチリのアルタソル賞を受賞、アリネ・クッペンハイムと共演している。同監督の「La buena vida」(08)は『サンティアゴの光』の邦題で、ラテンビート2009で上映されている。当ブログでは、アリシア・シェルソンがボラーニョの小説を映画化した「Il futuro」(13、『ネイキッド・ボディ』DVD)で主役を演じた記事をアップしています(コチラ20130823)。

別途詳しい作品紹介、キャリア&フィルモグラフィーを予定しています。

作品紹介は、コチラ⇒2022年09月13日

 

キャスト:アリネ・クッペンハイム(カルメン)、ニコラス・セプルベダ(エリアス)、ウーゴ・メディナ(サンチェス司祭)、アレハンドロ・ゴイック(カルメンの夫ミゲル)、カルメン・グロリア・マルティネス(エステラ)、アントニア・セヘルス(ラケル)、アマリア・カッサイ(カルメンの娘レオノール)、他多数

ストーリー:チリ、1976年。カルメンはビーチハウスの改装を管理するため海岸沿いの町にやってくる。冬の休暇には夫、息子、孫たちが行き来する。ファミリーの司祭が秘密裏に匿っている青年エリアスの世話を頼んだとき、カルメンは彼女が慣れ親しんでいた静かな生活から離れ、自身がかつて足を踏み入れたことのない危険な領域に放り込まれていることに気づきます。ピノチェト政権下3年目、女性蔑視と抑圧に苦しむ一人の女性の心の軌跡を辿ります。

        

     

     (カルメン役のアリネ・クッペンハイムとエリアス役のニコラス・セプルベダ)

   

   

        (パールのネックレスが象徴する裕福な中流階級に属するカルメン)

 

 

11)「Tengo sueños eléctricos」コスタリカ

Ventana Sur Proyecta 2020

データ:製作国ベルギー=フランス=コスタリカ、スペイン語、2022年、ドラマ、102分、Proyecta 2021のタイトルは「Jardín en llamas」。脚本バレンティナ・モーレル。カンヌ映画祭と併催の第61回「批評家週間」正式出品、第75回ロカルノ映画祭に出品され、国際コンペティション部門の監督賞、主演女優賞(ダニエラ・マリン・ナバロ)、主演男優賞(レイナルド・アミアン)の3賞を得た。

 

    

         (トロフィを手にした3人、右端が監督、ロカルノFFにて)

 

監督バレンティナ・モーレル(サンホセ1988)、監督、脚本家。パリに留学後、ベルギーのブリュッセルのINSASで映画制作を学んだ。コスタリカとフランスの二重国籍をもっている。短編「Paul est la」は2017年のカンヌ・シネフォンダシオンの第1席を受賞した。第2作「Lucía en el limbo」(1920分)はコスタリカに戻って、スペイン語で撮った。体と心の変化に悩む10代の少女の物語、カンヌ映画祭と併催の第58回「批評家週間」に出品されたほか、トロント、メルボルンなど国際短編映画祭に出品されている。長編デビュー作「Tengo sueños eléctricos」は、第61回「批評家週間」や、ロカルノ映画祭に出品されている。監督はCineuropaのインタビューに「私は父娘関係を探求する映画をそれほど多く見たことがなかったので、それを描こうと思いました」と製作動機を語っている。「これは少女が大人になる軌跡を描いたものではなく、自分の周囲に大人がいないことに気づいた少女の軌跡です」と。また麻薬関連の物語や魔術的リアリズムをテーマにした異国情緒を避けたかったとも語っている。芸術家であった両親の生き方からインスピレーションを得たようです。

    

    

           (バレンティナ・モーレル、ロカルノFFにて)

 

キャスト:レイナルド・アミアン・グティエレス(エバの父親)、ダニエラ・マリン・ナバロ(エバ)、ビビアン・ロドリゲス、アドリアナ・カストロ・ガルシア

ストーリー:エバは16歳、母親と妹と猫と一緒に暮らしている。しかし引き離された父親のところへ引っ越したいと思っている。母親が離婚以来混乱して、家を改装したがったり、猫を邪険にしたりすることにエバは我慢できない。ここを出て、猫のように混乱して第二の青春時代を生きている父親と暮らしたい。アーティストになりたい、愛を見つけたいという望みをもって再び接触しようとする。しかし、泳ぎを知らない人が大洋を横断するように、エバもまた何も知らずに父親の暴力を受け継ぎ苦しむことになるだろう。彼にしがみつき、十代の生活の優しさと繊細さのバランスをとろうとしています。思春期が必ずしも黄金時代ではないことに気づいた少女の肖像画。

 

       

                      (エバ役のダニエラ・マリン・ナバロ)

 

     

      (ダニエラ・マリン・ナバロとレイナルド・アミアン・グティエレス)

 

 

12)「La jauría」コロンビア

データ:製作国フランス=コロンビア、スペイン語、2022年、ドラマ、86分、脚本アンドレス・ラミレス・プリド、音楽ピエール・デブラ、撮影バルタサル・ラボ、編集Julie Duclaux、ジュリエッタ・ケンプ、プロダクション・デザイン、ジョハナ・アグデロ・スサ、美術ダニエル・リンコン、ジョハナ・アグデロ・スサ、製作 Alta Rocca Filmsフランス / Valiente Graciaコロンビア / Micro Climat Studios フランス、 製作者ジャン=エティエンヌ・ブラット、ルー・シコトー、アンドレス・ラミレス・プリド。配給Pyramide International

カンヌ映画祭2022「批評家週間」グランプリとSACD賞受賞、エルサレム映画祭2022特別賞受賞、ニューホライズンズ映画祭(ポーランド)、トロント映画祭出品

   

     

 

監督アンドレス・ラミレス・プリド(ボゴタ1989)監督、脚本家、製作者。本作はトゥールーズのCine en Construccionに選ばれた長編デビュー作。ティーンエイジャーの少年少女をテーマにした短編「Mirar hacia el sol」(1317分)、ベルリン映画祭2016ジェネレーション14 plusにノミネートされ、ビアリッツ・ラテンアメリカFF、釜山FF、カイロFFなどで短編作品賞を受賞した「El Edén」(1619分)、カンヌ映画祭2017短編部門にノミネートされた「Damiana」(1715分)を撮っている。

 

キャスト:ジョジャン・エステバン・ヒメネス(エリウ)、マイコル・アンドレス・ヒメネス(エル・モノ)、ミゲル・ビエラ(セラピストのアルバロ)、ディエゴ・リンコン(看守ゴドイ)、カルロス・スティーブン・ブランコ、リカルド・アルベルト・パラ、マルレイダ・ソト、ほか

ストーリー:エリウは、コロンビアの密林の奥深くにある未成年者リハビリセンターに収監され、親友エル・モノと犯した殺人の罪を贖っている。ある日、エル・モノが同じセンターに移送されてくる。若者たちは彼らの犯罪を復元し、遠ざかりたい過去と直面しなければならないだろう。セラピーや強制労働の最中、エリウは人間性の暗闇に対峙し、あまりに遅すぎるが以前の生活に戻りたいと努めるだろう。暴力の渦に酔いしれ閉じ込められている、コロンビアの農村出の7人の青年群像。

 

    

(エリウ役のジョジャン・エステバン・ヒメネス)

    

  

    (センターの本拠地である遺棄された邸宅に監禁されている青年たち)

 

 

★以上12作がホライズンズ・ラティノ部門にノミネートされた作品です。セクション・オフィシアルは16作中、女性監督が2人とアンバランスでしたが、こちらは半分の6監督、賞に絡めば映画祭上映もありかと期待しています。

  

 

(カロリナ・マルコヴィッチ、マヌエラ・マルテッリ、バレンティナ・モーレル、

 アンドレス・ラミレス・プリド)


*追加情報:第35回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門(ラテンビートFF共催)でアンドレス・ラミレス・プリドのデビュー作が『ラ・ハウリア』として上映決定。

 

第75回カンヌ映画祭2022*アルベルト・セラとロドリゴ・ソロゴジェン2022年06月10日 11:05

           スペイン映画は大賞に無縁だったカンヌ映画祭2022

 

      

★今さらカンヌでもありませんが、第75回カンヌ映画祭(517日~28日)は3年ぶりに5月開催に戻ってきました。パルムドールは5年前に『ザ・スクエア 思いやりの聖域』で同賞を受賞した、リューベン・オストルンドのコメディ「Triangle of Sadness」(スウェーデン・英・米・仏・ギリシャ)が受賞、言語は英語、富裕層への皮肉満載とか。グランプリは「Girl/ガール」のルーカス・ドンの「Close」(ベルギー・オランダ・仏)とクレール・ドゥニの「Stars at Noon」(仏)、後者はニカラグアが舞台とか。審査員賞はイエジー・スコリモフスキの「Eo」と、シャルロッテ・ファンデルメールシュほかの「Le otto montagne」の2作に、第75回記念賞はカンヌ常連のダルデンヌ兄弟の「Tori et Lokita」の手に渡った。

 

     

          (喜びを爆発させたリューベン・オストルンド)

 

★監督賞にはカンヌの常連である『オールド・ボーイ』『渇き』のパク・チャヌクが、サスペンス「Dicision to Leave」で受賞、今月末に韓国での公開が決定、日本でも2023年に公開される。男優賞には是枝裕和が韓国で撮った「Broker ベイビー・ブローカー」出演のソン・ガンホ、是枝監督もエキュメニカル審査員賞を受賞した。韓流の勢いは続いているようです。韓国の尹錫悦大統領が二人に祝電を送ったとメディアが報じている。日本勢では「ある視点」ノミネートの早川千絵(「PLAN 75」)が、新人監督に与えられるカメラドールの次点である特別賞スペシャルメンションを受賞した。

  

     

    (トロフィーを披露する、監督賞のパク・チャヌクと男優賞のソン・ガンホ)

 

★スペイン映画はコンペティション部門では、21世紀の鬼才と称されるアルベルト・セラの「Pacifiction」(22165分、仏・西・独・ポルトガル)1作のみでした。スペインも製作に参加していますが言語はフランス語と英語、カタルーニャ人のセラにとってスペイン語は外国語です。舞台はフランスの飛び地タヒチ島、20世紀にポリネシアの島々に多大な被害を与えた核実験を政府は再開しようとしている。主演はフランス政府の高等弁務官役にブノワ・マジメルが扮している。フランスの部外者であり島の友人である主人公は、政治的個人的なバランスをとって役人と一般の人々の微妙な関係を維持している。プロットから分かるように前作よりは筋があるようです。妥協と無縁の監督が、ブノワ・マジメルに命を吹き込ませることができたかどうか。不穏な陰謀がにおってくるスリラー仕立て、スペインからはセルジ・ロペスがクレジットされている。

 

  

 

     

      (セラ監督とブノワ・マジメル、カンヌFFのフォトコールから)

 

★セラ監督は、カンヌ映画祭を含めて海外の映画祭に焦点を合わせており、国際的に知名度がありながらスペインでの公開は多くない。批評家と観客の評価が乖離している作家性の強い監督です。新作の評価は、上映後の「スタンディング・オベーションが7分間」で分かるように、批評家やシネマニアはポジティブでしたが、一般観客に受け入れられるかどうか微妙です。少なくとも2019年の「ある視点」で上映されたフランス革命前夜を背景にした「Liberté」よりは分かりやすいでしょうか。本作については日本から取材に来た或るレポーターが「くだらなすぎる」と噛みついていたが、『万引き家族』や『パラサイト:半地下の家族』のようには分かりやすくない。日本ではミニ映画祭で特集が組まれたこともあるが、単独公開はジャン=ピエール・レオが太陽王に扮した『ルイ14世の死』(16)だけかもしれない。ゴージャスなヴェルサイユ宮殿の寝室に横たわるルイ14世の陳腐な死を描いている。

アルベルト・セラのキャリアと「Liberté」紹介は、コチラ20190425

 

    

            (新作「Pacifiction」のフレームから)

 

★他にロドリゴ・ソロゴジェンのスリラー「As bestas」(22137分、西・仏)が、コンペティション部門のカンヌ・プレミアセクションで上映された。『おもかげ』(19)以来、TVシリーズにシフトしていたがスクリーンに戻ってきた。言語はスペイン語・ガリシア語・フランス語。引退した中年のフランス人カップルがガリシアの村に移住してくる。二人の村への愛情と熱意は、しかし地元の住民の敵意と暴力に迎えられることになる。フランス人カップルにドゥニ・メノーシェマリナ・フォイス、地元の住民にルイス・サエラディエゴ・アニドが敵対する兄弟役で出演している。フランス公開720日、スペイン公開は1111日がアナウンスされています。いずれアップしたい。

     

   

 

    

     (マリナ・フォイス、監督、ドゥニ・メノーシェ、カンヌFFフォトコール)


*追加情報:アルベルト・セラ新作は『パシフィクション』の邦題で、ロドリゴ・ソロゴジェン新作は『ザ・ビースト』の邦題で、第35回東京国際映画祭2022のワールド・フォーカス部門、コンペティション部門での上映が決定しました。

 

『リベルタード』のクララ・ロケ監督インタビュー*TIFFトークサロン2021年11月20日 11:29

  クララ・ロケのデビュー作『リベルタード』は短編「El adiós」がベース

 

   

 

TIFFトークサロン視聴の最終回は、ワールド・フォーカス部門のクララ・ロケのデビュー作『リベルタード』です。カンヌ映画祭と併催の「批評家週間」でワールドプレミアされました。本作はバルト9での上映が見送られた18回ラテンビートとの共催上映作品です。既にアップした作品紹介と重なっている部分、アイデア誕生の経緯自由とはないかアイデンティティ形成期の重要性階級差の理不尽本作のベースになった短編「El adiósなど重なっていた。しかし紹介では触れなかった新発見も多々ありましたので、そのあたりを中心に触れたいと思います。インタビューは英語、クララ・ロケ(バルセロナ1988)は、カタルーニャ政府が1990年に創立したポンペウ・ファブラ大学で視聴覚コミュニケーションを学んだあと、奨学金を得てコロンビア大学で脚本を学んでおり英語は堪能。モデレーターは映画祭プログラミング・ディレクターの市山尚三氏。

『リベルタード』作品紹介、キャリア&フィルモグラフィーは、

  コチラ20211012

 

     

                (クララ・ロケ監督)

 

Q: 本作は監督の体験が含まれているのかという観客からの質問がきています。

A: 短編「El adiós」がベースになっており、これはアルツハイマーの祖母を介護してくれたコロンビアから働きに来ていた女性がモデルになっています。短編のキャスティングの段階で、女性介護師の多くが、故国に家族を残して出稼ぎに来ていることを知りました。私は恵まれた階級に属していることを実感していますが、この階級格差をテーマにしてフィクションを撮ろうとしたわけです。地中海に面した避暑地コスタブラバに別荘があり、子供のころ夏休みをここで過ごしたので撮影地にしました。

 

       

          (多くの受賞歴がある「El adiós」のポスター)

 

Q: 劇中のアルツハイマーの祖母とご自身のお祖母さんと重なる部分がありますか。

A: 私の祖母の記憶に沿っています。壊れていく祖母を目の当たりにして、一つの世界の終り、一つの時代の終り、家族のアイデンティティの終りを実感しました。アイデンティティと階級格差、記憶をテーマにしました。アイデンティティは記憶でつくられるからです。

 

Q: 本作を撮るにあたり参考にしたバカンスをテーマにした映画などありましたか。

A: イングマール・ベルイマンの『不良少女モニカ』、エリック・ロメールの『海辺のポーリーヌ』、ルクレシア・マルテルの『沼地という名の町』など、人間の感情を描いているところ、辛辣で意地悪な雰囲気を感じさせるユニークなスタイルが参考になりました。特にマルテルの作品です。

 

管理人補足:クラシック映画、またはマイナー映画ということもあって、邦題の同定には市山氏の貴重な助言がありました。監督が挙げた3作品の駆け足紹介。

1953年のスウェーデン映画『不良少女モニカ』(原題Sommaren med Monika、仮題「モニカとの夏」)はベルイマンの初期の作品で、フランスのヌーベルバーグの監督から絶賛された作品。17歳になる奔放なモニカと内気な19歳のハリイの物語、奔放なリベルタードの人物造形はモニカが参考になっているのかもしれません。1955年に公開されました。現在はないアート系映画チャンネル、シネフィル・イマジカのベルイマン特集があると放映されていました。ビデオ、DVDが発売されています。

1983年の『海辺のポーリーヌ』は、ロメールの「喜劇と格言劇」シリーズの第3作目、ノルマンディーの避暑地を舞台にした一夏の恋のアバンチュール、愛するより愛されたい人々を辛辣に描いた群像劇。ベルリン映画祭でロメールが銀熊監督賞、国際批評家連盟賞を受賞した作品。撮影監督がバルセロナ出身のネストル・アルメンドロスでロメール映画やフランソワ・トリュフォー映画を多数手掛けている。ビデオ、DVDで鑑賞できます。

アルゼンチンのルクレシア・マルテルの『沼地という名の町』La Ciénaga)は、アルゼンチン国家破産前のプール付き邸宅で暮らすブルジョワ家族のどんよりした日常が語られます。NHKが資金提供しているサンダンス映画祭1999NHK国際映像作家賞(賞金1万米ドル)を受賞して完成させた関係から、NHKの衛星第2で深夜に放映されています。他にラテンビート2010京都会場で特別上映されたのがスクリーンで観られた唯一の機会でした。ベルリン映画祭2001フォーラム部門でワールドプレミアされ、アルフレッド・バウアー賞を受賞した他、国際映画祭の受賞歴多数。監督の生れ故郷サルタの特権階級を舞台にした『ラ・ニーニャ・サンタ』(04)と『頭のない女』(08)を合わせてサルタ三部作と言われています。DVDは発売されていないと思います。

 

Q: キャスティングの経緯と二人の少女の演出についての質問。

A: マリア・モレラニコル・ガルシアの二人に出演してもらえたのは幸運でした。マリアは別の作品を見ていて起用したいと思っていましたが、ニコルは本作がデビュー作です。リベルタードのバックグランドをもっている女の子を探しておりました。つまりコロンビア人でスペインは初めてということです。それでコロンビアまで探しに行きました。プロは考えてなく、街中を探し回りました。青い髪をなびかせてローラースケートをしている素晴らしい女の子ニコルを探しあてたのです。クランクイン前に二人を同じ家に一緒に住まわせて、二人をキャラクターに無理に合わせるのではなく、二人の個性に寄せて脚本を変えた部分もありました。

 

        

          (生れも育ちも対照的なノラとリベルタード)

 

Q: 階級格差を描いているが、スペインは階級社会なのでしょうか。

A: スペインは欧米の多くの国々と同じく階級社会です。あからさまに話題にしなくなっていますが、平等になって格差が無くなったと考えるのは錯覚です。出自によって得られるチャンスが違うからです。『リベルタード』製作にあたって、自分が特権階級と気づくために、一時そこから意識的に離れる必要がありました。

 

Q: リベルタードは結局自由になれない、階級差が続くというメッセージですか。反対に死に近づく祖母アンヘラがある意味で自由になっていく。これは老いてから自由になれるということですか。

A: 素晴らしい質問です、『リベルタード』で描きたかったことです。経済的に恵まれていないため自分の人生を生きることのできない人は、本当に自由になれるのかという問いですね。またアンヘラは自分が望んでいた人生を歩んでいたわけではない、これは本当の意味での人生ではないから、死をもって不本意な人生を終わらせ自由になりました。

 

Q: 音楽が良かった、どのように選曲しましたか。

A: 好きな音楽についての質問でとても嬉しいです。私にとって音楽は重要、それで音楽用の資金を残してくれるように頼んでおきました。シーンに載せるだけの音楽でなく、シーンから生まれる音楽をつくりたいと考えました。過去の記憶を失ってノスタルジーに生きているアンヘラにはクラシックを使用、若い二人には、レゲエ、よりヘビーなレゲトン、サルサなどのニューミュージックです。家族の贅沢を象徴する音楽も入れました。

 

Q: 撮影地のコスタブラバは、子供のときと現在で変化はありましたか。

A: 脚本はコスタブラバをイメージしながら執筆しました。知ってる場所だとよいものになると思っていて、実際何かが起きるのです。

Q: 女の子たちのセリフを変えたところがありますか。

A: 監督のために脚本を書くことが私の仕事で、脚本に固執していましたが、監督をして学んだこともありました。それは役者たちが即興で演じたセリフのほうが面白いという経験です。結果、変えたところが良いシーンになったのでした。

 

Q: 長編デビューしたわけですから、今後は監督業に徹しますか。また、これからのプランがあったら聞かせてください。

A: 私は他の監督のために脚本を書くのが好きですから書き続けます。是非撮りたいというテーマがあれば別ですが、監督業はエネルギーが必要です。先の話になりますが、父親が馬のディーラーをしているので馬をテーマにした映画を考えています。短編を撮っているので今度は長編を撮りたい。興味深い質問ありがとうございました。

 

★馬をテーマにした短編というのは、女の子の姉妹と片目を失った農場の1頭の馬を語ったLes bones nenes1517分)を指す。監督の母語カタルーニャ語映画で国際映画祭巡りをして好評を得た。うちシネヨーロッパ賞2019短編映画賞、アルカラ・デ・エナレス短編映画祭2017で『リベルタード』の音楽も手掛けたパウル・タイアンがオリジナル作曲賞を受賞するなどした短編。

 

     

        (馬を主人公にしたLes bones nenesのフレームから)

 

★これで当ブログ関連のTIFFトークサロンは終りです。アレックス・デ・ラ・イグレシア『ベネシアフレニア』は、ラテンビートFFプログラミング・ディレクターのアルベルト・カレロ氏とのオンライントークがアップされています。「美しいものは壊れる」がテーマです。いずれ公開されると思いますので割愛します。力不足で聞き違い勘違いが多々あると思いますが、ご容赦ください。

 

『箱』のロレンソ・ビガス監督インタビュー*TIFFトークサロン2021年11月16日 16:50

      『箱』は「父性についての三部作」の第3部、風景は主人公の一人

 

      

 

TIFFトークサロン、ワールド・フォーカス部門上映のロレンソ・ビガス『箱』The BoxLa caja)は、メキシコ=米国合作映画、第78回ベネチア映画祭2021コンペティション部門でワールドプレミアされた。ロレンソ・ビガスといえば、『彼方から』15Desde alláで金獅子賞のトロフィーを初めてラテンアメリカに運んできた映像作家という栄誉が常に付いて回る。栄誉には違いないが重荷でもあったのではないか。メキシコの作品が続くが、ビガス監督はベネズエラ(メリダ1967)出身、『もうひとりのトム』のデュオ監督ロドリゴ・プララウラ・サントゥリョはウルグアイ、『市民』のテオドラ・アナ・ミハイはルーマニアと、全員メキシコ以外の出身者だったのは皮肉です。ここはメキシコの懐の深さとでも理解しておきましょう。

      
★『箱』及び『彼方から』の作品紹介、キャスト、スタッフ、監督キャリア&フィルモグラフィーは、既に紹介しております。特に『彼方から』は監督メッセージで「是非ご覧になってください」と話されていましたので関連記事も含めました。チリの演技派俳優アルフレッド・カストロの目線にご注目です。

『箱』の作品紹介は、コチラ20210907

『彼方から』の作品紹介、監督キャリア&フィルモグラフィーは、

 コチラ20150808同年100920160930

    

  

    (金獅子賞のトロフィーを手にしたロレンソ・ビガス、ベネチアFF2015

 

 

  

 (マリオ役のエルナン・メンドサ、監督、ハッツィン・ナバレテ、ベネチアFF2021

 

★以下はトークの流れに沿っていますが、作品紹介で書きました内容と重なっている部分は端折っております。観客から寄せられた質問を中心にして展開されました。モデレーターは前回同様、映画祭プログラミング・ディレクター市山尚三氏。

 

Q: メキシコの闇の部分が描かれていたが、本作のアイディア誕生は何か。

A: 私はベネズエラ生れですが、メキシコの友人とコラボするつもりで21年前に訪れ、結局ここに居つくことになりました。長く滞在しておりますと、ニュースなどでメキシコの現実を見ることは避けられない。メキシコ北部のニュースが多く、例えば多くの女性たちの行方不明事件などです。あるときメキシコ北部の共同墓地のニュースを見ていたとき、少年が父の遺骨を取りに行く→箱の中には父の遺骨が入っている→街中で父と瓜二つの男性を見かける→箱の中の遺骨か目の前の男性か、どちらが本当の父親なのか、というストーリーがひらめいた。

   


               (箱の中に入っているのは何か)

 

Q: メキシコ北部、治安は悪いと聞いている危険なチワワ州を舞台に選んだ理由は何か。

A: チワワ州はメキシコで最大の面積をもつ州です。国境に接している州なので危険地帯です。場所選びに1年間かけました。なかで舞台の一つになったシウダー・フアレスにはマキラドーラ産業の部品工場が多くあり、この工場も物語の登場人物の一人ということがありました。またハッツィン少年の孤独を象徴しているような広大な砂漠地帯、風景も登場人物だったのです。風景もマキラドーラの工場も揃っているチワワを撮影地に決定したのです。

管理人補足:チワワ州の州都はチワワ市だが、舞台となるシウダー・フアレスが最大の都市であり、周囲はチワワ砂漠に囲まれている。麻薬のカルテル同士の抗争が絶えない危険地帯。『箱』の作品紹介でチワワに決定した理由、シウダー・フアレスの他、35ミリで撮影した理由、マキラドーラ産業について触れています)

 

    

          (空虚さがただよう共同墓地のある砂漠地帯)

 

Q: 撮影期間はどのくらいか、犯罪の多いシウダー・フアレスで撮影中、危険を避けるために具体的にしたことはあるか。

A: 準備期間は約1年間です。撮影期間は普通は68週間ですが、本作では10週間かかりました。というのも撮影地がシウダー・フアレスから遺骨が埋まっている砂漠地帯まで、そのほか数ヵ所の撮影地を含めると広範に渡っていたのでの移動に時間が掛かったからです。確かに治安は悪かったのですが、撮影数週間前に土地の麻薬密売のカルテルに「迷惑をかけることはない撮影です」と根回しをして、撮影許可をとりました。ロケ地ごとにカルテルが違っていたので大変でした。チワワ州知事が協力してくれたことも大きかった。

 

A: 1年間、撮影を許可してくれる工場を探しましたが、工場同士の競争が激しく実現しませんでした。それは会社の実態を知られたくない、特に労働者の労働環境を知られたくないという思惑があったからです。使用した工場は破産したばかりの会社で、3日間貸しきりにして労働者も実際働いていた人々です。既に解雇されていたので、賃金はプロダクションが支払いました。

 

 

         (マキラドーラ産業の破産したばかりの工場シーン)

 

Q: ハッツィン少年のキャスティングについて、時に覗かせる笑顔が素晴らしく心に残りました。

A: キャスティングは極めて難航しました。演技をできる子役はいたのですが、13歳ぐらいだと演技はできても自分の声をもっていない、本作に必要なアイデンティティをもっていない。私は演技をしない子供を探していた。3か月間、数えきれない学校巡りをして何百人もの子供に会い、ワークショップもしましたが見つからなかった。それで一時キャスティングを中断して準備に取りかかった。すると撮影1週間前に「オーディション会場に行くお金がなくて行けなかった」という少年のビデオが送られてきた。ビデオを見て、どうしても会いたくなった。リハーサルを繰り返すうちに「この子は他の子と違うな」と思いました。特に目、視線が良かった。父親との辛い体験をもっており、この個人的経験が役柄に活かされると思った。

 

     

           (ハッツィン役のハッツィン・ナバレテ)

 

Q: 役名と実名を同じにしたのは意図的か。

A: 脚本は最初アルトゥーロでした。内向的でしたが撮影に入って暫くすると、セットでの存在感が出てきて、アルトゥーロより本名のハッツィンのほうがぴったりしてきた。それで途中から変えました。

 

Q: 家族の話をテーマにしたかったのでしょうか。

A: 本作は家族というより父と子の関係性を描いています。ラテンアメリカ映画の特徴の一つ、父親不在が子供に何をもたらすかに興味がありました。実は本作は <父性についての三部作> の第3部に当たります。第1部は短編Los elefantes nunca olvidan04、仮題「象たちは決して忘れない」13)、第2部が『彼方から』です。5年前に亡くなった父親と自分の関係は近く、自身のことではありません。

管理人補足: 父親オスワルド・ビガス90歳で死ぬまで描き続けたという画家。彼を描いたドキュメンタリーEl vendedor de orquídeas1675分)も、父と子というテーマなのでリストに入れてもいいと、別のインタビューでは答えている

 

Q: 色のトーンを意図的に変えているか。

A: 意図的ではない。前作の『彼方から』のほうはミステリアスな心理状態に合わせて意図的に修整した。新作は夏から冬へと季節が移り変わる、季節とマッチした、その移り変わっていくチワワの風景を忠実に撮影したかった。チワワの風景は35ミリでないと表現できないので、あまり修整しなかった。風景も重要な登場人物だからです。

  

Q: 製作者にミシェル・フランコ、反対に監督はフランコのSundownのプロデューサーになっています。そちらでは国境を越えて協力し合うことが多いのですか。

A: そういうことではありません。あくまでも私とミシェルの個人的な特別な長い関係です。二人はだいたい同じ時期にデビューしています。スタイルは異なりますが、互いに意見を出しあい脚本を見せあっています。力を合わせることで強さ発揮できます。それにお互い尊敬しあっていて、二人でやるのが楽しいからです。

管理人補足: ミシェル・フランコは1979年生れ、2009年長編DanielAnaでカンヌ映画祭と併催の「監督週間」に出品された。Sundownは『箱』と同じベネチア映画祭2021コンペティション部門でワールドプレミアされた最新作

 

Q: 娯楽映画ではないので資金調達が困難だったのではないでしょうか。

A: 半分はメキシコ政府が行っている映画特別予算が提供されました。これは提供した会社に税金の面で控除があるようです。他は自分たちの制作会社「テオレマTeorema」とアメリカの制作会社でした。

 

Q: カーラジオから流れてくる曲がエンドロールでも流れていた。どんな曲ですか。

A: 自分はスコアは使わない方針なのですが、今回は試しにミュージシャンに頼んでみました。しかしうまくいかなかった。チワワではラジオをよく聞く文化があって、たまたまラジオから聞こえてきたハビエル・ソリスを使った。彼はボレロ・ランチェーラというジャンルを開拓したミュージシャンです。曲は幸せになれないという失恋の歌でした。使用した理由は映画と上手くリンクすると考えたからです。

管理人補足: ハビエル・ソリス、1931年生れの歌手で映画俳優。貧しい家庭の出身でしたが、その美声を認められて歌手となった。しかし患っていた胆嚢炎の手術が失敗して、1966年その絶頂期に34歳という若さで亡くなった。活動期間は短かったがアメリカでも多くのファンを獲得、今もってその美声の人気は衰えないようです)

 

Q: 最後に日本の観客へのメッセージをお願いします。

A: ハッツィンの気持ちを共有していただけて嬉しく思います。日本へは次の作品をもって東京に行けたらと思います。父親不在がどんな結果をもたらすかを描いた『彼方から』を是非ご覧になってください。

管理人補足:『彼方から』は、ラテンビート2016とレインボー・リール東京映画祭、元の名称-東京国際レズビアン&ゲイ映画祭-で上映されました。DVDは残念ながら発売されていないようです)

 

★父親に似た男性マリオを演じたエルナン・メンドサについての質問がなかったのが、個人的に惜しまれました。作品紹介で触れましたようにミシェル・フランコの『父の秘密』12)の主役を演じた俳優です。彼の存在なくして本作の成功はなかったはずです。

  

   

            (エルナン・メンドサとハッツィン・ナバレテ、フレームから


審査員特別賞にテオドラ・アナ・ミハイの『市民』*TIFFトークサロン2021年11月12日 14:42

   ルーマニアの監督がメキシコを舞台に腐敗、犯罪、暴力について語る

 


 

テオドラ・アナ・ミハイ『市民』La civil審査員特別賞という大賞を受賞した。授賞式には監督のビデオメッセージが届きました。プレゼンターはローナ・ティー審査員、トロフィーと副賞5000ドルが贈られた。ビデオメッセージは「・・・『市民』は7年間かけて手がけた作品で私にとって非常に思い入れのある映画です。テーマはデリケートで現在のメキシコにとってタイムリーな問題です。海外の皆さんに見てもらい、メキシコの問題を知って議論していただくことが大切だと思っております。身にあまる賞をいただきありがとうございました」という内容でした。114日に行われたTIFFトークサロンはメキシコからでしたが、まだベルギーには帰国していないのでしょうか。

 

     

         (テオドラ・アナ・ミハイ、ビデオメッセージから)

 

 

★最優秀女優賞にはコソボ出身のカルトリナ・クラスニチ『ヴェラは海の夢を見る』ヴェラを演じたテウタ・アイディニ・イェゲニ、あるいは『市民』の主役シエロを演じたアルセリア・ラミレスのどちらかが受賞するのではと予想していました。結果はクラスニチ監督が東京グランプリ/東京都知事賞、女優賞は『もうひとりのトム』(監督ロドリゴ・プララウラ・サントゥリョ)のフリア・チャベスが受賞した。今年のTIFFは女性監督が脚光を浴びた年になりました。なおテオドラ・アナ・ミハイ監督のキャリア&フィルモグラフィー、キャスト、スタッフの紹介は既にアップしております。

『市民』(La civil)の作品&監督フィルモグラフィーは、コチラ20211025

 

  

     (審査委員長イザベル・ユペールからトロフィーを手渡された、

      駐日コソボ共和国大使館臨時代理大使アルバー・メフメティ氏)

 

 

TIFFトークサロン1141100,メキシコ32000)、モデレーターは市山尚三氏。監督は英語でインタビューに応じた。QAの内容は、質問に対するアンサーの部分が長く(同時通訳の方は難儀したのではないか)内容も前後するので、管理人がピックアップして纏めたものです。

 

Q:本作製作の動機、モデルが実在しているのに実話と明記しなかった理由、エンディングでシエロのモデルになったミリアム・ロドリゲスに本作が捧げられていた経緯の質問など。

A16歳からサンフランシスコのハイスクールに入学して、映画もこちらで学んでいる。当時は今のメキシコのように危険ではなかったのでメキシコにはよく旅行しており、メキシコ人の友人がたくさんいる。2006年、時の大統領が麻薬撲滅運動を本格化させたことで、日常生活が一変した。ベルギーにいるメキシコの友人から話を聞き、Waiting for Augustの次はメキシコの子供たちをテーマにしたドキュメンタリーを撮ろうと決めていた。今から9年前にメキシコを訪れた。友人の母親から「夕方7時以降は危険だから外出してはいけない」と注意された。子供たちにインタビューを重ね、ジャーナリズムの方法で取材を始めていった。

 

Q:(アンサーには質問と若干ズレがあり再度)実話と明記しなかった理由、モデルとの接点についての質問があった。

A:知人から是非あって欲しい人がいると言われ会うことにした。ミリアムは拳銃を持参しており彼女が危険な状況に置かれていると直感した。話の中で「毎朝、目が覚めると、殺したい、死にたいと思う」という激しい言葉に驚き、ミリアムの容姿と言葉のギャップに衝撃を受けた。2年半の間コンタクトを撮り続けたが、これはミリアムの身に起こった実話にインスパイアされ、リサーチを加えたリアリティーに深く根差したフィクションです。

 

A:最初はドキュメンタリーで撮ろうと考えミリアムも撮ったが、最初の2週間でドキュメンタリーは出演者だけでなく、私たちスタッフにも危険すぎると分かった。当局の思惑、メキシコの恥部が世界に拡散されることや自分たちにも危険が及ぶこと、軍部とミリアムの複雑な関係性などから断念せざるを得なかった。脚本はメキシコの小説家アブク・アントニオ・デ・ロサリオとの共同執筆です。

(管理人補足:作家のクリスチャンネーム Habacuc の表記は、作品紹介では予言者ハバクックHabaquq から採られたと解釈してハバクックと表記していますが、正確なところ分かりません。Hはサイレントかもしれません)

 

      

 (共同執筆者ハバクック・アントニオ・デ・ロサリオと監督、カンヌFFフォトコール)

 

A:ミリアムは既に社会問題、社会現象になっておりました。あちこちで発見される共同墓地ひとつをとっても、これがメキシコの悲しみと言えるのです、タイトル「市民」はメタファーで、シエロやミリアムのような母親がメキシコには大勢存在するということです。エンディングで本作がモデルになったミリアムに捧げられたのは、ネットでお調べになってご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、2017年の母の日に自宅前で何発もの銃弾を受けて暗殺されたからです。彼女は本作を見ることができなかったのです。

(管理人補足:20173月、カレン誘拐に携わりながら罪を逃れていた20人以上が逮捕されたことが引き金になって、510日の母の日に暗殺された。映画では娘の名前はラウラですがカレンが実名。エンディングにオマージュを入れるのは鬼籍入りしたことを意味しています。)

 

  

         (シエロのモデルとなったミリアム・ロドリゲス)

 

Q:製作者にダルデンヌ兄弟、ムンジュウ、ミシェル・フランコとの関りについての質問。

A:ダルデンヌ映画とスタイルが似ているかもしれない。というのも白黒が曖昧なキャラクターを描いている。善悪をテーマにしており、善人と悪人が別個に存在しているのではなく、人間は常にグレーです。シエロも最初は被害者でしたが、ある一線を越えてダークな方向へ向かってしまう。

 

Q:日本映画についての質問。

A:私が生まれたころの監督、黒澤(明)は私のマエストロです。是枝(裕和)映画は全部見ています。私のWaiting for August14)は、『誰も知らない』(04)にインスパイアされたドキュメンタリーです。これは16歳の長男を頭に5歳の末っ子7人の兄妹の物語です。父親はいなくて、母親がイタリアに出稼ぎに行って仕送りしている。14歳になる長女が家族の面倒をみて切り盛りしている。『誰も知らない』は悲しい作品でしたが、私の作品はもっとポジティブに描きたかったので、ラストはそうしました。

 

Q:シエロを演じた女優アルセリア・ラミレスのキャリアについての質問。

A:サンフランシスコにいたころ観た映画「Like Water for Chocolate」(92)に出演していた女優さんが記憶にあり、その頃はとても若かったのですが心の中に残っていた。現在はベテラン女優として忙しそうだったが大部のシナリオを送ってみた。すると1日半もかけて脚本を読んでくれ、「私に息を吹きこませてください」という感動的なメッセージ付きで返事が来た。

   


           (髪をバッサリ切って変身するシエロ)

 

★市山氏から「その映画なら『赤い薔薇ソースの伝説』という邦題で、TIFFで上映しました。私がTIFFに参加した最初の年で、よく覚えています。どんな役を演じていたか記憶していませんが」とコメントがあった。「小さな役でナレーションをやりました」と監督が応じた。

(管理人補足:アルセリア・ラミレスが演じた役は、一家の女主ママ・エレナの曽孫役、スクリーンの冒頭に登場して、このマジックリアリズムの物語を語るナレーション役になった。原題はComo agua para chocolateアルフォンソ・アラウ監督のパートナー、ラウラ・エスキベルの大ベストセラー小説の映画化。タイトルは情熱や怒りが沸騰している状況、特に性的興奮を表すメキシコの慣用句から採られている。日本語が堪能なメキシコの知人が、あまりの迷題に笑い転げたことを思い出します。アルセリア・ラミレスのキャリア紹介はアップしております。)

 

★ミハイ監督から「映画祭に私の作品を招待して下さりありがとうございました。メキシコの状況をご友人とも語り合って、劇場で是非ご覧になってください。劇場で一緒に鑑賞する文化は失われてはいけません。早くコロナが収束することを願っています」と感謝の言葉があった。

 

★トークでは時間の関係から触れられなかったのか、他のインタビューで「私はシエロのような不幸に挫けず生きていく女性のキャラクターに惹かれます。それは私自身の生い立ちと無縁ではありません。ルーマニアがチャウシェスク独裁政権下の1988年、私の両親はベルギーに亡命、当時7歳だった私は人質として残されました。幸い1年後に合流できましたが、当時のルーマニアは、国民同士が告発しあう監視社会で、誰も他人を信頼できませんでした。そういう実態経験が私の人格形成に影響を及ぼしています」と語っています。視聴者からフィナーレについての曖昧さが指摘されているようですが、ラストはいろいろな解釈が可能なように敢えてしたということです。メキシコの悲劇は現在も進行中、我が子の生存すら分からぬまま生きていかねばならない家族を考慮したようです。


追加情報:2023年1月20日、邦題『母の聖戦』で公開されました。